澪「憂ちゃん、唯の真似をしてほしいんだ」 (17)


憂「……はい?」

唐突な私の言葉に可愛く首をかしげる憂ちゃん。
しまった、説明不足だった。



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澪「えっと、私の特訓に付き合って欲しいんだ」

憂「特訓、ですか?」

澪「うん。唯に流されない特訓」

憂「えっと…どうしてですか?」

唯のことが大好きな憂ちゃんだからピンとこないのかな。
でも、私がこんなことを考え始めたのは改めて憂ちゃん達の行動を見直してからなんだ。

澪「憂ちゃんは唯を溺愛してるように見えるけど、唯が自分でやりたがってることはちゃんと尊重してあげてる」

憂「あまり自覚は無いですけど……」

澪「自覚がないからこそ、ずっと仲良し姉妹でいられるのかも。和だって唯にビシッと言う時はちゃんと言うし。あ、これも憂ちゃんもか」

憂ちゃんも「めっ!」と唯を叱るらしいことは聞いている。
見たことはないけど。見てみたいなぁ。

澪「梓もいろいろと唯に言ってたし、大学に入ってからは同じ学部の子がビシビシと言ってくれるらしいし」

憂「えっと、和田……晶さんでしたっけ?」

澪「そうそう。唯から聞いてた?」

憂「はい。一見怖いけどいい子だって」


唯は誰にでも最終的にはいい子とか可愛い子とかそんな評価ばかりしてる気がするな。
それが唯のいいところなんだろうけど。

澪「でも、講義が終われば晶とは別れるし、和は言うまでもなく大学が違うし、梓や憂ちゃんももちろん高校生だから」

憂「……澪さんがそのぶんしっかりしないといけない、と?」

澪「そういうこと、かな」

そう伝えると、憂ちゃんはしばらく何か言いたそうな目でこちらを見ていた。
気に障ることを言ってしまったかな、という方向に思考が転がるも、その表情に怒りとかそういう感情がまるでないから戸惑ってしまう。
そのまま少しの間悩んでいると、憂ちゃんの表情が一転して少しだけ笑った……ように見えた。一瞬だけ。

憂「わかりました。そういうことなら協力します」

澪「あ、ありがとう」

憂「大学の夏休みに帰ってきて、急にお姉ちゃんのいない時に用事があるなんて言ってくるからドキドキしましたよ」

澪「説明ありがとう」

よく出来た子だなぁ、本当に。




憂(唯モード)「これでいいですか?」パパッ

澪「おお、あっという間に唯に……」

これはもう一種のマジックじゃないだろうか。
っていうかヘアピンどこから出したんだろう。

憂「それで、えっと」

澪「うん、何か適当に甘えてくれれば」

とりあえず私が唯(憂ちゃん)に流されずにNOを突きつけれればいいわけだ。
目指せ、NOと言える日本人。

憂「い、行きますよ」

澪「う、うん」

なんか、妙に緊張するというか、気恥ずかしいというか……
でもそんなのは、少なくとも憂ちゃんにとっては一瞬だけだったようだ。

憂「えへへー、澪ちゃーん」ギュッ

澪「うわわっ!?」

憂「? どうしたの? 澪ちゃん」

澪「あ、いや……」

落ち着け落ち着け。急に腕に抱きつかれて変に動揺してしまったけど落ち着け私。
気恥ずかしさを捨てるんだ。ここまで本物そっくりにやってくれているんだから。

澪「……急に抱きついてくるなって。それで、どうかした?」

憂「えっとね、勉強でわからないところがあって」

澪「うーん、学部が違うから私で力になれるかはわからないけど……わかった、見せて?」

憂「わーい、さっすが澪ちゃん! 頼りになる!」

澪「そういうのはちゃんと理解してから言ってくれ——って……」

憂「……あれ?」

これ、どこでNOって言うんだ?




憂「ごめんなさい……」

澪「いや、いいよ。なんか懐かしくて嬉しかったし」

憂「………」

高校時代はこうしてちょくちょく勉強見てあげたりしてたっけ。
唯のことだから和やムギや憂ちゃんにも当然頼ってたんだろうけど、なんか最近は減ったなあ……ってそうじゃなくて!

澪「も、もう一回頼めるかな?」

憂「あ、はい、大丈夫です。次の絡み方は決めましたから」

澪「絡み方って……」

憂「ああっ、ちょっと語弊が!」

澪「だ、大丈夫、言わんとすることはわかってるから。それにこっちが頼んだことだし。面倒かけてごめんね?」

憂「面倒だなんてそんな。澪さん達の力になれるなら嬉しいことです」

ああ、本当によく出来た子だなぁ。
崇める気持ち半分で少しの間眺めていると、「それじゃあ」と私に確認を取ってきたので頷き返す。
さて、テイク2だ。



憂「澪ちゃーん、お菓子食べよ? いいの買ってきたんだー」

どこからともなく本当に取り出されるクッキー缶。
ちょっと高級そうで、これは確かに美味しそう。だけど。

澪「だーめ。ちゃんとやることやってから」

……そういえばそもそもこの場は何をする場という設定か考えてなかった。
部活の場が妥当かな。寮の私達の部屋で集まることも多々あるけど、そこではおしゃべりがメインだし。
憂ちゃんにはこっちのそういう細かいところの現状は伝わってないだろうから、想像させるんじゃなくて私がちゃんと『作ら』ないと。

澪「もうすぐみんなの前でバンド別に演奏するんだから、私達もちゃんと合わせておかないとダメだろ」

憂「まぁまぁ、食べたらちゃんとやるから。その前にこの美味しさを澪ちゃんも是非!」

澪「是非って……確かに美味しそうではあるけど……それでもだな——」

憂「美味しそうでしょー。はい、あーん」

澪「えっ……」

憂「あーん?」

澪「……………もぐ」

憂「あっ、かじりつかれた!」

いや、だって、口開けて待つのは恥ずかしいし。
でも、確かにこのクッキー……

澪「……美味しいな」

憂「でしょー?」

澪「ああ——って違う!」

憂「あっ」

結局流されてしまった!
唯の無邪気な笑顔は本当に恐ろしい。そして、それを完璧に再現する憂ちゃんも……


澪「くぅっ、情けない……」

憂「……でも、楽しそうですね」

澪「ぁ……」

情けなさに歯噛みしていた隣で笑う憂ちゃんは、その時は憂ちゃんの笑顔をしていた。
自分が演じた光景を「楽しそう」と第三者の視点で言う憂ちゃん。
そんな憂ちゃんを見た時、なんだか私はすごく申し訳ない事をしているような気分になった。

憂「お姉ちゃん達とは、いつもこんな感じなんですか?」

澪「う、うん」

憂「よかった、上手く再現できてて」

澪「………」

その笑顔に、厭味などの悪意は一切ない。
一切ないから、逆に困る。
私は憂ちゃんにひどいことを強いているような気がして仕方ない。
でも憂ちゃんは純粋に善意で私を手伝ってくれている。
つまり、私が今やっていることを謝って中断するのは、憂ちゃんの善意を無碍にすることと同じになるし、その上その「ひどいこと」を憂ちゃんに気づかせてしまう可能性があるんだ。
だからといって、このまま続けていいとも思えない。私自身、続けられる気がしない。

そうやって何も言えず悩むだけの私に、憂ちゃんが声をかけてくれた。

憂「……あの、澪さん。そんなに落ち込まなくても……」

違うんだ、憂ちゃん。そうじゃない。
流されてしまったことを落ち込んでるんじゃなくて、私は、憂ちゃんに、

憂「楽しそうだったじゃないですか」

そう、その言葉を言わせてしまったことが、心苦しくて。
憂ちゃんの見られない光景を、憂ちゃんに演じさせた自分が、とてもひどいやつに見えて。だから……


憂「……だから、無理して変わらなくていいんじゃないかって思うんです」

澪「……え?」

憂「澪さん、楽しそうだったじゃないですか。ホントは私、ちょっと心配してたんですよね」

澪「………え?」

憂ちゃんの言葉は、私の今の悩みとは違う方向のものだったけど。
それでも私に向けられているからか、私の意識をあっさりと持っていってしまった。

澪「なに、を?」

憂「お姉ちゃんと澪さん達が学部が別になったって聞いて、最初の頃はちょっと心配だったんです。もしかしたら、もしかしたらちょっと疎遠になっちゃうんじゃないか、って」

澪「………」

憂「楽しそうなお姉ちゃんから話を聞いたり、私自身も軽音部に入ってからバンドの繋がりのあたたかさと頼もしさを知りましたから、ホントに最初の頃にホントにちょっとだけ心配しちゃっただけなんですけどね」

澪「うん……私も、そういう心配はなかった、かな」

大学の軽音部に入ることとか、今の学部の方でちゃんと友達が作れるのかとか、そういう不安はあった。
けど、今のメンバーとの友情を不安に思ったことはなかった。このバンドは永遠に続くとさえ思ってる。

……そういえば、そもそもなんで今更こんな事を考え始めたのか、というのも。
大学の軽音部の合宿を通じて、このバンドの良さを再認識したからだったっけ。

憂「なら、無理して変わろうとしなくてもいいんじゃないでしょうか」

澪「……別に、無理なんて……」

憂「澪さんが自身の『楽しい』を犠牲にして頑張らなくても、なんとかなりますよ」

澪「ぅ……」

憂「みなさん、やる時はちゃんとやる人です。私達みんなが証人ですから!」


やる時はちゃんとやる。それは私達が幾度となく言われてきたこと。
普段は不真面目に見られがちな唯と律は言うまでもなく。
何でも出来そうなムギだってたまに失敗はする。けど、それを糧にして最後はちゃんとする。
自分で言うのもなんだけど、私だってライブや文化祭で舞台に立つのは緊張して苦手でどうしようもない。泣き言も沢山言ってきた。けど、それなりに成功といえる結果を出してきた…と思う。
自負も思い上がりもしてないけど、言われ続けてきたことだから少しの自覚くらいはある。

澪「……そこまで言われてるのに否定しちゃったら、みんなの頑張りも否定されちゃうな」

憂「……ズルい言い方でしたか?」

澪「ううん、そんなことない。ありがとう、心に染みたよ」

唯が甘えたくなるのもわかる、憂ちゃんの包容力。母性、と言ってもいいのかな。すごいと思う。
唯もそういう面はあるから血筋なのかもしれないけど。
何はともあれ、さっきまでひどいことをしていた私だけど、優しさで包んでくれた憂ちゃんに対しては謝るよりも感謝すべきなんだろう。

澪「……本当にありがとう、憂ちゃん」

憂「いえ、そんな、お礼を言われるほどの事では」

澪「ううん、そんなことない。受験勉強もあるだろうに、こんなすぐに気づけそうなことで時間をとらせちゃったんだ。何かで返さないと私の気が済まないよ」

そう、憂ちゃんはきっと最初から気づいていたんだ。あの時の何か言いたそうな目をしていた時から。
なのに私が納得しそうなところまで付き合ってくれた。それほど世話をかけて感謝を示せないわけがない。

憂「うーん……あ、じゃあひとつだけいいですか?」

澪「ひとつと言わず、いくらでもどうぞ」

憂「じゃあ……もうちょっと続けさせてくださいっ」

澪「へ? ……わっ!?」

言ってる言葉の意味を理解するより先に、さっきと同じように憂ちゃんが腕に抱きついてきた。
髪型とかもさっきと同じまま、ということは唯の真似を続けたい、ということ…?

憂「えへへー、みーおさんっ」ギュッ

澪「え、ええっ!?」

違った!
となると……ああ、もしかして。私が言った「何か適当に甘えてくれ」を続ける、ということ?


憂「あ、クッキーまだありますよー。食べます?」

澪「い、いや……今はいいかな……」

憂「じゃあじゃあ、後で勉強見てくれませんか?」

澪「う、うん……それなら……うん」

憂「やったぁっ」

……母性、どこいったんだろう。
でも、後輩に頼られるっていうのはもちろんそんなに悪い気はしない。憂ちゃんだってやっぱり歳相応の後輩なんだ、って見ると……かわいい、と思う。
勉強といえば、唯に頼られていた頃も嫌じゃなかった。むしろ嬉しかったな。ついさっきも、昔より頼られることが減ってしんみりしてしまったくらいには。
……友情は永遠だと信じていたのに、そこだけしんみりしてしまうっていうのも何か不自然な気もするけど……理由はわからない。
頼られることが減ったなら、和のように唯の成長を喜べばいいのに……

澪「……あ、そうだ」

憂「?」

澪「勉強のことだけど、もちろん全力で見るけど、それでもたぶん和よりは教え方とか下手だと思うんだ」

憂「うーん……そのあたりはわかりませんけど、和ちゃんも最近目標が出来て少し忙しいらしくて」

澪「あ、そうなんだ……」

頑張る和を静かに応援したい、ということだろう。私もそれには同意だから、今日は和の代わりが務まるように気合を入れないとな。
それにしても和の目標ってなんだろう。後で聞いてみようかな。
……あと、ちゃっかり憂ちゃんからちゃん付けで呼ばれていることについても。

憂「そういうわけで、今日はよろしくお願いします澪先生!」

澪「う、うん、頑張るよ——」

ノリのいい憂ちゃんに終始気圧されていると、玄関扉の開く音が響いた。
帰ってきたのは、たぶん……

唯「たっだいまー。あー! 澪ちゃんだ!」

澪「やっぱり唯か。お邪魔してるぞー」

憂「おねえちゃんおかえりー」

唯「ただいまーういー。ところで二人でイチャイチャしてるみたいだけど私も混ぜて!」ギュー

澪「ええっ!? おいっ、唯ぃ!」

抗議の声と同時に私の反対側の腕に唯が絡みついてくる。
しまった、さすがに唯のこの行動はいくらか予測できたはずなのに……

唯「えへへー、みーおちゃーん」ギュー

憂「みーおさーん」ギュー

澪「……あ、暑い……」

……和に聞いておくことがもうひとつ増えてしまった。
こういうときの対処法、きっと和なら知ってるはずだよね……

おわり

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