あずさ「運命の人って、信じますか?」 (24)

ねえ、あなたは運命の人って、信じますか?

…信じない、ですか?

う〜ん…そうですねぇ、やっぱり、そうなんでしょうか?

でも、私は信じます。

きっと、誰にでも、運命の人は居る。

そう信じています…

皆さんの隣にも…ほら、運命の人が。

             ———三浦あずさソロアルバムトークパートより





※このSSは 
あずさ父「娘がアイドルになった」あずさ父「娘がアイドルになった」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1372595328/1-#a1)
と若干リンクさせてあります、ご了承ください。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1374159609





「だから、何度も言ってるじゃない。私は止める積り、無いですからね…もうっ、頑固ねぇ、お母さんにも伝えておいて、私、絶対にあきらめませんから」

何度目か分からない、実家からの電話。
事務所に掛けてこられたら、出ない訳にも行かないですものね。

「…お父さんの分からず屋」

「あずささん、今の電話…」

「あら?律子さん、聞いてたんですか」

「…聞くも何も、目の前ですよ」

私の所属するユニット、竜宮小町のプロデューサーさん、秋月律子さんが、苦笑いを浮かべています。

「あら…」

「実家からでしょう?」

「はい…」

私がアイドルになる、といった時、父は真っ先に反対しました。
将来のことを考えろ、とか…
でも、私はアイドル活動を通して、きっと運命の人に出会える。
そう信じています。
だから、その時が来るまで、私はアイドルを続けていたい。

「…運命の人、早く来てくれればいいのに…って、プロデューサーの私が言っちゃ駄目ですよね」

「もうっ、律子さん、意地悪言わないでください」

「そうよ!あずささん、抜け駆けは許さないですからね!」

いつの間にか、コーヒーカップを持った音無小鳥さんが、泣きそうな目でこちらを見ています。

「あら…抜け駆け?」

「あずささんに先を越されると…」

「あ、あらあら、小鳥さんにも、きっと運命の出会いがあると思いますよ?」

「へっ、どーせあたしは仕事と結婚したんですよ、ふんだ!」

年甲斐も無く…というのは失礼ですね。
お茶目な小鳥さんらしいです。
手渡されたカップのコーヒーは、小鳥さんらしい甘めのブレンドになっています。

「…あずささん、実際のところ、どうなんです?」

「えっ?」

律子さんの言葉に、私は首を傾げるしかありません。
どういう事かしら。

「そうそう…運命の人、実は案外近くに、とか」

小鳥さんが続けた放った言葉に、私は顔が熱くなるのを感じました。
近くに…?

「おはようございまーす」

事務所の入り口から、いつもの明るい声がすると、それは一層酷くなりました。

「おはようございます、プロデューサーさん」

「音無さん、おはようございます、これ、頼まれてた事務所の蛍光灯です」

「うふふっ、ごめんなさい、使いっぱしりみたいにして」

「いえ、良いんですよ…お、律子も居たのか」


「律子も、ってどういう事ですか、付け合せですか私は」

「あはははは…あずささん、おはようございます」

「おっ、おはようございまし、プロデューサーさん」

噛んじゃいました…ううっ、小鳥さんの所為でまともに彼の顔が見れません。

「おはようございまし…っ」

「わ、笑わないでください!プロデューサーさん!」

「い、いえ、ごめんなさい…つい…っ」

笑いを抑えてるようで、背を向けて肩を震わせているプロデューサーさん。
もうっ…

「はいはい、プロデューサーさん、それ以上笑ってるとあずささんに嫌われちゃいますよ」

「えっ?」

「ね、あずささん」

「そ…そうですよ、プロデューサーさん」

「そ、それは…その…」

しどろもどろになるプロデューサーさんに、小鳥さんが更に追い打ちを掛けます。

「おやおやぁ〜プロデューサーさん、どうしたんですか?そんなに狼狽えて」

「あずささんに嫌われるのがそんなに怖いんですか〜?」

律子さんまで、そんな事を言い出すので、プロデューサーさんは更に慌てます。

「あっ、いえ、だから、その…」

「あ、あの…プロデューサーさん、その、大丈夫ですからね?嫌いになったりなんか…」

えっ?
私、何を言ってるんだろう。
これじゃまるで…

「嫌いになったり…しません?」

何だか、告白したみたいじゃないですか!

「あ、あの私…あっ…あらあら〜!」

「あっ!ちょっ!あずささんどこ行くんですか!」




そもそも、プロデューサーさんと私の出会いは、3ヶ月前の事でした。




「…また、迷ってしまいました」

事務所に向かう道で、また迷ってしまったのです。
今日は、初めてのソロシングルの収録日。
これじゃあ間に合わない…

「…どうしましょう、携帯も繋がらないし」

ベンチに座って、途方に暮れていた私の前に、誰かが立っています。

「あの…三浦あずささんですよね?」

突然、声を掛けられた私は、顔を上げます。

「だ、誰…でしょうか」

「あー…えと、今日から、765プロダクションのプロデューサーを務めさせていただきます、      と言います。よろしくお願いします」

真面目そうな人だな、というのが私の、プロデューサーさんへの第一印象でした。

「あら…あなたが、社長の言っていた」

「はいっ」

「私、三浦あずさと言います、よろしくお願いしますね〜プロデューサーさん」

…そう言えば、何で私の居場所が分かったんでしょうか?

「え?そうですねぇ…何となく、ですかね、ここに居そうな気がしたんで」

「えっ?」

「あははっ、いや、ホント何だかここに居るって感じがしたんですよ」

「…何だか、運命みたいですね」

「そうですね、これも何かの縁かもしれませんね」



という事があって以来、私が迷子になってから、プロデューサーさんが見つけるまでの時間は短くなる一方で。
律子さんや小鳥さん曰く、エスパーなんじゃないかとか言っていましたが…

そういう事が何度か会って、私は、プロデューサーさんに、同僚以上の感情を抱いてしまってるわけです…
運命の人、なのかな…?
そうだったら、良いのにな…でも…


「ねえ、ハニー!今日の御仕事、ミキ、どうだった?!」

「うぉっと美希、抱き着くんじゃない」

「ねえねえ、どうだった?どうだったか言うまで離さないの!」

「あーっ!うん、良かったぞ。今回の新曲に合わせたジャケット撮影な、美希らしさが出てたし、カメラマンの人も褒めてた!」

やっぱりプロデューサーさん…美希ちゃんが良いのかな…?

「あはっ、流石ハニーは、ミキの事よーく見てるの」

…良いなぁ、美希ちゃんはああやって、甘えられて…

「そう言えば、あずさの新曲ジャケット、あれもすっごく可愛いよね。あずさらしさが染み出してるの」

美希ちゃんが、こちらを見て満面の笑顔で褒めてくれるのは良いんですけれど…

「美希ちゃん…染み出してるのは、ちょっと」

出汁とかおでんの味が染みてるみたいで…

「でも、あずささんの新曲も、良い仕上がりでしたね」

「はい、とてもよい曲を選んでいただきました」

今度のシングルは、私としては4枚目になるのですが、私としても、これは良いんじゃないかと自信を持っています。
切ない、恋の歌…
遠い彼方へ行ってしまった、恋人への思いを綴った…

「…」

「あずささん、どうしました?」

「いっ、いえ、何でもないんです。ちょっと曲の歌詞を思い出したら…」

「隣に…良い曲ですよね。あずささんの為にあるような歌です」

「…ありがとう、ございます」

でも、ちょっとそれは寂しいかなって。
だって、遠い彼方に…行ってしまうんですもの。

「…ハニー、ミキ、律子…さんに呼ばれてるから、ちょっと行ってくるね」

「?…おう、行って来い」

「…?」
その瞬間の、美希ちゃんの顔は、あまりよく見えませんでした。
でも…何ででしょう、ちょっと寂しそうな声でした。

「あずささん、何か」

「えっ?い、いえ、何でもありません」

「そうですか…竜宮だけじゃなくて、美希達の人気も、最近ぐんぐん上がってきています。皆で一緒に、トップアイドル…夢じゃなくなりました」

「プロデューサーさんのお蔭、ですよ」

「そんな事は無いです。俺はその手助けをしただけ…皆の、実力ですよ」

トップアイドル。
今や、芸能界の中で、765プロのアイドルは、大きな存在感を放っています。
仕事は、連日のように舞い込んで、テレビで私達を見ない日は無いとも言われています。

それも、あなたや律子さんのプロデュースが成功しているから。
もっと、自信を持っても良いのに…

「さて…あずささん…その…」

「はい?」

「…今日の、ご予定は」

「えーと、30分から雑誌のインタビューを受けて、昼からはダンスレッスン…その後は、何も」

「…もし、良ければ…お食事でもどうですか?!」

私は、そのお誘いの言葉に、胸が躍りました。
何時も、竜宮小町として活動していると、プロデューサーさんと一緒にお食事をとる機会なんてめったにないですから。

「はい〜、楽しみにしてますよ、プロデューサーさん」

うふふっ…まさかプロデューサーさんの方から誘ってくれるなんて、思わなかったな。

「本当ですか?!よし…!あ、ああ、いえ、それじゃあ、レッスンが終わるころにお迎えに」

「はい〜」

私は気分上々、プロデューサーさんもガッツポーズを…隠れてしてるつもりなのかな?…していました。



「ねえねえ、あずさお姉ちゃん、今日どしたの?メッチャご機嫌だね」

「うふふっ、分かる?亜美ちゃん」

「そりゃあ分かるわよ、さっきからニヤニヤしっぱなしじゃない」

「うふふっ、伊織ちゃん、実はね、今日プロデューサーさんにご飯に誘われたの〜」

「あら…あの朴念仁が」

「うんうん、こーらいにんじんのにーちゃんが…」

「漢方じゃないわよ!」

「あずささん!」

律子さんが、親指をグッと立ててこちらを見ています。
私も、それに微笑み返して、返事にしました。

そう言えば、何に対して、律子さんは意味有り気に微笑んだのでしょうか?



ダンスレッスンの後、時間通りに迎えに来て下さったプロデューサーさんと、私は、落ち着いた雰囲気のレストランに居ました。

「…ここ、芸能関係者が良く使うんです、出入り口は見られにくいんで」

態々、こういう場所を選んでくださった理由。
期待しても…良いんですよね?

「…あずささん…運命の人って、見つかりましたか?」

「…相手の方が、気づいていないかもしれません」

「…」

「…プロデューサーさん…私」

「あずささん」

私が言うのを遮って、プロデューサーさんは話し始めます。

「…これから、俺がいう事はアイドルに対していう事じゃ無いです、プロデューサー失格と言っても良いでしょう。これが、どういう結果を生んでも、その責任は俺自身にあるんです。あずささんが気に病むことはありません」

…ホント、真面目ですね…でも、これからの事を考えると…
確かに、プロデューサー失格ですしょう。
でも…何故?
同じ人なのに…
プロデューサーとアイドルだから、恋をしてはいけないなんて…

「…」

「…俺を…あなたの運命に人にしてください!」

…その言葉を聞くために、私は、アイドルをしていたのかもしれません。
運命の人…やっぱり、あなたは…私の運命の人だったんです。

「…はい…はいっ…お願いします…」








あくる日、私とプロデューサーさんは、社長室に居ました。


「…プロデューサー君、私は、アイドルとの恋愛を禁止、とは言わなかった。だが、業界の不文律の様に、それらは唱えられてきた…」

プロデューサーさんは、今すぐにでも土下座が出来るようにと深々と頭を下げたままです。

「…だが、現実にアイドル達は、結婚して、何時かは子供もできている。それはそうだ、彼女達も、普通の女性として、恋もする権利はある…だから、プロデューサー君、三浦君の事を頼んだよ」
「…ありがとうございます!」

「社長さん、本当に…申し訳ありません」

「三浦君、君は元々、運命の人を探すためにアイドルになった。私はそれの手伝いが出来て、本当にうれしく思うよ」

「…社長、これを」

プロデューサーさんが、懐から封筒を取り出して、社長に渡しました。

「…辞職願?」

「えっ?!」

私も、聞いて居ませんでした。
何故…?

「おそらく、これからかなりの混乱が予想されます。このプロダクションの実績を、全て崩すかもしれません…その責任を」

「馬鹿者!」

あの社長が、珍しく声を荒げます

「私がそんな事を、君に望むと思うかね?君には、まだまだ羽ばたかせてやらなければならない子達が居るだろう。それに、この件は上手く私が着地できるように尽力する、君は、今後のアイドル達のプロデュースの事と、三浦君を幸せにすること、それを考えていたまえ…いいね?」

「…ありがとうございます!」

言うほど簡単な事では無い筈ですが、社長さんは、自信ありげに笑っています。

「何、かつて日高舞君や音無君の母親の時も私は巧妙かつ感動的な引退をプロデュースしたのだよ!任せてくれたまえ!」
社長さんが、いつもの高笑いをしているのを見ると、何故だかほっとしました。

「ところで」

「はい?」

「君達、ご両親への挨拶は、済ませているのかね?」

「「…あ」」

「…肝心な所で抜けているね、プロデューサー君」

「…申し訳ありません」

「あー、今度の土日、オフにしてあげるから」

「じゃあ…あずささんの実家に行きます、俺の家は、後回しで大丈夫でしょう」

「え?そうなんですか…?」

「あずささんなら、誰も文句は言わないです」

「あらあら」

「目の前で惚気られると、中々辛いぞ…まあ、とにかく…これからいろいろ大変だと思うが、頑張ってくれたまえ。私も応援しているぞ!あ、そうそう、もちろん仲人は引き受けるから心配しないでくれたまえ!はっはっはっはっ!」

社長室を出ると、既に事務所には皆が揃っていました。

「…申し訳ない!」

プロデューサーさんは開口一番、そう言うと土下座していました。

「俺は、あずささんが好きなんだ!幸せにしてあげたい!その…だから…ごめん!」
「…アンタ、何言ってんの?」

一番最初に口を開いたのは、伊織ちゃんでした。

「何で謝ってんのよ…バカね。あずさが幸せになるなら、私達が謝られる事なんて、あるの?」

「…ごめんね、伊織ちゃん」

「まーたそうやって謝る!良い事、絶対に幸せになりなさいよね!」

ありがとう…伊織ちゃん。

「そーだよにーちゃん、そりゃあ、あずさお姉ちゃんと一緒にお仕事できなくなるのは寂しいけどさー、ね、真美」

「うんうん、男たるもの、女のひとりくらい幸せにしなけりゃかいしょーなしってもんだぜぇ、ねえ律ちゃん」

「どこの台詞よ…まあ、私は前々からこうなると思ってましたんで…」

亜美ちゃんも真美ちゃんも…ありがとう。
やっぱり、律子さんは気づいて居たんですね…私の気持ち。
…ごめんなさい、律子さん、折角竜宮小町で選んでいただいたのに…

「あずささん、余計な事は考えず、今度は自分の幸せのことだけを考えててくださいね、約束ですよ」

「はいっ…」

「あずささん…プロデューサーさん、その…幸せに…なってください」

「千早さん、泣いちゃ駄目ですよぉ。あずささん、おめでとうございますっ!」

千早ちゃんが、泣き笑いのような顔で私とプロデューサーさんを見ています。
そんな千早ちゃんを、やよいちゃんが優しくなでてあげています。
きっと、2人にも何れ、素敵な人が…

「あずささんのウェディングドレスかぁ…綺麗なんだろうなぁ…プロデューサー、あずささんのこと泣かせたら駄目ですからね!」

「真ちゃんはウェディングドレスよりタキシードを…あっ、じゃなくて、えーと、あずささん、おめでとうございます!」

真ちゃんと雪歩ちゃんも…ありがとう、でも雪歩ちゃん?何だか別の事を考えてるようだけど…

「プロデューサーさん、あずささん、その…お幸せに…」

春香ちゃんも、少しさみしそうな、でも笑顔でそう言ってくれました。
…春香ちゃんも、やっぱりプロデューサーさんの事…

「まこと、めでたき事ですね。あずさ、運命とは、己の力で引き寄せるもの。あずさは見事、それを成し遂げた。素晴らしき事です」

貴音ちゃんが、私の手を取りそう言ってくれました。
貴音ちゃん…ありがとう。

「あずささーんっ!おめでとう!ハム蔵もおめでとうって言ってるぞ!」

「ヂュヂュイッ」

うふふっ、響ちゃんも、ハム蔵ちゃんもありがとう。

「うううううっ…抜け駆けしたらダメって言ったのにぃ…でも、仕方ないですよね。あずささん、絶対に逃がしちゃ駄目ですよ!こんな良い男、もういないんですからね!」

小鳥さん…きっと小鳥さんにも、運命の人、居ると思います。
だから…自棄になって、お酒を飲みすぎたりしちゃ、ダメですからね。

そうしていると、この場に居ない子が居る事に、気づきました。
「…美希はどうした?」

「…屋上に、行くのを見ましたけど」

「あの…プロデューサーさん、私が行ってきても…?」

「え?」

「…」

「分かりました、お願いします」


事務所の階段を上がっていき、屋上へ。
美希ちゃんは、隅の方で体操座りをしていました。


「…美希ちゃん」

「あずさ…分かってるの、ミキね、ハニー…プロデューサーの事、好きだよ?」

美希ちゃんの声は、震えていました。

「…分かってたの、プロデューサー、ミキの事じゃなくて、あずさの事ばっかり見てた、でも、仕方ないの…それは、やっぱりあずさの運命の人、がプロデューサーだったから…だよね?」

「…」

「…あはっ、ちょっとジメジメしてやだね。あずさ、おめでとう!」

「美希ちゃん…!」

私は、思わず美希ちゃんを抱きしめていました。
ごめんね、美希ちゃん…でも、私…

「…あずさは幸せになるの。ミキの勘がそう言ってるの…だから、ね」

「…ありがとう…」



そして、私達は、一番の懸念事項を片付ける事にしました。


「…ネクタイ、曲がってません?」

「大丈夫ですよ」

「…あずささんのお父さん、真面目そうな人だったんですよね…大丈夫かな」

「もうっ、ここまで来て、そんな事言わないでください」

「ごめんなさい」


今、プロデューサーさんと私は、私の実家に来ています。
実は、この段に及ぶまで全くこの件を話していなかったのです。


「あら?あずさ、久しぶりね。元気そうでよかったわぁ」

玄関を開けた先には、既に母が待っていました。

「お母さん、ただいま…」

「お久しぶりです」

「あら、プロデューサーさんも…今日は、頑張ってね」

「…はい」


「…」

「…」

「…」

「…」

気まずい沈黙が、客間に満ちています。

皆、第一声を待っているようでした。

「…単刀直入に、申し上げます…お義父さん、あずささんを私に下さい!」

プロデューサーさんの言葉に、父は顔を真っ赤にしています。

「あずさは君にやれん!」

…昔のドラマみたいな台詞ですよね。

「お義父さん、私は全身全霊を掛けて彼女を幸せに」

「君にお父さんなどと言われる筋合いはない!」

…聞いた事があるようなセリフです、本当に聞いたのは、これが初めてかも知れませんけど…

「大体だな、君は自分の事務所のアイドルに手を出したんだぞ!プロ意識が無いのか」

その言葉に、プロデューサーさんは絶句しています。確かに…そう言われるのも無理はないのかもしれません…けど…!

「あずさ、芸能業界の男なんて、ロクな奴が居るって話を聞かないぞ」

父の言葉が、私の心を沸々と煮えたぎらせます。
…なんてことを言うんですか…!

「どうせ、あずさとも遊びなんだろう?」

「お義父さん、私は」

彼が弁解を述べる前に、私は立ち上がっていました。
乾いた、パシンッという音が客間に響きます。

「あずささん…!」

「あ…ずさ…」

父が、唖然とした表情で、こちらを見ています。
手の平が、ヒリヒリします…
私は、父を睨み付けると、そのまま我慢していた言葉をぶつけてしまいます。

「お父さんの…お父さんは何にも分かってない…プロデューサーさん…彼がどれだけ…お父さんが許してくれなくたっていい!私はこの人が運命の人だって決めたんです!」

「…あずさ!」

「あなた、ちょっと落ち着きなさいな、あずさも、ほら、座って座って」

お母さんが言うのも聞こえず、私は父の目を見据えたまま。
涙が頬を伝うのも構わず。
そうしている内に、父が目を逸らしました。

「…もういい!好きにしろ!」

父は、そう言い捨てると、二階の書斎へと引っ込んでしまいました。

「お義父さん!…ごめんなさい…俺がもっと上手く言えば」

プロデューサーさんが、申し訳なさそうに項垂れています。

「プロデューサーさんは悪くありません!」

「ごめんなさいねプロデューサーさん…多分あの人も混乱してるのよ」

お母さんが、苦笑いを浮かべています。

「いえ、私にも責任が」

「プロデューサーさんは悪くないですよ」

「あずささん、でも」

「ほんと…」

昔から頑固な父でした。
でも、それがただのワガママやエゴでは無い事は、分かっていました。

「あずさも、相当よ」

「お母さんだってそうじゃない」

「あら?そうかしら」

「とにかく…私はもう、決めたんです」

「あの人も、分かっていると思うわ。でもね、父親って言うのは、こういう時素直になれないのよ…娘が可愛ければ、可愛いほど、ね」

そう、父は、私のことを愛してくれている。
でも、だからこそ、今回の事は、一番喜んでほしかった。
なのに…

「プロデューサーさん、今日の所は、お引き取り願えますか?遠路はるばる、ご苦労様です」

母も、父がこうと決めたら動かないことを知っています。
今回は、父に納得してもらう事は無理でしょう。

「お義母さん…」

「は〜い?」

何だか、うれしそうですね…

「…これを」

プロデューサーさんは、自分の鞄から取りだしたチケットを、母に渡します。

「…三浦あずさ、引退ライブ」

私の、アイドルとしての最後のお仕事。
その最後を、プロデューサーさんは私の両親に見てもらいたいと言っていました。

「お義父様にも、是非来ていただきたいんです」

「分かりました、引っ張ってでも連れて行くわ」

「…じゃあ、お母さん、またね」

「うん、あずさ、こんな良い人、逃がしちゃ駄目よ〜」

「…はい!」


その後も、私達のあいさつ回りは多忙を極めました。

心無いファンの方からの誹謗中傷も…ほんの少しでしたけど…ありました。

思っていたよりもそれらが落ち着いていたのは、社長さんが頑張ってくれたお蔭の様です。


そして、迎えた運命の日。

7月19日。


「…いよいよですね」

「はい…」

舞台のセッティングが済み、静かな会場を、ステージから見ていると、不思議な感じです。

「…悔いの残らない、良いライブにしましょう」

「はいっ…!」



控室に戻ると、もうみんなが揃っていました。

「あずささん!どこ行ってたんですか?」

「皆待ってたんだぞ!」

「あらあら、ごめんなさいね…皆、ありがとう」

「あら、まだ礼を言うのは早いわよ、あずさ」

「うんうん、今からが本番だかんね!」

「よし…行くよ皆…あずささんの最後の舞台、盛り上げていこう!」

春香ちゃんが、いつもの様に音戸を取ってくれました。

「765プローっ!」

「「「「「「「「「「「「「ファイトーっ!」」」」」」」」」」」」」



ライブは『SMOKY THRILL』、『ハニカミファーストバイト』、『七彩ボタン』と言う竜宮小町の曲で始まりました。

どれも、私達の思い出が詰まった曲ばかりです。

竜宮だけじゃなく、春香ちゃんたちの曲も挟みながら、ライブはいつも以上の盛り上がりを見せていました。


『さて…ライブも、そろそろ中盤に差し掛かっているんだけれど…今日のライブで、あずささんが最後の舞台になります』

『そこで…あずさより、皆へ向かってメッセージがあるという事なの』

『あずささん、よろしくお願いします!』


私が、ステージに出ると、会場がしん、と静まり返りました。

『皆さん…私は〈運命の人を探す〉と言う理由で、アイドルを始めました…色々な情報が出ているようですけれど、私、決めたんです…だから、アイドル三浦あずさは、今日で皆さんとお別れになります…』

会場からは、すすり泣くような声も聞こえてきます。

『私は、事務所で最年長なんですけれど、いつも道に迷ってばかりで…スタッフの方々や、皆にも、迷惑ばかりかけてきました』

いつもいつも、律子さんや、伊織ちゃんには頼りっぱなしでした…頼りないお姉さんで、ごめんね…

『ファンの方々にも、こうして…』

…目の前が滲んで、どう言葉を続けたらいいの判らなくなってきました。

「あずさ…!」
「あずさお姉ちゃん!」

「伊織ちゃん…亜美ちゃん…」

2人の顔を見て、少し、落ち着きました。
まだ、私のライブは終わっていません。

『私を、送り出してくれること、本当に感謝します…!私が居なくなっても、765プロは無くなるわけではありません、他の子達の応援、よろしくお願いします!』

言い切った瞬間、会場の片隅から、拍手の音が聞こえてきました。
2階席に目を向けると、薄暗くて良く分かりませんが、男の方が手を叩いているようです。
その拍手をきっかけにして、会場中に鳴り響く拍手の音。
私を呼ぶ、歓声。
ファンの皆さんの温かい言葉。

私は、それだけで、胸がいっぱいになってしまいそうで。

『みなさん…本当にありがとうございます!』



『それでは…ここからは、三浦あずさソロパートですよ〜!』



デビュー曲である『9:02PM』、2曲目は『晴れ色』、3曲目に『ラブリ』、私と、皆の思い出がいっぱい詰まった、宝物です。

皆からの、温かいメッセージ。

その度に、私はもう、泣き出しそうで。

でも、同時に、物凄く楽しかった。

私は、幸運だったのかもしれません。

運命の人、心優しいファンの方々、心強い仲間。
そのすべてを、アイドルというお仕事で得る事が出来たのですから。

そして…ライブは、最後の曲目を迎えました。

『みなさん…次の曲が、私の最後のステージになります…曲は…『隣に…』です』

会場に満ちる、紫色の光。
その、ゆっくりと振られる光は、まるで私を送り出してくれるかのような、ゆっくりと、優しい動きでした。

私の、最後のソロ曲、そして、後に最大のヒット曲と呼ばれたこの曲を歌い終えたとき、私のアイドル活動は、終わる。


そして、今度は、普通の女性として、愛する人の妻としての人生が始まる。


『傍に居ると約束をしたあなたは…嘘つきだね…』

でも、大丈夫…

嘘つきなんかじゃない。

彼は、ちゃんと私の気持ちに答えてくれた…

怖がることなんか、無い。

『皆さん…本当に…ありがとうございました!』







アンコールに、お約束の〈READY!!〉そして今回は〈SMOKY THRILL〉を歌い終え、私は楽屋へと戻りました。
その途中でも、スタッフの方々や関係者の方々が、私を見送ってくださいました。

楽屋へと戻ると…意外な人が、訪れました。

「…あずさ、入るぞ」

「え?!お父さん?!来てくれてたんだ!」

あの、プロデューサーさんとあいさつに行って以来、電話もしていなかった父です。

「…今日のライブ…感動した」

ぶっきらぼうな感想に、私は思わず吹き出しそうになりました。

「その、なんだ…ありがとう」

この前の件で、少し気まずいのでしょうか?でも、少しずつ、父は口を開きました。

「…あずさ。私は…その…なんだ、焼き餅を、焼いていたのだと思う。アイドルとしてのお前、娘としてのお前、その両方を持って行ってしまう彼に対して…だが、お前がこうして積み重ねてきたアイドル活動の時、いつも隣に居たのは、彼や、765プロの皆だったんだな…私は、ファンとして、そして父親として、それを送り出すのが正しい事だと思う…」

父の顔は、それまで見た事も無いほど穏やかで、優しい笑みが浮かんでいました。

「お父さん…」

「私は…お前の様な娘を持てて、幸せだった。これからは、彼と二人で、これからの人生を、歩んで行け…」

「はいっ…」

何年振りでしょうか。
私は、父の胸に飛び込みました。
あの頃は、腰のあたりにしか届かなかったのに。
父と私の目線は、ほぼ同じ。
顔には、深いしわが何本も増えて、頭も白い物が目立つようになりました。
でも、抱きしめてくれるその温かさは、変わりません。

「…今日は疲れただろう、ゆっくり休んで…また、帰ってきなさい」

その一言で、父がプロデューサーさんの事を認めてくれたんだと分かりました。

父が出て行ったあと、入れ違いの様にして春香ちゃんたちが飛び込んできました。
みんな口々におめでとう、おめでとうと言いながら。
亜美ちゃんや真美ちゃん、意外な所では千早ちゃんまで泣きながら抱き着いて来たり.
伊織ちゃんと律子さんは泣きそうなのを見られたくないようです。
中々顔を合わせてくれないので、無理やり抱きしめてみたり。

皆…私の大事な、大事な仲間達です。










「あずさ…入りますよ」

「うっわー、すっごい…」

「うんうん、やっぱり、あずささんにはこれが似合うわ」

「うふふっ…」

半年後、私達は、ようやく結婚式を挙げる事になりました。
理由は、色々な報道が出回っていて、それらが落ち着いてからにしたかったという事があったのと、せっかくなら、皆にも出席してほしかったので、スケジュールの調整に手間取ったからです。

「うっわー!あずさお姉ちゃんめっちゃきれーだよー!」

「まるで天使…いや、女神だよ!」

「…まこと、美しいですね…女神とはあずさの様な者を指すのでしょうか」

「貴音ちゃんも亜美ちゃんも真美ちゃんも大げさねぇ」

「ほらアンタたち!そろそろ式始まるんだから、席に戻んなさい!」

「ヴぁーい律ちゃんは相変わらずですなー」

「ではあずさ、また後で」

「はい、ありがとう、貴音ちゃん、亜美ちゃん、真美ちゃん、律子さん」

亜美ちゃんたちが部屋を出ると、お母さんが入れ違いに入ってきました。

「あずさ、そろそろ…」

「は…はい」


「お父さん、どんな顔をするかしらね」

「…さあ、どうかしら」

「じゃあ、私は席で待ってるわ」

「はい…お母さん」

「何?」

「…今まで、本当にありがとう」

「やーねぇ、それは披露宴の時にして頂戴」

「…うふふっ、そうね、あ、お父さん来たわ…じゃあね」

「あずさ…」

父は、緊張した面持ちで、私を見ています。

大丈夫?昨日は大分飲んでいたようだけど…


「あら…どうしたんですか?お父さん」

「…いっ、いや、何でもない」

「…お父さん、ありがとう」
思いがけず、口を付いて出た言葉に、父が首を振ります。

「…よせ、今言われると泣きそうになる…披露宴の最後までそういう事は言わないでくれ」

「…ふふっ、そうね、花嫁の父親が、涙でぐしゃぐしゃじゃあね」

「…言うようになったな」

「うふふっ」

チャペルの扉が開かれる。
父と並んで、765プロの皆や、学生時代の友達が並ぶ中、バージンロードを進んで行きます。

その顔のどれもが、私を祝福するように、優しげな笑みを浮かべています。

壇上には、タキシードに身を包んだプロデューサーさんが。

父の横顔をそっと見ると、既に泣きそうな顔をしています。

もう…早いんですから。
まだ式はこれからなのに。
チャペルの一番奥まで来ると、父から手を離し、私は壇上に登ってゆきます。

式が始まってすぐ、後ろの方から、すすり泣くような声がしてきます。

…やっぱり、お父さん…涙もろいわねぇ…

式が進んで行き、指輪の交換。そして…

「それでは…新郎、新婦の永遠の愛の誓いを…」

私とプロデューサーさんは、そこで初めて向き合います。

小さな声で、プロデューサーさんが何か言った気がします…綺麗?ですか?
プロデューサーさんの手が、ベールを上げました。

「…あずささん…」

「…」

「…!」

プロデューサーさんの唇が、私の唇に重ねられます。

何だか…照れちゃいますね。


「今ここに、2人は夫婦となり、永遠の愛を誓いました。皆さま、盛大な拍手でご祝福ください!」

神父様の言葉に合わせ、チャペル中に拍手が鳴り響きます。

「…プロデューサーさん」

「何です?」

「…ずっと、ずっと…私の隣に居てくださいね?」

「はい…絶対、どこにも行きはしませんよ!」

「きゃっ」

プロデューサーさんが、思い切り私を抱きしめてくれました。

そのまま、今度はお姫様抱っこ…うふふっ…憧れてたんです、こういうの。

「これからは…二人一緒に、どこへでも!」

「どこへでも…」

「いつまでも」

「二人なら…越えて行けますものね?」

「ええ!」

「…   さん…愛しています…永遠に!」

今度は、私の方からキスしちゃいます…ふふっ。


この後の披露宴、二次会では、イロイロと大変なことがあったんですけれど、それはまた、別のお話ですね。


運命の人って、あなたは信じますか?

私は信じます。

皆さんの隣にも、何時か、きっと。



あずささーん!お誕生日おめでとうございまーす!
以上、お粗末さまでした。

LOVE可愛い 乙


あずささん誕生日か!
いい話だった

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