やよい「おもちゃのロボット」 (51)

・高槻家SSだと思います。
・書き溜めしてあるのですぐ終わります。
・地の文あり。

ではよろしくお願いします。

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……ここはどこ? 寒い、暗い、冷たい、狭い、動けない。
遊んでくれたあの女の子はどこ? なんで僕はこんな所に……。

「……あ、懐かしい! まだあったんだぁ〜」

——うわ、眩しい。 ……あれ? 僕は今、持ち上げられて……。

—事務所—

場面は変わり、事務所内に風景は映る。
入ってすぐにある、一つに四人ほどが座れる大きさのソファの上に、
仕事が終わり、事務所に帰ってきた春香、千早、やよいの姿がそこにあった。


やよい「おもちゃのロボット、ですかぁ?」

春香「うんっ!」

やよい「へぇー……」

春香「この前、押入れの中を整理してたら見つかってね〜」

千早「しかし、春香がロボットなんて、ちょっと想像付かないわ」

春香「うん、自分でも欲しがった理由は覚えてないんだけど、これで良く遊んだのは覚えてるなぁ〜」

春香「ほら、ここに電池入れてスイッチ入れたら動くんだよ〜」

そう言いながらロボットの背中側についたトグル型のスイッチを[ON]側に倒す。
ガシャンガシャンと手足が交互に、人間の歩行と全く一緒のモーションを取る。
昔のロボットと言っていた割には、かなり精巧な作りに見える。
しかし、一つだけ気になる点が持ち主の春香にはあるようだ。

春香「あれ……?」

千早「春香、どうかしたの?」

春香「いや、確かこのおもちゃ、手足が動くだけじゃなくて、目も光るハズなんだけど……」

やよい「えぇっ!? 目も光るんですかぁ!?」

くりくりした瞳をより大きく見開かせ、感嘆の声を上げる。
その問いに、ロボットの昔からの付き合いである春香は得意げに答える。
ご丁寧にボディランゲージまで付け加えてのご説明だ。

春香「そうそう、ビカビカーッて! …壊れちゃったのかなぁ」

千早「機械に詳しそうな人に聞いてみたら? 例えば、律子とか音無さんとかプロデューサーとか」

やよい「律子さんと小鳥さんとプロデューサーって、おもちゃとか得意なんですか?」

千早「さぁ、毎日パソコン触ってるし、詳しそうと思っただけ」

やよい「なるほどー!!」

千早の謎理論にやよいは何の疑いもなく納得している。
その二人のやり取りを見て、苦笑いを隠せずに居た春香。
そして苦笑いを振り払うかのように脱線していた話題を元に戻す。


春香「………。 …まぁ、一応動くみたいだしこのままで良いよね!」

千早「春香が構わないのなら私は何も言わないけど…。 それにしても、何故これをここに?」

春香「それはねー……、はいっ! やよい!」

やよい「…………ふぇ?」

春香「あげるっ!」



やよい「…………。 ……えぇえぇえぇええ!?」

たっぷり十秒ほど間を置いて、ようやく言葉の意味を理解したのか、驚きの声を上げるやよい。
春香と千早があまりの声量に身じろぎしてしまうほどだ。
日ごろからしている発声練習の成果を、間違った所で遺憾無く発揮している。

春香「ふあぁ、耳キーンってなった。 ……やよいが嫌じゃなければなんだけどね」

やよい「いっ、いやだなんてそんな! でもでも、良いんですかぁ…?」

春香「もちろんだよー! もう、おもちゃで遊ぶって歳じゃないし、やよいの家だったら長介君たちが大切にしてくれるかもと思って持ってきたんだから!」

やよい「でも、浩太郎や浩司が壊しちゃうかもしれないし……」

千早「高槻さん、ここは折れた方が良いわ。 春香、こういうところが頑固だから」

やよい「千早さん……」

春香「そういうことっ! ほら、このロボットだって押入れの奥にずっと居るより、誰かに遊んでもらった方がきっと幸せだよ」

やよい「………はいっ! じゃあじゃあ、ありがたく貰っちゃいますねー!!」

千早「ふふっ、高槻さん可愛い」

春香「あ、そうだ! べろちょろにも入らないし、この鞄にでも入れて持っていって!」

やよい「うっうー! ありがとうございますー!!」

いつものガルウィングを披露しながら、元気100%の感謝を述べる。
その屈託の無い笑顔には、春香や千早も釣られて笑ってしまうほどだ。

春香「えへへ、長介君たちが気に入ってくれたら嬉しいなぁー」

やよい「大丈夫です! みんなまだまだやんちゃですからー!」

春香「あはは、なら大丈夫そうだねっ!」

やよい「はい! じゃあ私はこれからスーパーの特売があるんで帰りますねー!!」

春香「あ、うんお疲れ様ー!」

千早「あ、高槻さん。 夜には雨が降るらしいから気をつけて」

やよい「はわっ、だったら早くお買い物済ませないと! ありがとうございます千早さん!」

千早「思い出せて良かったわ。 じゃあ、お疲れ様」

やよい「はい! お疲れ様でしたー!!」

その言葉を最後に、既に何万回捻られているであろうドアノブを回す。
765プロの文字がみすぼらしく輝くドアが開かれ、閉じる。 次の瞬間には階段の降りる音が聞こえてくる。
春香や千早から見てそれは、いわば太陽がここから居なくなるのと同じであった。

春香「……相変わらず元気だねー、もう行っちゃったよー」

千早「そこが高槻さんの良いところよ」

春香「まぁ、そうなんだけどね。 ……うーん」

千早「どうしたの春香?」

春香「いや、さっきのロボットね? 目が光るって言ったでしょ?」

千早「えぇ、そう聞いたわ」

春香「何色に光ったかなーって。 思い出せないんだよねー」

・ ・ ・ ・ ・

—高槻家—


……どうやら僕はこのオレンジの髪をした…、やよいちゃんだったか、の物になってしまったらしい。


ガッチャガッチャと、買い物袋と一緒に揺さぶられつつロボットは一人思った。
あのリボンが良く似合う女の子、春香ちゃんとの思い出を噛み締めながら、これからどんな毎日が来るのだろう。
と、動くように作られていないハズの、胸の部分の高鳴りを抑えられずに居た。

当たり前だ。 一体何年もの間、あの暗闇の中過ごしたと思う。
いつかここから出してもらえる、そう信じてどれだけおやすみとおはようを繰り返したと思う。
また太陽を、光を見れた、それだけで嬉しいというのに。

思考に耽る事から離れ、意識を外に向ける。
すると、丁度タイミングが良かったのか、彼女の家に着いたらしい。
ガラララ、と引き戸を開き、ドサッ、と玄関に買い物袋と鞄を置く。
その際、横たわった鞄から頭だけを出す形になり、前方が見えるようになった。


やよい「………ふぅ、ただいまー」


「「「「おかえりなさーい!!!」」」」

「だうー」


……ビックリした、こんなに一杯居たんだ。


驚きという感情を久し振りに使用したと意識の傍らで思った。
しかし、戸の向こうから五人も子どもが一斉に出てくる様は、まさに波だった。

長介「ねーちゃん、洗濯物取り込んでおいたかんな」

かすみ「浩三のお世話もちゃんとしたよー」

やよい「うん、ありがと長介、かすみ!」

長介くん、かすみちゃん、浩三くん。

浩太郎「お腹すいたー! ごはんごはんー!」

浩司「ごはんー!!!」

やよい「浩太郎、浩司? まだご飯には早いでしょ?」

浩太郎くんに、浩司くん。 これでみんなの名前が解ったぞ。

これから仲良くなれると良いなぁ、なんて楽観的な事を考えていたら、
一人の男の子に鞄から顔を出している所を見られてしまう。

ワイルドなショートの髪形が似合う君は、確か浩太郎くんだったかな? 

浩太郎「ん? なんだこれー!!」

やよい「あ、それ春香さんからもらったんだよー。 浩太郎たちにって!」

浩太郎「ホント!?」

やよい「うん! けど、壊さないように大切に遊ぶんだよ?」

やよいちゃんの言葉を了承と取ったのか、瞳をキラキラと輝かせる浩太郎くん。
すぐさま僕を手に取り、光が差し込む居間の方へと、突風のように走っていく。
振り回されながら、こんな感覚も久し振りだなぁ、などと僕は思っていた。

浩太郎「やったー、あたらしいオモチャだー!!!」ドタドタ

浩司「ぼくにもかしてー!!」ドテドテ

長介「こらお前ら! 走り回っちゃダメだろ!」

やよい「えっへへ、喜んでくれて嬉しいかもー!」

長介くんの叱りつける声と、やよいちゃんのとても嬉しそうな声を聞いて、
あぁ、僕は今この瞬間から、この家の一員になれたんだ。 と、
また無いはずのココロが暖かくなるような、そんな気がした。

・ ・ ・ ・ ・

夕ご飯が終わり、やよいちゃんは皿洗い、かすみちゃんはそのお手伝い、
長介くんは浩三くんにミルクをあげて、浩太郎くんと浩司くんは、
僕を始めとした様々なおもちゃで遊び、みんな各々の時間を過ごしている。
とても、和やかでゆったりとした、無い僕には解らないけど、きっと心の休まる時間。


けど、そんなのんびりとした時間が続くのは、そう長くなかった。

浩司「ぼくにも貸してよー!!!」

浩太郎「やだよ!! 他のおもちゃがあるだろ、そっちで遊べよ!!」

浩司「そのロボットがいいのー!!!」

浩太郎くんと浩司くんが、僕を巡って喧嘩してしまったのだ。
新しいおもちゃが来ると、触りたいという求知欲と、触らせたくない独占欲というものが生まれるものだ。
その二つの欲求が今、ぶつかり合おうとしている。

僕の手を浩太郎くんが、僕の足を浩司くんが持って綱引きをしている状態だ。
上半身と下半身がさよならしてしまわないか気が気で無かったが、
僕としては、ここまで求められているという喜びの方が勝っていた。

やよい「浩太郎! 浩司! どうしちゃったの?」

浩司「浩太郎にいちゃんがロボットひとりじめしてるの」

浩太郎「違うよ!! 浩司が取ろうとするからだろー!?」

浩司「ちがうもん!!!」

やよい「ケンカしちゃダメでしょ?」

浩太郎・浩司「だって……」

やよい「だってじゃないの。 浩太郎?」

キッ、と声音は荒々しくないものの、厳しい目つきで浩太郎くんを射抜く。
しかし、それは姉なりの愛だということを、第三者である僕は解っていた。

浩太郎「う…………」

やよい「浩司にも貸してあげなさい! ひとりじめしたって、楽しくないでしょ?」

やよい「浩司、大丈夫? 怪我は無い?」

浩司「うん、だいじょーぶ」

やよい「偉いねー、良く泣かなかったね」ナデナデ

浩司「えへへー」

浩太郎「なんだよ……」

やよい「え?」

口から小さく零れた、涙を堪える代わりに出たその言葉。
同時に右手に持っていた僕を力強く握り締める。 まるで、僕に勇気を分けてもらってるかのように。

浩太郎「なんだよクッソ!! 俺にばっかり厳しくしやがって!!!」

やよい「浩太郎! そんな汚い言葉遣いしちゃ……」

浩太郎「うるさい!!! やよいおねぇちゃんなんて大嫌いだ!!」ダッ

やよい「あっ、浩太郎!?」

やよい「待ちなさい浩太郎!! こうたろーっ!!!」

やよいちゃんの制止も遅く、玄関も閉めず外へと走り去っていく浩太郎くん。
僕は浩太郎くんに握り締められているので、当然一緒に家出することになる。


あぁ、僕は一体これからどうなってしまうんだろう。


右、左と大きく交互かつ前後に振られる腕に揺さぶられながら、そんな事を思っていた。
安定しない視界の端には、月の光すら漏れることの無い曇り空があった。

・ ・ ・ ・ ・

ザァァァ

雨が降っている、それも強い雨。 千早さんの言った通りだ。
このままじゃ浩太郎が風邪を引いちゃう、早く探しに行かないと。

でも

高槻やよいは、立ちすくんだまま、その場を動けずに居た。
足を前に出し、すぐにでも浩太郎を助けに行きたかった、だがそれが出来ずに居た。
「お腹が空けばすぐ帰ってくる」なんて、長介が家出をしたときにも言ったことを、
楽観的にもいまだに思っているからなのだろうか。

高槻やよいは、進めずに居た。

やよい「こうた……ろ……」

長介「……やよいねーちゃん、俺、浩太郎探しに行くよ」

やよい「え…………?」

長介「こんなトコでじっとしてても、浩太郎は帰ってこないし」

やよい「ちょう……すけ……」

長介「……やよいねーちゃんはどうすんの?」

やよい「わた、しは……」

長介「……プロデューサーの兄ちゃんに連絡とか、しないの?」

やよい「そんなっ、迷惑掛けられないよ…」

長介「じゃあ、自分で探しに行かなきゃ。 俺は行くからな」

やよい「あっ、長介…っ」

返事を待つことなく、雨が降りしきる中、傘も差さず出て行く。
先程より、雨足が強くなっているのにも関わらず。

やよい「長介まで行っちゃった…。 私は……」

私は、このままここで待つしか出来ないのか?
きっとここで待つことは、探しに行くことより何倍も辛いことだろう。
一秒が永遠にも感じられるほど、気が気でないだろう。

グルグルと思考が錯綜する。 こうしてる間にも時間は過ぎていくというのに。


かすみ「やよいおねえちゃん、行かなくていいの?」


先程まで一言も口を出さず、ただ状況を見守っていたかすみが口を開く。
その言葉をトリガーに、やよいがゆっくりと振り向く。

やよい「かすみ……」

かすみ「私なら大丈夫だよ、浩三の面倒もちゃんと見れるし」

やよい「で、でも……」

でも? 今確かにやよいは「でも」と言った。
別に今は残った弟たちのことが心配だから残っていたわけではない。
なのにも関わらず、やよいはかすみの言葉に否定せず返事をした。

やよい「…………」

やよいは今、かすみの言葉を利用して自らを守ろうとしている。
その事を曖昧ながらも感じ取ったのか、次の言葉が出せなかった。
俯いていると、かすみの後ろからひょっこりと顔を出す浩司の姿が見えた。

浩司「やよいおねーちゃん……」

やよい「浩司……」

浩司「浩太郎にーちゃん、ぼくのせいで居なくなっちゃったの?」

やよい「いや、浩司の所為でいなくなったわけじゃ……」

このままじゃ、浩司が呵責の念に囚われ、耐え切れず泣いてしまうかもしれない。
大切な弟が泣いているんだ、慰めてあげなければならない。
姉として、そう、姉としての使命感に駆られた—。


その時だった。




浩司「ぼくのせいなら、ちゃんと謝らなくちゃ」



やよい「!!!」

衝撃。 金槌で頭を殴られたような、そんな衝撃が襲い掛かった。
高槻やよいは、知らなかった。 この子は、浩司は成長しているということを。
今この子は、折れそうな心を、自分で支えようとしていることを。


それに比べ自分はなんだ。 まるで成長していないじゃないか。
あの頃から、長介が家出してから何も変わっていない。
自分の頭を叩く、先程の衝撃とは比べ物にならない程弱い威力だが、目を覚ますには十分だった。

やよい「……よしっ!!」


この時、高槻やよいは前に進んだ。


かすみ「やよいおねえちゃん?」

やよい「かすみ、浩三をよろしくね」

かすみ「……うんっ!」

やよい「浩司、私、浩太郎を絶対見つけてくるから、その時は一緒に謝ろうね」

浩司「……!! うん!!!」

やよい「じゃあ、行ってくるね! ……あ、その前に」

玄関に赴き、靴を履こうとするところでふと思い出す。
向かうはレトロな黒時計。 電話帳を見やる必要も無い、何故ならはっきりと覚えているから。
ダイヤルをくるくると指で回す。 連絡先はもちろんプロデューサー。

・ ・ ・ ・ ・

浩太郎「はぁ〜あ……」

いまだに雨が弱くならない中、浩太郎くんと僕は、家から少し離れた公園に居た。
天道虫型の遊具で雨を凌ぎながら、浩太郎くんは先程の行動を悔いていた。

浩太郎「やよいおねぇちゃん、怒ってるかなぁ……」


浩太郎「怒ってるよなぁ……。 はぁ……」

二つ目の幸せを逃がしてから、変わらず右手に抱かれている僕をじっと見る。


浩太郎「……謝らなくっちゃ……」

とてもいい子だ。 この子は既に反省をし、謝ろうとまでしている。
悪い事を悪いと認める事はとても勇気のいることだ。

浩太郎「許して……くれるかな……」


絶対大丈夫だよ、許してくれるよ!


口が動けば、音が出せれば迷い無くそう言っただろう。
たった少しの時間しかあの家で過ごしていないが、しっかりとした自信があった。
あんな素晴らしい家族が、君を許してくれないわけがないと。

浩太郎「…………だよな!」

まるで僕の言葉に反応してくれたかのように、相槌を返す。
と、同時に遊具から飛び出し、雨の中を駆け出す。
この雨の冷たさを消し飛ばすような、そんな暖かい場所へ帰る為に。

雨で固まってしまった砂場を跳び越し、公園から出る。
ついさっきもこの道を通った。 でも、たとえ道は一緒でも、
足取りは不思議と軽そうで、表情もとても明るく見えた。


その時だった。

側溝沿いの道路の歩道側を通っていたところに、反対側から車が走ってきた。
それまではまだ良かった、でも空から落ちてくる水滴がその状況を悪化させた。

浩太郎「…………っ、うわっ!」

おそらく、フロントガラスに張り付く雨のカーテン、それを切り裂くワイパーなど、
視界を遮る不安要素が重なったことにより、運転手は浩太郎くんが見えないでいたのだろう。
車は車道から少しばかり外れ、白線の内側、つまり浩太郎くん側へ寄ってしまったのだ。

浩太郎「あぶな……っ!! う、うああああああ!!!」

運転手が浩太郎くんに気付き、慌ててハンドルを切るも時既に遅し。
近づいてくる車を避けようとした浩太郎くんは、足を踏み外しそのまま側溝に落ちてしまった。
その際、僕は道路に仰向けになる形で放り投げられ、その時背中のスイッチが[ON]になる。


浩太郎くん、浩太郎くん!!


精一杯叫ぼうとするが、自分の意思とは裏腹に、ガシャガシャと前後する腕と足。
地面に足がついてない以上、今の自分はただ道路の上の醜く蠢くことしか出来ない。
立てない、近づけない、見下ろせない自分には、今浩太郎くんがどうなっているのか解らない。

だが、豪雨により増水された側溝の恐ろしさは知っているつもりだ。 このままでは危ない。
何か自分に出来る事は無いかと、頭の回路をフル回転させる。 まだ雨は止まないでいた。

・ ・ ・ ・ ・

その間、長介とやよいは必死に浩太郎を探していた。
いくら二人とはいえ、土地勘もある。 だと言うのに見つからずに居た。
もしかしたら、などと思わずにはいられなかった。


P「お〜い!! やよいー!!!」

やよい「あ、プロデューサー!!!」

そんな中、やよいから電話を受けたプロデューサーが駆けつけてきてくれた。
肩が大きく上下し、息も絶え絶えだ。 走ってきてくれたのだろう。
プロデューサーを見て安心したのか、堪えていた涙を目尻に溜める。

P「ハァッ、ハァッ、長介くんも」

長介「…久し振り、プロデューサーの兄ちゃん」

P「浩太郎くんが、居なくなったんだってな?」

やよい「はい、私のせいで…」

長介「やよいねーちゃんのせいじゃ無ぇよ!」

P「そうだ、やよいの所為じゃ無い、浩太郎くんもそう思ってるさ」

ポン、とやよいの頭に酷く優しく、けどどこか力強く手を置く。
その瞬間、まるで肩の荷を半分持ってもらったような、とても体が軽くなる感覚を得た。

やよい「あ…、はい…!」

P「俺で力になれるか解らないけど、全力で手伝うよ!!」

やよい「有難う御座います!! ……すみません、忙しいのに……」

P「なぁに、やよいの家族のため、全然大丈夫だ! ほら、早く探さないと!」

やよい「……はい!!」

長介「じゃあ、にいちゃんと俺はこっち! やよいねーちゃんはそっちな!!」

やよい「うん、わかった! 長介も気をつけるんだよ!」

弾かれるように、お互い正反対の方向へ走り去る。
聞こえるのは、雨が屋根や地面にぶつかる音と、雨を踏みしめる音だけだ。

P「雨が酷い…、早く探さないとな…!!」

長介「アイツのことだから、川に落ちてなきゃ良いけど…!」

P「悪い冗談はやめてくれ、寿命が縮む……」

長介「大丈夫だよ、そうなっても絶対助けてやる……!」

固く真一文字に結ばれた口からは、相当の覚悟が見て取れた。
まだ幼いのに、というのは失礼かな、と思い口を閉ざす。

P「流石お兄ちゃんだな」

長介「……そんなんじゃないよ。 ただ……」

P「…ただ?」

長介「もう、やよいねーちゃんを悲しませたくないだけだ…!」

"もう" おそらく、以前自分が家出したときの事を言っているのだろう。
きっと、あれから後悔して、反省して、自らを責めたのだろう。
男として成長したんだな、と心の中に熱くなるものを感じずにはいられなかった。

P「…そっか!」

長介「あ、今のやよいねーちゃんには秘密だかんな!」

P「あぁ、解った!」

秘密、か。 成長しても、やはり言動は歳相応の男の子なんだな。
と、二度目の失礼を飲み込んでから、しっかと前を向く。
眼鏡のレンズは既に機能していないが、それでも探すしかない。
やよいの、そしてなにより、この素晴らしい家族の曇り一つ無い笑顔の為に。

 ・ ・ ・ ・

浩太郎「う…うぅ………」

浩太郎の小さく、か弱いうめき声が聞こえる。
奇跡的にも、浩太郎は側溝へ落ちてはいなかった。
落ちる際、生活排水を通すための水道管にしがみつくことによって、
最悪的状況からなんとか回避していたのだ。

浩太郎「ど、どうしよう……」

だがしかし、最悪の状況から回避しただけに過ぎなかった。
雨により川は増水、いまにも浩太郎の足を飲み込まんとしていた。

浩太郎「やよいおねぇちゃん、長介にぃちゃん……」


浩太郎「……誰かー!! 助けてー!!!」

恐怖を振り払うように大声で助けを呼ぶ。
だがしかし、その声は雨音にかき消されてしまう。
が、一つだけ例外があった。



!! 浩太郎くん、今すぐ助けるからね!


浩太郎の助けを呼ぶ声を聞いた「物」があった。
いまだ勝手に動く手足から意識を切り離し、どうやったら助けられるかを考える。


僕じゃ助けられないのか……。


その結論に至るまで、時間は驚くほど掛からなかった。
客観的に見ずとも、たかがロボットが人を助けることなど無理なのだ。
ロボットは、今初めて自らの無力さを悟った。


…それでも……。


「それでも」 それでもと、このロボットは言った。


それでも、僕に出来ることを今しなくちゃ!


一日、いや一日にも満たない時間しか彼らと過ごしていないにも関わらず、
何故そこまでして、浩太郎を助けようとしているのか。
恩があるわけでも、義務があるわけでも無いのに、何故。



だって、僕だって浩太郎くんたちの大切な家族なんだから!


家族、玩具として作られたロボットには似つかわしくない単語だ。
だがしかし、このロボットはその言葉に何の疑問も持っていなかった。
このロボットは今、家族としての責務を果たそうとしている。

その時、奇跡が起こった

・ ・ ・ ・ ・

—千早宅—

春香「でねー、その時伊織がー……」

千早「…凄いわね、まさか水瀬さんが……」

やよいと別れたあの後、時間もそこそこに千早宅に二人は居た。
春香が千早の家に泊まりたいとごねたからだ。
そして、千早も拒否する必要性が無かったため、必然的に二人はここに居る。

春香「って、うわ、もうこんな時間」

千早「そうね、そろそろ晩御飯作らないと」

春香「よっし、じゃあパパッと作っちゃおう!」

壁に立てかけるタイプの時計を二度見し、驚きの声を出す春香。
それに追従し、次に何をするか冷静に答える千早。
これだけで二人の間には、固い友情が結ばれていると解るだろう。

春香「……雨、全然止まないねー」

千早「今日はずっと降るみたいよ」

春香「そっか。 …………あ!!」

千早「春香、どうしたの?」

春香「思い出した思い出した! なんで思い出したのかわかんないけど思い出した!!」

千早「???」

両手をブンブンと振り、興奮気味に思い出したとしきりに喋る。
思い出したものが何なのかが解らないので、千早は頭に疑問符を浮かべる事しか出来なかった。

春香「あのロボットの目が何色に光るか!!」

千早「あぁ、そういえば悩んでたわね」

春香「うん、よーーーやくっ! 思い出せたよー」

千早「一体何色に光るの?」

春香「良くぞ聞いてくれました! あのねー……」

・ ・ ・ ・ ・

七色、七彩。

赤、橙、黄、緑、青、藍、菫。

その時、虹色にロボットの瞳は輝いていた。
光量こそ少ないものの、夜になり光の少なくなったこの場所には賑やか過ぎる光だった。
壊れているはずだったのに、何故直ったのか。 落ちたショックで直ったのか。
それを計り知る事は出来ない。 奇跡が起きた、そう思うしか無かった。

そして、その奇跡を目の当たりにした人間が居た。

長介「……あれはまさか…?」

P「長介くん、どうかしたのか?」

長介「あれ、浩太郎が持ってたロボットだ…!」

偶然この路地を通りかかった長介が、虹色の光を目にした。
考えるよりも先に二人はその光の元へと走っていく。

長介「浩太郎、浩太郎ー!?」

浩太郎「長介にぃちゃん!? ここだよー!!」

長介「浩太郎!? そんな所に…、兄ちゃん!」

P「あぁ、解ってる!! 浩太郎くん、手を伸ばすんだ!!」

言われるがままに、いや最早考える暇など無かったのだろう。
差し伸べられた手を、条件反射と言っても良いほどの速度で取る。
そしてゆっくりと、しっかりと浩太郎を引き上げる。

長介「浩太郎、大丈夫か!?」

浩太郎「長介にぃちゃん……、う゛わ゛ああぁ゛ああ゛ぁん!!!」

長介「……ったく、このバカ……!」

浩太郎「怖かったよお゛ぉおおぉ゛おぉ!!!」

長介「わかったわかった、良く頑張ったな」

P「……本当に良かった、無事で」

長介「兄ちゃん、本当にありがとう。 ほら、浩太郎も」

浩太郎「ごめんなざいぃ゛いい゛ぃ!!!」

P「あはは……」

長介の胸でひとしきり泣いた後、頭がクリアになったのか、
ふと浩太郎が、鼻水を垂らしたまま一つの疑問を二人に投げかける。

浩太郎「そういえば、なんで俺がここに居るって気付いたの?」

二人は、その投げかけられた質問の答えを、そのまま視線に変える。
長時間雨に晒されたことにより、漏電してしまったのか、
そこには、七色の光は消え、ぎこちなく手足を動かす事しか出来ないロボットがあった。

P「あのロボットのおかげで浩太郎くんの場所が解ったんだ」

長介「さっきまでは動いてたんだけど……」

長介から離れ、おぼつかない足取りでロボットへと向かう浩太郎。
壊れかけた、そのロボットを手に取り、雨露を払う。

浩太郎「お前が、助けてくれたんだな……」



浩太郎くんが無事で、本当に良かった……。


ほぼショートしている思考回路で、ロボットはそう思うことしか出来なかった。
否、それしか思うことが無かったのだ。

家族として、浩太郎を助けてあげたい。
その願いを叶えた今、もう何も思い残すことは無かった。

……いや、もう一つだけ、思い残す事があった。
彼は、浩太郎は喜んでくれただろうか? 迷惑ではなかっただろうか?
などと、あらぬ事を考えてしまう。 そんな事、思うまでも無いのに。




浩太郎「ありがとな! お前は俺の自慢のヒーローだ!!」


……あぁ、あぁ!! あぁ!!!


あるはずの無い心が震える、目の部分から浸水した水が溢れ、涙として流れる。
もう殆ど動くことも出来なくなった手足に力がこもる。
喜びという感情が体中に広がっていくのを感じる。


君と一緒に居られて、本当に良かった……。


思い残すことは、これでもう何も無くなった。



ロボットの機能は完全に停止した。

その後、やよいと合流して、帰路についた。
浩太郎を見た途端、やよいが顔をぐしゃぐしゃにして浩太郎に抱きついていた。
厳しく咎めながらも、浩太郎の頭を優しく撫でるその様は、まるで母のようだった。

やよいに釣られたのか、浩太郎が二度目の涙を流していたのを、
長介、プロデューサーがまたか、と言ったような顔で優しく見守っていた。

プロデューサーは浩太郎に、ツテがある望むのであればロボットを直してくれるよう持ちかける。
と提案したのだが、浩太郎はこれを拒否。

「綺麗にしちゃったら、コイツの頑張りが無駄にっちゃいそうだから」だそうだ。
救ってくれたのはあくまでも、お世辞にも綺麗とは言えない見てくれをしたこのロボット。
おそらく、修理に出したら内部のパーツはおろか、ボディまで総取替えだろう。
それでは最早、高槻家の一員であるロボットでは無くなると思ったのか、彼の決意は固かった。

そして今。

浩太郎「いってきまーす!!!」

やよい「あっ、浩太郎! ちゃんとハンカチ持ったの!?」

浩太郎「持った持った! いってきまーす!!」

遅刻をしているわけでもないのに、ドタドタと喧しく慌しい玄関。
一刻も早く外へ出たいのか、靴を履くのも半ばに玄関の扉を開ける。

浩太郎「おっとっと、じゃあ、行ってくるな!!!」

思い出したかのように、玄関からひょっこりと顔だけ出し挨拶をする。
その先には、下駄箱上に置かれた、くすんだ銀色のボディに拙い英語で「HERO」と書かれた、

ボロボロのロボットの姿がそこにはあった。




おわり

これにて終了です、読んで頂きありがとう御座いました。

やよいSSを書こうと思ったら高槻家SSになっていたのはなんでなんだぜ?

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