食蜂「好きって言わせてみせるわぁ」 その3 (469)

・いつの間にやら二期が始まったので触発されて

・禁書1~3以外未読、新約もちろん未読、なので色々違う可能性があります

・地味に暴力描写有り、不快な人はごめんなさい

・荒らしがいた場合には徹底スルーをお願いいたします


前スレ

食蜂「好きって言わせてみせるわぁ」 その2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371963371/)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1377261524

少々手間取りましたが、ゆるりと投下開始します

――物資搬入路前


「構えッ!」

ゆっくりと近づいてくる色とりどりの傘の群れを目視し
隊長格の男がマガジンを補充し終わったばかりの猟犬たちに対空砲火を命じた。
間断なく虚空に向けられた数丁の自動小銃が、発砲の許可と同時に済み切った空へ橙色の火線をばら撒いていく。

一般的にアサルトライフルとも呼ばれる自動小銃。
扱い易さを最優先に世代交代を重ね、驚異的な軽量化と低反動を実現。
非力な女子供を大量殺人犯に変えうる残虐な武器だ。

ことに学園都市で開発されたものは秒間12発の連射機能を実現し
その銃弾の一つ一つが熱さ3ミリの鉄板を貫通する。
人数に勝る警備員が今もって攻勢に出きれていないのも、装備の殺傷力の差によるものだった。

そんな恐るべき武器から放たれた無数の銃弾が、接近しつつあった傘の一群をまとめて蜂の巣にした。
時間が経つにつれて操車場にはズタズタになった傘の残骸が散乱していく。
とはいうものの、後続の傘は乱気流に掴まった凧にも似た非常に読みづらい動きで飛行しており
全体的な着弾率はさほどよいとも言えない。
何より不気味なことに、そんな変則的な軌道を描きながらも、傘の群れは着実に猟犬たちへと近づいていた。

「射撃、止めっ!」

対処する人数を更に増やすか。目下の脅威である警備員に注力して後回しにするか。
男が頬を歪めながら空を睨んだ。
全ての傘を撃ち落とすにはまだまだ人数が足りないが、これ以上人数を割けば警備員に先手を取られてしまう。

「隊長、警備員どもが前進を始めました!」

「ちっ、このタイミングでか」

今のところ、浮遊している傘がこちらを襲ってくるような気配はない。
警備員の後援が戦線をじりじりと押し上げているこの現状で
これ以上傘の迎撃に人数を割くのはリスクがある。

傘を飛ばすことに何らかの意図があるのは間違いない。
が、どちらも放って置けないのなら、まずは目先の敵を排除するべきだ。
男が出したその結論は、客観的に見て適正な判断だった。
部下の猟犬たちもそう納得したのだろう。
空に向けていた自動操縦をおろし、警備員たちの対処に加わった。

「まだ、警備員だけのようだな」

「ええ、今のところは」

味方と言葉を、敵と銃撃を交わしている間にも
大量の傘は移動を続け、ついに猟犬部隊の真上に差し掛かった。

ぽつぽつと操車場に生じた日陰を見、何人かが視線を頭上に向けるや否や
はるか上空で雷の音が鳴り響いた。

瞬間、空が白み、何も見えなくなった。


「え……」


猟犬たちが状況を判断するより先に、突如飛来してきた青い雷が傘の群れに降り注ぎ――

「ぜ、全員伏せ――」

骨組みを伝ってドーム状に拡散。
轟音と共に光のシャワーが猟犬たちを飲み込んだ。


「ぐわああーーーーーっっ!!」

「ぎぃゃああああッッッ!!!」


尾を引く絶叫が迸った。
雷に晒された猟犬たちがことごとく膝をつき、四つん這いになって蹲り、白目を剥いて全身を痙攣させた。
ことに雷撃の密度が高いところにいた隊員たちは、足を投げ出すようにして仰向けに倒れたまま微動だにしない。

「な、なん……だと?」

落雷を免れた別働隊の面々が、恐る恐るといった体で、隊員たちが倒れ伏した地点を見つめた。
次いで、今もって空に浮かんでいる傘の群れを。

今なお青白く帯電したままの傘の群れが、今度は別働隊の面々に向かって緩慢な移動を始めた。

「う、うわああああッッ!」

恐慌に駆られた猟犬たちが空に向かって発砲したが
今度は横手から強化ゴム弾が飛来し、中途半端に身を高くしていた猟犬たちを次々に撃ち抜いていく。

「馬鹿者が! 不用意に立ち上がるな!」

「た、隊長! ア、アンチスキルが動き始めました!」

弾幕が薄まったのを見計らうように、警備員の前衛が前進を開始。
畳み掛けるかのように数台の装甲車が金網を破って敷地内に乱入、施設に向かって速度を上げ始めた。

「……くっ、八方塞がりではないか! このままでは――」

「た、隊長!」

「あぁもう! 今度はなんだ!」

「味方の増援です! 施設内から来ます!」

示した方角を向くと、その言葉通り、増援の猟犬たちがバラバラと施設入口から出てくるところだった。
彼らもすぐに警備員の接近に気づいたのだろう。間もなく銃を構えて戦列に加わった。

「よ、よし! 彼らと協力して連中を仕留めるぞ!」

「はいっ!」

命令に従い猟犬たちが脇から狙いを定めようとした。
が、それより早くいかつい装甲車が射線に滑り込む。

間断なく、強力な盾を得た警備員たちが車の前後に陣取り
先ほどより数を減らした猟犬部隊に対して一斉に応射を開始した。

――施設入口前


「傘に落雷が?」

「は、はい。おそらくは能力者の仕業かと思われます」


幸運にも落雷の範囲から逃れていた隊員たちが増援部隊に合流し
事のあらましを早口で説明していた。


「密集した傘が上空に差し掛かってからは、あっという間でした。ものの数秒で俺たちの部隊は――」

耳を疑うような報告内容に、増援部隊の者たちは顔を見合わせた。
いかに学園都市とはいえど、大規模戦闘に適している能力の持ち主はそれほど多くない。
ましてや数十人を一瞬にして戦闘不能にできる能力者などごくごく限られている。


「雷――超電磁砲か」

名門常盤台中学二年。学園都市第三位、御坂美琴。
門外漢の自分でも名前と学校名くらいは聞き及んでいる。
しかも、数日前の標的確保時には邪魔されたらしいという話を上役から聞かされたばかりだ。


「……やむをえん。外で戦うには分が悪すぎる相手だ。

後退しながら後続と合流し、順次屋内戦に移行するぞ」

「で、ですが木原さんになんと言われるか」

「今の戦力ではとても太刀打ちできんだろう。お前、このほかに余罪はないのか?」

尋ねられるなり、若い男が口を噤んだ。
猟犬部隊は後ろ暗い者たちを選りすぐった私兵集団だ。
捕まれば牢屋から一生出られないどころか
スピード裁判で死刑に処されるだろう者も混じっている。

「どのみち、一計を案じる猶予は残されていない」

そう言って、男が今なお滞空している傘を指差した。
おそらくは二分と経たずに、あの傘の群はこちらの制空権に到達してしまうだろう。
これ以上負傷者を出せば超電磁砲はおろか、警備員の勢いを止めることすらままならない。

黙りこくった隊員の姿に話が済んだと解釈したか、男が踵を返した。
そしてそこで、隊員たちの視線の先にあるものに気づいた。

ほとんど骨組みだけになった傘の残骸が、入口に列を作るように並んでいるのだ。


「な、なんだこれは? いつの間に――」

「雷がギザギザを描きながら落ちる理由、知ってるかしら?」


年頃の少女の――しかしぞっとするほど冷たい声色が、猟犬たちの背後から投げかけられた。

――地下通路


分厚い壁を貫いて聞こえてきた震動に、上条が束の間足を止めた。

「始まったみたいだな」

「そのようですね」

彼の目と鼻のには抜くのにも難儀しそうな長刀を携えた少女、神裂火織がいる。

道幅の狭い楕円形の通路は、元は非常口として利用されていたものらしいが
施設の閉鎖と同時に使われなくなったようだ。
当然照明は消えているので慎重に進む必要があった。

「御坂たち。うまいことやってんのかな」

「心配ですか?」

「そりゃあそうだろ。いくら強いったってなぁ」

客観的に見て、彼女の力は強力だ。それは上条も認めている。
妹たちの件でこそ自分が助ける側となったが、単純な戦闘能力は比較するまでもない。
上条の能力を知るものであっても、千人が千人、御坂美琴の方が強いと断言するはずだ。

なぜ今まで上条が美琴をあしらえうことが出来ていたのか。
その理由について、上条は自分なりに結論付けていた。
何のことはない。
彼女がその性格通りに真正面から向かってきたからだ。

そんな御坂を助けることができたのは
ひとえに一方通行という絶対的な存在に対して効果的な能力を有していただけ。
油断の消えた彼と再戦すればほぼ100%負けるだろう。

唯一無二の特例を排除してしまえば、美琴と上条の立ち位置は
学園都市の頂点に君臨するレベル5と、無効化能力を持つだけの一般人。
黒子にしても一年で風紀委員になったほどの実力者だし
まともにやりあったところで勝ち目は薄いだろう。

「確かに、俺如きが心配すんのがおこがましいって言われても言い返せねえ。――けどよ」

上条が歩みを止めずに続ける。

「御坂は俺より二つも年下の女の子で、白井に至っては去年まで小学生だったんだぞ?」

言いながらにして、にわかに嫉妬にも似た感情が芽生えたが、上条はそれを一笑に伏した。
たとえようのない劣等感に悩まされるのは今に始まったことではない。
心配することで彼女たちを低く見ようとしていたのなら問題だが、それも違う。

ただ、上条刀夜が親として子供である自分を守ろうとしたように。
上条当麻は男として、女の子を出来る限り危険から遠ざけたいと思っている。

それは胸の奥から来るもので、変えようのないことで。
そして、その対象は今話している相手も例外ではなかった。

そんな上条の心を知ってか知らずか
神裂が歩を止めぬまま肩越しに上条を見据えた。

「彼女らは実力のみならず、信念も専門家顔負けのものですよ」

もしかしたらあなたよりも。そう結んだ彼女に、上条は「まぁな」と頭を掻く。


「余計なこととまでは言いませんが、こちらもあまり余裕はありませんからね?」

「……もちろん、わかってるさ」


作戦が予定通りに進もうと進むまいと
施設の奥深くに侵入する以上、上条たちの危険度は低くない。


(もう少しだけ待ってくれ、食蜂。必ず俺がこの手で――と)


にわかに前を歩いていたはずの神裂とぶつかりそうになり、上条が慌てて顎を引いた。
彼女の長いポニーテールが顔に触れ、上条はくすぐったい感触を消そうと頬を撫で擦った。


「行き止まり、ですね」

「あ、あれ? おかしいな。途中の分岐はちゃんと見取り図通りに進んだよな?」

「……ちょっと待ってください」


神裂が目を細めながら壁に近づき、指先で壁面をなぞりつつ沿うように歩いた。ややあって――


「……ふむ、やはりここであっているようです」

そう言いながら上条に向き直った。

「ん、あぁ、本当だ。溶接痕みたいなのが薄らと見えるな」

横に並び立った上条が確認し、合点したようにうなずいた。
縦長の長方形に切り取ったように、壁の切れ目が盛り上がっている。

施設の閉鎖が本決まりになった時点で今後使わないと判断され
扉と壁の隙間が埋められたのだろう。

「では、打ち破りますね。離れていてください」

「……わかった。頼むぞ、神裂」


上条が壁面から離れたのを見計らって、神裂がすぅっと息を吸い込んだ。
舞を思わせる流麗な動きで刀に利き手を添え
斬るべき目標を見据えて腰を落とし込んだ少女の柔らかな所作に
上条は目が離せなくなった。


「七閃」

小さな呟きが瞬く間に何重もの甲高い和音に上書きされ
轟音と共に道を阻んでいた障害物が跡形もなく砕け散った。

分厚い壁が一瞬にして大小の瓦礫と化したのを目の当たりにし


(もう二度と、コイツを本気で怒らせはすまい)


そう上条は心に固く誓うのだった。

>>18訂正

柔らかな所作に=柔らかな所作から

少し短いですが今夜は以上になります
次回は8月27日(火)22:00
上条と木原との対峙まで進む予定です
一部読んでいて不快な話も混じると思いますがご了承ください

「つか、お前の七閃でどーにかできねーのかよ!」

「距離がありすぎます! 拳銃程度の弾ならまだしも、自動小銃の全弾を弾き切る自信はありませんよ!」


拳銃ならできるのか、と上条は神裂に尊敬の眼差しを送る。

侵入者対策か、それとも化学物質の漏洩を防ぐためなのか。
通路の道幅は五人並んで歩くのがやっとで、天井もジャンプすれば手が届きそうなくらい低い。
等間隔で開いている溝は遮蔽扉の隙間を塞ぐためのものだろう。
そんな狭い空間では回避行動も取りづらく、神裂の強みである非常識な身のこなしが発揮しづらい。

「……あそこ!」

併走する神裂が通路の奥を指差した。
向かって左手の部屋からこうこうと灯りが漏れている。
二人はお互いに目線を交わし合い、目についた部屋に滑り込んだ。
と、そこで煙草をふかしている猟犬と鉢合わせした。

「き、貴様らどこから――」

「ふっ!」

相手が銃口を向けるよりわずかに早く、神裂が上から長物で銃身を叩き伏せた。
それに合わせて上条が相手に飛び掛かり、相手の襟を固定したまま顎先を何度も殴りつける。

「こんにゃろっ! 脅かしやがって! 危ねぇだろが!」

「ちょっと、ちょっと、もうそれくらいで」

くいくいっと袖を引っ張られ、ようやく上条が相手を解放する。
とっくに気を失っていたようで、相手はぴくりとも動かなかった。

「……防音設備に助けられたな。危なかったぜ、外の音が聞こえてたら挟まれ――」

「しっ、静かに!」

神裂が口に指を立て、上条が黙ってうなずいた。
扉の左右両側に分かれ、二人をここまで追い立ててきた猟犬たちを待ち伏せする。
部屋に入ってくるのは高望みだとしても、距離が縮まれば七閃の射程範囲に入る。

だが、その期待はあっさりと裏切られた。

「……追って来ないな」

「……もしかしたら、増援が来るまで我々をここで釘付けにするつもりかもしれませんね」

「だとすると、ずいぶん慎重に立ち回ってんだな」

「外の戦況が大分劣勢なのではないでしょうか。それが通信機器で周知されているとすれば」

なるほど、と上条も同意を示した。
主戦力となっているだろう御坂美琴の能力は応用力に富んでいるし
電撃使いの能力自体、敵の主要武器である電子機器や重火器とすこぶる相性がよい。
フル装備の熟練警備員に加え、空間移動能力者まで合わさるとなると
並の軍隊では歯が立たないだろう。

とどのつまり、施設内部の侵入者に対してもそれくらいの実力を期待されてしまっているのだろう。

「弱りましたね。通路に陣取られては無傷での突破は困難です」

「通風孔を使うってのは? スパイ映画なんかじゃよくあるだろ」

上条が天井を指差しながらそう言うと、神裂は一考にすら値しないとばかりに首を振った。

「侵入していることがバレているのに、ですか? 出口で待ち構えられて蜂の巣にされるのがオチです」

「……そ、そうか。でも、そんなにのんびりしてる暇は、ねえんだよな」

上条が室内をざっと見回し、再びのびている猟犬に視線を戻す。
ふと、腰の横に落ちているものに目が止まり、それを――

「素人が使うのは、おすすめしません」

ぴくり、と上条の指先が躊躇いを見せた。
が、次には思い直したように手を伸ばし、落ちていた拳銃を握り締めた。

「……そんなチャチな武器で自動小銃を持ったプロと渡り合えるとでも?」

「護身用だよ。頼らざるを得ない状況になるかもしれないだろ?」

そう言いながら得物を懐に忍ばせると、今度は気絶させた男の服のボタンを外し始めた。

「ちょ、ちょっと、上条当麻! どういうつもりですか!」

何を勘違いしたのか狼狽えた神裂に構うことなく、上条は上着の感触を何度となく手で握って確かめている。

「こっちのほうが使えそうだ。悪いけど神裂、もう少しの間だけ、外の警戒頼んでいいか」

「……は?」

目を丸くしている神裂を尻目に、上条はどかっと床に座り込み、黙々と作業を開始した。

――電子制御室


外に展開している部隊からの目も当てられない通信内容に、白衣の男が舌打ちする。
超電磁砲と思しき少女のトリッキーなピンポイント攻撃。
彼女を陰でバックアップする空間移動能力者。
二人と連携を取る警備員一人ひとりの錬度。

早口かつ声を荒らげて報告しているところから察するに
報告以上にまずい状況に追い込まれているようだ。
そのやり取りを聞いている研究者の多くが厳しい表情を浮かべ、はたまた不安げに視線を彷徨わせている。

「浮翌遊させた大量の傘に通電させ、電流を広域に拡散させてきます! とても避けられるような密度ではありません!」

「今車両部隊を向かわせてっから。てめえらもプロならもうちょい踏ん張ってみせろよぉ」

「た、頼むから早くしてください! 気流のせいか傘の動きが不規則で、避けるのもままなら――」ブツッ

「……ありゃりゃ」


「お、おい! どうしたんだ! 応答が途絶えたぞッ!」

「……外でいったい何が起こってるんだ?」

外の映像やマイクは敵の電子的制御によるものか、ほとんどが沈黙している。
目や耳を奪われれば普段鈍感な連中もさすがに慌て出すらしい。

ただ一人を除いて。

「予想通り劣勢か。やはり能力者が複数名加わっているようだな」

のっぴきならぬ状況を前にして、しかし初老の男の言動に焦りは感じられない。
その落ち着きぶりに、周りの研究者たちは反って不安なものを感じているようだ。

もはや脱出するには一刻の猶予もないはずなのに、なぜこうも平然としていられるのだろう。
もしかして、まだ何か切り札を隠し持っているのだろうか。

長年木原について来たものであれば、彼が秘密主義者であり
手の内をそうそう曝け出さない性格であることを知っている。

上司の意図をきちんと確かめるべきか否か。誰か問い質してくれないだろうか。
互いに目配せし合う研究員たちを尻目に、白衣の男が点滅しているモニターに気づき
スタッフに命じてマイクスイッチを入れさせた。

「き、木原所長」

「君か。今がどういう状況かわかっているね?」

優しい声色だが、目はちっとも笑っていなかった。
モニターの向こうで男が佇まいを正すのがわかった。

「も、もちろんです。少し気になることがあって、ご報告した方がよいかと判断しまして」

「気になること?」

『施設内の小型マイクが拾った、おそらくは侵入者同士と思われる会話の内容です』

「……ふむ?」

『ノイズが入って聞き取りにくいと思いますが、録音されていたものの一部を流します』


<――ガ――ピー――第五位を――確保次第――>


<不可能と――場合には――抹殺>


「……抹殺だと?」

きな臭いものでも嗅いだように、木原が眉をひそめた。

『……我々も、まさかとは思ったのです。ただ、その、独断で結論付けるのも躊躇われる内容でしたので』

「確かに、そのようだな」

『これが敵によるプラフかどうか判断がつかなかったもので、念のためお耳には入れておいたほうが、そう思いまして』

木原がふむと顎を撫でた。
状況的には、決してありえない話ではない。
実際問題、第五位の能力は何人かの理事にとって脅威に映るだろう。
自分以外にも地位を向上させるために抜け駆けしようと目論む者は大勢いる。

もしこれが統括理事直下の暗部の手によるものなら、ここは黙って引き下がるべきだ。
だが、仮にもあのアレイスターがこの程度の騒ぎで動くとも思いにくい。
そして、他の理事の妨害だとしたら引く理由はなくなる。
あるいは、そうやって迷わせることこそが狙いなのだろうか。

しばらくして、木原がくっくっと引きつけでも起こしたかのように笑い始めた。

「き、木原所長?」

「バカバカしい。選択の余地などない」

「と、言いますと」

恐縮しきった態度で、年配のスタッフが尋ねた。

「第一に、この状況下では真偽を確かめようがない。

敵にあの小娘を与えて[ピーーー]か殺さないか観察するわけにもいかんだろう」

「は、はぁ、それは確かに」

「洗脳終了まではもう秒読みの段階だ。余計な邪魔が入っては堪らん。取り急ぎ娘をFブロック――いや」

言いかけて、木原が思い直したように斜め上へ視線を向けた。

「やはり、測定設備のあるBブロックに移してもらおうか」

『……Bブロックですか? 構いませんが』

エリアセキュリティのランクで言えばFは最高、Bはそれより一つ下だ。
不思議そうに首を捻るスタッフの肩を、木原がぽんと軽く叩いた。

「何、面白い余興を思いついたまでだよ。お披露目するのはもう少し先の事になると思っていたがね」

モニターを見上げながら、木原が腰の後ろで手を組んだ。


「ここは、命知らずの侵入者たちに敬意を払おうではないか」


多角カメラに映る侵入者たちを前にして、細い目の瞳が妖しく光った。

>>129 訂正


「第一に、この状況では真偽を確かめようがない。敵にあの小娘を与えて殺すか殺さないか観察するわけにもいかんだろうしね?」

「は、はぁ、確かに」

「洗脳終了までもう秒読みの段階だ。余計な邪魔が入っては堪らん。取り急ぎ娘をFブロック――いや」

言いかけて、木原が思い直したように斜め上へ視線を向けた。

「やはり、測定設備のあるBブロックに移してもらおうか」

「……Bブロックですか? 構いませんが」

エリアセキュリティで言えばFは最高ランク、Bはそれより一つ下。
不思議そうに首を捻るスタッフの肩を、木原がぽんと軽く叩いた。

「何、面白い余興を思いついたまでだよ。お披露目するのはもう少し先の事になると思っていたがね」

モニターを見上げながら、木原が腰の後ろで手を組んだ。

「ここは、命知らずの侵入者たちに敬意を払おうではないか」

多角カメラに映る侵入者たちを前にして、木原の細い目が妖しく光った。

――施設通用路


「……じゃあ、資料室や研究施設内にまで侵入者が?」

「空間移動能力者のようです。言いづらいんですが、外とは別口の……」

「おいおい、ほとんど詰んでるんじゃねえか」

「警備員と共闘しているわけじゃなさそうです。もしかしたら暗部の一部隊――」

「お喋りはそこまでだ。誰か来るぞ」

曲がり角に陣取っていた中年の男が若い二人を手招きした。

「……さっきのやつらか?」

しゃがみ歩きで男たちが曲がり角に身を潜めた途端、衝撃音が轟いた。

「――な、なんだ!?」

男たちが待ち構えている目と鼻の先で、何かが立て続けに爆散した。
規模こそさほど大きくないが、瓦礫が重々しい音を立てて何度となく崩れているのがわかった。
先ほど遭遇した二人の仕業だろうか。
緊張の線を限界まで張りつめたまま、一人が壁に張りつき、銃口だけを標的のいる廊下の奥にそっと向けた。

その時初めて、轟音に交じって誰かが走っているような音に気がついた。

状況を把握し、戦い慣れた男たちが揃って絶句した。
見慣れぬ学生服の少年が、今まさに目の前で、無謀な突撃を敢行しているところだった。

「……はっ、ははっ、死にたがりが!」

面食らっていた男の一人が我に返り、みるみる距離を縮めてくる少年に銃を向け、半笑いを浮かべながら引き金を引いた。
咄嗟に少年が太い腕で顔を庇い、そこにピンポイントで銃弾が撃ち込まれた。

「ヒャッハーッ! 左腕いただき――――ッ!?」

歓声を上げかけた猟犬がありえない光景に息を飲んだ。
今しがた銃弾を受けたはずの左手を力強く前後に振り
少年は先ほどの勢いそのままに、何事もなかったかのように、猟犬たちの方へ向かって走ってきた。

まさか痛みを感じていないのか。学園の薬物か。それとも何かしらの能力によるものか。
数パターンの可能性が三人の頭を過ぎったが、すぐにそれをかなぐり捨てた。

敵がそんな能力を持ち合わせているのなら、先ほどの接触で逃げを打つ必要などなかったはずだ。
三人は示し合わせたようにうなずき、次いで先ほどよりは姿が大分大きくなってきている少年に銃を発砲した。

弾幕に晒された少年は走りながらわずかに身を屈め、自分の体に命中するだろう数多の弾丸を選び――払いのけた。

「――ま、まさか、冗談だろ!?」

距離が一気に狭まったことで、猟犬たちは何が起きたかをやっと理解した。
その少年が何をやってのけたのかを。

暗がりでは太い腕に見えたもの。
その正体は紛れもなく上条の左腕であり、そして腕に巻きつけられた防弾チョッキだった。
どこか見覚えのある墨色の生地と刺繍は猟犬の支給品だ。
おそらく倒された仲間から調達したのだろう。

ぐるぐるに巻かれた腕を盾代わりにし、迫りくる銃弾を受け弾いている。
相手のやっていることを脳が認識し、三人は驚くより先に戦慄した。

確かに学園都市製の防弾チョッキは優秀だと評判で、外国の要人からも頻繁に注文が入る。
とはいえ、弾を堰き止める構造上、受けた衝撃まで減殺しきれるわけではない。
悪くて粉砕骨折、よくても骨にヒビの一つや二つは入るだろう。
当然、直撃すれば痛みだって感じるはずだ。
それ以前に、銃弾を見切られているということ自体まともではない。

あるいは、この少年は受けきれなかった場合のことを一考だにしていないのではないか。
再起不能の重傷を負うことを、全く恐れていないのではないか。

得体の知れぬ気持ち悪さを感じ、猟犬たちが引き金にかかった指を小刻みに動かした。
焦りで狙いが甘くなり、散らばった銃弾の一つが上条の左腿を掠め、制服の袖を撃ち抜き、右のこめかみを抉った。

それでも、上条の左手は急所に向かう弾丸を選び、確実にシャットアウトしていた。
そんな非常識な光景が、彼らに弾切れを気づかせなかった。

空撃ちで致命的なミスを悟り、大慌てで弾薬補充に入った間隙を縫い――ついに上条が間合いを踏破した。


「――うぉららああぁぁぁ!」


勇ましく雄叫びを上げた上条が、盾にしていた左手を相手の顔面目がけて振りかぶった。

躱す間もなくラリアットをかまされた男が後方に吹っ飛び、背中から強かに壁に激突した。
その後ろから神裂が現れ、銃を構え直そうとしていた痩せた男の顎を、長刀の鞘で打ち据えた。

残った男が上条の背中に向けて構え直すよりも早く、上条の右手が伸びてきて後ろ手のまま銃身を捉えた。
地面に向かされたままの銃口から弾が数発発射され、跳弾となって廊下を駆け巡った。

「この! 放せ! 放しやが――」

咄嗟に、上条が五指の力を抜き、次いで振り上がった銃を掴み直した。
そして、一瞬バランスを崩した男の頭部に、容赦なく足を振り上げた。
鈍い音とともに男の両足が宙に浮いた。
顔を蹴り飛ばされた男が鼻血を迸らせながら仰向けに倒れ込んだ。

「……が……はッ!」

上条が大きく息をつき、今しも両手で鼻を抑えてもんどりうっている男に歩み寄った。
一人目と違い、単発では意識を断ち切れなかったようだ。
倒れた男に蹴りを入れられる距離で、おもむろに上条が立ち止まった。
穴だらけになった防弾チョッキのベルトが切れ、肩から滑り落ち、痣だらけの左腕が露わになった。

「すっげぇ、痛かったぞ」

口の端を歪めながら上条が拳をぽきぽきと鳴らした。揺らぐことのない瞳には、ほの暗い感情が見え隠れしている。
少なくとも、見下ろされている男にはそう見えているに違いなかった。

「ま、まっふぇふれ、ふぁなせばわか――」

ズシン、と、男の顔のすぐ傍で、震脚が炸裂した。
廊下全体に響き渡った四股の音は、男を黙らせるには十分なものだった。
かたかたと全身を震わせ始めた男の前髪をぐっと前に引き寄せ、上条は額を擦り付けんばかりの距離で男の目を睨みつけた。


「あの子は、どこにいる?」

「血が垂れていますよ」

「掠っただけだ。問題ねえよ」

情報を聞き出した後で猟犬を締め落とした上条が、よっこらせっと立ち上がる。
頬まで垂れてきた血を親指でぐいと拭い、再び歩み出そうとする。

「ならいいんですけどね」

神裂が思案げに後ろを振り返り、最初に殴り飛ばされた男を見つめた。
殴られたダメージが大きかったのか、壁に叩きつけられた際に脳震盪を起こしたか。
両手で頭部を押さえたまま立ち上がろうともしていなかった。

「あなたにしては思いきりがよいというか、容赦がないですね」

「銃持った相手に手加減できるほど強くねえんだよ。お前と違ってな」

それにしてもですよ、と神裂が続けた。

「数キロもの重りが入った鈍器で力任せに殴りつければ、当たり所次第では――」

「もし死んじまったらそいつがただただ不幸だった。それだけのことだろ」

この話は終わりだとばかりに、上条が早口で言い放った。

「あなたらしくありませんね、そのような考え方は」

「らしいままじゃ、通用しねえんだよ」

語気を強めた上条に、神裂が押し黙った。

「手心加えて勝てる奴らじゃねえ。それは、前回嫌ってほど思い知ってる」

手強い相手に対し、迅速に、最善の勝利を収めなくてはならない。
取り戻すための戦いに赴いた時点で、上条はポリシーを貫くことなどとっくに諦めていた。

「こうしてる間にもあいつが心細い思いをしてんのは間違いないんだ。今度こそ、今度こそ絶対に助けてやらなきゃ――」

最後の方は、語尾が掠れてほとんど聞こえなかった。
態度や言葉の端々からうかがえる上条の覚悟に、神裂は何とも言えぬ気持ちにさせられた。
言い知れぬ不安は否めなかったが、羨ましさに近い感情も抱いていた。
聖人ではない身でありながら、傷つくことを厭わぬ上条の強さが。
そんな上条が心から案じている囚われの少女のことが。

「時間が惜しい、そろそろ行くぞ」

「……わかりました」

「Bブロック、か。区画名で言われてもピンと来ねえな」

敵に遭遇してからというもの散々逃げ回ったおかげでどこをどう曲がったかなどろくに覚えていない。
侵入した地点に戻らないまま目的の場所へたどり着ける自信はなかった。

「普段、ナビシステムに頼りすぎでは?」

神裂が微苦笑し、上条がため息をついた。
学園都市では携帯や公的掲示板を見ての移動が基本だ。

「……ん、何も言い返せないな」

「突入前に拝見した見取り図通りならば、多分こちらのはずです。ついてきてください」


案内役を買いながら、神裂はひとつ確信を深めていた。

(中途半端な発動で銃弾の雨を潜り抜けられるとは到底――――だとすれば)

出がけ、ステイルがこぼしていた不穏な予感が、確かな現実になりつつあることを。

今夜は以上になります
手入れが多くてボス戦までもって行けませんでした、申し訳ないorz

明日、今日の残りを投下します。時間は22:00頃の予定です

>>131訂正

――施設通用路


「……じゃあ、資料室や研究施設内にまで侵入者が?」

「空間移動能力者のようです。言いづらいんですが、外とは別口の……」

「おいおい、ほとんど詰んでるんじゃねえか」

「動きからして警備員と共闘しているというわけでもなさそうなんですが、もしかしたら暗部の――」

「お喋りはそこまでだ。誰か来るぞ」

曲がり角に陣取っていた中年の男が若い二人を手招きした。

「……さっきの連中か?」

しゃがみ歩きで男たちが曲がり角に身を潜めた途端、衝撃音が轟いた。

「――な、なんだ!?」

男たちが待ち構えている目と鼻の先で、何かが立て続けに爆散した。
規模こそさほど大きくないが、瓦礫か何かが重々しい音を立てて床に叩きつけられているのがわかった。
先ほど遭遇した侵入者の仕業だろうか。
猟犬の一人が緊張の面持ちで壁に張りつき、銃口だけを標的のいる廊下の奥にそっと向けた。

その時初めて、轟音に入り交じって誰かが走っているような音に気づいた。

雷が直線的に進もうとしない理由。
それは電流が大気中で電気抵抗の少ない空間、雨や水蒸気を縫うように辿るためだ。

また、一般に雷は周囲で最も高いものに落ちると言われている。
実際には、地表に到達する直前の稲妻停止位置を中心点と定め
そこから地表までの距離を半径とする球体内において、中心と最寄りの位置関係にある物体に導電する。

すなわち、雷が高い建物や樹木に落ちやすいのは
稲妻の最終停止位置に最も近接しているパターンが非常に多いからである。

逆に開けた場所ではそういった障害物がいっさい存在しないため
海抜や標高差に関係なく地表まで雷が届くのだ。

雷雲が近づいたら身につけている金属を外せという古めかしい文句があるが
たとえば樹木を伝って根元付近の人間に感電する側撃雷と呼ばれる現象が存在するように
雷ほどの高圧電流ともなれば金属と人体との抵抗差はないに等しい。

これらの性質は何を意味しているか。
大気中に存在する気体以上に導電しやすい物質を一定の高さに配置することができれば
落雷の範囲を意図的に定めることも可能だということだ。



「つまり、大気中に含まれる窒素や酸素より電気抵抗の少ない物質。要するに金属類や水を含む有機化合物ね。
それらを適当な高さに浮かべてやることで、電撃を任意の場所に誘導できるってワケなんだけど――聞いてる?」

つらつらと解説する少女の声を、果たして最後まで聞き遂げられた者がいたかどうか。
全身黒焦げにされた猟犬たちから呻き声以外の応答はなかった。

「さすがにやり過ぎではありませんの? お姉様?」

美琴の傍に降り立った黒子が、翻ったスカートを抑えながら大きく息をついた。
サマーセーターの下に着ているブラウスが汗で薄らと透けている。
美琴が地上の猟犬たちを相手にしている間、余計な邪魔が入らないようにと
施設の屋上に陣取っていた狙撃班を潰してきたのだ。

「いいのよ。こういう連中は自分が一度痛い目見ないとわかんないって相場が決まってるんだから」

倒れた男たちを憤然と見下ろす美琴に、黒子がやれやれと肩をすくめた。
満足に動ける者はいなかったが、命にかかわりそうな者もいない。
何だかんだ言いながらも手心を加えてくれたことに、少し安心する。

(……予定よりは、大分早く決着が付きそうですわね)

敵部隊が築いていた二重の陣形は警備員の進撃によって軒並み崩されている。
一部の敵部隊が施設の入り口付近で粘っているが、掃討されるのは時間の問題だ。

猟犬部隊は、個々の技量こそ警備員に引けを取っていないが、支援や連携といった点では数段劣っている。
美琴と黒子の参戦がこの優勢に大きく貢献しているのは自他共に認めるところだが
もし手を出さなかったとしても警備員側の優位は揺るがなかっただろう。


「それにしても、思ったより使いでがあったわね」

浮遊傘に磁力を送りつつ、美琴がぐっと伸びをする。

美琴本人以外は誰も知らない。
大量の導体を雷撃の中継点として利用するこの戦術が
元々は上条当麻に対して使われるはずだったものだということを。

まだ上条が美琴をビリビリと呼んでいた頃、美琴は上条を倒すための方法を割と真剣に考えていた。
能力と名のつくものであれば何でも防ぎきってしまう右手を如何にして攻略するか。
考えに考えを重ねた結果、右手一本では対処しきれない多面攻撃が有効ではないかとの結論が出た。

その後、妹たちの事件を経て美琴と上条の関係は改善し
編み出された戦術は実行されることなくお蔵入りとなった。

もし事件の前にこの戦術で上条と戦い、ただの一度でも勝利を収めていたとしたら
上条との関係も今とは全く違うものになっていただろう。

「……ほんと、先走らないでよかったわー」

「ん、いったい何の話ですの?」

「あ、ううん! 何でもない、何でもないわよ」

ささっと手を振る美琴を、黒子が訝しげな目で見つめた。

「わたくしとしては、お姉様にはなるべくトラブルの矢面に立たないでいただきたいんですけれども」

「そんなこと言われても、今回は緊急事態だし仕方ないじゃないのよ」

「ですが……お姉様はあくまで一般人ですし、誰かに恨みを買うようなことがあっては」

「人助けのためなんだからつべこべ言わない。犠牲者が出るよりか百倍ましよ」

「……まぁ、言って聞くような手合いでなかったのは、認めますけどね」

渋々といった体で黒子が同意する。
戦いの合間にも幾度か投降を呼びかけたものの、返事は総じて銃弾と罵声でなされている。
結局いつものように大立ち回りを繰り広げ、いつものような光景をこうして見ている。

(……しかし、お姉様の能力って本当、応用が利きますわねぇ)

代名詞である超電磁砲の印象ばかりが強かっただけに
今回の美琴の戦い方に黒子は新鮮な驚きを覚えていた。
傘を用いた範囲攻撃は、銃火器持ちの部隊を相手に予想以上の戦果をもたらしている。
比較的軽量であり、傘布が無事なうちは風による応力も利用できるため
美琴ほどの能力者ならば操作も苦にしない。

また、傘の骨組みは細長い形状をしていて表面積も小さく、銃器で完全に破壊するのは困難だ。
無駄弾を使ってくれるならしめたものだし、傘布が破られたら破られたで空気抵抗が低減する。
操作はむしろやりやすくなるので、少々撃ち落とされたくらいでは痛手にならない。

「大勢は決したようだし、これ以上の雷撃は控えたほうが無難かしら」

味方部隊と敵部隊との距離が縮まってきている今となっては、先ほどまでのような範囲攻撃は難しい。
警備員たちを巻き込んでしまいかねないし
そうでなくとも高電圧によって生じる力場が周囲の電子機器に悪影響を及ぼすからだ。
加減を誤れば味方の通信機器等も使い物にならなくなってしまう。

とはいうものの、そういった事情は制圧対象の預かり知らぬことだ。
未だ傘が浮遊している以上、敵は否応にも上空に注意を払わねばならない。
実際、傘の群れが敵の上空に向かうたび、猟犬たちの動きに乱れが生じている。
先ほどまでの電撃攻撃が十分な見せしめになっている何よりの証拠だ。

「そうですわね。もうその必要もないでしょう」

劣勢を覆せないと判断したのか、周りではちらほらと逃亡する者が出始めている。
警備員への抵抗も散発的なものに留まっているようだ。

半ば二人が勝利を確信しかけたその時、遠くから妙な音が聞こえてきた。

「――お姉様!」

「わかってる!」

黒子が差し出した手の上に美琴が素早く手を重ねた。
手と手が触れ合うや否や、黒子が能力を発動。
瞬く間に上空に到達した二人の髪を、上昇気流が押し上げる。

「――見えた! あれですの!」

黒子の指先で動いている物を視認し、美琴の眉間にしわが寄る。
眼下にいるのは長大な砲台を備え付けた巨大な車両と、それに付き従う二台のジープ。

「やっぱり戦車! あんなものまで用意してるなんて!」

地上で微かに聞こえてきたのはキャタピラの駆動音だ。
普段馴染みはなかったが、戦争ドキュメンタリーや映画などで何度か聞き覚えがあった。
装甲する車両の近くでは、操車場の一部が上向きに盛り上がっていた。どうやら隠し車庫になっていたようだ。

空からでも、筒型の砲口がぐるりと回転し、適当な標的を探している様子がはっきりと見える。
あんなもので撃たれたらどうなるか、想像するまでもなかった。


「あ、ちょっ、お姉様!?」

「大丈夫、すぐに止めてみせるわ!」

戦車のほぼ真上に達するや否や、美琴が黒子の手を放し、宙に踊り出した。

(まだ相手はこっちに気づいてない。先手必勝!)

頬を叩く風を感じながら目を閉じ、演算に全神経を集中。
周囲に点在していた傘を磁場構築によって力の限りに引き寄せ、地上を走行している戦車の進路に配置。
全身を隈なく発電させ、膨大な生体電流を手のひらに集める。

「これでも、喰らえぇーーッ!」

目を開くなり美琴が咆えた。
差し出した両手から下方に集まった傘へ電撃の束が落下。
ろくろの部分から四方へ分散し、一挙に戦車に襲いかかった。

付近一帯が青白い光に包まれる中、美琴が空中でどうだとばかりにガッツポーズを決めた。
その直後、帯電している戦車の屋根の中央部分が開閉し、生じた隙間から台座が出現した。

対空機銃だ。

「って、嘘ぉっ!? ノーダメージ!?」

自分の失態を悟り、美琴の顔が蒼白に変わる。
陽光を受けて艶めく黒い銃口が空へ向き、ぴたりと固定された。
慌てて周囲を見回すも、空中では磁気を利用して逃げられそうな場所がどこにもない。

あるいは電磁力を展開して銃弾の軌道を反らせるだろうか。
半ば被弾を覚悟しながら、美琴がきつく唇を結び、身を縮めて弾幕に備える。

と、そのすぐ後ろから、白く細い腕が伸びてきた。

自然落下する美琴の首を両腕で抱きすくめるようにして、後を追ってきていた黒子が空間跳躍。
転移を終えた後、ほんの2秒前まで自分がいた場所を火線が通過するのを目の当たりにし――

「……え、あ、あは、あはははは。ちょっと色々覚悟したわ。サンキューね、黒子」

美琴が窮地から救い出してくれた後輩に、顔をひきつらせながら感謝を述べた。

「あはは、じゃありませんの! もし間に合わなかったらどうなっていたことか!」

「ご、ごめんごめん。まさか完全にシャットアウトされるだなんて思わなくってさ」

「それにしたって不用意に過ぎます! あんなもので撃たれたら怪我じゃあ済まないんですのよ!?」

「は、反省してるってば。本当、悪かったと思ってる」

噛みつくように説教する黒子に美琴は平謝りだ。
さすがに言いすぎたと思ったのか、黒子が少しだけ声のトーンを落とした。

「早々に決着をつけたいお気持ちには同意いたしますが、急いては事を仕損じるという格言もあります。それに」

「――うん、私一人の戦いじゃないんだもんね」

「……わかってくださっているならもう何もいいません。さ、仕切り直しを――」


車両回りに浮いていた傘を一掃した機銃が、間断なく二人が飛んでいる方へと照準を合わせるのを見止め
黒子が話を打ち切って能力を発動。戦車の左側へ回り込んだ。

「……高性能レーダーのおまけつきか。これじゃあうかつに近づけないわね」

「お姉様の電撃も、あまり効果は見込めないようですわね。落雷防止のために特殊な加工がなされているのやも」

「残ってた傘も軒並落とされちゃったし、どうしたもんかしら」

そんなやり取りをしている最中にも、地上では警備員側の装甲車が追ってくる戦車から逃げ惑う様子が見て取れた。
ふいに、先行する車両の遥か後方でアスファルトが爆散し、発射音に爆音が重なった。


「――!」


服がはためく音と風の音が一瞬で吹き飛ばされ、美琴と黒子が揃って顔をしかめた。
地面の下の土砂が榴弾によって広範囲に抉り取られ、高々と噴煙が舞い上がっている様子が見える。
その圧倒的な破壊力に、黒子があんぐりと口を開いた。

「なぁ……なな……」

「……弾着より発射音のほうが後、ってことは、音速を遥かに超えてる?」

美琴の推測はほぼ的を射ていた。
戦車の主砲の弾速は音速の数倍、美琴が放つ超電磁砲にも匹敵する。
直撃すれば頑強な装甲車であろうとひとたまりもない。

「じょ、冗談じゃありませんわ! そう遠くないところに居住区だってありますのに、一歩間違えたら――」

「……このままじゃ警備員に犠牲者が出るのも時間の問題ね。ちょっと真面目に対応策考えるから、ひとまず後を追ってくれる?」

「りょ、了解ですの」

黒子が瞬間移動を繰り返し、空からつかず離れず戦車を追跡している間
美琴は打開の糸口を掴むべく、何か利用できるものがないかと四方に目を凝らす。
自分と同様、今の光景がショックだったのか、握っている手から微かに震えが伝わってくる。

目の前の猛威を止める方法は、実はとっくに思い当たっていた。
だがその二つは、できる限り避けなければならない選択肢でもあった。

(あれって多分、車両に分類されるのよね。操縦席とかエンジンとかどうなってるのかしら)

戦車の構造について詳細に知っていたらもっと様々な対応策を考えついたかもしれないが
あいにく自分も黒子もミリオタではない。
とはいえ、台座やレーダーなどを動かすために発電機を積んでいるのは間違いない。
その基盤さえ何とかしてしまえば戦車の動きを制限することも可能なはずだ。

(そう、何も強引に破壊する必要はないのよね。無力化さえできれば――)

ややあって、美琴の頭に一つの構想が浮かんだ。
頭の中でそれをシュミレートし、無駄な部分を省略し、確認するべき事項を整理する。

「……黒子、ちょっといい?」

「あ、はい。なんですの?」

「あんたが転移できる限界重量ってどれくらい?」

「……ええと、確か前回の計測では、130キロ強だったかと」

「ふんふん。転移するものの体積とかは影響するんだっけ?」

「そう、ですね。大きいものですと、送り込むのにそれなりの時間は要しますが」

「とどのつまり、やってやれないことはないって理解でいいのね?」

「――何か、思いつきましたのね?」


黒子の強い視線に、美琴はすぐにはうなずかなかった。

「そのお顔からすると、それなりにリスクがおありなのですか?」

「そこはまぁ、私の頑張り次第――――い、いや、きっと大丈夫だって!」

「きっとでは困りますの! お姉様の身にもしものことがあったら、黒子は……黒子は……」

「く、黒子……」

黒子が俯き気味に、何かを覚悟したように口を開く。

「……レールガンならば、一瞬で終わらせることも」

「それじゃ、中にいる人間はまず助からないでしょ? 装填済みの砲弾だって誘爆しちゃうだろうし」

心情的に殺人を忌避するのはもちろんのこと、他にも射程の問題が残っている。
コインを用いた超電磁砲はせいぜい50メートル。対する相手は目算で1キロを悠に超える。
黒子のサポートを考慮してもなお、接近するリスクは小さくない。

「で、では、やはりわたくしが戦車のコクピットに侵入して――」

「却下、狭い空間に割り込むなんて危険すぎるわ。てかあんた、自分がさっき私に何て言ったか忘れたわけじゃないでしょうね?」

その辺のスキルアウトならまだしも、相手はれっきとした兵士だ。
武装もそれに準じたものだろうし、格闘術の心得だってあるはずだった。

黒子に護身術の心得があるのは承知しているが、後輩をたった一人で出向かせるわけにはいかなかった。
最悪そうするなら一緒についていきたいが、口惜しいことに自分がついていくメリットはほとんどない。
火気厳禁であろうコクピット内で電撃を放つとどうなるのか、それを試してみる勇気はなかった。
外装の耐電が完璧であっても、中までそうとは限らないのだ。

切れ目のない美琴の反論にすっかり黙り込んでしまった黒子を見て、御坂が相好を崩す。

「確かに厄介な相手ではある。――だけど、付け入る隙がないってほどでもないと思うの」

「……え」

「たとえばあれなんだけど、使えないかな?」

美琴が顎で示した方には、先ほど機銃で一掃された傘の残骸が大量に散らばっている。
そのほとんどが原型をとどめておらず、形や大きさもまちまちだ。

ややあって、黙考していた黒子が目配せに込められた意図を理解し――


「なる、ほど。試してみる価値はありそうですわね」

了解の代わりに美琴の手を強く握り締めた。

――施設内中層


神裂について進んでいくうちに通路が途切れ、開けた場所に出た。

「ここは……」

白塗りの部屋は一目殺風景で、周りには誰もいなかった。
やたらと太い円柱が、中央に四本立っているだけだ。
ちょっとした駐車場くらいはありそうなスペースに、置かれている物は何もない。
ただし、その異様さには入った瞬間から気づいていた。

まだそれなりに新しそうな壁や床に、タイヤ痕や銃の弾痕のようなものが無数にあった。
ところどころ、帯状に塗装が剥がれ落ちている。
ふと頭上を見上げると、照明の2割ほどが破壊されていた。
無駄に高い天井だけに、取り換えるのにも手間がかかりそうだ。

「おそらくは、兵器の実験場か何かでしょうが……」

神裂が上条の印象を的確に表現した。
地面に残るタイヤ痕を辿って見ると、向かって右手側の壁に集中している。
そして、そこがただの壁ではないことにもすぐに気づいた。
壁面には正方形の形に切れ目が入っていた。

ふいに、壁の中央が左右に割れた。
次いで、四角く切り取られた暗闇の奥から何かが飛び出してきた。
青、橙、黄色をそれぞれ基調としたカラーリング。
大型の警備ロボットかと勘違いしたが、人体を模した機体の頭部には、人影のようなものが見えた。


「――危ない!」

「うおっ!?」

前触れもなく胸板を押された上条が後ろに仰け反り、そのすぐ眼の前を銃弾が通過した。
乱れた体勢を即刻立て直し、上条が最寄りの柱の裏に駆けこむ。
そのすぐ横では神裂が、柱に背を預けたまま刀に手をかけていた。

柱を隔てたところに三つの巨大な機体が整列し、ガスを噴射するような音が収まった。
実物を見るのは初めてだったが、それが何なのかは上条にもわかった。

学園都市管轄の二足歩行型災害支援機体。
土砂や瓦礫の撤去などに使われているという、通称駆動鎧(パワードスーツ)。
おそらくはそれを戦闘用にカスタマイズしたものだろう。
あるいは戦闘用に作られたのが先で、それが別の部署に払い下げられているのかもしれない。

『あぁ? なんだよ、この間のガキじゃねえか?』

「――っ、その声……」

拡声器を通したようなダミ声に、上条の表情が険しくなった。

『ははっ、覚えてくれてたか。どうだ? 刺された足の調子はよ』

忘れもしない、動物園で無抵抗の自分を痛めつけた男の声だ。
傷跡を残してほぼ完治したはずの太腿が、じくりと疼いたような気がした。

『しかしてめえ、意外とタフだな。数日で動き回れるような温いいたぶり方をしたつもりはねえんだが』

「……手間が省けたぜ。できたらてめえもぶちのめしておきたかったんだ」

『……ああん?』

聞き違えたかのような、続きを促すかのような声が部屋中に響く。

『誰が誰をぶちのめす、だって? 生身の俺に手も足も出なかったやつが駆動鎧に勝てるとでも――』

「相手が誰だろうが、たとえどんなに強かろうが」


拡声された冷笑を遮るように上条が声を荒げ――


「邪魔するやつは、捻り潰す」


並々ならぬ決意を滲ませて、そう宣告した。

一瞬、息を呑む気配が伝わってきた。
だがすぐにそれは笑い声に取って代わられた。

『面白ぇ。だったらやってみせてもらおう――って』

『……なんだ? この姉ちゃんは?』


その言葉にはっとして、上条の目が隣の柱に身を潜めていた神裂の姿を探した。
いない。
慌てて柱の陰から駆動鎧の方を窺うと――

「お、おい、神裂!?」

駆動鎧のすぐ目と鼻の先に、神裂が立っていた。
動揺した上条に神裂がほんの一瞬視線を返したが、すぐさま前に向き直る。

「この者たちは私が引き受けます。あなたは、先に」

「ばっ、んなわけに行くかよっ!」

「ではひとつお尋ねしますが、あなたの徒手空拳で分厚い金属板を突き破ることが可能ですか?」

あまりに的確な指摘を受け、上条が押し黙った。
いかに上条の身体能力が底上げされていようと、生身で戦車砲のごとき一撃を放てるわけではない。
それこそ、常人の肉体を遥かに凌駕した聖人でもなければ、三体もの近代兵器を相手取るのは不可能に近い。
理屈ではわかる。
足手まといになりかねないのも、重々承知している。

しかし、だからといって。


「あなたとアレでは相性が悪すぎます。魔術の影響を考慮してもなお、です」

「……、」

まるで心を読んでいるかのような神裂の物言いに、上条が開こうとした口をもごもごと動かした。

「冷静に、ここに何をしに来たのか思い出してください」

神裂が駆動鎧を見上げたまま、淡々とした物言いで背後の上条に語りかける。

「あなたは、彼らに復讐するために危険を冒してここまで出向いたのですか?」

「んなことはねえ! ねえけど――」

「では、こう言ったほうが聞き入れやすいですか? ――無用な心配は、聖人の称号に対する侮蔑も同然なのですが」

上条の惑うような視線に含むものを感じ取ったのか、神裂は結い上げた髪を片手で払いながら断じた。
プロの判断に口を出すな。
そう窘めているのと同時に、自分の実力を信用しろと言っているのだ。

先ほどよりも口調をいくらか和らげ、神裂が念押しする。

「行動不能にするのにいささか手間がかかる。私にとって、彼らは所詮その程度の相手ですよ」

『……あぁ? 何舐めたこと言ってんだ。この姉ちゃん、正気かよ?』

「――――、」

上条は知っていた。
神裂は、決して自分の力を固辞するタイプの人間ではないことを。
つまり、今の台詞は自分の至らなさが言わせたもので、彼女の心遣いが言わせたものだ。

しばしの沈黙の後、上条がゆっくりとうなずいた。自分に言い聞かせるように。

「その言葉、信じていいんだな」

「愚問です」

その短い返答を聞いて、ようやく腹が決まった。
こうまで確信に満ちた言葉を聞かされては、言い返せることなど何もなかった。


「……わかった、ここは頼む」

「ええ、頼まれました」

刀を手に立ち塞がる神裂の背中を、彼女が向かい合う駆動鎧たちごと一瞥し、上条が振り切るように踵を返した。

『はは、おいおい! あんな啖呵切っておいて、女を置いて手前だけ逃げるってのかよ! あの時とまんま同じ状況だなぁ!』

後ろからの嘲笑にほんの一瞬、堪えるように息を飲み下し、上条が通路の奥へ駆け出した。


『臆病もんが。すぐに追いかけて蜂の巣に――』

「させませんよ」

上条の足音を聞き流しながら、しかし神裂の意識は三体の駆動鎧に向けられている。

(神裂火織個人としては、彼に心配されることについて、さほど悪い気分でもないのですけれどね)

そんなささやきを胸にしまい、神裂が戦闘態勢に移行する。

『白い足そんなに晒しちゃって、ずいぶんと挑発的な格好じゃねえか』

男の指摘通り、神裂の格好は普通とは言いがたかった。
サイズが大きめのTシャツをラフに結び、捲れ上がった裾の下からへそが覗いている。
ジーパンの片足側はほぼ剥き出しで、眩しいくらいに白い太腿が露わになっている。
露出の多さは水着とほとんど変わらないだろう。

けれども神裂の格好には意味があった。
彼らの想像が及ばない領域において。


粘っこい音声を発した青いカラーリングの機体を、神裂が冷やかに見つめた。
上条を痛めつけたという男が搭乗する機体を。

『油断するな、先ほどの身のこなしを見たろう。身体強化系の能力者かもしれん』

『はっ、そんなん足を撃ち抜いちまえばそれで――』

「お互い、巡り合わせが悪かったようですね」

「……あぁ?」

大きくなくともその声は不思議に響いた。
恐るべき兵器に囲まれているとは思えぬ穏やかな表情で、少女がゆっくりと目を閉じる。


――救われない者たちに救いの手を。

神の威光が届かない場所。
運命から見放されてしまった者たちを、一人でも多く。
かつて教主を務めた天草十字の教義を、神裂が頭の中で反芻する。

なるほど、彼らは別の意味で『救われない』ようだ。
否、救いがたいと言い換えるべきか。

「教主を退いた身とはいえ、教義に反するような真似をしたくはありませんでしたが」

神裂が、非常にゆったりとした動きで刀柄の傍に右手を添えた。


上条を先に行かせた理由は一つ。
彼の前で名乗ることはしたくなかった。
ただ、それだけに過ぎない。


「――Salvare000」


殺し名を意味する魔法名が紡がれ、少女の体がその場から忽然と消えた。

「って、な、何だ!?」

突如目まぐるしく動き始めた外部モニターの映像に猟犬たちが泡を食った。
駆動鎧に搭載されているカメラの追尾機能によるものだと遅れて気づいた。

画面の端々に映る敵影を追って、いくつものレンズが縦横無尽に角度を変えた。
それは標的の体を見失わずにいてくれた一方で、操縦者の平衡感覚を無遠慮に掻き混ぜ、軽度の乗り物酔いをもたらした。

「……く……っそ! ちょこまかと!」

「ロック機能を解除しろ! 肉眼だけで対処するんだ!」

「だ、だけどよ!」

カメラのサーチ機能を解除したところで、軽快という形容を逸脱した足さばきは、とても肉眼で追いきれるものではない。
見えない相手にどうやって攻撃を当てろというのか。

一向に落ち着かない視点に四苦八苦している三人を嘲笑うかのように
リズミカルに踏み鳴らされる踵の音だけが段々と大きくなっていく。

そして、ふいに神裂が機体の後方から姿を現し、体を左右に揺さぶりながら黄の駆動鎧に肉迫した。


「七閃」

腰に携えていた七天七刀の鍔が鳴り、たわんだ刀身が描く軌道を追って不可視の衝撃波が乱れ飛ぶ。
踏み込む一瞬動きを止めた神裂の背後に、橙の駆動鎧が素早く回り込んだ。

そのままアームガンの照準を合わせた直後、少女が大きくバックステップを刻み、瞬時にスコープ内から離脱。
コンマ数秒遅れて機関銃が火を噴き、少女の立っていた床面を穴だらけにする。

その攻防の最中、黄の駆動鎧の脚部に絡んでいた極細の鋼糸が火花を散らし、膝の裏の関節部位に深々と切れ目を入れた。
ややあって、攻撃を受けた操縦手が、レバーを無茶苦茶に操作しながら機体の向きを変えようと懸命に足掻き始めた。

知らぬ間に回路の束が装甲ごと切断され、床に接地していたタイヤが回転を止めていた。
片足が動かないままでは、二足歩行型の機体を操ることなど不可能に近かった。

「表面の素材はチタン合金だぞ!? 何でこんなにあっけなく――」

「余所見をしている余裕があるのですか?」

味方の機体がやられたことへの動揺から生じた一瞬の空隙。
少女の体が橙の駆動鎧の眼前を、目にも止まらぬ速さで横切った。
遅れてピシリという音と共に、コクピット部分に亀裂が生じる。

「――――こ、のっ!!」

その一撃は装甲を破壊することこそ叶わなかったが、脅しとしては充分だった。
傷つけられた機体が反撃とばかりに機銃を乱射するも、狙いが雑になっているせいで神裂を捉えるには至らない。

神裂が一旦柱の後ろへ左から回り込み、今度はそのまま反転して左から飛び出してきた。
勢い、柱の右側に狙いをつけようとしていた青の駆動鎧が神裂の姿を見失っている隙に
神裂は片足を封じられてまごついていた黄色い機体の肩に飛び移る。

若干二体と距離を空けていた橙の駆動鎧が、ここぞとばかりに神裂に突進した。
神裂が素早く肩を蹴って宙に逃れるのとほぼ同時に、橙の機体の前腕部が黄色い機体の肩を掠め、そのままもつれるように倒れ込んだ。

この攻防で同士討ちを恐れたのか、徐々に駆動鎧の攻撃に躊躇いが生じ始めた。
撃つべき場面で引き金を引けず、牽制が減ったその分被害ばかりが増えていった。
端的に言って悪循環に嵌りつつあった。

さすがに、男たちの胸中に悪寒にも似た焦燥感が湧き上がり始めた。
振り回されている以前に、赤子扱いされている状態だ。
場にいる機体の動きを余すことなく視野に収めながら、緩急をつけた動きで狙いを絞らせない。
口にするのは優しいが、それに徹することがどれほど難しいか、男たちはよく知っていた。

戦局が刻一刻と優勢に傾く中、神裂が一時身を潜めていた柱の裏から、青の駆動鎧の銃火器に鋼糸を飛ばした。
ほぼ垂直の柱を駆け上がり、トリガー部分に引っかかったワイヤーにぶら下がると
側面から仕掛けられた横薙ぎの銃撃を回避し、滑り込むように床に着地。
仕上げとばかりに両の手を交差させ、糸が絡んでいた銃器をバラバラに分解する。

武器を失った青い駆動鎧がその場から慌てて後退し、新たな武器を背中から抜こうとしているのを見て
あろうことか神裂は「はぁ」とやる気のなさそうな溜め息をつき、さらに信じがたいことにくるりと背を向け、上条が進んだ通路へと駆け出した。


『ふ、ふふ、ふふふ――――ふざけるなぁッッ!!』

眼中にないといいたげな態度に猟犬たちが激昂し、操縦レバーを思いきり前に倒した。
先を行く神裂を追って連続して通路に突入した二つの機体が、前方に向けて銃を構えた直後――


「ふざける? 私はいつでも真剣ですが」

何故か天井の方から声が聞こえた。
それが決して空耳などではなかったということを、男たちは鋭い痛みとともに思い知ることになった。

――同刻


「よくここまで来れたじゃねえか。いやぁ、大したもんだぁ」

神裂が戦う一つ下のフロアで、上条は見知った顔と再会していた。

「あぁ、俺はちゃんとお前さんの顔、覚えてるぜぇ? 動物園にいたガキだよなぁ? いやぁ、その節は大したもてなしもできず申し訳なかったわぁ」

清潔感のない不精髭。研究者らしからぬ、ほどよく引き締まった長身。
缶飲料に口を付けながら気安く話しかける男に対し、上条は無言で一歩を踏み出す。

「って、だんまりかよぉ。つまんねえやつだなぁ、勝負の妙ってもんを」

「――出せ」

「……はぁい?」

聞き損ねたというように、白衣の男が片方の耳を差し出した。
あからさまな挑発とも取れる行為に対し――実際に上条はそう受け取ったのだろう。


「今すぐぶっ殺されたくなかったら、とっとと食蜂を連れて来いっつってんだよ!」

恫喝じみた声で男に宣告した。


「……え? お前さんが、俺を? ……くっ、くくっ」

堪えるように笑う男を、上条が怒りの相を漲らせたまま見据えた。
相手の顔を、どのように歪ませてやろうかと考えているかのように。

「いやいや、お前さぁん、冗談言っちゃいけませんぜぇ」

そう言いながら、男が再び缶飲料に口をつけ、喉を鳴らした。

「つい三日前に半死人同然だったやつが、俺を殺すぅ? 俺らの目の前でどんだけみっともない姿さらしたのか、もう覚えてないワケ?」

引きつけを起こしたかのような哄笑を無視し、上条が一歩、また一歩と距離を詰め始めた。

「……かぁー、まいったなぁ。あんとき頭でも打っちまったかぁ? 脳に障害抱えて残りの人生――」


男が台詞を言い終える前に、爪先に力を込めていた上条が、地面を一気に蹴り出した。
10メートルはあろうかという距離をわずか二歩で縮め、それを見止めた男が咄嗟に腕を動かした。

すんでのところで上条の右手が男の右手に遮られ、小気味良い音を奏でた。
男が手にしていたスチール缶が一瞬にしてぺしゃんこになり、中身が上下に迸った。


「…………、」


炭酸で泡まみれになった男の顔から笑顔が消えているのに満足したのか、上条の口元が微かに綻ぶ。

「……そんなにおかしなことを言ったつもりはねえぞ? おっさん」

「……あーん、そーかそーか」

突き出された握り拳と上条の顔を見比べながら、男は空いているほうの手で濡れた前髪をさっと後ろに流した。


「いやぁ、確かに。よくよく考えたら全然笑えなかったわぁ」

口調はどこまでも穏やかで、しかし眼差しには隠しきれぬ怒りが潜んでいた。

「半端な状態でも勝てるだろうって、侮られちゃってるわけだ。この、俺様が」

「……てめえが何者かなんて、知ったこっちゃねえ」

敵意に満ちた視線を微動だにせず受け止めながら、上条が言い返した。
先刻、神裂に言われた言葉が脳裏を過ぎっていた。


「相手が誰だろうが、どれだけ強かろうが関係ねえ」

ここに何をしにきたのか。

知れたことだ。


「あくまで食蜂操祈をふざけた運命に縛り付けようってんなら――」


見知った少女を、悪党どもから取り戻す。


「俺はその幻想をぶっ殺す!」


ただそれだけのために、ここにいる。

おもむろに、上条が拳に体重を乗せ始めた。
ずるずると、上条に少しずつ押し込まれながら、白衣の男がどこか面白そうに顎を引いた。

「いやぁ、ずいぶんと威勢がいいねぇ。うん、マジ格好いいわぁ。……だけどさぁ」

その笑みに、剣呑なものが混じる。


「すこーし調子に乗りすぎだよなぁ?」

男が空いている左手を下に向け、素早く左右に揺さぶった。
ゆったりとした袖から銀色のナイフが飛び出し、それに気づいた上条が後ろに飛んだ。
間断なく手首のあった空間をナイフの刃が引き裂き、遅れて上条が着地。
二人が連動するように身構え、倒すべき敵を睨んだ。


「年長者として、大人に対する口の利き方ってもんを教えてやらねえとなぁ」

「結構だ、敬意を払う相手はちゃんと自分で選んでいるんでね」


そんな軽口の叩き合いを最後に、二人を取り巻く空気が一気に重さを増した。

ひりつくような殺気が、真夏の日差しのようにお互いの肌を刺激していた。
男が手にしている刃のきらめきに負けじと、上条の足に描かれた刻印が靴下の裏で赤い輝きを放っている。
二人の息遣いだけが聞こえる静寂の中、ただ時間だけが過ぎていった。

出かけるので一旦休憩します
肉弾戦って能力戦より書くのが難しいデス……

先週は予告通りに投下できませんで失礼しました
帰宅次第再開したいと思います

室内を広く視野に収めつつ相手との間合いを測る。
男との距離はおよそ5メートル。
今の上条なら埋めようと思えば一瞬で埋められる距離だ。

だが、上条はすぐには動かない。
足を肩幅ほどに開き、左右どちらにも動けるよう備え
軽く突き出した腕の手首の先だけを小刻みに動かして相手の反応を窺う。

男の左手の中では、親指と人差し指の間で今もナイフが弄ばれている。
刃渡りはせいぜい7、8センチといったところで、他にも何本か隠し持っているとみるのが妥当だろう。

そして右手には既に原型を留めていないスチール缶があった。
日々喧嘩に明け暮れている上条から見れば、そちらも凶器と何ら変わらない。

拳に手頃な大きさの物を握り込むと、指と手のひらの隙間が消失する。
それを利用すれば、素人であっても格闘家のそれに近い質の打撃が放てるようになる。
相手の体と拳が接触する際、前方への衝撃が反発しづらくなるためだ。
つまり、拳が重いという表現は比喩ではない。
きちんした握り方をすることによって力が一点に集約し、結果として威力が増すのだ。
二つの凶器を相手に迂闊な先手を取るのは愚かなことだった。


その一方で、男の方も攻めるタイミングを計りかねていた。
中身の入ったスチール缶を潰すほどの一撃は、急所に当たればただでは済まない。

相手は相手で第五位救出という目的があり、それなりに焦りを感じているはず。
おそらくすぐに仕掛けてくるだろうとタカをくくっていたものの、存外慎重に立ち回っている。

自分とてここで足止めを食らっていては逃走する機会を逸してしまう。
外の状況を鑑み、学園の暗部と思しき連中の侵入を許していることも考慮すれば
時間をかけている余裕など全くない。
今すぐにでも、この少年の仲間が部屋に飛び込んで来ないとも限らないのだ。


相手の呼吸を読み合い、お互いの意識が攻撃に傾いていった。
そして――――ふいにその膠着状態が解けた。

息の詰まるような睨み合いを崩したのは上条ではなく、男でもなかった。
ピピピ、と、目覚ましのアラームを連想させる規則的な電子音が、どこからともなく聞こえてきた。

上条が眉根を潜めるのをよそに、男が一瞬ばつが悪そうな表情を浮かべ、
視線を宙に泳がせながら手に持つナイフを放り捨て、軽く万歳をした。


「あー、悪い悪い、ちょいとタイムだぁ」

「……は、タイム?」

戸惑う上条をよそに男がゆっくりと後ずさりし、次いで白衣のポケットをまさぐり始めた。

にわかに上条の顔に緊張が走った。
けれども、予想に反して取り出されたのは拳銃などではなかった。

白いカプセルケースだ。
見せつけるように開かれたケースの中には、どぎついピンク色のカプセルがびっしりと嵌っていた。
病院で、美琴が忠告してくれたことが上条の頭を過ぎった。
動物園での接触時、相手が何か呑み込むような素振りを見せたという話を。

少なくともこの状況で、戦闘に無関係な代物を出すとは思えない。
飛びかかるべきか、否か。
考えあぐねている上条の目の前で、男がカプセルの一つを抓む。
そしてそれを、上条にもよく見えるように差し出した。

「こいつな、何を隠そう第五位の能力を分析して作った薬なんだよぉ」

「……なんだって? 心理掌握の?」

上条の反応を楽しむかのように男が目を細め、さっとカプセルを口の中に放り込んだ。

「軍用に開発した、副作用がほとんど出ない優れモンだぁ。効き目が短すぎるのが欠点だがな」

喉を鳴らしてそれを飲み干し、肘を軽く曲げて肩を回し始めた。
要するに先ほどのアラームは、薬の効き目が切れかけている合図だったのだろう。
やっぱり飛びかかっていりゃよかった、と上条が舌打ちした。

「服用すれば一時的に五感を鋭敏にさせ、代謝を活性化させ、疲労物質の生成を鈍化させる。元がそれなりの人間が使えば」

未だ男の手にあった潰れたスチール缶が、みしみしめきめきと音を立て始めた。
ものの数秒で五百円玉大にまで縮み、男の拳の中に消えた。
かと思うと、出来上がった歪な鉄くずをぽいと放り捨て

「ご覧の通りってわけだ。それが、五分後のてめえの姿だぁ」

「…………、」

からからと、床を転がる缶のなれの果てを指差しながら、そう告げた。

「さて、どうする? 尻尾を巻いて逃げるなら今のうち――」

「――正直、安心したぜ」


何故か頬を緩めている上条に、男の笑みが若干強張った。

「あの日、あんたらとの力量差があまりに歴然としていたのは、その薬のせいでもあったってわけだ」

「……おいおい、ちゃんと話を聞いてなかったのかぁ? この薬は、たとえば俺様みたいな実力者が使うことで初めて――」

説明を無視して突進してきた上条に、男の目が大きく見開かれた。
薬で動体視力が増強されているはずなのに、相手の見え方がまるでいつもと変わらなかった。


「……くぉっ!?」

間一髪身を捻って上条のストレートをやり過ごし、床に片手を突いて跳ね上がるようにバク転して距離を取る。
10メートル弱。先ほど以上に開いた間合いこそが、新たに芽生えた警戒心を如実に物語っていた。

一瞬自分が調整したカプセルの薬効を男は疑ったが、すぐにその考えを打ち捨てた。
十数年間調剤に携わっていた自分に限って、その手のミスを犯すはずがないと断言できた。

ならばいったい何が起きたのか。
至極単純なことだ。


「……あぁそう、そうかい」


少年の地力を見誤っていた。
先ほどにも増して、上条の踏み込みが速かったのだ。

「さっきの先制打は、てめえの全力じゃなかったってか」

「別に舐めていたわけじゃねえ。手加減していたわけでもねえ」

妙な勘違いはごめんだとばかりに、上条が大仰に肩をすくめてみせた。

「とはいえ、借り物の力を使うってことに、どこか後ろめたさがあったんだろうな」

条件が横一線ならば、何も気兼ねすることなしに戦える。
相手は科学、自分は魔術。
お互い白兵戦向きの身体強化。
室内は広く、足場は平坦で、周囲に障害物はない。
あとは個々の実力と、経験に裏打ちされた駆け引きと、度胸の勝負。

ちらりと、男の視線が上条の足元に向いた。
それを見逃さなかった上条が、両の手のひらを上に向け、にやけ顔で顎をしゃくった。

「あっ、もしかして武器持ちじゃないと勝てる自信がないですかねぇ? 何でしたら、いくら使ってくれても構いませんよ?」

なははのはー、とおちゃらける上条。
露骨にすぎる挑発に、男はその場で小指で耳をほじくり、ふっと爪の先に息を吹きかけ――

「舐めんな、ガキが」

予備動作なしで、上条に負けず劣らずの踏み込みを披露した。


「……ッ、う――おっ!」

頭で考えるより先に上条が胸の前で腕を交差させ、重ねられた手首のど真ん中に男の前蹴りが炸裂した。
衝撃で両腕が大きく弾かれ、上条の体が真後ろに跳ね飛ばされた。

スニーカーの踵が見るも危なっかしいステップを刻み、やっと止まった。
だらりと下がった上条の左手首には、靴の滑り止めの痕がくっきりと残されている。

「っとと、ふぅ、あっぶねぇ……」

下手に踏ん張らなかったのが幸いした。
もしまともに受け止めていたら腕の骨が折れていたかもしれない。
額から頬に垂れてきた冷や汗をまだ痺れの残る腕で拭い取り、上条が再び構えを取った。

「いいだろう。その挑発に乗っかってやらぁ」

男がすっと両肩を持ち上げ、地面に向かって手を伸ばした。
からからと音を立てて、ゆうに十を超えるナイフが床に散らばった。
隠し持っていた凶器の数に、さすがの上条も目を奪われた。

「……へ、へへっ、余裕見せてっと後悔しちまうかもだぜ?」

「ねえよ。こちとら本職だ」

男が無造作に腰を落とし、脇に拳を構えたまま上条に猛然と駆け寄った。
負けじと上条も姿勢を低くし、弓を引き搾るように拳を後ろに引いた。

二人の間合いがみるみる狭まり、腕と腕が勢いよく交錯した。

真っ直ぐ繰り出された男の右拳が上条の頬を掠め、返す上条の左フックが男の腕に弾かれた。
斜め下から顎を狙う男の掌底打を腕で払いのけ、そのまま上条が反撃に転じる。

顔に向かうジャブをフェイントに、鋭く振り切った右拳が男の腹に命中。
だが、鍛え抜かれた腹筋はびくともしない。
まるで分厚いゴムを殴ったかのような感触だ。
ならばと腕を畳んで肘打ちに移行しようとした矢先、軸足が衝撃に襲われた。

「……とッ!」

足を外から刈られ、体を崩されてよろけた上条の側頭部に、男が下に構えていた拳を思いきり振り上げた。
アッパーのような軌道を描く一撃を、上条がすんでのところでガードした。
だが、殴られた勢いを殺しきることまではできず、そのまま背中から床に倒れ込んだ。

転がり、つっかえるように仰向けになった上条の顔に、暗い影が過ぎる。
男が顔を踏み砕くよりもわずかに早く、上条が床から跳ね起きてその一撃から逃れた。

ひび割れた床を尻目に、上条がその場から全力疾走。
それを迷いなく追い駆けながら、男が微かに首を捻る仕草を見せた。
自分の動きに初見でここまで対応できる学生がいることが信じられなかった。


薬物を摂取することで男の体は反射神経や筋肉の伸縮率が増強されており
総合種目の体操選手も顔負けの身のこなしと、プロレスラーにも匹敵する膂力を兼ね備えている。
にもかかわらず、目の前の少年は男の猛攻を凌ぎ、合間合間では反撃に転じてさえいる。

一つ確かなのは、部下にいいように嬲られていた少年と今の少年は明らかに別人であるということ。
先ほどの少年の言動からも窺い知れることだが
おそらく薬物による強化とは違う方法で身体能力を底上げしているのだろう。

この場が学園都市である以上、おそらくは能力によるものだと考えるのが筋だが
少年自身の能力だとすれば、三日前に何故いいようにされていたのか説明がつかない。
つまるところ、少年の仲間か誰かがいて、そいつが能力を用いてこの少年を強化したのだろう。

壁の十歩ほど手前で上条がようやく立ち止まり、かと思うと振り返りざまに突きを放った。
男がバックステップでそれを難なくやり過ごし、一歩踏み込んで左右の拳を振り抜いた。

顔と胸部に一発ずつ。時間差の打撃が同じく打撃によって迎撃された。
ならばと中腰で繰り出した水平蹴りが、今度はジャンプしてかわされる。
逆に伸びきっていた足を膝蹴りで狙われたが、間一髪引っ込めて難を逃れた。
冷や汗ものの一時に、男が大きく息を吐き出した。

「――っぶねぇなぁ。てめえ、今折る気満々だったろ」

「それくらいしないとあんたは止まらねえだろ」

まだ完全に立ち上がりきっていない男に上条が駆け寄った。
繰り出された上段蹴りを、男は身を屈めてやり過ごした。
そのままタックルを仕掛けようとしたところを、今度は顔の高さに置かれた上条の拳が制止した。

「……ちっ」

決定打が一向に入らない状況に業を煮やしたのか、後ろに退くと見せかけた上条が一気に踏み込んだ。
その動きを男はしかと読んでいた。
やや大振り気味になったパンチを、首をひょいと傾けてかわし
相手の腕が引き戻される前に、素早く手首を捉えた。

「……やっと、捕まえたぜぇ」

「――ちっ!」

わずかに背中を反らす動きで、上条が何をしようとしているのかを男は正確に察した。
頭突きだ。
咄嗟に肘を畳み、それを支点にして上条の腕を引き寄せ、そのまま宙に放り投げた。
相手の勢いを利用した軍隊仕込みの投げ技だ。

足場を失った上条が咄嗟に空中で前傾姿勢を作り、床で一回転した後に立ち上がる。
その時にはとっくに体勢を整えていた男が、上条の無防備な背中に体当たりを繰り出していた。
上条が背後からの気配に気づき、咄嗟に振り返ろうとして、半身のまま男の突進をまともに浴びた。


「――ぐっ、はぁっ!」


上条の体が、あたかもバイクに跳ねられたかのように吹っ飛んだ。
子供に放り出された人形のようにごろごろと床を転がり続け――部屋の壁にぶち当たってやっと止まった。

「……う……ぐ、……くそ」

「へ……勝負ありだな」

男が未だ起き上がれない上条にとどめを刺すべく足を踏み出そうとした。
だがしかし――


「……っ!」

前触れもなく左脇腹に走った鋭い痛みに、男の足が止まる。
全身に嫌な震えが走った。
先ほどの接触の間際、上条が肘を突き出していたのだと遅れて理解した。

(……こ、れは。……折れてるっぽいな)

脇腹に手がいきそうになるのを、辛うじて堪える。
ぶちかましを食らった上条のダメージも決して小さいものはないはずだが、それにも増して重篤な被害を被ったようだ。
地面に深々と埋まっている丸太に、自分から全力で突っ込んでいったようなものだ。
このダメージは、下手をすると勝敗に直結する。

無意識に、噛み合わさっている歯が軋んだ。
油断をしているつもりなどさらさらなかったが、それにしたって目の前の少年は、実戦慣れしすぎている。
自分を殺そうとする相手への対処法を、脳ではなく体で理解しているのだ。

この平和ボケした国で、そんなふざけたことがあり得るのか。
いくら能力を強化しているからといって命のやり取りをした経験まで身につくはずがない。
この少年は、幼少期をアフリカか中東の紛争地域で過ごしていたとでもいうのだろうか。


前から聞こえてきた衣擦れの音に、男がはっとして顔を上げた。
よろめきながらも、膝に手をついて立ち上がってくる上条の姿に、男の視線が固定されていた。

「……まだ、まだだ」

「ったく、しぶてえガキだぁ」

もう決着はついているとばかりに、男がのらりくらりと首を動かした。
飄々とした態度のその裏では、必死に頭を巡らせていた。

腹筋は内臓を守るだけでなく、重い上半身と頭部を支えるためのものでもある。
体を動かす際には当然筋肉に包まれている肋骨にも負荷がかかる
痛めたことが相手に知れたら、その瞬間に勝負は決するだろう。
足を使ったヒットアンドアウェイに持ち込まれれば、今の自分では少年の動きについていけない。

この状況で勝つためには短期決戦に持ち込むしかない。
気づかれる前に仕留めるには、まずは相手の足を止める必要がある。
カウンターなら、何回かは全力で振りきれるだろう。

頭の中で着々と、手持ちの札で勝利に至るための段取りを組み立てていく。
そうした状況に持ち込むにはどうしたらいいのか。

そのための布石は、すぐに思いついた。
何のことはない。


あの少女への執着心を利用すればいいのだ。


「あぁ、そうだぁ」


まるでたった今思い出したかのように――


「第五位について、ひとつ有用な情報を教えてやろうかぁ?」


遠ざかりかけた勝利を手繰り寄せるべく――


「情報って、なんの……」




「今の第五位はな――――無能力者だぁ」


男が上条に、刃物のような一言を放った。

限界が来たので本日は以上です
次回は未定ですが、何とか今週中に、多分知らぬ間にひっそりと投下されてます
一番書きたかった部分もやっと近づいてきて、何とかモチベが持ち直しつつあります

皆様乙感謝です
本日22時投下予定です

――――…………


気がついたときには、うら寂れた雑居ビルのガレージ前にいた。
駐輪場の方からは、トタン屋根を叩く雨音が聞こえる。
膝を抱えた少女は石段にぺたんと尻をつけ、恨めし気に濃い灰色の空を睨んだ。
垂れ下がった金色の毛先からは断続的に水が滴り、股下に小さな水たまりを作っている。


「……何で」


通りを走る車のヘッドライトがすぐ傍の水たまりを照らし、反射的に頭を下げる。
頭の中はほとんど真っ白だった。
研究所を飛び出してから発射寸前のバスに飛び乗ったのは覚えていたが
そこからここまでどうやって辿り着いたか、ろくに思い出せない。
ただ、自分がしでかしてしまったことに対する強い後悔だけがあった。

「何でよぉ。今日に限ってこんなこと……有り得ないじゃなぁい」

少女が唇を戦慄かせ、頭を抱えた。
暴走なんて、今までただの一度もなかったのに。
いつものように、リモコンを向けて洗脳しただけなのに。


「……どうして、私ばっかり」


いつまで、こんな目に遭い続けるのか。
今はそうやって、世界に、運命に、問いかけるのが精いっぱいだった。

「……はぁ、本当に無様ねぇ」


雨に打たれて頭が冷えたからか、自嘲する程度の余裕は戻ってきていた。
どうして自分だけこんな惨めな思いをしなければならないのか。
それは今日に限ったことではなく、少女が常に抱えてきた疑問だった。

家族を失い、親戚に煙たがられ。
誰にも気兼ねなく暮らせる、新しい居場所を求めて学園都市にやってきた。

紹介された研究者たちが説いたように、能力開発に必死になって取り組めば
いつの日か自分のよき理解者が現れるのではと信じていた。

なのに、まただ。
両親が出かけて、そのまま帰って来なかったときと同じ。
初めてできた友達の死を、研究員たちから聞かされたときと同じ。
何が起きたのかわけがわからないまま、幸せだけが逃げ去っていく。


「……寒……い」


濡れた体に隙間風が吹き込み、その冷たさのあまりに身がすくむ。
ここにじっとしていたら風邪を引くのは免れまいが、移動する気力がどうにもわかない。

今回の一件が学園都市でどのように取沙汰されるのか。
自分がいったいどういう扱いになるのか、見当もつかない。

今まで積み上げてきたものが、あるいは全部崩れてしまうのだろうか。
不安と怒りで胸が押し潰されそうだった。
その胸の内を打ち明ける相手が誰一人としていないという事実に、笑いたくなった。

自業自得という言葉が幾度も脳裏に去来する。
それは、学園都市に来て初めて出来た友人を騙した罪か。
それとも、その友人の死が、あろうことか自分の研究に起因していることを知らなかった罪か。

無知であることへの恐怖と怒りが、己を能力開発に駆り立てているのは自覚していた。
決定的な何かを胸に秘めて、少女は自分のたった一つの武器を鍛え続けた。
学生を実験動物としか見ていない阿呆どもに、致命的な一撃を食らわせてやるために。

それがこんな形で頓挫することになるとは、想像の外だった。
少女は知っていた。
少女が持つ能力故に知っていた。
階段を踏み外した能力者の大半が、転がり落ちた先にある学園都市の闇を。

そこは警備員や風紀委員の権限も及ばない不可侵領域だ。
学園都市の尖兵となって暗躍し、手段を選ばず敵対する者たちを妨害し、時に始末する。
そんな冗談みたいな、映画に出てくるスパイみたいな人生を歩んでいる者が
そこらのファミレスでランチを食べ、ファンシーショップで縫いぐるみと睨めっこをしている。

「近いうちに、私もそうなっちゃうのかしらぁ」

現状を省みれば、その可能性も決して低くはない。
知らずと脇が甘くなっていたのかもしれない。
自分ではうまく立ち回っているつもりであっても、ここしかないというタイミングで罠に嵌ったのだから。

現状では自分をよく思っていない者に心当たりがありすぎて、誰の仕業かを絞れない。

「だとしても、このままでは、終わらせないわぁ」

否、終わらせられない。
せめて、自分を嵌めた連中を道連れにしてやらねば気が収まらない。
そんな暗い気持ちに身を任せている最中――


唐突に、雨が止んでいることに気づく。


「え……」

いや、止んではいない。雨が水たまりを叩く音は消えていない。
自分に降る雨だけが止んでいるのだ。

「はぁ、こんなところにいたのか」

顔を上げようとしたところで声をかけられ、冷えた体がいっそう縮み上がった。
恐る恐る視線を上げていくと、ぐっしょり濡れた学生靴とズボンが、雨を弾く安っぽいビニール傘の柄が――


「道理で見つからねえわけだよな。つか、このままだとお互い風邪引き確定コースなわけだが?」


見知らぬツンツン頭の少年が、こちらに傘を傾けているのが見えた。

「ったく、もう完全下校時刻もとっくに過ぎてるってのに。女の子が一人でこんなところにいたら危ねぇだろ」


記憶が錯綜していた。
初めて見る顔なのに、懐かしさを感じる。
時系列が違う?
今より顔立ちが幼くて、背も心なしか低いし、しかし目つきは鋭い。
これはいったい、いつの記憶だろう。


「おい、こら。ちゃんと聞いてんのかよ?」

はっとして、逃げる場所がないか左右に目を走らせる。
研究所からリモコンを持ち出さなかったことを今頃になって後悔した。
が、飛び出した時には触る気もしなかったので仕方がない。
両手をついたままその場から後ずさりしたが、すぐに背が壁に行き当たった。

「ち、近づかないで! 大声出すわよ!」

少女の剣幕に驚いたのか、少年は踏み出しかけた足をあっさりと引っ込め、頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

「あっ、いっけねぇ。こっちばっか事情を聞かされてたから、すっかり顔見知りのつもりになってたわ」

そう言うなり、少年がズボンのポケットから携帯電話を取り出し、少女の目の前でダイヤルを叩き始めた。

「――あぁ、もしもし。小萌先生? 今大丈夫すか?」


聞き覚えのある名が少年の口から出たことに、頭に警戒と戸惑いが等分で浮かぶ。

「いえ、たった今それらしい子を見つけたんすけど」

小萌。研究施設で顔馴染みになった学園都市の教師、月詠先生の下の名前。

「ええ、どうにも警戒されちまってるもんで、そうしてもらった方が手っ取り早いっすね。んじゃあ、一旦彼女に代わりますから」

そういうと、少年は携帯電話を手のひらに乗せて差し出した。

「えっと、ミサキちゃん、でいいんだよな? 悪ぃけど、ちょっと電話に出てもらっていいか」

ゆっくりと、深呼吸する。
初対面のはずの自分の名前を知っている。
ということは、本当にかけている相手は彼女なのかもしれない。
もし違ったとしても、この電話で警備員に通報してしまえばいい。
そんな隙があるかはわからないけれど。

おっかなびっくり手を伸ばし、携帯に指先が触れた途端ひったくるように電話を奪う。
一瞬怒鳴られるかと覚悟したが、少年の表情は心なしか、先ほどよりも和らいでいるように見えた。
上目遣いで少年の顔色を窺いながら、寒さと恐怖で強張った唇を、懸命に動かす。

「……も、しもし」

『あぁ、食蜂ちゃん!? よかった、急に飛び出していってしまったから、本当に心配したんですよ?』


ちゃんと聞き覚えのある声色に、思わず安堵の息が漏れた。

昼間の件について詫びていると、すぐ横で少年が着ているトレンチコートを脱いでいるのが見えた。
一瞬良からぬ想像が浮かんだが、彼は黙ってそのコートを自分の肩にかけてくれた。
寒さで肩が震えていることに気づいたのだろう。
その重さと、まだ残っている温もりに、少しだけほっとする。

一方で、胸にわだかまる不安は、今の空模様よりなお暗澹としたままだ。
外部の人間向けに、定期的に行われている研究所でのデモンストレーション。

大失態という言葉ですら軽かった。
まさか能力開発を見学に来た理事やスポンサーの目前で
催眠をかけた相手を昏睡状態に陥らせてしまうなんて。

「あ、あの、私、これからどうなるんですかぁ?」

ついに堪えきれず、涙声になってしまう。
情けない限りだったが、自分を心配してくれたという何でもない言葉に、感極まっていたのかもしれない。

学園都市の裏組織、暗部。
問題を抱えた能力者たちの再処理施設。
都市伝説じみた噂は学生の間でもまことしやかに囁かれている。
そしてその噂がほぼ正しいことを、少女は知っていた。

『大丈夫ですよ。もう何も心配することはありません』

子供をあやす様な、言い聞かせるような声だった。
小学生のような外見でも、やはり彼女は学園の教師なのだと思い知る。

「え……で、でも」

それでも、彼女の言葉を鵜呑みにはできなかった。
どれだけ能力を解除しようとしても、彼らには何の反応も見られなかったのだ。
異変を察して駆けつけた研究員たちが頬を叩いて呼びかけても、気つけ薬を使っても――電気ショックでも。
私の目の前で、彼らが目覚めることはなかったのだ。
そんな、否定的な思考に陥っている自分に――


『実験に付き合ってくださった皆さん、あの後すぐに意識を取り戻しましたから』


彼女はきっぱりとそう言った。
受話器越しでも伝わる朗らかさに、狐につままれたような気分になった。

「いや、ですから。家出少女を泊めるなんてのは激しく犯罪の香りがですね」


少年の声を右から左に聞き流しながら、少女は先ほどのやり取りを反芻していた。

「寮が近いって――そりゃそうすけど。つーか、先生んとこは無理なんすか?」

疑いをなかなか捨てようとしない自分に、月詠先生は根気よく説明してくれた。
要するに、自分の早合点だったのだと。
何かの間違いで、能力の発動とは無縁の理由で、たまたま意識を失っただけだったのだと。

「……はぁ、何だぁ。ただの一人相撲だったのねぇ」

さっきまで世界の終わりを迎えたような心地だったのが嘘みたいだった。
未だ雨は降り続けていたが、心なしか先ほどよりも空が明るい気がした。

「部屋が散らかってるって? それが何なんですか! はぁ? 教育的によろしくない? どっちが!」

少年の軽快な突っ込みを聞いているうちに、あるいは本当に安心してもいいのではないかと思い始めた。
測定のため朝から何も口にしていなかったことを思い出し、胃袋がしきりに抗議の声を上げ始めた。

「ねー、私、お腹空いたんだけどぉ」

「あ、わ、悪い! もうちょっとだけ待っててくれ」

受話器から口を離して謝ってから、少年が通話を再開した。だが、それも長くは続かなかった。

「……はぁ、わかった、わかりましたよ。とりあえず部屋には連れて行きます。んじゃあ、約束ですよ」


結局説得されたのか、着替えどうすっかなーなどと独り言を呟きながら、少年が携帯を畳んだ。

「もっとちゃんとこっちに寄ったらどうなのぉ? あなたの傘なんだし」

「こんだけ濡れちまってたら、あんまり変わんねえだろ」


さほど大きくない傘にお互い身を寄せ合いながら歩いた。
大通りに人陰はまばらで、すれ違いに手間取ることはない。

すっかり安心しきったことで、ある程度物事を考える余裕が生まれていた。
たとえば、この人はどんな経緯で自分を探すことになったのか。

何から聞こうか迷っているうちに、ふと肝心なことを聞いていない事実に思い当たる。

「あの、お兄さんのお名前は?」

「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったっけな」

少年が一人納得したようにうなずき、歩調をこちらに合わせたまま――

「上条当麻だ。よろしくな」

そう言って軽く会釈した。

「……カミジョウ、トウマ。ふぅーん」

「こら、さんをつけろよ。一応年上なんだし」

その名前と、困ったような笑顔と、繋いだ手の温かさが、頭の中にすっと染み込んでいくのを感じた。

「カミジョウ、さん」

「よろしい。んで、君はミサキちゃんでいいんだよな」

「食蜂操祈よぉ。あっ、漢字はねぇ――」

名乗り合った後、何を話したかはろくに覚えていなかった。
ただ、寮につくまで私たちの会話が止まらなかったのは確かだ。
結局その日は、彼の部屋でシャワーを浴びさせてもらい、店屋物を食べ終えてからすぐに寝入ってしまった。


身に降りかかった災難を解決してくれたのが他ならぬ彼であると知ったのは
それから二週間も経ってからのことだった。

とつと場面が切り替わった。
傷口に貼りついたガーゼを剥がすように、記憶がぺりぺりと音を立てて剥がれ落ちていく。
苦しい、痛い、辛い。
傷ついたかさぶたから、新たな記憶が滲み出した。


ショッピングセンターの中にあるフードコートだ。
ランチの時間は終わったのか、周りには数組の学生しかいない。
通りに面した窓際の席で、向かいの席に座っている偽小学生から受け取ったレポート用紙を、ぱらぱらと捲っている。


「事後報告書はこれで全部ですか?」

「ええ、事故の原因は被験者の体調不良ということに落ち着きました。――表向きは」

「表向き……。じゃあやっぱり、何か問題があったんですね?」

「まだ確定的なことは言えませんが」と前置いて、小萌がミルクレープを口に運ぶ。

「私もあの場に居合わせましたけど、あなたの能力の発動時、異変の兆候らしきものは見当たりませんでした」

「それは、私もそう思っていました」

実際、あの日は体調もすこぶる良好だった。事前の能力測定でも異常は見られなかった。

「似たような実験には以前にも何度か立ち会っていますし、少なくとも、干渉そのものには問題がなかったのではと」

「でも、だったらどうして彼らは意識を失ったんですか?」

「それについては現在も継続して調査中です。スポンサーの方たちにせっつかれたのか、理事会が動いて大規模な査察が入っているみたいなので」

「そう遠くないうちに判明するってことですね」

「おそらく。とはいえ、詳細がこちらまで降りてくるかは結構微妙なラインですね。何者かの作為があんなことを引き起こしたのだとすれば、ですけど」

「……一般には公にできないんですか」

「内部の者による犯行だとすれば、学生もその保護者の方々も、学園都市の能力開発に不信を抱くでしょうから」

「本当に、大人って勝手ですよねぇ」

「返す言葉もないです。ただ、これでもかなり際どい部分まで踏み込んでるってことは理解してもらいたいんです」

精神系能力者なら、大抵の事なら調べようと思えばかなりのレベルまで把握できる。
実際、彼女の話には学生閲覧不可のセキュリティコードに引っかかる箇所がいくつかある。
下手に動かれて危険な目に遭うよりは、ある程度の情報を教えた方がいいと考えてくれているようだ。

きっと彼女は、学園都市の中では珍しくまともな倫理観を備えた教師兼研究者なのだろう。
少なくとも、自分みたいな齢足らずにも真摯に向き合ってくれる大人であることは間違いない。

「仮にもしも、あの人たちが目覚めなかったら、私はどうなっていました?」

小萌の表情が微かに険しくなった。

「……イメージの悪化は免れませんし、スポンサーが撤退することはあり得ましたね。あくまで想像の域を出ませんけど」

「……損害賠償に発展する可能性も?」

「脅しではなく、あったと思います」

本当に。

「能力の暴走自体は高位能力者でも起こり得ることですが、何しろタイミングがタイミングでしたから」

本当に危ういところだったのだと、今さらながらに震えが走る。

「内定している常盤台中学の入学が取り消されたのは、まず間違いないでしょう」

「……やっぱり、そうですよね」

だから、これだけは確認しなければならなかった。

「あの、あんなことが起きたばかりですから不審がるのは仕方ないですが、今の所は悪い方向には向かっていないようですから」

「ええ、わかってます。それじゃあ、最後にもう一つお訊ねしたいんですが――」

「はい、なんですかー?」


「――どうやって、あの人たちを治したんですか?」

「……え、治した、って」

意表を突かれて動揺したのか、小萌の目がちらりと泳いだ。

「あ、あの、食蜂ちゃん? その報告書にも書いてある通り、被験者の方たちは自然治癒したのであって」

「嘘ですよね」

「あ……いえ、ですから」

きっぱりとした口調に、小萌がたじたじとなる。

「あの日、受付を担当していたお姉さんが、あの人のことを覚えていました」

「え……」

「月詠先生から電話で呼び出しを受けたという少年を、リクライニングルームに案内したって」

「そ、そんなはずはないです! 上条ちゃんにはちゃんと裏口――――っ」

「やっぱり、そうだったんですねぇ」

「……え、……あ」


彼女が黙り込んだのを見て、自分だけ蚊帳の外にいたことを、痛感する。

「引っかけたんです!? ひ、ひどいじゃないですか!」

「騙していたそっちだってひどいじゃないですかぁっ!」

思いもよらぬ大声が出た。
店内の注目が集まるのにも気が回らなかった。

「べ、別に、あなたを騙すだなんて……」

「もし、上条さんに私を探してもらっていただけなら、わざわざ研究所に来てもらう必要力はないですよねぇ」

「……そ、それは」

「この件に尽力していただいたことについては感謝してますよ? だからって、何で助けたことまで黙ってる必要があるんですか?」

「……う」

「教えてくれますよね?」

「……そ、それについては、企業秘密なのです」

「やっぱり、上条さんが治したんですか? でも、あの人自分は無能力者だって言ってましたけど」

「こ、声を抑えてください。大っぴらにされては――――って、食蜂ちゃん、何故に私にリモコン向けてるですか!?」


「初めからちゃんと教えてくれていればこんな真似しなくて済んだんです。……これが最後です、教えてください」

しばしの間、小萌が少女を無言で見つめた。
相手が本気なのか、見定めるかのように。

「……もしかして、上条ちゃんにも問い詰めたんです?」

「それは、まだです。そうしようと考えていたケド、あの日以来、彼、全然捕まらなくて」

授業が早く終わった日や解析実験のない日を選んで、何度かバスで上条の住む寮を訪ねた。
だが、インターホンを押しても留守だったし、最終バスの時間ぎりぎりまで待っていても、上条が現れることはなかった。

「……恩人かもしれない人に、そうやってリモコンを向けるつもりです?」

「月詠先生が知らぬ存ぜぬを突き通すなら、そうせざるを得ないでしょうね」

「こ、困りますよ! 彼には誰にも知らせないようにって念押しされてるんですから!」

「……独断で施設内に部外者を入れたと知れれば、責任力を問われますよねぇ」

少女の脅し文句に、小萌が「あぅあぅ」と呻いた。
もちろん、外に漏らす気などなかった。
彼女が善意から彼の協力を仰いだのは間違いなかったし、それがなければ自分の身が危うくなっていたのも事実だ。
恩を仇で返すのは、性に合わない。

それでも、この点について妥協するわけにはいかなかった。

「先生から聞いたとは絶対に言いません。お願いですから、私だけ仲間外れにしないでください」


リモコンを引っ込めて頭を下げた少女に、小萌は苦りきった顔のままストローに口をつけた。

「あの、本当に詳しいことは知らないんですよ? 私は、気を失った人たちが安置されてた部屋に彼を案内しただけで」

小萌が懸命にハンドルを切りながらそう言った。
これ以上レストランでは話せないということで、小萌の車の中に移動していた。
小学生並に座高が低くて果たして前が見えているのか、否応にも気になる。

「その後に意識が回復したんだったら疑いの余地はないじゃないですか。私自身が洗脳をどうやって解こうとしても解けなかったんですよ?」

「でも、偶然ということだって……」

「その前にだって、色々処置を講じていたじゃないですか。あれだけやって駄目だったのに、何もせずに覚醒するなんてありえません」

そんな単純なことにも気がつかないほど、あの日の自分はパニクっていて、そして浮かれていたのだろう。
その様子をあの少年はどんな目で見ていたのか。
当日のことが克明に蘇り、歯痒いような、腹立たしいような、複雑な気持ちに囚われる。

「先生はあの日、上条さんに電話でなんて伝えたんですか?」

「ええと、確か――」

首をかしげてから、前方に注意を払いながらポツポツと話す。

「能力開発中に事故が起きて、被験者が意識を失ってしまった、みたいなニュアンスで伝えました。
その、あの時はあなたの捜索より先に、救助を優先するべきだと判断したんです」

「後回しになったことは気にしてません。実際それで助けられたわけですし、的確な判断だったと思います」

桜の並木道は閑散としていたが、既にいくつかの蕾が付き始めている。
あとひと月もすれば自分も中学生だというのに、なんの実感もわかなかった。

「今の話からすると、私が精神系能力者だってあの人には知らせなかったんですね?」

「あなたの外見と、ショックを受けて飛び出してしまったことだけです」

それについては、ある程度予想できていた。
口止めされている以上、こちらの事情について根掘り葉掘り説明するのもアンフェアだと思ったのだろう。

「とはいえ、薄々事情を察していたとは思います。上条ちゃんは普段鈍感なくせに、昔から妙な所で勘が働くんです」

困ったものですねー、と小萌が苦笑した。

「昔から……。先生は、上条さんとはどういった関係なんですか?」

「普通に小中と、担任と生徒の関係ですよ。彼もつい最近までは本当に聞かん坊で、手を焼かされました」

はふぅ、と疲れたように両手を垂らした。

「以前にも、能力絡みの騒動で協力してもらったことが何度かあるんですか?」

「ノーコメントです。これ以上はプライバシーの侵害、というより、善意で協力してくれた彼に対する裏切りになりますから」

「……理解しました」

「それで、彼がやったことを知った上で、どうするんです?」

「引っ叩きます」

「って、食蜂ちゃん?!」

「冗談ですぅ。まずは一言、お礼からですよねぇ」


とにもかくにも、これで言質は取れたも同じだ。
本当に引っ叩くかどうかは、彼の態度を見てから決めよう。

>>257 訂正




「今の話からすると、私が精神系能力者だってあの人には知らせなかったんですね?」

「説明したのはあなたの外見と、ショックを受けて飛び出してしまったことだけです」

それについては、当日の彼との会話である程度予想できていた。
口止めされている以上、こちらの事情について根掘り葉掘り説明するのもアンフェアだと思ったのだろう。

「とはいえ、薄々事情を察していたとは思います。上条ちゃんは普段鈍感なくせに、昔から妙な所で勘が働くんです」

困ったものですねー、と小萌が苦笑した。

「昔から……。先生は、上条さんとはどういった関係なんですか?」

「普通に小中と、担任と生徒の関係ですよ。彼もつい最近までは本当に聞かん坊で、手を焼かされました」

丁度赤信号に捕まったところで、小萌が大袈裟に両手を垂らして見せた。

「以前にも、能力絡みの騒動で協力してもらったことが何度かあるんですか?」

「ノーコメントです。これ以上はプライバシーの侵害、というより、善意で協力してくれた彼に対する裏切りになりますから」

「……理解しました」

「それで、彼がやったことを知った上で、どうするんです?」

「引っ叩きます」

「って、食蜂ちゃん?!」

「冗談ですぅ。まずは一言、お礼からですよねぇ」


とにもかくにも、これで言質は取れたも同じだ。

本当に引っ叩くかどうかは、彼の態度を見てから決めよう。

本日は以上になります
次回で回想は終わります

投下は月曜昼間か火曜の夜になります

一貫については超電磁砲にて小萌が中学生の補講を受け持っていた場面があったこと
学園都市においては学力と年齢が比例していないこと
幻想殺しと小萌(発火能力+不老不死?)に含みがありそうなことなどから

昨日の寝落ちを悔やみつつひっそりと投下します

「……あっ、帰って来たわぁ」

電柱と塀の小さな間から通りを窺っていた私服姿の少女が、いそいそと前髪を整え直す。

(って、あらぁ? ちょっと見ない間に、ずいぶんと男前になっちゃってるわねぇ)

あちらこちらに包帯が巻かれた上条の姿に、少女がはてと小首を傾げた。
頬にも大きめのガーゼが貼りつけてあり――傷テープが突っ張るのだろう――感触を気にしているふうにも見える。
怪我の具合がどうかと少し不安になったが、足取りはしっかりしているからそこまでひどくはないだろう。

距離が縮まってきたのを見計らい、意を決して上条の前に立ち塞がった。

「……ん?」

「お帰りなさぁい。待っていたわよぉ、上条さぁん」

「あれっ、お前……」

上がりかけた上条の手が、酔っ払ったようにふらついた。
わざわざ寮の手前で待ち伏せていた意味を察したのだろう。

「その怪我、誰かと喧嘩でもしたのぉ? 暴力沙汰はあんまり感心しないわねぇ」

(さぁ、どうするのぉ? 許しを乞うなら早いほうがいいわよぉ?)

すっかり固まってしまった上条に、少女が勝ち誇ったようにほくそ笑み――


「お前……は、……えーっと、……んー、どっかで……?」


「……は」


次いで、その笑みがはっきりと強張った。

「見覚えが、あるような気が、なきにしもあらず……」

「は、はァーーッ? はァーーーーッ!?」

「い、いやいや、ちょーっと待ってくれ? 本当に、もうこの辺まで出かかってんだよ」

むむむ、と額に指を当てて唸る少年に、少女の肩がわなわなと震え出した。
完全に想定の範囲外だった。
顔も名前も覚えられていなかったことに、自分が思いのほか傷ついていることに気づかされる。
しかも温めてあった責め句と感謝の文言が、この無礼な発言で完全にどこかへ消し飛んでしまっていた。

「……あ、そ、そうだっ! ミサキちゃんだっ!?」

「……そ」

そうだけど。……そうだけどぉ! 何で最後自信なさげぇ!?
半ばべそをかきながらも

「フ、フルネームまでちゃんと教えたはずよねぇ!?」

より詳細な情報を要求せずにはいられなかった。

「えぇ、っと。……確か、そう、ショックなんちゃら、だったよーな……ハーフ、なんだっけか?」

「……う……ぅ」

少女の目に涙が溜まっていくのに気づき、にわかに上条が落ち着きなく周りの目を気にしだした。

「……い、いやぁ、元気にしてたか?」

愛想笑いで誤魔化そうとする彼を見て、本気の本気で引っ叩いてやろうかと思った。
仮にも恩人でなければ速攻力で洗脳を施し、パンツ一丁で女子校に突撃させているところだ。

あの日、先にシャワーを浴びさせてもらっていなければ。
自分が好きな店屋物を頼んでいなければ。
朝目覚めたのが、部屋に一つしかないベッドの上でさえなければ。

(が、我慢……我慢よぉ)

驚異的なまでの自制力を駆使し、振り上げかけた手をどうにか元の位置に戻す。

「ま、まぁ、それなりよぉ。――お陰様で」

「そ、そいつはよかった。それで、こんなところで何やってんだ?」

きっちり皮肉を交えたことにも全く気づいていないようだ。
鈍感だという月詠先生の慧眼に心の中で拍手を送る。

「あぁ、もしかしてこの辺に友達が住んでるとか? それとも、何か俺に用事が?」

心理学専攻ならこの少年にもデリケートな女心を指南しろという八つ当たりじみた心の叫びもセットで。

「よ、用がなかったら、会いに来ちゃダメなワケぇ?」

「あぁ、いやぁ、そんなことはねえけど」

手応えのないやり取りを重ねる度に、少女の頬が膨れていく。
前々からの約束を「仕事だ」の一言で反故にされた子供のように。

「何て言っても、用があるから来たんだケドねぇ。上条さん、今何か欲しいものとかなぁい?」

「……は? 何だ、いきなり? 欲しいモノって言われても、俺の誕生日はもう――」

何かを勘違いしているらしい上条を、少女が目線で制した。

「あなたが昏睡状態の人たちを治してくれたんでしょ? そのお礼をさせてって言ってるのよぉ」

「……えーっと、いったい、何のことカナー?」

今さらしらばっくれても無駄だ。
ネタはとっくに上がっているのだ。
探偵ドラマの推理役さながらに、視線をあさっての方へ向けている上条に指を突き付ける。

「研究所の職員に聞いて回ったのよぉ。あの日、施設内で上条さんに似た人を見かけなかったかって。そうしたら――」

「い、いやぁ、似た人は似た人じゃないですかねぇ?」

「往生際が悪いわねぇ。それともなぁにぃ? 上条さんったら、月詠先生を嘘つきにするつもりぃ?」

「月詠……って、何で小萌先生が出てくんだよ?」

「とぼけても確たる証拠は出揃っていることを暗示しただけよぉ。口止めされてるからなのか、見てるのも可哀そうになるくらい必死に否定してたケドねぇ」

それでようやく全てを察したのか、上条が諦めたような笑みを浮かべる。

「……おまえ。見かけによらずアクティブな性格なんだな」

「余計なお世話ですぅ。そんなことよりどうして、出会った時にそのことを教えてくれなかったのよぉ?」

「どうしてって言われても、ぶっちゃけ大したことしてねえし」

その言い様に少女の顔がかっと火照った。
謙遜からくる言葉だったとしても聞き捨てならなかった。
あの時ひどく狼狽えていた自分を遠回しに小馬鹿にされた気がした。

名前をろくろく思い出せなかったのもそのせいなのか。
上条の中では取り立てて大したことではなかったから。
記憶にも残らないような、思い出とも言い難い些細な出来事だったというのか。

自分と違って。

「よし、じゃあわかった」

「な、何がよぉ?」

「要するに、お前は俺に借りを作ったままじゃ嫌だから返そうとしてる。そういうことなんだろ?」

「……そ、そうねぇ」

そうと答えながらも、これは少し、いやかなり違うんじゃないかという思いが頭を過ぎる。

「なら話は早ぇ。もしお前の近くに誰か困ってそうなやつがいたら、その場にいない俺の代わりにそいつを助けてやってほしい」

「え、……と、それってつまり、どういうことぉ?」

「世の中には恩送りって言葉があってだな。受けた恩を直接その人に返すんじゃなくて、他の人に送っていくんだ」

「恩、送り?」

「親然り、教師然り、孝行する時に相手がいないってなことは世の中いくらだってあるだろ。
親から受けた恩を熨斗つけて返すなんてことは、よっぽど実力と運に恵まれなきゃできねえ」

「……まぁ、そうでしょうね」

「だから、その分自分の子供に愛情を注ぐみたいなさ。そうやって持ち回りみんなに少しずつ幸せが訪れたらいいなって」

「それを、私にやれっていうの?」

「いやいやまさか。恩をどうこうなんてのは、他人から強制されてやるもんじゃねえだろ? 俺の一方的な願望だよ」

「……上条さんって」

「うん?」

「つくづく損な性分なのねぇ」

「うっせーよ。俺は偽善者で、そうと自覚してるだけだ」

「偽善者? あなたって根は悪人なの?」

「……まぁ、多分。本人がどう望もうが、実質的にそうなっちまってるわけだし」

「……いまいち言っていることがよくわからないケド――――ま、いいわぁ」

少女が目を閉じ、さめざめと溜め息をついた。

「確約はできなくっても、心に留めておくことくらいはできるものねぇ」

自分には何を差し置いてでも優先すべき企み、取り組むべき目標がある。
それはおそらく学園都市にいる大勢の人間を不幸にするもので
そうとわかっていながら少女は自制する術を持ち合わせなかった。

だが、しかし。
なすべきことに影響しない範囲で、なすべきこととは関係のない場所で。
少年が言うような不幸に悩まされている誰かに出会ったとしたら。
その悩みが、自分のもてる知識や能力で解決できそうなものであるならば。


「恩送り、かぁ。でもぉ、私に誰かを助けるような運命力なんて、あるのかしらねぇ」


跳ねた前髪を弄りながら寂しそうに笑う少女を、上条はどこか神妙な面持ちで見つめていた。

一か月後。
書類上在籍していた、ろくに通ってもいなかった学校に卒業証書を受け取りにいった帰り道。
少女は小走りで小萌と待ち合わせしている場所へと向かっていた。

途中、行く先々で下校中の学生たちと出くわした。
誰もがが新生活に胸を期待で膨らませ、友人たちと楽しそうに他愛ない話をしているようだった。
同じように進学を控えているはずの少女が、その横を無言で追い越していった。

「何? あの子、感じ悪」

「ほっとこうよ。関係ないじゃん」

そんな陰口に構っていられないくらいには、少女はこれからのことについて頭を悩ませていた。
計画を完遂させるためにすべきことが山ほどあったし、そもそも新しい生活を安穏と享受する資格など自分にはないと信じていた。

かつてたった一人の友達が息を引き取ったその後で、醜い真実に気づいたとき。
少女はたとえようのない憤りを感じるとともに、ほんのわずかながら安堵してしまった。
大事な友達が、自分の苦痛に起因しているものを知らないままに、あの世へと旅立ってしまったことに。
悪意を向けられずに済んだことにほっとしてしまったのだ。

自分の心の醜さに、少女は強烈な吐き気を覚えた。
実際に吐いたし、許されないとも思った。
なすべきことを考え続け、そしてやっと、一つの答えを得た。
彼女を犠牲にして得た素晴らしくも恐ろしい能力を、彼女を壊した者たちにこそ知らしめてやろう。
それが幼くして天に召されてしまった友達に、自分ができる唯一無二の供養であり、償いなのだと。

そうでもしなければ、記憶の中に未だ存在するあどけない瞳に、今度こそ顔向けできなくなる気がした。
その決意を差し置いてでも優先すべきものなど、少女にはなかった。

そのはずだった。

「……え、上条さん?」

待ち合わせのセブンスミストでばったり出くわした少年に、少女が目を瞠った。

「よっ、ミサキちゃん。お待たせ」

「……フルネームは?」

「しょ、食蜂操祈サン?」

一気に温度が下がった少女の声色に気づいたのか、上条がおっかなびっくり返答した。

「ふぅん、一応まだ覚えてくれていたのねぇ」

「お前こそ、まぁだ前回のこと根に持ってんのか? つか、忘れること前提かよ」

「女の子の名前忘れるなんて普通だったら死刑よぉ? それより、お待たせってどういうこと? 月詠先生は?」

「いや、緊急の会議が入っちまったってんで、俺が急遽代役に」

「あ、そ、そうだったのねぇ」

彼女から仔細を聞き、自分から進んで会いに来てくれたのではという浅はかな期待が、風船から空気が抜けるように萎む。

「まぁでも、直接会って渡せるってのは満更でもなかったんだけどな」

「……え?」


「常盤台中学への入学、正式に決まったんだってな。これ、俺と小萌先生からの入学祝い」


そう言って差し出された右手には、紙袋の紐が握られていた。

渡された袋の隙間に、少女の目が釘付けになった。

「金を出したのはほとんど小萌先生なんだ。いつかの件で一日潰した謝礼だっつって、折半ってことにしてくれたけど」

決して重くはなかったが、それなりの重量はありそうだった。
何だろう。気になる。
入学祝い。
何が入っているんだろう。すごく気になる。

「……ね、ねぇ。これ、今ここで開けても?」

「あぁ、もちろん」

興味津々な様子に、上条が笑みを噛み殺す。
承諾を得た少女が、そわそわうきうきした様子で紙袋に手を突っ込む。

果たして、包装紙を解いた細い指先が捉えたのは、チェーンの肩ひもが付いた白い小物入れだった。
縁の部分は二重の刺繍糸で誂えてあり、銀色に輝くブランドロゴはもちろん、部分部分に細やかな装飾が施されている。

「…………ふわ……ぁ」

いつもの5割増しで目を輝かせ、捧げ持ったハンドバッグを上から下から見つめる少女に、上条が照れ臭そうに鼻を擦る。

「常盤台じゃ外出時に制服着用が義務付けられてるんだってな」


鼻を近づけてみると、新品特有の革の匂いがした。


「先週の日曜日に、店員さんのアドバイスを参考にしながら、サマーセーターに合いそうなやつを」


質感を確かめるように、革に何度となく五指を滑らせてみる。


「何しろ名門のお嬢様校だからな。できるだけ高級感つうか、見栄えのするやつを選んだつもりなんだけど」


チェーンを実際に肩にかけてみたり。


「色々見回ったところで、新興ブランドのバーゲン品くらいしか手が出なくってさ。あ、値段は聞くなよー? 聞いたらがっかりするぞー?」


そのままくるんと一回転してみたり。


「って、おーい、ミサキちゃん?」

「え、あ、ち、違うわよぉっ! そうじゃなくてぇ!」

「……へ?」

「しゃ、釈然としないじゃなぁい! 恩送りだなんて格好つけてたくせに、何でこんな――こんなの――」

端的に、こういうシチュエーションに慣れていないのだと思い知る。
こんな時に限って思いと裏腹の言葉しか出てこない。
テストで満点を取っても、コンクールで賞を取っても、誕生日やクリスマスだって。
ここ最近、何かをもらった覚えなどなかった。

くれる誰かが傍にいたこともなかった。

「ええっと、とどのつまり、一応は喜んでくれてるってことでいいのかな?」

一応どころの話ではなかった。
それでも黙ったまま、もらったばかりの紙袋に顔を埋めて、小さく何度もうなずき返すのが精いっぱいだ。

「よかった。まぁあれだ、お前は可愛い顔立ちしてっし、これから先プレゼントなんかわんさと貰うんじゃねえか?」

「――――」

「つーか、男どもが放っておかねえよな。その綺麗な髪色にしたって、遠目からでも一際目立っちまってるし」

「……だ、だったら」

そういうあなたは――――あなたも?

「しっかし大したもんだよ。中学に上がる前からレベル4って――――ん、どした?」

「な……、何でもないわよぉ!」

「うぉっ、と、何でいきなし怒鳴るんだよ?」

「か、上条さんが突然変なこと言い出すからでしょー!?」

ぱたぱたと手を振り回す少女に、上条が小さく首を傾げた。

「へ、変なこと? 何か言ったっけ、俺」

「……き、気づいてないならもういいわよぉっ!」

「え、ええっと?」

「そ、そもそもねぇ! 常盤台はレベル3が必要最低条件力なんだから、私よりすごい人だってたくさんいるに決まってるしぃ!」

「だとしても、俺みたいなのには知り合いに大能力者なんてそうそういねえんだって。高レベルの能力者ってのは、雲の上の存在なんだからさ」

「……雲の上ぇ? 嫉妬の対象の間違いじゃないのぉ?」

「……はぁ、ひねくれてんなぁ、お前。そんなんじゃせっかくの学園生活が楽しめねえぞ?」

「い、いちいち小うるさいわねぇ」

「いや、真面目な話さ。俺くらいの齢までカリキュラム受けて何も開眼しねえってのは、もうほぼ見込みがねえってことだろ?」

「……あ」

「なら、高みにいけるやつに夢を託すしかねえじゃんか。嫉妬とか僻みとか劣等感とか、いい加減卒業しなきゃいけない時期だしな」

それを聞いて初めて、この人にも思うところがあるのだと知る。

「……嫉妬だなんて。……上条さんにも、そういう感情があるの?」

「当たり前だろ、聖人君子じゃあるまいし。ま、相手がお前だったら、ちゃんと応援してやれそうな気がすっし」

「……本当に、応援してくれる?」

「そのつもりだけど?」

「……じゃ、じゃあ、さっきの話だケド」

「うん?」

「……もし、その、もしもの話よぉ? ……この先私が、もっと……大人っぽくぅ……」

「何だ? もっとはっきり喋らないと聞こえねえぞ?」

「あ……だ、だからぁ」

少女がはにかみながら身を縮めた。
体のあちこちから恥ずかしさがしゅうしゅうと漏れてしまいそうだった。

「……あ、あの……そのぅ」

何かを言い出せずにいる少女の顔を、少年が両膝に手をついて下から覗き込む。

「……こ、これ、ありがと。……その、大切にするから」

「へへ、そっか。そんなに喜んでくれてんなら、色々見回った甲斐があったかな」

途切れがちな掠れ声を、それでも聞き取れたことを伝えるように、上条が大きくうなずいた。

「それじゃあ、今日は他にも用事があっからそろそろ退散すっけど」

「あ、……うん」

少女に背中を向けた少年が、肩越しに後ろを見た。

「もしまた何か困ったことがあったら連絡してくれよ。俺でも小萌先生でも、相談くらいならいつでも――」

「だ、大丈夫よぉ! 操祈はこう見えて、やれば出来る子なんだからぁ!」

大袈裟に太鼓判を押した少女を見て、上条がおかしそうに笑う。

「じゃ、じゃあ私、もう行くわねぇ。能力開発、遅れちゃうから」

「おう」

何だか妙に気恥ずかしかった。
懸命に背伸びした言動も、何故だか彼には虚勢だと見透かされている気がした。

そんな、何の根拠もない想像を裏付けるかのように――


「――ミサキちゃん!」


歩き出してすぐに、快活な声が響いた。
慌てて後ろを振り向くと


「また今度なっ!」


あの人は陽だまりのような笑顔で、こちらに力強く手を掲げていた。

鏡を見なくたってわかった。
同じように手を振る私の顔は、どうしようもないくらいに、今まで覚えもないくらいに。


「うんっ! 絶対よぉ!」


くしゃくしゃになってしまっているに違いなかった。

温かな記憶。
苦い記憶。
忘れかけていた記憶。
忌まわしい記憶。

掛け替えのない記憶。


身に覚えのない光景が、一つ、また一つと弾けていく。シャボン玉さながらに。
大きな泡が砕けていくたびに、両足を鎖に繋がれた少女が短い悲鳴を上げている。
頭を抱えたまま暗闇に突っ伏し、身を震わせている彼女に、ただ憐憫の情を抱く。

あの少女は超能力者であるにもかかわらず、幸せとはかけ離れた場所にいる。
永久に閉ざされた氷の牢獄で、罪の意識と、他人の悪意と、自らの能力に苛まれている。
心を読める彼女が誰も信頼できないのと同様、心を読める彼女を誰かが信頼することはない。


私とは違って。

上条さんを心から信頼する、何の変哲もない無能力者として生きてきた食蜂操祈とは違って。


夢の中にいる食蜂操祈に似た何者かは、いつまでも、どこまでも、ひとりぼっちのままだ。
目的のためには手段を選ばない性格ゆえに。
誰もが羨み、誰もが恐れる能力を持つがゆえに。

こんなものが現実の私でなくてよかったと、心の底から安堵する。
あくまでこれは夢であって、だからそんな印象も現実には持ち帰れないだろうけど。

ふいに意識が浮上し、閉じた目蓋の裏にほんのりと光が灯った。

本日は以上です
次回は未定ですが、前日辺りには告知したいと思います

乙感謝ですノ
次回投下予告、9月26日22:00
よろしくお願いします

帰宅しました
投下始めます

――施設内部


「つまりは現実逃避ってやつだ。能力を使うコツはおろか、自分が能力者だってことまですっかり忘れちまってる」

お手上げだとばかりに白衣の男が肩をすくめた。
だが、その目だけは、上条当麻の一挙一動をつぶさに観察している。

「見た目は同じでも中身はまったくの別人格。元の記憶を思い出させようとあれこれ尋ねてみたが、徒労に終わった。
どころか、自分が何故研究員たちから狙われ、今こうして捕えられているのかすら、覚えちゃいねえのさ」

「……お前ら、食蜂にいったい何を」

「オイオイ、ちっと考えりゃわかるだろ? やつの能力を利用しようと躍起になってる俺らが、んな真似して何の得があるってんだぁ?」

男は暗にこういっていた。
食蜂操祈は自ら無能力者になったのだと。

絶句した上条に、男はお構いなしに喋り続けた。

曰く、いまの食蜂操祈は常盤台の学生ではなく――そもそも常盤台中学という存在すら知らない。
曰く、ホテルに滞在中の、とある中学校に転入しようと考えている外部の人間。
曰く、彼女が能力開発で得たはずの莫大な収入は、亡くなった両親が残してくれた遺産ということになっている。

曰く、この学園都市には昔から親しい、友達以上彼氏未満の少年がいる。


全てを聞き終えた上条が、よろめくように後ずさった。

ふと、病院で布束が告げたことを思い出す。自分で自分に洗脳をかけた可能性について。
疑似の記憶を植え付けたのだとしたら、洗脳が滞っていることも有り得ると彼女は言っていた。
しかし、それはあくまでセキュリティを高めるための処置だったはず。

ここに来て、布束の仮説が正しかったということを再認識することはできた。
食蜂を自由に命令に従わせることができる状態なら、ここまで潜入される以前に誰かしら敵方の駒として洗脳されていたはずだからだ。
それはそれでいい。
だが、食蜂操祈は何ゆえに、わざわざ無能力者としての記憶を捏造したのか。
その理由に一つ、心当たりはあった。
認めたくない心当たりが。

「考えてみりゃ、何て事はない話だ。あの小娘は自分が、あるいは自分の持つ能力が、嫌いだったんだろうなぁ」

「……嫌いだって? ……どうしてんなことがテメエに」

「いやぁ、わかりきった話じゃねえかぁ? 周囲の人間から疎まれ、恐れられるのが当たり前の人生を送ってきたんだぜ? 人間不信以上に、自己不信に陥っていたって何ら不思議じゃねえだろぉ?」

聞いているうちに顔が歪みそうになるのを、上条は歯を食い縛って耐えた。
自分の右手が、今までになく重みを増した気がした。

もし食蜂に施された洗脳を幻想殺しで解いてしまえば。
彼女は全ての記憶を取り戻し、そして再び自分の能力と向き合わなくてはならなくなる。

記憶の上塗り。
食蜂操祈が望んだもう一つの自分。
何の能力も持たない無能力者。
誰の心も見えないし、洗脳だってできない、ごく普通の女の子。

上条は胸がひどく傷むのを感じた。
彼女が望んだありきたりの日常を、他ならぬ自分が奪い去り、苦しみを増やすことになるのではないか。

(いや……違う。そうじゃないだろ)

頭を振り、混乱した頭を立て直す。
そもそも能力を解かれることを前提に考えたプランなら、別人格に能力があろうがなかろうが関係ない。
それに、食蜂との関係を改善しようとしていた上条にとって、心理掌握の問題はいずれ向かい合わなければならなかったのだ。
何より、今の食蜂を取り巻く世界が非常に狭い範囲で完結してしまっているなら、なおさら洗脳を解かないわけにはいかない。

ゆっくりと深呼吸する。
この場で最優先するべきは食蜂の確保。それ以外にない。
男の言葉は今この場において、非常に重要な意味を持っているのだ。

「俺にとっちゃあ朗報だな。そりゃ」

「あぁん? そうなのか?」

「つまり、お前らの洗脳が捗ってないってことだよな。後はあんたと、あんたの後ろに控える親玉さえぶちのめせばめでたしめでたしってわけだ」

「本気でそう思ってるんだとしたら、めでたいのはお前さんの頭だなぁ」

「……何だと?」

「だってそうだろ? 洗脳が完了しないまま奪還しちまったところで、あの女が能力を取り戻す保証はないんだぜぇ?」

一理あるが、それは幻想殺しを知らない人間の言い分だ。
上条は幾分余裕が戻ってくるのを感じた。

「ま、運よく取り戻せたとしても、もう元の鞘には収まらねえだろうがな。年頃の娘が得体の知れない連中に拉致監禁されたとなれば一大スキャンダルだ」

確かに、その点は上条も懸念しているところだった。
イメージが壊れただの何だのと難癖をつけて、企業スポンサーの中からも手を引くところが出てこないとは限らない。
それどころか彼女の派閥の解体やレベルの見直しまであるかもしれない。
最悪能力がこのまま戻らなければ、レベル3以上の能力者御用達である常盤台を追い出されることにもなるだろう。

「これでわかっただろぉ? あの娘はもう何をどうやったって詰んでるんだよ。逃げ場はねえし自分で居場所を築くこともできねえ。ジ・エンドだ」

勝ち誇ったように語る男に、上条は頭をかったるそうに掻きながら、さも不思議そうに尋ねた。

「それが、何だってんだ?」

「……は?」

「能力を取り戻せようが取り戻せまいが、んなことはどうだっていい。心理掌握? 最強の精神系能力? 副産物に未練なんざ最初っからねえ」

「……、」

「とにもかくにもあいつの身柄を確保する。あとのことは、それからゆっくり考えるさ。二人でな」

白衣の男は怪訝そうに眉をひそめ、次いで合点がいったように顎を撫でた。

「あぁ、そういうこと。お前、あの難儀な女に惚れてんのか」

「……さぁな。取り戻せればそいつもいずれはっきりすんだろ」

男の軽口に、上条があっさりと返した。
茶化したわけではなさそうだった。あるいは、そうかもしれないという気持ちはあるのかもしれない。
難儀な、という部分も含めて。

それさえ確認できれば、あとは背中をそっと押すだけだ。
男は冷笑を浮かべ、温めていた言葉をさっと放った。

「くくく、間に合えばいいけどなぁ」

「……どういう意味だ?」

「あの小娘、ガキにしちゃあなかなかいい体していたからなぁ。他の研究者たちが邪な考えを抱かないって、どうして断言できる?」

全てを言い終える前に、上条の目が据わった。
狙い通りの展開だ。
確信はあれど、肌が泡立つのは止められそうになかった。
リスクのある試みに違いはないからだ。

「まぁまぁ、そんな殺気立つなよ。まだ話してないことはいくらでも」

話は無用だとばかりに、上条が力強く足を踏み出した。

男が乾いた唇を軽く舐めた。
この賭けで戦況をひっくり返す。
その決意とともに。


(そうだ、もっと近づいてこい)

脇腹に極力負荷がかからぬぎりぎり前のめりの体勢で、上条が近づいてくるのを待つ。
一歩、また一歩。スニーカーの滑り止めがきゅっきゅと甲高い音を鳴らしている。
力んでくれているなら都合がよかった。
大振りの攻撃ならこの体でもどうにか避けられる。

だがそこで、異変が生じた。
足音のリズムがわずかに狂ったのだ。
注視しないよう意識しながら上条の表情を伺うと、何かを堪えているようにも見えた。
たとえば、痛み。

束の間、男は記憶を辿っていた。
上条と相対した三日前の記憶を。

お互いの距離が5メートルほどに縮まったところで、男が白衣の袖の中に両手を引っ込めていく。
白衣の前ボタンは留まっておらず、いつでも脱げる状態だ。
自分のずぼらさ、ファッションへの無頓着さも時には役立つのかもしれないと男は思った。

はたと上条の呼気が止まり――


「――ォおおッ!」


身を低くして男目がけて驀進した。
その鋭い飛び込みに合わせて、男が腕を振り下ろした。
白衣の裾を掴んだまま。

「――ッ!」

翻った白衣が上条の視界から、男の姿を一時完全に覆い隠した。
踏み込みを停止した上条をよそに、男が先ほどの上条の頭の位置を正確にトレースし、たなびく布地の裏から渾身の突きを見舞った。

繰り出した拳骨が上条の頬肉に触れかけ――

「――つぅ!」

辛うじて上条が首を捻り、芯を外した。
またも皮一枚で逃れた上条に、男が内心で舌を巻いた。
あるいはこれで終わるのではと期待していた。
おそらくは白衣が巻き込まれるように動いたのを目の端に捉え、咄嗟に身を反らしたのだろう。
勝負勘の強さはまさに歴戦の傭兵並だ。

だが、それを隠れ蓑にした一撃までは読み切れなかったようだ。

「――――ぐぎっ!」

上条の口から苦鳴があがった。
男の一撃目を避けようと仰け反ったその位置に、狙い澄ました膝蹴りが放たれていた。
それが上条の太腿――三日前に刺し傷を負った場所に――寸分違わず命中した。

明らかに表情を一変させた上条に、男が獰猛な笑みを浮かべた。
先ほど微かに遅れたリズムから、三日前に負傷した左足が痛み出したのだと判断し、目論み通りの一撃をヒットさせたのだ。
学生ズボンの下では確実に傷口が開いていることだろう。
体が沈みかけた上条を見下ろし、男が勝利を決定づける追撃を放つべく拳を掲げた。

だが、そして、にわかに男の顔色が一変した。
すぐさま開いた傷口に向かうはずの上条の両手が、気づけば自分の肩にかけられていた。

「……へっ」

引き攣ったような笑いを見て、男の思考が凍りついた。
まさかという思いに襲われていた。

「……さっすが、どこまでも的確な戦術だよ」

「こっ、の、ガキ――――」

拳を振り下ろすよりわずかに早く、両肩を引きつけると同時に突き出された上条の頭突きが、男の鼻面を捉えた。
顎を強かに突き上げられ、背筋がぐんと引き延ばされ、痛めている腹筋が衝撃に耐えるべく収縮した。

「グギッ―――ッ!!」

途端、今までとは比べものにならないほどの激痛が走った。
上下の歯が欠けかねないほどに噛み合わさり、頬の筋肉がぴくぴくと痙攣した。

その絶好期に、上条が畳み掛けてくることはなかった。
思いきり蹴られたことに違いはなく、普通に痛みや痺れが残っているようだった。
蹴られた足を片手で抑えながら、地面を踏み鳴らす様に叩きつけている。
つぅと血が垂れてきた鼻を押さえながら、男が歯噛みした。

「こういう引っかけは好みじゃねえけど。もう四の五の言ってられねえからな」

「……てめえ、その足、治っているのか」

「あんたは、どう思う?」

問うまでもなかった。
既に男の中で答えは出ていた。
どんな手品を用いたかはわからないが、治っている。
少なくとも戦いに支障のない程度には回復しているのだ。
でなければ、あの痛烈な一撃に耐えきれるはずがない。

薬か何かで痛みを消している可能性も考えたが、すぐに思い直した。
痛覚を鈍らせたまま自分とここまで渡り合えるはずがない。それくらいの自負はある。

足を一瞬浮かせて踏み込みを和らげたのはフェイント。
あるいは、痛みをこらえるような表情を作ったのも。
怪我が完治か、限りなく完治に近い状態であることを、こちらに悟らせないために。
ありもしない弱点を捏造し、狙い通りに相手を、つまりは自分を誘い込み、まんまと一本せしめた。

自分の発言に上条が垣間見せていた怒りの形相すらも、今となっては本物かどうか判断がつかない。
その事実を認識し、男は背筋が泡立つのを感じた。
まるで、異国で初めて銃を突き付けられたときのように。

「何にしても、その様子じゃもう勝負はついただろ。どこか痛めてるみたいだし」

さすがに先ほどの痛がりかたではバレバレか。
男がちっと舌打ちした。

「わかんねぇなぁ。なんでそうまでする必要がある?」

男の問いに、上条が眉をひそめた。

「三日前にあんだけの目に遭わされて、文字通り死にかけて」

苛立たしげな声が、一瞬面白げな語気を帯びる。

「なのに何で、てめえは俺の目の前に立っている?」

傷が治った云々という話ではもちろんなかった。
耐え難い苦痛を与えられて死を間近に感じれば、誰だって恐怖を抱くはずなのだ。
そのトラウマになりかねない記憶を年若い男子がたったの数日で克服し
こうして自分と命のやり取りをしているということが、もう異常なのだ。

「不幸な境遇に情でも湧いたか? あんな化けモンのために、命を懸ける価値があるのか?」

「…………」

「てめえがどんだけ突っ張ったところで、あの小娘の居場所はどこにもねえぞ?」

「そりゃ、有り得ないな」

「……なに?」

「この不幸の申し子こと上条当麻にすら居場所が出来たんだぜ? 他のやつにできないわけがねえんだよ」

目の前の少年は平然と、憎たらしいまでに飄々と、そう言ってのけた。

「……筋金入りだな。馬鹿は死ななきゃ、治らねえらしい」

「その体でまだ戦おうっていうあんたも大概だろ」

「なるほど、否定はできねぇ――――なぁ!」


ふいに男が両手を振り上げ、すぐさま上条がそれに対応した。
互いの両手を両手で受け止め合い、そのまま部屋の中央で押し合いに移行する。

「……って、まだそんな力残してたのかよ!」

「悪党にだってなぁ。悪党なりの意地ってモンがあんだよぉ」

踏み込む度に走る脇腹の痛みを押し殺し、全身に残った力を余すことなく込める。
拮抗状態が徐々に崩れ始めた。
単純な腕力では上背のある自分が勝っている。
じりじりと体重をかけ、そのまま体を少しずつ前へ押し進める。

だがそこで、御しきれないと判断したのか、上条が唐突に腕の力を抜いた。

「うぉっ!?」

咄嗟の動きについていけず、男の体が前に泳いだ。
いなされた腕が上条の首を掠めたが、掴むまでには至らない。

咄嗟に男の視点が後ろへ向いた。
体が横向きになった無防備な瞬間を、果たしてこの少年は見逃してくれるだろうか。
そんな甘い考えは、殺気立った視線を受けて即座に投げ捨てた。

脳が急所を守るべきだと告げ、体が瞬時にその命令に従った。
長年培ってきた戦闘勘が腕を畳み、頭を低くし、痛めている脇腹と急所である頭部への攻撃に備えた。

右肩越しに、少年が拳を振り被ろうとしているのが見えた。
一発だけならくれてやる。耐えて、あわよくばカウンターを見舞って終わらせてやる。
そんな強気な思いは、次の瞬間あえなく霧散した。

振り上げられた右拳は、ほとんど動いていない。代わりに、男の視界が地面に向かって傾いていく。
体により近かった、死角になっていた左足で、無警戒だった軸足を引っかけられたのだ。

                、、、、、、、、、、、、
「人一倍プライドの高い女の子が、俺のために頭を下げたんだ」

一連の動作――顔に向けられた視線から、反撃に転じる挙動から、力強く握り締められた拳までもが――全てフェイントだった。
ようやくそれに気づいたが、もう手遅れだった。
ダメージにもならない、そっと押すような足払いを受けて。
支柱を失って崩れ落ちる建物のように、全身に込めたはずの力が行き場をなくしてさまよっていた。


「たとえ相手がどんなに強くたって、背負ってるモンが俺の何百倍重くたって」


何とか体勢を立て直さんとする思考の間隙を縫い――


「悪魔に魂売ってでもケツ捲るわけにはいかねえんだよッッ!!」


男の視界に今度こそ、上条の右拳が飛び込んできた。

全体重を一所に集約した一撃が頬に叩き込まれ、薬物で鋭敏になっていた神経細胞が悲鳴を上げた。
全身に電撃を浴びせられたように男の体が慄き、そのまま床に強かに叩きつけられた。


上条がゆっくりと拳を引き上げ、両膝に手を突いてぐっと体を支え、深く息をついた。
大の字に寝転がった男に、動き出す気配はもはやなかった。

――Bブロック、中央測定室


「遅いぞ。もう少し手際よくできんのか」

ドアが開くなり、先んじて部屋に移動していた木原が言った。

「も、申し訳ありません。この娘がほとんど動こうともしないもので」

言い訳しながらも、二人の研究者は脇に抱えている金髪の少女をそそくさと室内に運び入れた。
いつの間にか少女の格好が手術着になっていることに木原は気づいていたが、あえて何も言わなかった。
自分の許可も得ずに余計な真似をした部下たちの末路を
コバンザメのように付き従っていた彼らが知らないわけがなかった。

食蜂の様子は、有体に言ってぐったりとしていた。
疲労の極致にあるらしく、閉じたまぶたがぴくぴくと痙攣していて、支えられている状態でなお足元が覚束ない。
三日で5時間足らずしか睡眠を取らせていないのだから当然だ。
彼らが手を放せばすぐにでも床に崩れ落ちるだろう。
これなら作業も捗りそうだ、と木原は思った。

疲弊した頭に、洗脳はよく染み込む。
実際、一日目二日目と比べて、三日目は一気に精神解析が進んでいた。
脳の防衛機能、記憶のロジック化のスピードが鈍っているためだ。

途切れることなく送り込まれたデータ――木原や研究者たちに従順に従わせるために捏造した記憶を
今までは食蜂の脳に施されたプロテクトが何とか拒んできた。
だが、今は頭のみならず体にかかる負荷が大きすぎて、セキュリティを維持できる状態ではない。
動画などの大きなデータを延々と読み込み続けた挙句、放熱に全力を傾けているパソコンのようなものだ。

確保の際、多少の怪我をさせることを厭わなかったのもそこに理由があった。
無傷で確保できるならそれでよし。多少の傷を負っていたとしてそれは持続的な苦痛をもたらし
肉体と精神を疲弊させるのに都合がよかった。
その隙をつけば解析速度も上がる。そう考えたのだ。

装置による解析効率を上げるために、木原たちはこの三日間、食蜂の精神と体とを徹底的に苛め抜いた。
心理掌握を意のままに操ることができれば、先のポルターガイスト騒動のときとは比較にならない規模で
精神の同調を行うことが出来、AIM拡散力場の相乗的な運用法を確立できる。
それこそが、ここにいる木原の目指す到達点だった。

レベル6に至るために樹形図の設計者が示した数多のプラン。
その一つ、量産化計画に従って進めてきた研究を、一時は全て台無しにされかけた。

食蜂操祈の能力開発が予想以上の成果を上げ、それによって量産化計画が頓挫。
やむなく乗り換えようとしたプランには、当然のように他の『木原』の手が回っていた。

日陰者の中の落伍者としてあからさまな侮蔑の視線に耐えながらも
木原は根気強く樹形図の設計者のプログラムを検証し続け、新たなプランを打ちたてようと躍起になった。
その一方で潰された計画を再利用し、かねてより温めていた学生以外による能力発現の実験も欠かさず行った。
手間を惜しまずに根回しを重ね、不測の事態に備えて不倶戴天の敵ともいえる魔術サイドと協力関係を築いた。

そしてこの夏、学園都市の根幹を揺るがす大事件が発生し、その勢力図は一変した。
樹形図の設計者を積んだ衛星が何者かに撃墜されてしまったのだ。
人工知能の計算能力に頼りきっていた研究者たちの大半が堕ちた衛星ともども権威を失墜し
生き延びた実験の中で最有力視されていた絶対能力者計画までもが、被験者である第一位の敗北によって終焉を迎えた。

飛躍はこの機をおいて他にはない。そう木原は確信した。
今こそ先を行っていた研究者たちを、自分以外の『木原』を出し抜き、見返すチャンスだった。
部下たちに秘密裏に命じてアップデートを繰り返させていた新型の洗脳装置を用い
自らが監修した技術を用いて再び第一線で活躍する研究者に返り咲く。
かつて自分を追い詰めた少女は、そのための踏み台だった。

「さぁ、あまりもたもたしている暇はないぞ。洗脳の準備を始めたまえ」

研究者たちがうなずき、食蜂を医療介護用の拘束椅子に座らせた。
食蜂はほとんど抵抗しなかった。
衰弱しきっていて出来ないというのが正しかった。

黒い革製のベルトにきつく締めつけられた肢体が、手際よく測定用の電極やパットで飾られていった。
そのコードの多さたるや、スタジオのパッチベイやミキサーなどの音響機材を髣髴とさせた。
厳然たる事実として、木原やその他の研究者たちにとって、食蜂操祈の存在は一つの器材にすぎなかった。
己の目的を、野望を、欲望を満たすために欠かせない道具だった。

これでもし実験が成功すれば、少女は用済みだ。
実験が失敗したら、やはり少女は必要ない。
せいぜい、実験とは関係のないところで活用させてもらうくらいだろう。

「君のことだから、そちらでも頑張れば頂点を目指せるかもしれないねぇ」

手術着の裾からはみ出した白い太腿に指先を這わせながら、木原が忍び笑いを漏らした。
そのおぞましい感触に食蜂が身じろぎしたが、手足が椅子に固定されていては逃れることすらままならない。

「み…………」

「何だね? やっと許しを乞おうという気になったかね?」

「かみ……じょ……」

「……またそれかね」

木原がひどく傷ついたように言った。
およそ接点のなさそうな人間の固有名詞に何を縋っているのか理解不能だった。

ざわめきが耳に入り、次いで人目があることを思い出して揉み手をしながら部屋を見回す。
幸い研究者たちは木原たちに注目しておらず、揃って宙を不安げに見つめていた。
壁面に埋め込まれているモニター群を。
木原が怪訝そうに顔を上げると――

地上を映す最上段のモニターはほとんどがブラックアウトし、機能を停止している。
超電磁砲か、ハッカーの仕業だろう。
その一つ下、左上にあるモニターでは上条がまさに一騎打ちを制したところだった。
その右隣のではいくつもの金属塊に分解された駆動鎧の残骸が見える。
そしてそのすぐ下では――

「――馬鹿な、あの連中を相手にして」

さしもの木原が瞠目した。
施設内でもっとも防衛戦力を有しているはずの猟犬と魔術師の混成部隊。
それがあろうことか、たった二人の少女の手によって、壊滅に追い込まれていた。

>>350
訂正:その右隣のでは→その右隣では

――Cブロック:多目的ホール


「これで、あらかた片付いたかァ?」

少女が黒い長髪を鬱陶しそうにかき分けながら、阿鼻叫喚の地獄と化したホール内をざっと見回す。
満足に動ける者はどこにもいない。
息絶えている者と重傷者が半々で、軽傷者は0。
十二分に役割を果たしたと言えるだろう。

倒れている者たちの中には衣を纏った魔術師と思しき男も数人混じっていた。
最初の一斉射で頭や胸を穿たれ、そのほとんどが実力を発揮する間もなく力尽きている。

「しっかし土御門の野郎。よくよく悪知恵が回るよなァ」

そう言いながら、少女を装った少年が、被っているウィッグの前髪を抓んだ。

白髪に色白の体。鋭すぎる目つき。
学園都市で最も有名な人物の一人、第一位の容姿を敵が知らないはずはない。

それを逆手に取るために、土御門は潜入作戦において、畏れ多くも一方通行に女装を命じた。

相手方が一方通行の能力に制限がかかっていることを知っているかはわからなかったが
洗脳されるリスクは少しでも低くするべきだ。
打ち止めちゃんのためにも、万が一のことがあっちゃいかんぜよ。
土御門は渋る一方通行をそうやってなだめすかした。

必要事項であり、動物園で私闘を優先した罰でもあるのだと言っていたが
仲間たちの目からすると明らかに楽しんでいる向きがあった。

元々細身の体型であるため、少女に変装するのはさほど難しい作業ではなかった。
白髪を隠すために黒髪のウィッグを被り、キャラクターTシャツにライトグリーンのカーデガンを羽織っただけで
元の面影の大部分が消えた。
結標と打ち止めが部屋の隅で口を抑えて笑うのを必死に耐えていることに目をつむれば、概ね文句はなかった。
さらに小さな瞳を大きく見せるべく青のカラーコンタクトを装着させ
補助演算装置にライトピンクのファーをつけたところで

「ちょ、ちょっと失礼。用事を思い出しました」

先の戦いでの負傷が元で今回は戦線離脱しているエツァリが、微妙に頬をひくつかせながら部屋を出ていった。

「……つ、土御門クゥン?」

「ふむ……後はローファーとブリーツスカートさえあれば、誰が見ても完璧女子校生なんだが」

「ぶふっ! や、やめてよ土御門、そ、想像しちゃったじゃない」

「ミサカはミサカは、そんなステキなあなたと一緒にプリクラしてマイアルバムに飾りたいって切々と訴えてみたり!」

土御門と打ち止めの言葉を受けてついに腹を抱えて笑い出した結標に、一方通行の肩がわなわなと震え出した。

「ざっけンなクソガキ! スカートなんざ死ンでも穿くか! 別人装うってンならこれで十分だろうが!」

「わかったわかった。じゃあスカートはやめて――」

嬉々として土御門が紙袋から出したのは、どんなファッションにも合う純白の長ソックスと、シャコールグレーのハーフパンツ。
着飾られた一方通行は生来の色白の肌も相まって、どこからどう見ても少女にしか見えなかった。


そして、そんな格好の一方通行が戦場に姿を現すと、猟犬たちはほとんど無警戒で襲撃を仕掛けてきた。

一方通行は常時反射ではなく、常時ベクトル0にする手法を用いてこれを迎え撃った。
いかに一方通行の能力が絶対的であっても、敵に魔術師が混じっている以上正面からやり合うのはリスクがある。
それは魔術師と戦った一方通行もうなずかざるを得ない忠告だった。

結果、姿、能力ともに第一位とは別の人物を装い、短時間で敵を攻略するための戦術。
かくして、一方通行の周囲に展開されているAIM拡散力場に触れた猟犬たちは宇宙ステーションの無重力遊泳のように宙を舞った。
異変に気づいた敵が立て続けに放った無数の銃弾や属性魔術の全てが、やはり同じように空中で静止した。

「ヤツの入れ知恵ってのがまた癪だが、まっ、今回だけは目をつむってやるかねェ!」

そして、一方通行が指揮者のごとく両手を振り降ろすや否や、停滞していたものが全方位へと飛散した。
その一撃で、勝敗の帰趨は決した。
大小の銃弾や炎弾や雷撃が反射し、それらを撃った相手の方に逆戻りした。
もちろん、迂闊にも容姿に騙されて近づいてきていた猟犬たちは、総じて天井や壁や床に叩きつけられた。
能力に対抗策を立てさせる間もなく、どころか、能力の正体を悟らせることもなく全滅させたのだ。

「うぅ、おぇ……」

「結標ェ。そのザマで、よく前回自分も行くとか抜かせたもンだなァ?」

「ひ、開けた場所ではもう大分平気なのよ。屋内とか、狭い場所での座標移動が――血の臭いもひどいし、うっぷ」

「以前の事故のトラウマってやつか、みっともねェ。俺を殺せる数少ない人材のクセに」

「俺とか言っちゃだめでしょ? 今のあなたはカワイイ女の子、……鈴科百合子ちゃんなんだから」

「……テメェは、しまいには本気でぶちコロすぞ? つうかなンだァその芋臭い名前ェ」

「そんな可愛い顔で凄まれても全く怖くないし。あ、名前は土御門が勝手につけたみたいよ」

「……あのヤロ。やっぱり帰ったらぶっ殺す」

歯を軋ませる一方通行を横目に、ようやく吐き気が落ち着いて来たのか、結標がふらつきながらも膝をゆっくりと伸ばす。

「ていうかね、私があなたをって、そんな簡単に言わないでくれる? 瞬間移動も含めて全部反射しちゃうってのに」

「いやァ、不意をつけばあっさりと片がつくだろォ?」

「ど、どうやってよ」

「たとえばだが、絶縁フィルムを貼りつけた板で四方を囲っちまうとかどうヨ?」

「……え、……あ、そっか」

現状、一方通行の体は、補助機なしでは体の隅々に命令を行き渡らせることができず、起き上がることもままならない状態だ。
ミサカネットワークなくしては解析以前に日常生活を送ることすらできない。
並のジャミングでは妨害不可能だが、電波を完全に遮断する箱に閉じ込めてしまえば
その瞬間に一方通行は戦闘不能になる。
教室中の机や椅子を一瞬で相手に叩き落とせる結標にとって、その程度のことは朝飯前だろう。

「……気づかなかった。触れなければ反射しないってのも弱点だったのね」

「今の俺に、じっくりと嬲り殺しにするような戦い方は向いてねェ。足を止めていたら相手に付け込む隙を与えるだけだ」

「そんな当たり前のことに気づかせないほど、怪我をする以前のあなたが完全無欠だったってことか」

「バカ言ってンな。本当に完全無欠ならあんな三下に負けてなんかねェっつうの」

「そんなこと言って、実は負けてよかったと思ってるんでしょ?」

「……ハッ、ンなワケねェだろ?」

「あら、そ。あなたがそう言うなら、そういうことにしておくけど」

「……そンだけ喋る元気があンなら、あと二箇所くらいは回れそうだなァ」

「ちょっ、勘弁してよ! 本当にきついんだってば!」

文句を投げかけてくる結漂をしり目に、一方通行が慣れないカツラのズレを直した。

>>357

訂正:慣れないカツラ→慣れないウィッグ

本日は以上になります
次回は29日、日曜日21:00予定です

乙ありがとうございます
急な予定が入ってしまったため、投下を明日の22:00に変更します
申し訳ありませんがよろしくお願いします

硝煙立ち込める中、今しも走行中の装甲車の屋根に片膝をついた美琴が、ゆっくりと手を振り上げる。
すると、地面に横たわっていたいくつかの傘の残骸が浮かび上がり、先行している装甲車を追い始めた。

十本ほどの骨組みが車両に追いつき、まるで美琴を守るように寄り集まる。
かと思うと、強力な磁力を受けて蛸足のようにくねり出した。
砂鉄をも武器にするレベル5の演算力をもってすれば、金属部分が完全に失われない限りその支配は盤石だ。

折れ曲がったろくろの部分から伸びている軸が、ギチギチと耳障りな音を立てながら太い柄に巻きついていく。
即席の鉄槍と化したそれらには目もくれず、美琴が右手前方を走る戦車を見据え、ぱちんと指を鳴らした。
途端に槍が高速回転を始め、電動ドリルのように先端部分の輪郭が曖昧になった。

右手を直進する戦車に接近したのを見計らい、美琴が標的に向かって迅速に腕を振るった。
水平方向に撃ち出された槍が唸りを上げて戦車の左側の履帯上部に命中。
そのほとんどが弾き返されたが、それでも一本が連結部品の隙間に突き刺さった。
いかに分厚い装甲を纏っていようと部分的に脆い部分は存在する。
美琴がその一点に向けて、間断なく電撃の槍を放った。

けれども、いち早く戦車が進路を変えると、その拍子に履帯に挟まっていた槍はあっさりとへし折られた。
美琴の電撃があっけなく分厚い装甲に弾かれ、直後に後背へ向けられた戦車の機銃が火を噴いたものの、
敵の動きを予見していた運転手、黄泉川愛理が急ハンドルを切り、後輪を滑らせて銃弾の嵐から逃れる。
美琴の体が左右に大きく揺れ、つんのめるように屋根に両手をついた。
足場は磁力できっちり密着していたが、重心を車の挙動に合わせる余裕まではなかった。

「……くっ、これでもダメか! 本っ当、無駄に堅すぎ!」

「そんなに焦らなくたっていいじゃん。本命は別にあるんだろ?」

装甲車を運転する黄泉川が窓から半身を乗り出し、サイドミラー越しに慰めの言葉をかけた。

美琴が黄泉川の飄然とした顔を見返した。
自分が作戦を告げたときと同じ顔だった。
本心は決して穏やかじゃないはずだ。
時間をかけたらかけただけ、自分や隊員が命を失うリスクが増すのだから。

そんな、当たれば即ゲームオーバーの状況にもかかわらず
自分を勇気づける余裕があることに、美琴は驚きを禁じ得なかった。
単なる強がりではなく、彼女の言葉には力と意志が込められているのがわかる。


学園都市が主導してきた妹たちの実験がこれまで見過ごされてきたことを、美琴は快く思っていなかった。
この都市において、警察の役割の大部分果たす警備員や風紀委員だが、与えられている権限は警察より小さい。
組織図で表すなら警備員も風紀委員も、学園都市の管轄下にある。
頭ではわかっている。
だが、それでも、大人には弱者を守るために戦ってほしかったし、動いてほしかった。
それをしてこなかった二つの組織に、美琴は一時完全に失望していた。

たとえ無限に製造できても、18万円で作り出せるのだとしても。
美琴の目から見て、殺された彼女たちは、しかし確固とした意志を持つ人間だった。
だからこそ、行きすぎた権力の乱用を戒め、弱い者を守ってくれるはずの警備員や風紀委員が
妹たちを人間としてではなく、消耗品として認識したのだと落胆した。

しかし組織図全体ではそうであっても、個人に目を向ければどうか。
今こうして、自分の体と命を張って誰かを守ろうとする志の高い警備員が大勢いるのも確かだった。
ことに分隊の指揮権を任されていた黄泉川愛理という女性は、二重の意味で自分の首が飛ぶリスクを承知でこの作戦に乗っかってくれた。
その心意気にはどうにかして応えたかったし、きっと黒子も同じ気持ちだろうと思った。


――――pr


何度目かの牽制を終えた後で、美琴の携帯が胸ポケットで一度だけ、コール音を鳴らした。

「お待たせしました、準備ができたみたいです」

「わかった。――みんな、話は無線を通して聞いているな」

『はい、隊長』

「では、現時刻より標的をポイントDに誘導する。砲撃の発射間隔を見誤るなよ」

『了解』

『任せてください』

『皆さん、ご無事で!』

ノイズの混じった、緊張感に満ちた短い返信に、美琴の唇がぐっと引き結ばれた。


「さぁ、追いかけっこを終わらせるじゃん」

「はいっ!」

警備員の駆る車両たちを追い回しながら、運転席の男がメーター系に視線を落とす。
時速は80キロ強。
重量50トンの車重を引っ張るのは1500馬力を誇るディーゼルエンジンだ。
不整地ならいざ知らず、きちんと舗装された道ならこれくらいの速度は問題なく出る。

前方では警備員の車両が二台、蛇行しながら走行中だ。
どちらに狙いを定めてやろうかと砲手の男が視線を左右に動かし、そこで異変に気づいた。
敵車両の排気煙の量があまりにも多すぎるのだ。

煙幕を張ろうとしているのだと悟り、男が即座に左側の車両に狙いをつけ、主砲を発射した。
砲火が噴煙に大穴を穿ち、遅れて轟音が轟いた。
サーモグラフィに変化がないのを見て、男が舌打ちした。
車両が炎上すれば一目でわかるような熱量が生じるはずだからだ。

ただでさえ硝煙で曇り始めていた敷地内の視界は悪化の一途を辿り、付近一帯は灰色の霧に包まれたような有様だ。

おそらくは視界を奪って隙をつくつもりだろうが、これは明らかな相手側の悪手だ。
この戦車には高性能レーダーが搭載されている。
最新式の電探と、カスタマイズされたサーモグラフィが。

電探は微弱な電波を飛ばし、その反射波を感知して敵の位置を捕捉できるという優れものだ。
運用上の問題があるとすれば、超電磁砲が雷撃を放つ数秒前後ではその精度が著しく低下してしまうことだろうか。

そして、サーモグラフィは対人用に改良したもので、体温程度の熱源をも正確に感知できる。
外気温と物体の温度差がプラスマイナス10度の範囲外であれば、誰がどの方角にいるかを特定できる。
空を飛ぶ瞬間移動能力者にすぐに狙いを定められたのもこの装置のおかげだ。


「いい加減新車両にも慣れてきたろ。そろそろ一台くらい仕留めてみせろよ」

「わかってるよ、そっちも安全運転で頼むぜ」

レーダーと外部カメラを往復しながら、運転手が最も近い車両への適性射角を取ろうと操縦桿を動かす。
そうしている間にも機銃の何発かが命中しているのだろう。驟雨がトタンを打つような音が断続的に鳴っている。
逆に言えば、戦車にとって銃撃などその程度だということだ。
無駄なあがきを無視し、赤い光点が照準内に入るのを確認して砲撃ボタンに手をかけた。

前触れもなく速度が落ち、遅れて砲弾が放たれた。
攻撃が外れたのは確認するまでもなかった。
運転席の後ろから砲撃手の叱咤が届けられる。

「何をやってる! もう少しで当てられたってえのに!」

「い、いや、待ってくれよ! アクセルを緩めた覚えは――」

「おい、後ろだ! つけられてるぞ」

煙が薄れ、後背から追ってきている装甲車が見えた。
その屋根の上に、先ほど雷を落としてきた茶髪の少女を乗せて。
学園都市第三位。常盤台の超電磁砲。

反射的にもう一人、瞬間移動能力者の少女を探す。
が、今は彼女の傍にはいないようだった。

「……そうか、あの女だ」

「え、何がだ?」

砲手の男が砲弾を装填しようとしていた手を止めた。

「さっきの意味不明な減速だよ。高位の電撃使いは磁力も操れるって聞いたことがある」

「……そうか。レベル5ともなれば、一時的に磁力干渉で車の動きを鈍らせることだって」

「思った以上に面倒な相手だな。一人で一個師団に匹敵するというのも納得だ」

「他にもどんな隠し玉を持っているかわからん。早めに始末したほうがいいんじゃないのか」

砲手の提案に二人が同意し、戦車が再び進路を変えた。

その直後、外部カメラに閃光が過ぎった。
一瞬遅れて轟音が轟き、戦車の後方にあったアスファルトが一気に引っぺがされた。

「――なんだ、今のは!?」

「あの女だ! 何かレーザーみたいなもんを出しやがった!」

視界が悪いながらも、外部カメラではっきりとそれが確認できた。
光の残像が空間に焼き付けられ、50mほどに渡ってオレンジ色の帯を引いている。

「……撃たせるな、牽制しろ!」

「了解!」

装甲車がさらに距離を詰めようかという段になって、戦車の機銃が後方へ向きを変えた。
狙いをつけられたことに気づいたのだろう。敵車両が即座にハンドルを切り、左手に遠ざかっていく。

「……ひとまずは難を逃れたが、どうするよ」

「あんなのを当てられたら、さすがにこっちも無事じゃ済まない。やはり早々に処理するべきだ」

必然、戦車が美琴の搭乗する車両を追い始めた。

とはいえ、視界は悪化したままだし、装甲車の運転手も相当な手練れドライバーなのだろう。
急加速、急減速を繰り返して照準になかなか入って来ない。

戦車は確かに強力な支援火器だが、一人で動かすことはできない代物でもある。
よほど息が合ったチームでない限り、走行しながら的に当てるのは難しい。
電探を駆使して照準に入った瞬間撃ったつもりでも、相互連絡による0コンマ何秒かの遅れが予測と結果に思わぬ誤差を生むのだ。

そうして敵車両に当てようと四苦八苦している最中にも、側面や後方では警備員たちの装甲車が接近と退却を繰り返し、散発的な抵抗を試みている。
ダメージにならないはずの銃弾の音も、余裕のない状況では苛立ちを募らせるには十分だった。

「キンキンカンカンうるせえな――――って、おい、上空にまた反応があるぞ」

「上空? あぁ、瞬間移動能力者のガキだろ。たった一人じゃ何もできやしねえよ」

「今は超電磁砲の対処が急務だ。このまま時間を稼がれて対戦車ロケットなんぞを持ちこまれてみろ。それこそ――」

ふいに計器類にノイズが走り、ほとんど同時に車内灯とスイッチの蛍光が一斉にダウン。
のみならず、発電機のモーターが勢いを失い、みるみるうちにキャタピラの動きがぎこちなくなった。

「ちょっ、何がどうなってる!? 明かりをつけろ!」

「だ、駄目だ! 復旧しない!」

猟犬たちの叫びもむなしく、その重厚な車両は、先ほどまで猛威を振るっていたのが嘘のように沈黙していた。

「よっ――と」

美琴が装甲車の屋根から颯爽と飛び降り、停止した敵戦車を見上げた。
砲塔はあさっての方向を向いたまま動こうともしない。
今頃戦車のコクピット内はパニックだろう。

「うん、上出来上出来」

美琴が目元の前髪を横に払いながら、戦車の横に突き出た金属片に流し目を送った。

戦闘で落とされた傘の骨組みを磁力で連結し、血管模型のようなオブジェを作成。
出来上がったそれを黒子に託し、警備員の協力で戦車を誘導した上で、敵車両の下腹部に転移させる。
これこそ、美琴が考え付いた作戦の全容だった。

>>385 訂正

「よっ――と」

美琴が装甲車の屋根から颯爽と飛び降り、停止した敵戦車を見上げた。
砲塔はあさっての方向を向いたまま動こうともしない。
今頃戦車のコクピット内はパニックだろう。

「うん、上出来上出来」

美琴が目元の前髪を横に払いながら、戦車の横に突き出た金属片に流し目を送った。
磁性体に外部磁場をかけたとき、その磁性体が磁気的に分極して磁石となる現象を磁化と呼ぶ。
磁石にくっつけた砂鉄同士が寄り集まるあの現象だ。
その反応を利用し、美琴は戦闘で落とされた傘の骨組みを磁力で連結し、巨大な血管模型のようなオブジェを作成した。
出来上がったそれを黒子に託し、警備員の協力で戦車を誘導した上で、車体の下部に転移させる。
これこそ、美琴が考え付いた作戦の全容だった。

黒子が一度に転移可能な重量はおおよそ130キログラムまで。
傘一本の重量などたかが知れているし、用意したものを全て繋げたところで限界重量の半分にも達しない。
また、内部転移の際は、元々そこにある物質を押しのけて転移するため、装甲の強度など何ら問題にならない。

形状が複雑であるがゆえに転移の演算にはいささか時間を費やしたが、そこは美琴と警備員が時間を稼いで補えばいい。
一度だけ放ってみせた超電磁砲も、当てるつもりなど全くなかった。
単に、敵戦車を黒子が上空で待ち受けるポイントに陽動するために行ったのだ。

あるいは、その物体を目にすれば相手側も何をする気かを察し、対策を練れたかもしれない。
だがしかし、警備員たちが焚いたスモークで周囲の視界を悪化させれば、オブジェが見つかる可能性はかなり低くなる。
そして、車両表面の絶縁体さえ貫通してしまえば、枝分かれした金属部分を伝って機関部まで電撃を導く道理である。

狙いが見事に嵌った形だが、いくつかの機能を奪えれば御の字と考えていた手前、完全停止はできすぎとも言えた。
ともあれ、動かなくなった戦車など棺桶も同じだ。
状況を察したのか、乗組員の男たちが大慌てで上部ハッチから飛び出してきた。


「さっすが黒子、完璧なタイミングだったわ」

「お姉様こそ、素晴らしいアイディアでしたの」


地面に降り立ったばかりの黒子が、片手を挙げた美琴とすれ違いざまにハイタッチを交わす。
背中合わせに立つ二人の両脇を、警備員の車両が一台、また一台と通過し、逃走する敵を追い立てていく。

猟犬部隊が辛うじて維持してきた地上の防波堤は、この時をもって全面的に瓦解した。

――施設内下層


時折、遠くから響いてくる轟音を気にかけながらも、上条当麻は薄暗い通用路を突き進む。

体調は7割弱。
あの白衣の男を倒したときには、それこそベッドに身を投げ出したいくらいに疲弊していたはずだったが、
現在進行形で体力が徐々に回復してきているのを実感する。
走れば走るほど呼吸が落ち着いてくることなど、健全な状況とはとても言えない。
やはり禁書というだけあって強力な魔術なのだろう。

ポケットを左手でまさぐり、ステイルから譲り受けた4枚のタロットを確認する。
そのうちの2枚は白紙だった。
元々何も描かれていなかったというわけではなく、記されていたルーンが魔力を消費し尽くし、消滅してしまっているのだ。

「残り2枚、か。ぎりぎり、持ちそうかな」

顔を上げると、20メートルほど先に電子扉が見えた。

意を決して上条が扉に近づいていく。
扉の脇には電子パネルがついていたが、それに触れるまでもなく、数歩手前で隔壁がスライドした。
お待ちかねということらしい。

警戒しながら
中は多目的ホールといった風合いで、床には鉄球らしきものが散らばっている。
と、天井の照明が一斉に点灯した。

上条が腕で目を庇いながら、周囲の様子を窺う。
ほとんど同時に、パチパチと、音が鳴り始めた。


「よくぞここまで辿り着いた、素晴らしいショーだったよ。まさか生身で彼を退けられる人間がいるとはね」


先ほどの男と同じく、やはり研究員といった風合いの初老の男がそこにいた。

>>389 訂正

意を決して上条が扉に近づいていく。
扉の脇には電子パネルが備わっていたが、それに触れるまでもなく、数歩手前で隔壁が横にスライドした。
どうやらお待ちかねということらしい。

半ば警戒しながら上条が足を踏み入れた。
中は多目的ホールといった風合いで、床には鉄球らしきものが散らばっている。
と、天井の照明が一斉に点灯した。

上条が腕で目を庇いながら、周囲の様子を窺う。
ほとんど同時に、パチパチと、音が鳴り始めた。


「よくぞここまで辿り着いた、素晴らしいショーだったよ。まさか生身で彼を退けられる人間がいるとはね」


先ほどの男と同じく、やはり研究員といった風合いの初老の男がそこにいた。

本日は以上です
残投下4回で終了、今しばらくお付き合いいただければ幸いです

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月04日 (火) 21:15:02   ID: dD4WUMsn

未完結じゃん…なんで完結タグつけたんだ?

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