ユミル「いけすかない」ナナバ「私のことが?」(94)


~朝・食堂~

ユミル「クリスタと班がわかれちまうなんて……」ドヨーン

クリスタ「そんなに落ち込まないで。兵団が同じなんだからいつでも会えるでしょ?」

ユミル「そうは言ってもな…お前はさみしくねぇのかよ。冷たいな、クリスタ」

私が拗ねてみせると、クリスタは困ったように眉尻を下げた。

調査兵団に入団後、数日間は新兵だけで講義を受けたり訓練をしたりしていたのだが。

とうとう新兵もいくつかの班に振り分けられることになった。そして私たちは別々の班になってしまったのだった。

班ごとの訓練は今日から開始される。つまり今日から、私たちが一緒にいられる時間が減ってしまう。

どこのどいつがこんな悪意ある班分けをしたのか。悲嘆と憤りを隠さない私を、クリスタはしかしやさしく慰めてくれる。

クリスタ「そうは言ってないでしょ。…私だって、ユミルと違う班なのはさみしいよ…?」

ユミル「ああもう! ほんと、お前って可愛い奴だな!」ギュウウウ

クリスタ「ちょっ! ここ食堂! 人目があるのに抱きつくなんて…」アセアセ


すっぽり腕の中に収まる華奢な身体が、じたばたともがく。

女の私でさえ『守ってやりたい』と思うのだから、きっと男ならなおさらだろう。

訓練兵時代にはいつも傍について男どもを排除できたのに、ここではそうもいかないのが悔しい。

ユミル「この後は班ごとにわかれちまうんだし、もう少し名残惜しんだっていいだろ」

クリスタ「だめだよ。そろそろ演習場に行こう? 遅れたら大変だよ」

ユミル「しょうがねぇな…終わったら、班長がどんな奴だったか報告しろよな」

促されて、渋々ながら腕をほどく。するりと抜け出したクリスタが、私を見上げて笑った。

クリスタ「もう。保護者みたいなこと言わないでよ、ユミルったら」

ユミル「お前が心配なんだよ。昼休憩になったらここで落ちあおうぜ」

クリスタ「はいはい。訓練、がんばろうねっ」クスッ


そう。肝心なのはクリスタの直属の上司になる班長がどんな奴なのかということだ。

名前だけなら知っている。たしか……ナナバ、とか言ったか。

そいつがもし、クリスタに手を出そうとするような糞野郎だったとしたら…。

どんな手を使っても、班長の座から引きずりおろしてやる。私は密かに決意していた。


~昼・食堂~

ユミル「クリスタ、こっちだ、こっち」フリフリ

クリスタ「あっ、ユミル。席とっておいてくれたのね。ありがとう」パタパタ

駆け寄ってくるクリスタの頬が、訓練後のせいか、ほのかに上気している。

愛らしいことこの上ない。が、見とれてばかりもいられない。

クリスタが席につくのを待つのももどかしく、私はせっかちに切りだす。

ユミル「なあ、お前んトコの班長って――」

クリスタ「そうそう! 聞いてよユミル!」

私の言葉をさえぎるように、クリスタが声を弾ませた。

きらきらした瞳に見つめられて、あまりの可愛さに眩暈がする。


そんな私に気付く風もなく、クリスタが話しだした。

クリスタ「ナナバさんってね! すごいの!」

その後は、興奮気味のクリスタの独壇場だった。

立体機動の技術、班をまとめる統率力。

若くして班長を務めるだけあって、その能力は非常に高いのだという。

だからといって驕るような傲慢さはなく、新兵の指導にも積極的。

スープが冷めるのも気付かずに、クリスタはあれこれ熱弁をふるっていた。

クリスタ「それにね、ナナバさんってすごくきれいな人なの!」

ユミル「きれいって…男だよな、そいつ」

クリスタ「そうだけど…でも、かっこいいっていうより、きれいって感じなの」


ユミル「なんだそりゃ。カマっぽいってことか?」

クリスタ「ちがうよ!」

クリスタがあまりに褒めちぎるものだから、私としては面白くない。

ちょっとからかってみたら、噛みつくような剣幕で言い返された。

この短時間でずいぶんと懐いたものだ。私は内心冷や汗をかきつつ、クリスタをなだめすかした。

ユミル「わるかったよ、クリスタ。冗談だって」

クリスタ「…わかってくれたならいいけど」

クリスタはちいさく息をついて、気を取り直したようにスプーンを手に取った。

ぬるくなったスープを一口啜って、ちらりと私を見やる。

クリスタ「きっとユミルも会ってみたらわかるよ。ナナバさんの凄さ」


ユミル「わかりたかねぇよ、べつに」

クリスタ「もう…ところでユミルの方はどうだったの。いい班長さんだった?」

ユミル「あ? あー、まあ、そこそこかな…」

あいまいな返答でごまかす。

実のところ、私はクリスタのことばかり気にしていて、自分の班のことなんて二の次だった。

班長とやらがどんな奴だったか思いだそうとしたが、ぼんやりとしか浮かんでこない。

私のことなどどうでもいいのだ。最優先すべきはクリスタの身の安全だ。

ユミル「――しっかし、要注意人物だな、こりゃ……」

クリスタ「?」

思わずこぼした一言はクリスタの耳に届く前に、食堂の喧騒にかき消されたらしかった。



数日後、ナナバという人物を見極める機会は、早々に訪れた。

いくつかの班が合同で訓練を行うことになり、そこには私の班とクリスタの班も含まれていた。

その日は馬術の訓練だった。講義で教わった索敵陣形を、さっそく実践で行うのだという。

幾人もの人の群れの中、目を凝らしてクリスタの姿を探す。

ユミル「……お、いたいた」

ひときわ小柄なクリスタだが、私はすぐに見つけ出せる。これは私の誇るべき特技のひとつだ。

クリスタは誰かと話をしているようだった。珍しく身ぶり手ぶりを交えている。

要するに、かなり熱心に一生懸命に、話をしているのだった。

きっとあれが、ナナバ班長、なのだろう。

そよぐ風に、やわらかそうな髪がゆれる。甘く涼しげな目許が微笑に和らいで、クリスタを見つめていた。


形のいい薄い唇がほころんで、何事かを囁けば、それを聞いたクリスタが嬉しそうにはにかんでみせる。

仲睦まじいのは結構だ。しかしあんな無防備に男に向かって可愛い笑顔を振りまかなくたっていいだろう。

クリスタは自分の魅力をいまいち理解してくれない。私が常日頃からあんなに褒めちぎっているというのに!

私はいらいらしながらその光景を見つめていた。睨んでいた、と言ってもいいかもしれない。

そのときだった。

とげとげしい視線に気づいたか――ふと、ナナバ班長の視線が、こちらを向いたのだ。

ユミル「…………」

ナナバ「…………」

しっかりと目が合う。

相当気まずい、が、こっちから目をそらすのは、なんだか負けたようで悔しい。


ユミル「――……」

私は挑むように見つめ返した。傲然と顎をそらし、まるで喧嘩でもふっかけるみたいに。

そんな私を見てその人は一瞬、目を瞠り。ぱちりと音がしそうに大きなまばたきをして、

ナナバ「…………」クスッ

ユミル「!?」

ちいさく口端を持ち上げ、たしかに笑ったのだ。

幸いと言おうか、ナナバ班長との会話に一生懸命だったクリスタは、私に気がついていなかった。

――そうしてそのまま、訓練が開始されたのだった。

今日の書きため分終わり。
ちなみにこのSSでのナナバは男です。

>>1です。
漫画でナナバさん初登場した時から男と信じて疑ってなかったからしばらく悩みましたが…
今では「男に間違われちゃうナナバさんのちっぱいぺろぺろ!」という境地に至りました。

でもこのSSでは男と設定した以上、このまま進めようと思います。
それでもいいよって方は引き続きお付き合いください。


馬術の訓練では、いくつかの役割を交代制で務めることになる。

乗換え用の馬を連れて走ったり、走りながら煙弾を撃ったり。

口頭での情報伝達のために班から一時的に離脱し、再び合流したり――

他の兵団では必要とされないが、調査兵団では必須となる技術が多いのだ。

ひとつひとつは何でもない作業なのだろうが、不慣れな新兵は当然てこずる。

うっかり手綱を放して、あらぬ方向に馬を走らせたり。

煙弾を装填しようとして、落っことしたり。

伝達先の班を見つけられなかったり、はたまた、戻るべき班を見失ったり。

今期の新兵は成績上位者が多かったが、やはり最初はうまくいかないらしい。


その点、馬術に長けたクリスタは、そつなく訓練をこなしているようだった。

今はナナバ班の数十メートル後方から、私達の班が追走するような配置になっている。

おかげで、小柄な背中を見失わずに済んでいた。安堵している私に、班長から声がかかる。

班長「ユミル、次は伝令だ。目標は前方のナナバ班。見えるな?」

ユミル「はい、見えます」

クリスタに近づける口実を与えられ、我ながら、いつになく素直な返事になった。

班長(申し訳ないがやはり名前は覚えられないままだ)が、ひとつ頷いて、私に指示を下す。


班長「よし。『左翼7班より、陣形に異常なし。訓練を続行する』――班長のナナバに、口頭で伝達してくれ」

ユミル「げっ」

思わず本音が出た。班長は意外そうに私を一瞥し、からからと笑った。

班長「げっ、て何だ。ナナバが嫌いなのか?」

ユミル「…嫌いじゃあないですよ。ただ、苦手なだけで」

歯切れの悪い返事をすれば、ますます可笑しそうに笑いながら班長が私の背中を押し出す。

班長「そう嫌がるな。美形と話せるチャンスだぞ。そら、行ってこい」

ユミル「…わかりましたよ。行きゃいいんでしょう」

訓練であっても、これが上官命令であることに変わりはない。私は軽く馬の腹を蹴って速度を上げた。


みるみるうちにナナバ班との距離が縮まってゆく。私は嫌々ながら、声を張り上げた。

ユミル「――伝令です!」

クリスタ「!」

その声に振り向いたクリスタが、私を見つけてちいさく笑いかけてくれる。

クリスタのやや前方を走っていたナナバ班長も、肩越しに私を見やった。

ユミル「ナナバ班長、左翼7班より伝達です。陣形に異常なし。訓練を続行する、とのことです」

ナナバ「了解。――戻っていいよ、ユミル」

ユミル「! ……ハッ!」

驚いた。いきなり名前を呼ばれて、一瞬息を詰まらせてしまい、私はあわてて返事をした。

手綱を引き、自分の班へ戻るべく駆け出す。……まったくもって、腹が立つ。

あの程度のことで動揺し、まるで逃げ出しているような自分にも。

私の名前を呼んだかろやかな声が、かすかに笑みを孕んでいたことにも。


~夕食時・食堂~

クリスタ「……ねえ、ユミル?」

ユミル「ん?」

クリスタ「さっきからあまり食が進んでないみたいだけど…体調が優れなかったりするの?」

ユミル「ああ、違う違う。ちょっと考え事をしてただけだよ」

クリスタ「そうなの? 何か悩んでるなら相談に乗るよ?」

ユミル「優しいなぁクリスタ。さすが私の女神様だ!」ガバッ

クリスタ「きゃっ! 食堂で抱きつくのやめてったら。…もう心配してあげないっ」プイ

抱きつくついでにくしゃくしゃと乱暴に髪を撫でてやったら、クリスタは拗ねてそっぽを向いてしまった。

私はけらけら笑ってみせて、――再び思考の淵に潜っていった。


中性的で整った容姿や、どこか物憂げな表情。穏やかな口調。

そのくせ班長を務めるだけの実力も伴うのだから、ただの優男とは呼べない。

もはや嫌味なほど、天から二物も三物も与えられている男だ。

いけすかない――。その認識は今日の訓練でいっそう色濃いものとなった。

あんな男に、クリスタを近づけたくはない。やはり何か手を打たねばならない。

私はずっと、クリスタと私の成績を操作してきた。周囲の訓練兵を手玉に取るなんて簡単だった。

取引を持ちかけたり、弱みを握って強請ったり――私はそういう行為に長けていると、自覚している。

同じようにあの上官の弱点や欠点を暴いてやろう。完璧な人間なんていない。きっとどこかに綻びがある。

私がそう決心したときだった。ふ、とテーブルに影が差した。


誰だろうと振り返り、私は盛大に後悔する羽目になった。

ナナバ「ご一緒してもいいかな」

クリスタ「ナナバさん!?」

私の隣に座っていたクリスタが、ガタガタと椅子に蹴躓きながらあわてて立ち上がろうとする。

ナナバ「敬礼なんていいよ。今は訓練中じゃないんだし」

鷹揚に笑って、彼はちょうど空席だったクリスタの向かい――私の斜向かいに、腰を下ろした。

周囲がざわついている。それも当然だろう。この近くのテーブルについているのは、新兵ばかりだ。

食堂では、人の行き来が多い出入口付近に新兵、奥に上官――という席順が、なんとなく定着している。

野外訓練、壁外調査といった場合でない限り、基本的に上官と部下が同席することはほとんど無い。

そんな暗黙の了解など知らん顔で同じテーブルにつくナナバ班長に、私はついつい、不躾な視線をぶつけた。


ナナバ「昼間も会ったね…君がユミルだろう?」

ユミル「は?」

まただ。唐突に名前を呼ばれて間の抜けた反応を返してしまう。クリスタがあせったように私の袖を引っ張った。

クリスタ「ちょっとユミル! 失礼じゃない」

ユミル「あー…確かに私が、ユミル、ですが」

何故名前を知っているのか、と疑問を言外に含ませて答えれば、応じるように色素の薄い瞳が細められた。

ナナバ「クリスタからよく君の名前を聞くものだから。一度話してみたいと思ってね」

ユミル「クリスタから?」

どういうことだ。視線を横にずらすと、当のクリスタはうつむいて真っ赤になっていた。

ナナバ「君がどんなに素晴らしい友人かということを、とても熱心に話してくれたよ」

仲がいいんだね、と囁かれた。まるで、惚気る恋人達をからかうような、たしなめるような声音だった。


クリスタはといえば、それを聞いてますますうつむき、かわいそうなほど真っ赤になっていた。

が、いきなり立ち上がったかと思うと、

クリスタ「わ、私、お水、とってきますねっ」

しどろもどろにそう言って、水差しを手にテーブルから逃げ出して行った。その足取りは、見るからにぎくしゃくしている。

よく話題にするくらい私のことを好きなのだと、私本人の前で暴露されて、居た堪れなくなったのだろう。

ああ、なんて可愛い私のクリスタ!

私がクリスタの後ろ姿を見ながら悦に入っていたら、斜向かいからひそやかに笑う息遣いが聞こえてきた。

ナナバ「ほんとうに仲がいいね、君たち」


ユミル「…たしかに私とクリスタは仲がいいですよ」

ナナバ「そのようだね」

ユミル「あの可愛い友人のことが、私はとても心配なんです」

ユミル「悪い虫がつかないように、いつだって忙しく目を光らせてなきゃならない」

ナナバ「なるほど。君は友人兼お目付け役か」

頷いて、やわらかく笑みを零す。そんなしぐさひとつ取ってみても、周囲の粗野な男どもとは違う。

優雅というか上品というか。これが兵装ではなく正装なら、貴族として通用しそうだ。

やっぱり、こういう輩は苦手だ。私は思わず肩をすくめる。

ユミル「ええ。…これ以上忙しくならないことを祈るばかりですよ」

じとりと上目に見つめて、一段低い声で、冗談めかした威嚇。

自分で言うのもなんだが、私はなかなかの悪人面だ。この人相で睨めば、気の弱い男ならじゅうぶん牽制できる。

が、ナナバ班長は顔色ひとつ変えずに、飄然としていた。

今日の書きため分終了。また水曜夜あたりに来ます。

>>1です。投下します。


その日以来、私はナナバ班長の動向に注意を払うようになった。訓練中はもちろんのこと、訓練外でも。

おかげで、彼の交友関係については、多少詳しくわかるようになった。

ゲルガー、リーネ、ヘニングといった班長クラスとは、いつも食堂で同席している。雰囲気はいたって和やかだ。

あとは、ミケ、ハンジといった分隊長クラスと話しているのも見かけた。

随分と打ち解けた雰囲気だったように思うが――もしかすると同期なのかもしれない。

金品の受け渡しでも行われはしないかと注意深く観察してみたが、私の期待はことごとく裏切られた。

ある時は談笑し、ある時は真剣に陣形の問題点を話し合う、彼らのどこにも不正は見当たらなかった。

ならば、女の影や浮いた噂の一つも出てこないかと、私は女性兵士たちの話に耳をすませた。

いくら兵士とはいえ、女が噂好きの生き物であることに変わりはない。不平不満を愚痴りあうことも少なくないだろう。

が、彼女たちの口からナナバ班長への批判は聞こえてこなかった。

見目麗しく、能力も高く、出来るなら彼の班に入りたかった――と。私が聞きたいのはそんな話じゃない。

欲しいのは彼の醜聞だ。スキャンダルだ。何らかの不正をしたとか、誰かに色目を使ったとか。

だというのに、彼の身辺はまっさらで、汚れたところなどないらしい。


~朝・食堂~

クリスタ「ユミル…最近どうしたの? すごく疲れてるみたいだよ」

ユミル「いや…何でもねぇよ。心配すんなって」

クリスタ「でも……」

心配そうに私を見つめるクリスタは、やはり最高に愛らしい。

こんな可愛いクリスタを守るためなら、どんなことでも出来る。そう思ったが……

ナナバ班長への賛美を聞くのには、辟易している。いい加減うんざりだ。

食堂のテーブルにぐったりと突っ伏して、私は溜息をつく。

これまでどおりクリスタが無事に過ごせるならそれでいいじゃないか。

部下に手を出すような男じゃないとわかっただけでも、じゅうぶんな成果だ。

だからナナバ班長の身辺調査なんて……

ユミル「……もう、やめちまおう」


クリスタ「? やめるって何を?」

ナナバ「――私を尾けまわすのを、かな?」

ユミル「!」

ぽろりと口をついて出た言葉に、訊き返す声がふたつ。

ゆっくりと顔を上げると、私の向かいの席にナナバ班長が座っていた。

またかよ。そう思ったが、睨みつける気力も失せてしまって、私はただ無気力に目の前の美貌を眺めた。

今一番会いたくない顔だ。窓から差し込む朝日に照らされたやわらかな金髪。白い肌。涼しげな目許。

今日も今日とて、眩いほど美しいのがむかつく。思わず目を眇めた。

私の視線を、ナナバ班長はやはり顔色ひとつ変えず平然と受けとめていた。

というか、私がこそこそと身辺を探りまわっていたことに気付いていたのか。なかなかに食えない男だ。

クリスタ「ちょ、ちょっとユミル、つけまわすって…?」

かわいそうに、クリスタだけがおろおろしている。落ちつきなく泳ぐ視線が、私とナナバ班長を交互にうかがう。

ユミル「…この人の弱みを、探そうと思ったんだよ」

なんだかもうめんどくさくなって、ぶっちゃける。と、クリスタが一気に青ざめた。


クリスタ「何言ってるの、ユミル! ナナバさんにそんな…」

ユミル「だっておかしいだろ。おキレイな顔で、何でもできて、そのうえ…」

あっという間にクリスタにも好かれて、懐かれるなんて。そう続けようとして、止める。

私はそこで気付いてしまった。

『ナナバ班長』が気に入らないわけじゃない。私は『クリスタをとられる』のが嫌だっただけだ。

なんて子供じみたやきもちだ。我ながらあきれた。

ユミル「とにかく。あんまり完璧なんで、何か欠点の一つも見つけてやろうと思った。それだけだよ」

私が言えば、クリスタは困ったように口をつぐんだ。ナナバ班長は――じっと、こちらを見つめている。

ユミル「その…申し訳ありませんでした。あなたを尾けまわしたり、探ったりして」

凝視される居心地の悪さに耐えかねて、殊勝な謝罪の言葉を切り出す。しかしナナバ班長は、しれっと言い返してきた。

ナナバ「いや、それは別にかまわないよ。探られて痛む腹でもないしね」

ユミル「それはどうも。寛大なお言葉、ありがとうございます…?」

怒っていないと言うなら、彼は何故まだここに居座っているのだろう。

周りの新兵は相変わらずざわついているし、クリスタは青い顔をしているし、出来ればさっさといなくなってほしい。


ユミル「……、他にも何か、私に仰りたいことでも?」

ナナバ「ああ、うん、訊きたいことならあるかな」

ユミル「何でしょうか」

答えてやるからさっさといなくなってくれ。私の顔には隠しもせずにそう書いてあったにちがいない。

そんな私の内心を知ってか知らずか、ナナバ班長は相変わらずのポーカーフェイスのまま、口をひらいた。

ナナバ「君は私のことが好きなのか嫌いなのか、どっちなんだろうと思ってね」

ユミル「はぁ?」

予想外の質問に、上官に対してとは思えないリアクションをしてしまう。

好き嫌いを問われたのはわかる、が、その意図がわからない。何故そんなことを訊く。訊いてどうする。

ユミル「……ひとつ、質問をしても?」

ナナバ「いいよ。質問に質問で返すのは、あまり褒められたことじゃないけれど」

ユミル「ありがとうございます。……なぜ、そういったご質問をされるのか、お聞きしたいんですが」

ナナバ「なぜって……」

今日の投下終了。読んでくださった方ありがとう。
もうちょっと書こうと思ったけど眠気が限界。また次回宜しくお願いします。

>>1です。投下します。


彼はいったん言葉を切って、ふたたび私をじっと見つめた。

ナナバ「初対面ではあんなに厳しく睨みつけてきたのに、今度は褒めちぎってくるなんて」

ナナバ「いったいどういう駆け引きのつもりなのか、知りたくなるのは当然だろう?」

ユミル「…………」

何を言い出したんだこの人。頭が痛くなってきた。私はこめかみを押さえながら、つとめて冷静な声を絞り出した。

ユミル「褒めたつもりはありませんよ、あれはただの一般論ですから」

ナナバ「それでも、女性に面と向かって言われたら意識してしまうよ」

ユミル「女性? 誰のことか、わかりかねます」

ナナバ「当然、君のことだけど」

ユミル「…私よりはナナバ班長の方が、よほど『女』らしいですよ」

嫌味で無礼な揶揄にも、彼は態度を変えなかった。どころか、澄んだ双眸を面白そうに細めて言うのだ。

ナナバ「そんなことない。――君は可愛いよ、ユミル」


甘いマスクで甘いセリフ。女性なら誰もがときめかずにはいられないだろう。

が、私はそうではない。生憎と私がときめくのは、クリスタにだけだ。可愛らしく赤面するなんて芸当はできやしない。

ユミル「…………」ゾワッ

代わりに、冷や汗だか脂汗だか、とにかく嫌な汗が背中を伝うのがわかった。かつてない勢いで鳥肌が立つ。

よくもまあ素面でそんな歯の浮くようなことが言えたものだ。しかも、私相手に。

理解の範疇を超える事態に、目の前の美貌が空恐ろしくさえ感じられ、私は二の句が継げなくなった。

そのとき。

クリスタ「い、いくらナナバさんでも、ユミルをからかうのは許しません…!」

毅然と声を上げてくれたのは私の女神だった。

ナナバ班長の視線が私からそれて、クリスタに向かう。わけのわからない閉塞感から解放され、私はそっと息をついた。


ナナバ「からかったつもりはないんだけどな」

クリスタ「それでも、ユミルが困ってるのは見過ごせませんから」

こわばった声で応じるクリスタの横顔は、怒ったようにも怯えたようにも見えた。

クリスタ「……私たちはこれで失礼します。行きましょう、ユミル」

ユミル「あ、ああ……」

クリスタが私の腕をつかんで立ち上がる。いつにない強引さで引っ張られ、私も席を立った。

ユミル「……失礼します」

かろうじてそれだけ言い残して、私はクリスタに引きずられるように食堂を後にした。

ユミル「――クリスタ。おい、クリスタ、待てって」

クリスタ「…………」

呼びかけても答えない、歩みを止めないクリスタの背中を、私ははらはらしながら追いかける。

廊下の突き当たり、演習場へ続く扉の前で彼女はようやく足を止めた。振り返ったその顔を見て、私はぎょっとした。


ユミル「ク、クリスタ? どうしたんだよ、お前…」

クリスタ「ユミル……」

クリスタは今にも泣き出しそうな顔をしていた。涙を湛えた青い瞳が、私を見上げて揺らぐ。

クリスタ「ごめんね。二人が話してるの、邪魔しちゃった…」

ぽつりと、震える声で呟く。私はおろおろとクリスタの髪を撫でた。

ユミル「何言ってんだ、お前が助け舟を出してくれて助かっ…」

クリスタ「ちがう。…ちがうよ」

クリスタがかぶりを振って私の言葉をさえぎった。その拍子に、ぽろぽろと涙が零れて、白い頬に落ちた。

クリスタ「私ね、嫉妬しちゃったの。…二人が話してるところ、見たくなかったの」

クリスタ「ナナバさんに、ユミルのこと、話さなきゃよかった……」

ユミル「…………」


恐らくナナバ班長の言動は、彼の身辺を嗅ぎ回った私への単なる意趣返しに過ぎない。

が、クリスタにしてみれば、敬愛するナナバ班長を私にとられたような気がしたのかもしれない。

まさか、こんなかたちで傷つけてしまうなんて。痛切な後悔に襲われる私に、クリスタが言った。

クリスタ「ごめん。こんなこと言われても、ユミルを困らせちゃうね」

ユミル「そんなことねえよ。私の方こそ、悪かった…お前の気持ちも考えずに」

ハンカチを取り出して、クリスタの頬をそっと拭う。

ユミル「もうナナバ班長には近づかないし、話もしないようにする。…だから、安心してくれ」

クリスタ「……うん」

わずかに目元を腫らして、クリスタはそれでも私に笑ってくれた。



~ウトガルド城跡~

いつ巨人と遭遇するかわからない状況の中に放り出されて、半日。

心身ともに疲弊しきって、見張り役の上官以外は皆言葉少なに火を囲んで休息している。

同じように疲れ果てていたが、私にはやることがあった。

酒に貼られたラベルの『読めない』文字。ああいうものが他にもあるなら、他の連中に見つかる前に処分しておきたい。

こっそりと食い物を漁るふりをして、朽ちかけた木箱の中身を検分する。

――と、私の背中で、ドアが開く音がした。古い蝶番が軋む、耳障りな音。

ユミル「!」

ナナバ「何をしているの」

とっさに振り返って身構えた私が見たのは、いけすかない美貌の持ち主だった。

ユミル「…腹の足しになるモンでも残っちゃいないかと思いまして」

ナナバ「そう。収穫はあったかい?」

ユミル「残念ながら。ガラクタばっかりですよ」

木箱に突っ込んでいた片腕を抜いて、ナナバ班長に向き直る。手元を照らしていた灯りが、ちらちらと危うげに揺れた。


ナナバ「なんだか久しぶりだね」

ユミル「…最後に話してからひと月も経っちゃいないでしょう」

彼の言葉をすげなく一蹴する。しかしあれから長いこと会っていないような気がするのは、私も同じだった。

壁外調査から今日まで、あっという間の出来事だ。このひと月あまりで、調査兵団の置かれた状況は刻々と変化した。

『裏切り者』をあぶりだす作戦で、多くの兵士が殺された。そしておそらく私たち104期に共謀の疑惑が向けられ…

今では、壁が壊されたのではないかという絶望と恐怖に晒されている。

それでもこの人は、いつもどおり落ち着き払っているように見える。

繊細そうな見かけの割に意外と図太いところもあるらしい。私は多少、彼に対する認識をあらためた。

ユミル「それで、何かご用でも?」

ナナバ「用、というほどのことでもないんだけど」

ユミル「だったら私なんかと無駄話してないで、見張り交代の時間までお休みになっては?」

ナナバ「強いて用件を挙げるなら…夜這い、かな」

ユミル「……は、」


どうしてこう…私の虚をつくことばかり言うのだろう。呆然としている私を見て、ナナバ班長はわずかに表情を和らげた。

ナナバ「君は相変わらずだね」

ユミル「どういう意味です」

ナナバ「クリスタ以外は、目に入らない?」

その穏やかな口調は、いつもと変わらないのに。声音がわずかに焦れたような響きを帯びていた。

ユミル「…そうですね。私は、クリスタのことだけは守りたいと思ってますよ」

ナナバ「……うん」

つと目を細めて彼は頷いた。訊く前から答えなどわかりきっていたと言いたげに見えた。

ナナバ「君のそういう、大事なもののためになりふり構わないところが…しなやかな強さが、私は羨ましいんだ」

ユミル「…そりゃ光栄ですね。上官から羨望の眼差しを浴びるなんて」

真摯な言葉をわざと避けて、のらりくらりとはぐらかす。

いつ死ぬともわからない状況で、誰かと心を交わすのはおそろしかったからだ。

私が命をかけるのは、自分と、クリスタのためだけでいい。それ以上は、いらない。


ナナバ「――ユミル」

なのにこの人ときたら、私の気持ちなど知りもしないで名前を呼ぶのだ。

ナナバ「生きて戻れたら、キスしてくれないか」

ユミル「…こんな状況でずいぶんと浮かれたことを言いますね。楽観的なひとだ」

ナナバ「私はむしろ悲観的なたちだよ、いつだって最悪の状況を考えてしまう」

茶化す言葉に答えた声は、いつになく沈んでいた。うつくしい双眸を力なく伏せた彼は、酷く弱って見えた。

ユミル「兵士としてなら、それで間違っていないでしょう」

私はどうしてこの人を慰めるようなことを言っているのだろう。突き放してしまえばいいのに。

ナナバ「優れた兵士は、最悪の状況を想定しながらもそれに屈しない精神と、戦う意思を持っている」

ナナバ「だから私も、そうありたいと思うよ。必ず生きて帰ると…最後まで希望は捨てずに戦いたい」

ナナバ「君が見ていてくれるなら、私もそんな兵士でいられるような気がするんだ」

ユミル「…何故?」

私の問いかけに、彼は笑った。すこし皮肉な――いつもの彼らしい表情だった。

ナナバ「男はね。気になる女の子の前では、かっこつけたい生き物なんだよ」

お久しぶりです。>>1です。保守とか支援とかありがとうございます。
残り少ないですが投下していきます。


告白めいた言葉を受けても私の心は揺るがないはずだった。一番大切なものは、すでに決まっているのだから。

ユミル「冗談でもそういうことは言わないで下さい。クリスタが泣くところは、見たくないんでね」

ナナバ「クリスタ?」

私の言葉を訊き返し、ナナバ班長が意外そうな顔をする。

照れ隠しにか。それともクリスタから好意を寄せられていると、気付いていなかったのだろうか。

ナナバ「君は何か誤解してるようだけど…クリスタは私のためには泣かないと思うよ」

今度は私が怪訝な顔をする番だった。ナナバ班長はちいさく肩をすくめてみせる。

ナナバ「――彼女が泣くとしたら、君のためだ」


ユミル「私がクリスタを泣かせるようなこと、するわけないでしょう」

ナナバ「どうかな。近くにいすぎたら見えないこともあるし」

何もかも見透かしたようなことを言う彼に、苛立ちがつのる。

私は再びナナバ班長に背を向けた。がらくたばかり詰まった木箱に、視線を落とす。

ユミル「そろそろ皆のところに戻ってはどうです。あらぬ誤解を受けたくないなら、」

ナナバ「誤解じゃないなら、かまわないの?」

ユミル「それじゃ私が困るんですよ。……もう、戻ってください」

頼むから、これ以上私を揺さぶらないでくれ。

呟くような声はなんだかやけに子どもじみてたよりなく、私はそれきり、唇を閉ざした。

ブーツが石畳を踏む音が遠ざかる。悲鳴のように軋みながらドアが閉まるのを聞いて、押し殺していた息を吐いた。



クリスタ「ナナバさん」

ナナバ「ん?」

クリスタ「何を話していたんですか…彼女と」

ナナバ「ああ、うん…君を泣かせるなと、釘を刺された」フフ

クリスタ「…………」クス

クリスタ「ばかですね、彼女は」

ナナバ「そうだね。あんがい、鈍いね」

クリスタ「どうして気付いてくれないんでしょうか」

クリスタ「…私には、ユミルしかいないのに」



普段ならこんな失態は犯さない。少なからず動揺していたんだろう、私は。

『読めない』はずの文字の意味がわかることを、ライナーの前で明かすなんて。

驚愕と猜疑のないまぜになった視線が刺さる。それが明確な敵意に変わるより早く、鋭い声が響き渡った。

リーネ「全員起きろ! 屋上に来てくれ! 全員すぐにだ!」

屋上に集まった私たちが見たのは、絶望的な光景だった。

悠然と夜闇の中を歩く、獣めいた巨躯。それに統率されたかのように現れた巨人の群れ。

日没後の侵攻など想定もしていなかったのだろう、さすがの上官も狼狽を隠せていなかった。

ナナバ「新兵、下がっているんだよ」

額に冷たい汗を滲ませながらも、ナナバ班長が前へと進み出た。すらりと抜き放たれた刃が、焚火を受けてひかる。

ナナバ「ここからは立体機動装置の出番だ」


――それは善戦と呼べただろう。最初だけなら。

上官の二人が殺されて戦力が半減したところへ、獣の咆哮に率いられた巨人が大挙して押し寄せた。

ガスにも刃にも限りがある。あっという間に優劣が変わって、始まるのは一方的な殺戮だ。

ガス切れを起こし、ただワイヤーでぶら下がるばかりの彼は、巨人の格好の餌食だった。

いくつもの手が我先にと彼の身体に向かっていく。なまくらの刃では、それを切り払うことも出来ない。

ナナバ「…………」

その刃を、彼は自分の首に持っていこうとしていた。何をしようとしているかは考えなくともわかる。

誰だって、生きながら食われるのは御免だ。

だが彼は言ったはずだ。どんな兵士でありたいか、私に話して聞かせたはずだ。


ユミル「……死ぬな」

口をついて出た声は彼のところまで届くはずもなかった。それでも。

顔を上げた彼と、たしかに目が合った。

巨人の手がその身体を掴み、万力のように締めあげようとする中――彼は震える腕を振りかざした。

ぼろぼろの刃を突き立てる先は、己の喉笛などではなく。

ナナバ「……ッ!」

巨人の手から迸った血飛沫があっという間に蒸発していくのが、夜目にも確認できた。

腱や筋を断ち切るより再生速度の方が上回る。必死の、しかし巨人にしてみれば微々たる抵抗を、彼は何度も繰り返す。


ユミル「……くそ……ッ」

私が命をかけるのは、自分と、クリスタのためだけだ。その気持ちは変わっていない。

――だから私はこんなところで死ぬ気はない。が、あのひとを死なせるつもりもない。

クリスタ「ユミル!?」

私はそのまま、塔から身を躍らせた。

悲鳴のようなクリスタの声を背中に聞きながら、巨人の群れにむかってまっすぐ落ちていく。

視線の先には、驚きに見開かれた彼の双眸。すこし鼻を明かしてやれたような気がして、笑いがこみ上げた。

場違いに笑って、自分の手に歯を立てる。ぶつり、皮膚の破れる感触と共に、全身が閃光に包まれた。


巨人の手首を食いちぎって、緩んだ手の中からナナバ班長の身体をかっさらう。

ナナバ「ユミル……!」

私の名前を呼ぶ声は震えていた。私が敵なのか味方なのか、判じかねているんだろう。

だが、生憎とその判断を待つ余裕はない。大きく口を開けて、彼を口腔に押しこめる。

内側から刃で切り刻まれるかもしれなかったが、どのみち両手が自由にならなければ塔を登ることはできない。

少々の息苦しさや不快感――嫌悪や恐怖には、耐えてもらうしかない。

緩慢に伸びてくる巨人どもの手を蹴落として、私は塔をよじ登る。ぼろぼろの外壁は今にも崩れそうだ。

どうにか屋上に辿り着いて吐き出してやると、ナナバ班長は苦しそうに咳き込んだ。

ナナバ「…ユミル、」

いつもと変わらない目と声だった。異形のものに対する忌避のそれではなかった。

>>1です。上げておいて下さった方ありがとうございます。
なかなか来れなくてすみませんでした…!投下していきます。


「ユミル…ねえ、ユミルなんだよね…?」

か細い声に視線をめぐらせれば、じっとこちらを見つめるクリスタと目が合った。

すっかり色をなくした唇を噛みしめて、いつかと同じように目に涙を湛えている。

本当に私のせいで泣かせてしまった。かわいそうな、かわいいクリスタ。

怯えを隠しきれない表情で、それでも彼女は私から目をそらそうとはしなかった。

おずおずと一歩、こちらへ踏み出す。細い両腕が私に差し伸べられる。

ユミル「!」

その瞬間、塔が大きく揺れた。おおかた、巨人どもが塔に体当たりでもしはじめたのか。

放っておけば五分と待たずに塔は崩れ落ちるだろう。クリスタたちを待ちうけるのは、巨人の口だ。

そんなことはさせない。身を翻して再び塔を下りようとする私に、クリスタが追いすがる。

クリスタ「待って! 私、まだ、あなたに……」

コニー「お、おい、クリスタ!」

クリスタの肩を、あせったようにコニーが掴んだ。


クリスタ「離して! ユミルが行っちゃう!」

コニー「でもよ! あいつは…ユミルは、巨人だったんだぞ…!?」

振りほどこうとするクリスタを必死に引き留めながら、コニーがうかがうように私を見やる。

そうだ。それが普通の反応だ。

馬鹿にしては常識的な反応だとからかってやりたいところだが、今の私にはそれもかなわない。

ライナーとベルトルトは――コニー以上に、私を警戒しているらしかった。

少しでも距離をとりたがるように身構えて、油断なく私の動向をうかがっている。

それはかつて世界中の人間が私に浴びせたのと、同じ眼差しだった。

拒絶。憎悪。忌諱。唾棄すべき異形に向ける、冷たい目。

生まれ変わったなんてクリスタに虚勢を張ったくせに、私は結局何一つ変わっていないのだと、彼らの目が知らしめる。


重苦しい静寂を破ったのは、ナナバ班長だった。

ナナバ「ユミル。行ってはだめだ」

青ざめながらも、ふらりと立ち上がって私に歩み寄った。

ナナバ「あの数の巨人を、一人でどうにかできるとは思えない。行けば君も食われてしまうんじゃないのか」

おかしなことを言う人だ。私はあなたと同じことをしようとしているだけなのに。

最後まで希望を捨てずに戦う兵士でありたいと、そう言ったのはあなたじゃないか。

何故こうも迷いなく私の名を呼ぶのだろう。まっすぐに私を見るのだろう。

こんな眼差しを、私はこれまでの人生で知り得なかった。未知の感覚は居心地がわるい。

クリスタのことを抜きにしても、やっぱり私はこの人が苦手だ。


ナナバ「ユミル」

のべられた手を反射的に振り払いそうになったが、どうにかこらえる。

触れた手から、ひんやりした体温が伝わった。

人間同士ならあたたかな体温を伝え合えたのだろうが、今の私は巨人だ。

人には有り得ない高すぎる体温を、しかし彼は恐れなかった。

ナナバ「私もクリスタも、君を嫌いになったりしない。だから、…逃げないでくれ」

ユミル「…………」

ああ、そうか――私は、怖がっていたのか。

巨人だと知られたら嫌われると思っていたから。もう一緒にいられないと思っていたから。

迷いなく近づいてくるこの人が、こわかった。

恐怖の正体がわかってしまえば拍子抜けだ。私の怖れは彼の言葉にあっけなく打ち消されてしまった。

だからなおさら。今ここで、この人たちを死なせるわけにはいかない。

ぐらぐらと揺れる塔から、今度こそ私は飛び降りた。――この先も、一緒に生き残るために。


―――――――――
―――――――
――――

「……ミル…ユミル、」

誰かの声に呼ばれて、意識が浮上する。縫い付けられたように重いまぶたをどうにか開ける。

涙目の天使が、私を覗きこんでいた。今にも泣き出しそうな顔をしているものだから、つい茶化したくなる。

ユミル「……お迎えに来て下さったんですか、天使様」

さっきクリスタが私にぶつけた、過激な叱咤激励を思い出してからかう。

天国になんて行けるとも行こうとも思ってはいないが、女神さま直々のお説教はかなり効いた。

かすれた声で囁いた冗談に、クリスタはまた涙ぐんだ。

クリスタ「馬鹿なこと言わないで…ミカサたちが来てくれなきゃ、今頃…」

起き上がろうにも全身が重く、身じろぎすらままならない。私はそうそうにあきらめて、力を抜いた。

自分の身体がどんな惨たらしいことになっているかなんて、知りたくもない。


クリスタ「ユミル……雪山での約束、私も果たすね」

か細い声が私を呼ぶ。見つめかえせば、わななく唇から彼女の決意が紡がれた。


「私の名前、ヒストリアって言うの…」


そうだ。それでいい。元の名前で、胸を張って生きろ。

私はどうやら笑ったらしかった。伏せた瞼の向こうで、ヒストリアのやわらかな吐息が聞こえた。


次に目を開けたとき、側についていてくれたのは、やはり天使のような美貌の持ち主だった。

ナナバ「クリスタなら、ハンジに呼ばれてね。聞かなきゃならないことがある、と」

ユミル「…………」

私が起き上がろうとするのを察したんだろう。そっと肩を押さえられ、動きを制される。

ナナバ「右の手足と…内臓にひどい損傷を負ってる。動かないほうがいい」

ひどく冷静に惨状を伝えられ、渋面を浮かべた。傷口から蒸気を上げる異常な身体にも動じないでくれるのは有難いが。

ナナバ「心配いらないよ。私たちは君とクリスタに敵意も害意もない。…君には、感謝しているくらいだ」

いつも冷静で落ち着き払っているはずの彼の声が、かすかに滲んで揺れていた。

ナナバ「私たちのために、戦ってくれてありがとう。それから……、」

頬に触れた彼の掌。やわく、輪郭をなぞるように撫でられる。

そんなにも嬉しげに微笑まれたら、もう振り払う気にもなれやしない。


ナナバ「生きていてくれて、ありがとう。ユミル」

泣きそうな声に名前を呼ばれて思いだす。約束が、もうひとつあったことを。

重りでもつけたように不自由ではあるが、左腕は無事だった。どうにか約束を果たすことはできそうだ。

ナナバ「……? ユミ、…っ」

彼の言葉尻が不自然に跳ねたのは、乱暴に胸倉をつかまれたせいか。

ぐい、と引き寄せて吐息を交わしたのはほんの一瞬のことだったが、それでも約束を果たしたことにはなるだろう。

不意を突かれた彼の唖然とした表情が可笑しくて、目を細めた。

ナナバ「……色恋というより、喧嘩の作法じゃないか、今のは」

決まり悪げな抗議の声を聞き流して、私はさっさとまぶたを閉じた。

彼の温かさばかり、いつまでもくちびるに残っていた。


>>1です。このSSはこれにておしまいです。進行遅すぎて大変申し訳ない
初めて書きましたが、地の文ありって難しい…!

続けていいとのお言葉、嬉しいし有難いです。
シリアスなのは難しそうですが、軽めのナナユミ思いついたら書きに来ますー。
乙とか感想とか下さった方、ほんとにありがとうございました。

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