絹旗「窒素パーンチ」上条「やめて!!」 (58)

虫も鎮まる丑三つ時。いつもは騒がしい隣人かつ友人も流石に就寝しているのか、そちらからは物音一つ聞こえない。
まぁ、この部屋の主人はたとえ周辺でけたたましい何かが起きたとしても起こることもないだろう。
そう思うほどにだらしなく口を開き、朝までは覚ます事のないくらいに幸せそうな寝顔をしている。

「……」

コツコツコツ、と立ち止まったそこ。
明らかに他とは違ういびつな、幾重にも外部からの作用により変化させられたその扉。
その扉をこんこんこん、と優しく叩く……いや、音が鳴ったのかすら怪しいので、触ったと言った方が適切かもしれない。
……。僅かばかり待ち、反応が無い事を確認する。

「はぁ……仕方ありませんねぇ……」

と、わざとらしく、誰に言い訳するでもない独り言を呟き、待ちに待ったかのように口角を少し上げて……











「窒素パーンチ」

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――

幾ら金曜日だといえ、休みの前日だといえ、こんな事がまかり通っていいのかと思う。
いいや、断じてあってはならない……。そんな事をぶつぶつ呟きながら不貞腐れて歩く。
もっとも、その元凶は意に介していないみたいだが。


絹旗「いやー、偶然超B級映画が上映されているのを発見しまして、一人だと止められるので上条を誘ったんですけども……
考えてみたら上条も私とそんなに歳変わらないんですよねー」


上条「なら誘うなよ……。というか、毎回毎回全力で私の家のドアを全力で殴るの止めてくれませんか!? 
近所迷惑だし! 寿命縮まるし! お金かかるし!! 何より寝てるし!!」


絹旗「そんな事を言われても、気付いたのが上条の家の前に着いてからなんですもん。そのまま帰るのも癪ですし」


上条「そのたちの悪さはどうしたら直してくれるのでしょうか」


絹旗「さて、何処に行きましょうか。一応、映画館の方へも向かってみますか?」


上条「帰る方向でお願いします」


絹旗「映画館ですね。了解です」


上条「……」

――

出会いなんて大層なものでは無かった。
悪い奴らに囲まれているところを助けたり、誰かに追いかけられていたので匿ったり……。
そんな誰かに話されるようなエピソードは決してなく……。

――

最後に行ったのはいつだろうか……そのくらい覚えが無い。興味が無いわけではない。ただ、機会が無かった。
日頃連るんでいる野郎共と行くのは専らゲーセンであるし、また、女の子に誘われるなんて羨ましい事からも無縁だった。
しかし、何の因果か今日は偶々そんな気分なのである。時間もあるし、何もすることがない。
だから、久しぶりに足を運んで、懐かしさと新鮮味を感じながら何を見ようかと色々と詮索をしていると……。

絹旗「すいません。ちょっといいですか?」

どこかで可愛らしい声が聞こえたが、そんな事はお構いなしで、少年のように目を輝かせながら新作映画を吟味している。
それほど人もいないし、普通ならば何かしらの反応を示すはずなのだが……。はぁ、と溜息をついて

絹旗「もしもーし。聞こえてますかー?」

ちょんちょん、と目の前の夢見る男の肩を突きながらそう尋ねる。
男はそんな事を夢にも思わなかったようで、指が触れた瞬間、大きくビクッと体が揺れた。

上条「うわっ! えっ? な、何?」

絹旗「突然ですが、一緒に映画を見てくれませんか?」

上条「あ、あぁ、はい………………え……何で?」

――

今思えば、あの軟派のような出会いは全て策略だったのではないかと思う。
標的が自他共に認める不幸体質な自分であっただけで、都合のよい遊び相手を見つける手段だったのではないかと。

絹旗「やっぱり駄目でしたねー。上条がもっと堂々としていれば止められる事も無かったんですけど、所詮上条でした」

上条「何故こんな不良少年みたいな真似をしなければ……上条さんは善良な学生でありたいのに……」

絹旗「ウジウジウジウジ、情けないですよ上条。窒素パンチ、喰らわせてあげましょうか?」

上条「脅し方もマンネリ化してきましたね、絹旗さん」

間髪を容れずにそう答えた。勿論、皮肉をたっぷりと込めて。

絹旗「キックもありますけど?」

上条「……」

――

「パシリ」

と答えたのは麦野沈利だ。そして、この意外すぎる展開に一番驚いたのは誰でも無い、絹旗当人である。

――

上条「うー……眠い……」

明け方、やっと解放された上条当麻は重い瞼を何とか開きながら、とぼとぼと長い家路までの道のりを気が滅入りながら歩いて行く。
絹旗はそんな姿を見てご満悦な様子でこちらも踵を家路へと返した。

絹旗(次はどうしましょうかねー)

そんな事を考えるとだんだんとにやけてくる。さてさて、どんな用事をつけようか……と、ポケットから着信音が鳴ったのはその時だ。
これまた相手を彼だと断じて疑わないのは先ほどの余韻からか。
さぁ、どんな悪態をついてくるのだろうかと、嬉々として電話に出てみれば……

――

絹旗がその店に辿り着いた時にはすでに他のメンバーはいつものテーブルの定位置に着いていて、なおかついつもと同じように行動していた。
滝壺は机に突っ伏し、フレンダはサバ缶と膠着状態で、そして麦野は同じ鮭弁の味にケチをつける。
これに映画雑誌を読みながらB級映画について熱く語る絹旗、を足し加えるならば、何も変わらないのだが、どうも今日はそうなることは無さそうだ。

絹旗「すいません。超遅れてしまいました」

フレンダ「珍しいねー。絹旗が遅刻なんて」

絹旗「え、えぇまぁ……用意に手間取りまして……」

フレンダ「ふーん……」

興味があるのか無いのか、フレンダはまたすぐにサバ缶へと視線を戻す。
絹旗も気まずそうに席に座る。そして、座るやいなや、きょろきょろと辺りを見渡す。
映画雑誌でもあればなぁ……と思った。
特に見たいわけでもなかったが、なんとなーく気まずい雰囲気が出てる気がするので何か集中できる材料がほしく、何かないだろうか……そんな事を思っていた時

麦野「絹旗さぁ」

絹旗「は、はい。何でしょうか」

一気に心拍数が高まる。ほれ見ろと言わんばかりに。何となくそんな気はしていたが、来られたらそれはそれで困る。
あぁ、こんな事なら不貞腐れて歩いてくるんじゃなかったな……そうげんなりしながら覚悟を決めたのだが……。

麦野「最近あいつと会ってるんでしょ?」

麦野は鮭弁に焦点を当てつつそう話す。
あまりにも虚を突かれすぎたのかぽかーん、と口を広げ、「え?」と口から漏らさずにはいられなかった。

絹旗「え? あ、あいつ?」

麦野「うん。上条」

あんぐりと、さっきから口が開きっぱなしで、そして、理解も追いつけずにいた。
あまりにも突拍子で、まさかその名前が出ようとは夢にも思わなく……。

絹旗「え、え、えっと。む、麦野、上条の事、知ってるんですか?」

麦野「まあねー。最近は会ってないけど」

淡々した調子で続ける一方、絹旗はわけがわからないままだ。なんだろうか、この気持は。
確かに彼の事を知ろうとはしなかったが、まさかここに繋がりがあるとは……。
嫌な予感はしていたが、もうこの好奇心を抑える事はできず……。

絹旗「ち、ちなみに……上条とは……そ、その……ど、どういった関係なんでしょうか」

その先も何か言っていたが、ごにょごにょと口を濁して絹旗以外には聞こえない。
また、麦野もそんな絹旗を無視して、決して鮭弁からは目を切らずに。

麦野「んー、パシリ?」

――

今にも閉じそうな瞼を何とか開き、家に帰って慣れ親しんだ親愛の布団で眠る事だけを気力に何とか思い足を運ばせる。

上条「ぐ、ぐ……あそこのベンチが天国に見える……」

もう駄目だ、もう駄目だ。逆にそう思わなければ進む事ができない。今なら歩きながら眠る事だってできそうだ。
くそう、こんな事になるんだったら、たとえ近所迷惑でも居留守すればよかった。

上条「頑張れ、頑張るんだ俺。あの時だって乗り切れたんだから!!」

強く意思づける上条当麻の脳裏にはとある映像が焼き付いていた。とても鮮明で、とても印象深く。
それは比較的新しい思い出。いや、あれは思い出というよりトラウマとして記憶に残り続けるかもしれない。
絹旗最愛と出会う前……そう、麦野沈利との邂逅は。

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