まゆ「魂の選択」 (82)

※注意事項※
このSSは、「モバマス×スカイハイ」です。
スカイハイという作品を扱っているため誠に申し訳ありませんが、登場人物が死にます。
事前に言っておきますが、今回は佐久間まゆ、渋谷凛+αが死んでしまいます。
この事が本当に許せない方は、読む前にブラウザバックすることを推奨します。
この事が許せる方、許せないけど内容が気になる方などは、少しの間お付き合いくださいませ。

なお、渋谷凛に関してはとても酷いと思われる取扱い方をしております。
渋谷凛担当プロデューサー、並びに渋谷凛のファンの方はきっと読まない方がいいと思います。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1376839644

Phase 1
3バンセンヲツウカスルレッシャハ、カイソクデゴザイマス トウエキニハトマリマセンノデ、オキヲツケクダサイ

まゆ「はぁ、早く電車来ないかしら」

朝の通勤ラッシュは、人が多くて嫌い。どうしても、誰かに触れてしまう。
まゆに触れていいのは、プロデューサーさんだけなのに。
それでも、早くプロデューサーさんに会いたいから、我慢する。
まゆは、毎日毎日早起きしている。それは、プロデューサーさんに会うため。
プロデューサーさんにおはようを言う所から、まゆの一日は始まる。
そして、プロデューサーさんにまた明日と言って、まゆの一日は終わる。

本当は、こんな時間の電車になんて乗りたくない。
別に、夕方のラッシュならいい。プロデューサーさんには挨拶し終わっているだろうし、もう帰るだけだから。
でも、朝のラッシュは違う。人混みにもまれ、服にしわが付いてしまう。
そんなみっともない恰好で、プロデューサーさんに会うなんて、絶対に嫌だ。

みくで前やった人?
あれよかったし、おそるおそる期待する

最初は、そんなことを考えもしないで電車に乗ってしまって、大変なことになった。
トイレで頑張って直したけれど、どうしても跡が残ってしまって……
でも、そんなみっともない恰好のまゆを見ても、プロデューサーさんは『まゆは偉いな。頑張って早起きして、その上通勤ラッシュも耐えて』と言ってくれた。
そして、『そんなに悲しそうな顔するなよ。お前は笑顔が似合う女の子なんだからさ』とも言ってくれた。
うふふ。プロデューサーさんは、本当に優しい人だ。
あの人を好きになってよかった。心から、そう思う。

まゆ「うふふ、プロデューサーさぁん。待っていてくださいねえ」

まゆは、そんなプロデューサーさんが、大好き。一生、プロデューサーさんの隣にいたい。
二人で、一緒に、いつまでも、ずうっと。
早く、プロデューサーさんに会いたい。
早く、プロデューサーさんの声が聞きたい。
早く、今日が始まってほしい。

でも、まゆの一日は、始まることはなかった。

マモナク、3バンセンヲカイソクレッシャガツウカシマス キイロイセンノウチガワニサガッテオマチクダサイ

???「……邪魔、なんだよ」

まゆ「えっ……」

背中を押され、体がぐらりと傾き、まゆは線路の上に落ちてしまった。向こうからは、快速列車が迫ってきている。

利用客A「おい! 誰か引っ張り上げろ!」

利用客B「無理だって! もうあんなに近づいてんだぜ!?」

利用客C「おい君! 早くこっちに来るんだ!」

???「……ふふふ」

なぜか、笑っている人がいる。周りの人は気付いていない様子だが、まゆには、それがはっきりとわかった。
そして、まゆは理解した。まゆの背中を押したのは、その人だと。

まゆ「あなたは……どうして、り」

たたん、たたんと軽快な音を立て、快速列車は通過していく。
水溜りの上を走る自転車のように、赤い水飛沫をあげながら。

利用客D「い、いやああああああ!」

利用客E「うわああああああ!」

駅のホームは、騒然となった。
どんどんと大きくなる騒ぎの中、誰にも気付かれずにそこを離れていく者がいた。

???「これで、邪魔者は、消えた……あはっ」

Phase 2
まゆ「――あらぁ、ここ、どこかしら」

気が付けば、そこは電車の中。どうやら、電車に乗ってそのまま眠ってしまったようだ。
窓の外は、真っ暗だ。外には、何も見えない。そもそも、何があるのかすらわからないほどに、黒く染まっていた。
それに、いつ、どうやってこの電車に乗り込んだのだろう。何も、思い出せなかった。

それからすぐに電車が止まる。とりあえず外に出て、ここがどこか確かめなくては。
プロデューサーさんに電話したら、迎えに来てくれるはずだから……
と、その時、自分が何も持っていないことに気が付いた。
携帯がない。プロデューサーさんと連絡を取る方法がない。どうしよう。

電車は、ここで降りろと言っているかのように、いつまで経っても動き出さない。
仕方ない、後の事は降りてから考えよう。
まゆが電車から降りると、すぐに電車は発車していった。
そして、目の前にあるのは、大きな古い建物。正面には、大きな門が付いている。

まゆ「……なんですか、これ」

???「ようこそ、怨みの門へ」

門の横から現れたのは、漆黒の衣装を身に纏った女性。こんな所に人がいるなんて、怪しすぎる。
怪しいが、今はこの人に頼るしかなさそうだ。

まゆ「あなた、誰ですか?」

イズコ「私は、門番のイズコ」

まゆ「イズコさん、ですかぁ。この近くに、連絡の取れるもの、何かないですか?」

イズコ「連絡を取る? なぜ?」

まゆ「ちょっと、迎えに来てもらおうかと思いまして。後、ここの住所も教えていただけると嬉しいです」

イズコ「……迎えに来てもらうのは、無理ね。それに、ここには住所なんてないわ」

まゆ「じゃあ、まゆはどうやって帰ればいいんですか?」

イズコ「あなたに、帰る場所はない。あなたは、死んだの」

まゆ「死んだ? まゆが?」

イズコ「そう。ここは、殺されたり不慮の事故にあった魂の来る場所。あなたは死んで、魂だけの存在になったの」

まゆ「そう、ですか」

まゆは、死んだ。プロデューサーさんに、もう会えない。その事実で、胸が張り裂けそうになる。
でも、泣かない。取り乱さない。だって、プロデューサーさんが言ってくれた。まゆには笑顔が似合う、と。
だから何があっても、絶対に、泣かない。泣いたら、プロデューサーさんが悲しむから。
この気持ちは、心の奥に閉じ込める。いつも、そうやってきたのだから。

イズコ「あら、ずいぶん物分かりがいいのね」

まゆ「まゆがここにいるってことは、きっとそういうことなんでしょうから。何も、思い出せないけど」

イズコ「そうね。今は忘れているだけで、落ち着いて思い出せば、全部思い出せるわ」

まゆ「思い出す……何を、どこから……」

イズコ「そうね……”あなたの人生が大きく変わった時”なんてどうかしら」

まゆ「まゆの人生が、大きく変わった時……」

イズコ「あなたがここにいられるのは、十二日間。だから、あまり時間がかかりすぎてもいけないけれど」

まゆ「……思い、出せる。これなら、これだけなら、今のまゆでも思い出せる」

まゆ「そう、まゆの人生が大きく変わったのは、あの時でした」

まゆ「まゆが、プロデューサーさんと出会った、あの時――」

Phase 3
カメラマン「まゆちゃーん! こっち向いて!」

まゆ「はぁい♪」

カメラマン「まゆちゃんいいねー! じゃあもう一枚!」

今日は、スタジオで写真撮影をしている。自分で言うのは恥ずかしいけれど、佐久間まゆと言えば、今の読モ界では割と有名な存在だ。
多くの雑誌に引っ張りだこで、今やまゆの名前が出ないファッション雑誌はないのではないか、と言われているらしい。
でも、そんなことまゆには関係ない。その辺を歩いていたら話しかけられて、断る理由もなかったから始めた仕事だ。
確かに、仕事である以上は責任を持ってやらせてもらっている。それで、誰かが喜んでくれているのも事実だ。
でも、まゆは、自分はどうなんだろう。自分は、この仕事で、本当に満足しているのだろうか。

スタッフ「渋谷さん到着しましたー!」

そういえば、今日は何処かの事務所の人も一緒に撮影する、とか言っていたっけ。
渋谷さんと呼ばれたその人は、とてもクールな雰囲気の女の子だった。

凛「あなた、佐久間まゆさんだよね? 私は、渋谷凛。凛でいいよ」

まゆ「初めまして、凛さん。うふふ、私のこと知ってらっしゃるんですかぁ?」

凛「そりゃ、もちろん。雑誌を開けばいつでもあなたが載ってるもの」

まゆ「あら、そうなんですかぁ。まゆは、あまりそういうの見ませんから」

凛「へえ、ファッション雑誌見たりしないんだ。意外だなあ」

まゆ「はい。ちょっと、苦手で」

ファッション雑誌なんて見ても、仕方がない。
そもそも、まゆはこの仕事に興味があるのかすらわからない。
興味がなければこんな仕事なんてしない、と言われるかもしれないけれど。
それでも、まゆにはよくわからないのだ。
だから、まゆは仕事をこなすだけ。結果なんて、どうでもいい。

カメラマン「二人とも、お話中悪いんだけど……凛ちゃん、そろそろ始めてもいいかな?」

凛「はい、いつでもどうぞ」

まゆ「じゃあ、私はあっちで待ってますねぇ」

カメラマン「まゆちゃん、後で呼ぶからね。じゃあ凛ちゃん、始めようか!」

撮影場所から少し離れた所にある待機場所に戻ると、二人組の男女がいた。
それは、スーツ姿の男性と、ねこみみを付けた女の子。

まゆ「お疲れ様です」

二人に軽く挨拶をし、パイプ椅子に腰かける。

???「あ、お疲れ様です」

???「お疲れ様ですにゃ! あ、あの!」

まゆ「何でしょう?」

???「ここ、これにサインくださいにゃあ!」

まゆ「そうですねえ……まゆ、自分のサインって持ってないんですよ。それでもいいかしら?」

???「はい! これにお願いしますにゃ!」

???「あの、みくさん? そちらの方をご存じで?」

みく「Pチャン知らないのかにゃあ!? てゆーか、あの雑誌読んどけって、この前渡したよね?」

P「すまん、時間がなくて」

みく「みくは、まゆちゃんに会えるからって付いてきたのに、信じられないにゃあ……ごめんなさい、無知な若者でして」

P「おいおい……」

まゆ「うふふ、いいんですよ。あれは女の子向けの雑誌ですから」

前川みくさんに、そのプロデューサーさん。二人とも、いい人みたい。なんだか、とっても楽しそう。
……なんだろう、何かおかしい。この二人とは初対面。それなのに、なぜだかとても落ち着く。
初対面の人と一緒にいるのが心地よいだなんて、理解できない。こんなことは、生まれて初めてだ。

まゆ「凛さん、とても綺麗な方ですね」

遠くで撮影をしている凛さんの姿は、とてもかっこいい。
まゆも、あんな風になってみたい、気がする。
それは、きっとまゆには無い魅力だから。自分にないものを欲しがるのは、悪いことではないはず。
ただ、努力をしなければいけない。努力なしで得られるものなんて無い、と思う。
……まゆには、到底無理な話だけれど。

P「でしょう、うちの一押しアイドルですよ」

みく「とは言っても、今はみくとしぶりんしかいないけどね」

P「うちの事務所、小さいからねえ」

まゆ「うふふ、プロデューサーさんは人を見る目があるんですねぇ」

P「あ、ありがとうございます……!」

みく「ほらPチャン、よく見とくにゃ。これが人気読者モデル・佐久間まゆの可愛らしい笑顔にゃ」

まゆが、笑顔? なぜ、このタイミングで笑顔になるのだろう?
カメラマンさんに”笑って”と言われた時くらいしか、笑ったことなんてない。
今のまゆは、もしかして、自然に笑った……?
最後にそうやって笑ったのは、いつだったのだろう。もう、それすら覚えていない。
そもそも、自然に笑うということを、今までにしたことがあっただろうか……

P「えっと、佐久間さん。あなたにお話したいことがあります」

プロデューサーさんの雰囲気が、急に変わった。いったいどうしたのだろう。

まゆ「はい、何でしょう」

P「改めまして、私はこういうものです」

プロデューサーさんが、名刺を差し出してくる。それを受け取り、まじまじと見つめる。
プロデューサーさんの名前、電話番号、事務所の住所など。どこにでもある、ありふれた名刺だった。
読者モデルにスカウトされた時も、こうやって名刺をもらった。でも、その時とは、違った。
なんだか、いつもとは違う感覚。なぜだろう、まゆの心が温かい。
それは、厳しい冬の寒さを越えて、柔らかく優しい、春の日差しで蕩けていくような感覚。

P「もしよろしければ、うちでアイドルやってみませんか?」

まゆ「え、あ」

みく「Pチャンやめなよ、まゆチャン困ってるにゃ。ごめんなさい、Pチャンの悪い癖が出ちゃって」

まゆ「い、いえ……あまりにも、いきなりでしたから」

P「あ、あはは! 間違いない、この子だ! って思うとついやっちゃって」

みく「いっつもこうなんだから、もう」

プロデューサーさんの雰囲気が元に戻った。今のは、仕事モード、と言うやつなのだろうか。
……まゆは、あんな風に仕事をしたことは、ない。確証はないが、そう思う。

カメラマン「まゆちゃーん! こっち来てー!」

まゆ「はぁい! それでは、また」

みく「頑張ってにゃ!」

P「考えてみてくださいね! いつでも待ってますから!」

椅子から立ち上がり、撮影場所へ歩いていく。
いつものように落ち着くことができない。何故だ、どうしてこんなにも、心が揺れているのだ。
心臓の鼓動が体全体で感じられるほどに、強く激しく脈打っていた。
わからない、わからない、わからない、わからない。

カメラマン「あれ、まゆちゃん大丈夫? 少し顔色がよくないみたいだけど」

まゆ「っ! だ、大丈夫ですよぉ。さ、始めましょう」

カメラマン「んー、僕の気のせいかな……それじゃ二人とも、並んでもらえるかなー」

凛「まゆさん、本当に大丈夫? 震えてるみたいだけど」

震えている? まゆが、震えている? そんな、馬鹿な。
しかし、自分の手を見ると小刻みに震えていた。どうやら、本当だったようだ。

凛「私、よくそういうのに気付くんだ。無理しないで、もう少し休んだ方がいいんじゃないかな?」

まゆ「いえ、大丈夫です。お仕事は、しっかりやらないと」

凛「そう? ならいいんだけど……どんな状況でも、そんな素敵な笑顔ができるなんてすごいね。私も見習わないとな」

まゆ「うふふ、ありがとうございます」

素敵な笑顔? まだ、まゆは笑っているというのか。
本当に、どうしたのだろう。こんなに落ち着くことができないのに、にこにこと笑っていられるなんて……


撮影が終わり、あの三人に挨拶をしてスタジオを後にした。
前川みく、渋谷凛、そして、そのプロデューサー。あの人たちがいる場所にいられたら、まゆは変われるのだろうか。
実際に、今日はとても褒められた。今までで一番いい笑顔かもしれない、と。
今のような、作り物の笑顔しかできないまゆじゃなく、本物の笑顔ができるまゆになれるのだろうか。

今までは流れに身を任せて、ずるずると生きてきたのかもしれない。
このままでも、きっといいのだろう。このままなら、いつかはモデルとして、タレントとして、生きていけるのかもしれない。
でも、この名刺をくれた人。あの人の所に行けば、まゆは、生まれ変われる気がする。
それは、成功しているかもしれない今の人生を捨ててでも、選ぶ価値があるはず。
少なくとも、今のまゆはそう思うから。

鞄から携帯を取り出し、自分の仕事の管理をしてくれているマネージャーさんに電話をかける。

まゆ「…………あっ、もしもし、マネージャーさんですかぁ? まゆ、お話したいことがあって――」

Phase 4
ちひろ「おはようございますー」

P「おはようございます、ちひろさん」

ちひろ「プロデューサーさん見ました? これなんですけど」

ちひろさんが見せてきたのは、今朝のスポーツ新聞だ。

P「あまり新聞は読まないので……もっと読むようにしたいとは思ってるんですけどね」

ちひろ「情報集めにはいいですけど、そのまま全部信じちゃ駄目ですよ? 報道規制とかかかってるかもしれませんし」

P「うーん……難しいですね。ところで、その新聞に何か書いてあったんですか?」

ちひろ「ああ、そうそう! ちょっと待ってくださいね」

机に新聞を広げ、目当ての記事を探すちひろさん。
これですよ、これと突き出された記事の見出しには、『人気読モ、突然の引退!?』と書かれていた。

P「人気読モ? 誰です、それ」

ちひろ「えー、ついこの前のお仕事のことも忘れちゃったんですか?」

P「? ……ああ、佐久間さんですか」

ちひろ「この前はあんなに熱く語ってくれたのに、もう忘れちゃったんですかー、そうですかー」

P「ごめんなさい、何と言うかそういう単語に慣れなくって」

ちひろ「プロデューサーさんって、そういう方向は全然駄目ですよね」

P「あはは、面目ない……」

ちひろさんは新聞を俺に渡しながら、話を続ける。

ちひろ「それを読めばわかると思いますけど、ついこの前、モデルのお仕事辞めちゃったんですって」

P「へえ、そうなんですか」

記事を読むと、一昨日には全ての出版社に連絡をし終わっていたらしい。
あの時はとても可愛くて、美しくて、輝いていて。
とてもいい子だったのに、どうして急に辞めてしまったのだろうか。
佐久間さんなら、きっと素晴らしいモデルになれたと思うのにな。

そんなことを考えていると、事務所の外から、階段を上ってやってくる足音が聞こえてきた。
まだ、凛は学校のはずだ……きっと、みくだろう。そろそろレッスンの時間だし。
それからすぐに事務所のドアが開き、やはりみくが入ってきた。

みく「お、お、おはは、おはようう」

P「どうしたみく。魚でも食ったか」

みく「もうお魚なんて死んでも食べないにゃ! そんなことより、こっち、こっち見て!」

ちひろさんと俺がドアの方に視線を向けると、みくが廊下の奥に合図をした。

みく「もういいよ! 入ってきてにゃ」

まゆ「……あら、結構狭いんですね」

みく「うちはまだまだこれからだからにゃあ……あれ、どーしたの二人とも」

ちひろさんは目を見開き、口をぱくぱくとさせている。まあ、俺も似たような状況なのだが。
一体これはどういうことだ。いや、確かにスカウトしたのは俺だけど。

ちひろ「え、あれ、佐久間さんがどうしてここに。確か”やりたいことが見つかった”から読モを辞めたんじゃ」

まゆ「まゆ、でいいですよ。まゆのやりたいこと、それは”アイドルになること”です」

P「え、まさか、本当に」

まゆ「うふふ、まゆ、来ちゃいました。プロデューサーさんが、まゆのことを誘ってくれたから」

みく「ふっふっふ、これでうちの未来は明るいにゃあ!」

P「ああ、そうだな! 佐久間さん、これからよろしく」

まゆ「駄目ですよぉ、プロデューサーさん。まゆ、って呼んでくれないと、嫌です」

P「あ、ああ。ごめんなさい」

まゆ「謝らないでください。怒ってませんから」

P「えっと、じゃあ、これからもよろしくな。まゆ」

まゆ「はぁい♪ よろしくお願いしますね、プロデューサーさん」

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まゆ「これが、私の人生が大きく変わった時でした」

イズコ「成功しているモデルを辞めて、成功するかわからないアイドルになったのね」

まゆ「うふふ、成功するかしないか、じゃないんですよぉ」

まゆ「あの時はまだ気付いていなかったけれど。あの時は、まだしっかりと分かっていなかったけれど」

まゆ「まゆは、きっとプロデューサーさんと一緒にいたかったんです。ただ、それだけ」

まゆ「本当のことを言えば、アイドルになるのだってどうでもよかった」

まゆ「プロデューサーさんが『アイドルにならないか』と誘ってくれたから、アイドルになったんです。そう、プロデューサーさんが、誘ってくれたから」

まゆ「プロデューサーさんと一緒にいられたら、どんなに幸せなことか。プロデューサーさんと一緒にいられたら、本当に自分を変えられるんじゃないか」

まゆ「きっと、まゆはプロデューサーさんと一緒にいるための手段として、アイドルになることを選んだんです」

イズコ「あなたは、その人に依存していたのね」

まゆ「うふふ、そうかもしれませんねぇ」

まゆ「プロデューサーさんは、まゆに光を与えてくれたんです。まゆの閉ざしていた心を、開いてくれたんです」

まゆ「だから、まゆにはもうプロデューサーさんしか見えません。プロデューサーさんは、まゆの全てだから」

まゆ「うふふ、それじゃあ、先に進みましょうか――」

Phase 5
それから少しの間、プロデューサーさんと今後の事について話した。
まゆの事を知るために、いろいろなことをするらしい。うふ、なんだか恥ずかしいですねぇ。

みく「ねーPチャン? そろそろ時間なんだけどにゃあ」

P「ん? あー、もうこんな時間か」

まゆ「あら、何かあるんですか?」

P「ああ、そろそろみくのレッスンが始まる時間でな」

みく「送ってってもらわないといけないくらい遠いのにゃあ」

P「今から徒歩でも十分間に合うんだけど?」

みく「嫌にゃ、レッスン前から疲れたくないにゃあ」

P「はあ、ほんっとにこの猫は……あ、そうだ」

P「まゆも一緒に行くか? 今やっとけば、後でまたレッスンの予定入れなくて済むし」

まゆ「はい、いいですよぉ」

P「じゃあ、トレーナーさんに連絡しないと」

ちひろ「今しましたよ。大丈夫だそうです」

P「!? ちひろさん、早いですね」

ちひろ「だって、まゆちゃんは絶対断らないなあと思いまして」

P「……なぜそう思ったんです?」

ちひろ「勘ですよ、勘」

みく「早くするにゃあ、急がないと遅れるよ?」

P「車で行けば間に合いますー! それじゃ、俺も行ってきますから、後はよろしくお願いしますね」

みく「行ってきますにゃ」

まゆ「行ってきますね」

ちひろ「はい、行ってらっしゃい」

事務所の外に出て、プロデューサーさんの運転する車に乗り込む。割と年季の入った、軽自動車だ。
キーを差し込みエンジンをかけながら、プロデューサーさんは口を開く。

P「うーむ」

みく「Pチャン、どったの?」

P「あのな、佐久間さんが」

まゆ「プロデューサーさん。まゆ、ですよ」

P「おおっと、すまん。で、まゆがうちに来てくれたから、うちの事務所は全部で五人になったわけだ」

みく「そうだにゃあ」

P「そしてこの車は四人乗りなわけだ、後はわかるな?」

みく「ああ、みんなで乗れないってことかにゃ」

P「はあ、うちには金がないというのに……いざとなったら借りるしかないな。まだ壊れてくれるなよ……?」

みく「この車ぼろぼろだし、いつ壊れてもおかしくないもんねー」

まゆ「うふ、車くらいならすぐに買ってあげられるように、頑張りますね」

みく「……Pチャン、うちに来たばっかりのまゆチャンにこんなこと言わせて恥ずかしくないのかにゃ? この甲斐性なし」

P「お前はもう少し静かにしような? それ以上言うと泣くぞ」

車を走らせること十数分。三人を乗せた車は、レッスンスタジオに到着した。
スタジオの更衣室で、みくちゃんから借りた運動着に着替え、みくちゃんの後ろについて歩く。
部屋に入ると、女の人とプロデューサーさんが話をしていた。

P「お、二人とも来たか」

???「お待ちしてました! うわあ、ほんとにまゆちゃんだあ……プロデューサーさんはすごいですね、読モまでスカウトしてくるなんて」

P「あはは、いつもの悪い癖ですよ」

みく「そーゆーのを、”見境がない”って言うんだにゃあ」

P「もうやめていただけませんかね?」

まゆ「初めまして、佐久間まゆです。これから、よろしくお願いしますね」

トレ「私はトレーナーって言います。あの、私、まゆちゃんのファンなんです! 後で、サインいただけませんか?」

まゆ「うふ、私、サイン持ってないんですよぉ。それに、もう読モじゃないですし」

トレ「まゆちゃんはいつでもまゆちゃんです! よろしくお願いします!」

まゆ「うふふ、わかりました」

みく「ねえねえ、Pチャン」

P「ん?」

みく「やっぱり、まゆチャンはすごいにゃあ」

P「まあ、今まですごい人気だったからな。ファンならその辺にいくらでもいるんじゃないか?」

みく「……みくも、まゆチャンみたいになれるかにゃ?」

P「ああ、きっとな」

トレ「みくちゃん! レッスン始めますよ!」

みく「はーい!」

P「俺はここで見てるからなー、二人とも頑張れー」

トレ「えーっと、プロデューサーさんとお話して、今日は簡単なメニューをやることになりました」

トレ「簡単とはいえ、初めてのまゆちゃんにはちょっときついかもしれません」

トレ「もしきつかったら、すぐに言ってくださいね? 体を壊しちゃったら元も子もないですから」

まゆ「はい、頑張りますね」

みく「さあて、みくの本気を見せてやるにゃあ!」

みく「Pチャン! しっかりとその目に焼き付けておくといいにゃあ!」

P「二人ともー、あんまり無茶すんなよー」

P(……みくは頑張らなくても大丈夫だと思うんだけどなあ、いつも通りでいいと思うが)

P(今日は、まゆの事を見に来たんだからな。果たして、どの程度の実力なのか)

P(今後のためにも、まゆの事を知るためにも。頑張れ、まゆ)

プロデューサーさんは、笑いながら手を振っている。
まゆも、頑張らないと。少しくらい無理したって大丈夫。
最初だからといって、手を抜くわけにはいけない。今のまゆにできることを、今のまゆの全力を出す。
最初なんだから、絶対うまくいくとは言えない。でも、無様な姿は見せられない。

……そこで、気が付く。なぜ、こんなにも頑張ろうとしているのだろうか。
なぜ、”無様な姿を見せるわけにはいかない”のだろうか?
自分で思ったことだけれど、まゆにはわからなかった。

トレ「それじゃあ、まずは簡単なステップからいきましょうか――」

それから一時間が経った。体のあちこちが痛む。すでに、全身筋肉痛になっていた。
体育は、あまり得意じゃない。中の下、と言ったところだろうか。
普段使わない筋肉を使い、体中がぼろぼろだ。もう、指を動かすことさえ、辛い。

トレ「はい、じゃあ今日はここまで」

みく「ゼェ、ちょっと、トレーナーさん? ハァ、今日、ちょっと、ハァ、きつくない?」

トレ「あはは、まゆちゃんの動きがすごくよかったので、ついつい気合いが入ってしまって」

まゆ「うふふ、ありがとうございます」

みく「それに、しても、ゼェ、休憩なしは、やりすぎ、にゃ……全然、簡単じゃ、にゃい」

みく「ハァ、まゆチャンは、なんで、そんなに、疲れてないのにゃ……みく、もう駄目……」

みくちゃんは、そのまま床に倒れこんでしまった。よほど疲れたのだろう。
まゆだって、疲れ果てている。しかし、それを表に出してしまっては――

P「まゆ、すごかったぞ」

まゆ「はい、ありがとうございます」

P「初めてとは思えないくらいの動きだったぞ。ふふ、これからが楽しみだ」

プロデューサーさんが笑ってくれた。プロデューサーさんが喜んでくれた。
今までの頑張りが報われたような気がした。そして、緊張の糸がぷつりと切れ、まゆの体が、傾く。
重力に逆らうことなく、そのままスタジオの床に叩きつけられる――はずだった。

P「おっと、危ない」

まゆ「あ、プロデューサーさん……ごめん、なさい」

P「まゆ、お前、俺の言ったことを無視したな? あんまり無茶すんなよって言ったろ」

まゆ「ごめんなさい……ごめんなさい……」

ああ、ばれてしまった。もうおしまいだ。プロデューサーさんに、嫌われ

P「まゆの頑張ろうって気持ちはよくわかった。それに、今のお前の実力もよくわかった」

P「だから、ゆっくり休め。俺、期待してるからさ。これからも一緒に頑張ろうな」

まゆ「……はい♪」

て、なかった。ああ、なんて優しい人なのだろう。こんなにも愚かなまゆの事を、許してくれたのだろうか?
うふ、うふふ、うふふふふふ。だから、プロデューサーさん、だぁいすき。

プロデューサーさんはまゆを床に座らせると、トレーナーさんの所へ行ってしまった。
きっと、今のレッスンについてお話でもするのだろう……ちょっと、待って。
今、何と言った? さっき、まゆは何を考えた?
プロデューサーさんが”大好き”だ、と言ったのか? まゆが?
また、わからないことが増えた。なんなんだ、これは。最近、まゆはおかしい。
あの日、あのスタジオで出会った時。そこから、まゆはおかしくなってしまったのだろうか?
今までのまゆは、そんなこと思いもしなかった。まゆは、いったいどうしてしまったのだろう……

みく「ねえねえまゆチャン」

まゆ「何ですか?」

みく「まゆチャンって、すごいんだね。まさか今日、みくがこの前初めてやったレッスンまでやるにゃんて、思ってなかったにゃ」

まゆ「そうなんですか」

みく「にゃふふ、まゆチャンは大物になる予感がするにゃあ。これはPチャンも大喜びだにゃあ」

みく「うーん、みくも負けてられないね。後輩に追い抜かれるなんて、絶対嫌にゃ!」

みく「まゆチャン、これからもよろしくね!」

まゆ「うふふ、まゆだって負けませんよぉ。よろしくお願いしますね」

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まゆ「うふ、この時は、本当に駄目かと思いましたよぉ」

まゆ「プロデューサーさんに嫌われちゃったら、もう何をしていいのかわかりませんから」

イズコ「それでもまだ、理解していなかったのね。あなたにとって、彼がどんな存在かということを」

まゆ「そうですね……今まで知らなかった感情が溢れだしてきて、理解できないことの方が多すぎて」

まゆ「頭の中で、整理しきれなかったんですかねぇ。少し考えれば、すぐにわかるような事なのに」

まゆ「こうして、長い長い一日は終わりました。まゆの、新しい人生の一日目が」

イズコ「どう? 他には、何か思い出せた?」

まゆ「はい、結構思い出してきました」

まゆ「うふふ、この事を忘れていたなんて――」
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その前に、この一日の続きを話そう。彼女の知らない、続きのお話。
プロデューサーが二人を家に送り届け、事務所に帰ってきた後の事だ。

P「ただいま帰りましたー」

ちひろ「プロデューサーさん、お帰りなさい。二人は、どうしたんです?」

P「家まで送ってきました。二人とも、今日はもうゆっくり休んだ方がいいと思いまして」

凛「お帰り、プロデューサー」

P「お、凛。来てたのか」

凛「暇だったし、事務所で勉強していこうかなって。それより、まゆさんの事。うちでアイドルやるんだって?」

P「おお、そうそう! 今日、みくと一緒にレッスンさせてみたんだけど、まゆはすごいぞ!」

P「すごくキレのいい動きでさ、すごかったんだよ! 今日始めたばっかりなのに、みくと同じくらいのレベルでさ。いやあ、すごい子が入ってきてくれて嬉しいよ」

ちひろ「プロデューサーさん、すごいしか言ってませんよ」

P「だってすごかったんですもん。それ以外に何と言えばいいのやら」

凛「……へえ、そうなんだ。ところで、その『まゆ』って、何?」

P「ん? ああ、まゆが自分の事はこう呼べって言ってきたんだ。佐久間さんって呼ぶと、すぐに言い直させられるんだよ」

P「さく、じゃない、まゆなりに、早くみんなと打ち解けたいってことなんだろうけど。あと何回繰り返すのかなあ、この間違い……早く慣れないと」

凛「……ふーん。そういうこと」

凛「佐久間、まゆ……」

Phase 6
まゆが事務所に所属してから、少し経った。あの時無理をしたせいだろう、まだ体中が痛む。
でも、こんな痛みに負けているようでは、立派なアイドルになんかなれない。
そう自分に言い聞かせ、事務所へと続く階段を上る。
今日は日曜日、太陽が事務所の真上を通る頃。
レッスンまでまだ時間があるのだが、なぜだか早く事務所に行きたくて、来てしまった。

まゆ「おはようございます」

ちひろ「あら、まゆちゃんおはよう! あれ、レッスンって確かもう少し後じゃ」

まゆ「うふふ、気合いが入りすぎちゃって、少し早く来ちゃいました」

ちひろさんの机の上には、食べかけのお弁当があった。
それじゃあプロデューサーさんもお昼を……と事務所の中を見回しても、プロデューサーさんの姿はない。

ちひろ「ああ、プロデューサーさんなら、給湯室でラーメン食べてますよ」

ちひろ「プロデューサーさんのお昼は、毎日袋ラーメンですからね」

まゆ「そうなんですかぁ」

ちひろさんに教えられた通りに給湯室へ行くと、ラーメンを食べるプロデューサーさんの姿があった。

P「お、まゆ。早いな」

まゆ「おはようございます、プロデューサーさん。ちひろさんから聞きましたよ? 毎日ラーメンばっかり食べてるって」

P「ああ……お金がないからな、事務所にストックしてあるこいつを食うという選択肢しかないのだよ」

P「いや、決して貧乏ってわけじゃないからな! 毎日いろいろ食うくらいにはあるからな?」

P「弁当作るって考えもあったんだけど、いざやろうとするとなかなかできなくって……」

まゆ「うふ、じゃあ、私が作ってあげましょうか?」

P「へ?」

まゆ「毎日そういうものばっかり食べてると、体壊しちゃいますよぉ? そうならないように、まゆがお弁当を作ってあげます」

P「本当か!? いや、さすがにそこまでしてもらうのは……」

一喜一憂するプロデューサーさんの姿は、まるで子どものよう。きっと、いつまで見ていても飽きないだろう。

まゆ「遠慮なんかいらないですよ。まゆは、毎日お弁当作ってますから。一人分作るのも、二人分作るのも、一緒です」

P「うーん、そうか……じゃあ、お願いしてみようかな。本当にいいのか?」

まゆ「はい、任せてください」

みく「おっはにゃー!」

向こうから、みくちゃんの元気な声が聞こえてきた。
時計を確認する。まだ少し時間があるとはいえ、そろそろ事務所を出る時間になっていた。

P「うお、もうこんな時間か。準備しててくれ、これ食べてすぐに行くからさ」

まゆ「はぁい」

準備を整え、車に乗ってスタジオへ向かう。
部屋に入ったときには、レッスン開始時間を少し過ぎていた。

トレ「あら、二人とも? もうレッスンを始める時間は過ぎてますよ?」

みく「違うにゃ、ゆっくりラーメン食べてるPチャンが悪いのにゃあ」

トレ「ふふふ、大丈夫ですよ。さ、始めましょうか」

みくまゆ「「よろしくお願いします」にゃ」

やはり、まだ筋肉痛が治っていないようだ。体が言うことを聞かない。
痛い、痛い、痛い。慣れない運動のせいで、体が悲鳴を上げる。
それでも、動かす。動かしてみせる。泣き言なんて言っていられない。

レッスンを始めてから三十分が経過し、休憩となった。
少し動くだけで、体中が痛む。それを表に出さないように、耐える。

みく「あー、痛い……筋肉痛がーひどいにゃー」

みく「まゆチャン、ほんとに何ともないのかにゃ? 流石に怪しいにゃあ。みくがこんなに痛いっていうのにまゆチャンだけおかしいにゃ、不公平にゃ」

まゆ「うふ、頑張ってますから」

みく「頑張りすぎだにゃあ……あー、痛ーい」

ああそうだ、すっかり忘れていた。プロデューサーさんって、いつもどんなものを食べているんだろう?
お弁当に苦手なものを入れて、がっかりさせてしまったらどうしよう。
そんなことに今気が付くなんて……いや、むしろ今気が付いてよかったのかもしれない。

まゆ「みくちゃん、ちょっと聞きたいことが」

みく「ふにゃ? 何かにゃ」

まゆ「プロデューサーさんの食べ物の好き嫌いって、わかりますか?」

みく「Pチャンの好き嫌い? んー、わかんないにゃあ」

まゆ「そうですか……」

みく「だって、Pチャンはいっつもラーメンばっかり食べてるから。好き嫌いとかそれ以前の問題にゃあ」

みく「あれ絶対いつか体壊すにゃ……あ」

まゆ「どうかしましたか?」

みく「うーん、どうにゃんだろ……まあいっか、きっと合ってると思うし」

みく「この前の話なんだけどね、Pチャンが珍しくお弁当食べてたの」

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みく「お、Pチャン! ついにラーメン卒業ですかにゃ」

P「違う。うまそうだったからつい買っちまった……うぐぐ」

みく「Pチャンはラーメンを食べたくても、Pチャンの体はお弁当が食べたーいって言ってるのにゃ」

P「あー、そうなのかなあ……もう自分で弁当作るしかないか……」

みく「それがいいにゃ。あんまりお金もかからないし、好きなものを食べられるし、栄養摂れるし、お料理の腕も上がるし、いいことだらけだにゃ」

P「……今のラーメン生活よりは金がかかると思うんだがな」

みく「細かいこと言わないの! はいPチャン。ちょーだい」

P「はい? 何をくれと」

みく「授業料?」

P「何にもしてないだろお前。駄目駄目、あげるものなんかありません」

みく「じゃあこの卵焼きもーらいっと」

P「あっ」

P「」

みく「んー、おいしいにゃあ。お弁当の卵焼きはやっぱり甘いのに限る……あれ、Pチャンどったの」

ちひろ「ああ、みくちゃん。やってしまいましたか」

みく「え、何を?」

ちひろ「お弁当の卵焼きを食べるときのプロデューサーさんはですね、それはそれはとっても幸せそうなんですよ」

みく「……マジ?」

ちひろ「マジです。それに久しぶりのお弁当だから、相当ショックなはずですよ」

P「あ、あは、あはははははははははははは」

みく「ひっ」

P「みく、さっきのはいい授業だったよ。授業料さ、卵焼きだけじゃ全然足りないだろ? 今度お前にご馳走してやるよ、焼き魚弁当」

みく「い、嫌、それだけは嫌にゃあ」

ちひろ(あーあ、食べ物の恨みって恐ろしいですねー)

P「猫なんだよな? 魚好きだよな? あはは、あはははははは」

みく「ごめんにゃさい! 許してPチャン!」

P「許す? なぜ。俺は何にも怒っちゃいないぞ? とってもおいしい奴、ご馳走してやるよ。ひひっ」

みく「ひいいいい!」
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みく「次の日、本当に焼き魚弁当買ってきやがったにゃ。しかもちょっと高いやつ。信じられないにゃあ」

みく「まあもったいないし食べたけどね? 頑張ったにゃ……もうお魚食べたくにゃい」

みく「という訳で、Pチャンは卵焼きが好き! 甘い奴!」

まゆ「大変でしたねぇ……ありがとう、みくちゃん」

みく「いいのいいの、こんな事だったらなんでも聞いてにゃ」

みく「あれ、そういえばなんでそんなことを」

トレ「そろそろ始めますよー?」

まゆ「はぁい!」

みく「はいにゃ! ……ま、いっか。世間話ってやつだにゃ」


そして、その日の夜。まゆは、台所に立っていた。

まゆ「……大丈夫かしら」

料理は、したことがないわけではない。最近はモデルの仕事が忙しくて、なかなかできなかった。
だから、”毎日お弁当を作っている”というのは嘘。
だって、そう言わないとプロデューサーさんは断るかもしれなかったから……

ちょっとの間料理をしていなかったとはいえ、きっと体は覚えているだろう。
しかし、今はその体がこの有様だ。手元が狂う可能性だってある。
それでも、約束したのだ。”お弁当を作ってあげる”と。
だから、失敗は許されない。これは、プロデューサーさんに渡すものなのだから。
食材に手を置き、包丁を握る。そして、まゆの料理が始まった。
とんとん、とんとんと食材を切っていく。プロデューサーの笑顔を思い浮かべながら――――

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イズコ「もう、平気だったのね。自分に起こった、心境の変化については」

まゆ「うふふ、もうそれに慣れて、何にも思わなくなってましたねえ。それが普通になっていましたから」

まゆ「でも、まだ気が付いていないんです。自分の心の中の、プロデューサーさんが好きっていう気持ちに……」

Phase 7
翌日。朝早く起きて、昨日作ったおかずを弁当箱に詰める。作業をするまゆの左手には、絆創膏が三つほど貼られている。
結局、お弁当はうまく作れた。でも、こんな手をプロデューサーさんに見せたら、なんて言われるだろう。
それを考えるだけで、頭が痛くなる。気持ち悪くなる。吐き気がする。
とりあえず左手に手袋をはめ、準備をして家を出る。結構早い時間だから、事務所にはまだ誰もいないだろう。
事務所の前で待って、お弁当を渡してすぐに学校へ行けば、この手の事は聞かれないかもしれない。

駅に着くと、人がたくさんいた。いつも学校へ行くときは、こんなに人はいないのに。
朝の通勤ラッシュの時間と被り、人混みの中を進まなければならなくなった。
プロデューサーさんのお弁当がぐちゃぐちゃになったらどうしよう。
でも、これに乗らなくてはいけない。だから、大事に運ぶ。
なるべく人にぶつからないように、丁寧に扱う。全ては、プロデューサーさんのため。

人混みにもまれること数分。ようやく電車から降りることができた。
お弁当は、大丈夫。よかった、これでプロデューサーさんに渡せる……と、その時。
ガラスに映る自分の姿を、見てしまった。制服に、しわが付いている。
それに気づいた次の瞬間、頭の中が真っ白になった。そして、急いでトイレに駆け込む。
自分の姿を鏡で確認しながら、急いで服のしわを直す。
早く直さないと! こんなみっともない姿、プロデューサーさんに見せられない!
急げば急ぐほど、冷静さを失う。そして、時間もどんどん過ぎていく。
結局、制服に付いたしわを完全に綺麗にすることはできなかった。

まゆ「どうしよう、こんな姿じゃ、会えない……」

しかし、プロデューサーさんは待ってくれている。
いつまでもこんなことをしているわけにはいかないから、諦めて事務所に向かうことにした。
不自然な左手に、よれよれの制服。プロデューサーさんが気づかないわけがないだろう。
きっと、幻滅する。嫌だ、そんなの、絶対に嫌。
そんなことを考えている間に、事務所に着いてしまった。重い足取りで階段を上り、ドアに手をかける。
ドアの鍵はかかっておらず、事務所の中にはプロデューサーさんの姿があった。

P「おお、まゆ。おはよう」

まゆ「……おはよう、ございます。事務所へ来るの、早いんですね」

P「ああ、いつもこの位の時間に来てるんだよ」

こんな姿、あんまり長く見られたくない。早く渡して、学校へ行こう……

まゆ「プロデューサーさん、これ、お弁当です」

P「おお! ありがとな……おっと、制服にしわが付いてるな」

まゆ「……よく、気付きましたね」

あは、やっぱり、気付きますよねぇ。一刻も早く、ここから立ち去りたい。

P「アイドルの体調管理も俺の仕事だからな、いつもよく見てるぞ。……別に変な意味じゃないからな?」

P「しかし、今の時間だとちょうど通勤ラッシュだろうからなあ……大変だったろ、電車で来るの」

P「まゆは偉いな。頑張って早起きして、その上通勤ラッシュも耐えてさ。俺に弁当を渡すためだけにこんなに頑張って……」

まゆ「いえ、そんな」

P「うーん、俺は褒めてるんだけどなあ……そんなに悲しそうな顔するなよ」

まゆ「だって、こんなみっともない姿で」

P「何がみっともないんだ? それはまゆが頑張った証拠だろう。もっと誇っていいんだぞ」

P「お前は笑顔が似合う女の子なんだからさ、にこにこしてた方が可愛いぞ。ほら、スマイルスマイル」

こんなことを言われるなんて、全く思っていなかった。どうやら考えすぎていたのかもしれない。
そうだ、すっかり忘れていた。プロデューサーさんはとっても優しい人だということを。

P「ほら、学校あるんだろ? 早く行ったほうがいいぞ」

まゆ「はい。行ってきますね、プロデューサーさん」

今の自分にできる限りの笑顔を作り、挨拶をする。
……変な顔になっていないだろうか?

P「そうそう、そうやって笑ってればいいんだ。いってらっしゃい、気をつけてな」

事務所を出て、学校へ向かう。
そういえば、この手袋のこと、プロデューサーさんは何も言わなかった。
制服のしわに気付くくらいだ、きっとばれているだろう。
それでも何も言わなかったのは、きっとプロデューサーさんが優しいから。そういうことにしておこう――――

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P「さて、お昼ごはんでも食べますか」

お昼になり、まゆから受け取った弁当を机の上に出し、蓋を開ける。
そこには、とても美味しそうなおかずがたくさん並んでいた。
……俺じゃあ、こんなにうまく作れないな。とりあえず、もっと色が少なくなる。

ちひろ「またラーメ……どうしたんです、それ。もしかしてようやく自分で」

P「まゆが作ってくれたんですよ。俺にこんな美味しそうな弁当を作るスキルはないです」

ちひろ「まあそうですね、プロデューサーさんですもん」

P「どういう意味ですかそれ。まあいいか、いただきまーす」

まゆが作ってくれた弁当を食べる。そして俺は固まった。
こんなに美味しいもの、久しぶりに食べた気がする。
それに、なんだかとても温かい気持ちになる。

ちひろ「よかったですね、とっても美味しいお弁当を作ってもらえて」

P「え、何でそんなことが分かるんです」

そう言って、もう一口食べる。うん、とても美味しい。

ちひろ「それはプロデューサーさんの顔を見れば分かりますよ。そんなに笑ってたら誰だって、ね」

ちひろ「この際毎日作ってもらったらどうです? まだ結婚してないのに愛妻弁当ですか、よかったですねえ」

P「ゲホッ、なっ、何をいきなり」

むせた。何を言ってるんだこの人は。

ちひろ「料理の上手い人と結婚したいっていうのはよく聞く話です。よかったですね、お嫁さんが見つかりましたよ」

P「何言ってるんですか、もう……」

ちひろさんの事は無視して、弁当を食べ進める。おお、こんな所に卵焼きが! いっただっきまー

ちひろ(ふふ、本当によかったですね。こんなプロデューサーさんは初めて見るかもしれません)

ちひろ(というか、初めて見ました。こんなにいい笑顔のプロデューサーさんは)

ちひろ(うふふ、涙まで流しちゃって。本当に、おいしかったんですねー)
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学校が終わり、事務所へ向かう。
プロデューサーさんからお弁当箱を受け取って、また作ってあげないと。
……プロデューサーさんは、喜んでくれただろうか。

まゆ「こんにちは」

P「おお、まゆ! 来たか」

事務所の中にはいつもの二人と、凛さんがいた。

P「とっても美味しかったぞ! そ、それで、あの、もしよかったら」

まゆ「うふふ、あんなのでよければ毎日作ってあげますよ」

P「本当か! やったあ!」

ちひろ「プロデューサーさんったらはしゃいじゃって、そんなに嬉しいんですか? ……あ、答えなくていいです。見ればわかりますから」

凛「まゆさん、プロデューサーにお弁当作ってあげたの?」

まゆ「はい。毎日ラーメンじゃ、いつか体を壊してしまいますから」

凛「……へえ、そうなんだ」

P「おっと、時間だ。さ、凛。仕事行くぞー」

凛「うん。じゃあね、まゆさん」

まゆちひ「「いってらっしゃい」」

きたい。

まゆ「……あの、ちひろさん」

ちひろ「はい、何でしょう」

まゆ「その、お昼のことなんですけれど」

ちひろ「ああ、はい、とっても喜んでましたよ。それはもういつ死んでもいいってくらいに」

まゆ「そうですかぁ」

ちひろ「もう結婚しちゃえばいいんじゃないですかね、みたいなことを言ったらむせてましたけどね」

プロデューサーさんと、結婚。そうしたら、いつまでも一緒にいられるのだろうか。
それを考えると、顔が緩むのを抑えられない。

プロデューサーさんの喜びが、まゆの喜び。
プロデューサーさんが笑っているのなら、まゆも笑っていられる。

プロデューサーさんの怒りは、まゆの怒り。
プロデューサーさんが怒っているのなら、まゆはそれを鎮めるために努力する。
一緒になって怒っても、きっとどうにもならないと思うから。
だから、早く怒りを忘れて笑っていてほしい。

プロデューサーさんの哀しみは、まゆの哀しみ。
プロデューサーさんが泣いているのなら、まゆは全力でプロデューサーさんの笑顔を取り戻す。
プロデューサーさんは、まゆの笑顔がいいと言ってくれた。
まゆだって、いつまでもプロデューサーさんの笑顔を見ていたい。

プロデューサーさんの楽しみは、まゆの楽しみ。
いつまでも一緒に、楽しく笑って過ごしたい。本当に、そう思う。

そうか、ようやく分かった。こんなにも簡単なこと、どうして気が付かなかったんだろう。
まゆは、プロデューサーさんの事が――――

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仕事へと向かう車の中。私は、プロデューサーに聞きたいことがあった。

凛「ねえ、プロデューサー」

P「ん、どうかしたか」

凛「まゆさんのお弁当、美味しかった?」

P「おう! それはそれは美味しかったぞ」

P「なんというか、食べると心が暖かくなるような、そんな感じで幸せだったよ」

凛「……そう」

P「これから毎日ラーメンじゃなくて美味しい弁当だって考えると、楽しみだなあ」

凛「毎日?」

P「ああ。自分の分も作ってるから、一人分作るのも二人分作るのも変わらないんだとさ」

凛「へえ、そうなんだ……」

凛「……チッ」

凛(言ってくれれば、私だって……)
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まゆ「ふふふ、とっても大事なことまで忘れるなんて。本当に馬鹿ですねぇ、まゆは」

イズコ「仕方のない事よ、記憶がはっきりしないのは」

まゆ「それでも、大切な人との大切な事を忘れてしまうのは、いけません」

まゆ「それは、まゆにとって、一番の宝物。本当に大切な、まゆの道標」

まゆ「それを失くしてしまっては、まゆはまゆでいられなくなってしまいますから」

まゆ「うふふ、ようやく全部思い出しました。まゆが死ぬ、その時まで」

イズコ「そう、それはよかったわね」

イズコ「じゃあ、そろそろここのルールを説明しましょうか」

まゆ「ルール、ですかぁ」

イズコ「ええ。少し前に言ったけれど、あなたはここに十二日間だけいることができる。とはいっても、もう何日か過ぎてしまったけれどね」

イズコ「そして、その間に三つの行き先のうち、一つを選んでもらう事になっているの」

まゆ「三つの、行き先……」

イズコ「一つ、死を受け入れ天国へ行き、再生のための準備をする」

イズコ「二つ、未成仏霊となって、現世を彷徨う」

イズコ「そして、三つ。人間を一人、呪い殺す」

イズコ「ただし、人を殺めたものは地獄へ行き、再生のない苦痛を味わうことになるわ」

まゆ「天国か地獄か、彷徨うか、ですか」

イズコ「さあ、どうする? まだ時間はあるし、ゆっくり考えるといいわ」

まゆ「あの、一つお願いが」

イズコ「何かしら」

まゆ「今、プロデューサーさんはどうしているんでしょうか。もう会えなくなるのなら、最後に会っておきたいんです」

イズコ「いいわ。その願い、叶えてあげる」

イズコ「一緒に行きましょう、あなたのいなくなった世界に」

Phase 8
まゆの葬式が終わり、二日経った。いや、もう少し経っているだろうか?
それさえ、今の俺にはよくわからない。もう、何も考えられなくなっていた。
時間が経つという感覚が麻痺していて、使いものにならないのだ。

朝、事務所に来ていくら待っていても、まゆは来ない。
昼は、いつも通りのラーメン生活に戻ってしまった。……今は野菜を入れているから、前よりはましだと思うけれど。
夕方になると、まゆがまた明日と言ってくれたのに、まゆはもういない。

気がつけば、俺という時計は、佐久間まゆという歯車なしでは動かなくなってしまっていた。
それほどまでに、まゆは俺と一緒にいてくれた。
俺は、あの生活がどれだけ大事だったか、どれだけ幸せだったかということを、実感していた。

みく「Pチャン、またぼーっとしてるにゃあ」

ちひろ「それはそうでしょうね……うちに来てすぐだったけれど、とっても仲がよかったですし」

ちひろ「それに、最後の時、まゆちゃんの顔を見られなかったんですから。プロデューサーさん、お別れの言葉もまともに言えなくて……」

そう、まゆが入っていると思われる棺桶には、最初からきっちりと釘が打たれていた。
顔すらまともに見られなかった。なぜ、あんなことになっていたのか。
俺はそれが気になって、葬式の後に調べたのだ。
そして、本当のことかどうかはわからないけれど、真実を知って。
まゆがそんなことになっていると想像して、トイレへ駆け込み、吐いた。
どれだけ吐いても吐き気はなくならず、とても気分が悪くて、とても悲しくて、とても心が痛くて。
なぜ、こんなことになってしまったのか。なぜ、どうして……

凛「ねえ、プロデューサー、そろそろ準備しないと。オーディション、間に合わなくなっちゃう」

P「ん……ああ、そうか。わかった……」

のろのろと立ち上がり、準備をする。
……どうやら、今の俺はまともに仕事をできるような状態じゃないのかもしれない。
はは、これはちょっと休みをもらった方がいいかもしれないなあ……

みく「ねえ、しぶりん。ちょっとお話があるんだけど」

凛「ん? すぐ終わるならいいよ」

みく「じゃ、お外に行くにゃ」

凛「わかった。プロデューサー、私、先に外行ってるから」

P「ああ」


凛「それで、話って何?」

みく「あのね、これはみくの勘なんだけどにゃ」

みく「まゆちゃんのこと、もしかして何か知ってるんじゃにゃいの?」

凛「……どうして、そう思うの?」

みく「なんとなくにゃ。みくは猫チャンだから、なんとなくびびっときたのにゃ」

凛「……仮に、私が何か知ってたとして。どうするの?」

みく「別にどうもしないにゃ。ただ、気になったから聞いてみただけ」

みく「だってさ、まゆチャンが死んじゃったって知った時、しぶりんだけは悲しそうじゃなかった。むしろ、喜んでるみたいだった」

みく「あの時、みくにはそう見えたのにゃ」

凛「……私が、殺った。そう言いたいの?」

みく「そんなこと言ってないにゃあ。ただ、気になっただけって」

P「みく、そろそろ話はおしまいにしろよ? 俺、車出してくるから」

みく「にゃっ!? わ、わかったにゃ」

みく(……全く気が付かなかったにゃあ)

凛「じゃ、お話はここまでか。行ってくるね」

みく「い、行ってらっしゃい」

凛(……みくも、必要以上にプロデューサーに近づくようなら……ふふっ)

オーディションへ向かう凛の目は、暗く淀み、怪しげな光を放っていた。

まゆ「……プロデューサーさん」

プロデューサーさんは、とても悲しそうだった。まゆが、死んでしまったからなのか?
プロデューサーさんを慰めてあげたい。でも、触れられない。声も届かない。
何も出来ない自分に腹が立ち、唇を噛む。

イズコ「どうやら、大切な人を失って悲しいのは、彼だけじゃないようね」

まゆ「私は、別に」

イズコ「つまらない意地をはっても無駄よ。私にはわかるの」

イズコ「感情は魂に直結している。魂だけの存在になったあなたの事で私にわからないのは、あなたの記憶だけ」

イズコ「あなたは、いくら悲しくてもそれを表に出そうとはしない。大切な人と約束でもしたのかしらね」

……全部、ばれていたのか。一番最初の、あの時。まゆが心の奥で泣いていたこと……

イズコ「さあ、どうする? あなたの願いは叶えたわ」

まゆ「……もう少し、ここにいてもいいでしょうか」

イズコ「ええ。期限までに、帰ってきてくれるのなら」


イズコさんと別れ、もう一度事務所の中に入る。やはり、いつも通りの変わらない事務所。
ちひろさんは自分の机に向かっていて、みくちゃんはソファーに座って雑誌を読んでいる。

まゆ「あっ……」

プロデューサーさんの机の上には、まゆの写真が飾られていた。
それを見つけて、なぜか、胸が熱くなった。
何かがこみ上げてきて、全身から吹きだしそうになった。でも、こらえる。
今の状態なら、誰に見られるわけじゃない。我慢しないで、全て出してしまえばいいのだ。
でも、それは駄目。だって、プロデューサーさんが言ってくれたから。
まゆは、笑っていた方がいいと。笑っていた方が可愛いと言ってくれた。
だから、泣かない。代わりに、笑う。あの頃のように、顔に笑みを貼り付けて。

……今、気が付いた。まゆは今、あの頃のように笑っている。
プロデューサーさんの前では、自然に笑えていたのに。
また、あの頃と同じ。せっかく変われたと思っていたのに、プロデューサーさんと離れてしまって、元に戻ってしまった。
ようやく、変われたのに。プロデューサーさんが、変えてくれたのに。

その時、心に大きな穴が開いたような気がした。
いや、それはもう開いていたのだ。気が付いていなかっただけで、最初から、ぽっかりと。
何をやっても楽しくなかった。達成感もなかった。何も、感じられなかった。
昔から、ずっとそうだったのだから。

でも、あの時。あのスタジオで出会った時、まゆは、初めて自然に”楽しい”と思えた。
そして、初めて自然に笑えるようになって、まゆの人生は大きく変わった。
プロデューサーさんに出会って、初めて自分を見つけられたような気がした。

そうだ、この大きな穴を埋めてくれていたのはプロデューサーさんだったのだ。
全て流れ出てしまわないように、心の穴を塞いでくれていたのは、プロデューサーさんだったのだ。
そのおかげで、まゆの心にいろんなものを溜めることができたのだ。
今まで失っていたもの、新しく知ったもの、本当に、いろんなものを。

でも、プロデューサーさんは、もう近くにいない。とても近いのに、とても遠い。
だから、あの頃と同じ。まゆの中は、空っぽになった。

まゆ「プロ、デュー、サー、さん」

もう、二度とまゆを見てくれることはない。
もう、二度とプロデューサーさんと言葉を交わすことはない。
まゆはその名を呟き、放心してしまった。

Phase 9
気が付けば、事務所の中は闇に包まれていた。
ちひろさんもみくちゃんも帰ってしまったのか。
壁のホワイトボードを見ると、予定の所に”今日は遅くなるかもしれない”と書いてある。
たしか、凛さんがオーディションがどうとか言っていたっけ。
もしかしたら最終選考まで残っていて、それで遅くなっているのかもしれない。

そういえば、みくちゃんと凛さんは、外で何の話をしていたのだろうか。
プロデューサーさんの事が心配で、二人の話を聞きに行く余裕はなかった。
……凛さんに、何かアドバイスでも貰っていたのだろうか?

凛さんはとてもすごい。本当に、尊敬する。いつかはまゆも、凛さんのような人になりたかった。
クールで、かっこいい。まゆに無いものを持っていた、彼女にあこがれていた。

まゆ「……どうして、凛さん」

なぜ、どうして、”まゆは凛さんに殺されなければならなかった”のか?
それだけが、本当にわからなかった。
まゆは、何もしていないのに。凛さんに怨まれるようなことは、何一つ……

外から、車のエンジン音が聞こえる。それはいつも聞いていた、ぼろぼろの車の音。
それから少しして、とんとんとんと階段を上る音が聞こえ、事務所のドアが開く。
プロデューサーさんと凛さんが帰ってきたのだ。

P「みんな帰っちゃってるけど、ただいまー」

プロデューサーさん、おかえりなさい。まゆは、ここにいますよ。
そう言っても、この声はプロデューサーさんに届かない。

凛「お帰り、プロデューサー。なんてね」

P「お疲れ様、凛。さて、荷物片付けたらすぐ帰るからな」

凛「……喉渇いちゃった。ちょっと、何か飲んでくるね」

P「確か、冷蔵庫に水が入ってたと思うぞ」

凛「そうなの? ありがと、プロデューサー」

凛さんが給湯室の方へ消え、プロデューサーさんは荷物をまとめ始める。
帰り支度が終わった頃、プロデューサーさんは写真立てを手に取っていた。

P「……まゆ」

P「せめて、アイドルとして、デビューさせてやりたかったなあ……」

凛「……また、写真、見てるの?」

P「あ、ああ。もう片付け終わったから、帰ろうか」

凛「その前に、ちょっとだけお話、いいかな。聞きたいことがあるんだ」

凛「プロデューサー、いつまでまゆさんのこと引きずってるの?」

P「そ、それは……まだ、まゆがいなくなってから少ししか経ってないんだし、仕方ないだろ」

凛「死んだ人は、もういないの。だから、生きている人の事を考えるべきだと思う」

P「……確かに、そうかもしれないが」

凛「まゆさんが死んでから、プロデューサーはいつもため息ばかり。それに、笑わなくなった」

凛「何か言ったかと思ってよく聞いてみれば、まゆ、まゆ、まゆ、まゆ、まゆ!」

凛「今日だってそう! 私がステージで頑張ってる時も、プロデューサーは上の空だった!」

凛「死んだ奴の事なんか忘れてよ、私を見てよ!」

P「おい、どうした凛。何か変だぞ」

凛「変なのはプロデューサーの方だよ! そんなにあいつが大事なの!?」

凛「それに、これ」

そう言って、凛さんが出したのは給湯室においてあった包丁。
それは、まゆがプロデューサーさんのために持ってきたものだ。

凛「こんなの、前はなかったよね」

P「それは、まゆが持ってきてくれたんだよ」

P「もし弁当を作れなかったときは、野菜でも切ってラーメンに入れて食べろって」

凛「また、あいつ! 私だって、ずっと前に言ったのに。野菜でも入れれば少しはましなんじゃない、って」

P「た、確かにそうだけど。あの時は、包丁がなくて」

凛「プロデューサーはいつもそう。私の言う事は、何も聞いてくれなかった」

凛「でも、あいつの言うことは何でも聞いてたし、あいつにばっかり頼ってた! なんで、ねえ、どうしてあいつばっかり」

P「お、おい。やっぱりおかしいぞ、凛。少し、冷静に」

凛「もういい。プロデューサーなんか、知らない。今すぐあいつと同じ所に連れてってあげるよ」

凛「あいつがいなければ、プロデューサーは私を見てくれると思ったのに」

凛「だから、私、頑張ったのに」

凛さんは、包丁を構える。その殺意は、プロデューサーさんに向けられる。

P「ちょっと待てよ、落ち着けって」

P「それに、何だよ。その言い方だと、まるで凛が」

凛「そうだよ、あいつを殺ったのは、私」

凛「あいつがいけないんだ、あいつが、プロデューサーを奪うから」

P「奪うって、まゆは何もしてないだろう」

凛「うるさい! もう、黙れ!」

凛「今すぐ、殺してやる! もう、お前なんか、いらない!」

凛さんは叫び、走り出す。迸る殺意が、プロデューサーさんに迫る。
このままだと、プロデューサーさんが、死んでしまう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私は、どうしたらいいの……?

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どすり、と突き刺さる感触がした。
もう、これで、終わった。私を好きにならない奴なんかいらない。
殺した。殺した。殺した。殺した、と、思ったのに。

凛「ど、どうして……どうして、どうして、どうして」

凛「何で、進まないの……っ! なんで、刺さらないの……っ!」

包丁は、プロデューサーに刺さる寸前で静止していた。
どんなに力を込めても、それ以上は進まない。
何かに抑えられているかのように。既に何かに刺さってしまっているかのように。

P「な、何だよ、これ……」

プロデューサーは、腰が抜けて床に座り込んでしまったようだ。
もういい! こうなったら首を絞めて殺して……!
包丁から手を放すと、包丁はそのまま空中に浮かんでいた。
そんなことはどうでもいい、早く殺さないと。

まゆ『痛いですよぉ、凛さん』

……なぜ。なぜ今、あいつの声が。あいつは、もう、いないはずなのに。

まゆ『うふ、これで、二回目ですねぇ? まゆの事を殺したの』

目の前には、あいつがいた。私が殺したはずの、あいつが。

凛「あ、あ、何で、あんたがここにいるのっ! あんたは、私が殺したのにっ!」

まゆ『駄目ですよぉ、好きな人を怖がらせちゃ。これは、”お仕置き”が必要ですねぇ』

凛「あ、あ、あああ、あああああああああ!」

体中を何か恐ろしいものが駆け抜ける。
このままここにいたら、終わる。私は、事務所から逃げ出した。
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プロデューサーさんを守りたい一心で、飛び出してしまった。
包丁なんて止められないと思っていたけれど、なぜか止めることができた。
……いつまでも刺さったままじゃ気持ち悪い。お腹から包丁を抜き、プロデューサーさんの机の上に置いておく。

プロデューサーさんは、まだ床に座り込んでいる。
いきなりあんな事になって、怖かったでしょう。
でも、もう大丈夫。安心してください。凛さんは、私がお仕置きしておきますから。

きっと、これが最後。だから、最後の言葉。お別れの言葉を、伝えなくては。
聞こえないとわかっていても、言わないといけない。
しゃがみ込み、プロデューサーさんを抱きしめる。当然、触れられない。

プロデューサーさん、いままでありがとう。そして、さようなら……

少しの間、そのままでいる。プロデューサーさんも、動かなかった。
泣きそうになる自分を押さえ、笑顔を作る。精一杯の、笑顔を。
さようなら、プロデューサーさん。さあ、最後のお仕事をしよう――――

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息を切らしながら、駅まで走った。早く家に帰って休もう。
さっきのあれは、夢だ。少し休めば、落ち着くだろう。
そして、明日プロデューサーに謝ろう。昨日はどうかしてた、ごめんって。
きっと、許してくれるはずだ。たぶん、きっと。
ああ、早く、電車来ないかな。早く家に帰って、休みたい。

マモナク、2バンセンニレッシャガマイリマス キイロイセンノウチガワニサガッテオマチクダサイ

まゆ『うふふ、こんな所にいたんですねえ』

後ろからあいつの声がした。急いで振り返ると、あいつがそこにいた。

凛「あ、あ、ああ」

まゆ『さあ、お仕置きの時間ですよぉ』

凛「い、嫌、来るな!」

後ずさり、距離を取る。……そして、体のバランスが崩れ、落ちる。
ここが駅のホームだということを、忘れていた。
気が付くと、私は線路の上に仰向けになっていた。
早く上に上がらないと! と、体を動かそうとしたが、全く動かない。
まるで、私の体が線路に縫い付けられているかのように。

凛「くっ、やめろ! 早く上がらないと!」

まゆ『ここに居てくれて、よかったです。他の所にいたら、どんなお仕置きをしたらいいかわかりませんでしたから』

まゆ『凛さん、私にも同じことをしましたよねぇ? せっかくですし、まゆと同じ体験をしてもらいましょう』

まゆ『とは言ってもお仕置きですから、少し辛くなるかもしれませんが。場合によっては、一瞬で終わらせてあげますよ』

向こうから、音が聞こえる。電車が、近づいている。

凛「お仕置き、だって?」

まゆ『そうです。プロデューサーさんを、自分の好きな人を殺そうとするような人には、きついお仕置きが必要です』

まゆ『ねえ、凛さん。どうして、凛さんはまゆを殺したんですか?』

凛「そんなの、決まってる。私から、プロデューサーを奪ったから」

まゆ『まゆは奪ったりしてませんよ』

凛「奪った! 私は、お前よりずっと前からプロデューサーと一緒にいたんだ!」

凛「それなのに、お前が! お前が、私からプロデューサーを奪ったんだ!」

まゆ『それは、凛さんの思い込みです。まゆは、プロデューサーさんと仲良くしたかっただけ』

まゆ『プロデューサーさんに喜んで欲しいから、プロデューサーさんの笑顔が見たいから。まゆは、いろんな事をしました』

まゆ『まゆは、不器用だから。そんな形でしか、自分の気持ちを伝えられなかった』

まゆ『その結果、まゆはプロデューサーさんを好きになった。プロデューサーさんは、そんなまゆのそばにいてくれた』

まゆ『自分から何かをしなければ、誰も振り向いてはくれません。でも、相手に気持ちを伝えていれば、いつかきっと、振り向いてくれるはずなんです』

まゆ『凛さんは、プロデューサーさんに何かしてあげましたか? プロデューサーさんに、自分なりの好きだという気持ちを伝えましたか?』

凛「うるさい、うるさい、うるさい! お前さえいなければ、プロデューサーは、プロデューサーは!」

まゆ『もう、何を言っても無駄みたいですね。それでは、始めましょう』

電車が、目の前まで迫っていた。それなのに、どうしてこんなにも動きが遅い?
この距離なら、もう轢かれていてもおかしくはないのに。

まゆ『うふふ、少しだけ、時間の流れを弄ってしまいました。今は、ゆっくり、ゆっくりと流れています』

まゆ『少しでも、何かわかってくれたら。考え直してくれたら、一瞬で終わらせたのに』

ゆっくり、ゆっくりと電車がこちらへやってくる。
ぎしり、ぎしりと線路を軋ませながら、どんどん近づいてくる。

凛「あ、ああ、いや、いや、死にたくない」

まゆ『うふ、それは無理です。もう、呪い殺すって決めていましたから』

車輪にスカートが巻き込まれる。それと同時に、私の体もゆっくりと引き摺られる。

まゆ『安心してください、痛みはありませんよ。普通の時間なら、一瞬で”ぐちゃっ”ですから、痛みを感じる暇さえありません』

まゆ『それに、痛みなんてあったら、すぐにショック死しちゃうかもしれませんからねぇ。それじゃあお仕置きになりません』

まゆ『凛さんには、時間の流れが遅くなった世界で、自分の体が引き裂かれる感覚を味わってもらいます』

まゆ『頭が潰れるまでが、お仕置きです。それが終われば、凛さんは解放される』

まゆ『大丈夫、すぐに終わります。”元の時間”なら、一瞬ですから。うふっ』

車輪が、私の体に触れる。冷たい鉄の塊が、私の上を通り過ぎようとしている。
私の体が、車輪と、線路に、挟まれた。
ぶち、ぶち、びりっ、と服が破れる音がする。
みち、みち、ぐちゅ、と肉が潰れる音がする。
めき、ばき、ごきり、と骨が砕ける音がする。
私の体は、真っ二つに引き裂かれていく。しかし、痛みはない。
自分の体から発せられる音が、とても気持ち悪い。
自分の体が引き裂かれる感覚が、とても気持ち悪い。
聞き慣れない音と異様な感覚が、私を狂わせる。

凛「嫌、嫌、嫌、嫌、いやああああああああああああああ!」

Phase 10
イズコ「お帰りなさい。どう? お仕置きの感想は」

まゆ「別に、どうもありませんよ。悪いことをしたから、お仕置きした。ただ、それだけです」

イズコ「あら、そう。その割には、とても悲しそうね?」

まゆ「そんなことありません。まゆは、いつも通りです」

イズコさんが言っているのだから、きっとそうなのだろう。
でも、悲しくないというのは本当だ。ならばなぜ、何も感じない?
――ああ、そうか。まゆは、今、空っぽだった。何かを感じることは、ない。

イズコ「さて、ここにいられるのは、選択をしていない魂だけ」

イズコ「あなたは、人を呪い殺すという選択をした。だから、もうあなたはここにはいられない」

まゆ「そうですね。まゆは、地獄に行かなくてはいけない。そういう選択をしたんですから」

そして、門が開く。
門の向こうに広がっていたのは、赤。
何処までも続く、赤い世界。そして赤い階段が、下へ、下へと続いている。
その先にあるのは、地獄。まゆの選んだ、行き先。

イズコ「さあ、お逝きなさい――」

イズコさんは、門の先を指さし、言い放つ。

まゆ「イズコさん、さようなら。ありがとうございました」

そう言って、まゆは階段を降り始める。決して振り返らずに、前へ、前へ。
自らの手で犯した罪を償うために、まゆは、地獄へ向かう。
まゆは、地獄で永遠に苦しみ続ける。でも、それでいい。それでいいんだ。
だって、プロデューサーさんの命を、守れたのだから――

------------------------------------
門が閉じ始め、彼女の姿が少しずつ見えなくなっていく。
そして、門は完全に閉じた。

佐久間まゆ。彼女は障害を排除し、愛する人を助けた。それはきっと喜ぶべきことなのだろう。
それならば何故、彼女は最後まで悲しんでいたのだろうか。
私には、それがわからなかった。

『イズコよ、何を悩んでいる』

イズコ「……なぜ、彼女は悲しんでいたのでしょうか」

『それは、お前が考えるべきことではない。お前のするべきことは、死者に選ばせることだけだ』

イズコ「はい、それはわかっています」

『ならば、下らない事は考えるな』

『……痴情の縺れ、その末の過ち。よくある話だ、今に始まったことではない』

『あの少女が悲しんでいたのは、まだ現世に未練があるからだろう』

確かに、彼女のお陰で彼は助かった。
彼女は、彼に生きていて欲しかった。だから、助けた。
うまくいったのだから、それは、喜ぶべきことではないのか?
私には、未練はもう無いように思える。
……やはり、わからない。

イズコ「……門主様」

イズコ「もし彼女が彼を助けなかったら、どうなっていたと思いますか?」

『……あの少女の愛した者は確実に死ぬ。そして後悔に苛まれ、壊れてしまうだろう』

『助けようと思えば、助けられたのだからな。今回のように、相手を呪い殺して、な』

イズコ「そう、ですか……」

『さあ、イズコよ。次の魂が来たようだ』

イズコ「はい、わかりました」

人の心は、不思議なもの。すぐに移ろい変わるものもあれば、決して変わらないものもある。
一瞬の気の迷いが、運命を大きく変える。だからこそ、強い心を持たなければいけないのかもしれない。
彼女は、強い意志を持って、彼を守ることを選んだのだろうか。
今となっては、私にそれを知る術はない。

そして、私は目の前の魂に語りかける。
彼らを導くには、彼らの事を知らなくてはならない。
……もしかしたら、私の仕事は、彼らの心を知る事なのかもしれない。

イズコ「ようこそ、恨みの門へ――――」

Phase EX
みく「うあー……おはよー……」

ちひろ「あら、みくちゃんおはよう。どうしたの? なんだか疲れてるみたいだけど」

みく「どうした、って……事務所の前にいる人たちのせいだにゃあ……」

みく「なんなのもう! 続けて二人もいなくなっちゃったからって、『呪われた事務所』とか言って! 失礼にもほどがあるにゃあ!」

みく「毎日毎日なんか言ってきて! あー! もう、我慢できないにゃあ!」

ちひろ「そうね……でも、あの人たちはそれがお仕事だから、仕方ないとは思うわ」

ちひろ「もう少しの辛抱だから、今は我慢して、ね?」

みく「うう……今こういう扱いを受けて、初めてわかったにゃあ……いろいろと騒がれてる人たちって大変なんだなあ……」

凛が亡くなったという連絡が入ったのは、あの日。凛が事務所を飛び出していった、少し後のことだった。
事故死、とのことだった。それも、電車に轢かれて……まゆと、同じだった。
そこに、目を付けられたのだろう。最近、事務所の前には毎日のようにどこかの記者たちがいる。
何を聞かれても、何も答えずに無視しておけばいい。そうしたら、そのうちいなくなるはずだ、とちひろさんは言う。

みく「ねー、Pチャン」

しかし、無視すれば無視するほど、事実無根の話をでっち上げられ、うちの評判は下がっていく。
それでも、今は耐えるしかないんです、とちひろさんは言う。
俺は、これをずっと耐えきれるほど強くない。もしかしたら、そのうち、壊れてしまうかもしれない……

みく「Pチャン、ってば!」

P「うわっ! なんだ、みくか……驚かすなよ」

みく「呼んでも返事をしないPチャンが悪いのにゃあ」

P「で、どうしたんだ? 何か用でもあるのか?」

みく「……時計見るにゃ」

腕時計を見ると、ちょうど二時になるところだった。

みく「レッスンの時間だから、送っていくのにゃ。ほら、動く動く!」

P「あ、ああ。わかったよ」

みく「それと、今日はPチャンにみくのレッスンを見てもらうんだからね!」

P「え?」

みく「もうみくしかいないんだから、二人の分までみくが頑張らなきゃいけないのにゃ」

みく「だから、みくの頑張る姿を、Pチャンに見てもらいたいのにゃ!」

P「別に、送っていくだけでいいじゃないか。いきなり何を」

ちひろ「プロデューサーさん、みくちゃんは、『たまには外に出たらどうか』って言ってるんですよ」

P「……そうなのか?」

みく「言われなきゃわからにゃいにゃんて……気を使ったみくが馬鹿だったにゃあ」

みく「お家と事務所の往復だけじゃ駄目にゃ。たまには、どっかに行って気分転換でもした方がいいと思うのにゃ」

みく「という訳で、このかわいい猫チャンであるみくのレッスン姿でも見て、癒されるのにゃ」

P「うーん、そんなこと言われてもなあ」

ちひろ「素直に行ってきたらどうですか? 事務所にいても、お仕事の方はあんまり進まないようですし」

P「でも……」

みく「はいはい、早く行くにゃ」

P「わわっ、ちょっと待て、引っ張るな! まだ車の鍵とか持ってないぞ」

みく「じゃあ早く準備するにゃ。はよにゃ」

P「はいはい……それじゃ、行ってきますね」

ちひろ「行ってらっしゃい、ゆっくりしてきてくださいね」

それからみくと一緒に外へ出ると、すぐに事務所の前で待機していた記者たちに囲まれた。

記者A「毎日すみません! 今日こそ、何か聞かせてください!」

記者B「知っているとは思いますが、呪われた事務所と呼ばれていることについて、どうお考えですか!」

記者C「前川さん! 亡くなられた二人について、どのように感じていますか! 今の心境をお聞かせください!」

いつものように、質問を浴びせかけてくる。
何か話したところで、どうせ面白おかしく捻じ曲げられるだけだ。
こちらも、いつものように無視をする。

記者D「亡くなられたお二方は、どちらも電車の事故で命を落としています! そこについて、どう思われてますか!」

記者D「もしかして、何か知ってたりするんじゃないですか!」

その声を聞いた時、思わず足を止めてしまいそうになった。
記者たちを振り払うように、急ぎ足で車に向かう。

それから少ししてスタジオに到着し、二人でトレーナーさんの待つ部屋へと向かう。

トレ「あ、今日はプロデューサーさんも一緒なんですね」

みく「そうにゃ! 最近元気がないから、かわいいみくを見て癒されにきたのにゃ」

P「……ということらしいです」

トレ「うふふ、そうですか。んー、みくちゃん。今日のメニューは今までのまとめでいいかな?」

トレ「プロデューサーさんに見せるいい機会だし、みくちゃんには頑張ってもらいましょう」

みく「はいにゃ! みく、頑張るのにゃあ!」

トレ(あ、でも、まだ練習不足の所の方が多いですけど……大丈夫ですか?)

みく(失敗しないように頑張るから大丈夫ですにゃ)

みく「Pチャン、ちゃんと見ててね! みく、頑張るから!」

P「ああ、頑張れよ」

そして、みくのレッスンが始まった。
まだ練習が足りないようだけど、俺のために必死に頑張っているのはよく伝わってきた。
俺も、頑張らなきゃいけないな……あんな記者たちの書く記事なんかに、負けていられない。

ふと、さっき言われた言葉を思い出した。
『二人が死んだことについて、もしかしたら何か知っているのではないか』
……そんなの、知っているわけがない。でも、もしかしたら、俺は、知っているのかもしれない。

凛は”まゆを殺したのは私だ”と言っていた。
それが本当かどうかは凛しか知らない。俺は、嘘であってほしいと思っている。
しかしなぜ、違うと言い切れないのか。それは、あの出来事があるから。
凛が言っていたのだ。”なぜお前がここにいる、お前は私が殺したのに”と。

さらに、宙に浮かぶ包丁が、俺の机の上に移動した後のこと。
俺の体が、温かいものに包まれたのだ。
それは異常な事だけど、とても優しかった。そのおかげで、俺は落ち着くことができた。
そして、不思議な出来事はさらに続く。
途切れ途切れではあるけれど、まゆの声が聞こえたのだ。

…………もう……じょう……あん……して…………凛さ…………お仕置き…………
…………ぷろ…………さー…………あ…………と…………さ…………な……………

“凛”、そして”お仕置き”。この二つは、はっきりと聞き取れた、気がする。
もしまゆが、凛に殺された怨みを持っていたとしたら。
そして、凛が死んだことが”お仕置き”だというのなら。
凛を殺したのは、まゆ。お前なのか……?


まゆ「魂の選択」 Select A_END

Phase XX
どこまでも続く赤い階段を、永遠に下り続けている。
一体、いつになったら地獄にたどり着くのだろう。
もしかしたら、もう贖罪は始まっているのかもしれない。
永遠に階段を下り続けることがまゆに課せられたものならば、それに従おう。

……まゆは、全てを失ってしまった。もう、何もない。
地獄に落ちたまゆに残っているのは、苦しみだけ。
まゆは、二度と現世に戻ることはないのだろう。
それが、呪い殺すということ、人を殺めるということ。

まゆとプロデューサーさんを繋いでいた糸は、ぷつりと切れてしまった。
切れた糸は、元通りにはならない。
だから、プロデューサーさんにはもう会えない。
切れた糸は、結べばまた繋がるのだろう。
けれど、こんなに離れてしまった糸を、いったい誰が結べるというのか。

ようやく、苦しみから解放されたと思ったのに。
ようやく、素敵な人と出会えたのに。
また、振り出しに戻ってしまった。
結局のところ、今までの人生も、地獄も、何も変わらない。
そこにあるのは、苦しみだけ。
……そうか。プロデューサーさんに会うまで、私は苦しかったのか。
うふふ、こんな時まで気付かせてくれるなんて、やっぱり、プロデュ、サ、さん、は、すご、い……

ごめんなさい。まゆ、やっぱりだめでした。
いつもわらっているなんて、そんなの、むりだったんです。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ、な、さ――――

プロデューサーさんのことを想うと、どうしようもなく心が痛む。
それはきっと、この世のどんなものよりも辛く、苦しい。
いくら我慢しても、もう堪えきれそうになかった。

まゆは、空っぽになったはずなのに。
今まで閉じ込めていた哀しみが、今になって溢れだす。
温かい雫が頬を伝い、赤い階段へと吸い込まれていく。
もっと、一緒に居たかった。もっと、生きていたかった。
もう一度、もう一度だけ、プロデューサーさんの声が聞きたい。
お願い、声だけでいいの。お願い、お願いだから……

今来た道を戻ろうと振り返ると、そこにあったのは”下へと続く赤い階段”だった。
もう、戻れない。そんなことは、知っていたはずなのに。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

------------------------------------
願わくば、もう一度。やり直せるのなら、最初から、全て。もう一度、やり直したい――――

その願いは、誰に届くはずもなく、空しく消えてゆく。
しかし、やり直したところで、そこに待っているのは同じ過程、同じ結末。
彼に出会い、彼を愛して、彼女は殺される。

しかし、彼女は一つの可能性を示した。
それは、彼女の世界を変えるかもしれない選択。

彼が殺されそうになった時、彼女は悩んだ。
その結果、彼女は飛び出し、彼を守った。
では、彼女が彼を守れなかったら、どうなっていたのだろうか。
この先は、そんな”可能性のお話”――――

Phase 9

------ 9

pHASE 9
気が付けば、事務所の中は闇に包まれていた。
ちひろさんもみくちゃんも帰ってしまったのか。
壁のホワイトボードを見ると、今日は遅くなるかもしれない、と書いてある。
たしか、凛さんがオーディションがどうとか言っていたっけ。
もしかしたら最終選考まで残っていて、それで遅くなっているのかもしれない。

ザッ ザザッ

それから少しして、とんとんとんと階段を上る音が聞こえ、事務所のドアが開く。
プロデューサーさんと凛さんが帰ってきたのだ。

P「みんな帰っちゃってるけど、ただいまー」

プロデューサーさん、おかえりなさい。まゆは、ここにいますよ。
そう言っても、プロデューサーさんには届かない。

ザザッ ザー

凛「死んだ奴の事なんか忘れてよ、私を見てよ!」

P「おい、どうした凛。何か変だぞ」

凛「変なのはプロデューサーの方だよ! そんなにあいつが大事なの!?」

ザー ザー ザザッ

凛「あいつがいけないんだ、あいつが、プロデューサーを奪うから」

P「奪うって、まゆは何もしてないだろう」

凛「うるさい! もう、黙れ!」

凛「今すぐ、殺してやる! もう、お前なんか、いらない!」

凛さんは叫び、走り出す。迸る殺意が、プロデューサーさんに迫る。
このままだと、プロデューサーさんが、死んでしまう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私は、どうしたらいいの……?

------------------------------------
どすり、と突き刺さる感触がした。
もう、これで、終わった。私を好きにならない奴なんかいらない。
殺した。殺した。殺した。殺した!

P「ぐ……あ」

P「なん、で、こんな、こと」

まだ、死なないのか。目の前の男を思いきり蹴り、倒す。

P「うぐっ」

凛「今言ったよね? もういらないって」

凛「だから、さっさと死んでよ」

男の上に乗り、刺さった包丁を引きぬく。
そして、振り上げる。振り下ろす。振り上げる。振り下ろす。
刺して、抜く。刺して、抜く。
刺す。抜く。刺す。抜く。

凛「死ね、死ね、死ねっ!」

血が、吹きだす。私の服は、綺麗な赤色に染まっていた。

凛「あは、あははははは、あははははははははは!」
------------------------------------

……動けなかった。怖くて、身動きひとつ取れなかった。
凜さんは、まだ刺し続けている。プロデューサーさんは、すでに死んでいるのに。
もうやめて、もうプロデューサーさんを傷つけないで。
その訴えは、凜さんには聞こえない。

こんな場所にはもう居たくない。
居たくないのに、体が動かない。
絶望が体中に広がり、まゆの体から力が抜けて、座り込んでしまう。
最悪の結果になった事を悔み、動けなかった自分に腹が立ち。
すべての負の感情を抑えきることは出来ず、涙となって流れていく。

まゆ「いやあああああああああああああああああ!」

pHASE 10
……気が付けば、まゆは門の前にいた。
何も、出来なかった。プロデューサーさんを、守れなかった。
悔しくて、悔しくて、涙が溢れだす。

まゆ「うっ、うっ……ああ……」

まゆ「私が、プロデューサーさんを、殺、した。殺して、しまった……」

イズコ「あれは、あなたのせいではないわ」

まゆ「いいえ、私のせいです」

まゆ「まゆは、止められたんです。凜さんを殺そうと思えば、殺せたんです」

まゆ「だけど、それが出来なかった。凜さんが怖くて、動けなかった」

まゆ「弱いまゆが、プロデューサーさんを殺してしまったんです。だから、お願いです。地獄に行かせてください」

イズコ「それは、無理よ。あなたが殺したわけではないから」

まゆ「でも、まゆが止めなかったから、プロデューサーさんは」

イズコ「それでも、実際に殺したのはあの子よ」

まゆ「まゆが事務所に包丁を持っていかなければ、プロデューサーさんはあの包丁で死ぬことはなかった。やっぱり、まゆが」

イズコ「……包丁がなかったとしても、他の方法で殺していたと思うわ」

イズコ「あなたがどんな言い訳をしたとしても、”あなたが殺したわけではない”という事実は本当のこと」

イズコ「だから、あなたを地獄に行かせる訳にはいかない。現時点ではね」

イズコ「誰かを呪い殺さないことには、地獄に行くことは出来ない。それが、ここのルール」

イズコ「そんなに地獄に行きたいのなら、あの子を呪い殺せばいいんじゃない? 復讐もできるのだから、いい選択だと思うわ」

まゆ「……もう、凜さんを殺すなんて出来ません。だって、どうでもいいから」

まゆ「人を殺した人間が、天国になんか行ける訳がない。どうせ、いつか地獄に落ちる」

まゆ「だったら、生きて罪を償って、死んで罪を償って。永遠に、苦しみ続ければいい」

まゆ「まゆは、プロデューサーさんさえ生きていてくれれば、それでよかったのに」

まゆ「まゆの全てが、消えてしまった。もう、おしまいです……う、ううっ……」

イズコ「……それは、どうかしら」

イズコ「確かに、死んでしまったら、終わりね」

イズコ「でも、あなたはここに存在している。現世では死んだけれど、ここでは、まだ生きていると言えなくもない」

イズコ「それは、まだ”終わっていない”と言えるのではないかしら」

まゆ「まゆが終わっていなくても、プロデューサーさんは」

イズコ「あなたも、彼も、あの子に殺されたのよ」

イズコ「彼も、いずれここに来る。恨みの門は、そういった魂の来るところだから」

まゆ「……! 本当に、来るんですか」

イズコ「ええ、確実に来るわ」

イズコ「あなたが『彼無しでは何も決められない』というのなら、彼が来るまでここで待っていたっていい」

イズコ「きっと、あなたを導くのは私ではない。あなたを導くのは、彼なのね」

せっかく、涙が止まったというのに、また溢れだす。
でも、さっきの涙とは違う。きっとこれは、嬉しいから。きっとそうなのだろう。

まゆ「イズコさん、ありがとう、ございます……」

それだけしか、言えなかった。あとは、ただ泣いているだけだった。
今まで溜めてきたものを、全部出してしまおう。
全て出し切り、空っぽにしてしまおう。
そうやって、本当に何もない、真っ白なまゆになる。
そして、プロデューサーさんが来た時に、笑顔で会うのだ。
それから、二人で天国に行く。きっと、プロデューサーさんもそう言ってくれる。

早く、プロデューサーさんに会いたい。
早く、プロデューサーさんの声が聞きたい。
あの日始まらなかった一日は、ようやくここで始まる。

まゆ「うふふ、プロデューサーさぁん。まゆは、待っていますからね――――」

pHASE EX
あれから少し経って、彼が恨みの門へやってきた。
涙を流し喜ぶ彼女を、彼は優しく抱きしめる。
そして二人は、天国へ行き再生の準備をすることを選んだ。

イズコ「さあ、お生きなさい――」

門が閉じ始め、手を繋いで階段を登っていく二人の姿が、少しずつ見えなくなっていく。
そして、門は完全に閉じた。

佐久間まゆ。彼女は、大切な人と共に、前へ進むことを選んだ。
何もない、空っぽだった彼女が変われたのは、いろいろなことを教え、彼女を満たしていった彼の存在があったからだ。
あの二人が再生した時、きっといつか、また同じように出会うのだろう。
それほど二人の繋がりは強く、決して切れることはない。
もしも願いが叶うのならば、次は、こんな所に来ないように。
幸せになってほしいと、そう思う。

『……イズコよ』

イズコ「何でしょう、門主様」

『あれでよかったのか?』

イズコ「……何のことですか?」

『先ほど、お前は”あなたを導くのは私ではない”と言ったな。それは”お前が仕事を放棄した”ということでいいのか?』

イズコ「そうではありません。彼女にとって、彼は非常に大きな存在でした」

イズコ「彼女の行動は、全て彼のため。彼女の行動原理は、彼だったのです」

『……だから、ここで待たせた、と』

イズコ「はい。それが、彼女にとって最善の手だと思いました」

『ふむ……イズコよ。お前は、あの少女があの男を助けていたら、どうなっていたと思う?』

イズコ「……彼は生き残りますが、彼女はあの子を呪い殺すでしょう。そして、彼女は、地獄へ落ちる」

『ふむ、正解だ。そういう可能性もある』

『それでは、次だ。あの男を助ける、助けない。お前は、あの少女にとって、どちらが正解だったと思う?』

助ければ、彼は生き残るが、彼女が地獄に落ちる。
それは、彼女にとってどうなのだろうか。彼を助けたいと思うのなら、それでもいいのかもしれない。
彼が生きていることを望むのなら、これ以外の選択肢はない。
助けなければ、彼は死ぬが、二人で行き先を選ぶことができる。
門をくぐる時、彼女は笑っていた。彼は死んでしまったが、彼女は幸せそうにしていたのだ。
それはきっと、彼が一緒にいるから。

イズコ「……分かりません」

『そうだ、それでいい。他人の心など、完全に分かるはずがないのだ』

『どちらを選んだにせよ、何があるかわからない。助けたとしても、あの少女は呪い殺すという選択をしないかもしれない』

『人の心は、常に変わっていく。誰も、把握することなどできん』

イズコ「……そう、ですね」

『さあ、イズコよ。次の魂が来たようだ』

イズコ「はい、わかりました」

人の心は、不思議なもの。すぐに移ろい変わるものもあれば、決して変わらないものもある。
一瞬の気の迷いが、運命を大きく変える。だからこそ、強い心を持たなければいけないのかもしれない。
彼女の心は、とても弱く、脆かった。しかし、彼がいれば、彼女は強い心を持つことができる。
きっと、彼こそが彼女の心だったのだろう。私は、そう感じていた。

そして、私は目の前の魂に語りかける。
彼らを導くには、彼らの事を知らなくてはならない。
……もしかしたら、私の仕事は、彼らの心を知る事なのかもしれない。

イズコ「ようこそ、恨みの門へ――――」


まゆ「魂の選択」 Select B_END

以上です。お付き合いいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、ED代わりにGLAYの時の雫(ドラマ・スカイハイ2主題歌)を聴いていってください。
http://www.youtube.com/watch?v=DR0DHxmIA4w

このみくにゃんもそのうち死ぬのか…?

>>76
あれとは繋がっていないので、このみくにゃんは死にません。
ご安心ください。

>>78
安心したのでみくにゃんのファンやめません

あー凛Pだけどゾクゾクくるー
凛に刺されて氏ねるなら本望だわ

俺ほんとうはSだったはずなんだけどなあ

>>80
あれ、俺書き込んだっけなぁ……
マジで同意だわ
ともかく>>1

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