モバP「七夕祭りの願い」 (30)

 鷹富士茄子さんのSSです。特にオチや山場はない、のんびりとしたものです。
 また前作である、”モバP「七人目の正直」”の設定を少し引き継いでいます。初見の方でも問題ないように書いているつもりではありますが、分かりにくい所があれば申しわけありません。
 都合上、茄子さんのPに対する呼び方が『Pさん』になっておりますので、その点ご注意ください。


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『はっ……、はっ……、はっ……』

 俺は、人ごみの中を縫って走る。かなり人が多い。浴衣姿女性を連れたカップルの姿も、ちらほら見える。

 額からは汗が吹き出し、ひっきりなしに目に入り込んでくる。それをシャツの肩で拭う。もう、半袖のワイシャツは汗でべったりだ。

『ああ、くそ……っ、こういう時に限って、クーラーが潰れやがるんだからっ!』

 俺は小声で悪態をつくと、鞄を小脇に抱え、走る速度を引き上げる。事務所での事務作業中、クーラーが壊れたのだ。幸い知り合いの電気屋の手が空いていたので、すぐに修理に来てもらえたものの、そのせいで事務所を出るのがだいぶ遅れてしまった。

 革靴のせいでだいぶ走りにくいが、そんなことはどうだっていい。人を待たせているのだ。プロダクションの事務所から出るときの、社長とちひろさんの生暖かい笑顔が浮かんでくる。

 ああ、ちくしょう。他意がないと言えば大嘘もいい所だ。というか、ぶっちゃけあるんだが、一応世間体と言う物があるから抑えてるってのに。あの二人はとっととくっつけと言わんばかりに、せっついてくる。

 毎度毎度思うが、ちひろさんはともかく、社長は普通止める側の人間じゃないのか。”アイドルが恋愛禁止だなんて誰が決めた”なんて豪語してる社長は、いい意味でも悪い意味でも自由すぎる。

『暑い、暑いぞちくしょうっ』

 もう一つ悪態をついて、俺はまたペースを上げる。正直に言うと俺は、夏が好きではない。理由は単純で、暑いのが苦手なのである。

 代謝が良いのか、俺は汗を良くかく。特に夏は、ひっきりなしに水を飲んでいても、ほとんどトイレに行くことがないほどだ。

 そのせいで、基本的に夏は外に出ることがなかった。強いて言うなら、それほど汗を気にすることがない海やプールぐらいなものだろう。

 だから、夏の風物詩なんてものにあまり縁がなかった。友人連中と夏祭りや花火大会に行った回数など、数えることが出来るぐらいだろう。

 そんな俺が、ここまで急いでいるのには訳がある。もちろん、人を待たせているというのがその答えなのだが、待たせているのはただの人ではない。

『はっ……っ、はっ……っ、ああ、もう、少し……っ』

 隣町の神社が近づいてくる。いまさらながら、車でくればよかったと思うが、もう遅い。大きな朱色の鳥居が見えた。

 鳥居までの大通りは、通行止めになっていて、その両脇にはいろんな出店が並んでいた。毎年行われている、七夕祭りの会場である。

 そこを、人を避けつつ、縫うようにして全速力で駆け抜ける。そうして、鳥居の下までやってくると、膝に手をつき、少し息を整えた。

『ふっ、ふっ……。ふぅぅぅ。……はぁ、やっと、着いた』

 普段から営業で外を走り回っているおかげか、それほど息切れはない。ただ、案の定汗だくである。薄い青色のワイシャツは、汗を吸ったせいでかなり濃い青色になっている。

「遅いですよー、Pさんっ!」

 そんな声が、頭上から投げかけられる。膝についていた手を離し、体ごと顔を上げる。

 そこにいたのは、黒いセミロングヘアと琥珀色の瞳の女性。ただ、身に纏うものはいつもの落ち着いた雰囲気の洋服ではなく——青い浴衣だった。

『済まない、待たせたね。——茄子さん』

 俺は、息を整え、少し笑って言う。茄子さんは少し頬を膨らませ、怒った素振りをしていたが、

「でも、許してあげますっ! Pさんのその姿を見ていたら、急いできてくれたのが分かりますから♪」

 と、笑って許してくれる。ああ、やっぱり女神じゃないか。

 しかも、浴衣姿である。落ち着いた彼女の雰囲気によくあっている。彼女にはやはり、和服が良く似合う。もし巫女装束なんて着た日には、ファンが数人卒倒するんじゃないだろうか。

 少なくとも、俺は卒倒すると思う。常識的に考えて、かわいすぎるだろう。というより、浴衣の時点でだいぶキてる。暑さでほんのりと汗ばんだうなじなんて、見るだけで理性がぶっ飛びそうだ。

「じゃあ、行きましょうPさんっ! ふふっ」

『ああ、こういう夏祭りに来るのは本当、久しぶりだよ』

 何とか平静を取り戻しつつ、俺は整いつつある息を吐いて、少し感慨深げに言う。最後に行ったのが高校か中学時代だろうから、十年近くはこういう場所に来ていない計算になる。

「私も、誰かと一緒に来るのは久しぶりなのですよー?」

『そうなのか?』

「はいー、上京してからは、少なくとも来てなかったですね」

 茄子さんは少し笑うと、まるで子供のように、わくわくしながらはしゃいでいる。その姿は、天真爛漫と言うに相応しい。いつもの彼女とは、少し違った面を見ることが出来て、俺としても少し嬉しくなる。

「あっ、PさんPさんっ! りんご飴ですよー! 一緒に食べましょうよっ」

『はは、そう急がなくても、りんご飴は逃げないよ、茄子さん』

「駄目です、逃げちゃいますよっ! ほら、Pさん、早く早くっ!」

 彼女は、本当に子供のように笑い、俺の手を取って引っ張り始めた。

『お、おいっ、茄子さん!』

 俺は少し焦る。彼女はアイドルだ。デビューしてまだ数か月の、駆け出しアイドルとはいえ、こんな手を繋いでいる所なんて誰かに見られてしまえばかなり問題だろう。

 もし、まだ数少ない彼女のファンがこんなところを見たら、巫女装束姿の彼女を見るのとは別の意味で卒倒してしまう。

 だから、俺はたしなめるために彼女を呼んだ。だが、茄子さんはほんのり頬を染めて振り返ると、その琥珀色の瞳でじっと見てくる。

「せっ、せっかくの、で、デートなんですからっ! 今日ぐらいは一人の女の子として、扱ってほしいですっ」

 少しむすっとしながらも、ほんのり赤くなった頬を隠すように、彼女はぷいっとそっぽを向いた。

 ああ、ホントもう、勘弁してくれ。反則だろ、それは。そんなこと言われたら——。

『……し、仕方ないな。今日だけだから、な』

 ついついそんな甘いことを言ってしまう。こんなのプロデューサー失格じゃないか、と思いつつも、これが惚れた弱みと言うやつか。

「っ、はいっ! じゃあ、Pさん、りんご飴買いましょうよっ、うふふ♪」

 茄子さんは輝く様な笑顔を振りまいて、俺の手をぐいぐいと引っ張り、りんご飴の売っている屋台へと向かっていく。

 この笑顔だ。この笑顔の為だったら、俺はなんだってやる。そんな気を起こさせるのは、間違いなく後にも先にも彼女だけだろう。

 今の担当は彼女だけだが、この先増えたところでそれは揺るがない。人は変わるものらしいが、それは確信を持って言える。

「おっ、姉ちゃん、カレシさんと一緒かい?」

 りんご飴の屋台の前にたどり着くと、売り子のおっちゃんからそんな言葉を掛けられる。反射的に、違うと言いそうになるが、

「ふふ、そう見えますかー?」

 なんていう茄子さんの嬉しそうな声を聞いてしまえば、そんな言葉を出せるわけがない。というか、そうみられて嬉しいのは俺も同じである。

 なにせ、彼女ほど可愛い子の隣にいられるだけでも幸せなのだ。彼氏彼女とみられるのが嬉しくないわけがない。その上、その彼女に惚れているとまで来ているんだから、完全にトリプルロンである。これだけで一気に運がハコ割れしそうだ。

「おうよ。じゃあそんな姉ちゃんには、特別に一際デカい奴を売ったろうじゃねぇか。カレシさんと二人で食べな、はっはっは!」

 なんて豪快に笑うおっちゃんは、後ろの箱からワンサイズ大きいりんごを取出し、それに飴を付けていく。そして、たっぷりと飴の付いたりんごを茄子さんに手渡す。

「はいよ、特大の奴一丁! まだ熱いから気を付けなよ、姉ちゃん」

「えっ、でもいいんですか、こんなに大きいのを貰っちゃっても……」

 茄子さんも、少し申し訳なさそうに言う。だが、おっちゃんは、

「注文したりんごのケースの中に、一個だけサイズ違いが混ざっててな。商品になりゃしねぇから、あとで自分が食おうと思って置いてたリンゴさ。なぁに、どうせ何個かは売れ残るんだ、だから遠慮すんじゃねぇよ」

 なんて言って、また豪快に笑う。茄子さんは、ぱぁぁ、と顔を輝かせると、ぺこりとお辞儀をして、

「ありがとうございます、おじさんっ!」

 と言ってお礼を言っていた。俺は、財布を取り出すと、

『ありがとうございます、おっちゃん。これ、代金になります』

 と言って五百円玉を渡した。大きいサイズの物だから、おつりを貰うつもりはなかったのだが、おっちゃんはにやりと笑い、俺の手に二百円を返してくる。

「うちのりんご飴は三百円だからな、釣りの二百円だ」

『ですが、大きい物を貰ったんですから……』

「運が良かったってことさ、若ぇのが遠慮してんじゃねぇよ! その代り、姉ちゃんを幸せにしてやれよ、兄ちゃん?」

 そんな風に少し囃し立てられる。俺は少しばかり赤面した。

『……余計なお世話ですよ、まったく』

「わはは、そいじゃあな、祭り楽しんで行けよ!」

 まるでハッパを掛けられた気分だ。少し苦笑すると、自然と彼女の手を取り、鳥居の方へと向かう。

 全く、どうしてこう周りには、囃し立ててくるような人が多いのだろうか。まあ、それでも——。

「Pひゃん、おいひいですよー? いっひょに食べましょうっ」

 茄子さんがおいしそうにりんご飴を食べている。こんな些細な幸運、些細な幸福が、とても愛おしい。

『じゃあ、一口貰おうかな』

 そう言って、俺は彼女の口元にあるりんご飴に一口、かぶり付く。ほんのりと広がる、リンゴの香りと口当たりの良い甘さが、コーティングされた水あめの甘さと混じりあって実にフレーバーだった。

 口の中でしゃり、しゃりと音を立てるりんご飴は、どこか懐かしい記憶を呼び起こしてくれそうな気がする。

 そんな一人追憶の中に沈みかけていた俺だったが、ふと気づくと、茄子さんがりんご飴をじっと見つめていた。何やら思案しているらしい。

『どうかしたのか、茄子さん』

 そう、俺が声を掛けた瞬間に、彼女はりんご飴をくるりと半回転させ、ぱくり、とかぶりついた。何をしているのだろうか。

「えへへっ」

 何やらとても嬉しそうに彼女はにこりと笑う。

「関節キスですねっ、Pさん♪」

『っ、ごほっ、ごほっ!』

「だっ、大丈夫ですかPさんっ」

 思わずむせてしまう。なるほど、りんご飴をじっと見つめていたのはそういう事か。全く、油断ならない子だ。いや、もうやられてしまったので油断も何もなかった。一本とられた。

『……茄子さん』

「はっ、はい……」

 流石に怒られると思ったのか、少ししゅんとしている茄子さん。綺麗に結われた黒い髪をポンポンと撫でる。

『りんご飴、もう一口くれるか?』

 と、一声かけてから、半分奪い取るように彼女からりんご飴を回収する。あっ、と小さな声を上げている茄子さんの目の前で、俺はりんご飴をかじる。

 ———ちょうど、彼女がかじったところだ。

『これで、関節キスだな、茄子さん?』

「——っ! もうっ、知りませんっ」

 一気に顔を真っ赤にさせて、彼女は頬を膨らませる。これでおあいこだな、と内心思いつつ、自分も真っ赤になっているだろうから、これ以上の追い討ちは止めておこう。

 ……何より、こんなセリフが吐ける自分が恥ずかしい気が、しないでもない。

『ほら、茄子さん。機嫌なおしてくれ。今日は好きなだけ付きあうからさ。その、せっかくのデートだしな』

 とりあえずの目標は、彼女の機嫌をなおすことだ。と言っても、本気で怒っているわけではない、というのは分かっているので、すぐになおってくれるだろう。

「……じゃあ、次の屋台に行きましょう、Pさんっ」

 茄子さんはそういって、少し頬を膨らませたまま、俺を許してくれる。そんな茄子さんも可愛い。今すぐ抱きしめたいと思うが、公衆の面前だし、何より立場と言う物があるから抑え込んだ。

『……おっ』

 そうして、次の屋台に向かう途中で、目に入ったものがある。向こうに見える鳥居と同じか、それより大きいサイズの笹。それが向かい合うように三対、立っている。

『でっかいなー……』

 思わず、俺の口から言葉が漏れる。というか、これはもう笹じゃなくて竹なんじゃないか。いまいち笹と竹の違いが分からないのは、置いておこう。

「どうかしたんですか、Pさん?」

『いや、大きい笹だな、と思ってな』

 俺は、茄子さんにいましがた見ていた笹を指さす。その下にある人だかりで、神主と巫女が数人、何やら作業をしていた。それを、茄子さんはじっと見ている。

『短冊、だな』

「みたいですねー」

『七夕だからな』

「ですねー」

『……』

「……」

『……書きたい?』

「書きたいですっ」

 即答だった。俺は少し苦笑すると、手に持っていたりんご飴を彼女に返す。そうして、代わりに手を差し出す。

関節にキスか。仲直りのエルボーかな?

『結構人だかりがあるから、ね。はぐれると大変だから』

 出来る限りそっけなく言ったつもりだったが、茄子さんには内心のドキドキが伝わっていたらしい。彼女はとても嬉しそうに顔を綻ばせ、俺の手を取る。

「はいっ、行きましょうっ! うふふっ♪」

 彼女はまた俺を引っ張っていく。存外、俺は尻に敷かれるタイプなのかもしれないな。まあでも、茄子さんに敷かれるなら、悪くはない。

 そうして彼女と共に、人だかりをゆっくりとかき分け、笹の下まで行った。すでに笹へ短冊を吊る作業に移っているらしい。

『あの、すみません』

「はい、なんでございましょう」

 俺は神主の一人へと声を掛けた。壮年のその神主は烏帽子を揺らして振り返る。

『この笹に吊る短冊、まだ書きこめますでしょうか』

「ええ、ええ。問題はございません。書いて行かれますかな?」

『ええ、お願いします。あ、書くのは彼女なのですが……』

「よろしゅうございますよ。ああ、ちょうど余りの短冊が二枚ございますので、ご主人も書いていかれると宜しいでしょう」

『ご主……っ、はは、参った』

「っ、は、恥ずかしいです……」

 俺も茄子さんも、少し顔を赤くする。社長やちひろさんといい、屋台のおっちゃんといい、今日はよく囃し立てられる気がする。いや、神主さんはそんなつもりじゃなかったのだろうが……。

トンデモ誤変換ですね……。

×関節
○間接

で補完をお願いいたします。

「おや、違われましたかな? 仲睦まじうなされておりましたので、これはこれは、失礼を致しました」

 神主さんはというと、温和な笑みを浮かべ、硯に墨を注ぎ、小筆を二本、台の上に置く。

「どうぞ、お書きください。当社の習わしで、短冊へは筆を使っていただくご不便がありますが、ご寛恕下さりますよう」

『ああ、いえ、どうもご丁寧に……』

「あの、ありがとうございますっ、神主さん」

「いえいえ、これも務めでありますゆえ」

 神主さんは一歩下がって、俺たちが書くのを待っている状態だ。俺は筆を取ると、墨を付ける。

『むっ……』

 なかなか、書きづらい。そういえば、書道なんてするのはいつ振りだろうか。小学校の時にやった以来かもしれない。おかげさまで、最初の部分は文字が少し崩れてしまった。

(……ちょっと悔しいな)

 そう思うも、訂正などできないからそのまま続きを書く。当然ながら願い事は、”茄子さんをトップアイドルに連れて行けますように”、という物だ。プロデューサーとしては当然だろう。

 そんな時、ふともう一つ願い事を書きたくなった。さっきの願い事が”公”であれば、こちらの願い事は”私”の願い事だ。

『……ちょっと欲張りかもしれないな』

 それでも、一度思いつくと、無性にそれが書きたくなってくる。そして、結局書くことにした。表の墨が乾いたのを確認すると、俺は短冊を裏返す。

 俺は、短冊の裏側にも願い事を書いた。正直いうと、茄子さんには見せられない内容ではある。表は見られても問題はなさそうだが、裏はまあ、ちょっといろいろありそうだ。

 それから、茄子さんの方を見ると、もう書き上げていたようで、神主さんに短冊を渡していた。俺も、書きあがったものを神主さんに手渡す。

『どうも、お手数をお掛けしました』

「お気にされませんよう。夏の風物詩に、誰かが与してくださる、というのは我々にとっても嬉しい物なのですよ」

 神主さんはにこやかに微笑む。そうして俺たちの短冊を受け取った後、”ではこちらで責任を持って供えさせていただきます”と言って、恭しい一礼を返してくれる。あまりの丁寧さに、こちらの頭が下がりそうだった。

 その神主さんが顔を上げ、受け取った短冊を笹に取り付けようとした時に、おや、という顔をしている。そして温和な笑みを浮かべると、

「いやはや、やはりお似合いのお二人で在らせられます。まるで彦星様と織姫様のようですな。ぴたりと同じ願い事を書いてらっしゃる」

 と言って笑っていた。

裏に内緒でっていいよね

『は、は。お恥ずかしい』

 と言う事は、彼女もトップアイドルになれるよう願ったのだろう。プロデューサーとしては、嬉しい限りだ。

 やがて、茄子さんがいつの間にか食べ終わっていた、リンゴ飴の棒をゴミ箱に捨て、俺たちはそのまま七夕祭りを楽しむ。

「Pさん、射的ですよっ」

『お、いいな。俺の腕前を見せてやるぜ』

「おいしそうなイカ焼きですね、Pさんっ」

『うし、すいません、二つ貰えますかー!』

「スーパーボールすくいですよ、懐かしいですねっ」

『うわ、懐かしいな。いくつとれるかで勝負したよ』

「ベビーカステラですよっ! 私これ、好きだったんですよっ」

『俺もだ、茄子さん。一袋まるまるは多すぎるから、分けて食べよう』

 俺たちは、七夕祭りを遊んだ。俺も、珍しく童心に帰っていた気がする。本当に、時間を忘れていた。誰かとくるお祭りがこれほど楽しいなんて、今更になって知った気がする。

 気が付けば、夜もだいぶ更けていた。時間を見ると、そろそろ九時を回ろうとしている。人ごみの数も、だいぶ減っている。

 相変らず、ワイシャツは汗でびっしょりだ。多少は引くかと思ったが、夜とはいえ夏の暑さは驚異的だった。

『そろそろ、帰るか、茄子さん』

「そう、ですねー……。少し名残惜しいですけれども」

 茄子さんは少し残念そうに笑う。もっと楽しみたい、と言った様子だ。もっとも、俺も彼女と長くいたいところだが、残念なことに女子寮の門限が迫っていた。

 割とゆるいプロダクションとはいえ、女子寮の門限は十時と決まっているのだ。この門限も他と比べるとだいぶゆるいが、それでも守らなければ翌朝まで締め出しを喰らってしまう。それは避けなければならない。

『大丈夫だ、茄子さん』

 俺は、彼女を少し引き寄せ、彼女の頭を撫でて笑う。

『来年も、また来ればいい。その次も、次の次もな』

「……そう、ですねっ! 約束ですよっ」

『ああ、誓ってもいいさ』

 俺は笑う。そうだ、来年も来ればいい。彼女が俺と共にいてくれる限り、俺が離れることはないのだから。

「ふふ、じゃあ、今日はこれで我慢しますっ」

 茄子さんはそういうと、俺の腕を取り、抱き着くように腕を組んでくる。

『ちょっ、それは駄目だろ、茄子さんっ! それに、汗がやばいんだって』

「良いんですよーっ! 今はこうやって、Pさんのお傍にいたいんですからっ! そ、それに、き、今日だけですしっ」

 無邪気な笑みと少し赤らめた頬、そして真っ直ぐな言葉で、俺が抵抗する理由は完全に消滅する。完璧な論破だ。でも、それは反則なんだって、茄子さん。使用無制限のワイルドカードもいい所だ。

「えへへっ、じゃあ帰りましょうっ」

『……そうだな、そうしよう』

 苦笑半分、嬉しさ半分だ。……実際の所は、三対七ぐらいかもしれない。茄子さんが隣にいる。それだけでいい。この右腕の、ほのかな温かさが、この上なく幸せな気分にさせてくれる。

『そういえば』

 俺はふと思い出したように、彼女に言う。

『短冊への願い事は、なんて書いたんだ?』

 すると、彼女はニコリと笑って、

「もちろん、”トップアイドルになれますように”ですよっ」

 と言って、俺の腕にギュッと抱きつく。ああ、浴衣でそんなことされたら、その、当たってるから。理性で抑えるのも、限度ってものがあるから、ほんと勘弁してほしい。

『は、はは。い、一緒だな。俺も、”茄子さんをトップアイドルに連れて行けますように”って願いを書いておいたよ』

 可能な限り右腕を意識しないように、平静を装ってそう言った。まあ、さっき神主さんが同じ願い事だ、と言っていたので、予想はついていた。もっとも、俺は欲張りなことに、二つ願い事を書いているわけだが。

「でも、お願い事はそれだけじゃないですよっ、二つはちょっと欲張りかなーって思ったんですけどね♪」

『……茄子さんもか?』

「Pさんもですか?」

『ああ』

 まさか、茄子さんまで自分と同じように二つお願いしているとは思わなかった。こんなところまで一緒なのかと思うと、彼女の運命力には本当に驚かされる。

『……ちなみに』

 俺は右腕に抱き着いている茄子さんをちらりと見ると、尋ねる。

『そのもう一つの願い事って何だ?』

 すると、彼女は少しだけ頬を染める。

「うふふ、内緒ですよっ」

 彼女は、腕に抱きついたまま、いたずらっぽく笑った。

『おっ、隠し事は良くないな』

「じゃあ、Pさんのもう一つのお願い事、教えてくれたらいいですよっ」

『……む』

 ついさきほど、彼女には教えないでおこうと思ったばかりなので、なんとなくそれを曲げるのは、彼女に負けた気がする。静かに息をつくと、

『……俺も、内緒だな。はは』

「むー、教えてくれてもいいんですよー?」

『茄子さんが教えてくれたら考えるさ』

「あっ、ずるいですよーっ!」

『ははっ』

 人の少なくなってきた大通りを、二人でゆっくりと歩く。ふと空を見上げると、綺麗な星空が見えた。ネオンのせいで満天、とまでは行かないが。

 その中に見えた、ベガとアルタイル。織姫と彦星は一年に一度、この日にしか会えないと聞く。

「Pさん」

 ふたりして、少し立ち止まりながら見ていると、茄子さんが口を開く。

『どうした?』

「心配しなくても、私は一年中、ずっとお傍にいますよっ」

『……はは、茄子さんはなんでもお見通しなんだな』

 丁度考えていたことを見事に当てられた。少しどきりとしたが、良く考えると俺もよく、彼女の考えていることを見通すことはある。以心伝心というやつだ。

「もちろんですよーっ! Pさんと私は、似た者同士ですから。だから、私の傍を離れないでくださいねっ」

 茄子さんは俺を見上げながら、笑って言う。琥珀色の瞳と、僅かに上気した頬がとても色っぽい。

『ああ、そうだな。本当にそう思うよ』

 空いた左手で、彼女の頭を撫でながら、再び歩きはじめる。街の喧騒が、少しずつ大きくなってくる。

 今頃、笹に括り付けられて揺れているその願い事が、どうか叶いますように。俺は、微かな幸せと彼女の温もりを感じながら、小さく祈った。





 ——どうか、茄子さんとずっと、一緒に居られますように。

以上でこの作品は終了です。突貫だったため少し粗が目立ちましたのは反省点ですね。
冗談抜きでそろそろ茄子さんに新SR出てもいいんじゃないでしょうか。七夕とかぴったりだと思うんですが。

それでは、このスレはHTML化の依頼を出しておきます。お世話になりました。ありがとうございます。

おつおつ
七夕SRあるのに出番が全くない人だっているんですよ!!

おつ

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