最後で最初の二人 (42)




『——っつーわけで、それぞれの種族のツガイを船に放り込んだ後は全部水で流しちゃうから。
 そこんとこよろしくー』



理不尽極まりない神の一声、比喩でもなんでもなく神の一声で世界の終わりが告げられた。
そもそも緩やかに滅亡に向かっていた世界人類にとっては今更な出来事ではあったのだが。




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21世紀後期、二国間で戦争が勃発。
最初こそ両国は通常兵器での戦争ではあったのだが、
痺れを切らしたとある大国の核攻撃を契機とし、
静観していた他の国々も参戦。
そうして第三次世界大戦の幕開けとなったのだ。


どの国も加害者であり、どの国も被害者である戦争。
言うまでもなく泥沼化してしまい、
もはや開戦理由がなんだったのかすらわからなくなってしまった頃、
ようやく終戦となった。




その頃には地表の6割は元々がどのような形だったのかわからないくらいに破壊されており、
また本来海洋であったはずの場所も焦土と化し、
水は干上がり、数少ない海だったものを残すばかり。
動植物なども大半が絶滅の危機に瀕しており、いくらかの種族は絶滅してしまっていた。


自分たちに直接の関係がないはずの戦争のせいで人類は滅亡の危機に瀕してしまっていたのだ。
生産する能力もほぼなくなってしまい、農業なども土地が放射能で汚染されているなどにより、
とても出来る状態ではなかった。
残された人類は祖先が地下に残しておいた保存食料などでなんとか食いつないでいたが、
どうやらそれも長くは持ちそうになかった。



そんな中、神の、いや、自称・神の一声が全世界に響き渡ったのだ。
実際のところ私は他の地域と連絡を取るすべなどないし、話しぶりからして
おそらく全世界に発信されたのだろうと推測しているだけなのだが。


長年の戦争により、宗教などほとんど意味をなしていない状態ではあるのだが、
敬虔な神の信徒たちは今の言葉をどう思っているのだろうか。
そもそも私は神など毛頭信じてはいなかったのだが、あのようなことをされると信じるしかなかった。





「その放り込むツガイとやらの種族の中に『人間』は含まれるのだろうか……」



どこかの誰かがそうポツリと呟いた。
もっともな疑問だ。
この世界で一番栄えた種族が人間であるならば、
世界をこのようにした原因も人間だからである。
次の新しい世界とやらに私たち人間が招かれない可能性のほうが高いと言ってもいいだろう。


そんなことを周りの人たちと話している時にまたあの声が聞こえた。



『大丈夫大丈夫ー。どの種族も差別する気はないよー。その代わり特別扱いもしないけどね』



能天気な口調でそう告げられる。
ほっとする反面、残念に思う節もあった。
特別扱いはしないという点だ。
ということは人間の中でも生き残れる可能性があるのは男女ともに一人ずつ。
それも神に選抜された者のみである。
聞いたところによると残っている人類は全世界合わせて6000万人
男女が同数ずつ残っていると仮定しても3000万分の1の確率の宝くじだ。
どうせ当たりっこないだろう。



他の皆も同じことを考えていたのだろうか一様に顔を曇らせている。
無理もないだろう。
これが物語で私がその主人公であるならば間違いなく自分が選ばれるという自信が持てるのだろうが、
そんなことはない。
これは現実なのだ。
昔の文献の中の『小説』に書かれているような主人公が存在するはずもない。



文献と考えて、はっと思い出した。
神話として各地に伝えられている話の中にこんな話がある。

『ノアの箱舟』

まさしくまったく同じ話ではないか。
くっくっく……まさか神話が事実だったとはな。
ということはもしかしたらバベルの塔も……?
伝説のアトランティスやムーなども洪水に流されたのかもしれないな。
……考えるだけ無駄か、
どうせ後数日もすれば私は水に流されて死んでしまうのだから。



そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。



「大変なことになっちゃったね」

——そうだな

「後数日でこの世界は無くなってしまうらしいけどその前にしたいこととか、ある?」

——突然のこと過ぎて今は何も思い当たらないな

「だよねぇ。でもなんというかこんなことになってしまっても納得しちゃってる自分がいるんだよね」


——納得?

「うん。だって私たちって生まれたときから戦争やらなんやらでずっと不運続きだったじゃない?」

——ああ、なるほどな。つまりこれは私たちにふさわしい最期というわけか

「そーゆーこと。だからなんというかね、ああ、やっぱりそっかーこういう終わり方なんだなって」

——ははっ、そうかもしれないな。最期くらい何かいいことが起こってくれればいいのにな

「そうだねー」




そう言って私と彼女は空を見上げた。
今日は雪が降っている。
そうか暦の上では今は12月だったな。
そろそろ今年も終わりか……いや、今年で世界が終わるのか。
そう思うと少し寂しい気持ちが込み上げてきて私は彼女の冷たい手を握った。
彼女は何も言わず笑っていた。



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『——っつーわけで、それぞれの種族のツガイを船に放り込んだ後は全部水で流しちゃうから。
 そこんとこよろしくー』



誰の承諾も得ず、ただ突きつけられた言葉。
そりゃそうだろう。
なんせ神なんだから。
まさか実在するとは思っていなかったけれど。
万物の創造主たる神がわざわざ自分の創りだしたものに許可なんて取るはずはないから。



あ〜あ、結局不幸なままだったな私の人生。
まあ、いいことがなかったわけじゃないんだけど……。
結局のところ弱虫な私には過ぎたものだったとしか言いようがない。
だから言えるのは不幸な人生だったってことだけ。
あの人に会えても、あの人のそばに居れたとしても、
その以上何もすることができないんだから。


私たちが、今の人類がこのような状況にあるのも私たち自身には何も関係がない。
全て祖先たちの仕業だ。
戦争を始めたのも、世界を滅茶苦茶にしたのも。
だからと言って恨み言を連ねたところで何の意味もないから皆黙って生きていたんだ。
そんなところで告げられた一言だっただけに、理不尽だと怒るよりも前に諦めがついてしまった。





「その放り込むツガイとやらの種族の中に『人間』は含まれるのだろうか……」



どこかの誰かがそんなことを呟いた。
まあみんなそう思っちゃうよね。
私もちょっとは考えた。
でも含まれたところで意味はないって気づいちゃったんだ。
どうせ不幸な人生。
最期まで不幸なんだろうし、選ばれることはないんだからってね。





『大丈夫大丈夫ー。どの種族も差別する気はないよー。その代わり特別扱いもしないけどね』



ほーらやっぱり。
特別扱いはないってことはこの世界の人間から選ばれるのは二人だけ。
そんなものに選ばれるなんて不幸な私にありえるはずがない。
だから期待するだけ無駄なんだ。
最初から諦めてるほうがいくらか楽になれるんだ。
選ばれた二人はそこからまた世界を繁栄させるために頑張るのかな?
ふふっ、まるで神話の『アダムとイヴ』みたい。
彼と一緒だったらそれもいいな。
だって世界で二人だけなんだもの。
ずっと私を見ていてもらえる……。
きっとそれは不幸じゃない。
ううん、幸せだ。


そんなことを考えて歩いていると座ってぼーっとしてる彼の後姿が見えた。


——大変なことになっちゃったね

「そうだな」

——後数日でこの世界は無くなってしまうらしいけどその前にしたいこととか、ある?

「突然のこと過ぎて今は何も思い当たらないな」

——だよねぇ。でもなんというかこんなことになってしまっても納得しちゃってる自分がいるんだよね

「納得?」


——うん。だって私たちって生まれたときから戦争やらなんやらでずっと不運続きだったじゃない?

「ああ、なるほどな。つまりこれは私たちにふさわしい最期というわけか」

——そーゆーこと。だからなんというかね、ああ、やっぱりそっかーこういう終わり方なんだなって

「ははっ、そうかもしれないな。最期くらい何かいいことが起こってくれればいいのにな」

——そうだねー



そう、最期くらい。
最期くらい少しはわがままになってもいいよね?
あっ、雪が降ってきた。
今は12月だっけ?もう暦なんて長いこと気にしてなかったけど。
雪、綺麗だなぁ。
彼の横顔……かっこいいなあ。
寒くて思わずちょっと震えたら彼が手を握ってくれた。
とても温かい手。
その温かさにずっと身を委ねていたいな……。




ついに運命の日がやってきた。
再び神がやってきたのだ。
やってきたというのは正しくないのかもしれない。
なぜなら姿はどこにも見当たらないから。
それでも運命の日だと分かった理由は朝起きてみると大きな船が見えたからだ。
神曰く、これはいくつもあるそうなのだが私には関係のないこと。
ただただ水で全て流されてしまうのを待つだけ、
そう思っていた。




『それじゃあもう人間以外の動物のツガイは全部船の中に入れちゃったから最後に人間を入れるね』



神は淡々とそう告げた。
それは人類に最期の時を告げる一言だった。





「もうお別れだね」

——そうだな

「今だから言えるけど私あなたのこと好きだったのよ」

——そいつは奇遇だな。私もお前のことが好きだったんだぞ

「ええー!もう遅いよー!」

——ああ、遅すぎた。でもきっとまた会えるさ


「会える?会えるってどこで?」

——天国……かな

「天国……?フフッ、アハハハ!」

——何か私は変なことを言ったか?

「アハッ、アハハハ!だ、だってあんなに神様だったりなんだりを信じなかったあなたが
 天国だなんて!アハハハ!」

——……神様だって居たんだ。天国だってあるかもしれないだろう?

「アハハ……そうだね、あったらいいね」

——きっとあるさ

「……うん」




少し寂しくなって彼女の手を握る。
彼女も弱く握り返してくる。
どうやら神の選別は終わったようだ。
迫り来る波の音を聞きながら私と彼女は一緒に目を閉じた……。



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目を開けるとそこは部屋の中だった。
現状を理解できない私は困惑しながら周りを見渡すと隣に彼女が居た。
私の手をしっかり握って。

彼女の手を優しく解いて立ち上がると部屋のドアをゆっくりと開けた。
ドアを開けた途端多くの動物たちの鳴き声が聞こえてくる。



——ここはまさか……

『そう、君たちは選ばれたんだ。この箱舟の乗組員にね』



聞き覚えのある声が響く。神だ。




『詳しいことは船を降りた後に説明しよう。今しばらく寝るといい』



そう神に告げられた途端、抗いようのない睡魔に襲われた。
すぐにでも倒れそうな身体を無理やり動かし、彼女の横で静かに眠った……。




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「起きて!ねえ!起きてってば!」



身体を揺すられる感覚で目が覚める。
どうやら揺すっているのは彼女のようだ。



——あ、ああ。今起きるよ

「ねえ、ここってどこなんだろう?天国?」




あまり覚醒していない頭に彼女の問いかけが突き刺さる。
そうだ!さっきは……


がばっと身体を起き上がらせ、あたりを確認する。
耳を澄ましてみても動物たちの声は一切聞こえてこない。



「ねえ、ねえってば!どうしたの?いきなり起きたと思ったら今度は固まっちゃって」

——いや、なんでもない。それよりちょっと外へ出てみないか?

「外って?」

——ほら、そこに扉があるだろう?

「あ、ホントだ」




二人で手を繋いだまま部屋の扉を開ける。
その先には広い空間が広がっているだけでどうもまだ屋内のようだ。



「ここ、何なんだろう?私たち洪水で流されたはずだよね……」

——あぁ、そうだな……



彼女にはそう答えたが一度起きた私には状況が理解できていた。
しかし理解できていたとしても説明できる気がしない。
頭がまとまらないのだ。




「とりあえず先に進んでみよう?」



こくりと彼女の言葉に頷いてどんどん先に進む。
すると階段があり、その上からは強い光が漏れていた。



「ねえ!外だよ!出てみようよ!」



少し彼女は興奮気味に私に提案してくる。
私も自分の心の高鳴りを抑えられずにいた。
先ほどから私の鼻腔を擽る匂いはまさか……


少し駆け足になりながら階段を登る。
そして登りきってみるとそこは甲板だった。
しかしサイズが通常のものとは明らかに違う。
とてつもない大きさの船だ。
空は青く澄み渡っており、とても気持ちのいい風が吹いている。

そしてあたりの景色と言えば……


一面の大草原だった。
遠くには大きな山が見え、反対側には海が広がっている。
戦争で世界中の全てが焼け爛れていたはずなのに、
そんな面影も見せないほどにとても綺麗な幻想的な光景だった。




「すごい……」

——あぁ……



そう二人で呟き感動するだけで精一杯だった。
潮風が鼻の頭を掠めていき、
潮の香りを堪能する。
先ほど鼻腔を擽ったのはこれなのかと納得する。
海など長い間見ていなかった。
汚れ濁り、これが元は真っ青だったなんて信じられないと思えるぐらいだったものが、
今は自分たちの目の前で真の姿を晒している。
まるで夢か何かのように感じられた。




『感動するのもいいが、そろそろ移動したらどうだい』



聞き覚えのある声がいつもとは違ったように響く、
きょろきょろと見回すとどうやらそれは……



——白い、鳩?

「だねえ……」

『はっはっは、驚いたかい?本当なら真の姿で現れたいところだが、
 決まりなものでね。この姿で失礼するよ』


——本当に鳩だとはな

「風情というものだよ。一応ね。
 もう二人とも理解しているだろうが、君たちは選ばれたんだ。
 創世にね。人間は君たちしかいないのだよ」

「私たち……だけ」



そう小さく呟いた彼女はどこか寂しそうで、また嬉しそうだった。
それを見て私は少し苦笑いをした。
もしかしたら私も同じような顔をしていたのかもしれない。
彼女もまた私の顔を見て苦笑いをしたからだ。




『前の文明のものは大体は流してしまった。
 だから最初は不便だと感じるかもしれないがそこから繁栄していくのが君たちの役目だ』

——私たちの役目……

『そう役目だ。だが、あまり気にしなくて良い。
 君たちの好きなように生き、好きなように死になさい。
 滅びるも栄えるも君たち次第だ』

「私たち次第……」

『私はまた空から君たちのことを見守るとしよう。それでは元気で、我が子らよ』




そう言って鳩は遠くへ飛び立っていく。
その後姿から目を離すことが出来ず、いつまでもいつまでも見えなくなるまで姿を追っていた。
姿が見えなくなった頃、彼女がポツリと呟いた。



「これじゃあまるで……」

——まるで?

「アダムとイヴだね。私たち」

——確かにそうだな


「ふふっ、これからよろしくね。アダム」

——おい、なんだ。その呼び方は

「だって、前の世界のものは置いていかなきゃ」

——ああ、なるほどな。……よろしくな、イヴ

「うんっ!」



世界の終わりはとても残酷で。
世界の始まりはとても優しくて。

始まったせいで終わったものもあれば、
終わったおかげで始まったものもあるのだろう。

最後に彼女と一緒になれた私は心からそう思うのだ。
心から。




最後で最初の二人 完


一応以上で投下は終わりです。
元々没予定だったものなのでクオリティが低めなのは勘弁してください。
オリジナルを書くのは楽しいんですが、タイトルが中々思い浮かびませんね。
それさえなんとかなればぽんぽんかけるんだろうなあと思いつつ、
普通の小説を書かれている作家の方々には感服するばかりです。

普段はこの酉でのんびりまったりマイクラSSを書いています。
もしよろしければそちらのほうもチラ見ぐらいしてくださると幸いです。

あ、言い忘れてましたがオリジナルということもあり見つけにくいと思いますので
発見しやすいようにHTMLは夜に依頼したいと思います。
感想レスありがとうございます。
また何か書いた時にでもよろしくお願いします。

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