村上巴「うちがアイドル?」 (20)

「ほんまに、たいぎいのお」

うちは、ボソリと呟いた。別に不満を訴えるつもりじゃのうて、ただ思いを少し漏らしただけじゃった。
じゃけど親父にはそう聞こえんかった様で、申し訳なさそうな表情を作り。

「悪いのぉ、ゆうとろおが。とにかくお前はアイドルをするって昨日約束したろ」

確かに約束はしたけども、だけどもあの時うちに選択肢は無かった。だって親父が、あんなに必死にお願いをしてくるんじゃもん。
断りようがなかろう。
うちは約束した、というよりも約束させられたという風に思っとった。

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「ほら、ついたで」

「んー、ここか」

車から降りて、目の前の建物を眺める。

「小さいのお」

「失礼な事を言うなや」

「だって小さいんじゃもん。大丈夫かここ?」

アイドル事務所というのが、普通どれぐらいの大きさなのか分からんけど、うちの庭ほども無い事務所を見ると不安になる。

「すみません、うちは出来たばっかの弱小事務所なので」

いつからおったんか分からんが、気が付くとヘラヘラと物凄く媚びた笑いを浮かべている男が横に立っとった。

言動からして、ここの事務所の関係者じゃろう。
男は全体的に色素の薄い感じじゃった。この媚びた笑いはきっと、うちらにびびっとるせいじゃろう。
でもそれなしでも、いつも笑っていそうな雰囲気じゃった。
うちはこういう媚びた笑いを向けられるのが大嫌いなんじゃ。
なんかムカムカして、蹴飛ばしたくなる。

「痛っ!」

そして、つい蹴飛ばした。親父に怒られる。

「すみませんのお、プロデューサーさん」

「いえ、大丈夫です。元気で可愛い娘さんですね」

プロデューサーは、歯を食いしばりながらそう言った。

「文句があるなら、ちゃんと言わんかい。それでも男か」

「巴、良い加減にせぇよ」

「だって、うちこういう奴は好かんのじゃ」

思った事はちゃんとゆえ。

親父は帰り際に、「可愛いアイドルにして貰えよ」とゆうた。
厳つい顔した親父が妙な事を言いよる。一体親父は何を考えてうちをアイドルにさせようとしたんじゃろうか。

プロデューサーは親父の乗った車が見えなくなるまで、ヘラヘラと笑っていた。
けれど、見えなくなったのを確認するように「よし」と一言呟くと表情を変える。

「巴ちゃん」

プロデューサーは笑っとる。じゃけど、さっきとは違って妙に威圧感を感じる笑顔じゃった。

「なっ、なんじゃ?」

「今度俺を蹴飛ばしたら、お仕置きだぞ」

「は、誰にもの言うとるんじゃ」

「俺が恐いのは君のお父さんだし。別に君は恐くないもん。てか、君は可愛いし」

「か、可愛くないわ!」

思わず尻を蹴飛ばしてしもうた。

「はっ!?」

「ふふっ、ふす、ふふふふ!」

蹴飛ばされたプロデューサーは怒るどころか、寧ろ嬉しそうに笑っとる。

「お仕置きだなぁ」

「 はぁ、嫌じゃけえの!怒るけぇのやめえよ!!」

必死に威嚇するが、プロデューサーは手を妙な動きをさせながら迫ってくる。

まだ昼間じゃから人通りもあるのに、こいつはそんなもん気にしとらん。
すれ違う人々は、怪訝な表情をして見よる。なのに誰も助けようとはせん。
東京もんは冷たいのぉ。

「巴ちゃーん」

「っあ、親父」

「は?」

プロデューサーは後ろを振り向く。
もともと白い顔を、もっと白くした。とても同じ人種の肌の色には見えん。

親父が黒い車の窓から、こちらを見よった。
手にはピンク色の携帯を持っとる。

「巴、お前に携帯を渡すの忘れとったわ」

うちは車に近付いて、携帯を受け取った。

「なんでピンクなん?」

「可愛いじゃろ」

「キモイわ」

「まあそう言うなや、ところで今は何しよったん?」

親父は良い笑顔で尋ねる。

「いえっ、あの今ですね」

「お前には聞いとらんわ」

プロデューサーは、ビシッと直立不動の体制で動かんようになった。

「今のは…遊びよったんじゃ」

「…そうか、ならええわ。じゃあの」

「じゃあの」

プロデューサーは直立不動のまま、うちに尋ねた。

「何で言わなかったの」

「告げ口は好かん」

「てことは、今からする事も黙っててくれるのね」

「当たり前じゃろ……っえ?今のは許してくれる流れじゃないんか?うちも見逃してやったろ」

「えー、だってお仕置きしたいもん」

「プロデューサーさん、いつまで事務所の前で騒いでるんですか?」

突如後ろから現れた太い三つ編みをしたお姉さんが、プロデューサーの頭をガシッと掴んだ。

「ちひろさん、ごめんなさい許してくださいマジですいませんでした」

何だか親父に睨まれた時よりも、びびっとるように見えるぞ。

「駄目じゃないですかぁ、アイドルを虐めちゃ」

「ちひろさん」

「はい?」

「スタドリ150」

プロデューサーは、ちひろさんと呼んだ女の人に何か合言葉の様な事を言よった。

「300」

「200」

「300」

「2、250」

「300」

「…スタドリ300本頂きます」

「いつもありがとうございますプロデューサーさん」

ちひろさんは、上機嫌で事務所に戻る。

「はあ、マジかよ。今月どうしよう」

逆にプロデューサーは、死にそうな感じになりよる。

「ふうっ、取り敢えず事務所に入ろう」

「お、おう」

プロデューサーの後に着いて事務所に入る。

********

事務所の中は、凄かった。
何だかとてもファンタジーな空間じゃった。
ファンタジーという言葉に違和感を感じさせないぐらいの、変な空間じゃった。
この妙な空間を作っとるのは、ここにいる人物たちのせいじゃろう。
でっかいのから、ちっこいのまで色んな奴がおる。本当に色んな意味で、でっかいのからちっこいのまで。国籍が違う奴もおる。

容姿だけで、もう様々な奴がおるのに、中身も変な奴ばかりじゃった。

どれくらい変かと言うと、まだ会話もしてないのに、こいつは変人だ!と感じる奴だらけじゃった。
会話しなくてもわかってしまうんじゃけぇ、きっと話せばもっと変なとこに気が付いていくじゃろう。

「にょわー☆新しいアイドルにぃ!?可愛いィー!!ねぇねぇ!ハピハピすう?」

かなりの高身長の女がやたらハイテンションで、謎の言葉を使い話しかけて来よる。
なに言よるか全く分からん。
この娘は、うちの若い衆の誰よりも高いんじゃないかのう。

「はっ、ハピハピぃ?」

「き、きらりさん、ハピハピはやめときましょう」

今度は後ろから、うちよりもちっこい女の子がやって来た。何かよう分からんが、助かった気がするの。

「んー、じゃあさっちゃんがハピハピすう?」

「ボ、ボクは良いですよっ」

「そう、何か残念だにぃ」

大きな彼女は、身体を丸めて後ろに下がった。

落ち込んだ様子の彼女に、プロデューサーは駆け寄る。何かボソボソと二人で喋りよる。
そしてプロデューサーが手を広げて「ハピハピすぅーっ!!」と叫ぶ。
彼女は嬉しそうにプロデューサーを抱きしめた。
プロデューサーは嬉しそうに逝った。
ああ、あれがハピハピかぁ。受けんで良かったわ。

「ふふん、中々可愛いですね。まぁボクほどじゃないですけどね!」

急に大きな態度で、さっちゃんと呼ばれた子が胸を張って何か言いよる。

「はぁ、さっちゃん?かいのぉ」

「はっ、はい?」

「お前なんかムカつくのぉ」

「えっ!?ボクですか?ボクがムカつくんですかっ!?」

「ボクのことじゃあ。他に誰がおるんや?」

「ぷ……」

「プ?」

「プロデューサーさん!助けて、この子怖いです!!」

泣きながら、プロデューサーの方に逃げた。でかい態度のくせに、えらい打たれ弱いの。
てか恐いって、地味に傷付いた。

それからも入れ替わり立ち代わり、色んな子がうちに構いに来た。

「巴ちゃん俺出かけて来るから、皆と話していてね」

「どこに行くんじゃ?まだ何の説明も受け取らんぞ、寮がどこにあるんかも聞いとらん」

「後から教えるから、まだ今日新しい子が来るんだよ。迎えに行かなくちゃいけない」

「自分で来させえや」

うちは必死にプロデューサーを止める。何でもいいから、とにかくここから逃げたいんじゃ。
プロデューサーはニコニコ笑いながら出て行った。
あいつ絶対に、うちの気持ちを分かっとって行きやがった。

誰が助けてくれ。

うちは最近、ある悩みを抱えとった。
何でアイドルをしとるんじゃろうか。それがうちの抱える深刻な悩みじゃ。
うちはこんな事はしとうない。
アイドルなんて、どう考えたってうちには向いとらん。
何で親父は、うちをアイドルにさせたんじゃろうか。
何でこの事務所は、うちを受け入れたんじゃろう。
そんな事を、水着姿の今も考えとる。

「いいねぇ!最高だよ巴ちゃんっ、次は少しセクシーなポーズしようか!!」

今日のカメラマンは、凄く気持ち悪い。何だかうちを見る目が、嫌らしい気がするんじゃ。
先に撮った雫さんの時よりも、ハイテンションに見える。
こいつはロリコンという奴じゃろうか?

嫌悪感を顔に出さずに、何とか撮影を乗り越えた。
感情を表に出さんようにするなんて、今までは絶対に無かった。
アイドルを初めてからは、今までした事ない事ばかりをしとる。
でもそれらは決して、経験したかった事なんかじゃない。
ほんまに、たいぎいわ。

******

「巴ちゃん」

「ちゃんで呼ぶなって、言うとるじゃろうがっ」

隣で歩くプロデューサーに、文句を言う。

撮影が長引いたので、寮まで送ってもらう事になった。
うちはいいと言ったんじゃが、どうしても聞いてくれんかった。
仕事場から一度車で事務所へ皆で帰る。そこから寮まで数分歩くだけじゃけえ、問題無いってゆっとるのに。

「でさあ、巴ちゃん」

「…あほ」

「巴ちゃんって、アイドルを楽しんでないの?」

「楽しくなんかないわ」

「そっかあ」

「そうじゃ」

楽しい訳がない。
毎日に違和感を感じる。
一人で言葉も通じない異国に、放り込まれた気分じゃった。
周りの皆は優しくて可愛くて、うちとは別の生き物に見えた。

「いつまでこんな事をせんといけんのじゃろうか?」

「やっぱりやめたいの?」

「最初から言っとるじゃろうが」

「そうか」

「そうじゃ」

たいして中身のない会話をしているうちに、寮へと着いた。
寮はうちが最初に予想してたよりも、ずっと小綺麗な建物じゃった。
何でも、ちひろさんは商才が凄くて、事務所の資金はかなりあるらしい。

「じゃあの」

「おう」

寮にはプロデューサーが入れんけえ、入り口の前でプロデューサーと別れた。

階段を登り、奥の自分の部屋まで行く。鍵を開けようとした時、隣の部屋のドアが開いた。

「おう」

「こ、こんにちは」

幸子さんが、ドアから顔を出して固まっとる。

この人は最初うちよりも年下じゃと思ったけど、一つ上のようじゃった。
最初の一件以来、幸子さんはうちが苦手のようじゃ。
なのに。

「…お、お疲れ様です」

「おう」

「…あの、コンビニに行くんですけど、何かいりますか?」

「別にええわ、ありがとの」

「はい、…では」

幸子さんは、コンビニへと向かった。
幸子さんはうちが苦手なのに、うちに接して来る。幸子さんだけじゃない、皆が必要以上にうちに優しくする。
うちは別に皆と仲良うしようとは思っとらんのに。
皆と触れるほど、うちが異物じゃと強く感てしまうんじゃ。

「ほんまに、たいぎいの」

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