安部菜々「…半額弁当?」 (51)

立て直し



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───20:00 「スーパーたるき」

菜々「《狼》…」

自然とその言葉が口をつく



 需要と供給、これら二つは商売における絶対の要素である

 これら二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント……その前後に於いて必ず発生するかすかな、ずれ

 その僅かな領域に生きる者たちがいる

 己の資金、生活、そして誇りを懸けてカオスと化す極狭領域を狩り場とする者たち

 ───人は彼らを《狼》と呼んだ

あってる?

菜々さんごめんなさい

───20:15 「スーパーたるき」

重いまぶたを開ける

見えてくるのは蛍光灯の光
そして背中に感じるものは…冷たい、床

菜々「…あれ?」

よし、落ち着け、菜々
今日の出来事を振り返ってみよう

収録で遅くなった帰り、お世辞にも売れているとは言えないアイドル生活である
毎月送ってくれるありがたい仕送りを足しても、厳しいものがある

故に普段なら自炊で済ますところだが、今日は久々の収録で疲れていた
そして遅くなった帰り道に見えてくる、庶民の味方、しがないアイドルの味方、暖かい、スーパーの光

導き出された結論は、『値引きされた弁当』である

菜々「…??」

ますます謎だ

暖かい光に誘われてスーパーに入った私が、どうしてこんなに冷たい床の洗礼を受けているのだろ

床といえば、アイドルやっていたはずがいつの間にかスカイダイビングをしていた幸子ちゃんは元気だろうか?

彼女曰く、
『地面という物は素晴らしいですね…あることに感謝ですよ…』
らしいが、この冷たい床のどこに感謝すべきなのだろうか?

感謝すべきなのはこの床をツルツルに磨き、いつも清潔にしてくださっている店員さんじゃないだろうか?

店員さん、ありがとう
正規雇用でちゃんとした給料が貰えることに感謝しろ

そんなことを考えている内に、意識がはっきりしてくる

菜々「いつつ…」

身体中が痛い
あきらかに収録でのものではない
本当になにがあったのだろう?

そして思い出される、空腹

菜々「お腹…減った……」

そうだ、こんなところで店員に感謝している場合ではない
早くしないと『値引きされた弁当』が売り切れてしまう

疲れた体に夕食抜きは辛すぎる

早く起き上がないと

何よりも、スーパーで大の字になって寝そべっている自分への視線が、痛い

───

菜々「はぁー…お粥、か…」

結論から言うと、弁当は無かった

カップ麺コーナーを覗くも空っぽで、結局選んだのはレトルトのお粥である

菜々「お弁当…食べたかったなぁ…」

温まったお粥に、仕送りの梅漬けをのせる
小さい頃、酸っぱいのが苦手だった自分用に漬けてくれた甘い梅漬けである

梅の実を少しずつスプーンで崩しながら、懐かしい匂いとともに、湯気のたつお粥を口に運ぶ

食べ慣れた甘さと、微妙な酸味がご飯によくあっている

そして何より、安心する味だ

菜々(思い出せない…なんでだろう…)

菜々「湿布が増えるなぁ…」



菜々「…ウサミンパワー!!」ガタン

菜々「ウサミン星人は、その人間の理解をはるかに超えた超常パワーで、記憶を蘇らせる事が出来るのだー!!」

菜々「むむぅー…」

菜々「…」ミョンミョン

菜々「……」ミョンミョンミョン

菜々「………」ミョンミョンミョン...

菜々「…………」ミョン...

菜々「…はぁ……寝よう…アホらしい…」バサッ

余談だが、後に聞いたところによるとその日、近所でUFOを見た人がいるらしい
なにそれ怖い

書くか…

三人組どうしよう…

───19:50 「スーパーたるき」

菜々「ふぅ……よし」

また…また来てしまった

『スーパーたるき』

今日も遅くなった帰り道
そして見えてくる、昨晩と同じスーパーの光

もちろんお腹は減っているが、何よりも興味があった

──昨日、ここで何があったのだろう?


自動ドアを抜け、惣菜売り場に急ぐ

…どうやら弁当はまだ残っているらしい
ちょうど店員が、弁当にシールを貼り終えたところだった

店員とすれ違いながら、弁当コーナーへと向かう

菜々「…ある」

念願の弁当である
しかも値引きシールは…『半額』

なんの事はない、後はその『半額弁当』を手に、レジへ行くだけである
昨日のあれは何だったのか?

待ちに待った弁当へと手を伸ばす

──バタン、と、扉の音がする

──伸ばしたその手は、どこからか現れた別な人間の手にはじかれていた

菜々「…なっ!」

菜々(いつの間にか…囲まれてる!?)

彼ら、彼女らは一様に私を睨みつける
その目に浮かぶのは、侮蔑の色

「弱きは叩く──」

どこからかの声と共に、顔面へパンチが飛んでくる

菜々「ちょ…」

とっさに腕でガードするが、足元の注意が削がれた
足払いをくらい体制が崩れる

「──豚は潰す──」

腹にくい込む感触
掌底と二、三発の蹴りをもろにくらい、一気にとなりの精肉コーナーまでふっ飛ばされる

菜々「がっ…ふ…」

スーパーの床を転がりながら衝撃を和らげる

菜々「いっ…つ…」

菜々「…何…これ…」


──夢を見ているのだろうか?

たしかに自分はアイドルという職業柄、人に夢を与える立場であるし
その中でも特に私は大きなお友達に、永遠の17歳という夢を見せてはいるが…

だが、目の前のこれはいったい…

──弁当コーナーを前に十数人の人達が乱戦を繰り広げている

そして皆が同じ目をしている
狩人の目

菜々「《狼》…」

自然とその言葉が口をつく


──その乱戦から一人、飛び出す者がいる

『彼女』は巨体の男を踏み台に軽々とジャンプし、天井を蹴り、目の前にいたピアスの男に勢いそのまま蹴りをかます

巨体の男とピアスの男がその場に崩れ落ちる

菜々「…嘘……」

『彼女』は見慣れた人物だった



数々の逸話の持ち主にして、安部菜々と同僚のアイドル
シンデレラプロダクション所属、輿水幸子

またの名を───《自称・天使》といった

寝る

───20:15 「事務所」

毎回思うのだがこの事務所は大丈夫なのだろうか?

事務所の片隅では大量の酒瓶が並び宴会が始まっていた
マティーニをジョッキで飲もうとしている者がいるがそれはそういう飲み物ではない

TV付近は誰が持ってきたのかぴゅう太からPS3までありとあらゆるハードで埋まっている

仮眠室にいたっては既に何者かにより十数種類のトレーニング機器が設備されたトレーニングルームと化している

唯一の憩いの場である中央のソファーでは、同じく同僚のまゆちゃんが鉄の匂いのする赤い液体とチョコを微笑みながらかき混ぜている

何よりも怖いのは、渡されるであろう本人がその横でニコニコとその作業を眺めている事である

よく見たら目が死んでいた
私たちはプロデューサーに辛くあたりすぎていたのかもしれない


幸子「…5分ですね」

菜々「あ、はいはい…っと」

どん兵衛の蓋をバリッと剥がす
だしの香りが鼻をくすぐる

幸子「それでは…」

幸子・菜々「「いただきます!」」

菜々「…」ズゾゾゾゾ

昼以来の固形物、柔らかい麺とかつおのだしが胃に染みる

菜々「ほぁ……」

一息ついたところで感じる、匂い

菜々「…?」

幸子「…!ふふん、気づいたんですね!」

菜々「う、うん…これってバターの匂い?」

…おかしい
幸子ちゃんの弁当をチラッと見たが、たしか鮭の名前が入っていたはずだ

幸子「これはですね、鮭のバターホイル焼き弁当です!」

菜々「ホイル焼き?」

幸子「正確にはきのことバターのホイル焼きですね、おかげで香りがいいこと!」

幸子「匂いだけでも嗅がせてあげましょう、ボクは優しいので!」

幸子「で、ですね、スーパーに並ぶ弁当としては異例のホイル焼きですね、もちろん冷凍食品の流用とかじゃありませんよ?」

菜々「手作り…?」

幸子「そうです!なんでも《半額神》は以前までたるき亭という食堂をやっていたらしいです」

幸子「それでですね、ホイル焼きという特性上レンジは禁物ですから、《半値印証時刻》に並ぶのはいつも出来たてです!」

幸子「そのこだわりは弁当の容器にまでいたります!冷めにくいように他の弁当とは違う設計、材質なんですね」

幸子「他にもですね…」

菜々「…《半額神》?《半値印証時刻》?」

幸子「…後で話しましょう」

…すごいと思った

弁当にかける手間のかけように、そしてそれを淀みなく言える幸子ちゃんに

そのドヤ顔さえなければきっと盛大な拍手を送っていただろう

菜々「一口…」

幸子「駄目です、勝利の味は勝者のみが味わえます」

菜々「ほんの少し…」

幸子「ふふん、菜々さんにはまだ早いですね!」

菜々「ぐっ…」

悔し紛れに油揚げに思いっきりかぶりつく
だしが口の中にじわっと広がる

意外と敗者の味も悪くないかもしれない

菜々「いただきました…」

幸子「ごちそうさまでした」


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