みく「……怨みの門?」 (47)

※注意事項※
このSSは、「モバマス×スカイハイ」です。
スカイハイという作品を扱っているため誠に申し訳ありませんが、登場人物が死にます。
タイトルで分かる人もいると思うのでここで言いますが、このSSでは前川みくが死んでしまいます。
この事が本当に許せない方は、読む前にブラウザバックすることを推奨します。
この事が許せる方、許せないけど内容が気になる方、「みくにゃん愛してる! たとえみくにゃんが死んでも愛してる!」という方などは、少しの間お付き合いくださいませ。


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Phase 1
監督「よーし、OK! みくちゃん、よかったよー」

みく「本当ですかにゃ! にゃふふ、一発でOK出しちゃうなんて、やっぱりみくは天才なのにゃ!」

監督「いやーみくちゃんと仕事できるなんてうれしいよ! またよろしくね!」

みく「はいにゃ! よろしくお願いしますにゃあ!」

今日は、何とかっていうジュースのCMの撮影のお仕事。
Pチャンがみくのために、久しぶりに取ってきてくれたお仕事だ。
最近暇そうだったから仕事取ってきてやったぞ、と言われたのはつい先日のお話で、Pチャンはすごく嬉しそうにしていた。
あんなに嬉しそうなPチャンは久しぶりに見た。最後に見たのは、確か、みくがCDデビューした時……だったかな、どうだったっけ。

みくがCDデビューした時は、お仕事がいっぱいあった。
でも、その頃に他のアイドルたちもCDデビューしていて、その子たちとお仕事する機会もあった。
他のみんなは、どんどんお仕事が増えていったみたい。テレビのお仕事だと、レギュラーだったり、ゲストだったり。
CMでも、よく見かける。ライブも沢山やってるみたいで、ファンもいっぱい増えていた。
え、みくのお仕事? にゃっはっは、何言ってるのにゃ! 沢山あったに決まってるじゃない!
……って言うのは、半分嘘。
最初はいっぱいあったけど、お仕事がどんどん減っていって……
あの頃、もっと頑張っていれば、今もお仕事がいっぱいあったのかな。

お仕事がなくなってからは、毎日毎日レッスンをしていた。お仕事を貰うためには、みくのレベルを上げないといけないからね。
ちひろさんが暇な時には一緒に外に出て街頭活動をしてみたけれど、あんまり成果は上がらなかった。
オーディションも、沢山受けた。でも、全部落ちてしまった。
みくの頑張りが足りないせいか、Pチャンはいつも悲しそうな顔をしていた。
そんなPチャンを心配そうに見ているとき、みくと目が合うとPチャンはいつも決まって『みく、ごめんな』と言うのだった。
そんな時、みくはいつも『みくも、いっぱいお仕事貰えるようなアイドルになれるように頑張るにゃ』とは言うけれど、Pチャンはますます悲しそうになるだけだった。

そんな時にやってきた、久しぶりの大きなお仕事!
どうやら、監督さんがみくのファンだったみたいで、話がさくさく進んだのだと、後からちひろさんから聞いた。
ちひろさんとお話してた時のPチャンも、すごく嬉しそうだったんだって。
このお仕事がうまくいけば、監督さんのコネでいろいろお仕事が回ってくるかもしれない。
ライブにも呼ばれちゃったり、新しい曲も出しちゃったりして!
そして、みくはまたトップアイドルへの道へ戻る! みくは、また走りだすのにゃ!

きっと、きっとそうなるはず、だったのに。

みく「Pチャーン! みく、疲れたにゃあー」

あの頃はみくのお仕事が終わると、Pチャンはいつも、よくやったな、ってみくの頭を撫でてくれた。
今日は久しぶりのお仕事だったから、絶対に撫でてくれるはず。
早く撫でてほしくて、撮影の様子を見ていたPチャンのもとへ走っていく。
急がなくてもPチャンは逃げたりしないのに。
にゃはは、それがいけなかったのかにゃあ……

P「おい、走ると転ぶぞー」

みく「に``ゃ``っ``」

P「ほーら転んだ。だから走るなって言ったのに」

みく「うー……いったあ……」

その時どこからか、何かが壊れる音が聞こえた。

スタッフA「前川さん! 上! 危ない!」

みく「え?」

天井からみくの頭めがけて、照明が落ちてきていた。
でも、急に言われても、みくには何のことだかさっぱりわからない。
おまけにさっき転んだせいで、急に動くなんてことができるわけもなく。
上を向こうとしたときには、もう遅かった。
鈍い音がスタジオ内に響き渡り、辺り一面に鮮やかな赤い花を咲かせる。

P「……え」

スタッフB「きゃああああああああああ!」

スタッフC「ちょっと! 誰か救急車呼んで! 早く!」

プロデューサーがみくに駆け寄り、みくの体を抱き起こす。

P「おい、みく。返事しろよ、なあ、おい!」

いくら呼びかけても、返事は返ってこない。
いくら体を揺さぶっても、何の反応もない。
足元は、みくの頭部から流れ出るもので赤く染まっていた。

P「みくうううううううううう!」

Phase 2
気が付けば、そこは真っ暗な世界。もう夜になってしまったのだろうか。
……何も思い出せない。けれど、少しずつ思い出してきた、ような気がする。
たしか、みくはスタジオで撮影をしていたはず。でも、周りを見回しても誰もいない。
周りにあるのは、枯れた木のようなものだけ。
いったい何が起こってるっていうのだろうか。

みく「……Pチャンを、見つけなきゃ。Pチャンのとこに、帰らなきゃ」

いつまでもここにいても、何も変わらない。そう思って、歩き出した。
どこに向かっているのかはわからない。少しもたたないうちに、その辺をぐるぐると回っているかのような感覚にとらわれた。
それでも、歩く。歩き続ける。前に、前に。
いったいどの位歩いただろうか。向こうに、ぼうっと光る、何かが見えた。

みく「なんだろう、あれ」

その光に向かって歩くと、すぐに開けた場所に着いた。
そこにあったのは、とても古い建物。
よく見るととても大きくて、正面にある扉は何かの門のように見える。

みく「何、これ……? ここは、どこなの……」

よくわからないが、とても気味が悪い。こんな所には一秒だって居たくない!
さっきからいろんなことが一気に起こり過ぎて、頭がパンクしそうだった。

???「ようこそ、怨みの門へ」

みく「うわあっ!」

真っ黒な衣装を身に纏ったその人は、いきなりみくの目の前に現れた。いきなりすぎて、思わず叫んでしまうほど驚いてしまった。

みく「あ、あなたは誰!?」

???「私は門番のイズコ」

みく「い、イズコさん! こ、ここはどこなんですか!」

イズコ「今、言ったわ」

みく「も、もう一回お願い!」

イズコ「ここは、怨みの門よ」

みく「……怨みの門?」

イズコ「そう。ここは、殺されたり不慮の事故にあった魂の来る場所。あなたは死んで、魂だけの存在になったの」

みく「し、死んだ!? みくが!?」

イズコ「そうよ、前川みくさん。あなたには、十二日間で三つの行き先のうち、一つを選んでもらうわ」

みく「ちょっと、ちょっと待って!」

もう、頭がパンクしていた。ただでさえパンクしそうだったのに、いろんなことを急に言われて。
それに、一番わからないことがある。そんなわけない。だって、みくは、今。

みく「みくが死んでるわけないじゃない! だって、だって、今! こうやって」

イズコ「生きている……そう言うのね」

みく「生きて……あれ」

イズコ「ここに来た人はだいたいそう言うわ。死んだときのことは、今は忘れているの。でも、すぐに思い出すわ。まずは、落ち着なさい」

みく「お、落ち着けって言われても」

イズコ「あなた、アイドルだったのでしょう? いつもそうやって取り乱しながら人の前に出ていたの?」

みく「……あ」

イズコ「落ち着いたら、話の続きをしましょう」

そういうと、イズコさんは何処かへ行こうとした。

みく「待って!」

イズコ「何?」

みく「あ、あの、一緒にいてほしいな、って。こんな所に一人でいたら、おかしくなりそうで」

イズコ「そう、いいわ。一緒にいてあげる」

それから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。みくも、イズコさんも、何も話さない。
ただ、ただ、静かな世界。こんな所に一人でいたら、確実におかしくなってしまう。
何も話さなくても、隣にイズコさんがいるだけで、安心できる。
事実、最初にここに来たときはとても気味が悪くて、すぐに何処かへ行きたかった。
でも、イズコさんが来てから、その気味の悪さは何処かへ行ってしまった。
ようやく、落ち着いてきた。そして、思い出してきた。みくが、死んだ時のこと。

みく「みくは、死んじゃったんだ。天井から照明が落ちてきて、みくの頭に当たった。どう、あってるかにゃ?」

イズコ「あっているわ。その話し方ができるなら、もう大丈夫みたいね」

みく「にゃふふ、みくはいつまでもぐずぐずしてないのにゃ。それで、さっきお話の続きをしてほしいのにゃ」

イズコ「話の続きというのは、これからのあなたの行き先について」

みく「えっと、十二日で決めなきゃいけないんだよね?」

イズコ「ええ、行き先は三つ。一つ、死を受け入れ天国へ行き、再生のための準備をする」

イズコ「二つ、未成仏霊となって、現世を彷徨う」

イズコ「そして、三つ。人間を一人、呪い殺す」

みく「のっ、呪い殺す!?」

イズコ「ただし、人を殺めたものは地獄へ行き、再生のない苦痛を味わうことになるわ」

みく「呪い殺すだなんてとんでもないにゃ! そんなこと、みくはしないよ!」

イズコ「そうなの、残念ね。行き先が三つから二つに減ってしまったわ」

みく「呪い殺して地獄行きなんて行き先はいらないにゃあ!」

イズコ「そう、これは減っても悲しくはないのね」

みく「そんなのは最初からいらにゃいって……ん? イズコさん、今『これは』って言った?」

イズコ「だって、アイドルはファンが減ったら悲しいのでしょう? 特にあなたの場合は、なおさら」

みく「あれは、ファンのみんながみくの事をからかって……あれ、なんでイズコさんがそんなこと知ってるんだにゃ? それにさっきも。みくがアイドルだったなんて、一言も言ってないのに」

イズコ「ここで門番をしていると、よく現世に下りることがあるの。その時に、いろいろと見るのよ。もちろん、あなたの事も知っているわ」

みく「うー、なんだか恥ずかしいにゃあ……あ! そうだ、Pチャン! あの後、Pチャンはどうなったのかにゃ!」

イズコ「それは、あなたの行き先を決めるのに必要なこと?」

みく「そんなことどうでもいいにゃあ! みくは、どうなったのかって聞いてるの!」

イズコ「それなら、自分で確かめた方がいいわ」

みく「へ?」

イズコ「見に行きましょう、あなたのいなくなった世界を」

Phase 3
ちひろ「プロデューサーさん、みくちゃんのご両親、明日には来れるそうです」

P「……そうですか」

みくたちが現世に下りたときには、もう夜になっていた。Pチャンは今にも倒れそうなほど憔悴しきっていた。
ちひろさんも、とても悲しそうだった。……みくが死んじゃったから、二人ともこんなことになっているのか。

イズコ「死んだ人の中には、一人きりで、誰にも知られず死んでいき、忘れ去られる人もいる。悲しんでくれる人がいるだけ、あなたは幸せじゃないのかしら」

そうなのかな、よくわかんないや。でも、みくの事を気にかけてくれているのは、嬉しいと思う。
もっとも、こんな最悪なレベルの迷惑をかけたくはなかったけれど。

ちひろ「まさか、照明が落ちて来るなんて。あそこのスタジオ、少しガタが来ていたそうですよ。そのうち、工事する予定だったんだそうです」

P「……だからって。だからって、今日! あんな事故が起こらなくたっていいでしょう!」

ちひろ「プロデューサーさん……」

P「久しぶりの、久しぶりの大きな仕事だったんです! ここから、またトップアイドルになるために走り始める所だったんです! なのに、こんなのって! あんまりですよ!」

Pチャンは叫ぶ。その声は少し枯れていた。目も、赤く腫れていた。あれから今まで、どれだけ叫んだのだろうか。どれだけ泣いたのだろうか。

P「こんなことなら! こんなことになるなら! あんな仕事取ってこなきゃ」

事務所の中に、乾いた音が響く。ちひろさんが、Pチャンの頬を叩いたのだ。

P「ちひろさん、何するんですか」

ちひろ「ごめんなさい、すぐにプロデューサーさんを止める方法が、他になくて」

ちひろ「プロデューサーさん、それだけは、それだけは言っちゃ駄目です」

P「だって、この仕事がなければみくは」

ちひろ「それでも。それでも、です」

ちひろ「このお仕事を取ってきて、喜んでいたのは誰ですか。一番喜んでいたのは、誰だと思いますか」

P「そ、それは」

ちひろ「みくちゃんのお仕事が無くなってから、二人ともすごく落ち込んでて。こっちまで気が滅入りそうな毎日でした」

ちひろ「でも、プロデューサーさんがこのお仕事を取ってきたとき、事務所の中がすごく明るくなったんです! 昔みたいな、あの頃みたいな雰囲気になって、私だって、すごく嬉しかったんです。それを、それを」

P「……ごめんなさい、ちひろさん。俺、言いすぎました」

ちひろ「……私も、少し熱くなりすぎました、ごめんなさい」

こんなに感情的なちひろさんは、初めて見た。あのとても冷静で優しいちひろさんが、こんなに取り乱すなんて……

ちひろ「とりあえず、今日はもう休みましょう。アパートまで送りましょうか?」

P「いえ、大丈夫です。今ちひろさんに怒られて、少し落ち着きました」

それから少しして、二人は事務所を後にする。真っ暗になった事務所にいるのは、みくとイズコさんだけになった。

イズコ「さて、どうする? まだこっちにいる?」

うん。きっと、ちひろさんは大丈夫かもしれない。でも、Pチャンの事が心配だから。なんだか、今にも消えてしまいそうで、とっても心配なの……

イズコ「いつ戻ってきてもいいわ。でも、決断の期限は守って頂戴」

守らないとどうなるの、と問うと、イズコさんは、選択肢がもう一つ減るわ、と答える。それは一大事にゃ、とみくは笑う。
窓の外を見ると、Pチャンが事務所から出たところのようだ。早く追いかけないと、見失っちゃう。

じゃあまた後でね、とイズコさんに別れを告げて、Pチャンを追いかける。
ふらふらと歩くPチャンを見ていると、ちっとも大丈夫そうに見えない。
その隣を、並んで歩いてみる。触れられないとわかっていても、手を重ねてみる。
気休めかもしれないけど、Pチャンが事故に遭ったりしないように、みくが道路側を歩く。
心なしか、Pチャンがこっち側にふらふらと来なくなったような……気のせいかにゃあ。

こうやって歩いていると、思い出すにゃあ……前に、Pチャンがみくのレッスン終わりに迎えに来てくれた時のこと。
たしか、ちょうど車を修理に出したから、歩いて迎えに来てくれたんだっけ。
あの時はぶーぶー文句を垂れたっけなあ。みくはレッスンで疲れてるのに徒歩ってどういうことにゃあ! って。
ごめんごめん、そこのケーキ屋で好きなもの買ってやるから、なんて甘い言葉に騙されて。
その日はダンスのレッスンで、とても疲れていた。もう一歩も歩けないくらい!
でも、Pチャンと手を繋いで歩いてる時だけは、疲れは何処かに飛んでいってしまっていた。
あの時の事は、とってもいい思い出。絶対に忘れたりしない。というか、たまに思い出してにやにやしてたりするのにゃ。
……ここだけの話にゃ。こんなこと、Pチャンとちひろさんに知られたらどうなるか————

その時、みくは気づいていなかった。プロデューサーのアパートに着くまで、二人の重なった手の位置が、少しもずれていなかったことに。


みくと別れ、怨みの門に戻ったイズコの前に一匹の蛙が現れた。

『イズコよ』

イズコ「何でしょう、門主様」

『なぜあの少女を現世に残してきたのだ?』

イズコ「彼女はまだ行き先が決まっていません。まず、呪い殺す相手がいません。再生のための準備をするには未練が多すぎます」

イズコ「かといって、現世を彷徨うにはまだ覚悟が足りません。だから現世の様子を見せて、自分で決断できるようになるまで待つのがいいと判断しました」

『お前は、あの少女に肩を入れすぎているのではないか』

イズコ「そんなことはありません」

『あまり私情を挟むと、自分がどうなるかわかっているだろう?』

イズコ「はい、門主様」

『お前の代わりなぞ、いくらでもいる。それを忘れるな』

それだけ言って、門主と呼ばれた蛙は姿を消した。
怨みの門を訪れた者に対し私情を挟むと、イズコの魂は地獄に落ちる。イズコもまた、現世で死んだ者なのだ。

イズコ「……私情、か。私は、あの子の事をどう思っているのか」

前川みく。アイドルとしてデビューした当時の彼女は、ただ猫を人間にしたようなものだった。
しかしそれは不完全で、ところどころに襤褸が出ていた。
が、そこが受けたのだろうか、彼女のファンはどんどん増えていった。
バラエティ向きの性格をしていたため、絶頂期には仕事が沢山あったようだ。
しかし、だんだんと飽きられでもしたのか、仕事が減っていった。

言葉が悪いかもしれないが、こんなに落ちぶれても、今の彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
それは、死の直前の仕事のせいだけではない。それは、いつかまた夢を追いかけるという闘志の現れ。

夢。心に描き、追いかけるもの。決して届くことのない、しかしいつか届くかもしれない目標。
私は、夢を持つことさえ許されなかった。
もしかして、私は彼女に羨望の情でも抱いているのだろうか————

Phase 4
アパートに着くなりベッドに倒れこみ、翌朝まで死んだように眠ったPチャン。
Pチャンの枕は、涙で濡れていた。どんな夢を見ていたか、想像がつく。あっているかどうかは別としてね。そもそも夢を見ていたのか、とかそういうのはなしにゃ!
きっと、みくの夢を……ゴホン。なんでもないにゃ。

P「ん……もう朝か。ふう、シャワー浴びて事務所に行かなきゃ」

ちょっと、Pチャン? まさかみくがいるってのにそこで服を脱ぐなんて真似を……あ、そっか、みくのこと、見えないんだっけ。
おっと、目にゴミが入っちゃったみたいだにゃ。これはPチャンがお風呂から上がって着替えるまで取れそうにないレベルのゴミだにゃあ。
なんてことをしていると、すぐにゴミが取れてしまった。Pチャン、準備するの早いにゃあ……

Pチャンはもうアパートから出ようとしていた。Pチャン、朝ごはん食べないと駄目だよ! なんて言っても伝わるはずもなく。
しかしその直後、棚に置いてあったゼリー飲料が落ちた。十秒チャージしたら二時間キープできるという優れもののアレである。
さすがにPチャンもそれが落ちたのに気付いたようで、それを拾って、開封して飲み干していた。
ナイスなタイミングで落ちる、いい奴だったにゃ。心から惜しみない賞賛の拍手を送るのにゃ!

Pチャンとみくが事務所に着いた時には、もうちひろさんがいた。
おはようございます、と言うPチャンを見て、にっこりと笑うちひろさん。もう大丈夫だなって思ったのかな?
当然だにゃ、なんてったってみくが付いてるんだからね! この場合、憑いてる、の方がいいかにゃ?

それから数時間後。事務所に、みくのパパとママがやってきた。
久しぶりに見るパパとママは、少しやつれてるように見えた。無理もない、自分の子どもが死んでしまったのだから。
子どもが死んで悲しまない親がどこにいるのだろうか。もしいたら、そいつはとんでもない奴だにゃ。

P「お父様、お母様、おはようございます。この度は本当に申し訳ございませんでした」

みくパパ「あはは、いきなり謝らんでくださいよ。今回のは不慮の事故ですから。プロデューサーさんには何の罪もありませんから」

P「ですが、その」

みくママ「むしろお礼を言いたいくらいです。最後までうちの娘に付き合って下さって、ありがとうございます」

それを聞いたPチャンとちひろさんは、泣きそうになっていた。
パパもママも、涙一つも見せない。二人とも、やっぱりすごく強いなあ。自慢の親ですにゃ。ふふん。

その後、みんなで病院まで行くことになった。
霊安室まで行くと、誰かがベッドに横たわっているのがわかる。
顔にかかった布を取ると、みくの可愛らしい顔が見えた。どうやら後頭部に当たったみたいで、顔は何ともなかったみたい。
よかったにゃあ……顔がぐちゃぐちゃだったらさすがに嫌だからにゃ……

あれ、Pチャンとちひろさんは、もう霊安室から出ていくみたい。
……みくも出て行こうかにゃ、なんだかここにいたら泣いちゃいそうだからにゃ。

ちひろ「みくちゃんのご両親、とても強かったですね」

P「そうですね、俺とちひろさんの前じゃ涙一つ見せなかった。きっと、親になると強くなれるんでしょうね」

ちひろ「あはは、私たちじゃいつまでも勝てそうにありませんね」

P「あはは、そうですね」

そんなことを言いながら笑い合えるくらいにまで元気になったPチャンとちひろさん。
これで、ようやく行き先が決められそうだ。心残りは……あるといえばある、けど。

それからちょっと時間が経って、パパとママが部屋から出てきた。二人とも、目が赤い。やっぱり、お外に出ててよかった。
あのままあそこにいたら、絶対に泣く自信があった。ぐすぐす泣くなんて、みくのキャラじゃないにゃあ。
でも、何を喋ってたか、少し気になるにゃ。でも、もう終わっちゃったことだもん、気にしない気にしない。

いつの間にか、太陽はみくたちの真上を過ぎていた。
パパとママは、みくを連れてすぐに帰るって言ってた。二人とも、お仕事忙しいもんね。いつまでもこっちにいるわけにはいかないにゃ。
みくのお部屋は、そのうち片付けに来るらしい。みくが鍵を持ってるけど、一応Pチャンにスペアを渡している。何かあった時のために、ね。
もし忙しいようであれば、こっちで片付けておきますので——なんてPチャンが言ってた。
一応それなりに片づけてあるけど、自分の部屋に入られるのは恥ずかしいにゃあ……

それから、Pチャンとちひろさんは事務所に戻ってきた。事務所の空気は、まだ重い。
みくがもう大丈夫かもなんて思っても、人の心はすぐには変わらない。やっぱり、まだまだ心配だ。

ちひろ「プロデューサーさん。みくちゃんの衣装、どうしましょう」

そう言うちひろさんの視線の先にあるのは、段ボール。
その中には、あの日、みくが着ていた衣装が入っていた。もちろん、衣装の一部は赤黒く変色している。
あの日付けていたお気に入りのねこみみは、照明がぶつかったときに壊れてしまった。それも、そのまま入っているようだ。

P「ああ、あれですか。どうしましょう、そのまま置いといてもどうしようもないですよね……」

さすがに、事務所の中に血塗れの衣装が入った段ボールが置いてあったら、気味が悪いにゃー……

ちひろ「うーん、どうしましょうか。とりあえずいい案が思いつくまで、プロデューサーさんの机の横に置いておきましょう」

P「ちょ、なんで俺の机の横なんですか」

ちひろ「だって、みくちゃんの衣装、捨てたくないでしょう?」

P「だからって、何も俺のそばに置かなくても」

ちひろ「ふふ、正直になったらどうですか? 私が捨てるって言ったら、どうせ俺が捨てときますよとか言って持って帰るんでしょう?」

P「うぐ」

ちひろ「私知ってますよ? みくちゃんがいない隙に、みくちゃんの脱いだ上着を手に取って」

P「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー」

え、なにそれ。みく、そんなの知らないんだけど? Pチャンの変態!

ちひろ「それに、嘘だとしてもそんなに嫌そうにして……その辺にみくちゃんがいて聞いてたらどうするんですか? 絶対悲しそうな顔してますよ?」

ちひろ「プロデューサーさん、前に言ってたじゃないですか。『誰が何と言おうと俺は絶対にみくのファンをやめたりしないぞ!なんてったって俺は』」

P「きゃああああああもうやめてえええええええ」

ちひろ「えー、まだ全部言ってないですよー」

P「やめて。心が壊れちゃう。恥ずか死しちゃう」

ちひろ「ふふふ、なんですかそれ」

あー、あれか。ファンにからかわれてるだけだって分かってても、ちょっときつかったからね。あれを言ってもらったときは、すごく嬉しかったにゃ。

さっきはまだ心配だ、なんていったけれど。このやり取りを聞いていると、もう大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
きっと、もう大丈夫。みくがいなくても、大丈夫だって分かった。
ママとパパほどじゃないけど、Pチャンもちひろさんも、十分強いにゃ!

きっとそのうち新しい子が来て、Pチャンはその子のプロデュースを始めるのだろう。
その子は、どこまで行けるのだろう。できることなら、みくの出来なかったことを、みくの夢を叶えてほしい。
そう。トップアイドルになるという、アイドルならだれもが見る夢を。

もう満足したにゃ。後は、怨みの門に戻って、これからの事を考えよう。
まだまだ時間はある。けれど、イズコさんだってお仕事があるもの。みくにだけ構ってるわけにはいかない。
早く決めないと、迷惑だもんね。

怨みの門へと帰る。それを考えただけで、みくの体はふわりと浮いた。
じゃあね、Pチャン、ちひろさん。そう言うと、みくの体は勢いよく舞い上がる。
事務所の天井をすり抜けて、みくの体は空を舞う。地面がどんどん遠ざかっていくのがわかる。
その時、何故か事務所の周りが少し暗くなっているように見えた。目の錯覚だろうか?

そんなことを考えているうちに、いつの間にか怨みの門に帰ってきていた。

Phase 5
みく「ただいまにゃあ!」

イズコ「どうだった? あなたのいない世界は」

みく「うん。ちょっと悲しいけど、みくがいなくても大丈夫みたいだったにゃ」

イズコ「それは、あなたにとっていいこと? それとも悪いこと?」

みく「みくのおかげでみんなが強くなるならいいこと、みくのせいでみんなが悲しむだけなら悪いこと、かにゃ?」

イズコさんに、あっちで見たこと、聞いたことを話した。イズコさんは、黙って聞いていてくれた。
そういえば、この人は何でここにいるんだろう。……神様みたいなものなのかな? そういうことにしておこうかな。聞いても多分教えてくれないと思うし。
うーん、でも、やっぱり聞いてみようかな。今しか聞けないしね、やれることはやれるうちにやるにゃ!

みく「ねえ、イズコさん? イズコさんは、どうしてここにいるのにゃ?」

イズコ「……そんなつまらないこと、聞いても仕方ないわ」

みく「そっか、そうならいいんだ。言いたくないことは誰にだってあるしにゃー」

やっぱり教えてくれなかった。うん、知ってたにゃ。

みく「イズコさんは神様みたいな存在かと思ったんだけど、もしかしてイズコさんも死んじゃった人だったりしてにゃ! にゃーんて、冗談冗談」

イズコ「……さあ、どうかしらね」

みく「んと、それで、行き先の話なんだけどにゃ」

イズコ「決まったの?」

みく「うん、天国に行こうかなって。また生まれ変わって、トップアイドル目指すのも悪くないかなーって思ったのにゃ」

イズコ「本当にそれでいいのね?」

みく「うん、後悔なんてないにゃ。Pチャンとちひろさんは元気にやっていけるにゃ」

イズコ「その選択、承り」

みく「あ! ちょっと待って!」

イズコさんの言葉を遮り、叫ぶ。

イズコ「……どうしたの?」

みく「その、こっちに帰ってくるときに事務所の周りがすこーし暗くなってたのにゃあ……おかしくない? まだ太陽は出てたのに」

イズコ「それは、霊が集まっているのよ。それも、良くない霊」

みく「え?」

イズコ「今のあなたは魂だけの存在。彼らと同じだからこそ、あなたはようやく彼らが”そこにいる”と気づけた」

イズコ「霊はとても気まぐれなもの。良い霊が集まっていればいいことがあるかもしれない。その逆もそうよ」

みく「運みたいなものかにゃあ? えっと、それじゃあうちの事務所は」

イズコ「その霊たちに引っ張られて、良くないことが起こるかもしれない。もしかしたら、あなたの事も、そのせいかもしれないわ」

イズコ「少しだけならまだ対処できる。でも、もっと集まって強い影響を与えられるようになったら、もうどうしようもないわ」

みく「そんな! じゃあ、どうしたらPチャンとちひろさんを守れるの?」

イズコ「人によって引き起こされることは、人の力でどうにかすることができるわ」

みく「……あ! じゃあ、霊が悪さをするのなら!」

イズコ「さあ、どうする? あなたの大切な夢を追いかけるか。それとも、あなたの大切なものを守るか」

みく「そんなこと、言われなくても決まってるにゃ!」

イズコ「……もう一度聞くわ。本当に、それでいいのね?」

みく「今度こそ、迷わないにゃ! 二人には、今までお世話になったんだもん。今のみくにしかできないことで、恩返しするのにゃあ!」

イズコ「その選択、承りました」

イズコさんが喋り終わるのを待っていたかのように、門が開く。
その向こうに広がっていたのは、見慣れた光景。Pチャンとちひろさんが、机でお仕事をしているようだ。
Pチャンの机の横に置いてある段ボールは開かれていて。
その中から取り出したであろう、みくの血で汚れた、みくのお気に入りだったねこみみが、Pチャンの机の上に置いてあった。
あんなものを横に置いてお仕事できるなんて、Pチャンはどうしようもない変態さんだにゃ。
やっぱりみくが付いてないと、駄目だね。これからは、ずっと一緒にいるから————

みく「ありがとう、イズコさん。本当に短い間だけど、お世話になりましたにゃ」

振り返り、お礼を言う。笑おうとするけれど、顔が引きつって、うまく笑えない。
こんなに短い間だったのに、なぜか、別れるのがとても辛い。
みくのほほを、あたたかいものがながれていく。
にゃはは、もう、うまくわらえないや……

イズコ「あなたはアイドルでしょう? ファンに泣いている所を見せていいのは、引退するときだけよ」

みく「えっ」

イズコ「私、あなたのこと好きよ。これからもみくにゃんのファンを続けます、なんてね」

みく「なっ……何を言うのにゃ! そんなの当たり前にゃ! だってみくは、みんなから愛されるアイドルなんだからね!」

みく「ねえ、イズコさん。……また、会えるかにゃ?」

イズコ「……そうね。あなたがいい子にしていれば、きっと会えるわ」

その瞬間、イズコさんが、笑ったように見えた。
そして、門の先を指差し、言い放つ。

イズコ「さあ、お行きなさい——」

Phase 6
みくが事故に遭いこの世を去ってから、一か月が経った。
大阪まで行ってみくの葬式に出たり、事故の事で責任者といろいろ話し合いがあったりと、あれから少しの間はバタバタとしていた。
どんなに忙しくても、どこかに必ず空き時間が出てくる。そんな時、俺は決まってみくの曲を聴くのだ。
みくを忘れそうだから聴くのじゃない。みくとの思い出を振り返るために聴くのだ。
みくの曲を聴いていると、どんなに些細なことでも思い出せる。どんなにくだらない事でも思い出せる。
まるで、隣にみくがいて、思い出話に花を咲かせているかのように。
事務所でこれをやると、ちひろさんにからかわれる。
プロデューサーさんはやっぱりみくちゃんの事が——ってね。

それに加えて、最近はみくの夢をよく見るようになった。
内容としては、とりとめのないどうでもいいようなことを話しているだけだ。
しかし、まるで俺の隣で見ているかのように、すごく細かいことまで話してくる。
このことをちひろさんに話したら、『プロデューサーさんは前川みく病にかかってたんですねー、知ってましたけどー』と言われた。なんだ、みく病って。
さらに、『ほんとにみくちゃんがその辺にいたりしてー』なんてからかわれた。
確かにいますねえ、俺の心の中にね! ……って言ったらドン引きされました。ええい、何が悪いんだ!

ちひろ「ああ、プロデューサーさん、言い忘れてたんですけど」

P「何です?」

ちひろ「この前、CGプロさんから連絡がありまして」

P「あー、はい。いつもお世話になってますね」

ちひろ「こっちだとあんまり面倒見てやれないから、そっちで面倒を見てくれませんかーって言うお話で」

P「そうですねえ、そろそろアイドルをプロデュースしたいような気もしてきましたね」

ちひろ「それで、その子が来るの今日なんですよねー」

P「へー、今日なんですかー……今日!? なんでもっと早く言わないんですかそんな大事なこと!」

ちひろ「だってプロデューサーさん、暇なときはみくちゃんとイチャイチャしてるじゃないですかー。伝える暇がなかったんですよう」

P「イチャイチャってなんですか! じゃあ仕事中に言ってくれれば」

ちひろ「プロデューサーさんのお仕事の邪魔するのはいけないことだって教わりました」

P「そんなこと誰から教わったんですか!」

ちひろ「みくちゃんですけど何か問題でも?」

P「それなら仕方……ないわけないでしょう!」

ちひろ「ほら、コントしてる暇なんてありませんよ? 実はもう来てるんですから」

P「は!?」

ちひろ「小梅ちゃーん、いいですよー」

奥の部屋から、小さな女の子がやってきた。
まだ心の準備もできてないのに! 鬼! 悪魔! ちひろ!

小梅「は、初めまして……し、白坂小梅……じゅ、十三歳で、です」

おどおどとしている。俺が何とかしなければ。ここは、俺の腕の見せ所だ!

P「初めまして! 初めのうちは慣れないかもしれないけど、一緒に頑張ろうな!」

小梅「ヒッ……は、はい……よろしくお願いします…」

ちひろ「プロデューサーさん駄目ですよー、怖がらせちゃー」

P「す、すいません」

どうやら、逆効果だったようだ。やっぱり、最初は難しいなあ。

小梅「き、気にしないでください……わ、私、人と話すの、に、苦手で」

P「そうか、じゃあそこもそのうち直していかないとな」

小梅「は、はい……えと、ここ、すごく居心地がいいですね……」

ちひろ「小さくてぼろぼろの事務所ですけどねー」

P「はいそこ! ぼろぼろとか言わない!」

小梅「わ、悪い子がいないから……」

P「へ? 悪い子?」

ちひろ「悪い子なら目の前にいますよー。超ド級の変態が」

P「おうちひろちょっと表出ようか」

小梅「そ、そこにいる子が、悪い子を追い払ってくれてるみたい……」

P「そこ?」

小梅の指差した場所は、俺の机の横。……においてあるパイプ椅子かな?
みくはいつもあそこに座って、ひなたぼっこーとか言いながら俺の仕事の邪魔をしてきたっけ。

P「あのパイプ椅子か? あれ、なんとなくそのままにしてあるけど、そろそろ片付けないとなあ」

小梅「だ、駄目……あそこ、座ってる」

P「へ? 誰が?」

小梅「えっと、まえ……え、なに……うん、うん」

ちひろ(プロデューサーさん、小梅ちゃんってマジでそっち系なんですかね?)

P(ええ!? マジですか、俺そういうの苦手なんですよ)

小梅「あ、あの、プ、プロデューサー」

P「ひゃい! な、なんだ?」

ちひろ(ひゃい! って……クスクス)

P(この事務員後でシメる)

小梅「あ、あそこに座ってるの」

P「お、おう。誰が座ってるっていうんだい?」

小梅「お、おっきな猫」

P「おっきな……猫?」

小梅「うん……あの子がそう言えって……え、あ、ごめん、こ、これ言っちゃ駄目だった……い、今のは聞かなかったことに……」

ちひろ「あっ(察し) 小梅ちゃん、ちょっとあっちでお話しましょう! 今後の活動内容についてとか」

小梅「え、で、でも、そういうのは、プ、プロデューサーが」

ちひろ「うちは小さい事務所ですからね、プロデューサーさんが忙しい時は私が代わりにやってるんですよ。さ、行きましょう」

小梅「……? わ、わかった……」

ちひろ「あ、プロデューサーさん? 特に意味はないですけど、さっさと言っちゃった方が楽ですよー、意味はないですけれど。それでは、ごゆっくりー」

ばたり、とドアが閉まる。今、この部屋の中には俺だけだ。
でも、小梅は言う。大きな猫がいると。大きな猫が、みくの特等席に座っているのだそうだ。
小梅の発言を聞いてから、少しの間、動けなかった。息もできなくて、涙が出てきそうだった。

確かに昔、実家で猫を飼っていたけれど、あいつより大きな猫なんていっぱいいるだろう。
それじゃあ最近、大きな猫に出会っただろうか。この辺の野良猫に、そんなに大きい奴なんかいなかったはずだ。
それに、そこにいる「何か」は、自分の事を「大きな猫だと言え」と指示してきたらしい。
そんな高圧的な、ふてぶてしい「大きな猫」に、一匹だけ心当たりがある。

P「————おい、みく。もしかして、そこにいるのか」

もちろん、返事なんて帰ってこない。そうだよ、だって”いるわけがない”んだから。

P「おい、いるならなんかしてみろ。そこに、お前の大好きなねこみみがあるじゃないか。少しでいいから動かして見せろよ」

頭ではわかっていても、なぜか俺の口は止まらない。
そして、机の上のねこみみは動かない。そりゃそうだ、これは独り言だ、独り言なんだ。
過去にとらわれた、悲しい、哀しい男の、可哀想な独り言——だったら、よかったのにな。

あはは、じょうだんだろ。ねこみみが、かたかたと、うごいてやがる。
ばかやろう。そんなにおれのなきがおがみたいのか。なきごえがききたいのか。

P「み``、み``く``」

もう、抑えきれなかった。あの時以上の、大きな泣き声。あのスタジオで、泣いた時。みくには聞こえていなかったであろう泣き声。それ以上の大きな声を上げ、泣きじゃくる。
隣の部屋にはちひろさんと小梅がいるけれど、そんなことはもう気にならなかった。

なんだか、”みくが俺の目の前にいる気がする”。
ちひろさんの言葉を思い出す。さっさと言って楽になれ、という言葉を。

P「グズッ、みく、聞いてくれ。俺、お前に言ってなかったこと、いや、言えなかったことがあるんだ」

P「これを言っちまったら、何かが駄目になっちまうような気がしてさ」

P「でも、お前がいなくなって、すごく後悔した。やっぱり言っておけばよかった、って」

P「もう遅いかもしれない。でも、言う。みく! 俺はお前の事が————」

Phase 7
ちひろ「ふう、やっと言いましたか。死んでからようやく言うとか馬鹿ですかあの人は」

小梅「あ、あの……私の話、し、信じてるの…?」

ちひろ「ええ、もちろん。人間関係の基本はお互いの信用にあります。これから一緒にお仕事する仲ですもの。まず私たちが小梅ちゃんの事を信じないで、誰が信じるっていうんですか」

ちひろ「それに、嘘だったとしても面白いから、ということで。プロデューサーさんはいい意味で馬鹿ですからねえ。まあ、小梅ちゃんが嘘を言うような子には見えないんですけどね」

小梅「あ、ありがとう、ございます」

ちひろ「あ、そうだ。小梅ちゃん、もし持ってたらの話なんですけど、頼みたいことがあるんですが——」

部屋から出て、プロデューサーのところへ戻る二人。プロデューサーはまだ泣いているようだ。

ちひろ「プロデューサーさん、お話終わりましたよー」

小梅「プロデューサー……こ、これから、よろしく…」

P「グズッ、ああ、よろしく、小梅」

ちひろ「あの、プロデューサーさん! 私たちの新しい門出を祝って、写真を撮りませんか?」

P「写真、ですか」

ちひろ「そうですよ。みくちゃんの時だって撮ったじゃないですか。もしかして、忘れてたり」

P「するわけないでしょう、机の上に飾ってるんですから」

小梅「わ、私、よく撮れるカメラ、持ってる……」

ちひろ「ということで小梅ちゃんのカメラで撮りましょう! ほらほら並んで並んで」

P「わ、ちょっと、押さないでくださいよ」

小梅「ね、ねえ……あなたも、こっちに来て……?」

ちひろ「はーいタイマーセットしましたよー」

P「ま、待ってちひろさん! 俺、こんな顔じゃ」

ちひろ「いいんです、むしろそれがいいです」

小梅「ここに、いて……み、みんなで、写真、写ろ?」

こんな顔で記念写真なんて撮りたくないのに! せっかくだからもっとキリッとして映りたかった……鬼! 悪魔! ちひろ!
5! とカウントダウンが始まる。へえ、これはわかりやすくていいな。
じゃない、早く顔を整えないと!

4!
ちひろ「ふふふ、プロデューサーさん」

3!
P「何ですかちひろさん」

2!
ちひろ「写真、きっと驚きますよ」

1!
小梅「わ、私のカメラ……よ、よく撮れるから、だ、大丈夫」

0!
フラッシュが焚かれ、シャッター音がした。

ちひろ「どうですか、うまく撮れてます?」

小梅「ば、ばっちり」

小梅がカメラを確認し、それをちひろさんも一緒に見ている。二人とも、とても満足そうな表情だ。

P「よく撮れるっていったい何が……俺にも見せてくれえ」

ちひろさんがにやにやとこっちを見ている。うう、そんなに俺の顔が変ですか。
俺は小梅からカメラを受け取り、写真を確認する。
そして、俺はまた泣き崩れた。
そこに写っていたのは、にこにこと笑うちひろさんに、緊張がとけたのだろう、いい笑顔の小梅と、泣き顔が戻らなかった俺の姿。
そして、もう一人。俺の隣で笑う、みくの姿があった。

Phase 8
イズコは、みくの行き先である事務所の様子を眺めていた。
前川みく。彼女は、大切な人を守るために、大切な人の元へ行くことを選んだ。
仕事のパートナーとしていつも彼女の隣にいた人は、いつしか彼女にとってかけがえのない人になっていた。
彼にとっても、彼女はかけがえのない人だったのだろう。あの二人を見ていると、それがとてもよく伝わってくる。
人の心は変わりやすい物。些細な事で、全て終わってしまうこともある。
しかし、あの二人にはそんな心配はいらない。彼らならいつまでも変わらないのだろうと、そう思えた。

もし、私が彼女だったら。あんな風に笑えていたのだろうか。
もし、私が生きていたのなら。私にも、大切な人がいたのだろうか。
普段なら考えないことを、なぜか考えてしまう。私は、あの少女に干渉しすぎてしまったのかもしれない——

『イズコよ、何を見ている』

イズコ「……あの少女の事が、少し気になりまして」

『イズコ。お前は、あの少女に私情を挟んだ。イズコの掟を破ってしまったようだ』

イズコ「……はい。申し訳ありません」

『お前は地獄行きだ。と言いたいが、今はお前の代わりがいない』

イズコ「え?」

『それに、お前はあの少女と約束したのだろう? また会おう、と』

『それならば、あの少女と再び会うその時まで、お前にイズコを続けてもらおう』

『未成仏霊も、いつかは天国へ行かねばならないからな』

イズコ「私がイズコを続けても、よろしいのですか?」

『そうだ。お前は彼女の”ファン”なのだろう? 彼女が再びここへ来た時にファンが減っていては、彼女が悲しむだろう』

イズコ「……お言葉ですが、門主様。どうかなさいましたか? いつもの門主様であれば、こんなことがあればすぐに地獄行きだ、と」

『ただの気まぐれだ』

イズコ「……そうですか、ありがとうございます」

『さあ、イズコよ。次の魂が来たようだ』

イズコ「はい。わかりました」

私の目の前には、彷徨える魂がいる。それは、私が導くべき者。
アイドルの周りには、善人であれ悪人であれ、多くの人が集まってくる。怨みの門を訪れる者たちも、それに負けないくらい多いはずだ。
……怨みの門のアイドル・イズコに、そのマスコットキャラクター、門主蛙様。
こんなことを思いつくなんて、やはり私はどうかしているようだ。それだけ、彼女の影響力は凄まじいものだったということか。

キラキラと輝く、光の世界で生きた彼女は、私には少し眩しすぎた。私にはないものを持つ彼女に、私はあこがれたのだろうか……?
アイドルは、たとえ死んだとしてもいつまでもアイドルなのだ。きっと、誰かの心の中で生き続けているから。
これ以上続けると、私は本当に地獄行きになってしまう。
くだらない考え事をやめ、私は目の前の魂に語りかけた。

イズコ「ようこそ、恨みの門へ————」

以上で本編は終了となります。
なお、この先は後日談となっています。もう少しだけ、お付き合いください。
もしよろしければ、GLAYの時の雫(ドラマ・スカイハイ2主題歌)を聴きながらお読みください。
http://www.youtube.com/watch?v=DR0DHxmIA4w

Phase EX
小梅がうちに来てから、二週間が経った。まだいろいろなレッスンをさせているが、成長がすごい。
いろんなアイドルがいるCGプロでも、かなり上位に入れるんじゃないかと思うくらいの才能だ。
これは、もう少ししたらオーディションを受けさせてみるのもありかもしれない。
あー、それじゃあ曲も用意しないとなあ。それに衣装も。こういうことは、本人と相談しないといけないよな。

P「なあ小梅、お前はどんな衣装を着てみたい?」

小梅「え、えっと……こ、こういうの……?」

パラパラと雑誌をめくり、とあるページを見せてくる。
その雑誌は、言うまでもなくホラーとかオカルトとか、そっち系の雑誌だった。

P「ひいっ! そ、そういうのはまだ駄目! で、デビューしたら考えてやるから」

小梅「そ、そう……残念……」

ちひろ「あー、プロデューサーさんがいじわるしてるー」

P「んなこと言ったってねえ……まだ最初なんですから、もう少しみんなに受けるような感じの奴をですね」

ちひろ「自分がホラー苦手だからって、逃げるのはよくないですよ?」

小梅「ほ、ホラー映画、楽しいよ……?」

P「無理。俺、怖いの嫌」

ちひろ「はあ、これは末期ですねえ」

P「だってしょうがないでしょう、嫌なんですもん! はあ……あ、みくー、そこの棚の上の方にあるファイル取ってくれ。[アイドル:Co]って書いてる奴」

棚に並んでいたファイルの中から、俺が言ったタイトルのファイルが宙に浮かび、俺の所へやってくる。

P「ありがとな、みく。で、小梅よ。俺はこんな感じで行きたいと思ってるんだけど——なんだよ、その顔は。ああもう! 最初だけ、最初だけだから! いつかそういう仕事取ってきてやるから!」

ちひろ「はあ、ホラーが苦手なら、今すぐにでもこの事務所を辞めた方がいいんじゃないですかねえ。うちの事務所は毎日心霊現象たっぷりですし」

ちひろさんが、呆れた顔で言う。ため息までついちゃって、この人はいったい何を言っているんだ。

P「は? 何言ってるんですかちひろさん。心霊現象なんてどこで起こってるんですか?」

ちひろ「今起こってましたよねえ、ファイルがひとりでにふわーっと」

P「それはみくが持ってきたんですー、心霊現象じゃありませんー」

ちひろ「はいはいそうですねー、みくちゃんは働き者ですねー」

P「あーこの人まだ信じてない! いるんですってば! 毎日毎日言ってるじゃないですか、ここに証拠写真も」

ちひろ「あー、もう! こっちも毎日毎日言ってますよね? もう観念したらどうですかって!」

ちひろ「確かにみくちゃんはいますけど、これが心霊現象であることに変わりはありません! そろそろ認めてくださいよ!」

小梅「そ、そうだ、よ? みくさんは、ゆ、ゆーれ」

P「だあああああ! それ以上言うなあああああ!」

横からくすくすと笑い声が聞こえたような気がした。
最初はよくわからなかったけど、最近、みくの事がよくわかるようになってきた。
今みたいにちゃんと言うことを聞いて手伝ってくれるってことは、みくの力は相当強いのだろう。
だ、だって、これ、心霊現象以外の何物でもないもんな。これはみくの仕業だってわかってるから怖くないけど。
事務所に俺とみくしかいないときは、みくがお茶を入れてくれたりもする。本当に気の利く子だ。

小梅は、こんなにはっきり見えるのは初めてって言ってたっけ。
もしかしたらそのうち、俺にもみくの事が見えるようになるかもしれない。

悪霊や地縛霊なんかは、強い残留思念の塊だと、前に聞いたことがある。
強い想いがあれば、全てを超越して干渉することができるのだろうか。
それなら、俺だって強い想いを持っている。何がどう変わったとしても、いつまでも変わらない想い。

小梅「あはは……あ、みくさんも、笑ってる……」

ちひろ「ほらプロデューサーさんよかったですね、みくちゃんに笑われてますよー」

P「マジですか! やだ……うれし……くない! お前ら、笑うのをやめろおおおお!」

いつか、みくの事が見えたなら。みくの目を見て、話すことができたなら。
もう一度、この想いを伝えよう。俺はお前が好きだ。お前を愛している、と。
月並みな言葉だけれど、俺はストレートな言葉の方が好きだ。馬鹿だから、気の利いたセリフを考えられないってのもあるけれど。

“みくがいる”とわかった今、俺の目標、俺の夢はただ一つ。みくと、もう一度話すこと。今のみくと、意思疎通できるようになること。
小梅をトップアイドルにするという夢は、とりあえず一休みだ。何事にも休息は必要だからね。

最初の夢が叶ったら、次の夢を叶えるために頑張ろうじゃないか。それが終わったら、また次の夢を見て……
俺は、いつまでも夢を追いかけていく。そして、全ての夢を叶え、夢を見られなくなった時。そこが、俺の終着点になるのだろう。
全てを終え、俺が終着点にたどり着いたその時、俺の隣にいるのは、みく。きっと、お前なんだろうな————

みく(にゃふふ、最近、Pチャンの第六感がビンビンしてきてるのにゃ。もしかしたら、近いうちにPチャンとお話できるようになるかも。さらに、触れるようになっちゃったり……さすがに無理かにゃあ?)

みく(お話しできるようになったら、イズコさんの事を話すのにゃ。それで、Pチャンが死んだら一緒に会いに行くのにゃ。みくのファンは、こんな遠い所にもいるんだよって、自慢するのにゃあ!)

みく(それが、みくの夢。トップアイドルになれなくなったみくの、最初に立てた目標にゃ)

みく(それを叶えるまでに、いったいどのくらいかかるかにゃあ? その間に、いろんなことをするのにゃ。みくが、やりたかったことを。みくができなかったことを、Pチャンと一緒に)

みく(ねえPチャン、みくとPチャンは、ずっと一緒だよ? みくが決めたことなんだから、後で嫌だなんて言っても無駄だにゃ)

みく(だってみくは、自分を曲げたりしないからにゃあ!)


みく「……怨みの門?」 END

以上で、終了となります。いかがでしたでしょうか。
楽しんでいただけたのならば幸いです。

それでは、またどこかでお会いしましょう。
ありがとうございました。

他には、みく「今日は、バレンタイン」というものを書いています。

まだまだこれからですが、もっと精進したいと思います。

これを読んで少しでも涙が出た、と言うのであれば、これを書いて本当によかったと思います。

スカイハイはとても素晴らしい作品なので、ぜひ読んでいただきたいです。
文庫版もありますし、ぜひどうぞ。

それでは、html化依頼を出してきます。
本当にありがとうございました。

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