クリスタ「誰も私を知らない世界。」 (331)

こんばんは。

・単行本10巻とラノベのネタバレ有り

・地の文有り

よろしくお願いします。

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—849年12月 訓練兵舎—

親は子を愛す。

これが世間の通説であり、実際に世の中の大半の親はそうであろう。

“目に入れても痛くない”といった言葉が広く流布しているのが何よりの証拠だ。

だが、例外は存在する。

晴れた日に雨が降るように。

子を愛さない親がおり、その親から愛されない子供がいる。

ただ、いかなる境遇の者にすら、それこそ例外なく逃れる術も無いほど平等に訪れる物があった。

それは暦(こよみ)である。

どんな立場の者がどれだけ泣こうが喚こうが、1年は365日であり春夏秋冬のサイクルを入れ替える事などできない。

そして今年もまた、逃れようのない冬の寒波が街を占拠していた。

開けた農村地帯等はその日その日の気象条件によって気候の差異があると聞くが、狭い範囲を360度壁に囲まれている居住区はさながら小さな盆地だった。

空気が滞留する為、夏は殺人的に暑く、冬は悪意すら感じるほど寒い。

未来の兵士を目指す若者達が集うここ訓練兵舎も、ご多分に漏れず氷のような冷気の底に沈んでいた。

特に深夜0時を回った現在、その寒さには一層の拍車がかかっている。

凍ったバナナで釘を打つどころか、立体機動装置のアンカーとして使用できそうな気温である。

第104期訓練兵クリスタ・レンズは灯りの消えた兵舎のベッドの中で、眠りに就く事ができずただただその身を震わせていた。

冬は世界から色を奪う。

クリスタはかねがねそう思っていた。

色彩豊かな野山を枯らし、これまた色彩豊かな昆虫達をどこかへ追いやり、青い空を灰色に変える。

強いて冬が何か新しい色を与える事があるとすれば、それは“白”ぐらいだろう。

人々の吐く息。

そして雪。

いずれにせよ結局はモノトーンだ。

色音痴としか言いようのない冬の殺風景なグラデーションが、クリスタは苦手だった。

まるで自分の人生のようだから。

名門貴族であるレイス家の血を受けながら、妾の子であるという理由から存在を疎まれ、罵詈雑言を子守唄に育ってきた。

今すぐに殺してしまうか、それとも変態の慰み者にするか。

レイス家の人々はクリスタの末路について、この2択しか考えていなかった。

そして、クリスタにその選択権を与える気も更々なかった。

即座にそのどちらも強いられずに済んだのは、単に社交界の駆け引きに忙しい貴族達が二番煎じの茶葉ほどの価値もない忌み子の末路にまで思考を割くことを億劫がったからである。

その結果、蔑まれながらもどうにか12の齢(よわい)を数えるまで生き長らえる事ができた。

そしてその頃、レイス家ではクリスタの進退について1つの答えが出た。

いかに妾の子とは言え、直系の血筋の娘が売春窟に身を置いているのは世間体がよろしくない。

かと言って、人間一人を内々に始末するにはそれなりの根回しと費用がかかる。

その結果、名前を偽って放逐される事を受け入れるなら生かしてやろうという結論に落ち着いた。

こうしてレイス家の忌み子はクリスタ・レンズと名を変え、第104期訓練兵団の門を叩いたのである。

こんな人生を四季に例える場合、冬以外に妥当な解答があるだろうか?

少なくともクリスタには思い当たらなかった。

だからクリスタは冬が苦手なのだ。



クリスタ「・・・。」ガタガタ



依然クリスタは眠りに就くことができず、膝を折って布団の中で身を丸めていた。

兵団から支給される布団は重みこそあるが保温能力には優れており、肩まですっぽりくるまってしまえば十分に温かい。

しかし、その温もりに包まれてもなお、体から悪寒が消え去る事はなかった。

何故なら、寒さを訴えているのは体ではなく心だったから。

レイス家にいた頃、クリスタは母屋から隔離された粗末な納屋で寝起きしていた。

室温は外気と寸分の違いもなく、真冬の寒さは唯一与えられたボロ布に等しいタオルケットでは到底防ぎきれなかった。

命の危機すら感じる寒さに震え、眠れずに夜を明かした経験はもはや数えきれない。

訓練兵団に入団してはや3年。

訓練は厳しく食事は粗末だが、理不尽に衣食住を脅かされる事はない。

少なくともレイス家にいた頃よりは遥かに安全で快適な暮らしができていた。

だがそれでも、毎年冬になると唐突に当時の記憶が蘇り、眠れない夜を過ごす事がある。

つまり、今日はそういう夜なのである。



クリスタ「・・・。」ガタガタ



傷付いた心にすきま風が吹き込む。

加えて、眠らなくてはという焦りが神経を圧迫し、更に眠りが遠退いてしまっていた。



クリスタ(こういう時は何か楽しい事を考えると良いってサシャが言ってたよね・・・)



同期の仲間の言葉を思い出す。

その言葉にすがるように、クリスタは楽しい出来事を想い描こうとした。

そして、先ほどの夕食の席で誰かが言っていた言葉を思い出した。



——なぁ、もしサンタクロースがいたら、何が欲しい?



そう言えば今日はクリスマスだ。

1年間良い行いをしてきた子供にサンタクロースがご褒美としてプレゼントを配って回る日。

もちろん、クリスタはサンタクロースの存在を信じるような年齢ではない。

あれは子供に良い行いをさせる理由付けとして親が用いる美辞麗句だ。

幼き日のクリスタにそんな夢のある話を聞かせる物好きなどもちろんいなかった。

それどころか本家の子供からこんな言葉をかけられた事もある。

お前は生きてるだけで罪だから一生サンタさんは来ないよ。

事実、生まれてこの方、枕元にプレゼントが置かれていた試しなど一度もない。

しかし、もしも今夜、15年の歳月を経て生まれて初めてのクリスマスプレゼントをもらえるとしたら。



クリスタ(何が欲しいかな・・・)



きらびやかなドレス?

宝石があしらわれたティアラ?

それともまだ食べた事もないほど甘いお菓子?

いや。



クリスタ(・・・・・・誰も私を知らない世界。)



クリスタの事を、その呪われた過去を誰も知らず、それらの呪縛に抗う為に違う自分を演じなくても良い世界。

そんな世界があればどれほど素敵だろう。

考えただけでも胸がときめく。

その世界への渡航権と寿命の半分とを天秤に乗せられたなら、クリスタは迷わず寿命を捨てる自信があった。



クリスタ(もし叶うならそんな世界をください。)



自分は良い子にしてきたはずだ。

気を抜けばすぐ脳裏に響く罵倒の数々を振り払うべく、必死に必死に良い子であろうとしてきた。

後の美談となる死さえも望むほどに。

その死をもってレイス家の人々を見返し、後悔させたかった。

惜しい人物を亡くした、と。

ユミルにその腹の内を看破された時、あまりに的確すぎて返す言葉がなかった。

だが動機が何であれ、少なくとも訓練兵になってからこっち、誰かを傷付けた事だけはない筈だ。



クリスタ(お願いします。その世界に住めなくても良い。一瞬だけ。一瞬だけで良いから・・・)



叶うはずのない願いを胸の奥でつぶやく。

そうしてる内に、ふと霞(かすみ)がかかったように思考がボヤけ始めた。

昂っていた神経が鎮まり出したらしい。



クリスタ(良かった。やっと眠れる。)



みるみる意識が輪郭を失ってゆく。

起きているのか夢を見ているのかも分からない。

あるいはその狭間にいるのだろうか。

先ほどまでは真っ暗な静寂の中に一人取り残されているかのような感覚でいたが、今はむしろその静寂の一部となるべく体が溶け出しているような気分だ。

寝息が徐々に安らかなリズムを刻み始める。

その時。

静寂の遥か向こうから不思議な音がクリスタの耳に届いた。



クリスタ(・・・・・・鈴?)



さりとて、その目蓋は開かない。

奇妙な鈴の音から遠ざかるように、クリスタは甘い眠りの底へと沈んでいった。







シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン







—翌日—

クリスタ「・・・・・・ここはどこ?」

目が覚めるやいなや口を突いて出た言葉がこれだ。

ただし、この場合の“目が覚める”は“起床”とイコールで結ぶ事ができるのか甚だ疑問である。

起床とは“起”きるに“床”と書くが、目が覚めた時点でクリスタは既に2本の足で立っていた。

そして起床の本来の意味である睡眠からの覚醒。

これもまた今の自分には当てはまる気がしない。

状況こそ掴めないが頭は冴えているし体もダルくない。

目蓋が睡魔に後ろ髪を引かれるといった事もない。

さっきからずっとここに立ち尽くしていたかのような感覚だ。

到底寝起きとは思えないほど、あまりにも素なのである。

そしてもう1つ気掛かりな点——というか、これこそが最大の謎なのだが——がある。

クリスタは私服に身を包み、街のど真ん中に立っていた。

大勢の人間や荷馬車が行き交い、それらが生み出す喧騒によって街は非常に活気付いている。

その中に自分はいた。



クリスタ「・・・これは・・・夢?」



当然、まずはそんな疑問を抱く。

だが夢にしては景色や音があまりにリアルだ。

体を支える足の裏の感触もありありと感じる事ができる。

次にクリスタは夢遊病の線を疑ってみた。

しかし、それもあまり附に落ちない。

夢遊病を患った覚えはないし、仮に患っていたところでベッドから起き出して着替え、兵舎を抜け出すという一連の動作を誰にも見付からずに行うのは不可能だ。

特にクリスタの同室にはミカサがいるのだから。



クリスタ「何がどうなってるの・・・・・・」



夢や夢遊病でもない。

しかしこの状況は現実としか思えない。

疑問符は鼠算式に増殖し、濁流となってクリスタを翻弄する。

とりあえず、少しでも現状を把握しようと周囲を見渡してみた。

自分がどこにいるのかだけでも知っておかなければ。



クリスタ(とりあえず、どこかの居住区だよね?)キョロキョロ



見渡した街並みの彼方に見慣れた壁が見て取れる事からそれは確かだ。

そして、行き交う人々の服装や話し言葉から、その多くは中流階級の一般市民であると推察される。

ウォールシーナの中ならば、もっと貴族や王政関係者の姿が散見される筈だ。

しかるに、ここはウォールローゼのどこかなのだろうか?

そんな事を考えていると、一人の商人が話しかけてきた。



商人「どうしたね、お嬢ちゃん。浮かない顔して。」

クリスタ「えっ? あ、その・・・」

商人「迷子かい?」

クリスタ「えぇ、まぁ・・・・・・お恥ずかしながら。」



とりあえず話を合わせておく。

起きたらここに立っていたなどと言っても誰も信じないだろうから。



クリスタ「あの、ここはどこなんですか?」

商人「あぁ、ここは3丁目だよ。」

クリスタ「いえ、そうじゃなくて何区の?」

商人「ん? 何区だって? そりゃアンタ、トロスト区だよ。ほれ。」スッ



商人は自身が商う雑貨屋の暖簾(のれん)を指差した。



——トロスト区イチ安い店!



クリスタ「そっか。ここはトロスト区なんだ。」

商人「・・・・・・お嬢ちゃん。」

クリスタ「は、はい。」

商人「アンタ、もしかして酒でも飲んでるのかい?」

クリスタ「えっ?」

商人「かぁ〜、ダメだよ。いくら新年だからって、そんな若い身空で朝っぱらから飲んじゃ。」

クリスタ「し、新年?」

商人「なんだい? そんな事も分からないぐらい酔ってるのかい?」ヤレヤレ









商人「今日は789年の元旦じゃないか。」



一旦離れます。

きたい

期待

>>24>>25
ありがとうございます。
頑張ります。

では、再開しますね。

—789年 トロスト区—

クリスタ(なんで!? 一体何が起きたの!?)ツカツカツカ



先ほどの商人に礼を述べて別れてからかれこれ30分。

クリスタは大蛇のように列なった疑問符を引きずり、あてもなく早足で歩き回っていた。

慌てていたとは言え、少しお礼の言い方がぶっきらぼうだったかも。

そんな罪悪感が時々顔を覗かせるが、今はそれにかまけている場合ではない。



クリスタ(789年!? 何かの冗談でしょ!?)ツカツカツカ



無闇に歩き回ったところで何が解決する訳でもないが、じっとしている事などできなかった。

しかし、目につく商店の軒先に吊られた暖簾や垂れ幕の文字が片っ端から現実を突き付けてくる。

——祝 789年

——789年新春大売出し

——創業20周年 Since769



クリスタ(誰か嘘って言って・・・)



しかし事実は変えられない。

自分は今、60年前の世界にいる。



クリスタ(・・・少し落ち着こう。)



そう思って立ち止まった時、一脚のベンチが目についた。

飲食店とおぼしき建物の軒下に置かれている。

建物のドアノブには“営業終了”のプレートがかかっているので、勝手に座っても怒られる事はないだろう。

クリスタはベンチに腰を降ろし、溜め息をつきながら空を見上げた。



クリスタ(気が付くと私はさっきの場所に立ってた。じゃあ、その前は? 気が付くまで私は何をしてたっけ?)



懸命に記憶の精査に挑むが、何も思い出せない。

あの場所まで歩いて来た覚えはないし、ましてや時空を飛び越えた覚えなど皆無だ。

ただ、その前日——という言い方が正しいか不明だが——の夜、なかなか眠れなかった事は覚えている。

つまり、眠りに就いてから先ほどの場所で気が付くまでの記憶がゴッソリ抜け落ちているのだ。

では、眠りに就くまでの間、自分は何をしていただろう?



クリスタ(確か、サシャから聞いた話を思い出して・・・)



楽しい事を思い浮かべようとした。

そしてサンタクロースの話題を思い出した。

サンタクロースにどんなプレゼントをお願いするか。

そんな事を考えていた筈だ。

あの時、自分は何を願っただろう?

ドレス?

ティアラ?

お菓子?



クリスタ「あっ・・・」



誰も自分を知らない世界。

そんな世界に行ってみたいと願った。

そう言えば完全に意識が途切れる刹那、鈴のような音を聞いた気がする。



クリスタ「まさか・・・」



サンタクロースに願いが聞き遂げられた?

一瞬そう思ったが、次の瞬間には首を激しく横に振った。



クリスタ「って、ありえないありえない!!」ブンブン



いくら頭が混乱しているとは言え、その発想はさすがに馬鹿馬鹿しすぎる。

15歳という年齢は大人とは呼びがたいが、かといってサンタクロースの存在を信じるほど子供でもない。

百歩譲って彼が実在したとしても、“誰もクリスタの事を知らない世界”を額面通りに受け取って60年もの昔に吹っ飛ばすなど、力業にもほどがある。



クリスタ(何か理由がある筈だよね・・・)



だが、その“何か”が皆目見当もつかない。

むしろ、なまじサンタクロースの所業に想像が及んでしまったばかりに、もはやクリスタの思考回路はサンタクロース説から離脱できないでいた。



クリスタ「はぁ〜・・・・・・」



再度、深い溜め息をつく。

そんな事を考えていても始まらない事に気が付いた。

サンタクロースの存在の是非が判明したところで、自分が過去へタイムスリップした事実は変わらないのだから。

それよりも、今はこの時代の背景を把握する方が賢明だ。



クリスタ(789年って言うと・・・)



座学の講義で学んだこの国の歴史を思い返した。

743年、巨人の存在が確認される。

人類はその脅威から逃れる為、3重の壁を設けてその中に立て籠る。

774年、巨人を崇拝する狂信者たちの手によってウォールマリアの扉が解放され、シガンシナ区に巨人が侵入、甚大な被害が出る。

同年、後の立体機動装置の前身となる通称〈装置〉が開発される。

更に同年、その〈装置〉を用いた壁外遠征にて巨人はうなじを攻撃する事で殺せると証明される。

その後、正確な年数は不明だが〈装置〉に改良を加えた立体機動装置が完成。

そして789年、史上初の立体機動装置を駆使した巨人の駆逐に成功。

それをきっかけに立体機動装置は全兵団の正式装備として採用される。



——このように、先人達の血の滲むような努力があって、諸君らの昨今の訓練は成り立っているのである。



確か、座学の教官はそんな言葉で講義を締めくくっていたように記憶している。



クリスタ(まだ立体機動装置が使われてない時代なんだ・・・)



849年の歴史に比べれば60年など些末な時間かも知れないが、たかだか15年しか生きていないクリスタからしてみれば神話のごとき太古の世界に等しい。

そんな世界に、自分はいる。

自分や104期の仲間はもちろん、その両親すら生まれていない。



クリスタ「どうしよう・・・」



自分を虫けらのように扱った者たちの得点稼ぎに勤しむ日々。

死を目的として生きる事の虚しさ。

そこまで手を尽くしたところで、レイス家の人々がクリスタの死を惜しむ保証はどこにもない。

それも分かっている。

だからこそ、クリスタは疲れ果てていた。

あの人達がいなければ、こんなに切迫して生きる事もなかったのに。



クリスタ(確かにそうは思ったけど・・・)



今のこの状態は確かにクリスタの願いが体現されていると言える。

しかし、その成就はあまりに突然すぎた。

心の準備が全くできていないまま唐突に願いが叶ってしまっても、それはそれで不安や戸惑いを禁じ得ない。

と、その時ふと思った。



クリスタ「準備・・・そう言えば・・・」



自分は私服に身を包んでいるが、バッグやポーチのような物は持っていない。

コートのポケットもまさぐってみたが、空っぽだった。

財布がない。

どうやら金銭の類いを持たずにタイムスリップしてしまったらしい。

つまり、クリスタは無一文で誰も頼れる人間のいない世界にいるのだ。



クリスタ「はぁ〜・・・」グッタリ



泣きたくなってきた。

過去に縛られなくて良い世界を望みはしたが、その世界で浮浪者になりたいと願った覚えはない。

サンタさん、もう少し穏便なやり方はなかったんですか。

そんな苦情が思い浮かんだ、その時。



「こんにちはぁ〜」



突然声をかけられた。

何とも気だるそうな、粘っこい声だ。

弾かれたように我に返り、その声の主に視線を向ける。



「いきなりごめんなさいねぇ〜」

クリスタ「・・・。」



スキンヘッドの男が酒瓶を片手に立っていた。

年齢はクリスタより3、4歳上といったところだろうか。

猫背にがに股。

その声に違わぬ厭らしい笑みを浮かべている。

そしてその背後には同じく酒瓶を持った赤ら顔の男。

だらしなく弛んだ小太り体型だ。

スキンヘッドと同様、ニヤニヤと気味の悪い笑顔をしている。



スキンヘッド「僕たちぃ、怪しいモンじゃないんスけどぉ。」



塵ほどの真実味も感じられない言葉だった。

一目で分かる。

ゴロツキやチンピラと呼ばれる部類の人種だ。



スキンヘッド「お姉さん、ヒマっしょ? 良かったら一緒に飲まねっスか?」

クリスタ「い、いえ・・・私は・・・」

スキンヘッド「あっ、アルコール苦手っスか? そんならジュースもあるんでぇ。」

クリスタ「ご、ごめんなさい! 失礼します!」スクッ



クリスタは早口に謝罪を述べて席を立った。

関わってはいけない。

体中から撤退命令が発せられていた。

だが、



スキンヘッド「はい。待ったぁ〜。」ガシッ

クリスタ「きゃっ!」



スキンヘッドはクリスタの腕を掴むと、乱暴に自分の方へと引き寄せた。

勢い余ってその胸板に頭がぶつかる。

スキンヘッドはそのままクリスタの肩に手を回した。



クリスタ「ちょっと!」



スキンヘッドと並び立つような形でクリスタは首を羽交い締めにされている。

身動きが取れない。



クリスタ「・・・離して。」

スキンヘッド「良いじゃん。ヒマだろ? 一緒に新年を祝おうぜ?」

クリスタ「お断りします。」

小太り「あんまソイツを怒らせねぇ方が良いぜ? キレたら手ぇつけられねぇ質だから。」

スキンヘッド「人聞き悪い事言うなよ。そんな事ないぜ、お姉さん。」



スキンヘッドは腰を屈め、顔を逸らすクリスタの目を執拗に覗き込もうとしてくる。

その吐息が鼻に触れた。

歯槽膿漏でも患っているのか、汚物のような悪臭がアルコールと混ざってクリスタの鼻腔を犯す。

鳥肌が立った。



クリスタ「離してってば。」

スキンヘッド「聞き分けねぇなぁ。あんま調子こくなよ?」グイッ

クリスタ「うっ・・・」

小太り「へへへへっ。」



スキンヘッドは腕の力を込め、クリスタの首を圧迫する。

恐怖と嫌悪感が増すが、同時に苛立ちも感じた。

曲がりなりにも兵士だ。

日頃の対人格闘術の成果を見せてやろうか。

そんな思いが過った。

対人格闘術は決して得意ではないが、闇雲に拳を振り回す素人よりは分がある筈だ。

その上、スキンヘッドの鳩尾(みぞおち)は肘を叩き込むのに丁度良い高さに位置している。



クリスタ(やるなら今がチャンス。)

「おい。」



しかし、クリスタの肘鉄は背後から響く声によって阻まれた。



スキンヘッド「あっ?」クルッ

小太り「何だ?」

「やめろ。嫌がってる。」



そこには一人の少年が立っていた。

うなじまで伸びるやや長い黒髪。

芯の強そうな鋭い目付き。

なかなかに精悍な顔付きだ。

しかし、それ以上に印象的なのは、その顔やコートの袖から覗く手に刻まれた大小様々な傷だった。

額、頬、鼻、顎、手の甲と、至る箇所に十文字や一文字の切り傷の痕が見受けられる。

中でも特に目を引くのは、右目を一直線に縦断している刀傷だ。

少年は隻眼だった。



スキンヘッド「誰だよてめえ。」

小太り「すっこんでろや。おぉ?」

隻眼の少年「その娘を離せ。口で言ってやるのはこれが最後だ。」

スキンヘッド「あぁゴルァ?」カチン

小太り「ナメてんのかよ?」ズカズカ

クリスタ「え、ちょ、ちょっと・・・」アタフタ

隻眼の少年「・・・・・・はぁ。」ヤレヤレ



小太りの男は肩をいからせて少年へと歩み寄る。

そして胸ぐらを掴むべく左腕を突き出した。

だが、少年は同じく左腕でそれをはたき落とす。



小太り「うぉっ!?」ガクン



唐突に左腕が下がった事で小太りの男の上体が前に傾いた。

少年はそのタイミングを見逃さない。

肩を反時計回りに捻ると、小太りの男の鳩尾(みぞおち)に右拳を叩き込む。



小太り「ぐふっ!!!!」



ボディブローの模範例と言えるほどのクリーンヒット。

このたった一発で小太りの男の意識は霧散した。



スキンヘッド「この野郎!!」ブンッ

クリスタ「きゃっ!!」ドサッ



相棒がノサれた事を受け、スキンヘッドは完全に逆上していた。

クリスタを乱暴に突き飛ばし、少年に向かって一直線に駆けて行く。

そして、右拳を大きく振りかぶった。

全体重に突進の勢いを加味した渾身の一撃を放つつもりらしい。

スキンヘッドが吠える。



スキンヘッド「死ねゴ」



しかし、その雄叫びを言い終わるより先に、少年のアッパーカットがスキンヘッドの顎を捉えた。

スキンヘッドの右拳が発動するより前に、少年は一足跳びで一気に間合いを詰めていた。

そして、がら空きのアゴを打ったのである。



スキンヘッド「かっ!!!!」グラッ



声とも吐息ともつかぬ音がスキンヘッドの口から漏れ出す。

自身の突進の勢いが災いし、アゴから受けた衝撃は一瞬で脳にまで到達。

脳震盪を引き起こし、スキンヘッドから平衡感覚を奪った。

少年は更にそこへ前蹴りを放つ。

もちろん、これもクリーンヒット。

体をくの字に曲げながら後ろへと倒れたスキンヘッドは後頭部をしたたか強打し、そのまま気を失った。



隻眼の少年「さて。憲兵に引き渡・・・・・・すのも面倒だな。このままにしておくか。」

クリスタ「・・・・・・。」ポカーン



クリスタは口を半開きにし、呆けたように少年を見詰めていた。

たった3手で、30秒とかからず大の男2人を沈める。

その動きに無駄は一切なかった。

ゴロツキ2人組の無駄だらけな動きを逆手に取り、最小限の動きで最大限の威力を発揮したのだ。

“強い”というよりは“巧い”と言った方がしっくりくる。

そのあまりに鮮やかな技術にクリスタは圧倒されていた。

エレンと戦ったらどっちが強いだろう。



隻眼の少年「大丈夫か?」

クリスタ「えっ?」

隻眼の少年「突き飛ばされただろ? 怪我はないか?」

クリスタ「う、うん。大丈夫だよ。」

隻眼の少年「そうか。」スッ



少年はそっと、その傷にまみれた手を伸ばしてきた。

クリスタが起き上がるのを補助してくれるつもりらしい。

口調は少々ぶっきらぼうだが、細やかな気配りのできる性格なのだろうか。

クリスタは差し出された手を掴み、立ち上がった。



クリスタ「助けてくれてありがとう。」ヨイショッ

隻眼の少年「礼には及ばない。」

クリスタ「強いね。もしかして兵士なの?」

隻眼の少年「あぁ。訓練兵だけどな。」

クリスタ「そうなんだ。」



やっぱりね。

思った通りだった。

あの格闘術は一朝一夕で身に付くレベルではない。

専門的な知識を持った者から習っているのだろうとクリスタは踏んでいた。

加えて、少年は自分とさほど歳も変わらないと見える。

この年代の若者がこれほどまでの格闘術を習得できる場所というと、クリスタには訓練兵団ぐらいしか思い付かなかった。



隻眼の少年「どこかへ行くつもりだったのか?」

クリスタ「えっ? う、う〜ん。まぁ・・・」ドギマギ

隻眼の少年「ならその場所まで送ろう。こんな事があった後だからな。」

クリスタ「あ、い、良いよ。」アタフタ

隻眼の少年「遠慮するな。俺も今日は非番だ。」

クリスタ「えっとぉ・・・」アセアセ



さぁ、困ったぞ。

クリスタはそう思った。

当然ながら、行くあてなどないし帰る家もない。

かと言って、少年に全てを話す訳にもいかない。

未来からタイムスリップしてしまって困っているなどと話して、誰が信じるだろう。



クリスタ(どうしよう。)



何か適当な言い訳を述べて少年と別れる事もできるが、五里霧中のこの世界で明確な善意を向けてくれた彼と離れることに少々不安を覚えた。



隻眼の少年「ところで、名前は何ていうんだ?」

クリスタ「名前?」

隻眼の少年「俺はキュクロだ。そっちは?」

クリスタ「私はク・・・」



使い慣れた偽名を名乗ろうとした刹那、思った。

偽名は必要ない。

なぜならここは過去の世界。

クリスタの痛ましい出自がまだ形成される前なのだから。

一度で良いから、胸を張って本名を名乗ってみたかった。

この世界なら、それが叶う。



クリスタ「・・・ヒストリア・レイスっていうの。」

キュクロ「そうか。それで、ヒストリア。どこまで送れば良い?」



今日はこの辺で打ち止めといたします。
ご支援下さった方々、ありがとうございました。
明日もよろしくお願いします。

誰も自分を知らない世界を望むとかモンスターのヨハンみたいだな
まぁ境遇を思えば無理からぬことだが

>>55
大袈裟でしたかねぇ?
クリスタのトラウマは単なる嫌な思い出ってだけじゃなくて、生き方の枷にまでなってるから、これぐらいの願望を持ってもおかしくないかなと思ったんですが。



では、再開します。

—訓練兵舎 男子寮—

「記憶喪失・・・ですか。」

キュクロ「あぁ。」

「こんなにお美しい方が・・・お気の毒に。」チラッ

クリスタ「ど、どうも・・・」シドロモドロ

「ですがねぇ、キュクロ。」

キュクロ「何だ?」

「兵舎に一般人を連れてきちゃダメでしょ。」



キュクロの同期の訓練兵カルディナ・バウマイスターは呆れ果てたと言わんばかりの表情でキュクロに苦言を呈している。



クリスタ(た、大変な事になっちゃった・・・)



兵舎の男子寮に一般女性がいる。

それがどれだけ重大な規則違反であるか、クリスタは重々承知していた。

何故なら自分もまた、60年後のこの場所で兵士としての規律を遵守しながら生活しているのだから。

今この部屋にいる兵士はキュクロとカルディナだけだが、これが見付かれば彼らが懲罰房行きになるだけでなく、最悪、クリスタも不法侵入で罰せられかねない。

何故このような状況になったのか。

話は1時間前に遡る。



—1時間前 トロスト区—

キュクロ「そうか。それで、ヒストリア。どこまで送れば良い?」

クリスタ「そ、それが・・・」アセアセ

キュクロ「ん?」

クリスタ「分からない・・・の。」

キュクロ「分からない?」

クリスタ「あ、あのね、頭の変な子だって思うかも知れないけど・・・」

キュクロ「???」

クリスタ「・・・気が付いたらこの街にいて、その前の事が全く思い出せないの。」

キュクロ「はっ?」

クリスタ「思い・・・出せないの。」

キュクロ「・・・・・・。」ポカーン

クリスタ(わぁ、白い目で見られてるぅ!)

クリスタ(でも、タイムスリップなんて信じてもらえないし、だからってまた一人になるのは心細いし・・・)

クリスタ(ごめんね・・・)

キュクロ「記憶喪失?」

クリスタ「えっ?」

キュクロ「って事だろ?」

クリスタ「あ、えっと・・・・・・どうなんだろ? もう、私も何が何だか分からなくて・・・」

キュクロ「そうか・・・」

クリスタ「・・・。」

キュクロ「医者に見せるべきなんだろうけど、正月から開いてる病院なんてないからなぁ。かと言って憲兵は・・・・・・う〜ん。」

クリスタ「ご、ごめんね。こんな話聞かされても迷惑だよね。」

キュクロ「いや、俺は別に構わない。」

クリスタ「ありがとう・・・」

キュクロ「よし、ヒストリア。とりあえず俺について来てくれ。」

クリスタ「えっ?」














そして現在。

キュクロ「仕方ないだろ。ここ以外に思い付かなかったんだ。正月で病院や駐屯兵団は休みだし、憲兵とはあまり関わりたくない。」

カルディナ「まぁ、憲兵に関しては僕も同感ですけど。」

クリスタ「あ、あの・・・」

キュクロ「ん?」

カルディナ「何でしょう? 僕に恋人がいるかどうかですか?」

クリスタ「どうして憲兵の事をそんなに敬遠するの?」

キュクロ「それは・・・・・・カルディナ。どう説明すれば良い?」チラッ

カルディナ「いや、別にそのまま言っても良いでしょう。僕らはね、元死刑囚なんですよ。」

クリスタ「えぇっ!?」

カルディナ「もちろん何も悪い事はしてませんよ。無実の罪で投獄されてたんです。まぁ、例えるなら貴女が生まれながらにしてその“美貌”という罪を持っているのと似たような物ですかね。」

カルディナ「それで、危うく殺されそうなところを間一髪、内部の方の手引きで助けられ無罪放免となったという訳です。」

キュクロ「だから潔白の身とは言え、一度拘束された憲兵団をおいそれと訪ねるのは気が引けるんだ。」

クリスタ「そうなんだ・・・」

カルディナ「とは言え、いつまでもヒストリアさんをここに置いてはおけませんよ。今日は幸いお正月だから教官方も他の訓練兵も帰省や遊びで不在ですけど、明日には誰か帰ってくるでしょう。」

キュクロ「工場都市で匿ってもらうのはどうだ? ちょうど明日は俺も向こうへ帰る。」

カルディナ「なるほど。そうですね。ゼノフォンさんに事情をお話ししてみましょうか。」

クリスタ「ゼノフォン?」

キュクロ「工場都市の開発者だ。」

カルディナ「そして、僕らを冤罪から救ってくれた恩人の一人でもあります。変わり者ですが話の分かる方ですよ。」



この二人が信用を置くからには、きっと頼りになる人物なのだろう。

だがそれでもクリスタの不安は拭えなかった。

クリスタは別段、この時代で命を狙われている訳ではない。

そうではなく、元の時代に戻れるか否かが問題なのだ。

故に、信用に足る人物に保護されたとて根本的な問題の解決には到らない。



キュクロ「よし。じゃあヒストリアの件はこれで解決だな。俺は訓練に行ってくる。」

クリスタ「訓練? 今はお正月休みじゃないの?」

カルディナ「自主トレですよ。ストイックなんです、彼。」

キュクロ「早く立体機動装置を使いこなせるようにならないと。」

クリスタ「立体機動装置?」



飽きるほど耳にした単語に思わず反応する。

しかし



キュクロ「知ってるのか?」

クリスタ「えっ? もちろん。誰でも知ってるでしょ?」

キュクロ「えっ?」

カルディナ「えっ?」

クリスタ「えっ?」

キュクロ「・・・。」

カルディナ「・・・。」

クリスタ「・・・あっ。」



再び座学で習った内容を思い出した。

立体機動装置はその扱いがあまりに難しく、完成から兵士の正式装備として日の目を見るまでに15年を要したという。

そして今は、その記念すべき立体機動装置元年とでも言うべき789年。

の元旦でしかも午前中だ。

まだ立体機動装置は正式に採用されていない。

当然、全兵士の誰一人として携えてはおらず、一般市民がその存在を知る事はありえない。



クリスタ「えっと・・・」

カルディナ「どうしてご存知なんです?」

キュクロ「もしかして、工場都市の関係者か何かか?」

クリスタ「ん、ん〜・・・・・・どうかなぁ。分からない。記憶が曖昧で・・・」



記憶喪失という設定を隠れ蓑にして、どうにかはぐらかそうと試みる。



カルディナ「・・・・・・そうですか。」

キュクロ「少し記憶が戻ってきたのかも知れないな。良い兆候だ。」

クリスタ「あはっ。そ、そうだね。」



どうにか誤魔化せたらしい。

クリスタはほっと胸を撫で下ろした。

ただ、自分を匿ってくれている二人を欺く事に良心が痛む。



キュクロ「じゃあ、俺は訓練に行くけど、ヒストリアはどうする? カルディナとここで待ってるか?」

カルディナ「良いですねぇ。昼下がりの密室に僕とヒストリアさんの二人きりですか。これは訓練兵舎という楽園を追われる新たなアダムとイブの誕生ですね。」

クリスタ「あの・・・それはちょっと・・・」

カルディナ「ふふっ。冗談ですよ。もちろん、貴女さえその気なら僕も望むところですけどね。ここは僕と貴女も彼の自主トレに同行した方が賢明でしょう。」

キュクロ「それで良いか?」

クリスタ「う、うん。私は別に良いよ。」



クリスタが了承するやいなや、二人は準備を始めた。

キュクロはもとより、何だかんだと言いながらカルディナも体を動かしたくてウズウズしていたらしい。

—訓練場に隣接する森—

キュクロ「よし。始めよう。」

カルディナ「お互い、怪我のないように注意しましょうね。」



立体機動装置を身に付けた二人を、クリスタは倒木に腰掛けながら眺めていた。

そのフォルムはクリスタが普段使用している物と何の違いもない。

60年もの間、変わる事なく連綿と受け継がれてきたのか。

そう思うと何となく感慨深かった。



キュクロ「ふんっ!」バシュッ

カルディナ「よっと!」バシュッ



二人の腰からアンカーが射出される。

ここへ来る途中でカルディナから聞いた話によると、立体機動装置は兵士の正式装備はおろか訓練科目にすら採用されていないらしい。

それ故、教官であるホルへ・ピケールにその才能を見出だされたキュクロら一部の訓練兵は、日頃の自由時間を返上して“補習”という名目で立体機動訓練を行なっているという。

そして、そんな彼らの事を一部の訓練兵たちは——補習という名目も相まって——落ちこぼれだの猿だのと蔑んでいるとの事だ。

しかし



キュクロ「くっ・・・!」グヮンッ グヮンッ

カルディナ「おっとっと!」グヮンッ グヮンッ

クリスタ「・・・。」



それも仕方ないかも。

クリスタはそう思った。

クリスタも立体機動がそこまで得意という訳ではないが、そんな彼女の目から見ても二人のそれはあまりにもずさんだった。

完全に装置の変幻自在な動きに翻弄されている。

使いこなすなどという言葉からは程遠い。

カルディナよりキュクロの方がまだ少しは筋が良いようだが、普段ミカサやジャンの神業めいた立体機動を目にしているクリスタからすればどんぐりの背比べだ。



カルディナ「キュクロ、一旦降りましょう。」ヒュー スタッ

キュクロ「あぁ。」ヒュー スタッ



クリスタの前に二人が降り立つ。



カルディナ「これが普段僕らが行なっている特別メニューです。」ドヤァ



カルディナがそう告げる。

心なしかその顔は誇らしげだ。

惚れ直しましたか?

そんな言葉が続きそうな雰囲気だ。



キュクロ「カルディナ。お前はもう少しアンカーを撃つタイミングを早めた方が良い。」

カルディナ「努力します。ですが、それなら僕からも一つ進言が。」



ああでもないこうでもないと二人はディスカッションを進めている。

だが、実際のところそれらの視点は全て的外れだった。

無理もない。

クリスタは立体機動のノウハウを熟知している教官から体系立った指導を受けているが、この時代にはまだそういったノウハウや体系が確立されていない。

彼らは日々、誰の助けも借りず手探りで訓練を行なっているのだ。



キュクロ「ヒストリア。どう思う?」

クリスタ「えっ?」

キュクロ「今の俺たちの動きを見て、何かおかしなところはなかったか?」

カルディナ「そんな。ヒストリアさんに訊いても分かる訳が。」

キュクロ「いや、もし工場都市の関係者なら、今のを見てまた何か思い出したりしないかと思って。」

カルディナ「あぁ・・・そういう意味ですか・・・」



クリスタは戸惑った。

確かに二人の立体機動に対して進言できる事はある。

だが、それを言ったら怪しまれるのではないかという不安が心の片隅に鎮座していた。



キュクロ「頼む。ほんの少しでも、ヒントになる事があれば吸収したいんだ。」

クリスタ「う、う〜ん・・・・・・それじゃあ・・・」



しかし、キュクロの真摯な眼差しを前にしては、断る事ができなかった。

立体機動装置の正しい知識を持っている自分がアドバイスを送れば、間違いなくキュクロは喜んでくれるだろう。

クリスタの生活習慣と化している“善行”が顔を覗かせた。



クリスタ「その、まだ記憶が曖昧だから正しいか分からないけど・・・」



あくまで記憶喪失の設定を踏襲した前置きを述べる。



キュクロ「あぁ。何でも良い。」

カルディナ「・・・。」

クリスタ「二人とも1、2回の方向転換は綺麗にできるけど、それが3回4回と続くとどんどんバランスを崩しちゃうよね?」

キュクロ「そうだな。」

クリスタ「あれはね、体が力み過ぎてるからだと思うの。」

キュクロ「力み過ぎてる?」

クリスタ「うん。二人とも体にかかるGを筋力でねじ伏せようとしてるんじゃないかな。それに、方向を変える時に無理矢理体を捻るのも良くないと思うよ。」

キュクロ「・・・。」

カルディナ「・・・。」

クリスタ「1回1回力むから、それが不自然なブレーキになってバランスを崩してると思うの。多分、立体機動に必要なのはバランス感覚とスムーズな体重移動、それと的確な空間認識能力でしょ? 空間認識能力はある程度慣れて恐怖心が無くなれば身に付くだろうから、とにかく力まずリラックスする事を心掛ければ良いと思うよ。」

クリスタ「それから、ワイヤーを巻き取る時もガスを吹かし続けるんじゃなくて、慣性の法則を利用した方がガスの節約になるかなって思うの。」

クリスタ「キュクロはまだ少しそれができてるけど、カルディナはずっと吹かし続けてるから気を付けた方が良いんじゃないかな。それから」

キュクロ「・・・・・・ヒストリア?」

クリスタ「えっ?」

キュクロ「・・・。」

カルディナ「・・・。」

クリスタ「なに?」

キュクロ「・・・・・・詳しすぎないか?」

クリスタ「あ、う、うん。話してると何だか次々と知識を思い出し」

カルディナ「本当ですか?」

クリスタ「えっ?」

カルディナ「先ほどから『〜じゃないかな』とか『〜と思う』とか、さも知識を元にした“推論”であるかのようにお話し下さってますが、僕にはどうもそれらが“実体験”であるように感じらてなりませんね。」

クリスタ「うっ・・・」ギクッ



しまった。

キュクロの熱心な目を見るうちに、ついつい熱弁してしまっていたらしい。



クリスタ「それは・・・もしかしたら工場都市にいた頃に」

カルディナ「それはないですね。」

クリスタ「ど、どうして・・・」

カルディナ「僕はハナから貴女が工場都市にいたなんて可能性は1%も考えてませんから。と言うのも僕らは前に一度、工場都市に1週間ほど滞在した事がありますが、そこで貴女を見かけた覚えはありません。」

カルディナ「あんなムサ苦しい職人達の巣窟に貴女のような美女がいたら、この僕が見落とす筈がありませんからね。万に一つも。」

クリスタ「うっ・・・」タジッ

カルディナ「それに、貴女の手の皮膚は荒れて硬化した職人のそれとは明らかに違う。」

クリスタ「う〜・・・」タジタジッ

カルディナ「さて。それじゃあどうして訓練兵と一部の職人しか知り得ない立体機動装置の事をそこまでご存知なのか。この点について、ご説明願えますか?」

クリスタ「・・・。」

キュクロ「ヒストリア・・・何か隠してるのか?」

クリスタ「・・・。」

キュクロ「・・・。」

カルディナ「・・・。」

クリスタ「・・・。」

キュクロ「・・・。」

カルディナ「・・・。」

クリスタ「・・・・・・はぁ〜。」

カルディナ「どうされました?」

クリスタ「ごめんなさい。降参です。」ショボン

キュクロ「ヒストリア・・・」

クリスタ「きっと信じてもらえないと思うけど、全部話すから・・・怒らないで・・・」ウルウル

キュクロ「あ、あぁ・・・」

カルディナ(なにこのかわいい生き物。)















キュクロ「未来から来た訓練兵・・・」

カルディナ「・・・さて、どうリアクションしたものやら。」

クリスタ(・・・・・・終わった。絶対頭の変な子だって思われてる。)ドヨ〜ン

クリスタ(施設送り・・・ううん、下手したら異端審問に突き出されちゃう。)ズ〜ン

カルディナ「未来の発達した立体機動訓練を受けているからあれほどお詳しい・・・ですか。」

カルディナ「・・・にわかには信じがた」

キュクロ「ヒストリア!!」ガシッ

クリスタ「きゃっ!?」ビクッ

カルディナ「ちょ、ちょっとキュクロ! !」

クリスタ「ごめんなさいごめんなさい!! 騙すつもりはなかったの!! 許し」







キュクロ「俺に立体機動を教えてくれ!!!!」







クリスタ「えっ?」

カルディナ「えっ?」

キュクロ「未来じゃ兵士は立体機動ができて当たり前って言ってたよな!? って事は、ヒストリアもできるんだろ!?」

クリスタ「う、うん。できる・・・けど。」

キュクロ「なら教えてくれ!! 頼む!!」

クリスタ「あの・・・」

キュクロ「俺は一刻も早く立体機動をマスターしたいんだ!! こんな我流で探り探りやってたんじゃ埒が空かない!! ヒストリアから教わるのが一番の近道だ!!」

クリスタ「でも・・・」

カルディナ「あのぉ、盛り上がってるところ恐縮ですが・・・」

キュクロ「ん?」

カルディナ「ヒストリアさんのお話を信じるんですか?」

キュクロ「ヒストリアがそう言うんならそうなんだろ?」

カルディナ「いや、あの・・・有り得ないとか思わないんで?」

キュクロ「有り得ない事なんて世の中いくらでも起きるだろ? 巨人の子と蔑まれてきた俺が巨人を倒す側に回る事だって、当時の俺からすれば到底有り得ない事だ。」

クリスタ(巨人の子?)

カルディナ「それはまぁ、そうですけど・・・」

キュクロ「第一、タイムスリップが有り得るとか有り得ないとか、そんな話には興味ない。俺は巨人を倒す力が欲しいんだ。」

カルディナ「はぁ〜もう。君は巨人の事となると本当に見境がなくなりますねぇ。」ヤレヤレ

クリスタ(エレンみたい。)

キュクロ「ヒストリア。頼む。」

クリスタ「う、う〜ん・・・私は良いけど・・・」チラッ

カルディナ「・・・。」

キュクロ「カルディナ。下らない疑いは捨てろ。こんなチャンス、二度とないんだぞ?」

カルディナ「・・・・・・はぁ〜、やれやれ。」ガチャガチャ

クリスタ「???」

キュクロ「おい、なんで装置を外すんだ?」

カルディナ「確証が欲しいからですよ。」ガチャガチャ

キュクロ「確証?」

カルディナ「ヒストリアさん。気分を害されたなら謝ります。貴女がこの世の誰よりも美しい事は疑いの余地もありませんが、やはり僕は貴女のタイムスリップの件(くだり)だけは鵜呑みにできない。」ガチャガチャ

クリスタ「うん・・・そうだよね・・・」

カルディナ「ですから、証明して下さい。」ガチャガチャ

クリスタ「証明?」

カルディナ「はい。僕のを使って、貴女の立体機動を見せていただきたい。拙いとは言え、今この世界で立体機動の最先端にいるのは僕ら補習生です。もしも貴女が僕らを遥かに上回る技術をお持ちだったなら、僕も貴女の話を信じましょう。」ガチャガチャ

クリスタ「ほ、本当に?」

カルディナ「えぇ。男に二言はありません。『貴女がこの世の誰よりも美しい』の件も含めて、ね。」ガチャガチャ

キュクロ「それは良い。俺は別に疑ってないが、ヒストリアの立体機動は見てみたい。」

カルディナ「さぁ、どうぞ。ベルトやハーネスはご自由に調節して下さって結構です。」サッ

クリスタ「うん。それじゃあ・・・」スチャッ



ガチャガチャ

ガチャガチャ

ガチャガチャ



クリスタ「ガス良し、ハーネス良し、耐Gベルト良し、替え刃良し。うん、準備OK。」

カルディナ(調節や装着、各種チェック。いずれも手慣れてますねぇ。)

キュクロ「ワクワクしてきた。」

クリスタ「えっと・・・それじゃあ始めるね。って言っても、私も同期の中じゃあまり上手くない方なんだけど・・・」

キュクロ「それでも俺たちよりはずっと上手いんだろ? 見せてくれ。」

カルディナ「お願いします。」

クリスタ「う、うん。行きまぁす。」バシュッ



キュルルルルッ

ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ



キュクロ「・・・。」

カルディナ「・・・。」



ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ



キュクロ「・・・。」

カルディナ「・・・。」



ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ



キュクロ「・・・。」

カルディナ「・・・。」



ヒュー スタッ



クリスタ「あわわ! っと。」ズザァッ

キュクロ「・・・。」ポカーン

カルディナ「・・・。」ポカーン

クリスタ「ど、どうだった?」モジモジ

キュクロ「す、すごい・・・・・・すごいぞヒストリア!!!!」

カルディナ(あぁ、そうか。天使って実在するんだ。)

クリスタ「エヘッ。」テレテレ

キュクロ「これだ!! これが俺のやりたかった立体機動だ!!」

カルディナ(彼女は未来ではなく天界からやって来た、と。そういう事なんですね。)

クリスタ「カルディナは・・・どう思った?」

キュクロ「良い加減信じる気になっただろ!?」

カルディナ「えぇ、もちろんです。信じます(貴女が天使だと)。疑ってすみませんでした。」

クリスタ「やったぁ!」

キュクロ「ヒストリア! 今日からよろしく頼む!」

クリスタ「うん! こちらこそよろしくね!」









クリスタ(って、あれ? 未来に帰る方法は?)







ここまでにします。
夜に来れたらまた来ます。

では。


オリキャラかと思ったら小説版のキャラか

>>56
大袈裟ではないと思うよ
俺もクリスタの自己否定意識や心の傷については色々思うところあるし
この間クリスタの意識考察みたいなのを見かけてからね


愛しのクリスタちゃんが大変な事になってんのにユミルは何してんだ

ユミルは未来に生きてるよ


楽しみにしてる

おつ

小説版とクロスと聞いて真っ先に↓が浮かんだ…
シャルル「キュクロ〜〜?その金髪の女の子は誰なの?」ゴゴゴ(笑顔で短刀を持ちながら)


クリスタはかわいいから嫉妬してしまうだろうな……キュクロは女に興味なくても
あとキュクロとカルディナの掛け合いがらしくて好きだwwwww
カルディナはこんなにうざかったけ?と思って小説版読み直したらそのままだったwww(あと顔はオルオでイメージしてる)

こんばんは。

>>96>>97>>98>>99
ご支援ありがとうございます。
ユミルはこの後ほんの少しだけ出てくる予定です。
あくまで少しだけ。

>>95
その考察、面白そうですね。
是非読んでみたいんですけどよろしければ教えてもらえませんか?
スレタイだけでもお教え下さったらググりますので。

>>100
ラノベとのクロスSSって他にもあるんですか?
それは知りませんでした。
今度の休みにゆっくり読んでみたいと思います。
教えて下さってありがとうございました。
カルディナは自ら「放蕩生活がしたい」と語るほどのチャラ男ですからねwwwwww
その辺を強調して書いてみましたwwwwww
ただ、オルオで再生するのはやめて下さいよwwwwww
まぁ、何にせよ気に入っていただけたみたいで何よりです。

では、夜も遅いので少しだけ続きを投下いたします。

—2日目 ウォールシーナの門前—

人類を巨人の魔の手から守る3重の壁。

その最深部であるウォールシーナの中に、工場都市は居を構えていた。

かつてはそれぞれの壁の居住区に点在していた兵団御用達の兵器工房。

それらを一ヶ所に集約し、さらにその職人や家族が住みやすいよう住居や娯楽施設のインフラを整備・拡充した結果、単なる職人街の域を飛び超えて一つの都市と化した大工業地帯。

それが工場都市である。

全兵団の武器や兵器の製造を一手に引き受けるという性格上、そこはまさに国の武器庫も同然であり、更には造幣局まで備えてしまっている事から兵士が最も神経を尖らせる防衛の要地となっている。

それ故、そこへ至るまでには気が遠くなるほど数多の検問所が設けられていた。

その第1の検問所を兼ねるウォールシーナの入口。

その前に今、二頭の馬に騎乗したキュクロとクリスタがいた。

しかし、二人は門を通るつもりはない。

もとい通れないのだ。

>>101
いや、そういう意味じゃなくて嫉妬するシャルルが浮かんだということ
オルオで再生されるのは当たり前。キャラが似ているっていうかノリがね……

キュクロは訓練兵団から身分証が発行されているが、この時代の住人ではないクリスタの身分証など地の果てまで探しても見付かりはしない。

その為、カルディナだけが先に工場都市に入り、二人は馬に乗ったまま門の入り口で待機。

そしてカルディナが工場都市から重役を同伴して戻り、その重役の顔パスでクリスタの工場都市入りを許可させようという、何とも遠回りな手段を用いざるを得ないのだ。

しかし、何にせよそんな融通の利く重役と顔見知りである事は幸運だと言うしかないだろう。



「やぁやぁ、どうもどうも。明けましておめでとうございます。」



そうこうしている内に、その重役が現れた。

カルディナが御者を務める馬車とも言えない簡素な荷車に彼は乗っている。



クリスタ(この人が・・・)



白髪交じりの蓬髪(ほうはつ)と無精髭、そして度の強い縁なし眼鏡が印象的な50代の男性。

その身には重役に似つかわしくない薄汚れた作務衣を纏っているが、これは彼が今もって最前線で活躍する開発者である証だ。

ゼノフォン・ハルキモ。

立体機動装置の開発に携わった一人である。



>>105
あっ、つまりそういうSSが実在するのではなく、
貴方の脳内で浮かんだという事ですね。
理解力がなくてすみません。
でも、それはそれで面白そうですねwww

今後、僕もラノベの方を読み返した時にカルディナがオルオで再生されそうですwww

ゼノフォン「こんな朝早くからようこそお越し下さいました。そちらがヒストリアさん?」

クリスタ「はい。馬上から失礼いたします。ヒストリア・レイスと申します。」

ゼノフォン「ご丁寧にどうも。ゼノフォン・ハルキモです。さぁさぁ、立ち話も何ですからどうぞ私の工房へ。来る途中に各検問所で貴女の通行許可を取っておきましたから。」

クリスタ「ありがとうございます。」



4人は一路、工場都市に向けて馬を進めた。








—工場都市 ゼノフォンの工房—

「お帰りなさい。」



ゼノフォンの工房へ入ると、その武骨かつ雑然とした職場にはあまりに不釣り合いな、ビスクドールを思わせる美少女が出迎えてくれた。

シャルル・イノセンシオである。



クリスタ(うわっ、この娘かわいい!)

シャルル(この娘、なんてかわいいの!)

カルディナ(天使が二人。なんという眼福でしょうか。)

キュクロ「ただいま。シャルル。」

シャルル「お帰りなさい。明けましておめでとう。」

キュクロ「あぁ、おめでとう。」

シャルル「ふふふっ。」

クリスタ(あれ?)



クリスタは気付いた。

再会を果たした途端、シャルルの顔に深い安堵の色が滲み出た事に。



クリスタ「ねぇ、カルディナ。」ヒソヒソ

カルディナ「はい?」

クリスタ「キュクロとシャルルって、もしかして・・・」ヒソヒソ

カルディナ「あぁ、あの二人は兄妹みたいな物ですよ。お互い、ちょっと訳ありで天涯孤独の身なんでしてね。頼れる“身内”と呼べる存在が他にいないんですよ。」ヒソヒソ

クリスタ「そうなんだ。」ヒソヒソ

クリスタ(エレンとミカサみたいな感じかな?)

カルディナ「あ、ちなみに僕も同じく天涯孤独にして彼女無しですから。」ヒソヒソ

クリスタ「そうなんだ。早く彼女ができると良いね。」アッサリ

カルディナ「・・・・・・そうですね。」

ゼノフォン「さて。では早速本題に移りましょうか。君たちを迎えに行く道中でスペア君から概要は聞きました。」



ゼノフォンはカルディナの事を“スペア君”というあだ名で呼んでいる。

すなわち“最も立体機動の素質のあるキュクロが再起不能となった際の予備(スペア)”という、彼なりのユーモアである。



カルディナ「ゼノフォンさん。そろそろそのあだ名は・・・」

ゼノフォン「ヒストリアさん。」

クリスタ「はい。」

ゼノフォン「未来の世界から来られたそうで?」

クリスタ「はい・・・そうです。」

ゼノフォン「その未来のノウハウをもって、彼らに立体機動の稽古をつけて下さるとお聞きしましたが?」

クリスタ「えぇ。まぁ・・・キュクロとカルディナにはそういう約束をしました。」

ゼノフォン「それは心強い。是非お願いします。」

クリスタ「・・・ゼノフォンさんも信じて下さるんですか?」

ゼノフォン「と言いますと?」

クリスタ「私の話を『有り得ない』と否定されないのかなぁって・・・」

ゼノフォン「それはないですよ。何故なら私は今まで、タイムスリップに関する考察や研究をした事がありませんから。」

クリスタ「えっ?」

ゼノフォン「自分の手で真実を突き詰めるまでは『有り得ない』や『不可能』といった言葉は吐かない。それが科学者という物ですので。憶測だけでそれらの判断を下すぐらいなら素人にもできます。」

クリスタ「はぁ・・・」

ゼノフォン「ですので、君はその未来のノウハウを活かして彼らを鍛えてやって下さい。その代償として私は君が未来へ帰れる方法を何とかして突き止めます。」

ゼノフォン「ギブアンドテイク。合理的でしょう? 科学者は合理的な考えで生きているのです。」



変人。

そんな言葉が浮かんだ。

全ての科学者や発明家を変人呼ばわりするのは偏見が過ぎると思うが、少なくともこのゼノフォンという男は間違いなく変人である。

ただし、その技術には信用が置ける。

国の武器庫とも言うべき工場都市中枢の全権を担い、様々な発明品を世に送り出した功績は無視できない。

ハンジさんと会わせたらどうなることやら……

>>116
最恐コンビの誕生ですねwww

もしもクリスタが未来へ帰る方法を科学によって導ける者がいるとすれば、彼をおいて他にいないだろう。



クリスタ「分かりました。よろしくお願いします。」

ゼノフォン「こちらこそ。それで、どのように稽古を付けて下さるので?」

クリスタ「あっ、はい。昨日見た限りだと、二人は立体機動の基礎であるバランス感覚が不完全だと感じたので、まずはそれを養う所から。」

ゼノフォン「ほう。」

クリスタ「私たちの時代にはその為の装置があるんです。それをこちらで作ってもらいたいんですけど。」

ゼノフォン「待って下さい。未来の技術を駆使した物を作れと?」

クリスタ「いえ、そんな難しい物じゃないんです。三本の丸太と二本のワイヤーがあれば作れます。一応、イラストを描いてきました。」ペラッ

ゼノフォン「どれどれ。」



ゼノフォンはクリスタからイラストを受け取り、ジッとそれを凝視した。

三本の丸太によって作られた三角錘と、その頂点から垂れ下がった二本のワイヤー。

その二本のワイヤーを腰の両サイドに着けた人間が、三角錘の中で浮いている。

図面や設計図からは程遠い簡素なイラストだが、立体機動装置の開発に携わったゼノフォンは一目でその用途を見抜いたらしい。



ゼノフォン「なるほど。二本のワイヤーに吊られて中空でバランスを取る訳ですね。」

クリスタ「はい。訓練装置と言います。」

ゼノフォン「これは良いですね。シンプルながら立体機動時のバランス感覚を鍛えるのにもってこいだ。」

クリスタ「未来の訓練兵団では、まずこの装置でバランス感覚を徹底的に鍛えた上で実技訓練に移ります。それだけでなく、この装置でバランスが取れない人は強制退団を強いられるんです。」

ゼノフォン「立体機動の適正審査も兼ねるという事ですか?」

クリスタ「はい。だから、この課程を経験せずに実技訓練を行なうのは正直言って無茶だと感じました。もちろん、ノウハウのない時代だから仕方ない事は分かってますが。」

ゼノフォン「おっしゃる通りですね。この装置なら今うちにある廃材でどうにか作れますよ。今から早速取り掛かりましょうか。」







—3時間後—

カルディナ「ふぅ〜。なかなかの重労働でしたね。」

ゼノフォン「他の職人もいれば1時間そこらで作れたでしょうけど、正月から工房に顔を出す物好きはいませんからね。」

シャルル「でも、ゼノフォンさんは今こうして工房にいますよね?」

ゼノフォン「研究・開発は私にとって酸素と同義ですから。」

キュクロ「どうだヒストリア。どこかおかしい所はあるか?」

クリスタ「ないよ・・・・・・完璧!」



そこにはクリスタのよく知る訓練装置があった。

丸太の角度やワイヤーの長さまで寸分の狂いもない。

エレンが頭から落下した場面がありありと蘇るほどだ。



クリスタ「すごい・・・っ!」



嘆息を禁じ得なかった。

ゼノフォンはクリスタのイラストを元にわずか数分で設計図を描き起こした。

それでこの再現度だ。

開発者としてのノウハウの豊かさを如実に物語っている。



ゼノフォン「さて。では早速、試験運行といきましょうか。スペア君、前へ。」

カルディナ「えっ? ぼ、僕ですか?」

ゼノフォン「何です? まさか女性陣に被験体になれと?」

カルディナ「いえ、そうは言いませけど。僕とキュクロの二者択一の中で、なぜ僕なのかなぁと・・・」

ゼノフォン「君は“スペア”の意味をご存知ですか?」

カルディナ「・・・・・・はい。知ってます。」

ゼノフォン「大丈夫ですよ。少なくとも私の脳内では問題なく機能していました。」

カルディナ「ははっ・・・それは心強い。」



1分後、そこには頭と足の位置を見事に逆転させたカルディナがぶら下がっていた。

カルディナは元来、筋力で無理矢理バランスを保っていた節があり、その為わずか数秒で姿勢制御が崩壊したのである。

続いてはキュクロが挑む。

カルディナの時と同様、女性陣2人とゼノフォンに支えられた状態で体にハーネスを着けた。

そして、そこから順に1人ずつ手を離してゆく。

まずはゼノフォン、その後にシャルル。

そして最後にクリスタの手が離れた瞬間、彼の体は自身の力のみで宙に浮いた。



キュクロ「うおっ・・・っと! くっ!」グラグラ



カルディナよりはいくらかバランス感覚で姿勢制御ができているが、それでもまだまだ力が抜けきっていない。

立体機動における力付くでの姿勢制御は徒(いたずら)に体力を奪うだけでなく、肉離れや脱臼、骨折の原因にもなる。

やはり訓練装置を作って正解だった。



キュクロ「ふっ・・・くぉっ!」グラグラ

ゼノフォン「10秒経過。スペア君よりはもってますね。とは言え、まだまだ力付くである事は否めません。そんな調子では不測の事態への対応が間に合いませんよ。」

ゼノフォン「例えばこんな風に。」



ガンッ



一同「!?」

キュクロ「うわっ!?」グルンッ



ゼノフォンはおもむろに一本の支柱に蹴りを入れた。

支柱が振動し、ワイヤーが波打つ。

それに伴い、キュクロの頭部が大地へと引き寄せられた。



ええい、協調性があるアニのことローザと小物化したジャンのことシャビィの出番はまだか!

ゼノフォン「ほら、言わんこっちゃない。」

キュクロ(逆さ吊り)「・・・・・・。」ブラ〜ン



キュクロは逆さに吊られたまま、無言でゼノフォンに抗議の意を示した。

自分から邪魔しといてその言い草は何だ。

カルディナとシャルルはそんな二人をただただ呆れたといった様子で見詰めている。

しかしただ一人、クリスタだけは心中でゼノフォンに全面同意していた。

訓練装置は基礎中の基礎であり、如何なるトラブルに遭おうとも乗りこなせて当然だ。

今の蹴りのごとき些細な振動でバランスを失っていては話にならない。

>>127
ごめんなさい、もう少し待って下さい。
明日か明後日には登場させますから(^_^;)

実際の立体機動装置はただぶら下がれば良いという代物ではないし、ましてや実戦では何が起こるか分からないのだから。



クリスタ(まずは訓練装置で基礎を覚えなきゃ。それまで実技訓練は一旦お休みかな・・・・・・うぅっ)ブルッ



自身が訓練装置で受けた苦痛の記憶が蘇り、思わず身を震わせる。

始めてあれを使用した際、全身を硬直させてバランスを取り続けたばかりに翌日は悪夢のような筋肉痛に襲われた。



ゼノフォン「ところで、ヒストリアさん。」

クリスタ「はい?」

ゼノフォン「君が未来へ帰る方法を私もなるべく早く突き止めるつもりですが、それでもやはり日数はかかります。その間、住居はどうなさいますか?」

クリスタ「あっ・・・!」



すっかり忘れていた。

昨夜はキュクロ達の隣室に泊めてもらったが、それが可能だったのは他の訓練兵や教官達が正月休暇で不在だったからだ。

そう何度も使える手段ではない。

かと言って、どこかに下宿する事も叶わない。

クリスタは無一文なのだから。



クリスタ「考えてなかった・・・」

ゼノフォン「もしよろしければ、うちの工房の一室をご提供しましょうか? もちろんタダで。」

クリスタ「えっ!? 良いんですか!?」

ゼノフォン「えぇ。先日うちの職人が一人、独立の為に出ていきましてね。彼の研究室が余ってるんです。ソファーもありますから、部屋を片付けてさえ下されば寝るのに不自由はない筈ですよ。」

シャルル「片付けなら私も手伝うから大丈夫よ。」

クリスタ「うわぁ! ありがとうございます!」

ゼノフォン「それと、何かお仕事を探された方が良いですね。住むのに困らなくても、自由に使えるお金がないと不便でしょ?」

クリスタ「あぁ、確かに・・・」

キュクロ「それならヒストリアは俺たちに訓練を付けてくれるんだから、それに対する謝礼が払われるべきだろう。」

ゼノフォン「あっ、そうか。そうですね。」

クリスタ「い、良いよ良いよ! キュクロたちからお金をもらうなんてできないよ!」アセアセ

キュクロ「いや、俺たちが払う訳じゃないぞ?」

クリスタ「えっ?」

キュクロ「えっ?」

カルディナ「あのぉ、ヒストリアさん。」

クリスタ「へっ?」

カルディナ「勘違いなさってませんか?」

クリスタ「何が?」

カルディナ「貴女にお教えいただくのは、僕らだけじゃありませんよ?」

クリスタ「えっ?」









—3日目 補習時間—

カルディナ「本日より我々に立体機動の指導をして下さるヒストリア・レイス臨時教官です。一同、礼!」



補習生ズ「よろしくお願いします!!!!」ビシッ



クリスタ「どうしてこうなった・・・」



少し中途半端ですが、今日はここで終了といたします。
明日はまた夜に来れたら来たいと思ってます。
多くのご支援やレスをいただき、本当に感謝の言葉もありません。
今後ともよろしくお願いいたします。
では、おやすみなさい。

乙!
ラノベ版知らないけど面白い

ちょっと小説版買ってくるか


この世界に第二のライナーが誕生しそうだ……


クリスタ結婚しよ

>>138
君はもう戦士ではない

開いてみたら予想以上に面白いSSだった
続きも期待してる

そういやラノベ版には猿って名称が出てきちゃってるんだよな
多分編集の見落としによる設定ミスなんだろうけど

こんばんは。

>>135
ラノベ知らないのに面白いなんて、そんな嬉しい言葉はないですよ!
ありがとうございます!

>>136
是非買ってみて下さい。
キュクロ編は2巻からですが、1巻のアンヘル編も超面白いですので。

>>137
クリスタの人気はいつの時代にも通用する筈ですwwwwww

>>138
ダメです。
クリスタは僕のうわらいなーなにをするやめ

>>139
僕も戦士には成りきれないようですorz

>>140
ご期待に添えるよう頑張ります!
ラノベの設定は本編に矛盾する点がところどころありますよね。
巨人が人を食うときに頭だけ千切って捨てるとか、
憲兵団が真面目エリートの集団だとか。

投下の前に誤字脱字の訂正を。



>>80
×→感じらてなりません
○→感じられてなりません

>>111
×→天涯孤独の身なんでしてね
○→天涯孤独の身でしてね



では、投下開始します。

訓練後の自由時間を返上し、“補習”の名目で立体機動の研鑽(けんさん)に励む訓練兵たち。

その全員の視線が今、クリスタに向けられている。

突如現れた謎の美少女教官に。

昨日、ゼノフォンの工房にてキュクロとカルディナが言っていた事の真相がこれだ。

すなわち、補習生全員への立体機動の指導。

その対価としてクリスタには講師料が支払われるのだ。



クリスタ(嘘でしょ・・・私が教官なんて・・・)



ヒソヒソヒソ

一体何者だ?

(かわいい。)

俺らと歳変わんねぇだろ?

(女神。)

使いこなせた前例もないのにどうやって指導を?

(結婚しよ。)

ヒソヒソヒソ



カルディナ「お静かに!!!! 教官の御前ですよ!!!!」



シーン



カルディナ「すみません。気分を害したのでは?」

クリスタ「ううん、平気。みんなが戸惑うのも理解できるから。」

カルディナ「お気遣い痛み入ります。」

カルディナ(うん、今日も安定の天使さ加減。)



今日の朝、訓練所に教官のホルへ・ピケールが出勤するやいなや、キュクロとカルディナは彼にクリスタを紹介した。

未来の世界の訓練兵であり、この時代の誰よりも立体機動装置の扱いに長けている。

どうか彼女を臨時教官として迎え入れて欲しい。

ホルへは二人の正気を疑った。

休みボケで頭がおかしくなったか?

だが二人のあまりに熱心な説得に根負けしたホルへは、百聞は一見に如かずとクリスタの立体機動を見てみる事にした。

その光景はホルへにとって戦慄すら覚えるものだった。

そこにはホルへが夢見た兵士の未来像があったからだ。

身のこなしやスピード、方向転換の多様性など、全ての面において全補習生を上回る。

のみならず、立体機動の原理をきちんと体系立てて理解しており、更には画期的な訓練装置をゼノフォンに提案して作らせたという。

技術・知識ともに、明らかにこの時代の先を行っている。

タイムスリップなどという物を信じることには抵抗を感じるが、それぐらい突飛な理由がなければこの少女の存在に得心がいかないと感じたのも事実である。

故にホルへは、クリスタが未来人である事を信じるか否かは一先ず保留とし、臨時教官として受け入れる旨だけを承諾したのである。



カルディナ「では、貴女の好きなように進めて下さい。」

クリスタ「う、うん。」ドキドキ

クリスタ「えっと、それじゃあ皆さん! この訓練装置の前に並んで下さい!」



そう言ってクリスタは並び立つ四基の訓練装置を指差した。

昼の間にゼノフォンら工場都市の面々が資材を搬入して組み立ててくれた物だ。

補習生たちは思い思いの訓練装置の前に列を成していった。

クリスタは彼らに訓練装置の使い方と目的を説明した。

この装置でバランス感覚を養う。

それができない者はこの補習から抜けてもらわなければならない。

補習生たちに動揺が広がる。

しかし、キュクロが真っ先に装置へと歩み寄ったのを皮切りに、一人また一人と訓練に着手しだした。

その結果はまさに十人十色だった。

開始から10秒以内に引っくり返る者もいれば、不安定ながら何とかバランスを維持できる者もいる。

昨日、一足先にこの装置でみっちりと訓練を積んだキュクロとカルディナには余裕さえ見られた。

ただし、この二人を含めた全補習生の中で、一切の力を抜いた自然体での姿勢制御を成し得た者は一人もいない。

改めてミカサの才能がいかに桁外れであるのかを思い知らされる。



クリスタ(けど、補助の手が離れた瞬間から引っくり返る人はあまりいない。案外みんな素質はあるのかな。)



これなら前途は明るい。

クリスタはそう思った。

と、その時。



「おっ? 何だ何だ? 猿どもが新しいオモチャで遊んでやがる。」



野太い声が森林に響き渡った。

声色だけで十二分に伝わってくる明確な悪意。

補習生たちの表情が曇る。

またアイツらか。



クリスタ(何なの?)クルッ



クリスタはその声の主を振り返った。

金髪の男が一人と、彼の腰巾着と思われる者が数名。

いずれも筋骨隆々の大男にして、訓練兵であるようだ。

カルディナから聞いた話を思い出した。

訓練兵の中には、彼ら補習生の事を落ちこぼれだの猿だのと揶揄する心無い者がいるらしい。

となると、彼らがそうなのだろうか。



「飽きもせずに毎日毎日・・・ご苦労な事ね。」



一人の訓練兵がクリスタの隣に立ち、呟く。

艶のあるショートの黒髪に黒曜石のような瞳、凛とした佇まい。

背丈はクリスタと変わらないほど小柄だが、かわいいというよりは綺麗、またはかっこいいという印象の女性だ。

容姿こそ違うが、どこかアニを彷彿とさせる孤高性を感じる。

補習生の紅一点、ローザ・カールステッドである。

野次を飛ばしてくる大男達に向けられたその視線には、ゴミに群がるカラスを見るような嫌悪を秘めた哀れみが籠っていた。



クリスタ「毎日あんな野次を?」

ローザ「えぇ。相当ヒマみたいね。」



ローザは鼻で笑いながらそう話した。

ローザは鼻で笑いながらそう話した。

教官に対してそのような不遜な態度は本来なら許されないが、クリスタは別段気にしなかった。

自分が教官になったという実感もないし、同い年とおぼしき相手に堅苦しい軍隊式の敬語で喋られるのは抵抗があったからだ。



「お〜い、巨人の子! 人間になるのは諦めて猿に進化しようってのかぁ!?」



リーダー格の大男が更に野次を飛ばしてくる。

それに伴い、腰巾着たちに爆笑が巻き起こった。



クリスタ(巨人の子?)



——巨人の子と蔑まれてきた



クリスタ(そう言えば昨日もキュクロがそんな事言ってたっけ。)



キュクロの全身に刻まれた無数の傷を思い出す。

そして、彼の巨人討伐に対する並々ならぬ執念。

それらもその“巨人の子”なる呼称に関係があるのだろうか。



クリスタ(何なんだろ、巨人の子って・・・)

ローザ「いま野次ってきたあの金髪の大男がいるでしょ? あれはあのゴリラ集団のリーダーでシャビィ・イノセンシオ。いわばボス猿ね。」

クリスタ「シャビィ・イノセンシオ・・・・・・」

クリスタ(あれ? 確かシャルルの苗字もイノセンシオじゃ・・・・・・)

ローザ「前々から私たち補習生を見下してたみたいだけど、キュクロが編入してからはより一層それが露骨になってきたわ。」

クリスタ「キュクロと仲が悪いの?」

ローザ「むかし色々あったみたい。まぁ、そこはキュクロに訊いて。私が彼の過去を勝手に話すのは不躾だもの。」

クリスタ「そうだね。分かった。」



クリスタの中ではジャンは悪い人ではないみたい
てっきりシャビィと重ねるかと思った

>>155
確かにシャビィはジャン的なポジションのキャラかとは思うんですけど、
行動や発言にいちいち悪意が満ち溢れてるってトコがジャンとは違うと思うんです。
だからジャンと重ねる描写は出しませんでした。
僕自身がジャンは好きだけどシャビィは嫌いっていうのも大きな理由ですがwww

さぁ、いつまでも話してないで指導に戻ろう。

そう思った矢先、



ぎゃはははははははっ!



再びシャビィ達の下品な笑い声が響いた。

全員が同じ方向を向き、指を差して笑っている。

クリスタはその指先からほとばしる悪意の終着点を目で追った。

そこには、



補習生A(逆さ吊り)「うぅっ・・・チクショウ。」グスッ



一人の補習生が逆さに吊られたままユラユラと揺れていた。

確か彼は全ての補習生の中で一番バランス感覚に難がある者だ。

先ほどから何度も同じ失敗を繰り返し、プライドはズタズタに傷ついているのだろう。

そこへ更に辛辣な嘲笑を浴びた事が引き金となり、大粒の涙をこぼしている。

そんな彼の姿を見て、大男の集団は更に笑い声を上げる。



シャビィ「アイツ才能ねぇな。」

腰巾着A「才能のない兵士なんて生きてるだけで迷惑っスよね!」







——お前は生きてるだけで罪だから一生サンタさんは来ないよ。







クリスタ「・・・っ!!」ゾクッ



忌まわしい記憶。

胃に穴が開き、そこから冷たい墨が漏れ出したかのような感覚に襲われた。

全身が粟立つ。



補習生A「くそぉ・・・」ヒック

補習生B「ほ、ほら。起き上がるの手伝うからさ。もっかいやってみようぜ。」

補習生A「もうほっといてくれ・・・こんなに何回やってもダメなんだ・・・」ポロポロ



だはははははははっ!



クリスタは蔑まれる痛みを知っている。

だから、あの補習生が今どんな気持ちでいるのか痛いほど分かってしまう。

そして、その痛みを分かろうともしない者たちの浅はかさのせいで彼の傷が更に深みを増している事も。

彼を通して、自身の傷までも抉られたような気分だ。

クリスタは下唇を噛んだ。

そして、激しい怒りに震えた。

人を蔑み傷付ける事の、何がそんなに楽しいのだろう。

その背負った命に何の落ち度もない者が、ただ目の前の目標を果たそうともがいてるだけではないか。

何故それを、そんな矮小な色眼鏡でしか見れないのか。

仮にそういった感情を抱き得たとしても、それをぶつけられた相手の心中を何故察する事もできないのか。



——楽して感情任せに生きるのが現実だって?

——お前・・・それでも兵士かよ



クリスタ「・・・っ!」キッ



クリスタは尚も騒ぎ立てる大型類人猿の群れに背を向け、逆さ吊りとなった補習生の元へと歩み寄った。



クリスタ「起きて。」

補習生B「ほら。ヒストリアさんも来て下さったぞ。」

補習生A「・・・・・・ほっといて下さい。」

クリスタ「イヤだ。絶対ほっとかない。さぁ、起こすよ。貴方も手伝って。」グイッ

補習生B「はいっ。」グイッ

補習生A「・・・。」グルンッ

クリスタ「・・・・・・あぁ、なるほど。」

補習生A「えっ?」

補習生B「なるほど?」

クリスタ「ハーネスが弛いよ。もっとしっかり絞めて。そうじゃないと重心がブレてバランスが取れないから。」

補習生A「は、はぁ・・・」

クリスタ「それから、背筋を伸ばそうとするのは良いんだけど、少し後ろに反りすぎかな。もっと気を楽にして良いんだよ。」

補習生A「わ、分かりました。」



補習生は一度地に下り、クリスタから指示された通りにハーネスを絞め直した。

そして同期とクリスタの補助を受け、何度目かの空中浮遊を試みる。



補習生A「気を楽にして背筋をまっすぐ。気を楽にして背筋をまっすぐ。」ブツブツ

クリスタ「手を離すよ?」

補習生A「はい! お願いします!」

クリスタ・補習生B「「せぇの!」」パッ



ブラ〜ン

ブラ〜ン

ブラ〜ン



補習生A「・・・は、ははっ。できた・・・できたぁ!!」

補習生B「やったじゃねぇか!!」

クリスタ「やったぁ!!」

補習生A「ヒストリアさん!! ありがとうございます!!」

クリスタ「お礼なんて良いよ!! できるようになってホントによかったぁ!!」ワァイ

補習生A・B((女神。))



クリスタはシャビィ達の方を振り返った。

彼らはすでにクリスタ達の事など見ておらず、次なる嘲笑のターゲットを探している。

彼らにとっては立体機動などただのお遊びであり、その成功の可否になどさらさら興味はないのだ。

ただ自らの嗜虐性という空腹を満たせる餌があればそれで良い。

まるで巨人みたい。

クリスタはそう思った。

ならば兵士である自分達には巨人を討伐する責務がある。

ただし、この巨人達の急所はうなじではなく、異様なまでに高いその鼻っ柱だ。

立体機動装置を用いてそれをヘシ折る事で討伐は成功を見る。



クリスタ(絶対に大丈夫!)



自信があった。

キュクロとカルディナはもとより、ローザもなかなか筋が良い。

他の補習生たちも皆そうだ。

体の強張り具合にはまだバラつきがあるが、多くの者が空中で一定時間の姿勢制御に成功している。

ここで掴んだ感覚は必ず実技訓練で実を結ぶだろう。









—10日目 補習時間—

ヒュン ヒュン ヒュン



シャビィ「なっ・・・」



ヒュン ヒュン ヒュン



腰巾着ズ「・・・・・・。」ポカ〜ン



ヒュン ヒュン ヒュン



シャビィ「バカな・・・」



巨人たちは目の前の光景に言葉を失っていた。

ここ1週間、ずっと立体機動装置を使っていなかった補習生たちが、久しぶりにそれを装着して木々の間を飛び交っている。

しかし、明らかに前と違う。

何故だ。

昨年末の訓練納めの日に冷やかしに来た際には、相変わらず彼らは装置に翻弄され、三半規管を失った猿のごとく空中を右往左往していた筈だ。

どいつもこいつも動きを制御できず、引きつった表情に恐怖をベッタリと塗りたくっていた。

あれを嘲るなと言う者がいるとすれば、ソイツこそ頭のネジの飛んだ異常者だとさえ思ったほどだ。

そして年が明けて訓練が再開された初日。

今度は出来損ないのブランコのような物にぶら下がって一喜一憂するという意味不明な儀式に興じていた。

それから1週間。

いま目の前の補習生たちは木々の間を縦横無尽に飛び回っている。

その動きは優雅。

それでいてダイナミック。



シャビィ「いったい何が起こった!?」



シャビィは混乱した頭で考えた。

補習生たちを取り巻く環境。

去年の年末に見た時と今とで、一体何が違うのか。

何が彼らをこうも変えたのか。



キュクロ「ヒストリア、ちょっと良いか?」

クリスタ「はぁい。いま行きまぁす。」

シャビィ「!」

カルディナ「ヒストリアさん。ちょっとお訊きしたいんですが。」

クリスタ「あ、うん。それはねぇ」

シャビィ「・・・。」

ローザ「ヒストリア。ここはどうすれば良いの?」

クリスタ「こうすれば良い筈だよ。」

シャビィ「・・・・・・アイツか。」



1週間前から見慣れない女がいる事には気付いていた。

だが、それよりも例のブランコもどきの滑稽さに目を奪われ、大して気にも留めていなかった。

そう言えばアイツは、ブランコもどきで引っくり返った奴らを甲斐甲斐しくサポートして回っていたっけ。

そして今日は補習生一人一人にアドバイスを与えるべく飛び回っている。

自分自身も立体機動装置を身に着けて。

そして、その立体機動は他の補習生たちより頭一つ分ほど上手(うわて)であるように見受けられた。

アイツが入れ知恵したのか・・・



クリスタ「キュクロは右旋回は上手いけど、左旋回が苦手なんだね。」

キュクロ「そうなんだ。意識して直そうとはしてるんだけど。」



この1週間、実技訓練を一旦凍結し、訓練装置を用いて基礎の養成を徹底してきた。

全身の力を抜き、バランス感覚だけで姿勢制御を行えるように鍛える。

それができるようになれば空中での恐怖心が薄れる。

恐怖心が薄れれば心に余裕ができ、空間認識能力が身に付く。

空間認識能力が身に付けばスピードが上がる。

全てジャンが話していた事だ。

ジャンはその歯に衣着せぬ言動から何かと軋轢を生みやすい性格だが、立体機動の技術には特筆すべき才能を持っており、そして教えを乞いに来た者には進んで手を差し伸べるといった懐の深さも持っていた。

それ故、夕飯時の食堂では度々ジャンによる立体機動講座が開かれており、クリスタも何度か耳をそばだてて拝聴したものだ。

そこで得た知識をこの1週間、補習生の皆に伝授してきた訳だが、どうやら効果はてきめんだったと言える。

今まで彼らは何が正解かも分からない真っ暗闇の中で訓練を行なってきたが、クリスタが現れた事でそこに正解への筋道がつけられた。

簡単な事のようではあるが、向かうべき方向が分かると分からないとの違いは大きい。

そして、ひとたびそれが分かってしまえば加速度的に状況は好転していった。

何せ彼らはホルへに見出だされた精鋭であり、元々の身体能力は人の倍以上高いのだから。



クリスタ(だけど、まだ足りない・・・)



バランス、空間認識能力、スピード。

全てにおいて彼らはクリスタと出会った当初から格段に進歩を遂げている。

だがそれもあくまで過去との比較論であり、完成に行き着いた訳ではない。

それはキュクロも感じていた。



キュクロ(まだ革命は起きてない。)



ゼノフォンは言っていた。

これを使いこなす為には地上を基準とした行動の概念を捨て去る、革命のような発想の切り替えが必要だと。

今日まで行なってきた訓練は、言わばその革命を起こすための下準備だ。

後はきっかけが訪れるのを待つのみ。

革命の火蓋を切って落とすきっかけが。



シャビィ「ふざけるな!!」



シャビィは毒気づいた。

毒気づかなければすぐにでも周りの腰巾着たちに当たり散らし、殴り飛ばしてしまいそうだったからである。

つい昨日までその存在を歯牙にもかけていなかった補習生たち。

だが今、立体機動で宙を舞う彼らは明らかに自分の脅威だった。

それはすなわち、猿の真似事と見下してきた立体機動装置が巨人を倒すための最も有力な武器と化した事をシャビィ自身が認めた証拠でもある。

そして、成績上位10名入りを確実視されている優秀な兵士であるシャビィには、彼らの立体機動にまだまだ伸び代がある事が分かってしまう。

だからこそシャビィは恐れたのだ。

奴らはまだ進化する。

立体機動装置は正式装備ではないため訓練の成績には反映されないが、こんな画期的な戦法を上層部が捨て置く訳がない。

元よりこれの採用に対して上層部の腰が重かったのは、一重にその扱いがあまりに難しく、使いこなせる者が一人もいなかったからだ。

しかし今、この場には少なくとも10人以上の使い手がいる。

ともすれば新たな戦法を確立した功労を讃えて特別に得点が付与される事だってあるかも知れない。

そうなれば、奴らのうち何人かは確実に上位10名に食い込んでくる。

シャビィの椅子を奪いに来る。



シャビィ(憲兵に志願するのは俺なんだよっ!!)



奴らを排除しろ。

シャビィの体中の細胞が掃討作戦を求めた。

全員は無理だが、せめて奴らのスキルアップの要因だけでも取り除く事ができれば。

そしてそれは誰の目にも明らかだった。



シャビィ(あの女、今に見てろ・・・っ!)



今日はここで終了です。
明日もこれぐらいの時間に来ると思います、特に理由のない残業に襲われさえしなければ。
では、おやすみなさい。


小説版とのクロスでアンヘルがエレンたちの時代に流れ着いて一緒に訓練兵として三年間やっていき巨人と戦う話を考えたりしてる
あの人、一人だと色々大変だけど……

乙ー
これ読んでとりあえずラノベ買いにひとっ走りしてきたわ

もしこの時代にライナーも来ていたらシャビィが鎧の巨人に殺されそうwwww
アニがペトラたちを殺したように惨い殺したかで


それにしてもクリスタって公式ガイドブックじゃあ、座学はサシャ以下設定なんだよね……
それ以下がコニーとエレンだし……


毎日楽しみにしてる

こんばんは。

>>178
ありがとうございます。

>>179
面白そうですね!
もしスレタイ決めてらっしゃるなら教えていただけませんか?
僕、それ是非読みたいです。

>>180
お疲れさまです。
ラノベの読者が増えて一ファンとしては嬉しい限りです。

>>181
鎧タックルで四肢粉砕でしょうねwwwwww
クリスタってそんなに成績悪いんですか?
僕はそのガイドブック持ってないんで、このSSでは勉強できる子に設定してしまってますorz
ご勘弁下さい。

>>182
嬉しい事をおっしゃって下さいますねぇ。
一度で良いから「毎日楽しみ」とか「ここ最近の生き甲斐」とか言われてみたかったんです、湯川先生とのクロスみたいに。
ありがとうございます。

今日も投下前に訂正を。

>>152
ローザは鼻で笑いながらそう話した。
>>151の末尾と重複してしまいました。

では、投下開始します。

—11日目 補習時間—

クリスタ「えっ!?」ガクンッ

キュクロ「!?」



それは一瞬の出来事だった。

ただし、一瞬だったのは現実の時間での話であり、それを見詰める面々の体感時間は悠にその倍以上の長さだった。

今日もクリスタは補習生たちにアドバイスを行うべく、立体機動で木から木へと飛び回っていた。

その刹那、クリスタが放った右アンカーの狙いが外れたのだ。

宿り木を見失ったアンカーは徐々に失速し、緩やかに落下を開始する。

全ての補習生を上回る技術を持ったクリスタがここまで大きく狙いを外すなど、今まで一度も例がない。

だが事実は事実。

先ほど巻き取った左ワイヤーの勢いがまだ死んでいないクリスタの体は、斜めの軌道を描きながら大地に向けて特攻する。



クリスタ(ちょ、ちょっと待って!!)



10メートル以上の高さから猛スピードでのダイビング。

待ち受ける物は死以外にない。

なぜアンカーが外れた?

この状況の打開策は?

打ち所によっては助かりはしないか?

思考が猛烈なスピードで空回りを繰り返す。

ありとあらゆる疑問がルーレットのように頭を駆け巡った。

そして、その中の一つが思考の中央で止まった。



クリスタ(私・・・・・・死ぬの?)



絶望的な状況ほど頭が冷静なると聞いた事があるが、どうやらそれは本当のようだ。

極めてシンプルなこの疑問が、真っ白になったクリスタの頭の中にふわふわと浮遊していた。

だが、



クリスタ「くっ・・・!!」



その問いの答えが「Yes」であってはならない。

クリスタは懸命にその身を捻り、残された左アンカーの射出先を探した。

生きようとした。



カルディナ「ヒストリアさん!!」

キュクロ「クソッ!!」バッ



キュクロは力一杯に右足を蹴りだし、待機していた枝から飛び降りた。

体が重力に絡め取られた瞬間、右アンカーを射出する。

着弾と同時にワイヤーを巻き取り、一気にクリスタへと接近した。



キュクロ「ヒストリア!!」ガシッ

クリスタ「!?」



ワイヤーに体を引かれ、キュクロがクリスタに追い付いた。

両手を大きく広げ、クリスタの体を真正面から受け止める。

右手を彼女の背に回し、左手でその後頭部を庇う形だ。



クリスタ「キュクロ!!」



更にキュクロは腰を捻り、クリスタに当たらないよう注意しながら左アンカーを放った。

命中。

左ワイヤーに張力が宿る。

それに引かれる二人の体を遠心力が包み込んだ。

体重で勝るキュクロの背が下を向き、振り子のように下向きの弧を描きながら地上へと接近してゆく。



ズザッ ガンッ

キュクロ「ぐっ!!!!」



背中が地に着いた直後、その身にかかった急ブレーキを受けて首が真後ろに引っ張られ、キュクロの後頭部は地面に叩き付けられた。

視界に太陽を直視したかのような白い光が満ちる。

いわゆる“目に星が散る”という状態だ。

しかし、それでもキュクロはクリスタを離しはしなかった。

そのまま勢いに引きずられて地上を5メートルほどスライドし、ようやく二人の体は静止した。





ここまでが前述の“一瞬の出来事”である。

時間にすれば2〜3秒の事かも知れないが、視界がスローモードへと切り替わったカルディナ達にとってはその倍以上の時間を要した気分だ。

そして、ついさっきまでスローモードだった皆の視界は現在、静止モードへと切り替わっている。

地面にその身を横たえて以降、二人がピクリとも動かないのだ。



ローザ「カルディナ!!」



ローザの声に一喝され、カルディナは我に返った。

一足早く樹上から飛び降りたローザを他の面々と共に追う。



ローザ「キュクロ!! ヒストリア!!」

カルディナ「しっかりして下さい!!」バッ



カルディナは胃が縮み上がる感触を覚えながら、キュクロの腕の中でうつ伏せとなっているクリスタの肩を掴んだ。



クリスタ「ご、ごめん!! 私は大丈夫だから!!」




クリスタは即座に返事をした。

突然の事故に脳の処理が追い付かず茫然自失としていたと見えるが、どうやらその言葉通り、体の内にも外にもさしたるダメージは負っていないようだ。



クリスタ「そ、それよりキュクロが!!」



慌てて自身の下敷きとなっているキュクロを見やる。

背中から着地した事もあって目立った外傷はないが、明らかにその意識は失われていた。



クリスタ「キュクロ!! しっかりして!!」グイッ



クリスタに抱き起こされてもやはり目を開かない。

意識のないその体は土嚢のように重かった。



クリスタ「お願い!! 死んだらダメだよ!! キュクロ!!」ユサユサッ

カルディナ「ヒストリアさん!! 落ち着いて下さい!! まず生死の確認を!!」

クリスタ「あっ、そ、そうだね!!」サッ



クリスタは左手をキュクロの首筋に回したまま、右手を彼の手首、左耳を口元へと寄せた。

トクンッ

右手に伝わる反発。

脈はある。

耳にも微風のような吐息がかかった。

どうやら心肺は停止していないらしい。



クリスタ「良かった・・・」



深い安堵に包まれ、大きくため息をつく。



カルディナ「まだ安心はできませんよ。外傷がないだけで骨や脳が無事とは限りません。」

ローザ「そうね。急いで医務室に運びましょう。」

クリスタ「う、うん。」スクッ



クリスタはキュクロに肩を貸すべく、彼の腕を自身の首に回した。

そしてその体を持ち上げるべく、全身に力を込める。

と、その時。



ブチッ



鈍い音が鳴り、クリスタの胴体に巻かれていたハーネスが真っ二つに断裂した。



クリスタ(ハーネスの劣化? そっか。だからアンカーが外れたんだ。)



どうやら劣化に伴ってハーネスのフィッティングが弛くなっていたらしい。

ハーネスはきつく締めなければ体の動きが装置に伝わらず、アンカーの命中精度に影響を及ぼす。



クリスタ(でも、ハーネスはそんなすぐ劣化するような素材は使ってない筈なのに・・・・・・)

クリスタ「!?」



クリスタは驚愕した。

切れたハーネスの断面に一切の綻(ほころ)びや毛羽立ちが見受けられない事に。

明らかに刃物を用いたと見られる一直線の切れ込みがそこにはあった。









—同日 医務室—

医務官「骨折はしてませんね。後は脳に異常があるかどうかですけど、それは今後の経過を見てみないと何とも。」

ホルへ「・・・そうですか。」

医務官「とりあえず、彼が目を覚ますまではこのまま安静にしておく他ありません。」

ホルへ「分かりました。ありがとうございます。」

医務官「僕はちょっと教官室に書類を取りに行かなきゃならないので、一旦席を外します。もし何かあったら呼びに来て下さい。」

ホルへ「はい。」



医務官はそう言い残して部屋を去っていった。

後には重い静寂だけが横たわる。



クリスタ「・・・。」



クリスタはベッドサイドの椅子に腰掛け、キュクロをただ見詰めていた。

呼吸は続けているが、その左目は未だ閉ざされたままだ。



クリスタ「ごめんね・・・私がハーネスをしっかりチェックしてれば・・・こんな事には・・・」

ホルへ「君のせいではない。」

カルディナ「そうですよ。」

ローザ「もっと責められるべき異常者が一人いるわね。」



どれだけ細心の注意を払ったとて、人間である以上ミスや見落としは避けられない。

もちろんそれとて誉められた事ではないが、それ以上に大きな問題が今回はあった。

誰かが故意にクリスタのハーネスに細工をし、暗殺を謀ったという事だ。



カルディナ「ローザ、決めつけで物事を語るのは」

ローザ「なら他に誰か容疑者がいるのかしら? ヒストリアがいなくなる事で得をする人物が。少なくとも補習生の中には思い当たらないわね。」

カルディナ「それは・・・」

ローザ「あの腰巾着たちにしたってそうでしょ? 彼らはそもそも上位10名に入れるような実力者じゃないもの。私たちが幅を利かせようと利かせまいと、どのみち彼らに憲兵の椅子は回ってこない。」

カルディナ「・・・。」

ローザ「でも、あの親分はどうかしら? お金と嫌がらせを駆使してライバルを排除してきた甲斐あって、憲兵行きのチケットが目の前にぶら下がってる。」

ローザ「そんな矢先に、よりにもよって彼が最も見下してた私たち補習生が台頭してきた。しかも私たちはお金や嫌がらせで退けられるほど甘くない。功を焦った彼が暴挙に出る理由としては十ぶ」

ホルへ「もうそれ以上はやめなさい。」

ローザ「ですが・・・」

ホルへ「君の主張はあくまで推論だ。推論だけを頼りに相手を非難するのは陰口と何ら変わりない。」

ローザ「・・・失礼いたしました。」

ホルへ「確かに彼には十分な動機が認められるが、動機がすぐさま行動に結び付くとは限らない。誰の仕業かは今後の調査の結果を見ない事には何とも言えないだろう。」



彼、彼、彼。

執拗に繰り返される三人称。

証拠不十分ではあるが、眠り続けるキュクロを除いた全員が分かっていた。

彼=シャビィ・イノセンシオである事を。

おそらくシャビィが凶行に及んだのは昨日の夜だろう。

日々ハードなトレーニングで肉体を酷使している訓練兵たちは、だいたい22時の消灯時間を待たず自発的に眠りに就いている。

その内の一人が気合いと執念で深夜まで寝たふりを貫き、その後に部屋から抜け出したところで誰も気が付かないだろう。

そのままクリスタの立体機動装置が保管されている教官ロッカーに忍び込む事も容易な筈だ。



ホルへ「今後の調査で物証や目撃証言が得られない限り、犯人の特定は難しいだろう。この件に関して君たち独自で調査を行ったり、彼を問い詰めるといった行為は禁止する。命令だ。良いかね?」

カルディナ「はい。」

ローザ「・・・はい。」

クリスタ「はい。」



再び静寂が訪れた。

いま一同の胸にある感情は二つ。

犯人への怒りと、キュクロの身を案じる思い遣り。

だが現状、犯人を特定する証拠はなく、キュクロも目を覚まさない。

感情は行き場をなくし、それ故に誰もが発すべき言葉を探しあぐねているのだった。



クリスタ「・・・。」



そんな中、クリスタは先程の出来事を思い返していた。

あの刹那に取った自身の行動を。

自分は死に抗おうとしていた。

なぜだ。

心の片隅では、密かに死の到来を待ち望んでいた筈なのに。

それも単なる無駄死にではなく、誰かの役に立って惜しまれながら人生に幕を引く最高のフィナーレ。

客観的に見れば、あれはまさにそういう状況だ。

あそこでクリスタが命を落とせば、少なくとも補習生たちは皆その急逝を悼み、彼女の功績をありったけの謝辞でもって讃えてくれただろう。

レイス家の人々の耳には届かなくとも、自分が存在した意味や価値だけは残す事ができる。

クリスタの待ちわびたシチュエーションがあの時、目の前に迫っていた。



——自殺して完全に屈服してまで・・・お前を邪魔者扱いした奴らを喜ばせたかったのか!?



死にたい訳じゃない。

屈服したい訳でもない。

ただ、それしか方法がなかったのだ。

自分には生まれてきた意味があると証明する方法が。

時として死は最高の自己主張・自己顕示の手段と成りうる。

いかにあの人達が自分を嫌っていようとも、流石に死んだとなれば優しい言葉をかけてくれるだろう。

あの人達にもその程度の人間味は残っているだろう。

心の奥底で、そう期待してきた。

あり得ない事だとは分かっている。

生きる権利を得る為に死ぬなど滑稽以外の何物でもない事も。

だが、そうしないと理不尽に植え付けられた自己否定の潜在意識に押し潰されそうだった。

だからその期待をより確実な物とするべく、善行を重ねてきた。



クリスタ(なのに・・・・・・)



自分はあの時、生きようとした。

人間は土壇場で本性を露にする。

とどのつまり、自分は生きたいのだ。

死にたがりの生きたがり。

分かってはいたが、あのように無意識に生に執着した自分に戸惑いを感じたクリスタだった。

と、その時。



キュクロ「・・・んっ」

クリスタ「!」



弾かれたようにキュクロの顔に目を向ける。

その目蓋が微かに震えていた。



クリスタ「キュクロ!」



小さく吐息を漏らし、キュクロがゆっくりと目を開いた。

クリスタは慌てて立ち上がり起床を介助しようと試みるも、ホルへがそれを制した。



ホルへ「待つんだ。頭を打ってる者を急に起こすと目眩や吐き気に襲われる。」

クリスタ「は、はい・・・・・・」

カルディナ「キュクロ、大丈夫ですか?」

ローザ「どこか痛む?」

キュクロ「ここは・・・うっ!!」ビキッ



周囲を見回そうと身をよじったキュクロだったが、僅かそれだけの動作で全身が悲鳴を上げた。

張り裂けんばかりの激痛に思わず顔を歪める。



クリスタ「だ、大丈夫!?」

カルディナ「あれだけ全身を強打したんです。仕方ないでしょう。」

ローザ「ここは医務室よ。あなた、立体機動の訓練中に転落したの。覚えてる?」

キュクロ「転落・・・あぁ、そう言えば・・・」



わずかばかり痛みが引いてきた。

それに比例するように思考が少しずつ明瞭になってゆく。

いつも通り、森の中で立体機動の訓練を行なっていた。

その最中にクリスタがアンカーを外して落下したのだ。

自分は確かそれを助けようと飛び出して・・・・・・



キュクロ「ヒストリア。怪我は?」

クリスタ「私は大丈夫だよ。でも、キュクロが・・・」

キュクロ「俺は大丈夫だ・・・・・・多分。なぁ?」



ホルへに視線を向ける。



ホルへ「あぁ。骨に異常はない。その様子だと、脳や内臓も無事のようだな。」

キュクロ「だそうだ。」

クリスタ「でも、痛いよね? ごめんね・・・」

キュクロ「謝らなくて良い。俺もこうして生きてるんだから。」

クリスタ「ごめんね・・・私なんかを助ける為に」

キュクロ「『私なんか』なんて言うなよ。」

クリスタ「えっ?」

キュクロ「俺はヒストリアがいなくなったら困る。だから助けたんだ。」

クリスタ「キュクロ・・・」

キュクロ「立体機動を教えてもらうとかもらわないとかじゃなく、ヒストリアは大切な仲間だから。」

クリスタ「・・・うっく」ジワァ

キュクロ「本当に、無事で良かった。」

クリスタ「・・・ありがとう。」ポロポロ



クリスタの目から涙が零れ落ちる。

一粒、二粒。

やがてそれは雫という形状を失い、一筋の川のようにその頬を伝い落ちた。

キュクロの言葉が染み渡る。

クリスタの身を案じ、その生を願う言葉。

クリスタに生きる権利を認める言葉。

ずっと満たされる事のなかった心の渇きを、その痛みを、全て癒してくれる言葉だった。



キュクロ「な、何も泣かなくても・・・」アセアセ

クリスタ「・・・ごめん、違・・・うの。嬉しくて・・・」ポロポロ

キュクロ「嬉しい?」

クリスタ「うん・・・」ポロポロ

キュクロ「そ、そうか・・・」

クリスタ「ありがとう・・・」ポロポロ

キュクロ「あ、あぁ・・・」



キュクロは唖然とした表情でクリスタを見詰めた。

クリスタの出自を知らないキュクロには、当然ながらその涙の意味がわからない。

困り果ててカルディナたちに視線を送る。

すると、ローザがおもむろに両手を前に差し出した。



キュクロ(何だ?)



甲を上に向けて手を握り、両方の親指をくっつける。

“逮捕”を意味するジェスチャーから手首を180度反転させたような形だ。

そして、カルディナがそこへ右手を置く。



キュクロ(???)



尚も意味が分からないのでホルへにも視線を送ってみた。

すると、ホルへはその鋭い眼光で真っ直ぐキュクロの目を見詰めながら、重なった二人の手を指差した。

要約すると



キュクロ(ヒストリアに同じ事をしろ?)

カルローホル「「「・・・。」」」コクコクッ

キュクロ(いや、それって・・・)

カルローホル(((良いからやれ!!!!)))ギロッ

キュクロ(・・・・・・。)



キュクロは痛みを堪えながら身をよじった。

左手を伸ばす。

ベッドの縁に置かれたクリスタの両手にその左手が重なった。



クリスタ「あっ・・・。」



温かい手だった。

傷だらけで、力強い優しさの籠った温かい手。

あの日、クリスタを助け起こしてくれた時と同じ。

その温もりは手から伝って全身を駆け抜ける。

やがて心の奥底にさえも届いた。

“安らぎ”

思い浮かんだのはそんな言葉だった。

理不尽な運命の悪戯によって、ずっと触れる事が許されなかった物。

クリスタは気が付いた。

自分は生きる事を認めて欲しかったんじゃない。

安らぎに触れたくて、ずっと生きようとしていたんだ。

そのあまりに強い願いは暴走を起こし、時には自身をそこから遠ざけようとさえしていた。

頭まですっぽりと被った笑顔という名のローブの下で、小さなヒストリア・レイスはずっと震えていたのだ。

だが少女は今この瞬間、確かに安らぎに触れている。

この真っ直ぐな目をした隻眼の少年の手によって。

涙は止まるどころか更に勢いを増し、瀧のように流れ落ちた。



キュクロ「お、おい・・・更に泣き出したんだけど・・・」オロオロ

ローザ「良いのよ、それは。」

キュクロ「はぁ? いや、でも・・・」

カルディナ「はいはい、分かりました。ずっとそうやって戸惑ってて下さい。もう説明するのも面倒臭い。」

キュクロ「な、何だよそれ・・・」

ホルへ「『感情の機微に対する洞察力に難あり』と。これは成績に反映させなくてはな。」

キュクロ「ちょっ、おい!!」

クリスタ「ふふっ。」

キュクロ「いや、ヒストリア! 笑い事じゃないだろ!」

クリスタ「あははははっ!」

キュクロ「だから笑うなって!」

カルディナ(天使の笑顔。可愛いすぎて辛い。)



クリスタは笑った。

心の底から声をあげて。

涙も笑いも、一重に感情を起点とした生理現象だ。

ここまで感情をありのままに発露したのはいつ以来だろう?

ともすれば生まれて初めてかも知れない。

いや、実際生まれて初めてだろう。

今までに感じた事がないほど楽しいと思った。

思いっきり泣き、思いっきり笑う事を。

こんな時間がいつまでも続けば良いのに。

そう思わずにはいられなかった。



カルディナ「ところで、何ですかその手は?」

キュクロ「えっ?」

クリスタ「なにが?」



カルディナに指摘され、二人は思わず自分の手に視線を移す。

そこには互いに抱き合う二つの手があった。



キュククリ「「あっ!」」



つい先ほどまではクリスタの手にキュクロの手が添えられていただけだったが、無意識の内に二人は手を繋いでいたらしい。



ローザ「良いじゃない。そのまま繋いでれば。」

ホルへ「そうだな。」

キュククリ「「・・・///」」

カルディナ(♯^ω^)



指摘こそされたが、キュクロはクリスタの手をそのまま握り続けた。

ひどく落ち着く。

何となく離そうという気が起きなかった。

クリスタもまた、そんなキュクロの手を振りほどく気配がない。

だからそのまま握り続ける事にした。

その体と同様、クリスタの手はとても小さく、少しでも強く握れば壊れてしまいそうなほど繊細だった。

先ほどの事故の際、彼女を助ける為にその身を抱き締めた時もあまりの小ささに戸惑いを覚えたほどだ。



キュクロ(ん? そう言えばあの時・・・)



事故の記憶が蘇る。

アンカーを外し、バランスを崩すクリスタ。

自分はそれを助ける為に空中へ飛び出した。

あの刹那、頭の中をすさまじい勢いで駆け巡った数々の思考。

あれは・・・・・・



キュクロ「そうだ。聞いてくれ。」

クリスタ「えっ?」

ローザ「なに?」

カルディナ「何です?」

ホルへ「どうした?」

キュクロ「革命が起きた。」

クリスタ「革命?」

カルディナ「それって・・・」

キュクロ「立体機動装置、使いこなせるようになったと思う。」

クリスタ「うそ!?」

カルディナ「本当ですか?」

キュクロ「あぁ。」

ローザ「それは、ヒストリアを助けに行った時に?」

キュクロ「そうだ。」

ホルへ「詳しく聞こうか。」

キュクロ「俺はあの時、ヒストリアを助ける為に無我夢中だった。けど、それと同時にどこか冷静な自分がいて、次の瞬間にするべき事が何となく分かってたんだ。」

カルディナ「と言うと?」

キュクロ「枝から飛び降りてアンカーを撃つ瞬間、どれぐらいの角度で撃ってどれぐらいの速度で巻き取ればヒストリアの落下の軌道と交差するのか、それが何となく分かったんだ。そしてそれを実践してみたら本当に思った通りになった。」

キュクロ「それだけじゃない。ヒストリアをキャッチして次のアンカーの狙いを探す時も、自分がいま地上から何メートルぐらいの高さにいるかとか、どの木にアンカーを刺せばどれぐらいの位置でワイヤーが突っ張って、その結果着地の衝撃がどれぐらい緩和されるかとか、そういう事が全て何の計算もなく分かったんだ。」

カルディナ「死に際まで追い込まれることで可能性が引き出されたってところでしょうか・・・」

ホルへ「アクシデントに対し、バラけていたそれぞれのスキルが渾然一体となって昇華したのだろう。」



まったくその通りだとクリスタは思った。

バランス感覚やスピード制御、空間認識能力、慣性の法則に対する理解、そして度胸など、立体機動には複数のスキルが要求される。

ただし、これらを個別に意識して使い分けているようでは話にならない。

「今はバランスを取っている」「今は空間を認識している」などといちいち自覚している時間があるとすれば、その時間その物が無駄であり、実戦では命を左右する。

そうではなく、これらのスキルを一元化し、呼吸を行うが如く無意識に使いこなせて初めて立体機動は成功を見るのだ。



クリスタ(あっ・・・)



思い出した。

未来の立体機動訓練では各スキルの一元化を図る為、教官が訓練兵に抜き打ちで妨害行為を施す事がある。

訓練兵が最も恐れる、通称“闇討ち”である。

クリスタも他の同期たちも何度となく闇討ちに遭い、その度に死ぬような思いをした。

幸い104期の中にこの闇討ちによって命を落とした者はいないが、過去には死者や半身不随者が出た事もあると聞く。

それ自体は痛ましい事だが“訓練=絶対安全”などという保証があっては、ただの予定調和に終わってしまって緊張感が失われる。

そして何より、闇討ちごときをかわせない人間が巨人を倒すなど不可能だ。

故に、今もって闇討ちは実践され続けている。



ホルへ「となると、今後の訓練にも闇討ちを盛り込んだ方が効果的と言えるな。」

ローザ「そうね。」

カルディナ「できればもっと穏便な方法で修得したいものですがね。」

キュクロ「大丈夫。カルディナにもできる。もちろん皆にも。」

ホルへ「キュクロが乗りこなせるのであれば皆にもできるはず。どうも過小評価をする嫌いがあるが、同じ訓練をこなしているのだから自信を持っていい。」

カルディナ「そう願いますよ・・・」トホホ



ここに、60年先の未来にまで連綿と受け継がれてゆく闇討ちが誕生した。

暗殺未遂というアクシデントはあったが、彼らはそれさえも糧にして自身を高めてゆく。

クリスタは“強さ”という物の意味を知った気がした。

そして、こんな強い人たちなら大丈夫だと思った。

今後またシャビィが何かしてきても、彼らはきっとそれを跳ね返してしまうだろう。

そして、そんな彼らから仲間と認められた自分もまた同じくである。

絶対に大丈夫だ。

そう強く確信したクリスタだった。









カルディナ「なお、この間も二人は手を繋ぎ続けております。」モゲロッ









今日はここで終了といたします。
どうもありがとうございました。

明日は仕事が休みですので、お昼からぶっ通しで投下して一気に完結させる事も可能です。
そこで、皆さんのご意見を下さい。
明日で一気に終わらせるのと、
今日や昨日ぐらいのペースであと2〜3日かけてゆっくり終わらせるのと、
どちらが良いと思いわれますか?
ご意見お待ちしてます。

では、おやすみなさい。


明日で終わるのはさびしから2〜3日かけて欲しいかな


どうせなら一気にいってほしいです

おはようございます。
アンケート結果まさかの1対1wwwwww
下げたのは良くなかったんですかねぇ?
すみませんが一回上げます。
これでも尚ご意見が集まらなかったら、>>231さんには申し訳ないんですが、先にレスを下さった>>230さんのご意見を採用させていただきます。

両方同じ内容なら一気に

了解しました。
一気に行きます。
ご意見ありがとうございました。

>>230
すみません、そういう訳なんでどうかご了承下さい。

>>234
大丈夫です。
完結まで全部書き溜めてますので内容は変わりません。

では、投下します。

—12日目 夜 工場都市—

ゼノフォン「ん〜、だいぶアンカーが刃こぼれしてますね。交換しましょう。」

部下「はい。」

ゼノフォン「次は・・・替刃の接続部分のバネが弱いですね。下手すると刃がすっぽ抜けてしまいます。これもパーツ交換で。」

部下「はい。」

ゼノフォン「さてさて、次は・・・」



この日、クリスタたちは補習を早めに切り上げて工場都市へと赴いていた。

昨日の一件でキュクロの立体機動装置が壊れてしまったので修理に来たのだが、それならばついでに自分の装置もゼノフォンに点検して欲しいと何名かの補習生が言い出したのだ。

補習生たちも最低限の点検はできるが、昨日のクリスタの一件を目の当たりにして不安を感じたのだろう。



ゼノフォン「次はキュクロのですか。はぁ〜、やれやれ。故障の域を通り越して半壊ですね。これはもう新品を支給した方が早いでしょう。」

キュクロ「分かった。」

ゼノフォン「で、スペア君のは問題なし。」

カルディナ「ちょ、ちょっと! あっさりしすぎてません!? チラ見でしたよね、今!」

ゼノフォン「大丈夫。本当に何も問題がないからチラ見で済むんです。」

カルディナ「そ、そうですか・・・・・・何かキュクロと僕でえらく対応が違うような・・・」

ゼノフォン「まぁ、それはそのまま実力に対する期待値の違いと受け取って下さい。」

カルディナ「ひどい・・・」

ゼノフォン「さっきローザから聞きましたけど、今日のキュクロは絶好調だったそうで?」

クリスタ「はい! もう完璧でした!」



今、クリスタの胸は充足感で満ちていた。

理由は二つある。

一つはキュクロの急成長だ。

昨日の一件で立体機動の真理を見たと語っていた通り、今日の補習においてキュクロは完全にそれを使いこなしていた。

まるでハイハイからつかまり立ちを覚えた直後には立体機動を行なっていたかのような自然さだった。

その動きはもはやミカサやジャンのそれと遜色ない。



クリスタ(あっと言う間に私より上手くなっちゃったな。)



少し寂しい気もした。

子供に身長を抜かれた母親はこんな気持ちだろうか。

キュクロの立体機動を眺めながらそんな思いを抱き、苦笑したものだ。

そして二つ目はシャビィの件である。

才色兼備の指導者を喪って意気消沈している猿どもをこき下ろしてやろうと、今日も彼は補習場所へ現れた。

そこで我が目を疑う光景を目にする。

自らの手で殺めた筈のクリスタはかすり傷一つ負っておらず、更には憎き巨人の子がまるで別人のような立体機動を披露していたのだから。

シャビィは悲壮感さえ漂う驚愕の表情でそれを眺めていた。

鳩が豆鉄砲どころか特に理由のない暴力に襲われたような顔と言ったところか。

他人の痛みを糧とする巨人の討伐に成功した瞬間だった。



クリスタ(キュクロが討伐数1で私が討伐補佐1かな。)



公式の記録には残らないが、これも立派な戦果と言えるだろう。



ゼノフォン「それは良かった。私とアンヘルの最高傑作が日の目を見る日も近そうですね。」

クリスタ「アンヘル?」

ゼノフォン「アンヘル・アールトネン。私の旧友ですよ。立体機動装置の共同開発者であり、前身である〈装置〉を開発したのも彼です。ほら、立体機動装置の本体に“ANGEL”と刻印されているでしょう?」

クリスタ「あぁ、そう言えば。」



60年後の世界で104期訓練兵が使用している立体機動装置にもその刻印は施されている。

空中を天使のように飛び回り、人類を勝利に導くという意味から“ANGEL”なのだとばかり思っていたが。



ゼノフォン「あれはね、“エンジェル”ではなく“アンヘル”と読むんですよ。彼の功績を讃えてその名を刻んだんです。」

クリスタ「ゼノフォンさんのお名前は刻まないんですか?」

ゼノフォン「えぇ。アンヘルは自ら〈装置〉を装備して壁外遠征に同行し、そこで視力を失って引退しました。私はその後を引き継ぎ、彼から聞いた改良点を元に立体機動装置を作ったんです。」

ゼノフォン「つまり、共同開発とは言うものの〈装置〉の発案から立体機動装置の完成にいたるまで、そのアイデアは全てアンヘルの物なんですよ。なので私には名前を刻む権利はないと判断しました。」

クリスタ「そんな・・・ゼノフォンさんがいたから立体機動装置は完成したのに・・・」

ゼノフォン「良いんです。アンヘルは私にとって最大のライバルでした。立体機動装置ともども彼の名を神格化した方が、かえってその背を追いかける甲斐があるんです。」

クリスタ「そういう物なんですか。」

ゼノフォン「まぁ、人それぞれですね。小刻みに目標を設定して一つずつ積み重ねてゆく人もいれば、気が遠くなるほど離れた場所の目標に向かって延々と走り続ける人もいる。私はたまたま後者だったというだけの話です。」

クリスタ「そうなんだ・・・」

ゼノフォン「っと、失敬。お喋りが過ぎましたね。」

クリスタ「いえ。貴重なお話をありがとうございました。」

ゼノフォン「まぁ、そういった訳で、立体機動装置の未来を切り開いてくれるであろう彼ら補習生には私も期待を寄せているんですよ。明後日の台覧試合、楽しみですね。」

クリスタ「はい。」



運命の日が迫っていた。

2日後、訓練所に調査・駐屯・憲から成る三兵団の幹部や王政関係者らが集まり、訓練兵たちの日頃の成果を視察する台覧試合が行われる。

と言っても、これは毎年恒例の行事などではない。

それどころかこんな行事が催されるのは史上初の試みだ。

それだけ多くの人々が今年の訓練兵に期待を寄せているのである。

その理由はただ一つ。

立体機動装置だ。

対巨人の戦法を根底から覆すほどの可能性を秘めていながら、誰も満足に扱う事が叶わなかった未完の大器。

だが、今年の訓練兵の中にはその可能性を感じさせる者が散見される。

中でもキュクロの存在はかねてより上層部の間で注目の的だった。

更にはそのキュクロさえも上回る技術を持った謎の少女ヒストリア・レイスが登場し、キュクロらの指南にあたるという急展開。

そのミステリアスな話題性も相まって、立体機動装置に対する上層部の興味はもはや爆発寸前、いや、爆発を起こしてしまった。

その結果が今回の台覧試合の開催という異例の事態を生んだのである。



クリスタ(必ず成功させないと。)

ゼノフォン「ところで、ヒストリアさん。」

クリスタ「はい?」

ゼノフォン「貴女が未来に帰る方法なんですが・・・」

クリスタ「あっ・・・」

キュクロ「・・・・・・。」

カルディナ「何か進展はありましたか?」

ゼノフォン「それがですねぇ・・・もう少し待ってもらえませんか?」

クリスタ「あ、それはもう全然・・・」

ゼノフォン「申し訳ない。目下、タイムトラベルに関する文献という文献を片っ端から読み漁っているんですが、なかなか有力な情報が見つからないんです。」

クリスタ「えぇ。本当にいつでも結構ですから・・・その、お気になさらないで下さい。」

ゼノフォン「恐れ入ります。」

カルディナ「まぁ、僕としては貴女にはいつまでもいてもらいたいぐらいですけどね。」


クリスタ「ははっ・・・」

キュクロ「・・・カルディナ、不謹慎だろ。」

カルディナ「おっと。失礼しました。」

クリスタ「ううん、良いよ。気にしないで・・・・・・あっ、ちょっとお手洗いに行ってくるね。」パタパタパタッ

キュクロ「・・・。」







—工房の裏庭—

クリスタは工房の勝手口を抜け、裏庭へ出た。

庭と言っても趣向を凝らしたガーデニングが施された庭園などでは決してない。

早い話が資材置き場だ。

角材や鉄パイプ、黒金竹などが無造作に積み上げられ、更にはどんな危なっかしい液体が詰まっているか分からないドラム缶がそこかしこに鎮座している。

そんな殺伐とした風景の一角に、廃材を利用して作られたとおぼしきベンチとテーブルが据えられていた。

テーブルの上には元が何色だったかも分からないほどに煤けた灰皿が一つ。

ここは資材置き場であると同時に工房の職員たちの喫煙場所でもあるのだ。

クリスタはそのベンチの一つにゆっくり腰を下ろした。

もちろん喫煙の趣味などないが、今はとにかくゆっくり座りたかった。



クリスタ「はぁ〜・・・」



ベンチに腰掛け、夜空を見上げる。

氷爆石の産地である工場都市は街中のいたる場所にそれを用いた街灯が設置されており、日が沈んでも真昼のような明るさを誇る。

当然、星は見えない。

どこまでも黒一色の天蓋が広がるばかりだ。

まるでクリスタの今の心と同じように。



クリスタ「何がしたいんだろ・・・」



誰に語りかけるでもなく呟く。

先ほどのゼノフォンとの会話が蘇った。



——貴女が未来に帰る方法なんですが



あの言葉を耳にした瞬間、クリスタは体温が2、3度下がったような気がした。

そして、彼がその結論にまだたどり着いていないと聞いて胸を撫で下ろした。

その事実を認識し、深い戸惑いを覚えたのである。

自分の本分は未来に帰る事。

それまでの繋ぎとしてキュクロたちに付き合ってきた。

それだけの筈だった。

だが



クリスタ(・・・・・・帰りたくない)



この世界の人々は誰もクリスタの過去を知らない。

誰もクリスタの事を疎まない。

嫌わない。

否定しない。

巡り会う全ての人々が自分を必要としてくれる。

慕ってくれる。

「クリスタ」ではなく「ヒストリア」と呼んでくれる。

クリスタがどれだけ願っても叶わなかった物が、この世界には全てある。

クリスタが元の世界へ帰る事に戸惑いを覚えるに足る理由が、この世界には全て揃っていた。



「ヒストリア。」

クリスタ「わっ!?」ビクッ



思わず飛び上がるりそうになった。

声をかけられるなどまったく予想していなかったからだ。

慌てて声のした方を振り返る。

キュクロだった。



クリスタ「キュクロ・・・」

キュクロ「考え事か?」

クリスタ「・・・うん。でも、どうして分かったの?」

キュクロ「何だか困ったような顔をしてたから。トイレに行くって言ったのも、きっと嘘だろうと思った。」

クリスタ「ははっ。そっか・・・嘘ついてごめんね・・・」

キュクロ「別に・・・・・・隣、良いか?」

クリスタ「・・・うん。」



キュクロがクリスタの右隣に座る。

そう言えばこの世界にきてからこっち、キュクロと二人きりになるのは初めてかも知れない。



キュクロ「何か悩みでもあるのか?」

クリスタ「悩み・・・う〜ん、悩みって言うほどの事でもないんだけど・・・」

キュクロ「ゼノフォンが未来に帰る方法をまだ見付けてなくてがっかりした?」

クリスタ「ち、違う! そんな事は思ってないよ! ゼノフォンさんには本当に感謝してるから!」

キュクロ「そうか。」

クリスタ「そうじゃなくて、その・・・・・・」

キュクロ「・・・・・・。」

クリスタ「・・・・・・。」

キュクロ「・・・・・・。」

クリスタ「・・・・・・帰りたくないなぁって。」

キュクロ「えっ?」

クリスタ「何だか自分でもよく分からないんだけど、ずっとこの世界にいたいなぁ・・・なんて。」

キュクロ「いや、でも・・・・・・仲間や家族が心配してるんじゃ・・・」



仲間。

そう聞いてまず浮かんだのはユミルの顔だった。

次いでサシャ。

そして104期の面々の顔を順繰りに思い出してゆく。

だが、彼ら以外の顔はついぞ出てこなかった。

「家族」という言葉から連想される人間は、クリスタの中に一人として存在していなかった。



クリスタ「仲間は・・・心配してくれてるかも知れない。でも家族は・・・」

キュクロ「そうか。」

クリスタ「・・・。」

キュクロ「・・・。」

クリスタ「・・・否定しないんだね。」

キュクロ「何が?」

クリスタ「『家族が心配してない訳ないだろ』とか。」

キュクロ「あぁ、そういう事か。それはアレだ、否定しないんじゃなくて、できないんだ。俺は家族という物を知らないから。」

クリスタ「えっ?」

キュクロ「両親は俺が生まれる前に死んでたから。」

クリスタ「そうなんだ・・・・・・って、あれ? 生まれる前に?」

キュクロ「あぁ。」

クリスタ「どういう事? お父さんだけならまだしも、お母さんまで亡くなってたのにどうやってキュクロは生まれたの?」

キュクロ「あぁ、悪い。分かりにくかったな。母親は俺を産み落とす直前に死んだんだ。俺は母親の死体から這い出すようにして生まれたらしい。」

クリスタ「・・・っ!」

キュクロ「他に兄弟もいないから、俺は家族というのがどんな物なのかよく知らないんだ。他人の家族で知ってるのはシャルルの兄貴と父親ぐらいだけど、あれが一般的な家族の姿だっていうなら娘を心配しないのも納得だしな。」

クリスタ「シャルル・・・・・・あっ、そう言えば。」

キュクロ「んっ?」

クリスタ「シャルルの苗字ってイノセンシオだけど、お兄さんってもしかして・・・」

キュクロ「あぁ。シャビィだ。」



やはりそうだったのか。

薄々そんな気はしていたが、改めて正解を告げられると頭がすっきりした気分だった。

そして、それと同時に思い出した。

シャビィが口にしていた言葉を。

巨人の子。



クリスタ「ねぇ・・・訊いて良い?」

キュクロ「何だ?」

クリスタ「“巨人の子”って何?」

キュクロ「あぁ、あれか。」

クリスタ「言葉の響きとか、シャビィが口にしてた事から考えて良い意味の言葉じゃないよね?」

キュクロ「そうだな。ん〜・・・」

クリスタ「あ、気にしてるなら無理に話してくれなくても良いよ。」

キュクロ「違うんだ。どこから話せば良いかと思って。」

クリスタ「そんなに古い話なの?」

キュクロ「うん・・・・・・ヒストリアは巨人信奉者って知ってるか?」



巨人信奉者。

これもまた座学で習った事がある。

巨人を自由の象徴と崇める狂信者。

774年に一度暴動を起こし、ウォールマリアの扉を解放。

シガンシナ区に巨人を招き入れて大惨事を引き起こしたらしい。

その後、長い年月をかけて逮捕・粛清が繰り返され、その撲滅に成功したと聞く。

少なくともクリスタ自身は60年後の世界でそのような思想を標榜する者を見たことはなかった。



クリスタ「うん。知ってるよ。昔、シガンシナ区に巨人を侵入させた事も。」

キュクロ「なら話が早い。俺の母親、エレナ・マンセルはその巨人信奉者だったんだ。」

クリスタ「!?」

キュクロ「父親のヒース・マンセルは調査兵団の分隊長だったが、壁外遠征で死亡した。そのショックで気が触れたエレナは信奉者たちの甘言に惑わされて、巨人を崇拝するようになったんだ。」

キュクロ「そしてエレナはシガンシナ区に侵入した巨人にその身を捧げた。けど、巨人は人間を食ったあと吐き出すだろ?」

クリスタ「うん・・・」

キュクロ「エレナは丸飲みにされたお陰で身体は損壊してなかったんだ。その腹の中にいた俺も。」

クリスタ「まさか・・・」

キュクロ「あぁ。巨人がエレナの死体を吐き出した直後に俺は生まれたんだ。信奉者の子である事と、その様がまるで巨人から生を受けたようだった事から俺は巨人の子と忌み嫌われて、人買いの手を転々とした。」

キュクロ「見世物にされたり、好き放題に痛め付けられたり、まぁ色々な目に遭ったな。」



クリスタはキュクロの顔や手に刻まれた無数の傷痕を見やった。

それらの形成された経緯を知り、あまりの痛ましさに胸が締め付けられる思いだ。

彼には何の落ち度もないのに・・・。

クリスタの手は自然と引き寄せられ、キュクロの手に重なった。

その無数の傷痕を癒すかのように。

そしてキュクロもまた、当然のようにその手を握り返す。



キュクロ「・・・・・・それで、あれは2年前。俺が13歳の時だ。とある大富豪が俺を買った。そいつはダリオ・イノセンシオという名前だった。」

クリスタ「シャルルとシャビィのお父さん?」

キュクロ「あぁ。俺はイノセンシオ家の納屋に鎖で繋がれて、毎日シャビィのサンドバッグに使われた。なんでも、兵士を志してたシャビィに『巨人の子を痛め付けてやった』という自信をつけさせたかったらしい。」

キュクロ「そんな中、シャビィやダリオの目を盗んで俺に食べ物を与え、言葉を教えてくれたのがシャルルだった。それまで俺は人間として扱われてこなかったから、誰からも言葉を教わる機会がなかったんだ。」

キュクロ「そしてシャルルは俺に逃げろと言って、逃げる為の算段も一緒に考えてくれた。2年がかりの気が遠くなるような作戦だったけどな。」

クリスタ「どんな作戦だったの?」

キュクロ「簡単だ。鎖を唾や小便で少しずつ錆びさせる。それと毎日身体を鍛えて、逃げる為の体力をつけておく。鎖の件は良いとして、身体はすぐには仕上がらないだろ? だから2年かかったんだ。」

キュクロ「だけど2年後の脱走の夜、ハプニングが起きた。イノセンシオの屋敷を巨人信奉者が襲ったんだ。」

クリスタ「えっ・・・」

キュクロ「シガンシナ区の一件で王政から追い込まれて勢力を失っていた信奉者たちは、再興の起爆剤として俺を欲したんだ。巨人の子なんて、偶像としてはうってつけの逸材だからな。」

キュクロ「その結果、シャビィとシャルル以外の屋敷の人間は皆殺しにされた。」

クリスタ「二人のお父さんも・・・」

キュクロ「あぁ。寝込みを襲われて即死だったらしい。当時、既に訓練兵になってたシャビィは信奉者たちより圧倒的に強くて、自力で奴らを退けた。そしてシャルルは俺が奴らの隙をついて助け出したんだ。けど、その時シャビィと鉢合わせて斬り付けられた。この右目はその時失ったんだ。」

クリスタ「・・・・・・。」

キュクロ「まぁ、巨人の子の謂れと、シャビィが俺を目の敵にする理由を説明するとこんな感じだな。」

クリスタ「・・・・・・。」

キュクロ「そうだ、ついでに俺とカルディナがなんで元死刑囚なのかって話もしておこうか。まだ話してなかっただろ?」

クリスタ「う、うん・・・」

キュクロ「屋敷を脱出した後、俺は自分の通り名でもある巨人って奴をどうしても自分の目で見てみたくなった。だから、調査兵団が壁外遠征に行く時、その幌馬車に忍び込んだ。」

クリスタ「えぇっ!?」

キュクロ「我ながら無茶したもんだと思う。で、それがバレて牢に入れられたんだ。カルディナとはそこで会った。」

キュクロ「カルディナの父親はブルーノ・バウマイスターといって、王政保守派の急先鋒に立つ議員だった。けど、革新派の謀略にかかって暗殺され、息子のカルディナも拘束後、国外追放が言い渡されたんだ。」

クリスタ「国外追放?」

キュクロ「罪人を巨人の餌にする一番酷い殺し方だ。」

クリスタ「!!!?」

キュクロ「で、俺は俺でシャビィが信奉者のイノセンシオ家襲撃は全て俺の策略だと嘘の証言をしたせいで、同じく国外追放が言い渡された。」

クリスタ「そ、そんな刑があるなんて・・・・・・」

キュクロ「余程の大罪人にしか執行されない極秘の処刑方法らしい。ヒストリアが知らないのも無理はないな。」

クリスタ「でも・・・そこから助かったんだ。」

キュクロ「あぁ。ゼノフォンとホルへと、ホルへの息子で現調査兵団団長のカルロが裏で手を回してくれたお陰でな。」

クリスタ「シャビィ・・・・・・酷いね・・・」

キュクロ「まぁな。今となってはもうどうでも良い存在だけど、憎しみが全く残ってないと言えば嘘になる。」

クリスタ「・・・でも、そんなシャビィが在籍してるのに、どうしてキュクロは訓練兵に・・・」

キュクロ「巨人との因縁にケリをつける為だ。」

クリスタ「因縁?」

キュクロ「もとはと言えば、父親のヒースが巨人に殺されたのが全ての始まりだ。俺は生まれる前から巨人に運命を狂わされた。その運命に自分の手でケリを付けたい。」

クリスタ「・・・っ!」

キュクロ「それを実現する一番の近道が調査兵団、そして立体機動装置なんだ。」

クリスタ「だから、あんなに立体機動に執着を・・・」

キュクロ「あぁ。」



そう言ってキュクロはため息を一つついた。

15年分の出来事を一気に語り切るのはそれなりの大仕事だったらしい。

クリスタはそんなキュクロを黙って見詰めていた。

何の落ち度もないのに、ただ出生を理由に忌み嫌われ、迫害されてきたキュクロ。

自分に似ていると思った。

納屋で寝泊まりをしていた件(くだり)では、あまりの類似ぶりに鳥肌が立ったほどだ。

だが、そんな二人の間にもたった一つ、決定的に違う点がある。

それは運命に対する向き合い方だ。

キュクロは運命に噛み付き、それを変えるべく戦っている。

生きようとしている。

だがクリスタは運命にひれ伏し、褒められる死に方、愛される死に方ばかりを求めていた。



——その気合いがありゃ自分の運命だって変えられるんじゃねぇのか!?



そんな事はできないと思っていた。

運命という化物を打ち倒す力など人間にはない。

人間の幸・不幸なんて奴らの胸三寸だ。

自分のように奴らから生理的に嫌われてしまっている人間は、どうにかその機嫌を損ねないよう慎ましく生きる他ない。

ずっとそう思っていた。

だが、キュクロは違う。

運命は変えられる物だと当たり前のように信じている。

迷いが生じる余地などどこにもない。

心と体におびただしい数の傷を背負い、更には右目を失っても尚、残った左目でただ真っ直ぐに前だけを見詰めていた。



クリスタ「・・・・・・強いね。キュクロは・・・」

キュクロ「強くないと巨人は倒せない。」

クリスタ「そうじゃなくて心が」

キュクロ「分かってる。心も腕っぷしも、両方強くなきゃいけない。だから俺は必死に強くなったんだ。」

クリスタ「・・・そうだね。」

キュクロ「あぁ・・・」

クリスタ「・・・・・・。」

キュクロ「・・・・・・。」

クリスタ「・・・・・・。」

キュクロ「・・・・・・不思議だな。」

クリスタ「えっ?」

キュクロ「ヒストリアと手を繋いでると、すごく落ち着く。」

クリスタ「うん・・・・・・私も。」

キュクロ「未来に帰りたくないって言ってたけど・・・」

クリスタ「・・・。」

キュクロ「ヒストリアがそれで困らないなら・・・・・・ずっとここにいても良いんじゃないか?」

クリスタ「・・・っ」

キュクロ「少なくとも俺はヒストリアがいてくれたら嬉しい。」

クリスタ「キュクロ・・・・・・」



クリスタは繋いでいた手をほどき、キュクロの左腕を抱き締めた。

そして額を彼の肩に預け、そのままもたれかかる。



クリスタ「私もずっと一緒にいたい・・・」

キュクロ「・・・。」



キュクロはクリスタの髪を撫でた。

傷だらけの手で、そよ風のように優しく。

それは眠気さえ誘うほど甘美な感触だった。

撫でるキュクロにとっても、撫でられるクリスタにとっても。

ともに忌み嫌われ、冷たい風に曝され続けてきた二人。

愛情に触れる事を許されなかった二人。

その二人は今、確かに愛情に触れている。

クリスタの頬を一筋の涙が伝い落ちた。



キュクロ「また、泣いてるのか?」

クリスタ「うん・・・」

キュクロ「嬉しいから?」

クリスタ「うん・・・」

キュクロ「そうか・・・」



二人の頭上を夜が優しく流れて行く。

辺りに立ち込めるは真冬の冷気。

全てを凍てつかせてしまいそうだ。

でも、だからこそお互いの体温を感じる事ができる。

時間が止まったように感じた。

いや、むしろ止まれとさえ願った。

このままずっと、こうして寄り添っていられたら・・・



クリスタ「でも・・・・・・」



それではいけない。



クリスタ「やっぱり私、帰らなきゃ。」



ここに留まるのは、運命に平伏すのとも抗うのとも違う。

“逃げ”だ。



キュクロ「・・・・・・そう言うと思った。」



生まれて初めて愛をくれた人は、その身一つで果敢に戦っている。

自分だけ逃げ出し、その隣で静観を決め込む事などできないと思った。



クリスタ「ごめんね・・・・・・」



無意味な意地かも知れない。

ユミルの言葉を借りるところの“「いいこと」しようとしてる”だけかも知れない。

でも、それで良い。

自分の運命と戦えるのは他ならぬ自分ただ一人だ。

ならばそこには自分の意志がなければならない。

例えその根源にある物が無意味だろうと偽善だろうと。

今を変えるのは戦う覚悟だ。







シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン







クリスタ「!」

キュクロ「何の音だ?」



聞き覚えのある音だった。

鈴。

聖なる夜からクリスタをこの世界へと導いた、始まりの音。

その音が再び鳴り響いた。



キュクロ「ヒストリア?」

クリスタ「えっ?」



キュクロの声に戸惑いが混じっているのを感じ、クリスタは伏せていた頭を上げた。

殺風景だった裏庭一帯がにわかに明るくなっている。

月が出ている訳ではない。

一体なぜ?

不思議に思い、その光源を見極めようと周囲を見渡した。

すると



クリスタ「あれ?」



その光源はすぐに見付かった。

それは自分だった。



クリスタ「えっ!? な、なに!?」



慌ててベンチから立ち上がり、自分の全身を見回した。



キュクロ「ヒストリア・・・身体が・・・」



クリスタにつられるようにキュクロもベンチを立つ。

そして呆気に取られた表情でクリスタを見詰めた。

クリスタの全身から周囲を照らす白い光が発せられていた。

温もりを感じさせる乳白色の優しい光。

ただでさえ透き通るように白いクリスタの肌が更にその白さを増す。



クリスタ「帰る時が来たんだ・・・・・・」



何故か分からないが、そんな気がした。

自然と言葉が口を突いて出る。

尚も鳴り続ける鈴の音色。

その音がクリスタに帰還を連想させたのはもちろんだが、それ以上に直感めいた何かが大きく作用し、その確信を持たせていた。

心なしか身体がここにあるという感覚も薄れてきたような気がする。



キュクロ「ヒストリア?」

クリスタ「ごめん、キュクロ。お別れみたい・・・」

キュクロ「えっ?」

クリスタ「未来に・・・帰るね。」

キュクロ「帰るって・・・どうやって・・・」

クリスタ「分からない。でも、身体がここから消えていくのを感じるの。」



キュクロは押し黙った。

何か言葉を繋ごうとするも、それに見合う言葉が見付からない。

ただただ黙って、クリスタの顔を見詰める。

その間にもクリスタの身体の感覚は少しずつ薄れていった。

クリスタがいなくなる。

キュクロの中に少しずつ芽生えゆく実感。

焦躁に駆られた。

その焦躁がキュクロの脳内から、クリスタにかけるべき言葉を更に更に遠ざけてゆく。

寒空の下、仄白く輝く裏庭に漂うは鈴の音のみ。

一定のリズムで鳴り響く金属音。

数秒の後、先に口を開いたのはクリスタだった。



クリスタ「・・・・・・ふふっ。」

キュクロ「なんだ・・・」

クリスタ「やっぱり否定しないんだね。」

キュクロ「えっ?」

クリスタ「『人間が急に消えるなんて有り得ない』とか言わないんだなって思って。」

キュクロ「それは、まぁ・・・・・・有り得ない事なんて」

クリスタ「世の中いくらでも起きる?」

キュクロ「・・・あぁ。」

クリスタ「そうだね。急にこの世界に来ちゃったんだから、急に帰るタイミングが来てもおかしくないよね。」

キュクロ「・・・・・・。」



またもキュクロは後に続く言葉を見失った。

鈴の音が再びその場を支配しようと忍び寄る。

だがその到着と時をほぼ同じくして、キュクロはクリスタの身体を引き寄せた。

両手を彼女の首に回し、強く抱き締める。

クリスタもまたキュクロの身体にしがみつくようにして、その胸に顔を埋めた。



キュクロ「行くなとは言わない・・・」

クリスタ「・・・・・・。」

キュクロ「ただ・・・・・・もしこのままいなくなるんなら、その瞬間まではこうさせてくれ。」

クリスタ「うん・・・・・・」



二人は強く、その身を抱き締め合った。

感謝を込め、寂寥に震え、そして温もりを感じながら。

いつからだろうか。

昨日初めて手を繋いだ時?

クリスタの秘密を打ち明けた時?

それとも初めて会った時?

もうその始まりはいつか分からない。

ただ、いま確実に分かっている事が一つある。







二人は恋をしていた。







傷の舐め合いと言われればそれまでかも知れない。

だが、それでも良い。

今この瞬間に感じている温もりだけは、間違いなく本物なのだから。

愛していると胸を張って言えるのだから。



クリスタ「ありがとう・・・・・・」



身体の感覚だけに留まらず、クリスタはもはやその実体さえも霧散させ始めていた。

もしもその背後に人が立っていたなら、キュクロの身体がクリスタの背にうっすらと透けて見えているのが見て取れただろう。

まるでそこだけ人の形をした磨りガラスを置いたように。



キュクロ「ヒストリアの事は、一生忘れない。」

クリスタ「うん。私も。」

キュクロ「俺は必ず巨人との因縁にケリをつける。」

クリスタ「死なないでね・・・お願いだから・・・」

キュクロ「死ぬ訳ない。ヒストリアから教わった立体機動があるんだから。それに・・・」

クリスタ「・・・それに?」

キュクロ「・・・・・・。」

クリスタ「・・・・・・。」

キュクロ「・・・死んでしまったら、もう・・・・・・ヒストリアのことを思い出すことさえできない。」

クリスタ「・・・・・・。」

キュクロ「だから・・・・・・何としてでも生きる。」

クリスタ「・・・・・・うん。」

キュクロ「約束だ。」



二人は約束を交わした。

ただし、それが果たされる保証はない。

調査兵団は常に死と隣り合わせの兵科なのだから。

本来そんな物は約束とは呼べないだろう。

だが、二人の間にはそんな物さえも十分に約束と呼ぶに足る信頼と絆があった。

痛みを知り、愛される安らぎを知った二人。

その二人の間に結ばれた約束だ。

反故にされる事など、万に一つも有り得ない。



クリスタ「キュクロ・・・・・・」



いよいよクリスタの身体はそのほとんどの感覚を失い、自分がもはや立っているのか横たわっているのかすら判然としなくなってきた。

その身を寄せ合うキュクロの感触さえも希薄になってゆく。

もう今にも消えてしまいそうだ。

キュクロはありったけの力でクリスタを抱き締めた。

クリスタもまた、同じく精一杯の力を込めてキュクロを抱き締める。

互いの存在を少しでも多く感じ取る為に。







クリスタ「大好き・・・・・・」







シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン







鈴の音が鳴り止んだ。

それと同時に、腕の中に唐突に広がる虚無感。

キュクロはゆっくりと閉ざしていた左目を開く。

そこには胸の前で両腕を交差させた自分がいた。

その胸と腕の間に空いた隙間。

ついさっきまでそこにいた少女は、跡形もなく消え去っていた。

光を失った裏庭は元の武骨な資材置き場の様相を取り戻している。

何て事はない。

いつも通りの景色。

いつも通りの日々。

クリスタのいない世界。

それが戻ってきただけだった。



キュクロ「・・・・・・。」スッ



キュクロは胸元で交差させていた両腕を下ろした。

鈴の音が消え失せた裏庭に残されたのは身を刺すような冷気と、それよりもさらに冷たい静寂のみ。

無音という名の喧騒。

その真ん中にキュクロはいた。

たった一人で。



キュクロ「ヒストリア・・・」



夜空を見上げて呟く。

それに答える声はない。

放り出された想い人の名前は星の見えない虚空へと消えていった。

60年後の世界。

キュクロは75歳だ。

生きていられれば。

調査兵団を目指す者がその齢(よわい)を数えられる可能性は極めて低い。

そんな事は分かっている。

だが、それでもキュクロはさよならを言わなかった。

クリスタがいなくなる事実を殊更自分から再確認などしたくなかったというのが一つ。

だが、それ以外にもう一つ理由があった。









一旦休憩します。

—849年12月 朝—

チュンチュンチュン



ユミル「クリスタ、おい。」

クリスタ「Zzz・・・」

ユミル「起きろって。クリスタ!」ユサユサッ

クリスタ「Zzz・・・」

ユミル「クリスタアァァァァ!!」

クリスタ「わぁ!!」ガバッ



鼓膜を破らんばかりの大絶叫。

縮み上がった心臓の反発力に弾かれ、クリスタは寝床から飛び起きた。



クリスタ「・・・・・・。」ボウゼンジシツ

ユミル「はぁ。やっと起きたか。」

クリスタ「へっ? あ・・・えっ?」

サシャ「珍しいですね。クリスタが寝坊なんて。」

クリスタ「ね、寝坊?」

ミカサ「もう起床時間を5分過ぎてる。」

クリスタ「・・・っ! うそ!?」

ユミル「ほら、早く準備しろよ。みんな飯に行くの待ってんだから。」

クリスタ「うわぁ! ご、ごめん!」バタバタ



慌ててベッドから抜け出す。

ユミル、サシャ、ミカサを除く同室の仲間たちの姿はなかった。

食堂へ向かったのだろう。

残った3人も既に髪を解かしつけており、寝癖一つない。

いつでも出て行ける態勢だ。

ユミルの言葉通り、クリスタの起床を待っていてくれたらしい。

なんという不覚だろう。

普段なら起床時間の10分前には自然と目を覚まし、進んで皆を起こして回っているというのに。



クリスタ「ご、ごめんね! もう起きたから、食堂行こう!」

ユミル「いや、行こうって・・・そんな寝癖だらけの頭でか?」

ミカサ「クリスタ。たった5分寝過ごしただけ。髪を解かす時間ぐらいはある。」

クリスタ「でも、みんな待ってくれてたんだし・・・」

サシャ「気にしなくて良いですよ。それぐらいの時間は待ちます。」

クリスタ「でも・・・」

ユミル「あぁ、もう焦れってぇな! そんな事言ってる間にも時間は経ってんだよ! ほら、座れ!」グイッ

クリスタ「わっ!」ポスンッ



強引に肩を押さえ付けられ、クリスタはベッドの縁へと腰を下ろした。

ユミルは自前のブラシを持ってその背後に回り、好き放題に散乱したクリスタの寝癖を解かしにかかる。

苛立った口調とは対照的に、その手付きは繊細で優しかった。



クリスタ「ご、ごめんね・・・」アタフタ

ユミル「良いって。しっかし、どんだけ髪質良いんだよ。一撫でしただけで寝癖が直っちまう。」トキトキ

サシャ「羨ましいですね。」

クリスタ「別にそんな事・・・あっ、そうだ!」

ユミル「あん?」トキトキ

サシャ「何ですか?」

クリスタ「えっと、明けましておめでとう。」

ミカサ「・・・。」

サシャ「・・・。」

クリスタ「・・・あれっ?」

ユミル「お前、まだ寝ぼけてんのか?」トキトキ

クリスタ「えっ?」

ミカサ「クリスタ。今日は12月25日。年明けにはまだ早い。」

クリスタ「・・・・・・えっ?」







—立体機動訓練—

クリスタ「・・・・・・。」ボォ〜



何とも調子の出ない1日だ。

暇さえあれば現実をシャットアウトし、思考の殻に閉じ籠ってしまう。

そして程なく誰かにそれを指摘されて我に返る。

それを朝からずっと繰り返していた。

湧き上がる疑問はただ一つ。

「あれは夢だったのか」である。



クリスタ(なんか、すごく長い夢だったような・・・)



過去の世界へタイムスリップする。

夢のコンセプトとしては別段珍しい物でもないだろう。

ただ、その内容はあまりにリアルであり、そしてその記憶は起床から数時間を経た現在も尚、堂々と脳の一角を牛耳っている。

夢の中の自分は60年前の世界で12日間を過ごした。

こういった場合、大抵は「12日間を過ごしたという設定」に留まり、本当に12日分の経験を夢の中でする訳ではないし、起床後に12日分の記憶が脳に刻まれている等という事はない。

だが、この夢は違う。

本当に12日分、288時間分の記憶が全て脳に、いや、全身に深く刻み付けられており、その1シーン1シーンを克明に思い出す事ができる。

気温、食べた物の味、補習場だった森の匂い、立体機動の体感速度。

そして、大切な人の温もり。



クリスタ(キュクロも・・・夢?)



彼は実在しなかったのだろうか。

愛に飢えた自分の欲求が作り出したご都合主義の幻像だったのだろうか。

とてもそうは思えなかったし、思いたくもなかった。

他のどんな事が嘘であっても構わないが彼だけは、彼と過ごした時間だけは真実であって欲しい。



クリスタ(でも、実際夢じゃないよね・・・)



夢のような時間だったが、夢らしさは欠片もなかった。

そう願う気持ちをさっ引いたとしても、どうも実際その身に起こった事のように思えてならない。

もしあれが本当に夢だったとしたら、あれだけの膨大な世界を描けてしまう自分の脳に恐怖すら感じるところだ。



キース「では、本日は立体機動のスピードを磨く訓練だ! 我々は今、森の入口に立っている! この森は南北に長く延びる地形をしており、我々がいま立っているのは北側の入り口だ!」

キース「貴様らには今からこの森へ入り、立体機動にて南側の出口まで駆け抜けてもらう! そして南側の出口に置かれている物資を携行し、再びここまで戻って来い!」

キース「目的を果たし素早く帰投する! これは全ての任務の基本だ! 故に、帰投した順位がそのまま成績に繋がる!」



ざわざわざわ

コニー「な〜んだ。要するに立体機動版のかけっこじゃん。」

サシャ「楽しそうですね。」

ジャン「ラクショーだな。この森がどれだけ広いか知らないが、昼過ぎには終わ」

キース「ちなみに、昨年度の卒業生たちの平均タイムは9時間36分だ!」

コニー「・・・。」

サシャ「・・・。」

ジャン「・・・。」

キース「距離が距離であるので、南側に補給用のガスを用意している! だが、吹かし続ければガス欠は免れない! 努々(ゆめゆめ)気を付ける事だな! では、始め!」



教官の号令を皮切りに、訓練兵たちは次々とアンカーを射出し、立体機動へと移っていった。



クリスタ(あ〜、ダメダメ! 訓練に集中しなきゃ! はい、考え事終了!)バシバシッ



気合いを入れ直す為、両の頬を自ら打つ。

立体機動は命がけだ。

集中を欠くワケにはいかない。

大きく深呼吸し、クリスタも皆と同じくアンカーを射出した。



クリスタ「よいしょっ!」キュルルルル



ヒュン ヒュン ヒュン



ユミル(レース結果がそのまま成績か。分かりやすくて結構なこった。どうせまたクリスタはケツの方だろうな。)

ユミル(テキトーに流しながらついてってやるか。っと、それで、肝心のクリスタはどこだ?)キョロキョロ



クリスタの姿を探すユミル。

しかし、見当たらない。



ユミル「あれ?」キョロキョロ



よくよく見ると、その視界の遥か先に見覚えのある後ろ姿があった。



ユミル「んっ?」



クリスタ←豆粒大



ユミル「はぁ?」



クリスタ←米粒大



ユミル「おいおい・・・」



    ←消失



ユミル「ちょ、ちょっと待てえぇぇぇ!!」










ヒュン ヒュン ヒュン

クリスタ(やっぱり。あの立体機動の感覚はしっかり身体にも残ってる。)



補習生たちに行なった立体機動の指導が蘇る。

教わる事と学ぶ事は紙一重。

他人に何かを伝える時は、まず自身の知識を整理し、順序だてる作業が必要となる。

もともと立体機動の原理は頭では分かっていた。

それを彼ら補習生に説明する事は、クリスタにとってもその知識の反復となっていたのである。

そして、知識の基礎を再認識した上で改めて立体機動を行なってみると、自分の弱点が手に取るように分かった。

それを繰り返す事で、クリスタも知らず知らずの間に立体機動のスキルを向上させていたのである。



ビュンッ



フランツ「あっ、クソ! 抜かれた・・・・・・あれ?」

ハンナ「今の、クリスタ?」

ミーナ「うそ・・・」

トーマス「なんであんなに速いんだ・・・」

ユミル「うおぉぉ!! 待てクリスタアァァァァ!!」



ギュゴアァァァァァァァァァァァ



フランツ「・・・。」

ハンナ「・・・。」

ミーナ「・・・。」

トーマス「・・・。」



「「「「ま、負けてたまるかあぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」





















キース「では、本日の帰投順位を発表する。」

キース「第一位、ミカサ・アッカーマン! 第二位、ジャン・キルシュタイン! 第三位、ライナー・ブラウン! 第四位、ベルトルト・フーバー! 第五位、アニ・レオンハート! 第六位、」

キース「クリスタ・レンズ!」



どよどよどよ

コニー「クリスタが六位!?」

サシャ「確かに私たちもあっと言う間に追い抜かれちゃいましたけど・・・・・・」

アルミン「すごい! エレンより上じゃないか!」

マルコ「エレン、後ろから見てたけど結構な接戦だったよね?」

エレン「あぁ、驚いたぜ。視界の片隅に誰かがチラついたから見てみたらクリスタだったんだ。本気で引き離そうとしたんだけど、全然差が開かなくて。そうこうしてる内に僅差で負けちまった。」

アルミン「でも・・・なんでいきなりあんなに上達したんだろ・・・」

キース「尚、あれほど忠告したにも関わらずガスの吹かし過ぎで墜落したユミル・×××は失権とみなす! 貴様は営庭を30周してから兵舎へ帰れ!」

ユミル「・・・・・・はい。」









—訓練からの帰路—

サシャ「すごいですねクリスタ!」

クリスタ「べ、別にすごくなんか・・・」アセアセ

ミカサ「謙遜が過ぎる。たった一晩で別人のように成長した事がすごくない筈ない。」

クリスタ「エヘッ・・・ミカサみたいな実力者に言われると照れちゃうよ。」

サシャ「何か秘密の特訓でもしてたんですか?」

クリスタ「別に何もしてないよ。ただ・・・」

サシャ「ただ?」

クリスタ「・・・・・・ゆ、夢のお告げ・・・かな?」

ミカサ「???」

サシャ「夢のお告げ?」

クリスタ「立体機動がすごく上手くなる夢を見たの。その夢の中で得た感覚を実践したらあんな風にできちゃった。」

サシャ「なんですかそれ・・・」

ミカサ「不思議な体験・・・」

クリスタ「そうだね。何であんな夢見たんだろう?」



なんだか最近、適当にとぼけてやり過ごす機会が増えたな。

クリスタはそう思った。

とは言え、ここはこのように言っておく他ない。

あの12日間の出来事を真顔で話せる自信はなかった。

そんな会話をしているうちに、兵舎女子寮の前に到着した。



寮母「おかえり。訓練ご苦労さまだったね。」

サシャ「寮母さん。ただいまです。」

クリスタ「ただいま戻りました。」

ミカサ「ただいま戻りました。」

寮母「良いところに帰ってきた。一つ訊きたいことがあるんだよ。」

サシャ「訊きたい事?」

クリスタ「なんですか?」

寮母「アンタたち、104期の同期の名前は全員知ってるかい?」

サシャ「全員ですか?」

クリスタ「ん〜、名前だけとか苗字だけしか知らない人もいますけど・・・」

ミカサ「大丈夫です。私は全員の顔とフルネームを覚えてます。」

サシャ「さすが。」

寮母「そりゃあ助かるね。じゃあミカサちゃん、アンタたちの中にヒストリア・レイスって子はいるかい?」

クリスタ「!!!?」

サシャ「ヒストリア・レイス?」

ミカサ「いえ、そのような名前の者は。」



血の気が引いてゆくのを感じた。

心臓が激しく肋を殴打し、真冬だというのにジットリと汗が滲み出る。

ここの人々が自分の本名を知っている筈はない。

寮母の口振りから察するに、彼女は誰かからその名を聞いたと思われる。

だとしたら、誰が?



寮母「だよねぇ。アタシも名簿を何度も確認したんだけど。」

ミカサ「何かあったんですか?」

寮母「いや、さっきね、事務所に一人のお爺さんが訪ねてきて、そのヒストリア・レイスって子に伝言を頼むって言ってきたのさ。」



お爺さん?

伝言?



クリスタ「ど、どんな伝言を・・・」

寮母「『兵舎の裏の丘で待ってる』って。そうだ、それから『約束を果たしにきた』って。」

クリスタ「約束?」

サシャ「そのお爺さんの特徴は?」

寮母「あぁ、ありゃ一度見たら忘れられない顔だね。」







寮母「なにせ顔一面傷だらけで、右目を失明してたんだから。」









気が付くとクリスタは走り出していた。

いつからだろう。

もう分からない。

駆け出す刹那、ミカサ、サシャ、寮母の三人が何か言っていたような気がする。

何と言っていただろう。

「どこへ行くの」だったか?

それももう分からない。

強いて分かろうとも思わなかった。

とにかく今はただ、走らなければならないのだから。

目の前に訓練所の裏門が迫ってきた。

普段は通用門として使用する事もないため、堅く施錠がされている。

だが、幸いにも先ほどの訓練で使用した立体機動装置を装着したままだった為、難なく飛び越える事ができた。

着地を果たし、そのまま丘の頂上へと続く道を駆け上がる。

ただひたすらに、誰よりも速く。

街灯のない丘陵の道は奈落の如く暗いが、クリスタは決してその足取りを緩めたりはしない。

暗さなど今は足取りを緩める理由足り得ない。

走るんだ。

走るしかない。

一刻も早く彼に会う為に。

そしてついに、クリスタは丘の頂上へとたどり着いた。



クリスタ「はぁ・・・はぁ・・・」



肩を激しく上下させるクリスタを、満天の星空を頭上に冠した丘陵の頂点が出迎える。

周囲に木立の一つもなく、非常に見晴らしが良い。

眼下にはついさきほどまでいた訓練兵舎が見える。



クリスタ「約束・・・・・・」



その頂上の中央に、彼はいた。



クリスタ「守ってくれたんだ・・・・・・」



生まれて初めて愛をくれた人。



「何としてでも生きるって言ったからな。」



その容貌には60年の歳月が滲み出ていた。

かつての長い黒髪には白いものが混じり、傷だらけの顔には深い皺が折り込まれている。

だが、その眼光だけは全く衰えていない。

鋭く、それでいて優しさに溢れた左目。



「また泣いてるのか?」

クリスタ「うん・・・・・・」

「嬉しいから?」

クリスタ「うん・・・・・・」

「そうか。」



彼はクリスタに向かって静かに歩き出した。

クリスタも同じく彼に歩み寄る。

一歩、また一歩。

クリスタの“昨日”と彼の“昨日”の間に空いた距離を、じっくりと踏みしめるように。

やがて、その距離は0となった。

互いの身体に腕を回し、強くその身を抱き締め合う。

変わっていない。

昨日感じたのと、全く同じ温もりだった。



「長かった・・・・・・」

クリスタ「ごめんね・・・・・・」

「もう俺もこんな身体だ。これから先、一緒にいられる時間はそう長くない。」

クリスタ「関係ないよ・・・・・・もう、絶対離さない。」

「本当に・・・・・・そう思ってくれてるのか?」

クリスタ「うん。」

「・・・・・・今日まで生きてきた甲斐があった・・・」

クリスタ「うん・・・・・・」

「・・・伝え忘れてた事がある。」

クリスタ「・・・・・・言って。」









キュクロ「ヒストリア。愛してる。」



Fin

以上です。
ありがとうございました。

        ____   
       / \  /\ キリッ
.     / (ー)  (ー)\      
    /   ⌒(__人__)⌒ \    <おい、お前「毒」持ってる?って蛇に聞いてみたんだよ。
    |      |r┬-|    |      そしたら何て答えたと思う?
     \     `ー'´   /
    ノ            \
  /´               ヽ              
 |    l              \

 ヽ    -一''''''"〜〜``'ー--、   -一'''''''ー-、.    
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))


          ____
        /_ノ  ヽ、_\
 ミ ミ ミ  o゚((●)) ((●))゚o      ミ ミ ミ    <Yes, I have.だっておwwwwww

/⌒)⌒)⌒. ::::::⌒(__人__)⌒:::\   /⌒)⌒)⌒)

| / / /      |r┬-|    | (⌒)/ / / //  
| :::::::::::(⌒)    | |  |   /  ゝ  :::::::::::/
|     ノ     | |  |   \  /  )  /  
ヽ    /      `ー'´      ヽ /    /     
 |    |   l||l 从人 l||l      l||l 从人 l||l   バ   
 ヽ    -一''''''"〜〜``'ー--、   -一'''''''ー-、 ン
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒)) バ

                             ン



           ,   -z—─—-  、
       ,  ' ´弌孑y ´' zk  三ニ`丶、
     , '   ...::::::::::::::::::::::::::::::::.... ≠ニ三丶、
   /z'' ..:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::.... ー ニ三\____

  /y' .:::::::::≠:::::::::::::::::::::, - ─ - 、  ー≠ニ三三三`丶、
. /≠' .::::::::ニ=::::::::::::::, '           \       ''''ニ三 n
/    .z::::=三:::::::::/                \  /  ̄ ` ー 、 `\
  ≠=:::::ー=    /              / /((○)) ((○)、三)
  z   三  '''' ,'                  ,' /  '⌒(__人__)⌒‘ゝ'  ギャー
  ニ ー=, z≠!               V       |r┬-|    |
 ー' 三ニ ,kz'!               \    | |  |  /
  ,ィk =ニ=  ,z|                 ノ       | |  |  \
    ≠三 ¨  ',              /´       `ー'´    ヽ




改めまして皆さん、ありがとうございました。

このSSは中島美嘉の「愛詞」に触発されて書きました。
職場の有線で聴いたんですが、「傷付いたあなたへ 傷付いた命へ」の歌詞とメロディに感動して、それが前々から考えてた「ラノベと本編のクロス」のアイデアに合致した次第です。
ラノベとのクロスは元々はエレンかアニでやるつもりでしたが、「愛詞」がきっかけでキュクロとクリスタの話になりました。
「愛詞」マジ名曲。

では、お付き合い下さった皆さん、重ね重ね本当にどうもありがとうございました。
失礼いたします。

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