モバP「幸福の所在」 (18)

鷹富士茄子のssです。

ノリです。

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 鷹富士茄子をスカウトしたのは、昨年の冬のことだった。
「いやぁ、なかなか素晴らしい人材をスカウティングしてきてくれたと思う」
 見麗しい彼女の宣材写真を見て、社長は上機嫌に微笑みを浮かべてくれた。
 当時、二人ほどアイドルを育成し他のプロデューサーへと引き渡した直後でようやくこの仕事にも慣れ始めていた自分は、どうにか彼女を自分一人で最後までプロデュースできないものか、と社長に直談判していた。
 社長はしばらくこちらの要望に頷きを返してくれていたが、唐突に微笑みを消し、声を潜めて言葉を紡いだ。
「しかし気をつけたまえよ、キミ。雇用主として彼女のことを少しだけ調べさせてもらったが、どうやら彼女は幸運の女神とでも言うべき人のようだ」
「幸運の女神、ですか?」
 確かに彼女はひどく運が強かった。
 彼女をスカウトしたあの日も、自分はこれでも運がいい方なのだと彼女から自己申告があった。
 実際にそうなのかとじゃんけんをしてみたりくじを引かせてみたのだが、じゃんけんでは十五敗を喫しくじはすべて当たりを引いた。
 名前も鷹富士茄子と縁起が良いので、そういう路線で売り出すのも悪くないと考えていたところだったが、それを見越しているとはさすが社長だと改めて感服した。
 だが、どうやらそういうことではないらしい。
「彼女は常に運がよく、そして、」

 彼女以外は不幸になる。

 社長は確かにそう言った。
「…………そうですか」
「所詮噂推測の域を超えないが、一応注意はしておきたまえ」
「肝に銘じておきます」
 頷きながら、自分はぼんやりと別のことを考えていた。 

「一緒に初詣なんて、何だかデートみたいですね♪」
 ゲン担ぎに、と訪れた神社で鷹富士は上機嫌そうに顔をほころばせた。

 彼女は非常にアイドル然としていた。
 態度がそう、というよりも人となり、彼女という存在がアイドルのそれに既に近かったのだ。
 いつも絶やさぬ笑みは人々を明るい気持ちにさせ、朗らかな言動は周囲を和ませる。
 プロデュースなどしなくとも鷹富士茄子というアイドルは完成していた。
 ………………パッション方面のアイドルとして。

 売り出す方向に合わせて事務所ではアイドルたちを、クール、パッション、そしてキュートの三つに分けている。
 クールは落ち着き、パッションは元気、キュートは可憐さ、をそれぞれ売りとしている。
 鷹富士と出会った時、自分は彼女を大和撫子だと認識した。
 育ちがいいのだろう、振る舞いには品があり、美しい黒髪や柔らかな微笑みには静かに人を癒す雰囲気があった。
 落ち着きの中に秘めた魅力が彼女からは溢れ出ていた。
 だから、クールアイドル担当の自分は彼女をスカウトし、そのまま担当についたのだが。

『茄子をご覧あれー♪』   

 当てが外れた。

 どこがクールだ。どこが大和撫子だ。
 彼女はどちらかといえばパッションのそれに近かった。
 時折見せる予定だった柔らかな笑みは随時幸せですとばかりに絶えぬものであり、振る舞いには品があるのだが言動が若干能天気気味であり、クールアイドルとしてはいささか難があった。
 その事実が発覚した時点で直ちに社長に相談し彼女を何とかパッション担当のプロデューサーに預けられないものかと頼み込んだものだが、にわかロッカーでおなじみの多田李衣奈をクールのまま活動させた社長は当たり前のように続行を命じてきた。

 社長命令では仕方ない、と溜息を吐いたこちらの顔を鷹富士は心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫ですかプロデューサー? 人酔いですか?」
「いや、大丈夫だ。何の問題もない」
 問題ないはずがない。
 今まで担当してきたアイドルは皆クール所属のアイドルでありその方面でのプロデュースしか経験のなかった自分にとって彼女のプロデュースは手探りのものとなる。
 初めてのプロデュースの際は社長や先輩のプロデューサーがほぼ手取り足取りでプロデュースの作法とも言うべき中枢を教えてくれたが、何人ものプロデュースをしてきた今ではそうはいかない。プロデューサーの中では一番若いとはいえいつまでも先輩方に頼るのはよくないだろう。
 まさかこれが社長の言っていた鷹富士茄子が引き寄せる不幸というものなのではないか、という考えがふと頭をよぎった。
「本当に大丈夫ですか?」
 心配そうに言う彼女に首を横に振る。
「そうですか…………あ、じゃあせめてあれやっておきますね!」
 言うや否や、鷹富士は背伸びをしてこちらの頭頂部を触れ、
「悪いの悪いのとんでけー!」
 数回撫でてからそれを空の方へと飛ばした。
「これで大丈夫です!」
 その言動が大丈夫ではないんだ、とつぶやきかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
「私を見つけてくれたお礼に、プロデューサーのこと、きっと幸せにしてあげますからっ」 
「……………期待はしないでおこう」
 運がいいことに、彼女は自分の体質について何も知ってはいなかった。

「ひらひらー♪」
「いいよー茄子ちゃん! いい笑顔だよー!」
 撮影音が響くスタジオの端、雑誌編集者と二人並んで彼女を眺めていた。
 彼女は今、不幸を知らないが故の無垢な笑顔をカメラに向けている。
「いい子じゃない、茄子ちゃん。前担当してた奈緒ちゃんもよかったけど、あの子もまた違った良さがあるわね」
「まあ、素材はいいんですが…………いかんせん、売り出しの方向性に迷います」
「いいじゃないあの子に合うようにしたら。あんたのとこの事務所はアイドルを三つに分けてるようだけど、その辺は柔軟に行くべきよ」
「そうですか…………」
「そうよ」
 うん、と彼が頷いたところで撮影音が止んだ。休憩に入ったようだ。
「プロデューサー」
 着物姿で一糸乱れぬ歩行を見せるのは流石としか言いようがない。
 だがそんな姿を見るたび惜しいという気持ちが湧いてくる。
「どうですか、この着物。綺麗ですよね」
「そうだな」
「似合ってますか?」
「もちろん。似合うものを用意してもらっている」
「ひらひらー♪」
「冷えるからやめてくれ」
「お茶飲んできますね」
「ああ、行ってこい」
 鷹富士が去った後、怪訝な顔で編集者が言った。
「…………あんた、冷たくない?」
「そう見えましたか?」
「冷たいわよー。奈緒ちゃんや頼子ちゃんの時も思ったけど、あんたアイドルに対して冷たすぎよ。あの子たちだって女の子なんだから」
「いや、あえて冷たくしているんです」
「え?」
「…………彼女たちとはあくまで仕事上のパートナーで在り続けたい」
 告げた本心に、彼は言葉を失った。
「いや、鷹富士がいつも笑みを絶やさないからうまくやれているか心配だったんですが、ちゃんとそう見えているようなら大丈夫ですね」
「……………彼女たちと距離を取ってアタマなんか取れると思ってんの?」
「分かりません」
 ただ、
「これだけは譲れないんです」

 事務所内でもアイドルと距離を縮め二人三脚のように活動を進めていこうとするプロデューサーはいた。
 いやむしろ、そういうプロデューサーが多数派だった。
 自分のようなスタンスを取る者は非常に少なかった。
 だが、それでもやり方を変えるつもりはなかった。
 わがままだとは分かっていた。
 だがそれでも譲れなかった。
 受け入れたくなかった。
 人間は社会に生きる上で他人と関わる必要がある。
 どうしても嫌いで仲良くなれそうにない人ともうまくやっていかなければならない。
 それが、どうも受け入れられなかった。
 手を取り合う、という行為や絆という言葉がひどく美化されすぎたせいだろう。
 そのような事象に負の感情が混じることに対してひどく反感を覚えた。
 表面には笑顔を見せつつも内心嫌いあいながら、それでも手を取り合うような、そんな関係を受け入れたくなかったし、信じたくなかった。
 手を取り合うのは互いを心から信頼しているからだと信じたかった。
 だから、手を取り合うような関係になるまいとした。
 あくまで手助け、彼女が自分で進みこちらがするのはフォローだけという関係でありたかった。
 仕事上のパートナー。
 心の中に抱いた絆や協力といった言葉に対する幻想を守るために、自分はエゴを振り回していた。
 同様の理由で、社会に生きることは苦痛でしかなかった。  
 幻想を汚す者たちの仲間になどなりたくはなかった。
 毎日、死にたがっていた。
 自分で[ピーーー]るほど度胸もやる気もなかったから、交通事故で運よく[ピーーー]ないものかと願っていた。
 だから、社長からあの話を聞いた時、自分はこう思ったのだ。
 死を望む自分が何らかの事故で死んだ時、それは鷹富士茄子が招いた不幸なのか、と。

 病は気から、というが実際に思いというものはいくらかの引力を持っているようだった。  
 乗用車がハンドルミスで歩道を歩くこちらへと滑り込んできた。
 奇跡的に鷹富士はほぼ無傷。コンクリで膝を少し擦った程度だった。
 代わりと言っては何だが、自分は全治二か月の重傷を負った。
 だが、死んではいなかった。あれだけの大事故でその程度の怪我で済んだのは奇跡以外の何物でもない、と医師は言っていた。
 病室で目を覚ました時、まず真っ先にベッドに顔をうずめる彼女の姿が目に入った。
 社長たちに聞くと、目を覚ますまでの間ずっとそこにいてくれたらしい。
 自分が生き延びたのは彼女にとってそれが幸福だったからなのだろうか。
 それはよく分からない。
 ただ、一つだけ言えることは。

「無事でよかったわね、あんた」
「無事ではありません。骨四本も折れました」
「命に別状がなかっただけでも十分でしょうに。………でも、帰ってきてくれて助かったわ」
「そうですか?」
「ええ。だって、あの子の笑顔が全然違うもの」
  
 彼女は自分の生還を喜んでくれているようだった。

 何も知らぬ彼女のことを少なからず憎々しく思っていた。
 自分だって笑い合う会社仲間が裏では陰口を言いあっている姿を見ていなければ何の問題もなく彼らとも仲良くやっていけたかもしれない。仕事上の仲間という括りで済ませる必要もなかったかもしれない。
 だから、彼女を憎く思っている間は彼女とは仕事上のパートナーでいようと思っていた。
 それが彼女に対する礼儀だとさえ思っていたからだ。
 だが、彼女は無垢に純真にこちらを信頼してきた。
「プロデューサー、元気ないのですか? お弁当どうですか?」
 彼女の明るい言動に頭を悩ませていたこちらをいつも心配してくれた。
 こちらより年下だというのに、そんなところだけクールの素質を見せていた。
「ほら、よろこんぶ♪」   
 色々と台無しではあったが、それをありがたく思っていた。
 彼女のことは依然として憎々しく感じていた。
 だが、それでも彼女に対し報いてやろうと思う自分がいた。
 彼女はいつだって手を差し出していた。
 手を握ったところでそれが二人の信頼を表しているわけではないのに、その事実を知らない彼女は能天気に不愛想なこちらへと手を差し伸べていた。
 それをいつまでも拒み続けるのは、どこか幼稚だと少しずつ気づき始めていた。
 譲れないと思っていたはずなのに、心のどこかで仕方ないとあきらめている自分がいた。
 そう思ったのも、彼女にとってそれが幸福だったからなのだろうか。
 分からない。

 活動を続けて半年。
 彼女とはひどく強い信頼関係を築けていたと思う。不覚にも。
 心の内に嫌悪をひとかけら潜ませながらも自分は彼女と手を取り合っていた。
 以前に増して熱心にプロデュース業に打ち込み始めた自分に茄子は今まで以上の成果を返してくれた。
『うん、十分だよキミぃ。これからも頑張ってくれたまえ』
 社長も満足してくれるほどの結果が残せたのは、ひとえに彼女と二人三脚で進んできたからであろう。 
 先輩たちの大多数が取るだけのことはある。素晴らしいスタンスだ。
「随分と遅くなってしまったな」
「そうですねー。タクシーも見つかりませんし」
「近くに同僚の車があるからそこまでは歩くが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
 頷いてから、茄子はこちらの左腕に飛びついてきた。
「うふふ♪」
「…………人に見られるぞ」
「こんな時間に歩いている人なんていませんよ」
「…………それもそうか」
 車の影も見えなかった。
「私、今日も頑張りましたよ」
「ああ、ちゃんと見てたよ」
「なら、ご褒美をください」
 せがんでくる彼女の頭を、右手で梳くように撫でる。
「ん?…………」 
 幸せそうに目を細めながら、茄子は腕へこめる力を強めた。
 幸せそうな彼女を見て胸の内が温まりつい頭を撫で続けてしまうのは、彼女にとってそれが幸いだからだろうか。
 分からない。
 分からない。

 選挙18位を取ったのも。
 それを胸を張れる快挙だとして我が家でささやかな祝いの席を用意したのも。
 そこで酒を飲みすぎたのも。
 プロデューサーとして許されないことを言ってしまったのも。
 プロデューサーとして赦されないことをしてしまったのも。
 すべて、彼女の幸福を呼び込む引力に引き寄せられた事象なのだろうか。
 彼女が幸福であるためにそうなったに過ぎないことだったのだろうか。
 ただ一つだけ言えることは。

「お、おはようございます、プロデューサー…………あの、昨日は、その…………幸せでした」

 ベッドの上、かすかな朝日に照らされながらはにかむ彼女は、それを幸福と受け止めていた。

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