彼女「一生、一緒だよ。君の事、死ぬまでずっと大好きだからね」 【ヤンデレ注意】 (95)

【これまでの経緯。彼氏視点】


彼女と付き合って一年、彼女のたっての希望でついに同棲を始めた

彼女は俺の事を凄く大好きだと言ってくれるし、とても大事にしてくれる

欠点なんて一つもない、完璧な彼女。俺の理想の彼女だ

ただ、あえて一つだけ挙げるとしたら、少し嫉妬深いところがあるかもしれない。例えば、俺が若い女の子の店員と話すだけでも、あまりいい顔はしない

その時の彼女の言葉はいつもこれ

「例えば、私が君以外の男の人と楽しそうに話してたら、なんか嫌な気分になるでしょ? 私だって同じなんだからね」

とはいえ、そこまで怒る訳でもないし、そうやって頬を膨らませてすねる顔もとても可愛い

彼女の事は俺も大好きだし、嫌な気持ちにさせたくないから出来るだけ他の女の子とは話さないようにしている。そこまでしなくてもいいよと言ってはいたけど、昔の女友達にも事情を話して電話番号とかも全部消した

これから先、彼女以上の女の子に出会う事は絶対にないと思っている。だから、そこまでした。それだけ彼女の事を大事にしたいと思っているから

その事をそのまま彼女に伝えると、最初はびっくりしていたけど、嬉しいと喜んでくれた。私の事、それだけ愛してくれてる証拠だもんね、と

「本当に、君の事すごく好き。言うのがとても恥ずかしいけど、君の為なら、私、命だって捨てられるよ」

そう言いながら優しく抱き締めてくれた。こんなに愛されていいのかってぐらい優しく

少し早い気もするけど、もう決意は固まっている。近い将来、彼女にプロポーズしようと思って、こっそり貯金を始めた。指輪を買う為に

もうお互いの両親には彼氏彼女だという事を伝えて挨拶もしているし、特に反対もされてない。むしろ歓迎されていると言ってもいい

仕事の方も順調で、最近、大きな仕事を任された。これが何事もなく終われば、多分、次の人事で出世するんじゃないかとも噂で聞いている

全てが順風満帆に進んでいるように見えた。その先には幸せな未来が待っていると思っていた



あの日、あの時までは

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【15日前 喫茶店】


女後輩「あれ……? 先輩?」

女後輩「あ、やっぱり先輩だ。まさかこんなとこで会うなんて思わなかったです」

女後輩「どうしたんですか? 一人でランチですか? 珍しいですね」

女後輩「あー、ここで取引先の営業の人と話してたら遅くなっちゃったんですね。それで、そのままお昼に」

女後輩「あ、良かったら、私もご一緒しちゃっていいですか? 満席みたいなんで。ね、お願いします」

女後輩「ここ、会社からちょっと遠いし、でも他にお店も少ないじゃないですか。他を探してる内に昼休み終わっちゃいそうですもん。だからお願いします、助けると思って。可愛い可愛い後輩の頼みをきいて下さい」

女後輩「いいですか? わあ、ありがとうございます。助かりました」

女後輩「えっと、何にしようかな……。先輩、何かオススメとかあります?」

女後輩「ないんだー。残念。先輩、あんまりここ来た事ないんですね」

女後輩「うーん、じゃあ、どうしようかな……。あ、先輩の食べてるの、美味しそうですね。私もそれにしようかな」

女後輩「じゃあ、先輩と同じナポリタンで。おそろいにします。私、おそろいとか好きなんで」

女後輩「ほら、おそろいにすると、なんかその人と仲良しになった気がするじゃないですか。だからです」

女後輩「つまり、私は今、先輩ともちょっとだけ仲良しになった気がしています。ちょっとだけですけどね。しかも、私が勝手にそう思ってるだけだったりします。……ひょっとして迷惑ですか?」

女後輩「あ、良かったー。これで迷惑とか言われたら、私、立ち直れないところでした。ただでさえ、今、色々あって凹み気味なのに」

女後輩「え? ああ、違います。仕事じゃなくてプライベートの方でちょっとあって」

女後輩「んー……。ま、いっか、話しても。実は彼氏と別れたんですよ。先月の終わりぐらいに」

女後輩「付き合ってまだ二ヶ月ぐらいなんで、そこまで深刻なダメージはないんですけど、でも凹むは凹むんで」

女後輩「しかも、思いっきりケンカして別れましたからね。私が浮気してるんじゃないかって勝手に決めつけてきて。女友達と話してたのに、男だろって。しまいには話も聞かずにガチギレしてきて。それまでは結構いい感じだったのに」

女後輩「試写会のペアチケットが当たったから、二人で行こうねって楽しみにもしてたんですよ。でも、それもなくなっちゃいました。まあ、今更アイツの事なんかどうでもいいんですけど」

女後輩「あ、それで一つ聞きたい事があるんですけど、先輩ってホラー耐性とかあります? 心霊系の怖い映画とか平気ですか?」

女後輩「あ、好きな方なんですね、良かった。なら、知ってるかもですけど、当たった試写会のチケットって『怨上』っていうホラー映画なんですよ。メチャクチャ怖いらしいって公開前から話題になってるアレ」

女後輩「あ、やっぱり知ってました。そう、アレなんです。私、心霊系のホラーとか好きで、だから試写会の応募とかもよくしてて」

女後輩「先輩も見るつもりだったんですね。わかります。アレ、メチャクチャ面白そうですもん」

女後輩「で、良かったらなんですけど……」

女後輩「先輩、一緒に試写会見に行きませんか? 今度の日曜日なんですけど、予定空いてます? 一枚チケット余ってて、どうしようかなって困ってたんで」

女後輩「先輩、そんなにあからさまに困ったような顔しないで下さいよ。傷つくじゃないですか」

女後輩「うん、わかってます。そこらへんの事情は噂で聞いてるんで。彼女さんが嫌がるからでしょ? 女子社員の間じゃ有名な話ですよ。先輩、女の人全員に素っ気ない態度とってるんで」

女後輩「でも、私も本当に困ってるんですよ。一人で見に行くのは淋しいし怖いしで嫌ですし、でも私の友達は全員ホラー苦手な子ばかりなんで」

女後輩「でも、どうしても見に行きたいですし、見に行くならホラー好きな人と行きたいじゃないですか。映画って見終わった後、感想とか誰かと話したいですし」

女後輩「ですよね。この気持ち、先輩ならわかってくれますよね。ホラー好きってそんなにいないんで、一緒に見に行ってくれる人メチャクチャ少ないんですよ。女の子なんて特に」

女後輩「だから先輩、一緒に行ってくれません? 予定は空いてるんですよね? お願いですから。ね?」

女後輩「えー……。ダメなんですか? 先輩、ヒドいですよ。こんなに頼んでるのに」

女後輩「じゃあ先輩は後で彼女さんと見に行くんですか? 幸せそうで羨ましいです」

女後輩「……え? 彼女さん、ホラー映画苦手だから行かないんですか? じゃあ誰と行くんです?」

女後輩「一人で? それはないですよ、先輩。一人で見に行くぐらいなら私と一緒に行って下さいよ。映画代だってタダになるのに」

女後輩「それでもダメ? もう……。そんなあ……」

女後輩「……わかりました。なら、こうしましょう。先輩にチケットを一枚渡すんで、これで先輩は一人で見に行って下さい。私も一人で見に行きますから」

女後輩「そうすればお互い一人で見に行ったって事になるから、一緒に行ったって事にはならないですよね。それならいいでしょ?」

女後輩「全部、偶然そうなったってだけです。試写会のチケットが余ってたんで、私がそれを先輩にあげた。先輩がそれを見に行ったら、たまたま私が隣の席にいたってだけで」

女後輩「彼女さんにも、会社の後輩とたまたま会っただけって言えますよ。もう、それで良くないですか、先輩? 先輩だって公開前に見たいですよね? だから、お願いしますってばー、先輩」

女後輩「ええー……ウソでしょ、先輩。これでもまだダメとか、どれだけ頑固なんですか」

女後輩「私、すねますよ。泣いちゃいますよ。そうなったら先輩、困りませんか? 結構本気ですよ」

女後輩「全く困らないって、それホントにホント酷いですからね。先輩ぐらいですよ、私にこんなに冷たいの。他の人とかスゴく優しくしてくれるのに」

女後輩「大体ですね、先輩は私のありがたさをわかってないんです。今じゃ私ぐらいですからね、先輩に話しかける物好きで変人な女子社員なんて。先輩、課の女子社員全員から嫌われてますから」

女後輩「違います。これは別に酷くないです。本当の事ですから。ウソじゃないですもん」

女後輩「だって、先輩から頼まれた事務処理とか、いつも後回しにされてるんですからね。それを見かねて早目に処理してるの、私なんですよ。誰もやらないから」

女後輩「そりゃそうですよ。必要な事以外は一切喋らないし、こっちが話しかけたらなんか迷惑そうな顔するし、普通、嫌われますからね。むしろ嫌われない方がおかしいです。それでも話しかけてる私の方がどうかしてるってわかってもらえました?」

女後輩「え、先輩、もしかして自分が嫌われてるって気付いてなかったんですか? 好かれてもいないけど嫌われてもいないとか、まさかそんな風に思ってたんです? 流石、先輩ですね。あ、でも女の子からはどれだけ嫌われてても先輩は別に平気なんですよね。彼女さんがいるから」

女後輩「……ほら、やっぱり。そうですよね。仕事で色々と困りますよね。これで私からも嫌われたら、先輩、本当に終わりですからね」

女後輩「だから先輩は、もっと私を大事にしなきゃダメなんです。わかってもらえました?」

女後輩「それで、先輩。もう一回訊きますけど、試写会のチケットいりますか? これで断ったら、私、ホントに先輩の事嫌いになっちゃいますからね」

女後輩「うん。ですよね。ありがとうございます。感謝です」

女後輩「じゃあ、今度の日曜日は必ず空けておいて下さいね。予定入れないで下さいよ。来るとか言っといて当日来ないとか絶対にやめて下さいね」

女後輩「あと、100パー言わないとは思いますけど、彼女さんには秘密にしといて下さいね。変な勘違いされたら困りますし。私も、先輩も」

女後輩「ただ二人で映画見るだけですから。デートでも何でもないし、先輩を盗ろうとかそんな気もないんで。だから、絶対に彼女さんには言わないで下さいね。約束ですよ」

女後輩「うん。お願いします。って、ヤバ。話してたら、もうこんな時間になってるし。早く食べないと」

女後輩「んー……」

女後輩「先輩、残念なお知らせがあります」

女後輩「このナポリタン、私の口には合わなかったみたいです。味が微妙……。まずくもないけど、美味しくもないっていうか……」

女後輩「だと思った、じゃないんですけど。だったら先に言って下さいよ。美味しくないって先に。ホント先輩、そういうとこダメダメですからね。マイナスポイントですからね」

女後輩「笑うところじゃなくて。反省するところです。もう! 面白い事とか一つもないじゃないですか!」

女後輩「まったく。先輩はホントに。困った人ですね」



女後輩「……え?」

女後輩「ああ、んー……。それはそうですけど……」

女後輩「確かに、先輩に話しかけるメリットって、私には特にないんですよね。いつも素っ気なくあしらわれるだけですし。それでも懲りずに話しかけてくるのは何でかって言われても……」

女後輩「単純に、先輩と仲良くなりたいだけなんじゃないかなあ。会社の先輩後輩じゃなくて、友達みたいな感じで」

女後輩「最初に会った時、なんか私と気が合いそうみたいな雰囲気があったんですよ、先輩って」

女後輩「直感みたいなもんです。そういう時、ありません? 初対面から、この人とは仲良くなれるかもみたいな、そんな印象持つ時って」

女後輩「で、色々と話しかけてみたら、全然そんな事なくて、何故かいつも塩対応されて」

女後輩「ああもう! 何でなの! みたいな感じになっちゃいまして。男の人にこれだけ塩対応されたの、私、初めてだったんで」

女後輩「ほら、私、自分で言うのもアレですけど、可愛い方じゃないですか。中学から結構モテてたんで、一応そういう自覚はあるんですよ」

女後輩「ただ、そのせいで女の子からは悪い噂を流されたりとか、無視されたりとかは結構あって。そっちはまあ慣れてるからいいんですけど、男の人からもそういう対応されたのは初めてだったんで」

女後輩「それで半分意地になって、みたいなとこは正直あったかもしれないですね。今、思うと」

女後輩「でも、そうやってずっと話しかけてたら、その分、先輩のいいところとかも見えてくる訳じゃないですか。そういうの知ってからは、普通に先輩と仲良くなりたくて話しかけてます」

女後輩「だって先輩、何だかんだで優しいですもん。私が困ってたらさりげなく助けてくれますし、見えないとこで手助けとかもしてくれますし」

女後輩「知ってますよ、先輩。私が大忙しだった時、○○さんに頼んで、私が大変そうだから手伝ってあげて欲しいって言ってくれたんでしょ? おかげでめちゃくちゃ助かっちゃいました」

女後輩「何でその事を私が知ってるかは秘密です。それは言えないんで。でも、その時に思いましたもん。やっぱ先輩、優しいのに冷たいフリしてるだけなんだなって」

女後輩「だからです。私がめげずに先輩に話しかけてるのって。私、ツンデレ男子好みですし」

女後輩「まあ、先輩からしたら迷惑かもしれないですけど、我慢して下さい。先輩も私から本格的に嫌われたら困るでしょ?」

女後輩「だから、私にもっと優しくしてもいいんですよ? 私は先輩からどれだけ優しくされても困らないですから」

女後輩「それに、ホラー映画の話とか、先輩ともっとしたいですし。喋る人全然いなくていつもウズウズしてますからね、私」

女後輩「あ、で、それで今思い出したんですけど、先輩、何時頃に試写会の会場に行きます? 私、早目に着いておきたい派なんですけど、一人でずっと待ってるのも寂しいんで、先輩に合わせますから」

女後輩「場所は□□ホールです。そうなんですよ。ちょっと遠くて」

女後輩「はい。私は車がないんで、バスと電車で行こうと思ってます。ただ、私の家、駅からちょっと遠いんですよ。しかも、バスの本数少ないしで。だから余計に早く家から出ないといけなくて面倒なんですよね」

女後輩「え? 何で急にそんな溜息つくんですか。私、何かマズい事言いました?」



女後輩「……え? ホントですか? 先輩が車で送ってくれるんですか? ホントに?」

女後輩「わ、ありがとうございます。だから先輩、好きです。こういうとこホント優しいですもん」

女後輩「え? ううん、別に調子良いとかそんなんじゃないですよ。本心から思ってますから。たまにデリカシーないなとか思ってますけど、優しいとはホントに思ってるんで」

女後輩「ちょっと先輩、冗談ですよ、冗談。本気にしないで下さいよ。それに、男が一度口にした事を撤回するのは良くないですよ。一度言ったんなら、最後まで責任取って下さいよ」

女後輩「まったく。ホントに焦ったじゃないですか。それで先輩、私はどうすればいいですか? どこか家の近くで待ってればいいです? 私の家、△△の近くなんですけど」

女後輩「あ、はい。それなら、そこの通りにあるコンビニがいいかもです。駐車場広いんで。そこで待ってますね。あ、だとしたら電話番号教えないとですね。えっと番号は……」

女後輩「あ、番号はダメ。はい。彼女さんに見つかったらマズイですもんね。そうですよね。じゃあ、逆に先輩の番号教えて下さい。こっちからかけますから」

女後輩「うん。番号オッケーです。それで待ち合わせの時間はどうします?」

女後輩「えっと、上映が10時からなんですよ。だから移動時間含めると、どうなんだろう。車なら2時間前に行けば余裕で間に合うとは思いますけど」

女後輩「はい。なら、8時で。大丈夫ですよ。私、早い方が好きですから。それに道が混むかもしれないですし、早すぎたらどこかで時間潰せばいいだけですし」

女後輩「ホントありがとうございます、先輩。助かっちゃいました。試写会にも行けるし、先輩にも車で迎えに来てもらえるしで」

女後輩「なんか今からスゴい楽しみかも。最近、凹む事多かったからそのせいかな。メッチャ嬉しいです」

女後輩「あ、先輩。もしかしてホラー映画でこんなに楽しみにしてるのか、みたいに引いてません?」

女後輩「ホントですか? 一応誤解のないように言っておきますけど、私、怖がりですからね。あと、グロいのも苦手です。だけど、幽霊系やサスペンス系のホラーは好きなんです」

女後輩「怖いもの見たさっていうか、なんか理由はわかりませんけど好きなんですよ。怪談とかも子供の頃から好きでしたし。他にも人怖系のホラーとかも好」

女後輩「え、ちょ、先輩。急にどこ行くんです?」

女後輩「時間? え、マジ、もう昼休み終わり? 早過ぎないですか? ウソ、やだ」

女後輩「あ、待って。ちょっと待って下さいよ、先輩。わかってます。急ぎますから、待ってってば!」















 

【自宅】



彼女「お帰りなさい。待ってたよ」

彼女「仕事、今日も遅かったんだね。いつも大変だね」

彼女「ううん、いいの。お仕事なんだもん、仕方ないから。あ、スーツもらうね。鞄も。着替えはいつものとこに置いてあるよ」

彼女「ご飯も温めるからちょっと待ってね。今日はハンバーグだよ。いつもより挽肉が安かったからそうしたの。一緒にビールも飲む?」

彼女「一本だけ? わかった。それも出しとくね」

彼女「どうぞ、召し上がれ」

彼女「テレビはつける? それともYou Tubeでも見る?」

彼女「見ないの? そっか……疲れてるんだ、今日」

彼女「私? 私は大丈夫。疲れてなんかないよ。前に言ったでしょ。私のところは超ホワイトだからいつも定時上がりだし、仕事も楽だって」

彼女「それに、みんな良い人ばかりだから平気だよ。でも、心配してくれてありがとね。嬉しい」

彼女「うん、本当に大丈夫だよ。だから、君は気にしなくていいの。ご飯作るぐらい大した事じゃないし。洗い物とか洗濯も全然面倒じゃないし」

彼女「それに、私、こうして君の為に何かするの好きなんだ」

彼女「今もそうだよ。私が作ったご飯を、美味しそうに食べてる君を見るのが好き」

彼女「一緒にご飯を食べるのも好きだけど、こうやって見てるだけなのも好き」

彼女「幸せだなーって思うもん」

彼女「なんてね。なんか言っててちょっと自分で恥ずかしくなっちゃった。忘れて。今のなしだからね」

彼女「それよりね、聞いて欲しい事があるんだけど」

彼女「違う、別に照れたのを誤魔化した訳じゃないってば。君が帰ってきたら話そうと思ってた事なの。ホントにそうなんだってば」

彼女「もう。いつもそうやって私の事からかって。そんな意地悪して楽しいの。私だってその内怒っちゃうよ」

彼女「ううん、いつもだよ。初めて会った時からずっとそう。私をからかってばっかり。酷いんだから」

彼女「うん。そうそう。そうやって真面目に聞いてね。って言っても、そんな大した事じゃないんだけどね」

彼女「今度の日曜日の事なの」

彼女「近所にね、ランチが美味しいお店があるんだって。会社の人から教えてもらったの。だから、今度の日曜日、君と一緒に行きたいなって思って」

彼女「フレンチの本格的なお店らしいの。特に魚料理が美味しかったって言ってたよ。ただ、コースだとちょっと高くて、んー……って感じなんだけど、ランチだと手が出せるお値段だったから」

彼女「フレンチ、君、好きでしょ。私も好きだし、ちょっと贅沢して美味しいもの食べに行こ。ね?」

彼女「?」

彼女「どうしたの?」

彼女「ううん、別に再来週でもいいけど……」

彼女「今週は何かもう予定が入ってるの?」



彼女「あ、そうなんだ……。映画の試写会に誘われて、行く事になったんだ……」

彼女「誰と行くの?」



彼女「会社の人なんだ。会社の誰?」

彼女「うん。同じ課の……。誰?」

彼女「あ、□□さんね。この前、釣りに行ったからって魚を持ってきてくれた人だよね。ちょっと日焼けしてて、背の高い、男の先輩の」

彼女「そうなんだ……。試写会の上映、10時からなんだ……。じゃあランチは無理だよね……」

彼女「うん……。わかった。今週は我慢する……」

彼女「それで、何時に家を出るの?」

彼女「朝から? ずいぶん早いけど……」

彼女「あ、そっか。ちょっと遠いんだね。しかも先輩を迎えに行かないといけないんだ」

彼女「じゃあ、何時に帰ってくる? 早く帰れそう?」

彼女「……そうだよね、12時に映画が終わるなら、遠いし帰り遅くなっちゃうよね。うん……」

彼女「じゃあ、お昼は作らない方がいいかな……。うん。わかった。どこかで食べてきた方がいいもんね。お腹空いちゃうし」

彼女「それで、どんな映画を見に行くの?」

彼女「あ、ホラー映画なんだ。そっか……」

彼女「うん。私、苦手。怖いのとかムリ……」

彼女「でも、君がどうしても一緒に見たいって言うなら、頑張るけど……」

彼女「うん……。ごめんね。わかった……」

彼女「先輩と楽しんできてね」

彼女「私の事は気にしなくていいから」

【9日前 コンビニの駐車場】


女後輩「せーんぱい」コンコン

ウィーン…

女後輩「おはようございます、先輩。電話するより先に、先輩の車、見つけちゃいました」

女後輩「はい、コーヒー。先輩、微糖で良かったですよね。迎えに来てもらったお礼です。受け取って下さい」

女後輩「いいんですよ、お礼なんて。こっちがお礼をしてるんですから。それより先輩、何かコンビニで買い物してきます?」

女後輩「大丈夫です? なら、もう行きましょうか。乗ってもいいですか?」

女後輩「はい。あ、でも……」

女後輩「ええと、助手席でも大丈夫です? 後ろに座った方がいいですか?」

女後輩「だって、ほら、彼女さん以外は助手席に座らせたくないとか、そういう人もいますし」

女後輩「気を遣い過ぎ? そんな事ないですよ。ホントにそういう人もいるんですから。まあ、でも、先輩は助手席オッケーなんですね。なら、遠慮なく」

ガチャッ

女後輩「お邪魔します、先輩。今日はよろしくお願いします」

【運転中】


女後輩「ねえ、先輩」

女後輩「今日の私、いつもとちょっと違うと思いません? どこが違うと思います?」

女後輩「はい。私、こういう事、自分から言うタイプです。だって女の子と違って、男の人って言ってくれない人多いんで。特に先輩なんか絶対に言わないでしょ?」

女後輩「だから、訊いてるんです。それで、先輩。時間稼ぎとかはダメですよー。今日、私、どこがいつもと違うと思います?」

女後輩「はい、そうです。髪形です。ちょっと簡単すぎましたね。髪をまとめて後ろでアップにしてみたんですよ。ちょっと大人の女を意識してやってみました」

女後輩「どうです、先輩? 普段より大人っぽく見えません?」

女後輩「そうでしょー。昨日、美容院で試しにやってもらって、自分でも結構気に入ってるんです。明日には戻しちゃいますけどね。ちょっとセットが面倒なんで」

女後輩「今日限定なんで、よく見といてくださいね。激レアですよー」

女後輩「え? あ、そうです。メイクも少し変えてます。ていうか、よく気付きましたね、先輩」

女後輩「まあ、普段に比べたらちょっとだけ気合い入れてますから。会社だとあまり目立つメイクとか出来ないんで」

女後輩「あ、先輩。照れずに言ってくれてもいいんですよ。普段よりキレイだって」

女後輩「……まあ、そうですよね。先輩が言う訳ないですよね。知ってます。期待してないから大丈夫ですよ」

女後輩「あ、じゃあ、代わりに先輩、これだけ答えて下さい。普段の私と今の私、どっちが可愛いです?」

女後輩「大丈夫ですよ、別にこれぐらい。そりゃ私の事を好きとか言いだしたら浮気ですけど、好みを言うぐらい問題ないですから。考え過ぎですって、先輩」

女後輩「それで、どっちが可愛いです? 言ってくださいよ」

女後輩「あ、やっぱりこっちのが好みなんですね。そんな気がしてました。先輩、こういうの好きそうですし」

女後輩「気に入ってくれたんなら良かったです。セットに時間かけた甲斐がありますから」

女後輩「?」

女後輩「ああ、違いますよ。別に先輩の為にオシャレしてきた訳じゃないですから」

女後輩「せーんぱい。何を勘違いしてるんですかー? 先輩には彼女さんがいるって私わかってるじゃないですか。なのに、何で先輩の為にオシャレしてくるんです? そんな女じゃないですよ、私」

女後輩「これは、単純に、髪の毛落としたらまずいかなって思ったからです。だからまとめてきたんですよ」

女後輩「だって、自分のじゃない長い髪の毛が車に落ちてたら、彼女さん、浮気かもって思っちゃうでしょ? そうならないようにです」

女後輩「だから、私、今日は香水もつけてきてないんですよ。匂いが残らないようにって」

女後輩「先輩。これでも私、気を遣ってるんですからね。後でトラブルにならないよう」

女後輩「なのに、先輩ときたら。何かあったら一番困る人なのに全然そういう事に気が回ってないみたいで。困ったもんですね」

女後輩「でも、さっき可愛いって誉めてくれたから許します。何だかんだで結構嬉しかったですからね。誉められて悪い気はしませんし」

女後輩「あ、それで、先輩。確認なんですけど」

女後輩「彼女さんには、今日の事、ちゃんと秘密にしといてくれました?」

女後輩「……あー、そういう感じなんですか。男の先輩と行く事になってるんですね」

女後輩「ちなみに、彼女さんの今日の予定とかわかります?」

女後輩「友達と遊びに。どこに行くって言ってました?」

女後輩「あー、あそこのショッピングモールですか。最近出来たばかりの」

女後輩「そっか。だったら、全然方角違うし大丈夫かな」

女後輩「あ、はい。一応、念の為に、です。もし鉢合わせたら間違いなく誤解されちゃいますから。先輩、ウソついちゃってますし余計に」

女後輩「そうですよ。ウソついて私と来てるんですからね。もしバレたら彼女さん絶対怒りますからね」

女後輩「だから、絶対にバレないよう、先輩も気を付けて下さいよ。特に悪い事をしてる訳でもないんですから。それで怒られたら最悪ですからね」

女後輩「そうです。ホントに気を付けて下さいね。もしバレて彼女さんとケンカしたとか言われたら、私、メチャクチャ責任感じちゃいますから」

女後輩「それで先輩と気まずくなったら、それこそ私も最悪ですし」

女後輩「ホラー映画仲間として先輩は貴重なんですから。話しかけにくいとかなったら困りますからね」

女後輩「あ、で、先輩。この前までやってた『もう逃げられない』って映画、見ました?」

女後輩「あ、やっぱ見たんですね。あれも良かったですよね」

女後輩「最後らへんの、ゆっくり近付いてくるシーンとかホント怖かったですよね。私、もう震えながら見てて」

女後輩「心臓バクバクでしたもん。ああいう系とか私好きなんですよ。じわじわ怖さが増してくやつ」

女後輩「そうそう。そうなんですよ。先輩なら絶対わかってくれると思ってました。いきなり脅かしにくるのはダメなんですよね。やっぱりああいうのって──」

【試写会の会場近く。コインパーキング】


女後輩「なんか、あっという間に着いちゃいましたね、先輩」

女後輩「ていうか、一時間ぐらいずっとホラー系の話しをしてたとか、信じらんないです。先輩、ホラゲーもかなりやってるんですね」

女後輩「あ、それで、どうします? 時間、まだ結構ありますけど。どっかで時間潰します?」

女後輩「そうですね。先輩、長く運転してて疲れてると思うんで。車の中より、外のが気分転換になると思いますよ」
 
女後輩「はい。じゃあ、ちょっと軽く散歩しましょうか。適当にぶらぶらと」

女後輩「あ、そういえば、美味しいクレープ屋さんがこの近くにあるんですよ。先輩、クレープとか大丈夫です? 良かったら行きません?」

女後輩「はい、ちょっと軽目にお腹に入れておきましょうよ。甘い物は疲れもとってくれますし。ここは私が奢っちゃいますから」

女後輩「じゃあ決まりで。こっちですよ、先輩。ついてきて下さい」

女後輩「ホントに美味しいんですからね。テレビとかでも何回か紹介されてるんですよ。人気のお店なんですから」

【クレープ屋。購入後】


女後輩「どうですか、先輩? ホントに美味しいでしょー」

女後輩「私、ここ好きで、この近くにきたらほとんど毎回寄ってるんですよ。で、向こうの公園のベンチに座って食べるんです」

女後輩「ほら、先輩も来て。こっちです、こっち。このベンチ」

女後輩「空いてて良かったです。ここが一番落ち着くんで。あ、隣どうぞです。座って下さい、先輩」

女後輩「?」

女後輩「あのですね、先輩。車だって助手席だったし、これから見る映画だって私の隣の席なんですよ。ちょっと距離が近いからって、今更、気にするような事ですか?」

女後輩「そうですよ。先輩は色々気にし過ぎなんです。だから、座って下さい、先輩。一緒に食べましょうよ。そっちの方が絶対美味しいですから」

【食後】


女後輩「ね、美味しかったでしょ、先輩」

女後輩「あそこ、覚えといて損はないですからね。今度、彼女さんと来たら寄ってみて下さい。絶対、喜びますから。私が保証します」

女後輩「え? あ、もうそんな時間ですか。そろそろ行かなきゃですね」

女後輩「じゃあ、ゴミ捨ててきます。先輩のも一緒に捨ててくるんで、もらいますね」

女後輩「いいですって。私が捨ててきますから。でも、ありがとです、先輩。そういうとこ私的にマルですからね」

女後輩「ホント、前の彼氏は私が捨ててきて当たり前みたいな感じでしたから。実は男運ないんですよね、私って」

女後輩「ホントにいい人がいたとしても、その人には彼女がもういたりとかしょっちゅうですし。色々タイミングが悪かったりするんですよ」

女後輩「言っておきますけど、先輩もその中の一人ですからね。私をとてもがっかりさせた人なんですよ」

女後輩「だから、せーんぱい」

女後輩「先輩がその気になったら、いつでも口説いてきていいですからね。私は全然構いませんから。手だって喜んで繋いじゃいますし」

女後輩「なんて、冗談ですよ、冗談。本気にしないで下さいね。本気にされたら困りますから」

【試写会、会場前】


女後輩「あ、もう結構並んでますね。私達も並びましょうか」

女後輩「はい。そうですよ。いつもこんな感じです」

女後輩「そうなんですよ。私、何度か試写会に来た事あるんですけど、毎回こんな感じです。若いカップルって意外と少ないんですよ」

女後輩「友達二人とか、あと多分、親子とか、一人で来る人もそこそこいる印象がありますね」

女後輩「それと、何故か見た目が派手な人が毎回多いかもです。あの二人とかピンクと紫の髪ですし。あっちには金髪ゴスロリの子がいますし。その向こうにはピアス無限につけてるパンク系のお兄さんがいますし」

女後輩「まあ、私が行くのホラーばかりですからね。ちょっと変わった人が集まるのかもです。他の普通の映画とかどうなんでしょう。地域差とかもあるかもですけど」

女後輩「先輩もこれを機にチケットの応募とかしてみませんか? 結構当たりますよ。応募する人、そんなに多くないみたいなんで」

女後輩「まあ、確かにちょっと面倒ですけどね。でも、映画館と違って、隣でポップコーンをムシャムシャされたり、コーラとかをジュルジュルされる事もないですから。私、アレ、大嫌いなんで」

女後輩「あ、そろそろ始まるみたいですね。ほら、みんな中に入っていってますよ。楽しみですね、先輩」

【試写会上映後】


女後輩「あー、もう、メッチャ怖かったー。鬼ヤバですね、あれ」

女後輩「ホントに前評判通りで、スゴい良かったです。私、何回か叫びそうになりましたし」

女後輩「……え? いいえ、叫んではないです。ちっちゃく声を上げただけです」

女後輩「そうです。ちっちゃくです。大体、他の人も何回か悲鳴上げてましたし」

女後輩「だからオッケーです。あれはセーフな声なんで。私一人だけがそうだった訳じゃないですし」

女後輩「あ、でも、あれはその……。ええと……」

女後輩「ごめんなさい、先輩……。何かに掴まってないと不安だったんで……」

女後輩「いつもは、ほら、彼氏と行ってたから……。だから、いつもみたいについ寄りかかるように腕を掴んじゃって……」

女後輩「すみません、本当に。……ひっつかれて嫌でした?」

女後輩「……わかってます。彼女さんに悪いって事ですよね。ホントにごめんなさい」

女後輩「でも、先輩、嫌ではなかったんですね。それならまだ良かったです。迷惑だったのかなって心配だったんで」

女後輩「でも、これでまた秘密が出来ちゃいましたね。アレも絶対彼女さんには言わないで下さいよ。二人だけの秘密ですからね。約束ですよ」

【帰り】


女後輩「ね、先輩」

女後輩「お腹空きません?」

女後輩「せんぱーい。聞こえてるでしょ。お腹空いてません?」

女後輩「私、美味しいお店知ってるんですよ。何のお店だと思います?」

女後輩「先輩、返事して下さいよー。さっきの事、まだ気にしてるんですか」

女後輩「そりゃ私だって反省してますよ。彼氏でもない人の腕つかんじゃったりして。でも、本当にもうしませんから」

女後輩「ホントのホントです。大体、先輩からは手を出してないじゃないですか。私がついやっちゃっただけで、先輩は一切悪くないでしょ。だからアレは浮気じゃないです」

女後輩「そんな事まで気にしてたら、先輩、満員電車とかも乗れないじゃないですか。女の人とメッチャ接近する事になるんですよ。だからあれは不可抗力ってやつです。それはノーカンですから。浮気じゃありません」

女後輩「先輩から手を出して初めて浮気なんです。だからアレはセーフです」

女後輩「ねえ、先輩ってばー。気にし過ぎなんですって。先輩だってお腹空きましたよね。どこかでご飯食べて行きましょうよ。ねーえ」

【ラーメン屋の前】


女後輩「そう、ここです。ここ」

女後輩「ホント、先輩のそういうとこ大好きです。何だかんだで優しいとこ」

女後輩「ホントですよ、ウソじゃないです。それより、先輩。ここのラーメン、メチャクチャ美味しいんですよ。お値段もそんなに高くないし」

女後輩「でも、雰囲気的に女の子一人だと入りにくいでしょ? だから、先輩にあれだけお願いしたんですよ」

女後輩「あと、先輩に先に言っておきますけど、私、ニンニクマシマシでいっちゃいますからね。女の子がニンニクはー、とか言わないで下さいね。だってアレが美味しいんですから」

女後輩「可愛く女の子ぶって、私、少食だから、とかも言いませんからね。ガッツリ食べますから。幻滅しないで下さいよ、先輩」

女後輩「だって、美味しいんですもん。ラーメン、私、大好きですから」

女後輩「ほら、もう匂いからして美味しそうでしょ。先輩、早く並びましょうよ。ちょっと待たされますけど、待つだけの味は私が保証しますから」

【並び中】


女後輩「先輩。先輩は何を注文します?」

女後輩「私のオススメはですねえ、特製白味噌ラーメンガッツリチャーシューです。スープがメッチャ美味しいんですよ。他と違って独特の味がするっていうか。たっぷり入ってるチャーシューもスープによく合ってて」

女後輩「一度先輩も食べてみて下さい。絶対ハマりますから」

女後輩「え?」

女後輩「ウソでしょ、先輩。ちょっと待って下さいよ。先輩もここに来た事あるんですか?」

女後輩「それなら先に言って下さいよ。しかも常連だったとか、ホントにもう。もう!」

女後輩「なんか恥ずかしいじゃないですか。常連の人にこれがオススメですよ、とかドヤ顔で説明しておいて」

女後輩「しかも、私、常連の人をいつものお店に連れてきたって事ですよね。最悪じゃないですか、それ。ホント何で先に言ってくれなかったんですか、先輩」

女後輩「最近来てなかったから丁度良かったとか、そういう問題じゃないんです。知ってたら別の店にしてたのに。何でホントに黙ってたんですか」

女後輩「……まあ、それはそうですけど。確かに私、この店のラーメン楽しみにしてましたけど……」

女後輩「でも、先輩。それは気遣いが過ぎます。今度からは必ず言って下さいよ。約束ですからね」

女後輩「それにしても、先輩。よくこのお店知ってましたね。家から結構遠いんじゃないですか? それなのに、常連って」

女後輩「そりゃ確かに有名ですけど。でもそれ、ラーメン好きの間でだけですからね。普通の人はあんまり知らないですよ」

女後輩「え、そうなんです? 先輩もラーメン好きなんですか?」

女後輩「あー、だから通ってたんですね。わかります。味が好みだと全種類制覇したくなりますもんね。特にここ、ラーメンの種類が多いから」

女後輩「じゃあ彼女さんともよく来てるって事ですよね。彼女さん、ホント羨ましいなあ。いいなあ」

女後輩「え?」

女後輩「あ、そうなんですか……。彼女さん、ラーメンあんまり好きじゃないんですね」

女後輩「あー、あっさり系の和食とかパスタが好みなんだ。こってりしたのはダメなんですね。私と真逆だなあ、それ」

女後輩「そうなんですよ。私、完全に肉食系女子なんです。わかってるとは思いますけど、そのままの意味ですからね。焼肉とかステーキとかそういうの好きなんで。ラーメンとかピザも」

女後輩「太るとか言わないで下さい。ほら見て、全然太ってないでしょ? 私、皆から羨ましがられるんですけど、どれだけ食べても太らない体質なんです。先輩も羨ましいですか?」

女後輩「そうでもない、ですか。まあ、先輩は若いし男の人ですからね。そんなに気を遣う事もないでしょうから、そうかもしれないですね」

女後輩「あ、先輩見て。話してたら、もうすぐあそこの席が空きそうですよ。これでやっと中に入れそうですね。もうお腹ぺこぺこですもん」

【食事後】


女後輩「美味しかったー。今、とっても幸せです」

女後輩「あと、先輩に奢ってもらっちゃいましたからダブルで幸せですね。ホント感謝です。ありがとうございます」

女後輩「そうなんです? そういうとこ、やっぱり男の人ですね。女の子にご飯代を払わせるのは抵抗があるとか」

女後輩「別に前時代的とか思いませんよ。女の子からしたら好印象ですし。カッコいいですよ、せーんぱい」

女後輩「別におだててる訳じゃないです。ホントにそう思いましたもん。それに、こう言っておけばまた次回も、なんて事は別に考えてませんよ」

女後輩「冗談です、冗談。定番ネタじゃないですか。今度は私が奢りますから安心して下さい」

女後輩「はい。今度です。次来た時は、私が奢ります。……何か問題でもあります?」

女後輩「そうですね。……でも、先輩。これが最初で最後だなんて、私、一言も言った覚えないですからね」

女後輩「また先輩を誘ったっていいじゃないですか。彼女さん、ラーメン嫌いなんだし」

女後輩「わかってます。彼女さんが嫌がるような事はしたくないんですよね。わかってますってば」

女後輩「ですけど、先輩。私だって淋しいんですよ。せめて新しい彼氏が出来るまでの間ぐらい、私と遊んでくれたって良くないですか?」

女後輩「もちろん先輩とお付き合いしたいとか、そういうつもりはないんで。ただ、先輩が暇な時に、たまに映画に付き合ってくれたりとか、ご飯に一緒に行ってくれたりとか、それだけでいいんです」

女後輩「だって先輩。絶対、私と気が合いますもん。今日それ確信しちゃいましたし」

女後輩「そうですよ。先輩だって、実はそう思ってたんじゃないですか?」

女後輩「だって、車の中でもそうでしたし、食事の時もそうでしたよね。先輩と私、話が合わなかった事、一度もなかったじゃないですか。ずっと話が弾んでましたし」

女後輩「それに先輩、楽しそうな顔してましたもん。会社じゃ絶対にそんな顔見せないのに」

女後輩「先輩、正直に答えてみて下さい。私といて、つまんなかったですか? 退屈でしたか? 私の事、嫌いになりましたか?」

女後輩「そうですよね。私も先輩といてスゴく楽しかったですもん。最初からそう思ってましたけど、私と先輩、スゴく気が合うんですよ。間違いなく」

女後輩「それに先輩、順番待ちしてる時に言ってましたよね」

女後輩「彼女さん、ホラー映画もラーメンも一緒に行ってくれないって」

女後輩「そうですね。一緒に行ってくれないとは言ってませんでしたね。どちらも彼女さんが好きじゃないから、先輩が誘わないようにしてるって話でしたね」

女後輩「でもそれ、結局、同じ事じゃないですか? 一緒に行けない事に変わりはないんだから」

女後輩「先輩だって、絶対思ってますよね。本当は彼女さんと一緒に行きたいって。でも、我慢してるんですよね」

女後輩「だから、その代わりでいいんですよ、私は。彼女さんが横にいない時だけの代わりで。だって私も一緒に行ってくれる人いなくて淋しいんですから」

女後輩「私、そんなにワガママ言ってます? Win-Winの関係だと私は思うんですけど」

女後輩「お互い淋しい思いをしてるんだから、それをお互いで埋めるだけですよ? 良い事しかないじゃないですか」

女後輩「そりゃ、先輩に彼女さんがいなかったら私的にはベストでしたけど、でもそんな事言ったってしょうがないですし。だから、せめて彼女さんがいない時だけでいいんで私と遊んで下さいってだけです」

女後輩「大丈夫ですよ、先輩。こんなの浮気の内に入りませんから。男友達と遊んでるのと変わらないです。だって私も先輩も浮気しようなんて思ってないんですから。そうでしょ?」

女後輩「それとも先輩。私と特別な関係になりたいとか思ってます? 先輩がその気なら私は構いませんよ。でも、そうじゃないでしょ?」

女後輩「えー、先輩。からかってなんかないですよ。私は結構本気で言ってますからね。ちょっとは真剣に話を聞いて下さいよ、先輩。ねえってば」

【帰りの車内】


女後輩「そういえば、せーんぱい。ここからちょっと行ったところに神社があるの知ってます?」

女後輩「あ、そうです。今、ナビに出てるここです。ここ恋愛成就の神社で有名なとこなんですよ」

女後輩「ちょっと行ってみません? 私、恋愛運を上げたいですし、先輩だって彼女さんとの関係を深めたいでしょ。良くないですか?」

女後輩「もう十分深まってるからいいって、そうですか。……つまんないなあ」

女後輩「私、家に帰ってもヒマなんですよ。だから、先輩ともう少しだけ一緒にいたいんですよね。……ダメですか?」

女後輩「……そうですか。わかりました。今日は大人しく帰ります。あんまり先輩を困らせるのもあれですし」

女後輩「でも、先輩。ヒマな時があれば、また付き合って下さいね。さっきの話、私、かなり真面目に言ってたんで」

女後輩「そうですよ。9割真面目ですよ。私、こう見えてすっごい淋しがりやなんで。先輩がまた遊んでくれないとか言うなら、もうずっと車から降りないかもですね」

女後輩「って、こんな事ばかり言ってるから、面倒くさい女とか言われてたんでしょうけどね。流石に先輩にそう言われたくはないんで途中でブレーキかけてますけど」

女後輩「でも、本当ならメッチャワガママ言いたいですからね。だけど、嫌われるのもイヤですから色々と我慢してます。自分でもワガママだってわかってますし」

【コンビニの駐車場】


女後輩「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました、先輩」

女後輩「さっきも言いましたけど、メッチャ楽しかったです。ホントにまだ帰りたくないですし」

女後輩「だから、先輩。せめてものお願いです。先輩の事、また遊びに誘ってもいいですよね?」

女後輩「せーんぱい。お願いします。ね?」

女後輩「やっぱダメですか……。もう」

女後輩「まあ、ダメって言われても遊びには誘っちゃうんですけどね。これ、私の電話番号です。彼女さんにはバレないよう、男の人の名前で登録しておいて下さいね」

女後輩「ダメじゃないですよ、先輩。忘れたんですか? 先輩は私を大事にしないといけないんです。でないと仕事で困る事になりますからね」

女後輩「はい。もう、卑怯者でもズルイでも、なんとでも言って下さい。お好きにどうぞ」

女後輩「その代わり、必ず登録しといて下さいね、せーんぱい」

女後輩「で、ヒマがあったら必ず電話を下さい。私、いつでも待ってますから」

女後輩「あ、でも先輩。メールやLINEは基本しないで下さいね。してもいいけど、履歴はすぐに消して下さいよ。もし彼女さんが見たら簡単にバレちゃうんで」

女後輩「それと、番号を登録し終わったらそのメモは捨てて下さい。家のゴミ箱はダメですよ。コンビニとかで捨てて下さいね」

女後輩「あと、今日のドライブレコーダーの記録も。私の音声が入ってるはずですから。それも消しといて下さい」

女後輩「それと、車から出る時に確認はしましたけど、一応先輩の方でも確認しといて下さい。髪の毛が落ちてないかを」

女後輩「服もですよ。帰る前にファブリーズとかしておいて下さいね。もしかしたら私の匂いがついてるかもなんで」

女後輩「先輩……。何もそこまでしなくても、みたいな顔してますけど、甘いですからね。女ってそういうの敏感ですから」

女後輩「ちょっとした態度の変化でもわかったりしますからね。怪しいって」

女後輩「だから、先輩。念には念を入れておくんです。絶対に証拠が残らないように」

女後輩「ほら、女の子ってよく言うじゃないですか。浮気はしてもいいけど、絶対にバレないようにして欲しいって。バレなかったらしてないのと同じだからそう言うんですよ」

女後輩「だから、先輩。証拠は全て消さないとダメなんです。女の私が言うんですからね。間違いないです」

女後輩「例え浮気じゃなかったとしても、そうです。バレたら彼女さん、絶対に怒るんで。だから絶対にバレないようにして下さいね」

女後輩「それじゃあ先輩。また明日、会社で会いましょうね」

女後輩「わかってます。職場の人にも今日の事は言いませんから」

女後輩「色々、噂が立つと嫌ですもんね。誰にも言いませんから安心して下さい」

女後輩「はい。大丈夫です」

女後輩「それじゃあ、明日また」

女後輩「せーんぱい」

女後輩「今日はホントありがとです」

女後輩「とっても楽しかったですからねー」

【帰宅後。自宅。午後5時】


prrrr prrrr


『あ、もしもし』

『ごめんね。もう家に帰ってるよね?』

『え、そうなの? さっき、着いたんだ。結構遅かったんだね』

『あー、先輩と一緒にお昼食べてきたんだ。混んでて遅くなっちゃったんだね』

『私の方? うん、それなんだけど……』

『ちょっと今、友達の相談にのってて……。それが長引きそうなの。だから、帰りが遅くなっちゃうかもしれないんだ』

『本当に悪いんだけど、今日は晩御飯の仕度が出来ないかも』

『うん。代わりに何かお弁当を買っていくね。何がいい?』

『え? そう? 自分で作るの?』

『本当に? 私の分も作ってくれるの?』

『うん。助かるよ。ありがとうね』

『うん。じゃあまた。遅くても8時までには帰るようにするから』

『じゃあね』


ツー……ツー……

 

【午後7時半】


彼女「ただいまー。ごめんね、遅くなって」

彼女「うん、そう。雨もちょっと降ってきた。おかげで少し濡れちゃった」

彼女「あ、タオル用意しておいてくれたんだ。ありがとう」

彼女「ううん。着替えまでは流石にいいよ。大丈夫。ホントにありがとうね」

彼女「じゃあ、ちょっと遅いけど、シャワー浴びるついでに今から洗濯しちゃうね。君のも出しておいてくれる? 一緒に洗っちゃうから」

彼女「あ、そうなんだ。もう出しておいてくれたんだ。あとはボタンを押すだけなんだね。ありがとう。ご飯も作ってもらっちゃったし、なんか今日は至れり尽くせりだね」

彼女「普段の逆? あ、そうだね。本当にそうかも」

彼女「そっかぁ。という事は、これが普段、君が私に思ってる気持ちなんだね」

彼女「悪いなあって思う気持ちと、嬉しいなあって思う気持ちの両方が混ざってる」

彼女「君もそう? そうなんだ、ふふ」

【食事】


彼女「なんか、久しぶりだね。こうして二人で一緒に晩御飯を食べるのって」

彼女「そう、久しぶりなんだから。一週間ぶりは久しぶりなの」

彼女「しかも、今日は君の手料理なんだよ。これは二週間ぶりでしょ?」

彼女「ううん、そんな事ないよ。私が作るのよりも美味しいぐらい」

彼女「だって私は、君の味が好きだから」

彼女「君の気持ちが一杯詰まってる気がするもの」

彼女「それにこれ。カボチャの煮っころがし。私がカボチャ好きだからでしょ? 毎回カボチャ料理を作ってくれるのって」

彼女「わかるよ。君はそんなにカボチャが好きじゃないのに、いつも作ってくれるんだから」

彼女「そういうとこ、私は大好き。君を好きになって良かったなあっていつも思う」

彼女「あ、顔赤くしてる。照れてるの? 可愛いなあ、もう」

彼女「そういう可愛いとこも、大好きだよ」

彼女「ふふ。そう。いつもからかわれてるから、そのお返し。たまにはやり返しちゃうんだからね」

彼女「あ、照れ隠しなの? 急に話題変えて」

彼女「そうそう。いつも私が言われてる事。だから、そのお返しを今日はまとめてしてるの」

彼女「うんうん、わかった。降参ね。じゃあ、仕方ないなあ。からかうのはやめてあげる」

彼女「それで、友達の事だったよね。うん、そう。2時間ぐらい悩み相談を受けてたの」

彼女「今、転職しようか悩んでるんだって。上司の人が典型的なセクハラ気質の人で、やめてって言ってるのに全然やめないらしいから」

彼女「そんなに大きくない会社だから、上の人に話しても、あまり取り合ってくれないらしくて」

彼女「ね、最低だよね。そんな事するなんて。話を聞いてただけでも腹が立ってきちゃって」

彼女「だから私、転職するより、相談センターとかに電話した方がいいって言ったの」

彼女「でも、ゴタゴタしそうだからって、あまり乗り気じゃなくて。その気持ちもわかるけどさ」

彼女「でも、間違ってる事をしてるのは向こうなんだよ。何一つ間違った事をしてないこっちが我慢するのっておかしいよね。君もそう思うでしょ?」

彼女「うん。そうだよね。もし辞めるとしたら、向こうの上司が辞めるべきだよね。それが当たり前だと私も思う」

彼女「だから私もそうやって説得してみたんだけど、でも、その後の事とか考えるとなかなか友達も踏ん切りがつかないみたいで……。結局、もう少し考えてみるって……」

彼女「なんか、私まで疲れちゃってね。可哀想だなって思うし、力になれたらって思うんだけど、私じゃどうにも出来ないから……」

彼女「うん。大丈夫。精神的な疲れだから、一晩寝れば良くなると思う」

彼女「悪いけど、今日はちょっと早目に寝るね。ごめんね」

彼女「うん。ありがとう。でも、そこまで気を遣わなくても大丈夫だから。平気」

彼女「それよりも、私は君の方が心配だよ。君こそ最近疲れた顔をしてる事が多いから」

彼女「うん。大きな仕事を任されて張り切ってるのはわかってる。しっかりやりたいから、一杯残業してるのも知ってる。でもね」

彼女「なんだか仕事以外でも心配事があるんじゃないかなって思って」

彼女「最近の君、ちょっと感じが前とは違うから。何か落ち着かない感じだし」

彼女「そんな事ない? 私の気のせいかな……。だったら、いいんだけど……」

彼女「でも、約束してね。もし何か悩み事とか困った事とかがあったら、隠さずに全部私に話してね。君の力になりたいから」

彼女「もちろん私じゃ力になれない事もあるかもしれないよ。でも、それでも話してね」

彼女「だって、私は君の恋人なんだから」

彼女「楽しい事も辛い事も、幸せな事も嫌な事も、二人で一緒に分け合いたいの。どんな事でも全部」

彼女「だから、約束だよ」

彼女「うん。必ず守ってね」



彼女「……知ってるよ。私も君の事好き。愛してる」

彼女「ね。ちょっとだけでいいからギュッってして。今、したくなっちゃったから」



彼女「……うん。心地良いよ。君の腕の中、とても温かくて好き……」

彼女「ごめんね。食事中にいきなり」

彼女「うん。満足した。おかげで今日はぐっすり眠れそう」



彼女「うん、そう。私にとっては、君が心の栄養剤なの。だから元気になれたよ」

彼女「そうそう。翼をもらうの。だって体がすっごく軽くなるんだから」

彼女「本当だよ。嘘じゃないもん。今なら飛べるかもしれないよ」

彼女「なんてね。それは流石に無理。本当に空を飛べたらきっと楽しいんだろうけどね」

彼女「そう? 気持ち良さそうだけど。あと、通勤がスゴい楽になるね。バスとかいつも満員で嫌になるんだから」

彼女「今日行ったモールも人がいっぱいだったし、それも疲れた原因かもしれないなあ。人混みの中ってなんだか疲れるもんね」

彼女「そういえば、君の方はどうだったの? 映画、楽しんできた?」



彼女「?」

彼女「あんまり面白くなかったの?」

彼女「まあまあ、だったんだ。話題作とか聞いたけど……」

彼女「でも、あんまりだったんだ。珍しいね」

彼女「あ、待って、わかった。職場の先輩と行ったからじゃないの? 君、色々と気を遣っちゃうタイプだもんね。だから楽しめなかったんじゃない?」

彼女「あ、やっぱりそうなんだ。その先輩、少し苦手な人だったんだね。でも、お昼御飯も一緒だったし、送り迎えもしなきゃだったから、大変だったんだね」

彼女「うん、そうだね。会社の先輩だから、印象悪くしたくないもんね。だから、頑張ったんだよね。誉めてあげる。なでなで」

彼女「もう、照れなくてもいいって。ほらほら、大人しくお姉さんになでなでされてなさい。なーんてね。ふふ」

彼女「それで、お昼御飯はどこに行ったの? そっちは大丈夫だった?」

彼女「あ、そうなんだ。途中で見つけた定食屋さんに入ったんだ。でも、そっちもあんまり美味しくなかったんだね」

彼女「なんて名前のお店だったの?」

彼女「忘れちゃったんだ。そうだね、美味しくなかったなら覚えてないよね、そういうのって」

彼女「それで、何を頼んだの?」

彼女「何とか定食? なにそれ」

彼女「あー、揚げ物とかが色々入ってるやつだったんだ。でも、美味しくなかったんだね。油とか揚げ方が良くないのかな?」

彼女「そうだよね。初めて行くとこってチェーン店以外は味がわかんないもんね。当たり外れ大きいと思う」

彼女「でも、我慢して美味しそうに食べたんだ。偉い偉い。もう一回なでなでしてあげようか?」

彼女「うん。いつもされてる方だから、逆に君にするのが楽しくなっちゃって」

彼女「変なスイッチ入っちゃったかもしれない。楽しい」

prrrr prrrr


彼女「あ、電話鳴ってるよ。君のじゃない?」

彼女「あ、でも、すぐに切れちゃったね」

彼女「誰からだったの?」



彼女「?」

彼女「どうしたの? なんか焦ったような顔してたけど」



彼女「あ、会社の人からだったんだ。でも、こんな時間にかけてくるなんて変だよね。何だったんだろ」

彼女「かけ直してみたら? 大事な用件かもしれないし」

彼女「?」

彼女「しなくていいの? 大丈夫?」

彼女「あ、メール来てたんだ。かけ間違いだって。それなら大丈夫だね」

【食事後】


彼女「?」

彼女「どうしたの? また着替えて」

彼女「え、今から買い物に行くの? どこに?」

彼女「コンビニ? なんだか急だね。何か買っておかなきゃいけない物でもあるの?」

彼女「アイス? ああ、急に食べたくなっちゃったんだ。あるよね、たまに。そういう事」

彼女「じゃあ、私も一緒に行く。私も食べたくなっちゃったし」



彼女「え、あ、うん……。確かにちょっと疲れてるけど……」

彼女「そう? うん、わかった。じゃあ、待ってるね」

彼女「行ってらっしゃい」

【自宅】


彼女「あ、おかえり。先にもうお布団敷いといたからね」

彼女「うん。今日は早目に寝るつもり。アイスを食べたらもうお布団に入っちゃうから」

彼女「ホントは寝る前にこういう甘い物食べると太っちゃうから駄目なんだけど、でも、誘惑に負けちゃうんだよね。駄目なんだけど」

彼女「いただきます」

彼女「うん。美味しい。余は満足じゃ」

彼女「あ、君のはモナカなんだ。モナカも美味しいよね。ね、一口ちょうだい」

彼女「うん。私のも一口あげる」

彼女「あ、やっぱりこっちも美味しいなあ。たまに食べるアイスって本当に美味しいよね。不思議」

彼女「じゃあ、次は君の番だね。はい、あーんして」

彼女「ごちそうさまでした」

彼女「それじゃあ、私はもう寝るね。お休み」

彼女「うん。君もあんまり夜更しは駄目だよ。明日は仕事なんだから」



彼女「あ、そういえばさ」

彼女「さっき、電話かけてきた人って会社の誰なの?」

彼女「初めて見る名前だったから気になっちゃって」

彼女「うん。チラッとだけ画面が見えたの」

彼女「確か■■さんだよね」

彼女「そんな人、君の会社にいたかなって。一度も聞いた事ない名前だったから」

彼女「どんな人なの? 君とはどういう関係なのかな?」

彼女「あ、そうなんだ。取引先の人なんだ」

彼女「でも、さっき会社の人って言ってなかった?」

彼女「あれはどういう事なの?」

彼女「あ、そっか。会社関係の人って意味で会社の人って言ったんだね。私の早とちりなんだ、ごめんね」

彼女「それで、なんて名前の取引先なの?」

彼女「☆☆会社の人なんだ。担当の人、変わったの? 前は△△さんだったよね」

彼女「うん。私、記憶力いいから。ちゃんと覚えてるよ」

彼女「それで、△△さんはどうしたの? やっぱり担当が変わっちゃったの?」

彼女「あ、そうなんだ。今は二人でやってるんだね。で、さっきの電話の人は新人さんなんだ」

彼女「教えながら一緒にやってる感じなんだね。そっか。でも、■■さんって、ちょっとドジかもね。間違って電話かけちゃうなんて」

彼女「どんな人? やっぱり若いの?」

彼女「そうだよね、若いよね。顔はどうだった? 格好良かった?」

彼女「え、ううん、別にその人の事を気にしてる訳じゃないけど……」

彼女「あ、もしかして嫉妬してくれてるの? 他の男の人の事を私が訊くもんだから」

彼女「うんうん、わかった。ごめんね。そうだよね、嫌だよね。もう聞かないから安心して」

彼女「大丈夫だよ。私は、君の事しか見てないから」

彼女「だから、心配なんてしないで」



彼女「ずっと君だけの私でいるからね」















 

今日はここまで

【あの日、2時間前 会社 残業中】


女後輩「せーんぱい」ムギュッ

女後輩「あ、ビックリしました? スゴいビクってなってましたよ」

女後輩「流石、先輩。いい反応してくれますね。こちらもやり甲斐があります」

女後輩「だーいじょうぶですって。誰も見てませんよ。こんな時間まで残ってるの、先輩ぐらいですから」

女後輩「え、ああ、そっちの方ですか。大丈夫です。気にしないで下さい。単なるスキンシップですから」

女後輩「ううん、スキンシップですよ。ちょっと抱きつくぐらいフツーです。特別じゃないですよ」

女後輩「先輩、ドキドキしちゃいました? ダメですよ。先輩には彼女さんがいるんですから。私にドキドキしてたら浮気になっちゃいますよ」

女後輩「まあ確かに。こんな可愛い子に後ろから抱きつかれたらドキドキしちゃうのも無理ないかもですね」

女後輩「でもそれは先輩が悪いんですよ。私のせいじゃないですからね」

女後輩「だって、ずっと電話待ってるのに、一回もかけてきてくれないんですから。そんなの淋しくなっちゃうじゃないですか」

女後輩「だからです。放置は良くないですよ、先輩。猫だって遊んで欲しい時は構って構ってってアピールするじゃないですか。それと同じです」

女後輩「一週間以上待って何もなかったんで、こっちから催促に来たんです。今度、飲みに行きましょうよ、せーんぱい」

女後輩「今週の金曜日とかどうです? 仕事終わりに行きましょうよ。二人で」

女後輩「もちろん今度は私が奢りますから。ね? 行きましょーよ、先輩」

女後輩「ダメです。他の人とは嫌です。私は先輩と行きたいんですから」

女後輩「ほら、見て下さい、ここ。先輩と飲みに行きたいスイッチが入っちゃってるでしょ? だから、しょーがないんですよ」

女後輩「ううん、あるんです。そういうスイッチが。先輩には見えないだけで。しっかり入っちゃってるんですよ」

女後輩「だから先輩、私のこのスイッチをどうにかして下さい。そうでないと、ずっと言い続けますからね」

女後輩「それか、水族館でもいいですよ。そっちも行きたいですから。今度の土曜か日曜に一緒に行くって約束してくれるなら、飲みは我慢します」

女後輩「あ、そうだ。先輩さえ良ければ、私の家で宅飲みとかでもいいですよ。私、一人暮らしなんで。ちょっと狭いですけど、先輩と私の二人だけなら全然平気ですし」

女後輩「ねえ、どれがいいですか、先輩? 好きなの選んで下さい。先に言っておきますけど、選ばないってのはナシですからね」

女後輩「もし選ばないとか先輩が言っちゃうならー」

女後輩「私、うっかり口が滑っちゃうかもですね。この前の事」

女後輩「冗談ですよ、冗談。そんな深刻な顔しないで下さいってば」

女後輩「言ったら、もう先輩と遊びづらくなっちゃうじゃないですか。だから、言いませんってば。ホントですよ」

女後輩「それで、どうします、先輩? どのプランがいいですか? 私のオススメは、私の家で宅飲みですけど。一番安上がりですから」

女後輩「はい。じゃあ、金曜日に居酒屋で。どっか会社から離れたとこがいいですよね。良さげなところ探しときます」

女後輩「でも、先輩。ホントに私の家でも良かったんですよ。そしたら映画とかも一緒に見れますから」

女後輩「まあ、映画館と違って画面はちっちゃいですけどね。でも、気兼ねなく見れますし、好きな時に止めたり巻き戻したりも出来ますし」

女後輩「だから、この次はそうしましょうね、先輩。私の家で映画見ましょう。ゲームとかでもいいですよ。私、Switch持ってるんで」

女後輩「ダメ? 何でですか? 私の家だったら人目につかないから、先輩も安心出来るじゃないですか。先輩の車に乗るのはこの前の件で懲りましたし」

女後輩「あ、それは大丈夫です。先輩を家に呼ぶのに抵抗とかはないですよ。他の男の人ならダメですけど、先輩はオッケーですから」

女後輩「だって先輩、彼女さんがいるじゃないですか」

女後輩「私に手を出したりとかしないでしょ? だからオッケーなんです」

女後輩「まあ、先輩なら手を出されてもいいですけどね。それも理由の一つですし」

女後輩「あ、それじゃ、私はこれで帰りますね。あんまり長くお仕事のジャマする訳にもいかないんで」

女後輩「でも、先輩。あまり無理しないで下さいね。今日中に終わらせないといけない仕事じゃないなら、明日やればいいんですからね」

女後輩「そうですよ。先輩ときたら、放っておいたらずっと一人で仕事してますし。無理しすぎなんです。いくら大きな仕事を任されたからって、それで体を壊したら元も子もないですからね。ホント無理はしないで下さいよ」

女後輩「はい。そうですね。それがいいと思います。あ、でもそれなら途中まで一緒に帰ります? もう少しで終わるなら、私、待ってますよ」

女後輩「それはダメですか……残念。まあ、誰が見てるかわかりませんから仕方ないですね。今日は素直に諦めます」

女後輩「それじゃ、お先です、先輩。金曜日の飲み、楽しみにしてますね」



女後輩「?」

女後輩「なんですか、先輩。一つだけ聞きたい事って」

女後輩「ああ、さっきのですか。先輩なら手を出してもいいですよってやつですね」

女後輩「もちろん冗談ですよ、せーんぱい。ダメですからね」

女後輩「もし手を出すなら、彼女さんと別れてからにして下さい。それならオッケーですから」

女後輩「それじゃあです、先輩」

女後輩「もし彼女さんと別れたら、私と付き合って下さいねー。私、待ってますからねー」

【自宅】


彼女「お帰りなさい。今日はいつもより早かったんだね。良かったあ」

彼女「あ、スーツもらうね。鞄も」

彼女「え? ああ、この指の包帯? うん、ちょっとね」

彼女「料理してる時に考え事してて、それで……。ドジっちゃったの。薬指と小指切っちゃって」

彼女「うん。大丈夫だよ。大した怪我じゃないから。ちょっとまだ痛いけど、でも全然平気だし」

彼女「うん。気をつける。心配してくれてありがとう」

彼女「いつも通り、お風呂は後でいいよね。それなら先に着替えてきて。その間にご飯用意しておくから」

彼女「はい、どうぞ。温めておいたよ」

彼女「そう。今日は君の好きなビーフシチューなの」

彼女「それにほら、ビールも用意しておいたよ。飲むでしょ?」

彼女「ああ、そのボウル? そう、氷を入れてビールを冷やしておいたの。お祭りの屋台とかの真似だよ。あれ、すっごい冷えてて美味しいでしょ。だから」

彼女「うん。今日はちょっとサービス。君に喜んで欲しくって」

彼女「そう? 嬉しい? なら、良かった。私も嬉しいよ」

彼女「じゃあ、早速召し上がれ」

彼女「って言いたいところだけど」

彼女「その前にちょっとだけ待ってね」

彼女「うん。ご飯はちょっとだけお預け」

彼女「食べる前に、君に聞きたい事があるから」



彼女「私に、何か言う事はない?」


 

彼女「髪を切った? ううん、違うよ」

彼女「何かの記念日? ううん、違うよ」

彼女「私の事が好き? うん、知ってるよ。でも、それじゃないよ」

彼女「……わからない? そうなんだ。わからないんだ」



彼女「本当に、私に何か言う事は思いつかないの?」

彼女「心当たりとか、一切ない?」

彼女「本当に?」


 

彼女「…………」

彼女「そうなんだ……。本当に思いつかないんだ」

彼女「それなら仕方ないね……」



彼女「君が思いつかないなら、私の方から訊くけど」

彼女「この前、君が会社の先輩と映画を見に行った日の事、覚えてるよね?」

彼女「あの時、私のお父さんが偶然君を見かけたんだって」

彼女「今日、その事を電話で教えてくれたんだけど」

彼女「▲▲っていうラーメン屋さんの列に、若い女と二人で並んでいたって言ってたよ」

彼女「楽しそうに話しながら、ね」



彼女「一緒にいた、若い女って誰?」

彼女「君、男の先輩と出かけたって言ったよね?」

彼女「何でその女が君と二人だけで一緒にいたの?」

彼女「へえ。そうなんだ。その女は先輩の恋人なんだ」

彼女「それで、その女だけ後から合流したんだね」

彼女「じゃあ何でその女と二人だけだったの?」

彼女「先輩はどこに行ったの?」




彼女「その時は先輩に用事があって、少し離れたところで電話してたんだ。へえ」

彼女「だから、君と二人だけに見えたんだ。それで、先輩も後から合流したんだね」



彼女「じゃあ訊くけど、その女の名前は何ていうの?」

彼女「まさか、知らない訳ないよね? 自己紹介ぐらいしたでしょ」

彼女「何ていう名前なの?」

彼女「そうなんだ、★★って名前なんだ」

彼女「それ、嘘だよね」

彼女「あの女の名前は●●でしょ」

彼女「君の会社の後輩だよね」

彼女「先輩も初めからいなかったよね。あの女と二人で店に入って、二人で店から出てきたんだよね」

彼女「どうしてそんな嘘つくの。答えて」



彼女「へえ。本当の事を言ったら、私が誤解して傷つくんじゃないかと思って、だから嘘をついたんだ」

彼女「つまり、私を気遣って嘘をついたって事だよね」

彼女「そうだよね、君が嘘をつく理由なんてそれしかないもんね」

彼女「でも、何でそれを話してくれなかったの? 前に私と約束した事あるよね?」

彼女「悩み事や困った事があったら、隠さずに相談するって。君、あの女と二人でいて悩んだり困ったりしなかったの?」

彼女「したよね。なら、何で私に話さなかったの?」

彼女「君、私との約束を破ったってわかってる?」

彼女「良くないよね、それは。例え私を気遣っての事だったとしても」

彼女「良くないよね?」

彼女「そうだよね。良くないって自覚はあるよね」

彼女「え? 何?」

彼女「何であの女の名前を知ってるのか知りたいの?」

彼女「お父さんがスマホで撮った写真を送ってくれたからだけど?」

彼女「君の会社の知り合いなら、私、顔と名前を全員覚えてるから」

彼女「彼女として、それぐらい当たり前の事だよね」

彼女「君に変なゴミ虫が寄ってきたら嫌だし。だから、覚えてるよ」

彼女「それがどうかしたの?」

彼女「それで、君はまだ説明をしてないよね」

彼女「何であの女と二人だけでラーメン屋に入ったの?」

彼女「答えて」



彼女「へえ。そうなんだ。本当は先輩との予定だったんだけど、先輩が急に来られなくなって代わりにあの女が来たんだ」

彼女「その後、ムリヤリご飯に誘われて、それを断れなかったの」

彼女「そう。それで?」

彼女「他には?」

彼女「ないの? それ以外はあの女と一緒じゃなかったんだ?」

彼女「へえ」



彼女「君、公園のベンチでクレープも一緒に食べてたの、忘れたの?」

彼女「二人で並んで座って。かなり近い距離で」

彼女「あれは?」

彼女「私がどうしてそれを知ってるのか気になるの? 君、気付いてなかったんだ」

彼女「試写会の時、君の隣に座った金髪の子、覚えてる? ゴシックロリータの格好をした子」

彼女「あの子、私だったんだけど気付かなかった?」

彼女「お金さえ出せば、大体の物は手に入るんだよ。試写会のチケットぐらい簡単だったから。3万円出したら喜んで譲ってくれたよ」

彼女「君の隣の席のをね」

彼女「あの時は、メイクもかなり変えてたし、金髪のカツラもしてたし、服も普段と全然違ったからね。気付かなくても仕方ないかなとは思っていたけど」

彼女「でも、君の隣にいたんだよ」

彼女「あの女が君に寄りかかってるのも見てたから」

彼女「あの時は本当に気が狂いそうだったけど。アイツの両目をえぐりとって口の中に放り込んでやろうかと何度も思ったけど、でも、我慢したから」

彼女「我慢できて偉い? 褒めてくれる?」

彼女「褒めてくれるよね?」

彼女「君があの映画を楽しみにしてたから我慢したんだよ。そんな事したら試写会中止になると思ったから」

彼女「君に迷惑をかけないよう、今までずっとずーっと我慢してきたんだよ。私を褒めてくれるよね?」

彼女「褒めてくれるでしょ。どうなの?」

彼女「そうだよね。君は褒めてくれると思ってた」

彼女「私がこれまでどれだけ我慢したか、わかってくれると思ったから」

彼女「でも、それも限度があるよね」



彼女「試写会に行ったり、ラーメンを一緒に食べに行ったりとかは、まだ我慢してたんだよ」

彼女「私はどっちも好きじゃなくて、あんまり付き合ってあげられなかったからね」

彼女「それは私の責任だから。私のせいだもの。だから、これはその罰だと思って受け入れたんだよ」

彼女「でも、安心してね。これからは全部、私が一緒に行ってあげるから」

彼女「ホラー映画とかでも平気だよ。あんなのもう全く怖くないから。笑顔で横にいてあげるよ」

彼女「ラーメンも平気だよ。味なんてどうでもいいから。どれだけマズいものでも平気。君が食べたいって言うなら蜘蛛とか百足とかでも平気で食べるよ」

彼女「これまでの我慢に比べたら、そっちの方が百倍マシだってわかったから。だから、どんな事でも付き合ってあげる」

彼女「でもさ」

彼女「これで、私はもう罰は十分受けたと思うんだ」

彼女「これ以上は我慢の限界を越えてるの。もう無理」

彼女「今日みたいに抱きついてきたりとかさ、家に誘ったりとかさ」

彼女「許せる範囲を遥かに越えてるよね」

彼女「君だってそう思ってたでしょ?」

彼女「これまでずっと迷惑してたし、アイツに困ってたんだよね?」

彼女「そうだよね。でも、アイツに脅されてて、ハッキリとそうは言えなかったんだよね?」

彼女「うん。やっぱりね。わかってたよ」

彼女「本当にあの女はゴミクズだよね。人に迷惑しかかけないんだから」

彼女「害虫と同じだよ。駆除しておかないと駄目だよね」

彼女「ん? ああ、そうそう。君が私に嘘をついていたように、私も君に嘘をついてた事が何個もあるの」

彼女「モールに行ったって話もそうだし、さっきの話もそう。君とあの女が一緒にいるとこ、お父さんが偶然見かけたって私言ったけど」

彼女「あれ、嘘なの」



彼女「最初からずっと知ってたから」



彼女「君のスーツの裏地にね、小さな盗聴器を仕込んでおいてあるから。あの時着ていったジーンズにも仕込んでおいてあったし」

彼女「だから、私、いつも真っ先にスーツを君から受け取ってるし、洗濯は私が必ずしてるでしょ?」

彼女「君に勝手に洗濯されたら困るからね」

彼女「だから、君の事で知らない事なんか一つもないから」

彼女「何もかも全部知ってるから」

彼女「君があのゴキブリの電話番号を男の名前で登録してる事も全部ね」

彼女「わかった? わかったならスマホを出して」

彼女「今すぐ」

彼女「ゴチャゴチャ言わなくていいから、私の言うとおりにして」

彼女「早く」



彼女「あの女の電話番号を画面に出して」

彼女「それで今から電話をかけて。私の目の前で」

彼女「アイツが出たら、こう言って」

彼女「金輪際、二度と近付くなゴキブリ。とっと死ねウジ虫」

彼女「そう言って。君の口から、直接」

彼女「言って。一言一句、間違わずに」

彼女「出来るよね。出来ないとか言わないよね。やれるよね」

彼女「やり過ぎ? どこが?」

彼女「君、何であの女をかばうの?」

ガシャンッ!!!

彼女「それぐらい言えるでしょう? 言えるよね?」

彼女「大体、君、あの女に騙されてるからね」

彼女「君が会社の女子社員全員から嫌われてるとか言ってたけど、あんなの嘘だから」

彼女「君がいる課の○○さんとか□□さんとか、君に好印象を持ってるよ。今時珍しい一途な男の人だねって」

彼女「私、あの人達とも友達だから」

彼女「前に、君の会社の前で待ち伏せして、頼んだ事があったの」

彼女「君があまり喋らないし愛想が悪いのは私のせいなんです、ごめんなさい、嫌いになるなら私を嫌いになって下さいって」

彼女「それからはずっと友達だよ。私、友達作るの得意だから」

彼女「むしろ、あの女の方が嫌われてるからね。よく仕事をサボって色んな男と電話やLINEしてるって」

彼女「人の男を盗るのが好きな女なんだって」

彼女「たまにいるよね。他人が持ってるもの、何でも欲しがる女って。そういうタイプらしいよ」

彼女「高校の時から何回もそれでトラブル起こしてるんだけど、全く懲りてないみたい」

彼女「そんなクズなんだけど、それでも君、あの女の事をかばうの?」

彼女「ゴキブリにはしっかり教えてあげないと駄目でしょ。自分が害虫だって事をわからせてやらないと」

彼女「だから、電話して」

彼女「さっき私が言ったセリフをそのまま言って」

彼女「二度と近付くなゴキブリ。とっとと死ねウジ虫って」

彼女「そう言って」

彼女「この期に及んで言えないとか、そんな事ないよね」

彼女「もし、まだ躊躇いがあるとか言うなら、あの女の舌を切り取ってここに持ってきてあげようか? 君に二度と話しかける事が出来ないようにしてあげるけど」

彼女「うん。そう。かけて。今ここで」



prrrr prrrr



彼女「ずいぶん手が震えてるね。何が怖いの?」



prrrr prrrr



彼女「人間だと勘違いしてるアイツに自分がゴキブリだって教えてあげるだけでしょ? 何が怖いの?」



prrrr prrrr



彼女「そうだね。なかなか電話に出ないね」



prrrr prrrr



彼女「うん。もう切っていいよ。多分、アイツは電話に出ないと思ってたから」


プツッ……


 

彼女「ほら、これ。このYahooニュース見て」

彼女「アパートの一室が燃えて全焼、ってニュース」

彼女「そこ、あの女の家なんだ」

彼女「多分、コンセントに埃が入り込んで出火したんじゃないかなあ。掃除はしっかりしないと駄目だよね」

彼女「でも、死人は一人も出てないって書いてあるでしょ。だからあの女も生きてるよ」

彼女「今日はアイツ、帰るの遅かったからね」

彼女「今頃、アパートにたどり着いてる頃なんじゃないかな。途方に暮れてるんじゃない? 何もかも全部燃えちゃったから」

彼女「だから、電話に出る余裕はないかも、って思ってたんだ。でも、出てたら面白かったよね」

彼女「家が無くなった直後に、君から死ねとかゴキブリとか言われるんだもんね。きっとショックだろうね」

彼女「言ってたら本当に死んでたかも。自殺とかして」

彼女「そうなったら楽しかったのにね。残念だね」



彼女「何?」

彼女「違うよ。何でそんな事訊くの? 私が火をつけたりすると思うの?」

彼女「そうだよね。なら、何でそんな事を聞いてくるの?」

彼女「うん、そうだよ。私は何もしてないよ。当たり前でしょ。アイツに天罰が当たっただけなんじゃないの?」

彼女「それよりも、君。忘れないでよね」

彼女「多分、あの女はしばらく会社に出てこないと思うけど」

彼女「出てきたら、会った時に必ず言ってね」

彼女「さっきのセリフ。覚えてるでしょ」

彼女「必ず、会った時に言うんだよ」

彼女「言ったかどうかなんて、私にはすぐにわかるんだから、嘘ついたって無駄だからね」

彼女「ついでに、会社も辞めろ出てけって言っておいて。必要ないでしょ、あんな女なんて」

彼女「自分の身の程をよく教え込んでおいてね。頼んだよ」

彼女「ああ、そういえば火事で思い出したんだけど」

彼女「君の家の実家も、木造だから、燃えやすいよね」

彼女「この前、また遊びに行ったんだけど、その時にそう思ったんだ」

彼女「うん。君には内緒で、実はちょくちょくお邪魔してるんだよね」

彼女「お母さんなんか、私の事をかなり気に入ってるみたいで」

彼女「早く結婚して欲しい、とか」

彼女「孫が出来るの楽しみに待ってる、とか」

彼女「本当によく言われるんだ」

彼女「もし、君が私と結婚しないとか言い出したら、お母さん、きっとショックを受けるだろうね」

彼女「家に火をつけて焼身自殺しちゃうかもね。そうなったら悲しいよね」



彼女「うん。妹さんとも仲良しだよ。たまに勉強教えたりとかしてるし」

彼女「電車で高校に通ってるんだよね。でも、最寄りの駅とか朝凄く混雑するから大変なんだって」

彼女「誰かに押されて線路に落ちたりとかしないといいけどね。こっちも心配だよね」

彼女「事故には気をつけた方がいいよね。君もそう思うでしょ?」

彼女「それじゃあ、私の話はこれでお終い」

彼女「すっかり冷めちゃったね。ご飯、温め直さないとだね」

彼女「落ちたお皿も片付けないといけないし」

彼女「でも、その前に」



彼女「君への罰がまだ終わってないよね」


 

彼女「そうだよ。罪を犯したら罰を受ける。それが当たり前でしょ」

彼女「君の罪は二つあるよね」

彼女「一つは、私との約束を破った事」

彼女「もう一つは、あのゴキブリをかばった事」

彼女「あの女と遊びに出かけたのは許してあげる。だって、君は脅されてたからね」

彼女「でも、私に全部打ち明けて相談してくれなかったのは駄目だよ。それは許せないから」

彼女「二つ、罰を受けないと」

彼女「そうでないと、また同じ事をしちゃうかもしれないからね。それは良くないよね」

彼女「だから、これは君がやり直しの機会を受ける為に必要な事なの」

彼女「わかってくれるよね?」

彼女「大丈夫だよ。謝らなくていいから」

彼女「それに、二度と同じ事をしないのは当然だよね」

彼女「わかってる。許してあげるよ。君が罰を受けたら全部許してあげる。だから、安心して」



彼女「それで、君にはどんな罰がいいかなって色々考えたんだけど……」

彼女「最初は、指を折ろうかなって思ったんだ。一番簡単だから」

彼女「でも、それをやったら仕事に支障が出るでしょ。だからやめたの」

彼女「代わりに、爪を剥ぐ事にしたの」

彼女「それなら小さなペンチがあれば出来るし、仕事にもそんなに支障が出ないよね」

彼女「だから、もう用意もしておいたんだよ。百均で買ってきてあるから」

彼女「じゃあ、早速そこに手を置いて。タオルで巻いて腕を固定するから。痛さで動かないようにしておかないと危ないからね」

彼女「うん。罪一つで一枚だから、君は爪を二枚剥がさないといけないでしょ。だから」

彼女「どこの指がいい? 親指でも小指でも好きな指でいいよ。君が選んで」

彼女「うん。そうだね」

彼女「痛いのは嫌だよね。わかるよ」

彼女「だからね」

彼女「君だけにそんな思いはさせないよ。安心して」


シュルシュル……


彼女「前に言ったもんね」

彼女「恋人ってさ」

彼女「楽しい事も辛い事も、二人で分け合うものだって」

彼女「そう約束したよね」

彼女「だから、先に分け合っておいたんだよ。ほら、見て」

彼女「私も自分で爪を二枚剥いだの」

彼女「私の小指と薬指、爪がないでしょ? 包帯してたのは実はそれが理由なの」

彼女「泣くほど痛かったけど、でも泣きながら頑張って剥いだんだよ。君の為に一生懸命我慢して二枚も爪を剥いだんだよ」

彼女「もちろん同じ事を君もしてくれるよね?」

彼女「私一人だけに、辛い思いをさせたりとかはしないよね?」



彼女「じゃあ、腕を出して。固定するから」

彼女「大丈夫。本当に痛いのは最初の一枚目だけだから」

彼女「二枚目は一枚目よりも痛くないんだ。一枚目で感覚おかしくなってるから」



彼女「拳を握らないで。開けて」



彼女「まさか、やらないつもり?」

彼女「私にあれだけ辛い思いをさせて、私にだけ痛い思いまでさせるの? 君ってそんな人間じゃないよね」

彼女「私の事を愛してるなら、爪を何枚剥いだって平気だよね」

彼女「それとも何? 私の事を愛してないの? そんな訳ないよね?」

彼女「君は、私の事を愛してるもんね」

彼女「私の為ならどんな事でもしてくれるよね?」



彼女「許してじゃなくて」

彼女「そんな言葉聞かせないで。君の事、殺したくなっちゃうから」

彼女「君も、君の家族も全員。皆殺しにしたくなっちゃうから」



彼女「拳を開いて」

彼女「早く」


 

彼女「うん。そうだよね。やっぱり君は私の事を愛してくれてるんだね」

彼女「安心した。良かったあ」

彼女「あ、でも、君の爪ってほとんど伸びてないね。私がよく爪切りしてるからかな」

彼女「これだと、爪楊枝を中に差し込んで、少し爪を剥がしておいてからじゃないと出来ないね」

彼女「ごめんね。今、爪楊枝を持ってくるから、少しだけそのままで待っててね」





彼女「逃げちゃ駄目だよ。わかってるよね」


 

彼女「じっとしててね。暴れると余計に痛いだけだから」





彼女「うん。そうだね。爪楊枝だけでも凄く痛いよね。でも、これからもっと痛くなるから、頑張って耐えてね」





彼女「はい。一枚目が終わったよ。もう一枚だからあとちょっと我慢してね。暴れないで。泣かないで」





彼女「はい。二枚目も終わり。どっちも綺麗に剥がれたよ」





彼女「ほら、見て。私も小指と薬指を剥いでるから、君とお揃いだね。嬉しいよね」





彼女「私達、何をするにしても、ずっと一緒だからね」





彼女「一生、一緒だよ。君の事、死ぬまでずっと大好きだからね」







END

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