俺様娘「なんつーか、世の中、色々フクザツだろ?」 (30)

オリジナル短編を三作品投稿します。
それぞれの関連性はありません。

それでは以下、本編です。

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「あ? なんだよてめぇ。やんのか?」

見るからにヤバい奴に絡まれた。
聞けばわかる通り、口がすこぶる悪い。
そして見ればわかる通り、すこぶる、可愛い。

「なにジロジロみてやがんだ? お?」

そりゃあ、そんな艶めかしい生足を目の前で組まれて、美しい脚線美を見せつけられたら、誰だって凝視してしまうだろう。

「ちょっと面貸せよ。こっちに来い」

ふらふらと、まるで誘蛾灯に惹き寄せられる羽虫のように、ヤバい奴へと歩み寄ると。

「ちゅー」
「!?」

胸ぐらを掴まれて、強引に、キスを、された。

「ぷはっ」
「????」
「なんだよ、バカみてぇな顔して」

そんなことを言われてもどうしようもない。
まるで狐につままれたか、狸に化かされたような気分であり、理解不能、意味不明な状況だ。

「まだやんのか? チッ。しゃーねぇなぁ」

そう言って、ペロリと唇を湿らせて、再び。

「ちゅー」
「!?」
「れろれろれろれろ」
「!??!」

キスをされて、口腔内を舌で舐られた。

「ぷはっ……あー美味いっ!」

なんだかビールを一気飲みしたような表現だ。

「この為に生きてるって感じだよな?」
「?」
「あ? てめぇは生きる意味も知らねぇのか?」

ちょっと、何を言っているのか、わかんない。

「わかんねぇなら教えてやんよ」

腕組みをすると、大きな胸がたぷたぷした。

「てめぇは今この時、この瞬間、俺様と出会って、キスをする為に生きてきたんだよ」

今、明かされる驚愕の真実。
無論、荒唐無稽である。
ポカンとして、口を半開きにしていると。

「あむっ」
「!」
「ちゅうちゅう」
「!?」
「がぶっ」
「?!!?」

キスされ、吸われ、そして噛みつかれた。

「どうだ? 痛えか?」
「~ッ! ~ッ!」
「生きてんだから、痛えのは当たり前だろ」

だったら噛むなよ。そう強い視線で訴えると。

「バ、バカヤロー! そんなに見つめんなよ!」

何故か赤面して、ぷいっとそっぽを向かれた。

「べ、別に照れてるわけじゃねーし!」

どうやら照れてるらしい。
いつの時代のツンデレだろう。
絶滅危惧種を見るように眺めていると。

「照れてねぇ!」

大切なことらしく、2回言われてしまった。

「ごほんっ。今のはあれだ、その、なんだ」

なんだよ。今更取り繕っても遅いだろうに。

「こんな女にバカな男は引っかかるんだろ?」

そうやって悪女ぶるのには向いてないと思う。

「てめぇもバカな男だろ?」

どうだろう。少なくとも、頭は良くない男だ。

「安心しろ。俺様は、バカな男が好みなんだ」

唐突に自分の好みを打ち明けられても、困る。
ただ、ひとつだけ、言えることは。
バカな男で良かったと、心から、思った。

「まあ、とりあえず、隣に座れよ」

そう言われたので、大人しく横並びに座った。

「なんつーか、世の中、色々フクザツだろ?」

漠然としすぎていて、何が言いたいのかよくわからないけれど、とりあえず相槌を打った。

「俺様だって、普段はこんなじゃなくて、もっと大人しいってゆーか、引っ込み思案とゆーか、男の人に声をかけるのが怖い、みたいな」

途中から別人みたいにしおらしくなった。

「だから……頑張って、絡んでみたわけでして」

あ、最終的に敬語になるわけね。了解です。

「でも、上手くいかなくてですね……くすんっ」
「!」

女の涙を、落とさせる訳には、いかなかった。

「ふあっ」

何も言わずに、抱きしめた。良い匂いがした。

「ぐすっ……てめぇ、調子に乗んなよ?」

鼻声で凄まれても、怖くもなんともなかった。

「はん! どうせ、見下してんだろ? バカな女だって……頭のおかしい、痛い女だってよぉ!」

最初はそうだった。しかし、今は、違う。

「笑いたければ、笑えよっ!」

笑わない。笑えない。誰だって、そうだろう。
誰だって、無理をすると、滑稽に映るものだ。
でも、本人は必死なのだ。誰だって、そうだ。

「笑わないなら、こっちだって考えがある!」

自分を隠して、騙して、こじらせて、ついに。

「笑わないなら、うんちしてやるかんな!」
「おっ?」
「糞を漏らしてやるっつってんだよっ!!」

糞を漏らすという最終手段に、行き着くのだ。

「くそっ! こんな筈じゃなかったのによ!」

唖然としていると、膝の上に、乗ってきた。

「全部、てめぇのせいだかんな!」

責任はこちらにあるらしい。なら、仕方ない。

「俺様は普通の恋愛がしたかったのに!」

普通の恋愛とは、果たしてどんなものだろう。

「キスして、抱きしめて、愛を囁き合う関係になりたかっただけなのに……畜生ッ!」

それはたしかに心惹かれる恋愛だ。けれども。

「……別に、いいんじゃないか?」
「ふぇっ?」
「糞を漏らす恋愛があっても、いいだろう」

普通は、糞を漏らさない。
糞を漏らさないのが普通。
そんな普通は糞くらえだ。

「……好き」

このタイミングで告白をする感性に、惚れた。

「俺も好きだ」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ」

こいつは見るからにヤバい奴だ。
今まで出会ったことがない程ヤバい女だ。
だからと言って、拒絶するつもりはない。

ヤバい女に、ヤバいくらい、惚れたから。

「うんち、漏らしても、いい?」
「ああ、いいぞ」
「嫌わない?」
「絶対に嫌わない」
「じゃあ、キスして」

キスをした。すると、すぐに、脱糞をした。

「んむっ……んあっ」
「れろれろれろれろれろ……フハッ!」

舐ってる場合じゃねぇ! 愉悦を、ぶちまけた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

狂ったように嗤い、哄笑して悟る。
自分たちが、おかしいのではなく。
この世界こそが、おかしいのだと。

「はぁ~! 気持ち良かった!」
「お疲れさん」
「ん……ていうか、てめぇっ!」

ひと仕事を終え、労うと、思い出したように。

「い、いくらなんでも嗤いすぎだろ!」
「あ、ごめん」
「ま、まあ……愉しめたなら、いいけどさ」

いきなりキャラを戻す彼女を見て思わず笑う。

「な、なんだよ?」
「いや、可愛いなと思ってさ」
「うぅ~……好きっ!」
「俺も、大好きだ」

こいつは、おかしいのではなく、可愛いのだ。
この世界の、誰もが、それを認めなくたって。
自分だけがその可愛さをわかればそれで良い。


【隠して、騙して、こじらせて……漏らして】


FIN

以下、二作品目です。

「お前みたいな美人でも排泄するのか?」
「おっ?」

ずっと好きだった相手に、そう尋ねられた。
前半は問題なし。美人と言われた。嬉しい。
問題は、後半だ。排泄するのかと問われた。
普通はそんなことは聞かない。びっくりだ。
なので、目を丸くして、固まっていると。

「ああ、悪い。聞き方が良くなかったよな」
「いえ……おかまいなく」

気まずい空気になってしまった。
くそっ。どうして軽い調子で返さなかった。
ヘラヘラ笑って、適当に返答すれば良かった。
健気にも、自責の念に駆られる私に対して。

「今朝はちゃんと出してきたのか?」
「おっ?」

あっれー? おかしいな。さっきと同じじゃん。

「直接的な表現は控えたけど、伝わったか?」
「えっと……その、あの……小の方ですよね?」

何を聞いているんだ私は。彼は真顔で答えた。

「は? 大の方に決まってんだろ」
「あ、はい……で、ですよねー!」

何がですよねだ。どうしよう。途方に暮れた。

「それで、出たのか?」

催促され、決断を迫られて、カミングアウト。

「……で、出たよ」
「そうか。それは良かったな」
「あ、はい」
「なるほど……美人でも糞をするんだな」

糞とか言わないで。思わず涙が溢れてしまう。

「ん? どうした?」
「い、いえっ! 別に、なにも……」
「腹が痛いのか?」

優しいのは素敵だけど、違うんだよなぁ。

「腹が痛いなら、我慢しない方がいい」

だから、違うって。私は何度も首を横に振る。

「照れてる場合じゃないだろ」
「違っ……照れてるわけじゃなくて」
「早く出さないと痔になっちまうぞ」

否定しても聞く耳を持たず、余計心配された。

「ほんとに、大丈夫ですから!」
「ほんとか?」
「はい! 朝にモリモリ出したので!」

思わず余計な事を口走り赤面すると彼は笑い。

「そうか。それなら、心配ないな」

その優しい微笑みに、改めて好きだと感じた。

「今日も出たか?」
「……出ました」
「そうか。それは良かった」

あの日から、排便の報告が日課となった。
毎回毎回、私は恥ずかしい気持ちになる。
でも、それが嫌かと聞かれたらそうではなく。
この胸の高鳴りを、心地良いと、感じていた。

「あの……」
「ん? なんだ?」
「あなたも、その……」
「どうした?」

今日こそはと思い、意を決して、尋ねてみた。

「あなたも、うんちするんですか!?」

よし言えた。達成感とは裏腹に彼は絶句した。

「あれ?」

何かおかしかっただろうか。首を傾げると。

「……直接的な表現はどうかと思うぞ」
「あっ」

やばい。失敗した。マナー違反だったらしい。

「近頃は規制が厳しいから気をつけろよ?」
「はい……ごめんなさい」

謝りながら思う。なんだろう。すごく理不尽。

「今回だけは大目にみてやるよ」
「あ、有り難き幸せ」

何に幸せを感じているんだろうね、私は。

「それで、本題だけど」
「はいっ! どうでした?」
「出たことは出たけど、下痢便だった」

今度は私が絶句する番だった。直接的すぎる。

「なんだよ、悪いのか?」
「……悪くはないと思いますけど」
「ハッキリ言えよ。下痢便が汚いって!」

そんな泣きそうな顔をされたら、言えないよ。

「……汚くなんかないですよ?」
「本当か?」
「はい……私は、全然平気です」

下痢便くらいで好きな人を嫌ったりはしない。

「……ありがとな」
「えっ?」
「俺を見捨てないでくれて、ありがとう」

感謝されて、胸が熱くなった。今しかない。

「わ、私、実はあなたのことが……!」
「ぐあっ!?」
「へっ?」

突然、腹を抱えて蹲った彼に慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!?」
「近づくなっ!」
「えっ……?」

拒絶されてしまった。でも、やっぱり心配だ。

「あなたを助けたいんです!」
「はぁ……はぁ……俺は、もうダメだ」
「そんな……しっかりしてください!」

どうやら彼の容態は、それほどに深刻らしい。

「私に何か出来ることはありませんか!?」
「もう、何もない。既に、手遅れだ……」
「えっ?」

彼はまるで吐血するように下痢便を漏らした。

「フハッ!」

それを目撃して、思わず、愉悦が漏れた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

好きだった相手が、下痢便を漏らした。
それに対して、嫌悪感はまるで感じない。
ただただ、愉しくて、愉快な気分だった。

「……嗤いすぎだ」
「あっ……ご、ごめんなさぁい!」

はしたないところを見られて、恥じ入ると。

「どうして、漏らしたのに、逃げなかった?」

その問いかけの意味がわからず、私は尋ねた。

「好きな人から逃げる必要がありますか?」

言ってから気づいた。これって告白じゃんと。

「好きな人……?」
「いや、これは、あの、その……」
「俺は好きで下痢便を漏らしたわけじゃない」

だから、そうじゃないってば。こうなったら。

「私はあなたのことが好きなんです!」

下痢便ではなく彼を好きだとハッキリ伝えた。

「そう、だったのか……」
「はい……黙ってて、すみません」
「いや、それはいいんだが……残念だ」
「ざ、残念、とは?」

ネガティブな言葉に思わず過剰に反応すると。

「だって、もう嫌われちまっただろ?」
「はい?」
「こんなことならオムツを穿けば良かった」

心底悔しそうに、彼は悔し涙を流していた。

「あの……それは、どういう意味ですか?」
「……オムツを穿けば漏らさなかっただろ?」
「まあ、それはそうでしょうけど……」
「そしたら、お前に嫌われずに済んだのに」

ああ、なるほど。彼は完全に、誤解している。

「あのですね、よく聞いてください」

私は彼と目線を合わせて、ちゃんと説明した。

「まず大前提として、私はあなたが好きです」
「それは、俺が漏らす前の話だろう?」
「いいえ、違います。現在進行形で好きです」

彼はキョトンとして、飲み込めない様子だ。

「私はあなたを嫌ってなんかいません」
「だが、俺は下痢便を漏らして……」
「だからどうしたと言うのですか?」

過ぎたことはどうしようもない。今が大切だ。

「その程度で揺らぐほど私は弱くありません」

彼に対する私の好意はそんなにヤワじゃない。

「むしろ、以前にも増して好きになりました」

安心させるように微笑むと、抱きしめられた。

「ど、どうしたんですか……?」
「俺もお前が好きだ!」
「ふぇっ?」

おかしいな。私のターンだったのに。ズルい。

「ずっと、好きだったけど、照れ臭くて……」

私のことを力強く抱きしめながら、彼は語る。

「だから、おかしな質問で、誤魔化して……」

ああ、なるほど。そういうことだったのか。

「ずっと、黙っていて、悪かった」
「ううん……とっても、嬉しいです」

だから、あんな質問をしてきたのか。
なんとも不器用というか、不思議な人だ。
そんなところが、たまらなく好きだった。
一般的な感性では理解出来ないかも知れない。
それでも、良かった。むしろ、嬉しい。

私さえ、この人を理解出来たらそれでいい。

「愛しています」
「俺も愛してる」

どちらともなく唇を重ねて、彼はこう言った。

「今度は、お前の排泄を見せてくれ」
「……いいですよ」

返事をしてから再び唇を重ねつつ。
モリモリ、彼の前で脱糞するのが。
待ち遠しくて、愉しみだと思った。


【下痢便に負けない好意】


FIN

最後に、これは近頃、セカイ系の物語を目にすることが減ったと感じて書いた作品です。
最後まで、お楽しみください。

それでは以下、三作品目です。

「……守って、欲しいな」

思わず、そう独りごちた。
周囲は死屍累々といった有様で。
戦場という名の地獄を、物語っていた。

「ヒーローはどこに居るんだろう?」

ヒーロー。すなわち、それは英雄だ。
そうした存在はおとぎ話によく登場する。
しかし、この現実世界で遭遇した経験はない。

「今日も、空が真っ赤で綺麗だなぁ」

赤く染まる空を見上げて、見たままを呟く。
只今の時刻は真昼間なのにも関わらず。
まるで朝焼けか夕暮れのように、空が赤い。

「なにもかも、燃えていく……」

草も木も車も家も町も国すらも、全部。
世界中で火の手が上がり、燃え盛っていた。
夜になってもそのあまりの明るさに眠れない。

「ああ、ダメだ……また、落ちる」

赤い空を引き裂く、戦闘機の爆音。
けたたましい空襲警報のサイレンが鳴り響く。
散発的に行われる対空砲火を、嘲笑うように。

ズドンッ!

「うわっ……今のはわりと近かったなぁ」

ビリビリと身体に伝わる衝撃波。
どこかで窓硝子の割れる音がした。
爆風が頬を撫でて、その熱波により。

流した涙は、乾いて、消えた

「怪我人はいませんかー!?」

爆心地に徒歩で向かいつつ、呼びかける。
呻き声が聞こえたら、すぐさま駆けつける。
助かった人と、助からなかった人がいた。

「この人は助かって、この人は助からない」

その違いがなんなのか、未だにわからない。
早かったからなのか、遅かったからなのか。
あるいは、運が良かったのか、悪かったのか。

「ごめんね、食べ物はないの」

泣き喚く幼い子供に何もしてやれない。
せっかく助かったのに、これではあんまりだ。
その度に、虚しい気持ちになってしまう。
助けなければ良かったかと、思ってしまう。
ガリガリに痩せた子供達を見るのは、辛い。

「どうにかしないと」

どうにかしようと思った。
助けた上で、幸せに暮らせるように。
その為には頭上の小蝿を追い払う必要がある。

「ちょっと待っててね……すぐに戻るから」

子供の頭を撫でてから、上空へと飛び立った。

「エンジンは2つも要らないよね?」

メリメリと、片方のエンジンを剥がして。

「ほら、さっさとおかえり」

威嚇射撃をすると、敵機は逃げていった。

「はぁ……そんなに怖がるなら来ないでよ」

何度追い払っても、小蝿はまたやってくる。
その度に、こうして追い払って、威嚇して。
すっかり相手は、怯えているように見えた。

「怖いから、攻撃的になるのかな?」

そこまで怖い顔をしているつもりはない。
ちょっとだけ、むっとしているだけだ。
子供を叱るように、めっとしただけなのに。

「きっとあのパイロットはもう飛べないな」

泣き叫ぶ悲鳴が電波に乗って、耳に届いた。

「えぇ~! こちらから仕掛けるんですかぁ?」

司令部からの指示に、難色を示す。
守るのは本意でも、襲うのは不本意だ。
そんなことをしても、犠牲者が増えるだけだ。

「こっちが優勢になったら向こうにつきます」

それが、参戦する条件だった。
より可哀想な方を助けてあげたい。
より多くの人々を、助ける為に。

「ご理解頂けてなによりです。それではまた」

良かった。寝返らずに済んだ。
とはいえ、寝転んで眠る暇はない。
寝返りを打つように、敵を撃とう。
微睡みながらも、戦闘は継続していた。

「敵機の数が多いので、増援を頼みます」

無線で要請すると、増援が現れ、すぐ落ちた。

「あちゃー……しっかりしてくださいよぅ」

友軍のパイロットが脱出していたのは幸いだ。

「まったく、本当にだらしないんだから」

結局、独りで奮闘する羽目になった。
真っ赤な空に眩い閃光を迸らせながら。
東へ、西へ。南へ、北へ。東西南北。
四六時中、何処へでも駆けつけて。
救えるだけの命を助けて、そして見捨てた。

「そろそろ、疲れたよ」

別に無敵というわけではない。
誰よりも速くて、誰よりも強いけれど。
怪我はするし、疲れるし、涙を流すのだ。

「これ、いつになったら終わるんだろう」

最近は、そればかりを考えている。
そもそも、どうすれば終わるのか。
どちらかが滅べばそれで終わりなのか。
もしくはどっちも滅べば、終わるのか。

「だとしたら、終わる筈なんてないよね」

そんなことはさせない。
どっちかを滅ぼすなど論外。
どっちも滅ぶなんて以ての外だ。
なんとしても阻止しようと決意して、気づく。

「ああ、そっか……だから、終わらないのか」

それを阻止するから、地獄は終わらないのだ。

「そろそろ出番だよ、ヒーローさん」

倒すべき敵は明白だった。
これにて舞台は整ったのだ。
今現れなくて、いつ現れると言うのか。

「いるんでしょ? 出ておいでよ」

赤い空に向かって呼びかけると、彼は現れた。

「あは。抵抗なんてするつもりはないってば」

ヒーローは無抵抗な相手に戸惑っていた。
それを見て、おとぎ話の通りだと思った。
ヒーローは、弱い者いじめなんてしない。

「それじゃあ、強い者は、いじめてくれる?」

そう嘯いて、天と地を引き裂いてやった。
もちろん、犠牲者は出さないように。
確固たる強さを示すと、いじめてくれた。
抵抗することなく、それを受け入れる。

「えへへ……ばいばーい……」

赤い空から堕ちて、真っ暗な闇に包まれた。

「暗い……ここは暗くて、寒いなぁ」

そこは暗い暗い、深い深い地獄の底。
さっきまでは、赤い空の地獄だった。
暗闇は冷たくて、居心地が良かった。

「誰かいませんかー!?」

呼びかけても、返事は返ってこない。
それを知って、ほっと安堵した。
もう救うべき、可哀想な人々は、いない。

「ああ……良かったけど……寂しいなぁ」

安堵の溜息と共に、涙が流れた。
冷たい暗闇の中で流す、温かい涙。
そうしなければ、温もりすら、感じられない。

「疲れた……もう、疲れたよ」

疲れて、くたびれて、地獄の底で横たわった。

「ん……朝、かな?」

パチリと目を開けても真っ暗。
それでも目が覚めて朝だと認識した。
まるで優しく起こすように、頭を撫でられた。

「ああ、ヒーローさん。おはよう」

見えないけど、わかる。ヒーローがいる。

「これからは君が守ってくれるの?」

ヒーローが頷いてくれたような気がした。

「ありがとう……救ってくれて」

ヒーローはおとぎ話の通り。
あらゆる者を救う英雄だった。
たとえそれが、地獄に堕ちた悪魔だとしても。


【地獄の底のヒーロー】


FIN

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