ロビンマスク「自由と!」カレクック「繁栄の弧!」 (36)


●全33レス前後(予定)
●キャラ曲解・崩壊注意
●ふたりの帰還と活躍を信じて

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全宇宙を揺るがした宇宙超人タッグトーナメント。

その熱がようやく冷めようかというころ。


キン肉星の王位継承、アイドル超人たちへの爵位授与が正式に決定し

世界が新たな時代の幕開けに湧きたつ中・・・




  ブ オ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ・・・




ロンドン郊外のこの小さな町でも、ひとりの超人の栄誉が称えられようとしてていた。

地元の新聞でも片隅にしか載らないほど、ささやかに。




  ブ ル ル ル ル ル …  キ キ ッ !




黒塗りのモーガンが停まった。 中から黒いスーツの男が降り立つ。

枯葉色にくすんだ僧衣を身にまとった男が両手を合わせて男を迎える。




「ナマステ。 ・・・ようこそいらっしゃいました」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 黒い男は迎えの男を一瞥した。 金髪の奥に隠れた赤い眼で。

 鮫のような眼。


「あの方がお待ちしております、どうぞこちらへ」



迎えの男が示した先には、小さな建物がある。

鮫の目の男は案内に従い、綺麗に均された砂利の上を進む。



「光栄なことです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「こうして、あなたをあの方のもとへお連れできるなんて」



鮫の目の男は何も答えずただ静かに歩いていった。 足音すら立てずに。

隣の男の倍ほどもある、それでいてしなやかで均整の取れた肉体が静かに砂利の上を進む。


建物に近づくと、真新しい塗料のにおいが香った。 色とりどりの花飾りと旗が風に揺れている。
              ユニオン・ジャック
互い違いに掲げられた英  国  旗とインド国旗。



「よく来てくれた、『バラクーダ』」



建物の前にいた男が、鮫の目の男を見つけ歩み寄る。

痩せて背の高い、浅黒い肌の男。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



鮫の目の男、『バラクーダ』と呼ばれた男は、やはりなにも答えない。

ただその赤い眼がわずかに細まったように思えた。


「わたしはこれで」

「ありがとう」



長身の男は迎えの男と互いに合掌して礼をかわした。

迎えの男と同じく僧形、禿頭の男。 しかし背丈はバラクーダに劣らない。

それでいて体の幅は、人間であるはずのさきほどの彼ともそれほど変わりない。

バラクーダも長身痩躯だが、こちらはまるで杉の木のようだ。



「本当によく来てくれた」

「・・・・・・・・・・・・」

「忙しいところ、すまない」

「・・・よく呼んでくれた」



バラクーダが初めて口を開いた。

赤い眼が今度ははっきりと細まる。



「つまらない用事ばかりで閉口していた」

「つまらないものか」

「ハッタリと愛想笑いの毎日だ」

「お前はいま、未来を作っている」

「未来はいまここにこそある」



バラクーダは建物に掲げられた銘板を指さしそう言った。



【 Singh State School 】


シン公立学校。

インドが生んだ偉大な超人レスラー、シンの名を冠された学校。



「・・・シン。 君の名はこの校舎とともに、はるかな未来まで残るだろう」



赤い眼はもう鮫の眼ではなくなっていた。

穏やかなまなざしが僧形の男・・・ 超人レスラー「シン」を見つめている。


シンはインド、いや世界…

いやさ宇宙を代表する超人レスラーのひとりとして名を馳せる一方で

母国はもちろんこの英国でも長年数々の慈善事業に携わってきた。


彼は特に貧困層への教育支援に並々ならぬ力を注ぎ、

その功績を認めた英国議会によってその名がこの学校に刻まれたのである。



「英国・・・ いや世界で初めてのことだ。

地球の公立学校に、東洋の超人レスラーの名が冠されるのは」



東洋に限らず、超人レスラーとして公立学校にその名を冠されたのは二人しかいない。

ひとりはこの男、シン。 そしてもうひとりは。



「わが母国にも、とこしえに残るだろう名がある。

超人史・・・ いや宇宙史に残る、偉大な超人の名がつけられた学校が」




  ROBIN comprehensive school
「  『 ロ ビ ン 総 合 学 校 』 。」


ロビンマスク。

超人レスラーと呼ばれる者たちの中で最も偉大な人物を一人選ぶとしたならば

どの国どの時代どの陣営のものに聞いたところで彼の名が挙がらないことはない。


超人レスラーとしての実力もさることながら、セコンド・トレーナーとしても高い実績を残し

後世で大いに称えられることになる数々の名レスラーたちを世に送り出した男。


さらにレスラーの枠を超え政治・文化面にまでも多大な功績を残した、

超人でも人間でも怪獣さえも知らぬものとてない「仮面の貴公子」─

しかし。



「知らん名だ」

「なんだと」



バラクーダの穏やかだった目がすうと細まる。



「聞いたこともない」

「とぼけるな」

「世事に疎くてな」



見ればシンもまた、にやにやと笑っていた。

細い眼をさらに細くし、厚い唇を釣り上げて。



「バラクーダ。 お前が知らないはずがないだろう」

「残虐超人のわたしがお偉い正義超人様の名など知らんよ、シン」


ふたりの超人はたがいに相好を崩しあった。

偉大な東洋の超人シン、無頼の残虐超人バラクーダ。


しかし彼らをそう呼ぶ者はこの宇宙全体でもそうはいない。

それぞれのもうひとつの名があまりに大きすぎるゆえに。





世界三大残虐超人のひとり「カレクック」。

仮面の貴公子「ロビンマスク」。





「シン」とは、カレクックの生まれ持った本名。

そして「バラクーダ」という名は、ロビンマスクが残虐超人として活動するときの名義。


どちらももう滅多に使うことも使われることも無くなった名。

けれどもふたりはその名で互いのことを呼びあった。



「知らんのは勝手だ。 …だがそのお偉い超人様のおかげで、今日という日を迎えることが出来た」

「それはシン、きみの尽力のたまものだ。 国にも町にも反対の声はあがらなかったと聞く」



シンとバラクーダ。

ふたりが公私ともに長く友好を深めあってきた仲であることを知る者は少ない。


第20回超人オリンピックのファイナリストであったふたりは大会が終わった後も、

超人レスラーとしての活動、そして社会活動に競い合うように取り組んできた。


「ロビン総合学校とシン公立学校は、かならずきみとわたしの国を結ぶ懸け橋となる」

  アーチ
「   橋  にな」



シンはどこか遠くを見つめながらそう言った。

バラクーダも同じ方向に目をやった。


現在、英国とインドは国策として両国民の交流を推し進めている。

互いの国の人間・超人たちは国の援助のもと、あらゆる分野での関係を深めていた。


 ARCH
「 孤橋 か」
                 ARC
「そう。 ・・・そして、繁栄の 孤 だ」


arc of advantage
 繁 栄 の 弧 。 かつてシンと同じ名の偉大な元首が、インドと周辺国を指してそう言った。

そしてその言葉はもうひとりの偉大なアジア元首によって、さらなる理想を指し示すものへと変わった。



The arc of freedom and prosperity
「  自 由 と 繁 栄 の 弧 。 」



自由と繁栄の弧。 価値観、主義、思想、信条 ──
                            アーク
「心」を同じくする国々の間にかかげられる 孤 。

同じ方向を向きながら、バラクーダはシンへ静かに語りかけた。



「かつてわれわれは『安定の孤』と呼ばれていた」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「そしてきみたちは『不安定の孤』と。 …今や真逆だ」


欧州に斜陽が差して久しい。 

経済状況が停滞する中、各国を取り巻くは混迷の度合いを深めていた。


英国はその欧州の中でさらに孤立しつつある。

反面アジアの国々は日の出を経て、真昼の輝きを放つようになっていた。


かつて宗主国と植民地であった両地域の関係は逆転しつつある。

勝利と敗北、搾取と隷属がこれからも繰り返されていくのだろう。 それでも。



「自由と繁栄の弧は、英国まで延ばされている」

「あのお人よしがいる国から延びているからな」



ふたりの脳裏に、あの『お人よし』の愛嬌のある顔が浮かぶ。

ふたりともがあの超人オリンピックにおいて死闘を繰り広げたあの男。



「そうだな。 …まあ、あいつにはここに来てもらいたくないものだが」

「はは、この国の牛たちには災難だとしか言いようがないな」

「まったくだ、牛乳をガンジス川いっぱいにしぼっておかなくてはなあ」



ふたりは互いの肩を叩きながら大きく笑いあった。 正義と残虐、西洋と東洋、浅黒い肌と白皙の肌。

なにもかにもが対照的な二人。 それでもふたりは、よく似通った部分も持っていた。

              テクニシャン    ベテラン
互いの陣営を代表する技巧派、そして熟練レスラーであること。

超人レスリング・社会活動に取り組む姿勢。



そして ─────────


ひとしきり笑い終えたあと、シンは細い眼をバラクーダに向けた。



「ところで、ずいぶんと早いご到着だな。 開校の式典は昼過ぎだと伝えたはずだが」

「旧交を温め合おうと思ってな」

「火をつけにきたということか」



シンの目が切り傷のように細く鋭くなる。 厚い唇の片一方を鋭く釣り上げた。

バラクーダの眼がふたたび鮫になる。 そして端正な唇を鮫のように薄く開いて答えた。


                 アーチ
「そんな物騒な話ではない。 橋 の話だ」
 アーチ
「 橋 ?」

「わたしたちはずっと橋を掛けてきただろう」

「物騒な話だ」



シンとバラクーダ・・・ いや、カレクックとロビンマスク、ふたりの最たる共通点。

彼らふたりはずっと橋を掛け続けてきた。 国と国の間に人を結ぶ橋を。

そしてリングの上にも、血塗られた橋を。



「その橋がどうかしたのか」

「ふたつの橋を繋いでみようとは思わないか」

「・・・なんだと」




… バ バ バ バ バ バ バ


「──── むっ」

「うん?」



 バ バ バ バ バ バ バ バ



「ヘリか」

「・・・・・」

「報道は遠慮してくれと言ったはずだが」



 バ ル ン ッ !



上空のヘリから何かが飛び出した。

なにか、大きな球体のようなもの。



「・・・むっ」

「・・・・・」

「あれは」



 ミス ミス ミス ミス …

  バ ッ !!



きりきりと回転しながら落ちてくる球体が、ばっとはじけた。

太い手足、大きな頭が飛び出す。



 ギ ュ ル ル ル ル ル ル !

「ほっ、ほーーーーーっ!」

「・・・これはいかん」



手足の生えた球体は奇怪な声をあげ校舎へとまっすぐに落下していく。

すかさずバラクーダが翔んだ。



 シ ュ タ ッ !


「やらせはせんよ」


  ガ シ ッ !


「…むっ」

「ほっほっほ」



一息に球体へと翔びかかり組みついたバラクーダの肉体に奇妙な感覚が走る。

包みこまれるような沈みこむような・・・



「ふんっ!」

「ほほほほほほ」



バラクーダはとっさに空中で奇妙な球体を投げ捨てた。

球体は笑い声を上げて校庭へと落ちていく。



 ギ ュ ル ル ル ル ル ル ・・・

   ボ  ウ  ン  ッ



落下してきた球体は校庭の真ん中に落ち、大きく跳ねた。

重い音が響きもうもうと砂煙が上がる。



  ヒ ュ ル ル ル …    シ ュ タ 。



ふたたび落ちてきた球体は、今度は足から地面へ降り立った。

音も立てず砂もはねずに。



「これはこれは、光栄なことで」

「・・・・・・・・・・」

「バラクーダ殿にお出迎え頂けるとは」



手足を生やした球体は慇懃に頭を下げた。

首も顎も肉に埋もれている頭を。



「わたくし、フーマンチューと申します」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「残虐超人陣営の末席に名を連ねております、以後お見知りおきを」

「知らん名だ」



バラクーダは嘘をついている。 まったく知らない名ではない。


  フーマンチュー
 虎 尨 誅。
          H B U
残虐超人団体「香英連合」の長を務めている男。


もともと香港の一団体に過ぎなかったHBUをレスラーとしての剛腕と

経営者としての辣腕でもって一大勢力へと躍進させた男である。


香港に本拠地を置いていたHBUは2000年代に入り

英国へと活動拠点を移して欧州の超人プロレス界を席巻。

各団体と協定を結び、正式な英国の超人レスリング団体として承認を受ける。


過剰な演出や強引な経営手法などに批判は多い。

それでも収益は欧州の団体中トップクラス。

英国の超人レスリングの復権はこの団体の力によるところが大きいのも事実であった。



「しかし残念ですなあ、本来であればここにはわたくしの名前がございますものを」



フー・マン・チューは校舎に掲げられた銘板をにらみつけながらそう言った。

鼻の下の髭をしごきながら大股に歩き、シンとバラクーダの間に割って入る。



「イギリスひいてはヨーロッパに多大な貢献をしてまいりましたわたくしの名がここにないとは!」

「いやはや悲しいことでございます・・・・・・・・・・ いやそれにしても臭い!」



シンに背を向け一瞥もくれず、バラクーダに向かってそう言い放つ。



「下品でくどい香辛料の臭い! ああ鼻が曲がる、胸が悪くなる!」


シンは杉の木のようにただそこに立っている。

フーマンチューはそのシンに向かって、コマのようにぐるりと向きなおった。



「おやおや、こんなところにおられましたかシン殿!」

「・・・・・・・・・・」

「こたびはおめでとうございます、いやはや英国はやはり器が大きい」

「・・・・・・・・・・」

「英国の空気と景観を汚しつづけてきた者をこうしてお認めになるとは」

「招待状を出した憶えはないが」



あくまで、あくまで静かにシンはそう言った。

フーマンチューは体をぶるんぶるん震わせて笑ってみせる。



「ほっほっほっほ、親切な方がいらしたもので」

「どこの誰だ」

「さあ。 ・・・・・では、お手伝いいたしましょうか」



フーマンチューは無遠慮に、シンに向かって歩み寄った。

丸い体に張り付いた肉の塊がばるんばるんと揺れる。



「あなたさまも身のほどに合わぬ扱いを受け、さぞ心苦しいことでしょう。

すぐ楽にして差し上げ ──────」



  ど す っ !


「むおっ?」

「ふんっ!」



 ガ バ ッ !   ・・・ ガ シ イ ィ ィ ン



「─── おお」



われ知らずシンの口から感嘆の声がもれる。

前触れを感じさせぬ滑らかな動きで組みついたバラクーダは

フーマンチューの巨体を軽々と、高々と頭上へ抱え上げた。


そしてその巨体を肩の上に乗せて、顎と腿をつかんで引きしぼる。

アルゼンチンバックブリーカー? いや違う。



 ギリ ギリ ギリ ギリ ギリ


                              アーク
醜悪な巨体がバラクーダの首を支点として美しい 孤 をかたちづくる。

ロンドンのそして英国超人プロレスの象徴、『タワーブリッジ』。



「式典を台無しにさせるわけにはいかん」

「・・・ほほう」

「手早く済ませようか!」



 ギ リ ッ !!


フーマンチューの肉体の両端に掛けられた腕に力が込められた。

巨大怪獣でさえ鯖折りにへし折られる力。 しかし・・・



「ほっほっほっほっほ」

「むう」

「これがロンドン名物、いやはや絶景ですな」



いつもの手ごたえを感じない。 バラクーダの両腕はとまどった。

次の瞬間。



 バ ヅ ン ッ



肉の弾ける音がしてバラクーダの腕が弾かれた。

フーマンチューの弓なりに反った肉体が、勢いよく逆向きに跳ね閉じたのだ。



「くっ」

「ほーっほっほっほっほー!」



フーマンチューの肉体はふたたび球体のようになってきりきりと舞い飛び、

校庭の真ん中へとふたたび音も砂も立てず舞い降りた。



「ほほほほほ、堪能いたしました。 さすが『仮面の貴公子』」

「・・・・・・・・・・」

「ささ、ご遠慮なさらずかかってきていただけると」


フーマンチューは二人をねめまわし、尊大に言い放った。

細長い髭を太い指でくりくりとしごく。



「ふたりともにでもわたくしは一向に構いませんぞ」

「・・・・・・・・・・」

「ふたりともお年を召してらっしゃいますからな、あまり無理は」

「シン様!!」



フーマンチューの言葉を遮りシンの名が高々と響く。

誰かがシンに向かって息せききって駆け寄った。



「シン様! これを!」

「・・・サイ」

「お受け取りください!」



さきほどバラクーダを迎えた男サイは、ふところに抱えた何かをシンに投げ渡した。

それは銀色の光沢とかぐわしい芳香を放ちながらシンへと向かって飛んでいく。



「ほお」

「・・・・・・・・・・ムッサァーーーッ」



シンは大きく身を反らせ、まっすぐ飛んできたものを頭頂部で受け止める。
    うつわ
それは 器 だった。 魔法のランプを思わせる形状をした銀色の器。


「・・・それは」

「さっそく使わせてもらうぞ、バラクーダ」



純銀製のグレイビーボート。 王室御用達の逸品。

今日の式典に際しての、バラクーダからシンへの贈り物。

その中にはもちろん・・・・・・・・・・・・・・・



「 ハ ァ ァ ァ ァ ア ー ッ 」


 ・・・ グツ グツ グツ グツ ・・・!


                   イ ン ド カ レ ー
いっぱいに満たされた熱々の コ ル マ。

それがさらに熱を帯び、あぶくをたてて煮えたぎる。

複雑で芳醇なスパイスの香りがひときわ高くたちのぼった。



「おほっ」


 グ ゥ ゥ ゥ ゥ …   タ ラ ッ 。



フーマンチューの腹が鳴り、口から唾液がにじみ出る。

シンは面白げに語りかけた。



「いい香りだろう。 腹が減ったか」

「・・・・・・・鼻が曲がりそうですねえ」

「鼻だけではすまんぞ」


頭に灼熱の器を載せたシンの顔が獰猛な笑みを浮かべる。

大きく曲がりするどく釣りあがった猛禽の嘴を思わせる笑み。



「 ム ッ サ ァ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 」



力みのない、しかし腹の底を震わせる声。

熱気と殺気がシンの身体から立ちのぼる。

いや、そこにいたのはもうシンでは無かった。



「ほおお・・・・・・・・・・」

「 ハ ア ア ア ア ア ー ー ッ 」

「・・・・・・・・・・・これはこれは」



頭にカレーを載せた外道。

怒りと哀しみのみに囚われ生きてきた男。




───────── 残虐超人カレクック。




「・・・・・・・・美しい」

「 フ ゥ ゥ ゥ ゥ ー … 」



おもむろにカレクックはその場に座った。 足を組み両手を合わせて。

仏に祈りを捧げる姿。


「ふうむ?」

「・・・・・・・・ ハ ン ッ」



 バ ッ ・・・   ザ シ ュ ッ



「むあっ」

「 ! 」



フーマンチューには何が起きたか数瞬わからなかった。

横で見ていたバラクーダでさえ、一瞬わが目を疑った。

カレクックが座ったままの姿勢で、フーマンチュー向けて鋭く跳躍したなどとは。



・・・・・・・・ ダ ラ ッ 。


「うぬう」



合掌していた両手は合わせられたままに頭上に掲げられ、

フーマンチューの膨らんだ腹に手刀となって深々と突き刺さっている。

流れる血が合掌されたカレクックの両手を濡らす。



 デモリッションアーサナ
  破 壊 の 型 。



「・・・・・・・・これは、ううむ」

「 く く く っ 」


フーマンチューは戸惑っていた。 手刀などでわが腹が貫かれるはずがない。

カレクックは両腕を勢いよく引き抜いた。



「んっく。 ・・・・・・・・なにい」

「 フ ハ ハ ハ ハ ハ 」



合わされた両掌から銀色の輝きが漏れている。

銀製のフォークとナイフ。 これも、バラクーダからの贈り物。



「・・・・・・・・なんということを。 それでもレスラーですか」

「ここはリングではない。 レフェリーもいない」

「ならギブアップもできませんな」



フーマンチューはしてやられた怒りに腹を震わせつかみかかった。

しかしその動きには無駄も隙も無い。



「 ム ッ サ ~ ~ ~ ~ 」

「ふんっ ほおっ はっ」

「 ハ ァ ー ー ッ 」



矢継ぎ早に繰り出される太い腕。 まるで凶暴な蛸のようだ。

それでもカレクックの細い体も腕もつかむことができない。



「 フ ウ ー  ハ ァ ー ッ  ム オ ー ッ 」


けして速い動きではない。 しかし早くはあった。

その動きはフーマンチューの無数の腕のことごとくに一足早く先回る。

払う。 捌く。 逸らす。 弾く。



「 む ふ う っ 」

「 ハ ア ッ ー 」



フーマンチューが焦って上体ごと両腕を伸ばす。

その腕をカレクックが取った。 足を払った。



「 フ ウ ゥ ッ ー 」

「むおお?」



綺麗に転がされ背中から地面に倒される。

地面? いや ───────



 ガ バ ッ



体の下にあるものが何か気づく前に、フーマンチューは高々と抱え上げられた。

カレクックの肩に逆さまにかつがれたのだと気づいたのは、顎と腿に手を掛けられてからだった。



「 ハ ア ー ー ー ー ー ッ 」

「・・・ふふう」


先ほどと同じ、アルゼンチンバックブリーカーの体制。

フーマンチューは鼻から笑い声を吹いた。


『タワーブリッジ』にさえ耐えた自分にこんなものがなんになろうか。

この腕の力、かわいそうになるほど弱弱しい・・・・・・・・



「 ム ッ サ ァ ー ッ 」



フーマンチューの体から体重がすっと消えた。

首と葦に、そして胴に、何か太いものが巻きついていく。


今度こそ何が起きているのか全く見当がつかない。

横で息をのみ見つめていたバラクーダでさえも。



「 ハ ア ッ 」


 ガ シ リ


「んぐお」



カレクックは両肩に巨体をかついだまま、小さく跳ねていた。

巨体を肩に乗せたまま、全身を大きく反らせていた。

そして信じがたいことに・・・・・・・・



 ド サ ッ   ・・・ ギ リ ィ ッ


「ぬう」

「おおっ」



フーマンチューの喉から呻き声が漏れる。バラクーダの喉から驚嘆の声が漏れる。

カレクックは肩にフーマンチューを載せたまま、両手で地面に着地した。

反らされ曲がり続けたカレクックの背中は、なんとそのまま太い胴体にぐるりと巻きつけられていた。

体の側面まで腰が届いた。 そして足が上面まで届いた。

その足はそのままフーマンチューの喉と腿に巻きつけられた。



  ヴルスチカーサナ
 蠍  の  型 。


 ギリ ギリ ギリ ギリ ギリ



からみつく背と足に力が込められた。
                                   アーク
蠍の尾に締めあげられる巨体がさきほどに劣らぬ美しい 孤 を描く。

これがカレクックがリングに掛け続けてきた血まみれの橋、 『ガンジスブリーカー』。
                              フェイバリット・ホールド
インドの母なる大河の名を冠された、堂々たる 決   め   技 。



「ぐぬぬうう」

「 フ フ フ フ   ハ ハ ハ ハ ハ ハ 」

「・・・素晴しい」


               アーチ
バラクーダは目の前の孤橋に心を奪われていた。

美しく、そして理にかなっている。


『タワーブリッジ』はじめとするバックブリーカーは、両腕の力のみで相手の身体を引きしぼる。

しかしこの技は肩に乗せた相手に自らの背と足を巻きつけて締め上げる。

腕力とは比べ物にならない脚力と背筋力でもって、まさしく大蛇が獲物を締め上げるように。

修行によって脊椎に無限の可動域を得たカレクックならではの技。



「 ク ク ク ク ク 」

「う ぬうっ うごお」



フーマンチューの口からまぎれもない苦鳴が漏れる。

彼にもまた無類の柔軟性があるはずなのに。 しかし。



 メチ  メチ メチ …

  ビ リ ッ



「がっはあっ」

「 ハ ハ ハ ハ ハ ハ 」



さきほどの凶器で腹につけられた小さな傷。

しかしそれは皮膚を貫き筋肉を突き破り腹膜にまで達している。


体を仰向けに反らされることでその傷が引きひろげられ、ついに破れ始めた。

厚い布を引き裂くような耳障りな音。 それに合わせて苦鳴が漏れる。



 ビリ ビリ ビヂッ

 「ぐ が ぎ・・・」


フーマンチューはなおも脱出しようとあがく。 しかし先ほどのように大きく体を反らすことはもうできない。

かといってさきほどのバラクーダのものをはるかに超える力の前に、体を折り曲げることもまたできなかった。

もはや彼は大蛇に飲みこまれる蛙のようにわずかにもがくのみであった。



 ミヂ ベリ ブシュッ

「ぎはっ」



傷はますます大きく広がりついに腹が裂け始めた。

それでもフーマンチューは腹筋を締め上げ耐えている。

しかしもう限界は近い。腹の傷はもちろん背骨の方も。



 ギギ  グギ  メギ …



曲げようとする自身の力と反らそうとするカレクックの力。

正反対の力で上下から圧力をかけられた背骨がきしみをあげている。



「ううっ ぐぐう おうっ」

「ギブアップはないと言ったな」

「ま まだ まだっ」

「見上げた根性だ」



まだ心は折られていない。 カレクックは賞賛は純粋なものだ。

それでも、もうもはや時間の問題だろう。 ── しかし。



「橋をつなぐ時が来たぞ」


「 な っ 」

「・・・なんだと」



ふたりの前にバラクーダが立っていた。

締めあげられる獲物を鮫の眼で傲然と見下ろす。



「こいつはよく頑張った、もう楽にしてやろう」

「・・・・・・・・」

「それに開会までもう間もあるまい」

「悪党め」



カレクックはすべてを悟った。 バラクーダの思惑も。

この『試合』をしつらえたのが誰なのかも。



 バ ッ !



それでもカレクックは、それに応える気になっていた。

フーマンチューを締め上げたまま、両腕の力だけで高く跳ねる。



 シ ュ タ ッ



それを追ってバラクーダも翔んだ。

ふたつの血まみれの橋をひとつにつなぐために。



───── ガシッ!


バラクーダとカレクックは空中でラン[ピザ]ーを果たした。

バラクーダはカレクックの胸を肩に乗せる。

カレクックは両腕をバラクーダの首にまわす。

そしてバラクーダの両腕は・・・



 ガ シ イ ッ


「 う が あ っ ?! 」


                                           アーチ
バラクーダの腕がフーマンチューの顎とひざに掛けられた。 ふたつの 橋 はいまここにつなげられた。

フーマンチューは驚愕の声を上げた。 これから自分に何が起こるか一瞬で察したのだろう。

そしてその予想は的中する。



 ギ リ イ ッ !!!


「がばああああっ」



バラクーダの腕に鬼神の力がこめられた。

カレクックの足と背もまだ巻きついたままだ。




  T h e a r c o f  F & P
「  自 由 と 繁 栄 の 弧 ! 」




ふたりは今産まれたばかりの技の名前を、期せずして同時に叫んでいた。


バラクーダとカレクックは空中でランデブーを果たした。

バラクーダはカレクックの胸を肩に乗せる。

カレクックは両腕をバラクーダの首にまわす。

そしてバラクーダの両腕は・・・



 ガ シ イ ッ


「 う が あ っ ?! 」


                                           アーチ
バラクーダの腕がフーマンチューの顎とひざに掛けられた。 ふたつの 橋 はいまここにつなげられた。

フーマンチューは驚愕の声を上げた。 これから自分に何が起こるか一瞬で察したのだろう。

そしてその予想は的中する。



 ギ リ イ ッ !!!


「がばああああっ」



バラクーダの腕に鬼神の力がこめられた。

カレクックの足と背もまだ巻きついたままだ。




  T h e a r c o f  F & P
「  自 由 と 繁 栄 の 弧 ! 」




ふたりは今産まれたばかりの技の名前を、期せずして同時に叫んでいた。



 ギ ュ ル ル ル ル ル !



「があああああああああ」



体の両端に想像を絶する力が掛けられた。

腹筋と背骨に恐るべき負荷が襲いかかる。



 メギ メギ メギッ

 ビヂ ビヂ ビヂッ



裂ける裂ける裂ける裂ける。

折れる折れる折れる折れる。

フーマンチューはついに屈服した。



「たっ たすけ ひぎゃあ」


 ベ  ギ  ブ  ヂ  ィ  ッ



彼の身体は、三人が着地する前に裂け折られた。

そして着地の瞬間に ────────────






  ば   づ   ん   っ




 ド ド ド ド ド ド ド ド

   ド ド ド ド ド ド ド ド



「行くのか」

「もう開会まで間もない」



黒塗りのモーガンが排気音を上げている。

後部座席には超人の残骸が詰めこまれていた。



「今日という日を血で汚すには忍びない」

「なにを抜け抜けと」

「こいつもHBUに引き渡してやらねばならん」

「戦争が起きるぞ」

「成り行きだ、仕方ない」



バラクーダは運転席に座った。

ハンドルを握り、カレクックに別れを告げる。



「考えておいてくれ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「打倒、ザ・マシンガンズを」



ブ ォ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ …


黒い車が猛然と駆けだし、砂煙と排気の中に消えていった。

カレクックはきびすを返し会場へと向かう。



 ザワ ザワ ザワ ザワ ・・・



すでに会場には多くの人たちがつめかけていた。

偉大なレスラーの栄誉を称えようという人々。

みんなが通える学校が開くのを心待ちにしていた子供たち。



 ・・・ ザワ ザワ ザワ ザワ



その声はシンの耳にも届いていた。

しかしシンの心には、先ほどの言葉がこだまするばかり。




打倒、ザ・マシンガンズ。



パワー  テクニック             スピリット
 力 と 技。 野生と知性。 そして 魂。

すべてを高いレベルで兼ね備えた、近代プロレスにおけるタッグチームの完成系。


打倒ザ・マシンガンズ。

それはすべての超人レスラーの心を沸き上がらせる見果てぬ夢・・・・・・・・



「・・・シン様。 それを」

「ん、ああ」


サイはシンの頭上に手を伸ばした。

シンは頭に乗せたままになっている銀の器を手渡す。



「すまんな」

「いえ」



脳天がしびれるほどの辛さを持つ怒りの象徴。

それを外したカレクックは穏やかな超人レスラー、シンの顔となった。

しかし。



 フツ フツ フツ フツ …



                 イ ン ド カ レ-
サイが受け取った器の中の コ ル マ は、まだふつふつと静かに沸き立っている。

かぐわしくも荒々しい香りが鼻腔を満たす。



「おお、シン様」

「シン先生!」



シンの姿を見つけた人々が駆け寄ってくる。

シンは両手をひろげ、穏やかに微笑んで彼らを迎える。



「・・・・・・・・・・・・・・・・」



サイは器を手にひとり、誰知らずその場を離れていった。


 The ARCS
 ジ・アークス 。


                  テクニシャン     ベテラン
正義・残虐両陣営を代表する技 巧 派、そして 熟 練 レスラーのコンビ。
                     テクニック     マッチメーク
豊富な経験に裏打ちされた多彩な 技 と老練な試合運び。

もし結成されれれば、その報せは世界中を驚きの渦に巻き込み

さらにその活躍がそれ以上の衝撃を宇宙中にまきひろげていったことだろう。




しかしこの後、超人界の歴史は永い戦いの時代に突入することになる。

運命に導かれた5人の王子たちの壮絶な死闘。

神話の世界から、そして外宇宙から訪れた強大な敵。

宇宙を揺るがさんばかりの大動乱・・・・・・・・




シンとバラクーダ。

カレクックとロビンマスク。




この二人がこの乱世を生き延びることが出来たのか。

そして陣営の垣根を乗り越えてタッグを結成することが出来たのか。






────── いまはまだ、誰も知ることはない 。





※おわり※


欧州に斜陽が差して久しい。 

経済状況が停滞する中、各国を取り巻く情勢は混迷の度合いを深めていた。


英国はその欧州の中でさらに孤立しつつある。

反面アジアの国々は日の出を経て、真昼の輝きを放つようになっていた。


かつて宗主国と植民地であった両地域の関係は逆転しつつある。

勝利と敗北、搾取と隷属がこれからも繰り返されていくのだろう。 それでも。



「自由と繁栄の弧は、英国まで延ばされている」

「あのお人よしがいる国から延びているからな」



ふたりの脳裏に、あの『お人よし』の愛嬌のある顔が浮かぶ。

ふたりともがあの超人オリンピックにおいて死闘を繰り広げたあの男。



「そうだな。 …まあ、あいつにはここに来てもらいたくないものだが」

「はは、この国の牛たちには災難だとしか言いようがないな」

「まったくだ、牛乳をガンジス川いっぱいにしぼっておかなくてはなあ」



ふたりは互いの肩を叩きながら大きく笑いあった。 正義と残虐、西洋と東洋、浅黒い肌と白皙の肌。

なにもかにもが対照的な二人。 それでもふたりは、よく似通った部分も持っていた。

              テクニシャン    ベテラン
互いの陣営を代表する技巧派、そして熟練レスラーであること。

超人レスリング・社会活動に取り組む姿勢。



そして ─────────

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