サカキ「少し席を外させて貰う」ミュウツー「どこへいくつもりだ?」 (17)

本作品は、現在公開中の【ミュウツーの逆襲 EVOLUTION】並びに、【ミュウツーの逆襲 1998】の内容が含まれております
未視聴の方はくれぐれもご注意ください

それでは以下、本編です

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1563022859

「ご主人様、こちらです」
「ああ」

その日、私は久しぶりに人間の街へと赴いた。
とはいえこの姿では目立つので赤い帽子を目深に被り、人間の服に袖を通して変装している。
何かと便利なポケモンセンターに勤務するジョーイに催眠術をかけ、目的地まで案内させた。

「随分と賑わっているな」
「ご主人様の映画なのですから、当然です」

そう、私がわざわざ人間の街に足を運んだのは、自身が出演する映画を鑑賞する為だった。
その望みを果たすべく甲斐甲斐しくチケットを購入してくれたジョーイの案内に従い、指定されたスクリーン最奥の中央付近の席に着く。

ジョーイ曰く、映画を観る際、最前列だとスクリーンを見上げる姿勢となる為、最奥の中央から鑑賞するのが望ましい、とのことだった。
しかし、残念ながら私の席は最奥の中央付近であり、真ん中の席からはひとつズレていた。
先に座席を予約した者に、席を奪われた形だ。

「申し訳ありません、ご主人様。私が遅きに失したばかりに、最上のお席をご用意出来ず……」
「よい。一席ずれた程度、微塵も問題ない」

心底申し訳なさそうに謝罪をして、深々と頭を下げるジョーイに対し、自らの寛大さを示して赦しを与えると、彼女は嬉しそうに破顔した。

「ありがとうございます、ご主人様」
「お前のおかげで映画館に来ることが出来たのだ。礼を言うのは、むしろこちらのほうだ」
「身に余るお言葉、恐悦至極でございます」

そんなやり取りをしながら、ふと思う。
この私が人間に礼を言う日が来るとは。
自分も丸くなったものだと、感慨に耽った。

「ご主人様、ポップコーンはいかがですか?」
「頂こう」

上映まで、幾ばくかの猶予がある。
それを見越して、気の利くジョーイはポップコーンと飲み物を事前に購入していた。
上映中に何かを口にするのは人間の作法に疎いこの私でも気が引けるのだが、上映前ならば何ら問題はあるまい。ポップコーンを頬張る。

「お口に合いましたか?」
「ああ、実に美味だ」
「それは良かったです。ストロベリー・キャラメル味にして正解でしたね」

ジョーイのセンスは素晴らしかった。
イチゴの酸味とキャラメルの甘さが絶妙だ。
夢中でパクついていると、喉が乾いてきた。

「ご主人様、お飲み物です」
「頂こう」

気の利くジョーイに促され、ポップコーンによって奪われた口腔内に水分を流し込む。
ピリリとした炭酸と、爽やかな風味。
これは、まさか。目を見張る私にジョーイが。

「コカコーラのグレープ味でございます」

言われて、納得する。
やはり、そうか。味な真似を。
この私のイメージカラーが紫であることから、グレープ味のコーラを選択したのだろう。
やはり素晴らしいセンスの持ち主だと思った。

「そろそろ、始まりますね」
「ああ、そうだな」

ジョーイへの感謝を伝えるべく、遠慮する彼女にポップコーンを共に食べようと提案し、仲良く2人で食べ終え、上映を心待ちにしていると。

「失礼」
「む?」

私の隣の席に、客が腰かけた。
そこは、本来ならば私が座るべき座席。
どのような不届き者がその座を奪ったのかと思って目を向けると、見覚えのある男だった。

「貴様……」
「久しいな、ミュウツー」

いかにも高級そうなスーツに身を包み。
偉そうに足を組み、踏ん反り返る、悪の総帥。
ロケット団のボス。サカキが、そこに居た。

「何故貴様が、こんなところに」
「ロケット団のボスとて、映画くらい観る」
「ふざけるな。何を企んでいる?」
「静かにしたまえ。始まるぞ」

私の詰問に対し、あくまでも飄々とした態度を貫いて、サカキはスクリーンに視線を向けた。
すると、上映開始のブザーが鳴り響く。
言いたいことや聞きたいことは山ほどあったが、上映中の私語は厳禁なので、私は黙った。

『私は、何の為に生み出された』

スクリーンの私の言葉は、まさに自問だった。
明確な答えなど、ありはしないだろう。
その問いかけは何も人工的に生み出された私だけでなく、この世全ての生きとし生けるものに共通する、原初の疑問であると言えた。

自分自身の存在証明。
自分とは何か。自我とは何か。
自我を持つ全ての者が抱く、疑問。

重ねて言うがそれに対して明確な答えはない。
あるとすれば、どのように生きるのか。
自我のあるものは、それを考えて生きてゆく。

そんなこともわからなかった、この時の私は。

「……まるで、子供だな」

周囲の客達の迷惑にならぬよう極力小さな声で自嘲すると、そのテレパシーに気づいたジョーイが、私の手をそっと優しく握ってくれた。

「誰だって、産まれた時は皆子供だ」

聞き間違いだろうか。
隣の席から聞こえた小さな呟きは、まるで私を慰めるかのような口調に感じられて。
そんな台詞はサカキには似合わないと思った。

『オリジナルよりも強く作られたコピーに、オリジナルであるお前達が勝てる道理はない』

その台詞を口にした時のことは忘れられない。
目の前にオリジナルであるミュウが現れ、ついつい熱くなってしまったことを覚えている。
白黒付けるべく、不毛な戦いを引き起こした。

あの頃は私も若かったと、今ではそう思える。

それにしても、昨今の映像技術には驚いた。
最新のコンピュータ・グラフィックスとやらで描かれた自身の美しさに惚れ惚れしてしまう。
どうやらジョーイも、私と同じ気持ちらしく。

「ご主人様……素敵です」

そんな賛美と共に感嘆の溜息を漏らされて、良い気分になる私とは正反対に、隣に座るロケット団のボスの表情は険しく、怨嗟を口にした。

「ふん。あれほど私の顔は出すなと製作陣に申し付けたのに、あれでは丸見えではないか。悪の総帥とは正体不明であるからこそ、その威厳と風格が引き立つというのに。まったく……」
「うるさいぞ」

ぶつくさ文句を口にするサカキを黙らせ、私とジョーイは仲良く手を繋ぎ、映画に没頭した。

『もう、やめてくれぇえええええっ!!!!』

あれよあれよという間に、映画は佳境に入る。
私とミュウとの決戦に割って入る、マサラタウン出身のサトシとかいう小僧。無謀の極みだ。
案の定、強大なサイコパワーをその身に受けた小僧は石化して、動かなくなってしまった。

『ピカピ!』

そこにピカチュウが駆け寄り、何度も電撃を浴びせているが、正直あれはどうかと思った。
見ようによっては電気ショックによる心臓マッサージとも取れるがその解釈には無理がある。
主人の身を案じるならば、電撃はやめておけ。

『ピカピ……』

結局、技のPPが切れるまでピカチュウは電気ショックを続けたが主人が目覚めることはなく。
哀しみに暮れるピカチュウが涙を流し、そして周囲のポケモン達も共に泣いた。すると。

「……ううっ」
「ん? 貴様もしや、泣いているのか?」
「……黙れ。この私を誰だと思っている」

隣から聞こえたすすり泣きに驚いて、尋ねると、憤慨した様子のサカキが座席を立った。

「少し席を外させて貰う」
「どこへいくつもりだ?」
「トイレだ」

このクライマックスで、トイレとは、まさか。

「よもや大の方ではなかろうな?」
「……ロケット団のボスは糞などしない」

そう言い残して立ち去ったサカキはその後、しばらく経っても戻ってくることはなかった。

「気になりますか?」

もう間も無く映画が終わる頃合いとなった時。
不意に、ジョーイにそう尋ねられた。
それが席を外してから戻って来ないサカキに関する問いかけであると、私は察して、答えた。

「まあ、な」
「では、私はここでお待ちしております」

本当に気の利くジョーイに促され、席を立つ。

「少し席を外すぞ」
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

シアタールームから出て、トイレへと向かう。
個室のひとつが、使用中となっていた。
そこから、男の声で、すすり泣きが聞こえる。
私はその隣の個室に入り、静かに問いかけた。

「サカキ、何故泣いている?」
「……私は泣いてなどいない」

返ってきた返事は、やはりサカキのもので。
言葉では否定しても、鼻声なのは明らかだ。
どうやらずっとトイレで泣いていたらしい。

「見栄を張るのはやめろ。何故泣く、サカキ」

どうして、貴様が。よりにもよって貴様が。
この私を利用し、そして失望させた貴様が。
そう尋ねると、サカキはこう答えた。

「私はただ……」
「ただ、何だと言うのだ?」
「ニャースの台詞について考えていたのだ」
「ニャースの台詞?」
「今夜の月は丸いだろうという、あの名言について、少しばかり思いところがあってな」
「ああ、そのことか」

それは恐らく、苦し紛れの言い訳だろう。
本当はオリジナルとコピーとの戦いに心を痛めたのかも知れないが、この際どっちでも良い。
便座に腰を下ろした私はしみじみと、頷いた。

たとえ本物であっても、もしくは偽物であっても月の美しさは変わらない。ただそこにある。

「あの台詞は、たしかに考えさせられる」
「ニュースの癖に、風流で哲学的とはな」

サカキのその言い分は私としても同感だった。

「しかし、よもや貴様が泣くとはな」

しばらくしんみりとした空気に浸っていたが、お互いに気まずいだろうと思い、茶化すと。

「……泣いてなどいない」
「まだ意地を張るとは、強情だな」

意地を張り続けるサカキはまさにロケット団のボスに相応しいと感じて、私は少し笑った。
するとそれが気に障ったのか、彼は激怒した。

「泣いてなどいないと言っている!」
「では、貴様はトイレで何をしているのだ?」
「私は……糞をしているだけだ」
「ロケット団のボスは糞をしないのだろう?」
「ロケット団のボスでも糞くらいする!」

前言を無視したサカキの言い分。
それがあまりにもおかしくて私はまた笑った。
すると、腹に据えかねたサカキは、力んで。

ぶりゅっ!

隣の個室から排泄音らしき効果音が聞こえて、私はサカキが本当に脱糞したのだと悟った。
しかし、涙を誤魔化す為に、糞を出すとは。

「……まるで、子供だな」
「ふん……お前にだけは言われたくない」

そうとも、私とてまだまだ子供だ。
たとえ20年以上の月日が流れても変わらない。
それを自認することで成長の余地が生まれる。
ならば、私も子供らしく、糞を漏らそう。

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ~っ!

「フハッ!」

私はミュウツー。
最強のポケモンであり、最強のトレーナーだ。
なればこそ、脱糞合戦で人間に遅れは取らん。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

その哄笑は、果たしてどちらのものか。
私の愉悦か、サカキの愉悦か。
何故、私とサカキは脱糞したのか。
何故、脱糞しなくてはならなかったのか。
せっかく良い話で終わりそうだったのに何故。
そもそも何故、脱糞に愉悦を感じるのか。
何ひとつとして、理解出来ず、わからない。
この広い世界はそんな疑問で満ち溢れている。
わかることは、月は丸いということ。

そして、我々は生きているということだけだ。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

生き続ける限り疑問が尽きることはないのだ。
我々がその真理に辿り着いた、その時。
シアタールームからロケット団の3人組の声で。

『なんだかとっても、良い感じ~!』

映画の終わりを告げる台詞が聞こえて。
私とサカキは再び、嗤い合った。すると。
なんだかとても、良い感じだと、そう思えた。

あの後、私はサカキよりも先に個室から出て、念入りに手を洗い、黙ってトイレを後にした。
サカキもまた立ち去る私に何も言わなかった。
何を思い、何故泣いたのかは結局わからない。
けれど、私もサカキもこの世界で生きていて。
この先も生き続けるということは間違いない。
だから私もサカキも少しずつ大人になる筈だ。

「世話になったな、ジョーイ」
「ご用の際は、またお申し付けください」

ジョーイの元へと戻り別れを告げると、彼女は恭しく頭を下げた。そんな彼女に質問をする。

「もう、催眠術は切れている筈だが?」
「そんなことは関係ありません。私は私の意思で、ご主人様のお役に立ちたいのです」

時間経過で催眠術が切れている筈だと指摘すると、思わぬ返事が返ってきた。嬉しい限りだ。
ならば、記憶を消す必要もなかろうと、私はそのまま飛び去ることにした。目的地は洞窟だ。

ハナダシティの外れにある、ハナダの洞窟。
そこで私はコピーポケモンと暮らしている。
ジョーイは私の役に立ちたいとそう言った。
そんな相手と、私も巡り会いたいと考えた。

故に、映画で宣伝して、挑戦者を募集した。
しかし、どうやら難易度が高かったらしく。
未だにこの私の眼鏡に適う人間は現れない。

「また来たのか?」
「……………………」

しばらくして、ひとりの人間が私の元へ来た。
こちらが尋ねても何も言葉を発しないその寡黙さと、特徴的な赤い帽子には覚えがあった。
生意気にも、この私に逆襲するつもりらしい。
映画の前に相手をしてやり、返り討ちにした。
その際に落とした彼の帽子は変装に役立った。
恐らく、新たに帽子を買い直してきたと思われるが、どこからどう見ても新品には見えない。
ボロボロの赤い帽子を見て、ポケモントレーナー達が話していた、とある噂を思い出す。

曰く、ポケモンリーグのチャンピオンは不在。
曰く、シロガネやま付近で彼を見かけた。
曰く、チャンピオンは山籠りの修行中。

「なるほど……少しは、鍛えてきたらしいな」
「……………………」

どうやらこの人間が件のチャンピオンらしい。
そう当たりをつけるも、彼は何も言わず。
おもむろに懐から何やら取り出し、そしてそれを地面へと投げ捨てた。思わず、目を見張る。

「それはまさか、マスターボールか?」

Mの頭文字が刻印された、紫色の球体。
それはこの世にひとつしかないとされる特別なモンスターボールであり、必ずポケモンを捕らえることが出来る性能を秘めているらしい。
サカキがかつて自慢げにそう説明していたので、その性能に嘘偽りはないだろう。

なにせこの私を捕らえるべく開発された物だ。
紫色で着色されていることに執念すら感じる。
生半可な代物でないということは明白である。

そんな危険なマスターボールだが、ある時、何者かによってアジトを襲撃された際に紛失して以来、行方知れずになったと聞き及んでいる。
しかしよもや目の前に佇む、赤い帽子のチャンピオンが所持しているとは思いもしなかった。

そして、それを捨てたということは、つまり。

「なるほど……面白い。気に入ったぞ、人間」

モンスターボールの性能に頼ることなく自らの力でこの私に挑むその根性が大変気に入った。
気に入った人間が出来たことが純粋に嬉しい。
それはまさしく、私の成長の証だと言えよう。

「来るがいい。この私を、失望させるなよ!」

寡黙なトレーナーはピカチュウを繰り出した。
それは奇しくも、映画のサトシと同じであり。
この人間にならば寄り添っても良いと思えた。

無論、まずはこの私に勝ってから、の話だが。


【ミュウツーへの逆襲】


FIN

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