律子「私はあの人に勝ちたい……!」 (52)

律子「ただいま戻りましたー」

P「おう、お疲れさん」

亜美「兄ちゃん、たっだいまー」

P「おかえり……って、こら!くっつくな、暑い!」

亜美「んっふっふ〜、体が熱くなっちゃう?」ムギュー

P「10年早い。ていうかマジ暑い」

亜美「だったら、もっと暑くしてあげるもんね!」

亜美「ほらほら、いおりんとあずさお姉ちゃんも一緒に!」ムギュー

あずさ「あらあら、どうしましょう?」

伊織「やるか!」

律子「こら、亜美!プロデューサー殿の邪魔しない!」

亜美「うぁ、ごめんなさ〜い」

律子「まったく……」

P「はは、いつも大変だな」

律子「笑い事じゃないですよ……」

P「ちょうどよかった。律子、ちょっと話がある」

律子「はい?」


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律子「夏フェス……ですか?」

P「そう、フジ○ック・フェスティバルとかあるだろ。そのガールズアイドル版だな」

律子「うちだけのイベントじゃない、と?」

P「うん。大手から、うちより小さいとこまで……ほとんどの事務所に声がかかってるそうだ」

律子「そんな大きなプロジェクトが!?」

P「ああ。俺も今日知ったけど、よく今まで秘匿できてたよな」

律子「ほんとに……」

P「社長も一枚かんでるらしい」

律子「人脈はやけに豊富ですからねぇ、あの人」

P「ま、俺としては断る理由もないし、参加するつもりだ」

律子「よそ様のファンを取り込む、またとないチャンスですからね」

P「うん。今のあいつらなら、それができるからな」

律子「ええ、真っ向勝負なら、どこにも負けませんよ」

律子「で、うちがもらえる時間は?」

P「まだわからないが……30分前後が妥当だろうな」

律子「でしょうね」

P「少ない時間での総力戦だ。できれば765プロオールスターズでいきたい」

律子「異存ありません。それがベストでしょう」

P「よし、決まりだ」

律子「はい!」

竜宮小町で勝負してみたいという気持ちは、もちろんある。

どれほどの大舞台で、有名無名のどんなアイドルが相手でも、絶対に負けないという自負もある。


でも、私たちだけが765プロを支えているなんて、自惚れるつもりはない。

追われる立場だからこそ、プロデューサー殿が率いる9人のアイドルの勢いはひしひしと感じる。


私は、その勢いで竜宮小町をさらに押し上げたい。

彼は、竜宮小町の知名度で自分のアイドルたちを引っ張り上げたい。

ただの馴れ合いにはならない彼との仕事は……やっぱり楽しい。


と同時に、少しばかり惜しいとも思う。

それほどの大舞台、できることなら彼と正々堂々勝負してみたかった。


いつからだろう、彼に勝ちたいと思うようになったのは……。

P「もうひとつある」

律子「?」

P「フェスの顔になるメインアイドルを、一人選出するそうだ」

律子「メインアイドル?」

P「まず、単独でライブの枠がもらえる……たぶんオープニングやトリもだろうな」

P「さらに、フェスのテーマソングや、各種媒体への広告塔も担当する」

律子「それは……」

P「それだけじゃない」

P「メインアイドルの担当プロデューサーは、他のアイドルも含めたフェス全体の運営に参加できる」

律子「……!」

P「うちで獲りたくないか?」

律子「もちろんです!ものすごいチャンスですよ!」


他事務所の同業者や、同じ芸能音楽畑だけじゃない。

こういう大きなイベントには、私たちが普段縁の薄い世界の人たちも多く関わっている。

運営に携わることで、主催者やスポンサーの有力者と面識ができるメリットは計り知れない。


アイドル本人にとっても、事務所にとっても。

プロデューサー……自分自身にとっても。


独立して、自分の事務所を持つ。

どれほど笑われようと、私の夢は絵空事なんかじゃない。

こうして、チャンスは必ず巡ってくるんだから。

P「その選考のためのオーディションに、うちから二人エントリーできる」

律子「二人……」

P「大手なら、もっと多いかもしれないけどな」

律子「戦力の分散にならないのは、むしろ好都合ですよね」

P「同感だな。そこでだ」

律子「はい?」

P「俺の担当と律子の担当から一人ずつ、それぞれ代表者を選ぶ」

P「ってことでどうだ?」

律子「それは構いませんが……こちらは3人、そちらは9人ですよ?」

P「そうだな」

律子「プロデューサー殿がそれでいいのなら……」

P「勝ちに行くには一人で充分だ」

律子「言ってくれますね?」

P「ははは」

律子「ふふ」

律子「オーディションの会場や日時は?」

P「それはまだ……」

高木「やあ、君たち。ご苦労さま」

律子「社長、お疲れ様です」

P「お疲れ様です」

高木「その様子だと、もう話は聞いたかな?」

律子「はい!」

P「今まで隠してたなんて、社長も人が悪いですよ」

高木「私もいちおう運営に関わっているからね」

高木「君たちだけ贔屓するわけにもいかないんだよ」

P「ごもっともです。他と同じ条件で勝てばいいだけですから」

律子「その通りです」

高木「うむ、頼もしい限りだ」

高木「先ほど連絡があったが、オーディションは再来週の日曜日、6月23日に決まった」

律子「6月23日……」

P「会場は?」

高木「聞いていない。まだ未定ということだろう」

律子「未定ですか」

P「……」

P「ところで社長」

高木「ん?」

P「フェス本番の会場は、どの程度設営が進んでいるかわかりますか?」

高木「ステージは概ね組みあがっているそうだが、全体はまだまだだろうね」

P「なるほど、ありがとうございます」

律子「?」

高木「君たちには期待しているよ。フェスの成功のためにも頑張ってくれ」

律子「はい!」

P「任せてください」

高木「では、私はまたちょっと出てくる」

P「はい、いってらっしゃい」

律子「お気を付けて」

 ガチャ…バタン

P「さて……」

律子「プロデューサー殿」

P「なんだ?」

律子「本番の会場がどうなっているか、気になりますか?」

P「ん?ああ、そうだな」

P「運営に関わるかもしれないからな」

律子「気が早いですね」

P「そうだな、ははは」

運営に関わる?

だからこそ、今はオーディションでしょ?


この人、もう勝った気でいるのかしら……。

私まで見下されてるのは、さすがに不愉快ね。


P「明日、ちょうど全員が揃う」

P「そこで代表者を発表しよう」

律子「わかりました」


明後日のことを考えて、明日のことを疎かにするなんて、あなたらしくもない。

思い上がった人には、少しばかり痛い目を見てもらわないと。


オーディションは6月23日。私の20歳の誕生日。

あなたに勝った、一生の記念日にしてあげます。

 ── 翌日 765プロ事務所 ──


P「夏フェスに関しては以上だ」

P「会場は海辺の野外ステージだから、日焼け対策は怠らないように」

一同「はい!」

伊織「で、オーディションにエントリーする代表は決まってるんでしょうね?」

律子「ええ。プロデューサー殿と私から一人ずつ」

律子「私のほうは、伊織にお願いするわ」

伊織「まあ当然よね」

亜美「ちぇ〜。面白そうだから、亜美も出たかったのになぁ」

あずさ「うふふ。二人で伊織ちゃんを応援しましょ?」

亜美「うん!負けたら承知しないかんね!」

伊織「誰に言ってるの?この伊織ちゃんが負けるわけないでしょ」


そう、伊織なら勝てる。

誰よりも伊織の実力を知る私だからこそ、この自信は揺るがない。


あなたはどうしますか、プロデューサー殿?

春香「誰かな〜?プロデューサーさんが選ぶのは誰かな〜?」ソワソワ

千早「ふふ……春香ったら、少しは落ち着きなさいよ」ソワソワ

美希「あはっ♪ハニーがミキ以外を選ぶなんてありえないの」ソワソワ


気分屋で波があるけど、紛れもなく天才の美希。

9人の中で、最も『アイドル』を体現している春香。

やはり、この二人のどちらか?


歌という絶対の武器を持つ千早も、可能性としてはあるけど……。

夏フェスというイベントの性質上、考えにくい。


オーディションにピークを合わせてくる前提なら、相手としては美希が一番厄介。

もっとも……それでも伊織なら遅れをとることはないけど。

P「俺のほうは……」

一同「……」

P「響、お前に任せる」

美希「え?」

春香「わた……あれ?」

千早「……」

響「じ、自分!?」

P「そうだ」

響「ま、まあ自分完璧だからな!別に驚くようなことじゃないけど!」

P「そうだな」

響「ほんとに自分?」

P「ああ、頼んだぞ響」

響「うん、わかった!」


響か……全く予想してなかったわけじゃない。

夏フェスというイメージとの相性の良さから、充分に考えられたことだ。


得意のダンスパフォーマンスは、うちでは真と並ぶ二枚看板だし、歌唱力も申し分ないレベルにある。

パフォーマーとしての実力なら、うちでも一、二を争う存在だろう。


ただ、今回はあくまで『アイドル』としての勝負になる、と私は踏んでいる。

その点で、美希や春香ほどの怖さややりにくさは感じない。


彼の考えが読めないから、油断するつもりはないけど……。

春香「お、おめでとう響ちゃん!私も応援するよ!」

響「う、うん……ありがと春香」

千早「私たちの分まで頑張ってね、我那覇さん」ニコッ

響「う……目が笑ってないぞ、千早」

美希「響にネトラレタ……響にネトラレタ……響に」ブツブツ

響「ね、ねとられ?」

貴音「面妖な……」

響「貴音は応援してくれるよね?」

貴音「当たり前です。響はわたくしたちの代表なのですから」

貴音「もっと胸を張って、堂々としていればいいのです」

響「そうだよな!うん!」

P「それでな、響」

響「ん?」

P「今までどおりのスケジュールに加えて、オーディションの準備もしてもらうことになる」

P「かなりきつくなると思うが……できるな?」

響「うん!やるよ!」

P「よし、いい返事だ」

響「な、なんたってプロデューサーが選んでくれたんだからな!」

響「自分を……///」

春千美「「「負けたら許さないから!」」」

響「ひぃっ!?」

伊織「しっかりしなさいよ。私と勝負するんでしょ」

響「う、うん。いい勝負にしような!」

伊織「ま、勝つのは私だけど」

P「そう簡単には負けてやらないさ。なあ、響?」

響「もちろん!」


ほんと、なにを考えてるのかわからない人。

そのくせ、いつの間にか私の一歩前を歩いてた人。

認めるのは悔しいけど……彼は強い。

強がってるだけの私とは違う。


でも、それがどうしたの?

私は、彼に絶対勝てない?


そんなこと、あるもんか!

 ── 数日後・夕方 765プロ事務所 ──


響「ふあ〜……疲れたぞ……」

伊織「ただいま……戻ったわ……」

P「おう、お疲れさん」

響「もうダメ……休ませて……」ヘタッ

伊織「ふ、ふん!そんなザマで…スゥー…ハァー…この伊織ちゃんに…ゼェー…ハァー…勝とうなんて……」

律子「いいから、伊織もちゃんと休みなさい」

伊織「……そうするわ」ヘタッ

律子「どうせ、お互いに意地を張り合ってたんでしょ」

響「べ、別に!」

伊織「ふんっ!」

小鳥「ひびいお……意地っ張りどうし……イイ!」

律子「わざわざ同じタイミングでレッスンを入れたのは、なにかの作戦ですか?」

P「おいおい、たまたまスケジュールが被っただけだろ」

律子「ふ〜ん……?」

P「どんなやつだと思われてるんだよ、俺は」

小鳥「それはですね!」

律子「!?」


な、なに?なにを言うつもり?

そういえば、小鳥さんには以前ちょっとだけ口を滑らせたことが……。

秋月律子、一生の不覚……!!

小鳥「実は、律子さんは……」

響「おお!?」

伊織「じ、実は?」

P「……」

律子「オホンッ!」

小鳥「!?」ビクッ

律子「小鳥さん……。頼んでおいた書類はもうできてますか……?」

小鳥「い、いえ……まだ」

律子「まだ……?遅くとも今日中にとお願いしましたよね……?」

小鳥「は、はい!今すぐ終わらせます!」

響「えー?実はなんなのさー」

伊織「そうよ、気になるじゃないの」

律子「なんでもない!なんでもないから!」

P「ふ〜ん」

律子「……///」


じ、ジロジロ見るなぁ!

見ないでくださいよ、もう……///

響「それじゃ、うちのみんなのゴハン作らなきゃならないから、自分そろそろ帰るぞ」

P「しっかり休んで、疲れをとっておいてくれよ」

響「うん、わかってる!じゃ、お疲れさまー!」

P「おう、お疲れー」

律伊小「「「お疲れさまー」」」

 ガチャ…バタン

P「今日はもう予定もないし、珍しく早く帰れそうだな」

律子「そうですね。私のほうも……」

P「じゃあ、久しぶりに一緒にメシでも食いに行くか?」

律子「……」

伊織「律子」

律子「え……え?私ですか?」

P「最近忙しくて、なかなかそんな機会もなかっただろ?」

律子「そ、そうですね。そういうことなら……」

小鳥「ご一緒します!」

P「律子がいるから、酒は無しですよ」

小鳥「えー?」

律子「そうですよ!もう酔っぱらいの世話なんてゴメンです!」

小鳥「ちょっとだけ!ちょっとだけですから!」

律子「ダメ!小鳥さんが飲み出すと、プロデューサー殿まで釣られて飲み出すんだから」

P「お、俺はいつも節度を守って……」

律子「はあ?」

P「ごめんなさい……」

伊織「まったく……律子もつくづく損な役回りが好きね」

律子「は?」

伊織「なに?自覚ないの?」

律子「いや、伊織には言われたくないんだけど?」

伊織「は?」

律子「好き好んで、美希や亜美真美の面倒を見てくれてるじゃない」

伊織「私はあいつらの保護者でもお目付け役でもないんだけど?」

律子「あら、自覚なかったんだ」

伊織「そもそも、保護者のあんたたちが頼りないから、私の負担が増えるのよ」

律子「お願いしなくても率先して面倒見てくれるなんて、ありがたい限りね」

小鳥「ふふ」

P「ははは」

律子「なんですか?二人してニヤニヤして」

伊織「気持ち悪いわね」

小鳥「だってねえ?仲のいい姉妹みたいで」

P「うん、見てて微笑ましい」

律伊「「はあ!?」」

伊織「律子が姉で?」

律子「伊織が妹?」

伊織「……」

律子「……」

伊織「こんな小姑みたいな口うるさい姉なんていらないわ」

律子「こっちこそ、こんな生意気で可愛げのない妹なんてお断りよ」

伊織「……」

律子「……」

律伊「「なんだと?」」

小鳥「ぷっ、ふふ……あはは」

P「あはははは」

伊織「笑うな!」

律子「なんなんですか、もう!」

P「いや、すまんすまん」

小鳥「今のやり取り、録画しておくんだったわ」

小鳥「二人とも意地っ張りで可愛い♪」

律伊「「ふんっ!」」

小鳥「あ!私、今日は残業しないと!」

律子「なんですか、急に?」

小鳥「残念だわ〜、お二人とご一緒できないなんて」

律子「は?」

小鳥「ふふ……いいものを見せてもらったから、お姉さんからご褒美です」ヒソヒソ

律子「いや、なにを……」

小鳥「久しぶりなんだから、プロデューサーさんと二人だけで、ね?」ヒソヒソ

律子「な……!?」

P「?」

律子「わ、私は別にそんな……///」

伊織「へぇ……そういうこと」

律子「伊織まで……///」

小鳥「まあまあ、伊織さん。野暮は言いっこなしですよ」

伊織「それもそうね。にひひ♪」

律子「うぅ……///」

P「?」


この二人は……!覚えてなさいよ!


さっきまでなんでもなかったのに……。

彼と二人っきりだと思うと……変に意識しちゃう……。

気づかれなければいいけど……。

 ── 同日・夜 帰路 ──


律子「あの……ごちそうさまでした」

P「律子が同伴してくれるなら、安いもんだよ」

律子「もう、またそういうこと……」

P「結構、本気で言ってるんだけどな」

律子「そう、ですか……///」


ダメだわ……絶対バレてる……。

食事中もドキドキしっぱなしで……ああもう、恥ずかしい!


でも、意識するななんて言われても無理。

今だって……。


P「オーディションは、律子の誕生日だったな」

律子「え、ええ。だからって、手加減なんかしないでくださいよ?」

P「響は手加減できるほど器用じゃない」

律子「いいんですか、そんなこと言っちゃって」

P「なんでも全力で取り組むのが、あいつの強さだろ」

律子「ふふ、そうですね」

P「ああ」

律子「……」

P「オーディション……勝負しないか」

律子「勝負?」

P「どちらも優勝できなければドロー」

P「どちらか優勝したら……負けたほうが、勝ったほうの言うことをひとつ聞く」

律子「えぇ?」

P「どうだ?」

律子「な、なにかやましいことを……」

P「ないない。どうしても嫌なら拒否できるってことで」

律子「それなら、まあ……」

P「OK?」

律子「ええ、受けますよ」

P「よし、勝負だな」

律子「望むところです」

P「お、ちょうど着いたな」

律子「あ……わざわざ送ってもらって、ありがとうございました」

P「どういたしまして。当日、楽しみにしてるよ」

律子「負けませんよ?」

P「お手柔らかにな」

律子「お断りします」

P「はは、それでこそ律子だ」

律子「ふふ」

P「それじゃ、おやすみ」

律子「はい、おやすみなさい」


なにを企んでるのかわからないけど……。

まさか、小鳥さんの本みたいなことを!?

いやいや、そのへんは信用しても……大丈夫よね、たぶん。


うん、勝てばいいだけ。

勝つのは私と伊織!

勝って、もう二度とふざけた態度が取れないようにしてあげます。

 ── オーディション当日 会場 ──


オーディションの会場は、なんと前々日まで非公開。

審査に公正を期すため、ということだけど。


そこは……本番と同じ舞台。


組みあがったばかりの野外ステージは、最低限の音響機材以外、余計なものがない。

ステージを目一杯使って動き回れる。

加えて、海からの潮風。真夏のような暑さ。

太陽……!


やられた。ここは響のステージだ。

本番と同じステージを、設営段階でオーディションに使うなんて。


プロデューサー殿は知ってた?

まさか、そんなわけない。


設営状況を社長に確認していたのは、そういうことだったんだろう。

主催者側が求めるアイドル像。その選考にふさわしい舞台はどこか?

その確信を得るために。


気が早い?バカな。

彼は私より、ほんの一歩先を見据えていただけだ。

今日、この日のことを。

もっとも、気づいたところで今さらだ。

なにより、どんな条件だろうとこれだけは変わらない。

誰より信頼する、水瀬伊織で勝負するだけだ。


伊織「なにシケた顔してるのよ」

律子「……なんでもないわ」

伊織「ステージが野外だろうが屋内だろうが、関係ない」

律子「そうね」

伊織「今日はあんたの誕生日でしょ?」

律子「え?ええ」

伊織「相手が誰だろうと負けてやるもんですか」

律子「伊織……」

伊織「ぼーっとしてないで、なにか言うことあるんじゃない?」

律子「ん!そうよ、勝つのは私たち!」

伊織「当然よ。いってくるわ!」

律子「ええ、いってらっしゃい!」


頼んだわ、伊織!

 ── オーディション 開始 ──


伊織の選曲は……本人と私が迷わず選んだ『DIAMOND』。

奇をてらう必要はない。

伊織と私の、持てるすべてを全力でぶつけるだけ。


残念ながら、私はアイドルとしての才能には恵まれなかった。

でも、伊織は違う。

アイドルになるために生まれてきた、選ばれた子だ。


だって……誰よりも近くであの子を見てきた私が、今もこうして魂を揺さぶられる……!

これがアイドル水瀬伊織。


うん!やれることは全てやりきった。

あとは信じて待つのみ。


伊織に栄冠が輝く瞬間を。

伊織の二人あとに響。

選曲は『神SUMMER!!』。

響の持ち歌ではないけど、まさにこの日のためにあるような歌。


響のために用意されたようなステージに、これ以上ない選曲。

今、舞台袖で瞬きもぜず響を見つめる彼が、ほんの小さな情報の断片から導き出した解答だ。


ほんとに、すごい人……。

でも……だからこそ勝ちたい。


私はあの人に勝ちたい……!

そして───



勝負は本当に僅差だったと思う。

少なくとも私には甲乙なんてつけられなかった。


でも、結果は結果。


オーディションで優勝したのは響。

フェスのメインアイドルを務めるのも響。

それをプロデュースするのはプロデューサー殿。

伊織「負けちゃった……」

伊織「勝たなきゃ、いけなかったのに……」

律子「伊織……」

伊織「律子の誕生日……うぇ……ひっ、うぅ……」ポロポロ

律子「ううん……いいのよ伊織」

伊織「よくないわよ、バカ!」

伊織「負けちゃったんだから怒りなさいよ!」

律子「……」フルフル

伊織「なんで……なんで……」

律子「最高のバースデープレゼントだったわ」

伊織「りつっ……バカ!バカ!」

律子「うん、ありがとう伊織」

 ギュッ

伊織「うぁ……うあぁぁぁぁん……!」ポロポロ


あなたは、私なんかには出来すぎた『妹』だわ。

素敵なプレゼントをありがとう、伊織……。

泣き止んでからも、なかなか立ち直れなかったみたいだけど……。

亜美とあずささんが駆けつけてくれて、伊織もなんとか落ち着いたみたい。

私がなんとかしなきゃいけないのに、情けない……。


二人の前では、「今日は調子が悪かっただけ」なんて強がってたけど。

亜美とあずささんは、そんなのお見通しよね。


私はまだ事後処理があるから、しばらくはここに居残り。

3人は先に事務所に戻った。


ん?道に迷ったりしないわよね?

いつもなら、伊織に任せておけば心配ないんだけど……。

今日は亜美が頼りよ。お願いね!

P「律子、お疲れ」

律子「お疲れさまでした……」


ひとつだけ強がりを言わせてもらえば……。

今日の伊織なら、美希でも春香でも千早でも、他の誰が相手でもきっと勝てた。

ただ一人、響でさえなければ……。


律子「やっぱり、あなたには勝てませんね……」

P「そうでもないさ。こっちも賭けだったし」

P「このステージまでは確信があった。が、天気まではさすがにどうすることもできないからな」

律子「天気が悪かったら、伊織の勝ちでしたか?」

P「さあね。響はそんなに弱くない」

律子「そうですね……」


仮に運の要素があったとしても、それを含めて勝ったのがプロデューサー殿。

私に運を引き寄せられる実力がなかったから、負けただけのこと。

伊織と響の差じゃない。

私とプロデューサー殿の差で負けただけ。


……。

ごめんね、伊織……。

律子「うぅ……ひぐっ……うぁ……」ポロポロ

P「……」

律子「ごめっ……ごめん、伊織……」ポロポロ

P「そういうの、なにより伊織が嫌がるんじゃないか?」

律子「わがっ……わかって……!」


言われなくてもわかってますよ!

伊織のことで、知ったふうなこと言わないでください!


P「泣き虫だな」


うっさいバカ!

誰のせいだと思ってるんですか!

だいたい、なんで伊織の前じゃ泣けないのに、この人の前だと……。

なんか無性に腹立つ!


律子「い……いけませんか!?」グシッ

P「いいや。強がりのくせに、すぐくよくよするのも律子の可愛いところだからな」

律子「か、かわ……!?」


な、なんなのよ、もう!

褒めてるんですか!?バカにしてるんですか!?

P「よし、ちょうど定時だな」

律子「へ?」

P「仕事はここまで。ここから先はプライベートだ」

律子「は、はあ?」

P「20歳の誕生日おめでとう、律子」

律子「あ、はい……ありがとうございます」

P「今からちょっと付き合ってくれ」

律子「え?で、でも、今日は事務所で……」

P「うん、みんなで律子のバースデーパーティだけど……」

P「その前に、ちょっとな」

律子「?」

P「すぐそこの臨海公園だから。ほら、行くぞ」

律子「えぇ?ちょっ……わかりましたよ、もう!」


なんなの、この人。

ほんと、わけわからない。

 ── 臨海公園内 観覧車上 ──


律子「付き合うって、観覧車ですか?」

P「ああ、ここの観覧車は一度乗ってみたかったんだ」

律子「子供ですか……」

P「景色を楽しむのに、大人も子供もないだろ」

P「ほら、夜景みたいにとはいかないが、夕焼けも悪くないだろ」

律子「それは、まあ……」

律子「でも、私なんかと一緒で……」

P「おいおい律子さん。それはムードが台無しだ」

律子「どこにムードなんてあるんですか」

P「なに言ってるんだ。向こうのゴンドラを見てみろよ」

律子「え?……あ」


あんなところで……な、ナニを!?

き、キスだけじゃないわよね?

ここからじゃ見えないけど、他にも……///

もうやだ!ふざけんな、このバカ!

見なかった!私はなにも見なかった!


違う話題!ほら、なにか。


律子「今日は!オーディションの優勝、おめでとうございました!」

P「ん、ありがとう。勝ったのは俺じゃなく響だけどな」


いいえ、あなたですよ。

負けたのは私。

ふんっ!


P「約束は覚えてるか?」

律子「約束?……あ」


負けたほうが、勝ったほうの言うことを聞く、って。

まさか、観覧車に連れ込んだのは……。

無理!絶対無理!

全然心の準備なんて出来てないし!


え?それって、心の準備が出来たら……?

……ないない!


だいたい、こういうときの心の準備なんて、どうすればできるものなのよ。

私にわかるかけないでしょ。


律子「できません!」

P「は?」

律子「さっきの人たちみたいなことなんて、私にはできません!」

P「……」

律子「最低ですよ、このセクハラプロデューサー!」

P「待て」

律子「なんですか?言い訳なら聞きませんよ」

P「違う違う。なにかひどい勘違いをしてないか?」

律子「勘違い!?勘違いって……え?」

P「少なくとも、律子が考えてるようなことをするつもりはない」

律子「は?……あ、いや」

律子「そうですよね……」


穴掘って埋まりたい……。

あ、ゴンドラだから雪歩でも無理か。

……。

なに言ってるのよ、私……。

P「ふーん。俺って、律子からそんなふうに思われてたんだな」

律子「ちがっ!その……」

P「んん?」

律子「う……」

律子「ごめんなさい……」

P「うん、よくできました」


なによ、子供扱いして!

そもそも、先に誤解を招くようなことをしたのは、あなたですからね。


この人と、あんなこと……。

……///

P「なに赤くなってるんだ?」

律子「な、なんでもありません///」

P「?」

律子「それで!私になにをやらせるつもりですか?」

P「ああ、そうだな」


なに?急に真顔になって。

そんなに……見ないでください。


P「今から俺が言うことに、必ず答えてほしい」

律子「え?」

P「YESでもNOでも、ごまかさずに必ずな」

律子「はあ……よくわかりませんが、私が答えられることなら」

P「じゃあ、聞いてくれ」

律子「はい」

P「俺は律子が好きだ」

律子「は?」

P「……」

律子「え?」

な、なんだかおかしな言葉が聞こえたけど……。

負けたせいで、気が動転してるだけよね!

うん!気のせい気のせい!


P「気のせいじゃないぞ」

律子「ふえ!?」


やだ、声に出てた?


律子「だ、だったら、からかってるんですか?」

P「からかってるわけじゃないし、こんなこと冗談じゃ言わない」

P「律子が好きだ」

律子「う……ぁ……」

P「同じプロデューサーとしてだけじゃなく……」

律子「は、はい」

P「うん、まああれだ……」

P「恋人として、俺と付き合ってほしい」

律子「あ……ああ、あの……///」

うん、聞き間違いでもなんでもない。

この人は私が好き。

私と、恋人になりたい……///


律子「わ、私は……その……」


私に気持ち?

そんなの、今さらじゃない。


たった一言、この人に答えるだけでいい。

それだけで、ずっと言えなかった私の想いが……。


 ガコンッ

律子「え!?」

P「ん……そろそろ一周終わりだな」

律子「あ……」

P「今すぐじゃなくてもいいよ。でも、必ず答えてほしい」

律子「……」

P「それじゃ、そろそろ事務所に……」

律子「あ、あの!」

P「ん?」

律子「もう一度、乗りませんか?」

P「観覧車に?……行列はだいぶ減ってるけど」

P「今からまた並ぶと、バースデーパーティに遅れるぞ?」

律子「約束ですから!その……」

律子「もう一周するあいだに、必ず答えますから……」

P「……」

律子「ダメ……ですか?」

P「いや、そういうことならお願いするよ」

律子「はい!」


どうすればいいのか、よくわからないけど……。

もう一周……心の準備をするには十分よね。

この人の想いと、私の想いに……。


頑張れ、私!

 ── 同日夜 765プロ事務所 ──


亜美「遅いよ!りっちゃん、兄ちゃん!」

真美「主役が遅れてきてどうすんのさ!」

律子「え、ええ……ごめんなさい」

P「悪いな。イベントの運営のことで、色々と打ち合わせがあったんだ」

美希「ふ〜ん……?」スンスン

P「なんだ、美希?」

美希「秘密の匂いがするの……」

P「!?」

律子「!?」


この子は……なんでこう無駄に勘がいいかな。


で、でも!まだ、みんなには内緒!

彼との……新しい約束。

真「律子、顔が真っ赤だよ?」

雪歩「プロデューサーも挙動不審ですぅ……」

P「べ、別にキョドってなんか!なあ?」

律子「そそ、そうですよ!赤くなってなんか!ねえ?」

響「怪しい……」

貴音「面妖な……」

あずさ「あらあら……?」

千早「ほう……?」

やよい「うー……?」

P「……」

律子「……」

小鳥「律子さんの裏切り者!」

律子「なんでよ」

美希「あ!ハニーの首筋にキスマークが!」

律子「そ、そんなことまではしてません!」

一同「……」

P「おい……」

律子「あ……」

春香「じゃあ、なにがあったんですか!?」

伊織「白状しなさいよ。にひひ♪」


ダーメ!

約束だから。


律子「内緒です、内緒!ね?」

P「ああ、内緒だ」

一同「えー!?」


いつか、胸を張ってみんなに言えるようになるまで……。

必ずあなたに勝ってみせますから!


覚悟してくださいね、ダーリン♪



おわり

りっちゃん、誕生日おめでとう!
書いてみたら意外と書きやすかったけど、ピヨちゃんほどはっちゃけられないのが辛い

タイトルは有名なキャラの有名なセリフから拝借したけど、特に意味なし

読んでくれたみんな、ありがとう
あとひとりふたり違うキャラを書いたら、またピヨちゃんのほうを書きます

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