クラリス「Honesty」 (11)

 モバマスのクラリスのSSです。なにぶん文才がないので生暖かい目で見守っていただけたらさいわいです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1376129362

 事務所の扉をあけると、音楽が流れていた。穏やかで柔らかい、それでいて寂しくなるようなメロディが。
 
 普段は担当アイドルのCDを聞く以外に使われていなかったその古びたCDプレーヤーの前で、私達のプロデューサーがどこか呆けたように、CDプレーヤーからの音色を聞いていた。
 
 彼は私に気付いたのか、はっとしたように立ち上がり、挨拶の言葉を述べる。

 私もにっこりとほほ笑みながら、いつものように挨拶を行う。

 CDプレーヤーからは、せつないメロディが流れたまま。

「すいません、事務所で音楽を聴いたりなんてして」

 心底申し訳なさそうに彼は言う。

 私は首をゆっくりと横に振って、気にしていない旨を伝えると、彼はまた、彼の席について曲の世界に融け込んでいた。

 レッスンが始まるまで、少し時間がある。

 私も、荷物をロッカーにしまいながらその音楽に耳を傾けていた。

 CDから流れるピアノの最後の一音が糸を引くように名残惜しげに止むと、彼は溜息を吐いてCDプレーヤーのスイッチを切った。

「良い曲でしたね、プロデューサー様」

「えぇ。俺の人生の応援歌みたいなものですから。昔からこの曲には良く助けられています」

 穏やかに笑みを浮かべながら、彼は言う。

「『誠実さ、なんて寂しい言葉』。考えさせられる言葉ですね」

「え、これってそういう意味だったんですか!?」

「えぇ。英語は人並みにしかできませんけれど、このような訳が適当かと思います」

 くすくすと笑いながら、私はレッスンの支度をする。

 レッスンを終えた私は、トレーナーさんや彼に短い挨拶を述べ、教会へと足を運ぶ。

 今日もまた、私を待ってくれている人々がいるのだろうから。

「誠実さ、なんて寂しい言葉でしょうか」

 人通りもまばらな昼の道で、私は一人小さく呟く。

 たった数分の歌に心を揺さぶられたのは、きっとシスターになってから何度もないはずだ。

 ぼんやりと思考を意識の彼方へと追いやり、私は鍵を外して教会の重い扉をあける。

 毎週この時間は私のレッスンがあるため、教会の扉は閉じられているのだ。

 神に付き従うものとしては至極自分勝手な理由で、信仰への道を閉ざしている。

「(……我が主は私を罰するでしょうか)」

 ぞくり、と胸の中に恐怖が湧く。

 既に心も、体も、神に捧げた以上、神から失望されることが無類の恐怖そのものなのだ。

「(いけない、神を試してはいけませんよ)」

 自らの心に活を入れ、教会に明かりをつける。
 
 ライトの明かりを受けて、ステンドグラスと黒いピアノが輝く。

 不意に、歌を歌いたくなった。

 彼が聞いていた、あの歌を。

 私は着替えることもせず、私服のまま、ピアノの前に腰掛けた。

 楽譜がなければ弾けるわけがないが、歌だけは歌いたかった。

「―― If you search for tenderness it isn't hard to find」

 女の私の声には出せない、どこか哀愁を帯びた声を思い出しながら、私は歌を奏でる。

「You can have the love you need to live」

 鍵盤の蓋は閉じられたまま。私も目をつむりながら歌詞をなぞる。

「But if you look for truthfulness you might just as well be blind」

 『盲目になったほうがマシだ』。なんて皮肉な歌詞なんだろう、と私は笑みを浮かべる。

 世界はこんなにも素晴らしく輝いているのに。

 教会の中には、女の私の透き通った声が響くだけ。

「It always seems to be so hard to give」
 
 英語は得意なわけでない。でも、こんな時にはとても役立ってくれる。

 私は歌の意図が損なわれないように、精一杯の哀愁を込めて歌詞をなぞり続ける。

「Honesty is such a lonely word everyone is so untrue」

『誠実さ、なんて寂しい言葉。誰もが誠実ではないなのだから』

「Honesty is hardly ever hard and mostly what I need from you」

 『誠実さ、なんてめったに聞くことができなかった言葉。でも、それが私があなたに求めるものなのだから』

 名残惜しく息を止め、私は上を見る。

 私が信じる主は、いつでも私を見守っていてくださる。

「(……こんな出し物を、気に入ってくれるでしょうか)」

 私はくすりと笑みを浮かべ、修道衣に着替えるために、立ちあがった。

 未熟な説法を終え、私はたまらず息を吐いた。

 どうしても、あの歌が気になっている。
 
 「誠実さ」について述べた、あの哀れな歌が。
 
 きっとあの歌を彼と一緒に歌えたのなら、それはとてもすばらしいことなのだろう。

 だが、私にはそれはできない。
 
 私はアイドルで、彼はプロデューサー。

 ファンの心を裏切って、果たして誠実と言えるのだろうか?

 私はただの瑣末な一人で、彼も瑣末なうちの一人。

 私は幸いにもまだ、知名度は低い。

 だからこそ、やるべきなのかもしれない。

 きっと、私はいずれこの歌を歌おうとするはずだから。

 私はとっておきの不祥事を思いついて、一人ほくそ笑んだ。

 私が仕組んだのは、教会でのライブだけ。

 そこに、プロデューサーである彼を招待して、私の歌いたい曲を歌っただけ。

 Hail holy queenやRex tremendae といった賛美歌を歌って、それから曲調を変えて洋楽を歌っただけ。

 いつも教会に足を運んでくれる方は多少困惑したようだったが、私は満足げに歌を歌った。
 
 そして、プロデューサーに心ばかりの笑みを投げて、それから私は舞台袖に引っ込む。

 私はもはや、神の代理ではなくなってしまった。

 ただのアイドルになってしまった。

 映画ではあるまいに、いったいどこのシスターが教会でコンサートを開くのだろうか?

 いままで神に準じた身が辺獄へ叩き落されるのかと思うと、すさまじく恐ろしかった。

 修道服の内側の十字架を握り締めて祈っていると、彼があわただしく足音を響かせながらこちらに走りよってきたようだ。

「クラリスさん! すばらしかったです! 俺、感動しました!!」

 そうして、舞台袖に一人の私を抱きしてめて、彼は言った。

「ふふ、プロデューサー様。私はすでに神に仕える資格をなくしたようです」

 自嘲気味に笑って、私は言う。

 すると彼は、絶望したような表情を浮かべて言葉をつむいだ。

「確かに、神様は貴女にお怒りかも知れません。でも、俺は貴女が生きている間、貴女のファンですから」

 一体彼が何を言っているのか、私には理解できなかった。

「俺にとっては貴女が、スーパースターなんです。だからもう一度、ファンの前で歌ってください。『Honesty』を。お願いします!!」

 そういって、彼は深々と頭を下げる。

 たまらず、私はおかしくなってしまった。

 そうだったのだ、私はアイドルで、彼はプロデューサー。

 ならば私は、ファンの皆様に夢を見せることが勤めではないか。

「分かりました。ただし、条件があります」

 私のその言葉に、顔をほころばせて彼は私の瞳を見つめる。

「貴方も、私と一緒に歌ってください」

 絶望したような彼の表情をみて、私はたまらず、意地の悪い笑みを浮かべた。

拙作を失礼致しました。投下してみたら思った以上に短かったのでモバマス総合スレでやれば良かったなと思っております。
HTML化依頼してきます。

おっつ
いいよねビリー・ジョエル 心に染みるわ

>>8
まさか元ネタ分かる人がいるとは。。。
ありがとうございます。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom