【ミリマス】莉緒「それでも君には戻れない」 (87)



「……お話をいいですか?」

「私で……話せることなら」

「あの……ありがとうございます」

「い、いえ! お礼を言われるようなことは私は……」

「いえ、莉緒さん……お話を……お願いします」

「……えっと……出会ったのは何もない街でしたよ」




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出会ったのは何も無い街だったんです。
彼は喫茶店の会計で小銭を出すのに手間取った挙句、
財布をひっくり返して小銭を床にばらまいた私を笑わずに手伝ってくれたのが最初でした。

「ありがとうございます」

と言うと「いいんですよ」と返してくれました。
あの時の眩しい笑顔にやられたんだと思います。

私、今でもこの話は惚れっぽいとかを通り越して
馬鹿みたいだと自分でも思う時があります……。



その彼とまた出会うのは数時間後……。
私、実はこの時、なんというかその……無職でして。
お恥ずかしいことながら。


前の会社は上司のセクハラに耐えられなくて辞めたんです。
そして、私はその日、気が迷ったのか
友人に乗せられてアイドルのオーディションを受けてたんです。


もう結構大人にはなったんですけど、
どうしても子供の夢が忘れられなかったんです。


キラキラのステージに立って可愛い衣装やドレスを着て、
たくさんの声援を浴びる。これも我ながら子供みたいな夢だと思います。



そんな夢を抱えた中身は子供のままの私は
オーディション会場に来ていました。



「百瀬莉緒です。特技は……セクシーポーズです」

「おお、それじゃあやってみてください」

「えっ!?」



まさか口八丁で言った言葉を真に受け入れられるとは思ってなかったけど、
仕方なく私はそこでテレビの見よう見まねのセクシーポーズを披露してました。
微妙な空気になりましたけど。

私はこの時ばかりは本当に塵になって消えたいとさえ思ってました。
でも……。



「すみません、遅れました」



と遅れてオーディション会場の扉を開ける人が。
それがさっき喫茶店で小銭を拾ってくれた
私の後ろに並んでいた彼だったんです。



「打ち合わせの電話が長引いてて……」

とオーディションの同席者に言い訳をしている彼は
資料を受け取り、私の顔を見るなりやっと「あっ」という顔をしていました。



私は彼が気がつくまで自分で出来ると言ってやっていた
セクシーポーズを続けていましたけど。



彼こそが765プロの新しいアイドルプロジェクト、
その名も39プロジェクト。そのプロデューサーでした。


若いのに凄いとも思っていたけど、
童顔なだけで彼は30手前だったんですよね。


オーディションが終わったあと彼のことを私は出待ちのように待ってみたんです。

本当はそんなことするようなタイプではないのだけど、
何故だかお礼がしたかったんです。


たぶん、下心から来るものだったんだと思います。
ここで少しでもアピールを増やしておけば
あるいは合格出来るかもしれないとか、
それ以上に彼に近づけるのではないか、とか。




「あの……」

「ああ、さっきの百瀬さん」

「今日はありがとうございました」

「いえいえ、本当はオーディション以外での接触は
 不公平になるので禁止なんですけど、
 まあ、私達は既に会ってしまっていますからね」

「そう、ですよね。あの、小銭拾ってくれたのもありがとうございます」

「いいんですよ」





彼はあの時と同じように優しく微笑むだけでした。
そのまま小さく「それじゃあこれで」と去ろうとして、
振り向いて言ったんです。



「これからよろしくお願いしますね」と。





私はその時、
自分がこのオーディションに合格したんだと直ぐに理解しました。


どうして私が合格したのか、結局は今でも分からないままでした。
彼は出待ちをするような私に見込みを感じて合格にした訳では決してないと今では思います。
そんなことではなびかない、そういう人。


後日、
少し経ってから合格の連絡が改めて来た時、
私は寝ていました。


朝の10時まで惰眠を貪る、
怠惰な生活を送りながら合格通知を待っていたんです。


「今から事務所に来れますか?」


という彼の声を聞いて私は飛び起きました。
それから最小限のメイクだけして急いで家を飛び出しました。



オーディション会場が事務所とは別だったから、
なんて言い訳をしながら私は道に迷い……
結局事務所に着いたのは12時頃でした。


彼は私に新しいジャージをまず渡してくれました。


「うちの専用のジャージです。
 うちの事務所の子はみんなこれを着てレッスンしてますから。
 百瀬さんもこれでお願いしますね」

「もう?、莉緒でいいわよ。莉緒って呼んで?」


「は、はぁ……。で、場所がここです。
 行き方はそんなに難しくないと思いますけど……
 うちに来るまでに迷ってるとなると少し心配ですね」

軽くスルーされてました。この時は。


この後、結局、直ぐに仲良くなったこのみ姉さんと出会うんです。
馬場このみさんです。

事務所にたまたま来ていたこのみ姉さんに
連れて行って貰ってそこで一緒にレッスンを受けて。




私、それからどんどんアイドルとして成長していったんです。
彼の厳しくもあり、優しさのある指導のおかげで……。


仕事で大成功を収めることもあれば、
失敗することもあったし、
その時々の自分の成果が直接跳ね返って
結果や評判に繋がるこの業界にどんどんのめり込んでいきました。

それもきっと彼のサポートがあったおかげだと思います。




私たちはそれから……。


「百瀬さん、今日も頑張りましょう」
「うん、任せて!」




「百瀬さん、今日のレッスンはいい感じだったと聞きました」

「ほんとう? ねえ、今度観に来てよ。ね?」




「百瀬さん、次の曲のデモです」

「ねぇ?、いつになったら莉緒って呼んでくれるの?」

「……ふぅ。百瀬さん、お願いしますね。
 一週間後にこの曲の最初のボーカルレッスン入りますから」

「はーい」



「プロデューサーくん、今日、夜空いてない?
 このみ姉さん達も一緒なんだけど」

「ありがとうございます、でも遠慮しときますよ。
 百瀬さんや馬場さんも女性同士で話したいこともあると思いますし」



「ねえねえ! プロデューサーくん!
 今度の写真撮影、クールにって言われてるの!
 でも私これにはセクシーの方が合ってると思うんだけど」


「クライアントの要望は確かにクールですね……。
 でも、このコンテンツとコンセプトなら
 セクシーで攻めてもいけるかもしれませんね。
 少し当たってみます」



「百瀬さん、この前の……やはりセクシーで行くことに変更になりました。
 クライアントも提案に喜んでくれていました。百瀬さんのおかげです」

「ほんとう!? やった! 撮影はもちろん立ち会うんでしょう?」

「……分かりました。空けておきます」



「百瀬さん、先日の雑誌、好評みたいで売上伸びてると報告頂きました」

「やった! お祝いいきましょーよ! ね?」

「今日はまだ残業があるので……
 後日、行きましょうか。他の皆さんも一緒に」

「ほんとっ!? よーし! みんなでお祝いするわよ!」



「みょ、ももせしゃんは……
 もっと……やればできるんですよ……!」


「あ、ありゃあ……やりすぎちゃったかしら……」



「……き、昨日はすみませんでした」

「いいのよいいのよ!
 みんな珍しいものが見れたって喜んでたわよ?」

「い、いえ……それでも何となく覚えている言動を
 どうしてあんな風にしたのかは分からないんです」

「大丈夫大丈夫! そんな落ち込まないで。
 ほら、とっても楽しそうでしょ?」

「なっ……写真……!? け、消してください……」

「ふふふ、だーめ♪ どうしても消して欲しかったら
 私のことを莉緒(ハート)って呼んで?」

「消してください、り、莉緒……」



「もっと、愛情込めて呼んでくれなきゃ、嫌?」

「……その写真、変ですから消してくださいよ」

「そ、そんなに嫌なの? 変じゃないわよ?
 全然変じゃない。私を信じて。ね?」

「……ふぅ。分かりました」

「またため息ついちゃって?」

「ですが、人には見せないでくださいね」

「はーい」



「痛たたた……」

「大丈夫ですか!?」

「うん、挫いただけだから……」

「病院、一応行きましょう。ステージはもう今週末なんですよ」

「うん、ごめんなさい」

「いいんですよ」

「あ、……うん。うん」

「……? どうかしました?」



「ううん、初めて会った時も……
 そうやってしゃがんで私のこと見てくれたなって……。
 覚えてる? 忘れちゃった?」

「なに、馬鹿なことを言ってるんですか。
 ほら、背中乗ってください。スタジオの1階まで運びますから」

「う、うん……」

「……っと……よ……う……ぐ……」

「だ、大丈夫……!? 重くない!?」

「ぐ、こ、これ……くらい……!! 重くないです! あと……」

「……?」

「……忘れる訳、ないです」






「……ごめんね、ごめんね……」

「いいんですよ、もう泣かないでください」

「だって、私が無理矢理出たいって……言ったから」

「百瀬さんは最善を尽くしました。
 他のメンバーも全力でバックアップをしてくれました。
 誰も責めませんよ」

「みんなが……せっかく用意してくれたのに
 ……私1人のせいで台無しにしたんだよ!?」


「百瀬さん、一緒に行きますから、
 百瀬さんが気が済むようにみんなに謝りに行きましょう。
 捻挫している百瀬さんをステージに立たせることを
 決めたのはこっちなんですから」

「どうしよう……私、みんなに言われることが怖い……
 絶対そんなことみんな言わないって、
 みんな優しいから言わないって分かってるのに……でも怖い」

「……最期の時を迎えたとしても味方でいます。ですから、行きましょう」




「ねえ、プロデューサーくん」

「百瀬さん? 今日は……オフでは?」

「そうなの。でも気がついたら来てて……何か手伝わせて」

「ありがとうございます。
 ですが、百瀬さんに手伝って貰うことはありませんよ。
 これはこっちの仕事なんですから、
 百瀬さんのお手をわずらわせることはありません」

「……そう」

「……えっと……今日は早く上がれると思うので、
 どこか晩御飯付き合ってくれませんか? ご馳走しますので」

「えっ!? 行くいく!
 じゃあ、あっちの会議室で大人しく待ってるわね!
 お店は任せて! 何食べたい?
 私今日、イタリアンの気分なのよね?!」

「イタリアン、……任せてください」



「……私、ミラノ風ドリアで」

「カルボナーラをひとつ」

「ねえ、プロデューサーくん?」

「はい?」

「どうしてサ〇ゼリアなの?」

「えっと……美味しいから、でしょうか?」

「……分かったわ。今日は許してあげる」

「え? ダメでしたか?」

「ううん、いいわ。……でも、次からは私がお店を選ぶわね」



「いい? プロデューサーくん、
 女性というのはこういう所に連れてきて欲しいものなのよ」

「……なるほど」




「どうして、プロデューサーくんは私のことを莉緒って呼んでくれないの?」

「どうして……? 百瀬さんの方が仕事の同僚としての呼び方は正しいと思うので」

「……私のことまだそんな風にしか見てないの!?」

「え? えっと……はい」

「……! ばか! 知らない! 私帰る!」

「え、まだコースのメニュー残ってますよ?」

「……っ!」

「……」

「……」

「……」

「……追いかけて来てよ!」

「まだ残ってるのに誰も居なくなったらお店の人が困ると思って……」

「……あー、はい。そうですか」





「じゃあどうしたら私のことは莉緒って呼んでくれるの?」

「どうしたら……?」

「1回呼んでくれたじゃない? もう1回呼んでよ。ね?」

「り、莉緒……」

「そう、もう1回」

「莉緒……」

「もっと優しく呼んで」

「優しく……? 莉緒」

「もっと」

「莉緒」

「好き」

「好き……。好き……!?」


「ふふ、言っちゃった」

「……えっと……」

「ねえ、私のこと……好き?」

「……え、えっと……は、はい」

「ううん、違う」

「え?」

「好き? って聞いてるんだから、好きって答えて。私のこと、好き?」

「は、はい……好き……です」

「もう1回言って」

「好きです」

「誰のことを?」

「百瀬さんのこと」

「今のわざとやった!?」

「えっ!? あっ、り、莉緒のこと……好きです」

「ほんとう?」

「ほんとうです」






「お店であんなやり取りしてたって思い出したらちょっと恥ずかしいわね」

「そうですか?」

「あ、そう?」

「り、莉緒のことが好きです。
 これは何も恥ずかしいことじゃないです」

「ふふ、まだ私の名前呼ぶのにどもってるわよ?」

「……練習します」



「はぁ……はぁ……! どうだった!? ねえ!」

「ええ、完璧なステージでした。さすがです」



「百瀬さん、今日のお渡し会、すごく好評みたいですよ」

「もう、莉緒でしょ? やり直して」

「で、ですが……他のスタッフもいますので」

「ふーん?」

「……り、莉緒。あまりわがままを言わないでください。
 今日のとてもみなさん褒めてくれていますよ」



「莉緒、ほら、もう帰りますよ」

「も、もう一件だけ行きましょう?
 ね? だって最近忙しそうで私も我慢してたのよ? ね?」

「一杯、だけですよ」

「いーっぱい、ね?」

「いいえ、一杯です」

「だめぇ?」

「伊吹さんから教わったんですか?」

「えへへ」

「だめです。一杯だけです」




「莉緒!」

「ど、どうしたの!?」

「雑誌の表紙が決まりました! やりましたね!」

「ほ、ほんとに!?」

「ええ、ほんとうですよ!」

「よーし……! 最高のものにしましょう!」

「もちろんです。莉緒」

「……?」

「今夜はお祝いしましょうね」

「うん! うんうん、もちろん!」



「莉緒? デモのテープが届いてますから、入れてくださいね」

「はーい、任せて」



「莉緒、今度のイベントではこういう衣装なんですが……」

「お……おお? まじ? ううん、イケるわ! やってみせる」




「剃らないとまずいわよね……」

「えっと……任せます。
 その辺に関しては聞かれても
 さすがに分からないこともあります」

「ねえ……手伝ってくれる?」

「……えっ!?」




「ねえ」

「はい」

「優しくしてね」

「……はい」





「夢があるんです」

「……どうしたの?」

「莉緒を……いつかナンバーワンのアイドルにしたいっていう夢が」

「……私が?」

「はい。これは本気で言ってます」

「私なんて……」

「私なんて無理? 本当にそうでしょうか?
 今の莉緒は実質的な知名度や活躍は
 十分にその位置を狙えると思っています」

「……」



「今年、行われるアイドルの祭典
 アイドルアカデミー大賞……
 今から半年後の12月です。
 そこで大賞を取るのが実質のナンバーワンですよ」

「そうなの?」

「ええ、そうです。
 だから……一緒に目指してくれませんか?」

「私と?」

「そうです。そのためにはまず仕事も増やしていって、
 メディアの露出も増やしていきましょう。
 そうしたら、ノミネートに近づいていきます。
 今の莉緒の知名度だとノミネート自体は簡単にされると思います。

 そうしたらあとはひたすらに仕事とライブとを
 繰り返してトップへと駆け上がれます。
 少し、忙しくなりますが……一緒にやってくれますか?」


「……私、あなたとならやれる気がするわ。
 大丈夫、あなたが選んだ私だもの。きっと大丈夫。
 あなたの期待に応えてみせるわ」



私達の関係はいつしか
一人のアイドルとプロデューサーという枠を
超えていました。

もうそれどころではないくらいに……。


言い方は悪いけれど
少しお互い依存しているような関係になりかけていました。


でも、それは別に悪く思ってなかったんです。
私も彼も。



彼が私を信じてくれていて、
もちかけてくれたIA大賞……。

とてもじゃないけど私は最初は無理、
なんて思っていたけれど……
彼の言葉を信じてがむしゃらに目の前にあることだけに
集中して取り組むことにしていったんです。


一生懸命に。
そして誠実に。


彼も私がどんどん仕事をこなしていくのを見て、
じゃんじゃん仕事を入れてくるんです。
それも容赦ないくらいに。

だからそれで何度も喧嘩したわ。
お互い分かっているから最後は私が折れるんですけど。



「こんなスケジュール無理よ!
 ダンスだってまだ覚えきれてないわ」

「うん……わかっています。
 でも次のテレビの番組が成功したら次にも繋がるんです。
 今回の番組のディレクターもプロデューサーも
 莉緒のことをすごく気に入ってくれているんですよ。
 それを裏切るわけにはいきません」

「私は潰れても構わないわけ!?」

「そうは言っていません。
 すぐあとに休みを設けます……。
 ここだけ……辛抱してもらえませんか?」

「……がんばる」

「ありがとうございます、莉緒」




過密になるスケジュールに
私は次々とハードルを超えるばかりで先が見えなくなっていました……。


でも、私はもう自分が忙しいから、
覚えることもいっぱいあって……ダンスも歌も……。
番組の進行や人の顔、業界のあれこれ。


だから彼のことをないがしらにしがちだったのかもしれないんです。

忙しいのに……って思っていたけれど、
いつの間にか忙しさを理由に彼を放っておいたのは
私の方でした。





彼、結構不器用なところがあって……
仕事を埋めることでしか私に会えないと
思っていたところもあるみたいなんです。

私ならすぐに呼べば飛んでいくのに……。



そうね。呼んでくれたら……いつでも飛んでいくのに。





夏の本番が始まる頃にはスケジュールの過密具合は
ピークに達していて、……世間は夏休みムード。


毎週末のように大きなイベントが重なって
汗をかいてもシャワーを浴びて着替える暇なんてなく、
そのままタクシーに飛び乗ることが多かったですね。

タクシーの中で言い争いになりそうなくらい
大きな声を出して汗ふきシートみたいなので汗を拭いてました。


彼もどこかに電話をひっきりなしにかけていて、
電話がかかってきて、また電話してメールを見ての繰り返しでした。



電話をするたびに開く手帳のスケジュール欄は
びっしり文字で埋め尽くされていました。


ひどい時は途中でお金だけ握らせてくれて
タクシーから降りて別のタクシーを捕まえて
打ち合わせに向かったりしていました。


きっとどこかから呼び出されたり、
別の子の現場のトラブル対応に追われたりしていたんだと思います。


私以上に……彼のことが私は心配になっていました。
でも彼にそのことを問い詰めても同じことを繰り返しました。


「大丈夫、12月に成果が出るから」




夏が終わる頃、
彼の荷物には常に栄養剤が入ってるような状態でした。


目元のクマは日に日に濃くなっていく一方で。
移動のタクシーでは電話が切れた途端に、
彼の電池が切れたように眠ることもありました。

起きたら起きたで「今、何分寝てました……?」って私に聞くんです。



一方の私は水着の写真の仕事とか
歌、バラエティの出演、深夜番組やトークの番組……
いろんな番組に出させてもらいました。


彼のおかげで今は別の事務所のお友達も増えて
女性のお笑い芸人なんかもお友達になってくれたりして、
テレビ局の廊下ですれ違うと声をかけてもらったり。


それはタレント同士だけではなく、
業界のスタッフさんからも「応援してます」とか
「実はファンなんです」とか。


女性のスタッフさんからは
「どうしたらそんなキレイでいられるんですか」とか聞かれたりして。


そして、どこからか聞こえてくる
「IA大賞は莉緒ちゃんだね」
なんて噂話。

これを聞くと私は必ず彼に報告していました。



「今、局内でIA大賞は私だって言ってる人がいたの!」


そう言うと、クマだらけの目元の彼の瞳に光が戻るんです。

キラキラしてて、
子供みたいに「ほんとうですか!?」って。

小さくガッツポーズまで取ってる時もありました。


この頃から街を歩いても声をかけられることが増えてきたんです。



「最近がんばってますね!」

「ファンなんです!」

「大好きです!」

「いつも応援してます」

「IA大賞、莉緒ちゃんに投票する!」



これも私は彼に報告していました。逐一。

きっと彼も喜んでくれると思って。



秋頃になるともうネットでもテレビでもIA大賞の特集が組まれたり、
去年は誰だったとか、今年はどうだとか……
もしかしたら少しだけ見てくれたかもしれないですけれど。


でも私と彼はその噂話や浮足立つ内容に耳を傾けながら
遠征のイベントやライブを繰り返し、
帰ってきてラジオに出演したりテレビに出たり、
地方でテレビやラジオ、イベントに出演。


移動の時間にダンスの振りを覚えて。
新幹線でファンに握手を求められて、写真を撮ったり。


嬉しいことに「見ない日は無い」なんて言われたりしてました。



そして。




11月の頭でした。
彼が入院をしたのが。




原因は過労でした。きっと覚えていると思います。
私は仕事の合間を縫ってお見舞いに行っていました。


その時はお会いしませんでしたね……。
お会いするかもしれない、とは思って……
毎回気合を入れていたんですけれど。

いえ、いいんです。大丈夫です。



一週間もしないで病院を飛び出した彼は
遅れを取り戻すようにまたがむしゃらに働いていました。


「大丈夫なの?」という質問に、
彼は「もうすぐ夢が叶うんです」って答えるんです。


家に帰って、私少し泣いてました。
心配で……心配で。




だから社長に直談判して
彼を少し休ませるようにお願いしたんです。


彼はむすっとした表情で
「余計なことはしないでください」って言ったんです。


……もう私、頭に血が登っちゃって……。


この時……本当に言い合いの喧嘩をして……
このみ姉さんが仲裁に入ってくれなかったら
もう少しで殴り合いの喧嘩になってたかもしれない
というくらいお互い怒鳴り合っていました。
大人気なく……。

事務所にはまだ小さい子どもたちもいるんですけれど、
みんな怯えちゃってました……。

ただ……心配だったんです。
余計なことだったのかもしれないですけれど。



だから彼は私に心配をかけまい、
と余計に仕事を張り切るようになったんです。


もう弱みは見せないと。何のミスもなく結果が出るまで。


私にも少し嘘をつくようになりました。

「大丈夫」って笑うようになりました。



11月の終わりに……ノミネートが発表されました。


私は……無事に、
彼のおかげでノミネートされていました。


他にも多くの有名事務所のアイドルがノミネートされていました。


正直、みんな名だたるアイドルばかりで
全員、聞いたことある人達でした。


私よりもきっと実力のある……。



だから、少し怖気づいて……彼に励まされて。
私が彼を励まして。

そうやって日々を過ごすようになりました。



でも、もうここまで来たら、
あとは気合と根性で1日ずつを乗り越えて行くしか無い。

彼はこの時になっても、
本気で狙いに行っていることが分かることを何度も言っていました。

こんなに……私のことを考えているんだって、
もう一度、改めて思うようになったんです。
少し忘れかけていましたけど。



もう一度自分を奮い立たせて、
最後のひと踏ん張りだからって。

私が信じた彼。彼が信じてくれた私を
……もう一度信じて頑張るんだって。

そう思ったんです。


テレビの仕事も
ラジオも
歌も
ダンスも
イベントも
撮影も……。

何もかも……。


私は彼のために。
彼はきっと私のために……。




12月24日……IA大賞の授賞式の日。

朝から会場に入って念入りに打ち合わせとリハーサルを繰り返してました。
でも彼の姿は見えなかったんです。



彼に何度もメッセージを送りました。

「どこにいるの?」
「今なにしてるの?」
「来れる? 大丈夫?」



夕方、もう私は何度か彼に電話をかけました。
繋がるのは留守電だけ。
彼の性格だから、どこかで何か忙しく動いているのかもしれない。
緊急な打ち合わせで出れないのかもしれない。

でも私、彼のことを信じていました。
もし遅れても、授賞式に間に合わなくても。
私を迎えに来てくれるって。

昨日の晩に私は彼と電話をしていたんです。



「いよいよですね」

「ええ……もう緊張しっぱなし。全然眠れそうにないの」

「こっちもですよ」

「……ねえ、私、どうだと思う?」

「きっと莉緒が大賞ですよ」

「うん。……うん。ねえ」

「なんですか?」

「好きって言って」

「好きですよ、莉緒。莉緒?」

「なに?」


「愛しています。IA大賞が終わったら
 正式にお伝えしたい大事なお話があります」

「なによ、今言いなさいよ」

「終わったらです。
 もう、気づいていると思いますけど」

「ううん、全然わからない。
 言ってくれなきゃ。ね?」

「ええ、ですから、明日言います」

「えー。気になって眠れないじゃない。
 打ち合わせ遅刻したらどうしてくれるの?」

「莉緒はこういう時、どちらかというと
 楽しみで早起きすることは知っています」



「うぐ……。ふふ、ねえ?」

「はい」

「目一杯、私のこと抱きしめてね」

「ええ、莉緒。あの……好きって言ってくれませんか?」

「あら? 珍しいこともあるのね」

「……だめでしょうか?」

「だめじゃないわ。でも……そうね。
 あなたがかしこまって伝えてくれるお話にきっと私はそれで答えると思う」

「今は言ってくれないんですか?」

「あなたも今言ってくれないじゃない」

「じゃあ、明日……」

「ええ、明日」



そう言って電話を切りました。







彼、事故に遭っていたんですね……。







授賞式が終わる頃になって、
同じ会場に出席してくれていたこのみ姉さんが真っ青な顔で、
手がぶるぶる震えながら、
私に電話を渡してくれたんです。


電話の相手は社長でした。
私、そこで初めて知ったんです。


年末時期の忙しい都内の交通状況で、
彼が一回倒れた過労と同じ……
意識の朦朧とした運転手の乗ったトラックとの交通事故だって。

会場に大急ぎで向かっている最中に。



授賞式の最中はカバンにしまってあった自分の携帯を見て、
未だに私の送ったメッセージだけが残っていて、
既読にはなっていませんでした。


私……訳が分からなくて……
でもこのみ姉さんにほっぺたビンタされて
やっと少し正気が戻って、背中押してくれて、
ドレスのままタクシーに飛び乗って病院に向かったんです。


でも……もう……間に合いませんでした。





「……」


「……」


「……そうだったんですね。
 ありがとうございます。
 ごめんなさい辛い思いを思い出させてしまって」


「お母さん、私……彼に最後、
 好きだって変に意地悪しないで……
 ちゃんと伝えれば良かった。
 って今でも後悔しているんです」



「きっと、あの子にも……莉緒さんの気持ちは
 ずっと伝わっていたと思いますよ」

「……そう……だといいんですけど」

「あの子ね、おっきな花束を持っていたそうよ
 ……あなたにあげるための」

「……そう……ですか」


「あの子……。時々帰ってきたりしていたんだけれど、
 莉緒さんの話ばっかりしていたわ。
 
 入院してからは私も少し様子を見たり、
 連絡を取ったりしていたんだけれど、
 口を開けば莉緒さん、莉緒さんって……。
 
 あの子、あなたに出会えて本当に良かったと思う」







「そんな……でも、私……あわせる顔がないですよ……だって」






「だって……私……」







「大賞取れなかったんです……」




「そう……」

「お母さん……ごめんなさい。ごめんなさい……」

「いいのよ……泣かないで」


ああ、同じ顔をするんだ……。




火葬場に残り、やっと私は彼の母親に話をできた。

こんな形でお母さんにご挨拶をすることになるなんて
思わなかったけれど。
2人きりで長いこと話をした。

彼の幼い頃の話や反抗期の頃の話。
どれもこれも彼の目線で聞いたことのある話が一変し、
母親の視点で私の脳に入ってくる。

そのイメージは私の知っている彼とはかけ離れていて、
とても想像がつかなかった。



お母さんはまだ優しい笑顔で言う。


「今度うちにいらっしゃい。写真たくさんあるから見ていって。
 あの子は嫌がるかもしれないけれど」


そう言った時私は自分の携帯に入っている彼の酔った写真を思い出した。
彼には見せないでって言われた写真だけど……彼には内緒でお母さんに見せた。


「あの子、そう……お酒はてんで駄目なのよね……」


私の見せる携帯の画面にはぽたぽたと涙が落ちる。
つられて私も泣いてしまった。


私は深く、頭を下げ、火葬場をあとにした。
さっき携帯を開いた時に見えた
事務所からの留守電を思い出すも、
かけ直さずに私は自宅のアパートに帰ってきた。

「ただいま……」

カーテンの締め切った薄暗い部屋に私の声が響く。




私はもう一度メッセージアプリを開く。
最後に電話をかけた履歴がある。
どれも不在になっているけど。


彼のメッセージアプリに
私は「好きだよ」と打ち込んだ。

「大好きだよ」と打ち込んだ。

「会いたいよ」と打ち込んだ。



既読にならないのなんて分かってる。
バカバカしい。彼の携帯だってもう解約するだろうし。

彼のメッセージアプリに

「ごめんね、大賞取れなかった。来年、私また頑張るから」

そう打ち込んだ。




彼はなんて言うかな。
「いいんですよ」って言ってくれるかな。



彼とのメッセージのやり取りを遡る。
遡るごとに……彼の思い出が蘇ってくる。

隣に彼がいるかのように鮮明に。

思い出の中の彼は、私に優しく微笑みかけてくれる。
もう戻れないと知りながら、大切に彼を思い出す。




私はもう一度、彼のメッセージアプリに
「大好きだよ」と打ち込んでアプリを閉じた。



おわり


おつかれさまです。
IA大賞ってそんなクリスマスの時期にやってたっけ?とか
そもそもグランプリとかグランドファイナルとか
そういうのすっかり抜けてました。


本当に参考にしてるか分からない参考文献:
B'z それでも君には戻れない
百瀬莉緒 Be My Boy、WHY?、Border LINE→→→

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