勇者「最期だけは綺麗だな」後編 (34)


※※※※※※



人間は天使でもなければ獣でもない。

だが不幸なことに、人間は天使のように振る舞おうと欲しながら、まるで獣のように行動する。



ブレーズ・パスカル




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【#1】漣

村娘「ありがとうございました~!」

「また来るよ~」

「ご馳走さま~!!」

バタンッ…

村娘「……ふぅ」

女将「お疲れさま。もう遅いし、今日はこれでお終い。後片付けしましょ?」

村娘「食器洗います!」

女将「うん、お願いね。今夜はお客さんが多かったから片付けも大変だわ……」フキフキ

村娘「遠くから来た人もいたね」カチャカチャ

女将「そうね。遠方から来た旅商人なんて久々に見た気がする。年々魔物は増えてるって言うし、あの人達も大変でしょうね」

村娘「一人は怪我してた。小さい奴に噛まれたって笑ってたけど、大丈夫なのかな……」

女将「きっと慣れているんじゃないの? 辞めるわけにもいかないでしょうから」

村娘「うん、子供が四人いるんだってさ」カチャカチャ

女将「あぁ、言ってたわね。そりゃあ危なくても辞められないわ……」フキフキ

村娘「奥さんも心配してるだろうなぁ。俺が魔物に喰われたら嫁は泣いて喜ぶとか言ってたけど」

女将「あははっ! あれは仲が良い証拠。だって四人も子供がいるんだから」

女将「でも、西側の教皇領から来たって言っていたから帰るまでが大変よ」フキフキ


村娘「この街で荷を下ろして、都で次の荷を積んでから帰るんだって話してた」

女将「西側から南側、凄い長旅よね。あれで笑っていられるんだから尊敬するわ」ハァ

村娘「最近は街の雰囲気も暗いから、ああいう人達を見ると元気になる」

女将「そうね。最近は何だか変な感じがする。どんよりしてると言うか、ねえ?」

村娘「うん。別に、街の人達が暗いってわけじゃないのに、何なんだろ……」

村娘「それに、この前は近くの森に星が降ったって聞いた。大したことなかったみたいだけど」

女将「何かの前触れなのかも」ポツリ

村娘「え?」

女将「そんな気がするだけよ? でも、すぐに良くなる。さっきの旅商人の話、聞いたでしょう?」

村娘「勇者が龍を倒したって話? 他のお客さんは全然信じてなかったけど……」

女将「噂話だって本人も言っていたけど、西側ではちょっとした騒ぎになってるって話よ?」

村娘「それが本当なら、何で早く伝えないのかな。なんかこう、正式な?」

女将「色々あるんじゃないの? 報告とか事実確認とか、ご挨拶とか。教皇領にいるのは嘘じゃないと思うけど」

村娘「(勇者ってそんなことまでするのか……)さっきの話、女将さんは信じたの?」

女将「信じたいのよ。でも、魔物は消えていないし、やっぱり噂話なのかもしれないね……」フキフキ


村娘「……」

女将「……最近、勇者のことをちょっと話してくれたじゃない?」

村娘「うん……」

女将「本当に、龍なんて怪物を倒せると思う? 龍を倒せるような人だった?」

村娘「分かんない。龍だなんて想像も出来ないし。だけど、何だろ……勇者は、戦うと思う……」

村娘「勝てるかどうか分からなくても、戦ってくれると思う。そんな人だったから……だから」

女将「……」

村娘「あたしも信じたい。そうなるって信じたい」ウン

女将「ふふっ、そうね。龍を倒してこの街にでも来たら、タダでご馳走したいわ」ニコッ

村娘「あははっ! でも、宮廷とかで食べたりするのかも……」

女将「とんでもなく偉い人に囲まれて?」

村娘「そう! お姫様とか貴族とかに囲まれて、こう、豪華絢爛な感じで、こんなお辞儀して」ササッ

女将「はははっ! だけど、本当にそうなるかもしれないね。こんな所には来ないか」


村娘「でも、そういうの苦手そうだったな……」

女将「庶民的?」

村娘「庶民的って言うか、何となく同じ匂いがしたんだ。気取った感じもなかったし」

女将「田舎生まれってことかい?」

村娘「うん、多分そう。あたし達みたいな暮らしに慣れてるみたいだった」ウン

女将「へえ、会ってみたいね」

村娘「あたしも会いたい。会って、お礼がしたい」ギュッ

女将「……大丈夫よ、きっと会えるから。生きていれば、必ず会える」

村娘「その時は、あたしも料理を作りたいな。何にもお返し出来なかったからさ……」

女将「なら、頑張って覚えないとね。半端な物は出せないよ?」ニコリ

村娘「ふふっ、はいっ!」

女将「ふふっ。料理を食べさせたくなるくらい、いい男だった?」

村娘「うん」カチャカチャ

女将「あら、即答?」

村娘「見た目に反して男らしかったし、体も案外がっしりしてたし、酒も飲まなかったし」


女将「カラダ、ねえ」ニヤニヤ

村娘「あっ、違う。全部見たわけじゃなくて、着替えてるのをチラッと見ただけなんだけど……」

女将「(若いわぁ)」

村娘「?」

女将「洗い物は終わった?」

村娘「あ、うん。じゃなくて、はい。洗い物は終わりました」

女将「じゃあ、今日は上がっていいわ。気を付けて帰りなさいよ?」

村娘「はいっ、今日も一日ありがとうございました!」ペコッ

女将「ふふっ、はいはい。また明日ね?」ニコ

村娘「お疲れさまでした!」

ガチャッ…パタンッ…

村娘「(わ、霧で真っ白……って言うか寒いっ。これだと、雪が降るのも近そうだ)」


村娘「……行こ」

トコトコ…

村娘「(皆、帰って来てるかな。最近はあんまり忙しくないみたいだけどーーー)」

ピチャッ…

村娘「(水溜まり? 雨なんて降ったっけ? よっと)」タンッ

スタッ

村娘「(帰り道は足が軽くなる。仕事にも慣れてきたし、街にも慣れてきた)」

村娘「(あの狩人って人が来てからは何もないし、妹も前より良くなった。あれから結構経つけど……)」ピタッ

村娘「今頃、どこで何してるんだろ」

シーン……ヒュゥゥ…

村娘「………寒いっ。入ろ」

ガチャッ…

村娘「ただいま~!!」

パタンッ…


【#2】日々

村娘「ただいま~!」

トテテ

少女「お帰りなさい!」

村娘「ただいま! 皆いる?」

少女「うん、今日はお姉ちゃんが最後だよ?」

村娘「そっか。ご飯はもう食べた?」

少女「ううん、皆で待ってた」ニコッ

村娘「えっ!? 帰りが遅い時は先に食べててって言ったのに……でも、ありがと」ニコリ

少女「うん!」

彼女達の日常は、何かに脅かされることなく緩やかに過ぎていく。

皆、同じ村の出身で気心の知れた仲。境遇もあって、その結束は固い。


「いただきまーす!」


この十代半ばから十代後半、年若い女性のみが住む家は、空き家を買い取ったもの。

彼女達は難民である為、移住などの面倒な手続きや審査はあったが、出すものさえ出せば、普段は顰めっ面の役人達も笑顔で迎えてくれた。

それは決して安い買い物ではなかったが、勇者に半ば強引に手渡された金貨袋に与えた打撃は微々たるものだった。

以来、その金には一切手を付けず、大事に保管してある。いざという時の為に。


「今日はどうだったの?」

「料理屋はお客さん多かった。そっちは?」

「忙しいよ。また一人辞めたんだ。親戚を頼って都に引っ越すんだってさ」

「また!? あんたのとこ、道具屋だよね? この前も一人辞めたって言ってなかった?」

「うん。人手が足りなくて大変なんだよ。まあ、だから私を雇ってくれたんだろうけどね」

「私らも都に引っ越す?」

「え~、折角街にも慣れてきたのに?」

「都になんか行っても居場所ないって。この街くらいが丁度良いよ」

「そうだけどさ、そういう話を聞くと考えちゃうでしょ?」

「分かるけど、あんまり流されない方が良いよ。今の生活には満足してるし」

「お姉ちゃん、おかわり!」

「はいはい、ちょっと待っててね」

食卓を囲み、今日一日の出来事を語り合う。

噂話、近頃の住民の様子、近所付き合い、危険な場所、安い衣服の話。

互いに知り得た情報を交換し、明日に備えて床につく。これが、彼女達の日常。


しかし翌日、異変が起きる。

男女合わせて六名の児童が、夕暮れ時になっても家に帰って来ないという。

その児童達は、街の私塾や教会の創設した学び舎に通っていたため、帰り道に行方知れずとなったと考えられた。

常駐する兵士達が街の隅々まで捜索したものの発見には至らず、街の外に出た可能性があるとして、速やかに街周辺の捜索が開始された。

幸運なことに五名は無事に保護されたが、残った女児一名だけが見つからなかった。

保護された五名の説明では、数日前に森に落ちた星を見に行こうとしたようだ。

その途中で魔物に遭遇、六名は散り散りになって逃げ出したという。

聖水は所持していたようだが、あまりの恐怖で混乱し、それどころではなかったようだ。

叱りながらも安堵の涙を流す両親達の傍で、顔面蒼白のまま兵士の説明を受ける女性が一人。

彼女は涙さえ流さなかった。全身の血液が凍て付いたかのように硬直している。

彼女は後悔した。

昨夜、妹が友達に誘われて遊びに行くと話した時、何処に行くのか聞かなかったことを。


そうしていれば、未然に防げたかもしれない。

しかし他の児童の話では、始めは普通に遊んでいたが、内一人が突然言い出したのだという。

その児童の両親が我が子を連れて来て何度も謝罪したが、彼女の耳には何も聞こえなかった。

地面に額を擦り付けて謝罪する父親を見ても、許してと懇願する母親を見ても、父の平手打ちを食って泣く子供を見ても、彼女の体は冷え切ったままだった。


その後ろで、兵士達が話している。

魔物から逃れたのだとしても、あの小さな体では遠くまでは行けない。女児の体力を考えれば、そう長くは持たない。

季節は冬間近。日が暮れるのは早い。一刻も早い救出が求められる。

捜索範囲の拡大が議論され、森の捜索も視野に入れることとなる。

議論の末、夜までに見付からなければ捜索は中断、明日の朝から捜索を再開することが決定した。

その旨を報告された時、彼女は自ら捜すと言い出したが、当然のように止められた。

その場では大人しく従ったものの、収まりがつくものではなかった。


(夜まで……)

ほんの数時間の内に妹が見付からなければ、捜索は明日となる。

既に死亡している可能性など欠片ほども考えたくはなかったが、妹の死が脳裏を過ぎる。

妹は防寒着など着用していない。その状態で、夜を越せるかどうか分からない。

妹は聖水など所持していない。今この瞬間、魔物に襲われているかもしれない。

生命を脅かす要素は捨てるほどにあるが、安泰の要素など一つもない。

考えれば考える程、望みは削られていく。

(もし見付からなかったら、私が……)

彼女は夜になっても見付からなければ自ら捜しに行こうと考えていた。

勇者に渡され、今は床下に隠している武器を持って行くことも検討した。

短剣か、槍か、他には何があるか。

しかし、それも無駄に終わった。彼女の様子を不審に思った兵士の一人が見張りに付いたのだ。

彼女にはもう、祈る他になかった。

何処の誰に祈りを捧げれば良いのか分からなかったが、ただただ祈り続けた。

妹に何が起きているとも知らずに。


【#3】星

「……んぅ」

少女は森にいた。

どうやら気を失っていたようで、巨大な岩の上に横たえられた状態で目が覚めた。

空は夕暮れ間近、早く帰らなければと立ち上がったが、地面はかなり離れている。

岩の上を歩き回ってみたが、安全に降りられる場所はない。

何故こんな場所にいるのだろうと疑問に思ったが、少女に衣服に付着した汚れの方が気になった。

(汚しちゃった。お姉ちゃんに怒られるかもしれない……)

そんなことを考えながら汚れを叩いたが全ては落ちず、少女は途方に暮れる。

此処が何処かも分からぬまま座り込み、再度、何が起きたのかを思い返す。

友達と遊んでいたこと、内一人の男の子が森に落ちた星を見に行こうと言い出したこと。

大人に見付からないように隠れて街を抜け出したこと、森の近辺で魔物に遭遇したこと。

魔物が自分を追ってきたこと。明確に死を意識したこと。眼前に迫った牙。


「……」

ぶるりと体を震わせながら、そっと胸に手を当ててみると、早鐘を打つ鼓動がある。

(生きてた……でも、どうしよう)

降りる手段がない。それ以前に、どうやって岩の上に登ったのだろうか。

幾ら考えてみても少女には分からない。

その時、背後に何かが降り立った。

音が大きい、少なくとも鳥ではない。近付いてくる足音は獣ではない。

恐る恐る振り向くと、そこには

「目が覚めたようだな」

素っ裸の少年がいた。

「何で裸なの?」

他の何よりも、少女にはそれが気になった。


【#4】無頓着

少女「何で裸なの?」

猿王「着る物がないのだ……」

少女「(びんぼうなのかな。かわいそう)」

猿王「何かくれ。寒い」

少女「うん、いいよ? これあげるから腰に巻いて?」ファサッ

猿王「……助かる」クルクル

少女「変な喋り方だけど、偉い人のところの子?」

猿王「中々鋭いな。だが、偉いのは吾輩だ。親が偉いわけではない」

少女「わがはいってなに?」

猿王「主に偉い人が使う言葉だ。僕、俺、私、様々あるが、吾輩の場合は吾輩を使う。偉いから」

少女「ふうん、わたしは少女。わがはいの名前は?」

猿王「猿王だ」

少女「ましらおう」

猿王「そうだ」


少女「王様なの? 子供なのに?」

猿王「子供なのに王様なのだ。天才だからな」

少女「ふうん。天才って、いつも裸なの?」

猿王「………そうだ」

少女「そうなんだ……」

猿王「……うん」

少女「ましらおうが、わたしを助けてくれたの?」

猿王「そうだ。少女よ、獣には気を付けろ。お前のような女子は立ち所に胃の中だ」

少女「うん、とっても怖かった……助けてくれてありがとう」

猿王「獣が怖ろしいと分っていながら、何故森になど近付いた」

少女「お友達がね? 森に落ちた星を見に行こうって……だから……」

猿王「落ちた星? 何だそれは?」

少女「二日くらい前、大きな音が鳴ったの知らない?」

猿王「(二日前と言えば……)」

少女「どうしたの?」

猿王「おそらく、落ちた星とは吾輩だ。あれは確かに落ちたと言える」


少女「?」

猿王「しかし助かったぞ。お前ならば大丈夫そうだ」

少女「大丈夫って?」

猿王「お前は良い人間だからな。褒めて遣わす」

少女「何を言ってるかよく分からないけど、ありがとうこざいます? で良いの?」

猿王「よいのだ。寂しかったし……」

少女「お友達いないの?」

猿王「いや、此処には友人に会いに来たのだが、その友人が吾輩を忘れていたのだ。いきなり吹っ飛ばされるし……」

少女「喧嘩しちゃった?」

猿王「そうではない。友人は己のことさえも分からぬようだった……どうすべきか……」

少女「もう一回会いに行ったらいいよ。会わなきゃ仲直り出来ないから」

猿王「……そうだな。そうしてみよう。悩んでいても仕方がないからな」

少女「お友達もわがはい? 王様?」

猿王「此方ではそうなっているようだ。時の流れとは、斯くも残酷なものか……」

少女「?」

猿王「少女よ。また会えるか? 一人は寂しくて駄目だ」


少女「裸じゃなかったら良いよ?」

猿王「承知した」

「お~い!!」

「何処だ~!! 返事をしてくれ~!!」

猿王「お前を捜しに来たようだな。送り届けようかと思ったが、まあよい」

少女「でも、どうしよう。降りられないよ……」

猿王「掴まれ」

少女「えっ?」

猿王「さあ、早く」スッ

少女「……う、うん」

ギュッ

猿王「行くぞ」

少女「でも高いよ? ねえ、やっぱりやめよう? こんなの危ないよ……」


猿王「心配は要らん」タンッ

少女「!!」ギュッ

フワリ…

少女「…………?」

猿王「言っただろう。心配は要らんとな」

少女「魔法を使えるの!?」

猿王「静かに。吾輩が見付かると厄介なことになる」

少女「……ましらおうは凄いね。小さいのに」コソッ

猿王「凄いから王なのだ。それから、吾輩の一族は皆小さい。これが普通なのだ」

少女「へえ、そうなんだ。でも、魔法使えるなんてうらやましいなぁ……」

猿王「(そうか、この人間は魔術を使えないのか。なんと不憫な……)」

少女「泣いてるの?」

猿王「違う。泣いてない」

少女「はなみず出てる」

猿王「これはあれだ、寒いからだ」

少女「服着た方がいいよ?」


猿王「……そうだな」

スタッ…

猿王「辺りに獣はいない。此処で待て」

少女「ましらおうは?」

猿王「吾輩は森に残る」

少女「そんなの危ないよ!! 一緒に行こう? お父さんとお母さんが心配するよ?」

猿王「……」

ガサガサ…

「お~い!!」

「向こうから声が聞こえたぞ、行ってみよう」

猿王「……明日の昼、服を着て迎えに行く。吾輩のことは誰にも話してはならんぞ」

少女「でもーーー」

猿王「また会おう、美しき魂を持つ者よ」タンッ

少女「まって!」

「いたぞ!!」

「おーい、皆!! こっちだ!!」

「無事で良かった。さあ、帰ろう」

少女「う、うん。心配かけてごめんなさい……」

「やれやれ、見付かって良かった。さあ、早く森を出よう」

「誰か先に戻って、この子の姉に知らせてやってくれないか」

「俺が行く。皆、気を付けるんだぞ」


少女「(ましらおう………)」

ここまでとします。


【#5】冒険の後に

その夜、兵士に連れられて無事に帰宅した少女を、姉は笑顔で出迎えた。

てっきり叱られるとばかり思っていた為、若干の戸惑いはあったものの、姉の顔を見て安堵する。

しかし、それも束の間。

兵士に向かって何度も頭を下げる姉の姿を見て、自分がどれだけのことをしたのかを知る。

酷く申し訳ない気持ちになり、叱られずに済んだと安堵した自分を強く恥じた。

そして、こうも考えた。姉はどんな気持ちで自分を待っていたのだろうか。

もし逆だったら、姉が外へ出たきり帰らなかったら、姉が魔物に襲われたと聞いたら。

それを想像した途端、とてつもない喪失感と恐怖が小さな体を揺さぶった。

少女は居ても立ってもいられず姉の足にしがみつくと、堰を切ったように泣き出した。

姉はそんな妹の姿を見て、そっと頬を撫でる。

「おかえり、もう大丈夫だからね」

少女はその夜、姉に抱かれて泥のように眠った。


翌日。

いつもなら姉に連れられて私塾に行くのだが、今日一日は大事を取って休むこととなった。

とは言え、姉は仕事を休むわけにも行かず、正午前には仕事に向かった。

そのため、姉や他の姉達(血縁ではない)が帰って来るまでは留守番。

昨日の件もあり、少女は昼間を過ぎても家からは出ず、掃除や整理整頓などをしていた。

特別、何かを言われたわけではない。

姉も他の姉達も、昨日の件には触れず、いつも通りに接してくれた。

無事を喜ぶだけで、叱りもせず怒りもしなかった。それが、少女をより一層自省させたのだった。

「後は……」

掃除も終わり、他に何か出来ることはないかと考えていると、扉を叩く音がした。

直ぐには扉を開けず、窓からこっそり来訪者の姿を確認すると、見慣れぬ少年が立っている。

見るからに上流階級、えらく高価そうな服装、気取ったように杖まで持っている。

(お家、間違えたのかな……)

尚も扉を叩く少年を無視することは出来ず、少女は扉を開けた。


【#6】腹の虫

ガチャ…

少女「どちらさまですか?」

猿王「吾輩だ」

少女「だれ?」

猿王「だから、吾輩だ。昨日、迎えに来ると言ったはずだが?」

少女「……あ~っ!! ましかおう!!」

猿王「ましらおうだ」

少女「ましらおう」

猿王「そうだ」

少女「服着てるから、だれだか分からなかった。あと、すっかり忘れてた」

猿王「そうだろうなとは思った」

少女「せっかく来てくれたけど、わたし、行けない。心配かけたくないから……」

猿王「構わん。事情は知っている」

少女「(お姉ちゃんから聞いたのかな?)」

猿王「お前と話したい。無理にとは言わないが、駄目か?」

少女「遊びには行けないけど、お家で話すだけなら大丈夫だよ?」


猿王「いいのか!?」

少女「いいよ? 服着てるし。ちゃんとお家に帰って着てきたんだね」

猿王「……うむ。では、邪魔するぞ」

パタンッ…

猿王「……」

少女「どうしたの?」

猿王「人の家に入るのは久々でな……」

少女「お友達のお家には行くんでしょ?」

猿王「むう、あれを家と呼べるかどうか……洞窟と言った方がよいかもしれん」

少女「ふうん。よく分かんないけど、こっち来て?」

猿王「う、うむ」

トコトコ…ガチャ…パタンッ

猿王「暖かいな」グゥ

少女「だんろがあるからだよ。ちょっと待っててね? 座ってて良いよ?」

猿王「(暖炉とはなんと前時代的……いや、魔術が廃れた結果の産物か……)」トスン


少女「お鍋を、よいしょっ」カタンッ

コトコト…コトコト…グツ…グツ

少女「よし。お皿、ふかいやつ……」

猿王「(……この音、何故だが分からんが落ち着くな。懐かしくもある)」

少女「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」

カチャ…

猿王「何これ」

少女「野菜とお肉を、お肉の出汁とかで煮込んだやつ。お昼にお姉ちゃんが作ったの」

猿王「いや、何故ーーー」

少女「お腹空いてるんでしょう?」

猿王「……」

少女「どうしたの?」

猿王「お前の分はないのか?」

少女「わたしは食べたばっかりだから大丈夫」ニコッ

猿王「(まさか、吾輩をもてなす為に自分の分まで差し出しているのか?)」


少女「食べないの? おいしいよ?」

猿王「(ここまでされては食さないわけにはいかんな)有難く頂こう」

モグモグ…

猿王「これは……」モグモグ

少女「おいしい?」

猿王「……うん。おかわりしてもいい?」

少女「作りすぎたって言ってたから大丈夫だよ?」

猿王「(そんな嘘を吐いてまで……)」グスッ

少女「何で泣いてるの?」

猿王「泣いてないが? それより少女よ。吾輩に何か出来ることがあれば、何でも言ってくれ」

少女「何でも?」

猿王「さあ、何でも言え。魔術だろうが何だろうが吾輩直々に教えてやろう」

少女「う~ん、そうだなあ……じゃあ、泣かないで?」

猿王「……」

少女「……ましらおうって泣き虫なんだね。男の子なのに」


【#7】友達の友達の話

猿王「美味かった」カチャ

少女「た、たくさん食べたね。こんなに食べて大丈夫かなぁ……」

猿王「す、すまん!!」

少女「ううん、いいの。ましらおうが美味しそうに食べてるの、嬉しかったから」ニコッ

猿王「……」

少女「ほっぺた赤いね」

猿王「これはあれだ、元からだ……」

少女「ふうん、そうなんだ」

猿王「……うん」

少女「あ、そうだ。話したいことってなあに?」

猿王「友のことだ……」

少女「お友達って、喧嘩したって言ってたお友達?」

猿王「少し、聞いてくれるか」

少女「うん、いいよ? 聞かせて?」

猿王「……奴には昔、世話になってな。悪さばかりしていた吾輩を救ってくれたのだ」


少女「悪さって何をしたの?」

猿王「才能に溺れたのだ。自分以外の人間を見下して、思うがままに暴れ回った」

猿王「空を駆け、風を吹かせた。為す術なく逃げ惑う人間を、空から嘲嗤った」

猿王「そんな時、奴が現れた。自分より優れた存在などいないと信じていた吾輩は、奴に挑み掛かった」

少女「喧嘩?」

猿王「喧嘩にもならなかった。奴は強く、そして賢かった。何より、器が違った」

少女「うつわ」

猿王「度量というやつだ。心の大きさ、人を受け入れることの出来る人間だった」

少女「やさしい人ってこと?」

猿王「……そうだな。奴は優しすぎたのだろうな」

少女「?」

猿王「……吾輩は奴に負けた。負けて、目が覚めた。それ以降、奴と吾輩は友となった」

猿王「そして吾輩達は、嘗ての吾輩のような、傲慢で愚かな人間を成敗したのだ」

猿王「結果として吾輩達は勝った。しかし、吾輩はそこに残ることは出来なかった」


少女「悪さしてたから?」

猿王「うむ。留まることは、吾輩自身が許せなかったのだ」

少女「ちゃんと謝った? そうしたら、許してくれるかもしれないよ?」

猿王「……そうだな。しかし、吾輩には出来なかった。それに、謝るべき人々はもう逝ってしまった」

少女「どこに?」

猿王「……遠い遠い場所だ。もう、謝ることも出来ん」

少女「そっかあ……」

猿王「その後、吾輩は奴に頼み込み、此処ではない場所へ逃れた。逃れて、眠りについた。他の者達と同じように」

猿王「その別れ際に言われたのだ。自分がいよいよとなったら、お前を呼ぶとな」

猿王「しかし、今の奴は己のことすら正しく認識出来ていない様子だった」

少女「(なに言ってるか分かんないや)」

猿王「おそらく後継者絡みだとは思うのだが、今の世に、奴を継ぐ者など居るかどうか」

少女「こうけいしゃ」

猿王「役割、権限、財産などを受け継ぐ者だ。跡継ぎとも言う」

少女「ふうん、むずかしいね……」

猿王「奴には、その後継ぎがいない。それが非常に大きな問題なのだ。このままでは……」


少女「ましらおうじゃダメなの?」

猿王「吾輩では駄目なのだ。相応しい魂を持った人間でなければならん」

猿王「実はお前と別れた後に再び会いに行ったのだが、様子は変わらなかった」

少女「まだ仲直り出来てないの?」

猿王「聞く耳を持たぬのだ。何を言っても通じない。ちぐはぐだ」

少女「一回怒ったらいいよ。人の話は聞かなきゃダメだよ! って」

猿王「そう言ってやりたい気持はある。しかし、吾輩が怒ったら話にならんのだ」

少女「じゃあ、そうだなあ、待ってあげたら?」

猿王「待つ?」

少女「お話を聞いてくれるまで待つの。何か言われるかもしれないけど、そこはガマン」ウン

少女「喧嘩しちゃったり相手が怒ってる時はそうした方が良いって、お姉ちゃん言ってた」

猿王「……行ってくる」

少女「えっ?」

猿王「行って、待つ。奴が吾輩の言葉に耳を傾けるまで」

少女「そっか、頑張ってね!」ニコッ

猿王「………うん、頑張る。良ければ、見送ってくれないか」


少女「いいよ!」

猿王「そ、そうか。それは助かる」

トコトコ…ガチャ…

猿王「少女よ、世話になった。姉上にはお礼を言っておいてくれ。出来ることなら自分で言いたいが、今は時間がない」

少女「うん、分かった」

猿王「ではな」

少女「まって」

猿王「?」

少女「叩いたりされたら逃げなきゃダメだよ? 叩くのは、ちがうから……」

猿王「………うん」フワッ

少女「飛んで行くの?」

猿王「結構遠いからな」

少女「そっか。あのね?」

猿王「?」

少女「お友達も大事だけど、暗くならない内にお家に帰らないとダメだよ?」

猿王「っ、さらばだ! また会おう!!」


少女「行っちゃった……」

ここまでとします。

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