【ミリマス】麗花「空に手が届いたから」 (48)


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あなたは神を信じますか。


これは俺が、あるアイドルのプロデューサーであったという、
記憶に基づくなんてことのない話だ。


人間の記憶なんてものは当てにならないことばかりだし、
そのことに本当に嫌気がさす……そんな話。
もう一度言うが、記録ではなく、記憶だ。


これは、社会人になってから5度目の夏に起きた怪奇現象だ。
いや、怪奇現象なんて言葉で片付けられる程甘くはない、
超常現象の類だ。




その日の朝、俺は事務所でいつもの様に39プロジェクトのメンバーの
スケジュールを確認していた。
その39プロジェクトのうちのユニットである4Luxuryも調子に乗ってきて、
彼女ら4人が主役を張るオフィスドラマ以降、4人はあちこちに引っ張りだこだ。




桜守歌織さんは歌の仕事もそうだが、各地を飛び回ってその土地の
美味しいものや温泉、観光地などを紹介するレポーターとして人気がある。

おっとりした柔らかい物腰で、人と触れ合い、美味しそうに物を食べ、
幸せそうに湯に浸かる。ネットには毎回名場面のアーカイブ動画が上がるが、
ほぼ全ての動画が億単位で再生されてる。特に風呂がある時の億超えのスピードは異常。
最近ではもうその億超えのスピードを競うかのように記録が話題になっている。



馬場このみはその処理能力の高さからクイズバラエティに呼ばれる事が多い。
お笑い芸人からのイジりも華麗に捌ききる姿はお茶の間を笑顔に変える魅力がある。

彼女の機転のきいた解答や、知的な一面が見れたり、
時折見せるおっちょこちょいな姿も可愛らしくていいのだが、
時として彼女はひな壇の芸人と肩を並べ話術でどっと笑いを生むことがある。
これに関しては本人曰く「あくまでエレガントなお笑い」だそうだ。



豊川風花は意外にもバラエティに出ている。
こちらは馬場このみとは違いもう少し落ち着いた少人数のトークバラエティだ。

毒舌芸人と同じく毒も愛嬌もあるおネエ系タレントと3人で
世間への不平不満をつらつらと語り合っている番組が大人気だ。
不平不満を述べる共演者をたしなめる姿が印象に残るようで、
その他にも多くの同系統の番組に呼ばれている。




みんな飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍しているため
ここ最近は「みんなと会えない」という愚痴がそれぞれから上がるようになった。


スマホがポコンと音を立てる。
待機画面に表示されるLINEのメッセージにはこのみさんから
「今日の打ち合わせもよろしくね。何か買っていく?」と書いてあった。

彼女はいつも気を使ってくれていて
会議室に籠るような打ち合わせの時は必ずお菓子を買ってきてくれる。
このみさんに返事をしようとしたところで改めて手帳を確認する。
今日は久しぶりのみんなでの仕事の打ち合わせで……。




「3Luxury……?」




”3”の部分だけ明らかに俺の字ではなかった。
亜美真美の仕業か?
俺は偶然お茶を淹れて持ってきてくれた事務員の青羽美咲に聞いた。




「今日は久しぶりに4Luxury全員揃うんでみんな楽しみにしてるんですよね」

「フォ? もう~、プロデューサーさんもしかして自分のこと含めてます~?
 じゃあ私も入れてもらったら5Luxuryですね。ふふふ」

「あれ? 4じゃなかったっけ?」

「え? 何言ってるんですか? 
 はい、お茶飲んで一旦落ち着いてください」




そう行って美咲は去っていった。
3Luxury……? なんだこの違和感は……。


妙にしっくりくる語感のある4Luxury……。
机のパソコンの前に平積みして置いてあるCDの
1番上に置いてある3LuxuryのCDジャケットの写真が目に入る。
不自然に右に寄って3人が並んでいた。

これじゃあまるで……。




まるで――


――誰かが居たみたいだ。




会議室。




打ち合わせをひと通り終えた俺は、テレビ局から送られてきた資料に書いてある
3Luxuryという文字に引っかかり、その部分をぼーっと見ていた。


打ち合わせは本当にかしましく好きなお菓子を広げ好きなように食べながら、
どうすればパフォーマンスがよく見えるか、
ステージごとにどういう変化をもたらすのかを楽しく話し合っていた。


俺はまるで女子会の中に1人紛れ込んだようなもので居心地の悪さもあり、
皆の信頼から来る心地良さもあった。



しかし、ずっと気にかかっていることがある。
あの手帳にあった3Luxuryというユニット名。
そしてあるはずのないユニット名が口をついて出てきたこと。


このことが頭から離れなくて今日の折角の集まってもらった会議に中々集中できないでいた。
それを見かねた馬場このみが声をかけてきた。


「どうしたのよ、暗いわね」

「いや、なんでもないんだ」



「どうしたんですか? 少し疲れてます?
あの、悩みがあったら言ってくださいね」


隣に座る豊川風花は俺の顔を心配そうに覗き込む。
馬場このみは少し濁った空気を和ますように口を開く。


確かにこの2,3日休んでないだけはあるけど、
でもそれぐらい普通だろう。
……2,3日だけなのに。

まるで3ヶ月くらい休みがないような疲労感がある。



「私達4人で3Luxuryなんだから、なんでも言いなさい?
4Luxuryよ、プロデューサーも入れて」


それに桜守歌織は優しく笑う。


俺も心配かけまいと笑顔を作ろうとしたが、
このみさんのその言葉を聞いて
出来なくなった。


無理だ。



「あのさ……俺ら本当に4Luxuryじゃなかったっけ」


もう俺一人では抱え込んでいても仕方ないことなんだ。
何も無ければそれでいい、とさえ思っていた。

風花は「え?」と戸惑っていた。
先程まであんなに和やかで暖かかった空気がいっきに冷える。
それから続けて歌織さんが言う。


「確かにプロデューサーは大事な人でお世話になっていますが、
私達のユニット名は3Luxuryですよ。
もちろんプロデューサーとは心は1つ、ですけど」



「わかってる。ありがとう。でも俺が今言った4Luxuryの4は
 俺を入れた数字じゃなくてもうひとり別の……」


俺の言葉を止めるように風花は俺の背中に手を添えて
「本当にどうしたんですか? 何かあったんですか?」という。


こういう時、風花はなんの躊躇いもなくボディタッチをしてくる。
いつもはそれにドキドキするのだが、今日に限って俺はそれを振りほどく。


別に本当におかしくなってなどいない。気持ちはありがたいけれど。
そんな俺の行動にまた空気が重く張り詰める。




「あのね! ……私も今、冗談で4Luxury、なんて口にしたけど、
 その時……なんか変な感じがしたの。その……やけにしっくりきたというか」


このみさんは重い口調で話す。
やっぱり、俺は間違っちゃいなかったのか。


「もう少し思い出せないか!? このみさん頼むよ!
 俺たちどうかしちまったんだ! みんなは本当は4Luxuryなんだよ!!」




俺はこのみさんに喰らいつくように喚く。
その様をすぐに歌織さんが間に割って入って止められてしまう。
そこで俺もハッと我に返る。


「ご、ごめん、このみさんにそんな言ってもしょうがないですよね」


「ううん、いいの。私も、この辺りまで何か出かかってるんだけど、
 気持ち悪くて……誰か……居たような気がしてて」




このみさんは自分の喉元を指差しながら
困ったように眉をハの字にして笑ってみせてくれた。

俺はこのことをもう忘れようとしていった。
これ以上俺がおかしな言動を取れば
この3人との関係は悪化しかねない。

もうこのことは心のうちにしまっておくことにした。

静まり返る会議室で静かに歌織さんが言う。


「なんか、不思議ですね。
 プロデューサーさんやこのみさんが急にこんな同じ記憶を思い出そうとしているけど、
 誰もそんなこと知らないだなんて」



「いや、何も本当にある記憶かどうかも決まったわけじゃないわよ」


このみさんの言葉を流すように歌織さんは続けて言った。





「麗花さんならなんて言うんでしょうね」







口をついて出たこの言葉を聞いた瞬間、
部屋に居た全員が脳に電撃を喰らったような衝撃を受ける。
「えっ!?」と口にだした本人である歌織さんがガタンと思わず口を抑えて立ち上がる。



「歌織ちゃん、今、なんて!?」

「えっ、れ、レイカさん……?」

「麗花……そうだ! そうだ! 麗花!」

「嘘……なにこれ……やだ……私……なんで」




風花さんが落ち着かない様子で息を取り乱す歌織さんを支える。
そうしているが、風花さんも取り乱していているのが分かる。

俺は……全て思い出した。
だが、一瞬だけだ。

一瞬だけ、全ての映像がフラッシュバックした。




初めて出会った日のことも、
初めてオーディションに合格した日も
初めてオーディションに落ちた日も
初めてのレッスンの日も
レッスンで褒められた日も
レッスンで失敗した日も
2人でドライブしに行った日も
4人を乗せて車で現場に向かった日も
夜になって家まで送った日も
迷子になったのを探しに行った日も
仕事先のステージで観客をあっと言わせる歌声を披露した日も
仕事先のトラブルに巻き込まれ音声が途切れ途切れの中で歌った日も思い出した。





レッスンで何か失敗してちょっと凹んでいたことも、
何かのレッスンで褒められて喜んでいたことも、
事務所で俺に何かをくれたことも、
一緒にどこかの丘に何かをしに行ったことも
どこかで俺に何かお礼を言っていて、
どこかのステージの上で誰かの何かの曲を歌っていた。




その声が思い出せない。

その笑顔が思い出せない。

その泣いた顔が思い出せない。


嬉しくて声をあげて駆け寄ってきたことは覚えている。
でも見える記憶の映像は首から上が見えない。
衣装は……3Luxuryの衣装を着ている。
やっぱり、誰か……居たんだ。



俺は……何かとても大切なものを亡くしたことだけが分かっていて、
思い出せないのも悔しくて、涙が止まらなかった。
ずっと忘れないようにしていたはずだったのに。


俺が急に泣き出したもんだから、
3人も本当は泣きたかったのかもしれないが、
涙を引っ込めてただ、俺の心配をするだけだった。


本当は会議室の机に頭を何度も打ち付けたいほど、
悔しくて悲しくて、思い出せないのが嫌だったけど、
その3人の前でこれ以上こんなことをするのは避けたかった。
何て声をかけられたか聞いてなくて分からない。



「ごめん、大丈夫……大丈夫だから」

と俺は止まらない涙を一人拭いながら、
この会議を無理矢理に終えた。




あの会議を終えてから俺はあてもなく外を歩いていた。
じめじめと蒸す湿気の中、傘をさして独り歩く。



昼間だったが、天気のこともあって外は誰も歩いていない。
あのオーディションはどんな番組のオーディションだったっけ。


誰なんだ。分からなくなる度に、手のひらにマジックで書いた麗花という
文字を観て思い出す。忘れる前に書いたものだ。


この麗花という良く分からない誰かが、
俺にとって大事なアイドルだった……っぽい。
そういう気がする。




ひたすらに手に書いた文字を見つめながら歩いていたが、
信号で立ち止まった時、横断歩道の先にある公園を見つけた。
その時、会議室で一瞬だけ思い出した映像がもう一度だけ蘇る。


「あ、ここだ」


信号が青になる間が長く感じるほど、俺の中で時間は止まる。
横断歩道を渡りきったあと、俺は傘をさしたまま誰も居ない公園を歩き回る。

広い公園だった。


今みたいに同じ景色を見たらまた少し思い出すかもしれない。
淡い期待を胸に公園の奥まで進む。だんだんと雨のせいで靴下まで濡れてくる。
蒸し暑くて、かいた汗でシャツもベタベタだ。




公園の奥にはどこかへ続く階段があった。
あの階段の先に……何かありそうな気がする。
何百もある階段に目がくらむ。
正直こんな雨の中で登りたくないが、行くしか無い。
頭がぼーっとするけど、行くしか無いんだ。



ズボンの裾はもう泥だらけだ。
構うものか。上に行けば、なにかある。
誰かが俺を導いてる。
そういう気がするんだ。



きっと来たことのある場所で、
何か思い出の場所なんだよ。





――プロデューサーは今日もナイス普通ですね!



透き通るような声が耳に響く。
まだ階段の途中なのに。いや、でも思い出したわけじゃない。


確かにこの頂上にあるものが思い出の場所なら、
過去にはこの階段を登ったことがあるんだろうし、
途中で思い出すのも有ることだろう。
が、俺は思い出してない。




それでも今の声が誰かも分からないが、検討はつく。


「麗花!!」


周りを見渡しても誰も居ない。
俺はたまらなくなって走り出した。
今すぐ頂上まで行って確かめたい。



「ハァッ! ハァ……ッ! 麗花、麗花ァ!」



登りきった先には、木でできた屋根とベンチが並んでいるだけだった。
そこには誰も居ない。
蒸し暑い雨の中でただ息を切らした俺が汗だくで、
そこにいるだけだった。

他には誰も居ない。




「麗花ーーーっ!!」



そこには誰も居ない。
ただ、虚空に向かって叫ぶ俺がいるだけだった。
誰も居ない公園のベンチで。



「居るなら……返事をしてくれ……! 麗花!」



何もない。雨の音がただ聞こえてくるだけで、そこには俺しかいなかった。
何分、この場にいたのだろうか。
どれくらい雨を浴びたのだろうか。


服が濡れて重い。寒い。

だんだん、誰かに会いに来たのか、それが誰なのかも分からないし、
もう何をしにきたのかもだんだんだぼやけてきた。




公園を去ろうとした時、また声が聞こえた。

何を言われたのかよく聞き取れなかった俺は
もう一度ベンチの方を振り向く。


そこにはさっきまで居なかった女性が一人。
レインコートを着て立っていた。



「やっと会えましたね」

「……?」




その女性はそう微笑んでいたが、俺にはただ、急に微笑んできた
その女が気持ち悪くもあり……でもどこか懐かしい。


「あの……もしかして……あなたは……」


名前が出てこない。さっきまで叫んでいた名前が……。
ふざけるな!

何故今覚えていたことが思い出せない。
どこかにメモだってしたはずなのに……。
俺は自分の記憶力に自信がなくなるばかりだった。



「はい、北上麗花です。おはようございます。プロデューサーさん」



また、この瞬間全部思い出した。
手に書いた文字を確認する。


「麗花! みんな心配してるんだぞ! どこに行ってたんだ!」


麗花はニコニコと笑い、
手を後ろに組んでもじもじくねくねと体を揺らす。



「そんな訳無いですよ。みんな忘れてますもの。私のことはずーっと」



「……そうだ、どうしてかずっとお前のことが思い出せなくて……怖いんだ!
どうして麗花だけを忘れるんだ!」

「大丈夫ですよ。それは自然なことですから」


麗花は俺の鼻の頭を『いつものように』ツンと突こうとして、寸前でそれを辞めた。
それから麗花は俺に背を向けて話しだした。





「プロデューサーさんは今日も相変わらず普通です。
それだけ泥だらけになってもまだまだ普通です。
だって私とはもう次元が違うんですもの」



「何が普通だ! 俺は普通だって構わない! そんなことどうだっていい!
頼む! どうやったら麗花を忘れないで済むんだ!! 教えてくれ!」


麗花はこちらを振り向く。





「うーん……そうお願いしちゃったんです」

「……お、お願いした? 誰に!? 取り消さないのか!?」


「だめですよ。私、お空に手が届いちゃったんです。
ずーっとふわふわ~って……気持ちいいんですよ。
あ、もうこんな時間。ちょっとだけお別れを言いに来たんですけど
会えて良かったです。プロデューサーさん、またお会いしましょうね」



麗花はそのままどこかへ歩きだそうとした。
俺はそれを捕まえようと足を踏み出すが、
ぬかるんだ公園の地面に滑って転ぶ。

麗花はこちらを振り返ろうともしない。



「頼む! 行かないでくれ! 置いて行かないでくれ!

忘れたくないんだ! 
麗花のことがずっと大事だったはずなのに……! 
ずっと好きだったんだ! 忘れたくない……!」



情けなくたってかまうものか。誰が見てるわけでもない。
子供のように俺は泣き叫ぶ、わがままを喚く餓鬼のように麗花に向かって叫ぶ。






麗花は何も言わなかった。
もう聞こえてないのかもしれない。
麗花はそのまま俺の前から姿を消した。


ようやく立ち上がって追いかけた時にはもうどこにも居なくて見失っただけだった。
雨はまだ降っている。


麗花……麗花のことは忘れたくない。
手のひらに書いたはずの文字はいつのまにか雨で滲んでよく読めなくなっている。
でも、まだ覚えている。


「くそ……っ! 麗花! 麗花ァ……!」



俺は急いで家に帰る。

駅まで走って、途中のコンビニでメモとペンとビニール紐を買った。
電車の中で俺は手帳に自分の身に起こったことを全て殴り書きをしている。
覚えている範囲で。忘れる前に。



そうやって家まで走って帰ってきて――今に至る。




最初に話したが、人の記憶なんて曖昧すぎるこの媒体にケリをつけたい。
もうウンザリだ。もうたくさんだ。
そして俺は二度と麗花を忘れる前に……。


俺はただ……あの自由な姿に惹かれていたんだ。


俺はもう二度と手放さないために人生において究極の選択をした。


だから、この記憶を離さないためのこの記録もここで終わりにしよう。




「ようやく普通じゃなくなりましたね」

ああ、声が聞こえる。




おわり


おつかれさまです。
麗花さんの普通じゃないって何かを書きたくて
よく分からない話になりました。
お目汚し失礼致しました。

確かにバッドだわ…
乙です

北上麗花(20)Da/An
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>>4
桜守歌織(23)An
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>>5
馬場このみ(24)Da/An
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>>6
豊川風花(22)Vi/An
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