北沢志保「なかったことにしてください」 (14)

ある日の事務所


志保「戻りました」

P「おかえり、志保。レッスン、どうだった」

志保「別に、いつも通りです。課題がいくつか見つかったので、次までに直しておかないと」

P「そうか。志保ならきっとできるさ」

志保「……適当に言ってませんか?」

P「統計と信頼に基づいた発言だ。安心してくれ」

志保「調子いいんだから……まあ、いいですけど」

P「あ、そうそう。昨日のメールの件、今話してもいいか?」

志保「昨日の……ああ、あのことですか。お願いします」

P「結論から言うと、俺もEScapeを一度きりのユニットとして終わらせるのは惜しいと思っていた。瑞希と紬の意見も必要になるけど、いつかは再結成してクール系美少女ユニットの新たな活動を行うのもありだと思っている」

志保「あの物語の終わり方に手を加えるのは、難しい気もしますけど」

P「そうだなぁ。あの映画自体は、綺麗に終わってるもんな。そのあたりも含めて要検討だ」

志保「……ありがとうございます。弟のお願いに耳を傾けてくれて」

P「大好きなお姉ちゃんを仕事で借りてるんだ。このくらいのお返しはしないとな。……ところで、ちょっと話が変わるんだけど」

志保「なんでしょう」

P「これ、志保が昨日送ってくれたメールなんだが」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1540039477

『志保です。最近、弟が「えすけいぷのおねえちゃんがまたみたい」とよく言っています。私としては、あの物語はあそこで完結していると思っているのですが……プロデューサーさんは、どう思いますか? 返事は急がないので、考えておいてもらえると嬉しいです』


志保「何か、変でしたか」

P「志保が『えすけいぷ』ってひらがなで打ってるところを想像するとかわいいと思った」

志保「……プロデューサーさん、よくわからないところにかわいらしさを感じるんですね」

P「いやいや、きっと一般的成人男性の感性に近いぞ」

志保「……そういうものでしょうか」

P「その顔、信じてないな?」

志保「はい」

P「言い切られてしまった……」

志保「経験上、プロデューサーさんの言葉は疑ってかかるべきだと思っているので」

P「俺の言葉、他の人と比べてそんなに軽そうに聞こえるかなぁ」

志保「冗談が多いのは事実だと思います」

P「それはそうだな……みんなからの信頼を得られるよう、少し行動を改めるべきか」

志保「……別に、信頼していないとは言っていませんけど」

P「え?」

志保「冗談が多い、というのも理由のひとつではありますけど。私がプロデューサーさんの言葉を疑うのは……その。あなたの言葉は、漫然と受け入れるんじゃなくて、ちゃんと向き合って意味を考えたいと思っているからですし」

P「………」

志保「………」

志保「すみません。今のはなかったことにしてください」

P「俺の心のメモリーの奥深くに封印しておこう」

志保「封印ではなくメモリーを消去してください」

P「ディストピアだ」

志保「プロデューサーさんはアンドロイドではありません」

P「しかし貴重な志保のデレを消してしまうなんてもったいなさすぎる……!」

志保「デレてないです。だいたい、もったいないってなんですか。そういうことをしているから、部屋が散らかるんです」

P「こ、この前志保が来た時はたまたま掃除をしてなかっただけだ。普段はもっと綺麗だよ」

志保「本当でしょうか」

P「疑うなら今度また俺の部屋に来るか?」

志保「いえ、結構遠いので遠慮しておきます」

P「冷静だなぁ」

志保「クール系美少女ユニットの一員なので」

P「そのフレーズ気に入ってるだろ」

志保「他のふたりも気に入っていますよ」

P「普通にいいことだな……まあ、メールの文面すらもクールな志保だからこそ、昨日の『えすけいぷ』に俺は心躍ったわけだが」

志保「プロデューサーさんこそ、よっぽどお気に入りのようですね。元は私の弟のセリフなんですけど」

P「りっくんには感謝だな」

志保「ちょっと呼び方が馴れ馴れしすぎませんか」ジロ

P「怖い怖い。弟想いなのはわかるけど心配しすぎだって」

志保「……万が一あの子に変なことを教えたら、家族会議ですから」

P「むしろ家族会議に俺混ざっていいのか」

志保「………」

志保「なかったことにしてください」

P「どれを」

志保「家族を」

P「ディストピアだ……」

志保「プロデューサーさんは、砕けた文面の方が好きなんですか」

P「直前の会話が丸ごとなかったことにされたな」

志保「どうなんですか」

P「別に、真面目なのも砕けたのもどっちにも良さがあると思うけど……まあ、志保のメールにもたまーにお茶目な部分があったりしたら嬉しいかもしれないな」

志保「そうですか」

P「お茶目にしてくれるのか?」

志保「いえ、しませんけど」

P「しないのか……」

志保「私のイメージだと、メールは事務的に書くものなので」

P「あー、そっか。今はラインとかあるもんな。友達との砕けたやり取りはそっちで済ませるから、メールは真面目って印象になるのかもしれないな」

志保「そうですね。ですから、はい」

P「ん?」

志保「ライン、交換しますか?」

P「えっ……いや、えっ」

志保「嫌ならいいですけど」

P「いやいやいや、そういう意味のいやじゃなくて」

志保「そこまで嫌だなんて、少しショックです」

P「いや、だからそうじゃなくて……ああ、めんどくさいなこれ!」

志保「くすっ。大丈夫ですよ、ちゃんとわかっていますから」

P「君なぁ……」

志保「もう一度聞きます。交換しますか、ライン」

P「……ああ、喜んで」

志保「嬉しそうですね」

P「そりゃ嬉しいさ」

志保「私としても、普段はラインを使う機会の方が多いので、メールに切り替える手間が省けるのはありがたいです。ただ……はしゃぐのはいいですけど、あんまり無意味に送ってきたりしないでくださいね。対応に困るので」

P「困ったらバンバン既読スルーでいいぞ」

志保「いいんですか?」

P「ごめんやっぱ今のなし。バンバンされると心が耐えきれなくなる」

志保「そういうところが、言葉が軽いと言われる理由だと思います」

P「正論過ぎて何も言えない」

志保「まあ、いいです。節度を守ってくれれば、私から言うことは特にないので」

一週間後


P「と、言われたものの――」



『プロデューサーさん。共用のお菓子が切れていたと思うので、買ってきておいてもいいですか』


『紅茶の茶葉がなくなっていたので、撮影の帰りに補充しておいてもらえると嬉しいです。みんなからの評判が良かったので、メーカーは○○のものでお願いします』

『ついでにコーヒーも買い足しておこうと思うんですけど、商品のリクエストがあれば受け付けます』


『最近の特撮って、年々おもちゃが増えていませんか? どれを買ってあげればりっくんが喜ぶんだろう……』



P「………履歴を読み返す限り、明らかにあっちのほうが活用してるよな」

P「まあ、無意味なメッセージを送ってこないのが志保らしいけど」

P「お……言ってる間にまたなんか来た」



『きょうのばんごはんはなにがいい? りっくんのすきなもの、おねえちゃんがつくってあげるから』


P「………」



『まちがえましたなかったことにしてください』


P「………」スッスッ

『ハンバーグが食べたい』

『怒りますよ』

『ちなみにメッセージは削除できるぞ』

『プロデューサーさんの記憶は削除できますか』

『ちなみに俺はハンバーグにはケチャップ派』

『頭にケチャップをかけたら記憶が消えますか』

『消えるかもな(*^^*)』



志保「そうですか。では今ここでケチャップをかけてあげます」

P「のわあっ!? い、いつの間に!」

志保「もともと、劇場に戻る途中だったので」

P「そ、そうだったのか。ははは」

志保「本人が目の前にいないからと油断しましたね」

P「……すみません調子に乗りました」

志保「……まあ、元はといえば私のミスが原因ですし。今回はいいです」

P「よかった……」

志保「プロデューサーさん、女の人に怒られるの苦手なんですね」

P「志保に怒られるとなんだか特別怖いんだよ」

志保「プラスに捉えておきます」

P「えらくポジティブだな!」

志保「ふふっ」

P「はぁ……けど、志保って弟にはあんな感じでメッセージ送るんだな」

志保「悪いですか?」

P「そんなケンカ腰にならなくても……俺はただ、新鮮だなと思っただけだよ。やっぱり、家族は特別なんだなって」

志保「……そうですね。家族ですから、特別です」

P「ちなみに弟くんは何が食べたいって言ったんだ?」

志保「………」

志保「今晩、うちで食べていきますか? プロデューサーさんの好物が出てくる予定ですけど」



その日の夜 Pの部屋


P「うまかったなぁ、志保の作ったハンバーグ。りっくんには感謝だな」

P「寝る前にもう一度志保にお礼言っておくか」


『今日はごちそうさま。おいしかったよ』


P「お、もう返信きた」


『どういたしまして♡』


P「………」

P「あ、メッセージ削除された」


Prrrrrr


P「………はい、もしもし」

志保「……見ましたか、今の」

P「見た」

志保「どうして見てるんですか。削除の意味がないじゃないですか」

P「そりゃあ、速攻で返事が来たら速攻で見ることになるだろう」

志保「はぁ……とにかく、あれは違うので」

P「わかってるよ。ただの打ち間違いだよな」

志保「一時の気の迷いだったので……」

P「………」

志保「………」

P「え、打ち間違いじゃないの」

志保「打ち間違いでしたが」

P「でも今一時の気の迷いって」

志保「言ってません」

P「言ってなかったっけ?」

志保「言ってなかったです」

P「そうか」

志保「そうです」

P「………」

志保「………」


志保「あの……なかったことに、してください」

P「お、おう」

志保「もう寝ます。おやすみなさい」

P「おやすみ」


ピッ



P「………」

P「女心は、複雑だな……」

ピロン♪

P「ん?」


『明日もよろしくお願いします』


P「……律儀だな、志保は」

P(まあ、あの子にはこのくらいのきっちりした感じがちょうどいいのかもしれないな。ハートマークが付くのも、それはそれで特別感があっていいけど)

P「………」

P「ん? ……特別?」

P「いや、考えすぎか……やめやめ、さっさと返事して寝よう」



『こちらこそよろしく♡』



P「あ、打ち間違えた……」


『プロデューサーさんには幻滅しました』


P「待って待って! わざとじゃないんだ、なかったことにしてくれ~!」



おしまい

おわりです。お付き合いいただきありがとうございます

前作
北沢志保「雨が止むまで」

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