【バンドリ】湊友希那「ねえ、リサ」 (43)


※キャラ崩壊してます


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湊友希那(初秋の風が撫ぜる歩道橋)

友希那(めっきり冷え込んだ夕闇の風)

友希那(今日も今日とて、今日が過ぎゆき陽が沈む)

友希那(いつ終わるとも知らないけれど、今日が確かに終わっていく)

友希那(ただなんとなく立ち止まった私は西の彼方の稜線へ視線を送る)

友希那(地方都市と呼ぶのも憚られる関東の片田舎。歩道橋から望むその街の寂れた景色は郷愁を呼び起こし、空っぽな私の胸を容赦なく殴りつけてくる)

友希那(生まれた街の景色と、数多くの美しき思い出と、それらを共にしたかつての仲間たち)

友希那(それと、誰よりも何よりも多く、私の中に存在する幼馴染の影)

友希那(どんなに手を伸ばしたってもう二度と届かないそれらが、私を完膚なきまで打ちのめす)

友希那(その途方のない寂しさと後悔に立ちすくむ。どれほど強く願っても消えてくれないそれらが私の足にまとわりついてきて、動けなくなる)

友希那(そのままどれくらい経っただろうか)

友希那(歩道橋の下を通り抜ける車の数を数えきれなくなったところで、ようやく私の足にまとわりつく幻想は消えてくれた)

友希那(空はもう暗い色で塗りつぶされていた)

友希那(ため息を吐き出して、私はひとり、家路と消すに消せない思い出を辿る)


……………………


友希那(何がいけなかったのか。誰が悪かったのか)

友希那(頭の中に呼び起こすのはこれで何百回目かの悔悟)

友希那(大切な幼馴染がいて、大切な友達がいて、大切な夢があって、大切な日々があった)

友希那(しかしそれは3年前に脆くも崩れ去った)

友希那(原因はなんだったのか、なんて、まるで他人事みたいに考える)

友希那(この思考こそが過ちであって、私が今こうして独りでいる原因なのだ)

友希那(当たり前に続くと思っていた)

友希那(何があったってリサはリサで、みんなはみんななんだ)

友希那(私はただ愚かしくそう思い続けていた)

友希那(あこが出て行った理由を、燐子が声を振り絞った理由を、紗夜が諭してくれた理由を、リサが何も言わなかった理由を、考えようともしなかった)

友希那(独善的な思考に縋り、ただ自分が思うように、信じるままに進めばいいんだと自分勝手に思い込んでいた)

友希那(だからだろう。ロゼリアがロゼリアでなくなってしまったのは)

友希那(険峻な坂道ほど登るのは大変で、転げ落ちるのは早いものだ)

友希那(気が付いた時には全部が手遅れで、私とかつての仲間たちが一つの場所に戻ることはなかった)

友希那(それでも愚かな私はそれでいいんだと思っていた。信じた道を進んだ結果だから、と無理矢理納得した振りをしていた)

友希那(その気持ちもすぐに崩れ去った)

友希那(どんなことがあったって傍にいてくれる、と)

友希那(ただの傲慢でしかないその思考で接していた幼馴染に別れを告げられたからだ)


友希那(何がいけなかったのか。誰が悪かったのか)

友希那(その問いに向き合った時にはもう手遅れだった。全部が終わってしまっていた)

友希那(もう少しだけ、あとちょっとだけでも早くそうしていれば)

友希那(そんな後悔を重ねているうちに、私はひとりぼっちになっていた)

友希那(輝かしい思い出は姿を変え、悪夢となって私の心を責め立てる)

友希那(『全部お前のせいだ』と夜な夜な枕元でがなり立ててくる)

友希那(外を歩けば思い出の残滓がいたるところに垣間見えて、立ちすくんでしまう)

友希那(だからもう、あの街にはいられなかった)

友希那(高校を卒業すると、私は遠い県外の大学に通い、そこから電車で20分ほど離れた賃貸マンションで一人暮らしを始めた)

友希那(寂れた街に不釣り合いな5階建ての1DK)

友希那(そこと大学と、あとはアルバイト先を行ったり来たりするだけの生活だ)

友希那(情熱も希望も何もない、空っぽの生活だ)


友希那(それも仕方のないことだろう。湊友希那という存在はあの日から……何よりも大切だった幼馴染に別れを告げられた日から、ただの抜け殻になってしまったのだから)

友希那(拠り所だった歌も音楽も、今ではどうしようもない悔恨を煽るだけのものでしかないから、意識して避け続けている)

友希那(大学でも誰とも話すことなく、ただ流れ作業のように講義を受講する)

友希那(そしてかつての幼馴染との記憶に縋るように、コンビニでアルバイトをする)

友希那(ひとりの部屋に帰れば、ただぼんやりと時間を潰し、床につく)

友希那(陽が昇れば、決まった時間に起きて決まった時間に家を出る)

友希那(まるでリビングデッドのように、事務的に日々をなぞるだけの生活だ)

友希那(最初は辛かった)

友希那(けど、半年も経つ頃には楽になった)

友希那(きっとこれは罰なんだ。自分勝手に大切な人たちを振り回し、傷付けた罪を償っているんだ)

友希那(そんなどうしようもない現実逃避を胸中で呟くようにしてから、楽になれた)

友希那(こんな私でもまだみんなと繋がりを持てているような気持ちになれて、大きな申し訳なさと寂しさと一緒に、ほんのわずかな嬉しさを感じられた)

友希那(けれどふとした時に蘇る本当の思い出は容赦なく私の心を嬲った)

友希那(その痛みのやり過ごし方も少しずつ分かっていった)

友希那(それから1年が経った現在。湊友希那の19歳の秋は、そうやってなんとなく過ぎている)


……………………


友希那「……ただいま」

友希那(もうとっくに陽は沈んでいた。真っ暗な部屋に帰ってきた私は小さく言葉を吐き出す)

友希那(今日言葉を吐き出したのはこれで何度目だろうか。右手の指を4本上げたところで、虚しくなったから考えないことにした)

友希那(バイトが無ければそんなものだ。気にすることでもない)

友希那(部屋の明かりを点ける。ガランとしたダイニングキッチンには小さなテーブルと椅子が一脚、それと背の低い食器棚と最低限の家電しかない)

友希那(もう見慣れた室内だ。手にした鞄をテーブルの上に乗せると、私は隣接した7帖の寝室へ向かう)

友希那(扉を開けると、小さな光がすぐに目に付く)

友希那(ちょうど1年前ほどになんとなく始めたアクアリウム。20センチキューブ水槽のライトだ)

友希那(水槽の右奥に配置した流木と申し訳程度の有茎水草。その隙間から水槽の唯一の生体であるゴールデンハニードワーフグラミーがふよふよと顔を覗かせている)

友希那「……ただいま」

友希那(今日5個目の言葉をグラミーに向かって投げかけてから、水槽の傍らに置いた人口餌を一つまみ、水面に落とす)

友希那(グラミーは触覚のような腹びれを伸ばしてせかせかとこちらの方へ泳いできて、水面に浮いたエサを口にする)

友希那(その様子を見て、私は今日もここにいる理由を見つけられたような気分になって、少しだけ安心した。それからいつものようにどうしようもなく虚しくなった)

友希那(その気持ちを無視して、部屋の明かりは点けないままベッドに腰かけて、小さなライトを頼りにしばらくぼんやりと水槽を眺める)

友希那(外掛けフィルターから流れる水が水面を揺らしていた。それに反射したライトが天井に光の波を映し出している)

友希那(綺麗とは思わないけれど、心が少しだけ楽になったような気がした)


友希那(どれくらいそうしていたか分からなくなったころ、私のお腹の虫が鳴き声をあげる)

友希那(寝室の明かりとテレビをつけて、扉は開けたままダイニングへ戻る。今日の晩御飯は何を食べようか)

友希那(少し考えて、すぐに面倒くさくなったから、冷凍庫にしまってあった冷凍うどんをレンジで解凍した)

友希那(それをプラスチックのどんぶりに移して、生卵を落として醤油と白だしをかける。全く手間のかからない釜玉うどん)

友希那(寝室からはテレビのバラエティー番組の音声だけが聞こえてくる)

友希那(シンとした場所にいると、どうしても、どうしようもないことばかりを考える癖がついてしまっていた)

友希那(その癖といつまでも拭えそうにないネットリとした寂しさを誤魔化すために、私は部屋にいる時は大抵見もしないテレビを点けていた)

『あははは!』

友希那(私とは遠い世界の笑い声。それを聞きながら、簡素な晩御飯を食べる)

友希那(食べながら、人間は現金な生き物だとぼんやり考える)

友希那(寂しくても辛くても虚しくても、お腹は減るし眠くもなる)

友希那(つまり身体は生きたいと言っている)

友希那(きっともっと大きな絶望の中に落とされればそんなこともないんだろう)

友希那(死にたがる心が生きたがる身体を制して、ゆっくりと朽ち果てていくんだろう)

友希那(だから、大切だったはずのモノたちは、私にとってただそれだけの存在だったんだ)

友希那(生きたい。死にたくない。それだけの欲求を覆すこともなく、全てを懸けてもいいと思えた青春の日々は私にとって『そんなもの』でしかなかったんだ)


友希那「…………」

友希那(箸を止めて、打ちひしがれた様に天井を仰ぐ)

友希那(……何度目だろう。自分を、湊友希那という存在を消してしまいたいと思ったこの思考を浮かべるのは)

友希那(かつての大切な人たちの何もかもを否定することを考えてしまって、いっそ世界が終わってしまえばいいと思ったのは)

友希那(その回数を数えるのも億劫だし、取り返しのつかない自分の愚かしさを考えるのももう面倒くさい)

友希那(つまるところ、私はただ私が一番大切なだけだ)

友希那(綺麗な言葉で繕った建て前。それをはがしていけば、結局行きつくどん詰まりはちっぽけなそれなんだ)

友希那(昔から何も変わらない。変わっていない。変わることはない)

友希那(だからこそこうなったんだ)

友希那「……寝よう」

友希那(6個目の呟きを吐き捨てて、重い足取りでどんぶりと箸を流し台おいて水に浸ける。シャワーは明日起きてからでいい。今日はもう、夢の世界へ逃げてしまおう)

友希那(寝室でスルスルと力なく部屋着に着替えると、テレビと明かりを消して、水槽のライトをタイマーごと切って、私はベッドに身を横たえた)


……………………


友希那(時間はただ流れる)

友希那(空っぽな思考で空っぽな身体を動かして、湊友希那は変わらない日々をなぞっていく)

友希那(朝起きて、電車に乗って大学へ行って、週3、4回アルバイトをして、また1DKに帰ってくる)

友希那(休日は溜まった洗濯物なんかを片付けて、水槽の水換えをして、空虚な笑い声が響く部屋でぼんやりと過ごす)

友希那(何も変わらない、何の変哲もない日常をただ事務的に塗りつぶしていくだけ)

友希那(きっと大学を卒業するまでそうしていって、その先のことは知らないし考えたくもない)

友希那(出来ることならかつての思い出に似た幸せな夢を見続けていたい)

友希那(醒めないその夢を見ながら、ずっと眠っていたい)

友希那(そう願っても私はスマートフォンの無機質なアラームに毎朝たたき起こされて、現実というものをまざまざと目の前に突き付けられる)

友希那(それに悪態をつくことももうしなくなった)

友希那(生きるということはそういうことなんだろう)

友希那(無駄に賢しくなった私はそう思うようになったから)


……………………


友希那(アルバイトをしているコンビニは、大学から歩いて30分強、駅からは20分ほどの場所にあった)

友希那(私の1DKがある場所よりは幾分マシな街の片隅、そこそこ大きな道路に面した駐車場の大きい田舎のコンビニだ)

友希那(かつての幼馴染の面影をどこかに見出せるかもしれない、なんていう未練がましい気持ちだけで始めたバイト)

友希那(第一に実感したことは、リサがどれだけ大変な思いをしていたか、そしてそれを小さじ一杯ほども理解しようとしなかった自分の配慮の無さ)

友希那(バンドにバイトに部活動。そのどれもに精力的だった彼女の苦労や苦悩、それを一度だって私は本気で考えただろうか)

友希那(答えは否だ)

友希那(ただロゼリアとしての今井リサだけを目にして、私の理想を自分勝手に押し付け続けていただけ)

友希那(誰よりも優しい彼女に甘え続けていただけだ)

友希那(今さらそんなことに気付いてより虚しくなったことを鮮明に覚えている。「それでも」と思ったことも覚えている)

友希那(私は馬鹿な人間だ。もう何もかもやり直せないのに、ただただ虚しくなるだけなのに、未だに彼女との思い出に縋っている)

友希那(こんなことをしていたって何も変わらないのに、それでもふとした時に不意に幼馴染の影が見えるような気がして、それに空虚な喜びを感じられる)

友希那(……そんな理由だけでバイトを続けていた)

友希那(接客業だが、私はいつも必要なことだけを話して人に接している。ただ事務的に人に接している)

友希那(そして胸中に想起した記憶の都合のいい部分だけを愛でて、自分の中に籠っているのだ)

友希那(そんなどうしようもないことを重ねているうちに、今年もいつの間にか夏が終わっていて、金木犀の香りもしなくなって、気が付いたら10月になっていた)

友希那(私がバイトをしているコンビニに新人の女の子が入ってきたのはその頃だった)


「は、初めまして! よろしくお願いします!」

友希那(近所に住む高校1年生の女の子。少し緊張したような面持ちであるものの、さっぱりと肩口で切り揃えられたショートヘアーやぱっちりとした大きな瞳から明朗さを感じた)

友希那(その女の子は私と同じ時間のシフトに入ることが多く、歳も近いということもあって、店長は教育係に私を任命した)

友希那(それにただ事務的に頷いて、彼女にやることを淡々と教える)

友希那(思い返してみると、今まで私がこのコンビニで一番の新参だった。こんな私でも人の面倒をみることになるなんて、と思うと、世話焼きな幼馴染に近づけたような気分になって、少しだけ嬉しくなった)

「湊さんはどうしてここでバイトをしてるんですか?」

友希那(1週間も経つと、すっかり彼女は打ち解けた様子で、バイトの暇な時間に声をかけてくるようになった)

友希那(見た目通り明朗快活な少女だ。コロコロと表情を変え、愛想よく、あるいは不測の事態にアワアワと慌てる様子は見ていて飽きない、と評されるものだろう)

友希那(お調子者とも言えるその明るさのおかげか、他の従業員や常連のお客さんともすぐに仲良くなっていた。まるで私と正反対な子だ)

友希那「……別に、大学から近かったからよ」

友希那(そんな彼女へ、私はいつものように、小さく呟くように言葉を返す)


「大学……ああ、駅の向こうにある!」

友希那「ええ」

「へぇー、やっぱり大学って自由なんですか? なんかみんなサークルとかに打ち込んでるイメージがありますよ、私」

友希那「……さぁ。多分そうなんじゃないかしら」

「もー、湊さんてば……さてはアレですね、完全に気配を消せる忍びの末裔ですね?」

「大学生というのは仮の姿、本当は闇夜に紛れ、この世の悪を裁く正義の忍者……。故に人となれ合う訳にいかず、孤独の道を歩み続ける孤高の存在……的なアレですね?」

友希那「…………」

「ちょ、湊さん、無視しないでくださいよ~! なんか言ってくれないと寂しいですよ! せめてここは『あなたはどうしてなの?』とかバイトしてる理由を聞く場面ですって!」

友希那「あなたはどうしてなの」

「おぉぅ……本当にそのまんま返された……湊さんてば本当に動じないですね」

友希那「……そういう性分だから」

「超クール……。えっとですね、私がアルバイトをする理由はですね……」

友希那(正直これっぽっちも興味はなかった。どうしてか私に懐いている様子だけど、彼女だって仲良くしたところで、近い将来すぐに別れるだろう人間だ)

友希那(そう思っていた私の心は、続けられた言葉に強く波立つことになる)

「ギター! ギターが欲しいんです!」

友希那「……っ」

「いやー、カッコイイですよね、バンド活動って! 高校の友達に軽音楽部に誘われてすっかり虜になっちゃったんですよねぇ。今は学校の備品を借りてるんですけど、憧れのマイギターをゲットするためにバイトしてるんです!」


友希那(頭の中にグワングワンとディストーションをかけた不協和音が反響していた)

友希那(私があの日から頑なに避け続けてきたことを、目の前の彼女は明るく輝いた表情で楽しそうに語る)

友希那(次から次へと紡がれる言葉の数々が私を殴りつけてくる)

友希那(でも大丈夫だ、その痛みのやり過ごし方ならもう知っている。ただジッとして、いずれ痛みが去るまで堪えていればいい)

友希那(それでいいんだ。じきに私の弱い心だって痛みに慣れてくれるから)

「……という訳で、私は一目惚れしたギターを買うために頑張っているのですよ!」

友希那「……そう」

友希那(一通りまくし立てる様に、いつの間にか夢やらなにやらまで語った彼女に小さくそう返す)

友希那(その眩いばかりの姿と言葉に心が張り裂けそうだったけれど、この子は何も悪くない)

友希那(悪いのは全部私だ。いつかの別れも今抱えている空っぽも、全部私のせいだから)

友希那「……頑張って」

「はい! 頑張ります!」

友希那(なんと言うべきかかなり悩んでから、私は短く応援の言葉を吐き出す)

友希那(それを聞いた彼女は、やっぱり眩い表情で強くそう言うのだった)


……………………


友希那(どうしようもない時間の最小単位も、積み重なっていけばやがて月日となって齢となる)

友希那(時計を止めたところで朝は訪れるし、サンドグラスをひっくり返したところで昨日はやってこないし、ただただ時間は零れ落ちていくだけだ)

友希那(青春とはなんだったろうか)

友希那(過ぎ去ったら何が残るんだろうか。かつての熱情とかけがえのない日々はどこへ行ってしまったんだろうか)

友希那(そんなことを考えて悩むような歳はとうに通り過ぎた。すべて幻めいて終わってしまうものだ)

友希那(そう割り切ったんだ)

「『ギターを弾く』、『歌も歌う』……『両方』やらなくちゃあいけないってのが『ギターボーカル』のつらいところですね……らららら~♪」

友希那(今日も今日とてバイトの暇な時間に、彼女はおどけた調子でそんなことを言っては歌を口ずさんでいる)

友希那(彼女の夢に打ちひしがれてから1週間。もうその痛みにも慣れた私は、耳にしたことがあるその歌を聞き、口を開く)

友希那「……半音高いわよ」

「え?」

友希那(言ってから『しまった』と思う。音楽のことも歌のことも、もう目にしないし触れないつもりだった)

友希那(それでも彼女と接しているうちに、心をぐちゃぐちゃにかき回す感傷にも少し慣れてしまっていた)

友希那(だから思わず気になったことを喋ってしまったのだろう)

友希那(バツが悪くなって彼女から目を逸らすけど、この子はそれを見逃してくれるような性格じゃないのはここ2週間で痛いほど身に染みていた)


「え、マジっすか、音外してましたか」

友希那「……ええ」

「うわー、ここバンドのみんなにも注意されてたんですよ……全然気付かなかった……。ていうか湊さん、よく分かりましたね」

友希那「…………」

友希那(なんて言うべきか分からず、小さく口の中で「まぁ」とだけ言う)

「もしかして湊さん、結構音楽とか歌とかに詳しい系ですか?」

友希那「……昔に少しだけ、ね」

「わー、本当ですか!? それならそうと早く言ってくださいよ、水臭いじゃないですか~」

友希那「今はもう……だから」

「いやいや、今も昔もありませんよ! ねぇねぇ湊さん、どうしたら歌って上手くなりますかね?」

友希那(私の言葉は意に介さず、彼女はそう言ってまとわりついてくる)

友希那(元から人懐っこい性格をしていると思うけれど、どうしてか私には更に馴れ馴れしいというか、懐いている)

友希那(その様子がいつかの星に憧れていた後輩や無垢に慕っていてくれた仲間の面影を脳裏に呼び起こして、胸がジクリと痛んだ)

友希那(けど、非があるのはどう転んでも私だ。そんなことをこの子に分かれ、などと思えるはずがない)

友希那(私は諦めるように頭を振ってから、小さく息を吸い言葉を吐き出す)


友希那「あなたは元から……声が大きく高いわ」

「はい! 昔から『お前は本当にうるさいな』ってよく言われます!」

友希那「……もっと力を抜きなさい」

「力を抜く、ですか?」

友希那「ふざけて歌っている今でも喉に力が入り過ぎているわ。もっと意識を身体の中心……お腹の方へ持ちなさい」

「お腹の方……この辺?」

友希那(そう言って、彼女は胃の辺りを手で押さえる)

友希那「もっと下よ。腰の辺り」

「腰……この辺り?」

友希那「そう」

「なるほどなるほど、この辺……」

友希那「意識はそこに持っていって、肩の力は抜きなさい。喉の力を抜く、といきなり言われても難しいでしょう」

「はい、正直ワケ分からんです! 肩の力を抜いて腰のあたりに集中ですね!」

友希那「……ええ」


友希那(私が相づちを打つと、彼女は肩をぐるぐると回してから両手を腰のあたりに置き、スッと息を吸い込んでもう一度歌を口ずさむ)

友希那(これはなんの歌だっただろうか。いつ以来とも分からない、自ら進んで歌を聞くという行為)

友希那(日常生活において歌や音楽を耳にしないということは難しいことだ)

友希那(テレビやラジオ、お店なんかの有線放送で流れてくるものはどうしたって耳に入ってくる)

友希那(だから私はそれらを違う世界のものだと思いこむようにしていた)

友希那(大学や電車の中では誰かの口ずさむ歌が聞こえないように、何も流していないイヤフォンをつけて歩く癖がついていた)

友希那(歌や音楽。それは湊友希那とは関係のない、遠い誰かが勝手に流す雑音。そう思い込んで、自分自身を守ってきた)

友希那(私にとってはただの音の塊。私には関係ない。私の心を波立たせて、悲しくて虚しくて寂しくて涙を落とすこともしない)

友希那(もう割り切ったんだ。不完全な青春を終えて、不完全な夢はあっけなく打ち砕かれて、不完全な挫折の末に、不完全なりにも大人になったはずなんだ)

友希那(……なのに)

「……どうです、湊さん? 上手に歌えてますかね?」

友希那「……正直に言えば、まだまだ全然ね。きちんとお腹から声が出ていないし、音程をうろ覚えな箇所が多すぎるわ」

「たはー、やっぱりですか?」

友希那「でも……素敵な歌声ね」

友希那(眩しすぎる彼女からは目を逸らして、私はポツリと小さく声にする)

友希那(バンドを始めたばかりの高校1年生。技術的な面で言えばただの素人の頼りない歌声。プロなんかと比べることすらおこがましい、かつての私であれば『技術不足』と切って捨てる音楽)

「ほんとですか!? えへへ、ありがとうございますっ!」

友希那(だけど、パッと輝く笑顔を浮かべた彼女のそれが、割り切って冷え切ったはずの私の中の何かを撃ち抜いたような気がした)


……………………


友希那(日々は続いていく)

友希那(朝起きて、電車に乗って大学へ行って、週3、4回アルバイトをして、また1DKに帰ってくる)

友希那(そのアルバイトの中に後輩の歌の指導という項目が付け足されて、時間は流れていく)

友希那(私が少し音楽を齧っていたことを知ってから、ますますあの子は私に懐いていた)

友希那(日に日に増えていくふざけた軽口と『ありがとう』の数)

友希那(それに私は何を思っているんだろうか)

友希那(割り切った。大人になった。無駄に賢しくなった)

友希那(抜け殻の湊友希那に所在などなくて、行き場所もなくて、ただ空っぽの日々をなぞるだけの人生)

友希那(いっそ世界が終わればいいのに)

友希那(最後にそう願ったのはいつだったろうか。それが分からなくなった、10月の終わりのある1日だった)


「友希那さん!」

友希那「……どうしたの」

友希那(遠慮も気兼ねもなく、唐突に私を下の名前で呼ぶようになった彼女との、バイト前の事務所でのひと時)

友希那(特に嫌な気もしないから何も言わずに受け入れたのは先週のバイト終わりの時だったろうか)

友希那(そんなことを考えているうちに、彼女はいつものようにハキハキと言葉を繰り出してくる)

「今日、初めて給料をもらったんです!」

友希那「ああ……そういえば今日は給料日ね」

「まー10日締めでちょっとしか入ってないんで、全然少ないんですけどね」

友希那「そう。来月からは増えるわよ」

「だといいッスねぇ……って、話はそれじゃなくて」

友希那(やたらとオーバーアクションで何故か私に対して落ち着かせるような仕草をする彼女に首を傾げる)

友希那(テンションが高いのはいつものことだけど、今日はまた一段と明るい。初めての給料がそんなに嬉しいのだろうか)

「友希那さん、これ!」

友希那「え?」

友希那(そんなことを思っていた私に、彼女は淡い青色をした小さな紙袋を手渡してきた)

友希那「……これは」

「えへへ~、1日早いですけど……お誕生日おめでとうございます、友希那さん!」

友希那「…………」


友希那(言葉の意味を理解するのに少しかかったけど、そういえばそうだ)

友希那(今日は10月25日。明日は私の20歳の誕生日だった)

友希那(そんなこと、ひとりになってからまったく気にしたことがなかった)

友希那「……ありがとう。よく知っていたわね」

「はい、店長さんに聞きました! それで、明日はバイトないですし、渡すなら今日しかねぇでございますなーって思ってました!」

友希那「そう」

「ついでにプレゼントもですね、店長さんや他のバイトの人に色々聞いて決めたんですよ~! というわけで開けてみてくださいよ!」

友希那「分かったわ」

友希那(どうしてか祝われている本人よりも嬉しそうな彼女に促されるまま、私は紙袋の中身を取り出す)

友希那「……猫?」

友希那(中身は三毛猫のぬいぐるみだった。フワフワした手触りで、両手の上に乗るくらいの小さなものだった)

「はい! 店長さん曰く、『あの子、クールだけど猫関連の商品とかの前で絶対立ち止まるんだよね。あれは猫好き特有の行動だ』って!」

「他の人も言ってますよ! 『湊さんに発注任せると何故か猫のエサとかが通常より多く来る』って!」

友希那「…………」

「……あれ? もしかして猫、嫌いでした?」

友希那「……いいえ。猫は……好きよ」


友希那(猫。そうだった。私は猫が好きだった)

友希那(野良猫がいれば目で追うし、テレビで猫の番組があれば、それだけは少し見てみようと思えるくらいには好きだった)

友希那(昔は……あの陽だまりのような日々の中にいた時は常々自覚していたそれも、今となっては懐かしい旧友と偶然顔を会わせたような心持ちだった)

「はぁー、良かった……『いらないわよ、こんなもの』とか言われたらどうしよーって思ってましたよ」

友希那「……流石に私でもそんなことは言わないわ。いらないなら何も言わずに黙って処分するもの」

「うわっ、そっちの方がヒドいですよ! 処分しませんよね、しないですよね!?」

友希那(久しぶりに嫌気の差さない郷愁が胸中に訪れていた。その気持ちのまま軽口を叩いた私に、彼女はいつものような反応をする)

友希那「ええ。大事に飾らせてもらうわ。……本当にありがとう」

「いいえ! えへへ、いっつもお世話になってる友希那さんに喜んでもらえたなら、私も嬉しいですから!」

友希那「そう」

友希那(輝かんばかりの笑顔。彼女が語る夢に向けられていたものが私を真正面から照らし出す)

友希那(それに少しだけくすぐったい気持ちになった)


……………………


友希那(その日のバイト終わり。彼女と一緒に定時にあがった私は、今まで発注や品出しでしか触れたことがなかったお酒のコーナーから、缶ビールを1つ手にしてみた)

友希那(そんな私を見たあの子は「友希那さーん、年齢確認されちゃいますよー」とおどけて、それに苦笑を返す)

友希那(そしてビールをレジに持っていったら、顔見知りの夜勤の人にも「お客様? 身分証明書はお持ちですか?」とからかうように言われ、みんなして何を言っているんだと少しおかしな気分になった)

友希那「あと4時間で20歳だから、大目に見てください」

友希那(だから私も私でそんなことを大真面目な口調で言って、ビールを買う)

友希那(コンビニの駐車場であの子にもう一度お礼を言ってから別れを告げて、一人暮らしの1DKの最寄り駅に到着したのは21時前)

友希那(駅から出た私は、いつも通る道ではなく、なんとなく線路を沿って家路を辿る)

友希那(等間隔で線路沿いに連なる街灯。ひとり歩いている夜道に影が2つ出来た)

友希那「……きっとリサの亡霊ね」

友希那(そうなら嬉しいな……と、そんなことを思った自分に少しだけ驚いた)

友希那(少し前の私ならどう感じただろう。きっと、この影がリサの亡霊だとしたら、私に対しての恨みつらみを吐き出しに来たんだと思っただろう)

友希那(だけど今は違った)

友希那(かつての思い出の中にある優しい笑顔を浮かべた幼馴染が、「後輩からプレゼント貰うなんて、友希那も隅に置けないなぁ~」と茶化しに来たんだろう、なんて)

友希那(……そんな風に考えられるようになっていた)


友希那「…………」

友希那(気付くと線路は左の方向に折れていき、目の前には住宅があった)

友希那(街灯も途切れ、私はひとりぼっちになっていた)

友希那(それが寂しくて、でもその寂しさが温かくて、少しだけその場に立ち止まって夜空を見上げてみる)

友希那(濁った夜空には申し訳程度の星と大きな満月が滲んでいた)

友希那(それにフッと息を吐き出して、耳栓替わりのイヤフォンをスマートフォンに繋ぐ)

友希那(いつかに気まぐれでインストールしていたラジオアプリを起動させると、耳に賑やかな音たちが駆けこんでくる)

友希那(それを聞きながら、私は再び足を動かし始めた)

「灰の歌 才能不在 哀悼弔い」

友希那(バリトンボイスのラジオDJの曲紹介のあと、聞いたこともない歌が耳に入ってくる)

友希那(それを遠い世界の雑音だとは思わなかった)


友希那(そうして歩いているうちに、私は1DKに辿り着く)

友希那(いつものようにダイニングのテーブルに鞄を置いて、そこから先ほど買ったビールを取り出す)

友希那(ビールはすっかり温くなってしまっていた。それをあえて冷凍庫に放り込んでから、寝室に向かう)

友希那(水槽の小さな明かり。それと私を見て、腹びれを伸ばしてエサをねだってくるグラミー)

友希那(それに苦笑しながら、いつも通りエサを与えて、部屋の明かりとテレビを点けた)

友希那(ベッドに腰かけて、なんとなくそのままテレビ番組を見つめる)

友希那(ひとりの部屋。黙りこくった冷蔵庫。笑い声がテレビの中だけで反響している)

友希那(しばらくぼうっとしてから、そういえば、とダイニングに置いた鞄を手にしてもう一度寝室に帰ってくる)

友希那「……猫」

友希那(あの子に貰った猫のぬいぐるみ。どこへ置こうか、と少し迷ってから、水槽の横に置いた)

友希那(グラミーがそれに興味を持ったのか、ふよふよとそちらの方へ泳いでいって、側面のガラスに腹びれを伸ばしている)


友希那「『ありがとう』……ね」

友希那(視線をテレビに移して、私は呟く)

友希那(ありがとう。人に感謝することはそこそこあるけれど、感謝されることは少なかった)

友希那(ひとりになってから先月までのことを考える。最後に感謝されたのはいつだろうかと考えれば、その答えがいつまで経っても出てきそうにないくらいにその数は少ない)

友希那(……きっと、10月になってあの子から貰った『ありがとう』の数よりも少ないだろう)

友希那「ありがとう」

友希那(もう一度呟く。その言葉が自分に向けられるたびに、真っ暗な闇に包まれた私の足元に、小さな光が射し込んでくるような気持ちになれた)

友希那(人に感謝されること。それがただ単純に嬉しかった。認められた気持ちになって、もっとその人のためになりたいと思えるようになっていた)

友希那(……もしかしたら、リサもそうだったのかもしれない)

友希那(自分のために泣いたりなんかしない、苦しい時だって泣いたりなんかしない)

友希那(そんなリサがどうして別れの際に私より先に泣いていたのか)

友希那(勘違いかもしれないけれど、その理由が少しだけ分かったような気になった)

友希那(胸中に嬉しさと自嘲と、少しの寂しさが沸き起こってない交ぜになる)


『分かりました! 答えはAの『干物』です!』

『ちょ、彩さんそれじゃないです!』

『ええ!?』

『彩ちゃん……あとで覚えておきなさい』

『ち、千聖ちゃん? 顔がすっごく怖くなってるよ……?』

『あははは!』

友希那(複雑だけれど、少し明るい色の多くなった気持ちのまま、テレビ番組を眺める)

友希那(いつものバラエティーには、僅かながら青春を共にした丸山さんと大和さんと白鷺さんがいた)

友希那(大和さんからのヒントを聞いて、自信満々にクイズに答えた丸山さんが見事に不正解し、白鷺さんがその罰ゲームとして嫌いらしい納豆を食べさせられていた)

友希那「……ふふ」

友希那(それに少し笑えた)

友希那(こんな風に笑ったのはいつ以来だろうか。少し考えようとしたけど、思い出せそうにないから諦めた)

友希那(代わりにロゼリアでの日々をもう一度想起する)


友希那「…………」

友希那(……あの時は見えるもの全てが輝いていた。信じられる仲間と共に、ただひたむきに頂点を目指す)

友希那(楽しかった)

友希那(最高の音楽を奏でられることはもちろん、それ以外の全ても楽しかった)

友希那(無駄なことなんて1つだってなかった)

友希那(何をするにしてもみんなとならば楽しいし、嬉しいし、どんなことでも何かしらの糧となって私の中に積み重なっていった)

友希那(けど、それを壊してしまったのは他ならぬ私だった)

友希那(私だけが見当違いの方向を見て、みんなを見ていなかった)

友希那(その結果が今の私だ)

友希那(青春の残り火みたいな夜露をすすって生きる、19歳の私だ)

友希那(もしもあの時、あこが出て行った理由を、燐子が声を振り絞った理由を、紗夜が諭してくれた理由を、リサが何も言わなかった理由を、しっかりと考えていれば)

友希那(カリスマだとかリーダーだとかプライドだとか、そんな取るに足らないつまらないものなんて投げ捨てて正直になっていたら……きっと何かが変わったんだろう)

友希那(胸の中で燦々と煌めき続ける美しき思い出。それよりももっと綺麗でもっと素晴らしいものを積み重ねて、みんなと共に笑い合える日々を今も送っていたんだろう)

友希那(けど、今さらどうこう思ったところで過去は変わらない。昨日はやってこない)


友希那(それなら……これでいい)

友希那(あの日救えなかった世界の続きはもう見れないんだ)

友希那(あの日打ち倒された世界のその後を私は生きるしかないんだ)

友希那(だから、私は空っぽの私を抱えて、こんな空っぽの私に感謝をくれる人たちを見つめて生きていこう)

友希那(……そうすれば、またどこかで……あの幸せな日々に近いものを見つけることが出来るかもしれないから)

『ドキュメンタリー 成功者の裏側に迫る』

友希那(そう思う頃に、いつものバラエティー番組は終わり、次のドキュメンタリー番組が始まっていた)

友希那(私はテレビを消す)

友希那(それから不意に懐かしい歌を歌いたくなった)

友希那「今の今まで目を逸らし続けてきたのに……本当に自分勝手ね」

友希那(現金な自分に向けた呟きには自嘲の色が濃かったけど、どこかこの心境の変化を楽しんでいる私がいるのも確かだった)

友希那「……屋上にでも行こうかしら」

友希那(流石に部屋の中で歌うのも隣人の迷惑になるだろう。だけどこの近辺には背の高い建物はこのマンションくらいだし、屋上であればその迷惑さは限りなく小さくなるはずだ)

友希那(そう思って、私は部屋を出た)




友希那(階段を上って、屋上へと続く扉を開ける)

友希那(関東の片田舎という土地柄がそうさせるのか、このマンションの屋上にはいつでも出入りが出来た)

友希那(夏に花火大会がある時は管理人さんも含め、ここの住人たちが屋上に集まって花火を見たりもするらしい)

友希那(私は一度もそういうのに参加したことはないけれど、掲示板にそんな張り紙がしてあったのを見た覚えがある)

友希那(先客がいたらどうしようか、と少し不安になったけど、今は10月の終わり)

友希那(吹き抜ける風は晩秋の冷たいものだ)

友希那(時間は夜の10時過ぎで、こんな時間に屋上に来る変わり者や訳ありの人間は私くらいだろう)

友希那(そう思った通りに、だだっ広い屋上には私以外の人間は見当たらなかった)

友希那「…………」

友希那(銀色の手すりにもたれて夜空を見上げる)

友希那(秋の満月は雲隠れになっていた。その月に向かって、いつかに歌う資格があるのか悩み続けた歌を、今も変わらず悩み続けている私は口ずさむ)



「裏切りは暗いまま fall down」

「崩れ行く世界は 心 引き剥がして熱を失った」


友希那(何年振りかに歌を歌う)

友希那(久しぶりに出した歌声はいつかのような力強いものとは程遠い)

友希那(まるで自分の声が自分のものじゃないみたいな、喉に何かが張り付いているようなもどかしさを感じる)

友希那(それでも私は歌を歌う。旋律を奏でる)

友希那(小さな声。震えた声。それにも徐々に熱がこもってくる)

友希那(脳裏にはいつでも隣にいてくれた大切な人の影が浮き上がる)

友希那(彼女が引き合わせてくれた大切な仲間たちの姿も浮かび上がる)



「Only one... 歌をほどけば」

「あの頃の私がいて あの頃のあなたが笑うよ」

「I renew one's hope」


友希那(けれど今の私はひとりだった)

友希那(正確に音を刻むギターも、楽しそうに跳ねるドラムも、控えめに歌を彩るキーボードも、温かく包み込んでくれるベースも、声を合わせてくれるコーラスもない)

友希那(それでも……)



「ただ、強く 熱く 届け」

「Sing for...」

「louder...! You're my everything!」


友希那(振り絞るように、届くようにと、空に声を放つ)

友希那(あなたがいたから私がいた)

友希那(いつだって隣で支えてくれたから、私が私としていれた)

友希那(気付くには遅すぎたけれど、今さらもうどうしようもないことだけど、やっと向き合えたから。躓きながらでも前へ歩けそうだから)

友希那(もしも私のこの気持ちがあなたに届いてくれたら、それ以上の幸せはないわ)

友希那(どうかあなたも……いつまでも幸せでいてくれますように)

友希那(だから……)



「No more need to cry きっと」

「feel alive...」


友希那(歌声は夜空に吸い込まれていった)

友希那(残されたのは私と、私の中で微かに熱を持った形のない何か)

友希那(どこか吹っ切れた気持ちになって、私は笑う)

友希那(自分とばかり向き合って、人とは決して向き合わずにいたこと)

友希那(過去とばかり向き合って、今とは決して向き合わずにいたこと)

友希那(いつまで経っても変わらない、どこまでいっても私は私のままだった)

友希那(だけど、本当の本当に、いつまでも何も変わらないものなんてない)

友希那(永遠に変わらないと思っていた幼馴染との関係が変わったように、きっと、空っぽな私の明日も変えられるはずなんだ)

友希那(あの日に全部を壊してしまった原因も、別れの涙の理由も、もう分かったつもり)

友希那(だから私はもう、自分のためだけに生きたりしない。誰かのために笑ってみたい)

友希那「……あなたみたいに」

友希那(口から出した言葉が私の鼓膜を強く打って震わせた。私は一度、大きく息を吸ってから吐き出す)

友希那(ずっと変わらないと思ってた。そんなものある訳なかった)

友希那(でもあなたがそう思わせてくれたから。あなたのせいと、あなたのおかげで、私はもう一度立ち上がれそうだから)

友希那(騙されて裏切られた気持ちにさせておいて、そのくせ救われて生まれ変われた気持ちにさせてくれるなんて……まるであなたは詐欺師か魔法使いみたいね)

友希那「ねえ、リサ」

友希那(空へ向かって、今でも一番に大切な人の名前を呼びかける)

友希那(それに応えはない。代わりに秋の夜風が『ひゅう』と鳴いた)




友希那(しばらく屋上で夜風に吹かれてから、私はひとりの部屋に戻る)

友希那(時刻は23時。あと1時間で私の誕生日だった)

友希那(私は冷凍庫からビールを取り出す)

友希那(この短時間で冷えるか心配だったけど、手に取った缶は予想以上にキンキンに冷えていた)

友希那「…………」

友希那(少し迷ってから、私はプルタブを引く。『カシュッ』と炭酸の抜ける音がした)

友希那(まだちょっとだけ早いけれど、これくらいは許されてしかるべきフライングだろう)

友希那(そう思い、寝室に足を運んでいつものようにベッドに腰かける)

友希那(部屋はシンとしていた。水槽の外掛けフィルターの作動音だけが僅かに聞こえてくる)

友希那(……もうこの静寂に、どうしようもないことを考えることも、拭えない寂しさを感じることもきっとないだろう)

友希那(もうすぐ誕生日。20歳として、明日はきっと生まれ変わった私の記念日だ。だから)

友希那「明日には大人になる私へ」

友希那(少しだけ気取って、ビールをあおる)

友希那「っ、けほっ、けほっ!」

友希那(そして予想外の苦みとアルコールの強い匂いにむせかえった)

友希那「こんなに苦いのね……ふふ」

友希那(全然カッコがつかないけれど、それが存外私らしいと思って、愉快な気持ちになる)

友希那(水槽へ視線を送ると、グラミーと猫のぬいぐるみが不思議そうな顔で私を見つめていた)


――――――――――
―――――――
――――
……


――CiRCLE スタジオ――

友希那「……という訳なの」

今井リサ「……えぇっと?」

友希那「そう思うとつい、ね……」

リサ「ごめん、ちょっと話が飲み込めないんだけどさ」

友希那「……?」

リサ「アタシが聞いたのは、友希那が今日元気なかった理由についてだよね?」

友希那「そうよ」

リサ「それと今の話になんの関係があるの?」

友希那「……夢を見たの」

リサ「夢?」

友希那「ええ。誰もいない街をひとりぼっちで歩く夢を見たのよ」

友希那「それで、その夢から醒めて、改めて考えてみたの」

友希那「もしもあの時……みんなとすれ違ってしまった時に、何か1つでも選択を間違えていたら……その夢の通りに私はひとりぼっちになってしまったんじゃないかって」

友希那「そしてそんな私はそういう未来を歩むんじゃないかって……そう考えると寂しくなって……」


リサ「あー、なるほど。それで朝からずーっと元気が無かったんだ」

友希那「ごめんなさい、余計な心配をかけさせたわ」

リサ「ううん、身体の調子が悪いとかじゃなくて良かったよ。でも……あはっ」

友希那「どうしたの?」

リサ「いやー、友希那がそこまでみんなを大事に思ってるんだなーって思うと、なんか嬉しくってさ」

友希那「まぁ、そうね。今の私があるのはみんなのおかげだもの」

リサ「お、今日の友希那は随分と素直だねぇ」

友希那「……つまらない意地なんか張ったっていいことはないわ」

友希那「だから……ねえ、リサ」

リサ「はいはい、寂しかったんだよね。練習までまだ時間あるし、みんなが来るまで甘えていいよ」

友希那「ありがとう。優しいあなたがいつでも隣にいてくれるから、私は素晴らしい日々を歩むことが出来ているわ」

友希那「あなたは私にとって……何ものにも代えられない存在よ」

リサ「友希那……」

友希那「リサ……」


―スタジオの外―

白金燐子「…………」

燐子「また……友希那さんと今井さんが……イチャイチャしてる……」

燐子「どうしよう……あの空気に割って入る勇気が……」

氷川紗夜「……あら? 扉の前でどうしたの、白金さん」

燐子「あ……氷川さん……こんにちは」

紗夜「ええ、こんにちは。スタジオ、入らないんですか?」

燐子「……取り込み中みたいで……」

紗夜「取り込み中……ああ、またあの2人が……」

燐子「はい……」

紗夜「はぁ……困ったものね」

燐子「本当に……」

宇田川あこ「あ、りんりんに紗夜さん!」

燐子「あ、あこちゃん……」

紗夜「こんにちは、宇田川さん」

あこ「はい! こんにちは!」

紗夜(……宇田川さんにあの惨状を見せるわけにはいかないわね)チラ

燐子(ですね……外に行きましょう……)コク


あこ「どうしたんですか、2人してスタジオの扉の前で固まって?」

紗夜「いえ、まだ練習まで時間があるから、たまにはカフェテリアでお茶でもしようかと話していたのよ」

燐子「まだ……頼んでないハロウィン限定メニューもあるし……せっかくだから、ってね……」

あこ「そうだったんだ!」

紗夜「宇田川さんも一緒にどうかしら?」

あこ「はい、そういうことならあこもお供します! あ、でもでも、友希那さんとリサ姉はどうしたんですか?」

燐子「あの2人は……2人の世界で幸せそうだから……」

あこ「2人の世界?」

紗夜「宇田川さんは気にしなくていい世界の話よ。さぁ、一刻も早くここを離れましょう」

あこ「よく分からないけど分かりました! あ、ねぇねぇりんりん、NFOの限定イベントなんだけど……」

燐子「うん……それもカフェでお話ししようね……」

あこ「うん!」

紗夜(はぁ……仲がいいのは良いことだけど……湊さんと今井さんはもう少し場所を選んでくれないかしらね……)

燐子(はい、本当に……このままだとあこちゃんに悪い影響が……)

紗夜(まったくね。宇田川さんにだけはいつまでも純粋でいてもらいたいわ……)

あこ「早く行きましょーよー!」

紗夜「ええ。行きましょう、白金さん」

燐子「はい……」


おわり


amazarashiの『リタ』をモチーフにしました。
ごめんなさい。友希那さんが好きな方、本当にごめんなさい。

それとちょっと遅いですけどお誕生日おめでとうございました燐子さん。

そしてちょっと早いですけどお誕生日おめでとうございます友希那さん。


HTML化依頼出してきます。

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