カグノコノミの咲く頃(相棒×名探偵コナン)(205)

SS速報VIPからの移転です。
実の所、最初のスレ立てで誤記をやらかしました。
この際変更させていただきます。

旧:「カグノコノミが咲く頃」
新:「カグノコノミの咲く頃」

すいませんでした。

改めて冒頭のお断り

「相棒」と「名探偵コナン」を「一通り知ってる人」を対象としたつもりですが、
もしかしたら私の知識が負けているかも知れません。その時はすいません。


二次創作的アレンジと言う名の
改変、御都合主義、進行の変更等々が入る事がありそうです。


プロットに誰得の予感が漂っています。投石は控えめでお願いします。

Respect 竹内明


それでは、

ちょっとばかしちょうしこかせてもらいます。

それでは今回の投下、入ります。


==============================

 ×     ×

4月21日 警視庁刑事部捜査第一課課長室

「何? 杯戸町内のマンションで
銃撃された女性の御遺体が? 男性が重傷。
分かった、すぐ臨場する」

ーーーーーーーー

東京都内杯戸町。
現場となったマンションの1LDKリビングでは鑑識作業があらかた終わり、
事件性の有無に於いて疑問の余地は皆無。

と言うよりも、日本基準では見紛う事無き重大事件と言う事で、
日本基準では見紛う事無き重大事件と言う事で、
日本基準では見紛う事無き重大事件と言う事で、
日本基準では見紛う事無き重大事件と言う事で、

本部の各中枢部署にも早々の連絡が放たれていた。
早速に、初動に当たる所轄、機動捜査隊に続いて、
警視庁本部刑事部捜査第一課第七係
伊丹憲一、芹沢慶二巡査部長も現場に足を踏み入れる。

「よう」
「おお」


伊丹部長刑事が、顔見知りの鑑識員益子桑栄巡査部長に声を掛ける。

「仏さんか」
「ああ」

シートを被った膨らみを目で示し、伊丹と益子が言葉を交わす。
伊丹と芹沢が床に片膝をつき、片手で拝んでシートをめくり上げる。
そこに横たわるのは、豊かな黒髪を下敷きにした若い女性だった。

慣れた面々から見たら、
この有様でも生前はスタイルのいいなかなかの美人だったとも推察されるが、
今は見開いた両目との三角点となる位置に余計な穴を穿ち、
大の字の体勢で背中から床に倒れ込んでいる。

「こりゃあ即死か」
「まず間違いないだろうなぁ」

伊丹の呟きに、口を挟んだのは無駄に渋さダダ漏れな刑事調査官だった。

「見た目だけなら22口径、良くても脳死コースだ。
生きた状態、恐らく死亡直前に髪の毛から背中と倒れ込んで、
そっから動かされた形跡も無しだ」

「マル害(被害者)の着ていたものは?」
「二人分、ベッド脇にひとまとめで見つかっています。
損傷らしい損傷はありません。今の所、自分で置いたと推定されます」

近くできびきびと働いていた女性鑑識員が伊丹の問いに答える。


「で、これがもう一人の?」
「ああ」

立ち上がった伊丹とベッドの間に残る血痕を目で示し、
伊丹と益子が言葉を交わす。

「生きてたのか?」
「生かされてた、ってのが正確な所か」

伊丹の言葉に刑事調査官が言った。

「両方の脛、右腕、下腹部、大腸、右の肺」
「うわ」

刑事調査官の語る羅列に、芹沢が思わず声を漏らす。

「報せじゃあ、どうも砕けるタイプの弾じゃないかってよ。
辛うじて救急車に乗せられたが手の施しようが無かったって事だ」
「うわぁ」

芹沢が、本格的にドン引きする。


「それに、左腕と右の腿にもう少し古い傷があった。
腕は弾丸が掠めた可能性もあるが、脚の方はもっと荒っぽい刺し傷。
どっちも荒っぽく治療した痕跡があったって事だ。
状況から見て、這いずって子機から119番をプッシュしてそのままダウン、
あの傷じゃあ、それだけでも並外れた執念だな」

「それがなけりゃあ、もっと発見が遅れてたって事か」
「銃声の情報もありませんしね、性能のいい音消しを使ったんでしょうか」

刑事調査官の言葉に、伊丹と芹沢が言った。

「施錠されてたからな。マル被(被疑者)はピッキングで開錠して、
犯行後に恐らく持ち去った鍵で施錠してる。鍵穴から痕跡が見つかった」

伊丹の言葉に益子が補足した。
その時、伊丹がスマホを取り出し通話を始めた。

「もしもし? 何?」


ーーーーーーーー

「特命係の冠城亘うぅーっ」

怨念に満ちた自分の名前を聞き、
廃ビルの2階フロアに立つ長身の男がそちらへと振り返り小さく目礼を返す。

「随分とお早いお付きで」
「組対5課にも要請が来ましたからね。お手伝いですよ」

引き続き口の中を苦虫で満たした伊丹の問いに、
警視庁特命係所属冠城亘巡査が実質的な関連部署の名前を出して答える。

「僕としては、美人全裸銃殺事件の現場に直行したかったんですけどねぇ」
「あー、そういう躾けは後にしてくんねぇか」

後輩の胸倉を掴み上げた冠城に伊丹が口を挟んだ。

「で、見つけたのって?」
「ええ」

芹沢に促され、既に鑑識作業の始まっているがらんどうのフロアで、
冠城がハンドライトを照らし始める。

「まずここ、血痕でしょうね」
「ああ」

冠城の案内で、伊丹と芹沢が床の汚れを確認する。


「で、あっちの壁に弾痕らしき痕跡。
状況から言って、あの入口から発砲して体を掠めた、
その可能性は十分あると」
「で、冠城巡査はどうしてこんな所に?」

簡単に説明する冠城に芹沢が問う。

「あー、地理的な条件から言って、
もしかしたらここになんかあるんじゃないかと………」
「あるんじゃないかと、
察しを付けた人は何処にいるんですかねぇ」

絡み付く伊丹に答える様に、冠城はハンドライトを動かす。
点在する血痕を追い、一同は素通しになった窓際に来ていた。
呑み屋街からの香ばしい煙が微かに漂う。

額を抑える伊丹の横で芹沢が窓から下を覗くと、
そこでは、シートを被った物体の横で、
眼鏡を掛けて仕立てのいいスーツを着た中年すぎの男性が
両腕を振って呼びかけている所だった。

「で、どうだ?」

気を取り直して窓から下を見た伊丹が、
こちらに到着していた益子に呼び掛ける。

「ああー、この破れたシートの下でぶっ壊れた木箱から血痕が見つかった。
そこの窓から飛び降りた、って言っても辻褄が合う」


 ×     ×

4月25日 東都スタジアム

「よぉーっ」
「どうも」
「また真田の追っかけかい?」

スタジアムの廊下で、いかにも業界人なテレビマン山森慎三が、
まだうら若い女性記者香田薫に軽口を叩く。

「ちょっと付き合わねぇか?」
「いえ、今日は………」
「追っかけてるんだろ、杯戸町の件」

山森が指鉄砲を上に向け、僅かに声を潜める。

「いいネタあるぜぇー」


ーーーーーーーー

「な、いいネタだろ」
「そうですね」

米花町の寿司屋小上がりで、
青柳の喉越しを堪能した香田が山森に答える。

「最近ここに入ったんだけど、
握ってるの俺の親戚なんだ」
「そうですか」

「で、どうよ? 仲良くやってる?」
「お陰様で」

山森が香田のグラスにビールを注ぎ、
それぞれ日売テレビ、日売新聞と言う
資本の繋がった会社に属する二人の間で適当な世間話が交わされる。

「で? どうよ?
少しはいいネタ掴めた? 随分ガード固いって言うけどさぁ」
「随分と言うか、異常です」

気軽な口調で言う山森に、
白身の握りを続けて飲み込んでいた香田がカチッと言った。


「ハムの仕切りだろ?」

低く言う山森に、香田が頷く。

「もちろん、表立った帳場(捜査本部)は一課が当たっています。
でも、彼らの捜査は極めて限定的。
仕切りはハム、公安でまず間違いない」
「ってーと、どっかに裏帳場でも立ってやがるか」

山森の言葉に香田が頷いた。

「そもそも、煽情的な殺され方に対する人権上の配慮、
を名目に被害者の身元自体が公表されていません。
もちろん、一部はこちらで独自に掴んではいますが、
周到な根回しによって報道各社も非公表を了承しています」
「確かになぁ、こっちでもそこん所はがっちり釘刺されてるよ」

ビールを冷酒に切り替えた山森が言った。


「三人も殺害された、それも拳銃を使用して。
にも関わらず、この情報の無さはやはり異常です。
少しは場数を踏んで来たつもりですが、こんな事は初めてです」
「マンションの部屋で二人、真っ裸で撃ち殺されてたんだよなぁ」

「ええ、男性は致命傷を逃れて救急搬送されましたが間もなく死亡、
女性は正面から頭を打ち抜かれて即死だったそうです。
部屋で撃ち殺された女性は、部屋の借主だった女性看護師の友人で、
事件の三日前に男性共々転がり込んでいた様ですね」
「で、その女性看護師もバラされたと」

「22日に失踪、23日には殺害されて翌日堤無津川に浮上した。
これが大まかな流れです。
遺体発見時に公安機捜が早々に現場と御遺体を押さえて、
必要な資料だけ刑事部に下げ渡された。
だから、この時系列を把握する事も簡単じゃなかった」

「じゃあ、その仏さんが痛め付けられてたってのも」
「ええ、右手の指を折られて耳朶を焼かれてから恐らく拳銃で眉間を一発。
沈めるでもなく丸裸で無造作に川に投げ込まれたのだろうと。
その辺りの事もギリギリの所で聞き出しました」

「そんなこんなも表に出ず、か」
「ええ。やはり状況等から身元を含めて詳しい報道を行うのは好ましくないと」

「建前だな」


「更にその裏で公安的配慮、
元々が拳銃を使った凄腕のプロ、それも組織的犯行を伺わせる手口で、
公安方面の組織的犯行、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高いとかで。
捜査上、治安上の理由による報道自粛の協力要請。
この非公式な要請が、ハムと繋がったデスクやその上を通じて根回しされて、
実質的に現場を抑え込んでいます。かつてない強さで」

「その方面のネタ取りから上に上がったのも結構いるからなぁ」

山森の言葉を聞きながら、香田が切子の冷酒を飲み干す。

「こんな時、あの人がいれば………」
「ん?」
「会った事も無い女性記者の大先輩ですけどね。
帝都新聞に、この手の危ないネタに滅法強い人がいた。
なんでも、面白いネタ元を身近に掴んでいた、って、
特にこの件に関わってからよく耳にするんです」

「面白いネタ元ねぇ」

とととっと冷酒を手酌しながら山森が呟く。


「そこまではまだまだですから、
今は地道に追いかけるしかないですねぇ。
でも、これだけの大きな事件、しかも何か凄い裏が隠されてる。
そこを掴めば………」

「やめとけ」

あははっと笑ってから真顔になった香田の前で、
山森はことっと冷酒の瓶を置いて一言告げた。

「この商売、長生きしたきゃあ絶対踏んじゃならねぇ虎の尾がある。
お前みたいな若造なら尚の事よ」

ガタリと立ち上がりかける香田の前で、
グラサンの山森は不敵に笑った。

「現に、俺んトコも他んトコもそこん所は察してる。
そこん所押さえとかねぇとなぁ」

山森は、切子の冷酒を飲み干した。

「死ぬぞ」


 ×     ×

「暇か?」

4月28日
警視庁特命係係長杉下右京警部、同係所属冠城亘巡査は、
何時もの一言と共に特命係所在地である小部屋に顔を出した
角田六郎警視に視線を向ける。

「そうですねぇ」

スーツ姿に英国風紳士の片鱗を見せる
穏やかな杉下警部の曖昧返答をするりと聞き流しながら、
角田は勝手に部屋の道具でコーヒーブレイクを開始する。

縦に長目の顔立ちで、
坊主頭に太目の黒縁眼鏡はその口調と共に剽軽な印象も与えるが、
生活安全部所管時代から
銃器、薬物対策のプロとしてマルBと渡り合って来た猛者。

そうしながら、ノンキャリア刑事として警視階級、
組織犯罪対策第五課課長に迄上り詰めた叩き上げのやり手であり曲者だ。

「まあなぁ」

傾けていたパンダ柄のカップを一度置き、
角田は左手に持っていた図面を部屋の真ん中のテーブルに広げる。


「サミットですか」
「流石だねぇ」

右京の言葉に角田が合いの手を入れる。

「臨海統合リゾート施設<エッジ・オブ・オーシャン>。
こいつは略図だが、来月開業の手始めに
1日からのサミット会場に使われる事になってる。
刑事警備公安各部が交代で警備点検に入ってるからな、
うちもそろそろ仕度しないとな」

「カジノタワーにショッピングモール、
サミットが行われる国際会議場の一階にはレストラン街。
臨海エリアの中で果たす役割は計り知れない程の規模になりますね」

「施設への交通網は海を渡る二本の橋、
何かあったら封鎖せよって出来るのが諸刃の剣って言うか。
テレビなんかでも見ましたけど、あの中に日本庭園とか、
見た目はなんちゃって日本テイストみたいな」

図面を見ながら、右京、冠城がそれぞれに思いを口に出す。


「まあー、サミットってなるとメインは警備公安、
うちは精々お手伝い、マンパワーだからね」
「我々は更にお手伝いの何でも屋」
「必要でしたらなんなりと」

角田の言葉に冠城、右京が続く。

警視庁特命係。実際の所、特命係に関わる「関連部署」は幾つかあるのだが、
単に警視庁特命係と書くのも又実態を反映している。
大雑把な説明をすると、警視庁内の特定の部、課に直属せず、
警視庁の中にぽんと存在しているのが特命係だと言う事になる。

その中で、特命係と比較的関係が深いのが
角田六郎課長が率いる組織犯罪対策部組織犯罪対策第五課。

鶏が先か卵が先かの説明は割愛するが、
とにもかくにも特命係と組織犯罪対策五課は警視庁の庁舎内で
地理的物理的隣人部署の関係にあり、
歴代の特命係の係員は、組織犯罪対策五課が臨時の人手を求めれば快く応じ、
角田の側も特命係の関わった案件に
出来る限りの便宜を図る良好な関係が続いている。

かくして右京が紅茶、冠城と角田が珈琲のカップを傾けた辺りで、
三人はもう一人小部屋に滑り込んで来た男に視線を走らせる。


「大木さん」

右京の声に目礼をした大木長十郎は、上司である角田に耳打ちをする。
少なくとも尋常な内容ではない。
その事は、眉根を寄せた角田と大木の表情からも容易に察する事が出来る。

角田は、リモコンを掴み部屋のテレビを付けると、
実際の画面起動を待つのももどかしいとばかりに
大木と共に特命係を後にしていた。

「何か、あったみたいですね………はくちょう、ですか」

冠城が呟く。テレビの中のワイドショーが紹介していたのは、
無人火星探査機「はくちょう」の事だった。

「確か、こちらも1日でしたね。
火星での採取物が入ったカプセルだけが日本近海に切り離されて………」


番組中に割り込んだピーとも半ばポーとも聞こえる電子音声が
右京の言葉を中断させる。
画面上部に走ったテロップに、右京と冠城は瞬きする。

「番組の途中ですが、たった今入ったニュースです。
お伝えします。来週、東京サミットが行われる国際会議場で、
先ほど大規模な爆発がありました。そのときの防犯カメラの映像です」

画面の中に、もうもうと立ち込める。煙が充満する。
冠城は、画面と、動き出す上司の姿を見比べる。

「繰り返します。先ほど、統合型リゾート<エッジ・オブ・オーシャン>で
大規模な爆発がありました……」


==============================

今回はここまでです>>1-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>19

ーーーーーーーー

「これはこれは警部殿」

<エッジ・オブ・オーシャン>敷地内、ここまで爆発の余燼が燻る
ショッピングモール予定エリアに足を踏み入れた杉下右京と冠城亘の前に、
如何にも執念深い刑事を具現化した様な面相の執念深い刑事が
すいっと現れて声を掛けて来た。

「<エッジ・オブ・オーシャン>はまだ開業前の筈ですが、
特命係がどういうご用件でしょうか?」
「見ての通り、開業はずっと後になりそうですけどね」

そうやって声を掛けて来た、
警視庁本部刑事部捜査第一課殺人犯捜査第七係に属する伊丹憲一巡査部長が、
階級上は上官、しかもキャリアとノンキャリアの関係に当たる
キャリア組の杉下右京警部に慇懃に質問を発する。

そして、伊丹の後ろに従っている芹沢慶二巡査部長が、
先輩の伊丹の言葉に余計な補足を入れる。
こちらはどちらかと言うと、何処にでもいるお調子者の若造が
年を食ったタイプの芹沢が、伊丹から一撃を入れられる。


「ええ、我々も組対五課のお手伝いで
何れサミット警備に関わる事もあろうかと内示されていましたからねぇ。
それで、実際に爆発が起きたと言う現場を下見に」

肝が小さければそれだけで震えが来る伊丹の質問に、
右京は至って平静に返答する。

「すいませんがねぇ、警部殿」

嘆息と粘り気を半ばにブレンドした口調で伊丹が続ける。

「警備以前に事件ですからこれ。
後はこちらの仕事ですからどうぞお引き取りを」

伊丹が慇懃に促す。
捜査一課の刑事である伊丹達に対し、
特命係の二人は通常は刑事とは言い難い位置にいる。

特命係を捜査部門と定める法律、規則は存在しておらず、
警視庁直属である為、捜査部門に属している組織でも無い。

言わば、一人の警察官、警視庁警部、警視庁巡査として
ポンと警視庁に属していると言うべき状態なのが特命係であり、
後は、階級社会の警察の中で、物理的に身近な組織近在対策五課を中心とした
警視庁各部局からの応援要請に警察官として応じているのが実際である。


「亡くなった方もおられる」
「今分かっているだけで死者二名、四人以上が搬送されています」
「確か、今日は公安が警備点検?」
「ええ、死傷者は全員公安の担当者だそうです」

右京に続く冠城の質問に芹沢が答え、
右京にするりと交わされた形の伊丹が芹沢に一撃を入れた。

「ですから、事件であれ事故であれ、
後はこちらの仕事になりますんで」
「確かに、サミット狙いのテロ事件って言うのは無理がありますからね」

冠城が、伊丹の言葉の一部だけに反応する。

「サミットが始まるのは1日、その前にこんな事件を起こすのは、
狙いがサミットなら場所変更、警備は厳重になる上に
殉職者を出した警察全部を敵に回す。メリットが丸で無い」

「確かに、サミットを狙ったテロ、
と想定するとそういう事になりますねぇ」

冠城の推測に右京が言葉を続けた。

「爆発したのはガスですか?」

右京の言葉に、伊丹と芹沢が顔を見合わせた。


「何処でそれを?」

「この場所でこれだけの規模の爆発です。
時間的に考えて、火薬、合成火薬の類による爆発であれば、
既に機捜隊と捜査一課には地取りの総動員がかかっている筈です
例えテロ事件の捜査が公安主導になったとしてもです」

「ハムはその辺上手くないですからね、
餅は餅屋、刑事部に足回りの捜査をやらせて
その成果をかっ攫うのがハムのやり口、ですよね」

伊丹の問いに答え、右京の言葉に冠城が続いた。

「そうでなくて、なおかつこれだけの爆発を引き起こすとするならば、
供給されたガスのガス漏れ、或いは腐敗ガスの蓄積、或いは天然ガスの噴出、
これがおおよそあり得る想定です。
伊丹さんがこの段階で事件事故を不確定であると言う事は、
現時点ではどちらとも特定できない。
そして、捜査一課がただちに動く程の材料にはならない、
むしろ事故と見た方が自然である、その様な爆発物であったと言う事です」

「ここまで最新鋭の建造物が出来上がって使用は始まっていない。
だとすると、腐敗ガスや天然ガスってのはちょっと考え難いんですけど」

右京の説明に言葉を探す伊丹を他所に、
冠城がその先を促す。


「ええ、国際会議場の地下にある料亭の厨房が爆発源で、
そこから大量のガスが検知されています」
「確か、会議場一階がレストラン街。その地下厨房ですから。
この最新鋭の、新築の建物でガス漏れがあったと?」

芹沢の言葉に右京が質問した。

「ハードじゃなくてソフト、制御の不具合の可能性が指摘されています。
ここのガスはネット回線を使ったコントロールが可能ですから」
「じゃあ事故、って事か」
「でしょうねぇ」

冠城の言葉に芹沢が同意を示す。

「扱いは一課でも特殊班になるか火災班になるか、
どっちにしても大変ですよ」
「大変、と言いますと?」

右京が尋ねた。


「公安機捜の鑑識が運べる物証一切合切さらって行ったんですよ。
事故だとしたら扱いは刑事部、それで帳場が立ったら、
まずハムが持って行った物証を出させる所から始める事になります」

「せぇぇぇぇぇるぅいぃぃぃぃぃざぁぁぁぁぁぁわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………
警部殿、捜査に差し支えますので、
そろそろお願い出来ますかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「それでは、失礼しましょう」
「しましょう」

伊丹の呪詛に一礼し、特命係はくるりと回れ右をする。

「流石に、二階級特進となるとハムも必死なんですかね」

歩きながら冠城が言う。

「これだけの死傷者と損害が出てますからね」
「ええ、幾ら秘密主義の公安でも、少なくとも労災ですからね。
扱いを間違えたら思わぬ所から公安の秘密主義が綻びる事にもなりかねない。
流石に、こんな表立った警備に
ゼロ直属の名無しが入ってる、なんて事はないでしょうけど」

そこまで言って、冠城は言葉を止める。
彼の上司杉下右京が、前だけを向いて黙々と歩みを進めている。
それを見て、冠城は脳内で見落としの有無の点検を開始する。


ーーーーーーーー

右京と冠城が戻った特命係のテーブルに、資料の束がどさりと置かれた。

「<エッジ・オブ・オーシャン>の資料、持ってきましたよ」

それぞれの席に着席していた右京と冠城が、
資料と共に現れた一人の男、青木年男に視線を向ける。

「サミット警備のために警備部が作成したくわしぃー奴。
僕だから、手に入れられたんですからね」
「それはどうも」

ところどころ強調を入れる青木の言葉に、右京がすんなりと応じる。

「どうしてこちらで必要だと?」

「そりゃあ、調べるんですよねぇー。
でも、亡くなった方には気の毒ですけど
大変な事になっちゃいましたねー、
これって責任問題ですよねぇ。
いやー、凄い事が始まってますよぉー」

どう見ても上機嫌に立ち去る青木を見送り、
右京と冠城が顔を見合わせる。


警視庁の新設部署であるサイバーセキュリティ対策本部に配属されている
青木年男巡査部長は「警察嫌い」であり、
行き掛り上、特命係のこの二人はその事をよくよく知っている。

特命係が青木と出会ったのは青木が警察に入る前の区役所勤務の時代だったが、
その後に青木は警視庁に入庁し、
やはり転職組の範疇に入る冠城とは警察学校の同期と言う事になる。
青木はサイバースキルによる専門職の特別捜査官枠で入庁しているため
入庁早々巡査部長であり、巡査であり年上である冠城の上官ではある。

とにかく、青木は一言で言い表せない面倒臭い曲者ではあるのだが、
この二人から見て底は深くない。

従来のサイバー犯罪担当部署とは別に、
言わば警視庁の内部管理を含めた電子社会の治安機関として発足した
サイバーセキュリティ対策本部の特別捜査官と言う事で、
青木が何を企んでいようが齎す心算で齎す情報自体は確かなもの。

実際に特命係に情報を齎した以上、
ここで情報自体に小細工をする方が命取りになりかねないと、
それが理解出来る程度には小ずるいのが青木であると、
特命係の二人も理解はしている。

だが、それよりも、この青木の態度、対応は
「警察嫌い」であろうと見当のつくところだった。


ーーーーーーーー

「何かあったんですね」

警視庁庁舎内の廊下で、冠城を伴った右京が伊丹と芹沢に声を掛けた。

「毛利小五郎にガサが入った」
「毛利………<眠りの小五郎>?」
「ああ」

冠城の問いを、伊丹が肯定した。
そして、四人はさり気なく人通りの少ない場所へと移動する。
この状況からも、異常事態を察知出来る。

本来「只の警察官」でありながら、警視庁警部と言う警察官の身分一つと
何よりも尖った知略と正義感で事件捜査に介入する
警視庁の非捜査部門特命係係長杉下右京警部とその部下である冠城亘巡査。

「刑事の花形」捜査一課の本職の刑事である伊丹、芹沢。
両者の関係は極めて複雑怪奇で素直じゃないものであるが、
それがこうして素直に話に応じると言う時点で異常事態。

本人達が認めるかどうかはとにかく、
正規の刑事として組織に縛られた立場にいる伊丹達が、
その縛りに目を塞がれ足を取られそうなとき、
事件を追う刑事として、特命係との協力の中に
縛りの抜け穴、突破口を求める。
そういう局面であろう事が今迄の経験からも想定できる。
そして、今の伊丹の話からして、その予感は十分に的中している。


「あの爆発で毛利小五郎に?」
「そうだよ」
「なんだって又………」
「モンが出たんですよ」

伊丹の返答を聞いた冠城の呟きに、芹沢が応じた。

「現場から毛利小五郎の指紋が出たと?」
「ええ」

右京の問いに芹沢が答える。
元警察官、警視庁捜査一課出身の私立探偵毛利小五郎。
退職後もいくつもの難事件を解決した通称「眠りの小五郎」として
マスコミにも知られた「名探偵」であり、
警察内部での知名度も相当な人物だった。

「揚水ポンプ用の高圧ケーブルの格納庫の扉から、
毛利小五郎の指紋が焼き付いて検出されたんです」
「揚水ポンプ?」
「施設全体の水道に水を届かせるためのポンプですね。
ポンプを動かす電気の高圧ケーブルの格納庫ですか」

冠城の呟きに右京が続いた。


「つまり、毛利小五郎が漏電させてガス爆発を引き起こしたと?」
「高圧ケーブルには冷却用の油の油通路があるため、
ケーブルからの火花が引火する様に細工する事が可能だと。
それに合わせてガス漏れを起こした可能性があると、
それがハムの説明でしたよ」

冠城の問いに芹沢が答える。

「では、着手したのは公安ですか?」
「ハムと一課の三係だ」

右京の問いに、伊丹が言った。

「目暮係長の班ですね」
「ああー、元々今日の一課の在庁は三係。
俺らは大体終わった
杯戸PS(ポリス・ステーション=警察署)の帳場から応援に回された。
それに、毛利の窓口は三係、目暮班長だ」
「確か元上司部下で、かなり親しい間柄だとか」
「ああー………」

伊丹が、右京との会話を打ち切りスマホを取り出す。


「もしもし………なんですって?
分かりました」
「先輩?」

受信したスマホを切った伊丹に芹沢が声を掛けた。

「毛利小五郎が挙げられた」
「今回の事件ですか?」
「容疑は公妨。毛利小五郎は仮にも元サツ官だ、
挙げたのがハムって来たら、転びやがった」

冠城の質問に、伊丹が掃き捨てる様に言った。

「今の所、証拠は指紋だけですか?」
「いや、ガサで押収した毛利小五郎のパソコンから色々出て来たって話だ。
警部殿、一課もこっから練り直しなんでこれで失礼しますよ」


ーーーーーーーー

伊丹達と分かれた後、サイバーセキュリティ対策本部を覗いた右京と冠城は、
口元をひん曲げて廊下をずんずんずんと突き進む青木年男に遭遇した。

「おや」
「暇か?」
「ええ、暇ですともっ!!」

右京に続く冠城の言葉に、
青木がオーバーアクションで叩き付ける様に叫んだ。

「でしょうねぇ」

右京が青木の言葉をのんびりと肯定する。

「この状況でも、君が席を外して、
こちらの本部全体も平常と変わる所が見えませんでしたから」

「ええ、そうですともっ!
杉下さん、冠城さんっ!!
こんな大事件で仕事が回って来ないなんてっ、
何のためのサイバーセキュリティ対策本部なんですかねっ!?!?!?」

ばっと両腕を広げて喚く青木の前で、
右京と冠城は顔を見合わせた。


ーーーーーーーー

同僚で後輩に当たる芹沢慶二巡査部長と共に
警視庁生活安全部サイバー犯罪対策課を訪れた
警視庁刑事部捜査一課伊丹憲一巡査部長は、
その視線の先に見慣れた二人組を把握して
アウチ! 或いは Oh my God!
の姿勢で額を押さえて半回転していた。


==============================

今回はここまでです>>20-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>34

ーーーーーーーー

警視庁生活安全部サイバー犯罪対策課岩月彬巡査部長は、
自分を訪ねて来た来客の面子から事態の混沌を把握し、
そのまま訪れた四人と共に近くの空き部屋に移動した。

「毛利小五郎の件ですか?
捜査の結果は正規のルートで
捜査一課に提供する事になっているんですけどね」

「詰まり、毛利小五郎のパソコン等はそちらの扱いになっている、
と言う事でよろしいんですね?」

「ええ」

口を挟んで来た杉下右京警部の言葉に、岩月はやや面倒臭そうに応じる。
本来であれば、今言った事情で
個別の問い合わせの相手等はある程度断る事も出来る。
まして、ここにいる特命係杉下右京と、


「こちらは?」
「申し遅れました。特命係の冠城亘巡査です」
「サイバー犯罪対策課岩月彬巡査部長です」

特命係は本来捜査権すら有していない隙間部署。
岩月としてはそんな所に何かを教えてやる義理も無いのだが、
ここに同行している伊丹が過去に言った様に、
杉下右京がここを訪ねて来た以上、
放置するのは得策ではないと言う現実的な実績も存在していた。

「で、証拠は出たのか?」
「ええ、出ました」

伊丹の問いに、岩月は端的に答える。

「押収した毛利小五郎のパソコンを解析した結果、
サミット警備用の日程表や施設の見取り図。
それから、アクセスログも出て来ました」
「それは、もしかしてガス栓のでしょうか?」
「ええ、その通りです」

右京の言葉に岩月が言う。

「駄目じゃん」

芹沢が呟き伊丹が項垂れた。


「あの施設のガス設備はインターネット制御可能な仕様でした。
もちろん、通常の使い方であれば危険な事にはなりません。
しかし、毛利小五郎のパソコンに残ったアクセス履歴を見る限り、
彼は悪用すれば今回の事件を起こす事が可能な
特別確認用のページにアクセスしています。
もちろん、このページは一般には公開されておらず、
アクセスするためには限られた関係者の為の
IDとパスワードを入力する必要があります」

「駄目じゃん」

芹沢が呟き伊丹が項垂れた。

「只、時刻が合わないですね」
「時刻?」
岩月の言葉に、冠城が聞き返す。

「ええ、このアクセス履歴が犯行の証拠だとすると、
犯人はガスの制御装置に時限式の不正プログラムを仕込んだ、
そう考えるのが妥当です。
通信ルートや制御装置に関わるサーバの
通信記録も洗い直していますが、これは少し時間がかかります。
只、制御装置の側では、
それらしいプログラムは今の所発見されていません」

「不正プログラムが自動的に消去されたとしたら?」
「十分あり得ます」

冠城の言葉に岩月が言った。


「押収されたパソコンと言うのは一台なのでしょうか?」
「ええ、一台です」

右京の問いに、岩月が嘆息して言った。

「ええ、一台です。判明している限りでは、
私用業務用犯罪用、これ一台で全てを賄っています。
提供された記録を基に一応契約関係も当たっていますが、
今の所は他のパソコンを使用していた形跡も見当たりません」

岩月が、手持ちのタブレットにパソコンの写真を表示させながら言った。

「プライベートと探偵事務所の業務用を兼ねたパソコンから
今回の事件の証拠も出て来た、って事?」
「そういう事になります」

「だったら、外部からバックドアを仕掛けられたと言う可能性は?
それで、内部データを改竄されたと言う事は」
「ウイルス、マルウェアに類するプログラムは検出されていません。
今の所は」

冠城の問いに岩月が答え、冠城が頷いた。

「只、この事に就いては少し気になる事があります」

岩月の言葉に、一同が注視した。


「まず、このパソコンですが、
過去にバックドアが仕掛けられていた可能性があります」
「なんだと?」

岩月の言葉に伊丹が反応した。

「ログを確認した所、このパソコンに
外部の機器がネット経由で
不正に接続されていた形跡があるんです」
「おいおい………」

岩月の言葉に伊丹が唸る。

「只、今回の事件との関りに就いては期待は薄いです」
「どうして?」

岩月の言葉に、芹沢が問う。

「不正アクセスだったとしても、使われたマルウェアは既に削除されていて
今から特定するのは出来たとしても時間がかかります。
それに、内容から言って、やってた事は多分只の覗き見です、
パソコンの中身そのものに手を付けたり、
少なくとも事件前に何か変なものを発信した感じじゃない」

説明しながら、岩月はタブレットに日程表を表示する。


「問題のルートでのアクセス履歴はここで止まっています。
対して、警備関係のスケジュールや資料の作成の経過はこちら側ですけど、
アクセスの実行者がテロの犯人だとすると、
アクセスの終了後に知るべき事が多すぎる」
「どこからアクセスされていたのかは分かっているのですか?」

岩月の言葉に右京が尋ねた。

「今の所分かっているのは
サルウィンを経由していると言う事だけです。
只、これはサイバー捜査の勘に近いものですが、
これが踏み台とすると、そこまでするなら
案外身近から監視していたのかも知れませんね」

「手の込んだストーカーかよ」

余り政情の安定していない国の名前を出す岩月の言葉に、
伊丹が呆れた口調で言う。

「ええ。今回はテロ事件に関わる解析が優先ですが、
探偵事務所へのクラッキングとなると看過出来ません。
口実、と言ってはなんですが、
今回の件で毛利小五郎のパソコンに関係する、
そこに連なる通信記録もかなり押収出来ています。
関係記録の保存期間の内に着手して
なんとか引きずり出そうと考えています」


「頑張ってくれ。で、優先事項のテロに関してはどうなんだ?」

岩月の言葉に、恐らくは本意で励ましながら伊丹が言った。

「外部からハッキングされていたとすると、
既にパスワードは漏れていたとも考えられますね」
「そうですね。
実際、OSのパスワードは簡単な名前の語呂合わせでした」

「すると、そのハッカーか、或いは別の何者かが、
別のルートで不正アクセスしていた可能性もあるって事か」

右京の言葉に岩月が答え、冠城が可能性を示唆する。

「ですが、現時点でそのための不正プログラムは発見されていません」
「その事は、技術的に言って、犯行時点で存在しなかった、
と言う証明には必ずしもならない」

「その通りですが、もちろんあったと言う証明にもなりません」

冠城と岩月が堂々巡りの様な発言をする。

「実際、毛利小五郎のパソコンのスキルは
あなたから見てどうだったのでしょうか?」
「パソコンを使える、と言う前提で言えば
素人の中でも最低レベルですね」

右京の問いに岩月が言った。


「今も言いましたが、OSのパスワードは簡単な名前の語呂合わせ。
今回の警備用の日程表や見取り図が出て来たのも
プロパティで簡単に設定出来る隠しフォルダの中で
パスは本人の誕生日でした。
必要な更新も幾つも怠っていて、
これで公式ホームページを運営していたとか空恐ろしいものがあります。
自分が民間にいた頃も、こんなおっさんの後始末で
デスマの地獄見せられたなぁアハハハハと………」

「だけど、実際に探偵事務所のホームページは起ち上げてるんだよね?」

「ええ。あれは多分自分で作ったものではありませんね。
恐らくは娘さんか。
それでも素人仕事ではありますが、
毛利小五郎のパソコン上のプライベートエリアを見る限り、
それすら自分で出来たか限りなく怪しいです」

芹沢の問いに答えながら、岩月はタブレットを操作する。

「毛利小五郎と言う人物の一般論で言えば、
そもそも毛利小五郎はパソコン、インターネット自体を
可能な限り忌避している人間です」

「ほう」

岩月の言葉に右京が反応する。


「気になったのでパソコン以外の
毛利小五郎側の現場写真を幾つか見せてもらいました」
「ほおぉーっ」

岩月の言葉に、伊丹が野太い反応を示した。

「競馬と沖野ヨーコをこよなく愛する軽いおっさん、
それが毛利小五郎のプライベートですね」
「それすらインターネットを用いた形跡がないと」
「全く、ではないですけど、
僕に言わせれば紙に全面依存しているレベルです」

右京の言葉に、
写真をタブレットに表示させながら岩月が言った。

「そんなおっさんが、直接接続したとしても
ガス栓のプログラムをコントロール出来ると?」

冠城が言うと、岩月も僅かに眉根を寄せる。

「毛利小五郎が使用しているパソコンが一台であると言う前提なら、
あのパソコンの中身と犯人のスキルは正直大きな落差があります。
只、出来る事を証明するならやってみればいいだけの話です。
しかし、出来ない、と言う事を証明するのは容易じゃない」

「では、現時点の証拠を見る限り、
毛利小五郎を本件で逮捕する材料はありますか?」

右京が質問する。


「不正アクセスであれば、
請求すれば逮捕状は出ると思います。実務的にも十分に」

返答した岩月の周辺で、
伊丹と芹沢がアウチOh my Godのポーズを展開していた。

「僕の考えを言わせていただけば、
時間があるならもう少し固めたい案件です。
少なくとも外部からの遠隔操作の可能性を確実に潰し切るまでは。
この状況ですから再逮捕は上に委ねるしかありません」

「こちらで調べた結果を一課に提供するんですね?」
「ええ。三係からは白鳥警部が窓口になっています」

右京の確認に岩月が答えた。

「目暮班長じゃねぇのか」
「確か、キャリアでしたよね?」

伊丹の呟きに冠城が続いた。


「ええ、キャリア組の実務研修で捜査一課の三係に配属されて、
異例の事ですが研修後の警察庁人事でも
希望が通って三係に戻ったと聞いています。今は係長補佐でしたね」

「ええ、一課のキャリア組配属自体滅多にない事ですけどね。
現実問題として目暮班長の補佐役で現場に出てますよ。
元々、一つの係に警部二人って事自体が異例ですから、
形の上では三係に所属だけさせて、
何となくそれで落ち着いたみたいですね」

右京の説明に伊丹が補足する。

「では、白鳥警部にその証拠を?」

「そういう事になりますね。
目暮班長はIT以前のレベルの機会音痴だと言う情報もありますし。
流石にこちらでも精査が必要ですけど、
明日一には一課でも把握出来る様に進行しています。
元々、日程表や見取り図は公安が押収した段階で把握されていましたから、
こちらから提出するのはアクセスログ関連と
把握されていた資料の保存の経緯等が中心になりますが」

「日程表や見取り図は先に把握されていたんですか?」
「ええ、まあパソコンで基本的な探しものが出来るなら
誰でも見つける事が出来る状態でしたから」
「……妙ですね」

岩月と会話をしながら、右京は言葉を切る。


「押収した時点でそれだけの証拠があったのであれば、
何故露骨な別件逮捕を行ったのでしょうか?
相手は仮にも元警察官、報道等を見ても衰えは見えません。
焼き付いた指紋に見取り図、日程表。
それだけの証拠がありながら
闇雲に任意同行を求めたと言う手順がどうも解せません」

「まあー、一課でワッパはめる時は
逮捕から起訴、公判までやろうって言うのが前提ですけど
ハムは必ずしもそうじゃないですからね。
逮捕を押さえと情報収集に使って
後で辻褄合わせりゃいいって所がありますから。
本格的に公判前提の仕事になると
どっか抜けてるって事があるにはありますけど」

「ちょっと、待って下さい」

右京の疑問に伊丹が言い、考え込んだ冠城が掌を見せた。

「事故ではなく意図的なものなら、
例え公安が主導するにしても
捜査一課から殺人犯捜査担当が出張る事になる。
今回の担当班は三係、そうですよね?」

「ああ」

冠城の言葉に、伊丹が苦い声で応じる。


「眠りの小五郎は三係、特に目暮班長の協力者ですから」

口に出した芹沢に伊丹の眼力が向けられる。

「すると、三係から干渉されずに
公安で毛利小五郎のガラを押さえる事を先行させる。
そのために、正式な本件逮捕の逮捕状請求を
帳場のテーブルに乗せる事を後回しにした、って線ですかね」

冠城の言葉に対して、捜査一課側の反応は
沈黙は肯定と言う表情だった。

「対策本部じゃなくて生安部に持ち込んだのもそれか」
「対策本部、サイバーセキュリティ対策本部は外れてるんですか?」
「少なくとも、この件で組織的に動き出している気配はありませんね」

冠城の呟きに岩月が反応し、右京が答える。


「確かに、半ば同業と言う事で聞こえて来る事はありますが………
あそこはどちらかと言うと治安担当ですけど、
最近、テロや公安の関係でなんか色々あったとも聞きますから、
それで少しあの方面からの信用失墜したんですかね。
なんか、その度に聞き覚えのある名前が
こちらにも聞こえて来たりもしてるんですけど」

「そういうのもあるかも知れませんがね」

三人が二人に向ける視線を突き抜ける様に冠城が口を挟む。

「岩月さんが言った通りあそこはどちらかと言うと警備系の組織。
言って見れば刑事と言うより公安の側の組織です。
だから、従来からサイバー捜査を行って来た生活安全部を
この状況で敢えて三係と繋げた、とも考えられますね。
サイバー関係の証拠の出入りを別部署から把握出来る様に。
だから、対策本部に手を引かせた、あの人ならやりそうだ」

岩月の言葉に冠城が言った。


==============================

今回はここまでです>>35-1000
続きは折を見て。


初見なので続ききになるわー

感想どうもです。
それでは今回の投下、入ります。
==============================

>>49

「あの人?」
「衣笠副総監」

岩月の問いに、冠城が答える。

「ああー、確かに対策本部の発足は
衣笠副総監の強い意向だって聞いてますよ。
まるで屋上屋を重ねるみたいにね。
事件の公安色が強くなるとこっちでやってた捜査にも割り込んで来る」
「そう」

岩月の言葉に、冠城が指を立てて答えた。

「あの人の機を見るに敏な立ち回りは実に見事、
利用されている様で危ない事からするりと交わして
誰を利用してどうぶつければいいのかを的確に把握して
本当に安全な立ち位置を確実に確保する。正に官僚の鑑です。

それに、対策本部の青木のバックでもある。
ハムと三係がどう転ぶか分からない事案に噛ませる、
それで三係の監視役をやらせるには、
対策本部だと自分との関りが深過ぎる。
ハムと一課の衝突に巻き込まれるのはヤバ過ぎる、って考えたのかも」


「結局の所」

衣笠藤治副総監の何処か人懐っこくも見える曲者ぶりを
思い返す冠城の言葉に、伊丹が苛立たし気に言った。

「ハムと一課が揉めた時のために、
こういう証拠を出したって事を生安部に証明させるって腹か」

「今の筋だとそういう事になりますねぇ。
只の憶測ではありますが、
今の所、今回の事件に関するサイバー捜査は生活安全部の主導で
サイバーセキュリティ対策本部が手を引いている事だけは確かです」

「それが本当なら大人し過ぎますよ」

右京の言葉に岩月が言う。

「サイバー犯罪対策課はあくまで生活安全部の一部署ですからね。
あの対策本部は発足以来、組織縦断的な
サイバー犯罪サイバートラブルでは続々と主導権を取ってきた。
その背後で、副総監が部長クラスを押さえていたとも聞きます。

それが、これだけの事件に沈黙してるって。
実際、毛利小五郎のパソコンこそ昭和のレベルでも、
だからこそ外部干渉の有無も確認しなきゃいけない。

それに、通信関連、施設側のサーバもある。
誹謗中傷脅迫ポルノ違法売買通常業務だって次から次へとひっきりなし。
慢性的に人手は幾らあっても足りません」


「それでも明日の朝の会議には間に合うんですね?」

「ええ、上からもせっつかれてますけど、
確かに最優先で行うべき仕事ですからね。
毛利小五郎のパソコンはあの通りですし、十分間に合います」

右京の質問に岩月が答えた。

「と、なると、その内容じゃあ
勾留請求前に本件で再逮捕、って流れか。
別件のままじゃあ供述録っても公判が面倒だ」
「まっずいなぁ………」

冠城の言葉に、芹沢が呻いた。

「まずいですよ先輩。
眠りの小五郎が公安に、
それも死傷者出したテロ事件の容疑者なんて事になったら………」

「捜査一課の協力者、それも相当深い、それも公然たる関係。
その眠りの小五郎と一課を繋いでるのが」

「あぁー、三係の目暮班長だよ。
三係の他にも何人もいるが、あの人が一番深い」

冠城の言葉に、伊丹が掃き捨てる様に言った。


「あそこの佐藤主任も女伊達らに切れるやり手なんだがなぁ、
どうしてあんなのをのさばらせた」

「確かに、こちらに聞こえて来る話でも、
捜査一課の、特に三係は工藤新一や毛利小五郎と
随分深く関わっていた様ですねぇ。
様々な事件の捜査に助言を行い、その解決に尽力して来た。
しかもそれを公然と行って来た事はマスコミ報道からも伺える所です」

苛立たし気に言う伊丹に、右京が付け加える。

「そうなんですよぉ、マスコミにもバレてます、
って言うか誰も彼も隠す気なかったですから。
今の所、今回の件での容疑とか表に出ていませんけど、
今回の事件で眠りの小五郎が逮捕、起訴なんて事になったら
これ完全に捜査一課の問題になりますよ」

「ハムが毛利小五郎にワッパかけた、
三係、一課のツラ張ってでもてめぇらの身柄にしやがった。
それも、わざわざ生活安全部をブツの証人に使ってだ」

芹沢の言葉の後に呻く様に言った伊丹が、
ばあんと長机を叩いた。


「こっちで聞こえてる話じゃあ、
野郎が辞めた時の経緯にもなんかあったみたいですね。
なんでも、署内で大事件になりそうだったとか
そんな責任問題モンの不手際を奴に被せたとかなんとか。
元の上司と部下って言っても、
とっくに辞めた野郎に何時までもヤマを触らせて、
権限も無い奴にデカイ面させてるからこんな事になるんだっ!」

「とにかく」

僅かな沈黙を、岩月が破る。

「こちらはこちらの仕事をするだけです。
言い古された言葉ですけど、
機械は嘘をつかない、嘘をつくのはそれを扱う人間ですから。
命令通り、帳場の捜査一課に分かる限り正確な報告を行いますので、
何人もの死傷者が出てる、その捜査に役立てて下さい」

「ああ、忙しいトコ、悪かったな。
じゃあ警部殿、自分らも捜査がありますんで………
ですから、大概にして下さいよ警部殿も、特命係の冠城亘巡査も」

「お忙しい所をどうも有難うございました」


ーーーーーーーー

杉下右京に同行して警視庁庁舎を出た冠城亘は、
そのまま右京が行き着けの紅茶専門店を訪れていた。

「ああ、どうも」

テーブル席から右手を挙げて声を掛けて来た男性客に、
右京が小さく頭を下げてそちらに向かう。

「しばらくです」
「どうも」

同じテーブル席に着席して右京と男性客が同じ挨拶を交わし、
冠城も一言挨拶する。
冠城の見た所、このスーツ姿の男性客、
四十代と言った年配だが取り敢えず同業者で間違いない。
刑事の匂いは消えない、と言うが、冠城にもその辺りの事は分かって来ている。
間違いなく刑事、それも、一課辺りとはタイプが違う。

「こちら、捜査二課の中森係長。部下の冠城亘です」
「冠城です」
「中森だ。君か」
「僕の事をご存知で?」

中森銀三警部の言葉に、冠城が聞き返す。


「東京本部(警視庁)の中で知らない、
って言うにはちょっと変わり種過ぎるだろ。
まして、杉下さんの部下だ」

「やっぱり右京さんとは二課で?」
「まあ、えらく昔の話だがな」

「課長の葬儀にも参列を」
「ええ、最期はあんな事になってしまいましたが、
課長には世話になりましたからねぇ。
それで、これも最期はあんな事になってしまいましたが、
杉下さんがとうとう逮捕した。
ええ、表向きがどうあれ、こっちまで聞こえて来てますよ」

中森の言葉に杉下が微かに微笑んで小さく頭を下げ、
やや理解の及んだ冠城が小さく頷いた。

「お忙しい所をお呼び立てして」
「なーに、最近は奴さんも大人しくしてますからね。
たまに杉下さんと茶飲み話が出来るって言うなら」
「奴さん?」

中森の言葉に冠城が聞き返す。

「インターポール指定1412号」

そう言って、右京は紙ナプキンに
万年筆でさっさっさっと数字を走り書きする。


「二課が扱う国際犯罪1412………
Kid the Phantom thief………」

冠城が僅かに目を細めて口に出した。

「ええ。中森さんは、所轄の刑事二課で
1412号の事件を担当したのがきっかけで、
今では二課で1412号関連事件の専従捜査員、
継続捜査班の班長を務めています。
その前は僕の部下でした。二十年も前の話ですけどね」

「ちょっと目端が利くって言うんで、
やっと本部に呼ばれた駆出しのお茶くみでしたよ。
課長や杉下さんはそんな自分に目をかけてくれた」

「確かに、いい目とガッツがありましたからね。
それに、捜査班一丸となった仕事が必要な時でした。
その捜査班が解散して、中森さんも所轄に出された」

「若かったですなぁ。
あの頃は只我武者羅に資料を漁り関係者に張り付いて。
それがあの結果に終わって、
所轄や本部の生活経済で色々と仕事を覚え直していましたな」

「その時に1412号事件を担当した」

中森の言葉に冠城が言い、中森が頷いた。


「二課で怪盗、ですか。確かに報道等でそうなっていましたが」

「ええ、その手口から、当初は詐欺事件として捜査が行われましてね。
警視庁、警察庁としては
そのまま二課をモトダチ(主管)とした捜査が定着したと言う事です。
その手口から三課も捜査に関わっていますし、
ケースによっては一課も加わっていますが」

「確かに、人は傷つけないみたいですが、
かなり無茶苦茶やってる印象ありますからね」

右京の説明に冠城が言う。

「ええ、大阪の事件等、<怪盗>を名乗るにしては
悪い意味で子どもじみた所のある犯罪者の様ですね」

「相変わらず手厳しいですね杉下さんは。
二十年前、その正義感で知恵を尽くし
真っ向からぶつかって行った、みんな若かった」

中森が言い、右京と共に紅茶を傾けた。


「で、今日は?
思い出話をしに来たって訳じゃないでしょう?」

「ええ。無茶苦茶と言えば、
レイクロックの事件、あれも中森さんの担当でしたね?」

鈴木財閥によって湖の洞窟に作られた美術館。
ゴッホの名画向日葵を巡り、
そこで展開された事件に就いて右京は口にする。

「それはまあ、キッドの予告が来ていましたし、
実際奴が現れましたからね。
自分が言う筋合いでもないですけど、
空港巻き込んで飛行機おしゃかにしたのも
レイクロックが大火事になって崩壊したのも奴の仕業じゃない。
札束の件は弁護不能ですがね」

「確か、最初の空港での事件による信用不安で
向日葵展の開催自体が危ぶまれる状況、そうでしたね」
「元々各国の所有者からゴッホの向日葵を借り受けて
日本で展覧会を開く予定が、
テロ紛いの事件の発生で安全を危惧した、と記憶しています」

右京の言葉に冠城が言った。


「そして、向日葵の絵を狙っていた人物は別にいて、
怪盗キッドは空港での挙動等から見てもむしろ向日葵展を擁護する立場だった。
だとすると、現金で百億円と言うのは、
主催者である鈴木財閥にそれだけのキャッシュフローと覚悟を示させる事で、
所有者からの信用を取り戻して向日葵展を開催させる。
それが1412号の狙いだった。とも考えられる訳ですが」

「確かに、仮に百億円持っていたとしても、
自分から見せびらかす訳にもいきませんからね」

右京の言葉に冠城が続く。

「確かに、こちらでも概ねそういう推測をしている所ではありますが、
後は本人に聞くしかありませんなぁ。
どちらにしても、あれは色々な意味で滅茶苦茶な事件だった」
「ええ、色々な意味で滅茶苦茶な事件でしたねぇ」
「確かに、あれは色々な意味で滅茶苦茶な事件でしたね」

「それで」

三人の見解が一致した所が右京が続けた。

「あの事件の際、
毛利小五郎も警備チームに参加していたと伺いましたが」

右京の言葉に、中森は唇の端を歪めた。


「一課はかなりの騒ぎみたいですね。
それどころか、刑事部全体の問題になってもおかしくない。
目暮の奴が入れ込んでましたから、
奴がテロのホンボシってなったら目暮どころか今の一課は終わりですよ。
まあ、こちらも人の事は言えませんがね。
ええ、いました。
レイクロックの事件でも確かに毛利小五郎は参加していましたよ」

「じゃあ、そちらもまずいのでは?」

「流石に、杉下さんの部下は遠慮を知らないな。
確かに、レイクロックに限らず
キッドの件では何度か毛利小五郎が関わっていますが、
二課の場合は、こっちで頼んだ訳じゃないですからね」
「すると、鈴木財閥ですか?」
「その通り、こっちとしては正直願い下げでしてね」

右京の言葉に中森が言った。

「毛利小五郎の娘と鈴木財閥の御令嬢がご学友で大の親友でしてね。
それで、一課の関係で実績のある毛利小五郎に
しばしば白羽の矢が立ってるって具合です。
指名してるのは主に鈴木家の道楽隠居。
どちらかと言うと、毛利小五郎本人よりも別のお目当てがある様ですが」

「まさか、キッドキラー、って奴ですか?」
「そのまさかだ」

冠城の言葉に中森が言った。


「確かに勘のいい小僧だ。思わぬ事を言い当てた事もある。
鈴木相談役はそのキッドキラーを随分買ってて、
キッドキラー目当てで毛利小五郎に依頼していると
臆面も無く言ってるぐらいですから正直頭が痛いですわ。
実際に犯行予告されている当事者である上に
毎回毎回国宝文化財レベルの権利者、
その上、鈴木財閥の相談役で鈴木一族の重鎮」

「要請を無碍には出来ないですね」

すすっと紅茶を傾けて言った冠城に中森はがくっと項垂れる。

「なんか、あの相談役が県警を一つ事実上の指揮下においたなんて
都市伝説染みた武勇伝を聞いた事もありますが」
「ああ、都市伝説染みてはいるな、冗談みたいな話だろう」

冠城の話に、中森はそう答えて項垂れた。

「しかも、最近更に二人ほど増えたりしてますからね民間人が」
「二人、ですか」

言葉を切り、ドシリアスに尋ねる冠城の前で、中森はがっくり項垂れた。

「過去には工藤新一も目暮班長の口添えで関わったと聞きましたが、
その二人も民間から協力する程度には優秀だと?」
「少なくとも実力はありますね。ええ、実力は」

右京の言葉に中森が言う。


「一人は、今言った御令嬢の恋人で鈴木財閥が誇るプロのボディーガードを
ダース単位で一蹴する程度には達人の空手の使い手。
もう一人は御令嬢の友人で工藤新一と同じ高校生探偵を名乗ってる、
これもなんとか言う拳法の使い手だったな」

「なるほど、実力ですか」

紅茶を傾ける冠城の言葉に、中森ががっくり項垂れた。

「只、まあ、それでも参加するだけの事はありますよ。
なんだかんだ言って
キッドによる宝石奪取の阻止には役に立ってましたから」

「高校生探偵ですか」
「妙なモンが流行ってますよ」
「そうですねぇ、確か大阪でも別の高校生探偵が関わっていたとか」
「大阪なら服部平次ですね」

右京の言葉に冠城が口を挟む。

「西の高校生探偵の異名を持って、
幾つもの事件で実績を上げてると聞いています。
府警の服部平蔵本部長の息子さんだそうですが、
確か、怪盗キッド事件の警備に何度か関わってる高校生探偵は………」


冠城亘は、中森銀三警部の「聞かんでくれ」オーラを察知する。
白馬探、昨今有名な「高校生探偵」の一人。
杉下右京、冠城亘の属する警視庁のトップが警視庁警視総監と言う事になる。
先々代の総監は、在任中に現職の警視庁警察官や警視庁幹部が
法に触れる不祥事が幾つか発生した事もあったが、
不死鳥の如き不屈の耐久力でその職を全うし勤め上げた怪物的な実力者。
その後任の、短命政権に終わった先代総監を経て
今の警視総監に至っている訳であるが、
その現在の警視総監の息子に当たる高校生が白馬探だった。

「ええ、白馬探君ですね」

がっくり項垂れる中森を横目に、
冠城は右京の言葉を聞く。

「犯罪絡みの諮問探偵としてはなかなかに優秀であると、
ロンドンでもかなり評判の高い少年ですねぇ。
あちらで追っていた犯罪者を追跡して日本に帰国したとも聞きましたが、
日本では1412号事件の警備にも幾度か関わっている様ですね」

「やはり、お耳に届いていましたか」

右京の言葉に、中森は嘆息する。


「只、<高校生探偵>自体の妥当性もありますが、
最近知られている高校生探偵の中でも、
過去には冤罪事件を引き起こして後で大問題になったり
自分が殺人容疑で逮捕された高校生探偵OGもいましたね」

右京との会話に、中森はもう一度嘆息した。

「さっきの、その新登場した高校生探偵。
御令嬢の友人、と言う事は女の子?」

「まあ、男みたいな女だったけどな。
実際キッドにも追い込みかけてたが、
並みの男なら通常の三倍の速さでぶちのめせる程度には強いらしい」

冠城の言葉に中森が言った。

「それで、肝心の毛利小五郎はどうだったんですか?
キッド事件の警備に何度か関わっていたと言う事ですが」
「そうだなぁ………」

冠城の質問に、中森は斜め上を向いた。

「こうやって考えると、特別に役に立ったって事はあんまりないかな。
向日葵の件で札束の部屋の異常に真っ先に気付いたのも
アメリカから来た刑事と例のキッドキラーの子どもだった。
只、警察を退職した後に
毛利が一課の事件で並々ならぬ実績を上げてる事は確かだ」


「成程。では、人間的には如何ですか?」

右京の問いに、中森は少しの間黙考して口を開いた。

「杉下さん、謎が解けたら教えてくれませんかね?」
「はい?」

「大火事に巻き込まれて建物が崩壊した後に、
他所の子どもの為にその現場の湖に躊躇なく飛び込んで泳いで助けに行く。
それで助かった事を心から喜ぶ事が出来る。
そんな男が何を思ったら何人もの人間を爆殺出来るのか。
自分の目が曇っているのかどうなのか、
分かったら是非とも教えていただけませんかね?」

中森の言葉に、右京は小さく頷いた表情で快諾した。

「中森係長は怪盗キッドの専従捜査員、ずっと続けているんですか?」
「そうですねぇ」

冠城の言葉に右京が答えた。


「1412号自体がICPOの指定番号。
由緒ある宝石を盗み出しては持ち主に返却する。
一見すると児戯にも見える度々の犯行は既に国際問題となり、
警備、捜査の為に日本だけではない各国で
多額の税金が注ぎ込まれています。

<怪盗キッド>と言う通り名が定着した結果、
何かアイドル的な人気を呼んで、
予告状に合わせて行動する野次馬の為の
雑踏警備の費用が更に跳ね上がっているとも聞きます」

「いや、耳が痛い。
全く、このままでは税金泥棒の誹りを免れませんな」

「ああ、そう聞こえたのならば申し訳ない。
対外的にも捜査の効率からも、少なくとも一人は
通常の人事ローテーションを外れた1412号に対する生き字引が必要であると。
それも、1412号自体を十分理解している優秀な人材でなければならない。
対外的、国際的な問題もありますから、
警視庁の人事もその点は理解している様ですね」

「じゃあ、一番長くキッドの捜査をしているんですか?」
「まあー、そういう事になるな。
これだけ長い間奴の担当を続けて来たのは俺だけか」

冠城の言葉に答えた中森は、ふうっと息を吐いて紅茶を傾ける。


「所轄の刑事二課で1412号の捜査を担当して、
以後、異動に際しては所轄であれ本部であれ
常に関係する管轄、部署への異動を希望していたと聞いています。
その全てがかなった訳ではありませんが、
最終的に一番長く関わって来た人物としての処遇を受けていると」

「いや、お恥ずかしい。
それだけの期間捕り逃がして来たと言う事ですから」

右京の言葉に、中森が苦笑いで応じた。

「キャリアの俊英だった杉下警部が、
未だに警部殿で特命係の万年係長。
そこから所轄に出されたノンキャリアの自分が、
何年もしない内にあのコソ泥の担当になって、
本部の捜査二課のオブケ(警部)になってもずっと追い続けている。
歳をとる筈ですよ。ねえ、杉下さん」

「ええ、あれから随分と時が経ちました」
「ねえ、杉下さん。
せめてシ(警視)で、こちらに戻って来てもらえませんか?」

中森の真摯な言葉に、右京も穏やかに応じる。
だが、真摯だがそこまでだ、と、冠城には分かっている。
或いは、中森にも。


「記録には残らない特命係での様々な活躍、
こちらの耳にも入って来ていますよ。
ええ、私の知っているあの頃から、杉下さんは警視庁でも随一の切れ者だった。

あの頃若造だった自分も、杉下さんの事を少しは分かっている心算ですがね。
杉下さんがもう少しだけ、責任者として組織と上手く折り合うのであれば、
杉下さんを本部の一線に、と言う人間は何人もいます。
損失ですよ、杉下さんの才覚をしかるべき所で用いない事は。
警察にとっても、社会にとっても」

「………すいませんねぇ」
「そうですか」

一言ずつ、言葉が交わされた。

「しかし、あの怪盗キッドのトリッキーなやり口も、
右京さんなら見破れそうですね」

「ああ、そうかもな。
わざわざ律儀に出張って来る様な野郎だ、
杉下さんが遅れを取るとはとても思えない。
だが、奴は俺の獲物だ」

冠城の言葉に、中森は冠城の目を見て告げた。


「デカとして、ワッパをハメられない以上は偉そうな事は言えないがな。
それでも、十年じゃ済まない年月、ずっと奴を追って来た。
小さくない損害を重ねながらだが、それだけの積み重ねも得て来た。
奴にワッパをはめるのは俺だ」

「楽しみにしていますよ。
中森係長の手腕とガッツなら、必ずややり遂げると」

右京の言葉に、中森は頭を下げる。
冠城は、それをじっと見ていた。

「長年跳梁を続けて来た怪盗キッドをあなたが逮捕する事になれば、
何か変わる事があるのかも知れませんねぇ」
「ほお、自分が奴を逮捕したら、
杉下さんこちら側に戻って来てくれますかね?」

「約束は、しませんよ」
「よおし、奴にはめたワッパを手土産に、
もう一度説得に来ますからね警部殿」

「それは楽しみですねぇ」

「楽しみにしていて下さい、杉下警部殿」


ーーーーーーーー

ところで、冠城亘の前職は法務省の職員である。
司法試験を通った検事が、昔で言う国家公務員一種キャリアすら
人事的に圧倒して支配している法務省ではあるが、
そうではあっても、当時の冠城は法務省と言う中央官庁の職員であり、
法務省在籍中は管理職のポストにも就いていた。

その点だけで言えば、その当時の冠城は国家公務員であり、
形式上は東京都の地方公務員である警視庁のノンキャリア警察官よりも
一般的な公務員の格としては格上、と言う立場ではあった。

そんな冠城が警視庁特命係の杉下右京と知り合ったのは
中央官庁同士の人事交流で警察庁に出向した際の事。
冠城の希望で警察庁から警視庁に出向、警視庁職員として
杉下右京の独自過ぎる捜査にしばしば同行した結果であり、
結果、話せば長い事情により法務省を退職、警察学校を受験し直して
正式に警視庁に一巡査として奉職し、現在の特命係所属に至っている。


その冠城が、現在の上司である杉下右京係長からの
「呑み」のお誘いを野暮用があるからと丁重に辞去し、
これから待ち合わせている相手と言うのも国家公務員。

それも、かつては一種と呼ばれたキャリア官僚として
警察庁に採用された現職警部であるが、
同じキャリア組の警部でも、現在の冠城の上司であり、
警察社会に於いて奇人変人を極めた評価をもって
一部署の係長警部の履歴を今に至る迄十年単位で更新し続ける
例外中の例外の処遇を受けている杉下右京警部とは違い、
警部と言う階級相当にうら若い女性。

付け加えると、長身のワイルド系イケメンと言う評価で
大体間違っていない冠城と並んで押し負けないぐらいの
すらりと長身の知的美人だった。


ーーーーーーーー

「電話で、と思ったんだけど」
「ご迷惑でしたか?」
「とんでもない、こちらこそ」

カラオケボックスの一室で、
丁重に問い返す荻野彩実に冠城は改めて頭を下げる。

「呑みますか?」
「いや、ちょっと次があるんで」
「そうですか。では、私はハイボールとピザを」
「じゃあ、ウーロン茶とフライドポテトで」

彩実が注文を行い、
飲み物とアテが来て冠城が毒々しい一曲を終えた辺りで、
二人はテーブル席に戻りちょんと乾杯する。

「それで、メールでは
毛利小五郎の関わった事件に就いて聞きたい事があると」

「まあ、そうなんだけど………
やっぱり言葉、改めた方がいいですかね一巡査として?」
「いえ、今はまだ。離れた場所ですし」

「そう」


何時ものカチッとした態度から魅惑的に微笑む彩実に、
冠城は恐縮して見せる。

二人が出会ったのは、
冠城が法務省を本籍として警視庁職員を務めていた時期だった。
その当時、冠城の旧友だった埼玉県警の元警察官の死亡事件に就いて
独自に調査を行っていた冠城は、埼玉県警中央警察署の現職警察官二名から
暴行、脅迫されると言う被害を受けた。
その事件の決着として何が起きたのかと言えば、

暴行犯二人は現場を管轄する警視庁捜査一課に逮捕され
中央署署長以下組織ぐるみの度が過ぎる捜査費用横領が発覚して
警視庁監察官から埼玉県警本部に通告が為され、
冠城の友人は、横領の分け前を巡って
中央署の警察官の手で殺害されていた事が発覚する。

この様に、冠城にとってもせめて真相が分かったのが、
と言う苦さの残る決着となる。

その際、埼玉県警捜査一課の警部として、
件の殺害事件の再捜査を指揮したのが荻野彩実だった。


幹部を含む埼玉県警の幹部が組織ぐるみの公金横領、
その果ての暴行、殺人と、
最早埼玉県警にとって悪夢以外の何物でもない事件であり、
しかも、自殺として処理していた中央署そのものが殺害していたと言う
信用失墜とかなんとかそんなチャチなもんじゃねぇ何かが
警視庁主導で明らかになるに至っては屈辱の上を行く何か。

加えて、この事件当時の警視庁副総監は、かつての埼玉県警の赴任中に、
履歴上無傷で東京に戻る為にノンキャリアのボス格から
一方ならぬ世話になっていたと言う経緯があった。

そのため、副総監就任後に、かつての部下である中央署の署長から
警視庁とちょっとトラブッてるのでよろしく、と言う要請があり、
この程度の話ならと請け合ったところ、
取り敢えず最初に聞こえて来たトラブルの内容自体は
大体合っていたものの、そのトラブルの中に現れたキャストに就いて

「杉下、右京?」

副総監殿はこの呟きを残し、
勇退へのダストシュートに叩き込まれる事と相成った。


故に、隠蔽をどうこう出来る次元を遥かに超えた以上は、
地元のしがらみの少ないキャリア組である
荻野彩実警部に任されたと言う意図もあったのかも知れないが、
既に警察庁の実力者による策謀も動き出していた中、
彩実は身内相手の難しい捜査にも公正に、誠実に取り組んだ。

件の捜査の中で関わる内に、そんな彩実に冠城は好感を覚え、
彩実の側も、年上ながら少々軽くも見える冠城に
真実への真摯さを見出す事となる。
警察内の国家公務員ながらノンキャリアと関わる機会が多いと言う
お互いの立場もあって、捜査で関わりながら
しばしば意気投合する事があった、そんな関係だった。

「それで、冠城さん」
「はい」
「毛利小五郎の件で聞きたい事、とは?
毛利小五郎氏に何かあったのですか?」
「伝わってない?」

冠城は動揺を押し隠し、それでも小さく呟いていた。

「冠城さん?」
「ああ、申し訳ない。お呼び立てして申し訳ないが、
その事に就いて詳細を話す事は………」
「いえ、強引にこちらに来たのは私ですから。
何かあった、と言う事は分かりました」

彩実の返答に、冠城は黙って頭を下げた。


「君は、毛利小五郎と捜査をした事があるって聞いたけど」
「ええ、あります」
「関東から中部を巻き込んだ北斗七星殺人事件」
「そうです」

「その捜査本部に<眠りの小五郎>、毛利小五郎もいたんですね?」
「ええ、いました。捜査本部の特別顧問でしたから」
「特別顧問?」

聞き返した冠城に彩実が頷いた。

「元警察官とは言え、どういう経緯で?」

「当時の東京本部捜査一課松本管理官の招聘だった、と聞いています。
複数の都県にまたがって未解決の連続殺人が続いていたと言う都合上、
それぞれの捜査本部の他に、各本部の中枢の捜査員が東京本部に集まって、
少数の捜査員が連携、即応出来る形の合同本部が設置されました。
私もそこに派遣されて、指揮を執ったのが松本管理官です」

「成程。捜査一課の管理官と言う事は、
三係の目暮班長の上司で合ってる?」
「はい」
「それで、受傷事故があったと」
「ありました」

彩実は返答し、言葉を切って息を飲んだ。


「私は待機でしたが、連絡を受けて、
背筋が凍る、と言うのはああ言う事を言うんだと。
手練れの捜査員が揃った現場でも、
ほんの僅かな狂いから命に関わる結果を招くんだと。
目暮班長に庇われる形になった長野の刑事も、
お詫びと感謝しかないと言っていました。
あの程度の怪我で済んで本当に良かった」

我が身を抱いて本当に背筋が凍った様に震えながら言う、
その生真面目な態度には欠片の嘘も見えなかった。

「その、捜査本部の中で毛利小五郎は?
特別顧問と言ってもまさか捜査権は無いだろうし」
「ええ、もちろん警察官としての行動は出来ません。
しかし、アイディアは出していました」

「アイディア」
「ええ、集まった材料から少しずつ可能性を詰めて行って、
あの事件でも最終的に決定打となる推理を行ったのは毛利探偵です」
「ほおう。つまり、<眠りの小五郎>が事件解決に寄与したと」

「ええ。噂に聞く眠っていた訳ではありませんが………
噂と言えば………」
「ん?」


「毛利小五郎と言えば、小学生の事はご存知ですか?」
「それってキッドキラー?」

「キッド………ええ、怪盗キッド事件で活躍したとも聞いています。
江戸川コナン君。毛利探偵に同行して警視庁に来ていました。
もちろん、直接捜査会議には参加出来ませんから
毛利探偵のお嬢さんと別室で待機していましたが」

「成程。流石に殺しとなると、
小林少年も紳士なコソ泥相手みたいな訳にはいかないか」
「とんでもない」
「ん?」

「毛利探偵の推理の裏付けをとっていたのはコナン君です」
「なんだと?」

「恐らく子どもだから、その事を最大限に利用したんでしょうね。
警戒心の薄い関係者から次々と重要な情報を引き出して
警察にすら先んじて事態を把握していました」
「なんだそりゃ。子どもが、殺しだぞ」

微かに吐き捨てる様に言う冠城に、
彩実は斜め下を見て僅かに息を吐いた。


「過去にも様々な事件の現場で毛利探偵を助けて
思わぬ助言を行っていたと言う話も聞いています。
とても賢い子の様です」
「成程ねぇ………松本管理官か………?」

呟いた冠城は、顔を曇らせた彩実に気付く。

「あー、俺から先に話せないって言っておいてなんだけど………」

冠城が言いかけた時、彩実はぐーっとハイボールを傾けた。

「………冠城さんは、今は警視庁巡査、ですよね?」
「ああ………ええ、その通りです警部殿」
「そして、現在は警視庁特命係所属、
上司は杉下右京係長警部、そうですね?」
「ええ」

引き気味だった冠城が、目を据えて問う彩実に真剣な眼差しを向けた。

「北斗七星殺人事件、あの事件自体は、
パラノイアじみた犯人が勝手な思い込みで
妹の死亡に関わった関係者を次々と殺害した事が発覚し逮捕起訴された。
それで概略を語る事が出来る事件です」


彩実の言葉に、冠城が頷く。
そう言った彩実はするりと立ち上がり、そのままステージに向かう。
流れ出した流行歌に合わせて歌いながら段々とソファーに戻って来る。
彩実が冠城の隣に座り、
至近距離から冠城を見つめてマイクのスイッチを切った時には、
冠城も防犯カメラの位置を正確に把握していた。

「ここから先の話は、本気で極秘に願います」
「分かった」

冠城が左腕に彩実を抱き、
彩実の長い黒髪をカメラに向けながら返答する。

「あの時、合同本部に詰めていた捜査員の大半は、
毛利探偵とコナン君からの情報を得て芝公園の東都タワーに集結しました。
そこに重要参考人が現れると言う情報があったからです。
そして、既に営業を終えたタワー内に入った私達は、
その場で松本管理官に殴り倒されました」

「何?」

「結論を言えば、松本管理官は何者かが変装して成り済ました偽者で、
格闘技の達人だった様です。不意を突かれたとは言え、
私を含む現職の警察官複数がその場で行動不能になりました」

冠城は彩実の両肩を掴み引き離すが、
彩実は真剣そのものの眼差しで小さく頷く。
冠城は、改めて両腕を彩実の背中に回し力を込めた。


「その場で気絶させられた私達は、
気が付いた直後に公安総務に同行を求められて
外で待機していた護送バスに移動しました。
そこに待っていたのは、警視庁公安部と警察庁警備局の
シよりも上の人間、とだけ言っておきます。

そこで告げられた事は、あの松本管理官は偽者であり、
合同本部設置時点から既に入れ替わっていた事。
松本管理官本人は無事救出された、
恐らくは本物の松本管理官に
何等かの罪を着せて殺害する予定だったのでは、と言う事。

松本管理官に関連する事は組織的テロであり
警察内の内通者の可能性も考慮し極秘裏に捜査する必要がある事と、
警視クラスが入れ替わっていた事が表面化すれば
警察内外の社会不安が計り知れないと言う事で、
東都タワーで起きた事に就いては公安に一任して他言無用とする事。

これに背くのであれば、警察官生命の抹殺では済まない事態になる。
北斗七星事件の被疑者に就いては既に完璧に把握しており、
その手柄は確実に刑事警察に譲るつもりであり、
そもそも公安としてはあんな事件自体には関心は無い。

と言う事でした。あれは間違いなく本気でした。
国家レベルでの尋常ではない出来事が起きていたと」


耳元から聞こえる漫画レベルの与太話を聞きながら、
冠城は真剣な表情で小さく頷く。
冠城が知る荻野彩実が言っている冗談にしては
漫画レベルな与太話過ぎる。
これは信用するか尿検査をするかの二択であるが、
警察官として経験の浅い冠城から見ても
前者の方がまだ合理的だった。

「私達のほとんどは、少しの間休養とも軟禁ともつかぬ扱いで
警察管理の保養施設に滞在していました。
その間に、北斗七星事件のマル被(被疑者)が群馬県警に逮捕されています。
なんでも、あの日東都タワーにいた筈の
マル被と重要参考人がドライブをしながら話し合った結果、
手近にあった舘林管内の駐在所に出頭して自供したために
安中の捜査本部に引き渡されたそうです」

「分かってないな」

冠城がぼそっと言う。


「例え解決したにしても、一課にとって出頭での解決は格下。
天下国家のハムにとっては
そんなデカのプライドは知った事じゃないってか」

「恐らくは。そして、群馬県警は途中で
毛利探偵と共に別行動をとっていたために、
合同本部の中でも東都タワーの事件に
直接関わりを持たない唯一の本部でした。
群馬県警としては地元の事件、
それも殺しのマル被の身柄を取れば、当然自分達の事件の調べを行う。
実際問題最終的に捕り逃がした形となる他の本部は
そこに簡単に割り込む事は出来ない」

「その、東都タワーと北斗七星を切り離す時間稼ぎって事か」

「舘林で出頭した時点で私達から見たら嫌がらせそのものでしたが、
群馬県警から合同本部に出ていた山村警部も
マル被出頭の直後に桐生の管内で発生した無人交番爆破事件の捜査に回されて
北斗七星事件でのパイプが切れてしまいました」

「何処迄狙ったのか、周到な流れだ」


「私達は、慰労会に乗じて東京本部の一課の三係から断片的な情報を得ました。
まず、東都タワーの現場は公安によって完全に封鎖されて
一課に対しても捜査禁止が厳命されたために、
東京の一課も断片的な情報しか得ていませんでした。

それでも、三係が独自の情報で本物の松本管理官を救出した事。
東都タワーに向けて武装ヘリが機銃の銃撃を行った上に
最終的に墜落したものの操縦者の遺体は発見されなかった事。
松本管理官の偽者と目される正体不明の人物が
狙撃銃で銃撃されて死亡していた事。
ここまでは辛うじて把握出来ました」

(武装ヘリが、東都タワーに、機銃掃射?)

冠城は、確認の言葉を辛うじて飲み込む。
例えロマンチストと冷笑されようが、
今、腕に伝わる感触が冠城にとっての真実だった。


「松本管理官が最初から偽者だったと言う事は、
松本管理官が敢えて合同本部に呼んだ
毛利小五郎もきな臭い事にならないか?
しかも、毛利小五郎は民間人ながら以前から三係と深い繋がりを持っていた。
君の言う東都タワーの事件にも遭遇していない事になる」

「そういう考えもあります。只、毛利探偵と関係の深い
東京本部の捜査一課三係はその見解には否定的です。
あの時、三係の人間も東都タワーで偽者に殴り倒されました。
色々考えても三係ぐるみと言うのはリスクが高すぎます。
松本管理官よりも目暮班長の方が毛利探偵との関りが深いですし、
切れ者で知られる佐藤主任も毛利探偵には信頼を置いています。
他の県警にも毛利探偵に信を置く者がいて、
状況から言って毛利小五郎や三係が事件に関わっているなら
毛利小五郎も三係も無事で済んでいるとは思えません」

「成程」

理路整然と説明する彩実の言葉に冠城は小さく頷いた。

「ありがとう。よく話してくれた」

冠城から離れた彩実が、頬にかかった髪の毛を除ける。


「すぐには無理かも知れません。それでも………」
「ああ」

冠城が頷き、彩実はテーブルに向き直って
残ったハイボールを飲み干した。

「今度はゆっくり飲みたいですね」
「君が東京に戻って来たらその時はシか。
流石に畏れ多い」

「杉下右京警部、色々と耳に入る事もありますが」
「好奇心は猫を殺す、って知ってます?
あの人に関心を持つと言う事は、どっちかと言うとその部類みたいで」
「ではあなたは殺されに行った訳ですか?」
「そんなところです」

二人の警察官が、顔を見合わせて苦笑を交わす。

「分かりました」

冠城が言った。


「あなたが東京に戻って来たら、
右京さんと合コンセッティングしてみましょう」
「本当ですか?」

答えた彩実の顔からは、理知的ながらも確かな輝きが伺えた。

「まあ、乗って来るかどうか分かりませんがね。
それなりに楽しみにしていて下さい警部殿」
「ええ、楽しみに戻って来ます」

彩実は、楽しそうに微笑んで返答した。


==============================

今回はここまでです>>51-1000
続きは折を見て。

「相棒」大木長十郎役
志水正義さんのご冥福をお祈り申し上げます

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>90

ーーーーーーーー

「おや」
「どぉーも、杉下さん」

冠城亘から同道を丁重に辞去され、
小料理屋「花の里」を一人で訪れた杉下右京は、
店に入った所でカウンター席からにこやかに声を掛けられた。

「いらっしゃい」
「お待ちしてましたよぉ」

女将の月本幸子が右京を迎える前で、
青木年男は上機嫌で右京に挨拶する。
右京は黙って青木の隣に座り、いつものを注文する。

「これ、毛利小五郎の関係資料です」

青木が鞄からファイルを取り出して右京に渡す。


「まだここだけの話ですけど、こんなの時間の問題ですよねぇ。
あの超有名名探偵毛利小五郎がサミットテロ事件で別件逮捕、なんて」
「探偵が有名である事自体、
特に地道に調査活動を行う上では余り好ましい事ではないんですけどねぇ」

真に以て嬉しそうな青木の横で、
右京は主題から外れた一言と共に猪口を傾ける。

「それにしても、随分と詳細ですねぇ」

「情報自体は把握されていましたからね。
毛利小五郎は捜査一課三係の半ば公然たる協力者。
その事を隠す心算もなく捜査に協力して来ましたから。
基礎情報と共にあちこちにファイリングされていた情報を、
僕の技術で収集して統合してツリーにして
ひとまとめにしたらこんな感じになりました」

「別居中の妻、毛利英理、妃英理弁護士の事ですね」
「ご存知なんですか?」

右京の言葉に幸子が口を挟む。


「ええ、特に刑事弁護の分野では辣腕で知られている女性弁護士です。
毛利小五郎氏は元々は捜査一課の刑事でもありますからねぇ、
その妻が実力派の弁護士だと言う事は当然聞こえてきますよ」

「でも、別居中で普段は元の姓を名乗ってるんですよねぇ。
それも十年レベルで。
最近でこそ毛利小五郎も
<眠りの小五郎>でちょっとばかり景気がいい様ですが、
離婚もせず十年近く別居して、その間、
娘の毛利蘭は無名の零細探偵だった毛利小五郎と同居して、
妃英理先生は一等地に事務所を構える迄にメキメキと実績を上げていった。
どういう夫婦なんでしょうねぇ」
「夫婦には色々な形があるものです」

引き続き「花の里」のカウンター席に着席している杉下右京が、
泰然と言って猪口の熱燗を飲み干した。

「毛利小五郎、やはり三係を中心に様々な事件に関わっていますか」
「ええ、それはもう。三係の扱いで、
毛利小五郎による助言で解決した事件は一つや二つじゃない。
そのために、既に現職を退いた筈の毛利小五郎が
警察から様々な情報提供を受けている節もあります。
火災班や他の県警が関わったケースもあるみたいですが、
三係との関係は突出してます。これってもう癒着じゃないですかねぇ」

「記録の上では合法的な範囲に留まる関係の様ですが」

盛んに煽り立てる様に絡み付く青木に、
右京は資料に目を通しながらマイペースに発言する。


「だけど、これからですよ。
捜査一課三係、引いては刑事部そのものから協力者として擁護されて
民間人ながら様々な事件の捜査に関わって来たのが毛利小五郎ですからね。
その毛利小五郎を公安部が逮捕した。
それも、明らかに殺人テロ事件の被疑者である事を前提とした別件逮捕で。
これって完全に宣戦布告、毛利小五郎が本件で起訴されるなんて事になったら、
三係どころか刑事部レベルの責任問題ですからどーするんですかねこの始末。
この捜査には刑事部、それも三係もガッチリ噛んでますからね。
調べられるんですかね、自分らの協力者を」

「この事件では、既に三名の人命が失われ、
重傷者が何人も出ています」
「ええ、公安部の、ですね。ですからハムだって怒り心頭でしょう。
一課の協力者だからと見逃す訳がない」

「僕も、怒っていますよ」
「え?」

「警察官として、人間として。
こんな事で失われていい命なんて、ある筈が無い。
それは一課も、一課だからこそ同じの筈です」
「え、ええ」

てらう事なく吐き出された正論が、青木の言葉を僅かばかり詰まらせる。


「もちろん、その通りですとも。その通りです。
だから、杉下さんに協力しているんです。
杉下さんが言ってる事が正しい事が分かってるからこそ、
情報は正しく使ってもらいたいと、
あってはならない事ですけど、やっぱり現実的に考えて万一の為にです」

すらすらぺらぺらと重なれば重なる程軽くなる口車を聞きながら、
右京は資料を読み進める。

「毛利小五郎、毛利英理、毛利蘭、江戸川コナン………
確かに、一部ではキッドキラーとも呼ばれるこの少年も幾度も
事件に遭遇している。解決にも尽力した様ですねぇ。
報道資料も幾つかある様ですが」

「ええ、なんでも<少年探偵団>とか言うグループで、
実際に事件を解決した事もあるみたいですね。
報道関係から幾つか情報引っ張ってみました。
こんな子どもの内からいい様に使って、だから警察は」

「………安室透?」

資料をめくる手を止めた右京の呟きに、青木は口角を上げた。


「毛利小五郎の弟子、ですか」

「ええ、普段は毛利小五郎の事務所側の喫茶店で
ウエイターをしてるみたいですが、
実際に毛利小五郎の弟子の探偵見習だかを名乗って、
一課の扱った事件で幾度か記録が残っています」

「何やら、彼の資料にはSNS関係が多い様ですが」

「ええ、この<ポアロ>って喫茶店を訪れる
あらゆる年齢層の御婦人から
厚い支持を得ているみたいですからねぇ」
「………写真写りが悪い人の様ですね」
「ええ、そうなんです」

ぽつりと言った右京の言葉に、青木も素直に答えた。

「事実上のファンサイト、アカウントは少なくないんですけど、
その割にはまともな写真が無いんです。
まあ、一般人ですからあったら問題なんですけどね、
それでも知名度の割には見当たらない」

言いながら、青木はスマホを操作した。


「あれ? 消えてる。
でも、こんな事もあろうかと。
………これなんかが一番マシな奴ですかね。どうです?」
「あら」

青木から話を振られ、月本幸子が反応し、目を細める。

「この、角の方に写ってる人?」
「ああ、これですね」

右京が、資料の中から合致するプリントアウトを見つける。

「ちょっとワイルドなイケメン執事、って感じでしょうか。
確かに女性からは騒がれそう」
「そう思いますか」

幸子の返答に右京が言った。


「………市から最近転居して来たんですね。
青木君」

「はい」

「この、安室透と言う人物に就いて、
もう少し詳しく調べていただけますか?」

「分っかりましたっ。
JCJKからご夫人ご老女まで全年齢層に支持率広げまくってる上に
美人ウェートレスと秘密の一時を過ごす町のイケメンウエイターとか、
それって世界の半分を敵に回してますからねっ」

「花の里」の入り口が開き、山森慎三が香田薫を同伴して
店に腹ごしらえと情報交換の為に飛び込みで店内に入ったのを潮に、
右京は資料を自分の鞄にしまい青木はビールを追加した。


ーーーーーーーー

「しばらくだな」
「どうも」

荻野彩実と分かれた冠城亘は、
都内のステーキハウスで一人の高級官僚との会食の席に就いていた。
そうやって、テーブル席で向かい合った事務次官と、
儀礼的に赤ワインのグラスを合わせ、傾ける。

「既に動き出しているんだろう」
「ええ」
「だろうな、この事態を杉下右京が見逃す筈がない」

食事と共に、事務次官は著しい会話を開始した。

「手回しが良すぎる」
「?」

「(法務省)刑事局で情報を収集しているが、検察の反応は鈍い。
事件性及び毛利小五郎の関与に就いても
検察からは公安警察の情報待ちに等しい回答だ」


「公安警察が情報を出して来ないと?」
「それだけならいいんだがな」
「回りくどいですね」

「ああ。こちらに入っている情報では、
毛利小五郎の家宅捜索から別件逮捕までの間に
東京地検内で指示が出てる」

「指示?」

「地検の次席検事から刑事部長、刑事部本部係に、
今回の爆破事件と毛利小五郎の扱いは公安部に主任を立てる。
今の本部係はその補助に回るから明日一番にも引き渡しが出来る様に、
正式決定がある迄その準備をしておくように、
との事だ。検事正も承知の事だとな」

「それが本当なら、地検は公安警察とすり合わせをしている、
と見るべきでしょうが。
確かに、時系列から言って手回しが良すぎますね」


「(法務省)刑事局や官房から
幾つかの公式、非公式のチャンネルで当たっているが、
高検、最高検にも伝わっていない節がある。
検察と十分話が通じる担当でも今回は掴みかねてるのが実際だ」

そう言った事務次官が軽くグラスを振った。

この日下部彌彦法務省事務次官は
法務省に在籍していた頃の冠城の上司に当たる人物であるが、
元はと言えばこの日下部彌彦の指示に始まって
極めつけの変わり種である現上司に冠城が深入りする事になった。

その結果として、誰が決断したかはとにかくあくまで結果として、
冠城は法務省の国家公務員から地方官庁である警視庁の一巡査に正式に転職し、
更にその後の事件の始末を巡って、現在の法務省本省の事務方官僚トップから
背筋の凍る様な警告を受けるに至っている。

そんな状況下で日下部彌彦が冠城に接触を求め、
掴みかねているとすら言っている。
これは、かつて日下部彌彦の手駒として動く事を
自ら楽しんでいた冠城から見て、かなりきな臭い事態だった。


「刑事局は何処迄掴んでいるんですか?」

「毛利小五郎に家宅捜索を行った事、現場のトラブルで逮捕した事は本当だが、
証拠は現在精査中でありそれ以上の事は分からない。
検察から刑事局に伝わっているのはこういう事だ。
検察としては、警察からそれ以上の事は聞いていない、
そういう立場で刑事局に報告を上げている」

「今はあくまで警察の扱い、そういう事ですか」
「そういう立場を取っている」

そう言って、事務次官は赤ワインを口にする。

検察庁は法務省の行政管理下にあるが、
法務省が個別の事件に就いての指揮を執る事は法律上はほぼ出来ない。
例外は、法務省法務大臣が最高検察庁検事総長に対して
トップ同士で直接命令を発する事であり、それだけが強制力を持っている。

一方で、法務・検察と言っても三権の中では行政権の一端であり、
本業としては刑事政策を司る法務省刑事局は
法務省に於ける検察の実質的な窓口として国会答弁等を担当し、
検察庁検事のエリートコースの一つともなっている、
検察とはつかず離れずの力関係の部署と言えた。


「しかし、地検と公安警察は既にすり合わせを始めている。
地検公安部としてこの事件を扱うと。
少なくとも、当初言われていたガス漏れ事故と言う扱いじゃあない。
既に地検の内部では分担が決まっているとして、
検察庁全体では、情報がどの程度迄繋がっているのか」

「公安が裏帳場を立てている」
「公安検察が、ですか?」

冠城の言葉に、日下部彌彦事務次官が頷く。

「最高検公安部の有力検事をトップに、
本件の情報を全て飲み込んで裏で処理する裏帳場だ。
最高検の<公安検察の神様>を中心に
検察庁の、恐らく法務省の要所にも根回しが為されている」

「ますます以て見事な根回しで」

公安検察が本気であれば、
法務省側からそれを把握する日下部彌彦も日下部彌彦。
と言う客観的評価は、冠城は一度胸の中にしまい込む。

「Need not to know」

そして事務次官が呟く。


「この件に就いて、検察で深く静かに蔓延している言葉だ。
「知る必要のない事、ですか」

「公安警察の情報収集は、
検察が知るべきではない裏の作業で成り立っている部分が少なからず存在する。
まして、今回は一刻を争う事態だ、手段を選んでいる余裕はない。
そう言われると、検察としても公安警察への口出しは難しくなる。
まして、その検察から報告を受ける法務省としては隔靴掻痒そのものだな」

法務省の事務方トップたる事務次官は自嘲的に笑うが、
この日下部彌彦事務次官がそんなタマではない事は
冠城も身に染みて知っている事だった。

「知らない方がいいですよ、
聞いていない事にしてこちらに任せて下さいと、
そういう事ですか」

「そういう事だ。警察と検察。
検察の中でも公安検察と検事総長からのライン、そして検察と法務省。
それぞれの関係の中で、
知るべき事、知る必要のない事、知らない振りをする事、本当に知らない事が
何層にも複雑に入り組む。丸で白菜の皮むきだ」

そう言って、日下部彌彦事務次官は肉にナイフを入れ、
赤い断面を露わにする。


「で、今の所、その検察のごそごそした動きは上手くいってるんですか?」
「どうも、バランスが良くないな」

返答と共に、日下部彌彦事務次官は
ぷすりと野菜の一つをフォークで貫く。

「火中の栗に手を出したら火傷する。
そうやってそれとなく予防線が張られている様だな」
「それで、焼き栗の在処は?」

「地検の公安部。先んじて公安警察と協議を進めているが、
高検、最高検、恐らくは検事正次席検事もその内容を把握しきれてはいない。
裏帳場には共有している様だが、それも全てかはかなり怪しい」

「公調(法務省公安調査庁)は?」
「Sや機関紙の情報を押っ取り刀で引っ繰り返してる。
これがテロなら又ぞろリストラの議論になるだろうな。
まあ、流石にミイラ取りがミイラになってると言う事はないだろうが」
「まして、赤煉瓦のお役人が立ち入る事じゃない、ですか」

「これは、警察官のお前の方が専門かも知れんが………」
「ペーペーの巡査、それもお手伝い専門の窓際ですよ」


「事件と言うのは本質的に人間が起こす、
言わば事件は生き物の筈だ。
確かに公安には事前予測が求められるが、
今回の事件は実際に発生している。
それも、他でもない公安部の警察官が何人も殉職する事件がだ。
そして、別件で被疑者が挙げられている。
その様な事件で、東京地検の公安部がここまで踏み込んで、
ここまで迅速に情報を押さえる必要とは何だ?」

「何かを隠蔽した、或いは」
「或いは?」
「自分達で何かを作った、作ろうとしている」
「それに東京地検が関わっている、
少なくとも事情を把握して情報を押さえている、と言うのか?」
「まずくないですか?」

そう言って冠城が向けた乾いた笑いは、
事務次官からの眼差しに直ちに引きつり凍り付く。


日下部彌彦事務次官は
国家公務員出身のキャリア官僚であり、検事出身ではない。
この事は、法務省に於いては決定的な意味を持っている。

不慮の事態で適任者に年齢的な空白が出来たと言うのが表向きの理由だが、
局長以上を検事出身者が占めている法務省で格下扱いのキャリア官僚である
日下部彌彦が事務次官に就任したのは異常事態そのものの異例の抜擢。
彼には、その幸運を掴むだけの実力があると、
半ば彼のお庭番だった元法務省職員冠城亘はその事を熟知している。

スタートから司法修習所出身で法務・検察を完全に支配する検察人脈の中、
冠城の様な曲者を独自に使いこなし、検察内部にも独自の人脈を広げて
本来四面楚歌の立場の中でも互角以上に渡り合っている曲者、強者。

異常事態から生まれたこの「異物」は、
新たな異常事態に於いては「彼・女ら」にとって
決定的な不幸を呼び込むかも知れない。
冠城は自分がそこに巻き込まれるであろう事を確実に予感していた。

「国会は何か突っ込まれても捜査中と答えておけば済む」

そう言いながら事務次官は前を向き、ワインを呷る。


「内閣、官邸ですか」

「言う迄もなく、事態は外交に直結している、
防衛省も情報収集に動き出している。
官邸筋からは情報提供の矢の催促だ」
「法務省は情報を出したくても無い袖は振れない。
官邸はむしろ公安警察でしょうね」

「ああ、官邸のインテリジェンスは従来から公安警察が主導している。
だが、最近、公安警察出身の内閣情報調査室の担当官と
そのカウンターパートだった公安警察の中から
持病の悪化による退職が相次いで少々ぎくしゃくしているらしい」

「とは言え、今の官邸だと餅は餅屋、司司で黙ってお任せ、
って具合にはいきませんか」

「サミットだ、どうしても官邸が出て来る。
形の上では、内閣に対する窓口は法務省、
法務省が検察を管理している事になっている。
ここから先、何かあった時に検察が知っていました、となれば」

「火の粉が飛ぶのは法務省、
事件の規模から言って大臣が危ない、ですか。
まして、東京地検自身の動きが不穏となると、
あそこは法務省、最高検から見ても時々やらかす。
検察自体の問題を知らない間に掴まれたら目も当てられない」


「内側も外側も、だ」

冠城の言葉に、日下部彌彦事務次官が続けた。

「毛利小五郎の妻の事は知っているか?」

「本名毛利英理、通称妃英理。
刑事弁護のやり手として
驚異的な実績を上げている法曹界の女王。ですね。
ええ、こんな身内がいる相手を逮捕した日には、
正式な手続きである以上、裏で何か企んだとしても
容易な事でごまかされはしない」

「しかも、鈴木財閥が動き出してる」
「家族ぐるみの付き合いと聞いています」

「動いているのは鈴木の道楽隠居だ。
表向きは毛利家に任せると静観している事になっているが、
元検事総長や与野党の重鎮、警察キャリアのトップ経験者から
影の実力者だった人脈にまで極秘裏に接触している」

「アグレッシブな爺さんって聞いてますからねぇ」

「あの道楽者が本気になれば、県警の一つや二つ簡単に引っ繰り返る。
起訴とでも言う事になれば、本気で動き出すだろう。
まして、警察自体が毛利小五郎との関係を抱えている」


「ええ、毛利小五郎は捜査一課出身で、一課とは今でも繋がっています」

「<眠りの小五郎>、素人でも知ってるニックネームだな。
捜査一課、そっちの刑事部はどう見てる」

「正直、大混乱ですね。表向きは粛々と仕事を進めている事になっていますが、
毛利小五郎がテロリストと言う事になれば
最低でも刑事部レベルの責任問題になる。
だから、刑事部の横槍が入る前に
公安が強引に身柄を取って既成事実を作った。そう見られています」

「捜査一課の有力な協力者と言う事になれば、
事は地検の刑事部、公判部にも波及して来る」
「地検の刑事部はどう見てるんですか?」

「今の所、毛利小五郎の件は公式には上がって来ていない。
あくまで警視庁と地検の公安部が内々で協議している、
地検内部でも公安が主任を立てると、内々に担当分けが為された段階だ。
刑事部長、公判部長は今すぐにでも
過去の毛利小五郎案件の精査を指示したい所だが、
次席、検事正マターで一時停止されていると言う話もある」

「起訴、公判の根拠とした証拠を大量殺人テロリストが提供していた、
なんて事になったら地検としても対岸の火事では済みませんからね。
それでも、地検の内部でこれだけの規模で
公安部主導で情報を抑え込んでいる
………黒蜥蜴の長い舌、ですか」


「ポストから言っても関わっている事は間違いないが、
およそ、その通りだろうな。
地検公安部主導の情報統制が、
他から出て来ていると言う事はまずないだろう」

そう言って、日下部彌彦事務次官はぐっとワインを空ける。

「益々以てリスクコントロールが必要な案件、ですか。
毛利小五郎がテロリストと言う事になれば、
彼が提供した証拠、それを使った立件を受けて来た
地検側の対応も見直す必要が出て来ると。
帳場の刑事部側のメインは捜査一課の三係、
毛利小五郎に直結してる目暮班長の仕切りです。
中でも佐藤主任はこっちの刑事部でも名うての切れ者。
今回の公安のやり口はどう見たってきな臭い。
ハムの側に隙があれば確実に反撃がありますよ」

「………本当に知らない事には対処が出来ない」

そう言って、日下部彌彦事務次官は冠城の目を見据える。


「お前達の事を許した訳ではない。
だが、優先順位を誤る程愚かでもない。
結局の所、本当に強いのは真実だ。
関わる人間が多くなればなる程にな」

「何かあったとしたら、とても内々で片付く規模じゃない。
だから何か分かったら報せろ、と言う事ですか」

「杉下右京の正義とは何か? 一度じっくり聞いてみたい所だ。
だが、今回は既に何人もの死者が出ている刑事事件だ。
正義と利害は相違しない筈だ。
ここでそれを見誤る様ならば、どの道先は無い。
まして、既に杉下右京が動いているケースであるならば、だ。
それならば、互いにとって最善の結果を出せる筈だな」

「そうですね」

それは、冠城の本心だった。
キャリア官僚法務事務次官日下部彌彦には志がある。
そのために、強かな実力で一欠片の幸運を掴み取り異例の地位に上り詰めた。
そういう男だからこそ、冠城も手駒である事を楽しむ事が出来た。
実利的にも、この異常事態に杉下右京が噛んでいる。
その現実的な意味を見誤る日下部彌彦ではない。
その意味を体現している冠城亘の前で。

==============================

今回はここまでです>>92-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>113

ーーーーーーーー

同じ日の、もう少し前の時間の話。

「毛利小五郎?」

総理官邸の一室で、官房副長官の一人が聞き返した。

「それは、いわゆる<眠りの小五郎>の事かね?」
「その通りです」

副長官の問いに答えたのは、甲斐峯秋警視監だった。

「事件と毛利小五郎を結び付ける物証が出ました。
そのため、警視庁公安部は毛利小五郎を
ひとまず公務執行妨害容疑で逮捕し捜査を継続しています」
「確かに、その話はつい先程届いた所ですな」

言ったのは、警察庁出身の官房副長官だった。
現在警察庁の長官官房付に属する甲斐峯秋とは、
公安警察に関わる部署で仕事を共にした事もある。
着席した甲斐峯秋の対面には、内閣官房長官を中心に複数の副長官と、
総理秘書官の内の一人が着席している。


「それは、つまり、毛利小五郎が今回の爆破テロの容疑者である、
そういう事なのか?」

「現時点ではあらゆる可能性を視野に入れて捜査を進めている、
としか申し上げられません」
「それでは話にならないだろう」

言ったのは、この中では在任後が最も短い副長官だった。

「我々が、肩書らしい肩書も無い
一介のキャリア官僚にこうして時間を割いていると言うのに」

その言葉の主に、
政府陣営からは哀れみとも蔑みともとれる眼差しが送られる。
その通り、肩書でナメてかかっていい相手ならば、
そもそもこうして雁首揃えている筈が無い。

「事は、極めて微妙な橋の上を渡っています」
「その様な事は分かっているよ」

新任の副長官は尚も続ける。


「サミットだからな。サミット会場が
物の見事に爆発して何人もの警察官が死傷した。
それだけでも総理の顔には甚だしく泥が塗られている。
国際問題、国辱だよ。
これは警察の落ち度ではないのかね?」

「いや、そう言われると一言もありませんな」

気弱気に笑みを漏らす老紳士と、
その成果に肩をそびやかす政界基準に於ける若手の代議士。
その有様を、テーブルの片側の政府陣営の大半は心の中で鼻で笑う、
この馬鹿が、と。

「とにかく、君の様な無役の………」
「甲斐警視監」

口を挟んだのは、官房長官だった。

「その状況に於いて、政府に何を求める?」
「官房長官への最優先の情報は………」

甲斐峯秋は、事務担当官房副長官の名前を出す。

「………を通じて、逐一お報せ致します」
「承りました」

名を出された副長官が頷く。


「毛利小五郎と言うのは、かなり奇妙な人物です。
無論、警察としては目を付けた以上全てを洗い直しますが、
ですからこの捜査、この先どう伸びるか現時点では測り切れない」
「だから下手に突けば逃げられる、ですか」

そう言った総理秘書官は、警察出身だけに理解が早かった。

「ですから、当面の毛利小五郎の捜査に就いては
警察は可能な限り極秘裏に動きます。
情報を完全に封じる、と言う事は当然不可能な事」

甲斐峯秋の言葉に、官房長官は小さく頷いた。

「ですから、警察、検察が行っている事に対して、
可能な限り最大限の時間稼ぎを願いたい。
内閣、政権との連絡は今申し上げた通りのラインで、
表に出るのであれば、
せめて事前の確実にすり合わせを願いたい」

「待て、これだけの事件でその様な………」
「サミットですから」

言いかけた新任の副長官の前で、甲斐峯秋は爽やかな微笑と共に告げた。


「既に、これだけの被害が出ています。
全てを確実に把握し、封じ込めない限り、
最後の一欠片がサミット急所を直撃する様な事があれば、
その事により生ずる被害は計り知れない。
僅かな水漏れから破綻しかねないのがこの手の捜査の繊細な所でして。
ですので、どうか政府としての協力をお願いしたい」

「分かった、協力は惜しまない」

頭を下げる甲斐峯秋に、官房長官が言った。
警察庁次長と言う肩書を失いながら、
却って力押し抜きでぬるぬると地固めをする曲者。
それが、この女を伴ってここに現れた。
そんなものを肩書だけで見る盆暗がこの地位にいたならば、
政治生命も国家生命も幾つあっても足りやしない。


ーーーーーーーー

「これで、少しは押さえが利きますかね?」

政府陣営が退出した後、
口を開いたのは甲斐峯秋の隣に着席した一人の女性だった。
ダークスーツに長い黒髪、一見すると峰秋の秘書にも見える一人の女性。

「余り、買い被ってもらっても困るよ。
今は無役の一官僚だからね」

峯秋が、如何にもと言う疲れた口調で言う。

「只、君が同席して私が要請する。流石にその意味は通じたと思いたいね」

峯秋の言葉に、女は頭を垂れる。


「とにかく、今は少しでも騒ぎを抑えておきたいですから」
「だが、土台無理な話、精々が時間稼ぎだ」

「ええ、時間稼ぎだけでも。今は、その時間が貴重です。
そのために、甲斐警視監にご足労頂き、私の様な若輩に同行頂いたのですから」
「君とは幾度か関わる事があったが、今回は又、一段と無茶をする。
いや、無茶はこちら、警察の側の無茶の帳尻を君に回していると言う事か」

「我々も、公安ですから」

女の不敵な笑みに、甲斐峯秋はふうっと嘆息する。

「ところで………」

甲斐峯秋は、改めて問い返す。

「政府筋への根回しは確かに重要だが、
わざわざ窓際の官房付を担ぎ出したのはそれだけが理由かね?」


「官房長官と対峙しての根回しで十分ではない、
と言う程の贅沢な身分ではありません。
只、甲斐警視監に最近部下が増えた、と言う話には
少々興味がありますが」

「確かに、税金で禄を食む者、
窓際で悠々自適、とはなかなかいかないらしい」

「あなたの掌(たなごころ)に収まりますか?」
「ん? 君の情報収集能力と言うものを
根本から考え直す必要があるのかね?」

すっ、と、笑みの消えた口調の問いに、
甲斐峯秋は柔らかく答える。

「失礼しました。お陰様で、少しばかりでも時間が稼げそうです」
「この身で役に立てて何よりだ」
「これから、小菅で一仕事です。ご一緒しますか?」
「いや、我々が一緒に出ては目立つだろう」
「そうですね」

二人は立ち上がる。
東京地方検察庁公安部岩井紗世子統括検事が一礼してドアに向かい、
警察庁警視監甲斐峯秋はそれを見送った。


ーーーーーーーー

それから程なく、
甲斐峯秋の姿は一軒の小料理屋の座敷にあった。

「おお、来たか」
「どうも」

座敷には既に先客。
恰幅のいいスーツ姿の老人の前に峯秋は着座し、
運ばれて来た切子でまずは冷酒を一献。

「済まなんだな、忙しい所を」
「いや、隠居同然の窓際ですよ」
「余り儂を見くびるなよ」

名物の洗いを酢味噌で食らい、
形ばかりの詫び言の後で甲斐峯秋をぎょろりとねめ付けたのは、
「鈴木財閥」と俗称される企業グループの創業一族で
中核企業の相談役を務める、鈴木次郎吉翁だった。

「表向きの役職は退いても、隠然たる影響力を持って
警察トップから政府筋への相談役である事ぐらい、
とうに耳に入っておるわい」

「それはそれは、一線を退いた年寄りは茶飲み話が関の山ですよ」


豪快な次郎吉に、峯秋はあくまで柔らかく応じる。
その間に鯉こくが届き、次郎吉は王政な食欲を誇示する。
近郊の山中に建つ隠れ家の様な店、
障子を隔てて、さらさらと清水が流れる庭の向こうに夜の林が広がる。

「向日葵店、見に来て貰ったの」
「ええ、お陰様で素晴らしい絵を見させてもらいました」
「うむ、あの時は例の事情で、
観覧者として特に身元の確かな者を厳選したからの」
「あの時、警備陣の一人に毛利小五郎がおった」

その言葉と共に、次郎吉と峯秋の視線が衝突する。

「幾度も警備を依頼して、あ奴の気性も性根もよう分かっておる」

「こちらとしては、余りその、
幾度も特別な警備が必要になる様な事を
道楽でやってもらうのは余り好ましい事ではないのですけどね。
文化財保護の観点からも」

「あー、分かっておるわい」

峯秋がやんわりと窘め次郎吉がうるさそうに手を払うが、
そこには予定調和のバランスも見え隠れしている。


「あれはな、彼奴には幾度も出し抜かれはしても、
芯の通ったなかなかにいい男ぞ。
間違っても、理不尽な殺戮に手を染める様な男ではないわ」

「貴重なご意見、承ります」
「もう一度言う、儂を見くびるな」

ずん、と、小鉢の輪切りを箸で一突きにして次郎吉が峯秋を見据えた。

「あれは、儂が見込んだ漢ぞ」

そう言って、次郎吉は輪切りを逞しく咀嚼する。

「如何にも儂は道楽者ぞ、真面目な仕事は史郎らに任せて、
この血潮の赴くまま、財と労力を注ぎ込んで来た。
故にこそ、これは我が名に懸けての戦さ、
それを任せる者は、儂の眼鏡に適った者達ぞ」

トン、と、次郎吉の指により、
中身の干された切子の猪口が卓に戻される。

「吐いた言葉を飲み込むつもりは無いぞ、甲斐峯秋よ。
そう口に出した以上、もし、あ奴の首を取ると言うのならば、
それはこの儂との戦さになると心得い」

次郎吉の口上を聞きながら、
甲斐峯秋の指が、空の猪口をトッと卓に戻す。


「あなたが信義を背負う様に、私にも背負うものがあります」
「ほう」

「この一介の小役人で不足無しと言うのでしたら、
その時は奉職以来私が守り続けて来たものに懸けて、
受けて立ちましょう」

少々冷酒が回った様にも見えるその言葉に、
次郎吉の返答は裏の無い豪傑笑いだった。

「おおう、あ奴を縛ると言うのであれば、
それぐらいでなくては困る。覚悟はある、と言うんじゃな」
「覚悟無しに人の手は縛れない」

「良かろう。又、オークションで会おうぞ。
ちまちまと、見事な目利きを見せてもらおう」
「小役人には到底手の届かないあなたの買いっぷり、
楽しませてもらいますよ」


==============================

今回はここまでです>>114-1000
続きは折を見て。

続き気になります

感想どうもです。

すいません、差し替えがあります。
正直細かい事なので、脳内補完可でしたらそのまま流して下さい。

>>119
該当箇所を以下に差し替え

ダークスーツに長い黒髪、一見すると峯秋の秘書にも見える一人の女性。

以下、>>123差し替え
==============================

豪快な次郎吉に、峯秋はあくまで柔らかく応じる。
その間に鯉こくが届き、次郎吉は旺盛な食欲を誇示する。
近郊の山中に建つ隠れ家の様な店、
障子を隔てて、さらさらと清水が流れる庭の向こうに夜の林が広がる。

「向日葵店、見に来て貰ったの」
「ええ、お陰様で素晴らしい絵を見させてもらいました」

「うむ、あの時は例の事情で、
観覧者として特に身元の確かな者を厳選したからの」
あの時、警備陣の一人に毛利小五郎がおった」

その言葉と共に、次郎吉と峯秋の視線が衝突する。

「幾度も警備を依頼して、あ奴の気性も性根もよう分かっておる」

「こちらとしては、余りその、
幾度も特別な警備が必要になる様な事を
道楽でやってもらうのは余り好ましい事ではないのですけどね。
文化財保護の観点からも」

「あー、分かっておるわい」

峯秋がやんわりと窘め次郎吉がうるさそうに手を払うが、
そこには予定調和のバランスも見え隠れしている。
==============================
差し替え以上

まことに失礼しました
今回はここまでです。続きは折を見て。

訂正追加
>>123

×「向日葵店、見に来て貰ったの」

○「向日葵展、見に来て貰ったの」
==============================

今度こそ以上です
すいませんでした

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>126
>>131

ーーーーーーーー

東京地検公安部統括検事岩井紗世子は、
東京拘置所の廊下で、
元上司との面会を終えた一人の女性とすれ違う。

「内諾は得られました。当面は聞かれても未確認と言う事で、
後の事は甲斐さんと打ち合わせて下さい。
そちらに迷惑はかけません」

用件を伝えて背後に視線を走らせた岩井は、
見事な黒髪の後ろ姿を目の端にとらえる。
その黒髪の頭の中で、「無茶な事を」と毒づいているのは考える迄もない事だ。
相手は少し前まで海外防諜に関わっていた警察庁のキャリア官僚であり、
その際に、関連する事件を処理した岩井とも面識があった。


ーーーーーーーー

元上司との夕食を終えた冠城亘の姿は、東京都内米花町にあった。

(ビンゴ、かよ………)

そして、心の中で思わず呟く。

半ば気まぐれで、地図上の幾つかのポイントを繋げて
線上の生活道路を歩いていたのだが、
そんな冠城の前方を、一人の少女が横切ろうとしていた。
年齢は17歳前後、前頭部が尖る様に跳ねている黒髪のロングヘアで、
一見した所不良、と言うタイプではない。
何より、オーラの沈み方が少々まずいと言うのは、
下調べによる先入観だけではないだろうと冠城は把握する。

「何? 一人?」

そして、そんな少女に、同年代の野郎が何人か、
頭の悪そうな絡みを始めている。

「ねーねー、無視しないでよー」

俯いたまま前進する少女の前に、
悪ガキの一人が回り込む。


「どけて………」
「いいじゃん、ちょっとお話しようって」
「あー、その辺にしとけって」

一つ嘆息して、冠城が声を掛ける。

「んだよ、おっさん」
「だからさー、やめとけって」
「っせぇんだよオヤジ」

気さくに声を掛ける冠城に、
悪ガキが幼稚な言葉のトゲを向ける。

「どいてろって、怪我すんぞ」

ドン、と、冠城が掌で胸を押され、哄笑が起こる。

「いい加減にして」

聞こえた低い声に、冠城が反応する。

「こんなおっさんほっといて行こうよねー………」

ぱしっ、と、少女が掴みかかって来た手を振り払う。
その時の少女の目を察した冠城は、ざっと割って入った。


「はいはーい、そこまで」

冠城が広げたものを見て、悪ガキどもが一歩下がる。

「引っ返して書類作りとかめんどいんだけどさぁ、
これ以上やるってんなら、
全員公務執行妨害の現行犯。そっちのお嬢さんもだ」

途中からしん、と冷えた口調に
悪ガキ共は悪態をついて立ち去り、少女も小さく頷いた。

「って事だ。まだ手出してないから検挙はしないけど」
「父の事ですか?」

虚ろな視線を向けられ、冠城は心の中で嘆息する。

「いや、耳には入ってるけど俺、
今んトコ捜査の担当じゃないんで。ホントの通りすがり」
「そうですか」

冠城の返答に、毛利蘭は無気力に前を向く。
冠城も、関わると決めた以上一応の下調べはしている。
まして、毛利小五郎はその妻共々相応の有名人、
娘の事を把握するのは難しい事ではなかった。


「今、君が警察をどう思っているかは分からないが、
一人のお巡りさんとして明るい所まで送らせてもらう」

冠城の言葉に、蘭は小さく頷く。
ほんの僅か、心を開いた様に見えるのは自惚れか。
と、冠城は自制するが、一方で、
毛利小五郎の娘である毛利蘭も本来警察官には親しんでいた筈であり、
今の段階では根っから嫌いではないのかも知れない、とも考える。
無言で生活道路を歩き、表通りに出る。

「………どうして………」

冠城は、その呟きに視線を向けるよりも早く、
叫び声に視線を送った。

「蘭!」

視線の先から、眼鏡の似合う知的美人が駆け寄って来ていた。
こちらの美人の事も、冠城は知っている。
かつての法務省職員、異色事務次官のお庭番として、
駆け寄って来るコンサバ美女の事はこの事件以前から把握していた。


「ちょっとコンビニに行くって言ったまま帰って来ないから」
「ごめん、売れ切れてたからちょっと遠く迄」
「………あなたは?」

訝し気に視線を向ける妃英理、
本名毛利英理に、冠城は警察手帳を見せる。

「警視庁、特命係?」
「まあ、お手伝い専門の遊軍部署です。
ちょっと帰り道にお嬢さんを見かけたもので、
補導じゃないですけど職務質問がてら表通りまで夜道の付き添いを」
「そうでしたか、それはご迷惑をおかけしました」
「いえいえ」

お礼半分、警戒半分、と言った感じの英理に、
冠城は手を振って気楽に答える。

「それでは、私達はこれで」
「お気をつけて」

元々が気まぐれの道行き、特に相手は切れ者で知られる「法曹界の女王」。
癪だがやり手の上司もおらず、夜も遅くで神経も尖らせている。
今、深入りするのは分が悪かった。


ーーーーーーーー

今度こそ帰路に就いた冠城亘は、到着まで後何分、
と言った辺りで、塀際を見て薄く笑みを浮かべる。
そして、塀際に駐まるRX-7にすたすたと接近し、
こんこんと運転席の窓をノックする。

「警察でーす、路チューデートは程々にお願いしまーす」
「ごめんなさい、こっちも警察なの」

パワーウィンドウがガーッと下降し、
警視庁切ってのイイオンナがその姿を現した。


==============================

今回はここまでです>>132-1000
続きは折を見て。

祝 相棒season17 スタート(一週間以上遅れ)

取り敢えず、予想通り、
ドラマのスタート迄には全然終わりませんでした………

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>139

「捜査一課三係」
「佐藤警部補と高木部長(巡査部長)、ですか」

佐藤美和子が先行して所属を口に出してRX-7から車外に姿を現し、
示された警察手帳を見て冠城亘が呟く。

「特命係は、どこまで掴んでどの線で動いてるの?」

警視庁捜査一課殺人犯捜査第三係主任佐藤美和子警部補は、
RX-7の運転席を出るなり冠城亘に質問を放つ。

「どの線とは?」
「<エッジ・オブ・オーシャン>の爆破事件。
特命係はどの線で動いているのか、聞かせてもらえるかしら?」


目の前の、評判に違わぬ凛々しい美貌に
冠城の口から一瞬笑みがこぼれそうになる。

さっぱりと活動的な黒髪ショートカットも好印象。
父親が二階級特進した二世警察官と言う事もあって、
警視庁内では今でもマドンナとしての根強い人気を誇っている。

冠城は、左様な美女に遭遇出来た幸運への
敬意を示そうとして唇を引き締め踏み止まる。
それは、佐藤主任の背後に控える高木渉巡査部長への礼儀とも心得ていた。

「分かりませんね」

冠城は、返答しながら強まる「圧」を肌で感じる。

「あの爆発の事は、一課のあなた達の方が余程よく知ってる筈だ」
「私達が何も知らずにここに来てると思ってる訳?」
「いいえ。只、そちらにお報せする程の事は知らない、
そう言っているだけですよ、佐藤主任」
「まず、杉下警部はこの事件の捜査を行うつもりですか?」

佐藤主任に続いて高木が質問する。この複雑怪奇な経歴を持つ
警視庁巡査に対する態度をやや決しかねているらしい。


「特命係には捜査権が無いですから。
只、自分らも手伝う予定だったサミット会場での大爆発と言う事で、
事態の把握はしようとしていますが」

「毛利小五郎の存じよりを
色々と嗅ぎまわるのもサミット警備の為なのかしら?
………笑うなっ!」

皮肉っぽい佐藤主任の言葉に
冠城の表情が合わせようとした瞬間、爆裂した。

「ふざけるな」
「ふざけてませんよ」

一歩踏み出し、低い声で言う佐藤主任に、
冠城も心外と言う態度を真面目に示す。

「もう一度聞くわ。それで、あなた達は何を掴んだ?」
「毛利小五郎が、今回の爆破事件に関してガサ入れを受けて別件で挙げられた」
「それは、誰から?」

「毛利小五郎はこっちの業界じゃ有名人、
東京本部(警視庁)にいたら嫌でも聞こえて来ますよ。
そして、毛利小五郎と刑事部、特に捜査一課三係は密接な協力関係にあった。
その程度ですかね。だから、そちらの方がよく知ってる事でしょう」


「そうやって集めた情報に就いて、杉下右京警部はどう結論付けてるの?」

「分かりません。あの人が何かを考えていたとしても、
それが分かるのは手錠をはめる直前の事ですから。
只、自分が知る限りでは、毛利小五郎には分が悪そうですね。
逆に、これで毛利小五郎が白だとしたら、
それはそれでどうしてそういう事になったのか、何かの理由が必要になる。
で、佐藤主任はどうしてこちらに?」

「どうしてって?」

何時しか腕組みをして聞いていた佐藤主任が、冠城の質問に聞き返した。

「事件の事なら、一課のあなた達の方が余程よく知ってる筈だ。
それが、わざわざこんな窓際の平巡査に張り込み掛けて捕まえに来た。
これって、かなりイレギュラーな事でしょう」

「それは、こちらの事件に特命係が絡んで来たからでしょう」
「まあ、そうですね。に、しても、捜査の優先順位を考えるなら、
こんな夜更けにご苦労な事です」
「喧嘩を売りたい訳?」

冠城に問う佐藤主任の声は低く、静かだった。


「それは相手が悪い。三係の佐藤主任が相手じゃあ、
関東の警察官の半分、いや、三分の二は敵に回す。
その若さで同期の先陣切ってブケホ(警部補)に上がりながら、
とった部長賞、総監賞も年齢記録に並ぶレベル。
それで、<刑事の花形>一課の殺しの現場を立派に取り仕切ってる。
並みのサツカンに出来る仕事じゃない。
そんな佐藤主任の仕切る現場では、さぞや目障りでしょうねぇ」

「なんですって?」

「確かに、うちの上司が預かってる特命係、
過去にまあ、色々と手がけてますから。
まして、佐藤主任ぐらい顔の広いやり手がその事を知らない筈が無い。
これだけの大事件の捜査、刑事部でメインで仕切ってるのは三係、
つまり佐藤主任、あなたの仕切りだ。
そんな所に特命係、杉下右京警部が
割り込んで来てホシをかっさらって行きました、
なんて事になれば、そりゃあ目障りにもなるでしょう」

「自惚れるな」

微かに上目遣いの笑いを見せた冠城の言葉に、
佐藤主任がぼそっと返した。


「私達が知りたいのは殺しの手がかり。
殺しであるか否かも含めて、
そのために少しでも有用な情報がある、
その可能性があるなら取りこぼしたりはしない。
それだけの事よ」

「成程」

佐藤主任の言葉に、冠城は微かに首を上下に振る。

「そうやって、利用して来た訳だ。
毛利小五郎を利用し、子ども迄殺しの捜査に噛ませながら、
三係ではそうやって美味しい所をさらって手柄を挙げて来た。

そして、その協力者、毛利小五郎がテロ事件の別件で逮捕されて、
こうやって嗅ぎ回ってる所に先回りして来た。

東京本部でも情報通の佐藤主任なら分かってる筈だ、
ハムだけでも十分厄介なのに、
杉下右京が毛利小五郎の尻尾を掴む様な事になれば、
それはどの筋を動かそうが対処の仕様がなくなると」

「それは、アクティブ・フェーズのつもり?」


佐藤主任の言葉には、静かな怒気が込められている。
高木は、はっきりと理解した。
冠城亘の差し出した手招きを見て、
佐藤美和子が殴り合いの間合いに入った事を。

階級章を隠れ蓑にした慇懃無礼、その向こうは剛直な曲者。
もちろん佐藤美和子は、公的には冠城亘巡査を一蹴出来る警部補である。
それが口であれ、例えではない殴り合いであったとしても、
バックにいる噂の杉下右京が何者であっても
高木としては、佐藤美和子が負ける等と言う事は最初から考えていない。

「勘違いしないで下さい」

冠城は、己を見据えた眼差しに僅かに眉を顰める。
漢と漢の衝突に備えながら。

「我々は、一課の仕事をしているだけです。
一課として、何人もの死傷者が出た事件の真相を追及している、
それが我々の仕事です」

そうやって、佐藤美和子と冠城亘の間に割り込んだ高木渉が静かに告げた。


「警察内では、サミット前に警察官だけの犠牲で済んだのが
不幸中の幸いとも言われていますが、
人の命が失われた事に違いはない。
東京都内で、人の手が関わって人命が失われた以上、
結果がどうあれそれは我々捜査一課の仕事です」

「調べ上げて、関係者が判明すれば意見書を付けて検察官に送致し、
必要とあれば逮捕する、それがあなた達の仕事ですか」

「ええ。僕は、毛利さんを信じたい気持ちはあります。
今まで、そんな怪しい要素は何一つなかったと自分はそう確信してる。

それでも、証拠がそれを許さないのであれば、それに従った対処を行います。
その結果、今迄、僕が警察官として
テロリストと協力して来たと言う事になるのであれば、
責任を逃れるつもりはありません。

それは、目暮班長も佐藤さんも、三係の誰一人、
一課の刑事として殺しの真実から目を背ける様な者はいません」

最初、僅かに驚いた、
そんな可愛らしい表情を見せていた佐藤美和子警部補も、
高木渉巡査部長の背後で小さく頷いていた。
気は優しくて力持ち、いい漢を部下に持っている。
佐藤美和子は鋭い切れ味と力強さを兼ね備えた鋼の名刀。
高木はその副官としては丁度いいと、冠城も十分に理解出来た。


「だが、今の所お役に立てそうもない、ってのも本当だ」

一課の二人とは対峙から互い違いの姿勢となり、冠城が続けた。

「恐らく、そちらが掴んでいる以上の事は掴んでいない。
何しろ捜査権が無いものですから。
毛利小五郎の事を熟知してるのも三係だ。
分かっている事は、これが毛利小五郎の仕業なら
随分と間が抜けている、それも分かっている事でしょう高木部長」

「その通りです」

高木が同意を示す。

「確かに、毛利さんは一緒にいて抜けて見える所もありますが、
僕らの先輩で、退職後に関わる事になった殺人事件の調査に就いても
真摯な人でした」
「例え犯罪者に回ったとしても、
まして、死刑レベルの大事件で間抜けな手抜かりが多すぎる、か」
「客観的に言って、そう評価していいと思う」

冠城の言葉に、佐藤主任も同意する。


「物証の分析、何処迄進んでます?」
「七係に続いて私達からも情報をとる心算?」
「あちらからの情報収集って、
なかなかおっかないんですよ。主に顔が」
「で、こっちは安全だと思われたのかしら?」

「責任問題になりかねない程に協力者を放任して来た。
ホンボシを挙げるって優先順位の為なら腹をくくる事が出来る。
そういう人でしょう、佐藤主任は?
毛利小五郎が挙げられた今、手札を増やす気になりませんかね?」

「私達は一課だから、死傷者の出た事件の真相を追っている。
じゃあ、あなた達特命係は何のためにこの事件を調べているの?」

これが取調室であれば水が欲しくなるであろう、
美和子の目は、何処迄も真っ直ぐで、力強かった。

「真実を知るために」
「だから、何のために?」

ぐっ、と、佐藤美和子から前方に向けた圧が上がる。

「………真実を知る理由なんて、涙の数だけ語る事が出来る。
結果がどうあれ、真実からしか先に進む事は出来ない」

冠城の言葉を聞き、美和子は腕組みをして目を閉じた。


「毛利小五郎の身柄は公安が抑えてて私達も触れない」
「供述の内容は?」

「否認してる。もっとも、私達は
取調べの外からの立ち会いほとんど認められていない。
蚊帳の外に近いのが実情よ」

「物証は何処まで?」

「それも公安に持って行かれてる。
現場の物証は公機捜(公安機動捜査隊)が押さえて、
毛利小五郎探偵事務所のガサ入れもハム(公安)が主導した」

「IT関係の物証も?」

「それは生安部のハイテク犯罪対策課に回されて
私達三係と協議して扱ってるわ。
もちろん、ハムにも報告は行くみたいだけど」

「で、結局、物証に関しては何処まで分かってるんです?
取り敢えず指紋はあったんですよね?」
「ええ。公機捜の鑑識報告で、
高圧ケーブルの格納扉に毛利探偵の指紋が焼き付いてた」
「焼き付いた指紋、ですか。
今は指紋の鑑定も色々進んでるって聞きますけど」
「科警研(警察庁科学警察研究所)で分析は進めてるみたいだけど」


「やっぱり、科捜研(警視庁刑事部科学捜査研究所)ではなく」
「ええ、ハムから科警研に回されて分析を進めてるみたいだけど、
指紋も焼けてしまっていると、形状自体は分かるけど、
それ以上の分析にも限度があるみたいね。
私達が見てるのはそちらからの報告書よ」

「IT関係の証拠は?」
「毛利探偵のパソコンから建物の設計図や警備状況の関係書類が出て来てる。
公安部が任意同行に踏み切った根拠よ。それ以上の事は現在精査中。
明日の会議には中間報告が出ると聞いてる」

「防犯カメラの映像は?」
「<エッジ・オブ・オーシャン>の防犯カメラが起動したのは28日から、
それ以前の記録は残っていない。
周辺の防犯カメラの映像記録は集めてるけど、
直接的な証拠にはならない」

「テレビ………」

割とさくさくと冠城との問答を続けて嘆息する佐藤主任に、
冠城がぽつりと言った。


「<エッジ・オブ・オーシャン>は以前から注目されていた。
施設の中はともかく、外から撮影した映像なら、
テレビ局や個人でも保存している映像データがあるかも知れない」

「個人、と言うと動画サイトとか?」
「これだけの爆発です。今の時代、
事件でも事故でも撮影してたらアップしてても不思議はないでしょうね」
「その投稿者を見つけて協力を求めれば」

冠城と話しながら、高木も食いついて来た。

「テレビ局が撮影した映像となると、少なくとも令状が必要になる。
報道資料の目的外使用となると、報道の自由との兼ね合いがあるから
警察が証拠として押収するのは簡単な事じゃないわね。
只、一課では当初はガス漏れ事故に傾いていて、
そこから急転直下で公安部が毛利小五郎の
ガサ入れから逮捕まで雪崩れ込んだから、
色々と後手に回っていると言うのも本当の所」

「あなたなら出来る、いや、あなたにしか出来ない事だ」

冠城亘の言葉と共に、
冠城亘と佐藤美和子が正面から向き合った。


「毛利小五郎が否認をしていて、仮に彼が犯人だとしても、
その具体的手口は全く分かっていない。
只、高圧ケーブルの格納扉に焼き付いた指紋があったから、
そこに接触していた事になってる。そういう事ですよね?」

「私達が把握している限りは」

「ぶっちゃけた所、三係では毛利小五郎は白の線で動いてる、
そうあって欲しいとも考えてる。

毛利小五郎が無実で、それでもハムがごり押しした場合、
客観的な物証が残っていればそれは足をすくう地雷になる。
もちろん、窓際の平巡査なんかより、
一課のあなた達が一番よく知っている事ですよね?

だから、あなたにしか出来ない。
この状況で、それだけの難しい令状請求を通す。
三係を仕切ってる一課の女王蜂にしか出来ない」

「そうね」

冠城の言葉を聞き、呟く様に言った佐藤美和子は、
何時しか腕組みをして伏せていた顔を上げていた。

「私の責任で出来るだけの事はやってみる」

美和子の言葉に、冠城は小さく頷く。


「冠城巡査」
「はい」
「あなたは、真実を知るためにこの事件を追っていると言った。
真実を知る事からしか始まらないと」
「ええ」

「SITからの引継ぎで、
誘拐事件からの殺人事件を担当した事がある」

佐藤主任の言葉を聞き、冠城の眉が訝しさで僅かに動く。

「誘拐事件の進行中は、SITがメインで殺人担当はその補助、
殺し担当では七係がメインで補助に当たってた。

でも、ホシが挙がって、それが意外と大規模だったから、
七係は誘拐事件の起訴に向けた捜査に入って
三係はそこから派生した殺しを担当する事になった。

誘拐された子どもは無事に保護されたけど、
誘拐の際に巻き込まれて、別の子どもが殺害された。
天国と地獄、遺族からの聴取も行いながら、
公判に耐え得る様に殺しの裏付け捜査を行った」

そう言った美和子は、薄く開いた目を下に向けていた。


「殺しは、日々赤バッジに吸い寄せられる。
その真実から目を背けると言う選択肢は私達には存在しない。
それが一課の仕事であり日常」
「そこに、勝手に首を突っ込んで来る、
特命係、お前ら何様だ?」

冠城が呟く様に言い、冠城亘と佐藤美和子の視線が交差する。

「それを弁えているのなら、分かっているんでしょう。

公安は明らかに大規模テロ事件の事実上の容疑者として
強引に毛利小五郎の身柄を取った、
一課の重要な協力者だと重々承知の上でよ。

最悪、四十年来の因縁で否応なしにハムと刑事部の全面戦争。
私達は、殺しのホシがいるならそれを追う事しか考えていない、
だから、降りかかる火の粉は振り払う。

そんな所に窓際から勝手にちょろちょろ首を突っ込んで来る以上、
もちろん覚悟は出来ているんでしょう?

これは、何人もの人命が失われた、一課が扱う殺しの捜査。
そこに窓際の巡査がちょろちょろ首を突っ込んで来て、
私達に減らず口を叩いた以上」

佐藤美和子は、すっと冠城の目に目を合わせた。


「逃げたらコロス」

女性にしては背の高い佐藤美和子が冠城亘を僅かに見上げる。
冠城は、こぼれそうになった笑みを飲み込む。
貴女に別の場所でコロされたい、と言う軽口と共に。
凛々しく対峙する佐藤美和子は、
そのために確固たる意志力を求められる程に魅力的だった。

「ま、ぺーぺーの平巡査が尻尾巻いたとしても、
すっぽんよりもしつこい人が離れろって言っても離れやしませんがね」
「あなたはどうなの? 冠城亘巡査?」
「逃げる心算はありませんよ」

当たり前の様な、穏やかな一言だからこそ、
佐藤美和子はそれが当たり前の事なのだと理解した。


「明日の会議が一つの山になる。
現時点では一課は劣勢。
何を争うべき所かはとにかく、出遅れてる事は確か。
真実を掴むためには、巻き返さないといけない」

「じゃあ、ベストを尽くすしかないって事ですね」
「ええ、呼び止めて悪かったわね」
「いえいえ」

冠城が軽く手を挙げて応じ、一課の二人が動き出す。
果たして実際どんな顔でコロされているものなのか、
小さく頷き意思疎通をしている高木に確かめてみたいと、
冠城はその詰まらないジョークを敬意を以て喉の奥に押し込め封印する。
今、冠城の目の前を去ろうとしているのは、
それぐらいいい女であり、敬服に値する警察官だった。

==============================

今回はここまでです>>140-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>157

 ×     ×

4月29日朝、会議を終えて後輩の芹沢と共に廊下を進む伊丹は、
視線の先に見慣れた二人組を把握して進路を変更する。

「送検だ」

空き部屋に入り、伊丹は吐き捨てる様に言った。

「容疑は?」

上司の杉下右京と共に空き部屋について来た冠城亘が質問する。

「まずは公務執行妨害。
ガサ入れへの妨害って事で、関連する証拠も送るってよ」
「急ぎますね、逮捕状のヨンパチ(48時間)の半分以下で送検ですか」
「ああ。お陰で一課は碌に聴取も出来ちゃいない、
野郎の事は全部公安経由だ」

冠城の言葉に、伊丹が苛立たし気に言った。


「本件の証拠は出て来ているのでしょうか?」
「焼き付いた指紋とパソコンに入ってた図面、警備計画、
それにガス栓のアクセスログが正式に報告されました」

右京の問いに芹沢が応じた。

「それで、一課の方針は?」
「一課は一課の仕事をする、って方向だな。
まずは報告されたブツの裏を取る」

「毛利小五郎の供述は?」

「完全否認のまま送るってよ。
だから、目暮班長が色々口出ししたがハムに一蹴された」
「これだけブツがある以上、何かおかしい、
だけじゃあ話にならないって事です。
それだけ聞けば正論ですよ。実際それだけのブツがあるんですから」

冠城の問いに対して、伊丹に続いて芹沢が言った。

「目暮班長、ですか。佐藤主任は?」

「自分の仕事をしながら注意深く見守って、ってトコか?
もっとも、鉄面皮決めても内心どうだか、
あの美人も毛利探偵にはかなり入れ込んでたから
ホンボシってなったら無事じゃ済まないだろうよ。
女伊達らにいいデカだったんだが、そうなりゃ良くて所轄落ちだ」

伊丹の言葉に、冠城は小さく頷く。


「それで終わるタマじゃなさそうだがな」

伊丹が続ける。

「ほう、では佐藤主任は?」

「ええ、少なくともここで腐ってGWを満喫しよう、
って心算は欠片も無さそうですね。
三係の高木も動き出してるみたいですし、
あの主任はそういうデカですよ」

尋ねた右京が伊丹の言葉を聞く。
どうも右京自身もそのカテゴリーに入っているらしいが、
伊丹は女性の扱いが上手いと言うタイプではない。

だが、一方で、ごく短期間であるが、
佐藤美和子同様の女性の上官の下で事件を追った事もある。

他の例から言っても、全般的に決してとっつきやすいタイプではない伊丹は、
例え始まりは悪くても「刑事を見る目」は確かである。
右京もその事は前例として把握していた。


ーーーーーーーー

警視庁サイバーセキュリティ―対策本部のオフィスで、
青木年男は、後ろを通った同僚からの耳打ちを受けた。

「これはこれは」

廊下に出た青木は、待ち構えていた相手に馬鹿丁寧に応対する。

「うちの本部にもあなたの網の目が繋がってましたか」
「過去の捜査でね」

「で、一課の佐藤主任からの個人的な呼び出しって、
一体どういったご用件でしょうか?」
「あなたにお願いしたい事がある」

慇懃無礼そのものに芝居がかった青木に対し、
佐藤美和子警部補は端的に用件を伝えた。


「僕に、ですか?
それは捜査への協力と言う事で ?
佐藤主任が今扱ってる事件、
確かにバックアップはうちの本部にも割り振り来ましたけど、
IT関連のメインは生安部のサイバー犯罪対策課の筈では?」

「だからこそ、サイバーセキュリティ―対策本部としての業務は
未知数の上に裁量が効く」
「暇って訳じゃないんですけどねー」
「だけど、あなたは器用な上に知恵が回る」
「佐藤主任」

青木が、ふふんと口角を上げる。

「警察嫌いに星の数で押すのは逆効果だと、
誰かから教わって来ました?」

「私は、ホンボシを挙げたいの。もちろん、それがいればの話だけど」
「三係の協力者以外のマル被を、ですか?」
「そう願いたいわね」
「正直なんですね」


虚を突かれない様に気を張りながら、
青木は非常な居心地の悪さを感じていた。

それと言うのも、目の前の佐藤美和子警部。
確かに、新参で、かつ、警察嫌いかつ女嫌いの気のある青木でも、
これが警視庁で知らぬは潜りと言われるミス警視庁の評判は聞いているし、
見た目の時点でそれに相応しい事も理解出来る。

そんな、美人の部類に入る佐藤美和子の顔から、笑顔が消えない、
張り付いたままずっと青木を向いている。

「毛利小五郎、毛利さんはこんな事をする様な人じゃないわ」
「それが本音ですか佐藤主任?」

ふふんと笑う青木に、佐藤主任はにこーっと応じた。

「ええ、もちろん。
それを当たり前に信じられる相手だからこそ、
今まで協力関係を築いて来たんだから」

「いいんですかぁそんな事言って?
別件とは言え身柄押さえられて、物証も出て来てる被疑者ですよね?
それを、そんな先入観バリバリな事言っちゃうの、
まずいんじゃないんですか?」


「これは刑事の勘よ、新米君。
今、本部では公安主導で毛利探偵の容疑の裏付けに動いてる。
だけど、私も、三係の誰も本当の所はそんな事を信じてはいない。
だから、比較的自由の利く君の所にお願いに来た」

「へぇー、本部の方針とは別の事をやれと?」

青木の声から、笑いのトーンが消えていた。

「刑事として私が見た所、公安も実際かなり危ない橋渡ってるわよ」
「そうなんですか? 物証、あるんですよね?」
「ええ、今回の爆発事件に就いて、毛利探偵を指す物証は存在する」

「だったら」
「公安の強引なやり口は、一見すると事件解決を急いでいる様にも見える」
「違うんですか?」

「仮にもサミット会場の爆破事件よ。
ここで逮捕して、そこから全容が掴めなければ非常に危険な事になる。
本来公安は組織相手の捜査。
だけど、今回は事件だとしてこれだけの事件、
スタンドアローンなのかバックアップがあるのか、
その辺りの事が全く見えずに毛利探偵の逮捕だけが先行してる。
物証の出方も、仮にも元刑事の毛利さんにしては
余りにも間が抜けていて薄気味悪い」


「一課が知らないだけなんじゃないですか?
毛利小五郎って言えば有名人ですからね。
警察の中じゃあ一課の、特に三係の協力者って誰だって知ってますよ。
公安だって、そんな大事件の被疑者の情報をそんな所に流すと思いますか?」

「そうかも知れないわね」
「素直ですね」

思わず口を突いた青木は、
にこーっとこちらを向いた佐藤主任に戦慄する。

「私が言っている事が只の願望、保身なのか真実なのか。
君が直に確かめる、そういう話」
「いいんですか? 僕にそんな事を頼んだりして?」

青木が、ふふんと笑って佐藤主任を見る。

「協力者の不祥事でリーチかかってる
一課の主任が裏で妙な事を頼みに来た。
まずくないですか?」


「それでいいのかしら?」

「はいぃ?」

「佐藤美和子の首を狙うのに、
その程度のネタでいいのか? と言ってるの」

青木が見た佐藤美和子は、楽しそうだった。

「公安、佐藤美和子、杉下右京、或いはもっと上。
君が掴んだ情報をどう使うのか。それで、事態がどう転がるか。
君自身が真実の切れ端を掴んでそこに加わるのか」

佐藤美和子が、小柄な青木の顔を覗き込む。

「それとも、一課の女王蜂相手に、
詰まらないネタでケツモチの名刺ジャンケン張ってみる?」

笑顔の佐藤美和子の左手は、壁の蚊を叩き潰したらしい。


ーーーーーーーー

「そうですか、役に立ちましたか。
それは何より。では」

自宅で、挨拶と共に電話を切る。
相手は、今は亡き先輩の娘。
強く、美しく育った彼女を思い、微かに感傷を覚える。

「君のそれは、自分の心の中に強く秘めておくもの、か」

一人呟き、通話を終えた携帯を操作する。
そこで見たメールは、最近までのごく短期間、
同じ職場で顔を合わせていた元同僚からの落語のお誘いだった。


==============================

今回はここまでです>>158-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>168

ーーーーーーーー

「すぅぎしたさぁんっ」

組織犯罪対策五課に物理的に隣り合った特命係の小部屋に戻り、
たっぷりと空気を含ませた朝の一服を注いだ辺りで、
杉下右京は何処か物悲しい呼び声を聞く。

「おや、青木君」
「どーもっ」

のっそりと現れた青木年男の雰囲気は、何処か陰鬱だった。

「杉下さん、安室透とナイトバロンの都市伝説ってご存知でしたか?」
「いえ」
「そうですか」

そう言って、青木はにたりと笑ってノーパソを置く。


「安室透って、例の<ポアロ>のウエイターの事か?」
「そのとぉーり」

珈琲に口を付けていた冠城亘の言葉に、青木が反応する。
冠城も、つい先程まで右京から渡された資料に目を通していた所だ。

「安室透って、SNSなんかでもやたら人気があるんですよね。
それで、一つの都市伝説が囁かれているんです。
安室透を追い続けるとナイトバロンに取り込まれる、って」
「それは、ひょっとしてコンピューターウイルスの事ですか?」
「正解ですぅ」

右京の言葉に、青木が言った。

「ナイトバロン、闇の男爵、そんなウイルスがありましたね」
「ええ、工藤優作のミステリー小説の主人公の名を取って名付けられた
極めて高性能のウイルスです」
「そぉーなんです。小耳に挟んではいたんですけどねぇ」

冠城と右京の会話の傍らで、
青木がノーパソを起動させて青い画面を表示する。


「ありゃー」

冠城の言葉に、青木はくっくっ喉で笑う。

「熱狂的なファンと言うかストーカーの類がばら撒いたんですかねぇ。
なんか、ネットで安室透情報を熱心に追跡してると
ナイトバロンに食われる、
そんな都市伝説がちらほら聞こえてはいたんですけど、
正に、僕とした事が! ですよ」

「これ、ネットに繋がってないだろうな?」

青木の言葉に、冠城が尋ねる。

「大丈夫です、既に只の箱ですから。
ナイトバロン自体は古典的なウイルスで、
当然僕も最新のセキュリティーで色々と手は打っていたんですが、
あれ、今でも質の悪い変異型が出没してるんですよね。
これが職場だったら社会的に死んでましたよ杉下さん」


「それはどうも、僕がお願いした事ですから、
出来るだけの事はさせていただきましょう」

「結構。バックアップは確保してありますし、これでも本職ですから。
それがウイルス対策に失敗して一台お釈迦とか、
とても請求なんて出来ません」
「そうですか」

「ま、今度奢るわ」
「期待してます」

右京が引き、冠城の気軽な言葉に青木が皮肉っぽく応じる。

「それじゃあどうも」

相変わらず押し付けがましい口調の青木が
大木、小松刑事の横を通って組対五課の大部屋を通り過ぎるのを
カップ片手の右京と冠城が見送る。

「右京さん」
「はい」
「自分、ちょっと外廻り行ってていいすかね?
昔馴染みと顔繋ぎたいんで」


ーーーーーーーー

東京都内、下町の一角に聳え立つ巨大電波塔<ベルツリータワー>。
その展望室で、スコープを覗いていた世良真純が
背後の気配に感覚を研ぎ澄ませる。

「どうも」

そして、スコープを離れて振り返った所で、
真純は声を掛けられた。
真純の目の前にいた男は、真純にスーツの懐中を示す。

「………公安?」

ボーイッシュ女子高校生を体現した様な革ジャン姿のショートカット少女、
帝丹高校生徒世良真純が、一歩前に出てぼそっと尋ねる。

「やはり、公安警察の動向が気になりますか?」
「で、ボクをどうするの?」
「よろしければ、お茶でもご一緒しませんか?」
「そうだね。その前に………」


ーーーーーーーー

「杉下右京?」

タワーの女子トイレ個室で、
電話着信を受けてスマホを耳につけた真純が聞いたのは?
たった今、スマホの短文会話アプリで送信した名前だった。

「そう、警視庁の警部だって」
「それを、どうして私が知っていると考えるコン、コン」

「間違いなく日本人なんだけど、
イメージやセンスがナチュラルにイギリス紳士だった。
上物のteaを飲んでると思う」

「だろうなコホ、あれはシャーロック・ホームズだ」
「は?」

ぼそぼそと潜めていた真純の声が、聞き捨てならない名前に僅かに高くなる。


「一時期ヤードにも協力していた事がある、
その時に、かのベイカーストリートの
諮問探偵の再来とまで言われた切れ者だコホ、コホ」
「よくある例えかも知れないけど………」

そう応じる真純の声は引きつっていた。

「実際に、幾つもの難事件の解決に貢献している、
イギリスでも、日本でもなコン。
それだけの切れ者である事に違いはない。
そして、偏屈者だコホッ、コホッ」

「偏屈者………切れ者だとして、杉下右京にとってのVR、
彼の騎士道は誰に忠誠を尽くしているの?」
「法の正義と真実だ」

真純は一瞬、何かの謎かけか? と身構えていた。

「真実を追究し、法の正義を実現する。
そのためにのみ、警察官として天才的な頭脳を駆使する。
それ以外の事には欠片の興味も望みも無い。
組織のしがらみも、人情も、少なくとも職務の上ではそういう男だ。
だからこそ、キャリア組でありながら未だに警部に甘んじている」


「キャリアなの? あの歳の警部で?」

「ああ、うん十年間、雑用専門の窓際部署で警部のまま塩漬けだ。
それで腐って辞めるでもなく、
一人の警察官として雑用の中からでも難事件を掘り出して解決する。
警察組織の政治的問題に関わる様な事件すらだ。
だから、警察としても捨てるには惜しく
使いこなすには切れ過ぎる、そういう厄介者と言う事だコホッ」

「………じゃあ、出世を厭わず真実のみを追及する信念の人で、
それだけの実力もあるって事だね?」
「そういう事だ。
間違っても都合よく利用しよう等とは考えない方がいい相手だなコホッ」


==============================

今回はここまでです>>169-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>177

ーーーーーーーー

「それで、杉下警部はどうしてボクに声を掛けたのかな?」

ベルツリータワー喫茶室で、ミルクティーを頼んだ世良真純は、
相席で対面している紳士に尋ねた。

「どうも。では、改めまして。
世良真純さんですね?」

ストレートティーを運んで来た給仕に言葉を掛けてから、
杉下右京が対面の真純に問いかける。

「そうだけど」

「<エッジ・オブ・オーシャン>のエリアは現在、
警察によって完全に封鎖されています。
しかも、初動で公安機動捜査隊が主導権を取ったために、
刑事部捜査一課ですら間接情報すら得られない状態になっています。
毛利小五郎氏は、特に捜査一課三係に関わる
独自の民間人人脈の中心的な位置にいる様ですねぇ。
そして、このタワーの展望台はあの現場を見下ろす事が出来るポイントの一つ」


「その網に、ボクがのこのこ入り込んだって訳か」

ミルクティーを口にしながら、真純は軽く自嘲する。

「高校生探偵を名乗るあなたは、
過去に幾つもの刑事事件に関わって来ましたね。
そこには、毛利小五郎氏や毛利蘭さんと深く関わる事件も含まれている。
特に、毛利蘭さんとは親しい友人の様ですねぇ」

「否定する程間違ってはいないね。いや、概ね正しいよ」

これでは帰国後に見た
何処ぞのフィクションの悪徳交換業者だとふと引っ掛かり、
偽り無き友情の為に真純は少々言葉を加える。

「それでは、今回は誰に頼まれて調査を行っているのですか?」

「これでも、探偵を名乗って活動してるって事を理解してくれるかな?」

「守秘義務と言う事ですか。では質問を変えましょう。
高校生探偵であるあなたから見て、
今回の事件と毛利小五郎氏との関りをどう見ていますか?」

「ボクだってあの人の事は知ってる。まして、蘭君の父上だ。
心情的にはまさか、と言うのが本音の所だよ。
それに、聞いている材料から見ても疑問を禁じ得ない」


「ほう?」

「毛利探偵はひどいパソコン音痴で、
とてもじゃないけどIT技術を悪用した爆発なんて実行出来るとは思えない。
もっとも、身内の証言だから出来ない事の証明は難しいけどね」

「詰まり、毛利家でもそういう認識である、と言う事ですか?」

「ボクはそう聞いてるし、
探偵として嘘を言っている様には見えなかったとも言っておくよ」

「あなたは、僕が声を掛けた時、真っ先に公安警察を疑いましたね?」

「まあ、毛利さんを逮捕したのが公安警察だと聞いてるからね。
最初の家宅捜索の時も、捜査一課も立ち会ってたみたいだけど、
物証の押収は全部公安だったって話だし」

「成程。では、あなたの調査は順調に進んでいるのですか?」

「正直、手詰まりだね」

真純は、苦笑と共に答えた。


「まず、現場は完全に封鎖されてる、物理的にも情報の上からもね。
警察官である杉下さんの前じゃあ
口に出すのは少々微妙なネタ元の心当たりも無いでもないけど、
そもそも、今回は警察内部でも情報が限られてる、そうじゃないかな?」

「どうでしょうね?」

右京の紳士なスマイルに、真純も苦笑を返す。

「もちろん、隙間から糸で鍵を引っ張る様な謎解きとは程遠い。
正直、高校生探偵の手に余る事件だね」

とうとう、真純はお手上げをした。

「それで、杉下さんはどういう心算でボクに接近して来たんだい?
公安? それとも刑事部?」

「僕が知りたいのはこの事件の、
何人もの警察官、人間の命が失われたこの事件の真相を知る事、
そして警察官として正当な裁きに導く事。
それだけですよ」

てらいもなく言う紳士を前に、真純は口角を上げた。


ーーーーーーーー

「ごめんなさい」

鈴木園子はそう断ると、オフィスビルの一室にある
「妃法律事務所」からスマホを手に廊下に出た。

「蘭」
「どうしたの園子?」

戻って来た友人に声を掛けられ、毛利蘭が問い返す。

「世良さんが、今回の事件で蘭に話があるって。
蘭も小母様も物理的に動き難いから今回の件を調べられないか
私の方で頼んだんだけど、まずかった?」

「ちょっと待って」

同級生でもある園子の言葉を聞き、蘭は自分のスマホで電話を始める。

「お母さん」

「何?」

「世良さんって、私の同級生で高校生探偵なんだけど」

「あの神奈川のマンションにいたショートカットの娘?」


「うん。その世良さんがお母さんに話があるって、いいかな?」

デスクに就いた妃英理弁護士が頷き、
蘭が英理にスマホを渡す。

「お電話代わりました、はい、ええ………」

英理がメモを録りながら会話を続け、電話を切る。

「少し、出かけて来るわ」

「お母さん?」

「世良さんが、今回の件で私に話したい事があるって」

「じゃあ、私も」

「探偵として、弁護士の私に会いたいと言っている以上、
あなたを連れて行く訳にはいかないわ。
それに、彼女が休みだから留守番もお願いしないといけないし」

英理が、休暇中の事務員に触れながら蘭を制する。

「緑台町のこの店で待ち合わせだけど、
今回の件で何か連絡があったら報せて。
それ以外の件は余程の事が無ければ留守電、お断りでいいから」

英理が蘭にメモを差し出した。


ーーーーーーーー

東都環状線米花駅に向かっていた英理は、
途中ですっと足を止め、目を細めた。
前方から、サングラスにキャップの人物が何気なさを装って接近して来ている。
その相手は、英理の前に立った時、ジャンパーの襟元からメモを抜き出した。

ーーーーーーーー

妃英理が杯戸町にある杯戸公園のベンチに座っていると、
隣に、先程自分にメモを渡した人物が着席した。

「世良真純さんね?」

「どうも、世良です。妃英理さんですね?
お嬢さんにはお世話になっています」

噴水をバックにしたベンチで、
キャップとサングラスを外した真純の挨拶に
英理が営業スマイルを返す。

「それで、お話と言うのは?」

「失礼………」

英理の言葉を遮る様に、真純がスマホを取り出す。
そして、真純が英理にスマホの画面を見せた。


(from:S 無題
このメールをこのまま見せて下さい
変わった持ち物を身に着けていませんか?)

心の中で画面のメールを読み上げた英理は立ち上がり
ポケットから所持品を取り出す。
手始めに透かす様にペンを見るが、もちろん愛用品だ。
その間に、近くのベンチで英字新聞を読んでいた男性が接近して来ていた。
男性は、左手の人差し指を自分の唇の前に立てながら
右手で警察手帳を開いていた。
そして、右手の人差し指で、英理のスーツの腰の辺りを指さす。
無言のまま、その警察官杉下右京を含む三人掛けになったベンチに、
更に別の男性が接近して来ていた。
黒縁眼鏡に割とラフなスタイルのその中年男性が、
頭を下げて英理に名刺を差し出す。
そして、自分のスマホに音楽を流しながら、
そのスマホを、英理のスーツから剥がした小さな物体に近づける。
すると、眼鏡男が肩から提げている機材から
同じ音楽がスマホの接近に合わせて流れ始める。


ーーーーーーーー

杯戸町内の純喫茶のテーブル席に、男女計四名が着席していた。

「それで杉下さん、先程の盗聴器は?」

まず、妃英理が口を開いた。

「見ての通り、非常に小型のものでしたので、
クッション封筒で小曽根さんの研究所に郵送しました」

「小曽根さんですか」

確かにポストへの投函にも同行していた世良真純が言い、
先程の黒縁眼鏡が頭を下げる。

「こちらの小曽根さん、本業は別にあるんですけど
この分野でも高い技術を有していまして、
今回の件を相談した所、手が空いているので手伝っていただけると」

「杉下さんにはお世話になりましたから。
念のためと言う事でしたが、妃先生の移動に合わせて
噴水の音を拾った電波が発生していましたので」

「世良さんを介して回りくどいコンタクトをとったのも、
杉下さんは最初から警戒していたと言う事ですか。
公安警察だとしたら、ここまでやるなんて………」

小曽根の言葉に英理が呻き、真純が右手で額を掴んでいた。


「念のため、程度の心算だったのですけどねぇ。
改めまして、警視庁特命係の杉下右京です」
「妃英理です」

「ご丁寧に」

右京が、微笑みと共に名刺を受け取る。

「杉下警部の事はかねてより」

「それはどうも」

「一応形式上は元刑事の妻であり、
刑事弁護の分野でも実績を重ねて来た心算です。
警視庁の公式記録からは見え難い裏側で、
特命係、杉下警部が明晰な頭脳と頑固な程の正義感で
捜査一課でも苦心した幾つもの難事件の解決に寄与して来た事。
武藤かおり先生が担当した事件の真相解明にも
深く関わっているとも伺っています」

社交辞令を否定する英理の言葉に、
右京はもう一度頭を下げる。


「私が世良さんに是非にとお願いしたのですが、
騙し討ちの様な形で申し訳ありません」

「すいません、もしかしたら何かの役に立つかも知れない、
と思ったんですけど」

右京に続き、真純も頭を下げる。

「そういう訳ですが、お話、続けてよろしいですか?」

「ええ、それでは私から。杉下警部は今回、やはり
<エッジ・オブ・オーシャン>爆発事件に就いての捜査を?」

「正式な捜査は捜査本部で行われていますが、
色々と気にかかる事がありまして、妃先生にもお話を伺えればと」

「その前に」

慇懃な程に柔らかに尋ねる右京に対して、
英理がカチッとした口調で切り出す。

「あなたの部下の冠城巡査が娘に近づいたのもあなたの指示ですか?」

「その件は彼から報告を受けています。
下見を兼ねてあの周辺にいたのは本当ですが、
お嬢さんと遭遇した事は予想外に近い事だったと」


「そうですか。杉下さん」

「はい」

「何人もの死者が出ている爆発事件、
それもサミット会場と言う政治的な重大事件で、
重大な殺人事件で疑いを掛けた被疑者を
転び公妨の様な露骨な別件逮捕で市民を拘束する。
まず、弁護士として看過し難い行為であると申し上げておきます」

「捜査権すら無い立場ですので、
今、公安部で進められている捜査に就いて何かを言える立場ではないのですが、
一人の警察官として承ります」

「そうですか。では、杉下さんの関心の中では、
毛利小五郎はあの事件の犯人である、そうお考えなのですか?」

「難しい所ですねぇ、現時点ではあの事件で逮捕されたと言う訳でもない。
あの事件の情報に就いては、警察内部でも限られていますので」

「疎明として現場から指紋が検出されて、
パソコンから関連する資料が発見されて、
それに現場のガス栓へのアクセスログも発見されて今回送検に至った。
そう伺っています。これまでの信頼関係もありますから、
差し支えの無い範囲での説明は受けています」


「それでは、妃先生としてはそれをどの様に?」

「背後関係のある公務執行妨害事件として送検するには十分。
そんな所でしょうか」

「弁護士としての客観的な分析ですか」

「ねえ、杉下さん」

英理が、一度言葉を切った。

「私があの人を疑っているとしたら、
そう考えた事は?」

「それは、もちろん考慮すべき可能性でしょうね。
あなたは聡明で実績のある弁護士です。
もし、毛利小五郎氏の犯行の可能性があれば、
その事に気付くと言う事は十分にあり得ます。
そうであるならば、その様な人に配偶者の殺人容疑に就いての見解を
弁護士として答える様に求めるのはひどく残酷な事と言えるでしょう」

「それでも質問するの?」

「妃先生はそれを欲している、そうお見受けしましたので」

「どういう意味かしら?」


「こちらの世良真純さん、高校生探偵だそうですねぇ。
聞く所によれば、妃先生の身近にもその様な人物がいるとか」

「まあ、そうね」

「そして、夫である毛利小五郎氏も私立探偵で
幾つもの刑事事件を解決に導いている。
詰まり、妃先生はそうした存在を身近なものとして認知している。
こちらの世良さんも、探偵として幾つかの殺人事件の調査にも関わった他、
普段から素行調査等の依頼も受けていると伺いました」

「まあ、否定する程間違ってはいないね」

右京の言葉に、真純は軽く苦笑いを浮かべて答える。

「同時に、世良さんはお嬢さん、毛利蘭さんの友人でもある。
だから、これまで世良真純さんが関わった事件、
特に殺人事件に於いては、
蘭さんは高い確率で真純さんと行動を共にしています。
それは、妃先生も同じですね」

「同じ、とは?」

「偶然巻き込まれたケースもあった様ですが、
蘭さんが積極的に妃先生と行動を共にして、
その結果殺人事件に、
それも妃先生の仕事絡みの事件に巻き込まれたケースもあるとか」


「はい。その事は私も反省すべき所があったのかも知れません」

「しかし、ここには一人で来られた」

右京と英理が、向き合った。

「蘭さんの友人でもある世良真純さんとの対面に、
あなたはこうして一人で出向いて来られた。
先程も申し上げましたが、
世良さんは高校生ではあっても探偵として活動している、
殺人事件の調査にも関わっている。
それを踏まえた上で、一人の弁護士として
少しでも真実に近づく為の情報を得ようとした。
それがプラスであれマイナスであれ」

英理が、一口、ブラックコーヒーを口にした。

「私の聞く限り、公安警察が余程の抜け作じゃない限り、
否、例えそうであっても、
あの抜け作の毛利小五郎に出来る犯行じゃない」

「それは、IT技術の問題ですか?」


「それもあるし、人間性の問題もある。
そもそも論として、あの人がそんな事をする意味がさっぱり分からない。
あの人は、いい所も悪い所も、凄く分かり易い人です。
例えば、百億円詰まれたと言うのであれば、
まかり間違ってと言う事も考えられますが、
そんな分かり易い話でもない限り、わざわざハッキングの手間を掛けて
サミット会場を爆破するなんて全く以て意味が分からない。
むしゃくしゃしてやったとでも言うのなら、
その辺で酔い潰れるか看板を蹴り飛ばして虎箱に入るのが関の山です」

「ひどく、単純に聞こえますが」

「ええ、単純です。あの人は、馬鹿な所は単純に馬鹿であって、
そして、単純な正義漢です。
何か背後関係があるとしても、蘭にも隠れて秘かにIT技術を磨いて
一文の得にもならない大量殺人を実行してあっさり逮捕される物証を残す。
馬鹿げているベクトルがあの人の性質とは全く別の方向を向いています」

「成程、興味深いですねぇ、証明するのが難しいのが惜しい所ですが」

「そうなのよねぇ」

右京の返答に、英理が嘆息する。


「まず、現場から指紋が出た、ここから始まってるみたいだけど、
この辺りの事が本当に分からない。
最初は蘭も酔っ払って現場に入り込んだんじゃあ、
って冗談めかして言ってたみたいだけど、
仮にも最近まで建設中だったサミット会場、
それも配電関係なんて流石に無理がある」

「どの様な状態で指紋が検出されたか、その辺りの事はご存知でしたか?」

「いえ、捜査一課からこれまでの信頼関係、人間関係で
ある程度の話は聞いていますが流石にそこまでは」

「そうですか。毛利小五郎氏は元刑事で、
殺人事件の捜査を担当した事もある。
そして、私立探偵、通称<眠りの小五郎>として
警察を退職した後にも幾つもの刑事事件、殺人事件を解決して来た」

「退職後の事は、私も長く別居していましたが、
ここ最近その様な事件の解決に関わって来たとは聞いています」


「すると、現場保存の心得は当然ある訳ですね」

「ええ、それは当然ある筈です。
幾らあの人が抜けてても、彼に犯人だとするなら
現場に簡単に指紋を残すなんて」

「腑に落ちませんか」

「もちろん、実際の犯罪に於いてはしばしば理屈通りではない失敗が発生する。
その事も理解している心算ですけど」

右京の言葉に、英理はあくまで冷静な口調で返答する。

「指紋は万人不同終生不変、故に、絶対的な個人識別性を持つ物証として
古くから研究が重ねられ実務が積み重ねられて来ました。
紋様、分泌物、その鑑定に於いては様々な要素が検査され、
個人の識別を初めとした指紋とその付着に関わる
状態、性質の把握が行われています」

「今では常識として知れ渡っているから、
計画犯罪であれば大概の犯罪者は手袋等を用意する。
もっとも、手袋による接触もある程度の痕跡の付着は避けられない。
仕事柄、そうした事を扱う機会は少なからず経験しています。
じゃあ、あの人の指紋は、実際にはどんな状態で………」

「古典的な物証、か」

英理が言葉を切ってふと思考に沈み、真純も真面目な顔で呟く。
その英理が、動きを取り戻してスマホを取り出した。


「もしもし、蘭? え? それじゃあ来てるの?
タチバナキョウコ、登録番号確認したら私に送って、
今から戻るからそれでいいなら上がって待っててもらって頂戴。
杉下さん」

電話を切った英理が右京に声を掛ける。

「御免なさい、すぐに戻らなければならなくなりました」

「いえ、大変な時に時間を割いていただいて」

「世良さん、今回の事は、
まず結果オーライで有意義だった事にはお礼を言うけど、
特に信頼を求められる探偵の行動として愉快とは言い難いものがあるわ。
あなたの事は信頼しているみたいだから、
これからも蘭の事をよろしくお願いします」

「はい、その点はすいませんでした。
お嬢さんはいいお嬢さんです」

英理が、紙幣を置いて店を後にする。

「それでは、僕も済ませたい用事がありますから」
「分かりました………失礼」

真純が立ち上がり、お花を摘みに移動する。
真純が店の奥に消えた頃、
右京は自らのスマホでメールを早打ちしていた。


==============================

今回はここまでです>>178-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

==============================

>>197

ーーーーーーーー

「もしもし、コナン君?」

「妃法律事務所」で、スマホに着信した電話をとった蘭が問いかける。

「蘭姉ちゃんっ、おばさんから何か連絡あったっ?」

「お母さん? もうすぐ帰って来ると思うけど」

「だから、おばさんからの連絡は?」

「どうしたの? お父さんの弁護人の志願者が来てるって報せたら
すぐに帰って来るって」

「あ、そうなんだ。
えっと、その電話した時、おばさん何か変わった事は?」

「ううん、何にも。本当にどうしたのコナン君?」

「い、いや、なんでもない。僕もすぐに戻るから」


「どうかしましたか?」

スマホの電話を切り、首を傾げていた蘭に、
応接セットのソファーに掛けた女性が声を掛ける。

「いえ、もうすぐ戻りますので」

少々困惑した様な蘭の言葉に、女性はにっこり頭を下げる。
その時、蘭は、事務所の玄関ドアが開く音を聞く。

「お母さん? ………」

蘭は、戻って来た母の背後に見知らぬ中年男性の姿を見た。

「あなたが橘先生?」
「はい」

英理の言葉に、待っていた女性、橘境子が立ち上がり一礼する。

「ごめんなさい、もう少しの間だけみんなそこを動かないで」
「はあ………」

事務所にいる境子、蘭、園子が戸惑いを隠せない間に、
英理の背後から現れた男性が肩から下げた
機材に繋がったアンテナを室内に向けながら事務所に入って来た。
そして、少しの間、事務所内をあちこちうろついて回る。


「大丈夫みたいですね」
「そう」

男性が、英理に報告する。

「あの、もしかして盗聴器発見業者の方ですか?」

「盗聴器っ?」

境子の言葉に、蘭の声が跳ねた。

「ええ、知人から紹介してもらったの。
仕事柄ね、セキュリティー点検をお願いしたんだけど、
来客中にごめんなさい橘先生」

「いえ、弁護士として行うべき事ですから。
橘境子、弁護士です」

「小曽根です。今はこちらが本業ではないのですが」

境子と小曽根が名刺を交換する。

「それじゃあ、請求書を送ってもらうと言う事で」

「本当に良かったんですけど、そうさせていただきます」

小曽根が頭を下げ、事務所を出て行く。


「ごめんなさい、お待たせした上にバタバタして。
改めまして妃英理です」

「橘境子です。先生のお噂はかねがね」

名刺交換を行いながら、英理は境子を見定める。
年齢はまだ二十代だろうか、
地味な丸眼鏡が彼女をより童顔に見える。
黒いパンツ・スーツにも着られている感じで、
第一印象を言えば野暮ったく頼りない。
それは、あざといぐらいに。

「それで、毛利小五郎の弁護の件でこちらに来たと伺いましたが?」

「はい、弁護人を探していると弁護士会で聞きました。
私、橘境子に『眠りの小五郎』の弁護をさせてください!」

境子がぱたんと一礼した所で、ばたんとドアが開く。

「コナン君、何処行ってたの?」

事務所の玄関ドアが開き、そこでスケボーを抱えて
ぜーはー荒い息を吐いている男児、
帝丹小学校一年生江戸川コナンに蘭が声を掛ける。


「ごめん、蘭姉ちゃん。おばさんは?」

「どうしたのコナン君?」

そんなコナンに、妃英理も不思議そうに声を掛けた。

「あ、はは、ごめんなさい。えっと、その人は?」

「弁護士の橘境子さん。
お父さんの弁護をさせて欲しいって」

「弁護士さん?」
「この子は?」

蘭の説明にコナンが聞き返し、境子が訝し気にコナンを見る。

「あ、江戸川コナン君です。
事情があって父が預かってる」

「こんにちは」

「こんにちは」

蘭が説明してコナンと境子が挨拶を交わす。


「あの、話を進めても」

「ええ、構わないわ。
この子も、邪魔にはならないと思うから」

「妃先生がそうおっしゃるのでしたら」

橘境子は、手始めに過去に自分に手掛けた事件に就いての
簡単な資料をデスクに広げた。

ーーーーーーーー

「女性の趣味が変わったのかしら?」

「正直、来てくれるか厳しいって思ってたよ」

お目当ての店の側で、冠城亘は九条玲子と言葉を交わしていた。


==============================

今回はここまでです>>198-1000
続きは折を見て。

恐らくは今年最後の投下です。
よいお年を。

続き待ってます

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom