カグノコノミの咲く頃(相棒×名探偵コナン)(205)

SS速報VIPからの移転です。
実の所、最初のスレ立てで誤記をやらかしました。
この際変更させていただきます。

旧:「カグノコノミが咲く頃」
新:「カグノコノミの咲く頃」

すいませんでした。

改めて冒頭のお断り

「相棒」と「名探偵コナン」を「一通り知ってる人」を対象としたつもりですが、
もしかしたら私の知識が負けているかも知れません。その時はすいません。


二次創作的アレンジと言う名の
改変、御都合主義、進行の変更等々が入る事がありそうです。


プロットに誰得の予感が漂っています。投石は控えめでお願いします。

Respect 竹内明


それでは、

ちょっとばかしちょうしこかせてもらいます。

それでは今回の投下、入ります。


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 ×     ×

4月21日 警視庁刑事部捜査第一課課長室

「何? 杯戸町内のマンションで
銃撃された女性の御遺体が? 男性が重傷。
分かった、すぐ臨場する」

ーーーーーーーー

東京都内杯戸町。
現場となったマンションの1LDKリビングでは鑑識作業があらかた終わり、
事件性の有無に於いて疑問の余地は皆無。

と言うよりも、日本基準では見紛う事無き重大事件と言う事で、
日本基準では見紛う事無き重大事件と言う事で、
日本基準では見紛う事無き重大事件と言う事で、
日本基準では見紛う事無き重大事件と言う事で、

本部の各中枢部署にも早々の連絡が放たれていた。
早速に、初動に当たる所轄、機動捜査隊に続いて、
警視庁本部刑事部捜査第一課第七係
伊丹憲一、芹沢慶二巡査部長も現場に足を踏み入れる。

「よう」
「おお」


伊丹部長刑事が、顔見知りの鑑識員益子桑栄巡査部長に声を掛ける。

「仏さんか」
「ああ」

シートを被った膨らみを目で示し、伊丹と益子が言葉を交わす。
伊丹と芹沢が床に片膝をつき、片手で拝んでシートをめくり上げる。
そこに横たわるのは、豊かな黒髪を下敷きにした若い女性だった。

慣れた面々から見たら、
この有様でも生前はスタイルのいいなかなかの美人だったとも推察されるが、
今は見開いた両目との三角点となる位置に余計な穴を穿ち、
大の字の体勢で背中から床に倒れ込んでいる。

「こりゃあ即死か」
「まず間違いないだろうなぁ」

伊丹の呟きに、口を挟んだのは無駄に渋さダダ漏れな刑事調査官だった。

「見た目だけなら22口径、良くても脳死コースだ。
生きた状態、恐らく死亡直前に髪の毛から背中と倒れ込んで、
そっから動かされた形跡も無しだ」

「マル害(被害者)の着ていたものは?」
「二人分、ベッド脇にひとまとめで見つかっています。
損傷らしい損傷はありません。今の所、自分で置いたと推定されます」

近くできびきびと働いていた女性鑑識員が伊丹の問いに答える。


「で、これがもう一人の?」
「ああ」

立ち上がった伊丹とベッドの間に残る血痕を目で示し、
伊丹と益子が言葉を交わす。

「生きてたのか?」
「生かされてた、ってのが正確な所か」

伊丹の言葉に刑事調査官が言った。

「両方の脛、右腕、下腹部、大腸、右の肺」
「うわ」

刑事調査官の語る羅列に、芹沢が思わず声を漏らす。

「報せじゃあ、どうも砕けるタイプの弾じゃないかってよ。
辛うじて救急車に乗せられたが手の施しようが無かったって事だ」
「うわぁ」

芹沢が、本格的にドン引きする。


「それに、左腕と右の腿にもう少し古い傷があった。
腕は弾丸が掠めた可能性もあるが、脚の方はもっと荒っぽい刺し傷。
どっちも荒っぽく治療した痕跡があったって事だ。
状況から見て、這いずって子機から119番をプッシュしてそのままダウン、
あの傷じゃあ、それだけでも並外れた執念だな」

「それがなけりゃあ、もっと発見が遅れてたって事か」
「銃声の情報もありませんしね、性能のいい音消しを使ったんでしょうか」

刑事調査官の言葉に、伊丹と芹沢が言った。

「施錠されてたからな。マル被(被疑者)はピッキングで開錠して、
犯行後に恐らく持ち去った鍵で施錠してる。鍵穴から痕跡が見つかった」

伊丹の言葉に益子が補足した。
その時、伊丹がスマホを取り出し通話を始めた。

「もしもし? 何?」


ーーーーーーーー

「特命係の冠城亘うぅーっ」

怨念に満ちた自分の名前を聞き、
廃ビルの2階フロアに立つ長身の男がそちらへと振り返り小さく目礼を返す。

「随分とお早いお付きで」
「組対5課にも要請が来ましたからね。お手伝いですよ」

引き続き口の中を苦虫で満たした伊丹の問いに、
警視庁特命係所属冠城亘巡査が実質的な関連部署の名前を出して答える。

「僕としては、美人全裸銃殺事件の現場に直行したかったんですけどねぇ」
「あー、そういう躾けは後にしてくんねぇか」

後輩の胸倉を掴み上げた冠城に伊丹が口を挟んだ。

「で、見つけたのって?」
「ええ」

芹沢に促され、既に鑑識作業の始まっているがらんどうのフロアで、
冠城がハンドライトを照らし始める。

「まずここ、血痕でしょうね」
「ああ」

冠城の案内で、伊丹と芹沢が床の汚れを確認する。


「で、あっちの壁に弾痕らしき痕跡。
状況から言って、あの入口から発砲して体を掠めた、
その可能性は十分あると」
「で、冠城巡査はどうしてこんな所に?」

簡単に説明する冠城に芹沢が問う。

「あー、地理的な条件から言って、
もしかしたらここになんかあるんじゃないかと………」
「あるんじゃないかと、
察しを付けた人は何処にいるんですかねぇ」

絡み付く伊丹に答える様に、冠城はハンドライトを動かす。
点在する血痕を追い、一同は素通しになった窓際に来ていた。
呑み屋街からの香ばしい煙が微かに漂う。

額を抑える伊丹の横で芹沢が窓から下を覗くと、
そこでは、シートを被った物体の横で、
眼鏡を掛けて仕立てのいいスーツを着た中年すぎの男性が
両腕を振って呼びかけている所だった。

「で、どうだ?」

気を取り直して窓から下を見た伊丹が、
こちらに到着していた益子に呼び掛ける。

「ああー、この破れたシートの下でぶっ壊れた木箱から血痕が見つかった。
そこの窓から飛び降りた、って言っても辻褄が合う」


 ×     ×

4月25日 東都スタジアム

「よぉーっ」
「どうも」
「また真田の追っかけかい?」

スタジアムの廊下で、いかにも業界人なテレビマン山森慎三が、
まだうら若い女性記者香田薫に軽口を叩く。

「ちょっと付き合わねぇか?」
「いえ、今日は………」
「追っかけてるんだろ、杯戸町の件」

山森が指鉄砲を上に向け、僅かに声を潜める。

「いいネタあるぜぇー」


ーーーーーーーー

「な、いいネタだろ」
「そうですね」

米花町の寿司屋小上がりで、
青柳の喉越しを堪能した香田が山森に答える。

「最近ここに入ったんだけど、
握ってるの俺の親戚なんだ」
「そうですか」

「で、どうよ? 仲良くやってる?」
「お陰様で」

山森が香田のグラスにビールを注ぎ、
それぞれ日売テレビ、日売新聞と言う
資本の繋がった会社に属する二人の間で適当な世間話が交わされる。

「で? どうよ?
少しはいいネタ掴めた? 随分ガード固いって言うけどさぁ」
「随分と言うか、異常です」

気軽な口調で言う山森に、
白身の握りを続けて飲み込んでいた香田がカチッと言った。


「ハムの仕切りだろ?」

低く言う山森に、香田が頷く。

「もちろん、表立った帳場(捜査本部)は一課が当たっています。
でも、彼らの捜査は極めて限定的。
仕切りはハム、公安でまず間違いない」
「ってーと、どっかに裏帳場でも立ってやがるか」

山森の言葉に香田が頷いた。

「そもそも、煽情的な殺され方に対する人権上の配慮、
を名目に被害者の身元自体が公表されていません。
もちろん、一部はこちらで独自に掴んではいますが、
周到な根回しによって報道各社も非公表を了承しています」
「確かになぁ、こっちでもそこん所はがっちり釘刺されてるよ」

ビールを冷酒に切り替えた山森が言った。


「三人も殺害された、それも拳銃を使用して。
にも関わらず、この情報の無さはやはり異常です。
少しは場数を踏んで来たつもりですが、こんな事は初めてです」
「マンションの部屋で二人、真っ裸で撃ち殺されてたんだよなぁ」

「ええ、男性は致命傷を逃れて救急搬送されましたが間もなく死亡、
女性は正面から頭を打ち抜かれて即死だったそうです。
部屋で撃ち殺された女性は、部屋の借主だった女性看護師の友人で、
事件の三日前に男性共々転がり込んでいた様ですね」
「で、その女性看護師もバラされたと」

「22日に失踪、23日には殺害されて翌日堤無津川に浮上した。
これが大まかな流れです。
遺体発見時に公安機捜が早々に現場と御遺体を押さえて、
必要な資料だけ刑事部に下げ渡された。
だから、この時系列を把握する事も簡単じゃなかった」

「じゃあ、その仏さんが痛め付けられてたってのも」
「ええ、右手の指を折られて耳朶を焼かれてから恐らく拳銃で眉間を一発。
沈めるでもなく丸裸で無造作に川に投げ込まれたのだろうと。
その辺りの事もギリギリの所で聞き出しました」

「そんなこんなも表に出ず、か」
「ええ。やはり状況等から身元を含めて詳しい報道を行うのは好ましくないと」

「建前だな」


「更にその裏で公安的配慮、
元々が拳銃を使った凄腕のプロ、それも組織的犯行を伺わせる手口で、
公安方面の組織的犯行、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高いとかで。
捜査上、治安上の理由による報道自粛の協力要請。
この非公式な要請が、ハムと繋がったデスクやその上を通じて根回しされて、
実質的に現場を抑え込んでいます。かつてない強さで」

「その方面のネタ取りから上に上がったのも結構いるからなぁ」

山森の言葉を聞きながら、香田が切子の冷酒を飲み干す。

「こんな時、あの人がいれば………」
「ん?」
「会った事も無い女性記者の大先輩ですけどね。
帝都新聞に、この手の危ないネタに滅法強い人がいた。
なんでも、面白いネタ元を身近に掴んでいた、って、
特にこの件に関わってからよく耳にするんです」

「面白いネタ元ねぇ」

とととっと冷酒を手酌しながら山森が呟く。


「そこまではまだまだですから、
今は地道に追いかけるしかないですねぇ。
でも、これだけの大きな事件、しかも何か凄い裏が隠されてる。
そこを掴めば………」

「やめとけ」

あははっと笑ってから真顔になった香田の前で、
山森はことっと冷酒の瓶を置いて一言告げた。

「この商売、長生きしたきゃあ絶対踏んじゃならねぇ虎の尾がある。
お前みたいな若造なら尚の事よ」

ガタリと立ち上がりかける香田の前で、
グラサンの山森は不敵に笑った。

「現に、俺んトコも他んトコもそこん所は察してる。
そこん所押さえとかねぇとなぁ」

山森は、切子の冷酒を飲み干した。

「死ぬぞ」


 ×     ×

「暇か?」

4月28日
警視庁特命係係長杉下右京警部、同係所属冠城亘巡査は、
何時もの一言と共に特命係所在地である小部屋に顔を出した
角田六郎警視に視線を向ける。

「そうですねぇ」

スーツ姿に英国風紳士の片鱗を見せる
穏やかな杉下警部の曖昧返答をするりと聞き流しながら、
角田は勝手に部屋の道具でコーヒーブレイクを開始する。

縦に長目の顔立ちで、
坊主頭に太目の黒縁眼鏡はその口調と共に剽軽な印象も与えるが、
生活安全部所管時代から
銃器、薬物対策のプロとしてマルBと渡り合って来た猛者。

そうしながら、ノンキャリア刑事として警視階級、
組織犯罪対策第五課課長に迄上り詰めた叩き上げのやり手であり曲者だ。

「まあなぁ」

傾けていたパンダ柄のカップを一度置き、
角田は左手に持っていた図面を部屋の真ん中のテーブルに広げる。


「サミットですか」
「流石だねぇ」

右京の言葉に角田が合いの手を入れる。

「臨海統合リゾート施設<エッジ・オブ・オーシャン>。
こいつは略図だが、来月開業の手始めに
1日からのサミット会場に使われる事になってる。
刑事警備公安各部が交代で警備点検に入ってるからな、
うちもそろそろ仕度しないとな」

「カジノタワーにショッピングモール、
サミットが行われる国際会議場の一階にはレストラン街。
臨海エリアの中で果たす役割は計り知れない程の規模になりますね」

「施設への交通網は海を渡る二本の橋、
何かあったら封鎖せよって出来るのが諸刃の剣って言うか。
テレビなんかでも見ましたけど、あの中に日本庭園とか、
見た目はなんちゃって日本テイストみたいな」

図面を見ながら、右京、冠城がそれぞれに思いを口に出す。


「まあー、サミットってなるとメインは警備公安、
うちは精々お手伝い、マンパワーだからね」
「我々は更にお手伝いの何でも屋」
「必要でしたらなんなりと」

角田の言葉に冠城、右京が続く。

警視庁特命係。実際の所、特命係に関わる「関連部署」は幾つかあるのだが、
単に警視庁特命係と書くのも又実態を反映している。
大雑把な説明をすると、警視庁内の特定の部、課に直属せず、
警視庁の中にぽんと存在しているのが特命係だと言う事になる。

その中で、特命係と比較的関係が深いのが
角田六郎課長が率いる組織犯罪対策部組織犯罪対策第五課。

鶏が先か卵が先かの説明は割愛するが、
とにもかくにも特命係と組織犯罪対策五課は警視庁の庁舎内で
地理的物理的隣人部署の関係にあり、
歴代の特命係の係員は、組織犯罪対策五課が臨時の人手を求めれば快く応じ、
角田の側も特命係の関わった案件に
出来る限りの便宜を図る良好な関係が続いている。

かくして右京が紅茶、冠城と角田が珈琲のカップを傾けた辺りで、
三人はもう一人小部屋に滑り込んで来た男に視線を走らせる。


「大木さん」

右京の声に目礼をした大木長十郎は、上司である角田に耳打ちをする。
少なくとも尋常な内容ではない。
その事は、眉根を寄せた角田と大木の表情からも容易に察する事が出来る。

角田は、リモコンを掴み部屋のテレビを付けると、
実際の画面起動を待つのももどかしいとばかりに
大木と共に特命係を後にしていた。

「何か、あったみたいですね………はくちょう、ですか」

冠城が呟く。テレビの中のワイドショーが紹介していたのは、
無人火星探査機「はくちょう」の事だった。

「確か、こちらも1日でしたね。
火星での採取物が入ったカプセルだけが日本近海に切り離されて………」


番組中に割り込んだピーとも半ばポーとも聞こえる電子音声が
右京の言葉を中断させる。
画面上部に走ったテロップに、右京と冠城は瞬きする。

「番組の途中ですが、たった今入ったニュースです。
お伝えします。来週、東京サミットが行われる国際会議場で、
先ほど大規模な爆発がありました。そのときの防犯カメラの映像です」

画面の中に、もうもうと立ち込める。煙が充満する。
冠城は、画面と、動き出す上司の姿を見比べる。

「繰り返します。先ほど、統合型リゾート<エッジ・オブ・オーシャン>で
大規模な爆発がありました……」


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今回はここまでです>>1-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

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>>19

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「これはこれは警部殿」

<エッジ・オブ・オーシャン>敷地内、ここまで爆発の余燼が燻る
ショッピングモール予定エリアに足を踏み入れた杉下右京と冠城亘の前に、
如何にも執念深い刑事を具現化した様な面相の執念深い刑事が
すいっと現れて声を掛けて来た。

「<エッジ・オブ・オーシャン>はまだ開業前の筈ですが、
特命係がどういうご用件でしょうか?」
「見ての通り、開業はずっと後になりそうですけどね」

そうやって声を掛けて来た、
警視庁本部刑事部捜査第一課殺人犯捜査第七係に属する伊丹憲一巡査部長が、
階級上は上官、しかもキャリアとノンキャリアの関係に当たる
キャリア組の杉下右京警部に慇懃に質問を発する。

そして、伊丹の後ろに従っている芹沢慶二巡査部長が、
先輩の伊丹の言葉に余計な補足を入れる。
こちらはどちらかと言うと、何処にでもいるお調子者の若造が
年を食ったタイプの芹沢が、伊丹から一撃を入れられる。


「ええ、我々も組対五課のお手伝いで
何れサミット警備に関わる事もあろうかと内示されていましたからねぇ。
それで、実際に爆発が起きたと言う現場を下見に」

肝が小さければそれだけで震えが来る伊丹の質問に、
右京は至って平静に返答する。

「すいませんがねぇ、警部殿」

嘆息と粘り気を半ばにブレンドした口調で伊丹が続ける。

「警備以前に事件ですからこれ。
後はこちらの仕事ですからどうぞお引き取りを」

伊丹が慇懃に促す。
捜査一課の刑事である伊丹達に対し、
特命係の二人は通常は刑事とは言い難い位置にいる。

特命係を捜査部門と定める法律、規則は存在しておらず、
警視庁直属である為、捜査部門に属している組織でも無い。

言わば、一人の警察官、警視庁警部、警視庁巡査として
ポンと警視庁に属していると言うべき状態なのが特命係であり、
後は、階級社会の警察の中で、物理的に身近な組織近在対策五課を中心とした
警視庁各部局からの応援要請に警察官として応じているのが実際である。


「亡くなった方もおられる」
「今分かっているだけで死者二名、四人以上が搬送されています」
「確か、今日は公安が警備点検?」
「ええ、死傷者は全員公安の担当者だそうです」

右京に続く冠城の質問に芹沢が答え、
右京にするりと交わされた形の伊丹が芹沢に一撃を入れた。

「ですから、事件であれ事故であれ、
後はこちらの仕事になりますんで」
「確かに、サミット狙いのテロ事件って言うのは無理がありますからね」

冠城が、伊丹の言葉の一部だけに反応する。

「サミットが始まるのは1日、その前にこんな事件を起こすのは、
狙いがサミットなら場所変更、警備は厳重になる上に
殉職者を出した警察全部を敵に回す。メリットが丸で無い」

「確かに、サミットを狙ったテロ、
と想定するとそういう事になりますねぇ」

冠城の推測に右京が言葉を続けた。

「爆発したのはガスですか?」

右京の言葉に、伊丹と芹沢が顔を見合わせた。


「何処でそれを?」

「この場所でこれだけの規模の爆発です。
時間的に考えて、火薬、合成火薬の類による爆発であれば、
既に機捜隊と捜査一課には地取りの総動員がかかっている筈です
例えテロ事件の捜査が公安主導になったとしてもです」

「ハムはその辺上手くないですからね、
餅は餅屋、刑事部に足回りの捜査をやらせて
その成果をかっ攫うのがハムのやり口、ですよね」

伊丹の問いに答え、右京の言葉に冠城が続いた。

「そうでなくて、なおかつこれだけの爆発を引き起こすとするならば、
供給されたガスのガス漏れ、或いは腐敗ガスの蓄積、或いは天然ガスの噴出、
これがおおよそあり得る想定です。
伊丹さんがこの段階で事件事故を不確定であると言う事は、
現時点ではどちらとも特定できない。
そして、捜査一課がただちに動く程の材料にはならない、
むしろ事故と見た方が自然である、その様な爆発物であったと言う事です」

「ここまで最新鋭の建造物が出来上がって使用は始まっていない。
だとすると、腐敗ガスや天然ガスってのはちょっと考え難いんですけど」

右京の説明に言葉を探す伊丹を他所に、
冠城がその先を促す。


「ええ、国際会議場の地下にある料亭の厨房が爆発源で、
そこから大量のガスが検知されています」
「確か、会議場一階がレストラン街。その地下厨房ですから。
この最新鋭の、新築の建物でガス漏れがあったと?」

芹沢の言葉に右京が質問した。

「ハードじゃなくてソフト、制御の不具合の可能性が指摘されています。
ここのガスはネット回線を使ったコントロールが可能ですから」
「じゃあ事故、って事か」
「でしょうねぇ」

冠城の言葉に芹沢が同意を示す。

「扱いは一課でも特殊班になるか火災班になるか、
どっちにしても大変ですよ」
「大変、と言いますと?」

右京が尋ねた。


「公安機捜の鑑識が運べる物証一切合切さらって行ったんですよ。
事故だとしたら扱いは刑事部、それで帳場が立ったら、
まずハムが持って行った物証を出させる所から始める事になります」

「せぇぇぇぇぇるぅいぃぃぃぃぃざぁぁぁぁぁぁわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………
警部殿、捜査に差し支えますので、
そろそろお願い出来ますかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「それでは、失礼しましょう」
「しましょう」

伊丹の呪詛に一礼し、特命係はくるりと回れ右をする。

「流石に、二階級特進となるとハムも必死なんですかね」

歩きながら冠城が言う。

「これだけの死傷者と損害が出てますからね」
「ええ、幾ら秘密主義の公安でも、少なくとも労災ですからね。
扱いを間違えたら思わぬ所から公安の秘密主義が綻びる事にもなりかねない。
流石に、こんな表立った警備に
ゼロ直属の名無しが入ってる、なんて事はないでしょうけど」

そこまで言って、冠城は言葉を止める。
彼の上司杉下右京が、前だけを向いて黙々と歩みを進めている。
それを見て、冠城は脳内で見落としの有無の点検を開始する。


ーーーーーーーー

右京と冠城が戻った特命係のテーブルに、資料の束がどさりと置かれた。

「<エッジ・オブ・オーシャン>の資料、持ってきましたよ」

それぞれの席に着席していた右京と冠城が、
資料と共に現れた一人の男、青木年男に視線を向ける。

「サミット警備のために警備部が作成したくわしぃー奴。
僕だから、手に入れられたんですからね」
「それはどうも」

ところどころ強調を入れる青木の言葉に、右京がすんなりと応じる。

「どうしてこちらで必要だと?」

「そりゃあ、調べるんですよねぇー。
でも、亡くなった方には気の毒ですけど
大変な事になっちゃいましたねー、
これって責任問題ですよねぇ。
いやー、凄い事が始まってますよぉー」

どう見ても上機嫌に立ち去る青木を見送り、
右京と冠城が顔を見合わせる。


警視庁の新設部署であるサイバーセキュリティ対策本部に配属されている
青木年男巡査部長は「警察嫌い」であり、
行き掛り上、特命係のこの二人はその事をよくよく知っている。

特命係が青木と出会ったのは青木が警察に入る前の区役所勤務の時代だったが、
その後に青木は警視庁に入庁し、
やはり転職組の範疇に入る冠城とは警察学校の同期と言う事になる。
青木はサイバースキルによる専門職の特別捜査官枠で入庁しているため
入庁早々巡査部長であり、巡査であり年上である冠城の上官ではある。

とにかく、青木は一言で言い表せない面倒臭い曲者ではあるのだが、
この二人から見て底は深くない。

従来のサイバー犯罪担当部署とは別に、
言わば警視庁の内部管理を含めた電子社会の治安機関として発足した
サイバーセキュリティ対策本部の特別捜査官と言う事で、
青木が何を企んでいようが齎す心算で齎す情報自体は確かなもの。

実際に特命係に情報を齎した以上、
ここで情報自体に小細工をする方が命取りになりかねないと、
それが理解出来る程度には小ずるいのが青木であると、
特命係の二人も理解はしている。

だが、それよりも、この青木の態度、対応は
「警察嫌い」であろうと見当のつくところだった。


ーーーーーーーー

「何かあったんですね」

警視庁庁舎内の廊下で、冠城を伴った右京が伊丹と芹沢に声を掛けた。

「毛利小五郎にガサが入った」
「毛利………<眠りの小五郎>?」
「ああ」

冠城の問いを、伊丹が肯定した。
そして、四人はさり気なく人通りの少ない場所へと移動する。
この状況からも、異常事態を察知出来る。

本来「只の警察官」でありながら、警視庁警部と言う警察官の身分一つと
何よりも尖った知略と正義感で事件捜査に介入する
警視庁の非捜査部門特命係係長杉下右京警部とその部下である冠城亘巡査。

「刑事の花形」捜査一課の本職の刑事である伊丹、芹沢。
両者の関係は極めて複雑怪奇で素直じゃないものであるが、
それがこうして素直に話に応じると言う時点で異常事態。

本人達が認めるかどうかはとにかく、
正規の刑事として組織に縛られた立場にいる伊丹達が、
その縛りに目を塞がれ足を取られそうなとき、
事件を追う刑事として、特命係との協力の中に
縛りの抜け穴、突破口を求める。
そういう局面であろう事が今迄の経験からも想定できる。
そして、今の伊丹の話からして、その予感は十分に的中している。


「あの爆発で毛利小五郎に?」
「そうだよ」
「なんだって又………」
「モンが出たんですよ」

伊丹の返答を聞いた冠城の呟きに、芹沢が応じた。

「現場から毛利小五郎の指紋が出たと?」
「ええ」

右京の問いに芹沢が答える。
元警察官、警視庁捜査一課出身の私立探偵毛利小五郎。
退職後もいくつもの難事件を解決した通称「眠りの小五郎」として
マスコミにも知られた「名探偵」であり、
警察内部での知名度も相当な人物だった。

「揚水ポンプ用の高圧ケーブルの格納庫の扉から、
毛利小五郎の指紋が焼き付いて検出されたんです」
「揚水ポンプ?」
「施設全体の水道に水を届かせるためのポンプですね。
ポンプを動かす電気の高圧ケーブルの格納庫ですか」

冠城の呟きに右京が続いた。


「つまり、毛利小五郎が漏電させてガス爆発を引き起こしたと?」
「高圧ケーブルには冷却用の油の油通路があるため、
ケーブルからの火花が引火する様に細工する事が可能だと。
それに合わせてガス漏れを起こした可能性があると、
それがハムの説明でしたよ」

冠城の問いに芹沢が答える。

「では、着手したのは公安ですか?」
「ハムと一課の三係だ」

右京の問いに、伊丹が言った。

「目暮係長の班ですね」
「ああー、元々今日の一課の在庁は三係。
俺らは大体終わった
杯戸PS(ポリス・ステーション=警察署)の帳場から応援に回された。
それに、毛利の窓口は三係、目暮班長だ」
「確か元上司部下で、かなり親しい間柄だとか」
「ああー………」

伊丹が、右京との会話を打ち切りスマホを取り出す。


「もしもし………なんですって?
分かりました」
「先輩?」

受信したスマホを切った伊丹に芹沢が声を掛けた。

「毛利小五郎が挙げられた」
「今回の事件ですか?」
「容疑は公妨。毛利小五郎は仮にも元サツ官だ、
挙げたのがハムって来たら、転びやがった」

冠城の質問に、伊丹が掃き捨てる様に言った。

「今の所、証拠は指紋だけですか?」
「いや、ガサで押収した毛利小五郎のパソコンから色々出て来たって話だ。
警部殿、一課もこっから練り直しなんでこれで失礼しますよ」


ーーーーーーーー

伊丹達と分かれた後、サイバーセキュリティ対策本部を覗いた右京と冠城は、
口元をひん曲げて廊下をずんずんずんと突き進む青木年男に遭遇した。

「おや」
「暇か?」
「ええ、暇ですともっ!!」

右京に続く冠城の言葉に、
青木がオーバーアクションで叩き付ける様に叫んだ。

「でしょうねぇ」

右京が青木の言葉をのんびりと肯定する。

「この状況でも、君が席を外して、
こちらの本部全体も平常と変わる所が見えませんでしたから」

「ええ、そうですともっ!
杉下さん、冠城さんっ!!
こんな大事件で仕事が回って来ないなんてっ、
何のためのサイバーセキュリティ対策本部なんですかねっ!?!?!?」

ばっと両腕を広げて喚く青木の前で、
右京と冠城は顔を見合わせた。


ーーーーーーーー

同僚で後輩に当たる芹沢慶二巡査部長と共に
警視庁生活安全部サイバー犯罪対策課を訪れた
警視庁刑事部捜査一課伊丹憲一巡査部長は、
その視線の先に見慣れた二人組を把握して
アウチ! 或いは Oh my God!
の姿勢で額を押さえて半回転していた。


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今回はここまでです>>20-1000
続きは折を見て。


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今回はここまでです>>35-1000
続きは折を見て。

感想どうもです。
それでは今回の投下、入ります。
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>>49

「あの人?」
「衣笠副総監」

岩月の問いに、冠城が答える。

「ああー、確かに対策本部の発足は
衣笠副総監の強い意向だって聞いてますよ。
まるで屋上屋を重ねるみたいにね。
事件の公安色が強くなるとこっちでやってた捜査にも割り込んで来る」
「そう」

岩月の言葉に、冠城が指を立てて答えた。

「あの人の機を見るに敏な立ち回りは実に見事、
利用されている様で危ない事からするりと交わして
誰を利用してどうぶつければいいのかを的確に把握して
本当に安全な立ち位置を確実に確保する。正に官僚の鑑です。

それに、対策本部の青木のバックでもある。
ハムと三係がどう転ぶか分からない事案に噛ませる、
それで三係の監視役をやらせるには、
対策本部だと自分との関りが深過ぎる。
ハムと一課の衝突に巻き込まれるのはヤバ過ぎる、って考えたのかも」


「結局の所」

衣笠藤治副総監の何処か人懐っこくも見える曲者ぶりを
思い返す冠城の言葉に、伊丹が苛立たし気に言った。

「ハムと一課が揉めた時のために、
こういう証拠を出したって事を生安部に証明させるって腹か」

「今の筋だとそういう事になりますねぇ。
只の憶測ではありますが、
今の所、今回の事件に関するサイバー捜査は生活安全部の主導で
サイバーセキュリティ対策本部が手を引いている事だけは確かです」

「それが本当なら大人し過ぎますよ」

右京の言葉に岩月が言う。

「サイバー犯罪対策課はあくまで生活安全部の一部署ですからね。
あの対策本部は発足以来、組織縦断的な
サイバー犯罪サイバートラブルでは続々と主導権を取ってきた。
その背後で、副総監が部長クラスを押さえていたとも聞きます。

それが、これだけの事件に沈黙してるって。
実際、毛利小五郎のパソコンこそ昭和のレベルでも、
だからこそ外部干渉の有無も確認しなきゃいけない。

それに、通信関連、施設側のサーバもある。
誹謗中傷脅迫ポルノ違法売買通常業務だって次から次へとひっきりなし。
慢性的に人手は幾らあっても足りません」


「それでも明日の朝の会議には間に合うんですね?」

「ええ、上からもせっつかれてますけど、
確かに最優先で行うべき仕事ですからね。
毛利小五郎のパソコンはあの通りですし、十分間に合います」

右京の質問に岩月が答えた。

「と、なると、その内容じゃあ
勾留請求前に本件で再逮捕、って流れか。
別件のままじゃあ供述録っても公判が面倒だ」
「まっずいなぁ………」

冠城の言葉に、芹沢が呻いた。

「まずいですよ先輩。
眠りの小五郎が公安に、
それも死傷者出したテロ事件の容疑者なんて事になったら………」

「捜査一課の協力者、それも相当深い、それも公然たる関係。
その眠りの小五郎と一課を繋いでるのが」

「あぁー、三係の目暮班長だよ。
三係の他にも何人もいるが、あの人が一番深い」

冠城の言葉に、伊丹が掃き捨てる様に言った。


「あそこの佐藤主任も女伊達らに切れるやり手なんだがなぁ、
どうしてあんなのをのさばらせた」

「確かに、こちらに聞こえて来る話でも、
捜査一課の、特に三係は工藤新一や毛利小五郎と
随分深く関わっていた様ですねぇ。
様々な事件の捜査に助言を行い、その解決に尽力して来た。
しかもそれを公然と行って来た事はマスコミ報道からも伺える所です」

苛立たし気に言う伊丹に、右京が付け加える。

「そうなんですよぉ、マスコミにもバレてます、
って言うか誰も彼も隠す気なかったですから。
今の所、今回の件での容疑とか表に出ていませんけど、
今回の事件で眠りの小五郎が逮捕、起訴なんて事になったら
これ完全に捜査一課の問題になりますよ」

「ハムが毛利小五郎にワッパかけた、
三係、一課のツラ張ってでもてめぇらの身柄にしやがった。
それも、わざわざ生活安全部をブツの証人に使ってだ」

芹沢の言葉の後に呻く様に言った伊丹が、
ばあんと長机を叩いた。


「こっちで聞こえてる話じゃあ、
野郎が辞めた時の経緯にもなんかあったみたいですね。
なんでも、署内で大事件になりそうだったとか
そんな責任問題モンの不手際を奴に被せたとかなんとか。
元の上司と部下って言っても、
とっくに辞めた野郎に何時までもヤマを触らせて、
権限も無い奴にデカイ面させてるからこんな事になるんだっ!」

「とにかく」

僅かな沈黙を、岩月が破る。

「こちらはこちらの仕事をするだけです。
言い古された言葉ですけど、
機械は嘘をつかない、嘘をつくのはそれを扱う人間ですから。
命令通り、帳場の捜査一課に分かる限り正確な報告を行いますので、
何人もの死傷者が出てる、その捜査に役立てて下さい」

「ああ、忙しいトコ、悪かったな。
じゃあ警部殿、自分らも捜査がありますんで………
ですから、大概にして下さいよ警部殿も、特命係の冠城亘巡査も」

「お忙しい所をどうも有難うございました」


ーーーーーーーー

杉下右京に同行して警視庁庁舎を出た冠城亘は、
そのまま右京が行き着けの紅茶専門店を訪れていた。

「ああ、どうも」

テーブル席から右手を挙げて声を掛けて来た男性客に、
右京が小さく頭を下げてそちらに向かう。

「しばらくです」
「どうも」

同じテーブル席に着席して右京と男性客が同じ挨拶を交わし、
冠城も一言挨拶する。
冠城の見た所、このスーツ姿の男性客、
四十代と言った年配だが取り敢えず同業者で間違いない。
刑事の匂いは消えない、と言うが、冠城にもその辺りの事は分かって来ている。
間違いなく刑事、それも、一課辺りとはタイプが違う。

「こちら、捜査二課の中森係長。部下の冠城亘です」
「冠城です」
「中森だ。君か」
「僕の事をご存知で?」

中森銀三警部の言葉に、冠城が聞き返す。


「東京本部(警視庁)の中で知らない、
って言うにはちょっと変わり種過ぎるだろ。
まして、杉下さんの部下だ」

「やっぱり右京さんとは二課で?」
「まあ、えらく昔の話だがな」

「課長の葬儀にも参列を」
「ええ、最期はあんな事になってしまいましたが、
課長には世話になりましたからねぇ。
それで、これも最期はあんな事になってしまいましたが、
杉下さんがとうとう逮捕した。
ええ、表向きがどうあれ、こっちまで聞こえて来てますよ」

中森の言葉に杉下が微かに微笑んで小さく頭を下げ、
やや理解の及んだ冠城が小さく頷いた。

「お忙しい所をお呼び立てして」
「なーに、最近は奴さんも大人しくしてますからね。
たまに杉下さんと茶飲み話が出来るって言うなら」
「奴さん?」

中森の言葉に冠城が聞き返す。

「インターポール指定1412号」

そう言って、右京は紙ナプキンに
万年筆でさっさっさっと数字を走り書きする。


「二課が扱う国際犯罪1412………
Kid the Phantom thief………」

冠城が僅かに目を細めて口に出した。

「ええ。中森さんは、所轄の刑事二課で
1412号の事件を担当したのがきっかけで、
今では二課で1412号関連事件の専従捜査員、
継続捜査班の班長を務めています。
その前は僕の部下でした。二十年も前の話ですけどね」

「ちょっと目端が利くって言うんで、
やっと本部に呼ばれた駆出しのお茶くみでしたよ。
課長や杉下さんはそんな自分に目をかけてくれた」

「確かに、いい目とガッツがありましたからね。
それに、捜査班一丸となった仕事が必要な時でした。
その捜査班が解散して、中森さんも所轄に出された」

「若かったですなぁ。
あの頃は只我武者羅に資料を漁り関係者に張り付いて。
それがあの結果に終わって、
所轄や本部の生活経済で色々と仕事を覚え直していましたな」

「その時に1412号事件を担当した」

中森の言葉に冠城が言い、中森が頷いた。


「二課で怪盗、ですか。確かに報道等でそうなっていましたが」

「ええ、その手口から、当初は詐欺事件として捜査が行われましてね。
警視庁、警察庁としては
そのまま二課をモトダチ(主管)とした捜査が定着したと言う事です。
その手口から三課も捜査に関わっていますし、
ケースによっては一課も加わっていますが」

「確かに、人は傷つけないみたいですが、
かなり無茶苦茶やってる印象ありますからね」

右京の説明に冠城が言う。

「ええ、大阪の事件等、<怪盗>を名乗るにしては
悪い意味で子どもじみた所のある犯罪者の様ですね」

「相変わらず手厳しいですね杉下さんは。
二十年前、その正義感で知恵を尽くし
真っ向からぶつかって行った、みんな若かった」

中森が言い、右京と共に紅茶を傾けた。


「で、今日は?
思い出話をしに来たって訳じゃないでしょう?」

「ええ。無茶苦茶と言えば、
レイクロックの事件、あれも中森さんの担当でしたね?」

鈴木財閥によって湖の洞窟に作られた美術館。
ゴッホの名画向日葵を巡り、
そこで展開された事件に就いて右京は口にする。

「それはまあ、キッドの予告が来ていましたし、
実際奴が現れましたからね。
自分が言う筋合いでもないですけど、
空港巻き込んで飛行機おしゃかにしたのも
レイクロックが大火事になって崩壊したのも奴の仕業じゃない。
札束の件は弁護不能ですがね」

「確か、最初の空港での事件による信用不安で
向日葵展の開催自体が危ぶまれる状況、そうでしたね」
「元々各国の所有者からゴッホの向日葵を借り受けて
日本で展覧会を開く予定が、
テロ紛いの事件の発生で安全を危惧した、と記憶しています」

右京の言葉に冠城が言った。


「そして、向日葵の絵を狙っていた人物は別にいて、
怪盗キッドは空港での挙動等から見てもむしろ向日葵展を擁護する立場だった。
だとすると、現金で百億円と言うのは、
主催者である鈴木財閥にそれだけのキャッシュフローと覚悟を示させる事で、
所有者からの信用を取り戻して向日葵展を開催させる。
それが1412号の狙いだった。とも考えられる訳ですが」

「確かに、仮に百億円持っていたとしても、
自分から見せびらかす訳にもいきませんからね」

右京の言葉に冠城が続く。

「確かに、こちらでも概ねそういう推測をしている所ではありますが、
後は本人に聞くしかありませんなぁ。
どちらにしても、あれは色々な意味で滅茶苦茶な事件だった」
「ええ、色々な意味で滅茶苦茶な事件でしたねぇ」
「確かに、あれは色々な意味で滅茶苦茶な事件でしたね」

「それで」

三人の見解が一致した所が右京が続けた。

「あの事件の際、
毛利小五郎も警備チームに参加していたと伺いましたが」

右京の言葉に、中森は唇の端を歪めた。


「一課はかなりの騒ぎみたいですね。
それどころか、刑事部全体の問題になってもおかしくない。
目暮の奴が入れ込んでましたから、
奴がテロのホンボシってなったら目暮どころか今の一課は終わりですよ。
まあ、こちらも人の事は言えませんがね。
ええ、いました。
レイクロックの事件でも確かに毛利小五郎は参加していましたよ」

「じゃあ、そちらもまずいのでは?」

「流石に、杉下さんの部下は遠慮を知らないな。
確かに、レイクロックに限らず
キッドの件では何度か毛利小五郎が関わっていますが、
二課の場合は、こっちで頼んだ訳じゃないですからね」
「すると、鈴木財閥ですか?」
「その通り、こっちとしては正直願い下げでしてね」

右京の言葉に中森が言った。

「毛利小五郎の娘と鈴木財閥の御令嬢がご学友で大の親友でしてね。
それで、一課の関係で実績のある毛利小五郎に
しばしば白羽の矢が立ってるって具合です。
指名してるのは主に鈴木家の道楽隠居。
どちらかと言うと、毛利小五郎本人よりも別のお目当てがある様ですが」

「まさか、キッドキラー、って奴ですか?」
「そのまさかだ」

冠城の言葉に中森が言った。


「確かに勘のいい小僧だ。思わぬ事を言い当てた事もある。
鈴木相談役はそのキッドキラーを随分買ってて、
キッドキラー目当てで毛利小五郎に依頼していると
臆面も無く言ってるぐらいですから正直頭が痛いですわ。
実際に犯行予告されている当事者である上に
毎回毎回国宝文化財レベルの権利者、
その上、鈴木財閥の相談役で鈴木一族の重鎮」

「要請を無碍には出来ないですね」

すすっと紅茶を傾けて言った冠城に中森はがくっと項垂れる。

「なんか、あの相談役が県警を一つ事実上の指揮下においたなんて
都市伝説染みた武勇伝を聞いた事もありますが」
「ああ、都市伝説染みてはいるな、冗談みたいな話だろう」

冠城の話に、中森はそう答えて項垂れた。

「しかも、最近更に二人ほど増えたりしてますからね民間人が」
「二人、ですか」

言葉を切り、ドシリアスに尋ねる冠城の前で、中森はがっくり項垂れた。

「過去には工藤新一も目暮班長の口添えで関わったと聞きましたが、
その二人も民間から協力する程度には優秀だと?」
「少なくとも実力はありますね。ええ、実力は」

右京の言葉に中森が言う。


「一人は、今言った御令嬢の恋人で鈴木財閥が誇るプロのボディーガードを
ダース単位で一蹴する程度には達人の空手の使い手。
もう一人は御令嬢の友人で工藤新一と同じ高校生探偵を名乗ってる、
これもなんとか言う拳法の使い手だったな」

「なるほど、実力ですか」

紅茶を傾ける冠城の言葉に、中森ががっくり項垂れた。

「只、まあ、それでも参加するだけの事はありますよ。
なんだかんだ言って
キッドによる宝石奪取の阻止には役に立ってましたから」

「高校生探偵ですか」
「妙なモンが流行ってますよ」
「そうですねぇ、確か大阪でも別の高校生探偵が関わっていたとか」
「大阪なら服部平次ですね」

右京の言葉に冠城が口を挟む。

「西の高校生探偵の異名を持って、
幾つもの事件で実績を上げてると聞いています。
府警の服部平蔵本部長の息子さんだそうですが、
確か、怪盗キッド事件の警備に何度か関わってる高校生探偵は………」


冠城亘は、中森銀三警部の「聞かんでくれ」オーラを察知する。
白馬探、昨今有名な「高校生探偵」の一人。
杉下右京、冠城亘の属する警視庁のトップが警視庁警視総監と言う事になる。
先々代の総監は、在任中に現職の警視庁警察官や警視庁幹部が
法に触れる不祥事が幾つか発生した事もあったが、
不死鳥の如き不屈の耐久力でその職を全うし勤め上げた怪物的な実力者。
その後任の、短命政権に終わった先代総監を経て
今の警視総監に至っている訳であるが、
その現在の警視総監の息子に当たる高校生が白馬探だった。

「ええ、白馬探君ですね」

がっくり項垂れる中森を横目に、
冠城は右京の言葉を聞く。

「犯罪絡みの諮問探偵としてはなかなかに優秀であると、
ロンドンでもかなり評判の高い少年ですねぇ。
あちらで追っていた犯罪者を追跡して日本に帰国したとも聞きましたが、
日本では1412号事件の警備にも幾度か関わっている様ですね」

「やはり、お耳に届いていましたか」

右京の言葉に、中森は嘆息する。


「只、<高校生探偵>自体の妥当性もありますが、
最近知られている高校生探偵の中でも、
過去には冤罪事件を引き起こして後で大問題になったり
自分が殺人容疑で逮捕された高校生探偵OGもいましたね」

右京との会話に、中森はもう一度嘆息した。

「さっきの、その新登場した高校生探偵。
御令嬢の友人、と言う事は女の子?」

「まあ、男みたいな女だったけどな。
実際キッドにも追い込みかけてたが、
並みの男なら通常の三倍の速さでぶちのめせる程度には強いらしい」

冠城の言葉に中森が言った。

「それで、肝心の毛利小五郎はどうだったんですか?
キッド事件の警備に何度か関わっていたと言う事ですが」
「そうだなぁ………」

冠城の質問に、中森は斜め上を向いた。

「こうやって考えると、特別に役に立ったって事はあんまりないかな。
向日葵の件で札束の部屋の異常に真っ先に気付いたのも
アメリカから来た刑事と例のキッドキラーの子どもだった。
只、警察を退職した後に
毛利が一課の事件で並々ならぬ実績を上げてる事は確かだ」


「成程。では、人間的には如何ですか?」

右京の問いに、中森は少しの間黙考して口を開いた。

「杉下さん、謎が解けたら教えてくれませんかね?」
「はい?」

「大火事に巻き込まれて建物が崩壊した後に、
他所の子どもの為にその現場の湖に躊躇なく飛び込んで泳いで助けに行く。
それで助かった事を心から喜ぶ事が出来る。
そんな男が何を思ったら何人もの人間を爆殺出来るのか。
自分の目が曇っているのかどうなのか、
分かったら是非とも教えていただけませんかね?」

中森の言葉に、右京は小さく頷いた表情で快諾した。

「中森係長は怪盗キッドの専従捜査員、ずっと続けているんですか?」
「そうですねぇ」

冠城の言葉に右京が答えた。


「1412号自体がICPOの指定番号。
由緒ある宝石を盗み出しては持ち主に返却する。
一見すると児戯にも見える度々の犯行は既に国際問題となり、
警備、捜査の為に日本だけではない各国で
多額の税金が注ぎ込まれています。

<怪盗キッド>と言う通り名が定着した結果、
何かアイドル的な人気を呼んで、
予告状に合わせて行動する野次馬の為の
雑踏警備の費用が更に跳ね上がっているとも聞きます」

「いや、耳が痛い。
全く、このままでは税金泥棒の誹りを免れませんな」

「ああ、そう聞こえたのならば申し訳ない。
対外的にも捜査の効率からも、少なくとも一人は
通常の人事ローテーションを外れた1412号に対する生き字引が必要であると。
それも、1412号自体を十分理解している優秀な人材でなければならない。
対外的、国際的な問題もありますから、
警視庁の人事もその点は理解している様ですね」

「じゃあ、一番長くキッドの捜査をしているんですか?」
「まあー、そういう事になるな。
これだけ長い間奴の担当を続けて来たのは俺だけか」

冠城の言葉に答えた中森は、ふうっと息を吐いて紅茶を傾ける。


「所轄の刑事二課で1412号の捜査を担当して、
以後、異動に際しては所轄であれ本部であれ
常に関係する管轄、部署への異動を希望していたと聞いています。
その全てがかなった訳ではありませんが、
最終的に一番長く関わって来た人物としての処遇を受けていると」

「いや、お恥ずかしい。
それだけの期間捕り逃がして来たと言う事ですから」

右京の言葉に、中森が苦笑いで応じた。

「キャリアの俊英だった杉下警部が、
未だに警部殿で特命係の万年係長。
そこから所轄に出されたノンキャリアの自分が、
何年もしない内にあのコソ泥の担当になって、
本部の捜査二課のオブケ(警部)になってもずっと追い続けている。
歳をとる筈ですよ。ねえ、杉下さん」

「ええ、あれから随分と時が経ちました」
「ねえ、杉下さん。
せめてシ(警視)で、こちらに戻って来てもらえませんか?」

中森の真摯な言葉に、右京も穏やかに応じる。
だが、真摯だがそこまでだ、と、冠城には分かっている。
或いは、中森にも。


「記録には残らない特命係での様々な活躍、
こちらの耳にも入って来ていますよ。
ええ、私の知っているあの頃から、杉下さんは警視庁でも随一の切れ者だった。

あの頃若造だった自分も、杉下さんの事を少しは分かっている心算ですがね。
杉下さんがもう少しだけ、責任者として組織と上手く折り合うのであれば、
杉下さんを本部の一線に、と言う人間は何人もいます。
損失ですよ、杉下さんの才覚をしかるべき所で用いない事は。
警察にとっても、社会にとっても」

「………すいませんねぇ」
「そうですか」

一言ずつ、言葉が交わされた。

「しかし、あの怪盗キッドのトリッキーなやり口も、
右京さんなら見破れそうですね」

「ああ、そうかもな。
わざわざ律儀に出張って来る様な野郎だ、
杉下さんが遅れを取るとはとても思えない。
だが、奴は俺の獲物だ」

冠城の言葉に、中森は冠城の目を見て告げた。


「デカとして、ワッパをハメられない以上は偉そうな事は言えないがな。
それでも、十年じゃ済まない年月、ずっと奴を追って来た。
小さくない損害を重ねながらだが、それだけの積み重ねも得て来た。
奴にワッパをはめるのは俺だ」

「楽しみにしていますよ。
中森係長の手腕とガッツなら、必ずややり遂げると」

右京の言葉に、中森は頭を下げる。
冠城は、それをじっと見ていた。

「長年跳梁を続けて来た怪盗キッドをあなたが逮捕する事になれば、
何か変わる事があるのかも知れませんねぇ」
「ほお、自分が奴を逮捕したら、
杉下さんこちら側に戻って来てくれますかね?」

「約束は、しませんよ」
「よおし、奴にはめたワッパを手土産に、
もう一度説得に来ますからね警部殿」

「それは楽しみですねぇ」

「楽しみにしていて下さい、杉下警部殿」


ーーーーーーーー

ところで、冠城亘の前職は法務省の職員である。
司法試験を通った検事が、昔で言う国家公務員一種キャリアすら
人事的に圧倒して支配している法務省ではあるが、
そうではあっても、当時の冠城は法務省と言う中央官庁の職員であり、
法務省在籍中は管理職のポストにも就いていた。

その点だけで言えば、その当時の冠城は国家公務員であり、
形式上は東京都の地方公務員である警視庁のノンキャリア警察官よりも
一般的な公務員の格としては格上、と言う立場ではあった。

そんな冠城が警視庁特命係の杉下右京と知り合ったのは
中央官庁同士の人事交流で警察庁に出向した際の事。
冠城の希望で警察庁から警視庁に出向、警視庁職員として
杉下右京の独自過ぎる捜査にしばしば同行した結果であり、
結果、話せば長い事情により法務省を退職、警察学校を受験し直して
正式に警視庁に一巡査として奉職し、現在の特命係所属に至っている。


その冠城が、現在の上司である杉下右京係長からの
「呑み」のお誘いを野暮用があるからと丁重に辞去し、
これから待ち合わせている相手と言うのも国家公務員。

それも、かつては一種と呼ばれたキャリア官僚として
警察庁に採用された現職警部であるが、
同じキャリア組の警部でも、現在の冠城の上司であり、
警察社会に於いて奇人変人を極めた評価をもって
一部署の係長警部の履歴を今に至る迄十年単位で更新し続ける
例外中の例外の処遇を受けている杉下右京警部とは違い、
警部と言う階級相当にうら若い女性。

付け加えると、長身のワイルド系イケメンと言う評価で
大体間違っていない冠城と並んで押し負けないぐらいの
すらりと長身の知的美人だった。


ーーーーーーーー

「電話で、と思ったんだけど」
「ご迷惑でしたか?」
「とんでもない、こちらこそ」

カラオケボックスの一室で、
丁重に問い返す荻野彩実に冠城は改めて頭を下げる。

「呑みますか?」
「いや、ちょっと次があるんで」
「そうですか。では、私はハイボールとピザを」
「じゃあ、ウーロン茶とフライドポテトで」

彩実が注文を行い、
飲み物とアテが来て冠城が毒々しい一曲を終えた辺りで、
二人はテーブル席に戻りちょんと乾杯する。

「それで、メールでは
毛利小五郎の関わった事件に就いて聞きたい事があると」

「まあ、そうなんだけど………
やっぱり言葉、改めた方がいいですかね一巡査として?」
「いえ、今はまだ。離れた場所ですし」

「そう」


何時ものカチッとした態度から魅惑的に微笑む彩実に、
冠城は恐縮して見せる。

二人が出会ったのは、
冠城が法務省を本籍として警視庁職員を務めていた時期だった。
その当時、冠城の旧友だった埼玉県警の元警察官の死亡事件に就いて
独自に調査を行っていた冠城は、埼玉県警中央警察署の現職警察官二名から
暴行、脅迫されると言う被害を受けた。
その事件の決着として何が起きたのかと言えば、

暴行犯二人は現場を管轄する警視庁捜査一課に逮捕され
中央署署長以下組織ぐるみの度が過ぎる捜査費用横領が発覚して
警視庁監察官から埼玉県警本部に通告が為され、
冠城の友人は、横領の分け前を巡って
中央署の警察官の手で殺害されていた事が発覚する。

この様に、冠城にとってもせめて真相が分かったのが、
と言う苦さの残る決着となる。

その際、埼玉県警捜査一課の警部として、
件の殺害事件の再捜査を指揮したのが荻野彩実だった。


幹部を含む埼玉県警の幹部が組織ぐるみの公金横領、
その果ての暴行、殺人と、
最早埼玉県警にとって悪夢以外の何物でもない事件であり、
しかも、自殺として処理していた中央署そのものが殺害していたと言う
信用失墜とかなんとかそんなチャチなもんじゃねぇ何かが
警視庁主導で明らかになるに至っては屈辱の上を行く何か。

加えて、この事件当時の警視庁副総監は、かつての埼玉県警の赴任中に、
履歴上無傷で東京に戻る為にノンキャリアのボス格から
一方ならぬ世話になっていたと言う経緯があった。

そのため、副総監就任後に、かつての部下である中央署の署長から
警視庁とちょっとトラブッてるのでよろしく、と言う要請があり、
この程度の話ならと請け合ったところ、
取り敢えず最初に聞こえて来たトラブルの内容自体は
大体合っていたものの、そのトラブルの中に現れたキャストに就いて

「杉下、右京?」

副総監殿はこの呟きを残し、
勇退へのダストシュートに叩き込まれる事と相成った。


故に、隠蔽をどうこう出来る次元を遥かに超えた以上は、
地元のしがらみの少ないキャリア組である
荻野彩実警部に任されたと言う意図もあったのかも知れないが、
既に警察庁の実力者による策謀も動き出していた中、
彩実は身内相手の難しい捜査にも公正に、誠実に取り組んだ。

件の捜査の中で関わる内に、そんな彩実に冠城は好感を覚え、
彩実の側も、年上ながら少々軽くも見える冠城に
真実への真摯さを見出す事となる。
警察内の国家公務員ながらノンキャリアと関わる機会が多いと言う
お互いの立場もあって、捜査で関わりながら
しばしば意気投合する事があった、そんな関係だった。

「それで、冠城さん」
「はい」
「毛利小五郎の件で聞きたい事、とは?
毛利小五郎氏に何かあったのですか?」
「伝わってない?」

冠城は動揺を押し隠し、それでも小さく呟いていた。

「冠城さん?」
「ああ、申し訳ない。お呼び立てして申し訳ないが、
その事に就いて詳細を話す事は………」
「いえ、強引にこちらに来たのは私ですから。
何かあった、と言う事は分かりました」

彩実の返答に、冠城は黙って頭を下げた。


「君は、毛利小五郎と捜査をした事があるって聞いたけど」
「ええ、あります」
「関東から中部を巻き込んだ北斗七星殺人事件」
「そうです」

「その捜査本部に<眠りの小五郎>、毛利小五郎もいたんですね?」
「ええ、いました。捜査本部の特別顧問でしたから」
「特別顧問?」

聞き返した冠城に彩実が頷いた。

「元警察官とは言え、どういう経緯で?」

「当時の東京本部捜査一課松本管理官の招聘だった、と聞いています。
複数の都県にまたがって未解決の連続殺人が続いていたと言う都合上、
それぞれの捜査本部の他に、各本部の中枢の捜査員が東京本部に集まって、
少数の捜査員が連携、即応出来る形の合同本部が設置されました。
私もそこに派遣されて、指揮を執ったのが松本管理官です」

「成程。捜査一課の管理官と言う事は、
三係の目暮班長の上司で合ってる?」
「はい」
「それで、受傷事故があったと」
「ありました」

彩実は返答し、言葉を切って息を飲んだ。


「私は待機でしたが、連絡を受けて、
背筋が凍る、と言うのはああ言う事を言うんだと。
手練れの捜査員が揃った現場でも、
ほんの僅かな狂いから命に関わる結果を招くんだと。
目暮班長に庇われる形になった長野の刑事も、
お詫びと感謝しかないと言っていました。
あの程度の怪我で済んで本当に良かった」

我が身を抱いて本当に背筋が凍った様に震えながら言う、
その生真面目な態度には欠片の嘘も見えなかった。

「その、捜査本部の中で毛利小五郎は?
特別顧問と言ってもまさか捜査権は無いだろうし」
「ええ、もちろん警察官としての行動は出来ません。
しかし、アイディアは出していました」

「アイディア」
「ええ、集まった材料から少しずつ可能性を詰めて行って、
あの事件でも最終的に決定打となる推理を行ったのは毛利探偵です」
「ほおう。つまり、<眠りの小五郎>が事件解決に寄与したと」

「ええ。噂に聞く眠っていた訳ではありませんが………
噂と言えば………」
「ん?」


「毛利小五郎と言えば、小学生の事はご存知ですか?」
「それってキッドキラー?」

「キッド………ええ、怪盗キッド事件で活躍したとも聞いています。
江戸川コナン君。毛利探偵に同行して警視庁に来ていました。
もちろん、直接捜査会議には参加出来ませんから
毛利探偵のお嬢さんと別室で待機していましたが」

「成程。流石に殺しとなると、
小林少年も紳士なコソ泥相手みたいな訳にはいかないか」
「とんでもない」
「ん?」

「毛利探偵の推理の裏付けをとっていたのはコナン君です」
「なんだと?」

「恐らく子どもだから、その事を最大限に利用したんでしょうね。
警戒心の薄い関係者から次々と重要な情報を引き出して
警察にすら先んじて事態を把握していました」
「なんだそりゃ。子どもが、殺しだぞ」

微かに吐き捨てる様に言う冠城に、
彩実は斜め下を見て僅かに息を吐いた。


「過去にも様々な事件の現場で毛利探偵を助けて
思わぬ助言を行っていたと言う話も聞いています。
とても賢い子の様です」
「成程ねぇ………松本管理官か………?」

呟いた冠城は、顔を曇らせた彩実に気付く。

「あー、俺から先に話せないって言っておいてなんだけど………」

冠城が言いかけた時、彩実はぐーっとハイボールを傾けた。

「………冠城さんは、今は警視庁巡査、ですよね?」
「ああ………ええ、その通りです警部殿」
「そして、現在は警視庁特命係所属、
上司は杉下右京係長警部、そうですね?」
「ええ」

引き気味だった冠城が、目を据えて問う彩実に真剣な眼差しを向けた。

「北斗七星殺人事件、あの事件自体は、
パラノイアじみた犯人が勝手な思い込みで
妹の死亡に関わった関係者を次々と殺害した事が発覚し逮捕起訴された。
それで概略を語る事が出来る事件です」


彩実の言葉に、冠城が頷く。
そう言った彩実はするりと立ち上がり、そのままステージに向かう。
流れ出した流行歌に合わせて歌いながら段々とソファーに戻って来る。
彩実が冠城の隣に座り、
至近距離から冠城を見つめてマイクのスイッチを切った時には、
冠城も防犯カメラの位置を正確に把握していた。

「ここから先の話は、本気で極秘に願います」
「分かった」

冠城が左腕に彩実を抱き、
彩実の長い黒髪をカメラに向けながら返答する。

「あの時、合同本部に詰めていた捜査員の大半は、
毛利探偵とコナン君からの情報を得て芝公園の東都タワーに集結しました。
そこに重要参考人が現れると言う情報があったからです。
そして、既に営業を終えたタワー内に入った私達は、
その場で松本管理官に殴り倒されました」

「何?」

「結論を言えば、松本管理官は何者かが変装して成り済ました偽者で、
格闘技の達人だった様です。不意を突かれたとは言え、
私を含む現職の警察官複数がその場で行動不能になりました」

冠城は彩実の両肩を掴み引き離すが、
彩実は真剣そのものの眼差しで小さく頷く。
冠城は、改めて両腕を彩実の背中に回し力を込めた。


「その場で気絶させられた私達は、
気が付いた直後に公安総務に同行を求められて
外で待機していた護送バスに移動しました。
そこに待っていたのは、警視庁公安部と警察庁警備局の
シよりも上の人間、とだけ言っておきます。

そこで告げられた事は、あの松本管理官は偽者であり、
合同本部設置時点から既に入れ替わっていた事。
松本管理官本人は無事救出された、
恐らくは本物の松本管理官に
何等かの罪を着せて殺害する予定だったのでは、と言う事。

松本管理官に関連する事は組織的テロであり
警察内の内通者の可能性も考慮し極秘裏に捜査する必要がある事と、
警視クラスが入れ替わっていた事が表面化すれば
警察内外の社会不安が計り知れないと言う事で、
東都タワーで起きた事に就いては公安に一任して他言無用とする事。

これに背くのであれば、警察官生命の抹殺では済まない事態になる。
北斗七星事件の被疑者に就いては既に完璧に把握しており、
その手柄は確実に刑事警察に譲るつもりであり、
そもそも公安としてはあんな事件自体には関心は無い。

と言う事でした。あれは間違いなく本気でした。
国家レベルでの尋常ではない出来事が起きていたと」


耳元から聞こえる漫画レベルの与太話を聞きながら、
冠城は真剣な表情で小さく頷く。
冠城が知る荻野彩実が言っている冗談にしては
漫画レベルな与太話過ぎる。
これは信用するか尿検査をするかの二択であるが、
警察官として経験の浅い冠城から見ても
前者の方がまだ合理的だった。

「私達のほとんどは、少しの間休養とも軟禁ともつかぬ扱いで
警察管理の保養施設に滞在していました。
その間に、北斗七星事件のマル被(被疑者)が群馬県警に逮捕されています。
なんでも、あの日東都タワーにいた筈の
マル被と重要参考人がドライブをしながら話し合った結果、
手近にあった舘林管内の駐在所に出頭して自供したために
安中の捜査本部に引き渡されたそうです」

「分かってないな」

冠城がぼそっと言う。


「例え解決したにしても、一課にとって出頭での解決は格下。
天下国家のハムにとっては
そんなデカのプライドは知った事じゃないってか」

「恐らくは。そして、群馬県警は途中で
毛利探偵と共に別行動をとっていたために、
合同本部の中でも東都タワーの事件に
直接関わりを持たない唯一の本部でした。
群馬県警としては地元の事件、
それも殺しのマル被の身柄を取れば、当然自分達の事件の調べを行う。
実際問題最終的に捕り逃がした形となる他の本部は
そこに簡単に割り込む事は出来ない」

「その、東都タワーと北斗七星を切り離す時間稼ぎって事か」

「舘林で出頭した時点で私達から見たら嫌がらせそのものでしたが、
群馬県警から合同本部に出ていた山村警部も
マル被出頭の直後に桐生の管内で発生した無人交番爆破事件の捜査に回されて
北斗七星事件でのパイプが切れてしまいました」

「何処迄狙ったのか、周到な流れだ」


「私達は、慰労会に乗じて東京本部の一課の三係から断片的な情報を得ました。
まず、東都タワーの現場は公安によって完全に封鎖されて
一課に対しても捜査禁止が厳命されたために、
東京の一課も断片的な情報しか得ていませんでした。

それでも、三係が独自の情報で本物の松本管理官を救出した事。
東都タワーに向けて武装ヘリが機銃の銃撃を行った上に
最終的に墜落したものの操縦者の遺体は発見されなかった事。
松本管理官の偽者と目される正体不明の人物が
狙撃銃で銃撃されて死亡していた事。
ここまでは辛うじて把握出来ました」

(武装ヘリが、東都タワーに、機銃掃射?)

冠城は、確認の言葉を辛うじて飲み込む。
例えロマンチストと冷笑されようが、
今、腕に伝わる感触が冠城にとっての真実だった。


「松本管理官が最初から偽者だったと言う事は、
松本管理官が敢えて合同本部に呼んだ
毛利小五郎もきな臭い事にならないか?
しかも、毛利小五郎は民間人ながら以前から三係と深い繋がりを持っていた。
君の言う東都タワーの事件にも遭遇していない事になる」

「そういう考えもあります。只、毛利探偵と関係の深い
東京本部の捜査一課三係はその見解には否定的です。
あの時、三係の人間も東都タワーで偽者に殴り倒されました。
色々考えても三係ぐるみと言うのはリスクが高すぎます。
松本管理官よりも目暮班長の方が毛利探偵との関りが深いですし、
切れ者で知られる佐藤主任も毛利探偵には信頼を置いています。
他の県警にも毛利探偵に信を置く者がいて、
状況から言って毛利小五郎や三係が事件に関わっているなら
毛利小五郎も三係も無事で済んでいるとは思えません」

「成程」

理路整然と説明する彩実の言葉に冠城は小さく頷いた。

「ありがとう。よく話してくれた」

冠城から離れた彩実が、頬にかかった髪の毛を除ける。


「すぐには無理かも知れません。それでも………」
「ああ」

冠城が頷き、彩実はテーブルに向き直って
残ったハイボールを飲み干した。

「今度はゆっくり飲みたいですね」
「君が東京に戻って来たらその時はシか。
流石に畏れ多い」

「杉下右京警部、色々と耳に入る事もありますが」
「好奇心は猫を殺す、って知ってます?
あの人に関心を持つと言う事は、どっちかと言うとその部類みたいで」
「ではあなたは殺されに行った訳ですか?」
「そんなところです」

二人の警察官が、顔を見合わせて苦笑を交わす。

「分かりました」

冠城が言った。


「あなたが東京に戻って来たら、
右京さんと合コンセッティングしてみましょう」
「本当ですか?」

答えた彩実の顔からは、理知的ながらも確かな輝きが伺えた。

「まあ、乗って来るかどうか分かりませんがね。
それなりに楽しみにしていて下さい警部殿」
「ええ、楽しみに戻って来ます」

彩実は、楽しそうに微笑んで返答した。


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今回はここまでです>>51-1000
続きは折を見て。

それでは今回の投下、入ります。

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>>90

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「おや」
「どぉーも、杉下さん」

冠城亘から同道を丁重に辞去され、
小料理屋「花の里」を一人で訪れた杉下右京は、
店に入った所でカウンター席からにこやかに声を掛けられた。

「いらっしゃい」
「お待ちしてましたよぉ」

女将の月本幸子が右京を迎える前で、
青木年男は上機嫌で右京に挨拶する。
右京は黙って青木の隣に座り、いつものを注文する。

「これ、毛利小五郎の関係資料です」

青木が鞄からファイルを取り出して右京に渡す。


「まだここだけの話ですけど、こんなの時間の問題ですよねぇ。
あの超有名名探偵毛利小五郎がサミットテロ事件で別件逮捕、なんて」
「探偵が有名である事自体、
特に地道に調査活動を行う上では余り好ましい事ではないんですけどねぇ」

真に以て嬉しそうな青木の横で、
右京は主題から外れた一言と共に猪口を傾ける。

「それにしても、随分と詳細ですねぇ」

「情報自体は把握されていましたからね。
毛利小五郎は捜査一課三係の半ば公然たる協力者。
その事を隠す心算もなく捜査に協力して来ましたから。
基礎情報と共にあちこちにファイリングされていた情報を、
僕の技術で収集して統合してツリーにして
ひとまとめにしたらこんな感じになりました」

「別居中の妻、毛利英理、妃英理弁護士の事ですね」
「ご存知なんですか?」

右京の言葉に幸子が口を挟む。


「ええ、特に刑事弁護の分野では辣腕で知られている女性弁護士です。
毛利小五郎氏は元々は捜査一課の刑事でもありますからねぇ、
その妻が実力派の弁護士だと言う事は当然聞こえてきますよ」

「でも、別居中で普段は元の姓を名乗ってるんですよねぇ。
それも十年レベルで。
最近でこそ毛利小五郎も
<眠りの小五郎>でちょっとばかり景気がいい様ですが、
離婚もせず十年近く別居して、その間、
娘の毛利蘭は無名の零細探偵だった毛利小五郎と同居して、
妃英理先生は一等地に事務所を構える迄にメキメキと実績を上げていった。
どういう夫婦なんでしょうねぇ」
「夫婦には色々な形があるものです」

引き続き「花の里」のカウンター席に着席している杉下右京が、
泰然と言って猪口の熱燗を飲み干した。

「毛利小五郎、やはり三係を中心に様々な事件に関わっていますか」
「ええ、それはもう。三係の扱いで、
毛利小五郎による助言で解決した事件は一つや二つじゃない。
そのために、既に現職を退いた筈の毛利小五郎が
警察から様々な情報提供を受けている節もあります。
火災班や他の県警が関わったケースもあるみたいですが、
三係との関係は突出してます。これってもう癒着じゃないですかねぇ」

「記録の上では合法的な範囲に留まる関係の様ですが」

盛んに煽り立てる様に絡み付く青木に、
右京は資料に目を通しながらマイペースに発言する。


「だけど、これからですよ。
捜査一課三係、引いては刑事部そのものから協力者として擁護されて
民間人ながら様々な事件の捜査に関わって来たのが毛利小五郎ですからね。
その毛利小五郎を公安部が逮捕した。
それも、明らかに殺人テロ事件の被疑者である事を前提とした別件逮捕で。
これって完全に宣戦布告、毛利小五郎が本件で起訴されるなんて事になったら、
三係どころか刑事部レベルの責任問題ですからどーするんですかねこの始末。
この捜査には刑事部、それも三係もガッチリ噛んでますからね。
調べられるんですかね、自分らの協力者を」

「この事件では、既に三名の人命が失われ、
重傷者が何人も出ています」
「ええ、公安部の、ですね。ですからハムだって怒り心頭でしょう。
一課の協力者だからと見逃す訳がない」

「僕も、怒っていますよ」
「え?」

「警察官として、人間として。
こんな事で失われていい命なんて、ある筈が無い。
それは一課も、一課だからこそ同じの筈です」
「え、ええ」

てらう事なく吐き出された正論が、青木の言葉を僅かばかり詰まらせる。


「もちろん、その通りですとも。その通りです。
だから、杉下さんに協力しているんです。
杉下さんが言ってる事が正しい事が分かってるからこそ、
情報は正しく使ってもらいたいと、
あってはならない事ですけど、やっぱり現実的に考えて万一の為にです」

すらすらぺらぺらと重なれば重なる程軽くなる口車を聞きながら、
右京は資料を読み進める。

「毛利小五郎、毛利英理、毛利蘭、江戸川コナン………
確かに、一部ではキッドキラーとも呼ばれるこの少年も幾度も
事件に遭遇している。解決にも尽力した様ですねぇ。
報道資料も幾つかある様ですが」

「ええ、なんでも<少年探偵団>とか言うグループで、
実際に事件を解決した事もあるみたいですね。
報道関係から幾つか情報引っ張ってみました。
こんな子どもの内からいい様に使って、だから警察は」

「………安室透?」

資料をめくる手を止めた右京の呟きに、青木は口角を上げた。


「毛利小五郎の弟子、ですか」

「ええ、普段は毛利小五郎の事務所側の喫茶店で
ウエイターをしてるみたいですが、
実際に毛利小五郎の弟子の探偵見習だかを名乗って、
一課の扱った事件で幾度か記録が残っています」

「何やら、彼の資料にはSNS関係が多い様ですが」

「ええ、この<ポアロ>って喫茶店を訪れる
あらゆる年齢層の御婦人から
厚い支持を得ているみたいですからねぇ」
「………写真写りが悪い人の様ですね」
「ええ、そうなんです」

ぽつりと言った右京の言葉に、青木も素直に答えた。

「事実上のファンサイト、アカウントは少なくないんですけど、
その割にはまともな写真が無いんです。
まあ、一般人ですからあったら問題なんですけどね、
それでも知名度の割には見当たらない」

言いながら、青木はスマホを操作した。


「あれ? 消えてる。
でも、こんな事もあろうかと。
………これなんかが一番マシな奴ですかね。どうです?」
「あら」

青木から話を振られ、月本幸子が反応し、目を細める。

「この、角の方に写ってる人?」
「ああ、これですね」

右京が、資料の中から合致するプリントアウトを見つける。

「ちょっとワイルドなイケメン執事、って感じでしょうか。
確かに女性からは騒がれそう」
「そう思いますか」

幸子の返答に右京が言った。


「………市から最近転居して来たんですね。
青木君」

「はい」

「この、安室透と言う人物に就いて、
もう少し詳しく調べていただけますか?」

「分っかりましたっ。
JCJKからご夫人ご老女まで全年齢層に支持率広げまくってる上に
美人ウェートレスと秘密の一時を過ごす町のイケメンウエイターとか、
それって世界の半分を敵に回してますからねっ」

「花の里」の入り口が開き、山森慎三が香田薫を同伴して
店に腹ごしらえと情報交換の為に飛び込みで店内に入ったのを潮に、
右京は資料を自分の鞄にしまい青木はビールを追加した。


ーーーーーーーー

「しばらくだな」
「どうも」

荻野彩実と分かれた冠城亘は、
都内のステーキハウスで一人の高級官僚との会食の席に就いていた。
そうやって、テーブル席で向かい合った事務次官と、
儀礼的に赤ワインのグラスを合わせ、傾ける。

「既に動き出しているんだろう」
「ええ」
「だろうな、この事態を杉下右京が見逃す筈がない」

食事と共に、事務次官は著しい会話を開始した。

「手回しが良すぎる」
「?」

「(法務省)刑事局で情報を収集しているが、検察の反応は鈍い。
事件性及び毛利小五郎の関与に就いても
検察からは公安警察の情報待ちに等しい回答だ」


「公安警察が情報を出して来ないと?」
「それだけならいいんだがな」
「回りくどいですね」

「ああ。こちらに入っている情報では、
毛利小五郎の家宅捜索から別件逮捕までの間に
東京地検内で指示が出てる」

「指示?」

「地検の次席検事から刑事部長、刑事部本部係に、
今回の爆破事件と毛利小五郎の扱いは公安部に主任を立てる。
今の本部係はその補助に回るから明日一番にも引き渡しが出来る様に、
正式決定がある迄その準備をしておくように、
との事だ。検事正も承知の事だとな」

「それが本当なら、地検は公安警察とすり合わせをしている、
と見るべきでしょうが。
確かに、時系列から言って手回しが良すぎますね」


「(法務省)刑事局や官房から
幾つかの公式、非公式のチャンネルで当たっているが、
高検、最高検にも伝わっていない節がある。
検察と十分話が通じる担当でも今回は掴みかねてるのが実際だ」

そう言った事務次官が軽くグラスを振った。

この日下部彌彦法務省事務次官は
法務省に在籍していた頃の冠城の上司に当たる人物であるが、
元はと言えばこの日下部彌彦の指示に始まって
極めつけの変わり種である現上司に冠城が深入りする事になった。

その結果として、誰が決断したかはとにかくあくまで結果として、
冠城は法務省の国家公務員から地方官庁である警視庁の一巡査に正式に転職し、
更にその後の事件の始末を巡って、現在の法務省本省の事務方官僚トップから
背筋の凍る様な警告を受けるに至っている。

そんな状況下で日下部彌彦が冠城に接触を求め、
掴みかねているとすら言っている。
これは、かつて日下部彌彦の手駒として動く事を
自ら楽しんでいた冠城から見て、かなりきな臭い事態だった。


「刑事局は何処迄掴んでいるんですか?」

「毛利小五郎に家宅捜索を行った事、現場のトラブルで逮捕した事は本当だが、
証拠は現在精査中でありそれ以上の事は分からない。
検察から刑事局に伝わっているのはこういう事だ。
検察としては、警察からそれ以上の事は聞いていない、
そういう立場で刑事局に報告を上げている」

「今はあくまで警察の扱い、そういう事ですか」
「そういう立場を取っている」

そう言って、事務次官は赤ワインを口にする。

検察庁は法務省の行政管理下にあるが、
法務省が個別の事件に就いての指揮を執る事は法律上はほぼ出来ない。
例外は、法務省法務大臣が最高検察庁検事総長に対して
トップ同士で直接命令を発する事であり、それだけが強制力を持っている。

一方で、法務・検察と言っても三権の中では行政権の一端であり、
本業としては刑事政策を司る法務省刑事局は
法務省に於ける検察の実質的な窓口として国会答弁等を担当し、
検察庁検事のエリートコースの一つともなっている、
検察とはつかず離れずの力関係の部署と言えた。


「しかし、地検と公安警察は既にすり合わせを始めている。
地検公安部としてこの事件を扱うと。
少なくとも、当初言われていたガス漏れ事故と言う扱いじゃあない。
既に地検の内部では分担が決まっているとして、
検察庁全体では、情報がどの程度迄繋がっているのか」

「公安が裏帳場を立てている」
「公安検察が、ですか?」

冠城の言葉に、日下部彌彦事務次官が頷く。

「最高検公安部の有力検事をトップに、
本件の情報を全て飲み込んで裏で処理する裏帳場だ。
最高検の<公安検察の神様>を中心に
検察庁の、恐らく法務省の要所にも根回しが為されている」

「ますます以て見事な根回しで」

公安検察が本気であれば、
法務省側からそれを把握する日下部彌彦も日下部彌彦。
と言う客観的評価は、冠城は一度胸の中にしまい込む。

「Need not to know」

そして事務次官が呟く。


「この件に就いて、検察で深く静かに蔓延している言葉だ。
「知る必要のない事、ですか」

「公安警察の情報収集は、
検察が知るべきではない裏の作業で成り立っている部分が少なからず存在する。
まして、今回は一刻を争う事態だ、手段を選んでいる余裕はない。
そう言われると、検察としても公安警察への口出しは難しくなる。
まして、その検察から報告を受ける法務省としては隔靴掻痒そのものだな」

法務省の事務方トップたる事務次官は自嘲的に笑うが、
この日下部彌彦事務次官がそんなタマではない事は
冠城も身に染みて知っている事だった。

「知らない方がいいですよ、
聞いていない事にしてこちらに任せて下さいと、
そういう事ですか」

「そういう事だ。警察と検察。
検察の中でも公安検察と検事総長からのライン、そして検察と法務省。
それぞれの関係の中で、
知るべき事、知る必要のない事、知らない振りをする事、本当に知らない事が
何層にも複雑に入り組む。丸で白菜の皮むきだ」

そう言って、日下部彌彦事務次官は肉にナイフを入れ、
赤い断面を露わにする。


「で、今の所、その検察のごそごそした動きは上手くいってるんですか?」
「どうも、バランスが良くないな」

返答と共に、日下部彌彦事務次官は
ぷすりと野菜の一つをフォークで貫く。

「火中の栗に手を出したら火傷する。
そうやってそれとなく予防線が張られている様だな」
「それで、焼き栗の在処は?」

「地検の公安部。先んじて公安警察と協議を進めているが、
高検、最高検、恐らくは検事正次席検事もその内容を把握しきれてはいない。
裏帳場には共有している様だが、それも全てかはかなり怪しい」

「公調(法務省公安調査庁)は?」
「Sや機関紙の情報を押っ取り刀で引っ繰り返してる。
これがテロなら又ぞろリストラの議論になるだろうな。
まあ、流石にミイラ取りがミイラになってると言う事はないだろうが」
「まして、赤煉瓦のお役人が立ち入る事じゃない、ですか」

「これは、警察官のお前の方が専門かも知れんが………」
「ペーペーの巡査、それもお手伝い専門の窓際ですよ」


「事件と言うのは本質的に人間が起こす、
言わば事件は生き物の筈だ。
確かに公安には事前予測が求められるが、
今回の事件は実際に発生している。
それも、他でもない公安部の警察官が何人も殉職する事件がだ。
そして、別件で被疑者が挙げられている。
その様な事件で、東京地検の公安部がここまで踏み込んで、
ここまで迅速に情報を押さえる必要とは何だ?」

「何かを隠蔽した、或いは」
「或いは?」
「自分達で何かを作った、作ろうとしている」
「それに東京地検が関わっている、
少なくとも事情を把握して情報を押さえている、と言うのか?」
「まずくないですか?」

そう言って冠城が向けた乾いた笑いは、
事務次官からの眼差しに直ちに引きつり凍り付く。


日下部彌彦事務次官は
国家公務員出身のキャリア官僚であり、検事出身ではない。
この事は、法務省に於いては決定的な意味を持っている。

不慮の事態で適任者に年齢的な空白が出来たと言うのが表向きの理由だが、
局長以上を検事出身者が占めている法務省で格下扱いのキャリア官僚である
日下部彌彦が事務次官に就任したのは異常事態そのものの異例の抜擢。
彼には、その幸運を掴むだけの実力があると、
半ば彼のお庭番だった元法務省職員冠城亘はその事を熟知している。

スタートから司法修習所出身で法務・検察を完全に支配する検察人脈の中、
冠城の様な曲者を独自に使いこなし、検察内部にも独自の人脈を広げて
本来四面楚歌の立場の中でも互角以上に渡り合っている曲者、強者。

異常事態から生まれたこの「異物」は、
新たな異常事態に於いては「彼・女ら」にとって
決定的な不幸を呼び込むかも知れない。
冠城は自分がそこに巻き込まれるであろう事を確実に予感していた。

「国会は何か突っ込まれても捜査中と答えておけば済む」

そう言いながら事務次官は前を向き、ワインを呷る。


「内閣、官邸ですか」

「言う迄もなく、事態は外交に直結している、
防衛省も情報収集に動き出している。
官邸筋からは情報提供の矢の催促だ」
「法務省は情報を出したくても無い袖は振れない。
官邸はむしろ公安警察でしょうね」

「ああ、官邸のインテリジェンスは従来から公安警察が主導している。
だが、最近、公安警察出身の内閣情報調査室の担当官と
そのカウンターパートだった公安警察の中から
持病の悪化による退職が相次いで少々ぎくしゃくしているらしい」

「とは言え、今の官邸だと餅は餅屋、司司で黙ってお任せ、
って具合にはいきませんか」

「サミットだ、どうしても官邸が出て来る。
形の上では、内閣に対する窓口は法務省、
法務省が検察を管理している事になっている。
ここから先、何かあった時に検察が知っていました、となれば」

「火の粉が飛ぶのは法務省、
事件の規模から言って大臣が危ない、ですか。
まして、東京地検自身の動きが不穏となると、
あそこは法務省、最高検から見ても時々やらかす。
検察自体の問題を知らない間に掴まれたら目も当てられない」


「内側も外側も、だ」

冠城の言葉に、日下部彌彦事務次官が続けた。

「毛利小五郎の妻の事は知っているか?」

「本名毛利英理、通称妃英理。
刑事弁護のやり手として
驚異的な実績を上げている法曹界の女王。ですね。
ええ、こんな身内がいる相手を逮捕した日には、
正式な手続きである以上、裏で何か企んだとしても
容易な事でごまかされはしない」

「しかも、鈴木財閥が動き出してる」
「家族ぐるみの付き合いと聞いています」

「動いているのは鈴木の道楽隠居だ。
表向きは毛利家に任せると静観している事になっているが、
元検事総長や与野党の重鎮、警察キャリアのトップ経験者から
影の実力者だった人脈にまで極秘裏に接触している」

「アグレッシブな爺さんって聞いてますからねぇ」

「あの道楽者が本気になれば、県警の一つや二つ簡単に引っ繰り返る。
起訴とでも言う事になれば、本気で動き出すだろう。
まして、警察自体が毛利小五郎との関係を抱えている」


「ええ、毛利小五郎は捜査一課出身で、一課とは今でも繋がっています」

「<眠りの小五郎>、素人でも知ってるニックネームだな。
捜査一課、そっちの刑事部はどう見てる」

「正直、大混乱ですね。表向きは粛々と仕事を進めている事になっていますが、
毛利小五郎がテロリストと言う事になれば
最低でも刑事部レベルの責任問題になる。
だから、刑事部の横槍が入る前に
公安が強引に身柄を取って既成事実を作った。そう見られています」

「捜査一課の有力な協力者と言う事になれば、
事は地検の刑事部、公判部にも波及して来る」
「地検の刑事部はどう見てるんですか?」

「今の所、毛利小五郎の件は公式には上がって来ていない。
あくまで警視庁と地検の公安部が内々で協議している、
地検内部でも公安が主任を立てると、内々に担当分けが為された段階だ。
刑事部長、公判部長は今すぐにでも
過去の毛利小五郎案件の精査を指示したい所だが、
次席、検事正マターで一時停止されていると言う話もある」

「起訴、公判の根拠とした証拠を大量殺人テロリストが提供していた、
なんて事になったら地検としても対岸の火事では済みませんからね。
それでも、地検の内部でこれだけの規模で
公安部主導で情報を抑え込んでいる
………黒蜥蜴の長い舌、ですか」


「ポストから言っても関わっている事は間違いないが、
およそ、その通りだろうな。
地検公安部主導の情報統制が、
他から出て来ていると言う事はまずないだろう」

そう言って、日下部彌彦事務次官はぐっとワインを空ける。

「益々以てリスクコントロールが必要な案件、ですか。
毛利小五郎がテロリストと言う事になれば、
彼が提供した証拠、それを使った立件を受けて来た
地検側の対応も見直す必要が出て来ると。
帳場の刑事部側のメインは捜査一課の三係、
毛利小五郎に直結してる目暮班長の仕切りです。
中でも佐藤主任はこっちの刑事部でも名うての切れ者。
今回の公安のやり口はどう見たってきな臭い。
ハムの側に隙があれば確実に反撃がありますよ」

「………本当に知らない事には対処が出来ない」

そう言って、日下部彌彦事務次官は冠城の目を見据える。


「お前達の事を許した訳ではない。
だが、優先順位を誤る程愚かでもない。
結局の所、本当に強いのは真実だ。
関わる人間が多くなればなる程にな」

「何かあったとしたら、とても内々で片付く規模じゃない。
だから何か分かったら報せろ、と言う事ですか」

「杉下右京の正義とは何か? 一度じっくり聞いてみたい所だ。
だが、今回は既に何人もの死者が出ている刑事事件だ。
正義と利害は相違しない筈だ。
ここでそれを見誤る様ならば、どの道先は無い。
まして、既に杉下右京が動いているケースであるならば、だ。
それならば、互いにとって最善の結果を出せる筈だな」

「そうですね」

それは、冠城の本心だった。
キャリア官僚法務事務次官日下部彌彦には志がある。
そのために、強かな実力で一欠片の幸運を掴み取り異例の地位に上り詰めた。
そういう男だからこそ、冠城も手駒である事を楽しむ事が出来た。
実利的にも、この異常事態に杉下右京が噛んでいる。
その現実的な意味を見誤る日下部彌彦ではない。
その意味を体現している冠城亘の前で。

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今回はここまでです>>92-1000
続きは折を見て。

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