まほ「まさか、みほと入れ替わってしまうとはな……」 (30)

 
 黒森峰女学園学園艦の寮室で。この異常事態を前に、しかし西住まほはいつもの鉄面皮を崩さなかった。

まほ「仕方ない。私がみほの代わりに大洗に通おう。みほもそれでいいな?」

みほ「んー! んんー!」

 対して、猿轡を噛み、手足をそれぞれ縛られたみほが首を横に振る。

まほ「心配しなくていい、お前のことは私が一番よく分かっているんだ。きちんとばれないようにするし……」

 喋りながらも、まほは先ほどから行っている作業を続けていた。

 妹と同じ程度の明るさになるよう染髪し、大洗の制服に着替える。胸にも少しさらしを巻いた。

 さらに身長が高過ぎることに気づくと、自身の各関節に力を込める。ばきばきと何やら不穏な音がして、背が5センチほど縮んだ。

 そうして鏡の代わりにみほの瞳を覗き込むと、そこにはもうひとりの"西住みほ"が写り込んでいた。

 変装を完了したまほは出来栄えに満足してひとつ頷くと、先ほど自らの手で縛り上げたみほの頭を撫でる。

まほ「……お前が黒森峰に戻りたがってるのも分かってるからな? きちんと転校手続きをしてきてやる」

みほ「んんーーーー!?」

まほ「ははっ、そんなに感謝しなくてもいいぞ。お姉ちゃんとして当然のことをするまでだ」

 言いながら、まほは巨大なトランクケースに自分の妹を詰め込んだ。縛られているみほはろくな抵抗も出来ずにしまわれてしまう。

 防音性が異様に高いようで、ぱちりとロックを掛けるとうめき声すら聞こえない。

まほ「本当はこんなところに入れたくないんだが、ここに残しておくとエリカ辺りが見つけそうだしな」

まほ「奴のことだ。動けないみほを見つけたらまず間違いなくレイプする……おっと、これはエリカじゃなくても同じか。私の妹は世界一魅力的だからな?」

まほ「さ、すでにヘリは用意してある。学園艦が近くにあってよかった。大洗まで片道2時間だ」


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エリカ(た、大変なことを聞いてしまった……)

 その時、逸見エリカはちょうど西住姉妹のいる部屋の前にいた。

 偶然ではない。ひょんなことからみほが黒森峰の学園艦を訪れたと耳にし、何か言ってやろうと――具体的に何を言うかまでは決めていなかったが――思っていたのである。

 まほに連れられて部屋に行ったというので、姉妹水入らずの会話を邪魔しないよう出待ちを始めたのが30分前。

 部屋の中からみほの悲鳴と暴れるような音が響き始めたのが20分前。

 そして件の一方的かつ狂った会話がたったいま終わったというわけだ。

エリカ(隊長は――みほを黒森峰に戻そうとしてる? あの子と入れ替わって、大洗に転校届を出すつもりなんだわ……)

 西住みほが戻ってくる。

 その未来を思い描いて、エリカは唇を噛み締めた。

エリカ(大洗に連絡しておけば、止められる。急ごう。気づかれる前にここから……)

まほ「行儀の悪いことだ。盗み聞きとはな」

エリカ「っ!?」

 まほの肉声が聞こえた。この場合、肉声とは壁に遮られず、直接耳に入ったという意味だ。

 廊下と部屋を隔てる壁が爆砕していた。破壊自体がほぼ無音だったのは、それが爆薬などではなくただ腕力のみで行われたことの証左である。

 片手に巨大な妹入りトランクを、もう片手を構造材の粉末で白く染めながら、まほは何の気なしに壁であった部分を跨ぎ越えてくる。

まほ「さて、どこに行くつもりだった? 先回りして、みほの転校を止めるつもりだったか?」

エリカ「……隊長、考え直してください。手段が強引すぎます。その子の為にもならない――」

まほ「みほの為だよ、エリカ。この子も、本心では黒森峰に……私のところに帰りたがっている。私にはわかる。詳しいんだ」

エリカ「っ、その子は! 大洗で、ここでは見つけられなかった自分の戦車道を!」

まほ「待て待て、建前で話すのはやめよう……結局、お前はみほよりも自分のことを考えているんじゃないか?」

 まほは目の前の副隊長を見定めるよう、じっ、と硝子の様な視線を向ける。

まほ「この子が帰ってくれば、次期隊長はみほになるだろうからな。お前の行動は、それを防ぐための保身ではないと言えるか?」


エリカ「……」

 問われて。

 エリカは悩むこともしなかった。もとより、答えは出ている。こくりと頷いて見せ、

エリカ「ええ、その通りです。私がその子の為に動くとでも?」

まほ「なら――」

エリカ「でも、勘違いしないでください。その子に隊長の座を奪われるのが嫌なんじゃない。みほが、私と同じチームになるのが嫌なんです」

まほ「ほう……?」

エリカ「次の大会で、私はその子を完膚なきまでに敗北させます。逸見エリカは、西住みほよりも強い」

エリカ「西住みほが去っても、黒森峰には何の問題もない――それを見せつけてやりたいんです」

エリカ「そう、これは徹頭徹尾、私の為――だから困るんですよ、隊長。私があの子に勝つチャンスを、奪われるのは」

まほ「いい覚悟だな、エリカ。さすがは私が副隊長に選んだだけのことはある」

 だから、とまほは無表情のままに続けた。

まほ「来年も、副隊長としてみほを支えてやるといい」

エリカ「思いとどまっては、いただけませんか……?」

まほ「くどいぞ。西住流に後退はない。もしも私を止めたいのなら、力尽くでこい」

 言いながら、まほはトランクを置くことも、身構えることもしない。

 油断でも慢心でもなく、それはただひとつの摂理を表している――西住まほは、逸見エリカよりも強いと。

エリカ(それは、正しい。私の戦車道力は4000……隊長の戦車道力5000には届かない)

 戦車道力の差――如実に表れる数値の差は、如何ともしがたい。

 同じ回数だけ殴り合えば、まほよりエリカの方がダメージを負う。

 そして基本性能で劣るならば、後は戦術で覆すしかないが――

エリカ(隊長に、西住まほに戦術で勝つ? それこそ逆立ちしたって無理な話……けど)

 負けるわけにはいかない。自分は、西住みほをも倒すのだから。

 エリカはゆっくりとその場にしゃがみこみ、両手を床に着いた。四足獣の様相――いや、それは獲物に襲い掛からんとするワニのそれだ。

 剥き出しにした真珠色の犬歯に、まほの面白がるような表情が写り込んだ。逸見エリカがとったその構えを、彼女は知っている。

まほ「ほう……デス・エリカか」

 世界で最も"噛む"力――咬合力が強い動物をご存知だろうか?

 それはワニだ、と答えられる方が多いかもしれない。

 なるほど、彼らは次位であるカバの倍以上の咬合力を持ち、巨大な個体になるとその力は何と2tを越えることもある。

 確かに、彼らは地球上で最強だった――そう、だった。その称号は、逸見エリカが生まれた17年前に奪われたのだ。

 エリカの噛む力は、生まれた時点ですでに3t。現在に至っては、上限を図ることのできる計器が存在しない為"計測不能"となっている。

 デス・エリカ――デス・エリカ・ロール(Death Erika Roll)。通称D・E・Rは、そんなエリカの顎の力を利用した彼女の奥の手だ。

 四足を使って短いながらも爆発的な加速で突進。相手に喰らいついた後、体を回転させることで対象を捻じりきる。

 その威力は超戦車マウスの正面装甲を貫くほどだ。黒森峰が所有するマウスが現在、一両しかないのもそういうわけである。

まほ「そのPS、見るのは久しぶりだな。お前が一年にしてレギュラーを勝ち取った時以来か?」

エリカ「ええ。そして、今度はその子を貰い受けます」

まほ「お前は副隊長で、私は隊長だ。その意味をよく考えろ」

 エリカは四つん這いの姿勢から、西住まほを睨みつける。

 彼我の距離は5m。目と鼻の先と言っていい。この距離でD・E・Rを躱すのは、いくらまほでも難しいとエリカは読んでいた。

 それだけに、分からない。

エリカ(隊長の余裕ぶりは、なに……?)

 D・E・Rはいつもの3倍の回転とエリカの好きなワニさんの恰好を模すことで、彼女の戦車道力をおよそ3倍にまで引き上げる。

 いくらまほといえども、直撃すれば無傷ではいられない筈だ。その上で回避も不可能となれば……

エリカ(策がある、ということかしら)

 そう、西住まほは罠を仕掛けていた。

 それをエリカは見破ろうとし――そして、その逡巡こそが罠であることに最後まで気づけなかったのだ。

まほ「……やれ、小梅」

エリカ「なっ、がっ!?」

 まほの呟きに反応して振り返るよりも早く、エリカの口に背後から枷が嵌められる。

エリカ(小梅!?)

 肩ごしに振り返ってみれば、エリカの背に馬乗りになった赤星小梅が、枷の錠を落とし、さらにエリカの腕を容赦なく捩じ上げていた。

 小梅の戦車道力はエリカよりも劣るが、戦術で覆せないほどのものではない――背後からの強襲に、まんまとやられた形だった。

 エリカの噛む力は凄まじいが、開口力は十人並だ。特殊カーボン製の口枷をつけられては、D・E・Rを放つことはできない。

小梅「……終わりました、隊長」

まほ「ご苦労……おや、エリカ。不思議そうな顔をしているな?」

 嘲笑も憐憫もなく、常の無表情のまま、まほはゆっくりと地べたに這いつくばるエリカに近づいてきた。

まほ「何故、小梅が……とでも思っているな? 甘い、甘いぞ、エリカ。理想的な戦争とは、開始前に勝利することだ」

まほ「お前が反旗を翻すことなど想定内。だから、最初に小梅を引き込んでおいた」

まほ「みほが戻ってくる。また一緒に戦車道が出来る。そう言ったら、二つ返事で了解してくれたよ」

エリカ「……っ!」

小梅「……だって……みほさんが、黒森峰に帰って来てくれるんですよ……? エリカさんだって、分かってくれますよね?」

エリカ(違う――違うわ、小梅! みほは帰ってこない! 仮に学籍がこっちに移っても、それは――)

 エリカの声無き訴えは届かない。虚ろな瞳の小梅に背を向けて、まほはトランクを片手に廊下を進む。

まほ「さて、小梅。私は少し出てくるぞ。エリカを今日一日、押さえておいてくれ」

小梅「……ヤヴォール(了解)」

 2時間後。西住まほは大洗女子学園の校門をくぐっていた。手にはみほ入りのトランクがしっかりと握られている。

 校庭ではアヒルさんチームがバレーをしていたり、風紀委員たちが何かのテントを建てようとしていたり、アリクイさんチームがスマホ片手にうろうろしていたりしていた。

 この光景も、『西住みほ』にとっては今日で見納めになるわけだが。まほはふっ、と口元に薄い笑みを浮かべた。

 変装は完璧だった。ここに来るまで誰かに奇異の目線でみられたりということはない。校舎入口からこちらに近づいてくる角谷杏でさえ。

杏「やー、西住ちゃんお帰りー。忘れ物はとってこれた?」

まほ「会長。ええ、この通り」

 トランクを掲げて見せる。声帯模写も抜かりはない。

杏「そっかそっか。じゃー、ちょっと生徒会室まで来てよ。例の件で、ちょっと相談したくてさ」

まほ「分かりました。私も相談したいことがあったのでちょうど良かったです」

 例の件とやらが何かは知らないが、どの道転校の話を切りだせばそれどころではなくなるだろう。

 まほはこちらに背を向けた杏の後を追って、校舎へ向かった。と、その時、頭上から声が響く。

沙織「あ、みぽりんだ。お帰りー!」

 見やると、後者の2階から武部沙織が顔を出して、こちらに手を振っていた。

まほ「沙織さーん!」

 "西住みほ"らしく、笑顔を浮かべて手を振りかえす。まほは妹の対人関係も完全に把握していた。

 もちろんみほに対し何らかの不埒な行いを働こうとした輩がいた場合、いち早くぶち殺す為だ。

 と、一通り手を振り終わると、角谷杏がかなり先行していることに気づく。

まほ(みほを置いてきぼりにするとは……)

 やはりこんなところには置いておけない、と、考えたところで。

 杏が振り向いた。ぴんと伸ばした右腕が、こちらを指向し、

杏「――ばーん」

 次の瞬間、風紀委員が設営しようとしていたテントが吹き飛んだ。

まほ(この砲声――Ⅲ突!?)

 舞い上がった白幕の下から現れたのは、カバさんチーム操るⅢ号突撃砲。マカロニ作戦ドライ。

 その7.5cm砲から放たれた徹甲弾が、狙い違わずまほを撃ち抜かんと迫る。

沙織「みぽりーん!?」

 頭上からの悲鳴。それで思い出したというわけでもないが、

まほ(不味い……!)

 トランクの中にいるみほには外の状況が分からない。いくら西住流とはいえ無防備な状態で砲撃を受ければ最悪、骨折する可能性もあった。

 咄嗟にトランクを自分の背後へ庇うように置き、両腕を体の前で十字に組む。

まほ「ふん!」

 角度をつけたハーケンクロイツ防御法は功を奏し、逸らされた砲弾は明後日の方に消えて行った。

 だが同時、まほの背後で動きが起こる。

 みほの入っているトランクが、衝撃音と共に宙を舞った。

まほ「……砲撃は、囮……!」

 トランクを撥ね上げたのは、アヒルさんチーム車長、磯辺典子がスパイクしたバレーボールである。

 咄嗟に手を伸ばすが、相手の方が早い。

 トランクは校庭をうろついていたアリクイさんチームの面々の下に吹き飛び、彼女たちがその腕力で無理やりトランクをこじ開けようとしていた。

杏「手荒でごめんねー、西住ちゃん――の、お姉さん」

まほ「……最初から、全て御見通しだったというわけか」

 不敵な笑みを浮かべる角谷杏をまほが睨む。

 だが、分からない。自分の変装は完璧だった筈。いや、そもそも一連の流れは自分が来る前から入念に準備されていたであろう計画だ。

 自分が大洗に到着する前からばれていた。それが意味するところは……

エリカ「――こんな格言を知っていますか? "理想的な戦争とは、開始前に勝利することだ"」

まほ「……エリカ」

 予想していた人物。校舎の奥から、確かに無力化した筈のエリカがゆっくりと進み出てくる。

 先回りし、角谷杏へ報告を――だが、解せない点がひとつ

まほ「驚いたな。あの状況から小梅を倒したというのか」

エリカ「その必要もありませんでしたよ――ねえ、小梅?」

まほ「何……?」

 エリカが道を譲る様に一歩ずれると、そこにはまほに下った筈の赤星小梅が佇んでいた。

 先ほどまで虚ろだったその目には、いまは確かな決意が宿っている。

エリカ「彼女は、隊長に抱き込まれていなかった。そのフリをしていただけ。考えてみれば、それが一番賢い方法でした」

 エリカと共に真正面から立ち向かったところで、西住まほを倒すことは不可能。

 ならば下った振りをしておいて、奇襲する――戦車道ではありえない、実戦染みた権謀術数。

まほ「ははは……これは一本取られたな」

みほ「お姉ちゃん……」

 トランクから救助されたみほが、複雑な表情をしながらまほを見つめる。

 続いて、校舎から武部沙織を筆頭に戦車道履修生の面々が飛び出してきた。

 どうやら先ほどの惨状を見た沙織が半狂乱で全員を呼び集めたらしい。彼女は計画を知らされていなかったようだ

梓「本当ですか、隊長が砲撃を受けたって……!」

沙織「うん、ほらあそこ……って、み、みぽりんが増えてる!? え、砲撃されたから?」

梓「凄い! ひとり持って帰っていいですよね?」

優花里「待って! もう一回砲撃して増やした方が! ダブル西住殿バーガー……いや、トリプルも夢じゃ!?」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ有象無象をよそに、角谷杏が口を開いた。

杏「もう争うつもりはないよ。西住ちゃんも取り戻したし、転校届は受理しない。ここらで退いてくれないかな?」

 争うつもりはない、か。まほは薄く笑った。Ⅲ突から次弾を装填する音が聞こえる。退かなければ彼女は容赦なく砲撃を命じるだろう。

杏「確かにお姉さんの戦車道力は、高校生の中じゃ随一だけどさ。忘れてやしないよね?」

杏「本来、戦車道力は乗員の平均値に、戦車の値を足して算出するもんでしょ。生身じゃあ、戦車には勝てないよねえ」

 カバさんチームの戦車道力平均値は2500。さらにⅢ号突撃砲の戦車道力は1万。生身のまほの倍以上の戦車道力を誇る計算だ。

 戦術で覆すことは、少々難しい数値。パンツァーファウストでもあれば話は別だが。

 絶体絶命の危機。その中で、まほは首を横に振った。

まほ「いいや、まだだ。みほは何としてでも黒森峰に連れ戻す」

みほ「お姉ちゃん! 私は、大洗にいたいの!」

まほ「可哀想に。そう言わされてるんだろう? 安心しろ、お姉ちゃんがいま助けてやるからな」

杏「んー、だからさー。無理なんだって。西住ちゃんは転校届をださないし、こんな状況で私たちが受理すると思う?」
 
まほ「思わないが、なに、単純な話だろう?」

 困ったように笑う角谷杏に対し、まほは無表情のままその論理を告げた。

まほ「――大洗女子学園が無くなれば、みほは帰って来るしかないんだから」

 ぞっ、と杏子の背に怖気が奔る。

 その言葉の荒唐無稽さに、ではない。一欠片の疑問もなく、それを真なりとする西住まほの狂気に、だ。

杏「っ! 撃てぇ!」

 振り下ろされる右腕。発する号令。撃ちだされる徹甲弾。

 対して、西住まほの動きは単純だった。

 左手でジャケットのファスナーを降ろしながら、右手を掲げる。まるで向かい来る砲弾を受け止めでもするように。

 無茶だ、とみほは思った。お昼ご飯の角度で逸らす程度ならともかく、真正面から受けては捻挫は免れない。

 ――その予想を、まほは砲弾を片手で止め、更にはあろうことか握り潰すことで覆して見せた。

「なっ――」

 驚愕の声を漏らしたのは誰だろうか。だが、胸の内に限ればその場にいる全員が平常を保ててはいなかっただろう。

まほ「このパンツァージャケットは特別性でな……」

 脱ぎかけているジャケットの表面を一撫ですると、それはカメレオンのように擬態していた大洗のものから黒森峰のものに戻った。

杏「着用者の戦車道力を上げる……?」

まほ「いいや、逆だ。着用者の戦車道力を吸収するんだ。代わりに――」

 腕を抜いたそれを、適当に放る。厚い布の塊は、風に舞いもせず校庭に落下した。

まほ「――吸った戦車道力の分だけ、ジャケット本来の重量を軽減する。西住流後継者に伝わる、ただの訓練用ジャケットだよ」

 瞬間、大洗学園艦が跳ねた。

 浮遊感と共に、その場にいる全員の足が地を離れる。彼女たちの平衡感覚が、地面が跳ねあがったのだと告げていた。さながら、シーソーの片側に何かが飛び乗った様に。

 もしもこの瞬間、全ての状況を俯瞰できる者がこの場にいたのなら、そのシーソーの力点が、まほの放ったジャケットであることを知っただろう。

 衝撃でどこかが破損したらしい。緊急警報と共に、船舶科の学生たちが交わす緊迫した無線通話が学校のスピーカーから漏れ聞こえていた。

『艦が急激に傾斜していきます! 10度……15……20……氷山でも浮かんできたっていうの!?』

『Gの1から8まで隔壁閉鎖! 注水しろ! ダメコン急げ!』

『避難が間に合いません! 該当ブロックには水産科の連中がいるんですよ!?』

『沈むよりましだぁ!』

 やがて跳ねあがりの数倍の時間を掛けて、艦が水平を取り戻す。

杏「はは、ははは」

 だが沈没の恐怖を免れた安堵はなく、目の前の怪物に角谷杏の心はかき乱されていた。

 学園艦を傾けるほどの重量。数百トン? 数千? 数万?

 そして何より、その重量を纏い、軽減するほどの戦車道力は――

 素手でⅢ突を真っ二つに引きちぎりながら、まほは杏から向けられる視線に対し、こともなげに答えを返した。

まほ「ジャケットを着るのに必要な、最低限の戦車道力は20万。私は、5000を残して全て注ぎ込んでいたが」

まほ「そう、本来の私の戦車道力は――53万だ」

 左右の手にそれぞれ持った鉄の残骸を投げ捨てる。断面から、揃って狐につままれたような顔をしたカバさんチームが確認できた。

 秘めたる力を解放した為か、西住まほがその姿を取り戻していく。

 体型が戻り、染髪材は怪物に触れることなど御免蒙るとでもいうようにパラパラと剥がれ落ち、本来の髪色を見せた。

まほ「――選べ、角谷。この場で沈むか、みほの転校手続きに判を押すか、だ」

 角谷杏は口を開いた。何か、言葉を紡ごうとした。具体的に何を言うつもりだったのかは、本人にすら分からなかったが。

 だが彼女の声帯が震えるよりも早く、角谷杏の前に立ちふさがる背中がある。

桃「それ以上の狼藉は控えて貰おうか」

 河嶋桃。モノクル越しに、怯みもせずに西住まほを睨みつける。

桃「この学園艦を守るために、会長が、西住が、私達がどれだけ頑張ったと思ってるんだ……」

桃「確かに貴様は強いんだろう。だが、どれほど力の差があろうと我々は諦めない――!」

「かぁーしま……」「桃ちゃん」「桃ちゃん先輩……」「がっかり副隊長……」「見た目だけ副会長……」

 背後から飛ぶ感動の気配。まほすら感心するように、片眉を撥ね上げた。

まほ「ほう。戦車道力3の分際でよくそこまで啖呵を切る……」

みほ「あ、ちょ、お姉ちゃん!」

桃「……え、ちょっと待って。3? 3って言った? カバさんチームの平均は2500とかじゃなかったか?」

 確認するように背後の面々を振り返ると、全員が気まずそうに顔を逸らした。

 "貴女が傷つくといけないから、みんな黙っていたんです"――沈黙は雄弁だった。

 泣きそうな顔でまほに向き直ると、まほも多少、申し訳なさそうに言葉を足す。

まほ「いや、あの。そんなに気にすることはないと思う。戦車道力は才能に依る部分も多いし……」

まほ「それに、ほら! あんこうチームの通信手も300止まりだし、な?」

桃「暗にこれ以上の成長は見込めないと言われた上に、武部ですら私の100倍はあるじゃないか!? うわああああ!」

 えっぐえっぐという桃の嗚咽をBGMに、改めて大洗の面々と西住まほは対峙した。

 いつもなら取り乱した桃に対し柚子が慰め役になるのだが、いまは緊急事態なので駄々をこね尽した子供の様に校庭に転がるままになっている。

まほ「交渉は決裂、か」

みほ「お姉ちゃん……本当に、戦う気なんだね」

まほ「お前が黒森峰に戻って来てくれるんなら、この学園艦を沈める必要もなくなるんだがな」

みほ「……以前の私なら、その言葉に従っていたかもしれない。けれど」

 決心するように、みほは凛とした面持ちで越えるべき敵を見据えた。

みほ「もう、逃げないよ。私は大洗の一員だから」

まほ「……そうか。では、やはりこうするしかないな!」

 短く叫び、まほはみほの背後に移動した。言葉だけ見ればそれだけのことだが、その場にいる面々にはまほが消えたようにしか映らなかった。

まほ(まずはみほの意識を奪い、安全を確保してから艦を海の藻屑に変える……)

 まほは躊躇いなく手刀をみほの首筋に打ちこむ。トランクに詰め込む前に確認したみほの戦車道力は4500。当然、手加減は抜かりない。

 その場の誰もが反応できない。彼女たちの反射神経がまほの行動を認識したのは、みほがその場に崩れ落ちた時だった。

「みぽりん!?」「西住殿!?」「そんな、西住隊長が……」

 残酷なものだな、とまほは思う。彼女たちは、彼女たちなりに愛情を持っているのだろう。

 自分の妹である西住みほへの愛情。自分達の学園艦への愛情。それは世間一般で尊いとされるものだろう。愛と勇気はいつだって魔王を倒す。

 だが、戦車道にそんなものが入り込む余地はない。機甲戦にあるのは冷たい鋼鉄と苛烈な火薬の理だけだ。

 まほはみほを小脇に抱えると、努めて無表情なまま、拳を振り上げた。2、3発も全力で殴れば学園艦は海の底に沈むはずだ。

まほ「救命ボートに走った方がいいぞ」

 その短い警告だけで、拳を振り下ろす。

 だが、まほの一撃が学園艦を穿つことはなかった。

まほ「っ!?」

 止めざるを得なかった。振り下ろそうとした右腕に、みほが絡み付いている――昏倒させた筈の、みほが。

みほ「させ、ないっ」

 腕の中で暴れるみほを、まほは素直に手放す。下手に力を入れると、みほを傷つけてしまうからだ。

まほ(……私らしくもないな。みほ相手とはいえ、手加減をし過ぎたか)

 こちらに向き直り、ふらふらとよろけながらも構えをとるみほ。

 無駄に苦痛を与えてしまったな、と己を戒めながら、まほは再びみほの背後に回る――と、見せかけて、みほの正面に移動した。

 再びまほが背後に回り込むと予想したみほは、自らまほに首筋を晒してしまう。そこに再び、そして慎重に戦車道力を右手に集中させ、手刀を打ち込む形になった。

みほ「ぐぅっ……」

まほ「……なんだと?」

 今度ははっきりと疑問を浮かべて、まほは目の前の妹を見つめた。打たれた箇所を抑えながら、それでも必死にこちらに振り向こうとするみほを。

 手加減をしそこなった、ということはない。先ほどの一撃は、厳密に戦車道力を調整した上で放ったものだ。

まほ(想いの力だけで耐えたとでも……? 有り得ない)

 三度目の正直。再び、まほはみほの背後を取ろうとし――そして、三度目の驚愕と相対した。

まほ「……!?」

みほ「そ、こ!」

 みほが、まほの動きに合わせて振り向こうとしている。こちらの動きに対応をしている!

 足を止め、まほは後方に跳躍した。距離をあける。

「おお、姉上殿がひいたぞ!」「隊長、頑張って!」「みぽりん……」

 みほに向けて注がれる声援。

まほ(だが、そんなもので結果は変わらない……変わらない、はずだ)

 それでも事実は認めなければならない。みほは自分の一撃を3度、耐えて見せた。偶然ではない。有り得るとすれば――


 妹の戦車道力を再計測する為、まほは右目を細めた。そして、その事実を知る。

まほ「馬鹿な……」

 みほの戦車道力が、物凄い勢いで上昇している。上昇し続けている。

 数値は既に1万を超えていた。なるほど、確かにこれならば手加減した自分の動きに反応もできるだろう。

 だが、不可解。戦車道力とはこのような短期間で上げられるものではない。

 声援を力に変えた? ならば黒森峰は応援団をいくらだって組織する。守るべきものがある故の底力? ならば自分は10連覇を逃しはしなかった。

 不自然な作為を感じたまほは、視界を広げ――その絡繰りの一端に気づいた。

 大洗の他のメンバーの戦車道力が、みほとは逆に下がり続けていることに。

まほ(戦車道力の移動……? 有り得ない)

まほ(確かに体表を移動させて攻防力の調整を行うのは常識だが、それはあくまで自身の戦車道力を、自身の体内で運用しているだけ)

まほ(他人に戦車道力を譲渡するなど、聞いたことが……)

 そこまで思考を紡ぎ、まほはひとつの可能性に思い当たった。

 全国大会での決勝戦。自分の乗るティーガーと、みほの乗るIV号。事前に計測していた戦車道力の差から見ても、勝つのは自分達であったはず。

 だがその予想は覆された。それは何故だったのか。

まほ「そうか。一人だけ、やけに戦車道力が低いと思っていたが」

 まほの視線は、みほではなくその背後――声援を飛ばす大洗メンバーの中のひとり。あんこうチームの通信手、武部沙織に向けられていた。

まほ「彼女のPSか……!」

沙織「なんか急に知らない単語が出てきた……戦車道力もそうだけど……」

 PS――Panzer Skillについて説明する必要はないだろう。戦車道力に並び、戦車道の勝敗を分ける要素のひとつである。

 武部沙織のPSを、西住流としての感覚が捉えていた。

 他者の戦車道力を繋ぎ、集め、束ねる――それが通信手である武部沙織が持つ能力。

まほ「あんこうチームのアキレス腱だと思っていたが……まさか、心臓部だったとはな。戦車道力の低さは、PSに裂かれていたが為、か」

 まほの呟きに、地面に突っ伏していた桃が顔を輝かせた。

桃「じゃ、じゃあ! もしかして私にも何か凄い能力が」

まほ「ない」

桃「うあああああああああああああああああああん!」

 再び大泣きし始めた18歳を無視して、まほは戦車道力を高めつつあるみほに向き直った。

 みほもまた、姉を静かに見つめる。高まり続ける戦車道力は、受けたダメージも癒していた。

みほ「……私は、まだまだお姉ちゃんに敵わない。けれど……知っているでしょう? みんなが一緒に居れば、私は負けない」

まほ「それがお前の戦車道、だったな。分かってる。私は一度、お前に負けたのだから」

 だが、とまほは続けた。

まほ「それだけでは、本気を出した私に対しては決定力に欠ける」

 そう、大洗女子全員の戦車道力を足しても、10万に届くかどうかというところだろう。

 まほの53万には、遠く及ばない。

みほ「なら、受けてみて。私達の一撃は、必ずお姉ちゃんに届くから」

まほ「受けて立とう」

 西住流に後退はない。まほは、妹の抵抗を受け入れるかのように両手を広げた。

 やがて、みほの戦車道力が臨界に達する。9万8千――まほの全力にはほど遠い数値。

まほ(覆すには、豆戦車で重戦車を倒すようなレベルの戦術が必要だが……)

 さて、みほはどう動くのか。

みほ「……行きます!」

 叫んで、みほは拳を地面に打ち付けた。

 圧力が熱エネルギーに変換され、校庭の土が砂に変じる。乾き、巻き上がった其れがまほの視界を奪った。

まほ「目潰しか……凡庸な手だ」

まほ「私が焦って、戦車道力を視覚や聴覚の強化に回すとでも思ったか?」

まほ「そんなことはしない。均等に防御に回しているだけで、お前の攻撃は全て防げるのだから……」

まほ「さあ、攻城戦だぞ。どう動く?」

 みほの返答は、シンプルで、愚かなものだった。

 目の前の土煙が裂け、拳を引き絞ったみほが飛び出してくる。真正面からのバンザイ・アタック。

まほ「馬鹿なことを……」

 まほは目をつぶって、愚妹の一撃を腹部に受けた。避ける必要はない。通じる戦術がないが故の悪あがき。

 ――そう、思っていた。

まほ「……どういうことだ!?」

 一撃を受けた腹部に痛痒はない――なさすぎる。赤子の指先ほどの力も感じない。

 右目を細め、みほの戦車道力を再計測。驚くべき数値が出た。

まほ「戦車道力、3……!? ゴミクズみたいな数値じゃないか!」

 桃ちゃん先輩の泣き声が更に大きくなった。

 さすがに哀れに思ったのかウサギさんチームの面々がその頭を恐る恐る撫る。完全にプライドを捨てた先輩が、後輩たちの手に頭を擦りつていた。

まほ(戦車道力を、みほから更に移動した? だが、みほ以上に戦術を練れる者など、大洗には……)

みほ「言った筈だよ、お姉ちゃん……"私達"の一撃だ、って」

 私達。その言葉は、何を指し示すものだったのか――

まほ「しまっ……!」

 空を見上げる。そこでは思い描いた通りの人物が、攻撃の準備を終えていた。

まほ「エリカ……!」

エリカ「全く……不本意ですよ、隊長!」

 逸見エリカ。アリクイさんチームが組んだ人馬を踏み台に、彼女は空中30mにまで跳躍していた。

エリカ「私だけの力で、隊長に追いつきたかった……けれど、いまは! いまだけは!」

まほ(不味い……エリカのPSは――D・E・Rは、戦車道力を3倍にまで増幅させる!)

 平時ならば、問題はない。増幅したとして、1万2千程度の戦車道力なら弾き返せる。

 だが、いまは。束ねられた大洗の戦車道力を委譲された、エリカの力は……

まほ(い、いや――いける。30万なら! 流石に無傷では済まないが――)

 まほの計算をよそに、状況が動く。

 エリカの背後に人影。人馬を組んだねこにゃーが、新たに磯辺典子を宙に跳ね上げていた。

典子「……逸見さん、頼んだ!」

 弓なりに背を逸らし、そのバネを解放する――スパイクの形。ただし、ボールはエリカだ。

 キャプテンのスパイクで射出されたエリカは音速を超えた。地上でD・E・Rを放つ際と、変わらぬ加速を得る。

エリカ「みほを、守る! ただ、それだけを――!」

 エリカが身体を捻る。デスエリカの本領。回転による破壊。

まほ「甘いぞ、エリカ――!」

 加速の度合いは平時と変わらない。回転も同じ。模倣するワニもいつものナイルワニ。

 空中からの落下は常とは違う要素だが、30m分の重力加速度を加えたところで焼け石に水――

 そう思ったところで、まほは視界の片隅に、不可解な現象を認めた。

 エリカの回転によって、周囲には暴風といっていいほどの風が生まれている。

 その風によって、黒森峰のパンツァージャケットが宙を舞っていた。自分がさきほど脱ぎ捨てた――

まほ(いや――ありえない! 戦車道力を通していないあのジャケットが、風程度で――)

 ならば答えは簡単。あれは自分のジャケットではない。

まほ「……さっきの土煙……!」

 そう。みほが巻き上げた土煙は、ただ戦車道力の移動を隠すためだけのものではなく……

エリカ「行きますよ、隊長! 託された力と合わせて、私の戦車道力は10万2000!」

エリカ「いつもの3倍の回転と、ワニさんを模すことで30万6000!」

 そして、

エリカ「――そして、隊長のジャケットを着ることで10万6000……!」


『ジャケットを着るのに必要な、最低限の戦車道力は20万――』


 土煙の中ですり替えられていたエリカのジャケットが、宙を舞っている。

エリカ「更に――インパクトの瞬間に、ジャケットへの戦車道力供給を止めれば!」

 その重量が、D・E・Rの威力に加算され――

まほ「エリカぁぁぁああああアアアアア――!」

エリカ「――隊長! 貴女の53万を超える、戦車道力1200万です!」

 回避不能。防御不能。

 逸見エリカの生涯における渾身の一撃は、西住まほを海底に沈め、大洗学園艦を真っ二つに轢断した。

 ―― 一週間後。大洗女子学園の校庭で。

 両断された学園艦だが、アリクイさんチームと地下のムラカミなる人物がその筋力を以てして別れ行く左右の装甲を繋ぎ合わせ、即時沈没は免れた。

 奇跡的に、あの騒動での死者は0。風紀委員と、大洗のヨハネスブルグの住人達が協力し合った結果である。

 ここ一週間で自動車部が不眠不休のレストアを行い、今日、ようやく完全に復元が終わったというわけだ。

 合間合間に行われていたⅢ突の修理も完了し、愛機を取り戻したカバさんチームが歓びの声を上げる。(ただし数日後、無断で追加されていた謎のスイッチを発見する)

 そんな光景をよそに、車椅子に座った包帯塗れのエリカが、みほに別れを告げようとしていた。

 加速の勢いに加えて、数万トンのジャケットを着て海底に衝突したエリカは重傷を負ったが、自動車部が頑張ったので何とかなったのだ。

みほ「エリカさん、本当に怪我は大丈夫……? もう少し、こっちで休めば……」

エリカ「ふん。長すぎたくらいよ。それに、夜毎にあんたにボコ扱いされるのはもう勘弁」

みほ「だって……エリカさんは、ボコと同じくらいかっこいいよ」

エリカ「一応、褒め言葉として受け取っておくわ」

 器用に車椅子を信地旋回させると、エリカは背中越しにひらひらと手を振った。別れの挨拶。

エリカ「今回は協力したけど……忘れなさい。私とあんたは、本来、もう交わることのない道を選んだのだから」

みほ「そんなことないよ! だってあの時、私を守ってくれるって」

エリカ「なにそれ幻聴? あー、怖い怖い!」

みほ「もう、エリカさんったら……怖いっていえば、お姉ちゃん……」

エリカ「その形容詞で思いだされるのもアレだけど……隊長、まだ見つかってないのよね」

みほ「うん……海の底に沈んだまま……あれくらいで死んじゃったとは思えないけど」

エリカ「……あんまり、隊長を恨まないであげて。あの人は、あの人なりにみほのことを……」

エリカ「いえ、やめておきましょう。さすがに、卑怯すぎる物言いだもの」

みほ「……?」

エリカ「気にしないで。もしもまた隊長が暴走したら、私が止めに来るわ……もちろん、あんたを助ける為じゃなくて、副隊長の責務としてね」

 呟いて、エリカは車椅子を進めた。付添はいらないと、みほには言い含めてある。

みほ「ありがとう、エリカさん! ――また、またいつか!」

 背後から掛けられる、みほの声を受けて、エリカは寂しそうな微笑を浮かべた。

 やがて、エリカは事前に打ち合わせていた路地に入った。そこには約束していた人物が予定通りに佇んでいる。

 その人物も全身が包帯だらけだった。車椅子ではなく、松葉杖なのは最後の意地である。

 車椅子に座るエリカを見て、松葉杖を突いた銀色の髪の少女は溜息をつき、

エリカ「……遅いですよ、隊長」

 その声を合図に、エリカに扮していた西住まほは車椅子から立ち上がった。

 全身の包帯を乱暴にむしり取る。未だ怪我を引きずるエリカと違い、まほは既に完治していた。

まほ「別れの挨拶を代わって欲しいと言ってきたのはそっちだ。私は敗者だからな、勝者のいうことは聞く」

エリカ「辛気臭いのは苦手なんですよ」

まほ「というより、ずるずる居座り続けそうだったからだろう? みほに請われると、お前は断れないからな」

エリカ「……」

 ぶすっ、とした表情で小梅の待つヘリポートへ歩き出したエリカを、まほは苦笑と浮かべて追った。

まほ「エリカ、肩を貸そうか? その怪我じゃ歩くのは大変だろう」

エリカ「ええ、誰かさんが暴走したお陰で」

まほ「謝ったじゃないか……反省はしてる。みほは、私が思うよりもはるかに強くなっていたんだな」

エリカ「……そうですね。それには、同意です」

まほ「エリカにしては素直な反応だな……」

エリカ「……隊長に直接一撃を入れたのは私ですが、全てみほの作戦です。私がみほの立場だったなら、隊長を止めることはできなかった」

エリカ「みほの戦車道……その一端が、いまなら少しだけ理解できます。何故、全国大会で私があの子に勝てなかったのか……その理由も」

まほ「勝てなかった、か。エリカのことだ。当然、負けっぱなしではいないのだろう?」

エリカ「ええ、当然」


エリカ「――見つけられそうです、あの子に負けない、私の戦車道を」


 数か月後。空砲の勢いでかっ飛ぶD・E・R零式を引っさげたエリカが無限軌道杯に挑むのは、また別の話である。

終わりです。依頼して来ます

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