【モバマスSS】肇「私なりの色を」 (12)

 土をこねることは幸せだ。自分のとりとめのない想いを一つの形にして、誰かに受け取って貰える。私の人生を彩っていたただ一つのこと。
 おじいちゃんは厳しくて、簡単に認めてくれない。でも指導に不満を覚えたことは無かった。おじいちゃんはいつだって正しいし、私も妥協なんてしたくなかった。
 友達はあまり多くはない。そして趣味の話を共有できる友達は一人としていない。
 私とおじいちゃん。世間からまるで離されたように限定されたこの空間で。
 それでも。
 私は確かに幸せだった。

 ……。

 あの時までは。

「どうした肇?」
 おじいちゃんが私の顔を覗き込む。
 いつも通り陶工の時間になり、私はろくろと向き合った。
 最近は上手く行かず、怒られることが多くなってしまっていた。壁に当たっている、と言うのだろうか。でも何度も味わってきたことだから。
 だから、私は今度も大丈夫、なんて思っていた。
 この失敗の連続は成長に繋がるんだって。私は停滞なんてしていないって。
 くるくると回る土はどんどん歪になっていく。
 わかっている。大丈夫。
 おじいちゃんにはまだ納得してもらえないかもしれないけど、私なりのものは作れるはず。
 だから、大丈夫。
 心で唱えても。
 頭ではわかっていても。
 手は震え、指は止まり。
 遂には、腕に力が入らなくなり。
 土は歪な形のまま、くるくる回っていた。
「体調が悪いのか?」
「……違うよ」
「じゃあどうしたっていうんだ」
 わからない。
 そんなこと私にもわからない。
 わからないよ。
 どうして? なんで?

 私はこの時、幸せを失った。


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 プロデューサーさんから連絡を貰ったのは一時間前。約束の時間に、私はプロデューサーさんのいる部屋へとやって来た。
 プロデューサーさんは満面の笑みを浮かべていた。
「肇! 仕事だ! 仕事がきたぞ!!」
「えっ? あ、はい!」
 プロデューサーさんは仕事がくる度こんな風に大喜びしてくれる。私ももちろん仕事がきてくれるのは嬉しい。でも、それ以上に私のことで喜んでくれるプロデューサーさんのことも嬉しい。
「どんなお仕事ですか?」
「あ、ああ。そうだったな。座ってくれ」
 プロデューサーさんから聞いた話はこうだった。
 どうやらアイドル特集をとあるテレビ局が行うらしく、その企画の一員としての仕事だそうだ。企画は『苦手なものを克服!』というものだそう。
「肇は苦手なものってなんなんだ?」
「苦手なもの……ですか」
 頭を巡らす。
 不得意なことなど数えきれない程あるだろうけど、克服しなければならないと考えると当然絞らなければいけない。
「もし嫌だったなら断って構わないぞ」
「い、いえ。やらせて下さい」
 アイドルになって早一年。
 せっかくもらい始めた仕事を無下にするわけにはいかない。
 三分程思考し、一つ思いつくことができた。
「絵、ですかね」
「絵?」
「はい。私は絵を描くことが苦手です。克服できるなら、是非」
「へぇー、意外だな。肇は何でも器用にこなすと思っていたが」
 プロデューサーさんは本当に不思議そうな顔をする。そんなこと、ないのに。
「よしわかった。苦手な絵描きを克服だな。頑張れよ!」
「はい!」
 こうして私の仕事が決まった。

 その後企画会議が進められ、私の苦手克服の具体的な方針が決まった。
 期間は二日間。絵の先生がつき、合格とされれば克服したと見なすという。
 二日間の内に克服ができなければほとんどカットされてしまう。プロデューサーさんはこの方針に反対していたが、どうやら納得しなければならないようだ。
 私はこの条件を呑んだ。せっかくのお仕事だから。何より、真面目に取り組むことは私の得意なことなのだから。きっと克服できるはず。
 先生役として選ばれたのは荒木さんだった。
 選ばれた理由として、そもそもの絵の実力、そしてアイドル特集という番組の方針から、一人でもアイドルが出た方が盛り上がるからだそうだ。
 荒木さんはできれば絵、というより漫画を書いていることはファンには秘密にしたいと言っていたけど、肇ちゃんのためならと企画に参加してくれることとなった。

 一日目。

 プロダクションの一室。
 カメラマンさんや照明さんが所狭しと部屋にいる。
 その部屋の中心に椅子と一つのキャンバスがあった。荒木さんはそのすぐ側に立っていた。
「肇ちゃん久しぶりっス」
「お久しぶりです。本日はよろしくお願いします。漫画ではないのですね」
「とても二日間じゃ形にはならないっスからね。だから今回は油絵! これなら短期間でできるっスから。思うままに書いてみて欲しいっス」
 筆、絵の具、パレットが置いてある。学校の課題でも何度か水彩画は描いている。
「はい」
「あ、でも肇ちゃんだからって合格基準は甘くしないっスからね」
「その方が私にとってもありがたいです」
「いいっスね~。挑戦的なのはいいことっスよ」
 私は筆を手に取り、考える。
 何を、描きたいのか。
「……」
「ゆっくり悩んでもいいっスからね」
 ……出てこない。
 私が絵が苦手だといった理由はここにある。
 自分が何を描きたいのか。まったくそれが私の頭の中に形を持たない。
 学校の課題は問題ない。描くべきことは決まっているから。
 でも、自由に。思うがままに。なんて。
 私にはわからない。
「肇ちゃん?」
「あっ。すみません。私、集中しちゃって」
「あ~全然構わないっス。ただ何もしないよりは、描いてみた方がいいと思うッス。上手さは重要じゃないっスからね」
「は、はい」
 筆は宙に浮いたまま、動かない。
 真っ白のキャンバスは真っ白のまま。
 スタッフのざわめきが後ろから聞こえてくる。
 時計を見ると三十分が経過していた。
「ああー、ごめん。少しいいかな?」
 声をかけてきたのは、番組のディレクターさんだった。
「もう君が苦しんでいるのは撮れたからさ。そろそろ描き始めて欲しいんだよね」
「す、すいません。すぐに描いてみせます」
「頼んだよ」
 ディレクターはそういって部屋を出ていってしまった。
 描いてみせる、とは言った手前何も出てこない。そんな自分が疎ましく思えてくる。
 再び描きあぐねる私を見て、荒木さんはアドバイスをしてくれた。
「自分の好きなものをかいてみましょう。肇ちゃんで言えば……陶磁器っスかね」
「あ、」
 陶磁器。慣れ親しんだものだ。鮮明に頭に出てくる。
 そして、夢中になって作っていたあの日々も。
 私は成長しているのか。今も私は、自分を表現できないまま。私は本当にアイドルになって変われたのだろうか――。
 頭を振る。
 そんなことを考えている暇はない。
 私は拙いながらも、思い浮かべたものをキャンバスに描いていった。

 一時間後。

 キャンバスの中央には備前焼きが描かれてる。
 荒木さんはじっくりと見て「いいっスね」と言ってくれた。
「だけど合格はあげられないっス。もう少し頑張ってみましょう」
「はい!」
 技術や工夫を荒木さんから教わりながら、この日は撤収となった。

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