ダイヤ「死神」 (104)

皆さんは死神、という言葉にどういった印象を持っていますか?

人の命を奪う恐ろしいもの、でしょうか?それとも…死を象徴する不吉なもの?


まあ世間一般、普通の人からの印象は、そんな所でしょうか



え……私はどう思うかって…?


………そうですね


少し損な役回りの……ただのちっぽけな一柱の神様、といったところでしょうか


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ダイヤ「ルビィ……!早くなさい、学校に遅れるわよ」

ルビィ「ち、ちょっと待ってお姉ちゃん!」

ダイヤ「これ以上待ったら私まで遅刻するわ……全く、今日も1時間前には起こしたのになんでこんなに手間取りますの…」

ルビィ「うぅ……ごめんなさい……」

ダイヤ「あと3分で来なかったら置いていきますからね」

ルビィ「ごめんお姉ちゃん!もうちょっと…今玄関行くから!!」

ルビィ「よっ、と……ありがとお姉ちゃん、今靴履くから…」

ダイヤ「……ルビィ…体操服は」

ルビィ「へ……?」

ダイヤ「ルビィ、今日体育があるでしょう?火曜日はそうだったはずです、今あなたの体操服はどこ?」

ルビィ「……外に干したまんまだと思う…」

ダイヤ「…………」

ルビィ「………」




ダイヤ「……ルビィ置いていくわ、走って来なさい」

ルビィ「ま、待って‥‥‥お姉ちゃん!」

これが恥ずかしながら私たち、黒澤姉妹の至って普通の朝

別に今日が取り立てて騒がしい訳ではなく、いつも妹のルビィは朝が弱く、あれが無い、これが無いと騒ぎ立てるのは毎度毎度、日常茶飯事でした


ルビィ「はぁ……はぁ……お姉ちゃん、追いついた……よ…」

ダイヤ「全く……昨日の晩から準備しておかないから朝慌てる羽目になるのよ」

ルビィ「だって昨夜は大変で疲れちゃったから…帰って直ぐに寝ちゃったよ…」

ダイヤ「それは私も同じことです、明日からは出る時に準備出来てなかったら待ちませんからね」

ルビィ「はぁい……」

三年生教室


ダイヤ「はぁ……」

果南「どうしたのダイヤ‥お疲れ?」

ダイヤ「いや……何と言いますか…ルビィの事なのですけど…」

鞠莉「なになに?ルビィがどうしたって?」

ダイヤ「いえ、ただ…あの年になっても落ち着きが無くて…もうちょっとしっかりしないものかと…」

果南「そう?可愛いじゃん」

ダイヤ「果南さん……答えになっていませんわ…」

鞠莉「そんなにしっかりしてないかなー?むしろ、あの年にしてはしっかりしている方だと思うけど」

ダイヤ「………そんな風に見えますか?」

果南「兄弟姉妹のそういうとこなんて…特に目に付くんじゃない、知らないけど」

ダイヤ「知らないけどって…無責任な」

果南「だって私も鞠莉も一人っ子だもん、分かんないよ」

ダイヤ「……それはそうですが」



鞠莉「そうね…誰か妹にするなら……誰がいいかしら…」

ダイヤ「…そんな話していませんわよ」

鞠莉「うーん…私はちかっちかしら?あんな妹がいたら、きっと楽しいわよね!」

果南「私は花丸かなぁ…ほら、素直そうだし…海に連れて行ったら目をキラキラさせて喜んでくれそう」

鞠莉「ちかっちはお姉さん居るみたいだし…さぞ可愛がられているでしょうね…いいなあ…姉妹」

果南「読書かぁ……本読むのは苦手だけど…読んだ話を聞かせてもらうのは…面白いかも」

ダイヤ「……………もう勝手にやっていて下さい…」


この後も、二人の非建設的な話に結局私は一時間目が始まるまでつき合わされました

一年生教室


ルビィ「ふぁ…ああ……」

花丸「ルビィちゃん、寝不足?」

ルビィ「うん……ちょっと昨日夜遅くまで起きてて…」

花丸「そっか…珍しいね…ほら、ルビィちゃんのおうち夜更かしとか厳しそうだし」

ルビィ「う、うん……ちょっと携帯触っていたら夢中になっちゃって…」

花丸「そっか…マルはまだあまりスマホを使いこなせないから沢山使えないずら、この前も善子ちゃんの携帯ちょっと触ったら怒られたずら……」




善子「wifi無しで動画見るなんて自殺行為よ!まだ月の中盤なのに通信制限かかったらどうしてくれるのよ!」

ルビィ「あ、善子ちゃんおはよう」

花丸「善子ちゃんは今日もギリギリずら」

善子「今日は私のせいじゃ無いわよ!曜がちっとも来ないのよ!」

ルビィ「曜ちゃんが…?」

善子「待てども待てども来なくて…結局来なかったから置いて来たわ」

花丸「来なかったって……心配ずら…」

善子「いつも来れない時は連絡が入るんだけど今日は本当に分かんないわ…どうだろ、鞠莉とかなら何か知っているかしら…」

ルビィ「そうだね…いつも元気な曜ちゃんだし心配…」

善子「そんなこと言ったら、私はルビィの方が遅刻してると思うわ!」

ルビィ「え……そ、そうかな…」

善子「大体、アンタ親だけじゃなくて出がけにダイヤまで起こしてくれるんでしょ?それなのに遅刻するってどういうことよ……私、流石にもう親に起こしてもらってないわよ」

ルビィ「そ、それは……そうだけど…」


花丸「それは善子ちゃんの簡単な思い込みずら、自分が間に合った時は誰かが遅刻したか印象深いけど…自分が遅刻した時は誰が来ているかそれどころじゃない、そういうことずら」

善子「そ…そんなのルビィにも言えるじゃない!」

花丸「いつも先に来てるマルが証明するずら」

善子「うっ…ぐぅ……」

花丸「あ、先生来たずら…ほら、善子ちゃんは早く向こうの席に戻るずら」

善子「ぐぬぬ………覚えてなさいよ……!」

花丸「典型的な負け役のセリフずら」

ルビィ「あはは…………」





ルビィ「…………」

花丸「……どうしたの?ルビィちゃん」

ルビィ「ルビィ、しっかりしてないかな?」

花丸「…どうしてずら?」

ルビィ「善子ちゃんの言う通り遅刻もしちゃうし…忘れ物したりしていつもお姉ちゃんに迷惑ばっかりかけちゃうし…」

花丸「…………」

花丸「確かに、ルビィちゃん時折遅刻しちゃう時もある、忘れ物もちょっとみんなより多いずら」

ルビィ「…………うん」

花丸「でも、それだけずら…別に誰かがすごく困るとかそんなこと無いずら」

ルビィ「で、でもお姉ちゃんにいつも……」

花丸「……姉だって、とどのつまりは他人ずら」

ルビィ「…………!」

花丸「別に悪く言いたい訳じゃないずら、お姉ちゃんだって、迷惑をかけられて本気で嫌なら突き放すずら、それをしないって事はルビィちゃんがダイヤさんに掛けてる迷惑はきっと大丈夫な程度って事ずら」

ルビィ「そう、かな……」

花丸「そうずら、大体忘れ物だったら善子ちゃんの方がよっぽど多いずら、マルが教科書を見せたのだってこの春からでルビィちゃんが二回、善子ちゃんが五回ずら」





<なんでそこで私が出てくるのよ!

<おい津島、朝礼中だぞ

<す、すみません…






花丸「だから、きっと…生死が掛かるとか…そういう迷惑じゃなかったらきっと大丈夫、マルが保証するずら」

ルビィ「………ありがと、花丸ちゃん」

花丸「ふふっ…マルは何もしてないずら」

授業後、部活


ダイヤ「曜さんの姿が見えませんが…?」

千歌「あ、なんか休みみたいです……先生は連絡が無いって言ってたけど…」

鞠莉「あ、そのことなんだけど…曜は具合悪くて今朝、病院に送られたそうよ」

梨子「び、病院……!?」

鞠莉「なんでもね…お母さんがいつまで経っても起きて来ないから朝寝室を覗いたら意識が無くなってたって……」

千歌「確かに…ちょっと調子悪そうだから心配だったけど…」

果南「意識が無いって……大丈夫なの…?」

鞠莉「分からない……調べた限りじゃ命に別状は無いみたいだけど…今はさらに検査待ちだって…」

鞠莉「あと、曜のお母さんから善子にごめんなさいって、朝慌てて連絡出来なかったから、待たせたかもって」

善子「ううん…別に構わないって伝えて」

パンパン

ダイヤ「…はい!曜さんの事は気になりますが、本戦まで残された時間は後僅かです…曜さんが戻ってくるまで、練習を止めるわけにはいきません」

千歌「……そうだよね、曜ちゃんが帰ってきて…下手になってたら…格好つかないよね…」

ルビィ「うん、曜ちゃんはダンス上手だし…きっとすぐに追いついてくれると思う…」

鞠莉「よし、そうと決まれば早速ダンスレッスンね!任せて!」

ダイヤ「まずは2人1組になって準備体操、柔軟から!今日は偶数なので3人組は作らなくて結構です、さあ始めますわよ!」



「「「「はーい!!」」」」


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ダイヤ「はい、今日はここまで!」

千歌「はぁ…はぁ…つかれた……」

ダイヤ「だらしないですわ!…先程も話した通り、本戦まで時間が無いのですから踊りきるだけに精一杯になっていては細部まで気が回りませんわよ」

千歌「はぁい……」

果南「今日は暑かったしね……なんか冷たいものでも食べたいよ…」

鞠莉「でも今更この時間で店なんて…そもそも店無いし…」

善子「コンビニ!あそこのセブン寄りましょ!」

花丸「……善子ちゃんは一緒に帰る人がいないから寂しいだけずら」

善子「……………ソンナコトナイワヨ」


鞠莉「じゃあさっさと着替えてレッツゴーね!」

花丸「なら、マルも折角なら今日は歩いて帰ろうかな、ルビィちゃんも来るずら?」

ルビィ「あ……え、ええと……」チラッ



ダイヤ「…………」

ダイヤ「…………私とルビィは今日、用事があるので…先に失礼しますわ」

ダイヤ「ほら、ルビィ…早く着替えて行くわよ」

ルビィ「あ、……うん…お姉ちゃん…」


バタン







鞠莉「うーん…残念ね」

果南「…二人共、って言うのならなら家の事だろうし…しょうがないねぇ」

善子「なにかしら…習い事とか?」

梨子「練習終わってこの後に…?それはちょっとハード過ぎない…?」

果南「一年生の頃はダイヤ結構やってたよ、稽古あるから帰るって…最近は少し減らしたり、土日に回したりしてるみたいだけど…」

千歌「うへぇ……私なんか絶対無理だよぉ……」

鞠莉「ささ、気を取り直して早く行かないと…日が落ちてアイスが美味しく無くなっちゃう」

千歌「そんな心配する必要ないくらい今暑いよ……鞠莉ちゃん…」


鞠莉「ジョークよジョーク、さあ私達も着替えましょ?」

黒澤姉妹、帰路



ルビィ「……………」

ダイヤ「……………」




ルビィ「……お、お姉ちゃん!」

ダイヤ「何…?」

ルビィ「き、今日の晩御飯何かな…お姉ちゃんは何がいい?」

ダイヤ「……今日は両親とも出掛けているから、私達が作るのよ」

ルビィ「あっ……そっか……」



ダイヤ「さっさと帰りますわよ、夕食の前に一仕事済ませなければならないのですから」

ルビィ「……うん」

半歩離れた位置で隣り合いながら二人揃って家に帰り、学校の荷物を置くもそこそこに、汗で少し張り付いた制服を着たまま、再び外に出ます



ダイヤ「準備は出来た…?」

ルビィ「うん…大丈夫」



向かう先は黒澤家の裏口から歩いて数分で辿り着く、山の中

鬱蒼と木が生い茂り、緑の草木で空も、地面も覆い尽くされた山の奥へと一歩、また一歩と足を進めます

ダイヤ「…………」

ルビィ「…………」

山道とはいえど、私達はこの道を何度も行き来してきましたので、決まった道順を進む限りは、踏み外したり、迷ったりする心配はありませんでした


しばらくして、木々が多くなってきた森の中を、草木をかき分けるようにして数分間歩き続けるとやがて、突然木々が消え去ったように開けた場所にたどり着きます

小さな、下手をしたら丘と呼ばれかねないこの山にもそれなりの高さがあり、この沼津の地の夜の様子を一望することが出来ました




ダイヤ「着きました……さあ、始めるわよ」

ルビィ「うん、お姉ちゃん…」

ルビィ「………………」


ぎゅっと目を瞑ったルビィが、静寂の夜の街に向けて念を込める。



すると、色とりどり、色も形もまるで宝玉の如き煌めきを持った物体が、釣り上げられるように少しずつ、三日月の輝く漆黒の夜空へと昇っていく


やがて…赤、青、黄、緑、黒、白、多種多様な色をもった珠が、まるで炸裂した花火の様に、夜空一面を覆いつくした


いつか、皆で眺めたぼんやり灯が光るスカイランタンが如く、光り輝く宝玉がふわり、ふわり、と空へ舞い踊る



これらの、美しく舞う珠は…いわゆる魂と呼ばれる物でした

肉体が朽ち、入れ物を失った生命の自我、自意識そのものです

その光景を見届け、私、黒澤ダイヤも目を瞑り、念を込め、頭の中をクリアにする

右の手甲に血筋が浮かぶほど力を込め、目を見開く。頭の中を駆け巡る算段によって力を振るう加減、範囲を制御する


大きく息を吸う。一息に全ての気を体に溜め込むイメージを作り、その全てを外部へと弾き飛ばす!!!!!




ダイヤ「ハァァッ!!!!!!」




ルビィによって持ち上げられた珠達は、その一声の後、全てヒビ壊れ、粉々に砕け散りました

ダイヤ「……帰るわよ、夕食の支度をしないと」

ルビィ「はぁ…はぁ……」

ダイヤ「……ルビィ…?」

ルビィ「あ、うん……分かったよお姉ちゃん」

ダイヤ「…………」

ルビィ「な、何……?」

ダイヤ「まあ、いいです…話は、食事の後にしましょう」



まるで硝子の様に、砕け散った色とりどり破片が宙を舞い、星の如くキラキラと輝く空に背を向け、私達は行きに歩いてきた木々の生い茂る道を元の通り歩いて、戻っていきました



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黒澤家 台所


ダイヤ「…………」トントントン

ルビィ「……お姉ちゃん、言われた通りスープの材料お鍋に入れて火にかけたよ」

ダイヤ「そう、ありがとう…じゃあそこに置いてある小松菜を切っておいて頂戴」

ルビィ「うん、分かった!夜ご飯はこれで完成?」

ダイヤ「そうね、スープとおひたしと…今私が作ってるオムライスで全部ね」


ルビィ「そっか……オムライス楽しみ!ルビィお腹減っちゃったな…」

ダイヤ「……スープが出来るまでまだかかるから、先にオムライスだけ食べてしまいましょうか」

ルビィ「いいの…?」

ダイヤ「…お母様もお父様もいないから…特別よ」

ルビィ「いただきます!」

ダイヤ「…頂きます」

ルビィ「んむんむ……うん、おいしいよお姉ちゃん!」

ダイヤ「そう、それはよかったわ」

ルビィ「お姉ちゃん、洋食も作れたんだね…すごい」

ダイヤ「別に、レシピ通りに作れば誰でも…それなりのものが作れますわ

ルビィ「スクールアイドルももうすぐ本戦で忙しいし……最近“あれ”の頻度も多いし…ルビィいつもお腹ペコペコになっちゃう」

ダイヤ「…………」




ダイヤ「……ルビィ」

ルビィ「お姉ちゃん…?」

ダイヤ「先ほども言った通り、丁度いい機会です、そのことについて…少し話をしましょう」

私達姉妹の役目を一言で言い表すと『現世にて死んだり、弱ることにより、彷徨える者の魂を介錯する』になります

者、と言いましたが特に人間に限定する訳ではありません、この世界の生き物は動物、植物、果てには神まで…万物万象に魂が宿っています。そして、魂の入れ物である肉体が死した後、その魂は天へと昇ります

しかし、時に、死んだり、弱ったまま生き長らえ、現世へと恨みを抱いたまま長々と留まり、悪霊へと姿を変えてしまう魂もあります

そういった彷徨える魂を悪霊へと成りきる前に始末するのが、私達に課せられた役目です





私達は『死神』でした

『神』と大層な名を授かっていますがその力、いわゆる“神としての権能”というやつは実にささやかで、微々たるものです

魂のカタチが見えること、それに触れ、動かし、破壊する力を持つこと、ただそれだけです

空を飛ぶことが出来たり、ましてや不老不死の肉体をもっていたりすることは、ありません、神の名を関していても肉体は脆弱な部類です


例えば私がトラックに後ろから轢かれたとします、その場合…私は特に何の天啓も無く、何の抵抗も出来ないままそのまま死ぬでしょう

私は物事に特に執着が無いタチなのでおそらくその魂は現世に未練なく、そのまま天に昇っていくでしょう。万が一悪霊に成り果てたのなら、きっとルビィが処理してくれます

先程行っていたのも、私達に割り当てられた役目でした

最近は毎日ですが…今までは数日に一回、二人で山に登り、先程の手順で彷徨える魂を破壊する。そんな同じ行為をずっと繰り返してきました。

一度山の頂に立つのは、ただ単純に見晴らしがよく、ルビィが力を使う際、都合が良いらしいからです




ルビィは魂の操作、修復に長けており、私はその真逆、破壊の方に才があるようでした

一般的な死神のイメージとしては、私のほうが適任かもしれません。しかし、互いが相反する能に長けているのは実に都合が良いことでした

ルビィが彷徨う魂を吊り上げ、私が破壊する。互いの得意分野で互いを補いながら、私達はずっと、この地の神として存在してきました


死後の世界には何が広がっているのでしょうか?私には分かりません


楽園でしょうか、地獄でしょうか?私には、分かりません


そんな、自分すら知りえない暗闇に他人を放り込むような真似を私とルビィはずっと、続けてきました

ダイヤ「最近……山へと出る頻度が多くなっているのは…分かっているわよね?」

ルビィ「うん、前までは一週間に一回くらいだったのに…ここのところにはずっと毎日だよね…」

ダイヤ「そうね、ここの所ずっと現世で彷徨う霊の数が増えている…それも、二倍や三倍なんて比じゃない量で」

ルビィ「…魂を持ち上げる時も、前までとは比べ物にならないくらい大変で…」
ダイヤ「そう、通りで…」

ルビィ「え………通りで…って?」

ダイヤ「…山で仕事を終えた後、あなた息が上がってた、額には脂汗まで浮かんでいたわ」

ルビィ「…………」




ダイヤ「正直に言いなさい…ルビィあなた、体力がもう底に近いんじゃないの…?」

ルビィ「……正直苦しいけど、今はまだ大丈夫……でも、今のペースで続けてたらいつかは……」

ダイヤ「そう……」

ダイヤ「確かに私も少々力を使う度に疲労を感じるけど……私の能力より、何万もの魂を吊り上げるルビィの力の方が、遥かに体力を使う…そうよね…?」

ルビィ「………うん、たぶん…」



ダイヤ「今はまだ、ルビィと私だけで対処出来るレベルですが…今後これが加速度的に進んで行って、私たちの処理しきれない量の魂で溢れたりしたら……」

ルビィ「したら…?」

ダイヤ「死神に代わりはいないわ…その時は、この地は終いです」

ルビィ「…………」

ダイヤ「原因には必ず理由があるはずよ、まず目測を立てた後、調査して、原因を叩きましょう」

ルビィ「うん……」

ダイヤ「……こほん、まあ大丈夫です…!今回も、ルビィは私に付いてくるだけでいいのよ」

ルビィ「お姉ちゃん……」






「ナーオ…ナーオ」

ダイヤ「野良猫…かしら?結構鳴き声が近いけど」

ルビィ「………」ダラダラ

ダイヤ「………ルビィ…?」

ルビィ「な、何?…お、おおお姉ちゃん…」

ダイヤ「…………」

ルビィ「…………」







ダイヤ「…………正直に話しなさい、そしたらお父様とお母様には内緒にしてあげる」

ルビィ「…お姉ちゃんは怒らない?」

ダイヤ「内容次第ね、そんな問答していてもしょうがないから早く白状なさい」

ルビィ「う、うん……」

ガラガラガラガラ


「ナーオ、ナーオ」




ダイヤ「近いと思ったら…うちの庭で鳴いていたのね」

ルビィ「野良猫なんだけど、一週間前くらいに一回ご飯あげたら来るようになっちゃって…」

ダイヤ「それで餌付けを…?野良の動物に餌をやるのは感心しませんわ」

ルビィ「……うん、でも…初めて見た時…本当に飢えて、魂まで弱ってて…」

ダイヤ「猫の多い港町だから、一匹この辺に住み着くと何匹来るか分からないのよ、分かるでしょう?」

ルビィ「……ごめんなさい」



ダイヤ「………………」


「ナーオ…ナーオ…」

ダイヤ「……まあ、過ぎたことを言っても仕方ありません、以後気を付けなさい」

ルビィ「うん……」

ダイヤ「それと……二日に一回は追い払いなさい、ここに来れば餌が貰えると思わせない事、もし猫が庭を汚すようなことがあったなら自分で掃除すること」

ルビィ「それって、お姉ちゃん………!」

ダイヤ「……おひたしに使った鰹節が台所にあったはずです、持って来なさい」

ルビィ「う、うん…!」




「ナーオ…!アォ…!」

「……ムグ…フガッ…!ガッ…!」ガツガツ



ダイヤ「この子、名前はありますの…?」

ルビィ「ううん…野良猫だから…名前は無いよ」

ダイヤ「あぁ……そうでしたわね」




「フガッ…!…フーッ!……」ガツガツ


ダイヤ「このがっつきよう…よっぽどお腹が空いていたんでしょうか…」

ルビィ「ルビィは……」

ダイヤ「……?」

ルビィ「ルビィはエオ、って呼んでる」

ダイヤ「エオ、ですか」

ルビィ「うん、勝手にだけどね…」

ダイヤ「……そう」


「ナーオ…ナーオ…」



ダイヤ「エオ、おいでなさい」


「…………」



ダイヤ「そうです、そのままこっちに来なさい」



「…………」スタスタ



ルビィ「あっ……行っちゃった」

ダイヤ「…………」

ルビィ「あはは…嫌われちゃったかも、お姉ちゃん」

ダイヤ「ルビィ………」

ルビィ「ひっ…!」




ダイヤ「……明日も早いのですから準備なさい、今日の様な体たらくなら速攻置いていきますわよ」

ルビィ「は、はぁい……」




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──

翌日、授業後の部活


善子「ハァッ……ハァッ……」

花丸「…………善子ちゃん大丈夫?脂汗すごいけど…」

善子「だ、大丈夫よ!ちょっと疲れただけよ!」

鞠莉「ここの所暑いしね~…また冷たい物食べに行きましょう!」

千歌「賛成!」

花丸「やった!ルビィちゃんも行くずら?」

ルビィ「あ………」チラッ


ダイヤ「…………」








ダイヤ「すみません、今日も……」

千歌「え~!……二人とも今日もすぐ帰っちゃうの?」

ダイヤ「はい…どうしても」

果南「ま、しょうがないんじゃない、家の事とか色々あるだろうし…それに練習にはキッチリ出てる訳だし」

鞠莉「でも今日は私の家でプチ合宿するって言ったのに……」

ダイヤ「それは聞いてません」

梨子「ルビィちゃん…お家の事、忙しいの…?」

ルビィ「うん……ちょっとだけ…」

同日夜、黒澤家


ダイヤ「調査を始めましょう」

ルビィ「うん……」

ダイヤ「まず、闇雲に探しても何も見つかりません…情報を集め、整理しましょう」

ダイヤ「ここ数週間で、死後現世に彷徨う魂の数が格段に増えている…ルビィ、どれくらいの量か分かる?」

ルビィ「ここ最近、一回の量は3、4倍に増えていて…それを処理すること自体も週一から毎日に増えてるから…」

ダイヤ「つまり…単純計算で2、30倍ってとこね…」

ダイヤ「まあ、これだけの数…恨みや未練を増幅させるなりして…なんらかの作用が魂を彷徨わせてる…と考えた方がいいわ」

ルビィ「う、うん……」

ダイヤ「ルビィは何か、心当たりある?些細な事でもいいわ」

ルビィ「ううん…特に何も……」

ダイヤ「まあ、そうよね……となると…手詰まりですわね…」

ルビィ「周りの子の話でも別段何か変わった話なんて……あ」

ダイヤ「……どうしたの、ルビィ」

ルビィ「……な、何でもないよ」

ダイヤ「何でもなくないでしょう…些細な事から解決に繋がるかもしれないんだから、ほら早くなさい」




ルビィ「ただ……」

ダイヤ「ただ…?」

ルビィ「……曜ちゃん、心配だなって」

ダイヤ「……………」

ルビィ「…………」

ダイヤ「まあ、確かに心配ですわね…曜さん、未だ退院の目処も立ってないみたいですし…」

ルビィ「う、うん……」

ダイヤ「確かに、元気な曜さんが急に倒れるなんて………」


ダイヤ「(………急に…?否、千歌さんは言っていました)」





千歌『確かに…ちょっと調子悪そうだから心配だったけど…』




ルビィ「……お姉ちゃん?」

ダイヤ「いえ…なんでもありません、今日はここまでにして、早く山の方に行きましょう」

ルビィ「う、うん……」

その夜、山への道

ダイヤ「一応、注意しながら歩きなさい、何か痕跡があるかもしれませんから」

ルビィ「うん、分かったよお姉ちゃん」

ダイヤ「あれだけの数、草木を巻き込んでるにしても相当の数です…それなりの跡が残るはずなんだけど…」

ルビィ「………うーん…今のところは何も感じないや…」





「ナーオ、ナーオ」

ダイヤ「あれは……」

ルビィ「エオだ!黒い毛で、背中にまん丸の白い模様があるもん」



ダイヤ「こうも暗いと…目だけ光って見えますわね…」

ルビィ「そうかな…ルビィは顔も良く見えるけど…あ!こっち来た!」

ダイヤ「………!」

ルビィ「わわっ…!ルビィの靴噛んじゃだめだよぉ……」



「フニャーオ、ニャーオ」

ダイヤ「野良ってどれくらいの範囲を動き回るんでしょう?」

ルビィ「うーん…猫さんの動く範囲…ちっちゃいからあんまり動けないのかも」

ダイヤ「動物の中には、飼い主を探して何キロもの道のりを歩ききるのもいたりするみたいだけど…」


「ナーオ、アアォ…!」




ダイヤ「ふふっ……痩せているあなたじゃ無理そうですね」

ルビィ「お姉ちゃん…また挑戦してみる…?」

ダイヤ「………ええ」

ダイヤ「ほら、エオ…こっちに来なさい、ほら…こちらに」




「ナアォ………アォ………」

「………………」プイッ



ルビィ「わっ!……こっち来ちゃった……」

ダイヤ「……………」






ダイヤ「………外出の目的は今日の勤めを終わらせる為だったはず…さっさと行くわよ」

ルビィ「あ…待って、行かないで!お姉ちゃん…!」

ダイヤ「ほらルビィ、置いて行くわよ」

ルビィ「お姉ちゃん…!あっ…エオ、バイバイ…またね」





「ナーオ…ナーオ…」

その後、山頂


ルビィ「はぁッ……はぁッ……」

ダイヤ「ルビィ………やっぱりあなた…」

ルビィ「ごめんねお姉ちゃん…大丈夫、大丈夫だから……」

ダイヤ「……息が整ったら、下山するわ……明日の準備は私がやっておくからルビィは早く寝なさい」

ルビィ「うん……あり……がと」

ダイヤ「ほら、水筒持って来たわ…水飲みなさい」

ルビィ「うん……ごめんね、お姉ちゃん」

ダイヤ「……それは、先程もう聞きました」

翌朝、三年生教室


鞠莉「おはよ~!ダイヤ」

ダイヤ「……朝くらい静かに出来ないのですか」

鞠莉「なによ~!折角だし元気出していかないと!本戦まで張り切って行くわよ!」

ダイヤ「そういえば……昨日皆は鞠莉さんの家に泊まったんですよね」

鞠莉「ええ、そうよ!とっても楽しかったのに…黒澤シスターズと曜が居ないのが残念で仕方が無かったわ…!」

ダイヤ「……そうですか」

ダイヤ「(今日の練習終わり……とにかく外に出て調査を……いや、この際練習は私とルビィは一時お休みにしてもらって…授業後すぐから…)」




鞠莉「……………」

鞠莉「どうしたの?ダイヤ…上の空よ?」

ダイヤ「あ、いえ……すみません」

鞠莉「悩みがあるなら何でも言って!解決できるかは別として、話し相手くらいにはなるわよ…?」

ダイヤ「悩み……ですか…」

ダイヤ「(鞠莉さんに事の顛末を語るのなんてもっての他…だけど、何かの拍子にヒントくらいなら…)」




ダイヤ「最近…何か変わったことなんか…ありましたか…?」

鞠莉「あー……そういえば、善子はすぐ寝ちゃって…朝準備のために家に送ったんだけど…その時も全然起きてなかったのよ…」

鞠莉「そんでもって、今日さっき体調不良で休むって連絡が来てて…それが心配ね」

ダイヤ「善子さんが…?」


ダイヤ「(あれ……そういえば善子さんって…)」







善子『ハァ……ハァ……』

花丸『…………善子ちゃん大丈夫?脂汗すごいけど…』

善子『だ、大丈夫よ!ちょっと疲れただけよ!』

ダイヤ「(曜さんに続き、善子さん……二人に渡った異常ともいえる体力の減退)」

ダイヤ「(意識に影響する程ならそれは、立派に命を、魂を蝕まれているはず)」




ダイヤ「(……私は以前“死”の量が増えたとは考えにくい、そう思いました)」

ダイヤ「(それは私が…死んだ魂を扱っているから…彷徨う魂の量を見て、その量を判断しているから)」

ダイヤ「(でも、この現象の元凶が…死んだ魂の怨み辛みで彷徨うように仕立て上げる、なんて生温いものじゃなくて…もっと…)」

一年生教室


花丸「あれ、扉の所に三年生の人がいるずら」

ルビィ「あ…ホントだね」

花丸「というか…あれダイヤさんじゃない?ドンドン近づいてくる」

ルビィ「そ、そうだね」





ダイヤ「…………」

ガシッ

ルビィ「ヒッ……」

ダイヤ「ルビィ…今日は私達は早退よ…ちょっと来なさい」

ルビィ「うえっ…!?まだ一時間目も始まってないよ?」

ダイヤ「……早くなさい、詳細は移動しながら話すわ」

ルビィ「…………うん、分かった」

花丸「(え………これ大丈夫ずら…?)」

ダイヤ「……本当に、あれだけの数の生きている魂に干渉し続けているとしたら…?」

ルビィ「え……?」

ダイヤ「件の魂についての話です…」

ルビィ「あ、ああ……でも、干渉し続けているって…どういうこと?」

ダイヤ「……言い方を変えましょう」







ダイヤ「本当に、あれだけの数を殺していたとしたら?」

ルビィ「え、でも……生きている魂を[ピーーー]なんてそれだけで一苦労なのに…それをあんな数なんて……無理だよ!」

ダイヤ「ええ……健全な、生きている魂を殺しきるには…相応の腕を持った魂の扱い手でもそれなりに手間取るわ……そうね、私でも半日で一つ壊せるかどうか…」

ルビィ「それじゃあ……どうやって…」

ダイヤ「なら、他人にやってもらえばよいのです」

ルビィ「他の…人に…?」

ルビィ「え、でも……生きている魂を殺すなんてそれだけで一苦労なのに…それをあんな数なんて……無理だよ!」

ダイヤ「ええ……健全な、生きている魂を殺しきるには…相応の腕を持った魂の扱い手でもそれなりに手間取るわ……そうね、私でも半日で一つ壊せるかどうか…」

ルビィ「それじゃあ……どうやって…」

ダイヤ「なら、他人にやってもらえばよいのです」

ルビィ「他の…人に…?」

ダイヤ「壁を壊すのが大変なら、最初のヒビだけ入れて、あとは壊してもらえばよいのです……それなら自分自身には大した手間になりません」

ルビィ「……でも、そんな……まさか犯人は複数いるとか…?」

ダイヤ「……100や200の死神が居たとしても、あの数は無理でしょうね」




ダイヤ「まず、生きてる魂に、そこそこの深さで傷を付けます…傷つけられた魂は宿主もろとも衰弱していきます」

ルビィ「傷を付けるのは簡単なの…?」

ダイヤ「ええ…どこでも、適当に狙いを定めるだけなら…簡単に済ませられるでしょう」

ダイヤ「やがて、回復する者もいれば、死の淵に瀕する者もいるでしょう」

ダイヤ「もちろん、死の気配など欠片も無かった者達です…現世に未練なんて山ほどあるでしょう……悪霊になる素質はバッチリです」


ダイヤ「そして最後に、死の淵に瀕した…傷つけた魂に止めを差す必要があります」

ダイヤ「弱り、衰弱し、悪霊となる魂を……始末するのは誰ですか?」

ルビィ「………あ」

ダイヤ「…そうです」





ダイヤ「殺したのは、私達です」

ルビィ「……でも、ルビィたち…」

ダイヤ「ええ、知りませんでした……そんな、凶行に利用されているなんて」

ルビィ「………そんな、相手はどんな…?」

ダイヤ「ふふっ……死神が虐殺の片棒を担がされるなんて…滑稽もいいところです」




ダイヤ「だからこそ、私たちが潰さなければならない」

ダイヤ「これは死神への、魂を扱う者に対しての挑戦状であり、冒涜よ、それも質の悪い」

ダイヤ「そして、なにより……」

ルビィ「……?」





ダイヤ「私達姉妹への、最大限の侮辱なの」

ダイヤ「わたくしはそれを…絶対に許さない」

ルビィ「お姉ちゃん……」

ダイヤ「話はここまで、向かうわよ」

ルビィ「ど、どこに…!?」

ダイヤ「今現在、残念ながら相手の居場所への手がかりは掴めていないわ…」

ルビィ「うん……」

ダイヤ「そうである以上…私達は、犯行現場を調べるしかないの」

ルビィ「犯行現場…?」

ダイヤ「……私の憶測の上では、最も身近な被害者、よ…」

内浦近辺、病院


曜「…………」


ルビィ「曜、ちゃん……対処が難しいからって駅前からこっちに送られて来たんだって…」

ダイヤ「曜さんのお母様が電話で話を通してくれたおかげで助かりましたわね…学校が無いか聞かれたときは焦りましたけど…」

ルビィ「お姉ちゃん…曜ちゃんの魂、見てみて」

ダイヤ「…………酷い崩れ様ですわ…死人に近い…」

ダイヤ「…ルビィ、あなた少しなら修復出来たわよね?」

ルビィ「うん……今出来るだけやってみるね…」

ダイヤ「…後持って二、三日…間一髪でしたわね……遅かったら、友人を自ら手をかけることになっていたかも知れなかったわね…」

ルビィ「これ……死神に…」

ダイヤ「…間違いありません、これ程まで蝕むことが出来るはそれくらいのものでしょう…全く質の悪い…」




ルビィ「出来る限り元の形に戻したけど…数日したらまた崩れちゃうかも…」

ダイヤ「その前に解決を……否、それよりも被害を増やさないために一刻も早く向こう側を叩くべきですわね…」

病院の外


ダイヤ「こうなった以上…私達は生きるべき生命を[ピーーー]かもしれない魂の処理を迂闊には行えません」

ルビィ「……うん、でも…」

ダイヤ「…そう、放っておけばどんどん悪霊が増えるばかり…そうすれば、またそれによって同じように、この世のありとあらゆる魂を蝕まれるでしょう…」

ルビィ「死神ほど強くないけど、悪霊にも魂を蝕む力がある……そんな魂がこの世の生命に鑑賞できるほど根付いてしまったら…」

ダイヤ「……そうなれば正真正銘、詰みです」

病院の外


ダイヤ「こうなった以上…私達は生きるべき生命を殺すかもしれない魂の処理を迂闊には行えません」

ルビィ「……うん、でも…」

ダイヤ「…そう、放っておけばどんどん悪霊が増えるばかり…そうすれば、またそれによって同じように、この世のありとあらゆる魂を蝕まれるでしょう…」

ルビィ「死神ほど強くないけど、悪霊にも魂を蝕む力がある……そんな魂がこの世の生命に鑑賞できるほど根付いてしまったら…」

ダイヤ「……そうなれば正真正銘、詰みです」

ルビィ「……悪霊さんって、なんで悪さをするんだろう」

ダイヤ「恨みや憎しみ、強い感情で生物は突き動かされるわ、ただ、悪霊にはそれを制する理性が無いの」

ルビィ「理性……」

ダイヤ「ええ、彼らのブレーキを超えるだけのも感情を抱えた魂が…悪霊になるの…」






「アァァォ………ナ…ァォ…」

ダイヤ「あれは…?」

ルビィ「……!エオ……!」





「ガァァ……グガァァ……」





ルビィ「……酷い…体も、魂もボロボロ……」

ダイヤ「………魂は、傷を負ってから時間が経っていないわ…」

ルビィ「もしかして、この近くに……」

ダイヤ「…可能性が高いですわ」

ルビィ「お姉ちゃん……エオの手当を……」

ダイヤ「……ダメよ」

ルビィ「え……」

ダイヤ「自らを[ピーーー]この世界全てを恨む……手負いの獣なんて最も悪霊になりやすいわ、分かっているでしょう?」

ルビィ「でも…エオは……」

ダイヤ「あなたも死神でしょう……死にかけの命を放置しておくことがどれほど危険か、分かるはずよ」


ルビィ「でも…!ちょっとの、ほんの少しの間でも…!エオは……エオは家族だったもん……」

ダイヤ「…………」

ダイヤ「……自分で手当てなさい」

ルビィ「お姉ちゃん!」

ダイヤ「それと…もし、三時間経って戻ってきた時に回復の兆しが無ければ…」

ルビィ「……無かったら…?」





ダイヤ「私が、その場で殺します」

ルビィ「よしよし……これで、よしっと」


「フガァァ……ガァッ……!!」


ルビィ「キャッ…!」

ダイヤ「ルビィ!」

ルビィ「大丈夫、お姉ちゃん…ただの威嚇だったから」

ダイヤ「…気を付けなさい、傷ついた獣は自分を守るため、見るもの全てに牙を剥くのですから」

ルビィ「う、うん……」

ダイヤ「…行きますわよ」

ダイヤ「…………」

ダイヤ「(全てに、牙を剥く……)」

ルビィ「お姉ちゃん……?」





ダイヤ「(この現象の原因である死神が、仮に、何の理性も無かったとしたら?)」

ダイヤ「(私はまだ、この事件の犯人の目的も、本質も、何も理解できていない)」

ダイヤ「(………その不可解の理由が、理解の出来ず…辿り着けない物だから、だとしたら?)」

ダイヤ「(一切の考えも、私たちを利用しようという打算も無く、ただ周りにあるもの全てを傷つけていたとしたら?)」





ダイヤ「(まさに…この世全てを恨み、暴れ狂う手負いの獣の本能の様に…)」

ダイヤ「(だとしたら、この近くにいるはず……捕まらない様に逃げるなんて判断をすることがない…否、そもそも追われるなどという発想も無いはず…)」


ダイヤ「ルビィ、この近くを隈なく探すわ、近くにいるかもしれない」

ルビィ「……うん、分かった」

ダイヤ「一度目を瞑ってみなさい、何か感じる?」



ルビィ「……この先を真っ直ぐ20メートル、その先を曲がったところ…そこから先の植物の魂が根こそぎ傷つけられてる」

ダイヤ「……つまり」

ルビィ「…うん」






ルビィ「“何か”がこの先に…いる」


コンクリート塀の曲がり角を右に曲がった所に“それ”は居た

馬の様な生物に乗っていた。二メートルを超す体躯に漆黒の毛並み。体中に鎖が巻かれ、本来鬣のあるべき首の後ろには血濡れになった剥き出しの骨が突き刺さっていた。


“それ”は黒いローブで全身を覆っていた。痛々しいほど曲がった背中。ちらりと隙間から除く腕や顔には肉が無く、全てが白みがかった骨そのものだった。


骨で出来た掌には一本の鉄鎌が握りしめられていた。禍々しい見た目だった。馬上からでも先端が地面へと触れてしまうほどに柄は長大、剥き出しとなっている白銀の刃は、側面、刀身、逆刃、あらゆる箇所に無数の傷が存在していた。


馬の体には多くの生傷が刻みつけられていた、乗者がその傷を、何のためらいもなく蹴り飛ばすと馬は痛みからか怒り狂い、暴れ出す。その動きを乗りこなしたまま“それ”は気が狂ったように鎌を振るい、その場にある草を、花を、動物を、全ての魂を砕かんと振り回していた。


異様な光景だった。そこにある全ての命が、そこにあるというだけで傷つけられ、破壊されていた。


“それ”がこの一連の事件の原因だということは、その異常な光景から痛いほど理解できた



一目で判断が付いた。彼もまた、命を奪う『死神』であり、現世での魂の成れの果て『悪霊』であると


ダイヤ「ルビィ……3秒後、手筈通りに」

ルビィ「…うん、お姉ちゃん」




ゆっくりと、コンクリート塀の影に隠れながらその場でダイヤは姿勢を低くし、屈む

その後ろ…目を瞑り、意識を尖らせたルビィがゆっくりと、ダイヤの背に軽く手を当てる、ぽん、力を込めるとその瞬間に、その場からダイヤの姿が消えた

神としての権能を使う対象は基本的に、近ければ近いほど、より高い制御性で扱うことが出来る

“操作”の力を高い精度で制御することによって生身の肉体に行使する、その事はそれらの権能に長けたルビィには容易いことだった

ダイヤはその場から真っ直ぐに射出され、件の魔物との距離を瞬く間に詰める


狙うは首元、全生命の急所。悪霊となり果てた神魂であろうとも、その理は変わらない!


ダイヤの手元には銀に光る一本の短剣

制服の懐に忍ばせていたその得物を素早く取り出し、短い動作で素早く切り払う!!!




ダイヤ「ハァァァッ!!!!!!」




ダイヤ自身が練りあげた魔の力を纏った刃は正確無比に、馬上の主の首元を捉えた

ルビィ「やった……!」

ダイヤ「いや…まだよ」




「ガァァァァァァ!!!!!」



首をはねられ、頭が落ちる。ヒビの入った骸骨は地面に叩きつけられ、粉々に砕け散った

悪霊は、悲痛な声で叫びながら、怒り、狂った

彼は手に持った刃を、見えない目で馬の横っ腹に突き立てた。腹から臓腑があふれ出し、黒泥のような血がアスファルトへとしたたり落ちた。

悪霊の掌がどす黒く、光っていた。練りあげた光弾を狙いも付けず、ただ闇雲に打ち出し続ける。

着弾した地点が溶け出していた。怒り狂い暴走する黒馬に乗り、死の銃弾を暴走機関のように幾重にも打ち出す!



家屋は全て、溶けだしていた。そこにある全てのものが貫かれ、破壊されていった

事態は悪化していた、地獄絵図だった

その一帯、草木も、動物も、生きとし生けるもの全てがその凶弾の餌食となった

ダイヤ「あの光弾は生命力で出来てる…削った魂を少し喰らっていたみたいね…首を落としたからいずれは死ぬけど…あの様子では、放っておいたらどれだけ被害が出るか分からない…」


ルビィ「あ……ぁ……」

ダイヤ「……ルビィ、しっかりなさい」

ルビィ「でも……でも、あんな…滅茶苦茶に打ち出して…そもそも何万も魂を食べたバケモノなんか…無理だよ勝てっこないよ!」




ダイヤ「それでも……命が、私達の手にかかっているのです」

ダイヤ「…私達が“死神”として…姉妹として産まれ落ちてからそれは変わりません」

ルビィ「…………お姉ちゃん」

ダイヤ「時間が無いわ、一つだけ私に作戦があります」

ルビィ「作戦……?」

ダイヤ「あれは目が見えていません、今は無差別に暴走してますがそのうち馬に指示を出してこちらに襲い掛かって来るでしょう」

ルビィ「……うん」

ダイヤ「チャンスは一度きり、それには……ルビィ」



ダイヤ「あなたの力が必要よ」

ルビィ「お姉ちゃん………分かったよ…」


悪霊は、少し落ち着きを取り戻していた。漆黒に輝く光弾を放つことを止め、自らの首を落とした犯人を探しているようだった。



「…………」

ダイヤ「……我らが黒澤姉妹の領分で働いた狼藉の数々、その魂の死をもって償いなさい!!!」シュッ


「…………!」


ダイヤはその言葉と同時に一本、短剣を馬上の者に向かって投げつけた

そのブレのない投擲は正確に首の落ちた、悪霊の右肩を貫いた


「ァァ……ァァァァァ!!!!」


その言葉に反応してか、はたまた傷つけられた怒りを持ってか、悪霊は猛然とダイヤにむかって突進し始める!



ダイヤ「来ました、ルビィ!準備なさい!」ダッ

ルビィ「うん!お姉ちゃん!!」


追ってくる悪霊に背を向ける形で逃げ出すダイヤ、その進行方向にいるルビィに向かい、全速力で走り出す


ルビィの居る場所にたどり着くと、ダイヤは足を止めた。地面に置かれた荷物を拾い、握りしめる。

手にしたのは浦の星の生徒なら誰しも、常日頃から使っている鞄、スクールバッグ。

ダイヤ「………よいしょ……ハアッ…!!」

その鞄を無造作に掴み、手にした中身を仕分けることなく乱暴に全て頭上へと放り投げる!



投げられたのは教科書、筆記用具、体操服。ありとあらゆる学校用具が宙にばらまかれる





それらの用具と共に舞うは…無数に仕込まれていたスペアのナイフ


それらが今、暴走列車の如く飛び込んでくる悪霊の頭上の空を、一面覆うかのように散らばる!

ダイヤ「ルビィ、やりなさい!!」


ルビィ「うん!!お姉ちゃん!!」



ダイヤの号令と共にその場に跪いていたルビィが意識を研ぎ澄ませる

目を瞑り、頭をクリアにする。一本一本に指を這わせるように神経を宙に舞うナイフ全てに這わせる。

脳内に描くのは完璧なイメージ、空間上の無数の金属片を掴み、並び替える。

それらの意識をシャープにする、一切の迷い無く凄まじい速度で全てを叩きつける!!!




ルビィ「ごめんなさい、悪霊さん!鎮まってください!!!!」



宙を舞う無数のナイフの刃先、その全ては勢いを弱めることなく突進している悪霊を向いていた


「アアア……!!!………ァァァァ……」


おびただしい数の短剣の射出を食らった悪霊は馬から崩れるように落ち、日に焼けたアスファルトの地面に叩きつけられた

まだ僅かに息があるようで少しもがくものの、その体を短剣で地面に縫い付けられたように刺され、動くことは能わなかった



ダイヤ「この黒澤の治める地に土足で上がる不届き者よ、その度胸だけは褒めて差し上げますわ」


ダイヤ「でも、それもここまでです」







ダイヤ「……無様を晒して灰塵と成り果てなさい!!!!この下郎が!!!」

ダイヤの組み上げた最大火力、黒き炎の如き力の奔流がその一帯の空間を焼き尽くすかのように力を振るった

純粋たる破壊、死の観念。全力を纏ったその権能は一つの魂を焼き切るには十分な力であった




「ア“ア”ア“ア”ア“ア”ア“…!!!!!!」




それらは…悪霊の魂を薪にするが如く、完全に飲み込み、焼き尽くした

ルビィ「ハァ…ハァ……」

ダイヤ「ルビィ!?大丈夫…!?」

ルビィ「うん……だ…いじょうぶだよ……お姉ちゃん」


ダイヤ「……早く帰って休みましょう、幸い傷は無いようですし…無理に力を使わなければ治るでしょう」

ルビィ「うん……ありがと…」






「ブオァァァァァァ!!!!!!」








ダイヤ「今の叫び声は……!?」

ルビィ「ルビィ達の後ろ……あっ…ちの方から…っ…き、聞こえた」

彼女…黒澤ダイヤには誤算が二つ有った


ナイフの射出と最大火力での焼却、その二つをもって悪霊を倒す際、黒馬も巻き込むことが出来ず、取り逃がしてしまったこと

もう一つは、例え倒しきれなくても、主を失った荒馬が一匹、それほど脅威にはならないだろうという算段だった

しかしその二つは、目の前の光景によっていとも容易く打ち破られたのだった





ダイヤ「あれ…は………」

「ゴアァァァァァッ…!!!!!」



唸るような、吠えたてる様な咆哮と共に黒馬がその口元から勢いよく地面に向けて何かを吐き出す

血塗れの布切れのような見た目だった、アスファルトに叩きつけられ、形を保てないボロ雑巾の様だった

よく見ると、それは肉塊だった。破けた肉から骨が剥き出しになって覗かせており、千切れ、無残な姿になった漆黒の毛皮が所々に張り付いていた。




ルビィ「…エ……オ…?」

ダイヤ「…魂を…丸ごと喰らいましたね」

ルビィ「そんな…い、いゃ…いや…だ…!」

ダイヤ「……」

ルビィ「エオが…エオが……あんな………!!」

ダイヤ「…私が、差し違えてでも止めてきます」

ルビィ「………お姉ちゃん…!ダメだよそんな…」

ダイヤ「あの黒馬は霊体でありながら、生身の肉体まで一部食らいました、ただの肉食獣の狩りとは話が違う……本気で魂と肉体…命を飲み込んだ者がどれほどの力を持つのか…見当もつかない」

ルビィ「でもお姉ちゃんだって…楽じゃないのに全力を使って……もう体が……!」

ダイヤ「ふふっ……」

ルビィ「お姉ちゃん…?」

ダイヤ「安心なさい……私を誰だと思ってますの…?」

ルビィ「え………」

ダイヤ「この地の魂を治める万家の長…黒澤家の、長姉です」



ダイヤ「この姉に、まかせておきなさい」


ダイヤ「(とは言え私の力も後僅か……こちらの戦力が伴わない今遠巻きに狙って消耗するのは下策、相打ち覚悟でも一撃で鎮めるべき…)」

ダイヤ「(ばら撒いてしまいましたから…残る短剣は手元にある予備の一本だけ……)」


ダイヤ「(正面突破…しかないですわね…)」

「ボァァァァァァ!!!!!」

ダイヤ「彷徨える霊馬よ!!覚悟なさい!!」


置かれた状況とは裏腹に強気な口上と共にダイヤが黒馬との間合いを、直線距離で一気に詰める

残り僅かな力を振り絞り捩じ切れんばかりの足にブーストを掛ける、一切の回避の素振りもなく、ただ直線の突進で敵の懐へと肉薄する


ダイヤ「(残り僅かな私の“力”…短剣を通して奴の核に直接注ぎ込む…!)」






ダイヤ「駄馬よ!!!この地を治める死神が一柱、黒澤ダイヤが殺して差し上げます!!沈みなさい!!!!」


「ゴアッァァァ…!!ガァァァァァ!!!!!」


「ァァ…………アァァ……」



「…ォ………オァァァァァ!!!!!!」



ダイヤ「…傷が…浅かったですか…」

ダイヤの短剣によって鋭く、傷を受け、暴れようとする黒馬

タガが外れたかのように荒れ狂い、周りの物を、際限無く踏みつぶし、破壊しつくす黒馬

最接近していたダイヤは当然の如く、その災厄に巻き込まれる

ダイヤ「(差し違えることも出来ず……ここまで、ですか…)」




「ア…!……ァァ……ォァ……………」

しかし突如、黒馬の様相が変わった

金縛りに遭ったかのように固まり、その場の空間に磔にされていた

ダイヤ「(……動きが…止まった…何故…?)」





ルビィ「んぐぐぐぐぐぐ……!!!!」


ダイヤ「ルビィ…!?あなた何を!?」

ルビィ「ルビィに力は殆ど残ってないけど…こうして口から…体の中を直接掴めば…っ…少しは…力が通るからっ!」

ダイヤ「ルビィ、腕が……!!」


ルビィ「いいから、早く!!お姉ちゃん!!」




ルビィ「この街の人々の魂は!今!お姉ちゃんに掛かってるの!!」

ダイヤ「………!」


ダイヤ「…分かったわ、ルビィ」


力の過剰行使で手の感覚が潰れて来ている。それでも痺れた掌に力を込め、短剣を深く、深く突き立てる

練りあげるは死の観念、何度も、幾度となく放ってきた、死した魂すら破壊する冥主の力。

その全てを纏め上げ、今一点にて解き放つ



ダイヤ「これが!!私達死神の、黒澤姉妹の!最後の足掻き!!」



全力、全ての体重を短剣に乗せる、練りあげた死の観念は獰猛な獣と成り果てる。全てを喰らい、飲み込む魂喰らいの殺戮者!!





ダイヤ「悪しき魂よ!!私が喰らって差し上げます!!!その存在の破滅をもって鎮まりなさい!!!!!!!」





「アァ…ァ…オ“ア“ァ”ァ“ァ”ァ“ァ”ァ“…!!!!!」

「ァォ…!……ァ………!……」


「……………………」


ダイヤ「はぁっ……はぁ……やった…ようですわね」






ルビィ「………うぁっ……こひゅ…っ……」

ダイヤ「ルビィ…!あなた腕が…!」

ルビィ「あはは……ごめ…ん、ルビィ力足りなくて…最後に、噛み切られちゃった」

ダイヤ「しっかりなさい!気を確かに持って!今救急車呼びますから!」





ルビィ「……ううん、もういいよ、お姉ちゃん」

ダイヤ「……ルビィ…?」


ルビィ「こんなに血が出てたら…もう絶対助からない、自分の事だから分かるよ…」

ダイヤ「し、しかし……!」

ルビィ「それに、こんな…腕を食いちぎられた人間なんて…お医者さんにどう説明するの?」

ダイヤ「………それは…」

ルビィ「ふふっ…ルビィに言いくるめられるなんて…なんか、いつものお姉ちゃんらしくないや…」


ルビィ「ルビィね…ずっと怖かったの、悪霊さんだからって、直接じゃないからって…魂をずっと壊し続けるの…なんだか人殺しみたいで、怖かった」

ルビィ「でも、やらなくちゃいけないことだった…お姉ちゃんが教えてくれた」

ダイヤ「ルビィ…ルビィ……もうじっとしてなさい…!…無理に喋らなくて、いいから…!」





ルビィ「いいの、いいんだよお姉ちゃん……お姉ちゃんの妹でいられて……ルビィは…ルビィは…よか…っ……」

ルビィ「…………」

ダイヤ「ルビィ…?ルビィ…!!!」


結局の所、どれも私の甘さが引き起こしたのかもしれません

事の重大さを察知し、もっと早く手を打たなかったこと

甘さを消し、冷徹に成り果ててでもあの猫を始末しておくべきだったこと

そのどれもが出来なかった結果、妹を失う結果に終わったこと


全ては、私の未熟さと覚悟の足りなさから起きた出来事だったのです


ルビィは死ぬ間際もその様相とは裏腹に、辛い顔を一切見せず静かに息を引き取りました

最後まで、私に気を使ったのでしょうか、今となっては知る術もありません

アスファルトに横たわるルビィを抱きかかえて、顔をのぞき込めば、穏やかな死に顔がこちらを覗きます


耳を澄ませば寝息が聞こえてくるような、そんな健やかな顔でした


しばらくすると、ルビィの胸から何かが、競り上がる様に出てきました

ばくり、ばくり。ゆっくりと鼓動するかのように大きくなりながら“それ”は真紅の宝石の形となって姿を現しました




悪霊に成り果てるのは、現世にて恨み辛み、未練を残して彷徨う魂です

そして…未練の無い魂は、この世に姿を現しません

ダイヤ「………結局私は最後まで、あの子の事を何も分かって…いませんでしたね」


私は、少しの間の後、躊躇することなくその魂を包む様に手の内に収めます


きらきら、輝いていました。まるで彼女の心の様でした。私の掌すら、透き通って見える程に綺麗でした



輝く宝玉に私は、力が抜けて小刻みにふるえる右の掌で、まるで首を絞めるかのように、ゆるやかに力を加え始めました


宝石に滴が二つ、落ちました。私の頬を伝った、涙でしょうか。力を込めるのに必死で出た、脂汗かもしれません


私の残り僅かな力を込めた魂は、いとも容易く粉々に砕け、壊れてしまいました

行く当てのない私達はどこへ行くのでしょうか?

まるでその綺麗な物が、綺麗でなくなる前に壊してしまおう

汚れてしまう前に、この世から消してしまいたい

そんな倒錯した心が死神としての行いの前に、在ったような気がしました



行くあてのない私達はどこへ行くのでしょうか?

私には…いまだ、分かりません

手に残った粉々になった破片はまるで水が蒸発するかのように、跡形もなく姿を消しました

ふと、周りを見渡すと知らぬ間にかなりの時間が経っていたのか、辺りは薄暗く、電信柱の作る影も色濃く、港町を覆います

既に山の奥を覗けば真っ暗で、数歩行った先も見渡せないような漆黒に木々の間が塗り潰されていました





ルビィを連れて、ほんの少し歩いた先の砂浜へとやって来ました

白く泡立つ波は穏やかで、規則的な動きで地面に紋様を描きます

あまりに涼しげな波だったので、一緒に泳ごうかとおもいましたが、あの子はカナヅチだったのを思い起こして、止めました

海の果てを見つめれば、西の空から夜が、始まろうとしていました

おわり

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