魔王「おまえは女だ」ふたなり勇者「認めねえ」 (488)


Episode 1


勇者(勇者に選ばれて即追い出されるように旅立たされちまった)

勇者(まあいいか。金には困らなくなる)

勇者(貧民街生活とはこれでおさらばだぜ)

勇者「はあ~清々した。なあ、ガリィ」

狼「わふ♪」

魔王「ふはははは!」ヴゥン

魔王「この魔王自ら出向いてやったぞ! 喜ぶがいい!」

勇者「うるせえ」ドスッ

魔王「ぐはっ」グシャ

勇者「登場早々ミンチにされちまうなんて、自称魔王様も大した事ねえな」

※ふたなり×男、ふたなり逆アナル
攻守逆転有

分岐によっては、話の進行の都合上一瞬だけ同性愛要素有(その際直接的な性描写はないです)


数時間後

魔王「ふはははは!」ヴゥン

魔王「5つの試練を乗り越えた真の勇者でなければ、魔王を滅ぼすことはできんのだ!」

勇者「それまで何度でも殺してやるよ」

魔王「ちょっと待」グシャア

勇者「はー、めんどくせ」


更に数時間後

勇者(昼飯食お)

勇者(干し肉かってえなあ……)

魔王「ふはははは!」ヴゥン

魔王(食事中であれば隙ができるはず!)

魔王「少し話を」

勇者「大爆発《エクスプロージョン》」ボッ

魔王(ノーモーションで上級魔術を発動しただとぉぉぉ!?!?)

勇者「うわ、消し炭になっても少しずつ再生してやがる。きもっ……」




狼「へっへっ」

勇者「ウサギ狩ってきたのか。えらいぞ」

狼「♪」

勇者「綺麗な湖だな。食事前に水浴びでもするか」

魔王(流石に丸裸の時なら即座に攻撃するなんてできんだろう)

魔王(最大防御魔術をかけて……よし)

魔王「ふはははは! 覚悟しろ勇者!」

勇者「懲りねえ奴だな」ゴッ

魔王「ぐふっ!」バシャッ

魔王(あれ? む、胸!? 女だったのか!?)

魔王(下は……)

魔王(ついてる……だと……?)

魔王(どっちだ!? どっちなんだ!?)

勇者「てめえは馬鹿か? それとも真性のマゾヒストか?」

勇者「よっぽど殺されるのが好きみてえだな」

魔王「ちょっと待て! 俺は戦いに来たわけではない!」


勇者「そんな手に乗るかっつの」ガッ

魔王「いっつ! 待て! 頼むから待ってくれ!!」

勇者「魔王様がオレに一体どんな用があるんだよ」

魔王「それはだな……いやそれより……」

魔王「おまえ、よく見たら美少女だな」

勇者「やっぱブッ殺す!!」

魔王「ぐわあああ!!」


30分後

勇者「やっぱ狩りたての肉はうめえな」

狼「♪」ガツガツ

魔王「はっ!」ガバッ

勇者「再生すんのはええな」

魔王「くくく。防御魔術をかけていたため損傷が少なかったからな」

勇者「じゃあ骨まで粉々に摩り下ろしてやるよ」

魔王「痛いのはもう嫌だ! 降参! 降参する!!」

勇者「いるんだよなあ、そうやって隙を窺う奴」

魔王「俺は和平を望んでいる! これは本気だ! だからおまえと仲良くなりたい!」

勇者「はあ?」

魔王「平和な世界に興味はないか?」

勇者「ねえな」

魔王「えっ」


勇者「世界とかどうでもいい。オレはオレとこいつさえ生きていければそれでいい」ガシガシ

狼「♪」

魔王「こ、このままでは我が兄によって人間は滅ぼされてしまうのかもしれないのだぞ!?」

勇者「滅べばいいじゃん。人間なんて碌な生き物じゃねえし」

魔王「なっ、なんてことを」

勇者「つうかおまえ、兄貴より権力ねえのか」

魔王「くっ……。父上の意思で俺が魔王となったが、魔族の約半数は好戦的な兄を支持している」

魔王「俺は父から受け継いだ闇の力により老衰以外では死ぬことはないが、」

魔王「戦闘能力では兄に敵わない。だから勇者であるおまえの協力が必要なのだ!」

勇者「なんで弱いのにおまえが魔王に選ばれたんだよ。前の魔王が和平を望んでいたとは思えねえけど」

魔王「それは、俺が正妻の子だからだ」

勇者「ふうん」


勇者「じゃあなんでおまえは和平を結びたがってんだ」

魔王「それは……」

魔王「……おまえばかり質問しているではないか。こちらからの問いにも答えてもらおう」

魔王「何故それほど人間を嫌っている?」

勇者「オレさあ、4歳の頃に親に捨てられちまったんだよね」

魔王「っ……」

勇者「見ただろ、俺の体。こんな体だから、国がオレの親に命令したんだよ。スラムに捨てろって」

勇者「それなのに、神託が降りた途端、国の連中オレに頭下げに来たんだぜ!」

勇者「『助けてください勇者様』ってよお! あー、あれは笑えた」

魔王「……」

勇者「人間のくだらない価値観のおかげでオレは散々な生活を強いられたんだ。憎んで当然だろ」

魔王「……それも、そうだな」


勇者「わかっただろ? オレに協力を求めたって無駄だって」

魔王「4歳の頃に捨てられたのならば、どうやって生き延びた? 助けてくれた者はいただろう」

勇者「殺されちまったよ。社会の膿に。好き勝手に犯されてからな」

勇者「オレの仲間はこいつだけだ」

狼「わふ」

魔王(狼……魔狼との交雑種とは珍しいな)

勇者「綺麗事や正論はオレには通用しない。自分の城に帰るんだな」

魔王「……おまえが人間を憎んでしまうほど苦しんできたことはわかった」

魔王「だが、俺は諦めない。再び貴様の前に姿を現すぞ」

魔王「そういえば、まだ名を聞いていなかったな」


勇者「男ならローゼライト。女ならローゼマリア。どっちでもねえから、ただのローゼだ」

魔王「そうか。俺の名はグラナティウスだ」

勇者「長くて覚えらんねーわ」

魔王「いずれ覚えてもらいたいものだな」

勇者「ああ、そうだ。ちょっと待てよ」

勇者「取り消せ。殺される直前に言ったことを」

魔王「?」


勇者「オレのこと……美少女っつったろ。あれ、取り消せ」

魔王「何故だ」

勇者「オレァなあ! 女扱いされるのが何よりも大っ嫌ぇなんだよ!」

勇者「オレは男として生きるって決めてんだ」

魔王「…………」

勇者「取り消さねえと夜明けまで殺し続けるぞ」チャキ

魔王「……わかった。取り消す。おまえは男だな」

勇者「ふん」シャキン

魔王(男として生きるのならば、何故堂々とローゼライトと名乗らない?)

魔王(……追究しない方がよさそうだな)

勇者「……あれ? おまえの顔、どっかで……」

魔王「見覚えがあるのか?」

勇者「あー、昔新聞に載ってた絵に似てんだ。誰の絵だったのかは忘れちまったけどな」

魔王「そうか」

魔王「……また会おう」

つづく


Episode 2


勇者「ここが第一の試練、風の神殿か」

魔王「そのようだな」

勇者「なんでおまえがいるんだよ」

魔王「俺はおまえの協力がほしい。だから、先に俺がおまえに協力しようと思ってな」

勇者「恩を売るつもりか? おまえの助けなんて要らねえっつの」

勇者「大体わかってんのか? 俺が試練を乗り越えたらおまえを滅ぼす力を手に入れるんだぞ」

魔王「ああ。勇者のみが操ることのできる、聖なる光の術」

魔王「それはどんな強大な魔の力を打ち破ることができるそうだな」

魔王「その力があれば、我が兄を打ち破ることも可能となるだろう」

勇者「その前にてめえが地獄送りにされるとは考えねえのか?」

魔王「なんとしてもおまえを仲間にしてみせる」

勇者「しつけえ野郎だな」


勇者「なんだこの扉。開かねえ」

魔王「……ふむ。なるほど」

魔王「パズルのようなブロックが埋め込まれているだろう。これがカギだ」

勇者「解けってか? めんどくせえ。ぶっ飛ばす」

魔王「それでは試練にならんだろう」

魔王「知恵を使え知恵を」

勇者「うるせえ」

魔王「おまえは賢さを持ち合わせているはずだ。この程度、解けないはずはないと思うのだがな」

勇者「やりゃいいんだろやりゃあ」

魔王(意外と扱いやすいな)


勇者「しっかし魔物だらけだな」

魔王「おまえの行く先を阻むため、兄に差し向けられたのだろう」

魔王「近づいてこようとしないのは俺がいるためだ」

勇者「楽なのはいいけどよー、魔物とは戦い慣れときてえんだよな」

勇者「ちょっくら狩るか」シャキン

魔王「無闇に命を奪おうとするでない。襲いかかってきたならば切り伏せるのはやむを得んが」

魔王「彼等も人間や動物と同様、生きている」

勇者「ちっ」チャキ

魔王「意外と素直ではないか」

勇者「うるせえ」


風の将軍「我は五虎大将の1人、風の大将軍カテギダ!」

風の将軍「勇者よ! 光の力を得る前に朽ち果てるがよい!」

勇者「覚えにくい名前だな……あれもおまえの兄貴の部下か?」

魔王「ああ」

風の将軍「ぐ、グラナティウス!? 何故ここに!?!?」

勇者「呼び捨てにされてんぞおい」

魔王「……」

魔王「悪いことは言わん、この勇者は強い。俺でも敵わぬ。だから帰れ」

風の将軍「くっ、五虎大将が尻尾を巻いて逃げるわけにはいかぬ!」

風の将軍「大体、一応魔王ともあろう者が勇者と仲良く肩を並べているとはどういうことだ!」

勇者「仲良くねーよ。こいつがストーカーしてるだけだぜ」

魔王「ストーカーとは人聞きの悪い」

風の将軍「そうか……グラナティウスは男をストーキングする変態であったか」

魔王「違うわ!!!!」


風の将軍「我が風の刃の餌食としてくれる!」

魔王「勇者を傷つけるつもりならば、この俺が相手になってやろう!」

風の将軍「不死の力を手に入れたことを後悔するまで切り刻み続けてやろう!」

魔王「来い!」

勇者「っだーもう!! オレは他人に守られるなんて屈辱でしかねえんだよ!!」

勇者「2人まとめてぶっ飛ばしてやる!」

魔王「ちょ」

ゴオン!!

風の将軍「うぐっ……ガッ……」

勇者「おー、生きてるとは丈夫だな。流石魔族のお偉いさんだ」

魔王「くっ、痛い……俺まで攻撃することはないだろう!」

勇者「は? 勝手にしゃしゃり出てきたおまえが悪いんだろ」

風の将軍「おの……れ……」

勇者「帰ってご主人様に伝えな。オレを殺そうとしたって無駄だってな! はははは!」


神殿 最深部

風の大精霊「よくここまで辿り着きました、勇者よ」

風の大精霊「では、あなたの力を試させていただきましょう……と言いたいところですが」

風の大精霊「あなたの実力はもう充分見させてもらいました」

風の大精霊「聖なる光の力の欠片、風の加護を授けましょう」

勇者「どうも」






勇者「楽勝だったなー」

狼「へっへっ」

勇者「おーよしよし、昼飯にしような」

魔王「ここは見晴らしがいいな」

勇者「おい、その箱何だ」

魔王「お弁当だが」


カパッ

勇者「……!!」

勇者(豪華だな……)ジュル

魔王「……少し分けてやろうか?」

勇者「いいのか!?」

勇者「うわ、うめえ、うめえ」ガツガツ

勇者「ほら、おまえも食え」

狼「♪」

勇者「こんなに美味いものがこの世にあるのかよ……くそ……」

魔王(これほど感動されるとは……)

魔王「……今度からはお前の分も用意してやろうか?」

勇者「!!!!」

勇者「ガリィの分もな!!」

狼「わふ」

魔王「良かろう。爺やに頼んでおいてやる」


翌日

魔王「ふはははは勇者よ! お弁当を持ってきてやったぞ!」

勇者「うおっしゃあああああ!」

勇者「うんめー!」ガツガツ

魔王「ガリィには最高級のウルフフードだ」

勇者「なんだそれ」

魔王「魔王軍が開発した、狼の体に最も適した食べ物だ」

魔王「他のどのフードよりも栄養バランスが優れている」

狼「……」クンクン

狼「!!」ガツガツ

魔王「ふふふ。美味いだろう」

勇者「確かに美味いな」ポリ

魔王「人間が口にするでない」


魔王(くくく。勇者の胃袋を掴むことに成功したぞ)

魔王(食い物と引き換えに協力を……と言いたいところだが、あまり恩着せがましくするのは逆効果だな)

魔王「今までどんなものを食べてきたんだ」

勇者「食えるものならなんでも食った。まともな料理にありつけることは滅多になかったな」

勇者「でも、けっこう良い家に生まれたからよ、捨てられる前はそこそこ良い飯食ってたんだぜ」

勇者「味なんてもう忘れちまったけどな……いや、あれの味はまだ覚えてる」

勇者「へらべったくした卵をぐるぐる巻いたやつ」

魔王「卵焼きか」

勇者「甘くて、中にチーズが入っててとっろとろなんだ」

魔王「ふむ。今度メイドに頼んでみるとするか」

勇者「マジか!?」

魔王「嘘は吐かん」


勇者「……親切な野郎はぜってぇ何か目的があるんだ。腹の内ではよからぬことを考えてるに決まってる」

勇者「スラムじゃ、最も警戒するべき相手は親切な奴だった」

魔王「腹の内も何も、俺の目的は知っているだろう」

勇者「そういやそうだったな」ガツガツ

魔王「とはいえ、今すぐにおまえに協力を求めることはやめた」

魔王「今はただ、親交を深めたいと思っている」

勇者「これからもうめぇ飯食わせてくれるんなら、ちょっとくれえ協力してもいいぞ」

魔王「あ、あっさりだな……」

狼「♪」ブンブン ペロォ

魔王「おー、よしよし。くすぐったいぞ」

勇者「……珍しいな。ガリィがここまで懐くなんて」

勇者「人懐っこくはあるが、オレ以外の相手には、普段はここまでスキンシップしねえんだ」


魔王「おやつもあるぞ、犬用のだが」

狼「♪」ブンブン

魔王「くくく。喜んでもらえて嬉しいぞ」

勇者(こいつ……随分純粋な笑い方しやがるな)

勇者(こんな笑顔を見るのは一体何年振りだろうな)

勇者「オレはただ借りを作ったままにしたくねえだけだからな」

魔王「飛び切り美味いのを毎日持ってきてやる。その分働いてもらうからな!」


勇者(スラムでオレが散々見てきた、人間のきったねえ心)

勇者(あの魔王様からは、それを感じられなかった)

勇者(魔族ってのは皆ああなのか?)

勇者(それとも、あいつが特別なんだろうか)

勇者(……どうでもいい。美味い飯にありつけるなら、あいつがどんな魔族かなんて)






魔王「なあ、この国の王は、どんな男だ」

勇者「ろくでもねえ奴だよ」

勇者「プッツンな完璧主義者でよお、教会を利用して気に入らない人間をとことん排除しやがるんだ」

勇者「ちょっと道を踏み外しちまった奴とか、オレみたいな半端者とかをな」

魔王「……そうか」

勇者「若え頃は良い王様だったらしいけど、20年前にお姫様が魔王に攫われて以来豹変しちまったんだとよ」

魔王「…………」

勇者「オレに助けを請わざるを得なくなって、さぞ屈辱だったろうなあ!」

勇者「『姫と神器を取り戻せ』って、絞り出すような声で命令してきたんだぜ!」


勇者「どうせお姫様なんて、とっくの昔に死んじまってるんだろ」

魔王「……ああ」

勇者「神器ってのも、取り戻す義理なんてねえしなあ。まずどんな形かすら知らねえし」

勇者「この国ではさ、王位継承の儀式には三種の神器が必要なんだそうだ」

勇者「奪われたのはその内の1つ……なんて名前だったっけなあ。忘れちまった」

魔王「聖銀の鏡だ」

勇者「ああそうそう。そんな名前だったな」

勇者「てかおまえ、魔王になったのいつだよ」

魔王「1年前だ」

勇者「へえ、年はいくつだよ」

魔王「17だ」

勇者「わっけえなおい」

魔王「だから貫禄もなければ威厳もない。困ったものだな」

魔王「おまえこそいくつだ。俺よりいくつか下だろう」

勇者「14だよ」


勇者「じゃあおまえ、鏡持ってんのか?」

魔王「これだ」スッ

勇者「持ち歩いてんのかよ」

魔王「いざという時の切り札にするつもりだ」

勇者「すぐに返せばあの王様も少しは……いや、駄目だな」

勇者「お姫様が死んじまったって知ったらかえって逆上しかねねえ。下手に刺激しねえ方がいいな」

魔王「ああ。タイミングは重要だ」

狼「わふぅ」

魔王「よしよし。おまえも半魔で苦労したのだろうな」

勇者「え……こいつが半魔だってよくわかったな」

勇者「見た目は普通の狼とほぼ変わんねえし、魔の気だってうっすいのに」

魔王「くくく。俺は魔王だぞ。舐めてもらっては困る」


勇者「こいつ、半魔だからか群れからハブられちまったみたいでさ」

勇者「貧民街に辿り着いて、ゴミを漁ってたところを拾ったんだ」

勇者「なんかほっとけなかった。オレもおんなじ半端者だからだろうな」

魔王「…………」

勇者「おまえみてえな純粋な魔族にはわかんねえだろうけどさ、オレ達の気持ちなんて」

勇者(圧倒的に濃い魔の気。どう考えても純粋な魔族だ)

魔王「……なあ、もし、人間と魔族が争うことのない世界を実現できたら、おまえはどう生きる?」

勇者「想像つかねえや。てか、まず無理だろ」

勇者「人間の国っつったっていくつあると思ってんだよ」

勇者「それに、和解してえなら、おまえら魔族が人間から奪った土地を返さなきゃいけねえ」

勇者「そんなこと無理だろ」

魔王「そうだな……何処か、人間の所有していない土地に移り住むことができればいいのだが」


勇者「仮にそんな土地があっても、魔族の連中は納得するのか?」

魔王「難しいだろうな。尻尾を巻いて逃げるのかと非難されるだろう」

勇者「やっぱどう足掻いても無理なんだよ、わへーなんて」

魔王「おまえも、俺の夢を子供の幻想だと嗤うか?」

勇者「嗤いはしねえけどさ」

魔王「協力してくれるのだろう?」

勇者「食わせてもらった飯の分だけはな」

勇者「あーでも、和平の方法考えるとかはナシだぜ」

勇者「邪魔な奴を排除するだけな」

魔王「そうか」

勇者「世の中、綺麗な夢だけじゃどうにもできねえんだよ」

勇者「あー……世界はきったねえのに、空は綺麗だよなあ」


魔王「……すまない」

勇者「はあ? なんでいきなり謝るんだよ」

魔王「我が父がこの国から大切なものを奪わなければ、おまえが迫害されることはなかった」

勇者「おまえがやったわけじゃねえだろ」

魔王「魔王の座と共に、俺は歴代の魔王の罪も受け継いでいる」

魔王「本当に、すまない」

勇者「やめろ。余計惨めになるだけだ」

魔王「…………」

勇者「……っだーもう! 辛気くせえのは嫌いなんだよ!」

勇者「ほら! 休憩は終わりだ! 行くぞ!」

勇者「てかおまえの瞬間転移魔法使えば楽に旅できるじゃん」

魔王「アナログな移動も試練の一環だろう」

勇者「ほんと、真面目だよなあ、おまえ……」

つづく


Episode 3


白壁の町

魔王「美しい町だな」

勇者「魔王が堂々と人間の町に入ってくんなよ」

魔王「上手く化けているだろう?」

勇者(紺色の髪が真っ黒になってるし、肌の色もこの辺の国の人間に合わせてんだな)

勇者「角どこにやったんだよ」

魔王「髪に変化させるくらい、造作もないことだ」ドヤ

勇者「あっそ」

マッサージ屋「そこの素敵なお兄さんたち~! ちょっと寄っていかなーい?」

勇者「おまえ顔は良いよな」

魔王「くくく。人間から見ればかなりの美形の部類だろう」

勇者「魔族から見たらどうなんだよ」

魔王「……弱そうに見えると言われる」

勇者「魔族の感覚ってよくわかんねえな」


マッサージ屋「こってるわね~!」

魔王「ああ……うう……そこ……効くぅっ……!」

マッサージ屋「お兄さん、デスクワークばかりしてるでしょ~」

魔王「職業柄、どうしてもな……あぐっ」

勇者(堪能してやがる……)

マッサージ屋2「あなたも、ストレス溜め込んでるんじゃない?」

勇者「いててて。あ、そこだそこ。そこをぐっぐっと」

勇者(なんでオレまでサービス受けてんだよ)

勇者(でも良いもんだな……こりがほぐれる……)

マッサージ屋3「わんちゃんもリンパのマッサージしましょうね~」

狼「♪」


マッサージ屋2「白銀の髪に、萌黄色の虹彩……あなた、新しく旅立ったっていう勇者様でしょ」

勇者「ああそうだよ。くうっ……」

マッサージ屋2「ということは、かなぁりお強いんでしょ?」

勇者「まあな。倒せなかった敵はいねえよ」

魔王「そやつに剣で敵う者はそういないだろうな。魔術の腕も立つ。うっ、くっ……」

マッサージ屋「あらあ、すごいのね。でも、暴力だけが力じゃあないのよ?」

マッサージ屋2「マッサージだって、『力』になるんだから♪」

マッサージ屋「こぉんなに気持ち良くされちゃったら、あたしに気を許したくなっちゃうでしょ?」

魔王「確かに……くうう……」

マッサージ屋「相手を気持ち良い気分にすることで、相手の心を開く『技術の力』」

マッサージ屋「これでお偉いさんにチップ弾んでもらったりできちゃうんだから、大したものでしょ?」


マッサージ屋「夜には別のサービスだってしてるのよぉ♪」

魔王「べ、別のサービス?」

マッサージ屋「そう。もぉっと気持ちの良いコト。どう? また、夜にいらっしゃらない?」

魔王「えっ、あ、その、えっ」

勇者「ははっ顔真っ赤だぜ! 童貞かよ!」

魔王「ううううるさい!」

マッサージ屋「あらあらうふふ」


魔王(恥をかいてしまった……体は楽になったが)

勇者「また行きてえな」

魔王「昼間にな」

魔王「……しかし、ヒントを得られた気がする」

勇者「へえ?」

魔王「人間であろうが魔族であろうが、己に快を与える相手には好意を覚える性質がある」

勇者「男娼でもやって人間の女たらしこむつもりか?」

魔王「違うわ!!」

魔王「サービス業を人間と魔族の橋渡しにはできないかと思ってな」

勇者「魔族の店ってだけで人間は近寄らねえし、その逆も然りだろ」

魔王「やはりそうか……」


町人A「しかし、町長様も困ったものだな……」

町人B「ここまで税を上げられては、生活が成り立たない」

町人A「魔族が絡んでるって話、まさか本当じゃねえよなあ」

魔王「……気になるな」

勇者「マジで魔族が絡んでるなら勇者の仕事になっちまうなー」

魔王「詳しく話を聞かせてくれないか」

勇者「おい勝手に首突っ込んでんじゃねえよ」

町人A「美少年や美青年を買うのに夢中になりすぎて、金遣いが荒くなってるって噂が立ってるんだよ」

町人B「少し前までは、いたって真面目な女の人だったんだ」

町人A「いきなりどうしちまったんだろうなあ」

魔王「ふむ……。ローゼ、詳しく調べてみるぞ」

勇者「オレよりおまえの方が勇者業向いてそうだよな」







魔王「ここが町長の館か」

勇者「おまえだけでやればいいんじゃ……」

勇者「いや、事件を解決した方が国から支給される金増えるし別にいいか」

魔王「魔族の気配はほぼ感じられない。だが、全く感じないわけでもない」

魔王「それに、この香の匂い……覚えがある」

勇者「え、お香の匂いなんてしねえけど」

魔王「俺は鼻が利くんだ」ドヤ

勇者「その顔むかつく」


魔王「町長に直接会うのが早そうだな」

勇者「すんませーん、オレ勇者なんですけど、町長に面会願いまーす」

見張り1「現在、町長はあらゆる面会を謝絶している。お引き取り願おうか」

勇者「チッ、なら力づくで」

魔王「まあ待て。一旦退こう」

勇者「えー」







魔王「今無理に正面突破すれば警戒を強められるだろう」

魔王「策を練り、油断させた方がいい」

勇者「策って、具体的にどうすりゃ……あっ」


勇者「サービス業者のふりでもするか」

魔王「くくく。俺も同じことを考えていた」

魔王「先程町長の男の好みを調べたが、おそらく俺もおまえも町長の対象内の顔をしている」

勇者「じゃあいかにも男娼っぽい格好を整えて出直すか」

魔王「ああ。見張りが交代する頃に再び向かおう」








勇者「おまえホストかよ」

魔王「おまえこそ」

勇者「真っ赤で派手だな」

魔王「真っ青なおまえも似たようなものだろう」


勇者「こんちはーっす」

魔王「夜はこんばんはだろう」

勇者「細かいことは気にすんなよ」

見張り2「何の用だ」


勇者「町長さんに、ちょっとしたサービスを……と思いまして」

見張り2「しかし、アポもなしに訪問されてもな」

勇者「飛び切り美形の男が2人訪れたことだけでも、どうかお伝え願えませんかね」

魔王「『飛び切り美形』と自分で言える自信がすごいな」

勇者「おまえこそ昼間に自分のことかなりの美形っつってたろ」

魔王「細かいことは気にするでない」

見張り2「とりあえず、名前を教えてもらおうか」

勇者(いっけね、偽名考えてねえ)

魔王「ええと……」

勇者「こいつはグラ」

魔王「おい」

勇者「グラってんだ」

見張り2「おまえは」

勇者「……グリ」

魔王「それではまるでとんがり帽子のネズミの双子ではないか」


勇者「いいだろ別に、丁度服もお互い青と赤だしよ。なんなら今度仲良くカステラでも焼いてやろうか」

魔王「ほう? 親交を深めるには良さそうだな。俺はホットケーキの方が好きだが」

勇者「それでもいいぜ、バター代おまえ持ちな」

魔王「そいつはしバっター」

見張り2「は?」

勇者「くだらない駄洒落はホットケー、キにすんな」

見張り2「帰れ」

勇者「えー、こんなに良い男を追い返したなんて、後から町長様にバレたらその方がまずくありませんかねー?」

見張り2「た、確かに」

勇者「町長様に良い夢見させて差し上げたいんですよぉ」

見張り2「いやちょっと待て、おまえ本当に男か? 顔立ちがどうも」

勇者「オレを女扱いする奴はぶっころ」

魔王「落ち着け、その表情の作り方はまるでゴロツキだ」ガシィ


魔王「町長様は女顔の美少年も好んでいると聞いたのだが」

見張り2「うーん、仕方ないな」

見張り2「すんませーんせんぱーい、無駄に顔の良い漫才師のコンビが来てるんですけどー」

勇者「漫才師だってよ」

魔王「おまえのせいだぞ」

勇者「ノリノリだったくせに」

見張り2「入っていいぞ」


勇者「奥に進めば進むほど甘ったるい匂いがきっつくなるな」

魔王「やはり、この匂いは……」

ガチャ

町長「いらっしゃあい、あなた達は、一体どうやってあたしを悦ばせてくれるのかしら?」

勇者(うわ、部屋中男だらけだ。死人みてえにぐったりしてやがる)

勇者「麗しい方だ。3Pはいかがでしょう」

魔王「誘い方が直接的過ぎるだろう」

勇者「じゃあどう言えばいいんだよ」

魔王「それはだな」

勇者「ああそっかおまえ『童貞』だもんな、3Pする度胸なんてねえよな」

勇者「でも『どうってい』うことはないぞ、すぐ慣れる」

魔王「そう言うおまえは余程経験豊富なのだろうな」

勇者「15までは童貞でも許されるんだよ」

町長「あはは、つまんない漫才はもういいわ。さ、早くイイコトを始めましょ」

魔王(格好がエロいな……)


魔王「ふん、生憎貴様とイイコトをするつもりはない」

勇者「赤面しながら言っても説得力ねえぞ」

魔王「細かいことは気にするでない」

町長「本当はしたくてたまらないくせにぃ」ボイン

勇者「おまえの好みはお色気満載ボインボインか」

魔王「やめろ」

魔王「……正体を現すがいい、サキュバスよ」

町長「あら」

魔王「この香は、淫魔の力を高める効果のあるものだ」

魔王「憑依を維持するためにずっと焚き続けているのだろう」

町長「詳しいのね、淫魔のことに」

勇者「あれだろ、エロいこと調べてる内に知ったんだろ」

魔王「違うわ」


町長「あたしを退治しに来たのかしら?」

魔王「大人しく魔族の国に帰るのであれば、命までは奪わぬ」

町長「残念だけど、あたし、人間の男の子が大好きなのよね」

スウゥ――

勇者(町長の体から抜けた!?)

サキュバス「でもあたし好みの男の子を毎晩探すのって大変だからぁ」

サキュバス「こうして権力のある女の体を奪ってコレクションを集めてたのよぉ」

サキュバス「折角作った楽園を壊させはしないわ!」

サキュバス「あなた達も骨抜きにしてあげる!」

魔王「来るぞ!」

勇者「ハッ、返り討ちにしてやるよ!」


サキュバス「欲情《ラスト》!」

魔王「気をつけろ、あの球に当たると欲情が止まらなくなるぞ!」

勇者「心配ねえよ、おまえを盾にするからな!」

魔王「ちょ」

サキュバス「なんて奴なの!?」

勇者「風の刃《ブラストカッター》!」

サキュバス「きゃああ!」

勇者「地獄で好きなだけセックスしてろ!」

魔王「ちょっと待て! 止めは刺すな! 俺がそやつを封印する!」

勇者「うわ、なっさけねーポーズ」

魔王「おまえのせいだぞ」

魔王(息子が収まらん……)


魔王「俺は殺生を好まない。よって、おまえを封印の刑に処す」

サキュバス「それは魔王だけが使うことのできる術のはず! まさか……!」

魔王「今更気がついたか」

サキュバス「嫌よ! あんな場所に行くなんて!」

魔王「今すぐ死ぬよりはマシであろう。……多分」

魔王「開け、門よ!」

ゴオオォォォォ……

サキュバス「嫌! いやあああああ!」

勇者「うわ、こっわ」

勇者(渦巻く闇の中にサキュバスは吸い込まれていった)


勇者「おまえいつまで蹲ってんの?」

魔王「……一度熱を開放しなければ、この術は解けんのだ」

勇者「勃起しっ放しかよ、ご愁傷さま」

魔王「おのれ……」

勇者「トイレ行って抜いてこいよ」

魔王「自分でやっても駄目なのだ。この術にかかった以上は、女に相手をしてもらわねば……」

勇者「ええ……」

魔王(こやつに頼む……わけにもいかんしな……)

魔王(顔を直視できん。性欲が昂るあまりに、こやつが魅力的な女に見えて仕方がない)

魔王(顔だけは……顔だけは本当に良い女だ……顔だけは……)


町長「うう……あれ、私は……」

勇者「今までの記憶あるか?」

町長「ああ、私はなんてことを……!」

勇者「まあもうサキュバスは退治したから大丈夫だ」

勇者「ところで、ローブねえか? 体すっぽり覆えるやつ」

町長「え、ええ」

勇者「ほら、これ着ろよ。これなら町中歩いても大丈夫だろ」

魔王「…………」

勇者「マッサージ屋の姉ちゃんにしてもらおう、な?」

魔王「………………」

勇者「ほら、肩貸してやるよ」

魔王「…………………………」


1時間後

勇者「童貞卒業おめでとう!」

魔王「……とらんわ」

勇者「え?」

魔王「卒業なんぞしておらんわ!! 手でしてもらったからな!!」

勇者「なんでだよ、折角の機会だったのに」

魔王「万が一避妊に失敗して半魔を孕んだら、あの者の人生を壊すことになってしまうだろう」

勇者「どこまでも真面目だよなおまえ」

勇者「まあ悪いもんでもなかっただろ?」

魔王「その……まあ……なかなか良いものではあったが……」

魔王「うう…………」

勇者「何蹲ってんだよ、また勃ってきたか?」

魔王「このあまりにも激しく渦巻く羞恥心に動く気力を奪われてしまっている俺の気持ちがおまえにわかるものか」


勇者「今回は悪かったよ。すまなかったな」

魔王「…………」

勇者「おまえ魔王ならさー、妾なんて作り放題で、高級遊女的なのも呼び放題じゃねえの」

魔王「立場上は可能だが……」

勇者「だが、なんだよ」

魔王「女を呼びたいなんて、そんな恥ずかしいこと、爺やに頼めるものか!」

勇者「純な奴……」

魔王「……はあ」

魔王「…………」ジィッ

勇者「なんだよ、オレの顔に何か付いてるか?」

魔王(サキュバスの術のせいとはいえ、こやつに欲情してしまうとは……)

魔王「……疲れた。帰って寝る」

勇者「おう。明日も飯頼むぞー」

魔王(……気まずい……)

tsuduku


Episode 4


勇者「国境だ! このクソみてえな国ともおさらばだぜ! ヒャッハー!」

魔王「元気だな」

勇者「ははっそりゃあな」

魔王「……世界は広いな」

勇者「そういやおまえ、この頃すぐ城に帰っちまうじゃないか。忙しいのか?」

魔王「民が、和平賛成派と反対派で真っ二つに割れておってな」

魔王「内乱に発展しないよう抑えるのに必死なのだ」

勇者「へえ、そりゃご苦労なこった」

魔王「なあ、ローゼ」

魔王「おまえは、どれほど悩んでも答えが見つからず、闇を彷徨っている気分になることはないか?」

勇者「ねえな。色々割り切らなきゃ生きていけねえ環境で育っちまったからなあ」

魔王「……おまえは、強いな」





数日後

水の神殿

勇者「ガリィ、おまえはここで待ってろ」

勇者「さっさと試練を片付けて戻ってきてやるからな」

魔王「俺も共に行こう」ヒュン

勇者「へえ、仕事は大丈夫なのか?」

魔王「一応な。それより、おまえが心配だ」

勇者「ご親切なこった」

勇者「そういやおまえ、ここしばらくオレと目を合わせようとしなくならなかったか?」

魔王「きっ、気のせいだ!」カアア


魔王「美しいな。建築物と自然が融合し、清流が至る所に流れている」

勇者「これだけ綺麗な水なら名水として売れそうだな」

ジャバ ジャバ ジャバ

水の精霊1「そなたの実力、見せてもらう!」

水の精霊2「勇者に相応しい力の持ち主であることを我等に示せ!」

水の精霊3「しめせー!」

勇者「よーし一気に全員蒸発させてやる」ボォォォ

水の精霊1「待って待って降参します許して」

水の精霊3「ここの試練をクリアしたら、水を操る神聖な能力がもらえるよ! がんばってね!」

勇者「そりゃ便利そうだな」

勇者「オレ、元々水属性の術は使えっけど、それは自分の魔力や大気中のマナを一時的に水に変換するだけだ」

魔王「水そのものを操ることができれば便利だな」


勇者「うわ、なんだこの部屋。水路が張り巡らされてやがる」

魔王「水が流れていない水路もあるな」

勇者「壁に絵が描かれてんな」

魔王「この部屋の図のようだな。特定の水路に色が付けられ、模様になっている」

魔王「この図と同じになるよう、水の進む方向を変えろということだろうな」

勇者「うわ、めんどくせ。こんなん解くことの一体何が勇者に必要なんだよ」

魔王「冷静に空間や状況を理解し、1つ1つ問題を解決していけるかどうかは、生きていく上で重要だぞ」

勇者「あっそ」





魔王「よし、これでいいだろう」

キーンキンキン……

勇者「お、鍵が落ちてきた」

魔王「これで先に進めるな」

勇者「半分以上おまえが解いたわけだけどさ、いいのか? オレが自分でやらなくて」

魔王「仲間も勇者の力の内だからな」

魔王「歴代の勇者は仲間と協力して試練を突破している」

勇者「でも瞬間転移でズルするのは駄目なんだろ、おまえの基準わかんねーわ」

魔王「足りない能力があるのなら、仲間に補ってもらえばいい」

魔王「だが、体力だけは身に着けておいてもらわないといけないからな」

魔王「そして、旅の経験は貴重だ」

魔王「それに、おまえの能力が育つような教え方をしてやっただろう?」

勇者「おまえ家庭教師の才能ありそうだよな」


勇者「ここが最深部か」

魔王「む、この気配……やはり来たか」

水の将軍「我は五虎大将の1人、水の大将軍エクヴォリ!」

勇者「ぜってぇ覚えらんねーわその名前」

勇者「魔族ってのは皆難しい名前なのか?」

水の将軍「貴様の頭が悪いだけであろう!」

勇者「あ゛ぁ゛ん?」

水の将軍「悔しければこの私を倒してみせるのだな!」

勇者「蒸発させてやんよ! 紅蓮の炎《ローリング・フレイム》!」

ボワアアア

勇者「口ほどにも……いや、周囲の水を盾にしたな!」

魔王「気をつけろ、奴は――」

水の将軍「気体・液体・個体、あらゆる形態の水を操ることができるのだ!」

勇者(水蒸気が槍の形に!?)

ヒュンッ

魔王「っローゼ!」ガバッ


魔王「がはっ……」

勇者「お、おい!」

水の将軍「勇者よ、貴様の弱点は調査済みだ」

水の将軍「貴様は強いが故に慢心している。そして、魔族との実戦経験が極めて乏しい」

水の将軍「ついでに挑発に乗りやすい! 油断したな! ふはははは!」

勇者「ちっくしょう……」

水の将軍「まだまだ行くぞ! 水の矢《ウォーター・アロー》!」

勇者(あらゆる方向から――!)

魔王「伏せるぞ!」ザッ

勇者「いってぇ!」

魔王「うぐっ……」

勇者「休んでろよおまえ!」

魔王「俺はおまえを守るためにここにいるのだ!」

勇者「はあ!?」

魔王「俺は不死身だ。俺が盾になっている間に策を考えろ!」


水の将軍「その弱き魔王もいつまでもつだろうな!」

勇者(敵は水蒸気だろうが氷だろうが自在に操ることができる)

勇者(だからどんな魔法を使っても……いや、それなら水でなくしちまえばいい)

勇者(雷で電気分解を……駄目だ! 下手すりゃオレ達も感電しちまう)

魔王「ぐっぐふっがああっ!! んぐっ……」

勇者(再生が追いつかなくなってきてやがる! 早くしねえと……!)

魔王「……守護壁《プロテクション・ウォー」

水の将軍「させぬ!」

ビュウンッ

魔王「ぐぅっ……!」

魔王「参ったな……防御の術を発動させるためのっ……集中もさせてくれぬか!」


勇者「くそっ……オレは攻撃の術しか使えねえ」

魔王「今度、おまえに防御の術を教えてやる」ニッ

勇者「よく笑えるな、こんな状況で」

勇者「…………」



魔王『冷静に空間や状況を理解し、1つ1つ問題を解決していけるかどうかは、生きていく上で重要だぞ』



勇者(空間……辺りは水が豊富にある。完全に敵のフィールドだ)

勇者(いや、本当にそうか? ここは水の神殿。聖なる土地だ)



水の精霊3『ここの試練をクリアしたら、水を操る神聖な能力がもらえるよ! がんばってね!』



勇者「おい! 水の大精霊! 見てるんだろ!?」


水の大精霊「そちらから我を呼び出すとはな」

勇者「水を操る能力、先に寄越せ!」

水の大精霊「……良かろう。どうせすぐに渡すつもりであったしな」

水の大精霊「その男を守ろうとする強き意思がひしひしと伝わってくるわ」

ポワ……

勇者「……よし!」

水の将軍「む……水が!?」

勇者「この空間に存在する水は全てオレのもんになったぜ!」

水の将軍「せこいぞ勇者!」

勇者「生憎、狡賢さならスラム1だったんでな!」

勇者「大好きな水に貫かれろ!」

水の将軍「そんな馬鹿なああああ!!」


水の将軍「おのれ……おのれ!」

魔王「げほっ……おまえも封印してやろう」フラフラ

水の将軍「私に止めを刺さなかったことを後悔する日が必ず訪れるぞ……!」

魔王「門よ……開け!」




勇者「ガリィ!」

狼「バウワウ!」

勇者「良い子だったな~!」

魔王「よし、昼飯にするか」

勇者(……こいつ、必死でオレを守ってくれた。ちょっとかっこよかったな)

勇者(なんて思っちまった。なんだか屈辱だ)

勇者(……むかむかする)


神殿近くの村

勇者「今日はこの村に泊まるか」

狼「ワン!」

勇者「すんませーん、宿探してるんすけど」

香水屋「あら、綺麗な旅人さん! どうぞうちに泊まっていって!」

勇者「いやオレは」

香水屋「わたし、アルセア! あなたは?」

勇者「……ローゼ」

香水屋「名前も綺麗なのね!」

勇者「…………」

香水屋「こんなに綺麗なのに、男の子の格好をしてるなんてもったいないわ!」

香水屋「可愛くしてあげる!」

勇者「えっちょっおい、引っ張んなって!」

狼「♪」ダッダッ

勇者(この雰囲気、なんだか懐かしい。不思議と嫌じゃない)

勇者(ああ、そうだ。彼女と……メリッサと、似てるんだ)

勇者(姿形じゃなくて、この明るさと、強引さが)

勇者(嬉しいような、苦しいような……変な気分だな)

続く
今回短かった分次回長いです


Episode 5


――――――――

ザアァァァァァァ……

女「どうしたんだい、おチビちゃん。こんな所に1人でいるなんて、危ないよ」

勇者「くにのひとのめいれいで、すてられちゃったの」

勇者「おとこでもおんなでもないこは、おうちにいられないんだって」

女「こんなに可愛い子を捨てるなんて、お国も馬鹿なことをするもんだねえ」

勇者「…………」

女「あたしの家においで」

女「おチビちゃん、おなまえは?」

勇者「おとこだったら、ローゼライト。おんなだったら、ローゼマリア」

勇者「どっちでもないから、ただのローゼ」

女「そっか。あたしはメリッサ。そこに生えてるハーブと同じ名前だよ」

――――――――


勇者「……この家、甘い匂いがするな」

香水屋「わたし、手作りの香水を売って生活してるのよ」

勇者(すげえ数の瓶だな)

香水屋「これがユリで、あれはホオノキ。あれがヘリオトロープ。どれも素敵な香りよ」

香水屋「気になるのはあるかしら?」

勇者「香水に興味なんて……」

勇者「……あんたがつけてるのは、レモンみたいな匂いだな。けっこう甘いけど」

香水屋「そう! レモンみたいな香りの植物は色々あるけど、このレモンバームは甘みもある匂いなのよ」

香水屋「これはね、特に甘みが強く出るよう抽出方法を工夫してあるの」

勇者「へえ……」

香水屋「あなたの国では、メリッサって呼び方が一般的かしらね」

勇者「…………」


香水屋「1瓶あげるわ!」

勇者「いや、わりぃよ。まず使わねえし」

香水屋「いいのよ! 出会えた記念にプレゼントしたいの!」

香水屋「これからお洒落に付き合ってもらうんだし」

勇者「…………」

香水屋「旅をしているなら、なかなかお風呂に入れなくて体のにおいが気になっちゃうこともあるでしょ?」

香水屋「ちゃんと香水つけなきゃ!」

勇者「わかったよ。……もらっとく」


――――――――

勇者「このはっぱね、おうちのおにわにもはえてたよ」

勇者「いいにおいで、すき」

女「なんなら、うちの庭にも植えようか」

勇者「うん!」

女「さあ、早く行こう。びしょ濡れのままじゃ、風邪ひいちまうよ」

――――――――

香水屋「どうして胸を潰してるの?」

勇者「邪魔だからな」

香水屋「ちゃんとした下着、買わなきゃ駄目よ?」

勇者「うっせ」

香水屋「わたしのを貸してあげるわ。ほら、後ろ向いて」

勇者(何故こんなことに……)


勇者「大体なあ! オレは男なんだぞ!」

香水屋「おっぱいあるのに?」ムニッ

勇者「ひゃひっ!」

勇者「ほら! ちんこだってついてんだぞ! パンツに女にはねえ膨らみあんだろ!」

香水屋「あら、でもそんなこと関係ないと思うなあ」

勇者(ええええええ……)

香水屋「それに、男の子だって別にいいわ。可愛くしたいもの!」

勇者(もう……もうどうにでもなれ……)


勇者(ヒラヒラの可愛い服着せられちまった)

香水屋「三つ編み、解いてもいいかしら?」

勇者「好きにしろよ」

香水屋「三つ編みにすると、髪の毛にウェーブがかかって可愛いのよね」

勇者「オレは元々巻き毛気味だけどな」

香水屋「よーし、可愛くなった!」

勇者「……………………」

勇者(こんな格好を見たら、魔王の奴、なんて言ってくるかな)

勇者(って、何考えてんだよ、オレは)

勇者(そういやあいつ、オレのこと美少女とか言ってきやがったんだったな)

勇者(思い出したらイライラしてきちまった)


香水屋「ねえ、どうして男の子みたいに振る舞ってるの?」

勇者「……昔さ、守りたい女がいたんだ。だから、立派な男になろうって、誓ったんだ」

――――――――

女「剣の稽古してるのかい? 精が出るねえ」

勇者「オレ、強い男になるんだ! そしたらメリッサを嫁にして、一生守ってやる!」

女「あはは! そりゃ頼もしいね!」

勇者「こんな町出てって、豊かな暮らしをさせてやるよ!」

女「楽しみにしてるよ、未来の旦那さま」

女「でもね、あんたはきっと、無理に男になんてなろうとしない方が――」

勇者「はっ! てやーっ!」

――――――――


香水屋「こんなもんかしらね! 仕上げに香水を……甘めのをつけて、できあがり!」シュッ

勇者「…………」

香水屋「外に遊びに行きましょ!」

勇者「そっそれは流石に」

香水屋「ほら! 良い天気よ!」グイグイ

勇者「なあ、店はいいのか!?」

香水屋「いいの! 最近、お客さん、来てくれないから……」

勇者「?」

香水屋「でも大丈夫! 隣町に売りに行って、充分儲かってるから!」




勇者(落ち着かねえ……めっちゃヒラヒラする……脚もスース―するしよ……)

香水屋「この服屋さん、お気に入りなの。ほら見て見て! この服可愛いわ!」

勇者「おまえによく似合ってるよ。はあ……」


村人1「おい、アルセアだぞ……」

村人2「普通に接しとけ」

勇者(なんか、村の連中がよそよそしいな)

香水屋「ここ、小さな村だけど、喫茶店があるのよ!」

勇者「地味だけど洒落てんな」

勇者(木の匂い。吊るされた花。素朴なインテリア。悪くねえ)

香水屋「わたし、カリン茶!」

勇者「……ローズティー」

香水屋「あとね、ケーキ2個!」

勇者「1人で2個も食うのか?」

香水屋「あなたの分よ! わたしの奢り!」

店員「カリン茶とローズティーがお1つずつ、ケーキがお2つですね」


香水屋「ここに来るの、久しぶりだわ。1人じゃなかなか来る気になれなくて」

勇者「オレは喫茶店なんて生まれて初めてだよ」

香水屋「あら、そうなの?」

勇者「オレが住んでたところには、こんな店なかったからな」

香水屋「お茶、おいしいでしょ?」

勇者「まあ、そうだな」

香水屋「うふふ」

勇者「……なあ、なんでオレにこんな格好させたんだよ」

勇者「一緒に遊ぶお友達でも欲しかったのか?」

香水屋「それもあるけど、でもね……もっと大きい理由を聞いたら、あなたきっと怒っちゃうわ」

勇者「は?」

香水屋「お手洗い行ってくるね!」


勇者「なんなんだよったく……」

村人3「アルセアの奴、魔族と取引してるってマジなのか?」ヒソヒソ

村人4「たらしこまれたって噂だぜ?」ヒソヒソ

村人5「親が死んで、寂しくてたまらなかったところをつけこまれたのね、きっと」

村人6「可哀想だけど、でも、ねえ……」

勇者(……なんだ、この噂)

勇者(オレは相手が悪人かどうかは雰囲気でわかる。あいつは魔族と取引するような奴じゃねえ)

勇者「チッ……」

村人5「あなた、この村には来たばかりでしょ?」

村人5「悪いことは言わないわ、あの子と付き合うのはやめなさい。危ないわ」

勇者「失せろメスブタ!」

村人5「きゃっ! 何よ、もう……」


勇者(村の連中がよそよそしかったのは、この噂が原因か)

勇者(一体何処からあんな噂がわきやがったんだ)

香水屋「お待たせ!」

勇者「……おかえり」

香水屋「……」

香水屋「はやく食べきって、別のとこ行こっか!」




香水屋「あっちの丘は見晴らしが良くってね、あ、そっちからの眺めも良いの!」

勇者「…………」

香水屋「それから、ほらあそこ! あそこの料理屋さん、すっごくおいしいのよ!」


村人6「なあ、あそこの銀髪の子、めっちゃ可愛くねえか?」

村人7「うっわ、やば……この世に舞い降りた天使様って感じだな」

村人6「1回でいいからヤラせてくんねえかな~」

勇者「っ――」

香水屋「……どうしたの? 顔色、悪いわよ?」

勇者「気持ちわりぃ……」

香水屋「だ、大丈夫?」

勇者「男の視線……気持ちわりぃ……!」

村人6「ねえねえ君大丈夫? 肩貸そうか? なんならお姫様抱っこでも」

勇者「オレに近づくんじゃねえクソ短小チンコ野郎!!」

村人6「うわっなんだよ」

狼「ガルルルルルル……」

村人6「ひぃっ!」

香水屋「い、行こっかローゼ!」


香水屋「ごめんね、無理矢理可愛い格好させちゃって」

勇者「…………」

香水屋「……男の人、苦手なの?」

勇者「あんな、ヤることしか考えてねえような連中、大っ嫌いだ」

――――――――

勇者「メリッサ! メリッサー! 肉が手に入ったんだぜ!」

勇者「スラムじゃ滅多に流通しないような良い肉が……メリッサ?」

女「くっ、うっ! 放せ!」

ゴロツキ1「今まで女だけで生きてきただけあって、随分良い物持ってるじゃねえか」

ゴロツキ2「全部俺達が頂いてくぜ」

ゴロツキ1「体の方もなかなかイイじゃねえか」

ゴロツキ3「楽しませてもらおうぜ」

勇者「!!」


勇者「おまえら強盗か!? メリッサを放せ!」

ゴロツキ4「おっと、そういやガキを飼ってるんだったな」

女「その子に手を出すんじゃないよ!」

ゴロツキ1「出さねえよ、あんなガキ。おい、抑えとけ」

ゴロツキ4「へーい」

勇者「放せ! 放せよー!!」

ゴロツキ1「Cカップくらいか? お?」ムニムニ

女「くうっ……」

ゴロツキ2「尻も可愛い形してんなあ」

女「っ…………」


女「あっああっうぐっああああ!」

ゴロツキ1「知ってるか? 首絞めながらヤルとすんげえ気持ち良いんだってよ」

女「はぐっ……っ……」

ゴロツキ2「まだ殺さねえでくだせえよ、皆で回したいっすからね」

勇者「放せ!! おまえら全員ぶっ殺してやる!!」

ゴロツキ4「黙れよ、うるせえぞ」

勇者「むぐっうううう!」

女「っ……っ……」

ゴロツキ1「締まりが良くなったな! ……うっ……ふう」

ゴロツキ1「よし、使っていいぞ」

ゴロツキ2「へへへ」

ゴロツキ3「上と下から咥えさせてやろうぜ」

ゴロツキ1「悔しいよなあ、ガキィ。こんな社会の膿みてえな連中に育ての親を犯されちまってよお」

勇者「……」キッ


ゴロツキ1「女ってのはなあ、男に寄生しなきゃ生きていけねえ生き物なんだ」

ゴロツキ1「なのに、生意気にも女1人で暮らしてたからこんな目に遭うんだぜ」

勇者「女1人じゃない! オレがいる!」

ゴロツキ1「ガキなんて数える内にも入らねえよ! がははは!」

勇者「っ……」

ゴロツキ1「教えてやるよ。この町には法律も規律もねえ!」

ゴロツキ1「弱肉強食。それがこのスラム唯一のルールだ。がーははははははは!!」


……………………
…………

勇者「メリッサ、メリッサ!」

女「良かった……生きてたんだね、あんた……」

勇者「血が……すぐ、すぐ医者を呼んできてやる!」

女「強く、生きるんだよ……何があっても、絶対に、生き残るんだ」

勇者「メリッサ!」

女「あんたと出会えて、あたし、生きてる証を……残せた……」

勇者「…………」

女「……ありがとう」

勇者「メリッサ……? メリッサ……嫌だ……そんな……」

勇者「あああああああああああああああああああああ!!!!」

――――――――


香水屋「……男の人に、女の子として見られることが苦手なのね」

勇者「…………」

香水屋「……ごめんね」

勇者「…………」

香水屋「わたしは、ただ、あなたに……」

花屋「こんにちは、アルセアちゃん」

香水屋「ラーセアさん! こんにちは!」

花屋「ラベンダーの香り袋、1つお願いね。あれがあると、よく眠れるんだよ」

香水屋「はい、どうぞ」

花屋「あたしはね、村の連中がしてる噂なんて信じてないからね」

花屋「心配することはないよ、75日もすれば噂なんて消えちまうんだから! がんばるんだよ」

香水屋「……ありがとう、ラーセアさん」


香水屋「……噂のこと、だけど……」

勇者「……なあ、水やりしなくていいのか?」

勇者「家の周りに生えてる草、大事な商売道具だろ」

香水屋「え、ええ。してくるわ」

勇者「手伝う」

香水屋「いいの、休んでて」

勇者「香水とケーキの礼、してえんだよ」

勇者(……不思議と、こいつのことは嫌いになってない)




勇者(アルセアが魔族と取引してるなんて、あんなの絶対でたらめだ)

勇者(あんな、悪意の欠片も持ってねえような奴……)

勇者(……いや、騙されて協力させられている可能性もある)


   「それで……今日……」

   「そうか…………」


勇者(アルセアの部屋から、何か聞こえる。男の声だ)

香水屋「ああいけない、カーテン閉めなきゃ」

   「……もしかして、村の人達に俺の存在を知られたりは」

香水屋「大丈夫よ、デフィ!」

   「なら、いいんだが」


香水屋「そのローゼって子とね、村にお出かけして、わたし、はしゃいじゃって……」

香水屋「はしゃぎすぎて、その子のこと、傷つけちゃった」

   「なら、明日は上手く仲良くできると良いな」

香水屋「ええ」

   「ああ、そうだ。これを」

香水屋「まあ、おいしそう! パウンドケーキね」

   「妹が、君の香水を大層気に入ってね。でも、君は俺と金銭のやり取りはしたくないんだろう?」

   「だから、礼にこれをと思って。妹と一緒に作ったんだ」

香水屋「嬉しいわ」

香水屋「……ねえ、今晩は、血、吸わなくていいの?」

   「……貧血になっていないか?」

香水屋「大丈夫よ」

   「じゃあ、少しだけ」

勇者(血……ヴァンパイアか!?)


勇者(くっそ、アルセアをたぶらかしやがって!)

吸血鬼「今の魔王様は、親人間派なんだ。だから、いつかきっと、俺達が一緒になれる日が来る」

勇者「!」

香水屋「早くその日が来てほしいわ」

勇者「…………」

勇者(もし、こいつが本当に魔王の味方だったら……斬るわけにはいかねえな)

勇者(でも、アルセアを利用しているだけだったら……)

香水屋「もし、人間と魔族が仲良くできるようになったら……想像するだけでわくわくするわね」

勇者(アルセアの声……随分楽しそうだ。今は、邪魔しないでおこう)

香水屋「明日の晩も来てくれる?」

吸血鬼「ああ」


翌朝

勇者(朝食……素朴だけど、美味い)

香水屋「これ、もらいもののパウンドケーキ。食べてみない?」

勇者「……」

勇者(……毒は入ってねえな。味も普通だ)

香水屋「……あのね、ローゼ」

香水屋「…………」

勇者「…………」

勇者「昨日さ、オレ、聞いちまったんだ。噂の内容」

香水屋「やっぱり、そうだよね」

勇者「おまえが魔族の男と話をしてるのもな」

香水屋「!」


香水屋「……彼ね、決して悪い魔族じゃないのよ」

香水屋「信じてもらえないかもしれないけれど……」

勇者「それを確かめるためにさ、今晩、会わせてくれよ」

香水屋「……!」

勇者「オレは勇者だ。悪い魔族は倒さなきゃいけねえ」

勇者「でも、魔族が悪い奴ばかりじゃねえっていうのも、知ってるから」

香水屋「……わかったわ」

香水屋「でも、あなたが勇者だなんて、驚いたわ」

勇者「なんでだよ」

香水屋「こう、もっとムッキムキー! なのを想像してたから」

勇者「悪かったな、こんな細っこくて」




香水屋「あら、おでかけ?」

勇者「ああ」

勇者(昼は魔王の奴と飯食う約束だからな)

香水屋「……あのね、ローゼ」

勇者「なんだ?」

香水屋「あなたは、今までの人生で、たくさんつらいことがあったんだと思う」

香水屋「でもね、きっとそれ以上の幸せがこれから訪れるわ!」

勇者「はは、だといいんだけどよ」

香水屋「行ってらっしゃい」






勇者「……ってことがあってよ」

魔王「ふむ……人間と吸血鬼との恋か」

魔王「幸せになるのは難しいだろうな」

勇者「へえ、断言しちまうんだ」

魔王「俺の手にかかっているがな。和平が実現すれば、結ばれることは可能だろう」

勇者「そもそもその魔族の男が本気でアルセアのことが好きなのかもわかんねえけどな」

魔王「……女をたらしこむメリットが吸血鬼にはないな」

魔王「恒常的に血を吸いたいのなら、毎度女が眠っている時を狙えばいい」

魔王「穏便に香水を入手するにしても、人間に化けて買いに行けばいいだけだ」

魔王「俺の予想のできない目的がそやつにあるのであれば、話は別だが……」

勇者「んー……」


魔王「……仮に結ばれたとしても、魔族と人間では寿命が違い過ぎる」

勇者「魔族って寿命長いんだっけ」

魔王「ああ。種族による差は大きいが……吸血鬼であれば700年は生きるな」

勇者「おまえらは?」

魔王「我等魔人族は500年ほどだな。長ければ1000年生きる者もいる」

勇者「へえ、そんだけ長く生きるなんてしんどそうだな」

魔王「……尤も、」

執事「ぼっちゃま」ヒュン

勇者「うおっ!?」

魔王「爺や、何故ここがわかった」

執事「勇映の玉が部屋に置きっぱなしでございました」

魔王「……うっかりしていたな」

執事「領地内でテロが発生しました。すぐに城へお戻りください」

魔王「わかった。ではな、ローゼ」ヒュン

勇者「……勇映の玉って何だよ」


村長「白銀の髪……あなたは、もしや勇者様では」

勇者「あ? そうだけど」

村長「実は、この村の近くに巨大な魔物が住みつきまして」

村長「まだ被害は出ておりませんが、退治していただきたいのです」

勇者「あー、一応行ってみるけどよ、無害な奴だったら退治はしねえぞ」

村長「しかし、近くに住みつかれたというだけでも恐ろしく、村人は皆怯えております」

勇者「そう言われてもなあ……」





勇者(近くって……遠いじゃねえか……! 疲れてんのに山登りする羽目になるなんてよ)

勇者「……ここか」

巨大な魔物「ひぇっ! け、剣士!? 勇者か!?」

勇者「図体がでけえだけで、弱そうだなーおまえ……」

狼「へっへっ」ブンブン


巨大な魔物「お、おで、悪い魔物じゃない!」

勇者「……気も弱そうだもんなあ」

勇者「でもな、この山の麓に村があってさ、村の連中はおまえのことが怖くて仕方ないんだとよ」

巨大な魔物「おで、知らなかったんだ! 近くに人間の群れがいるなんて!」

勇者「えーと、地図によると……山越えた西側なら人間は住んでねえな」

勇者「あっちの方角に行け。いいな。つうか、喋れるだけの知能があるならそのまま魔族の領地に帰れ」

巨大な魔物「そしたら、おで、殺されない?」

勇者「ああ。ほら、さっさと行け」

巨大な魔物「感謝する! 感謝する、勇者!」

勇者「……オレも優しくなったもんだな。あいつの甘ちゃんが移っちまったかなあ」

勇者(動物狩ってから帰るか。新鮮な肉が手に入ったら、アルセアの奴、喜ぶかな)






勇者(すっかり暗くなっちまった)

勇者「アルセア、戻ったぞ。鹿を一頭捕まえたんだけど……!?」

勇者(家の中から複数人の気配がする。……血の匂いも漂ってやがる)

狼「ガルルルル」

勇者「アルセア!」

勇者「…………!!」

勇者「おまえら……何してんだよ!」

村人1「ひっ!」

村人2「だ、誰かと思ったら、昨日アルセアと一緒にいた奴かよ。まだこの村にいたのか」

勇者「おい、アルセア! しっかりしろ!」

香水屋「……」


勇者「……どういうことだ」

村人3「そ、そいつ、やっぱり魔族と会ってやがった!」

村人3「昨晩目撃した奴がいるんだよ!」

村人4「だから、殺すことになったんだよ。これも、村のためだ」

勇者「っざっけんな!!」

村人4「ひいっ!」

勇者(くそっ、オレがもっと早く戻っていれば……!)

香水屋「…………」

勇者(治療を……駄目だ、この出血じゃもう間に合わねえ)


勇者「……自分でも吃驚したんだけどよ」

勇者「おまえに女だって認識されるのは、意外と嫌じゃなかった」

勇者「本当に嫌だったら、あんな格好、絶対しなかった」

勇者「少しだけだけどよ、楽しいって気持ちが、ないわけでもなかったんだぜ」

勇者「なあ、返事、してくれよ……」

香水屋「…………」

勇者「……てめえら、全員ぶっ殺し――!?」

ブシャアアアアア

勇者(一瞬にして、村人達の首が裂けた)

吸血鬼「アルセア……?」ヨロヨロ

吸血鬼「同じ村の仲間に、殺されたのか? 俺と一緒にいたせいで……?」

勇者「…………」

吸血鬼「こんなこと、あっていいのか……?」


勇者「お、おい……アルセアを何処に連れていくつもりだ」

吸血鬼「…………」

勇者「おい!」

吸血鬼「もっと早く、闇へ誘っておけばよかった」

吸血鬼「陽の下で輝いている君は眩しくて、でも、綺麗で……汚したくなかったんだ」

吸血鬼「……なあ、おまえ、勇者だろ。俺のこと、殺さなくていいのか?」

勇者「……アルセアのことを本気で愛してるって、わかったから、いい」

吸血鬼「たった今、人間達を殺めたんだぞ?」

勇者「おまえがやってなかったら、オレがあいつらをやってた」

吸血鬼「そうか。ふふ、くくっ……」

吸血鬼「……月が、綺麗だな。こんなに悲しい夜だというのに」







勇者(吸血鬼は、アルセアと共に闇の中へ消えていった)

勇者(あの家にはもう誰も住んでいない)

魔王「香水か? 良い匂いだな」

勇者「良い鼻持ってんじゃねえか」

魔王「この頃元気がないぞ?」

勇者「ははっ、気が緩んでたみたいでさ」

勇者「このオレがさ、目の前で人が死んだくらいのことで、落ち込んでんだぜ」

魔王「……あまり無理をするでない。仲間を失って悲しいと思うのは、当然の反応だ」

勇者「オレさ、おまえが隣にいるとほっとするんだ」

魔王「っ!?」ドキッ

勇者「おまえは死なねえからさ」

魔王「……そうか」

続く
今日でお盆休み終わっちゃうのでこれからは更新頻度がバラつくと思います、すみません


Episode 6


魔導都市

勇者(この町、豪華な建物とボロい建物の差が激しいな)

勇者(まるで城下町とスラムがごっちゃになってるみてえだ)

勇者(……もうすぐ昼だな。飯の前に本屋に寄るか)

勇者(魔術のバリエーション増やさねえとな)

勇者「……ん?」

町娘1「ねえねえ、あそこで立ち読みしてる人めっちゃかっこよくない?」

町娘2「あらほんと! でもあそこおピンク本コーナーよね」

勇者「……」

魔王「…………」パラパラ

勇者「ふっ……くくっ……」

勇者「魔王様が人間の町でエロ本立ち読みしてんのかよ!」

魔王「ろ、ローゼ!? いつからそこに!?」


勇者「あー腹いてえ! あひゃひゃひゃひゃ」

魔王「……仕方ないであろう……このような時でないとなかなかこういった物にはありつけんのだ」

勇者「王様ってプライバシーなさそうだもんなあ!」

魔王「……穴があったら入りたい」

勇者「穴があったら突っ込みたいの間違いだろ?」

魔王「下品だぞ」

勇者「エロ本手に持ってる奴が言うことかよ!」

魔王「くっ…………」

本屋の店長「お兄さん、その本買ってくださいね。今それしわ寄っちゃったんで」

魔王(絶対に誰にも見つからない隠し場所を用意せねば……)


空き地

魔王「覚えが早いな」

勇者「防御系はすぐ覚えれたしよ、戦闘用以外のも教えろよ」

勇者「おまえのその、姿を変える術とか」

魔王「……それは難しいな。体を直接変化させる術を覚えるには、まず体のことを知らなければならない」

魔王「そして、人間と魔族とでは体の作りが異なっている。俺は人間の体についてはそう詳しくはない」

魔王「教えられるとすれば……そうだな、髪の色を変える術程度だ」

勇者「えー、ムキムキマッチョマンになれねえのかよ」

魔王「……なってほしくはないな」


スーツ男「もしや、あなたは勇者ローゼ様では」

勇者「あ? 何か用か?」

スーツ男「ご依頼がございまして……我が主人の元へご同行願えませんでしょうか」

勇者「どんな依頼だよ」

スーツ男「それは、直接我が主人にお聞きください」

勇者「……まあいいけどよ」

スーツ男「そちらの方は」

勇者「オレの下僕」

魔王「おい」


屋敷

勇者(ごってごてだなー……豪華すぎてうんざりするくれえだ)

勇者(外には高い塀とでかい堀があった。相当警戒してんだな)

魔王(……微かにだが、魔族の気配を感じる)

成金男「おお、よく来てくださいました」

勇者「んで、依頼ってなんだよ」

魔王「おまえ、態度が偉そうだぞ……」

成金男「ははは、構いませんよ」

成金男「勇者様には、倒していただきたい魔族がいるのです」

成金男「この頃、魔族によく忍び込まれておりまして」

成金男「私の富を狙っているのでしょう」

成金男「用心棒を雇い、これまでは持ち堪えておりましたが、もう限界なのです」

勇者「ここ、魔導都市だろ? 軍はそこらの町よりずっと強力なはずだ」

勇者「なんでわざわざオレに頼むんだよ」

成金男「軍に通報すれば、このことが公になって騒ぎになってしまいます」

成金男「私は、あまり事を荒立てたくないのですよ」

成金男「なんせ、裕福すぎるものですからね」

成金男「混乱に乗じて私の富を奪おうとする人間や魔族が、他に現れないとも限らない」


成金男「この依頼、受けていただけますかな? 報酬は弾みますよ」

成金男「勇者としての名声も上がる。悪い話ではないでしょう」

勇者「んー……」

成金男「前金として、500万Gお出ししましょう」バサッ

勇者「うおっ……」

勇者「……いらねえ。飯を用意してくれればそれでいい」

成金男「おお、なんと素晴らしいお方だ」


用意された部屋

勇者「あーくそ、金欲しかったなー」

魔王「ならば、何故受け取らなかった?」

勇者「あいつ、いかにも怪しい。そんな奴に金で利用されたくねえ」

勇者「絶対何か裏がある」

勇者「依頼を受けたふりをしたのは、その『裏』が気になったからだ」

魔王「くく。おまえが金に目をくらませるような人間でなくて安心した」

魔王「この家を調べるぞ」

勇者「ああ」


魔王「魔族の気配は……こっちだな」

勇者「よくわかるな」

魔王「常人には感知できぬよう、密室に近い部屋に監禁されているのだろう」

魔王「余程魔感力の優れた者でなければ、気配を追うのは難しいだろうな」

勇者「なあガリィ、魔族の匂いを追うのってできるか?」

狼「わふ!」ダッダッ

勇者「あいつに頼った方が速そうだな」

魔王「…………」


魔王「俺も鼻は利く方なのだがな……狼には敵わぬ」

狼「へっへっ」

勇者「ここみてえだな」

魔王「……中に人間もいるようだな」

勇者「聞き耳立ててみようぜ」


成金男「今宵も私の相手はしてくれないのかい?」

狐少女「…………おうちに帰して」

成金男「今はここが君の家だって言ってるじゃないか」

成金男「さあ、夜伽を」

狐少女「嫌あああああ!!」


成金男「実はね、今日、勇者様を呼んだんだよ」

成金男「こわーいこわーい魔物の天敵をね」

成金男「どうしようかなぁ、これ以上言うことを聞かないなら、勇者様に調教を頼むしかないねえ」

狐少女「ひっ!」

魔王「……」

勇者「魔族に忍び込まれてる理由ってよぉ……」

魔王「魔族の少女を監禁しているからだろうな」

狐少女「ひっく……うう……」

魔王「助けるぞ」

勇者「おう」


バアン!

勇者「よおド変態! 随分良い趣味してんじゃねえか!」

魔王「その娘を放してもらおうか」

成金男「なっ何故ここにおまえ達が!?」

魔王「あくまで魔族の気配を追ってきただけなのだがな」

成金男「え、ええと……この娘はですね……そう、私の愛玩動物でして」

勇者「はあ?」

成金男「ま、魔族を誘拐して飼ってはいけないという法律はないでしょう?」

成金男「魔族には人権がありませんからねえ!」

勇者「チッ……クズが」

勇者「その女の子を解放すれば、魔族に襲われることなんてなくなるだろ」

勇者「なんでこんな所に閉じ込めてんだよ」

成金男「わかるでしょう? 美しいからですよ!」

成金男「最初は観賞用にと思ったのですけどね……すっかり魅了されてしまいまして」


勇者「てめえ、ぶった切ってやる!」

成金男「ひいいっ!」

魔王「待て。この男を殺せば、おまえが罪に問われる」

勇者「ああ、そうか。普通の町じゃあ、人殺しは罪だったな」

成金男「ひ、人を殺したことがあるのですか!?」

勇者「あるけど、それがどうしたんだよ」

成金男「ふ、ふふ、勇者が人殺しだったなんて、世間が知ったらあなたの評判はガタ落ちだ!」

成金男「どうです? 私はあなたが人殺しであることを黙っています」

成金男「だから、私を見逃してもらいたい」

勇者「んな話に乗るかっつの!」


魔王「その娘を放せ。そうすれば穏便に済ませてやろう」

成金男「え、偉そうにしおって! この娘は決して誰にも渡さんぞ!」

成金男「大体、狐共が悪いのだ! 人間の土地であるこの国をうろついておったのだから!」

狐少女「た……たす……けて……!」

勇者「えーっと……突風《ガスト》!」ビュオッ

成金男「うおっ!」

勇者「よーし、もう大丈夫だぞー!」

成金男「うぐ……く……ただで済むと思うなよ!」

成金男「貴様の悪名を世間に流してやるからな!」

勇者「おまえの悪名も流しといてやるよ」

勇者「とんでもねえロリコン野郎だってな! ははは!」

成金男「くうぅっ……」


狐青年「カレン……今夜こそ、絶対に……!」

狐少女「お兄ちゃん? ……お兄ちゃん!」

狐青年「カレン!?」

狐青年「ああ、よかった……」ギュウ

狐少女「あそこのお兄さん達が助けてくれたの」

狐青年「……おまえ、勇者か!?」

勇者「そんな警戒すんなよ。魔族だからってなんでもかんでも殺しはしねえっつの」

魔王「早くこの場を去るのだ。人に見られたら厄介だろう」

狐青年「……恩に着る」


成金男「このままで……済むと思うなよ!」

成金男「来い! 傭兵達!」

ザッ

勇者「おー、すげえ人数だな」

成金男「いくら勇者とその下僕と雖も、この人数には手こず」

勇者「堀の水をばっしゃー! と」

傭兵達「「「「うおわあああああ!!!!」」」」

成金男「み、水を操っただと!? 術名も唱えずに!?」

勇者「大精霊からもらった力を使えば術名言わなくても発動できるんだよ」

勇者「言った方がイメージは固めやすいけどな」


成金男「ふ、ふふ……その力、私のために使ってみませんか? 金は積みますよ!」

勇者「はあー……。なあ、こいつこりねえ性格みたいだしよ、放置してたらまた同じことすると思うぜ」

魔王「うむ……どうしてやろうか」

成金男「ひっひい」


ヒュンッ

ザシュ


成金男「うぎゃああああ!!」

狐壮年「……娘が随分と世話になったようだな」


狐壮年「その出血では長くはもつまい」

狐壮年「精々、苦しんで死ぬことだな」

魔王「……」

魔王「待て、狐よ。何故この国に訪れたのだ」

狐壮年(……人間の姿は、偽りのものか)

狐壮年「……魔族の領地から別の魔族の領地へ、移動する途中でございました」

狐壮年「魔族の街道はテロが多発しているため、やむを得ず人間の土地へ足を踏み入れたのです」

狐壮年「我等は耳と尾を隠せば人間とそう姿が変わりませぬ。途中までは順調でございました」

狐壮年「しかし、道中で娘がこの男に目をつけられてしまい、このような事態になってしまいました」

魔王「……そうか。行くがよい」


魔王(俺の力不足が招いてしまったのだな……)

勇者「おーいおっさん、助かりてえか?」

成金男「金なら……うぐっ……いくらでもやる! 助けろ!」

勇者「あー、駄目だわこいつ。死んだ方がいいな」

魔王「悪人が死ぬことには、抵抗を感じないのか?」

勇者「感じねえよ。感じる必要もない」


――――――――

ザアアァァァァァァァァァァ……

ゴロツキ1「ひでぇ雨だな、今日は強盗業はやめとくか」

ギイィィ

ゴロツキ2「誰だ!?」

勇者「探したんだぜぇ……」

ゴロツキ1「なんだぁ? お前」

ゴロツキ3「あ、去年犯した女と一緒にいたガキっすよ。珍しい髪の色なんて覚えてるっす」

ゴロツキ4「何しに来たんだ? 犯されに来たのか? ひゃーひゃっひゃっ」

ザシュ

勇者「ふふ……はははははは」

勇者「全員、地獄送りだ」

――――――――


勇者「初めて人を殺した時、タガが外れたような感じがして」

勇者「それ以来、平気で悪人を殺せるようになった」

魔王「…………」

勇者「ははっ、かなり腕が立つからさ、スラムじゃ用心棒としてけっこう重宝されてたんだぜ、オレ」

魔王「……そうか」

成金男「たすけ……助けて……くれ……」

魔王「…………」

魔王「見たところ、この町は貧富の差が激しい」

魔王「おまえの富を貧しき者に分配すると誓うのなら、命を助けてやろう」

成金男「ち、誓う……誓います、から……」

勇者「おい、助けるのかよ」

魔王「罪人には、償う機会が必要だ」

成金男「へ、へへ……ありがとう……ございます……」

魔王「だが、もし貴様が再び罪を犯せば、貴様には死が訪れるよう呪いをかけた」

魔王「俺は決して貴様を許したわけではないことを忘れるな」






勇者「……反吐が出るぜ」

勇者「拉致監禁に強姦未遂をやらかしたんだ。苦しめて殺してやればよかったのによ!!」

魔王「俺の父も、あの者と同じことをしたからな」

魔王「見殺しにはしたくなかった」

勇者「……ああ、そうか。お姫様拉致ったんだもんな」

魔王「俺の父だけではない。人間を飼うことを娯楽としている魔族はそう珍しくなかった」

魔王「今は俺が禁じているため、滅多に行うものはおらぬがな」

魔王「禁を破ったものは……」

勇者「この前のサキュバスみてえに封印の刑か」

魔王「ああ」


魔王「人間も、魔族も、同じように罪を犯す」

魔王「両者の性質に、そう違いはないのかもしれんな」

勇者「……はー、疲れたな」

勇者「屋敷の部屋に戻るつもりはねえしよ、宿確保し直さなきゃな」

魔王「……俺も共に探そう。夜に1人で出歩くのは危険だ」

勇者「んな心配いらねえって」

魔王「お前のような容姿の者は狙われやすいからな」

勇者「あ゛? やっぱオレのこと女扱いしてんだろ」

魔王「お前だって、この前はヒラヒラの女物の服を着ていたではないか」

勇者「あれは無理矢理……って、なんでおまえがそれを知ってるんだよ」

魔王「勇映の玉という、魔王専用アイテムがあってな」

魔王「勇者の居場所を示してくれる優れ物なのだが、それだけではなく、勇者の姿を映すことも可能なのだ」

勇者「…………」

勇者「なあ、オレのプライバシーは?」

魔王「…………」

魔王「……すまん」


勇者「その玉ぶっ壊す!!」

魔王「やめっやめろっ! 許してくれ! すまんローゼ!!」

勇者「待ちやがれ!!」

魔王「おまえの位置を特定する目的以外ではもう二度と使わんと誓おう!!」

勇者「本当だろうなあ!?!?」

魔王「本当だ!!」

勇者「もしまた覗き見しやがったら……」

勇者「魔王は人間の町でエロ本読んでるって吹聴しまくってやる!!」

魔王「勘弁してくれー!!」

魔王(言動のちぐはぐさが気になるな)

魔王(若さ故に自己を確立できておらぬのか、育った環境によりアイデンティティを歪めてしまったのか)

魔王(……その両方かもしれんな)

つづく


Episode 7


地の神殿

勇者「力任せに解く試練ばっかだなーここ」

勇者「後はこの岩を動かしてスイッチを押せばいいのか」

勇者「なあ魔王―、めんどくせえからやってくれよ」

魔王「あのな……」ゴロゴロ

勇者「よーし、次で最深部だな」

勇者「今までのパターンだと、もうそろそろ……」

シーン……

魔王「現れんな」

勇者「ついにこのオレに恐れをなしたか!」

魔王「何か策があるのかもしれん」


勇者「……マジで襲ってこねえな」

魔王「気配も感じぬ。本当に来てはおらぬのだろう」

ゴゴゴゴゴゴ

地の大精霊「我は地の大精霊。他の大精霊のように甘くはないぞ!」

地の大精霊「貴様の力、聢と見せてもらおう!」

魔王「今、『貴様』と言ったな?」

地の大精霊「そうだ」

勇者「『貴様等』じゃなくてか?」

地の大精霊「流石に魔王が仲間とは卑怯であろう」

勇者「まあ普通じゃねえな」


勇者「大飛沫《スプラッシュ》!」

地の大精霊「なかなかの威力だな!」

魔王「ほう、大精霊が纏っていた土を一気に流したか」

地の大精霊「だが――!」

勇者(流した土が泥になって足元に!?)

地の大精霊「これで自由には動けぬだろう!」

勇者「舐めんなよ! ……竜巻《トルネード》!」

勇者「これで足元は自由だぜ!」ダダッ


勇者(いくら土を自由に操れるとはいえ、本体に直接攻撃をぶち込めば勝機はある)

勇者(今オレに授けられている加護は風と水の1つ)

勇者(この2つの力を組み合わせる!)

勇者「……怒号の炎《アングリー・フレイム》!」

地の大精霊「愚かな! 炎は我を硬化させるだけだぞ! ……風と水だとぉ!?!?」

地の大精霊「ぐわあああああ!」

勇者「こんな単純な手に引っかかるなんてな!」

魔王「大精霊の加護による魔術は詠唱を必要としないことを利用して、偽りの術名を叫んだのか……」

地の大精霊「……卑怯だ」

地の大精霊「だが、その狡猾さも貴様の力の1つなのだろう」

地の大精霊「貴様の実力、確かめさせてもった。聖なる地の加護を授けよう」


魔王「さて、勇者ローゼよ。今日の昼飯なのだが……」

勇者「…………」

魔王「なんと、卵焼き5種類セットだ!」

勇者「おっしゃー!」

魔王「それぞれハーブの調合を変えてある」

魔王「そして、一番右端のは砂糖多めだ」

勇者「うんめええええ!!」

狼「♪」

魔王(これほど喜んでもらえるのなら、用意した甲斐があったな)

魔王(尤も、作ったのはメイドであって、俺はただ運んだだけなのだが)

勇者「ありがとな!!」

魔王「……ああ」


勇者「そういや、ごこたいしょう? だっけか? おまえにもあんな感じの部下いねーの?」

魔王「ああ、四天王がいるぞ」

勇者「ちゃんといたんだな」

魔王「ああ、ちゃんといる」

魔王「……いないとでも思っていたのか?」

勇者「ちょっとな」

魔王「…………」

魔王「本来、魔王直属の大将は9人だった」

勇者「分裂しちまった結果が現状なんだな」

魔王「そうだ」

魔王「9つの恵みを司る九大天王。彼等が9人揃ってこそ真の力を発揮できるというのに」

魔王「地、岩漿、火、雷霆、風、雪氷、水、波動、闇」

魔王「彼等は恵みを公正に分配し、平和を守るために……」

勇者「…………」zzz

魔王「寝るな」


勇者「それより気になってたんだけどよぉ、おまえって攫われたお姫様と関わったことあんのか?」

魔王「ああ、親しかったぞ」

勇者「おまえが和平に拘ってる理由、もしかしたらお姫様だったんじゃねえかと思ってさ」

魔王「その通りだ」

魔王「……美しい人だった。横顔が、おまえと少し似ていたな」

魔王「髪の色も同じ銀だった」

勇者「……へえ」

勇者「…………」

勇者「……好きだったのか?」

魔王「彼女は……俺が最も愛した人だった」

勇者「……ふーん」

勇者(暖かくて優しくて、でも寂しそうな表情だ)

勇者(まるで、オレがメリッサのことを思い出してる時のような……)

勇者(……………………)


近くの村

勇者「すんませーん、宿探してるんすけど」

親切そうな男「ああ、宿ならあっちだよ」

勇者「どうも」

勇者(綺麗な村だなー)

勇者(城下町からはだいぶ離れてるってのに、随分豊かそうだ)

勇者(宿は……あの建物っぽいな)

銀髪少女「あーーーーーーーーーーーーー!!!!」

勇者「うおっ」

銀髪少女「お姉ちゃん、私と髪の毛の色おんなじー! 目の色まで!!」

勇者(ガキの頃のオレそっくりだ。吃驚した……)

銀髪少女「嬉しいな! おんなじ色の人全然いないから」

勇者「まあ、わりと珍しいよな」


銀髪少女「お父さんとお母さんも、茶髪と金髪で、違う色だから寂しかったの」

勇者「そうか」

勇者(茶髪と金髪の夫婦……まあ、何処にでもいるよな)

銀髪少女「旅人さんでしょ! ねえねえ、うちに泊まってって!」

勇者「いや、オレそこの宿に泊まるから」

銀髪少女「えー、うちに来てよぉ!」

勇者「なんでだよ、嫌だっつの」

勇者(……誰かと親しくなるのは嫌だ。他人との関わりは必要最低限でいい)

勇者(失った時のあの思いは、もう味わいたくない)

勇者(アルセア……)

銀髪少女「お姉ちゃんなんで? なんでいやなのー?」

勇者「嫌なもんは嫌なんだよ!! あとオレはお姉ちゃんじゃねえ!!」

銀髪少女「…………」

銀髪少女「ふえええええええええん!!!!」


温和な女性「その子、1人っ子でいつも寂しがってるんだよ」

温和な女性「勇者様、どうか付き合っていただけないですかねえ」

勇者「え、えー……」

温和な女性「ああ、これをどうぞ。ビスケット、焼きすぎちゃったのよ」

銀髪少女「ありがとー!」

温和な女性「仲良くね」

勇者(断る隙がなかった……)

銀髪少女「…………」ジーーー

勇者「……わぁったよ、ったく……」

銀髪少女「わーい! 私、ピティロディア!」

勇者「名前がなげぇ」

銀髪少女「ロディアでいいよ!」

銀髪少女「お姉ちゃんの名前は?」

勇者「だからお姉ちゃんじゃねえって……ローゼだ」


銀髪少女「ここ! ここ私のおうち!」

勇者(へえ、水車付きか)

勇者(花壇、よく手入れされてんな)

勇者(アップルミント、ラベンダー、ラムズイヤー、ローズマリー……メリッサ)

勇者(シソ科が好きなのか?)

勇者(こんな花壇、昔、何処かで……)

勇者(……こっちのは何だ? 葉がラムズイヤーみてえな銀で、花が濃い桃色だ)

銀髪少女「あのねー、これ、ピティロディア! 私と同じ名前なの!」

勇者「……ふうん」

銀髪少女「お父さんお母さーん! お客さん連れてきたよー! 銀色の髪の毛なのー!」

母「あら、ロディアったら……!?」

父「銀って、珍しいね。……っ!」

勇者「あ…………」


勇者(親の顔なんて、とっくの昔に忘れたと思ってたのに)

母「ローゼ……? ローゼなの?」

父「本当に……ローゼなのか?」

勇者「…………」

銀髪少女「??」

母「ああ、ローゼ……」

勇者「っオレに触んな!!」パシッ

母「ローゼっ……」

勇者「なんで……なんでこんな所にいるんだよ」

父「……陛下の横暴な政治に耐えられなくて、亡命したんだよ」

父「もし、次の子も捨てるよう命じられたら……そう思うと、恐ろしくてたまらなくなった」

父「そして、国に従って君を捨ててしまった罪悪感からも……私達は逃げてしまった」

勇者「…………」

勇者「どうして、オレを捨てろって命じられた時点で国から逃げなかったんだよ!!」


父「……すまない。そのことは、ずっと後悔しているんだ」

勇者「てめえらなんて親じゃねえ!」

父「だが私達は君を探したんだ!」

父「国を出る直前、命がけでスラムに忍び込み、必死で……!」

父「……だが、私達が見つけられたのは、君が着ていた服だけだった」

父「てっきり、もう死んでいるものだと……」

勇者「嘘つけ!!」

母「……これが、その服よ」

勇者「っ…………」

勇者(……確かに、オレが着ていた物だ。小さくなって着られなくなったから、生活のために売ったんだ)

母「生きていてくれたのね……」

勇者「……こっちに来るな!」

勇者「オレは今更親子ごっこをするつもりなんてねえんだよ!!」ダッ

銀髪少女「あっ、待って! お姉ちゃん!!」


宿

勇者(ベッドやわらけえな)ボフッ

勇者(……逃げ出しちまった)

勇者(国も、国に逆らえなかった親のことも、何もかもを恨むことで今まで生きてこられたってのに)

勇者(あれじゃ、恨めなくなっちまうじゃねえか)

勇者「ちくしょう……ちくしょおおおおお!!!!」









――――――――

勇者「んーーーーーー!」

勇者「かあさまのたまごやき、トロトロでいちばんだいすき!」

母「あらあら、そんなに喜んでくれるなんて、作り甲斐があったわね」

母「もうちょっと大きくなったら、作り方を教えてあげるわね」

勇者「やったー!」

母「あなたはきっと良いお嫁さんになれるわね」

父「はは、そうとも限らないよ」

父「男として私の仕事を継ぐかもしれないからね」

母「そうね」

父「ローゼ。君は、男として生きることもできるし、女として生きることもできる」

父「普通の人よりも選択肢が多いんだ」

勇者「せんたくし?」

父「たくさんの道を選べるってことだ! 得したな!」

勇者「うん!」

父「ほら、たかいたかーい!」

勇者「あはははは!」

――――――――


勇者「……あれ」

勇者(少しだけ寝ちまってたのか)

勇者「父様、母様……」

コンコン

勇者「……誰だよ」ガチャ

銀髪少女「お姉ちゃん!」

勇者「なんでここの部屋だってわかったんだよ」

銀髪少女「女将さんに教えてもらったの」

勇者「……何の用だ」


銀髪少女「あのね、私ね、お姉ちゃんとほんとの姉妹だってわかって、すごく嬉しくてね……」

銀髪少女「……泣いてたの? 目、赤いよ?」

勇者「泣いてねえよ」

銀髪少女「……うちにね、晩ご飯食べに来てほしいの」

勇者「行かねえよ」

銀髪少女「お母さんね、お姉ちゃんが好きだった卵焼きとか、ハンバーグとか、作って待ってるって」

銀髪少女「絶対来てね!!」ダダッ

勇者「……行かねえっつってんのに」


勇者「……腹、減ったな」

狼「くぅーん」ギュルルルル

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

勇者「地震か!?」

勇者(いや、この感じは……)

地の将軍「ふはははは! この村、地に埋めてやろうぞ!」

勇者「くそっ、もうお休みモード入ってたってのによ!」ダッ



勇者(あちこち地面が割れてやがる)

勇者「おいてめえ!」

地の将軍「早かったな、勇者よ!」

勇者「てめえの狙いはオレの命だろ!? 無闇に村襲ってんじゃねえよ!」

地の将軍「貴様が大人しく首を差し出すと言うのなら、考えてやらんでもないぞ?」

勇者「チッ……ぜってえぶった切ってやる」

地の将軍「我は地の大将軍! 必ずや勇者を地の底へ葬ってみせよう!」


勇者「あれ……名前、名乗らねえのか?」

地の将軍「し、死にゆく者に名乗る名などないのでな!」

地の将軍「大地震《アースクエイク》!」

勇者「やらせねえよ!」

地の将軍「ほう、我が術を無効化するとは」

勇者「はっ、ここは神殿のある聖域なんだ。この土地は加護を受けたオレに味方するんだよ!」

地の将軍「ならば、これを見ても強気でいられるか?」

地の将軍「ゴーレム!」

ゴーレム「はっ」ゴゴゴ

銀髪少女「けほっ、けほっ……」

勇者「ロディア……!?」

地の将軍「我にはわかるぞ。この少女、おまえと極めてよく似た魔力をもっている」

地の将軍「血が繋がっているのであろう? 逆らえば、こやつの命はないぞ」

勇者「人質かよ……くそっ、反吐が出るぜ」

勇者(遠距離攻撃で地の将軍を……いや、だめだ。遠すぎる。空なんて飛びやがって)

勇者(ゴーレムに攻撃すれば、ロディアまで傷つけちまう)


銀髪少女「お姉ちゃーん!!」

勇者「っ……」

母「ロディア、ロディア!」

父「近づいては駄目だ! 危険すぎる!」

地の将軍「さあ、攻撃できるものならしてみるがいい!」

勇者「……オレが首を差し出したところで、この村が助かる保証なんて何処にもねえ」

勇者「なら、多少の犠牲には目を瞑った方が建設的だよなあ!」

地の将軍「ほう、できるのか?」

勇者「血が繋がってるだぁ!? 知ったことか! オレに家族なんていねえんだよ!!」

母「ローゼ……」

銀髪少女「……お姉ちゃん」ポロ

勇者「っ……」

地の将軍「今だ、カテギダ」

風の将軍「くくっ!」

ザンッ


勇者「あっ……」

母「嫌ああああああ!! ローゼ、ローゼ!!」

風の将軍「俺としたことが、急所は外したか」

地の将軍「だが、もう動けはしまい」

勇者「いってぇ……」

勇者「血……止まんね……」

狼「バウワウ!! バウウウ!」

勇者「馬鹿やろ、宿で待ってろよ、おまえ……」

風の将軍「策は見事に成功したな」

地の将軍「我の言った通りであろう」

地の将軍「試練を乗り越えた後であれば、疲労が回復していないだろうからな」

地の将軍「そして、宵は我等魔族が最も力を発揮できる時だ」

風の将軍「俺とエクヴォリが愚かだったな。昼間は眩しすぎる」


地の将軍「さて、どちらがとどめを刺してやろうか」

風の将軍「これはおまえの手柄だ」

地の将軍「では、遠慮はせぬぞ」

母「待ちなさい!」ザッ

母「この子は、殺させない」

勇者「かあ、さま」

地の将軍「愚かな人間が。その脆い体では盾になどならぬぞ」

父「…………」

父「どれだけ脆くても、ないよりはマシだろう」

勇者「とうさま……」

父「逃げろ、ローゼ」

勇者「そんな、嫌……だ……!」

狼「……」ズルズル

勇者「放せガリィ!」

地の将軍「……気が変わった」


地の将軍「先にこの小娘を殺してやろう」

銀髪少女「っ……」

地の将軍「勇者、貴様を殺すのは、貴様の絶望する顔を味わってからだ!」

勇者「やめろ!! ロディアに手を出すな!!」

銀髪少女「お母さん、お父さん……おねえ、ちゃん…………」

地の将軍「ははははは!」

勇者「やめろおおおおおおおお!!」



ザシュッ

tsuduku

辛口レスも嬉しいです。ありがとうございます
ちょっとネタバレになっちゃうんですけども、親がどんな状況に追い込まれていたのかについて次回でゆっくり説明入ってるので、もうちょっとお待ちいただけたらなと


Episode 8


地の将軍「がはっ……」

岩漿「はーあーい、お久しぶりねえ」

風の将軍「き、貴様……! おのれ!」

雪氷「後ろががら空きーぃ!」

風の将軍「な……んだと……!?」

勇者(女が……2人……?)

岩漿「お嬢ちゃん、はやく逃げなさい」

銀髪少女「は、はい!」

地の将軍「くっ……ゴーレム達よ!」

岩漿「無・駄・よ」

ジョグアアァァ ボコッボコッ

銀髪少女「み、みんなマグマになっちゃった……」


雪氷「あなたが勇者ローゼね! 私、雪氷の四天王、フリージア!」

岩漿「岩漿のルヴィニエよ」

村の男1「なんだなんだ、魔族が増えたぞ」

村の男2「うわ、水色っぽい子めっちゃかわいい」

村の男3「あのお色気お姉ちゃんもなかなか」

雪氷「人間のみっなっさーん! はじめまして~!」

雪氷「今の魔王様は人間と仲良くしようと思ってるから、よろしくね~!」

雪氷「ちなみに村を襲ってたのはぁ、魔王様のじゃなくて、もっと悪い奴の部下でーす!」


風の将軍「貴様等、もう勤務時間外ではないのか……!?」

雪氷「グラン君が残業代弾むって言ってくれたからぁ~」

風の将軍「残業代だと……? 出るのか……!?」

雪氷「そっちは出ないんだ~! ブラックだね! かわいそ~!」

風の将軍「く、屈辱だ……! この小娘!」

雪氷「小娘じゃないもん! もう150歳だもん!」

雪氷「パパの戦友だからって、容赦はしないよー!」

地の将軍「撤退だカテギダ! 分が悪い!」

風の将軍「ちっ」

雪氷「なんだあ、つまんないのぉ」


勇者「…………」

雪氷「早く治療しなきゃね」

銀髪少女「お姉ちゃん!」

勇者(もう……意識が……)ガクッ








チュンチュン

勇者「う……」

雪氷「よかったあ! 目、覚めたんだね」

勇者「おまえは確か……えっと、フリーザ」

雪氷「フリージアだよ」


雪氷「傷は治したけど、貧血はどうにもできないからしばらく無理しちゃだめだよ~」

母「ローゼ」ガバッ

勇者「うおっ」

母「ああ、よかった、よかった……」

勇者(母様の匂い……)

勇者「…………」

勇者(ここ、ロディアの家か)

母「ありがとうございます、フリージアさん」

雪氷「いえいえ~。じゃ、私はこれで」

雪氷「寝てた時間分も残業代もらっちゃおーっと」

岩漿「ちゃっかりしてるわねえ」

母「ローゼ、ゆっくり休んでね。落ち着いたら、ゆっくり話をしましょう?」

勇者「……世話になったな」

母「ローゼ!」

父「まだ動いては」

勇者「うるせえ! 追いかけてくんな!」


銀髪少女「あ、お姉ちゃん!」タタタッ

銀髪少女「行っちゃうの? まだ寝てなきゃ駄目だよ?」

勇者「……見捨てようとして、悪かったな」

銀髪少女「お姉ちゃん!」

勇者「行くぞガリィ」

狼「…………」トボトボ




勇者「……血が足りねえ」フラフラ

魔王「ローゼ」ヒュン

魔王「おまえの現在地を確かめてみれば、村から外れていたのでな」

魔王「こんな所で何をしている」

勇者「次の目的地に向かって進んでんだよ、何がおかしい」

魔王「ろくに回復もしていないのにか? ふらついているではないか」

勇者「うるせー」

魔王「……まさか、親とまともに話もせずに村を出たのではないだろうな?」

勇者「あ? 何か問題でもあんのかよ!」

魔王「何故そんなことをした」

勇者「てめえには関係ねえ」

魔王「……どう接すればいいのかわからず、逃げ出したのか」

勇者「……」

魔王「……来い」ガシッ モフッ

勇者「おい、何す」

狼「?」

ヒュンッ


狼「!」

勇者「ここ……さっきの村じゃねえか!」

魔王「もう1度親に会ってこい」

勇者「はーーーーーーーーーー!?」

勇者「てめえに口出しされる筋合いはねえ!」

魔王「和解しろとは言わん、親を許せと言うつもりもない」

魔王「だが、おまえの両親は、命を張っておまえを守ろうとしてくれたのだろう?」

魔王「部下から聞いたぞ」

勇者「……あんなの、自分の罪悪感から逃げたかっただけだろ」

魔王「そうとも限らぬ。少しでも話をして、分かり合うべきだ」

魔王「おまえだって、本当は親を信じたいのではないか?」

勇者「……オレぁなあ! おまえみたいな正論ぶつけてくる奴が大っ嫌いなんだよ!!」

ドカボキゴキャ

魔王「あだだだだだ!!」

勇者「オレをさっきの場所まで戻せ!!」

魔王「断る!!」


村の男1「なんだなんだ」

村の男2「あれ魔族じゃね?」

村の男3「勇者と揉み合ってんな」

魔王「落ち着け!」ムニッ

勇者「うおああああどこ触ってんだよ!!」ドガッ

魔王「わ、悪い! だがやはり落ち着け!!」

勇者「なんでおまえに口出されなきゃなんねえんだよ!!」

魔王「前にも言ったはずだ。おまえ達親子を引き裂く根本的な原因を作ったのは、俺の父だと!」

魔王「おまえが恨むべきなのは“魔王”だ! 両親でも、祖国でもない!」

勇者「だから親と仲良しごっこしてこいってかぁ!?」

魔王「このままでは一生後悔することになるぞ!」

魔王「見捨てられた悲しみ、絶望はそう簡単には癒えぬだろう」

魔王「両親を信じることも難しいであろう! しかし!」

勇者「黙れ黙れ黙れ! 良い子ちゃんのおまえにオレの気持ちなんてわかんねえよ!」


勇者「“魔王”がなんだ! “おまえ”は関係ねえ!」

魔王「俺はっ……父の罪を少しでも償いたいのだ!」

魔王「父が壊してしまった“縁”を、再び繋ぎたい!」

勇者「てめえの事情なんざ知るかあああああ!!」ドカッドカッ

魔王「うぐっ……ギブアップはせぬぞ……!」

魔王「おまえが家族と話をするまで、俺は何度でも蘇りおまえをここに連れ戻す!」

勇者「上等だあ! その度に殺してやるよ!」

村の男4「なんか知らないけど勇者が魔王いじめてんぞ」

村の男5「今の魔王って人間の味方なんだろ?」

村の幼女「まおうがんばえー!」

勇者「てめえらうるせえぞ!?」

魔王「おまえの両親は、本当におまえのことを愛している」

魔王「逃げるな」

勇者「……愛してるだあ? はっ」

勇者「愛してるなら、どうしてあの時は守ってくれなかったんだよ!!」

勇者「オレは、親は無条件で子供を守ってくれるもんだって……信じてたんたぜ」

魔王「その疑問は、直接親にぶつけるがいい」

魔王「当時の幼いおまえでは、理解できなかったこともたくさんあっただろう」

魔王「向き合うことから逃げるな」


勇者「…………嫌だ! てめえは黙ってオレの昼飯を用意すればいいんだよ!」

勇者「さっさと今日の昼飯を出せ!」

魔王「ないぞ」

勇者「は?」

魔王「おまえが親とちゃんと話をするまで、飯は用意せぬ」

勇者「なっ……卑怯だぞ!」

魔王「貴様に言われたくはない!!」

勇者「…………ちくしょう!!」

勇者「あっ……」クラリ

魔王「無理をするからだ。まったく」

銀髪少女「お姉ちゃーん! 戻ってきてくれたんだね!」

勇者「…………明日はぜってえ美味いもん持ってこいよ!」

魔王「今日は親が作る飯を味わってこい」

魔王(食に貪欲な奴でよかった)


村の女1「魔王様ってすっごい美形ね~! 攫われたーい!」

魔王「あ」

魔王(急ぐあまりに、人間の姿に化けることを忘れていた……!)

魔王(やらかした……)

村の女2「ツノがある以外ほとんど人間ね」

村の女3「ね! 昨晩村を襲った魔族とは全然違う!」

魔王(敵意がないだけよかったな……フリージアは上手くやったようだ)

村の女4「勇者様より弱いみたいだし、猶更安心ね!」

魔王「…………」



勇者『……オレぁなあ! おまえみたいな正論ぶつけてくる奴が大っ嫌いなんだよ!!』



魔王(大っ嫌い、か……)チクッ

魔王(……帰ろう)


勇者「……なあ、ロディア。おまえって……1人っ子だったんだよな」

銀髪少女「うん……そうだよ」

ガチャ

銀髪少女「お姉ちゃん帰ってきたよ! 魔王様が連れてきてくれた!」

母「!」

勇者「…………」

父「ああ、よかった……。……こっちに、座ってくれるかい」

勇者「…………」

父「……大きくなったな」

母「お昼ご飯、用意するわね」

父「信じてはもらえないかもしれないが、私達は、君が生きていてくれて良かったと、本当に嬉しく思っているんだよ」

勇者「……なあ、オレがどんな地獄を生きる羽目になったか……おまえらは想像できるか?」

勇者「のうのうと幸せに暮らしやがって! ちくしょう!」

父「……すまない」

勇者「……国に従う以外に、どうしようもなかったのかよ」

父「何を言っても言い訳にしかならないが……当時のことを、話しておこうか」


――――――――

父「子供を捨てろだろ!?」

修道士「はい。新たな規定ができまして、あなたのお子さんはちょっと引っかかっちゃったんですよねえ」

修道士「奇形がある人間は全員貧民街送りです」

父「ふざけるな!」

母「どうしてそんな……!」

修道士「とはいえ、陛下は慈悲深い方ですので、1日だけお別れ期間を用意することが認められています」

修道士「ごゆっくり別れを済ませてくださいね」

父「正気かおまえは!」

修道士「私はマニュアル通りに申し上げているだけです」


修道士「逆らおうだなんて、思わないでくださいねえ」

修道士「国の決まりに逆らったらどうなるか、噂を聞いたことがないわけではないでしょう?」

父「…………」

修道士「不満そうですねえ。まあ当然ですよねえ。では、ちょっと同行願えます?」

父「何処へ向かうつもりだ」

修道士「行けばわかりますよ。あ、奥様もご一緒に」

勇者「とうさま、そのひとだあれ?」トテトテ

父「……ローゼ、メイドと一緒に遊んでいなさい」





父「……どんどんスラムに近づいているじゃないか」

母「酷いにおいね」

修道士「そろそろ見えてきますねえ。道の両脇、見てくださいねえ」

父「…………!」

母「うっ……」

修道士「この道の名物、晒し首の並木道ですよ~」


修道士「スラム行きを拒絶した人と、その協力者や家族は酷い場合こうなっちゃうんですよねえ」

母「っ…………」

父「なんてものを見せるんだ!」

修道士「酷くない場合は、一族郎党全員仲良くスラム送り!」

修道士「うーん、こっちも充分酷いですよねえ」

修道士「あ、そうそう。お子さん、銀髪ですよね? いやあ、驚きました」

修道士「あなた方、ご先祖様に王族の方がおられるんじゃないですか?」

父「うっぷ……母方の祖先に、王族から嫁いできた人がいたはずだ」

母「私も、数代前に」

父「それがどうした」

修道士「隔世遺伝で、王族の血が濃く出てきちゃったんですね」

修道士「陛下は、他の何よりも身内に厳しいんです」

修道士「ちなみに、銀の髪をもって生まれてきた人は王族の中でも特別な存在でしてね、聖なる力の適性が強いんです」


修道士「その銀の髪をもった王族が、陛下の定義する『不完全な存在』だと陛下が知ったら……」

修道士「前例から判断すると、体の末端から少しずつ輪切りの刑にされる可能性が高い」

父「…………」

母「…………」

修道士「大人しく従った方が犠牲が少なくて済むんですよぉ」

修道士「私、こんな煽るような口調なので誤解されやすいんですけど、犠牲者は少しでも減らしたいんです。ほんとに」

修道士「あ、なんなら処刑場に見学にでも行きます? 逆らう気が失せますよ~」

父「……気分が悪い。帰らせてもらう」

修道士「そうそう、スラムには善良な民もたくさん追放されてますから、案外お子さん生き延びられるかもしれませんよぉ」


夜中

父「親戚中に話をして、全員で夜逃げを……駄目だ、時間が足りない!」

母「…………」ガサゴソ

父「何してるんだ」

母「荷造りよ!」

母「ローゼを殺されるなんてたまったもんじゃないし、親戚に迷惑をかけるわけにもいかない」

母「これじゃ、国に従うしかないでしょう?」

母「だから、私もローゼと一緒にスラムに行くの」

父「モナルダ……」

母「大丈夫、スラムには、善良な人もたくさんいるのでしょう? きっと、住めば都よ」

父「お腹の子はどうするんだ」

母「向こうでだって産んでやるわよ」

父「……受け継いだ家と仕事より、子供が大事だな。私も行こう」

修道士「駄目ですよぉ」

父「いつからそこに!?」

修道士「すみません、こっそり監視してましたぁ」

母「どうして駄目なの」

修道士「自ら進んでスラムに行くんじゃあ、“罰”になりませんからねえ」


母「ならどうすればいいの!?」

修道士「どうしようもないですよ。はあ、これじゃ仕方ないですね」

修道士「気絶《フェイント》」

母「うっ」

父「何をする!!」

修道士「明日、お子さんのスラム行きが完了するまで、奥様には眠っていていただきましょう」

修道士「逆らえば……」

兵士達「「……」」ガシャガシャ

修道士「奥様と、お腹の中のお子さんの命はありません」

父「……ちくしょう!!」


翌日

勇者「かあさまは? かあさまはどこ?」

父「…………」

勇者「おでかけするの? ピクニック?」

父「……ああ、そうだよ」

勇者「おうまさんにのるんだね。かあさまは?」

父「……ちょっと用事があって、別のところにお出かけしてるんだ」

勇者「そっかぁ……」

修道士「お迎えに上がりましたあ」

不真面目な兵士1「我々は監視係です」

不真面目な兵士2「ほら、行きますよ」

勇者「?」


勇者「ねえねえ、どうしてへいしさんいっしょなの?」

不真面目な兵士1「悪い子は兵士に捕まっちゃう決まりだからね」

勇者「?? ローゼ、なにもわるいことしてない!」

不真面目な兵士2「生まれてきたことが罪なんだよ、ははは」

勇者「??」

不真面目な兵士1「はは、かわいー。わかんないよねえ。ふたなりってほんと? お股見せてよ」

修道士「あなた達は黙っていなさい」

不真面目な兵士達「「へーい」」

父「…………」

勇者「とうさま? とうさまどうしたの?」


父「ここからは、下を向いていなさい」

勇者「? はあい」

勇者「……なんだか、へんなにおい。このにおい、なあに?」

父(死臭だ、なんて……教えられるわけがない)

修道士「着きましたよぉ」

勇者「わあ! おおきなとびら!」

勇者「とうさま、あっちにはなにがあるの?」

父「…………」

修道士「入ったらもう二度と出られない、怖い地獄ですよ」

勇者「え?」

ギイィィィィィィィ

父「……すまない」

勇者「?」

不真面目な兵士1「はい、お馬さんから降りようね」

勇者「!? やだ!!」

不真面目な兵士2「よいしょっと」

勇者「はなしてぇー!」


勇者「とうさまー!!」

父「…………」

勇者「かあさま! かあさまどこにいるの!? たすけて!!」

不真面目な兵士1「かあさまは来ないよ。もう二度と会えないんだよ~」

不真面目な兵士2「君はもう捨て子になっちゃったからね、ははは」

勇者「うそつきー!!!! やだあああああああ!!」

勇者「なんで!? なんでー!? とうさまどうしてたすけてくれないの!?」

不真面目な兵士1「男の子でも女の子でもない子は、おうちにいられない決まりがあるからだよー」ポイッ

勇者「ひゃっ! いたい!! ふええええええええ!!」

ギィィィィィィィィ

勇者「とうさま! とうさまああああ!!」

父「っ……」

バタン


父「…………」

修道士「お疲れさまでーす。もう帰っていいですよ」

父「……こんな国、いずれ滅びるぞ!」

修道士「……はあ。嫌な仕事だなあ」

修道士「国がこんなことやってばっかだから、兵士達の心も歪み切っちゃってるし」

修道士「この国の人間は信心深く、教会の人間の言うことは比較的よく聞き入れるからって、こんな仕事押し付けられちゃって」

修道士「はあ~……」








母「ローゼ! ローゼを返して!!」ガリガリ

門番「奥さん、無理ですよ。この扉は開けられません」

母「私の子供を返してよ!!」ガリガリガリガリ

門番「爪ボロボロになってるじゃないですか! もうやめてください!」

母「嫌! 嫌ああああああ!!」

父「……冷えてきたな。帰ろう。お腹の子が心配だ」


数年後

父「…………」

母「…………」

父「……ははは。事業もガタガタで、どうしようもないな」

母「…………」

父「……この国から、逃げないか?」

母「……?」

父「あれから何年も経った。私達が姿を消しても、今更親戚が犠牲になることはない」

父「そして、我が子を……ローゼを、迎えに行くんだ」

母「……あの門は、開けられないでしょう?」

父「外側から回るんだ。一旦町を出て、森を抜けてスラムに侵入すれば、門番に気づかれることもない」

父「狩人ですら滅多に入らない、猛獣が棲み付いている危険な森だが……」

母「……あの子に会えるのなら、なんだってするわ」

――――――――


父「……すまなかった」

父「君を捨てずに逃げる手段があったのではないかと、今でもずっと自分を責めずにはいられない」

父「そして、スラムに行った時、もっとよく探していればと……」

勇者「はは、全身細かく輪切りか。そりゃ捨てる方選ぶよな……」

勇者「……死んだ方がマシだって思えるような地獄だったけど、良い人には拾ってもらえた」

勇者「だからこうして生きてる」

父「…………」

勇者「……母様がさ、お腹に赤ちゃんがいるって教えてくれた時のこと、オレ、しっかり覚えてるんだ」

勇者「占い師に見てもらったら、きっと男の子だと言われたって、嬉しそうに話してた」

勇者「でも、ここにはいないんだな」

父「……こっちへ」

裏庭

父「死産だった。これが、君の弟の墓だ」

勇者(タイム、ここに眠る……)

父「医者からは、精神的負担が原因だと告げられた」

勇者「……そうか」


勇者(わかっていたはずのことだ)

勇者(オレは確かに愛されていたし、親はオレのことを助けたくても助けられなかった)

勇者(助けられない、どうしようもない事情があった)

勇者(でも、捨てられたことがあんまりにも悲しくて、恨まずにはいられなかった)

勇者(愛されていたことを信じられなくなった)

母「ほら、できたわよ」

勇者(10年ぶりの、母様の卵焼き)

勇者(また、食べられるなんて)

勇者「…………」ジワ

勇者「うぅ……」


勇者「……オレは、親に捨てられたんじゃない」

勇者「ただ、社会に引き離されただけだ」

勇者「だから、父様と母様は自分を責めなくていい」

母「……ローゼ」ギュウ

父「これから、一緒に暮らそう」

勇者「できねえよ、それは」

父「どうして」

勇者「知ってるだろ? オレは勇者だって」

母「でも、魔王様は優しいのでしょう? あなたが旅をする必要なんて」

勇者「魔王の兄貴を倒さなきゃならねえんだよ」

母「……そう」


母「そうだ! 卵焼きの作り方、教えてあげる約束だったわね」

勇者「……旅が終わったらまた来るから、その時に教えてくれ」

母「わかったわ。絶対、絶対帰ってきてね!」

銀髪少女「お姉ちゃん、体が治るまではここにいてね!」

勇者「だから、お姉ちゃんじゃねえって。男でも女でもねえんだから」

銀髪少女「じゃあ、おにえちゃん!」

勇者「……好きに呼べ」







翌日

魔王「もう数日泊まればよかっただろうに」

勇者「ぬるま湯に浸かったら、戦いの世界に帰ってこられなくなっちまうだろ」

魔王「そうか」


勇者「嬉しそうな顔してんな」

魔王「嬉しいからな」

勇者「そんなにか?」

魔王「ああ」

勇者「他人のことでそこまで喜べるもんか?」

魔王「ああ」

勇者「ふーん」

魔王「時々、親に手紙でも送ってやれ」

勇者「気が向いたらな」

勇者「……おまえこそ、親孝行してんだろうな?」

魔王「俺にはもう、親はいない。だから、おまえが羨ましい」

勇者(地雷踏んだ……)


勇者「……そういや、礼を言いそびれてたな」

勇者「部下を寄越してくれてありがとな」

魔王「おまえが勇映の玉で姿を見ることを禁じたから、」

魔王「自動的におまえの危機を知らせてくれるよう、玉のプログラムを改造する必要があった」

魔王「苦労したんだぞ」

勇者「あっそ」

勇者(……こいつがいなかったら、オレは親と素直に話をすることもなかったんだな)

勇者(どうしてこいつは、こんなに良い奴なんだろう)

勇者(やっぱ、お姫様と関わった影響がでかいのかな)

勇者「…………」

魔王「どうした」

勇者「なんでもねえよ」

勇者(この気持ちは、一体なんなんだ)


情熱の町

勇者「なんかこの町、めっちゃ音楽流れてるし踊ってる奴がえらく多いな」

魔王「情熱の町と呼ばれているだけあるな」

眼鏡男「……ローゼちゃん?」

勇者「あ? 誰だてめえ。気持ちわりぃ呼び方してんじゃねえぞ」

眼鏡男「だ、だいぶ雰囲気が変わってるけど、確かにローゼちゃんだ!」

眼鏡男「勇者に選ばれたって、本当だったんだね!」

眼鏡男「僕だよ僕、小さい頃仲が良かったミステルだよ!」

勇者「……2個上の、よく一緒に遊んでた金持ち息子」

眼鏡男「そうそう! 君の力になりたくて、君を探してたんだ」

魔王「…………」

勇者「仲間ならいらねえぞ」

眼鏡男「そう言わずに! この町を案内するよ!」

勇者「……じゃあ、頼む」

眼鏡男「会えて嬉しいよ! 僕、ずっと君に会いたかったんだ」

勇者「そうか」

魔王(ローゼが心做しか嬉しそう……だと……?)

魔王(旧友との再会だ。祝うべきだというのに……モヤモヤしてしまうな)

つづく

とりあえず生存報告だけ
鯖落ち中はすみませんふきのとうの小説版の書き溜めばかりやってました
ぼちぼちこっちの書き溜めもして、近い内に更新しようと思います


Episode 9


勇者「ちゃん付けはやめろよな。きめえ」

眼鏡男「ああ、わかったよ、ローゼ」

魔王「…………」

眼鏡男「ランチはそこの店で取ろうか」

勇者「昼飯はこいつの弁当食うことになってんだよ」

眼鏡男「ふうん?」

勇者「でもその店からすげえ良い匂いしてんな。夜はやってんのか?」

眼鏡男「うん。流石にランチメニューはやってないけど、ディナーもなかなかだよ」

勇者「じゃあ今晩行くかー」

勇者「おい魔王、メシ」

魔王「今日はロールキャベツだぞ」

眼鏡男「ま、魔王……?」

魔王「……マオだ」

眼鏡男「そっか。よろしくね、マオ君」ガシィィィィッ

魔王(握手が……痛い……!)ミチミチ

眼鏡男「じゃあ僕はそこの売店で何か買ってくるよ」


勇者「ロールキャベツはやっぱ何よりも汁がうめえな」

魔王「汁……まあわからなくもないが」

眼鏡男「マオ君って何処の国の人? 名前の響き的には東の国の人かな」

眼鏡男「それにしては鼻が高いよね。この辺の国の人と変わらない顔立ちだ」

眼鏡男「でも雰囲気がちょおっと違うような気がするなあ」

魔王(……勘ぐられている。嫌な感じだ)

魔王「俺はお前達と同じペルレ系の人種だ」

眼鏡男「ふうん?」

魔王「……ただし混血だ。雰囲気の違いの原因はそれだろう」

眼鏡男「へえ? 育ったのは何処?」

魔王(下手に嘘を吐けばボロが出そうだな……だからといって正直に答えるわけにもいかぬ)

勇者「スラムでゴミ漁ってるところをオレが拾ってやったんだぜ」

眼鏡男「へーーーーー? じゃあローゼちゃんとはいつから一緒なの?」

勇者「ちゃん付けやめろっつったろぶっ殺すぞ」

眼鏡男「あはは、ごめんごめん」


勇者「涼しい季節だってのに、妙に暑苦しいな……この町の雰囲気のせいか」

眼鏡男「じゃあ、あそこの屋台でソフトクリームでも買おうか」

眼鏡男「バニラ、イチゴ、チョコ、ヨモギ、ドクダミ、フキノトウのどれにする?」

勇者「じゃあフキノトウ」

魔王「奇妙なメニューだな……」

眼鏡男「後ろの3つは、しばらく前に来た旅人からレシピを教わったそうだよ」

魔王「ヨモギとドクダミのミックスを頂こうか」

眼鏡男「君も物好きだね」

店主「ミステル君は何にするんだい」

眼鏡男「隠しメニューのカレー味で」


勇者「苦いけど意外とイケるなこれ」ペロペロ

眼鏡男「……」ジィィィィィ

魔王(やはりこやつ)

眼鏡男「ローゼ、僕のを味見してみない?」

勇者「嫌だっつの。見た目が汚すぎるだろそれ」

魔王(どう見てもとぐろを巻いた……)

眼鏡男「うんこみたいだけど味は良いから」

勇者「わかってて食ってんのかよ」

魔王「…………」

勇者「それよりお前の味見させろよ」ペロッ

魔王「っ」ビクッ

勇者「ヨモギはともかくドクダミはすげえ味だな」

魔王(ローゼの舐めた跡……間接キスをしろというのか……)

眼鏡男「……」

魔王(視線が痛い)


眼鏡男「今日は僕の家に泊まっていってよ」

眼鏡男「一軒家を借りてるんだけど、1人で住むには広すぎてさ。部屋余ってるんだよ」

勇者「いや、それは断る」

眼鏡男「今丁度祭りの時期だから、宿は何処も埋まってると思うよ」

勇者「え……マジかよ」

勇者「くっそー、折角町に着いたってのに野宿かよ」

眼鏡男「いや、だから部屋貸すってば」

眼鏡男「ほら、路地裏見てみなよ。……町の外で野宿するより危険だよ」

勇者「うわ……」

魔王(浮浪者が多いな。宿を借りられなかったらしい旅人も多い)

勇者「仕方ねえな……」

眼鏡男「一旦僕の家に荷物を置いて、それからさっきの店に夕食を食べに行こうか」

眼鏡男「あ、マオ君も泊まってっていいよ。ローゼの仲間だからね」

魔王(今夜姿を消せば不思議に思われる。城には帰れなさそうだな)


飲食店

眼鏡男「そうだ。明日、ちょっと時間をくれないかな」

眼鏡男「僕達の故郷のことで、大事な話があるんだ」

勇者「……聞くだけならいいけどよ」

眼鏡男「ありがとう」

勇者「おい魔……マオ、ガリィのメシ出してくれ」

魔王「ああ」

狼「♪」

魔王「嬉しそうに食べているところを見ると、こちらも嬉しくなるな」

魔王「ペットを可愛がる者の気持ちがよくわかる」

眼鏡男「……ところで、2人ってどんな関係なの? 恋人じゃないよね?」

勇者「冗談じゃねえ、オレは男だぞ」

魔王「…………」

眼鏡男「ああ、そっか。そうなんだね。へえ」


勇者「オレもさ、お前に聞きたいことがあるんだ」

眼鏡男「何かな」

勇者「その……オレ、ガキの頃のこと、あんまり覚えてねえんだよ」

勇者「スラムに放り出されてからの出来事の印象が強すぎてさ」

勇者「お前はオレより年上だから、オレよりもオレのことを覚えてるんじゃねえかなって」

眼鏡男「ああ、よく覚えてるよ」

眼鏡男「なんせ、他のどんな子よりも綺麗だからね。忘れられない」

眼鏡男「ある日は女の子らしく振る舞って、かと思えば次の日には男の子の格好をしていたり」

眼鏡男「性別に囚われず、自由に生きていたよ」

魔王(……この者は俺と出会うよりずっと前のローゼを知っている。そう思うとどうしてもな……)


眼鏡男「明るくて、この世の闇なんて知らないんじゃないかってくらい純真で」

眼鏡男「あと、僕のことが大好きで、よく後ろについて回ってたよ」

勇者「それは捏造だろ」

眼鏡男「あはは、バレちゃったか」

眼鏡男「でも仲が良かったのは本当だよ。これは覚えてるだろう?」

勇者「一応な」

魔王「…………」

眼鏡男「懐かしいな」

勇者「……オレがどんな子供だったのか、聞けてよかった」

勇者「この前親とは再会できたんだけど、他人から見てどうだったのかはわかんなかったからよ」

眼鏡男「ああ、良かったよ」


眼鏡男「でも、今のローゼは、男としての性別を選んだんだね」

勇者「ああ」

勇者「オレのことを女として見たらぶっ殺すからな」

眼鏡男「わかったよ。正直ちょっと残念だけど、君の意思を尊重しよう」

勇者「まあ、ならいい」

魔王「…………」

魔王「ガリィ~~~~お前は良い子だな~~~~~~」モフモフ

狼「? ♪」ブンブン

魔王「おーよしよし!!」

勇者「どうしたんだお前」

魔王(心が落ち着かぬ! 落ち着かぬ!)


ミステルの自宅

勇者「そういやお前親は? 何で1人暮らしなんだよ」

眼鏡男「まだあの国にいるよ」

眼鏡男「あんなに酷い国なのに、人口は維持できてるだろう?」

眼鏡男「他国に移住しようにも、厳しい制限があってね。なかなか出てこられないんだ」

眼鏡男「僕は、両親が高い出国税を捻出してくれたから国を出られたんだよ」

勇者「……」

眼鏡男「でも、両親をこのまま放っておくつもりはない」

眼鏡男「助けるんだ。絶対に」

眼鏡男「……今日は疲れたよね。もう寝る? それともお風呂を沸かそうか」

勇者「風呂」

眼鏡男「わかったよ。あ、部屋はそこだよ」

勇者「世話んなるな」


眼鏡男「はあーローゼちゃん、元々綺麗だったけどあんなに美人になっちゃって」

眼鏡男「胸はないみたいだけれど」

魔王「サラシで潰しているだけだぞ」

眼鏡男「え、何で知ってるの」

魔王「いやその……共に旅をしているからそのくらいはな」

眼鏡男「ふうん? まあ付き合ってるわけじゃないんだよね」

魔王「……そうだ」

眼鏡男「ってことは溜まっているだろう?」

眼鏡男「そこに置いてるエロ本使っていいよ。今度処分する奴だから」

魔王「レイプ物は好かぬ」

眼鏡男「へえ。じゃあこっちは」

魔王「リョナ物は更に好かぬ」

眼鏡男「じゃあ何が好きなんだい」

魔王「甘々らぶらぶえっち物が……何を言わせるのだ」


眼鏡男「好きな女の子が若い男を連れ添ってるなんて、気が気じゃないからね」

眼鏡男「僕の家で間違いでも起こされたら腹が立つし、こちらとしては君に出すもの出しておいてほしいんだよ」

魔王「べっ別にエロ本があろうとなかろうと、ローゼとそういった関係になることはあああありえぬ」

眼鏡男「確かにそんな度胸なさそうだよね君には」

魔王「……」イラッ

眼鏡男「ローゼちゃんが今みたいになったのは……スラムでの暮らしのせいだろうね」

眼鏡男「強姦なんて日常茶飯事な環境だったそうじゃないか。女としての自分を否定するようになってもおかしくない」

眼鏡男「嘆かわしいよね、本当に」

眼鏡男「……彼女がスラム送りにされたって聞いたあの日から、僕は祖国を憎まずにはいられなくなった」

眼鏡男「国王の首を刎ねることが僕の夢だよ」

魔王「っ……」

眼鏡男「君だって、スラムで暮らしていたのなら、あの男のことが憎くてたまらないだろう?」

眼鏡男「それとも、何か思うところでもあるのかい」

魔王「……いや」


翌日

眼鏡男「悪いね、時間を取ってもらっちゃって。でも、とても大事な話なんだよ」

勇者「何処行くんだよ。おまえんちの地下の階段長すぎじゃね?」

魔王(明らかに家の敷地より外に出ているが……)

眼鏡男「ここだよ」

ギィィ……

学者風の男「へえ、本当に我等が勇者様を連れてくるなんてやるじゃないか」

筋肉男「しっかし、こんなに小さくて細っこいとはな」

格闘女「あんたみたいな大男よりずっと腕っぷしが利くって評判だけどねぇ」

魔王(狭い地下室に何人も……男が多いが、女もいるな)

眼鏡男「ようこそ、僕達の隠れ家へ」

眼鏡男「僕達はレジスタンス。祖国の平和を取り戻すために志を共にする、仲間だよ」


勇者「…………」

眼鏡男「君には是非仲間になってほしいんだ」

勇者「あの国王に歯向かうつもりなのか?」

眼鏡男「そうだよ」

勇者「…………」

眼鏡男「あの国は内政だけじゃなく、外交も滅茶苦茶だ。その上、宗教の教義に反する行いもたくさんしている」

眼鏡男「こっちの国で後ろ盾を得ることは案外難しくなかった」

眼鏡男「足りないのは戦力だ。君が仲間になってくれさえすれば、僕達は確実に勝つことができるだろう」

勇者「いきなり言われてもな……」

眼鏡男「君が魔王討伐の旅をしていることは百も承知だよ」

眼鏡男「でも、今、魔王を倒す必要なんてあるのかな?」

眼鏡男「魔族は現在人間を襲ってこないのに、下手に刺激すればかえって人類を危険に晒すことになる」

眼鏡男「それなら、人間の暴君を討った方がずっと良い。そうは思わないかい?」

魔王(至極真っ当な意見だ。反人間派の魔族の存在を考慮していない点を除けばだが)

勇者「そりゃあな。でもオレは――」


眼鏡男「僕は、君が素直に旅立ったことを不思議に思ってさえいるんだよ」

眼鏡男「上級魔族を容易く葬る力をもっている今の君なら、国王に復讐することだって簡単だったはずだ」

勇者「金をたんまり渡されたからな」

勇者「それに、気持ち良かったんだよ。オレを迫害した連中がオレに頭を下げるのがさ」

眼鏡男「完全に失脚させた方が、もっと気持ちが良いよ」

勇者「確かに国は憎い……けど、わざわざ徒党を組んで復讐するほどの執着もねえんだよ」

勇者「わりぃな。オレは自由に暮らせさえすればそれでいいんだ」

眼鏡男「自分さえ良ければいいのかい!?」

勇者「ああそうだよ、オレはそういう人間だ」

勇者「それに、他に大切な約束がある」

眼鏡男「……スラム生活で、すっかり心が歪んでしまったんだね。僕は悲しいよ」

眼鏡男「こうなったら奥の手だ」パチン

筋肉男「大人しくしてもらうぞ」グイッ

学者風の男「じっとしててね」ガチャン

魔王「!?」


勇者「そいつに何をするつもりだ」

眼鏡男「動かないで」

学者風の男「魔術を込めた首輪をつけさせてもらった。スイッチを押せばこの男の首は……ボンッ」

眼鏡男「どうか、僕達に力を貸してほしい」

勇者「随分卑怯なやり方じゃねえか」

眼鏡男「どうしても僕達には君の力が必要なんだ。そして、僕には君が必要なんだよ」

眼鏡男「子供の頃からずっと君のことが好きだった。そんな優男やめて、僕の所に来てよ」

魔王「…………」

勇者「きめえ! そいつを木っ端微塵にしてえならしろよ! オレはもう行く!」

学者風の男「ええー……」

眼鏡男「仲間を……見捨てるのかい!?」

魔王(まあ俺は死なぬしな)

眼鏡男「そんな……君がそんな人間に育ってしまったなんて……」

勇者「てめえが好きなのはあくまでガキの頃のオレだろ。いつまでも幻想重ねられても困るっつうの」

眼鏡男「…………」


学者風の男「す、スイッチを、お、お、押すぞ!」

勇者「だから、やりたきゃやれっての。……やった瞬間てめえら全員皆殺しだけどな」

学者風の男「ひっ!」

眼鏡男「……こんなローゼちゃんなら、いらない」

眼鏡男「綺麗で可愛いローゼちゃんでいてくれないのなら、いっそこの手で……!」

眼鏡男「この手で引き裂いてあげるよ!!」バッ

勇者「うおっ」

眼鏡男「本当はずっと、ずっとこうしたいと思っていたんだ」

眼鏡男「赤い血が白い肌を、銀の髪を染めていく様は、きっとさぞかし綺麗なのだろうね!」

勇者(こいつ、イカれてやがる……!)

勇者「キメえ! 放せ!!」

狼「ガルルルルル!!!!」

魔王「ローゼ!」ガッ

学者風の男「ぐえっ」フラツ

魔王「その手を放せ!」ゴッ

眼鏡男「うぐっ!」


格闘女「ちょっとミステル、あんたちょっとおかしいわよ」グイ

格闘女「……でも、勇者に魔王討伐の旅を続けてもらうわけにはいかないのは事実ね」

格闘女「均衡を壊す要因だもの」

勇者「オレ、別に魔王を倒すために旅してるわけじゃねえぞ」

勇者「魔王の兄貴がわりぃ奴で」

格闘女「今魔族に剣を向ける必要なんてない!」

勇者「話を聞け!」

魔王「勇者が旅を続けなければ魔族はやがて人間を滅ぼすぞ」

筋肉男「貴様らは金が欲しいだけだろ!?」

魔王「……聞く耳は持っておらぬようだな」

格闘女「そっちこそ」


眼鏡男「ローゼちゃん……僕のローゼちゃん……!」

勇者「うわっ……」

魔王「……逃げるぞ」

シュンッ

勇者「はーきもかった……」

魔王「全くだな」

勇者「その首輪外せよ」

魔王「そうだな」パキン

勇者「……昼飯食いてえ」

魔王「少し待っていろ。城に戻って持ってきてやる」











魔王(あれ以来、世間の勇者に対する風当たりが妙に強くなった)

魔王(魔王討伐賛成派と反対派で分かれたのだ)

魔王(勇者の目的が魔王討伐でないことを知っている人間もいるが、数が少な過ぎる)

魔王(こうなった原因はレジスタンスの動きによるものだということは掴めたが、事態の収拾には至っていない)


「抑止力として加護の力を携えた勇者様は必要よ!」

「いいや、人間が強い力をもてば魔族との戦争の引き金を引くことになる。勇者を狙って上級魔族が村を襲ったのがその証拠だ!」

「勇者を止めろ!」

「勇者様の邪魔をするな!」

「勇者に我等の税金をやれるものか!」

「何かあったら勇者を旅立たせた国に責任を取らせてやる!」




勇者「……くそっ!」

魔王「情報の回るスピードが妙だな。レジスタンスの情報網がそれだけ優れているということか……?」

魔王「あの時、レジスタンスの者達を説得しておくべきだったのだろうか」

勇者「あいつらのイカれた目つきは覚えてるだろ。どうせ何話しても無駄だっただろうな」

勇者「あのタイプの連中は考えが凝り固まってて、何言ったって聞きゃしねえよ」

魔王「そうかもしれないが……」

魔王(そういえば、後ろ盾がいると言っていたな。まさか……)


勇者「あーほんっと腹立つ!」ガンガン

魔王「岩に当たるな。落ち着け」

勇者「どうしてもイライラが止まんねえんだよ!!」

魔王「……はあ」

魔王「レジスタンスについて今一度調べてみる必要がありそうだ」

勇者「オレもう関わりたくねえんだけど」

魔王「俺もだが、連中をどうにかしないことにはな」

魔王(特に、ミステルのローゼに対する執着は異常だ。再びローゼを襲おうとする可能性は否めない)

魔王(この手でローゼを守りたいと強く思った)

魔王(尤も、俺はローゼより遥かに弱いのだが)

勇者「八つ当たりせずにはいられねー!!」ゴッ ガラガラ

魔王(そういえば、ローゼのにおいがいつもと少し違う気がするな)

魔王「……!」

つづく
遅くなって申し訳ない


Episode 10


魔王「…………」

勇者「おい、どうしたんだよ」

魔王「…………」

勇者「おい」

魔王「ローゼ、おま、えは……」

勇者「あ?」

魔王「…………」

勇者「おい、何だよ」

魔王「……お前は、女だ」

勇者「……は?」


勇者「何言ってんだよ」

魔王「においでわかった。お前は、遺伝上、女……だ……」

勇者「……!?」

魔王「以前はどっちつかずのにおいだったが、体は確実に女として成長しているのだ」

勇者「嘘だろ……オレ、一応……精液、出せるんだぜ。玉だってついてる」

魔王「お前の男としての機能は不完全だ」

魔王「何らかの原因で両性具有となってしまったが、本来の性別は女――」

勇者「っざっけんな!!」

勇者「てめえがオレのことを女だって思いてえだけじゃねえのか!?」

魔王「そ、それは違う!」

勇者「どうせお前だってミステルの野郎と同類なんだろ!」

魔王「あやつと一緒にするな!

勇者「オレを女として見てるんだろ!?」

魔王「っ……」

魔王(以前からローゼに惹かれていたのは事実だ)

勇者「……ほんっと、誤魔化すの下手だよな、お前」


勇者「……許さねえ」

勇者「オレが男の慰みものにされるだけの性別だなんて、認めねえ!」

魔王「ろ、ローゼ!」

勇者「…………」

ゴッ







魔王「う……」

魔王(ここは……何処かの山小屋か?)ジャラ

魔王(鎖……?)

魔王(俺の服は何処だ。何故何も着ておらぬ)

勇者「……よお」

魔王「ローゼ……?」

勇者「言っとくけど、その鎖、ぜってえてめえの力じゃ切れねえからな」

魔王(加護の力が籠められている。腕力も……封じられているようだな)

魔王(魔術も使えぬ……使えるのは不死の力だけか)

勇者「全部の加護を得なくても、このくらいのことならできるみてえだ」

魔王「何を……するつもりだ……?」

勇者「……オレが男だってことを証明してやるんだよ!!」


勇者「おら、これ舐めろよ」

魔王「っ!」

勇者「早くしろ」

魔王(ろ、ローゼのっ……)

勇者「捻じ込むからな」グッ

魔王「んぐっ……!」

勇者「間違っても歯ぁ立てるんじゃねえぞ」グチュッグチュッ

魔王「っ……っ……!」

魔王(口内が……熱いっ……!)

勇者「てめえの口マンコ、なかなかイイ具合じゃねえか」

魔王「むぐっ……んっ……ぁぇっ……」


魔王(息が……苦しい……!)

勇者「……おい、なんだよこれ」

魔王「……」

勇者「なんで半勃ちになってんだよ」

魔王「ぷはっ、はあ、はあ……」

勇者「お前、もしかしてそっちの気の奴だったのか? あ?」

魔王「……?」

勇者「男が好きなのかって聞いてんだよ!」

魔王「違う!」

勇者「じゃあなんで勃ちかけてんだ? とんだ変態だよなあ!」グニグニ

魔王「あっ……」ビクッ

勇者「うっわ、踏まれて硬くなるとか、マジねえわ。そっか、お前マゾだもんな」

魔王「はあ、はあっ……ローゼ、も、やめ……」

勇者「そんなに気持ち良いのか? あ゛!?」

魔王「っ、うっ……ああぁっ……くっ……」


勇者「我慢汁垂れ流してドッロドロじゃねえか! 変態! このド変態!」

魔王「ローゼ、ローゼっ……あああっ!」

ドクンッ とくとくとく……

勇者「うっわ、はっや」

魔王(イッてしまった……好きな女の目の前で、好きな女の足で……!)ジワ

勇者(……こんなに濃いのが普通なのか?)

勇者(ちくしょう……!)

魔王「ろーぜ……?」

勇者「てめえの精液でてめえの穴ン中犯してやるよ」

魔王「っ!?」

魔王「お、おい……やめてくれ!」

勇者「へえ、ケツの穴も人間と同じ見た目してんだな」ツプ

魔王「ひっ」


勇者「ははっ、一足先に童貞卒業させてもらうぜ」

魔王「あっ、ぐぅっ……むり、むりだっ……! はいらなっ……」

勇者「押し込めば入らねえなんてことねえだろ」ググッ

魔王「あがっ……」ピクッピクッ

勇者「ほら、すっぽりだ」

魔王(痛い……! あまりの圧迫感に息さえもままならぬ!)

勇者「スラムじゃあな、女は貴重だからって、男に走る野郎も少なくなかった」

勇者「掘られた男がどうなるか知ってるか? どんどん女になってくんだよ」

勇者「てめえも女にしてやる」グッグッグッグッ

魔王「こわれ、こわれるっ! もっ……やめてくれっ!」ポロポロ

勇者「泣いたって無駄だっつの」


ズッズッズッズッ……

魔王「んっ……」ジィン

魔王(なんだ……? 腹の奥が……熱い……!?)ピク

魔王「あっ、あっ、はあぁっ……」

魔王(声が勝手に……)

勇者「てめえ、感じてんのか? 初めてだろ?」

勇者「うっわ、傑作だな。よっぽどの才能の持ち主だぜ、お前」

魔王(嘘だろう……?)

魔王(こんな、こんな行為で、女のように感じるなど)

魔王(あり……えない……)

魔王「あああっ……あっうっ、んぐっ……」

勇者「良いザマだな魔王様よぉ! 今のお前完全に女だぜ!」

勇者「腰をよじって高い声を出して、こんなの男じゃねえよなあ!」

魔王「くっう、あっ、あ、ぁ……っはあっあっあっあっ!!」


勇者「いやらしく吸い付いてくるぜ、お前のケツ穴!」

勇者「そんなに男が欲しいのか? とんだ淫乱だよな! ははは!」

魔王「ちがっあああっ! 俺は、俺はあああっ!」

魔王(駄目だっ……もう何も考えられない)

魔王(抵抗するには、あまりにも甘すぎる……!)

魔王「あっあっあっあっあっあっ……いやだぁぁぁ……あああああっ!!」

勇者「イきそうなのか? いいぜ、イけよ! 中に出してやる!」

魔王「ああああああああああっ!!!!」

勇者「くっ……う…………はあ……」


勇者「これから毎日慰みものにしてやるよ」

勇者「どうせ旅してたって馬鹿な人間達に邪魔されるしな!」

魔王「…………」

勇者「じゃあな」

バタン

魔王「…………」

魔王「……………………」


魔王(……浅はかだった)

魔王(気が動転して喋ってしまったが、あのタイミングでローゼが女だと告げるべきではなかった)

魔王(もっとあいつの気持ちを考えてやれていれば……)

魔王「…………」

魔王(ローゼに女として傍にいてほしい想いも高ぶっていた)

魔王(俺は自分の感情を優先してしまったのだ)

魔王(だから、あいつにこれほどのことをさせてしまう結果になった)

魔王(あいつをひどく傷つけてしまった)

魔王(俺は……大馬鹿者だ)


――
――――――――

魔王(何日経ったのだろうか)

魔王(2日程度の様な気もするが、7日ほど過ぎ去っているかもしれぬ)

魔王「あっ、はっぁっ……うっ……」

勇者「今自分がどんな顔してるかわかるか?」

勇者「クソしてるのを見られてる犬みてえな顔だぜ!」

魔王「う……っ……」

勇者「ははは! クソ犬! このクソ犬!!」

魔王「ろ……ぜ…………」

魔王「……れが……おれが……わるかった……」

勇者「…………」

魔王「すまなかっ……」

勇者「今更遅えんだよ!!」グッグッ

魔王「がっあぁっ! ぐうぅっんんっ……!」


魔王「っ…………」

魔王(こんな形であっても、好きな女と繋がることができているのなら、いいではないか)

魔王「ふうっはあっ、はああっあっあっあっ……」

勇者「何素直に喘いで腰振ってんだよ!」

勇者「っとに気持ちわりぃな」

勇者「今日はもうやめだ」

魔王「そ……んなっ……」

魔王「ローゼっ、頼む、行かないでくれ! 今やめられると……体がっ……」

勇者「てめえで慰めてろ」

魔王「ローゼ、ローゼっ……!」


勇者(男の声、男の体、男の心……)

勇者「くそっ!」ダン

勇者(あいつは、オレが欲しいものを当たり前のように持っている)

勇者(許せねえ……!)








勇者(食料が尽きそうだな。麓の町に行ってくるか)

勇者(……折角だし、あいつに土産でも用意してやるか)



※分岐

 性玩具を買う

→男を呼ぶ


ガチャリ

魔王「……?」

魔王(足音が多いな……)

大男1「へえ、犯してほしい魔族ってのはこいつのことか」

大男2「顔も体もなかなかイイじゃねえか」

魔王「……!?」

魔王「ローゼ、これは」

勇者「報酬はここに置いとくからな」ジャラ

大男1「楽しませてくれよ」クイッ

魔王「っ」

勇者「……」

魔王「ローゼ、行くな! 待ってくれ! 嫌だ!!」

勇者「お前は男が大好きなメスだろ? 喜べよ」

魔王「違う! 俺はっ……俺は相手がお前だったから耐えられたんだ……!」

魔王「他の者になど」

勇者「余計きめえっての」

ガチャ

魔王「ローゼ! ローゼ!!」


勇者(今更後悔したって、遅えんだよ)

勇者(これは、オレのことを女だって言った罰だ。あいつが悪いんだ)

勇者(あいつが……悪いんだよ……!)

勇者(……オレ、なんでこんなことしてるんだ?)

勇者(裏切られた気持ちでいっぱいになって、でも、こんな酷いこと……)


どれほど叫んでも、声は届かない。
届かない言葉なんて、なくなってしまえばいい。


心が痛いのは、あいつに恋をした記憶があるからだ。
苦しみの原因となる思い出なんて、なくなってしまえばいい。


全てが白く、霞んでいく。


ガチャ

勇者「うっわ、ひでえ臭いだな、この部屋」

勇者「おい魔王、寝てんのか。起きろ」

魔王「……?」

勇者「臭くて仕方ねえから体拭いてやる」

魔王「…………?」

勇者「寝ぼけてんのか?」

魔王「??」

勇者「……なあ、オレのこと、わかるか……?」

魔王「……?」

勇者「何か言えよ、なあ」

魔王「…………」

勇者「……嘘だろ、おい」

魔王「…………?」

勇者「……壊れちまった」

tsuduku

無駄な改行が自演認定されてる理由を推理してみた

荒らし「この作者潰したいな」

荒らし「作者ってSSと同じように普通のレスでも改行する癖ありそう。皆もそう思うだろう」

荒らし「露骨によいしょしたコメントを書いて改行入れて、ID変えて自演認定すれば完璧!」

こういうことかな?

こっちはただ鬱なエロが書きたいだけのバッドエンド直行ルートなので、本編だけ読みたい方は読み飛ばしていただけたらなと
こっちの分岐は今回の話を含めて2話で終わります


Episode 11


勇者「これで綺麗になったな」

魔王「…………」

勇者(旅を続けようにも、こいつの記憶を戻さねえとどうしようもねえ)

勇者(髪と肌の色は、こいつに教わった術で人間っぽくできた)

勇者(問題はツノだな……)

勇者(ツノを髪の毛にすることまでは流石にできねえ)

勇者「……ごめんな。これ、折るぞ」

ボキッ ボキッ

ゴトゴト

勇者(加護の力で包んだ袋に入れれば、折れた状態を保てそうだ)

勇者「ごめんな、ごめんな」

魔王「…………」

狼「くぅーん……」


勇者「飯の食い方、わかるか?」

魔王「?」

勇者「掬ってやるから、口開けろよ」

魔王「?」

勇者「ほら」

魔王「……」

勇者「噛め。『噛む』って、わかるか?」

魔王「…………」

勇者「こうするんだよ」モグモグ

魔王「…………」モグ


勇者「星、綺麗だな」

魔王「…………」

勇者「…………」

勇者(オレのせいで……)

勇者「……ごめん」

魔王「?」

勇者「……謝っても、どうしようもないよな」

勇者「腕の良い医者を見つけてやるから」

魔王「…………」ブルッ

勇者「寒いのか?」

魔王「……」ギュ

勇者「そうだな。くっついた方が、あったかいよな」

魔王「…………」


翌日の夜

勇者「やっぱ長いと洗いにくいな……」

ワシャワシャ

魔王「……」

勇者「だからって、髪まで勝手に切りたくねえし、そもそもオレ文句言える立場じゃねえしな」

魔王「……」

勇者「耳に水入ってねえか? ほら、拭くぞ」

魔王「…………」

勇者「少しはさっぱりしただろ」

魔王「……」コク


勇者「寝るか。火、消すぞ」

魔王「…………」

勇者「何もじもじしてんだよ。何処か痒いのか?」

魔王「っ……」

勇者(……勃ってやがる)

魔王「……!」ガバッ

勇者「うおっ」

魔王「…………」モミモミ

勇者「ちょっ、おい」

勇者(オレは……拒否できる立場じゃない)

勇者「触りたきゃ触れよ……」

魔王「はあ、はあ」モギュ

勇者「いっつ…………」


勇者(何も覚えてなくても、しっかり本能は残ってんだな)

勇者(服……脱がされてく……)

ペロッ ちゅぱっ じゅるっ……

勇者「ああ、ったく……赤ん坊じゃねえんだから……」

魔王「っ……っ……」チュウチュウ

勇者「んっ、……っ……はっ……」

勇者(やべ、オレも勃ってきた)

魔王「…………」モゾモゾ

勇者(下に……手が……)

勇者(くそっ、くすぐってえっ……)


勇者「おい、そっちは舐めんなよ……きたねえって……」

勇者「ひっ」ビクッ

勇者「そこ、女の部分っ……うっ……」

勇者(中に舌が入ってきた……!)

勇者「あっ……んっ……ぁ……あっ」

勇者(気持ち良いわけでもねえのに勝手に声が出ちまう、ちくしょう)

魔王「フーッ……フーッ……」

勇者「……これから、どうすりゃいいのかわかんねえのか?」

勇者「…………」

勇者「ここ、こうすんだよ」グッ

勇者「いって……くそ……」ズプズプ

魔王「っ……」

勇者「ははっ、どうだよ、具合はよ……一応、処女だったんだぞ……」

魔王「はー……はーっ……」


勇者「やっぱお前のでかすぎだろ……」

勇者(でも、この程度の痛み……甘んじて受け入れねえと……)

勇者「つっ、はぁっ、ぐっ……! うっ、うっ……んっ……」

勇者(……こんなことをして、オレはこれで罪滅ぼしでもしてるつもりなのか?)

魔王「…………」

勇者「何情けねえ顔してんだよ……オレのこと、心配してんのか?」

魔王「……」

勇者「抜いたところで、それどうすんだよ」

魔王「…………」

勇者「……口でしてやるよ」


勇者(……かてえな)

勇者「気持ち良いだろ?」

魔王「っ……! っ!」ビクッビクッ

勇者「何処がいいかくらい、オレだって半分は男だからよくわかってるんだよ」

魔王「はあっ……っ……」

勇者「出していいぞ」

魔王「ふっ、はあっ……っ!!」

ドクンッ

勇者「けほっ……。満足したか?」

魔王「……」コク

勇者「そうか」

魔王「…………」ギュ

勇者「放せよ。オレ、河原で顔洗ってくるから」

魔王「…………」

勇者「……すぐ、戻ってくるからさ」


チュンチュン

勇者「ふあ……はあ。朝か」

ジリ……ジッジッ……ジリジリ

勇者(なんだこの音)

勇者「……!」

勇者「おい何勝手にナイフなんて使ってんだよ!」

魔王「っ」ビクッ

勇者「あぶねえだろ! ……髪、切ってたのか?」

魔王「……」コク

勇者「なんでだよ。お前、髪の毛大事にしてたじゃねえか」

魔王「…………」

勇者「……もしかして、オレが洗いづらそうにしてたからか?」

魔王「…………」

勇者「お前、記憶がなくても、優しいままだよな……」

勇者「ナイフ、渡してくれ。整えてやるから」


――
――――――――

医者「……余程ショックなことがない限り、ここまで酷い状況にはなりませんよ」

医者「一体何があったのですか」

勇者「…………」

勇者「その……オレ、こいつに八つ当たりしちゃって……」

勇者「……尊厳も、何もかも踏みにじっちまった」

医者「……ふうむ」

勇者「自分でも、どうしてあそこまでイラついてたのかわかんねえんだ」

勇者「嫌なこと続きではあったけど……」

医者「あなたも年頃の女性ですからね。その時、肉体的な変化はありませんでしたか」

勇者「え……」

医者「男性の私がはっきり言うのは少々抵抗があることなんですけどね」

勇者「……あの後、初めて血が流れた」

医者「よくいらっしゃるんですよ。生理前のイライラが酷くて、人間関係を壊してしまう方」

勇者(そういや、メリッサもたまに理由もなく不機嫌になってたな……)


医者「リラックスするのが最善ですね」

医者「定住して穏やかに過ごしてください。自然と記憶が戻るかもしれません」

勇者「……そうか」

医者「しかし……彼は魔族の血を引いているでしょう」

勇者「え……」

医者「私は一応医者ですからね。人間と魔族の違いくらいわかります。どれほど人間に似せていても」

医者「流石に、半魔を診るのは久しぶりですが」

勇者「は?」


勇者「オレの力で誤魔化してるだけで、こいつ、本当は純魔族の魔の気をもってんだぜ?」

魔王「…………」

医者「どう説明すればいいのか……体の基礎的なつくりは人間に近いのです。いや、ちょっと語弊がありますね」

勇者「……?」

医者「例えば、家を作るとします。骨組みを作り、壁紙や外壁を貼り、内装を整えていく」

医者「そしてほぼ完成に近い形になってから、骨組みはそのままに、壁や中身を全くの別物に置き換える」

医者「彼はそんな体なのです」


医者「何らかの方法で、後天的に純魔族と同等の力を得たのでしょう」

医者「体が健康なのも、おそらくそのためでしょうね」

医者「半魔は生まれてくること自体滅多にありませんし、生まれたとしても大人になれることは更に稀です」

医者「光の気と闇の気が反発して、大抵は虚弱な体質になりますからね」

勇者(こいつが……人間の血を引いている?)

医者「彼が17歳というのは本当ですか」

勇者「ああ、記憶を失う前にこいつ自身が言っていたんだ」

医者「魔族の17歳なんて、人間だと2歳児ほどですからね」

医者「成長スピードはほぼ人間と同じくらいだったのでしょう」

勇者(そういえば……フリージアはこいつより年下に見えるのに、150歳っつってたな)


勇者「こ、こいつ、魔族ではあるけど、人間と仲良くしようとしてたんだ」

勇者「決して人間の敵じゃない!」

勇者「だから……」

医者「魔族だからって、無闇に排除しようとは思いませんよ」

医者「患者は患者です。過去にも半魔を診たことだってあります」

勇者「……信じていいんだな」

医者「…………」

医者「私の初恋の相手は、半魔の少女でした」

医者「体が弱い上に、人間からも魔族からも迫害されていたので、あっけなく逝ってしまいましたが」

医者「まあそんな感じの過去があるので、魔族全てが悪だとは思ってないんですよ」

勇者「…………そうか」

医者「もしこの土地に住むのなら、定期的に診察いたしますよ」

医者「彼が人間にとって無害かどうかは私も気がかりですからね」






勇者(医者がいる町のすぐ隣の農村で家を借りた)

勇者(静かな良い土地だ。村人達は、他所者のオレ達を暖かく迎え入れてくれた)

勇者(若者が減っているから助かるという理由らしい)

勇者(……勇者は暗殺されたと噂を流した。その方が都合が良かった)

勇者(そしてレジスタンスは、ほぼ壊滅状態らしい)

勇者(オレが流した噂に尾ひれがついて、暗殺の犯人はレジスタンスだということになり、)

勇者(レジスタンスの意見に反対していた人間達の襲撃を度々受けたそうだ)

勇者(……もう、そんなことはどうだっていい)

勇者「なあ」

魔王「なんだ? マリア」


勇者「記憶、全く戻らないのか?」

魔王「……思い出す必要を感じられないんだ」

魔王「だって、俺は今、とても幸せだから」

勇者「……そうか」

勇者(魔王は……グランは、言葉は案外早く取り戻すことができた)

勇者(ただ、記憶が戻る様子は全くない)

勇者(思い出さない方が、こいつにとってはいいのかもしれない)

勇者(犯されたことが辛くて、忘れたんだ)

勇者(無理に思い出せば、その時こそ本当に壊れる可能性だってある)

勇者「…………」

魔王「なあ、マリア。俺とマリアは、夫婦なのか?」

勇者「は?」


魔王「その……裸で体を重ねるあの行為は、夫婦でしかしないものだと聞いたから……」

勇者「…………」

魔王「俺が記憶を失う前から、そうだったのか?」

勇者「……友達だった」

魔王「?」

勇者「仲の良い、友達だったんだ」

魔王「……そうか」

勇者「…………」

魔王「マリア? どうした?」

勇者「畑の様子見てくる」


農民1「この頃、魔族の動きが怪しいらしいねえ」

農民2「親人間派の魔王様がずっと行方不明で、悪い魔族が何か企んでるらしいが」

農民2「こんな田舎には大して情報も入ってこないからなあ」

勇者(……もう、時間がねえ)

勇者(オレ1人でも旅を続けるべきか? でも……)

魔王「マリア!」

魔王「俺も一緒に行く。心配だからな」

勇者「…………」


勇者(こいつを1人でこの村に置いていくしかねえのかな)

勇者(オレは、こいつに食わせてもらったメシの分、働く約束がある)

魔王「……俺は、初めて会った時からお前のことが好きなんだ」

魔王「とはいっても、最初に目を覚ました頃のことはおぼろげにしか覚えていないのだが……」

勇者「なあ、お前は、オレにどうしてほしい?」

魔王「どうして、とは」

勇者「オレに何をしてほしい?」

魔王「……ずっと一緒にいてほしい」

魔王「お前は俺に世話を焼いてくれて、たくさんのことを教えてくれて……俺は、お前に恩返しがしたい」

魔王「だから、これからもここで共に暮らしたいんだ」

勇者「……そうか」

勇者(お前がこうなったのは、オレのせいなのにな)

つづく


Episode 12


勇者(元々オレは、世界なんてどうなろうが知ったこっちゃないって思ってたじゃねえか)

勇者(できるだけ、今の魔王の望みを叶える存在でいよう)

勇者(……父様、母様……ロディアはどうなる?)

勇者(このまま放っておいたら、オレの家族だって犠牲になるかもしれない)

勇者(この村だって、いつまで平和が続くかわかったもんじゃない)

勇者「っ……」

魔王「どうした? 何か嫌なことでもあったのか?」

勇者「お前は、何も心配しなくていいんだ」


農民3「魔炎帝カルなんとかかんとかが、必死こいて勇者と魔王を探してるって話知ってるか?」

農民4「物騒だねえ。……勇者様、本当に死んじまったのかねえ」

農民3「新しい勇者様が生まれたって話も聞かないし、優しい魔王様だけでも見つければなあ」

勇者「…………」

勇者(オレが馬鹿やらかしたせいで、人々の心が不安と恐怖に支配されていく……)

農民4「魔王様の直属の部下だった四天王も、その魔炎帝の部下になったってねえ」

勇者「なっ……」

勇者(そんなわけがねえ……!)

農民3「強力な洗脳の魔術を使ったんだろ?」

農民4「いよいよ、戦争になるかもしれないねえ」


勇者「…………」

勇者(自分で蒔いた種なんだ。自分で刈り取らねえとな)







勇者「なあ、グラン。……抱いてくれないか」

魔王「そっちから誘うなんて、珍しいな」

勇者「たまにはいいだろ」


勇者「はあっ、くうっ……」

魔王「マリアっ……」

勇者(オレはこいつのことが好きだった)

勇者(もっと早く、自分の気持ちを認めるべきだった)

勇者「グランっ、グランっ……!」

魔王「愛している、誰よりも」

勇者「ああ、お前って、本当に純粋で……」

勇者(こいつのすべてが羨ましかった)


――――――――
――

勇者「……絶対、戻ってくる」

勇者「だから、少しだけ待っていてほしい」

勇者「じゃあな、グラナティウス」





魔王「……マリア?」

魔王(いない……)

狼「くぅーん……」

魔王「……手紙?」

魔王「…………!」


魔王(彼女は、毎日何かを考え込んでいた)

魔王(1人で抱え込まず、俺に話してほしかった)

魔王(話せない理由が何なのか、ずっと気になっていたが……)

魔王(結局、詳しいことは明かさないまま、彼女は行ってしまったのだな)

魔王「…………」グシャ

魔王(いつも、彼女が何処かへ消えてしまうような気がして、俺は怖くてたまらなかった)

魔王「……このまま大人しく待ってなどいられるものか!」


勇者「いっけね、あいつのツノ荷物に紛れこんでるじゃねえか」

勇者「……まあ、オレが死んだら勝手にあいつのところに帰るだろうし、」

勇者「生きてたら生きてたで、あの村に戻って渡せばいいし、今から引き返すほどのことでもねえか」

勇者(綺麗だよな、これ。まるであいつの心みてえだ)

勇者「グラン……」







勇者(くそっ、神殿遠いな。もう何週間も歩きっ放しだ。足がいてえ)

勇者(ガリィを置いてきちまったから癒しもねえし……)

勇者「…………!」ゾワッ

ゴオオォォォォォォォ

勇者(空気が、地面が、水面が、震えている)

勇者「……魔族の軍勢じゃねえか!」


ザシュッ ザンッ ガキン ゴッ

勇者「はあっ、はあ……キリがねえ」

風の将軍「やはり生きていたか、勇者よ!」

風の将軍「貴様が人間如きに殺されるわけがないからな。生きていると信じていたぞ。くくっ」

勇者「っ……」

地の将軍「一向に姿を現さぬから、町を1つ1つ潰して探し始めたところだ」

水の将軍「グラナティウスは一緒ではないのか? 尻尾を巻いて逃げ隠れたか。愚かなものよのう」

勇者「てめえ、封印されたはずなのにどうして……!」

水の将軍「我が主を誰と心得る? 魔炎帝カルブンクルス様ぞ!」


勇者「!」

勇者(なんだ、この巨大な魔の気は……!)

魔炎帝「……ほう、貴様が当代の勇者か」

勇者(2メートルはありそうな体躯。低く響く声。圧倒的な存在感)

勇者(僅かにあいつと似ている魔力……!)

魔炎帝「我が名はカルブンクルス。正統なる魔王の後継者だ」

魔炎帝「勇者よ、グラナティウスは何処にいる」

勇者「知らねえよ!」

魔炎帝「知っている目だな。知っていて尚、隠すことで守ろうとしている」

勇者(やべえ……こいつはマジでやべえ)

勇者(加護が3つだけじゃ足りねえ!)


魔炎帝「そう身構えるな。我が計画には勇者と魔王が必要なのだ」

魔炎帝「ここで葬るつもりはない」

魔炎帝「尤も、愚弟の居場所を吐かぬのなら少々痛い目を見てもらうことになるがな」

勇者「……どういうことだ。散々殺そうとしたくせによ」

魔炎帝「死ななかったからこそ利用価値を見出しただけのこと」

魔炎帝「詳しく説明する必要などない。貴様はただ我が問いに答えればいいだけだ」

魔炎帝「それとも、ここで九大天王を相手に戦うか?」

勇者「……戦ってやる」

勇者「戦ってやるよ!」


魔王(マリア……何処にいるのだ)

狼「……」クンクン

狼「! バウワウ!」

魔王「彼女の匂いがそこに残っているのか!?」

狼「バウ!」ダダッ

魔王「そっちの方角に続いているのだな!」

魔王(この森を抜ければ、きっと彼女に……!)

魔王「――――!」

魔王(魔物の屍の山ではないか)

魔王「うっ」

魔王(風上にいたから血のにおいに気がつかなかった)

狼「バウバウ!」

魔王「……大丈夫だ。行こう」


勇者「うおおおおおお!!!!」

洗脳岩漿「……」ギィン

勇者「くっ!」

勇者(弾き飛ばされた先には……奴がいる!)クルン

勇者「食らえっ!!」

勇者(加護の力を最大出力で浴びせてやる!)

魔炎帝「……ふん、この程度か」バシッ

勇者「あっ……」ゴロゴロ

魔炎帝「軽く弾いただけのつもりだったのだが、腹に大穴が開いてしまったか」

魔炎帝「もう助からぬな。人間の体がここまで脆いとは誤算であった」

魔炎帝「次の勇者が誕生するまで待たねばならぬ。まあ大した問題ではない」

勇者「っ……はっ…………」ヒクッヒクッ

魔王「…………!!」


魔王「ローゼ! ローゼ!!」

勇者「おま……ど……して……」

魔王「しっかりしろ!!」

勇者「その呼び方……きお、く……も……ったのか?」

魔王「記憶……」

魔王「あ……あ…………ああああ!」

勇者「…………」

魔王「そうか……俺は……俺は…………」

魔炎帝「漸く姿を現したと思ったら、なんだその姿は。人間そのものではないか」

魔王「…………」

狼「クーン……くぅぅぅ」

勇者「こ……れ……」


魔王「……俺の、ツノ?」

勇者「ごめ、んな……」

魔王「……俺は……」

魔王「どんな目に遭っても、お前を嫌うことができなかった。憎めなかった」

魔王「ただ悲しくて、現実から逃げてしまった」

魔王「だが、記憶と言葉を失っても、お前への恋心だけは覚えていた」

魔王「……愛している。ローゼ」

勇者「ずっと、言えなかっ……た……けど……」

勇者「オレ、ほんと……ぅは……おま……えのこと……」

勇者「…………」

勇者「――――――――」

魔王「っ…………」

狼「バウ! アウアウ! バウウウ!!」

魔炎帝「ふん、血は争えぬな」

魔炎帝「父子揃って聖なる一族の女を愛するなど」


魔王「……カルブンクルス」

魔炎帝「さて、どうする?」

魔王「…………」

魔炎帝「大人しく不死の力を我に渡せ。命だけは助けてやらんでもないぞ。貴様に勝機はない」

魔王「……本当に、そう思っているのか?」

魔炎帝「矮小な人間の腹から産まれた貴様が、この我に勝てるわけがなかろう」

魔王「1つだけ方法がある」

魔炎帝「何?」

魔王「その様子では、かつては正当な後継者だったというのに、父上からは知らされなかったようだな」

魔炎帝「…………」

魔王「……不死の力を反転させると、強力な死滅の力となる」

魔王「その規模がどれほどのものになるかは予測がつかぬが、少なくとも……」

魔王「お前の野望を阻止することだけはできる」

魔炎帝「……!」


魔王「巻き込んですまないな、ガリィ」

狼「……くぅん」

魔炎帝「やめろ愚弟!」

魔王「俺も、貴方も、仲良く地獄逝きだ――兄上」








その地には、白い荒野だけが残った。





BAD END

すみません趣味に走りすぎました
次からメインルートです


Episode 13


勇者(食料が尽きそうだな。麓の町に行ってくるか)

勇者(……折角だし、あいつに土産でも用意してやるか)

※分岐

→性玩具を買う
 男を呼ぶ




ガチャ

勇者「メシは食い終わったか」

魔王「……ローゼ……」

勇者「ほら、これ、何かわかるか?」

魔王「……!?」

勇者「流石に童貞でも知ってんだろ? 大人の玩具だぜ」

魔王(ローターに……張形……)

勇者「始まる前に、自力で取れねえようにしとかねえとな」グイ

魔王「や、やめ」

魔王(両の手に繋いだ鎖を術で連結させ……頭上の壁に固定された)

魔王(手が全く自由にならぬ)

勇者「ついでに猿ぐつわ噛ませとくか。舌を切って一時的に死ぬこともできねえからな」

魔王「むぐっ、う……」


カチッ

ヴィイイイイイイイイイ

勇者「人肌に反応して吸い付いてくるから、そう簡単には取れねえぞ」

魔王「うーっ……うぐうぅう!!」

勇者「ははっ、乳首を責められただけでバッキバキに勃起してんじゃねえか」

勇者「ほら、亀頭用のもあるんだぜ。すっぽり覆ってやるよ」

魔王「!?!? んぅぅぅぅううう!!!!」

勇者「これでケツの穴犯されたらどうなっちまうんだろうな?」ズボッ

魔王「んうううう!! うーっ!!!!」

勇者「痛いのか? 気持ち良いのか? どっちだ? お?」

魔王「んぐっ、んぐうう! んんんん!!」

勇者「後者みてえだな! ははは!」

魔王(腹の中で振動が暴れている――!)ガクガクガクガク

勇者「うわ、太ももの痙攣すっげー」

魔王「う! うう! んぐううう!!」

勇者「そのまま一晩中1人で楽しんでろよ。オレが込めた魔力が尽きねえ限り止まんねえからさそれ!」

魔王「ううううう!!」

魔王(頭も体も焼き切れて壊れてしまう――!!)

バタン


翌日

勇者(どうなったかなあいつ)ガチャ

魔王「…………」

勇者(よっぽど激しく暴れたんだな。傷だらけだ)

勇者(治りが遅いのは加護の力が混じったオレの魔力のせいだろう)

勇者(……体、拭いといてやるか)

魔王「……ぅ」ピク

勇者(オレも、こんな体が欲しかったな)

魔王「…………」

勇者(しばらく起きそうにねえか)


勇者(そういや、昨日町から帰る途中うまそうな木の実が成ってたな)

勇者(食料は充分あるけど採りに行くか)

勇者(――きれいな青空だな)

勇者(風が気持ち良い。でも、それが心地悪い)

狼「…………」

勇者「最近元気ねえぞお前」

勇者(そりゃ、主人があんなことしてたらげんなりもするか)

勇者「お、見つけた。あの赤いやつだ。よっ、と」

勇者「やっぱ甘くてうまいな。ほら、ガリィ」

狼「……」ムシャムシャ

勇者(あいつにも……)

勇者(…………)

勇者(……なんで、食わせてやろうかななんて思っちまったんだろう)

勇者「あれ、なんか……腹いてえ……」


ガチャリ

勇者「…………」

魔王「ろ……ぜ……?」

勇者「…………」

魔王「ど……ぅした……?」

魔王(あれは……俺の服か)

勇者「……ごめん」

魔王「……何かあったのか?」

勇者「はは、なんでオレの心配なんかしてんだよ。散々な目に遭わされてるくせによ」

魔王「…………」

勇者「……オレ、女だった。お前の言うとおりだった」

勇者「……ごめん」

魔王「……………………」


勇者「……術、解いたから。帰れよ」

魔王「……なあ」

勇者「…………」

魔王「…………」

勇者「……さっさと帰れ」

魔王「……………………」

魔王(何も、言わない方がよさそうだな)

シュン

勇者「…………はあ」


魔王城

執事「ぼっちゃま! 5日間も何処に行っていたのですか!」

魔王「……すまぬ。湯浴みの用意をしてくれ」

執事「仕事がたんまり溜まっております……が、今日はお休みになられた方がよろしいでしょうね」

魔王「…………」

魔王(ローゼ……)


勇者「あー……」

勇者(オレ……メリッサをヤッた連中と同類になっちまったんだな)

勇者(やべ、死にてえって思っちまった)

勇者(何があっても生きるって誓ってんのに)

狼「くぅーん……」

勇者「……最低だ」

勇者(あいつ……大丈夫かな)

勇者(大丈夫なわけねえか。一生のトラウマになるだろ、あんなの)

勇者(もう、オレのところには来ねえだろうな)

勇者「…………」


勇者「ほらガリィ、村が見えてきたぞ」

村の女「! 銀髪の髪……勇者様では?」

勇者「ああそうだよ」

村の女「助けてください! 魔物が近くの洞窟に棲みついているんです! 既に何人か襲われてしまって」

レジスタンスの男「奥さん、我々にお任せください! 勇者に頼んでも新たな厄災を生み出すだけだと言っているでしょう!」

勇者「こんな場所にまで来てるのかよ……はあ」

勇者「こっちだって金がかかってんだ。仕事を奪われるわけにはいかねえな」

レジスタンスの男「金が欲しいならくれてやる。ならば問題はないだろう?」

勇者「……」イラッ

勇者「こっちにだってプライドはあんだよ! んなもんで退くかっつの!」

レジスタンスの男「しかしだな」

勇者「あ、やっぱいいわ。やる気出ねえ。金はいらねえし仕事もくれてやる」

レジスタンスの男「え……?」

勇者「大体お前等なんでこんな場所でまでオレの邪魔すんだよ……故郷の王様倒すのが目的だろ」

レジスタンスの男「ふん。仲間探しのための旅をしているだけだ」

勇者「あっそ……」


宿

勇者(だるい……何もする気になれねえ……)ボフッ

勇者「ガリィ~……」モフリ

狼「……」

勇者(あいつに会いたい。会って、もう一度ちゃんと謝りたい)

勇者(謝ったところで許されるようなことじゃねえけど)

勇者(いいや、今更どんなツラ下げても会えねえよ)

勇者(……自分がやらかしたことをこんなに後悔するなんて、人生で初めてかもしれねえな)

勇者(良い奴だったな、あいつ)

勇者(優しくて、真面目で、そのくせノリも良くて)

勇者(あいつと一緒にいるといつも楽しかった)

勇者(あの日々がずっと昔のことのように思える)

勇者(時間戻してえ……)


翌日

村の女「勇者様!」

勇者「あんだよー……何か用かぁ?」

村の女「レジスタンスの方々が……昨日からまだ村に帰ってこられないんです」

勇者「オレに様子見に行けってかあ?」

村の女「……ごめんなさい。でも……」

村長「他に頼れる人もおりませんで……」

勇者「仕方ねえな……はあ……」


洞窟

レジスタンスの男「――――」

勇者「死んでらこいつら」

勇者「本来の目的を果たす前に余計なことをしてあの世に逝っちまうなんてバッカじゃねえの」

勇者(他にも人間の骨やら残骸やらが転がってるな)

勇者(棲みついた魔物ってのは……)

地竜「ガルルルル……」

勇者(小型のドラゴンか)

子地竜「ピィ、ピィ」

勇者(子育てしてて気が立ってんだな)

勇者「おい、言葉はわかるか」

地竜「ガアアアア!!」

勇者「……駄目か。小型のドラゴンなんてでっかいトカゲと同じようなもんだしな」

勇者「つうか言葉がわかるほどの知能があるなら人間襲ったりしねえか。襲わねえよう魔王に命令されてんだから」

勇者(魔王がいれば……あいつなら魔物と意思の疎通が取れたのにな)

勇者(とはいえ、こいつは既に人間を何人も食ってるんだ。情けをかける必要もねえか)

勇者(害獣は駆除しなくっちゃな)


地竜「――――」

子地竜「ピィ! ピィ!」

勇者「悪いな」グシャ

勇者「……嫌だな、もう」

勇者「もう誰かを殺すのも犯すのもこりごりだ」

勇者(血だらけの手……)

勇者(オレはどれだけの罪で汚れてるんだろうな)

勇者(死んだらきっと地獄行きだ)

勇者(……生きてたってどうせ地獄にいるようなもんなんだ)

勇者(いっそ死んで詫びようか)

狼「――バウワウ!!」

勇者「ん、ごめんな。バカなことはしねえよ」

勇者(死んだところでオレの自己満足でしかねえもんな……)

勇者(あれ……あいつがいないのに、オレってこれから何を目的に旅してりゃいいんだろ……?)





勇者(……空虚だ)




――
――――――
――――――――――――

勇者(惰性で旅を続けて、もう1週間か)

勇者(嫌味かってくらい良い天気だ)

勇者(ピクニック日和だよなあ。弁当なんてねえんだけどさ)

勇者(あいつが弁当持ってきてくれたのは、いつも大体このくらいの時間だったな)

魔王「ふはははは勇者よ! お弁当を持ってきてやったぞ!」

勇者(そうそうこんな感じで……)

勇者「……って、ん?」

魔王「ほら、食え」

勇者「……そうか、オレいつの間にか昼寝してたんだな。嫌な夢だな……」ゴロン

魔王「夢などではないぞ。頬をつねってやろうか」

勇者「…………」

魔王「ローゼ!」

勇者「……ああああああ! なんでいるんだよ!」

魔王「折角何事もなかったように振る舞ってやっているのになんだその態度は!!」


勇者「どんな神経してんだよ! 頭でも打ったんじゃねえのか!?」

魔王「ああ何度も打った! お前に殴られたからな!」

勇者「っ……」

魔王「…………」

勇者「…………」

魔王「…………」

魔王「……俺にはお前が必要なのだ」

勇者「うるせえ帰れ!」

魔王「昼飯は要らぬのか!?」

勇者「あー、うー……」

勇者「はあ…………」

勇者「…………帰れ……帰れよお……」ポロポロ

魔王「……お前が最も嫌がることを言ってしまって、すまなかった」

勇者(それじゃまるでオレが被害者みてえじゃねえか、馬鹿)

つづく

すみません、近い内に更新します


Episode 14


勇者(鼻詰まって味わかんねえ)ガツガツ

魔王「俺は、お前と一緒にお弁当を食べるのが好きだ」

魔王「城で一人で食事をしても味気なくてな」

勇者「…………」ガツガツ

魔王「お前は心底美味そうに食べてくれるから、持ってきた甲斐がある」

勇者「…………」ガツ

勇者「…………」

勇者「……なあ」

魔王「食べ終わって早速悪いのだが、話がある」

勇者「っ」

魔王「レジスタンスのパトロンが、魔族から支援を受けていることがわかった」

魔王「潰すぞ」

勇者「!」

勇者「地獄を見せてやる」


魔王「少しでも早く解決したいからな。魔術で飛ぶぞ」

大きな屋敷

シュン

魔王「ここだ」

パトロンの男「な、なんだお前達は!」

勇者「覚悟しろよな」バキボキ

パトロンの男「け、警備員! すぐに来い!」

勇者「静かにしとけ、な?」シャキン

パトロンの男「くっ」


魔王「お前が魔族と取引をしていることは知っている」

魔王「ありのままを話してもらおうか」

パトロンの男「なんの話だ!」

魔王「これを見ても白を切られるか?」

パトロンの男「なんだその胡散臭い水晶玉は――!?」

――

蜥蜴男『これが約束の金だ』

パトロンの男『ふふ、ありがとうございます』

蜥蜴男『貴様の働きには感謝しているぞ。これからも勇者の行く手を阻め』

パトロンの男『はい!』

蜥蜴男『魔炎帝カルブンクルス様が支配する世となっても、貴様の命と地位の保証だけはしてやるからな』

――

勇者「映像映せるとか便利だな」

魔王「こっそり忍び込ませた部下に撮影させたのだ」

パトロンの男「ぬうううう!!」


パトロンの男「仕方がないだろう! 魔王より更に強い者が人間を滅ぼそうとしているのだ!」

パトロンの男「気に入られて生き残る道を選んで何が悪い!?」

魔王「利用されるだけ利用されて捨てられるだけだぞ」

魔王「あの男は他者など道具としか思っておらぬ」

パトロンの男「うぐう……」

魔王「魔族との取引をやめ、レジスタンスに正しい情報を与えるのならば、お前の身の安全は保障してやろう」

パトロンの男「信用できるものか! カルブンクルス様より強い者などこの世にはおらぬのだぞ!?」

パトロンの男「魔王でさえもカルブンクルス様には遠く及ばないというではないか!」

魔王「うっ」

勇者「そこでダメージ受けるなよ」


魔王「だが部下の強さに関してはこちらが上回っている」

パトロンの男「…………」

魔王「いざとなればこの勇者がお前を助けに現れよう」

勇者「おいオレそんな話聞いてねえぞ」

シュンッ

蜥蜴男「ほう……魔王様自らこんな所に出向かれるとは」

パトロンの男「ま、魔王だったのか!? 魔族のコスプレをしている人間かと思ったぞ」

魔王「……」

蜥蜴男「あの者達の言葉には耳を貸すな。お前を良いように利用することしか考えていないのだからな」

魔王「お前の方こそそうだろう」


パトロンの男「お前のような貧弱そうな魔王の言うことなど聞くものか!」

魔王「そうか。残念だ」

勇者「なあ、いい加減あいつらぶった切っていいか?」

魔王「まあ待て。ここで彼奴等を殺めたところで、こちらの立場が悪くなるだけだ」

勇者「えーーーーーー」

魔王「…………」ボソリ

勇者(ん? 今術名唱えたか?)

蜥蜴男「退け、弱き魔王よ。……ふん、大人しくカルブンクルス様に王位を譲ればいいものを」

魔王「そちらが有利だと思っているのならば、それは間違いだぞ」

蜥蜴男「戯言を」

パトロンの男「寝言は寝て言え!」

蜥蜴男「この場で討ち滅ぼしてくれる!」

魔王「舐められたものだな」

勇者「正当防衛はしていいよな? な?」

魔王「いいぞ」


蜥蜴男「我が鞭からは逃れられんぞ!」ビュンッ

勇者「当たるかよ!」

ビュインッ

勇者「っ――!?」

魔王「気をつけろ! その鞭はただの鞭ではない!」

勇者「物理的にありえねえ動きをしてやがる!」

魔王「おそらく、魔力によって自在に操ることができるのであろう」

蜥蜴男「その通りだ」

蜥蜴男「ついでによく貼りつくぞ!」ビュン グルグル

勇者「うおっ!」

勇者「うっわなんかやらしく吸い付いてきやがる!」グニグニ

魔王「な、なんてことを」

勇者「お前には刺激が強すぎたな! うっかり勃起すんなよ! はは!」

魔王「せぬわ!!」

蜥蜴男「よく笑っていられるものだな! このまま絞め殺してくれる!」

勇者「いや風魔法ですぐ切れるしこんなの」スパスパ

蜥蜴男「なっ……!」


蜥蜴男「こうなったら――我が真の力を」

バン!

召使い「大変ですご主人! 町の住民や武装した変な連中からの問い合わせが殺到しています!」

パトロンの男「ど、どうしたというのだ」

召使い「ご主人が魔族と繋がっているとかなんとか……ひっ! 魔族!」

パトロンの男「なんだとぉ!?!?」

魔王「俺は確かに歴代の魔王に比べれば貧弱だがな」

魔王「小手先の技術に関してだけは引きを取らぬ」

蜥蜴男「何をした!?」

魔王「今までのやり取りを町中のあちらこちらに投影しているのだ」

パトロンの男「な、なんということを!!」

魔王「レジスタンスの者達は思い込みが激しく行動が過激だが、それだけ正義感も強い」

魔王「自分達が魔族に利用されていたと知れば……結果は見えているな」

ドンドンドンドンドン!

レジスタンス1「おいどういうことだ! 魔王より強い奴が人間を滅ぼそうとしてるなんて!」

レジスタンス2「俺達を騙していたのか!」

魔王「お前はもう終わりだ」

パトロンの男「よくも……よくも……!」


蜥蜴男「……最早貴様に利用価値はないな」

蜥蜴男「契約は解消させてもらう」

パトロンの男「そんな……! 見捨てないでください!」

蜥蜴男「ふん」

シュンッ

勇者「あっ逃げやがった」

魔王「聞け、レジスンタンスよ!」

魔王「お前達は利用されていたのだ!」

魔王「この男に直接確かめてみるがいい!」

パトロンの男「うわあああああ!!!!」






魔王「これでもう妨害に遭うこともないだろう」

勇者「暴れ足りねえー」

勇者「直接ボコってやりたかったってのに」

シュン

蜥蜴男「計画を邪魔された報復をさせてもらおう」

勇者「おっ丁度良かった。戦い足りなかったんだ」バキボキ

蜥蜴男「我が真の力を見せてやろう――!」

メキメキメキ

魔王「油断するでないぞローゼ。奴は火の五虎大将ゼストスの直属の部下」

魔王「一筋縄では倒せぬ」

蜥蜴男→恐竜男「ギャォォオオオオ!!」

勇者「なんだこれ、恐竜ってやつか?」

魔王「口からは火を噴き、爪はあらゆる物を切り裂き、鱗はどんな攻撃でも貫けぬ」

魔王「……というのが自慢の種族だ」

勇者「じゃあ自分の爪で自分の鱗攻撃したらどうなるんだよ」

魔王「矛盾しているな」

恐竜男「黙れ! 焼き尽くしてくれる!」


勇者「体がでけえってことはつまり的がでけえってことだ!」

勇者「水射出砲《アクアジェット》!」

恐竜男「効かぬわ!」

勇者「うっわマジかよ」

魔王「奴はリザードマン随一の戦士。水、地、風の五虎大将以上の実力者だ」

勇者「なら剣でたたっきってやる!」

ガキイィィン

勇者「嘘だろ加護の力込めてんだぞ」

魔王「鱗の表面を魔力で強化しているようだな……この者だけの力ではない」

魔王「その首の石、カルブンクルスの力が籠められているな」

恐竜男「その通りだ! ふはははは!」

勇者(鱗はかてえし、だからといって目や口を狙えば炎を食らっちまう)

勇者(何処か脆そうなところ……ああ、あるじゃねえか)


勇者「わかったぜ! てめえの倒し方!」

恐竜男「ほう?」

シュンッ

恐竜男「っ消えただと!?」

魔王(ほう。風の加護の力を使い、一瞬で奴の後方に回ったのか)

勇者「流石にここは脆いはずだよなあ!」グリグリグリ

恐竜男「うぐおおおおお!!」

魔王「し、尻の穴を攻撃しただと……しかもそこらへんに転がっていた枯れ木で……」

勇者「ほおーらぐーりぐーり!」

恐竜男「や゛め゛ろ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」

魔王「ひどい」

魔王「……ひどい」


勇者「今晩は久々にトカゲ料理だな」ジュー

魔王(……敵ながらあまりにも哀れだ)

勇者「お前も食うか?」

魔王「いや、遠慮しておこう……」

勇者「スラムじゃ肉は貴重だったからよ、よくトカゲやカエルを捕まえて食ってたんだ」

魔王「……大変だったな」

魔王「本当に魔族の肉を食らうのなら、くれぐれも生の血は口に含まぬようにな」

勇者「そういやお前の兄ちゃんの名前なんだっけ」

魔王「カルブンクルスだ」

勇者「覚えらんねえ」

魔王「カーバンクル、の方が人間には馴染みのある発音かもしれぬな」

勇者「オレの中でお前の兄ちゃんのイメージが間抜け面のウサギになっちまったんだが」

魔王「カーくんと呼べば面白いほど怒るぞ」

勇者「ははっそりゃ楽しみだな」

魔王「今日はよく戦ってくれた。俺はそろそろ城に戻る」

勇者「そうか」

シュン

勇者(あ……謝り損ねた)

勇者(……いつの間にか、すっかり元通りに喋れるようになっちまったな)

勇者「…………」


数時間後

魔王「……なあ」

勇者「また来たのか。……どうしたんだよ」

魔王「その……」

勇者(……様子がおかしい)

魔王「…………」

勇者「…………」

魔王「……抱いてくれ」

勇者「はあ!?」


魔王「この一週間、ずっと耐えていたのだが……今日お前と会って我慢できなくなった」

勇者「いやでもお前……」

魔王「もう、もう……俺は……」

勇者「……オレに犯されるの、嫌じゃなかったのかよ」

魔王「ショックだったし……すごく驚いたが……」

魔王「……体の方は満更でもなかった」

勇者「は……この変態!」

魔王「お前が俺をこんな体にしたのだろう!?」

勇者「そりゃそうだけど……」

勇者「……すごく、悪いことをしたと思ってる」

魔王「ならば、どうか願いを聞いてくれ」

魔王「毎晩、体が火照って眠れないのだ」

勇者「……わかったよ」

勇者(オレはもう、こいつの情けない顔なんて、見たくないのに)


――
――――――――

勇者(あれ以来、昼間は以前と同じように馬鹿をやって、)

勇者(夜には体を重ねる、歪な関係が続くことになった)

勇者(……あんなことをした手前、あいつのことが好きだなんて虫の良いことは言えねえし)

勇者(あいつも、オレに気持ち悪がられるのを恐れてか、態度には出すものの言葉にはしてこない)

勇者(いつまでこんな日々が続くんだろうか)

続く
次回は温泉回です


Episode 15


勇者(炎の神殿くっそ遠いな……)

勇者(山は見えてんのに進んでも進んでも近づいてる気がしねえ)

勇者(風の加護の力で移動速度を上げようにも、流石に森の中じゃ危なっかしくてできねえし)

勇者「なあ魔王ー瞬間転移……」

魔王「駄目だ」

勇者「チッ」

勇者「今日はあそこの村で休むか、ガリィ」

狼「わん!」



勇者「……小さい村だってのに、えらい和気藹々としてんな」

元気な村人「おお、旅のお方! 是非この村の温泉に浸かっていきなされ!」

勇者「温泉? そりゃいいや」

勇者「この頃夜にちゃんと休めなくて疲れてんだ」

魔王「悪かったな……」


カポーン

勇者「良い湯だなー……」

魔王「ここは秘湯の村として密かに人気があるそうだな」

勇者「そりゃこんだけ良い湯が沸くんだからな」

魔王「……ここは男湯のはずなのだが」

勇者「ちんこあんのに女湯入れってのかよ」

魔王「そ、それもそうだが」

魔王「……視線は気にならぬのか?」

勇者「じろじろ見てくる奴にはガン飛ばしときゃもう見てこなくなるぞ」

魔王「そ、そうか……」

勇者「にしてもちんこと金玉がチクチクすんな」

魔王「湯に含まれる炭酸によるものだろう」

勇者「あ、そこの看板に説明書いてあんな」

勇者「この刺激に慣れりゃあ射精のコントロールも自由自在だとよ」

魔王「…………」


ガラ悪男「おいおいそこのねーちゃん達」

勇者「あ?」

魔王「……俺達のことか?」

ガラ悪男「なんだ、黒髪の方は男かよ。髪の毛長いから女かと思っちまった」

勇者「間違えられてやんのー」ケラケラケラ

魔王「…………」

ガラ悪男「そっちは女だろ? いけないな~男湯に入ってきちゃ」

ガラ悪男「欲求不満なのかな? ん?」

勇者「よく見ろ! ちゃんと生えてんだぜ!」

魔王「他人に見せつけるな!」ササッ

ガラ悪男「た、確かに……でもおっぱいあんじゃねえか」

勇者「うるせえほっとけ!」

ガラ悪男「うーんやっぱり男にしては顔が可愛すぎるかな~」

勇者「あ゛!? もっかいちんこ見せてやろうか!?」

魔王「だから見せるな!」ザバッ

ガラ悪男「うわっ……でかっ……」

勇者「こいつここだけは立派なんだよ」

魔王「見るな!!」


魔王「折角ぽかぽかしていたというのに……ヒヤヒヤさせられてしまった」

勇者「お前いちいち大袈裟なんだよ」

魔王「あのな……俺がどれだけお前のことを心配していると思って……」

勇者「うわっ、見ろよこのアメジストの原石。でっけえな」

魔王「鉱物の多くは熱水から析出するからな。この土地では鉱物資源が豊富なのだろう」

魔王「温泉もある意味では鉱物資源だ。湯に含まれる鉱物が治癒の力を生み出している」

勇者「詳しいなーお前」

魔王「どうやら、この近辺には他にも様々な温泉があるようだな」

勇者「オレにもそのパンフレット見せろ」

魔王「この山奥の湯に入れば魔力容量の増幅が期待できる」

勇者「明日行こうぜ」

魔王「ただし、瞬間転移や飛行生物の利用によって辿り着いても、温泉の精霊によって湯に入ることを阻まれるそうだ」

勇者「えー自分の足で行かなきゃなんねえのかよ」

魔王「強さを得るには、相応しい強さが必要というわけだな」




勇者「あー食った食った。寝るか」

魔王「……なあ」

勇者「ヤる気満々かよ仕方ねえな」ギシ

魔王「っローゼ……ふ、くっ……」

勇者「あーなんか今日いつもより頑張れそう」

魔王「湯に浸かったことにより血行が良くなり、男性機能が向上したのだろう。ん……」

勇者「なんかお前のも普段より膨張してね?」

勇者「ムカつくからシゴいてやんねー」

魔王「そんな……うう……」ゾクゾク

勇者(やっぱこいつマゾっ気あるよな)





勇者「……ふう」

魔王「はあっ、はあっ……」

勇者「満足したかよ」

魔王「……ああ」

勇者「…………」

魔王「ローゼ、俺は……お前の隣にいられるのなら、女役で構わない」

勇者「……そうか」

魔王「……」ギュ

勇者(繋げられた手が熱い)

勇者(でも、心を言葉で繋げることはできない)

勇者(こいつに八つ当たりなんてしなければ……)

魔王「ローゼ……」ウトウト

勇者「…………」


翌朝

魔王「ううっ腰が……」

魔王(ローゼのもつ加護の力の影響だろう。節々の痛みがなかなか治らぬ……)

薬売り「ああっ、そのふらつき方は正に……」

薬売り「ちょっとそこのおにーさん!」

魔王「なんだ」ビクッ

薬売り「おにーさん、昨晩ネコちゃんやってたでしょ」ボソリ

魔王「なっ……何の話だ」

薬売り「俺わかっちゃうんだよ~ネコちゃん特有のふらつき方」

薬売り「かくいう俺もね、お嫁さんの趣味で毎晩ネコちゃんさせられまくりでさ」

薬売り「これあげる! 俺特製の薬!」

薬売り「穴の中も含めて痛い部位にうすーく塗ったらよく効くから!」

魔王「し、しかし」

薬売り「いいのいいのお代なんて! 初回限定サービス! じゃ!」

魔王(なんだったんだ……)


勇者「おい、誰と喋ってたんだ」

魔王「頭から枝を生やした奇妙な男と……」

勇者「頭から枝?」

魔王「側頭部からこう、頭に巻き付くような形状で……」

勇者「人間じゃねえだろそれ」

魔王「魔族でもなかったな……」

勇者「意味わかんねえ」

魔王「……なあ、この薬を塗ってくれないか」

勇者「いいけどよ……」





勇者「登山つれえよ」

魔王「ふんばれ」

勇者「おんぶ」

魔王「お前の方が体力あるのを忘れてないか」

勇者「なんかお前昨晩散々ヒーヒー言ってたわりに元気じゃねえか」

魔王(薬のおかげか体が軽い)

勇者「ちくしょー」

魔王「ガリィだって自力で頑張ってるんだぞ」

勇者「うっせ」

狼「へっへっ」

ウワアアアアアアアアアアアアアアア

勇者「なんだ今の声」

魔王「行ってみるか」


薬売り「あああああ旅行用の体が壊れちゃうううううううう!!」

薬売り嫁「きゃああああエリウスさん!!」

勇者「イソギンチャクみてえなのが男を襲ってるぞ」

魔王「あれは水辺に住まう触手型の魔物だな」

魔王「哺乳類のオスを捕らえ、精を搾り取って自身の卵と受精させた後、捕らえたオスの腸内に卵を産みつけることで繁殖する」

勇者「だから女の方は襲われてねえのか」

魔王「あの男は今朝の……早く助けなけrうおっ」シュルッ ズルズルズルズル

魔王「ははははは放せ!!!!」

魔王「服の中に入ってくるな!!!!」

勇者「…………」

勇者「……なんでオレは襲われねえんだよ」

魔王「それは……」

勇者「どうせ種無しだよちくしょうブッ殺してやる!!!!!」


薬売り「いやー助かったよ」

薬売り嫁「このご恩は忘れません」

魔王「ぜー……ぜー……」

勇者「なんで頭から枝生やしてんだ」

薬売り「これ? 本体」

勇者「は?」

魔王「深く気にするな。……恐らく異界の神仏の類だ」ボソボソ

勇者「はぁ?」

薬売り「ねねねお兄さん、さっきの薬よく効いてるでしょ」

魔王「…………」

勇者「じゃあオレ達行くから」

薬売り「あああちょっと待って! 行く方向同じなら同行させて! お礼はするから!」

勇者「別にいいけどよ」

薬売り「昼飯作るよ」

薬売り嫁「彼が作る料理はとてもおいしいんですよ」

勇者「メシ……」ジュルリ




薬売り「ほらどうだ」

勇者「うわっやべえ」ガツガツ

魔王「……うちの城で雇いたいくらいの腕前だな」

狼「♪」ガツガツ

薬売り「デザートはフキノトウアイスな」

勇者「前食ったフキノトウのソフトクリームと同じような味だな」

魔王「情熱の町だったな」

薬売り「ああ、それ俺が店主にレシピ教えたんだよ」

薬売り嫁「それにしても……」

スライム「…………」ウニョウニョ

触手「…………」クネクネ

薬売り嫁「いやらしい魔物が多くて困りますね」

魔王「この辺りは温泉に浸かって無防備になる人間や動物が多いため、生息数が多いのだろう」

薬売り嫁「気をつけてくださいね、あなたは犯され体質なんですから」

薬売り「うん……」


勇者「お前らはどんな温泉目当てで来たんだ」

薬売り「それはそのぉ……」

薬売り嫁「一晩中元気でいられるようになる湯があると聞いたものですから♪」

薬売り「やだもー恥ずかしいー!」

勇者「…………」

魔王「……俺達が目指している温泉のすぐ隣のようだな」

ズゴゴゴゴゴゴゴ

勇者「なんだこの音」

魔王「!」

魔王「まずいな。まさかこんな所に生息しているとは……」

勇者「うっわ、でっけースライム」

魔王「男女構わず犯し尽くし繁殖のための道具とする魔物だ」

魔王「薄い本ではよく登場するのだが、実際に見るのは初めてだな」

魔王「無数の触手を伸ばして得物を捕らえる他、体の一部を球状に飛ばすことでも得物を追いかける」


魔王(この俺がいても近寄ってくるとは、余程餓えているのかそれとも生殖本能しか残っておらぬのか)

勇者「来るぞ!」

魔王「あの球に呑まれるでないぞ!」

勇者「くそっ、攻撃全然効かねえ」

魔王「何処かに核があるはずだ!」

シュルルッ

薬売り「いやーん!!」

薬売り嫁「六花の守護風《アドバーススノーストーム》!」

カチコチ

勇者「あ、凍らせればいいのか」

シュルッ

狼「――!」

勇者「ガリィ!!」バッ

勇者(やべっ捕まった)

魔王「ローゼ!」

巨大スライム「……」触手ウネウネ

勇者「うおああああ! やめろ! やめっんぐううう!」

勇者(動けねえ! 魔術を使おうにも集中が)

狼「バウワウ!! バウ!!」


勇者「変なとこっ触んなっ! あっ」ビクウッ

勇者「動きがやらしいんだよちくしょおおおおお!」ジタバタ

勇者「えっちょっ、そこ駄目だろ! 這入ってくんな!」

魔王「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

魔王「――絶対零度《アブソリュート・ゼロ》!」

巨大スライム「キシャアアアアアアアアアア!!」

カチコチバキゴキ

薬売り「すげー、9割方凍った」

魔王「大丈夫か!?」

勇者「……なんとか」

勇者(危うくモンスター相手に非処女にされるところだった……)

魔王「核は逃げたか……まあ当分人を襲うことはできまい」


狼「くぅーん……」

勇者「落ち込まなくていいからな」

狼「…………」トボトボ

魔王「己の力不足を嘆いているようだな」

勇者「おー、温泉が見えてきたぞ」

魔王「精霊の力で魔物は寄ってこないようだが……一応結界を張っておくか」

勇者「おっしゃー」ヌギヌギ

魔王「ちょっと待て人の目を気にしろそしてこれを着ろ!」

勇者「水着なんていつの間に用意してたんだよ」

勇者「女物……まあいいか……どうせオレは女だしよ……」

魔王「そう拗ねるな……」


薬売り「湯に浸かりながら飲むフキノトウ酒は格別だな」

薬売り嫁「おかわり、注ぎますよ」

勇者「なあ、そっちの温泉効果ありそうかー?」

薬売り「なんかめっちゃ頑張れそうー!」

勇者「後であっちにも入りに行くか。この頃体力の消費量が増えて参ってたしよ」

魔王「……悪かったな」

勇者「ガリィにもかけ湯してやるからな」ジャバア

狼「♪」

狼「……!!」

狼「ワオオオォォォォォン!!」

ボォォォォォ!!

勇者「……なあ、今ガリィが口から突風を噴いたんだが」

魔王「湯がどう作用したのか、魔術を扱えるようになったようだな」

魔王「今のは魔狼がよく使う技だ」

勇者「よかったなガリィ!」

狼「♪」


薬売り「ねねね、お二人さんは付き合ってるの?」

勇者「ちげえよ」

魔王「即答されると傷つくんだが」

薬売り「ふうん?」

薬売り嫁「あんまり若者をからかっちゃ駄目ですよ」

勇者(そっちもどう見ても若者じゃねえか)

薬売り「そういや、まだちゃんと名乗ってなかったな」

薬売り「俺はエル=イウス。旅の薬売りだ。こっちはお嫁さんのスファエラ」

薬売り嫁「ふふ」ニコニコ

勇者「そういやお前名前何だっけ」

魔王「……グランだ」

勇者「オレは……男だったら、ローゼライト。女だったら、ローゼマリア」

勇者「結局オレの性別は女らしいから、ローゼマリアだ」

薬売り「ローズマリーっぽい響きだな」

勇者「親がもじったらしい」


薬売り「ローズマリー――Rosmarinus(ロス・マリヌス)。海の滴」

薬売り「花言葉は『変わらぬ愛』そして『あなたは私を蘇らせる』。ロマンチックな名前だ」

薬売り「ちなみにバラや聖母マリアとは何も関係がない」

勇者「ふーん」

薬売り「結局……ってことは、性別に関して色々あったの?」

薬売り「つっても普通の女の子よりも水着がもっこりしてるのさっき見えちゃったんだけどね」

勇者「わかってんなら訊くなよ」

勇者「……どうせお前も好奇の目でオレを見てんだろ」

薬売り「そんなことないけど」

勇者「じゃあなんだ? 同情でもするつもりか? 冗談じゃねえ」

勇者「憐れまれるのも迫害されるのももう二度とごめんだ」

勇者「……こんな体じゃ、まともな人生送れねえことくらいわかってるけどよ」

薬売り「え、俺の妹両性具有だったけど普通に結婚して普通に幸せになってたよ」

勇者「は?」


薬売り「しかもきょうだいの中で一番長生きした。毎日楽しそうだったな」

薬売り「もう五千年も前になるのか。懐かしいな……」

薬売り「この世界のことじゃないからあんまり参考にならないかもしれないけどさ」

勇者「……?」

薬売り嫁「エリウスさん、話についていけていらっしゃらないようですよ」

薬売り「あ、いっけね」

薬売り「まあとにかく、そんなに自分の体のことコンプレックスに思わなくていいんだよ」

勇者「…………」

薬売り「理解があって、傍にいてくれる相手がいるなら猶更だ」





勇者「今夜はここで野宿か」

魔王「テントを張るぞ」

勇者「えらく準備が良いなお前」

薬売り嫁「エリウスさん、私達はあちらへ」

薬売り(何時間青姦することになるだろう)

魔王「なあ、ローゼ」

魔王「俺は、お前の体の性別がどうであれ、心の性別がどうであれ……」

勇者「……」zzz

魔王「あのな」

勇者(……そんな言葉、まともに聞けるかっつの)

勇者(こいつがオレのことを許してても、オレはまだ自分ことを許せてねえんだ)

勇者(そもそもこいつ攫われたお姫様のことを愛してるっつってたじゃねえか!)

勇者(どうせ、どうせオレなんて……)

魔王「寝るふりをするな。ほら、星が綺麗だぞ」

勇者「ん……」


勇者「……ムラムラしてきた」

魔王「……俺もだ」

勇者「ヤるかあ、一晩中」

勇者(いつもより、少しだけ心が軽い)

魔王(それにしても、この地は淫の気に満ちているな)

魔王(淫魔が好む土地が各地に存在すると聞いたことがあるが、ここはその1つかもしれぬ)






――魔王様――

魔王(この声は……)

――聞こえる? 魔王様……――

魔王(何処かで聞いた声だ)

――ふふ。ふふふふふ!――

つづく

更新滞っててすみません、更新の意思はあります
もう少々お待ちください
世界は前作とは別です(エリウス君夫婦は暇を持て余して異世界旅行してるだけ


Episode 16


魔王「……調べねばならないことができた」

勇者「なんだよそれ」

魔王「確証を得たら話そう。俺は城に戻る」

勇者「……そうか」



炎の神殿

勇者(あいつは神妙な顔をして家に帰った。それ以来姿を見せねえ)

勇者(よってオレは1人で炎の神殿を攻略しなければならない)

勇者(……心許ないって正直思っちまうけど、本当は魔王の力なんて借りずにこなさきゃいけねえんだもんな)

勇者(こんなことなら仲間を……いや、ガリィとあいつ以外の仲間がいたって煩わしいだけか)


勇者(モンスターはいるが、上級魔族の気配が全くねえ。不気味なくれえだ)

勇者(水の加護のおかげですいすい進むな。暑さも術で軽減できる)

勇者(……と思ったら謎解きだ)

勇者(ああーちくしょーこんなもん力でぶっ飛ばしてえー!!)

勇者(灯台が8つ並んでいる)

勇者(火を付けたら、たくさんあるブロックの内特定のものが連動して動く仕組みみてえだ)

勇者(んで、最終的にあそこにあるスイッチをブロックで押せと)

勇者(こういうのあいつ得意なのにな……なんとか自力でやるか)



一時間後

勇者(やっと解けた。疲れた……)


炎の大精霊「この我を打ち倒してみよ!」

勇者(めっちゃメラメラ燃えてやがる)

勇者(水の加護があるからって油断したら負けちまうな)

勇者「渦巻く波《ファーリング・ウェイブス》!」

炎の大精霊「この手程度の水では我を倒すことなど不可能!」

勇者「くそっ」

炎の大精霊「こちらからもいくぞ!」

勇者(でかいのが来る!)

勇者「大地の壁《アース・ウォール》!」

ピシピシ

勇者(嘘だろ……気を抜けば壁が破られる!)


勇者(火力が強すぎて水が大して効かねえ)

勇者(地属性の攻撃をしても強力すぎる炎に焼かれて威力が大幅に落ちるだろう。風は余計炎を大きくしかねない)

勇者(ちくしょう、どうすれば……)

勇者(炎の大精霊はパッと見た感じパワー型だからこっちもパワーで押せたらと思ったが、こっちの火力が足りなすぎる)

炎の大精霊「どうした。どうやら今度の勇者は知恵が足りぬようだな」

勇者(知恵……)

勇者(そういや、この部屋、妙に風通しがいいな。たくさんの穴から風が吹き込んでいる)

勇者(多分、精霊自身の力だけじゃなく、空気を使って炎を燃やしてるのかもしれねえな)

勇者(……よし)

勇者「四散する風《ディスパース》!」

ビュオオオオオオオオ!


炎の大精霊「ほう?」

勇者「てめえの周囲から可燃性ガスを取り除いた! 思った通り火力が弱まったな!」

勇者「いくぜ! 激流の滝《カタラクト》!」

ドオオオオオオオオオン!!

炎の大精霊「うぐあああああ!!」

勇者「うおう、小さくなったな」

炎の大精霊「げほっげほっ、まあ及第点といったところか」

炎の大精霊「もう少しじわじわ責めてほしかったのだが」

勇者「さてはお前マゾだろ」

炎の大精霊「汝に炎の加護を授けよう」

勇者(これで加護は4つ。残すは光の加護のみ……)

炎の大精霊「この力で敵をじわじわ嬲り殺しにするのだぞ」

勇者「神聖な大精霊様とは思えねえセリフだな」


炎の神殿前

勇者「……マジで魔族の妨害入らなかったな」

勇者(こんなにあっさり終わっていいのか……?)

狼「ワンワン!」

勇者「よしよしガリィ、しっかり獲物捕まえてくれていたんだな」

勇者「元々炎の魔術は使えっけど、せっかくだし炎の加護の力で調理してみるか」

ジュウゥゥゥゥゥ

勇者「おー、いつもより火の色が綺麗だ」

狼「へっへっへっへっ」

勇者「そろそろいいな。ほら、食え」

狼「♪」ガツガツガツ

勇者「うめー」


魔王「おい、ローゼ!」

勇者「久しぶり……つっても数日ぶりか。お前も肉食うか?」

魔王「それよりこの新聞を見ろ!」

勇者「あ? ……!」

魔王「お前のいたスラムが国王によって焼かれることになった」

勇者「…………」

勇者(犯罪者の巣窟となり、城下町の住民の不安を煽っているため……か)

勇者(そうか、オレが旅立ったからあくどい連中を止められる奴がいなくなっちまったんだ)

勇者(しかも、城下町への抜け穴が多数作られ、実際に城下町に被害も出ている……と書かれてやがる)


魔王「嫌なことが多かっただろうが、大切な者との思い出もあるだろう。止めたくはないか」

勇者(メリッサ……)

勇者「……国王の奴、自分勝手な理由で罪のない人間を大勢スラムに放り込んでおいて」

勇者「今度はそのスラムを潰すだと……?」

勇者「しかも、決行の日今日じゃねえか!」

魔王「すぐに向かうぞ」

勇者「ああ」

ヒュン


城下町付近

魔王「城下町とスラムを直接繋ぐ道は細く、軍を率いて進むには適さない」

魔王「そのため、長らく閉ざされている平原側の門を使うらしい」

勇者「攻め入られる前に軍をぶっ潰してえところだが、ただ潰すだけじゃスラムの治安は悪いままだ」

勇者「どうにか交渉を持ちかけて約束取り決めさせねえと」

魔王「軍隊が見えてきたな。……先頭にいるのは国王か」

勇者「詳しくは知らねえけど、昔から自ら先陣を切ることで有名だったらしいな」

勇者「つっても、ここ数十年は城に引きこもってたはずだ。何考えてやがる……」


勇者「王様自ら出向くなんていい度胸してるじゃねえか!」ザッ

国王「勇者ローゼ、何故ここにおるのだ。怖気づいて逃げ帰ってきたのか?」

勇者「てめえがスラムの人間を殲滅するって聞いて飛んできてやったんだよ!」

国王「ほう? ……そちらのローブの男は、もしや魔王ではあるまいな」

勇者「あ? だったらなんだよ」

国王「討伐対象と徒党を組んでいるという噂は真だったようだな」

国王「お前を勇者として送り出したのは間違いであった。愚か者め」

勇者「うるせえ! 大体なんで老いぼれたお前がわざわざ先頭に立ってんだよ!」

国王「国の平和を脅かす愚民共をこの手で征伐してやりたくなってな」

勇者「人間ぶった切って憂さ晴らししてえだけじゃねえのかよ」

勇者「スラムを焼いたら世界救ってやんねーからな!」

国王「ふん、お前のような堕ちた勇者に頼ろうとした我等が間違っていたようだ」

勇者「チッ……」

魔王「そう喧嘩腰になるな」


魔王「…………」

大将「そこの男、フードを外せ」

魔王「……失礼をしたな」

大将「やはり魔ぞ…………っ!?」

国王「なっ……」

中将「あれではまるで……」

勇者「ん?」

勇者(老人共が魔王を見てざわついてやがる)


国王「お前は……お前は、真に魔王か?」

魔王「ああ」

国王「……いつから魔王になった」

魔王「1年前だ」

国王「……齢はいくつだ」

魔王「……17だ」

国王「…………」

国王「おのれ……おのれ……!!」

勇者「お、おい、顔真っ青にしてブルブル震え出したぞ」

魔王「…………」


大将「陛下……」

国王「…………」

国王「……シルヴィアはどうなった」

魔王「……7年前に亡くなった」

国王「…………」

魔王「彼女は病にかかり、命が尽きるのなら王家の墓に入りたいと呟いていた」

シュン

魔王「これは彼女の棺だ」

国王「お……お……」

大将「陛下、騙されてはなりませぬ! 魔族などを信じては」

ギィ……

魔王「……術で、生前の姿を保ってある」

国王「……これは、確かに我が娘だ」

勇者(こっからじゃ見えねえな)


国王「躯となって帰ってくるなど……このようなことがあってたまるものか……」

国王「先代の魔王はどこにいる」

魔王「昨年、崩御した」

国王「…………」

国王「もう……あれほど憎んだ相手は……この世にはおらぬと……」

魔王「もう1つ、返さねばならないものがある」

勇者「お、おい、それ聖銀の鏡じゃねえか」

勇者「今返しちまっていいのかよ。スラムなんかのためじゃなくて、他に使いどころあんだろ」

魔王「……これでいい」

国王「…………」

国王「お前の目的はなんだ」

魔王「あなたに、元のような名君に戻ってほしい」


魔王「彼女はずっと、良き王であるあなたのことを慕っていた」

魔王「今のあなたを見て、きっとあの世で涙を流しているだろう」

国王「…………」

魔王「罪もなくスラムに追いやられた民の解放と、スラムの治安の改善を頼みたい」

国王「……そうか、そうだな……」

大将「国王陛下」

国王「シルヴィア……私は……」

国王「…………」


国王「……若き魔王よ。もう1つ、問いに答えよ」

国王「我が娘は……お前を愛していたか?」

魔王「……深く、愛してくれた」

国王「……そうか」

勇者(やべえ、話の流れが全然読めねえ)

勇者(なんでそんなこと聞いたんだ)

勇者(つか、両想いだったのかよ)

国王「……城に戻るぞ」

大将「……よろしいのですね」

国王「…………うむ」


魔王「……ふう。なんとかなったな」

勇者「なあ……」

魔王「なんだ」

勇者「オレ要らなかったんじゃないか?」

魔王「俺一人では流石に心細いだろうが」

勇者「魔王様の台詞かよそれ」

魔王「それに俺は歴代最弱クラスの魔王だからな」

魔王「お前無しでは人間に攻撃され、最悪の場合封印の術をかけられていた可能性もある」

魔王「俺にはお前が必要だったのだ」

勇者「そ、そうかよ……」

勇者「…………」

勇者「……スラムのこと、ありがとな」

魔王「俺は俺のやりたいことをやっただけだ」


勇者(そういや、なんで老人共はこいつの顔を見てざわざわしてたんだ?)

勇者(人間みてえな見た目だから……ってだけじゃなさそうだったが)

勇者「……あー!!」

魔王「なんだ」ビクッ

勇者「思い出した。お前に似てる昔新聞で見た絵、あれ若い頃の王様の版画だ」

勇者「だから若い頃の王様を知ってる老人達はお前を見てびっくりしてたんだな」

魔王「……そういうことになるな」

魔王「ところでローゼ、唐突ですまないのだが」

勇者「なんだよ」


魔王「戦いが厳しくなる前に、はっきり気持ちを伝えておこうと思う」

魔王「俺は、お前が好きだ。だから……」

勇者「あ、うー……」

勇者「だ、大体お前、お姫様のこと好きだっただろ!」

勇者「さっきだってあんなに切なそうに喋ってたしよ!」

魔王「ちょ、ちょっと待て」

魔王「若かりし日の国王と俺が瓜二つであることには気づいておいてお前はまだ」

勇者「オレのことが好きだなんて絶対なんかの錯覚だっての!!」

魔王「いいか、シルヴィア姫は、俺の母だ!」

勇者「……は?」

魔王「俺が国王と似ているのは血が繋がっているためだ」

勇者「いやでもお前純魔族じゃん」

魔王「半魔や人間であっても、純魔族の生き血を啜ることで純魔族と同等の力を得ることができるのだ」

魔王「成功したらの話だがな。……俺は父の血を飲んだ」

勇者「…………」


勇者「……お前が貧弱なのって」

魔王「半分が人間だったからだ」

勇者「…………」

魔王「幼い頃は、母から受け継いだ聖なる血と、父から受け継いだ闇の血が反発し合い、とても体が弱かった」

魔王「純魔族に近い体となった今でも、年齢的は魔族としては幼児同然だ」

魔王「もう100年もすれば違ってくるだろうが……まだ力が足りぬ。部下にも子供扱いされる始末だ」

勇者「…………」

魔王「話が反れたな。とにかく、俺はお前のことを愛している」

勇者「……お前の母ちゃんとオレって横顔が似てるんだろ!」

勇者「お前はオレに母ちゃんの面影重ねてるだけだって!」

魔王「似ても似つかぬわ!!」

勇者「似てるっつったのお前じゃねえか!」

魔王「ええい! 愛されることから逃げるな!!」

勇者「逃げてえよ!!」


魔王「ローゼマリア!」ガシッ

勇者「っ……!」

魔王「……返事はすぐでなくていい」

魔王「ただ、俺はまだ未熟だ。どうか、俺の剣として共に戦うことは、今改めて誓ってくれぬか」

勇者「お前が欲しい剣って主にオレの股間の剣じゃねえの」

魔王「このタイミングでそのようなことを言うな」

勇者「……もらったメシの分と、オレの罪の分は、戦ってやるよ」

魔王「罪の分はいい。……抱いてくれるのなら」

勇者「……オレなんかの何処が良いんだよ」

魔王「お前は、俺にはない強さをもっている。単純な力の強さだけではない」

魔王「どのような環境でも生き抜く、生命としての強さだ」

魔王「激しく煌めく、光を受けた飛沫のような輝きを秘めたお前に、俺の心は惹かれてやまない」

勇者「…………」

勇者(…………ばかやろ)

勇者(いいや、バカはオレか……)

tsuduku


Episode 17

浜辺

薬売り「青い空。白い雲。美しい――――俺っ!」

薬売り嫁「こんな日は青姦が捗りますね♪」

薬売り「ちょっと待ってっユキっあっあっあっあっあっあーーーーーーーーー!!!!」




勇者「海ってこんなにでっけえんだなー」

魔王「見るのは初めてか?」

勇者「そうだな。絵では見たことあったけどよ」

魔王「……今日の水着、自分で選んだのか?」

勇者「いいや、店のねーちゃんだ」

魔王「似合ってるぞ」

勇者「そういうお前はパーカー羽織ってんだな」

魔王「……他人に晒せる胸じゃなくなってきたからな」

勇者「ビーチで晒せねえビーチクにしちまったな、なんつて」

魔王「…………」


勇者「お、あそこに店あんぞ」

魔王「いわゆる海の家とかいうものか。何か食うか?」

勇者「そうだな」




勇者「焼きそばうめー」

魔王「このお好み焼きというものもなかなか」

店員「お待たせしました焼き鳥30本です!」

勇者「うんめえええ!」

店長「いい食べっぷりだねー! 6本サービスするよ。串は36本じゃないとねえ」

勇者「さんきゅーな」

魔王「では焼いた豚の肉を18枚頼む」

店員「はーい」

店長「お客さん勇者様でしょ? これから光の神殿行くの?」

勇者「ああ」

店長「あそこはねえ……」

勇者「なんかやばいことでもあんのか?」


店長「わたしの若い頃にねえ、先代の勇者様が光の神殿に向かったんだけどねえ」

店長「戻っては来られたものの、目から光が消えていたんだよ」

店長「まるで、生気を失ったようにね」

勇者「へえ。そういや先代勇者の話、興味なかったから全然知らねえな」

勇者「どんな奴だったんだ?」

店長「いやあ、素晴らしいお方だったよ。正義の化身と呼ぶに相応しい勇者だった」

店長「人格者とはあのような人のことを言うのだろうね。優しさに溢れていて、出会った者すべてに勇気を与えてくださった」

勇者「オレとは正反対だな」

魔王「……」


勇者「光の神殿から帰ってきてからは何で目から光が消えてたんだよ」

店長「さあねえ……」

魔王「光の神殿の試練は、精神を試すものだと聞いている」

魔王「余程精神の負担のかかる試練だったのかもしれぬな」

店長「先代の勇者様の唯一の欠点は、優しすぎることだと言われていたが……」

店長「その優しさもすっかり失われていたそうだよ」

勇者「優しさかあ、失ったところでオレは大して変わんねえだろうな」

魔王「いや、俺は困る……」

勇者「んで、先代の勇者は結局どうなったんだ?」

店長「当時の魔王と戦って破れたものの、深手を負わせることはでき、一時的にだけれど平和が訪れたよ」

勇者「そっか」


店長「そうだ、これを持っていくといい」

勇者「宝石かこれ」

勇者(ふんわりした白さだ。丸く磨かれている)

店長「先代の勇者様が置いていったものだよ。内なる光の目覚めさせる効果があるとされる」

店長「『自分ではこの石を使いこなすことができなかった』……そう言い残していかれたよ」

勇者「へえ」

店長「無事に戻ってこられたら、またここに来ておくれよ。たっぷりサービスするからねえ」

勇者「ああ。じゃあまたなじーさん」


勇者「きれいだなーこの石」

魔王「水晶の一種のアゼツライトだな。お前の故郷近くの鉱山で多く産出される」

魔王「己の内なる光を目覚めさせる効果があるとされており、」

魔王「王家の人間の好んで身に着けるそうだ。俺の母も持っていた」

勇者「へえ」

勇者「……お前の家族の話、聞きてえな」

魔王「家族の話……か」

勇者「嫌だったらいいけど」

魔王「いや、構わぬ。語ろう」


魔王「父は元々人間への嫌がらせのつもりで、人間から王家の神器と母を奪った」

魔王「しかし父は母の美しさに心をすっかり奪われてしまい、」

魔王「それ以来、積極的に人間の国に攻め込むことはしなくなった」

魔王「腑抜けてしまったと家臣や国民に罵られても、全く意に介さないほどだった」

勇者「よっぽどだな」

魔王「やがて俺が生まれたが、母は心を弱らせたことで病に罹った」

魔王「父は、母を生き長らえさせるために母を魔族にしようとした」

魔王「だが、母は決して父の血を飲もうとはせず、人間のまま逝った」

魔王「彼女は俺のことは愛してくれたが、最期まで父のことは愛さなかった。まあ、当然だろうな」

魔王「母を失ったことで父も心を弱らせた。だが、死を望んでも、不死の力がある限り死ぬことは叶わない」

魔王「だから、俺に魔王としての力を受け継がせ、自ら死を選んだ」


勇者「な、なんかいい思い出ねえの……?」

魔王「そうだな……幼い頃、父からはよく頭を撫でられた」

魔王「その手の大きさに俺はいつも憧れていた」

魔王「いつか父のように偉大な魔族になることが夢だったな」

勇者「過去形なのかよ」

魔王「人間の血が混じった俺ではな……だが、父から教わった魔族の、魔王の誇りは今でも忘れてはいない」

勇者「ふうん」

魔王「母からは人間の民謡や物語を教わった」

魔王「魔族のものとは性質の異なる話から、よく似たものまで、様々だった」

魔王「俺は母の話を聞いて、いつか人間と友達になりたいと思った」

魔王「よく似た物語があるのなら、きっと心の在り方も似ていて、わかり合える日が来ると信じた」

魔王「それに、母も魔族と人間の争いがなくなることを望んでいた」


勇者「実際問題難しいだろうけどな」

魔王「……そうだな」

魔王「家族といえば……カルブンクルスも家族ではあるが、良い思い出はないな」

魔王「俺が後継者に選ばれたため、それまで次期魔王として育てられていたカルブンクルスは当然反発した」

魔王「そうでなくとも、人間との混血の異母弟の存在など目障りでしかなかっただろう。時折顔を合わせる度に俺は奴からいじめられていた」

勇者「んで部下も真っ二つに割れちまったんだな」

魔王「ああ」

勇者「でもお前、親からはしっかり愛されてたんだな」

魔王「だからこそ、俺は魔族と人間の両方を守りたい」


勇者「光の神殿ってのはあそこの島にたってる建物だろ?」

魔王「ああ」

魔王「勇者の覚醒を防ぐべく、魔族の多くの幹部があの神殿に侵入したが、」

魔王「誰一人として戻ってはこなかったと言われている」

勇者「は? こっわ」

魔王「しきたりで勇者本人しか入れぬことになっているため、今回ばかりは俺が同行することもできない」

魔王「……健闘を祈る」

勇者「マジかよ、まあ仕方ねえか」

魔王「…………」

勇者(めっちゃ心配そうな顔してやがんな)

勇者「……」バシャッ

魔王「つめたっ……いきなり何をする」

勇者「せっかく海に来たんだから海水浴しなきゃな!」

魔王「この! やり返してやる!」バシャバシャ

勇者「はははっ!」


勇者(夜まで遊んで、装備を整えて、宿に入った)

勇者(明日、オレはちゃんと試練をこなせるんだろうか)

勇者(……こなしてみせる)

勇者(ロディア達のためにも、贖罪のためにも……)

魔王「……なあ、ローゼ」

勇者「抱いてくれとか言うなよ。オレ疲れてんだ」

魔王「…………」

勇者「……上で腰振ってる分には構わねえけど」

魔王「……悪い」

魔王「俺は、お前という存在を、熱を、感じたい。確かめたい」

魔王「お前を失うのが、恐ろしくて……」

勇者「…………」


翌日

勇者「今までで一番厳かな神殿だな」

魔王「……本当に、気をつけろよ」

勇者「大丈夫だっての。そういやお前、調べ物はどうなったんだよ」

魔王「部下に調査を進めさせている。まだ不確定要素が多いため、下手なことは言えないが……」

魔王「もしかすると、朗報を持ってこられるかもしれぬ」

勇者「そうか。じゃあ期待しすぎねえ程度に期待しとく」

狼「くぅーん……」

勇者「良い子で待っててくれな、ガリィ」


光の神殿内部

勇者「何が光の神殿だよ、真っ暗じゃねえか」

勇者(不自然なほどに暗い。外から見た時は窓があったのに、全く光なんて差し込んでねえし、)

勇者(炎をつけても一寸先も見えやしねえ。静かで音もしない)

勇者「おい光の大精霊、いるんなら返事しろ」

勇者「……反応なしかよ、くそ」

魔物「ガルルルル……」

勇者「ま、魔物!?」

勇者(不気味だ。相変わらず真っ暗なのに、魔物の姿がぼんやりと見える)

勇者(目を閉じた時に瞼の裏に見えるような、不気味な色と模様だ)

魔物「ガウッ!」ダッ

勇者「失せろよ」ザシュ

魔物「ガフッ……」

魔物「…………」

魔物の子「クーン、クゥーン!」

勇者(子供……何処からわいてきやがった)


勇者「一緒に天国に送ってやるよ」ザンッ

魔物の子「キャイイッ――」

勇者「……はあ」

魔族の男「勇者だ! 勇者が来たぞ! ついに我等を滅ぼしに来たのだ!」

魔族の女「私達はただここに住んでひっそりと暮らしているだけなのに!」

勇者「はあ!? つうか何で神聖な神殿の中に魔族なんて……」

魔族の男「ここは俺が食い止める! お前は子供たちと一緒に逃げろ!」

勇者「意味わかんねー! お前等が何もしなけりゃオレは別に」

魔族の男「はああああー!!」

勇者「ちょっと待てっての」

魔族の男「うっ」バタリ

勇者「お、おい、軽く攻撃しただけだぞ。死ぬわけなんて……」

魔族の女「いやあああああ!」

魔族の女「よくも……よくも!」

勇者「なんなんだよ!」


魔族の女「……」

勇者(こいつも剣の柄頭で軽く打っただけで死にやがった)

勇者(……もしかして……加護の力の影響か……?)

魔族の子供1「うわあああああん! お父さん! お母さーん!!」

魔族の子供2「うええええええええええん!!」

勇者「うるせえな!!」

勇者(人間に家族を殺された魔族の子供は、成長すると人間を攻撃するようになる)

勇者(可哀想だが、こいつらもあの世送りだ)


勇者(後味わりいなクソ……)

ロー……ローゼ……ロー……ゼ……

勇者「っ!? この声……」

女「ローゼ!」

勇者「メリッ、サ……?」

勇者「嘘だろ、お前……死んだはずじゃ……埋葬だってオレが……」

勇者(ぼやけていた姿が、段々はっきりと見えてきた)

勇者(綺麗な、死ぬ前の、メリッサだ)

勇者「幻か……?」

女「あたしは確かに死んだよ。でも、ここが特別な場所だっていうのは知ってるだろう?」

女「幽霊ではあるかもしれないけど、幻じゃないよ」

勇者「本当に……」

女「大きくなったねえ、ローゼ。こんなに立派になるなんて」

勇者「メリッサ! メリッサ!!」


女「大変だっただろう? 一人で生きるのは」

勇者「全然平気だったぜ! それに、ガリィが傍にいてくれるからな」

女「強がらなくていいんだよ」ギュウ

勇者「っ……」

勇者「触れる……温かくはねえけど……」

女「ねえ、お願いがあるんだよ」

勇者「なんだ?」

女「あんたが持ってる勇者の加護の力、あたしにくれないかい?」

勇者「は?」

女「その力さえあれば、あたしは体を手に入れ、再び現世で生きることができるんだよ」

女「あんたとずっと一緒にいられるんだ」

勇者「そんなことできるわけねえだろ。これは、敵をぶっ倒すのに必要な力なんだ」


女「あんたなら、加護の力なんて無くたって戦えるさ」

女「それに、あんたは元々世界平和なんて考えちゃいなかったじゃないか」

女「無理に勇者の役目を背負わなくなっていいんだよ」

勇者「…………」

女「なんなら、あたしと一緒に世界の端っこまで逃げようか。大精霊様から、安全に暮らせる場所を教えてもらったんだ」

勇者「……それは無理だ。今のオレには戦う理由がある」

女「そっか……じゃあ、あたしを殺しておくれ」

勇者「は? 今、なんて……」

女「あたしを殺さなきゃ、あんたは先に進めない。ここはそういうシステムでできてる」

勇者「意味わかんねえよ!」

女「あたしの霊を壊すんだよ。そうすれば、あたしという存在は完全に消え去るけれど、その代わりあんたは先へ進める」

勇者「ふざけんな! 見殺しにするのだってつらかったのに、この手で直接殺すなんてできるわけねえだろ!」

女「あたしを蘇らせるか、殺すかの、2択だよ」

勇者(こんなの……こんなのどうしろってんだよ……!)

tsuduku
osokute gomenn nasai.....


Episode 18


女「ねえ、一緒に生きようよ。あたしと」

女「ずっとそうしたかったんだろう? あたしのこと、守りたかったんだろう?」

勇者「…………」

女「ローゼ……」ギュ

勇者「…………」

勇者「……死んだ奴は蘇らない。決して」

勇者「精霊の加護の力にもそういった性質はない。この力を身に纏っているからよくわかる」

勇者「こんなの、結局嘘っぱちだ」

女「そんなことないよ」

勇者「いいや。不可能だ」

勇者「……精神にクる試練って、このことだったんだな」


女「あたしを斬れるかい?」

勇者「……とっくの昔にお別れした相手と、また別れるだけだ」シャキン

女「そうかい。じゃあ、これで本当にお別れだ」

勇者「っ……」

勇者「メリッサ……」

勇者(メリッサを殺さないと、オレは目的を果たすことはできない)

勇者(あいつとの約束を守れない)

勇者(やってやる。やってやるさ)

勇者(今、オレにとって一番大切なのは、メリッサじゃない。魔王との約束だ)

勇者「……うおおおおおおおおお!!」

ザンッ


勇者「…………」

女「ロー……ゼ……」

女「……ろぉ…………」

女「――――」

勇者「っ…………」

勇者「あああああああああああああああああ!!!!」

勇者「メリッサ! メリッサー! オレは、オレは!!」ガタガタ

勇者(手が震えて、剣を握れない)

勇者(胃の辺りから体の芯を握り締められたような変な感覚が込み上げる)

勇者(メリッサは消え去った。オレは先へ進める)

勇者(これで正解だったのか?)

魔王「おい、大丈夫か?」

勇者「えっ……お前、何でいるんだよ。いつの間に……」


魔王「魔族の俺が人間のしきたりを守るような道理なんぞないからな」

魔王「心配だから後を追ってきたのだ」

勇者「魔王、オレ、オレ…………」

魔王「……しかし、見損なったぞ。愛する恩人に刃を向けるとは」

勇者「なっ……」

勇者「でっでもっ、仕方ねえだろ! メリッサを殺さなきゃオレは光の加護を得られねえんだから!」

勇者「文句ならこのシステム作った奴に言えよ!」

魔王「彼女を斬らず、光の大精霊のもとへ殴り込みに行くくらい、お前ならできたはずだ」

勇者「え……」

魔王「大切なものを天秤にかけ、そのどちらかしか選ぶことができないようでは、勇者と呼ぶに相応しくないな」


勇者「オレは……お前のために……」

魔王「俺を言い訳に使うな」

勇者「…………」

魔王「どうやら俺の見込み違いだったようだ」

勇者「お、お前そんなこと言う奴じゃなかっただろ!?」

魔王「何を勘違いしている。俺は、お前の力を必要としていただけだ」

魔王「だからお前に媚びを売り、お前が罪を犯したことを利用して罪悪感を植え付け、お前が俺の思うとおりに動くよう仕向けていた」

魔王「だが、お前のような人間が光の加護を得られるとは思えぬ」

魔王「世界のことは俺一人でどうにかする」

勇者「お、オレに抱かれてたがってたのも嘘だっていうのかよ!」

魔王「お前は勇者に相応しい人格の持ち主ではないということは、最初からわかっていたが……」

魔王「ここまで愚かとはな」

勇者「なっ……ど……して……」


魔王「さらばだ」

勇者「ちょっと待てよ! 嫌だ!」

勇者「オレ……オレっ……お前のことっ……」

魔王「俺がお前を恨んでいないと思うか?」

勇者「っ……」

魔王「……」

ザシュ

勇者「うっ……づぅっ……!」

魔王「もう二度と俺の前に顔を見せるな」

勇者「まお……」バタリ


勇者(血が止まらねえ)

勇者(オレは……死ぬのか……?)







店主「目が覚めたかい?」

勇者「あれ……オレは……」

店主「覚えていないのかい?」

店主「勇者様は無事試練を乗り越え、ここに戻ってきたものの、満身創痍でねえ」

店主「三日間眠り続けていたんだよ」

勇者「途中から記憶がねえ……」


狼「くぅーん」

勇者「ガリィ……」ワサワサ

店主「勇者様が眠っている間にねえ、大変なことになったよ」

店主「魔族領で激しい内乱が起こったんだ」

店主「魔炎帝とかいう魔王の異母兄が、魔王の座を狙っているとかでねえ」

勇者「魔王が危ねえ……!」

勇者(でも、オレはもうあいつに……)

勇者(……そんなこと知るか。借りを作ったままなんて冗談じゃねえ)

勇者(タダ飯喰らいになるくらいなら、あいつにどんだけ疎まれようが、剣を向けられようが、戦ってやる)


――――――――
――

魔王城

魔炎帝「今日こそ渡してもらうぞ。不死の力を!」

魔王「カルブンクルス……!」

勇者「おい魔王!」

魔王「ローゼ、何故来た!」

勇者「オレ、光の加護を手に入れたんだぜ!」

魔王「光の加護? 中途半端に陰りがあるではないか」

勇者「え……」

魔王「光の加護は、真に相応しい者でなければ使いこなすことはできぬ」

魔王「加護の力をあてにするのではなく、己の中の光を目覚めさせなければ――」

魔炎帝「お喋りはそこまでだ」

魔炎帝「紅蓮の炎《ローリング・フレイム》!」

勇者「させるか!」

勇者(水の壁に光の加護の力を付加して完全に遮断する!)


勇者「お前がオレのことを捨てたってなあ! オレは約束を反故にはしたくねえんだよ!」

魔王「……まったく、お前という奴は……」

魔炎帝「残念だったな、炎はおとりだ」

勇者(こいつ、いつの間に背後に!)

魔炎帝「我に従え! 絶対服従《アブソリュート・オビディエンス》!」

魔王「ぐあっ……」

勇者「魔王!」

魔炎帝「……くくっ……ふはははは! これでついにグラナティウスは我が手に堕ちた!」

魔王「…………」

勇者「こんなの、オレの光の力で……!」

勇者「き、効かねえだと……!?」

勇者(オレの力が……不完全だから……?)


魔王「ローゼ……お前は本当に、邪魔な奴だな」

ザシュッ

勇者「うっ……またお前に刺されるなんて……」

魔炎帝「其奴を殺さぬ限りこの術は解けぬぞ!」

勇者「……そうかよ……」

勇者「なあ、お前、この世界の平和を望んでたよな」

魔王「平和などくだらぬ。混沌こそ魔族の進化を生み出す。世にもたらされるべきは戦乱だ」

勇者「……きっと、本当のお前は、オレに斬ってもらうことを望むだろうな」

勇者「今度こそ、お前の命を奪うことになるけど……生まれ変わったら、その時はまた会おうな」


魔王「――――」

勇者「……オレが本当の勇者だったら、世界もお前も、両方助けられたんだろうな」

勇者「ほんと、お前が言った通り……オレは、勇者に相応しくねえ」

魔炎帝「ふはははは! 本当に斬り殺すとはな!」

勇者「てめえのことは……ぜってえ許さねえ!」

魔炎帝「その傷で戦えるのか?」

勇者「……」

勇者(光の神殿で負った傷もまだ治ってねえ。さっき斬られた箇所からは血が流れ続けている)

勇者(だめだ、視界が……)グラリ

魔炎帝「できれば貴様のことは計画に利用したかったが、やむを得ぬ。ここで死んでもらおう」

勇者「……てめえなんかに……!」







勇者(あー……負けちまった)

勇者(今度こそオレは死ぬんだろうな)

コロコロ……

勇者(石……海の家の店長からもらったやつ……)

勇者(己の内なる光を目覚めさせる力があるんだっけか……光ってなんだろうな)

勇者(光……眩しくて、暖かくて……)

勇者(力……太陽……魂……希望……)

勇者(光は、闇を照らしてくれるもの……)

勇者(オレにとっての光はメリッサで、メリッサが死んでからは……魔王が……)

勇者(その光を、オレは自ら掻き消した)

勇者「…………」

勇者(いいや、オレの心を照らしてくれる奴がいなくたって、オレは生きていけたはずだ)

勇者(つうか、まだ生きていてえな……)

勇者(何があっても、絶対に生き残る。メリッサが死んで以来のオレの信念)

勇者(……オレにとっての光は、他者ありきの光だけじゃねえ!)

勇者(どんなに辛くても、生きて、生きて、生き抜いて、生きていける世界にすること)

勇者(それがオレの光だ!)





勇者(痛みが引くと同時に、視界が闇で包まれた)

勇者(……光が見える)

光の大精霊「よくぞ光を見つけ出したな」

勇者「……光の大精霊様か」

光の大精霊「どれほどの絶望に呑まれようとも、己の光を見つけ出すこと」

光の大精霊「それがこの光の試練だったのだ」

勇者「趣味わりぃよ」

光の大精霊「世界のために迷わず剣を振るうことができるのかも試していたからな」

光の大精霊「悪夢以上の悪夢ではあっただろう」

勇者「全部、幻だったんだな」

光の大精霊「うむ。汝は恩人の霊など斬ってはおらぬし、愛する者を殺してもおらぬ」

勇者「……はあ」

光の大精霊「この試練を乗り越えた歴代の勇者は、もっと勇者らしい答えを見つけておったが……」

光の大精霊「生存本能という答えもまたよかろう。そもそも汝に勇者らしさなど最初から期待しておらぬしな」

勇者「うるせえ」


光の大精霊「先代の勇者は、敵に回った大切な者の幻を斬ることはできたものの、光を見つけ出すことはできなかった」

光の大精霊「よって、我は先代の勇者の心に残っていた僅かな光に見合う量の加護しか与えられなかった」

勇者「オレは今てめえをぶん殴りたくて仕方がねえ」

光の大精霊「殴りたければ殴ればよい。尤も、我に触れることは不可能だがな。存在している次元が異なる」

勇者「チッ」

光の大精霊「この神殿を出る前に、これを持ってゆけ」

勇者「なんだ? この宝石みてえなの」

光の大精霊「この神殿に侵入した、かつての魔族の幹部……九大天王だった者達が落としていったものだ」

光の大精霊「魔王に代々不死の力が受け継がれるのと同様、歴代の九大天王も特殊な力を受け継いでいた」

光の大精霊「時の流れと共に力の核のいくつかは行方知れずとなったが、その内の地、水、火はここにある」

光の大精霊「今代の魔王であれば、これらを上手く使うであろう」


勇者「魔族の幹部……お前が殺ったのか?」

光の大精霊「我が直接手を下したのではない。この空間の性質によって奴等は命を落とした」

光の大精霊「勇者以外の者、それも悪しき心の持ち主がこの神殿に立ち入れば、この闇に呑まれ、正気を失い、自らを破滅させる」

勇者「怖っ……」

光の大精霊「さあ行け、勇者よ。汝の道が光と共にあらんことを」








勇者「あー……やっと終わった……」

魔王「ローゼ!」

勇者「魔王お前……本物だよな?」ペタペタ

魔王「どうした、俺の偽物でも現れたのか」

勇者「あったけえ……」ギュム

魔王「お、おい……恥ずかしいだろう……」

狼「へっへっ!」

勇者「魔王……ガリィ……」

勇者「うーっ……」

魔王「な、泣くほど辛かったのか? よかろう、俺の胸くらい貸してやる」

勇者「生きてる……あー……」

魔王「光も、優しさも、失ってはおらぬようだな」

勇者「オレ、お前のことぜってえ守るから」

魔王「そっ、そうか……」

tsuduku
owarasetainoni owaranai

gomenn nasai
ikitemasu tsudu kikaitemasu
gomenn nasai


Episode 19


魔族の集落

魔王「……参ったな」

勇者「どうした」

魔王「先日、朗報を聞かせられるかもしれないと言っただろう」

勇者「ポシャッちまったのか?」

魔王「不可能だと決まったわけではない」

魔王「あるアイテムが必要だと判明したのだが、それらのいくつかが行方不明でな」

勇者「それってこれか?」

魔王「これは……九大天王の宝玉ではないか……何処で拾った」

勇者「この前光の神殿で大精霊にもらったんだよ。お前に渡すの忘れてた」

魔王「……そうか、なるほど……」

勇者「んで朗報の内容はなんだよ」

魔王「ああ、それはだな」


魔王「結論から述べよう。魔族に帰る土地が見つかった」

勇者「え、マジで?」

魔王「この大地が巨大な一枚の板のようになっているのは知っているな」

勇者「昔本でちょっと読んだっきりだが、まあ一応」

魔王「そもそも、魔族はこの板の裏側、すなわち魔界に住んでいた」

魔王「しかし、未曽有の大災害が起き、魔界は生存に適さなくなってしまった」

勇者「んでこっちの世界に逃げ込んだと」

魔王「伝説では、魔界は地獄そのものと化したと伝えられていたのだが……」

魔王「現在では、自然の豊かな美しい土地となっていることがわかったのだ」

勇者「どうやって判明させたんだよ」

魔王「俺が使う封印の術があるだろう。あれは、魔界に対象者を送り込む術なのだが、」

魔王「先日温泉に行った際、以前封印したサキュバスが夢に現れた」

魔王「淫の気の強い土地であったため、遠く離れた場所からであっても俺の夢に潜り込みやすかったのだろう」


――――――――
――

サキュバス『お久しぶりねえ、魔王様ぁ』

サキュバス『案外こっちは良い所だったわよぉ!』

サキュバス『欲を言えば、もっと良い男がたくさんいてくれたら嬉しいけどぉ……』

魔王『お前は……』

サキュバス『みんなこっちに帰ってくればいいんだわ! うふふふふ!』

――
――――――――

魔王「古い文献を調べ、魔王城の最深部に魔界への入り口があるのを確認し、」

魔王「先遣隊を送り込んだ」

魔王「正に、理想郷とも呼べるような大地が広がっていたそうだ」

勇者「ふうん、良かったじゃねえか」

魔王「しかし……」


魔王「城にある魔界への道はあまりにも狭く、そして危険が多い」

魔王「未知の生物が棲みついている上に、地下深くほど物理法則がおかしくなっているそうだ」

魔王「よって、魔族や魔物を全て一瞬で移動させるための、巨大なゲートを開く必要があるのだが」

魔王「その術を使うには、魔王の力と九大天王の力の全てが揃っていなければならない」

勇者「それって五虎大将味方につけなきゃならねえんじゃねえの」

魔王「その問題はあるのだが、地、水、火の宝玉がこちらにあるのなら、その分は勝手に新たな九大天王を任命することができる」

魔王「尤も、適合者探しには時間がかかるだろうが」

勇者「へえ」

魔王「本来、九大天王の地位はこの宝玉と共に授けるものだったらしいからな」

勇者「らしいって」

魔王「何代も前の時代に、宝玉の奪い合いが発生したらそうでな」

魔王「それ以来、宝玉は当時の魔王の信頼を得ている者達によって隠され、代々秘密裏に継承されている」

魔王「問題は闇だな。闇の将軍スコティニヤは闇の宝玉を所持しており、」

魔王「他の五虎大将とは比べ物にならないほど強い」


勇者「四天王達は宝玉持ってんのか?」

魔王「ああ。普段は何処かに隠しているがな」

魔王「四天王が五虎大将よりも強いと断言できる理由の一つでもある」

勇者「でも敵にも一人宝玉持ってるやついるんだろ」

魔王「スコティニヤは滅多に表には出てこぬ。光を苦手とする体質故にな」

魔王「そもそも、あやつは立ち位置が曖昧だ」

勇者「どういうことだよ」

魔王「一応カルブンクルス側についてはいるようだが、こちらに対抗する姿勢も見られぬのだ」

勇者「じゃあもしかしたら仲間にできるかもしれねえんだな」

魔王「だと良いのだがな」

勇者「ってことは、あとは風の宝玉か。行方がわかんねえのは」

勇者「……なあ」

魔王「なんだ」


勇者「お前、魔界に帰るんならさ……その……」

勇者(オレに告ったこととか色々一体どうするつもりなんだよ)

魔王「…………」

魔王「そう不安そうな顔をするな」

魔王「今は険悪な人間の国々とも、距離を置くことで友好的な関係を築ける可能性がある」

魔王「だから、お前の故郷を初めとして、俺は多くの国と国交を結びたい」

魔王「つまり、頻繁にこちらに来る」

勇者(会えなくなるわけじゃねえのか)

魔王「人間には通い婚という風習もあるのだろう?」

勇者「そ、そもそもオレ達付き合ってすらねえだろ」

魔王「ほっとした顔をしたくせに」

勇者「うっせ」


勇者「にしてもここ良い土地だな。あの氷娘の地元なんだろ」

魔王「ああ。水も緑も豊富だ。……ここもまた、数百年前に人間から奪った土地だが」

勇者「ここに築いた家も何もかも捨てて魔界に帰るんだよな。大丈夫か?」

魔王「慣れ親しんだ土地を手放すのだ。当然混乱は避けられないだろう」

魔王「だが、それをどうにかするのが俺の仕事だ」

勇者(……覚悟決めてんだな)

勇者「にしてもフリー……ええと……」

魔王「フリージアだ」

勇者「そうそう、あいつ遅くねえか。この後美味い飯食わしてくれる約束なんだろ」


雪氷「だぁかぁらあ、私に訊いても無駄なんだってばー!」

風の将軍「貴様なら風の宝玉の在り処をしっているだろう!?」

雪氷「死んであの世でパパに教えてもらってよ!!」

風の将軍「力づくでも吐いてもらうぞ!」


勇者「おいあれ」

魔王「カテギダだな……」


雪氷「そんなしつこい性格だからママにフラれたんだよ!!」

風の将軍「そっそれは関係なかろう!!」

雪氷「あーわかった! ママそっくりの私にいやらしいことする気でしょ!!」

風の将軍「大事な親友の娘にそんなことできるか!!!!!」

雪氷「現在進行形で暴力は振るってるじゃない!」

風の将軍「それはお前が抵抗するからだろうが!!」

雪氷「あっかんべー!」

風の将軍「お前はこっちに来い! カルブンクルス様に仕えるのだ!」

雪氷「寝言は寝て言ってよね!」

勇者「あいつらって案外親しいのか?」

魔王「……色々と複雑でな」

魔王「フリージアの父とカテギダは親友であり、戦友だった」

魔王「女の取り合いをしてギクシャクした時期もあったそうだが、結局は和解し協力しあう仲に戻ったそうだ」

魔王「しかし……」

勇者「お前が後継者に選ばれたことで関係ぶっ壊れたとか?」

魔王「……まあ、そうだな」


――――――――
――

風の将軍『何故だ! 何故グラナティウスなぞを選んだ!』

先代雪氷『カルブンクルス殿下が魔王となっては、再び人間と戦争となるだろう』

風の将軍『それの一体何が問題だというのだ』

先代雪氷『私は、気がついてしまった』

先代雪氷『……魔族も、人間も、同じだということに』

風の将軍『な、何を言い出すのだ! 人間なんぞ下等生物ではないか』

先代雪氷『最後の戦争の時、人間の村を襲い、皆殺しにするよう命じられたことがあっただろう』

風の将軍『……あの戦い以来、お前は腑抜けてしまったように感じていたが』

先代雪氷『殺せなかった』

先代雪氷『殺そうとした人間の中に、私の妻と、娘によく似た親子がいた』

先代雪氷『母の方は、娘だけは助けてほしいと』

先代雪氷『娘の方は、母だけは助けてほしいと、それぞれ、命乞いをしていた』

風の将軍『…………』

先代雪氷『私の妻子も、かつて勇者に殺されかけた際には同じことを言ったそうだ』

風の将軍『お、愚かな! 人間に己の家族を重ねるなど!』


先代雪氷『グラナティウス殿下ならば、争いのない時代を作り上げるだろう』

風の将軍『だが……有力な魔族の多くはカルブンクルス様を支持している』

風の将軍『多くの敵を作ることになるぞ』

先代雪氷『どちらを支持しても、派閥争いを避けられないことは変わらぬ』

先代雪氷『そして私は、平和な未来がほしい』

先代雪氷『お前も、本当は争いに疲れているはずだ』

風の将軍『……』

先代雪氷『こっちに来ないか』

先代雪氷『私とお前が組めば、怖いもの無しだ』

風の将軍『……俺とお前が組んだところで、カルブンクルス様には敵わない』

風の将軍『仲良く殺されるのがオチだ……!』

先代雪氷『恐れるな! こちらにはルヴィニエだっている!』

先代雪氷『誰よりも魔王陛下に忠実なお前が、陛下に逆らうのか!?』

先代雪氷『グラナティウス殿下をお守りすることが、これからの我等の任務なのだぞ!』

風の将軍『……人間を娶って以来、陛下は変わってしまった』

風の将軍『おかしいのは陛下と、人間なんぞを魔王にしようとするお前達だ!』

先代雪氷『カテギダ!』


風の将軍(カルブンクルス様は、次期魔王としてずっと努力なさってきた)

風の将軍(その努力を無駄にしてはならない)

風の将軍(我等九大天王は、カルブンクルス様の教育係として、ずっと殿下をお支えしてきたのだ)

風の将軍(今更グラナティウスを選ぶ方が魔王族への裏切りに等しいではないか)

風の将軍(たとえ争いが起きたとしても、それはやがて魔族の繁栄となる)

風の将軍(そもそも、今更人間と仲良しごっこなぞ実現できるはずがないのだ……!)





魔炎帝『……そうか。コルドスはこちらにはつかぬか』

魔炎帝『殺せ』

風の将軍『っ……』

魔炎帝『お前ならば奴の隙を突けるだろう』

魔炎帝『念のため宝玉を装備してゆけ。奴も宝玉持ちではあるのだろう?』

風の将軍『…………』

魔炎帝『どうした。相棒とはいえ憎き恋敵でもある男だろう』

風の将軍『……仰せのままに』


風の将軍『!?』

風の将軍(隠していたはずの場所に風の宝玉がないだと……!?)

風の将軍(盗まれたか……いや、この場所を知っている可能性があるのは……)

先代雪氷『……カテギダ』

風の将軍『コルドス……!』

先代雪氷『九大天王が宝玉を使用するのは、同格以上の相手と戦う時のみ』

先代雪氷『やはり、私を殺すよう命じられたのだな』

風の将軍『……いいや、違うな』

風の将軍『俺は思い直したんだ。やはり、お前の存在がなければ俺は半人前だからな』

風の将軍『宝玉は、カルブンクルス派の連中から身を守るために持ち出そうとしただけだ』

風の将軍『特に、火を司るゼストスは、ほぼ確実にカルブンクルス様につくだろうからな』

風の将軍『俺はお前と手を組む。だから』

先代雪氷『悲しくなる嘘をついてくれるな』

風の将軍『……通じぬか』


風の将軍『俺の宝玉を何処へやった』

先代雪氷『魔王陛下に忠実に従えない者に、宝玉を使う権利はない』

風の将軍『お前こそ……人間を皆殺しにできなかったというのに!』

風の将軍『命令を遂行できなかったお前こそ俺の宝玉を奪う権利などないだろう!』

先代雪氷『そこを突かれると、痛いな』

先代雪氷『……雨が降ってきたな。涙雨か』

先代雪氷『先程、妻が――プルウィアが亡くなった』

風の将軍『なっ……』

風の将軍『病で臥せっていたとはいえ、余命はまだ』

先代雪氷『カルブンクルス派の者の手によって、薬を毒とすり替えられていたようだ』

先代雪氷『それでもお前はまだ、カルブンクルス殿下に仕えるのか?』

風の将軍『っ…………』


風の将軍『お前が……お前がカルブンクルス様を選んでいれば、彼女は死ななかった!』

風の将軍『プルウィアを殺したのはお前だ!』

風の将軍『命令通り――息の根を止めてやる!』

先代雪氷『俺を殺せば、風の宝玉の場所はわからずじまいだぞ』

風の将軍『ふん、後でゆっくり探してやる』



――
――――――――



風の将軍「大切なものを守るには、より強き者の側につくのが最善だ!」

風の将軍「お前だってこれ以上大切な相手を失いたくはないだろう!?」

雪氷「弱虫! 利用されてすりつぶされておしまいだって本当はわかってるくせに!」

風の将軍「少しでも大切な者と共にいられる時間を伸ばせるのならば、俺は利用される方を選ぶ!」

雪氷「それで手元に何が残ったの!?」

風の将軍「それはっ……」

雪氷「氷の鎖《アイスチェーン》!」

風の将軍「くっ!」


雪氷の叔母「あーあ、カテギダ様ったら。お墓参りに来られたと思ったら、こんなことになるなんて」

勇者「墓参り? てかあんた誰だ」

雪氷の叔母「申し遅れました。私はフリージアの叔母ですの」

雪氷の叔母「カテギダ様は、亡くなった私の姉、つまりフリージアの母のお墓参りによくいらっしゃるのよ」

雪氷の叔母「彼は今でも姉のことが好きみたいで。一途な人よねえ」

魔王「あやつらの事情は把握していたが、そこまで想いが強いとは知らなかったな」



風の将軍「お前の父さえ道を誤らなければ!」

雪氷「おじちゃんさえこっちに来てくれていたらパパは死なずに済んだのに!」

風の将軍「っ」

雪氷「……なんて、今更言ったって、どうしようもない」

風の将軍「…………」


――――――――
――


風の将軍『くっ……互角……ということは、貴様、宝玉を使ってはいないな』

先代雪氷『魔王陛下の命に背いてしまったあの日、私はもう二度と宝玉を使用しないと誓った』

先代雪氷『私にも、もうあれを使う資格なぞないからな』

風の将軍『……ふん、お前のその氷の如き無駄な生真面目さに、何度足を引っ張られただろうな』

風の将軍『だが、今回ばかりは俺がその足元を掬うことになりそうだ』

先代雪氷『お前をこの手で討ちたくはないが――やむをえん!』

雪氷『だめー!!』

先代雪氷『フリージア!? 何故ここに』

雪氷『パパの様子がおかしかったから、追いかけてきてやっと追いついたの』

雪氷『ねえ、よく話し合ってよ! パパとおじちゃんなら分かり合えるはずでしょ!?』

先代雪氷『いいからここから離れなさい!』

風の将軍『……風の刃《ウィンド・エッジ》!』

先代雪氷『ぐっ!』

雪氷『パパ!!』


風の将軍『……勝負あったな』

雪氷『やめて!』

先代雪氷『フリー……ジア……にげ……』

風の将軍『そこをどけ』

先代雪氷『……』ギロ

風の将軍『……安心しろ。娘を巻き込む気はない――突風《ガスト》!』

雪氷『きゃあああ!』ビュオオオオ

風の将軍『離れた場所に飛ばした。……覚悟はいいな』

風の将軍『この手で……お前を……お前を……!』

風の将軍(数百年共に戦った親友を……俺は……)

風の将軍『う……くぅっ…………』

先代雪氷『…………』

風の将軍『……殺した、ことにしておいてやる。フリージアを連れて遠くへ身を隠せ』

風の将軍『このままでは、あの子も殺されてしまうだろう』

先代雪氷『お前……』

風の将軍『逃げ隠れることなど、お前の陛下への忠誠心が許しはしないだろうが……』

風の将軍『今、お前にとって何よりも大切なものは』

ザンッ


先代雪氷『がはっ……』

風の将軍『コルドス……!?』

火の将軍「やはり詰めが甘いな、お前は」

風の将軍『……ゼストス……!』



雪氷『あいたたた……』

雪氷『数百メートルは飛ばされちゃった……。パパは……』

雪氷『……!!』

雪氷『パパ、パパ! 嘘でしょ、パパが……!』

雪氷『いやあああああああああああああああ!!』

雪氷『仇を……だめ、今の私じゃ、まだパパからもらった宝玉を使いこなせない』

雪氷『今は、逃げて、逃げて、強くなるんだ……!!』

tsuduku

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