武内P「おや、高垣さんがテレビに出ていらっしゃいますね」 (25)

楓『…そ…ですね…休…じ…は……』

武内P「生放送、ですか」

楓『…温泉…行ったり…ますね』

武内P「……」

楓『…ええ……はい…』

武内P(……思い出す)

武内P(あの頃を、思い出す)

武内P(あの頃は…彼女の担当だったあの頃は…)

武内P(このような風に、たまの休みの日には、彼女が出演する映像を逐一チェックしていた)

武内P(生放送からクイズ番組、旅番組、そして歌番組…)

武内P(プロデューサーとして裏手から見ていた撮影を、TV映像として再確認すると言うことは……とても重要なことだった)

武内P(穴が開くほどに映像を確認し……今後の彼女のアイドル活動に活かせるような事を、ひとつでも多く見つけようとした)

武内P(始めての、担当。始めての、プロデューサー)

武内P(そんな始めての同士ふたりで…この芸能界というものを…手探りで進んでいた)

武内P(………)

武内P(……だがそれはもう、今となっては昔の話だ)

武内P(もう、終わった話だ)

武内P「……ふぅ」

武内P(渦巻くこの感情はなんなのだろうか)

武内P(後悔なのか、悲しみなのか)

武内P(それとも……)

武内P(それとも)

楓『ふふっ♪』

武内P「!」

楓『…ええ、最…は…のお酒……んで…ます』

楓『とっ…もおい…くて…今の…たしの…イチ…シ…なん…す♪』

武内P「……」

武内P(…テレビの中の彼女は、とても楽しそうに笑っている)

武内P(…そう)

武内P(あの頃は…とても近くであの笑顔を見ていた)

武内P(笑顔、だけではない)

武内P(色々な彼女の表情を、色々な彼女の顔を見つけながら、私は過ごしてきた)

武内P(……)

武内P(……思い出す)

武内P(ああ、あの笑顔は一体、なんだったのだろうか)

武内P(今でも心に焼き付いて、離れない)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1532915493

武内P(……あの別れの時の、彼女の笑顔)

武内P(彼女の担当を勤めた、最後の日の……彼女の笑顔)

武内P(別れ際に浮かべた、あの笑顔…)

武内P(ああ、あれは…それは…今でも私の記憶の中に、深く焼き付いている)


武内P(……)

武内P(別れ…いや)

武内P(あれは別れではなく…新たな出発だった)

武内P(私は、新規プロジェクトの担当プロデューサーとしての抜擢)

武内P(彼女は、346プロの象徴となる…看板アイドルへの抜擢)

武内P(未来に向けての、新たな出発だった)

武内P(……)

武内P(別れの悲しさは、あった)

武内P(切なさも、あった)

武内P(だがそれ以上に…清々しさがあった)

武内P(お互いが、お互いの未来に向けてエールを送り…微笑みを浮かべ、互いを称えた)

武内P(そんな、晴れやかな別れだった)

武内P(……)

武内P(……だからこそ、引っ掛かっている)

武内P(別れ際の、彼女の微笑みを)

武内P(……)

楓『けっ…んの…定、ですか?』

楓『そ…すね…ふふっ♪』

武内P「……」

楓『今のと…ろは…り…せん』


楓『でも、お慕いしている人はいます』

武内P「……え」


楓『?…どなた、ですか?』

楓『ええ、それは…』

楓『私の、始めてのプロデューサーです』

武内P「……」

楓『おぼつかない足取りの私を、あの人は支えてくれました』

楓『始めての担当アイドルと…始めてのプロデューサー』

楓『そんな始めて同士のふたりで…アイドルとしての道を歩いていきました』

楓『あの頃の記憶は…ふふ、今も私の心の奥で、温かく光っています』

楓『そんな、一緒にふたりで歩いたあの人を…プロデューサーを』


楓『私は、愛しています』


楓『心の底から……愛しています』


武内P「……」

武内P「……」

武内P「……」

…リリッ


武内P「……」

ピリリッ…

武内P「……」

ピリリリリリ…

武内P「……」

ピリリリリリリリ…!

武内P「……」

リリリリリリリリ…!!

武内P(電話が、鳴っている)

武内P(音をたて、震えている)

武内P(……)

武内P(……)

武内P(……目の前の)

武内P(画面の中の彼女は……笑っている)


武内P("あの時"と同じ、微笑みで…)


武内P(……笑っている)


武内P「……」


ピリリリリリ………








楓「最近食べて一番美味しかった料理、ですか?」

楓「そうですね…先日頂いたフカヒレスープはとても絶品でした」

楓(……)

楓「休日、ですか?」

楓「そうですね…休日は…」

楓(……生放送で、私は今、カメラに映っている)

楓「温泉に行ったりしますね」

楓(……見ている、のでしょうか

楓(彼は今、この番組を見ているのでしょうか)

楓(……)

楓(…いえ、どちらにせよ、構わないことです)

楓(見ていようと、いまいと……)

楓(私がこれからする行動は、どのみち彼の耳に届く運命にあるのだから)

楓「…ええ、はい…」

楓(タイミングを、計る)

楓(鼓動が…徐々に高鳴ってゆく)

楓(だけどもう…私は止めはしません)

楓(この想いを…解き放つと、決めたのだから)

楓(だからあとは…その機会を、待つだけ)

楓「お酒ですか?」

楓「ふふっ♪」

楓「そうですね…ええ、最近は山口のお酒を飲んでます」

楓「とっても美味しくて、今の私のイチオシなんです♪」

楓(……口が渇く)

楓(息がつまる)

楓(だけどもそれは、決して表情に出したりはしません)

楓(それが私が、芸能界で身につけた能力)

楓(彼と出会う前に、私が身につけた能力……)

楓(……よどみなく、アナウンサーの質問に答えてゆく)

楓(そして私は…思い出している)

楓(彼と別れた、あの時を)

楓(……最初に、彼からその話を聞いたときは、とても驚きました)

楓(驚いて、慌てて…そして、涙を流しました)

楓(彼が、私の担当を外れると言う事実は……それだけ私の心を揺さぶったのです)

楓(……)

楓(ひとしきり、慌てた後……その事実が、じわりじわりと私の中に染み渡り…)

楓(やがて、私はその事実を受け入れました)

楓(プロデューサーとの話…いや、飲み会を重ねて…)

楓(……晴れやかな、清々しさを感じるようになれました)

楓(この担当の変更は…新たな私の出発なのだと)

楓(彼の新しい出発なのだと)

楓(そう、思えるようになりました)

楓(そうしてお互いが、お互いの未来にエールを送り、微笑み浮かべながら互いを称えて…)

楓(そんなすこやかな気持ちを、彼との別れまでの、短い暮らしのなかで私は育むことができたのです)

楓(この晴れやかな気持ちを抱きながら…私たちは別れ…いえ、新しい道を、進むことができる)

楓(……そう思っていました)


楓(……けれど)


楓(そんな晴れやかな気持ちを貫けるほど、私の心は強くなかった)


楓(あの日の、前日の夜)

楓(眠りにつく、その布団の中で私は震えた)

楓(ああ、彼とのあの日々がもう終わるのか、と)

楓(私が笑って、彼が困る)

楓(そんなやりとりが…もう出来なくなるのか、と)

楓(……)

楓(……彼の)

楓(彼のかすかな微笑みを…あの笑顔を、すぐそばで見ることが…出来なくなるのか、と)

楓(ううん、笑顔だけじゃない)

楓(色々な彼の表情を、色々な彼の顔を見つけながら、互いに肩をならべて歩くことが出来なくなるのか、と)

楓(……)

楓(……そんな事実が…布団にくるまり震える、私を押し潰そうとした)

楓(……)

楓(……そして、思った)

楓(私のこの気持ちを…この想いを伝えれば、彼は気持ちを変えてくれるのかもしれない、と)

楓(……)

楓(……けれど)

楓(そんなふとした考えは……即座に)

楓(心の中の、冷静な私が切り捨てた)

楓(心の中の、大人な私が切り捨てた)


楓(言ったところで、この物事はいい方向に転びやしない、と)


楓(……)

楓(心の中の冷静な私は…落ち着いて彼について考えていた)

楓(心の中の恋する私は、私の告白を受け入れた彼との、幸せなひとときを想っていたけれども……)

楓(心の中の大人な私は、決してそんなことを考えたりはしませんでした)


楓(……)


楓(……彼が私の想いを、受け入れるはずがない、と)


楓(……)

楓(…ああ、そうでしょう)

楓(彼が、私のこの想いを、この恋を受け入れるはずがない)

楓(きっと…いや、間違いなく言うはずです)


楓(私はプロデューサーで、貴方はアイドルだ、と)

楓(そう、言うはずです)


楓(そんなことは……彼との今までの日々のお陰で、しっかりとわかっています)

楓(彼との別れが、とうとう明日へと迫っている今)

楓(私のこの想いを口にしたところで、意味はないのです)

楓(いや、意味がないどころか……言ってしまえば、彼と私の関係は砕けてしまうでしょう)

楓(砕けてしまえば……)

楓(ああ……)

楓(……)

楓(……だから)

楓(私は、明日と言う日を大人しく迎えるしかない)

楓(打ち明けてしまえば、砕け散る)

楓(打ち明けずに、別れを迎えれば…)

楓(……ええ、そうです)

楓(別れを迎えたとしても…私と彼の縁は、途切れることはないのです)

楓(担当でなくとも……同じ会社の同僚なのだから)

楓(彼と話すことが、できるでしょう)

楓(飲み会にさそったりできるでしょう)

楓(私のだじゃれに、あきれながら答えてくれることでしょう)

楓(……そう、縁が途切れるということは、ないのです)

楓(そう思って……)

楓(私は明日を迎えるしかないのです)

楓(……)

楓(……そんな風にして)

楓(私は、私を納得させようとした)

楓(納得、させようとした)

楓(……だけど)

楓(だけどその時……)

楓(私の中の、大人な私が)

楓(暗がりの中から…ささやいた)

楓(私の恋をプロデューサーに伝えても…彼はきっと、この声に答えはしない)

楓(プロデューサーは…)

楓(アイドルだと、プロデューサーだと)

楓(そんな単語を並べて…私の気持ちから…)

楓(……いや)

楓(自分自身の気持ちから…逃げるのだ、と)

楓(そんな言葉を、ささやいた)

楓(……)

楓(……そうだ)

楓(もし私がアイドルじゃなくて)

楓(プロデューサーも、プロデューサーじゃなかったら……)

楓(彼は、私の気持ちに答えてくれただろうか)

楓("私はプロデューサーで、貴方はアイドルだ"と、そんな簡単に想像できる答えに逃げずに…私の気持ちに、答えてくれただろうか)


楓(……)

楓(……逃げる、か)

楓(……)

楓(……)

楓(……そして)

楓(そして私は、閃いた)

楓(それがあるのなら……)

楓(逃げ場があるのなら…)





武内P『……それでは、高垣さん』

楓『…はい』

武内P『本当に…本当に』

武内P『短い間でしたが…本当に、ありがとうございました』

楓『…はい』

武内P『……』

楓『……プロデューサー』

武内P『…え?』

楓『私、プロデューサーに見つけてもらって……本当に幸せです』

楓『本当に、本当に…今までありがとうございました』

武内P『…!』

楓『この思い出を…この宝物を胸にしまって、私、これからも頑張っていきます』

武内P『っ、たかがき、さん…』

楓『それでは…』

楓『おつかれさまですっ♪』

武内P『っ!』

武内P『っ、はいっ…!』

武内P『おつかれ、さまですっ…』

楓『……』

楓『……』ニコッ


楓(……逃げ場を、無くしてしまえばいい)

武内P『…?』

楓『……』

楓(貴方と私の交際がバレて、私の人気が落ちることが心配なら…)

楓(交際程度のことで人気が落ちないぐらい、有名になってみせます)

楓(スキャンダルと呼ばれない程、私は有名になってみせます)

楓(そんなアイドルの、頂点になってみせます)

楓(…幸い前例はありますし……それに)

楓(もしも私が未成年だとしたら…)

楓(交際というものは、さらにとてつもないスキャンダルになっていたことでしょう)

楓(けれど私の年齢は?)

楓(そう、25歳です)

楓(これぐらいの年齢なら……)

楓(きっと、熱愛報道ということで片付くでしょう)

楓(…ふふん)

楓(……)

楓(…さぁこれで、ひとつの逃げ道をふさぎました)

楓(……)

楓(…次の、逃げ道)

楓("言葉をはぐらかす"という逃げ道を…塞ぐ必要がありますね)

楓(その方法の一案は……既に、私の頭の中にあります)

楓(日々のアイドル活動の中で思い付いた……とっておきの方法です♪)





楓(……その方法を、私は実行しようとしている)

楓(……)

楓(そして今まさに、その時がやって来た)

楓「結婚の予定、ですか?」

楓「そうですね…ふふっ♪」

楓「今のところはありませんっ」

楓「でも…」

楓(でも…)

楓(でもでもでもでもっ♪)

楓(……)

楓(…そう、思わせ振りな台詞を続けて、この質問はこれでおしまい)

楓(ミステリアスな高垣楓の、ちょっとしたおちゃめな回答)

楓(そんな感じの、段取りだった)

楓(……)

楓(……でも)


楓「お慕いしている人はいます」

楓「?…どなた、ですか?」

楓(段取りと違う回答に、アナウンサの方が一瞬うろたえ……そして尋ねくる)

楓(気になることは、聞く)

楓(それがこの人達の、性なのでしょう)

楓(その"さが"を私は利用し……そして)

楓(そして、私の想いを…自分の愛を……)


楓(……ぶちまける)


楓「ええ、それは…」

楓「私の、始めてのプロデューサーです」

楓「おぼつかない足取りの私を、あの人は支えてくれました」

楓「始めての担当アイドルと…始めてのプロデューサー」

楓「そんな始めて同士のふたりで…アイドルとしての道を歩いていきました」

楓「あの頃の記憶は…ふふ、今も私の心の奥で、温かく光っています」

楓「そんな、一緒にふたりで歩いたあの人を…プロデューサーを」


楓「私は、愛しています」


楓「心の底から……愛しています」


楓「……」

楓「……」

楓(……本当は)

楓(本当は、直接この言葉を伝えたかった)

楓(ブラウン…いや、液晶越しではなく、直接伝えたかった)

楓(けれどもう、気にしたって意味はない)

楓(私のこの想いは……この言葉は)

楓(世間の荒波を通して、彼の耳に届くでしょう)

楓(かならず、届くことでしょう)

楓(……そして)

楓(その世間の荒波は……彼の逃げ道を、塞ぐことでしょう)

楓「……ふふっ」ニコッ



楓(…ああ今あなたは、何をしているんでしょうか)

楓(担当を外れた私にはもう、わかりません)

楓(……けれども、想像はつきます)

楓(今あなたには……途方もない量のメールや電話が、届いてることでしょう)

楓(私自身、"それ"を狙って、こんなことをしたものですから)

楓(……)

楓(……ふふ)

楓(……私のこの言葉への、お返事)


楓(ゆっくりと、お待ちしています♪)

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