一ノ瀬志希「隅田川夏恋歌」 (38)

隅田川花火大会記念(?)SS 地の文風味
とある曲をモチーフにしてます
次から投稿していきます

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1532830525


──あたしは昔から変な子だったんだよね
 王子様より博士の方がドキドキしたし、リボンより試験管の方がワクワクするような子だった。

 そんな変な子だったからフツウの子がやるようなことを色々すっ飛ばしてきたんだよね。

 例えば義務教育とか学校行事とか青春とか
 例えば花見とかキャンプとか雪合戦とか

 例えば大好きな人と行く花火大会とか

 そんな志希ちゃんだからこそ、今月末に隅田川で開催される花火大会の事なんて頭の片隅にすら残ってなかった。
 散々メディアでも宣伝されてたけど、あんなのフツウの人たちがやる最たるものだと思ったからね。

 フツウの子がやるようなことを、フツウじゃない子がやるなんて似合わない。
 だからそんなの頭の中から追い出してた。

 そう、当日キミに誘われるまでは──


 仕事を終え、地下駐車場に辿り着くとすぐにキミの姿が飛び込んできた。

「仕事お疲れ、志希」

「お出迎えありがと~。志希ちゃん疲れちゃった~、だからハスハスさせて~」

「午前中の仕事だけなのにそんな疲れないだろ、早く車に乗れ」

「え~、キミが『お疲れ』って言ったんじゃん」

「それは言葉のアヤだ。午後は珍しくオフなんだから早く帰れた方がいいだろ?予定とかあるんじゃないか?」

「うん。キミのことをずっとハスハスするっていう予定がある」

「そんな予定は俺のスケジュール帳には書いてない」

「じゃあキミに盛るためのアヤシイおクスリ作るっていう予定にする」

「全力で却下する」

「え~……」

「とりあえず車に乗るぞ。もうそろそろ邪魔になりそうだし」

「はーい……」

 そう言ってアタシは渋々助手席に乗り込む
 最初の頃は『後ろに乗れ』ってよく注意されたけど、助手席の方がキミをより感じられるからこっちの方が好きだ。


 助手席に乗り込んでも、もう何も言わなくなったキミが車のエンジンをかける。
 ブローンと一鳴き、営業車君は今日も快調のようだ。快調そのまま駐車場から地上に出る。

 一気に明るくなる視界。
 夏の暴力的な日差しが営業車君に降りかかる。
 営業車君ガンバレ、あたし達を守るために。

「それにしても良い天気だな」

「そうだね、まさに夏って感じ」

「こんなに良い天気なのに、本当にオフの予定がないのか?どっか出かけたら気持ちいいだろう」

「本当にないよ~。むしろ志希ちゃんインドア派だから天気あんまり関係ないし」

「そっか……」

「だから事務所でキミを観察するのもいっかな~って思ったり」

「勘弁してくれよ。お前にずっと見られてたら仕事が手に付かなそうだ」

 そう言ってキミは苦笑する。
 けど、すぐに何か考え込む顔をし始めた。
 こうやってキミの表情の変化を見てるだけでもあたしは結構楽しい。

 そうして車の中には沈黙が走る。
 4つの信号を過ぎてもまだ続いたそれが、5つ目の信号に捕まった時に破られる。

「志希」

「ん?」

 何か腹を括ったような声でキミがあたしの名前を呼ぶ。

「こんなに良い天気なんだからさ───」

───花火大会に行こうぜ

◆◇◆

『どうしてこうなった』

 今のあたしの心情を一言で表すとこう。
 そこにはLiPPSのみんなに魔改造され、フツウの女の子みたいな浴衣姿にされたあたしがいた。

 話を少し戻す。
 信号待ちをしていた車内でプロデューサーから花火大会に誘われた。
 ただあたしは正直あんま興味なかった。

『だってあんなのフツウの子が行く最たるものじゃん。フツウじゃないあたしには似合わないよ』

 そう反論したあたしだったが、プロデューサーは意外と食らいついてくる。
 曰く『フツウじゃなくてもフツウの事をしたって良いだろ?』と

 その言葉に絆されたわけではないが、プロデューサーが一緒ならなんだって良っかと思ってOKした。

 そんな拍子で参加が決まった花火大会自体は夜らしい。
 なので事務所に着いた後、一旦別れて、また後で合流することにした。
 仕事を猛スピードで終わらせてくるらしい。

 そうして一人になったあたしははたと困った。一体どんな準備をすれば良いのか?
 花火大会は行ったことどころか行った人の話を聞いたことすらない。

 これはいくらギフテッドのあたしでも解を出せないと早々に諦め、LiPPSのメンバーにメッセで聞いてみることにした。
 今考えればこれが全ての元凶だった。


『美嘉:志希が志希Pさんと花火大会行くだって?!アタシの仕事終わるまでちょっと事務所で待ってて!髪盛ってあげるから!メッチャ可愛くしてあげるから!』

『奏:なら私はメイクを担当するわ。夜にピッタリのお化粧してあげる。でも折角の花火大会なら浴衣があった方が良いかしら?』

『周子:じゃあ、あたしは浴衣ないか探してくるわー。確か上京した時に持ってきたはずだけど』

『フレデリカ:シキちゃん愛されてるねー!ヒューヒュー!あ、アタシもすぐ行くからちょっとそこで待っててねー』

 この間僅か2分の出来事である。
 ちょっと話だけ聞くつもりが、いつの間にかに話が全て終わってた。
 あたしは着せかえ人形如く花火大会仕様に仕立てられてしまうらしい。本人の意思に関係なく。

 めんどくさいことになったなー……失踪しちゃおっかなー……逃げるなら今のうちだなー……
 なんて思ってたら、事務所のドアがガチャっと開いた。
 そちらに目をやるとそこには満面の笑みのフレちゃん。

「シーキちゃん、つーかまーえたー♪」

 ……流石フレちゃん、あたしのことをよくわかってる。
『天使のようだ』とよく言われるフレちゃんが、この時ばかりは生贄を捧げられた悪魔のように見えた。

◆◇◆

「おーおー似合うじゃん!可愛いじゃん、シキちゃーん!」

「そりゃアタシも久々に本気の本気を出したからね★」

「私もついつい調子に乗っちゃって。楽しくメイク出来たわ」

 連絡してから僅か数時間、あっという間にノーマル一ノ瀬志希から浴衣志希に換装されてしまった。

 ゴムで適当に括ったのとは比にならない程、綺麗にアップで括られたポニーテール

 これからライブでTulipを披露するのかと勘違いするほど綺麗に施された化粧と口紅

 淡いピンクの絞りで夕顔模様の浴衣

 歩くとカラコロ心地よい音が鳴る下駄

 正直どこに出しても恥ずかしくない、そんな浴衣美少女が出来上がっていた。

 それをプロデュースした三人は満足そうにしている。それなら、まぁ着せ替え人形になった甲斐があったというものだ。
 でもそんな中、周子ちゃんだけは申し訳なさそうな顔をしていた。

「ホントごめん、ちょっと小さい浴衣しかなくって……。買ってくる時間もなくて……」

「いーよ、いーよ、こういうファッションもありそうだしさ!何より綺麗な柄だから好きだよ、これ」

 そう、浴衣の丈がちょっとだけ短かったのだ。まるで姉からお古を貰ったような感じになってる。

「でもまぁそれもバッチリ着こなしてる感じに見えるしさ。流石元が良いだけあるね★」

「二人にそう言って貰えると心が軽くなるわぁ~。じゃ志希ちゃん、後は頑張ってねー」

「へ?みんな付いて来てくれないの?」

「誰がそんな野暮なことすると思うの?私の水族館の時でもあるまいし」

「あ、あの時はしょうがなかったというか……。でも折角のチャンスなんだから、ちゃんと志希Pさんをオトして来るんだよ★」


 えぇ~、なんか面倒くさいことになってきたなぁ~……。
 いや確かにさ、プロデューサーと一緒に居られるからこそ行くんだけどさ。
 なんだか、ここまでこう言われるとなんかさ。

 失踪しちゃおっかな~……。
でもこのカッコだと目立つしなぁ~……。
どうしよっかな~……。

 そんな風に思いながら視線を彷徨わせいると笑顔が絶えないフレちゃんと目が合う。その綺麗な瞳からは強い意志を感じて、あたしは目を逸らすことができなかった。

「シキちゃん」

「ん?なに?」

「逃げたらダメだからね~シルブプレ~、なーんてね♪」

 ……ホント、フレちゃんはあたしのことをよく分かってるよね……。
 退路を断たれたあたしは待ち合わせ場所へトボトボ進んで行くのだった。

◆◇◆

 集合10分前。なのにもうそこにキミの姿を見つける。ただ残念ながらキミはスーツ姿のままのようだ。まあ仕事してたからそんな余裕は無いだろうしね。
 さて、午前中の装いとは全く別の志希ちゃんの姿をお披露目しますか。

「お、来たか。じゃあ行こうか……って、し、き……?」

 あたしの姿を見たキミは目を一杯に見開いている。
 いいね、いいねー!キミのその反応を見られるんだったら、志希ちゃんみんなの修行に耐えた甲斐があったよ。

「そうで~す、志希ちゃんで~す!驚いた?どう、これ?」

「あ、あぁ……凄い綺麗だよ。綺麗すぎて一瞬誰かと思ったくらいだ」

「にゃはは~、気合い入れたからね~」

 あたしが気合い入れたとは言ってない。嘘はついてない。

「知ってる。LiPPSのみんなにやって貰ったんだろ。『浴衣姿のシキちゃん超可愛いから期待しててね♪』って連絡きたからな」


 残念ながら真実というものは直ぐに暴かれるもののようだ。というかプロデューサーに連絡するあたり『絶対に失踪させない』という強い意志を感じる。

「しかしこれは期待以上だな。浴衣が本当によく似合ってる」

 キミはそう褒めつつも、『ちょっと丈が短いけどな』と笑いを堪えてる。

「えー?こっちの方があたしっぽいじゃん?」

 どうせフツウにしてもつまらないでしょ?
そう続けると、キミの表情が笑いから笑みに変わった。

 つくづくあたしは周りの人に恵まれてる。こんなフツウじゃない子を普通に受け入れてくれる、そんな人たちに。

◆◇◆

 会場まではどうやら地下鉄と徒歩で行くらしい。
 てっきり車で行くのかと思ったけど、『交通規制あるし、そもそも人多すぎて通れないからな』との言葉に納得した。

 まずは少し歩いて最寄りの駅まで。
 なので変装用に眼鏡とマスクを着用する。
 これだけでいいのか心配だったけど、髪型や装いがいつもと違いすぎるから案外バレなさそうだ。

 というかそれ以前に人が多すぎて、誰が誰だか分かんないくらい、もみくちゃになってる。
 みんな花火大会に向かうのだろうか?あまりに多すぎて人で波が出来てる。

 そんな人の波を右左に避けながら先導するキミを追う。ちょこまかちょこまか、まるで雀みたいだ。

 一方、先行くキミはさっきからスマホの地図と睨めっこしてばかり。あたしのことちゃんと見てんのかな…?
 急いでキミに追いつこうとしても、慣れない下駄のせいで中々距離が縮まらない。段々と詰まらなくなってきて、つい膨れっ面してしまった。

 いっそつついてやろうかと思った矢先、不意に後ろからドンッっと衝撃が伝わる。どうやら背中を押されたみたいだ。
押された勢いそのままでキミにぶつかる。あたしはこれ幸いとそのままキミの腕に引っ付く。


「わっ?!いきなりなんだよ」

「にゃは~、後ろから押されちゃってさ~。不可抗力、不可抗力♪」

「その割にめっちゃ嬉しそうな顔してんな……ってかなにハスハスしてんだよ?!」

「いいじゃん、いいじゃん!こんな人混みなんだから逸れないように引っ付かせてよ!」

「…………まぁ、迷子になられても困るからな……。あんま引っ付くなよ」

「にゃは~、やった!キミの許可付きだ!」

 そう言って更にくっつく。キミとの距離が0となる。だけどキミはもう何も言わずに嬉し恥ずかしそうにするだけだった。
 やっぱキミとあたしの距離はこうでないと!

「このままで行こうよ、隅田川にさ!」

◆◇◆

 結局キミに引っ付いたまま、地下鉄に乗り、ユラユラ揺られて数十分。目的の駅に辿り付き改札を出る。
 すると直ぐに広がる大きな橋。道行く人は浴衣姿ばかり。この下があるのが今日の舞台となる隅田川なんだろう。

 目的地に近づいたのもあり、ぼんやりと花火大会に本当に来てるんだよなぁ……と実感し始めた。

「どうした?ボーッと景色を眺めて」

「んー……いやみんな楽しそうだなぁって見てただけ」

「まぁ年に一度のお祭りだし、何より直で見る花火はやっぱ迫力あるからなぁ。待ってる間も雰囲気が相まって楽しくなってくるもんだ」

「ふーん」

「まあ志希も実際に花火を見れば楽しさがわかるって。ただ、まだ時間があるんだよなぁ……」

 余裕みすぎたか……とキミはボヤきながら思案顔になった。
 まーまー、間に合わなくなるより良いに違いない。遅刻常習犯の志希ちゃんが言うんだから間違いない。

 ただ時間までずっとここにいる訳にもいかない。どうするのかな?って思ってキミの顔を覗き込んだら、丁度なにか案を思いついたようだ。

「折角ここまで来たんだし、どうせなら浅草寺にお参りでも行こうか」

 背中を向けたと思ったら、急に先に歩いて人混みに消えようとする。そうはさせるかとキミの腕をガシって掴む。そしてキミに引っ張ってもらう。

 あたしが失踪したら困るでしょ?
 そうならないようにしっかり掴まえて、あたしを導いてよね。

◆◇◆

 かの有名な雷門から仲見世通りを通ると浅草寺に着くらしい。それほど遠くはないようだ。
 ただ、いかんせん今日は人が多すぎる。
 その上、出店も多くて、そこかしらに人だかりが出来てる。しかも目的地の関係上、あたし達と逆方向に流れる人が多い。

 まあ、つまりは大変な人集りの中にいるってことだった。

 そんな中をキミが手刀と共に何度もすいませんと唱えて進んでいく。
 あたしもキミに逸れないようピッタリくっついてったから、まるで流れに逆らう二匹の金魚のように見えただろう。

 人の波をやっとの思いで泳ぎ切るとお寺の本堂が見えてきた。
 カミサマも中々の試練を設けてくる。試練に耐え抜いたのだから、きっと願い事を叶えてくれるに違いない。
 これで叶えてくれなかったら、そいつはヒドイカミサマに決定。

 そう勝手に決めつつ賽銭を投げ入れる。
 今日はプライベートだからお仕事の願い事はまた今度にしよう。
 そうしてムニャムニャと唱えながら願い事を思い浮かべる。


──面白実験しても、キミが怒らなくなりますように。
──他のアイドルをいじっても、キミが呆れなくなりますように。
──何かやらかしても、キミが謝って何とかしてくれますように。

──失踪しても、キミが見つけてくれますように。
──キョーミが湧いたオモシロ可笑しい事をする時に、キミが一緒に付き合ってくれますように。
──フツウじゃないあたしを、キミがこの先もずっと受け入れてくれますように。

 そう願い事を唱えながら、隣のキミをチラッと横目でみる。

──そして



──大好きなキミがあたしに振り向いてくれますように。


 ちょっと願い事が多すぎたかな?流石にカミサマも怒っちゃうかも。
 まぁ、そしたら最後のだけ叶えてくれたら、あとは自分で何とかするよ。

 だからカミサマよろしくね。一つくらいは叶えてよ。

◆◇◆

『お参りも終わったし、出店でも見ながらゆっくり戻るか』

 キミはそう言って、またあたしの手を引く。
 あれ?カミサマも意外とすぐに願い事叶えてくれた?なかなかやるじゃん。
 そんな風に頭の中でニヤニヤしてると出し抜けにキミが声をかけてきた。

「そういや神様になにお願いしたんだ?結構長く願い事してたけど」

「キミと同じことだよ?」

「そうか……感動したよ……。志希もついに失踪せず、アイドルを真面目に取り組んでくれる気になったんだな!」

「いや~、それは自分じゃどうにも出来そうになーい!だから神頼みにしたんだ~」

「おいおい、そういうことかよ……。俺の苦労が報われるのはいつの日か……」

 そんなことを言いながら大袈裟に肩を落とすキミ。"トホホ"っていう音が聞こえてきそうな程だった。
『あの人、貴女の事だと普段より感情豊かになるよ』と前に誰かが教えてくれて以来、キミのこういう姿を見ると愛おしくなる。

 そんな所がもっともっと見てたくなる。
 だから、キミのその冗談に拗ねた振りをしてみた。

「え?!ヒド~イ!志希ちゃん、最近はちゃんとやってるじゃん!そんなこと言うキミにシャザイとバイショーを求めます!それが無ければここから動きませ~ん!」

 プイッと顔の動きまで付けてみる。が、大根役者も良いところである。
 普段のビジュアルレッスンの成果は何処へやら。まあこれくらい分かりやすい方が冗談には適切だろう。

 キミもそれを分かってるのか口では困った風に言いつつも顔のニヤけは隠せてない。


「姫君、大変失礼致しました。何が御所望でしょうか?」

 ふむ、どうしようか……。勢いで集ったのはいいとして、何を貰うかまでは考えてなかった。
 はて……と周りにぐるっと目をやると一つの出店が目に入る。

 うん、あれにしよう。今の季節にピッタリのものだ。我ながら良いチョイス。

「ではあそこの出店のかき氷を献上したまえ。味はキミの判断に任せる」

 実は出店で食べるのは初めてだ、というかこういう出店や祭り自体が初めてだ。
 あんましフツウの経験してないからね。どうしても今日は初めてのことが多くなる。

「ハハー、必ずやその役目を成し遂げ、再び姫君の御前に駆けつけます」

 キミはそんな冗談を言い、すぐに人混みに紛れて姿を消した。

 次にキミの姿が見えたのは出店の前。お店の人とやり取りしてるのは見えるけど、話してる内容までは喧騒のせいで聞こえない。
 おっちゃんが赤いシロップをかけてるところを見るといちご味なのかな?ありすちゃんが喜びそう。


 そんなことを思ってるとキミがクルッとこっちを向き、戻ってきた。手には赤いシロップのかき氷が一つ。

「姫君、役目を果たして参りました。味はオススメ品のいちご味でございます」

 キミは恭しくかき氷の容器を差し出す。さっきの冗談を続けているようだ。ならこちらもそれに乗ろう。

「よくぞ勤めを果たして参った。褒めて遣わす」

「ありがたき幸せ!」

「しかしなにゆえ1つのみなのじゃ?これではお主の分がないではないか?」

「姫君と同じものを食すなど、恐れ多いことはできず……」

「なら、この役目の褒美として、このかき氷の一部を下賜しよう。ほれ」

 そう言ってあたしはスプーンでかき氷を掬い、キミの眼前につきだす。

「え、おいやめろよ。こんなとこでそんなことされたら恥ずかしいだろ?!」

 キミが急に素に戻る。どうやらこの攻撃は予想外だったようだ。
 でも本気で嫌がってはなさそう。なら押せばいけるかな?なら全力でGO!GO!GO!

「えー!キミはあたしのかき氷が食えんというのか~!」

「それ最近だとアルハラで訴えられるぞ。まぁそれアルコールじゃないけど」

「まーまー、美味しいから大丈夫だよ」

「それ違う人のネタじゃねーか!というかまだ食べてないのにおいしいってわかるのか?」

「いや美味しいのはこの状況自体」

「お前、もしかしなくてもこの状況を楽しんでるな?」

「まーまー、かき氷どうぞ!」

「いらん!」

◆◇◆

「それで、さっきの話に戻るんだけどさ」

「さっきの話?」

 結局キミはあたしの押しには耐えきれず、白旗を上げることとなった。
 顔が赤いのはいちご味のせいじゃなさそうだ。キミはそれを誤魔化すように話を振ってきた。

「願い事の話だよ」

「あぁ、その話ね」

「さっき言った失踪のやつは昔なら本気で願ってたよ。ただ最近は本当に良くやってくれてるからな。前向きにアイドルやってくれて俺も嬉しいよ」

 ──まぁ、だから志希のアイドル活動の成功をお願いしてきた──

 キミはそう願い事の中身を打ち明ける。仕事真面目なキミならそう言うに決まってるよね。
 あたしのことを一番に考えてくれる。

 けど、それはアイドル一ノ瀬志希としてのこと。
 ただの一ノ瀬志希として、一人の女の子として、キミはあたしをどう思ってるのかな?
 本当はあたしと同じ願い事してくれてないかな?そうだったらこんな幸せな事は無いのに。


「それで?志希の願い事は?」

「キミと同じだよ」

 嘘はついてない。だってアイドルの間はキミと一緒にいられる。ある程度わがままだって言える。キミはあたしを向いてくれる。
 だから嘘はついてない。本当のことを言ってないだけ。

「そうか。もし何か心配なことがあれば言えよ?力になるからさ」

 じゃあ今一番心配なこと聞いていい?
 キミはあたしのことをどう思ってんのかな?

 キミの優しさのせいで、思わず口まで出かけたその言葉をなんとか抑える。カミサマ、今日はここまでは望んでないよ。だからもうちょい加減して。

 言葉を飲み込んだのが不自然な行動にみえたのか、キミが心配そうな顔でこちらを見てくる。そういう優しいところがダメなんだよ。

 ごちゃ混ぜになった感情を誤魔化すようにあたしは話題を変えた。

「そういや時間は大丈夫なの?結構経ったと思うけど」

「お、そうだな。いい時間になってきた。じゃあ行こうか、隅田川に」

「そうだね」

 キミは誤魔化せてもあたし自身は誤魔化せないこのぐちゃぐちゃな感情。
 これも花火みたいにパッと弾けて、川に流せればいいのに……。

◆◇◆

 穴場だ、とキミが自慢しただけあって、ほどほどに混んでなくて見やすい所を確保出来た。
 到着して暫くするとオープニングと言わんばかりに立て続けに花火が上がった。

 赤、青、紫
 多種多彩な色の花火が煌びやかに夜空に舞う。
 その輝きは隅田川の水面にも映り、更にキラキラと美しさを増す。

「どうだ?花火を見た感想は」

「いや~見事な炎色反応だねぇ~。赤はリチウム、青は銅、紫はカリウムだっけ~、にゃはは~?」

 嘘はついてない。これも2番目に思った感想。
 ケミカルの知識がここで活かされるなんて思ってもみなかった。フツウじゃないあたしにはピッタリの感想じゃない?

 大体真っ先に思いついた感想なんて、フツウじゃないあたしには似合わな……「志希」

 思考の途中でキミの呼ぶ声がする。
 空気読めない回答で怒らせちゃったかな?調子乗りすぎた?

 そう思いキミの顔色を伺う。
 呆れ顔かなって思ったのに、キミは普段見せない真剣な表情でこちらを見ていた。


「フツウじゃない志希だけどさ」

 真っ直ぐなキミの視線とぶつかる。
 あたしは全く目を反らせない。


「フツウじゃない人生を送ってきたであろう志希だろうけどさ」

 キミの真剣ながら優しげな声色。
 きっと大切なことをあたしに伝えようとしてる。


「だからって、フツウの事を楽しんじゃいけないわけじゃないだろ?」

 ギクッときた。だってそれはあたしがいつの間にかに作ってた壁だったから。
 フツウじゃないあたしにフツウのことなんて似合わない、なんて。
 そんな壁をキミはいとも簡単に壊そうとしてくる。


「もっともっと楽しいフツウのこともしてこうぜ?フツウじゃないままで良いからさ。俺とか事務所のみんなとかとさ」

 それはプロデューサーからアイドルへの言葉ではなく、キミから一ノ瀬志希という1人の女の子に向けられた言葉だった。

 ズルイよ。あたしが色々我慢したり、不安になったり、やきもきしたりしてるのに。
 そんな気持ちを一言で弾けさせるんだから。

 ふと会場の方から音が聞こえた。
 ヒュ~と長めの上昇音、かと思ったら大爆発。夜空にパッと一際明るく花火が弾ける。少し遅れて音がズシンと心にくる。

 その一つだけでは終わらない。続けて一尺玉、三尺玉が次々と夜空に舞い上がっていく。
 胸揺らす轟音、夜空に咲く一際大きな炎の華。

「どうだ?花火を見た感想は?」

 綺麗……

 あたしの口からポツリと出たその言葉はキミに届いただろうか?
 いや別に届かなかったって良いんだろう。
 あたしの横顔見れば、答えなんてすぐわかるに決まってるんだから。

 満足そうなキミと見惚れてるあたしをよそに夜空にはまだまだ炎の華が咲いていくのであった。

◆◇◆

 楽しい時間は早く過ぎるもので、始まったばかりかと思った花火大会も先程の打ち上げで最後となってしまった。
あれだけ咲き乱れた炎の華はまさに圧巻の一言。終わってしまったのが寂しいと感じるほどだった。

 今はキミと2人で先程いた場所に留まってる。
『いま帰ろうとしても混雑するから』という至極ごもっともなキミの意見を従う形だ。

 まぁ余韻に浸るにはもってこいの時間だ。
それにキミをもうちょっとだけ独り占めできる。

「志希、どうだった?」

キミが最初と同じ様にそう尋ねてくる。
ただキミの表情はどこか晴れやかだ。

「意外と楽しいもんだね!連れて来てくれてありがとう。キミがいなかったらこんな体験できなかったよ!」

あたしも本音で答える。キミと一緒にこんな体験できて良かった。今度は嘘じゃない。
きっとあたしの顔もキミと同じ様に晴れやかなんだろう。

「また来てみたいかも。今度はLiPPSのみんなとかと一緒にさ!」

「うーん……流石にそのメンバー全員だとなぁ……。多分一般人に気づかれて混乱しそうだから難しいだろうなぁ……」

「そっかぁ…。それもそっか……」

まあそれも道理か。誰かと一緒に街中歩くだけでも、そこかしこから歓声が沸き起こるのに、ましてやイベント事かつユニット全員は無理に決まってるか。

とすれば、こういうイベント事ではなく、個々人でやる方向しかないか。


「じゃあさ、花火やろうよ!こういう花火大会じゃなくてフツウにやる花火!それなら場所さえ確保できれば、みんなで出来るでしょ?」

「ん?まぁそれなら出来そうだな。ただみんな忙しそうだからすぐに都合がつくか微妙だけどな……」

「すぐには都合がつかなかったらキミだけでもいいから!一緒に花火しよ?んで、都合がつく日にみんなで花火!もちろんキミも参加で!」

「グイグイくるなぁ……。今朝までは『そんなのキャラじゃない』っていう感じだったのに」

「『フツウのこと楽しんじゃいけないわけじゃない』って言ったのはキミ自身だよ?」

「分かった、分かったって。自分の言葉を素面の時に言われるとなんか恥ずかしいわ……。まあ志希が前向きになってくれることは良いことだ」

 そうやってため息を吐くキミ。ただその口元は緩んでる。きっと、あたしがフツウのことをやりたいと言い出したのを喜んでいるんだろう。
キミがいなければ起きなかった変化。キミがいたから起きた変化。上手くいった当人からすれば、これ程嬉しいものはないだろう。

でも恐らくキミはあたしが前向きになった本当の理由は分かってないんだろうな……。
でもいいんだ。あたしだけが知ってるフツウの理由、いつかキミに届けるから。その時はこう言ってやるんだ。



──好きな人と夏に花火やるなんて極々フツウのことでしょ?


もし叶うなら、来年もその先も5年10年経ってもあなたといられますように。

おわり

以上です、ありがとうございました。
ある方からネタを貰い、ある曲と合わせたら良いんじゃないかと思って書いたSSでした。
モチーフした曲はJubeatの『隅田川夏恋歌』という曲です。
今日は晴れるみたいなので隅田川の花火大会も綺麗に映えるじゃないでしょうか。

浴衣着た志希と花火大会に行きたい人生だった…

隅田川夏恋歌

・ゲーム版(濁流付)
https://www.youtube.com/watch?v=qP_9y7lwjXA

・Full版(SSはこっちを使用)
https://www.youtube.com/watch?v=Jmp_gmqfVyk

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom