藤原肇「釣りはお好きですか?」 (17)


これはモバマスssです

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「釣り、か?」

「はい。釣りです」

 7月某日、事務所にて。

 茹だるような暑さから逃げる様に事務所に飛び込み、ペットボトルを一瞬で空にして。
 ふぅ、と一息吐いたところで。
 担当アイドルである肇に、『釣りはお好きですか?』と問いかけられた。

「うーん……興味が無い訳じゃ無いが、積極的に行こうとはしないかな」

 そう答えて、即後悔。
 馬鹿か、俺は。
 肇が釣りが好きな事くらいは知っている。
 だったらもう少しまともな返し方があっただろうに。

 ぷくーなんてされたらとても困る。
 可愛いが。
 御機嫌斜めな肇は、少しばかり面がどうでくさいのだから。
 可愛いけれども。



 急いでフォローを入れようと、なんとか頭を回す。

「あぁいや、単純に俺が釣りの良さを理解してないってだけで」

「でしたら、私が釣りの良さを教えてあげますから!」

 ……あぁ、そうだな。
 肇はそういう奴だったよ。
 目をキラキラさせ食いつく肇。
 これが釣りなら既にその日一番の大物だろう。

 それはそれとして、だ。

 釣り、かぁ……
 やりたくない訳では無いが、正直この暑さの中長時間外に居るのは遠慮したい。
 屋内でも釣りを楽しめる施設はあるだろうが、きっと肇はそれじゃ満足しないだろうな。

「プロデューサー、明日は空いてますか?」

「え? あぁ、うん」

「では決まりですね!」

 しまった……つい流れにつられて勢いで頷いてしまった。
 でもまぁ、肇が楽しそうだし……うん、良いか。

 そんな感じで、俺の貴重な土曜日は川に流れる事となった。







 じーっ、じーっ

 容赦なく照りつけてくる太陽の光を、悪足掻き程度にしかならないが手で遮りつつ。
 腹が立つほど元気に鳴く蝉の音を全身に浴びながら、俺たちは目的の川へと向かっていた。

「良かったですね、今日はここ数日ほど暑くならなくて」

「まぁな」

 それでも暑いけど、という言葉はなんとかグッと飲み込んだ。
 楽しそうに隣を歩く肇に、わざわざ水を差す必要は無いだろう。
 確かにここ一週間に比べて、今日の気温は低い方だった。
 時折雲が太陽を覆ってくれ、その度に風が涼しく感じられる。

 朝事務所の近くに集合し、電車を乗り継ぎ一時間半。
 田舎と都会の境目くらいの緑に囲まれた駅へ到着してから、更に舗装されきっていない道を歩く事三十分。
 ようやく川のせせらぎが聞こえてきた頃には、シャツも額も汗の存在をこれでもかと主張しており。
 河原の木陰に座り込んだと同時、改めて夏という季節への好感度がグッと下がった。




「さ、プロデューサー。到着です」

「うん、着いた。お疲れ様、肇」

 それじゃ、帰るか。
 あまりにも暑さと疲れが溜まり過ぎて、思わずナチュラルに帰宅を宣言しそうになった。
 いや、流石に即帰宅なんてアホな事はしないが。
 そんな事したら此処までの苦労が水の泡になってしまう。

「……綺麗な渓流ですね」

「だな。結構有名らしいけど……此処数日猛暑日が続いたからだろうな、人が全然いなくて気楽だ」

 であればそんな日が続いていたというのに訪れた俺たちはなんだという話になるが。
 結果として多少は涼しかったから良い、結果が全てだ。

 心地良い川のせせらぎと風に揺れる木々の音。
 遠くから聞こえる蝉の鳴き声に鳥のさえずり。
 此処数日の都内に比べて圧倒的に過ごし易い風。
 既に此処へ来て良かったと思えるくらいには、最高のロケーションだった。

「さ、プロデューサーさん」

「おう、お茶飲んで休んで帰るぞ」

「…………むー」

「……嘘だって、それじゃやるか」

 ぷくーっと頬を膨らませる肇を他所に、肇が用意してくれた渓流釣り用の竿を組み立てる。
 ところでいつのまにか二本も用意したんだろう。
 いずれ誰かを誘うつもりだったのか、それとも予備か。
 どのみちど素人の俺が選ぶよりはよっぽど良いだろうから、肇には感謝しかないが。



「渓流釣りって何が釣れるんだったかな……ヤマメとかか?」

「ですね。あとはイワナやニジマスです」

「俺はマグロとか河童巻きが好きだな」

「ふふ、でしたら夜はお寿司屋さんですね」

 出来れば回るお寿司屋さんにしてくれると嬉しいなぁ、なんて談笑しながら川へと竿を振るう。
 ぽちゃんと小気味良い音が響き、そのまま少し流されて。

「よし、せっかくだから大漁を目指すぞ」

「頑張って下さいね」

 なんだかバカにされている気がする。
 そんな肇の隣に腰掛け、俺はのんびりと待った。





 ……みたいな感じで、まだ楽しんでいたのが約二時間前。

「なぁ、肇」

「はい、どうかしましたか?」

「……渓流釣りってさ、こんなに釣れないもんなのか?」

 期待に胸をときめかせていたあの頃の情熱は、既に暑さに霧散して。
 今現在は暑い釣れない暇とても暑い、の帰りたい理由三種の神器が全て揃ってしまっていた。
 まさかここまで釣れないとは思っていなかった。
 振れば掛かるとまではいかなくても、十分に一尾くらいは釣れるものだと思っていたのだが……

「それは、プロデューサーの焦りが釣り竿に出てしまっているんだと思います」

「そういうものなのか?」

「自然に生きる魚達は、動きに敏感ですから。じっと待っていなければ、すぐに逃げてしまいます」

 なるほど、そういうものなのか。
 焦りは禁物、と。
 時折泳いでいるのは目に入っているからな。
 ついつい焦って、そっちの方へと釣り針を向けてしまうのはよろしくないらしい。



 ……それはそれとして。

「肇も釣れてなくない?」

「うぐっ……」

 呻き声が聞こえてきた。

「…………今日は、とても暑いですから」

 果たして今のは理由になっていたのだろうか。
 今日はなんだか調子悪いな的な小学生並みの言い訳にしかきこえない。

 肇の方へと目を向けると、ぷいっと顔を背けられてしまった。
 そんな子供っぽい仕草が可愛くて、ついいたずら心が芽生えてしまう。

「暑いと釣れないんだ、成る程な」

「はい、そういうものなんです」

「で、連日暑い日が続いてて、それなのに俺を誘ってくれたのか。ありがとな、肇」

「……棘がありませんか?」

「針ならあるぞ」

「そういう事では……分かって言ってますよね、プロデューサー」

「分かってないぞ。肇が教えてくれると助かるんだが」

「……知りません、プロデューサーなんて」


 少し意地悪し過ぎただろうか。
 垂れる釣り糸の位置をそのままに、座った状態で器用に一歩分俺から離れる肇。

「すまんすまん、悪かったって」

「すーん、聞こえません」

「……肇ー。おーい、せめてこっちを向いてくれると嬉しいんだが」

「何も聞こえません。川のせせらぎしか聞こえません」

 ここで、何も聞こえないんじゃなかったのか? なんて言ったら尚更ご機嫌ナナメのへそ曲がりになるんだろうな、なんて。
 既に十分不機嫌みたいだが。
 機嫌どころか身体の向きが斜めになってしまっている。

「……俺が悪かったって」

「……何が悪かったか、分かってますか?」

「…………」

 何故、してやったりみたいな顔をされてらっしゃるんだろう。

「はい、分かってないって反応ですね。プロデューサーっていつもすぐ謝りますけど、『俺は別に悪い事したと思ってないけど、肇が機嫌悪そうだし大人な俺が大人しく謝ってさっさとこの場を収めよう』なんて考えてるんじゃないですか?」

 ……いや、別に……
 ほんの数秒前まではちゃんと、俺がやり過ぎたから謝るべきだって思ってたけどさ……

 ……うん、まぁ。
 割と、いつも通りの肇だな。

「……意地悪な事言って悪かったって」

「……素直に謝られると、私が子供みたいじゃないですか……」

 はて……みたい、は必要だったのだろうか?
 言わないが、流石に。
 そこも含めて肇の魅力だと思ってるし。
 そんなところが可愛いところだと思っているし。

「……釣れないなぁ」

「……ですね……少し、移動しましょうか」





 場所を変えて垂らす事一時間以上。
 再び俺たちはボウズ目掛けて一直線を進んでいた。

 正直段々と釣りに来ている事を忘れかけている節まであった。
 こうして肇とならんで、のんびり川の流れを眺めて。
 時間も暑さも忘れて、ただ何もせず。
 この時間を楽しむ為に来たんだと、そんな気すらする。

「……悪くないな、こんな時間も」

 これもまた渓流釣りの楽しみなんだろうか。
 だとしたら、まぁ、一人で来る事はあまりしないかもしれないけれど。

「……プロデューサーは、普段働き過ぎですから。私たちの為に頑張ってくれてる事には感謝してますけど、偶には休息も必要ですよ?」

「そう、だな……うん。こんな休日も悪くない」

 さて、と。
 そろそろ、帰る支度をし始めようか。
 ここから駅まで結構あるし、駅から最寄りまでもかなりある。
 今から出れば丁度良い時間に夕飯にありつけるだろう。

「……ですね。今日は、このくらいにしておきましょう」




「ところで言おうか言うまいか迷ってたんだけどさ」

「はい、どうかしましたか?」

「……ちゃんと、替えのシャツなり上着は持って来てるよな?」

 俺はそう言いながら、肇の服を指差した。
 ……なんで、こんな暑い日に白いシャツを着て来たんだろう。

「え…………あっ、えっ、あの……っ! 言うならもっと早くに……!」

 言いづらかったんだから仕方ないだろう。
 流石に帰るとなると他の人に見られる事もあるからこうして伝えたが。
 俺がもう少し長く眺めていたかったからとかではない、決して。

「もう……もうっ!」

 たったったっ、っと荷物を持って木の向こうへと走って行ってしまった。
 良かった、ちゃんと替えのシャツを持って来ている様で。
 それじゃ、俺はのんびりと。
 肇が機嫌を直してくれる様な言葉を、用意しておかないと。






「……肇ー……今回ばかりは完全に俺に非があるって訳じゃ無いと思うんだよ」

「…………ふーんだ」

「いや、すまん失言だった。ほら、せっかく良い景色なんだから最後まで楽しもう」

「良い景色……そうですか、だからなかなか言ってくれなかったんですね……」

 ……失言だった、今のも。
 そんなつもりは微塵も……微塵も、無かったのだけれど。

「えっと、あー……楽しかったよ、今日は」

「釣れなかったのにですか?」

「釣れなかったけど、さ。肇とこうしてのんびり過ごすのも、なんだか良い時間だなって」

「……そうですか。でしたら、何よりです」

「また今度も呼んでくれよ? んで、その時こそ釣りの良さを教えてくれ」

「もう、充分だと思いますが……ふふ、そうですね。また、いつか」




 二人並んで、夕陽に照らされた道を歩く。
 夏の暑さは夜の涼しさに変わり始めて、吹き抜ける風が心地良い。
 うん、そうだな。
 また肇と此処に来たいと、心からそう思えた。

「でも、お互い一匹も釣れないとはなぁ」

「ふふ……私は大物を釣りましたよ?」

「ん? いつの間に……?」

「気付いてないんですか?」

「これから釣るとか?」

「いえ、昨日です」

 さっぱり分からないが。
 肇が上機嫌だし、良しとするか。
 楽しそうに微笑む肇の表情が、最後に見れた。
 今日一日の成果としては、充分だろう。

 むしろ、お釣りがでるくらいだ。

「……少し、冷えますね」

「今のはせめてスルーしてくれると嬉しかったんだけどな」

 さて、次はいつ来れるだろうか。

 肇と話しながら歩く道は、来た時よりも短く感じた。




以上です
お付き合い、ありがとうございました

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