北条加蓮「藍子と」高森藍子「昔も今もこのカフェで」 (26)

――おしゃれなカフェ――

いつも私は、楽しい時間をもらっているから。
今日は、家に帰った後に、たのしかった、と言ってもらえるような時間を、って。

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――まえがき――

レンアイカフェテラスシリーズ特別編です。
以下の作品の続編です。こちらを読んでいただけると、さらに楽しんでいただける……筈です。

・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「休日のカフェテラスで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「都会のカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「郊外のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「謎解きと時計のカフェで」

お久しぶりです。本当にお久しぶりです。

「――そうそうっ、この時のこと、よく覚えています。加蓮ちゃん、メロンパンをじーっと見ていたんですよね」
「うん、なんとなく覚えてるー。すごく美味しそうだったんだよね」

いつものカフェの、いつもの奥の席。
いつも通りに聞こえる柔らかな声も、今日はちょっとだけ弾んでいた。
今日は、7月25日。藍子が生まれてきてくれた日。

「藍子は何を買って食べたんだっけ?」
「え~、覚えてないんですか? 私は、加蓮ちゃんのこと覚えてたのに」
「それは藍子が覚えすぎなだけでしょー」
「ふふ、実はこの前、モバP(以下「P」)さんにもびっくりされちゃいました」
「Pさんに?」
「よく覚えているな、って。そういえばその後、Pさんのことも覚えていますよ? って言って、お話してたら――」
「あぁ。逃げられた?」
「途中でPさんが――って、どうして分かったんですか?」

35度を軽く超える日曜日のお昼に、客は私達しかいない。
特別な日、ってことで、いつもの主役のメロンソーダやアイスココアのグラスには、端っこに寄せてしまって。
代わりにテーブルの真ん中を占拠しているのは、小さなアルバムだった。

「相変わらず、加蓮ちゃんですね」
「相変わらずで悪かったわねー」
「悪い、なんて言っていませんよ?」
「今日くらいは相変わらずじゃない加蓮ちゃんをお披露目しちゃおっかなー、なんて思っててさ」
「ふんふん」
「こう、理想の加蓮ちゃん的な」
「ふふっ。加蓮ちゃんは、いつだって理想の加蓮ちゃんですよ」
「でも相変わらずなんでしょ?」
「相変わらずですねっ」
「ざーんねん」

表紙はリーフグリーン模様。めくり跡はほとんどついていない。写真も半分しか入っていない。
そんなアルバムは、藍子の第何十号か分からないコレクションの最新版――ではなくて。
私の持ち物だ。

前々から用意していたプレゼントを鞄に入れて、さあ出よう、って直前に、自室の片隅へと目が行った。
新調したばかりの小さな棚の中にある、買ったばかりのミニアルバム。
少し悩んで、ちょっと持っていってみようかな? って。

「加蓮ちゃん。ここで、クイズです!」
「クイズ?」
「私はこの時、何のパンを食べたでしょうっ」
「むむ。そう来たか」
「いつもの加蓮ちゃんのマネですよ。えへへっ。正解できたら……。正解できたら……。……加蓮ちゃん、正解できたら何の景品がいいでしょう」
「それ私に聞く?」

事務所の人数を考えると、どうせプレゼントはかぶる。ただアルバムを、って言うならなおさら。
私が考えたのはそういうことじゃない。
アルバムの中に収められているのは、私達の"思い出"。
これなら、決して誰ともかぶったりはしない。

……マジな話すると部屋から出る時ビミョーに緊張してて、いや、誕生日って改めて考えると何の話すればいいかなぁってなっちゃったんだよね。
だから、アルバムを手に取った時は、話のネタになるかな? って程度だった。
あるいは前みたいに藍子を焦らしに焦らして、いざお披露目! ってなった時用のサプライズというか、秘策にするのもアリかもしれない、っていう、ちょっと姑息なやり方も考えていた。

「じゃあ景品は藍子で」
「……あの、またバトルをするつもりなんですか?」
「えー何その悟った顔。もっと昔みたいにさ、やめてください加蓮ちゃん! これっきりなんてっ……! みたいな反応見せてよー」
「私そんなこといつ言いました!?」
「夢で」
「夢!?」

誤算だったのは、私の藍子に対するあれやこれ。

「あははっ。藍子の食べたパンかー……。なんだっけ。うーん、ヒント!」
「ヒントは、この時にやっていた私のお仕事ですっ」
「仕事? この頃って言ったら……。茜と一緒に走ってなかった?」
「それはいつものことですよ~」
「じゃあ、未央と一緒にパーリィやってた」
「それもいつものことです」
「……未央と茜ばっかりズルいよね」
「加蓮ちゃんとだって、いつもここでのんびりしているじゃないですか」

不思議だよね。そして卑怯だよね。
カフェに到着して、扉を開けて、いつもの席から藍子が大きく手を振るだけで。
すごく嬉しそうな顔を見せるだけで。
計画とか小細工とか、ぜんぶ吹っ飛ぶから。

「思い出した。ナッツ入りのパンだ!」
「正解っ。ちなみに、この時私がやっていたのは――」
「ハムスターだよね?」
「大正解っ。よかった、思い出してくれたんですね」

懐かしいなぁ、という呟きに、そうだね、って私は返す。

「写真がなかったら、思い出すの怪しかったかも」
「そうなんですか?」
「うん。写真を見てたらさ、そういえば藍子が真剣に悩んでたなー、っていうのも思い出せて」
「そういえば、そうだったかもしれませんね」
「ううん絶対そうだった。思い出した思い出した! だって、ナッツのパンと、私が即決したメロンパンを、こうさ。右手と左手に持って。あははっ、すっごい真剣な顔で悩んでた!」
「そ、そんなことありましたっけ?」
「あったよ絶対あった! ものすっっっっっごいマジ顔だったもん! で私は密かに笑ってた!」
「ひどいっ」

おっといけない。また藍子が口をヘの字にしてしまった。
今日はからかうのは控えめにするって決めてたんだった。誕生日だし。
……んー。
誕生日だからって関係ないよね? いいや。

「……ねえ、加蓮ちゃん」

今にして思えば、そのパン屋の写真は少し手ブレしていて、なんというか恥ずかしい。
今月注文の! というポップは真ん中やや左下というよく分かんないところに入ってるし、制服の可愛い店員さんは見切れてる。センスがない。
自撮りでも他撮りでも人を映すのはまだ得意だけど、風景を捉えるのは今でも苦手。

そんな1枚をつんつんとつついていた藍子が、ふと目だけをこちらに向けた。

「このアルバム……それに、この写真。いつ、用意したんですか?」
「いつって、写真は前からだよ? 私結構撮ってるじゃん。藍子だって知ってるでしょ?」
「そうでしたね。アルバムは?」
「こっちは割と最近。いつだったかな? 1週間とか2週間くらいなんだよね」

なんとなくぶらっとしてたら可愛い雑貨屋を見つけて、なんとなくぶらっと入ったら色々あって、で、アルバムと。
表紙の新緑色から何かを連想したってことは決してありえないですそこんとこよろしくね。

>>8 3行目、誤字1つ訂正です。
誤:“今月注文の! という~”
正:“今月注目の! という~”



「ふうん……。そっか。ふふ♪」
「……何1人でニヤニヤしてんの。気味悪いよ」
「き、気味悪いなんてひどいっ。……なんだかちょっと、嬉しいなって」
「何が?」
「加蓮ちゃんが今日、アルバムを持ってきてくれたこと。写真を、いっぱい見せてくれたこと」

目を細めながら、藍子は続ける。

「さっきプレゼントをもらって、おめでとう、って言ってくれて……」
「うん」
「それなのに、アルバムまで持ってきてくれたことが、すごく嬉しいんです」
「そう? そこまでなんだ。なら、持ってきてよかったよ」

ありがとう、と、今日何度目になるか分からないお礼を言われた。
そして。

「アルバムも、写真も、思い出を振り返ることも、私の大好きなことで……。それを加蓮ちゃんが持ってきてくれたことが、一緒にできることが、よく分からないくらいに嬉しいんです……♪」
「……………………」
「……? 加蓮ちゃん? なんであっちの方を向いてるんですか?」

蕩け顔を、こっちに、見せないで。

少しだけ、会話が途切れる。
さっきからひっきりなしに語尾を跳ねさせていた藍子も、口を開かない相席に馴染んだらしい。アルバムを、静かに捲る音が聞こえる。
その間、私は窓から外の景色を眺めていた。
何か気になった物がある訳じゃない。もちろん、気まずいということもない。
ただなんとなく、今は口を挟むべきじゃないと思っただけ。
会話がなくても藍子がいるこの場所を、肌で感じ取りたくなっただけ――

「ね、加蓮ちゃん。この写真、覚えていますか?」
「どれどれー?」

はい、センチメンタル加蓮ちゃんごっこしゅーりょー。

そりゃ静かな時間も好きだよ。話してないのにそこにいてくれるって状態、すごく心地いいし。
でも今は別。
あのね、みんなが大好きで大好きでたまらない藍子ちゃんを今日この時に独占するまでどんだけの根回しと暗躍が必要だったと思ってるの。
どんだけぜーはー言ったと思ってんのよ。
これは勝ち取った時間だ。
もっともっと欲張ってもいいでしょ。

「……なんだっけこれ?」
「ふふ、撮ったの加蓮ちゃんでしょ? 覚えていないんですか?」
「待ってちょっと待って。思い出す。すぐ思い出すから。えーと……」
「じーっ」
「こ、こっちをじっと見ないでよっ。変にプレッシャーかかるんだけど!」
「えへへ、ごめんなさいっ」

軽く声を荒げてみても眉を八の字にしない。本当、笑ってばっかり。
それでいいんだけどね。泣き顔が見たくてここに来てる訳じゃないんだし。

ところで写真の件だけど本当に思い出せなかった。公園っぽい場所が映っていてまた変にブレてるというか、景色が斜めになってるというか。
左の奥の方に2人組の、子供? っぽいものが入り込んでる。
木の葉は緑色だから春か夏の写真だとは思うけど、そもそもどこだろうこの公園。

「実は――」
「実は?」
「私にも分かりません!」

躊躇いなくチョップした。

「いたいっ」
「……で、どういうことよ」
「うぅ~。どういうことも何も、覚えがないんです。だから、これ、加蓮ちゃんが1人で撮った写真じゃないでしょうか?」
「私が? ……あー」

確かに、これは私のアルバムだから私が撮った写真が入っている。そして、私は別に四六時中、藍子と一緒にいる訳じゃない。

「だから、加蓮ちゃんが教えてください。これは、何の写真なんですか?」
「何の写真……」
「じーっ」
「だからこっちをじっくり見んなっ」
「だって、どんなお話が聞けるかな? って期待しちゃって」
「しかもプレッシャー上乗せ!?」
「ほらほら。ラジオの収録だと思って。加蓮ちゃんの素敵なお話を待っているお客さんがいるんですよっ」
「このっ」
「きゃーっ。調子に乗りましたっ」

藍子は凄んでも怖くはない。別に細目になろうが睨まれようが、目が潤んでいない限り微笑ましくしかない。
逆に、ニコニコ笑顔でこっちを見てきた時の方が身構えさせられる。
だってミスったら表情が崩れて悲しげになるってことでしょ? 私のせいで。
嫌じゃん。それ。

「……どこ、っていうのは分かんないけどさ。これ、何かの時で行った公園なの」
「公園ですね。遊具と、子ども? が写っています」
「うんうん」
「時間はお昼……? ううん、夕方、かな? 春か夏の……うーん、夏に近い頃の夕方っぽく見えます」
「分かるんだ」
「えへへ。正確には難しいですけれど、なんとなくくらいなら」
「藍子は写真探偵だね」
「写真探偵?」
「風景写真を見て色々推理する感じの探偵」
「あ~」

手を、ぽん、と叩く藍子。

「……そんな探偵、いるんでしょうか?」
「マジな話いそうだけどね。写真を手がかりに! みたいな感じで。いないなら藍子が第1号になればいいじゃん」
「私でいいのかな……?」
「いけるいける。加蓮ちゃんのお墨付きだからいけるいける」
「それなら、加蓮ちゃんが助手になってください。それなら、自信も持てそうです!」
「いいけどドラマなら5話とか6話とかで裏切るからそこんとこよろしくね」
「それ予告するものなんですか!?」

私が助手ってことは、藍子が……。この場合はなんて言うんだろ。私のご主人?
ってことは、私はメイド服を着て藍子にコーヒーを淹れたりお世話したりするの?

「メイドかぁ……」
「……メイド?」

藍子がきょとんとしていた。あ、これ違うヤツだ。探偵の助手ってそーゆーのじゃなかった気がする。

「なんでもない。……うぉっほん! では探偵君。この謎を解いてくれたまえ」
「はい。この写真に写っているのは――じゃなくて! それを加蓮ちゃんが教えてくださいって言ってるんですっ」
「バレた? でもさ、これ失敗なんだよねー」
「失敗?」
「うん。失敗。言うの恥ずかしいなぁ。ってことでこれは無しで。おつかれー」

腕を思いっきり掴まれた。

「加蓮ちゃん」
「何でしょうか藍子ちゃん。腕が痛いです藍子ちゃん」
「加蓮ちゃん?」
「……ふざける度に声のトーン落とすのやめよ? それは怖いから」
「……」
「……何、じっと見て。睨まれるのは怖くないもんっ」
「まだ続けるなら、次は呼び捨てで呼びますね」

マジすぎた。思ったよりも藍子がマジすぎた。よく見てみたら目の奥にヤバイ光が入ってる。

「……何かの仕事の帰りだったか学校の帰りか遊んだ後か分かんないけど、公園の近くを通ったの」
「ふんふん」
「そしたらさ、ちょこっとだけ時間に余裕があって、んで公園って入りたくならない?」
「わかりますっ」
「……まあアンタの影響なんだけどね。入ってみて、そうだ、写真を撮ってみようって」
「ふんふん」
「風景撮るの慣れてなくてさー」
「うんうん」
「1枚撮ってみたらその写真、メチャクチャヘタな写真。何がしたかったかもよく分かんないヤツ。恥ずかしくなって走って帰っちゃった」
「あ~……」

そもそも、なんで写真を撮ろうとしたのか。何と比べて恥ずかしくなったのか。
それはあまり覚えてない。ただ、未だ私の腕を結構な力で掴み続ける子のせいだってことは分かる。

「あれ? でも、アルバムには入れているんですね」
「何も考えないでスマフォの写真ぜんぶ印刷しちゃったんだよね。ほら、某電気屋で」
「なるほど~」
「写真を捨てるっていうのもなんか嫌じゃん? だからもう入れちゃえって」
「失敗だって、1つの思い出ですよね。そうそうっ。風景写真を撮る時は、まず目印を決めるといいと思いますよ」
「目印」
「人の写真を撮る時も、その人の全身を撮りたいか、服を綺麗に見せたいか、スカートを見せたいかって、色々あるじゃないですか。あれとおんなじですっ」
「なるほどねー。分かりやすいっ」

私が撮りたかったのは何だろう。木? 遊具? 子供?
どれもピンと来ない。ちょっと考えて、"撮る"という行動がしたかっただけかも、と思い至る。

……公園に立ち寄ったのも、カメラを構えたのも。

たぶん当時の私は隠れて練習がしたい(けど実際シャッターを切ってみたら酷い有様で逃げだした)とか思ったんだろう。
後から思い返してみると、馬鹿なことをやってるって思う。
写真を、ってことじゃなくて。

幼い頃は病院のベッドで、独りでやれることはだいたいやり尽くした。
アイドルになってからは仲間ができたけど、自分だけ取り残されている時は1人で練習してきた。

周囲に誰もいないことの方が多い人生だったんだ。
だからさ。

「ね、藍子」「ね、加蓮ちゃん」
「……あ」「あっ」

声が綺麗に重なった。呆けた顔になったのも、たぶん同時だった。
軽い沈黙の後、あはは、と笑ったのも、2人一緒だったと思う。

「今、きっと私たち、同じことを考えてますよね」
「あはは。もしかしたら違うかもよ? 私と藍子、肝心なところで似てない時あるから」
「似ていない時もありますけれど、似ている時もありますよ」
「確かに。藍子はどっちが好き?」
「どっちも好きだから、今こうしてあなたと一緒にいるんです」
「言うね。私はその時の気分次第かな。同じなのが嫌な時もあるし、考えがズレてて嫌になることもあるし」
「いいって思うことはないんですか?」
「言わなきゃダメぇ?」
「そうやって唇を尖らせるなら、言わなきゃダメですっ」
「はいはい。大好き大好き」
「投げやりーっ」
「1年に1回だからって調子乗ってんじゃないの?」
「む~」

喋るだけ喋り倒して、言葉が途切れたら、それがすごくもったいなかったから、話してたら喉が乾いた、って誰にでもない言い訳をして。
店員を呼んで、コーヒーを注文した。
いつもの人が一礼して店の奥へ消えていったのを見送って、視線を戻したら、藍子が腰を浮かしているところだった。

「今度って言おうと思いました。でも待ちきれませんっ」
「ん、どしたのパッションアイドル」
「1年に1回ですからいいですよね。調子に乗っちゃっても」
「アンタなら1年に365回調子に乗ってもいいでしょ」

立ち上がった藍子はなんだか力強い足取りでこっちに歩いてくる。
歩いてくる、って言っても対面の席だから、3歩もないんだけど。
ただ妙な威圧感というか、絶対やってやる、って感じの雰囲気があった。

「隣、座りますね」
「ん」
「加蓮ちゃん――……あ、あはは。やっぱり落ち着きませんね、これ」
「ホントホント。カフェ巡りの時なんかはよく隣にいるのにね、藍子」
「実は私、ときどき緊張するんですよ。隣に加蓮ちゃんがいる、ってなって」
「マジ? 私は……緊張はしないかなぁ。ただ、ちょっとそわそわするかも」
「それを緊張って言うんですよ~。って、それはともかく」

ポケットから取り出したのは、予想通りのスマートフォン。

「風景写真じゃないじゃん」
「いいんです。だって待ちきれませんもんっ」
「急にどしたのパッションアイドル」
「もし今の私が、加蓮ちゃんの言うパッションアイドルなら、きっかけは加蓮ちゃんです」
「私?」
「だって、今日……ずっと、嬉しい、って思わされて。加蓮ちゃんに、嬉しいな、って何度も思わされて……」

だから、と。
続ける隣の子から、少しだけの高い体温を感じた。

「えいっ」
「わ」

まばたきをしている間に抱き寄せられた。

「撮りますね。いいですか? ダメって言っても撮っちゃいますけど!」
「はいはい、駄目なんて言わないわよ」
「加蓮ちゃん加蓮ちゃん」
「ん?」
「にいっ」
「……にー」

ぱしゃり。

真夏日のカフェにシャッター音が響き渡る。

「誕生日プレゼント、いっぱいもらっちゃいました♪」
「ふふっ。よかった」
「?」
「楽しい時間が贈れたらいいなって、ずっと思ってたから。……これでもちょっとだけ緊張してたんだよ? ほんのちょっとだけね」
「加蓮ちゃん……。もう! もう1枚、撮りたくなっちゃうじゃないですかっ」
「今日は藍子の日でしょ? いくらでも付き合うよ」

ぱしゃり。

たぶん4枚目か5枚目辺りから私は笑顔というより苦笑いになってたと思う。もしそうなら、1ヶ月半後が楽しみだ。
人は嬉しい時に笑顔になれるけど、笑顔を見て嬉しいのは見た側の人もだから。
あるいは藍子に文句を言われるかもしれない。楽しくなさそうな顔をしてる! って。
それならまた言葉を尽くそう。それかもう1度写真を撮ろう。何度も楽しい一時を過ごして、何回もたのしい時間を過ごしてもらおう。

「藍子ー」
「も、もう1枚だけっ。もう1枚だけですからっ」
「だから何枚でもいいってば……。誕生日おめでとね」
「ありがとう、加蓮ちゃんっ。ほら、にいっ」
「……にー」

ぱしゃり。

数日後、私はリーフグリーン模様のアルバムから写真をぜんぶ取り出して、配置をすべて変更した。
なんでそんなことをしたかって?
どうしても最初のページにしまいこんでおきたかったから、かな。

私達の楽しい時間の証を。



おしまい。読んでいただき、ありがとうございました。

実に半年と少々です。お待たせしてしまい本当に本当に申し訳ありません。
そして、それでも読んでいただいた方へ、心より感謝致します。
とりあえずいくらか書き溜めはしています。またぼちぼち投下していきますので、よろしければ、また読んでやってくださいな。

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