北沢志保「名前と嫉妬と独占欲」 (22)



・百合

・地の文あり

・タイトルは志保だけど視点は七尾百合子


 それでも良ければお付き合いください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1531316270


 ページをめくる音が聞こえる。私が読んでいる本のものでは
ない。私の隣に座って絵本を読む少女のもの。厚手の紙が擦れる
音は、小説のページをめくる音よりも重く、それだけ手繰る人の
心にも届く。

 私は自分が読んでいる小説のページをめくった。左隣の志保に
肘が触れそうになる。ほんのりと彼女の暖かさを感じた。今の
私は本に集中できていない。けれども、窓を叩く叩く雨音でさえ、
今の私には心地良い。

 ガチャリと扉が開く。続けて私の前の椅子が引かれる音がした。
本に栞を挟んで閉じ、顔をあげて目の前に座った人物の姿を確認
する。

「ねえ、百合子。ちょっと時間いいかしら」


 最上静香は弾むように私へ訊ねた。手には二枚の画用紙が
握られていた。

 「いいよ」と私が答えると、なぜか志保が本をパタンと音を
立てて閉じた。心底嫌そうな顔をして静香ちゃんを睨んでいる。
志保に不快を示されることに慣れているのか、静香ちゃんは
全く気にしていない。

「で、なにかな。相談?」

「次の公演のチラシのイラストをロコに頼まれたのよ」

 ロコちゃん、何考えてんの?

 困って視線を横に流すと、隣の少女も頭を抱えていた。
当たり前だ。

「……志保、何か不服なの?」

「……私に人事権があるわけじゃないもの。口出しはしないわ」


 少しも回答になっていなかった。できる限りの明言を避けよう
とする、志保の涙ぐましい努力だけが私に伝わってくる。しかし、
どうやらその頑張りは静香ちゃんには伝わっていないらしかった。

「……?変なの……」

「あはははは……それで、静香ちゃんはどんな絵を描こうと
 思ってるの?」

「もう描いたわ。ロコにどっちが良いか訊いたのだけど、
 どっちも捨てがたいって」

 自信作だと言わんばかりに差し出された二枚の紙にに描かれていた
ものは、私にはとうてい理解の及ばない謎の存在だった。これは
劇場ではないのか、と推測できるが、それ以外は何もわからなかった。
より正しい言葉を選ぶのなら、次の公演のチラシで使うイラストである
ことを知らなかったら、それが劇場なのかも分からなかっただろう。


 静香ちゃんの描く絵はいつもそうなのだ。私には、いや、普通の
人には、それが何かを象ったであろうことだけしか理解できない、
不可解な線の集合体にしか見えなかった。ロコは静香ちゃんのコレを
アートと呼ぶのだが、しかしこのカオスなストラクチャーを
アバンギャルドなアートと呼ぶことは、アートに対する
ブラスフェミーではないだろうかと思ってしまう。

 思わずにはいられない。

「……うわぁ」

 志保がひいていた。絵本愛好家からしてみても、静香ちゃんの
作る意味朦朧としたストロークの集合体は見たくないものなの
だろう。気持ちは分かる。できることなら私も見たくはない。

「……なによ。なんか言いたいことあるの?」

「……別に」言っても言わなくても同じだから言わない。ふいと
そっぽを向く志保の言葉は、そのように私には聴こえた。


「百合子はどっちがいいと思う?」

「そうだなぁ……こっち?」

 私は差し出された二枚の左のほう……より理解できないほうを
選んだ。静香ちゃんの顔がぱぁっと明るくなった。

 ……こっちで正解だったんだ。

「本当に!私もこっちの方が上手く描けたなって思ってたの!」

 何を、と訊きたくなったのをぐっとこらえる。その質問を
口にしてしまったら、今までの年月で築きあげた静香ちゃんとの
信頼関係が崩れ去ってしまいそうな気がした。

「ありがとう~」と静香ちゃんが私の手を握って上下にぶんぶんと振る。
私の気持ち的には何も成しえていないから、どういたしまして、と返す
気にもならなかった。かろうじて微笑みだけを返せた。


「……ねえ、静香。前から気になっていたのだけど」

 志保が口を挟んだ。静香ちゃんは私の手を握ったまま、私の左に
座る志保を睨む。

「……なによ」

「どうして百合子さんに対してタメ口なの?」

「どうしてって……」

「百合子さんに許可もらったの?」

 なにを小学生みたいなことを。と思ったけど、志保の考えていることが
やんわりと理解できた。

 危ないかもだけど、面白そうだし、乗っかってみようかな。


「許可って……貰ったことないけど」

「そういえば、静香ちゃんは初めて会った時から私に
 タメ口だったなー。朋花さんには敬語なのに」

「そ、それは、その……」

 静香ちゃんが言葉に詰まっている。

「えっと……ごめん、な、さい」

「ううん、謝らなくてもいいよ。私は理由が知りたいだけ。だから、
 教えて、静香ちゃん?」

「……同い年だと思ってました」

 横で志保が吹き出した。私よりも先にリアクションを起こさないで
ほしい。

「……本当は?」

 志保、笑いながら質問しないで。


「……年下かと」

 志保が椅子を蹴って立ち上がって、パーテーションの向こう側へと
消えていった。

 そんなに笑わなくてもいいじゃない。

 ……私も静香ちゃんのことは年上だと思ってたから、お互いさま
ではあるのだけど、こうしてはっきり言われてしまうと、こう、
胸にくるものがある。

「朋花さんだって静香ちゃんより小さいでしょ?」

「その、えっと……オーラが……」

 つまり、静香ちゃんに呼び捨てされている、私、ロコちゃん、
昴さんの三名は、静香ちゃんとの初対面のときに、オーラがないと
判定されていたことになる。


「…………普通に失礼じゃない?それ」

「おかえり、志保。志保もそんなに笑わなくてもいいでしょ」

「うう、ごめんなさい……」

 いつもはぴんとしている静香ちゃんの背が小さく丸まった。
反省します、とその哀愁漂う姿勢が物語っている。初対面の相手を
見た目だけで判断したこと、そしてそのまま横柄な接し方をしていた
こと。そんな子どもっぽいところが静香ちゃんらしいな、と思わない
わけではない。

「それで、どうするの。百合子さん」

「うーん、そうだなぁ……」

 組んだ手にあごを乗せて、考えるフリをする。私は静香ちゃんに
変わってほしい、とは考えていない。むしろ、静香ちゃんから敬語で
話しかけられているところを誰かに見られたら、私が静香ちゃんに
何かしたんじゃないかと疑われかねない。

 それは嫌だ。


「謝罪は必要よね」

「そうだねぇ……」

「百合子さんだけじゃなくて、他の二人にも謝らせるべきじゃない
 かしら」

「あの二人がどう思ってるか次第、かなぁ」

「そうて……なら、今までの賠償とかはどう?」

「そこまではいらない」


「……ねえ、志保。あなたこそ百合子さんにタメ口じゃない」

 静香ちゃんの「百合子さん」とつけた変わり身の早さに失笑を
漏らしてしまう。志保は「気づくのが遅くないかしら?」と目だけで
語っていた。私には、彼女のやけに愉しそうな口元が目についた。


「いいのよ。私は許可貰ったから」

 志保がドヤ顔で言い放った。がばっと勢いよく私のほうを向く
静香ちゃん。

「な、なんなんですか、百合子さん!志保には許可したって!」

 なんで私はダメなのか、とでも言いたいのだろう。静香ちゃんの
そういうところが、すごく子どもっぽくてかわいいと思う。本人に
言ったら、絶対に怒るだろうけど。

「静香ちゃんも普段通りでいいよ。私はあまり気にしたことないから」

「よ、よかったぁ……」

「それ、少しは気にしたってことじゃない?」

 胸をなでおろす静香ちゃんに、志保が容赦なく追い撃ちをかけた。
静香ちゃんが叫び声を上げながら頭を抱えた。横で見てるだけなのに、
すっごく面白いなぁ、この二人。



 少し、嫉妬しちゃう。


「私は気にしてないって。本当に本当。むしろ、いつも通りの
 ほうが嬉しいかな」

「そこまで念押しされると、かえってウソに聞こえます……」

 一転、顔を覆ってうつむいた静香ちゃん。ころころと表情が
変わるも、未だ私に敬語である。このままでも面白いけど、それだと
私のほうの調子も狂ってしまいそうだった。早く戻ってほしい。

「それよりも静香。それ、いいの?」

 志保は目線を下に落とすことなく、机の上に置かれていた、
ごちゃごちゃと線が引かれた紙を指差した。

「そうね……すっかり本来の目的を忘れてたわ……」

 静香ちゃんは二枚の紙を持って席を立って、私たちに頭を
下げた。濡羽の髪がするりと垂れる。


「ありがとうございました、百合子さん」

「だからいつも通りでいいって!」

「いえいえ、私なんかが七尾さんにタメ口など……」

「やめて!やめてください!」

 私まで丁寧語になってしまった。頭を上げた静香ちゃんは
笑顔だった。この年下は、たいへんしたたかな人物らしく、
既に私を使って遊んでいる。

「それでは失礼しますね」

 小首を傾げてニッコリと微笑むと、部屋の外へと向かって
いった。

「だから、やめてって!」

 私の抵抗もむなしく、ぱたんと扉が閉じる音が部屋に響いた。


「「……はぁ」」

 私と志保のため息が重なった。予期せぬ来訪者にどっと疲れたのは
お互いさまであったと知ると、志保は口に手を当てて笑い始めた。
私もそれにつられて笑った。

「まったく、志保が変なこというから」

「百合子さんだって乗ってきたじゃない」

「そうだけど……もうっ」

 立ち上がって、隣の少女に迫る。

「余計なこと言って、バレたらどうするつもりだったの?」


 私と志保のあいだには、一つ、共通の秘密があった。私と志保は、
先日お付き合いを始めたのだ。

 恋人という言葉の恥ずかしさと、同性という少しのうしろめたさ。

 誰にも知られたくない、私たちふたりきりの秘密。

 彼女と対等でありたいと思った私は、せめてふたりきりの時だけで
いいから、志保に敬語を使わないで話してほしいとお願いした。
「私は百合子さんに許可をもらったから」と志保が言ったとき、
その理由を追及されるのでは、気づかれたらどうしよう、と気が気で
なかった。

 そこまで考えていながら、志保の話に乗っかったのは私なのだ。
私にも志保と同じだけの責任がある。けれども。


「それは……そのとき、考えます」

 志保は右に視線を切った。逃さない。席を立って、彼女の頭を
両手で抱くように抑える。

「そんなこと言っちゃうなんて――」

 二人の時間を邪魔されて嫌だったのは、あなただけじゃない。
志保が静香ちゃんと笑いながら話しているとき、ふたりの間だけの、
伝わる特別な波長があると思った。嫌だった。志保の特別は、私がいい。
つまらない嫉妬なのは自覚している。それでも、溢れ出る想いは
止まらなかった。

 私は志保の顔をぐっと引き寄せて、彼女の唇に私の唇を重ねた。

 志保の口内に舌を這わせる。彼女の舌が私を押し返してくる。私も
負けじと志保の口膣を刺激する。

「んっ、んんっ、んっ……」
 
 十秒、二十秒、三十秒。私からは引きたくない。離したくない。

 一分程度経過しただろうか。私は志保から顔を遠ざけた。つむっていた
目を開く。彼女の目元は蕩け、頬は赤熱を帯びていた。ゆっくり肩を上下
させながら呼吸をする目の前の少女は、とても年下には思えないほどの
妖艶さをまとっていた。

 この少女が愛おしい。うらやましい。もっと、いっぱい、志保が欲しい。

「百合子、さん……っんんっ!」

 もう一度、強引にキスをした。今度は即座に離れる。志保は、困った瞳で
私のことを見つめていた。



「甘いことばかり考えてると、いつか痛い目見るんだから……!」


 絶対に、手放さない。

 私は彼女に三度目の口づけをした。




 投下終わり。



 この後、静香と入れ替わりで部屋に入ってきた紗代子に撮影されていたことを知って
一時的狂気に陥る百合子と、なぜか紗代子に「あなたには譲りませんから」と宣戦布告
しはじめた志保がいたりしますが、それはまた別の話。

確かに初見百合子の感じ星梨花ぐらいだと思ったな

七尾百合子(15)Vi/Pr
http://i.imgur.com/IUJ2Sr7.png
http://i.imgur.com/oNaYKxk.jpg

北沢志保(14)Vi/Fa
http://i.imgur.com/artGmvD.jpg
http://i.imgur.com/58MqlZw.jpg

>>3
最上静香(14)Vo/Fa
http://i.imgur.com/xwths3z.jpg
http://i.imgur.com/Bz6miZw.jpg

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom