【艦これ】あなたの手が借りたい (63)

※地の分多めです。

【艦これ】0と1で揺れ動く尻尾 - SSまとめ速報
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こっちが前作となります。よろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1530720448


じー。

隣で筆を揮う提督を見つめる。

来客が無い限り、基本的に静かな執務室では彼が筆を書類に走らせる音だけが響く。

私はこのカリカリカリ、と断続的に鳴り続ける音が好きだ。

そして綺麗な姿勢を保って文章を書き連ねる彼の姿も大好きだ。

私はこの姿を見たいが為に、仕事を早めに終わらせる。

彼との付き合いは今年になって四年目に入る。

彼にとっては今までの3年間は只の人生の一部なのかもしれないが、艦娘である私にとってはとても大切な時間だった。


提督は今迄、私を主力艦隊へ据え続け数多の海域を攻略してきた。

初めは彼の事を、只の物好きの変な男と考えていのだけれど、長い間共に戦っていると嫌でもその人となりが分かるものだ。

彼は一見きちっとしているが、意外に抜けている所がある。

例えばよく髭剃り負けを起こしている、とか。

靴紐を結ぶのが下手くそ、とか。

偶に靴下の種類を左右間違えて履いてくる、とか。

彼を隣で見続けた時間は伊達じゃない。

たぶん、この鎮守府の中で私が提督の事を一番知っているはず。


それにも拘わらず、彼と私の距離はお世辞にも近いとは言えなかった。

なぜなら

提督「...初風、何か用か」

初風「...見てないわよ」

提督「...そうか」

この通りだからである。

彼と出会った時に態度を硬くした所為で、今になっても素直に彼と話すことが出来ないでいた。

もっと気軽に提督と話したい。

けれども長年続けてきた私の彼への態度が、私の邪魔をするのだ。


提督がこちらを見てきて私と目が合う。

初風(何か用かしら、提督)

初風「ちょっと、こっち見ないでくれる?」

提督「...悪い」

理想と現実の違いに私は頭を抱える。

このままじゃ何時まで経っても彼に近づけないじゃない。

顔に出さないようにしながらも、私は一人もんもんと悩み続ける。

どうにかしてこの状況を打破しなくては...。

視界の端に何かの影が映る。驚いてそちらへ振り返ると提督がこちらに手を伸ばしていた。

私は反射的に椅子をずらし、彼との距離をとる。

初風「ちょっ、なに触ろうとしてんのよ!」

私が怒鳴っても彼は何も言わず、こちらを見て笑うばかりだ。


初風「きいてるの!?ねえ、提督ったら!妙高姉さんに言いつけるわよ!?」

提督「ふふっ...悪かったよ初風」

仲良くなりたいとは思っているけど、触られるのは恥ずかしい。

...でももう少し親しい間柄になれれば、別に体を触る位なら許してあげなくもないわ。

私だって、その...提督の事、触りたいし。

雪風「しれえ!雪風、報告書をお持ちしました」

暫くすると雪風姉さんが執務室へやって来た。

雪風「初風、秘書艦のお勤め、ご苦労様です!」

初風「ええ、姉さんもお疲れ様」


雪風姉さんは私と違ってとても素直だし、可愛げだってある。

彼女の明朗快活な性格は誰彼構わず人を呼び寄せ、彼女自身も他人の懐へ上手くもぐりこむ。

その姿はまるで祖父母に溺愛される孫娘のそれだ。

私も少しは見習いたい物である。

雪風「しれえ、くすぐったいですよ~」

提督「すまんな、もう少しだけ我慢してくれ」

雪風「もう、しょうがないですね...えへへ」

初風「...」

雪風と戯れる提督を見ながら、私は心の中で大きなため息をついた。


最近、提督の様子がおかしい。

普段なら彼は昼休みは執務室で愛読書を読んでいたり、私に一言告げて間宮さんの店へ足を伸ばすのだが、最近はこの時間になると

何処へ行くとも告げずに外へ出かけるようになった。

一応休憩終わりには帰ってくるし、そこまで遠くへは出かけていないと思うのだけれど。

提督「じゃあ行ってくる」

初風「ん」

今日も彼はそう言って外へ繰り出す。

別に何処へ行くか伝えて教えて欲しい訳じゃないけど、やっぱり気になる物は気になるのだ。

それにもしもの緊急時に提督の所在が不明というのも問題だろう。

初風「...」

いけないと思いながらも、私は提督の後をつけることにした。

...私が知らない提督が居ると思うと、何故か無性に腹が立つし。


提督をつけ始めて早5分、彼が露骨に誰かに後をつけられていないか注意している事が分かった。

先程から無意味に同じ道を行ったり来たりしているからだ。

初風(...それって逆効果じゃない?)

物陰に隠れながら、私は彼の間抜けな姿を観察する。

それでもあんなに警戒するなんてよっぽど秘密の用事なのだろうか。

もしかして、誰かと逢瀬をしていたり。

...冗談じゃない。

贔屓目抜きに見ても割りと提督は整った顔立ちだし、他の艦娘に好かれている事もあって笑えない話である事に私
は気づく。

もしも本当に彼女と会ってたらどうしよう。

急に不安になってきた。

勝手に後をつけて勝手に不安になってと勝手尽くしの私だが、彼だけは譲れない。

私は決意を新たにして、彼の尾行を続けた。


彼は鎮守府の裏まで来ると、草の茂みの前でそわそわし始めた。

その姿はまるで恋人を待ちかねているかの様。

初風(...私、帰ろうかな。)

本当に彼女と会う提督の姿なんて見たら、私の心はポッキリ折れてしまうだろう。

それなら今日の事は忘れて、明日から今まで通りの平穏な日常を過ごした方が良いに決まっている。


提督「おー、よしよし。元気だったか?」


回れ右をした私の耳に提督の声が聞こえた。

やはり提督は誰かと会っていたのだ。

そのまま動けないで居ると、提督が可愛いな、よしよしと甘い声で褒めるのが聞こえてくる。


回れ右をした私の耳に提督の声が聞こえた。

やはり提督は誰かと会っていたのだ。

そのまま動けないで居ると、提督が可愛いな、よしよしと甘い声で褒めるのが聞こえてくる。

初風(...あんな提督の声、私聞いたことない。)

今まで私が提督の事を一番知っていると思っていたからか、無性に腹が立ち始めた。

せめてその面を拝ませてもらわなければ気がすまない。

初風(一体どの艦娘なんだろう)

建物の角からこっそりと覗く様に、私は声がする方を見る。


提督「よーしよしよし。あーーー!かわええなおまえなああああああ」

猫「ニャー」

猫だった。

提督はしゃがみ込みながら、両手で猫をこれでもかとモフっていた。

初風(紛らわしいのよ!)

ある程度覚悟はしていたけど、まさか相手が猫だったなんて。

...私は猫に嫉妬をしていたのか。

目下の不安が消え去った私は急に馬鹿らしくなって執務室へ戻った。


その日の夕方、私は提督からの頼まれ事で鎮守府の離れにある工廠へ来ていた。

初風「じゃあ、伝えましたからね」

明石「はいはーい。ありがとね」

提督からの用件を明石さんに言伝すると、私はその足で執務室へ帰ろうとした。

しかしその帰り道の途中、何の気まぐれかは分からないが、私は例の猫がいた茂みへと足を運んでいたのだ。

初風「確かこの辺に居たはずなんだけど...」

しゃがみ込んで茂みの奥を見通す。

猫は奥の方にある空洞に佇んでいた。黄緑色に光る眼が私を捉える。


初風「...おいで」

手招きをすると、それに応えるようにこちらへ這い出してくる。

猫は私の近くまで来て足元へ体を摺りよせた後、構ってと言わんばかりに体をこちらへ放り投げた。

猫「にゃーん」

初風「ふふっ、くすぐったいわね」

猫「にゃあ」

...これは提督が夢中になるのも分かる気がする。

無邪気な猫の姿を見て、私は自然と微笑んでいた。


初風「私もあなたみたいに甘えられたらな」

仰向けになった猫のおなかを撫でながら、一人ごちる。

今までの私を全部忘れて彼に甘えられたら。

例えそれが無理だと分かっていても願ってしまうのだ。

「甘えればいいじゃないか」

初風「誰!?」

唐突に話しかけられて私は驚く。

おかしい、ここには私と野良猫しか居ないはず...。

「甘えれば、いいじゃないか」


その声の主はいつの間にか、野良猫の隣に立っていた。

初風「あ、貴方は!」

艦娘の間でまことしやかに噂される存在が居る。

言い伝えではその姿を見た時、世界の時が止まり、終末が訪れると。

公式には何処にも記録されていない、所属不明の妖精さん。

初風「エラー娘!!」

通称、妖怪猫釣るしであった。


エラー娘「おっと、そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。別に君を取って食う訳じゃないんだ」

彼女はセーラー帽子を触りながら、無駄に渋い声で私に語りかける。

その小ささからは考えられないほどの貫禄を醸し出していた。

エラー娘「話を本題に戻そうか。...君は提督に甘えたい、そうだね?」

初風「...ええ、そうよ」

私は彼女の貫禄に気圧されたのか、正直に答えてしまう。


エラー娘「どうして甘えられないのかい?」

初風「それは...私が提督に甘えるのはおかしいのかなって。」

エラー娘「ふむ。おかしい、か。どうしてそう思うのかい?」

初風「今までの私がそんな柄じゃなかった...から」

初風「...違うわね。私は提督に失望されたくないだけなのかも」

初風「彼の隣に立つ艦娘として未熟な姿を見せたくないわ」

エラー娘「初風、皆何かしらの支えがあるから、弱さを抱えていても前へ進める」

エラー娘「そしてその支えは決して自己完結できるものじゃあない。」

エラー娘「誰かに頼るって言うのは悪い事じゃないんだ。」

エラー娘「それとも彼は君の本当の姿を知って、失望するような男なのか?」


...ちがう。私の知っている彼は何時だって私の傍に居てくれた。

私が彼の目を見て話せなかった時も、ちゃんと話を聞いてくれた。

体調が悪い時だって、何も言わずに介抱してくれた。

提督はそんな心の小さな男じゃない。

ただ、私の勇気が足りないだけだ。

エラー娘「答えは出たみたいだね」

そう告げると彼女は猫に跨り、茂みへ戻ろうとする。


初風「あ、あの!」

エラー娘「?」

初風「あ、ありがとう...ございます」

エラー娘「...人は弱みを開示されると、自分に好意を寄せていると勘違いするらしい。」

エラー娘「つまり、欠点は時として魅力的に見える訳だ。...健闘を祈るよ」

エラー娘「じゃあ行こうか、レディ」

猫「俺はオスだぞ」

エラー娘「えっ」

そうして彼らは、私に助言を残して茂みへと帰っていった。

...ここからは私の戦いだ。私自身との。


初風「あーもう!分かんなーいー!」

エラー娘からの助言を受けた私は、自室に戻ってすぐに計画を練りだしたのだが、早くも頓挫しかけていた。

初風「どうやって甘えればいいんだろう」

甘え方を知らなかったのだ。今まで甘えようという意識すらしてなかったから、当たり前なのかもしれないけど。

こういう時は何かロールモデルを考えたほうが良いかも知れない。

私は雪風姉さんを思い浮かべる。どんな時も素直で、笑顔な雪風姉さん。

執務室で彼女が提督に弄繰り回されるのは、最早おなじみの風景と化している。

提督に撫でて貰うのを受け入れる...これが第一目標でもいいんじゃないかしら。

一つ目の目標ができた私は早速、実践へと移す事にした。


初風(いつでも準備はできてるわ)

初風「...」

執務机で筆を執る提督へ向かって、私は念(と言う名の視線)を飛ばす。

手を伸ばして、撫でられそうになったら我慢する。

目を閉じていれば、恥ずかしさなんて感じる間もなく終わるだろう。

撫でられる事に慣れたら、次はもっと甘えられるはず。

...なんて考えていたのだが、提督は一向に私の事を撫でてくれない。

初風(...どうしてこういう時に限って撫でてくれないの?)

我侭極まりないが、じれったいのも事実。

私は何時もより力をいれて視線を提督へ送る。


初風(撫でて撫でて撫でて撫でて)

提督「...初風?」

私の視線に気づいたのか、ようやく提督はこちらを向く。

すると彼は何か納得したような顔をした後、微笑みながらうんうんと頷いた。

やったわ!これで次の段階へいけるはず!

後は提督に撫でて貰うだけ...

提督「ああ、わかってる。...お手洗いだな?」

違 う わ よ !


何も言わずに私は彼をにらみ続ける。

流石におかしいと思ったのか、提督は怪訝な表情を顔に浮かべた。

提督「...あ、あれか?デリカシーが無かったとか。えーと、お花、摘んできてもいいぞ?」

お 手 洗 い か ら 離 れ な さ い よ!

なんなの?提督はそんなに私をお手洗いへ行かせたいの?

一向に思いが伝わる気配がなく、私は焦り始めた。


摩耶「提督ー、邪魔するぜ...どうしたんだ初風、そんなガン飛ばして。」

執務室へ入ってきた摩耶さんがこちらを見ると、ぎょっとした顔で話しかけてきた。

提督「摩耶...さっきから初風がずっとこの調子なんだよ。たぶん何か伝えたいんだろうけど...」

摩耶「はぁ...分かってねーな提督、こういう時は大抵アレだぜ。アタシに任せとけ」

そう言いながら、摩耶さんが私へ近づいてきて小さな声で耳打ちをする。

摩耶「初風...お前、トイレ行きたいんだろ?俺が提督に伝えといてやっから、な?」

...午後からがんばろう。

私は諦めてお手洗いへと向かった。


提督「ウッ..フグッ...」

敷波「元気出しなよ、提督」

初風「ちょっと...何があったのこれ」

敷波「それが...」

昼休みから帰ってくると、執務室の隅っこで泣きながら丸くなっている提督と、それを励ます敷波の姿があった。

敷波から話を聞くと、可愛がっていた猫が他所様の猫と発覚したそうだ。

まあ私もそんな気はしてたけど。


初風「ほら、大の大人が何時まで泣いてんのよ」

地べたで丸まる提督に私は慰めの声をかける。

提督「うグッ...こんなに苦しいのなら悲しいのなら...愛などいらぬ!!」

どんだけ悲しんでるのよ...。

提督は妙に涙腺が弱い節がある。この前、帰ってきたドラえもん見てた時も馬鹿みたいに泣いてたし。

提督「これから俺は何を愛でればいいんだ...?なあ、教えてくれよ初風」

初風「わ、」

提督「わ?」


初風「...分かんないわよこの、へっぽこ!」

提督「お"お"お"ん"」

敷波「ああ、もう...」

結局、提督はその日一日中鼻水をすすりながら仕事をしていた。

...私を愛でなさいよ。


夜、布団の中で私は一人悩む。

どうしたら撫でてもらえるんだろう。

早い話、撫でてと言えば提督は快く私を撫でてくれるだろう。

ただ、それは今の私にとってあまりに高いハードルなのだ。

ふと脳裏に提督に撫でられる猫の姿が浮かぶ。

...私が猫だったら、何も言わずに撫でて貰えるのに。

私が猫だったら...私が猫?


私=猫。

猫=撫でられる。

私=撫でられる。

Q.E.D.

とんでもない穴だらけの三段論法を私は頭の中で組み立てる。主に大前提の部分。

でも、これなら恥ずかしくかも。

猫が撫でられるのは普通の事なのだから。

新しい作戦を思いついた私は、すぐさま布団の中でイメージトレーニングをし始めた。


初風「摩耶さん、今日の秘書艦なんだけど私と代わってもらえませんか?」

作戦当日、私は摩耶さんに秘書艦の交代をお願いしていた。

昼休み前に、ある場所へ行かなければならないからだ。

すべては提督に撫でてもらうため。

摩耶「ん、珍しいな。もしかしてアレか?」

初風「別におなかは痛くないです」

摩耶「お、おう...まあ摩耶様に任せとけ。提督には伝えておくから」

初風「よろしくお願いします」

...よし、一段階目は達成ね。

ここ数日、提督が未だに猫の姿を追って、鎮守府裏の茂みに足を運んでいる事は調査済みだ。

私は足早に茂みへと向かった。


暫く茂みの中で待つと、提督が現れた。

やはり彼は猫を探しているらしい。

....落ち着いて私。私は猫、私は猫...。

今日まで幾度となく頭の中でイメージトレーニングを積んだのだ。

私ならやれるはず。

提督「いないか」

提督が立ち上がる所を見計らって、私は茂みの中から飛び出した。


初風「...に、にゃあ」

私を見た提督が固まる。

でもそんなのは知ったことじゃない。今の私は猫なんだから!

イメージトレーニング通り、招き猫の状態をキープする。

提督「あっ、えっと、きみは何処の、何ていう猫ちゃんかにゃ~?」

...こういう時はどうやって返事すればいいんだろう。

想定外の問いかけに私は少し考え込む。

ここは素直に答えるべきなのかも。


初風「えと、ここの鎮守府所属の、陽炎型駆逐艦、初風です...にゃ」

なかなか良い線をついたんじゃないかしら。ちゃんと語尾も猫っぽいし。

提督「そっかー、初風ちゃんかー...」

初風「そうよ...にゃ」

よし、掴みは上々みたいね。後は流れで撫でて貰えるに違いないわ。

初風「よいしょっ..と」

提督「おおう...」

茂みから這い出て、私は提督の前に立つ。


しかし、何時までたっても彼は私を撫でてくれない。

それどころか彼は手を額に押し当てたまま立ち尽くしていた。

余りにもじれったくなって私は彼に問いかけた。

初風「で、撫でないの?」

提督「撫でていいのか」

初風「撫でていいのかって、前まであんなに撫でてたじゃない」

猫は撫でる生き物じゃないの?...おかしな事を言うのね、提督は。


提督はおそるおそるこちらへ手を伸ばす。

き、きた!ついにきたわ!

私は思い切り目を瞑り、その時を今か今かと待ちわびた。

彼の手が私の頭の上に触れる。それは撫でる、と言うよりもどちらかと言うと、置くと言った方が正しいかも知れない。

暫くすると、ゆっくりと一方通行に手が動き出す。

彼の手の重さが伝わるようになり、それからは波のように私は彼の手に揺られた。


...気持ちいいな。ずっとこうしていたい。

もっと、もっとと思っているうちに体が疼きだす。...私は大分、欲深い性格みたいだ。

私のブレザーの右ポッケには、提督がゴミに出したはずの猫の首輪がある。

先日彼が私に捨てておいてくれ、といって渡してきたのだ。

本当はそのまま捨てるべきだったのだけれど、何故か捨てられなかった。

首輪についている鈴を転がしながら、私は心の中で唱える。

私は猫、私は猫...。もっと上手に甘えられるはず。


初風「...頭だけでいいの?」

提督「えっ」

他の所も撫でて。

意図を汲み取ったのか、彼は私の首に手を伸ばす。

...首?

初風「シッ!!!」

提督「いって!」

近づいてきた提督の手を叩き落とす。

首はやめて、首は。まだ古傷が痛むのよ。

他に撫でるべきところがあるでしょ?おなかとか、...あと、お尻とか。


提督「じゃあおなかで」

初風「...ん」

私は提督に言われるがままに、服をめくる。

私のおなかに沿うように当てられた手から、提督の熱が伝わってきた。

...さっきから私の鼓動が煩い。

まるでソナーから発せられた電波のように、提督の手と私のおなかを行き来して際限なく鳴り響く。

ふと瞑っていた目を開けると、そこには提督の顔があった。

彼は私に微笑みかけながら、規則性のある動きで私のおなかを撫で続けている。


は、はずかしい...。

提督の顔を見て急に羞恥心がぶり返し、堪らなくなった私は逃げようとする。

しかし

初風「あ、あれ?」

体の筋肉が弛緩しているのか、私の言うことを受け付けないのだ。

その間にも提督の手は絶え間なく動き続け、私の体へ潜熱を貯める。

そのうち私は耐えられなくなって、体の制御権の全てを提督に委ねてしまう。

幸せと恥辱が入り混じった感情を胸に抱えながら、私はされるがままの時間を彼と過ごした。


時津風「んでねー、そのとき天津風がぁ」

秋津風「ちょっと!それは秘密って言ったじゃない!」

夕飯時、私は姉妹艦の皆と食卓を囲み団欒していた。

表面上はいつも通りの私だが、頭の中は昼休みの出来事でいっぱいだった。

あの後、私は日が暮れるまで提督に撫でられ続けて、色々と恥ずかしい思いをしたのだ。

...もう少しで漏れちゃう所だったし。

思い出すだけで頭がどうにかなってしまいそうだ。

無意識に提督のほうへ視線を向けると、彼と視線が合ってしまった。


初風「っ!」

今まで考えていた事が、より鮮明に私へと反芻される。

時津風「初風、調子でも悪いの?なんか落ち着かないけど」

初風「なんでもないわよ...間宮さん、ご馳走様!」

限界に達した私は、時津風へまともな受け答えも出来ずに食堂から飛び出した。

初風「はぁ...はぁ...」

飛び出した私は、そのままの勢いで大広間へ来ていた。

誰も居ないことを確認してから、長椅子の端に身を寄せて深呼吸をする。


思ったより重症なのかもしれない。

うっかり口を開けば彼への欲望を、一切合財、吐き出してしまいそうな程に。

甘える事に慣れていないから仕方ないのかもしれないが、これを続けると思うと正直な所、持ちそうにない。

まだまだ先は長いかなぁ...。

息を整え終え、椅子から立ち上がると足音が聞こえてきた。

その足音は聞き慣れた革靴である事に私は気づく。


提督「初風」

初風「...」

静かになったはずの私の鼓動が忙しなく動き出し、私の体に熱を帯びさせる。

手には自分が驚くほどの汗。

提督「あの、今日の事なんだけどさ」

初風「き、今日の事って何かしら?私にはさっぱり分からないわ」

恥ずかしいから追求しないで、とポーズを送る。

しかし彼の顔は私の嘆願とは裏腹に、とても悪い顔をし始めていた。

なにかすっごい、いやな予感がする。


提督「...にゃーん」

初風「!!」

彼は猫の鳴き真似をしたのだ。非常に大人げのない男である。

顔から火が出そうになりながらも、私は黙って応戦した。

提督「陽炎型駆逐艦、初風です...にゃ」

初風「あああああああああああああもう!何なのよ一体!」

提督「初風は提督大好き好き好き発情猫です...にゃ」

初風「そんなことは一言も言ってないでしょ!?」

捏造してんじゃないわよ!


提督「ん?そんなことは?」

初風「...あっ」

我慢の限界に達した私は思わず反論を返したが、思わぬ所でカウンターを食らってしまった。

対する彼は、してやったりの顔。

...もう諦めよう。

私は観念して、彼に白状した。

初風「ええ、そうよ。私は馬鹿みたいに猫の真似をしていたわ。...それで、何がお望みなのかしら」

提督「いや別に。弱みを握って何かしようとは思ってないからな」

初風「そうなの...」

提督「何か残念そうじゃない?」

初風「そ、そんな訳無いじゃない!」


提督「まあ初風がいいって言うならお願いしようかな」

初風「...」

提督「また撫でても良いか?」

初風「...別に好きにすれば良いじゃない」

提督「ではさっそく」

そう言いながら彼は私へ手を伸ばす。

近づいてくる彼の手が、私の視界を埋め尽くす。このまま触られたら、私はどうなっちゃうんだろう。

全てを放り投げて、彼に溺れてしまうのだろうか。

それで彼に望まれたら、何もかも受け入れてしまって...。


初風「や、やっぱナシ!ナシで!」

そんなの無理!やっぱり恥ずかしい!

妄想を膨らましすぎて、恥ずかしさの余り頭がショートを起こしたみたいだ。

私は抑えきれなくなった気持ちを、手を振り回しながら発散させる。

提督「ちょ、それはないだろ!俺もう撫でる気満々なんだけど!」

初風「知らないわよそんな事!あとそのワシャワシャする手付きをやめなさい!触ったら妙高姉さん呼ぶからね!?」

提督「そんなぁ...」

大体、一度撫でたからって調子こきすぎなのよ!そんなに簡単に撫でさせる訳ないでしょ!

不満げな彼を尻目に、私は自室へ逃げ去った。


それからと言うもの、私はいつもと変わらぬ日常に戻っていた。

あの日以来、私は提督を意識しすぎて戸惑っている。

普段はすぐに終わらせてしまう仕事も、今ではまったく手がつかない。

一旦筆を休め、私は目を瞑る。

私はどうしたらいいんだろう。

今までより一つ上の段階へいけた事は確かだが、前よりももっと大きな壁に当たってしまった気がする。


一度彼に甘えた経験が、私を更なる欲望へ駆り立てるのだ。

もっと近づきたい。体を触ってもらいたい、甘えたい。

精神と釣り合わない欲求が、行き場を失って私を不安定にさせる。

...まぶたがとても重い。最近の寝不足気味もあって、私は仕事中にも拘らず意識を手放してしまった。


初風「...あれ、私」

提督「すまん、起こしちゃったか」

気づくと私は長椅子で横になっていた。たぶん、提督が私をここまで運んでくれたのだろう。

...だめだなぁ、私。

悩みすぎて、何もかもが中途半端だ。こんなんじゃ提督の横に立つ資格なんてない。

思い詰めた気持ちはあっという間に私の心の許容範囲を超えて、目から涙としてあふれ出てきた。

泣いている顔は見られまいと瞬きをしてごまかそうとしたが、それも出来ているかは私には分からなかった。


どうすればいいの。わからないわ、提督...。

横にしゃがみ込んでいる提督を見る。

どこか困った顔をしながらも、彼は優しい顔で私を見つめていた。

初風「...にゃあ」

私の口から、自然と猫の鳴き声が漏れる。

提督「初風?」

初風「いいわよ、撫でても」

初風「...じゃないわね。撫でて欲しい...にゃ」

助けてほしい。私を許して欲しい。

どうしようもなく未熟で、不完全な私を。


提督は無言で私の体に手を沿わせる。

頭、髪、顔、腰...。

提督が触った所から、私は再構成されていく。この場所に私が居る事を、彼が証明してくれるのだ。

それが堪らなく嬉しくて、私は彼に抱きついた。

もっと抱きしめて。私を認めて。

止めとなくあふれ出す欲求が、私の体を支配する。

でも、それも今では怖くない。彼が受けとめてくれるのだから。


一通り提督に触って貰って、残すところは首だけとなった。

初風「ねぇ...首、触って欲しいな」

提督「...いいのか」

初風「提督に触って欲しいの」

怖くないと言えば嘘になるけど、提督と一緒だったら乗り越えられるはず。

ゆっくりと近づけられた指が、私の首に触れる。

初風「意外と、気持ちいいものね...誰かに触れられるのって。」

そうして私は不器用で捻くれた、今までの仮初の私と、少しだけお別れをした。


初風「はい、これ」

提督「これって...」

初風「もったいないから、貰っちゃった」

彼と一緒に一頻り泣いた後、私は例の首輪を渡した。

初風「私、他の子みたいに素直じゃないし、甘えるのだって下手だと思う」

初風「だから、その...いつでも甘えられるように、誰かさんに管理して欲しいな」


提督「知ってるよ。初風の事、一番俺が見てきたから」

そう言いながら彼は、私が差し出した首へと首輪をつけた。

初風「今まで甘えられなかった分、甘えてやるんだから。...覚悟しなさいよ」

提督「お手柔らかに頼むよ」


あの日を皮切りに、私と提督の距離は一気に縮まった。

以前では考えられなかった位に。

初風「...おはよ、提督」

提督「ああ、おはよう初風」

私は提督の元に勢い良く走り寄ると、勢いをつけて膝へ飛び乗る。

提督「おっと...今日も甘えんぼさんだな」

「そうよ、知らなかった?私、誰よりも甘えたがりなの」

提督「...知ってるよ」

提督に頭を撫でられながら、私は首元の鈴を鳴らした。

終了!

html依頼出してきます

>>57 訂正

あの日を皮切りに、私と提督の距離は一気に縮まった。

以前では考えられなかった位に。

初風「...おはよ、提督」

提督「ああ、おはよう初風」

私は提督の元に勢い良く走り寄ると、勢いをつけて膝へ飛び乗る。

提督「おっと...今日も甘えんぼさんだな」

初風「そうよ、知らなかった?私、誰よりも甘えたがりなの」

提督「...知ってるよ」

提督に頭を撫でられながら、私は首元の鈴を鳴らした。

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