剣闘士「剣闘士は戦うだけが仕事じゃないってことさ」 (67)

第一話『剣闘士の仕事』



― 闘技場・試合場 ―

ワァァァ……! ワァァァ……!



剣闘士「うおおおおおおっ!」

敵選手「なんのっ!」

キィンッ! キンッ! ――ガキンッ!

敵選手「ぐっ……ま、参った!」

剣闘士「よし……勝った!」



ワアァァァァァ……!

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スタスタ…

剣闘士「フンフンフ~ン」

同期「お疲れさん、いい勝利だったな」

剣闘士「ああ、これで連勝だ!」

剣闘士「勝つと、ファイトマネーの他に勝利報酬をもらえるからな……おかげで懐が潤うよ」

同期「いいなぁ、俺は今日は負けちまったよ」

剣闘士「へっへっへ、今晩はおごってやるよ!」

同期「ごちそうさんで~す!」

スタスタ…

剣闘士「……ん?」

剣闘士(若い奴が座り込んでやがる)

若手「……はぁ」

剣闘士「どうした?」

若手「実は今日、負けてしまって……これで三連敗中なんです」

剣闘士「三連敗か、そりゃちとキツイな」

若手「ボクは剣闘士、向いてないんじゃないかと……」

剣闘士「…………」

剣闘士「……なぁ」

剣闘士「剣闘士の仕事ってのはなんだ?」

若手「そりゃあ、闘技場で戦うことでしょう? 戦って……勝てれば最高です」

剣闘士「たしかにそうだ。だけど、それだけじゃない」

若手「え……他に何があるんです?」

剣闘士「お客を楽しませるってことさ」

剣闘士「闘技場はだいぶ安全性が高められたとはいえ、真剣勝負の舞台だが」

剣闘士「観客の前で戦う以上、ある種の劇場ともいえる」

剣闘士「勝って喜ぶ奴がいれば、負けて悔しがる奴も絶対出てくる」

剣闘士「その筋書きのないドラマが、観客に感動や興奮を与えるのさ」

剣闘士「お前が剣闘士に向いてるか向いてないか、そうやって悔しがることができるなら」

剣闘士「間違いなく向いている!」

若手「!」

剣闘士「だけど、悔しがってばかりじゃ前に進めない」

剣闘士「勝ったらやったぁ、負けたら悔しい、それをずーっと繰り返していくのが剣闘士だ」

剣闘士「だから……今は落ち込んでないで、立ち上がれ!」

若手「……はいっ!」

若手「ありがとうございます……」

若手「ボクはこれからも勝って負けてを繰り返して、見ている人に楽しんでもらえるよう」

若手「頑張ります!」

剣闘士「その意気だ! そうしていくうちに、本当に強い闘士になれる!」

剣闘士(う~ん、調子がいい時ってのは励ましも冴え渡るな……)

剣闘士(今の俺、かっこよすぎだろ……)

剣闘士「ああ、そうそう。ところで、今シーズンの戦績は?」

若手「今のところ六勝三敗です。勝ち越して、Aランクへの昇格はほぼ確定なんですけど……」

若手「こうも連敗が重なると、気が滅入ってしまって……」

剣闘士「…………」

剣闘士「あ、あっそ……頑張ってね」

若手「はい!」

剣闘士(励まして損した……)

剣闘士(俺は今シーズン二勝七敗で、来シーズンもBランクだよ! うわぁぁぁぁぁん!!!)タタタタタッ

若手「先輩!?」





― 終 ―

第二話『戦う女』



― 闘技場・オーナー室 ―

オーナー「……ダメだ」

女戦士「なぜですか!?」

女戦士「あたし地元じゃ、男相手にも負け無しなんですから!」

オーナー「だからといって、女性を剣闘士として雇うわけにはいかん」

女戦士「そんな……」

剣闘士「さっきからオーナー室が騒がしいけど、どうしたんだ?」

同期「ああ、女がやってきて、雇ってくれって騒いでるらしい」

剣闘士「ふうん、雇ってやればいいのにな」

剣闘士「職員は無理としても、料理人、給仕係、清掃係、闘技場内の出店……」

剣闘士「人手が欲しいとこはいくらでもあるだろ」

同期「それが、剣闘士として……なんだってよ」

剣闘士「剣闘士!? 戦いたいってことか」

同期「ああ、腕っぷしには自信あるみたいなんだがな」

同期「だけどやっぱり男の中に女が混じって戦うのはキツイだろ」

同期「他の闘技場じゃ、女が剣闘士やってるとこもあるけど、大抵お色気要員だし……」

同期「うちのオーナー、そういうの嫌いだろうしな」

剣闘士「…………」

剣闘士「――いや!」

剣闘士「失礼します」ガチャッ…

女戦士「!」

オーナー「……君か」

オーナー(万年Bランクで戦績微妙なのに、妙に存在感のある男だ……)

剣闘士「オーナー、お願いです」

剣闘士「この女性を剣闘士として雇って下さい!」

女戦士「え……」

オーナー「いきなり何を言い出すんだ!」

オーナー「いいか? 闘技場というのは男社会だ。女性がやっていけるわけがない!」

剣闘士「そんなことはありませんよ、オーナー」

剣闘士「今や、典型的な男社会である職人の世界でも、女性の職人が生まれてる時代ですよ!」

剣闘士「新聞で女性の鍛冶師が活躍してる、なんて記事を読みましたし」

オーナー「それは……私も読んだことがある」

オーナー「しかし、男と女じゃ筋力や骨格が違いすぎるだろう。試合にならんよ」

剣闘士「それは男同士でも同じです!」

剣闘士「剣闘士の中には小柄な奴もいれば、大柄な奴もいる!」

剣闘士「体格に恵まれてなくとも技が優れていて、勝率が高い奴だっています!」

剣闘士「現にうちのAランク闘士には……」ペラペラペラ…

オーナー(うむむ……ああいえばこういう、だな……)

オーナー(闘技場事情にも詳しいし、やりづらい……)

オーナー「しかし、やはり危ないし……」

剣闘士「今の闘技場興行は、武器である剣が安全なものに見直され」

剣闘士「真剣勝負でありつつも、安全性は飛躍的に向上しています!」

剣闘士「うちの闘技場でも近年、死人どころか、重傷者もめったに出ていません!」

剣闘士「誰もが剣闘士を目指せる時代が来つつあるんです!」

剣闘士「女性だから剣闘士にはしない、なんて考えはナンセンスですよ!」

剣闘士「今こそ、うちの闘技場も新しい時代に羽ばたく時なんです!」

剣闘士「そうすれば、もっと観客も増えて、国一番の闘技場になりますよ!」

オーナー「うーむ……」

剣闘士「オーナーだって、よく愚痴ってるでしょう!」

剣闘士「もっと客が入れば昔みたいに闘技場の予算で飲みに行けるんだけどなー、なんて!」

オーナー「ちょっ! わ、分かった分かった! もういい!」

剣闘士「分かったということは?」

オーナー「いいだろう……君を雇ってみよう」

女戦士「…………!」

女戦士「ありがとうございますっ!」

オーナー「いっておくが、剣闘士として雇うからには、男同様に扱うぞ」

女戦士「望むところです!」

オーナー(ふむ、いい目をしている……。案外、いい剣闘士になるかもしれんな……)

女戦士「ありがとう……」

女戦士「あなたの口添えがなかったら、きっとダメだったわ」

剣闘士「いやいや、なんのなんの」

剣闘士「まだまだこの国に女性の剣闘士は少ないけど、その先駆けとして頑張ってくれよ」

女戦士「もっちろん!」



同期「…………」

同期「いやー、まさかオーナーにうんといわせちゃうとはな」

剣闘士「剣ではともかく、口で俺に勝てる奴はそうそういないぜ」

同期「しかし、なんであんなに彼女を推したんだ?」

剣闘士「そうだな、一言でいうなら――」

剣闘士「女になら勝てる!!!」

同期「やっぱりそういうことかよ……」

同期(だけど――)

― 闘技場・試合場 ―

ワァァァ……! ワァァァ……!



剣闘士「あががっ……参りました!」

女戦士「やったぁ! これで五連勝! Aランクに移れるかも!」



同期(あーあ、やっぱりな)





― 終 ―

第三話『苦悩する王者』



― 闘技場・試合場 ―

ワアァァァァァ……!



チャンプ「はぁっ!」シュバッ

――ガギィンッ!



ワアァァァッ!!!

「うおおおっ! チャンプが勝った!」 「これで何連勝目だ!?」 「もう数えてねえよ!」



ウオオオォォォォォ……!

ザッザッザッ…

チャンプ「……ふぅ」

剣闘士「お、どうした? 我が闘技場、無敵のチャンピオン!」

剣闘士「俺の同期からお前みたいな化け物が生まれるなんて、いつも鼻が高いよ!」

チャンプ「……お前か」

チャンプ「…………」

チャンプ「そうだ。今晩、ちょっと付き合ってくれないか?」

剣闘士「? いいけど」

― 酒場 ―

剣闘士「で、話ってなんだよ? いい加減話せよぉ~」

剣闘士「俺、すっかり酔っ払っちまったよ……」ヒック

チャンプ「分かった……話そう」

チャンプ「実は……チャンピオンでい続けることが辛くなってきたんだ」

剣闘士「えぇ~、どういうこと?」

チャンプ「私はもう久しく負けていない……。他の闘技場闘士との試合でも……」

チャンプ「その間に、皆はすっかり私の勝利は当たり前だと感じるようになってしまった……」

チャンプ「しかし、実際の私はあくまでも一剣闘士に過ぎん。毎試合、必死になって戦っている」

チャンプ「一敗したらどうなるかと思うと……夜も眠れん!」

チャンプ「辛いのだ! 苦しいのだ! 耐えられんのだ!」

剣闘士「……なるほどなるほど」

剣闘士「って、ふざけんな!」

剣闘士「どんな深刻な悩みかと思いきや、みんなに期待されるボクちゃん大変、かよ!」

剣闘士「万年Bクラスの俺にとっちゃ、嫌みにしか聞こえんわ!」

チャンプ「しかし、私にとっては深刻な悩みなのだ!」

剣闘士「…………」

チャンプ「…………」

剣闘士「ま、そりゃそうか。恵まれた奴には恵まれた奴なりの悩みってもんはある」

剣闘士「だけど、俺からすりゃやっぱり……嫌みに聞こえちまうよ」

チャンプ「……すまなかったな、変な話をした」ガタッ

剣闘士「待てよ、チャンピオン」

チャンプ「?」

剣闘士「今から試合しようぜ」

チャンプ「なにをいっている? なんで今から試合?」

剣闘士「ようするにだ。お前の悩みは、たまには負けておきたい、ってことだろ?」

剣闘士「だから俺がお前に、久々の“一敗”ってやつを味わわせてやるよ! 土つけてやる!」

チャンプ「おいおい、酔いすぎだぞ」

剣闘士「酔ってなんかいねえって」

剣闘士「さ、行くぞ~!」グイッ

チャンプ「わわっ!」

― 闘技場・試合場 ―

シーン…

チャンプ(まさか、本当に試合することになるとは……)

剣闘士「深夜の闘技場ってのは、暗くて静かなもんだなぁ~」

剣闘士「だけど、月明かりがあるし、なんとか試合はできるだろ」

剣闘士「さ、やろうぜ!」ヒック…

チャンプ(こんなに泥酔してるし、こいつは万年Bランク……悪いが相手になるわけない)

チャンプ(ケガをさせぬよう終わらせるか……)

チャンプ「うむ、やろうか」スッ…

剣闘士「うおおおおおっ!!!」ダンッ

チャンプ「な!?」



――ギィンッ!!!

ボトッ…



剣闘士「お前の剣を叩き落としたぜ! はい俺の勝ち~!」ヒック…

チャンプ「…………!」

チャンプ(今の一撃……凄まじい気迫だった……。私としたことが動けなかった……)

剣闘士「これでお前は久々に“一敗”しちまったわけだ」

剣闘士「非公式ではあるが、無敗のチャンプじゃなくなったんだ」

剣闘士「どうだ? 少しは楽になったろぉ~?」

チャンプ「ああ……楽になったよ」

剣闘士「そりゃよかった!」

剣闘士「スター選手のお前が落ち込んで調子崩したら、うちの闘技場、客が減っちまうからなぁ~」

剣闘士「そしたら、俺もメシ食えなくなっちまう」

チャンプ「ふふっ、なんだ、やっぱり自分のためだったか」

剣闘士「当たり前だろ!」

― 闘技場・試合場 ―

ワァァァ……! ワァァァ……!



チャンプ「でやぁっ!」

ガァンッ! キィンッ! シュバッ!



「チャンピオン強え~!」 「動きが一段とよくなってる!」 「まだ強くなるのかよ!」



ワアァァァァァ……!

剣闘士(なんなんだ、今の動き……化け物かよ)

剣闘士「お前、あの日からさらに強くなったな……なんなの? ふざけてるの?」

チャンプ「お前のおかげだ」スタスタ…

剣闘士「……へ?」

剣闘士(俺、なんかしたっけ? ずっとこいつの愚痴を聞いてただけのような……)

剣闘士(酔っ払ってて、あの夜のことは全然覚えてないんだよなぁ……)





― 終 ―

第四話『Bランク闘士の副業』



― 闘技場 ―

職員「今度の休み、闘技場の全体清掃を行いますが、手伝って下さる方はいますか?」

職員「もちろん、謝礼は出ますので……」

剣闘士「あ、俺やる!」サッ

同期「お、偉いじゃん」

剣闘士「いや、近頃ろくに勝ててないからな……こういうバイトもしないと生活ヤバイんだよ」

休みの日――

剣闘士「モップを濡らして、と……」ジャブジャブ…

剣闘士「ふんふ~ん……」ゴシゴシ…

同期「お、やってるやってる!」

剣闘士「お前も手伝いに来たのか?」

同期「まさか、冷やかしに来ただけだよ」

同期「今シーズンは調子よくて、結構稼げてるしな」

剣闘士「ぐっ……!」

剣闘士(AランクとBランク行ったり来たり闘士め……)

キラキラ…

同期「にしても、お前がやったとこは本当にキレイだな」

剣闘士「まぁな~、年季が違うよ」

剣闘士「なにしろ、こういう清掃の仕事があったら、必ず引き受けてるから……」

同期「…………」

剣闘士「…………」

剣闘士「ああ、早くファイトマネーだけで食ってける身分になりたい……」ゴシゴシ…

― 訓練場 ―

剣闘士「てやぁぁぁっ!」ヒュオッ

若手「うっ!」

ガキンッ!

若手「参りました!」

剣闘士「おおっ、一本取れた!」

女戦士「やるじゃなーい! 今の、すごくよかったよ!」

剣闘士「え、そう!?」

ワイワイ…

若手「今の下段の構えからの攻撃はよかったですよ!」

女戦士「まるでモップを持つような構えから鋭い一撃だったわ~」

剣闘士「今度、試合でもやってみようかな……」

ワイワイ…



同期(もしかして、日頃のモップ掃除の成果が出てるんじゃ……)





― 終 ―

今回はここまでです
よろしくお願いします

乙期待

第五話『御前試合』



― 闘技場・オーナー室 ―

オーナー「来週、この闘技場で御前試合が行われる」

オーナー「数ある闘技場から、国が我が闘技場を選んで下さったことは大変名誉あることである!」

オーナー「我が闘技場、Aランク闘士たちの戦いをご覧になられるから」

オーナー「くれぐれも気の抜けた戦いをしないように!」

「はいっ!」 「はいっ!」 「はいっ!」

オーナー「では、解散!」

剣闘士「御前試合かぁ~」

同期「一言でいうなら、“王様に試合見せようイベント”だな」

同期「御前試合を依頼された闘技場は、“一流”の太鼓判を押されたようなもんだから」

同期「オーナーもはりきりまくってるよ」

同期「だけど、王様が闘技場の試合なんか見て楽しいのかねえ?」

同期「知らん奴らが剣振り回してるの見てても、面白くないだろ」

剣闘士「…………」

剣闘士「ま、万年Bランクの俺たちには関係ねえさ」

剣闘士「Bランク闘士は他の闘技場との試合や、こういうイベントには出られないから」

同期「いっとくが、俺はたまにAランクに上がってるからな!」

御前試合前日――

― 闘技場・観客席 ―

ワァァァ……!



剣闘士(明日の御前試合に備えて、今日も清掃の仕事だ……)ゴシゴシ

剣闘士「あ、すみませ~ん、そこ掃除するのでどいて下さ~い」

観客「は~い」

剣闘士(ったく、Bランク闘士はつらいよ……っと)ゴシゴシ

ワァァァ……!

剣闘士(おっ、この試合はなかなかいい試合だな……)ゴシゴシ

紳士「うーん……」

剣闘士「ん? どうしたの、おっちゃん。辛気臭い顔して」

紳士「ああ、これは失礼」

紳士「観戦してるんだが、どうも試合の面白さがよく分からんのだ」

剣闘士「闘技場に来るの初めてなの?」

紳士「そんなこともないのだが……。剣術はからっきしなものでな。見ててもさっぱりなのだ」

剣闘士「それじゃ金が勿体ないだろ……だったら解説してやるよ!」

紳士「いいのかね? 仕事中なのでは……」

剣闘士「こういうサービスも、剣闘士の仕事のうちだからね」

剣闘士(ちょうど休憩したかったし)

剣闘士「んじゃ、まず簡単に闘技場についてのおさらい」

紳士「うむ」

剣闘士「うちの国は元々剣技が盛んで、それであちらこちらに闘技場が建てられたんだ」

剣闘士「試合内容も今よりずっと血なまぐさかった。死人が当たり前のように出てた」

剣闘士「近年は世の中平和になっていくにつれ、殺し合いのような試合は求められなくなり」

剣闘士「闘技場の試合も健全なものとなっていった」

剣闘士「だけど、それは決してレベルが下がったわけじゃなく、洗練されたといっていい」

剣闘士「それぞれの闘技場が抱える剣闘士たちは、整備されたルールのもと腕を磨いて」

剣闘士「それぞれの闘技場で順位を競い、時には闘技場同士でやり合うっていうシステムが確立したんだ」

紳士「なるほど、お詳しい……」

剣闘士「伊達に長年、剣闘士やってないってことさ」

剣闘士「じゃ、今度は試合を見ようか」

紳士「……なぜ、この二人は動かんのだ?」

剣闘士「動かないんじゃない、動けないのさ」

剣闘士「お互い、相手の攻撃を受け止めて反撃で仕留める、カウンターが得意だからな」

紳士「なるほど……」

剣闘士「だけど、色黒の方が先に動くぜ」

紳士「どうして?」

剣闘士「だって……こいつのが短気だから」ニヤッ

紳士「ハハッ、なるほど!」

ワアァァァ……!

紳士「おおっ、激しい剣の打ち合いになった!」

剣闘士「こうなったらもう解説なんてできないし、どっちが勝つか分からねえ」

剣闘士「こういう時は……」

紳士「こういう時は?」

剣闘士「とにかく盛り上がるんだ! 騒ぐんだ!」

紳士「なるほど!」

剣闘士「うおおおおおおおっ!!!」

紳士「うおおおおおおおっ!!!」

剣闘士「おっちゃん、この闘士二人は仲悪いから、荒れる試合になるぞ」

紳士「面白そうだな!」





紳士「むう、勝った方も負けた方も泣いておる……」

剣闘士「両方ともAランク昇格がかかってたからな……」





剣闘士「この試合、どっちが勝つと思う?」

紳士「う~む、ミミズのタトゥーを入れている方!」

剣闘士(あれ、本人いわく竜らしいんだけどな……)

……

…………



剣闘士「これで今日の試合は全部終わりだな」

紳士「……面白かった」フゥ…

紳士「君のおかげで、闘技場をいつもより楽しめたよ! ありがとう!」

剣闘士「どういたしまして!」

剣闘士「おっちゃん、今度はいつ来る?」

紳士「明日の予定だ」

紳士「それではまた……」スッ

剣闘士(あーあ、明日は御前試合があるから一般客は入れないんだけどな)

次の日――

― 闘技場 ―

オーナー「…………!」

オーナー「ようこそいらっしゃいました、陛下!」





「本日はいつもの御前試合より、楽しませてもらえそうだよ」

御前試合が終わり――

― 闘技場・オーナー室 ―

オーナー「いやー、御前試合は大成功だった!」

オーナー「君たちAランクの戦士たちが、いい試合をしてくれたおかげだ!」

オーナー「陛下も大いに盛り上がってくれた!」

チャンプ「しかし、陛下があれほどに闘技場に詳しいとは思いませんでしたな」

オーナー「うむ、私もビックリしたよ」

オーナー「陛下に話をうかがったところ……」

オーナー「なんでも、昨日お忍びでここに来ていたそうなんだ」

女戦士「ホントですか!?」

オーナー「で、その時たまたま会った男に解説をしてもらい、それが非常に分かりやすかったらしい」

チャンプ「どうりで……」

若手「誰でしょうね? その解説をしてくれたのは」

オーナー「さぁ……もしかすると、とてつもない大物かもしれんなぁ」





― 終 ―

第六話『憧れの人』



― 町 ―

ワイワイ… ザワザワ… キャーキャー…

金髪剣士「え、サイン? えーと……はいっ!」サラサラッ

ファン「ありがとうございますぅ!」



剣闘士「誰だあいつ? すごい人気だな」

同期「他の闘技場のエース剣闘士だよ」

同期「まだ若いけど、あいつがいる闘技場じゃ敵無しなんだとさ」

同期「うちでいう、チャンピオンのような存在だな」

剣闘士「マジかよ、超天才ってやつだな」

金髪剣士「!」ハッ

金髪剣士「あ、あのっ!」

剣闘士「はい!?」ビクッ

同期「え、なに、お前知り合い?」ヒソッ

剣闘士「んなわけねーだろ」ボソッ

金髪剣士「覚えておられませんか?」

金髪剣士「昔あなたに、剣闘士になれ、と誘われた者です!」

剣闘士「あっ……」

剣闘士(あれはたしか数年前……)

~ 回想 ~

― 繁華街 ―

剣闘士「くそっ! また負けた! いつになったらAランクに上がれんだよ……」

剣闘士(あ~あ、ムシャクシャすんな……)

剣闘士「ん?」



金髪「オラオラァ! 誰でもいいからかかってこいや!」



剣闘士「なんだあいつ?」

通行人「なんか……泥酔して、そこらにケンカ吹っかけてるみたいなんだ」

通行人「若さゆえの……ってやつだね、きっと」

剣闘士「ふうん……」

剣闘士(ちょうどムシャクシャしてたし、泥酔してる上に素人……こいつになら勝てる!)

剣闘士「ちょっと待ったぁ!」

金髪「ん?」

剣闘士「若造、俺が相手になってやるよ」ニヤニヤ

金髪「おっ、なんかやってるのか、あんた」

剣闘士「これでも剣闘士だ」

金髪「剣闘士ィ~?」

金髪「安全な剣でキンキンやり合ってるような奴に負けるかよぉっ!」

剣闘士「分かってないな」

剣闘士「安全な剣でやり合うからこそ、何度も戦うことができ、どんどん腕が上がるんだよ」

金髪「だったら、その上がった腕とやらを見せてみやがれ!」ダッ

剣闘士(あっぶねえ……結構強かったじゃねえか。鍛えてる風じゃないのに何者だよ、こいつ……)ボロッ…

金髪「うう……」ボロッ…

金髪「すげえな、あんた……」

剣闘士「いや、どうも……」

金髪「剣闘士ってすごいんだな……」

剣闘士「まぁな……」

剣闘士「だが、お前ならもっとすごい剣闘士になれる!」

剣闘士「もし、よかったら……どこか適当な闘技場に申し込んでみな」

剣闘士「じゃあな……」スタスタ…

金髪「あっ、せめてお名前を! ……行ってしまった」



剣闘士(いてぇ~……薬屋寄ってから帰らなきゃ……)ヨロヨロ…

金髪剣士「俺、あれから腕を磨いたんです!」

金髪剣士「今では、闘技場のエースと呼ばれるようになって……」

剣闘士「へ、へえ~」

金髪剣士「あなたとは違う闘技場ですが、いつか戦いましょう! 待ってて下さい!」

剣闘士「ああ……待ってるぜ!」

金髪剣士「はいっ!」

同期「まさかお前が、一人の若者の道を矯正してただなんてな」

剣闘士「俺もビックリだよ」

同期「いつか戦いましょう、か」

同期「他闘技場と試合ができるのはAランク闘士だけだから、まずはランクアップしないとな」ニヤッ

剣闘士「うるせえ!」





― 終 ―

最終話『闘技場に必要な男』



― 闘技場・オーナー室 ―

オーナー「君の今シーズンの成績は?」

剣闘士「十戦して……三勝七敗です」

オーナー「うーむ、あまり振るわんな……」

剣闘士「はい……」

オーナー「まだ正式に決定したわけでないので、話半分に聞いてもらいたいのだが」

オーナー「剣闘士を引退することを……考えてもらえんか」

剣闘士「!!!」ガーン

― 酒場 ―

剣闘士「あ~あ、ショックだわ……。呼び出されてウキウキでオーナー室行ったらクビ宣告とは……」

剣闘士「ここクビになったら、どこ行けばいいんだ……」

剣闘士「今さら他の仕事なんてできないだろ……」

同期「正式に決まったわけじゃないっていってたんだろ? なんかの冗談じゃねえの?」

剣闘士「いや、あれは……もう冗談って雰囲気じゃなかった」

剣闘士「俺の闘技場人生もこれで終わりか……」

剣闘士「そりゃ生活は楽じゃないけど、もっとここで働きたかったんだけどなぁ……」

同期「…………」

同期「…………」スクッ

剣闘士「どうした? もうすぐいなくなる人間の愚痴に、もっと付き合ってくれよぉ~」

同期「悪いが、それどころじゃなくなってな」

剣闘士「ちぇっ、なんだよ冷たい奴~」グビッ



同期(俺一人の力じゃおそらく無理だろう……)

同期(まだ飲み友達をなくしたくはないからな!)

同期「……というわけなんだよ」

チャンプ「あいつをクビにするなどと……信じられん!」

若手「そうですよ! 先輩がいなくなったら寂しいです!」

女戦士「あたしが剣闘士になれたのは彼のおかげだし、今こそ借りを返さなくちゃ!」

ザワザワ… ワイワイ…

同期(大勢が、あいつのクビに反対してくれている……)

同期(あいつはたしかに強さはイマイチだが、この闘技場になくてはならない存在なんだ!)

同期「みんな、オーナー室に行こう!」

オーッ!!!

― 闘技場・オーナー室 ―

ガチャッ…

同期「オーナー!」

オーナー「ん?」

ゾロゾロ…

オーナー「な、なんだなんだ!? チャンピオンまで! 何があった!?」

チャンプ「剣闘士をクビにするとうかがいました」

若手「それ、ちょっと待ってもらえませんか!」

女戦士「お願いします!」

オーナー「え、え、え!?」

同期「オーナーからしてみりゃ、あいつは単なる戦績微妙な剣闘士かもしれませんが……」

同期「ここにいるみんな、あいつに励まされたり助けられてるんです!」

チャンプ「ヤツのいない闘技場など考えられません!」

オーナー「しかし……世の中、適材適所というものが……」

若手「オーナーッ!」

女戦士「お願いしますっ! ……どうか!」

チャンプ「聞き入れて頂きたい!」

オーナー「わ、分かった分かった! 彼に剣闘士を辞めてもらうのは取り消す!」

同期「ありがとうございます、オーナー!」

同期「お仕事の邪魔をしてすみませんでした! 失礼します!」

ゾロゾロ… ゾロゾロ…

バタン…





オーナー「…………」

オーナー(あんなに大勢を動かすとは、不思議な男だ……)

オーナー(ふーむ、あいつは戦いより運営の方が向いてそうだから)

オーナー(正式な闘技場職員として改めて雇おうと思っていたのだが……)

オーナー(その方が今より給金もずっと上がるしな)

オーナー(しかし、ああも皆から詰め寄られては、無視するわけにもいかんしなぁ……)

オーナー(とりあえず、今のままにしておくか……)

数日後――

― 酒場 ―

剣闘士「いやー、めでたいめでたい!」

剣闘士「またオーナー直々に呼び出しがあって、クビは撤回だとさ!」

同期「よかったなぁ」

剣闘士「ああ……奇跡が起こった!」

剣闘士「ま、長年の俺の闘技場での頑張りが、やっぱり評価されたってとこかな」

剣闘士「剣闘士は戦うだけが仕事じゃないってことさ」

同期(たしかにな……お前を見てると、ホントそう思えてくるよ)



………………

…………

……

― 闘技場・試合場 ―

ワァァァ……! ワァァァ……!



剣闘士「…………」ヒュルルルッ

剣闘士「…………」ジャキッ

剣闘士(うん、今日は調子がいい……絶好調だ!)

剣闘士「さぁて、クビを撤回されたとこで、今日は勢いよく勝利といくか!」

ワアァァァァァ……!



相手選手「いよっしゃーっ!」

剣闘士「ううっ……」

剣闘士(剣闘士は戦うだけが仕事じゃないけど……もっと勝てるようにしなきゃ、な)





― 終 ―

以上で終わりです
ありがとうございました

乙とても良いSSだった


こういう弱っちいけどムードメーカーなキャラ好き

おつ

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