秘剣・こむら返し (12)


徳川家康が江戸に幕府を開いて早三十五年余、時は寛永。
戦国の世も今は昔。されど剣に生き、剣に死ぬことを尊ぶ者はいまだに多いと聞く。


宋太郎という男がいる。彼の父親は剣術道場を営んでおったのだが、宋太郎が幼き日に他流試合に敗れ、それを気に病んでは遂に腹を切った。

父なき後の宋太郎は復讐に燃え、父を降した藍播流 貝腹派 貝腹会の師範が貝腹又之助を打倒とし、日々鍛錬を怠ることなし。

やれその悲願、ついに本日達成するか。

昨年から幕府が制定した参勤交代。
全国より大名がこの江戸の町に押し寄せれば出店だ笛だと祭りのような賑わいを見せた。
殊更に人気を集めたのは剣術の試合であり、全国の猛者たちがこぞって腕を競い合った。

なればこそ将軍のお膝元で、他所の藩に負けるわけにはいかぬと強者を募り、参勤交代で訪れた腕自慢を相手に大規模な剣術大会を開くことと相成った。

大会では真剣の使用が許可され、宋太郎は破竹の勢いで並み居る強豪を降して決勝へと躍り出た。
決勝戦。その相手は誰であろう藍播流 貝腹派 貝腹会が師範、貝腹又之助の奴であった。

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貝腹「くはははははァ!!!誰かと思えば、あの時の小僧ではないか!
なに、真剣勝負だ。父親と違って腹を切らずとも、すぐにあの世で再開できようて!」

宋太郎「貴様ァ!父上を愚弄しよってから!!」

相手の挑発にカッとなる。宋太郎が持つ魔剣レグゾールを握る手にも力が入るというものだ。
だが客席より宋太郎を励まし応援する声に耳を貸す余裕がまだあったのは幸運であった。

エル「落ち着いてソータロぉー!ミスター貝腹はユーの集中力を乱すのが狙いなのデース!!」

声援を送る彼女。名をエルという。

エルフだ。

剣術修行で全国をまわっていた宋太郎が、富士の樹海で出会いしエルフ也。
以来、宋太郎を慕い付いてきて今に至る。

宋太郎「そうだいつも心に明鏡止水。気を乱してはいけない」

貝腹「ほう、剣士の目つきになったな。それでこそ、だ!」

はじめぇぇぇい!!!

開始の号令を合図に、剣に生き剣に死す二匹の剣獣が衝突す。

壮絶な二人の斬り合いは、目にも止まらぬ速さで繰り広げられ、並の実力者では何がどうなっているかも理解できぬであろう。

エル「なにがDOなっているの……?」

彼女の疑問に応える者あり。

サリー「押しているのは宋太郎だニャ。しかし、貝腹は危なげなく宋太郎の魔剣連舞斬(ダークネスカッター)を防いでる。まだ勝負はわからないニャ…」

彼女の名はサリー。

猫の獣人である。

数年前、雨の中で段防留(だんぼぅる)にうずくまりて鳴いていたサリー。「お前も一人なのか」と番傘を差し出した男こそ、誰であろう宋太郎その人である。
以来、彼女は宋太郎を慕い付いてきて今に至る。

これは余談であるが、江戸時代の庶民は傘の使用を禁じられていた(殿、利息でござる!で見たから僕知ってるんだ)。
この事から、宋太郎の身分は悪くはなかったのだと窺い知ることができよう。

サリー「ま、もし負けてもエルが回復魔法で宋太郎を治してあげればいいんだニャ」

エル「NO!ソータローは負けません!ミーは信じてマース!」

言い切るエルを目の当たりにして、サリーは(エルには勝てないニャぁ)と納得する。
宋太郎と貝腹の宿命の対決を前に、ここに一つの正妻対決が決着したのであった。

貝腹「こんな……こんなものか宋太郎ォォォ!!?
貴様の父親はもっと強かったぞ!それとも実力を隠したまま果てるのが望みか!?」

宋太郎「くっ!」

宋太郎の十八番であった魔剣連舞(ダークネスカッター)も、貝腹の光の壁(カベザライトニング)に阻まれ一太刀も入れること叶わずにいた。


エル「ソータローは負けません。なぜなら彼は誰よりも優れた『秘剣・こむら返し』が使える事を私は知っているからです」

サリー「そうだニャ!宋太郎ー!秘剣・こむら返しを使うんだにゃー!!」

だが盛り上がる彼女達に水を差す者あり。

ルシフィー「やれやれ。こむら返しは簡単に使える技じゃあねぇ。それにどうやら、剣の腕も向こうさんが一枚上手に見えらぁね」

彼女の名はルシフィー。

魔王サタンが四天王のリーダーである。

数年前、剣術修行で四天王を倒し魔王討伐を果たした宋太郎。その強さに惚れ込んだ彼女は、以来宋太郎を慕い命を付け狙っている。

サリー「ニャにをぅ!?ルシフィーも仲間なら宋太郎を応援するニャ!」

ルシフィー「やれやれ。オレは別にお前らの仲間なんかじゃねぇぜ。
今はたまたま利害が一致してるだけだ」

エル「それより、こむら返しが簡単には使えないというのはWHAT?」

ルシフィー「やれやれ。いいか、こむら返しは元々ヤツの親父みたいに体格に恵まれた者が扱える技だ。
それを無理して使い続けたんだ。宋太郎の身体はもうボロボロさ。
おそらく、あと一回でもこむら返しを使えば……」

エル&サリー「「使えば……?」」

ルシフィー「…………ふくらはぎが攣る」

エル&サリー「「───!!!?!?」」



宋太郎「使うしかないな。秘剣・こむら返しを」


サリー「やめるんだニャー!!宋太郎ォー!お前のふくらはぎが攣るなんて、アタイは耐えられニャいんだァ!!」
エル「ヘイ!STOPソータロー!ユーのそのスキルはユーのふくらはぎにめっちゃダメージ与えるねんで!!やめてくだサーイ!!」

宋太郎「お喋りなルシフィーめ。せっかく秘密にしてたのにな。
だが!俺はこの男を倒すと決めた!その為に生きてきた!それでふくらはぎが攣るなら……それも本望ッ!!」

ああ、剣に生き脚に攣る。これぞ男の生き様よ。
宋太郎の剣気(バトルニックソードニックオーラ)が一気に膨れ上がる!

貝腹「ほう、覚悟を決めたな。いいだろう。いつぞやの試合、その再現といこうではないか!」

ススススス……

貝腹の構えが変わった。
刀を逆手に横後ろに引き待ち構える。


ルシフィー「やれやれ!?あの構えは!?」

エル「知ってるのデースかルシフィー!」

ルシフィー「やれやれ、間違いないあの構えは『菊売居士』!魔神剣が十の技ひとつ!まさか人の身で会得しているというのか…!?」

サリー「魔神剣が十の技。神話の時代に女神と世界の覇権を争った魔神が、十の顔を持つと言われる女神を倒すために編み出したと言われるあの…!?ニャ」

エル「oh…ホーリーシット!そんなスキルを使うなんてミスター貝腹ファッキンジャップ!!
ヘイ!ソータロー!大和魂ミセテヨッッ!!!」

サリー「ニャにを煽ってるんニャ!?こむら返しを使ったら…」

エル「構わないデース!ミーはソータローをビリーブしてマース!ソータローは貝腹にも足攣りにも負けまセーン!」

サリー「──!?
ふふ、やっぱりエルには敵わないニャ…。
そうだニャ!宋太郎ォー!こむら返しを使うニャー!!」


宋太郎「ああ!俺はこの男を倒し、そして父上を超えて見せる!!準備はいいか魔剣レグゾール!」

レグゾール「"ハラショー!(了解マスター!)"」

貝腹「そうだ。その構え。その技が見たかった!さあ来い!あの時の貴様の親父のように!!」


「「うおおおおおおおおお!!!」」


???───秘剣・こむら返し───

?????───菊売居士───

空欄が?に変換されるなんて知らなくて、夏。

カッッ!!!

閃光!!

刹那の静寂。

そして……



宋太郎「ぐわああああああああああ!!?!?」

響き渡る悲痛な叫び。宋太郎はふくらはぎを抑えて蹲った。

エル「ソータロー!?」
ルシフィー「やれやれ、宋太郎のふくらはぎが攣ったか……くそっ!」
サリー「あ、ああ…そんニャ……」

菊売居士。おそるべき速さで真横に振り抜いた一閃は、振り抜いたそのままの姿勢で貝腹又之助は呟いた。

貝腹「おみごt…宋太郎「あああああ痛いえいいいひゃああああ!!ひゃっ!ひゃえ!ふくらっ、ふくらはぎが攣った攣った攣ったったあぴゃあああああああ!!!」

貝腹「…………」

菊売居士。おそるべき速さで真横に振り抜いた一閃は、振り抜いたそのままの姿勢で貝腹又之助は叫んだ。

貝腹「見事であったッ!!!!」

宋太郎「!?」

貝腹「秘剣・こむら返し、この目にしかと焼き付けた。
貴様の父君と戦って以来、あのように心踊る強敵と剣を交えること叶わずにいた。
しかし、その願いは本日叶えられた。貴様は父君を、そして私の剣をも超えたのだ。
認めよう。私の負けである」

宋太郎「しかし…!俺と違ってアンタは無傷だァ痛ッ!足痛ッ!」

貝腹「ふふ、人の身で魔神剣を扱うには過ぎた業よ。こうなる事はわかっておった」

貝腹「私が無傷と言ったか?それは違う。
貴様の攣ったふくらはぎは、いずれ治ろう。しかし、菊売居士の代償であるこの、ギックリ腰は…一生付き合って行かねばならぬもの。
正直いま歩けないし、この姿勢から動くことすらままならぬ。どちらが勝者かは自明の理…ぁいたたたたた…!」

宋太郎「と言うことは…ぁいたたたたた…!」

勝者!宋太郎!!

\わあああああああああ!!!/

宋太郎の勝利に、観客は江戸中に響き渡る大歓声で応えた。
二人の勝負は参勤交代より戻りし大名たちの間で語り草となりて、江戸の威信を後世まで響かせ、百年を越える太平の礎となりにけり。

時は動きて明治、大正、と彼らを語り継ぐ者は居なくなったが、今もなお岡山の備中刀剣博物館に飾られし魔剣レグゾールが、当時の勝負を静かに物語っている。

剣に生き、剣に死す。
これは、そんな男達のお話。











エル「ケアル!」

宋太郎「治った!」

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