キョン「Detroit: Become Human?」長門「……一緒にプレイして欲しい」 (33)

いつものように、一見無意味なように思えて、よくよく考えてもやっぱり意味のない無益な部活動を終え、足早に部室から立ち去る間際。

長門「……待って」

キョン「ん?」

袖口を掴んで引き留めてきたのは長門有希。
既にハルヒや他の部活は退室しており、部室には俺と長門の2人しか残されていない。
タイミングを見計らっていたのは明白であり、何か人に聞かれると不味いような内密な話であると推察した俺は、声を潜めて要件を伺った。

キョン「どうかしたのか?」

長門「……夜8時、マンションにて待つ」

要件はそれだけだったらしく、長門は俺の脇をすり抜けて部室を出て行った。勝手な奴め。
とはいえ、長門の説明不足はいつものことであり、いい加減慣れていたので、憤りはしない。

あいつにはこれまで散々助けられてきた。
ならば、急な呼び出しくらい応じてみせよう。
それだけの恩を俺はたっぷり着せられていた。

やれやれ、とは口に出さない。
それでも、せめてもの意思表示として首を振りつつ、今度こそ部室を後にしたのだった。

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長門「……入って」

時間通りに長門の自宅マンションを訪れると、音もなく部屋のドアが開き、招かれた。
無論、エントランスで来訪は告げたのだが、それにしたって用意が良すぎる気がする。
もしかしたら長門は帰宅してからずっと玄関の前で俺が来るのを待っていたかも知れないと思うと、なんだか少々申し訳ない気分になる。

とは言いつつも、もしそうだとしても長門がすることだから別に驚くことはないし、ましてや俺如きが余計な気を回す必要もないのだろう。
というわけで、促されるまま俺はお邪魔した。

長門「……座って」

リビングに敷かれた座布団を指し示して、着座しろと言われたので、素直にそこに座る。
すると長門はテーブルの上に置いてあった急須を手に取り、用意してあった湯飲みに注ぐ。

長門「……飲んで」

キョン「ああ、悪いな」

あらかじめ準備されていたこともあり、もしや冷めているのではなかろうな、と思ったが、湯飲みからは湯気が立ち昇っており、それはどうやら杞憂だった。口をつけると、やはり熱々。
まあ、長門だしな。魔法のようなものだろう。
まさに、『魔法瓶』と呼べる芸当に舌鼓を打っていると、脈絡なく、長門が質問を口にした。

長門「……夕飯は、食べた?」

キョン「ああ、済ませてきた」

長門「……そう」

俺の返答に対して、どこか寂しげに見えた。
本気で落胆しているかどうかは定かではない。
それでも俺に、夕飯なぞ食べてこなければ良かったと、そう思わせるには充分な反応だった。

キョン「それで、どうしたんだ?」

湯飲みの中身が空になる頃合い。
単刀直入に今回の呼び出しの目的を訪ねた。
よもや、茶を飲ます為にわざわざ呼び出したわけではないだろう。何か理由がある筈だ。

俺の湯飲みにお茶のおかわりを注ごうとしていた長門はそれを取りやめ、正面に正座して居住まいを正すと、テーブルの下から何やら取り出し、それを俺によく見えるように掲げた。

長門「……これを」

キョン「なんだ、これは?」

長門「……電子遊戯」

なんだそりゃ。
首を傾げつつ、よくよく見ると。
なんのことはない、ただのゲームソフトだ。

キョン「俺にはゲームソフトに見えるが?」

長門「……そうとも言う」

一般的にはそうとしか言わない。
なんて、野暮なツッコミはやめにして。
俺はそのゲームの詳細を追求してみた。

キョン「どんなゲームなんだ?」

長門「……人と、アンドロイドのゲーム」

人とアンドロイド、ね……なるほどな。
内容を聞いて、合点がいった。
何を隠そう、目の前に座るこの小柄な少女こそ、情報統合思念体謹製の対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェース。
通称、長門有希である。つまり、宇宙人だ。

ヒューマノイド・インターフェースとアンドロイドの違いや共通点についてはさっぱりわからんが、どこか通ずる部分があったのだろう。

キョン「もう少しよく見せてもらえないか?」

長門「……構わない」

ゲームソフトのパッケージを受け取り、そこに書かれたタイトルを読み上げる。なになに?

キョン「Detroit: Become Human?」

長門「……一緒にプレイして欲しい」

ようやく告げられた、目的。
どうやら、この対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースは、俺と一緒にこのゲームをプレイしたかったらしい。

キョン「それは構わないが、このゲームを動かす為のゲーム機本体は持っているのか?」

長門「……用意した」

承諾しながらも疑問を口にする。
長門の部屋は殺風景で、ゲーム機はおろか、テレビすら見当たらない。何もないのだ。
しかし、その辺りは流石に抜かりはないようで、長門は隣の部屋から大型液晶テレビとゲーム機本体を抱えてきた。本当に用意がいい。

キョン「じゃあ、やってみるか」

長門「……今、準備する」

そそくさとコンセントに電源を繋ぐ長門を眺めていると、なんだかおかしな気分になる。
なにせ、大事そうに抱えているのはゲームだ。

キョン「それにしても、意外だな」

長門「……何が?」

キョン「いや、お前がゲームなんてさ」

長門「……コンピュータ研究部の部長に勧められた」

ははあん、道理で。
コンピュータ研究部とは、我がSOS団の隣に部室を構える気の毒な研究部であり、パソコン好きの長門はよくそこに通っていた。
どうやらそこでこのゲームと出会ったらしい。
つまり、うちの長門を誑かしたのは、その研究部の部長というわけだ。全く、余計な真似を。

ひとりで納得した俺だったのだが、長門がさらりと口にした次の一言に耳を疑った。

長門「……一緒に買いに行った」

キョン「は?」

長門「……買い方を教えてくれた」

文脈から察するに相手は件の部長だろう。
あの野郎。いや、一応先輩なのだが、許せん。
事もあろうに、一緒に買いに行っただと?
つまり、あの冴えない部長は、長門と2人でゲーム屋を闊歩したわけだ。これは事件である。

キョン「長門」

長門「……何?」

キョン「これからそういう時には、俺に一言かけてくれ。なんなら他のSOS団のメンバーでも構わん。他所の男にほいほい付いていくな」

なんとも説教臭い台詞である。
俺は長門の父親でもなんでもないのに。
それに、どうにも目を合わせ辛い。
長門の無垢な瞳に、薄汚れた自分自身の本心が映っているような気がして、後ろ暗かった。

要するに、これはただの独占欲であり、その根源に存在する感情は、単純に嫉妬だった。

それを見透かしているのか、いないのか。
長門はまるで長い瞬きをするかのように目を閉じて、こくりと首を上下させ、頷いた。

長門「……あなたの言う通りにする」

色々な妄想が捗りそうな台詞はやめてくれ。

キョン「さ、さあて! じゃあ始めるか!」

長門「……電源を入れる」

気を取り直して、ゲーム開始。
電源を入れて、ソフトを投入。
すぐにタイトル画面が表示された。
迷わずNEW GAMEを選択する長門。
それを見て、ふと思う。

キョン「長門」

長門「……何?」

キョン「まずは1人でこのゲームをやってみようとは思わなかったのか?」

どのような経緯があったにせよ、長門がこのゲームに対して興味を持ったのは間違いない。
ならば、買ってすぐにプレイするのが普通だ。
まさか、最初から俺と2人でプレイする為に買ったわけではあるまい。それならば、それこそ、ゲームを買いに行く際に俺に声をかけた筈だ。

長門「……私には、難しかった」

長門にしては気落ちした口調。
どうやら、上手くプレイ出来なかったらしい。
しかし、それは意外だった。長門が苦戦した。
そんなことがあり得るのだろうか?
寡聞にして、俺は聞いたことがない。
なんでもそつなくこなす長門が挫折したとは。

それは、なかなかどうして、興味があった。

キョン「なるほど、選択肢が肝なんだな」

長門「……そう」

ゲームを進めていくと、選択肢にぶつかった。
内容はどれも、人の心理を探るものばかり。
簡単にゲーム内容について解説すると、長門が説明した通り、人とアンドロイドの関係性がメインテーマとなっており、プレイヤーはアンドロイドを操り、その目線から人と接する。
その関わりの中で、選択肢が表示され、口にする内容や行動を選んでいくスタイルだ。

選択を誤ると、悪い結果に繋がる。
故に、慎重に選んでいく必要がある。
しかもこれといった正解があるわけでもない。
詰まる所、直感で選択せざるを得ない。
この辺りが、恐らく、長門にとっては苦手なのだろう。なんとなく、そんな感じがする。

そしてなんとなく、選択肢を選ぶ。

キョン「ま、こんなとこか」

長門「……どうしてそれを選んだの?」

キョン「なんとなくだよ」

なんとなく、とは便利な言葉だ。
結局のところ、適当であり、当てずっぽうだ。
その根拠は直感でしかなく、ただの勘である。
明確な理論や裏付けなどもちろん存在しない。
それが長門にとってはどうにも不可解らしい。

長門「……詳しく教えて」

キョン「無理だ」

長門「……どうして?」

キョン「俺にもわからないからだ」

自分自身にも何故その選択肢を選んだのか、理解出来ない。もちろん、説明しようと思えば出来るのだろうが、それはきっとデタラメだ。

こうした直感で選んでいくゲームには、プレイヤーの人生経験や価値観、人格が反映される。
それに対して尤もらしい理由付けをする輩は小泉を始めとして総じて性格が悪い為、必ず落とし穴に嵌る。
この手のゲームにつきものの、ジレンマだ。
理論とは真逆の結果が生じる場合も多々ある。

論理的な思考では感情は解き明かせないのだ。

キョン「ところで、長門」

長門「……何?」

キョン「どうして膝の間に座っているんだ?」

しばらくゲームを続けて、満を持して尋ねた。
長門は現在、俺の膝の間に挟まっている。
小柄な為、座高も低く、ゲームに支障はない。

しかし、もたれかかったりとか。
長門の頭頂部から香るシャンプーの匂いとか。
体育座りのスカートから覗く、膝小僧だとか。

そうした女の子的な成分を、無視出来ない。

長門「……迷惑?」

キョン「いや、そんなことはないが……」

長門「……それなら、問題ない」

迷惑なんて、とんでもない。
恐らく女に飢えた谷口辺りならば、たとえ全財産を支払ってでも俺と代わりたいことだろう。
とはいえ、奴の全財産なんてたかが知れているし、そもそもどれだけ金を積まれようとも代わってやるつもりは1ミリたりとも持ち得ない。

悪いな、谷口。
役得って奴さ。
あとで女の柔らかさについて説いてやろう。

長門「……手は、ここ」

キョン「……わかったよ」

指示通り、長門の腹の前でコントローラーを握る。期せずして後ろから抱きつくような形だ。
それに、スカート越しにふとももの感触や温もりが伝わってくる。おまけに手が重なった。

長門「……続き」

キョン「わざとやってるんじゃなかろうな?」

疑念を口にしても反応なし。
それでも、重ねた手のひらはそのまま。
ひんやりとして柔らかい長門の手のひらに包まれながら、俺はコントローラーを操作した。

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キョン「そういえば、長門」

長門「……何?」

キョン「お前はもう夕飯を食べたのか?」

かれこれ1時間は経っただろうか。
黙々とプレイしてしまった。
元々、長門も俺もそれほどおしゃべりなタチではないので、つい無言の時が流れてしまう。
もっとも、それが気まずいわけではなく、ある種の安心感を含んだ心地よいひとときである。

普段からやかましいハルヒの巻き起こす喧騒からひと息つきたい時などは、こうして長門宅でゲームに興じるのも悪くないと思えた。

とはいえ、夢中になり過ぎるのは良くない。
すっかり俺の膝の間が気に入った様子の長門を後ろから抱くことに違和感を覚えなくなり、ともすれば新しく出来た妹感覚での抱っことも呼べる程度には馴染んできたが、相手は長門だ。
決して2人目の妹ではないと肝に銘じておいて。
俺は家主の腹事情について、尋ねてみた。

当初の口ぶりでは、まだ食べてないとみたが。

長門「……忘れてた」

そんな、長門らしからぬウッカリを披露。
まあ、たしかに没入感が凄まじいゲームだ。
まるで自分がアンドロイドになった感覚。
もともと似たような存在の長門にとっては、一般人の俺よりも強い親近感を覚えたのかもな。

とはいえ、プレイしてるのは俺なのだが。

夕飯の後はプレイヤーを交代するか。
このままひとりでサクサク進めるのは勿体無いし、むしろそろそろお暇するべきかも知れん。

あまり長居すると、間違いが起きかねない。
もちろん、長門に限ってそのようなイベントが発生する可能性は天文学並みに低い確率であることは間違いないだろうが、それでもゼロではないだろう。つまり、万が一ってこともある。

出来ればその万が一に賭けたい気もする。
しかしながら、そう思うこと自体が不誠実で不潔で不健全であると感じてしまうので、やはり男子高校生という生き物はどこか潔癖なのだろう。そして俺は、草食系男子の元祖である。

そんな、勝手に元祖を名乗って必死に下心と抗っている俺を尻目に、長門はキッチンに向かい、そしてすぐに戻って来た。その間、30秒。

どこに戻って来たかって?
そんなことは宇宙開闢から決まっている。
まるで自然の摂理の如く、俺の膝の間だ。

長門「……頂きます」

キョン「レトルトカレーか」

長門「……気にせず続けて」

長門が手にしているのはレトルトカレーが封入された銀色のパック。白米もインスタントだ。
普通ならレンジでチンか湯煎する必要があるが、魔法使いの長門にはその必要はなかった。
明らかに冷めているのに、蓋を開けるとホカホカの湯気が立ち昇る。本当に便利なものだ。

キョン「よし、今日のところはこんなもんか」

カレーをパクつく長門を膝の間に挟んで、それから更に1時間程度プレイして、切り上げた。
ゲームはチャプターごとに区切られていて、俺の感覚ではそろそろ序盤も終わる頃合い。
この辺りで暇を告げるのが最適とみたのだが。

長門「……続けて」

コントローラーを握る俺の手に重なる長門の手が、それを許さない。離してくれないのだ。
まるで駄々をこねるようなその口ぶりに思わず苦笑しつつ、俺は仕方なくゲームを続行した。

とりあえず、釘は刺しておくことにする。

キョン「次のチャプターまでだぞ」

長門「……最後まで」

ぎゅっと、心なしか長門の手に力が篭った気がした。どうやらぶっ通しがお望みらしい。
だが、果たして何時間かかるのだろうか。

長門「……10時間、くらい」

キョン「なげーよっ! 朝になるだろ!?」

堪らずツッコミを入れた。
長門にしては思い切ったボケだった。
珍しいこともあるものだと思ったが、どうやら本人にボケた自覚はないらしく、きっぱりと。

長門「……終わるまで、帰さない」

何それ。ここ、笑うとこ?
ゲームが終わるまで帰れまテン! 的な?
ポカンと口を半開きにして状況な飲み込めない俺に、目を疑うような現象が飛び込んできた。

長門「……空間は、閉鎖した」

その宣言の通り。
部屋の入り口はおろか、隣室の扉、そして窓に至るまで、無機質な壁に塗り固められていた。

まるで。
朝倉に教室で襲われた、あの時のように。

キョン「これはいくらなんでもやり過ぎだ!」

長門「……どうしても帰りたい?」

抗議すると、悲しげに問いかける長門。
そう言われると、非常に返答に困った。
別に、門限が厳しいわけではない。
友達の家に泊まると連絡すれば問題ない。
無論、女子の家という事実は伏せるつもりだ。
であるならば、別段これといって支障はない。

問題なのは、道徳だとか倫理である。
また潔癖なことを言っていると思われるかも知れないが、よほどの玄人でない限り、自問自答を繰り返すことになるだろう。こんな風に。

俺と長門は同じ部活の仲間である。
これまでの経緯から、少なくともただの友人以上の関係性は築けていると自負している。
なにせ、命を救われたことすらあるのだ。
長門は命の恩人であり、大切な仲間だ。
そんな存在に引き留められたのならば、黙って言う通りにゲームを進める他ない。
しかしながら、そうすると朝になってしまう。
とはいえ、明日は土曜で休日だ。問題はない。
だから、問題なのはやはり倫理や道徳となる。

では、その方面から自問自答してみよう。

倫理的には、あまり好ましくない。
一般的な男子高校生からすると、恋人関係でもない女生徒の自宅に泊まるのは抵抗があった。
案外、よそではまかり通るのかも知れないが、個人的にはNGである。不純異性交友だ。

ならば、道徳的な面から見ると、どうか。
一見、親交を深めているだけにも映る。
仲の良い友達同士が更に仲良くなるきっかけ。
あくまでも友人として、仲間として泊まる。
それならば、何も問題はないように思えた。

それでも感情が否定するのは、何故か?

答えは単純だ。
俺が、不埒なことを想像するからだ。
第三者が見て現状を快く思わない場合も然り。
どうせ、手を出すつもりだろ? と、思われる。
そしてそれを否定することは不可能だ。

理由は簡単だ。
俺が、男子高校生だからである。
哀しいことに、不埒な生き物なのだ。
不埒で、フラフラして、行動予測がつかない。
そんな自分自身が、信じられないのである。

キョン「何かあってからじゃ遅いんだぞ」

長門「……何かとは、何?」

一応、警告のつもりだったの、だが。
怖い狼を演じた俺を、長門は嘲笑った。
いや、そう見えただけだ。無表情である。

長門「……反論がないなら、続けて」

何も言い返せない俺に、長門は続行を命じた。
有無も言わさず、まるでそこが自分の玉座であるかのように、膝の間に座り込む。
そしてこちらの手を取って、コントローラーを握らせてきた。そこで俺は考える。思考する。

脅しは効果がなかった。
では、実力を行使してみようか。
例えば、長門の胸を鷲掴みにするとか。
驚いて、俺を追い出す可能性は……ないな。

長門のことだ。
悲鳴のひとつもあげずに、平然としていることは目に見えている。ともすれば、何も言わずに即通報される可能性もあり、それは最悪だ。

だいたい、俺にそんな根性はない。
仮に相手がハルヒならば冗談交じりに揉みしだいて高笑いしてやることもあり得なくもないが、長門のような真面目な少女に無体を働くような下衆な真似は俺には出来そうもなかった。

キョン「……わかった。続けるぞ」

長門「……ありがとう」

くそっ。ここで感謝はあまりに狡い。
なんだか、良いことをした気分になってくる。
こうしてまんまと長門に言いくるめられた俺は、ゲームを進めながら夜を更かしていった。

キョン「だいぶ進んだな」

長門「……あなたのおかげ」

キョン「いや、長門のアドバイスの賜物さ」

ゲームの進行は順調である。
サクサクと詰まることなく攻略していた。
プレイをしながら、俺たちは役割を分担することに決めた。感情や直感が絡んだ選択肢は、俺の担当。謎解きや調査は長門の担当である。
これが功を奏して、通常よりもかなりハイペースでゲームを進めることが出来た。

この分ならば、夜明け前に帰宅出来るかも。

そう思っていると不意に、想像が巡った。
もしもあの時、断固として帰宅することに拘った場合。きっと長門は俺を帰しただろう。
あのまま監禁拘束して、無理にゲームをさせるような強硬手段に打って出るとは思えない。
基本的に長門は、物分かりの良い奴なのだ。

すると当然、独り取り残されることになる。
この広いリビングで、1人きりでゲームの続きをする長門の姿。それはなんとも、寂しそうだ。

そう考えると、ただの我儘ではなかったのかも知れない。単純に、寂しかったのだろう。
それが本心だとすれば、実にいじらしかった。

と、そこでゲームに動きがあった。

キョン「壮観だな」

長門「……素晴らしい」

アンドロイドが町の一角を占拠して、平和のシンボルとメッセージを書き連ねていく。
暴力的な破壊活動をすることも選べたが、俺と長門は非暴力主義を掲げて平和的な活動に留めた。
幸いなことに、シンボルは我がSOS団のマークではなく、当たり障りのない紋章だ。

その光景に、感嘆する長門が、印象的だった。

長門「……少し、休憩する?」

キョン「ああ、そうさせて貰う」

平和的な活動を終えて、ひと息つくことに。
長門は立ち上がり、急須に手を伸ばしたのだが、お茶を注ぐのをやめて、戻ってきた。

キョン「どうかしたのか?」

長門「……あなたの疲れを、取る」

そう言いつつ、長門が接近。
なんだなんだ、何をするつもりだ?
マッサージでもしてくれるのかと、思いきや。

キョン「長門」

長門「……何?」

キョン「どうして抱きしめたんだ?」

長門「……疲れを、取るため」

全く意味がわからない。
現状を簡潔に説明すると、長門に抱かれた。
こちらの膝に乗り、コアラのように俺の背中に手を回して来たのだ。足もガッチリ固定済み。

わかりやすく表現するならば、そうだな。

『だいしゅきホールド』

と、でも言えばおわかりだろうか?

キョン「長門、この体勢はいくらなんでも……」

長門「……嫌?」

キョン「嫌じゃないが、おかしくなりそうだ」

誰だって、おかしくなるだろう。
男子高校生はもとより、一部の女子高生や大学生。分別のつく筈の大人だって、狂う筈だ。

正面から密着する長門の身体はとても柔らかく、抱き返すにしても力加減を間違えば壊れてしまいそうで、危うさを感じさせる感触だ。
それに互いの股間の位置が非常に不味い。
このまま全裸になればうっかりストライクだ。
もちろん衣服は着用しているが、長門が大股を広げで俺の腰にまとわりついていることには変わりなく、学校指定のスカートの裾が卑猥だ。

そろそろ、ヤバイ。限界である。

長門「……リラックスして」

できるか。不可能だ。

長門「……いい匂いがする」

それはこっちの台詞だっての。

長門「……こうしていると、落ち着く」

俺の記憶に間違いがなければ、こちらの疲れを長門が取り去ってくれる筈なのだが。
完全に趣旨を忘れているらしい。参ったな。

それでも、不思議なもので、こうも安心した様子で身を委ねられ、挙句の果てに落ち着くとまで言われると、なんだかそんな気もしてきた。

妹をあやしてやった過去の記憶が蘇る。
そうだ、長門は妹2号だ。そう思うことにする。
それならば劣情を催す心配はない。妹だから。

そのような自己暗示で冷静さを取り戻した俺は、感触に気を取られぬように、ゲームの続行を自ら申し入れることにした。それが最善だ。

キョン「続きをやっても構わないか?」

長門「……あなたの好きなようにして」

だから、誤解を招く言動は謹んでくれよ。
やれやれとは口にせず、俺はせめてもの意思表示として嘆息を漏らし、その吐息が耳元にかかってくすぐったそうにした長門を見て密かに溜飲を下げつつ、ゲームの攻略を再開した。

長門を抱きながらゲームを進めて、ふと思う。

もしも近い将来、精巧なアンドロイドが開発されてこのゲームと同じように自由と権利を主張するようになり、そしてその運動を長門が主導していた場合、自分はどうするべきか。

長門がリーダーという設定は、ゲーム内で町の一角をアンドロイドが占領した際に対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースが口にした一言が発想の根拠である。

『……素晴らしい』

たしかに、長門はそう呟いた。
アンドロイドが自由と権利を主張する光景。
それにいたく共感した様子だった。

それは対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースにも当て嵌まるのではないかと、そんな気がしたのだ。立場は同じ。

長門とその母体である情報統合思念体が涼宮ハルヒによって創造されたという仮説を信じるならば、いずれその影響下から離脱する可能性は今後大いにあり得るだろう。独立するのだ。
革命の時は、そのうち訪れる。

長門が自己の自由と権利を主張する瞬間。
断言してもいいが、俺は間違いなく賛同する。
もしかするとその時に小泉や朝比奈さんと敵対するかもしれないが、それでも味方をしよう。

キョン「長門」

長門「……何?」

キョン「……いや、何でもないさ」

つい、思ったまま口にしようとしたが、やめておくことにする。恩を着せるつもりはない。
それでも、せめてもの意思表示として、コントローラーから手を離し、その背を抱きしめた。
すると長門もぎゅっとしがみつき、ひんやりとしたほっぺを俺の首筋に擦り付けて、囁く。

長門「……ありがとう」

どうやら、俺の決意は正しく伝わったらしい。
この時、胸に去来した感情の名称は不明だ。
それを追求しようなんざ、野暮だろうよ。

分かり合えている。

それだけで、いいのだから。


【長門有希の革命】


FIN

というわけで、これにて本編は終わりです!
この先はおまけなので、限られた愛好家の皆様だけで存分にお楽しみ下さい!

キョン「カーラ、可愛いな」

しばらくゲームを進めて、独りごちる。
カーラとは、ゲーム内のキャラクターの名だ。
このゲームは3体のアンドロイドを代わる代わる操って物語を進めていくもので、カーラはその中の紅一点たる女性型アンドロイドだった。

精巧なCGで描かれたその容姿は、至って普通。
とはいえ、普通の美人である。上の中くらい。
とびきり美しいわけでも、愛らしいわけでもないのだが、個人的に好みのタイプだった。

ゲームキャラが好みと言うと、多大な語弊が生じる可能性があるのでもう少し詳しく解説すると、好みなのはその髪型だ。ポニテである。

正確には元ポニテであり、今は短いのだが、それでも開始当初のポニテ姿が印象深かった。
もっとも、元々そこまでロングヘアーだったわけではないので、満点とは言えない。
そもそも、カーラの初期の髪型は厳密に言うと『ひっつめ髪』である。
要するに、ポニテの親戚だ。

そんな、ポニテマニアの俺が満点をあげられるとすれば、朝比奈さんや鶴屋さん程度の髪の長さが必要不可欠だ。
まあ、かつてのハルヒもそこに含めてやろう。

ストーリーの中で断髪するシーンは、どうしても我がSOS団の団長に重ねてしまった。
髪を切るのは、何かしらの決意の表れらしい。
では、あの時ハルヒは、何を決意してロングヘアーをばっさり切り落としてしまったのか。

そんな益体もないことを考えていると。

キョン「痛っ!?」

太ももに走った、突然の痛み。
思わず痛んだ箇所を見やると、長門の仕業だ。
何を思ったのか、いきなりつねったらしい。

キョン「突然何をするんだ」

長門「……集中して」

質問には答えず、集中しろと抜かす長門。
そんなことを言う資格はこいつにはない。
何故ならば、ずっとコアラ状態だから。
そもそも、ゲーム画面すら見てなかった。

キョン「お前も画面を見てみろ。ほら、色々な服を着こなすカーラからファッションを学べ」

長門はいつも学校指定の制服姿。
対してカーラはちょくちょく服が変わる。
その度に、人間に近づいている気がした。
なので、休日でもお構いなしに制服を着用してくる長門にも見習って欲しかったの、だが。

長門「……私は優秀。情報の処理、操作ならば負けない。お茶もカレーも温められる」

一瞬、ぶわっとショートヘヤーが逆立った。
まるで自分自身に言い聞かせるように、長門は自らの優秀さを誇示し始める。どうしたのか。
どうやら琴線に触れてしまったようで、やはり地雷とはどこでも埋まっているのだと知った。

長門「……今から確固たる証拠を見せる」

ゲーム内のアンドロイドに対抗し始めた長門。

おやおや、困ったものです。
なんて、どこぞの小泉が口にしそうな台詞が思わず口から溢れそうになったが、堪える。
それは間違いなく地雷だ。鈍感な俺にだってそのくらいわかる。火に油は注ぎたくなかった。

しかし、注いでおけば良かったのだ。
それでビンタでもされておけば、良かった。
心底そう思う程のカタストロフが、訪れた。

ぶちゅっ!

悍ましい、水音。
ゲーム内から聞こえたわけではない。
現実世界の至近距離から響き渡った。

じわりと、股間が熱くなる。
それもその筈、当然の結果と言える。
俺の膝の上で、長門が脱糞していた。

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅっ!!!!

キョン「どぉわっ!?」

堪らず悲鳴をあげた。
あまりの驚きでショック死するかと思った。
もしもそうなっていれば、弛緩した括約筋から便が流れでて、目も当てられなくなるとこだ。
死因が脱糞で、糞塗れなんて、御免だ。

それだけは避けねばと思い、必死に意識を保って、動悸を落ち着かせる。耐えろ、心臓!
大丈夫、ただの便じゃないか。妹の大便だ。
そうさ、俺は妹のオムツを替えてやったことだって数知れないのだ。謂わば、大便のプロだ。

プロフェッショナルの俺からすると、こんな事態は大したことはない。そう、瑣末な問題だ。
ただ、長門脱糞しただけ。ちなみに下痢便だ。
レトルトカレーがスープカレーに変貌した。
だからどうした。何か問題あるか? ないね。
むしろ、喜ばしいことだ。出た方がいいんだ。

もし仮に長門が重度の便秘に悩まされていたとするなら、これは非常にめでたいことである。

キョン「おめでとう!」

くそっ。クラッカーでも持参すれば良かった。
パーン! と、盛大に祝ってやりたかった。
まあ、無い物はないのだから拘る必要はない。
なので、仕方なく口頭で祝辞を述べたのだが。

長門「……ふざけないで」

キョン「……すまん」

なんか、怒られた。
あまりの理不尽さに文句すら言えない。
ただただ、申し訳ない気持ちで一杯になった。

長門「……反省、した?」

キョン「ああ、海より深くな」

しばらく、めっとされて、頭を冷やした。
さっきまでの俺はどうかしていたようだ。
よくよく考えると、祝辞よりも先に理由を尋ねるのが先だと気づいた。脱糞の目的が先決だ。

キョン「それで、どうして脱糞したんだ?」

長門「……アンドロイドには、脱糞出来ない」

キョン「なるほどな」

思いの外、しっかりとした理由だった。
その目的は察するに、優秀さを示す為。
アンドロイドには出来ぬことをやってのける。
アンドロイドは精々、古くなったブルーブラッドを垂れ流すのが関の山だろう。その程度。
だが、この対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースは脱糞も可能。
どちらが優秀かなど、一目瞭然と言えよう。

だけどな、長門。

キョン「お前の方が優秀なんて、そんなの当たり前じゃないか」

脱糞なんてしなくとも。
長門の優秀さは揺るがない。
俺の命を何度も助けてくれた実績がある。

長門「……つい、むきになってしまった」

たまにはいいんじゃないか?
そんな風に思えるのは、なんとなく。
むきになった長門が、人間らしかったからだ。

キョン「それにしても盛大にやってくれたな」

長門「……言わないで」

惨状に苦言を呈すと、長門は恥じ入った。
今更照れ臭くなったらしい。困った奴だ。
しかし、長門の失態などそうそうお目にかかれるものではない。たっぷり揶揄ってやろう。

と、思ったら。

長門「……あなたも、漏らして」

そんな冗談みたいな要請をした長門が、かぷりと、首筋に噛みついてきた。油断していた。
これは非常に不味い。直感が告げている。
間違いなく、緊急事態であると。

ぐりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅうぅ~!

キョン「ッ!?」

なんだ今の音は?
どこから鳴った?
まさか、俺の腹から?

そんな、馬鹿な。
家で済ませて来たのに。
Why? 何故?

長門「……便意を促進させるナノマシンを注入した。漏らすのは、時間の問題」

なんてこった。
よもやそんな強硬手段に打って出るとは。
どうして、そこまでして俺の脱糞を望む?

長門「……それが人間の本質だから」

なるほどな……それは確かに、『原罪』である。

長門「……お腹、痛い?」

ああ、見ればわかるだろう?

長門「……今のあなたは、とても魅力的」

人が腹痛を堪えている様を見て、それに魅力を感じるなんて、随分と人間らしい趣味だ。
いや、大抵の人間はそれを忌避するだろう。
選ばれし識者のみが、その境地に到達する。

だが、まだまだ甘いな。

キョン「いいか、よく見てろ」

長門「……何をするつもり?」

キョン「人の業って奴を、見せてやる」

人間代表として、俺には責任があった。
この対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースを通じて、情報統合思念体のお偉方に、見せてやる。人類の可能性を。

キョン「脱糞は見てよし、してよし、だ」

長門「……何を、言ってるの?」

キョン「人の脱糞を見て愉悦を感じているようじゃ、まだまだってことさ。いくぞっ!!」

長門が先ほど脱糞した際。
冷静になった後で、長門は恥じた。
それじゃあ、駄目だ。それでは、足りない。

ぶぼっ!

キョン「フハッ!」

そう、このタイミング!
便と同時に、愉悦を噴き出す!
これが原罪! これこそが、人の業!!

これぞ、『王者の愉悦』であるっ!!!!

ぶぼぼぼぼぼぼぼぼぼっブッブォッ!!!!

キョン「フハハハハハハハハハハッ!!!!」

長門「……凄かった」

ひとしきり哄笑を響かせて、現実に帰還。
すると長門が賞賛と共にお出迎え。
此度の遠征もまた、血湧き肉踊るものだった。

胸一杯に広がる充実感。
そして腹痛の原因を排除した爽快感。
それを長門に見せつけた充実感。

全てを便の香りと共に飲み干す。
すると、そこには長門の便の香りもあった。
そのことに気づくと、愛しさが込み上げる。

何も言わずに、抱きしめた。
すると長門も抱き返してくれた。
これで本当の意味で分かり合えたと言える。
互いに伝わるこの温もりこそが、心なのだ。
それを実感すると安心感と喜びに満たされる。
便を混じえ、心が通じ合った何よりの証拠だ。

長門「……ずっと、一緒」

キョン「ああ、もちろんだ」

元より、ゲームが終わるまでは帰れない。
その前提がなくとも、既に帰宅の意思はない。
情報統合思念体が生み出した対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースが得た、人間性。それが、長門から『出た』。
その感動を言葉で言い表すならば、まさしく。

『出た』ノイド・ビカム・ヒューマンだった。


【長門有希の人間性】


FIN

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