【たぬき】佐久間まゆ「さくまあそばせ」 (130)


 モバマスより佐久間まゆと小日向美穂(たぬき)達のSSです。
 独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。


 前作です↓
【たぬき】城ヶ崎美嘉「腹ぺこ悪魔とまんぷく小悪魔」
【たぬき】城ヶ崎美嘉「腹ぺこ悪魔とまんぷく小悪魔」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527526941/)

 最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1529512250


【 ♡まゆ日記♡ 】


 やっと見つけました。

 これはきっと運命。

 私はあなたと出会うために生まれてきたんです。
 今行きますね。
 たくさんたくさんお話をしましょう。
 今まで出会えなかった空白を、たっぷり埋めてあげましょうね。

 待たせてごめんなさい。

 16年間、とっても長かったですよね。


 ――ねぇ?


                     〇〇月××日


 ◆◆◆◆


 佐久間まゆ、16歳。宮城県仙台市出身の高校生。
 9月7日生まれの乙女座で血液型はB。
 趣味は料理と編み物、地元ではロリータ系の読者モデルをしており――

 履歴書からちらと視線を上げ、正面の彼女を見る。

 最初に事務所で出会ってからほんの三日後のこと。
 キャリーケースをころころ引き、左上から右下までびっちり埋めた履歴書を携えて彼女が来た。


「えぇ~っと、つまり……君もアイドルを?」
「はい♡」

 パイプ椅子に姿勢よく座り、佐久間まゆはにっこり頷いた。
 ……俺から一秒たりとも目線を逸らさない。

「それで志望動機の件なんですが、本当にその……」
「あら、そんなに信じられませんか? いいですよぉ、何度だって言いますから」


「あの時……初めてあなたに出会って、わかったんです。

 これは運命なんだって。

 まゆは、あなたにアイドルにして貰うために生まれてきたんです。
 そうとわかれば、なんにも迷う必要ありませんよぉ。
 あなたの傍にいる為なら、惜しいことなんて一つもありませんから」
 

 …………う~~~~~む。
 どうしよう。
 新しいタイプだ。
 隣のちひろさんの笑顔が微妙にひきつっている。

「……うん、ありがとう。申し訳ないけど、少し中座しても?」
「もちろん。まゆ、いつまでも待ってますね♡」


「プロデューサーさん……どうします?」

 ちひろさんがそんなことを聞いてきたのは初めてだ。
 うちの事務所は自慢じゃないが、これまでありとあらゆる個性派を受け入れてきた。
 既にそういう土壌もできているし、ちょっとやそっとの異変なら日常茶飯事だと言い切れる。

 だが、今回のケースはちょっと勝手が違う。
 アイドルを始める動機は様々だが、のっけから「俺の為」と言い出す子は流石にいなかった。


「ああいう子って一直線ですから、取るにしてもリスクが大きいと思いますけど……」
「まあ……そうですね、俺もそう思います」

「ただ、めちゃくちゃ可愛いんですよね。あんな子滅多にいないんですよ」
「うわ~出たアイドル馬鹿。あの子プロデュースしたらどんなに凄いか考えてるんでしょ」
「いやでもそれは考えるでしょ……! 仕事なんだし!」

「とにかく、私はおすすめしませんよ。ただでさえ莉嘉ちゃんが入って間もないんですから」
 
「リスクマネジメントも仕事もうち、か――」

 とりあえずまとまったので戻る。


 ちひろさんがこほんと咳ばらいをして、言いにくそうに切り出す。

「えっと……佐久間まゆちゃん? 申し訳ないけれど、うちは――」


「まゆ、読モ辞めてきたんです」


「「は?」」

 彼女は曇り一つ無い笑顔のままで、

「マネージャーさんを説得してきました。実家の両親も。私は東京に行きます、って。
 だってそうじゃなきゃ意味がありませんもの。ちょっと寂しいですけど、もう帰らないくらいの覚悟でいます♪」

 …………お、おぉお…………。
 つまり…………?

「念のため聞くけど、こっちに親戚とか、暮らすアテは……?」
「? あるわけないじゃないですかぁ」

「…………ちょっと失敬」



「ちひろさん! どうすんですか!? 予想以上ですよ!?」
「知りませんよそんなの! なんなんですかあの子!? 16でどんだけ覚悟決めてるんですか!?」
「ここで切ったら俺らアレですよ、いたいけな女の子を切り捨てた血も涙もない外道ですよ!」
「ま、まさかそこまで計算して……!?」
「いや、というかむしろ、そこまでアイドル活動にマジだと考えれば……」
「出たアイドル馬鹿! あなたほんっとお人好しですよね!」
「そうは言うけどね、女の子一人路頭に迷わすなんて鬼畜の所業でしょ!」


 話はまとまらないがとりあえず戻った。


「え~っと……お待たせしました」
「うふふっ♪ お二人とも、仲良しさんみたいですねぇ。ひょっとして――」

 ひゅっ。

 と、周囲の空気が一段階下がった。


「――深い仲……だったりするんですかぁ?」


 BGMが流れていたとすれば、その瞬間確かに止まった。
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う。二人、固まった笑顔のまま首だけ全力で振る。

「そうに決まってますよねぇ♡ まゆったら早とちりしちゃって……」

 ――もうどうしましょうねホントに! ちひろちゃん怖いです!
 ――ちゃんってガラか! 仕方ないでしょこうなったらもう!

 お互い目配せをして、次に進む覚悟を決めた。


「え~~~~っと、とりあえずだね。当面の生活とか、住む場所みたいなのをまず……」
「あら……それって、受け入れてくれるってことですか?」
「はい。ええ。とにかくポテンシャルは凄いからね。下手な新人よりよっぽどアドバンテージがある」
「わぁっ♪」

 その時ばかりは、彼女は年相応の少女の笑顔を見せた。
 目を輝かせ、顔の前で両手を合わせ、つい椅子から立ち上がるほど喜んで。

 ……うわーやっぱ可愛いな。向こうじゃ知る人ぞ知るって感じだったのかな。これほどの子が。

 いきなりぐりっと脇腹をヤられた。
 つい見惚れた俺にちひろさんが肘をねじ込んでいた。

「おぉっふ……でまあ、寮に移ってもらうことになるけど、すぐにとはいかないから。
 色々と手続きがあるし、最初の数日はどこか別の、たとえばホテルとか……」

「Pさんのお家、とかですかぁ?」

 ぽっ、と彼女の顔が一気に茹だる。



「やだそんなぁっ♡ 確かに最終的にはそのつもりですけど、ちょっといきなりっていうか……。
 あ、嫌とかじゃないんですよぉ? ただ心の準備がまだ……うぅん、すぐ済ませますねぇっ。
 そうだ、まゆ家事は一通り出来るんです。こんな時の為に花嫁修業はしておきなさいってママが。
 毎朝Pさんの朝ごはんを作って、あーん♡ って食べさせてあげますねぇ♡」

 ほっぺたに手を当ててやんやん首を振る。
 なんかちょっと色々考えすぎてしまう子なんだろうか。

 なぁんだ、可愛いところもあるじゃないか……と和みかけたところで気付いた。


「俺、君にまだ名前教えてないよね?」

「え? はい、直接は聞いていませんねぇ」


 そもそも名刺すら渡していないんだが。


「うふふっ、いやですねぇ。それくらいだったら調べたらすぐにわかりますよぉ。
 だけどまだ知らないことが多いから、これからもーっとお互いを知っていきましょうね♪」


 ――どうしましょう。やっぱしPちゃん怖いかもです。
 ――なーにがPちゃんですか。サポートはしますけど、最終的にはあなたの判断ですからね。


 目配せをして、話は決まった。
 佐久間さんは変わらぬ笑み。うっとりした瞳は、終始こちらに注がれていた。


 ちなみに転居手続きが済むまではホテルに宿泊してもらった。
 彼女はぷぅっとむくれていたが、こればかりは仕方ない。

 あと親御さんに連絡して、うちのモデル部門を通じて仙台の事務所にも話を通して……。


 ド頭から何かと大変だが、少々の不安を抜きにすればそんなに嫌ではなかった。
 なんというか仕事上の直観が、彼女のアイドルとしての素質に惹かれていたのだ。



  ◆◆◆◆


  ―― 事務所


莉嘉「ぴっこーん!!」

美嘉「わ、何どしたのアンタいきなり」

莉嘉「なんかキた! ラブでコメ的なマヂヤバのなんかがあるよおねーちゃん!!?」

美嘉「えぇ~? まーた莉嘉はよくわかんないこと言って……」

美嘉「って、何だろ。あっちの方からやたら濃い気配が……?」

智絵里「……!!」

楓「………………」

美穂「?」


  ◆◆◆◆


【 ♡まゆ日記♡ 】


 始まりました。

 まゆとあの人の、素敵なアイドル生活。

 私を使ってくれたあの人に、恥をかかせるわけにはいきません。
 幸いにしてある程度の経験はあったから、カメラを前にしてはちゃんとできました。

 でもレッスンや営業とか……アイドルって、とっても大変なんですね。
 だけどこれは全部あの人の為。プロデューサーさんがくれた、まゆへの信頼であり、試練です。
 手を抜くなんて、まして逃げるなんて絶対にしません。

 見ていてくださいね、プロデューサーさん。

 この世でたった一人の、運命のあなた♡


                     〇〇月△△日



  ◆◆◆◆


 杞憂というか、産むが易しというか。

 仕事に対するまゆの態度は真剣そのものだった。
 モデルとしてのプロ意識は既に培われていて、カメラの前に出る分には一つの問題も無かった。
 それどころか、うちの子達への見本としたいくらいだ。


「とりあえず、目下の課題は体力方面かな……」

 今後の方針をノートにまとめて付箋を貼る。
 外見のイメージ通りあまりフィジカル面は強くなく、素早い動きが苦手なようだ。

 本人の向上心が強いから、それも遠からず弱点ではなくなるだろう。そういう意味では頼もしいところだ。

 ……向上心……か。

「…………うーん」

 その源がどこにあるのか、わからないほど間抜けではないが。



「お疲れ、プロデューサー★」
「お疲れ様です」

 と、デスクにいつもの銘柄の缶コーヒーが置かれた。美嘉だ。それに楓さんも一緒。

「ああ、二人ともお疲れ様」
「難しいカオしちゃってどしたの? また寝不足?」
「んーまあ……」
「あ、わかりました。今夜どこで飲もうか考えていらっしゃったんでしょう?」
「それはマジで違う」


 そうだ、ちょうど良かった。
 この二人ならもしかしたら――――


「――まゆちゃんのことなら、アタシも前に聞いたことあるよ。甘ロリ系の読モしてたんでしょ?」
「仙台にとても可愛らしい子がいるという噂は、確かに届いていましたね」

 なるほど。
 二人の経歴ならもしやと思ったが、やはり知っていた。

 特に学生モデルの美嘉はあちこちにモデル仲間を持っており、仙台にも定期的にコンタクトを取る子がいるらしい。

 基本はギャル系だからまゆとはジャンルが被らないが、それでもやはり向こうで彼女の名は知れ渡っていて、
 同業で知らぬ者はいないほどの存在だったそうだ。


 とにかく、可愛い、と。

 可憐で純朴で、けれどどこか蠱惑的な雰囲気を併せ持つロリータ系ミドルティーン。
 トロっとした瞳は常に真昼の夢を見るようで、切り取られた写真越しにもその妖艶な輝きは異彩を放つ。

 仕事面では至って真面目で、品行方正を絵に描いた理想的な態度だった。
 どんな仕事にも文句を言わず、どんなコンディションからも常に完璧な一枚をもたらした。
 そのことから、ごくごくローカルな活動ながら現場受けは大層良く、同じモデルから見ても高嶺の花だったという。

 これもまたカリスマと言うべきだろうか。美嘉とは違う方向性での。



「だけど――オフの時はちょっと怖かったって、向こうの友達が言ってたかな」

「怖い? 何か問題があったとか?」
「んーん、そんなんじゃなくて。むしろ真逆。なんにも無かったの」

 なんにも、って……。
 問題が無いのは良いことだと思うが。

「んー……たとえば、アタシが言うのもなんだけどさ。モデルやるような子って結構我が強かったりするじゃん?
 アタシが一番! みたいなさ。もちろんそれも必要な資質だけど」
「あら、そうなの、美嘉ちゃん?」
「あはは、大人はわかんないよ? 楓さんはそういうタイプじゃないしね。
 でも学生でわざわざモデルしようなんて子は、やっぱそれなりにギラギラしてるのが大半なの」

「ええと、つまり……?」

「喧嘩や競争、妬み嫉みも当たり前ってコト。カッコ悪い話だけど、そういうせめぎ合いは絶対あるわけ。
 そこで折れる子もいれば研ぎ澄まされる子もいて、仲良くなったり悪くなったり、そんな流れができていく。でも――」


「佐久間まゆちゃんは、誰とも競わない。妬まないし競わないし、泣かないし怒らない。だから文字通り、何も無い」



「人形みたいだった、ってその子は言ってた。

 もちろん悪い子じゃないんだって。話しかければ受け答えするし、愛想たっぷりだし付き合いも悪くない。
 だけどそういう表面的な部分以外、あの子は全然出さないの。だから、誰も踏み込めないんだって。

 ……一回さ、撮影終わった後のまゆちゃんに挨拶に行った子がいてね?

 だけど、できなかったらしいの。
 椅子に座ったまんま、ぜんぜん無表情でいつまでもじーっと天井を見てたんだって」




 ――ごめん。シュミ悪いよね、こんな話。
 美嘉はそう締めくくって、ばつが悪そうに頬を掻いた。

 なにせこの年頃の女子の噂だ。
 妬み嫉みも当たり前という業界の性質上、そうしたヘンテコな逸話の全てが真実とは限らないなどと百も承知なのだろう。
 だけどモデル仲間も信頼している以上、全部がただの風評と切り捨てることもできない……。

 ならば本人を見るのが一番いい……と。そういうことは美嘉自身が一番よく考えている筈だ。


「だから正直、アタシ結構びっくりしてるんだ。あのまゆちゃんがウチに来るっていうのもそうだけどさ、
 今ここにいるあの子と、友達から聞いた話が噛み合わなくて――――」


「プロデューサーさぁんっ♡」



 と、扉が開くなりまゆが駆け込んできた。

「あ、まゆちゃん……」
「あら、お疲れ様です、まゆちゃん」

「楓さんに美嘉ちゃん、お疲れ様です。ふふっ……なんだか不思議な気分ですね♪」

 もちろんまゆも元モデルの身。直接の面識は無いにせよ、二人のことは知っていたようだ。
 美嘉は少し決まりが悪そうだった。つい今しがたまでまゆについてあれこれ言っていたのが負い目なんだろう。
 別に陰口なんかじゃなかったが、真面目な彼女らしいことだ。


「まゆちゃんはレッスンだったのかしら? トレーナーさんの言うことは、ちゃんと聞き取れーなーいけませんよ?」
「もちろんですよぉ。まゆ、わからないことばかりだから、アドバイスは大切にします」
「ふふふ……まゆちゃん? トレーナーさんを、ちゃんと聞き取れーなー……ね?」
「? はい、いつも気を付けてますよぉ?」
「楓さん、それ以上はヤボだと思う……」

 そういうちょっと微妙な空気を、楓さんがいとも容易く和らげてみせた。
 流石だ。色んな意味で。



「レッスン、どうだった?」
「あ……そうだ! 聞いてっ、聞いてくださいっ。まゆね、トレーナーさんに初めて褒められたんですよぉ♪」
「お、本当か? 凄いじゃないか、今日はベテランの青木さんだったんだろ?」
「そうなんですよぉ。もうまゆ嬉しくって、これは絶対あなたに聞いてもらわなきゃってっ」

「聞きトレーナー……」
「か、楓さんボケ殺しされたら結構引きずるよね……」

 せめてものフォローをするなら、まゆのそれは天然だっただろう……。
 それからしばらく、四人で談笑した。


 しばらく経って、三人が連れ立って事務所を出た後。

「……どう思いますかね、キノコ氏」
「フヒ」

 足の間から、にょきっと輝子が顔を出した。ずっと机の下にいたのだ。



「い、いいと……思う。まゆさんは、いい人だ……」
「寮ではどうだ?」
「す……すごく、助かってる……。響子ちゃんと同じで、家事が得意なんだ……」

 料理も積極的に作ってくれて、寮母さんが二人になったみたいな感じらしい。
 特に裁縫の腕前が凄いんだとか。
 少し陰のある雰囲気だけど、みんなとの関係は良好。心優しく、よく気の付く子。

「それに……なんだか、机の下にも興味があるらしい。親友の気配がするとかで……」
「マジか……二人入居はいくらなんでも狭くないか?」

「なあ……親友」

 と、輝子は改めて俺の目を見た。


「わ、私は……親友のことは、本当に、大切なトモダチだと思ってる……友情を感じてる」



「? ど、どうしたんだ急に。よせやい照れるじゃないか」
「フヒッフフフ、な、なんか、一応……言っておこうと思って……」

 長い髪をわしゃわしゃしながら照れる輝子。

「で、でも……親友は、色んな子と一緒にいて……。そ、そういう子達が、色んな考えを持ってて……。
 た……たとえばなんだけど、まゆさんは、そんな中でも……その……」
「輝子……」
「う……うまく言えない。だめ、だな……キノコになら、色々話せるのに……な」

 もさもさの髪を足の間に埋めて、輝子は口下手な自分を恥じた。
 だけど、心配する気持ちは十分に受け取ったつもりだ。

「ありがとな。肝に銘じるよ」

 頭をわしわしすると、輝子はあっぷあっぷ慌てながら気持ちよさそうに目を細めた。
 



  ◆◆◆◆


周子「……ん~~~……」

紗枝「周子はん? どないしはりました~?」

周子「あーうん、ちょっと考えごと。そんな大したことじゃ……」

紗枝「まゆはんのことどすか?」

周子「……ま、ね」

紗枝「せやねぇ、そない深刻なもんやあらへんのやないかなぁとはうちも思います」

周子「あぁ、紗枝ちゃんも言うってことはやっぱそうなんや。まあね、仲良くできてるしさ。いい子だし」

周子「本人が何も言わなけりゃ、あたしはそれでいいと思うよー」

紗枝「……の割には、えらい考え込んではりましたな?」

周子「…………あ~、まあ、うん。いや、色々見てきたけどさ。それでもね――」


周子「あたしわからんのよ。今まで見たことないもん」


  ◆◆◆◆



 その日は朝からずっと雨で、まずいことに退社する頃になって雨脚が強くなった。
 駅からタクシーを使うにもちょっとなぁという距離に自宅があるため、傘を差して早足で家路につく。

 二十分そこらで見慣れたアパートが見えてほっと一息。ノブにカギを差し込もうとしたところ、


「あなたがPさんですか?」


 うぅわびっくりした!!
 ひっくり返りそうになりながら振り向くと、三メートルほど後ろにハリガネのように細い人影が立っていた。
 その人の持つ傘だけがやけに少女趣味で、黒いビジネススーツに相まってなにやら異彩を放っている。

「驚かせてしまって申し訳ありません。私は、仙台で佐久間のマネージャーを務めていた者です」

 女性の声だった。



「テレビ、毎日チェックしてます。雑誌や広告も。あの子は、とても順調にアイドル活動をしていますね」
「え、ええ。彼女自身の実力ですよ。モデル時代の経験値もとても高くて、助けられてます」

「まゆはあなたの為に東京まで来たんですよ」

 言葉も無い。
 彼女が近付いてくる。
 その足取りはゆるやかで、声色は責めるでもなく、だがどこか切実だった。

「まゆはね、とても良い子なんです。あんな素晴らしい子は他にいません。だけど、一人で思いつめてしまう子で」
「わかります。そこは私だけでなく、同部署の仲間達が……」
「違いますよ。あなたとまゆの問題なんです。まゆはとてもとても良い子なんです良い子なんです良い子なんです凄い子なんです思いやりのある子でだから大切にされるべきなんですあなたもわかっていると思いますだから私はそれをお願いしたくてだってまゆは今まであんな顔をしたことなくてそれはあなたに会いに来たからなんですよあの子はあの子はあの子は空っぽだったのが今まで」




 いつの間にか息のかかるような距離までいた。
 雨音がいやに耳に残った。
 そこで初めて、マネージャーさんは笑った。


「だから、どうかよろしくお願いしますね」


 街灯を照り返す雨滴が幾重にも弾けて、夜の闇を撹乱する。
 光の霞でけぶる深夜の路上に、彼女の姿はいつの間にか無かった。




  ◆◆◆◆


【 ♡まゆ日記♡ 】


 今日は特に褒められた日。

 凄いぞ、いつも頑張ってるねって。
 頼りにしてるなんて言われちゃいました。

 CDデビューも果たして、色んなイベントにもお呼ばれされて。
 それは全部、あの人がくれたチャンス。
 私はその全てを完璧にこなす義務があります。

 だから、褒めてくれたことは一言も欠かさず覚えているんです。

 凄いね。可愛いね。よくやった。期待してる。お前ならできる。

 全部メモしてるけど、「頼りにしてる」は初めてでした♡

 永久保存です。Pさんだーいすき♡ もっと頼られるようにならなくちゃ♡


                     △△月××日



【 ♡まゆ日記♡ 】


 寮の子達とバーベキューをしました。

 毎日一緒に寝泊まりするみんなですから、私もとっても仲良くしてもらってます。
 せめてものお返しに、色んな家事をして……。お料理が得意で良かったって思います。
 響子ちゃんという凄い子がいて、彼女と一緒にみんなのお世話をするのが楽しいです。

 本当に、アイドルには色んな子がいるんですねぇ。可愛い子、かっこいい子、元気な子……。
 Pさんが一生懸命になるのもわかります。

 お仕事も寮生活も楽しいです。こんなに幸せでいいのかなってくらい。


                     △△月〇〇日



【 ♡まゆ日記♡ 】


 まゆは、Pさんが好き。

 生まれて初めて出会った、心がときめく男のひと。

 彼を思うと、とくんとくんと心が満たされていきます。
 心の器に「好き」って気持ちが注がれて、それはやがて溢れそうになって。

 きっと理屈じゃないんです。一目見てからもう好きで、一緒にいるうちにまた好きになって。

 あの人のことをもっと知りたい。

 そうすれば、心の器は更に満たされると思うから。

 ……そうだ。他の子達に、聞いてみよう。
 ボイスレコーダーも用意して……。


                     ◇◇月□□日



《依田芳乃ちゃん》


芳乃「かの者について、知りたいのでしてー?」

まゆ「そうなんですよぉ。だってまゆ、あの人とは出会ったばかりだから……」

芳乃「ふむー。まゆさんが知らぬことを、みなみなから聞き出したいとー」

まゆ「協力してくれますかぁ……?」

芳乃「お安い御用でしてー。なれど、敢えて語り草になるほど特殊な方でもなくー」

まゆ「なんでもいいんですよぉ。ご趣味とか、好きな食べ物とか……」


芳乃「強いて申すならー、奇縁と女難の相が強くありましてー」

まゆ「まぁ、女難! 悪い女の人に引っかかっちゃうのかしら。まゆが守らなきゃっ」フンス




《前川みくちゃん》


みく「ハンバーグはオニオンソース派にゃ」

まゆ「オニオンソース派……」メモメモ

みく「あとねー、ネコチャンにはあんまり懐かれないみたい」

みく「こないだ猫カフェ言った時、手をがぶぅされてたの。超がぶぅって」

まゆ「そんな……まゆならその手をぺろぺろしてあげるのに……」

みく「……まゆチャンもナチュラルに変なこと言うよね?」

まゆ「そうですかぁ? ともかく、プロデューサーさんは動物さんには嫌われるんでしょうか?」

みく「うーん……動物全般に嫌われてるってわけじゃないと思うにゃ。たぬきとか、きつねとか……」

まゆ「???」

みく「それにネコチャンアイドルのみくだって、Pチャンのこと大好きだし♪ なーんて――」

まゆ「…………それは『男性として』という意味ですかぁ?」

みく「らっライク! ライクの方の意味にゃ!!(いきなり怖っ!!)」



《遊佐こずえちゃん》


こずえ「あったかふわふわー……」

まゆ「あら……」

こずえ「つるつるスベスベー……」

まゆ「まあ……」

こずえ「ぴゅーぴゅーぽこぽこー……」

まゆ「へえ……」

こずえ「そんなかんじー……」

まゆ「よくわかりませんけど、大体わかりましたぁ」



《イヴ・サンタクロースさん》


イヴ「恩人も恩人、大恩人ですよぅ! ね、ブリッツェン!」

ブリッツェン「ブモッフ!」

まゆ「裸のところを保護されて……そういうことってあるんですねぇ」

イヴ「彼と出会わなければ、私とブリッツェンは大都会の羅生門で多襄丸でしたよぉ」

ブリッツェン「ブモモゥ!」

まゆ「ところでその……ブリッツェンちゃん? は、トナカイさんなんですかぁ?」

イヴ「そうですよ~。私が子供の頃からの相棒なんですぅ!」

ブリッツェン「ブモー!」

まゆ「わ、浮いた」



《北条加蓮ちゃん》


加蓮「過保護」

まゆ「過保護」

加蓮「っていうか、心配しいっていうか、気が回りすぎるっていうか……」

まゆ「だけど、心配されるって嬉しいことじゃありませんかぁ?」

加蓮「まあ、ありがたいとは思うよ? 色々と恩があるし、会った時は――」

加蓮「って、やめやめこの話。不幸自慢みたいになっちゃってヤだし」

まゆ「ふふっ。とっても優しい人だというのは、よーくわかりました♪」


加蓮「……ところで、あのさ。まゆってまさか」

まゆ「……そのまさか、と言ったらどうします?」

加蓮「…………ううん、今ここで四の五の言うつもりは無いけど」

加蓮「ただ、たぶん茨の道だよ」

まゆ「うふふっ♪ 望むところですよぉ」


まゆ「――誰にも、邪魔はさせませんから」




《高垣楓さん》


楓「そうですねぇ……私としては、もうちょっとお酒にお強くなってくれれば嬉しいんですけど」

まゆ「……よく一緒にお食事に行かれるんですかぁ?」

楓「仕事終わりにチョコっと一杯、くらいですよ♪」

まゆ「大人の飲みニュケーションということで、ひとまず納得しておきますねぇ……」

楓「ああ、それともう一つ」

まゆ「はい?」

楓「とても不器用な人なんです」

まゆ「不器用……」

楓「だから、わかってあげてくださいね。どうなるにしても」

まゆ「……ありがとうございます。覚えておきますねぇ」



《小日向美穂ちゃん》


美穂「えぇとね。いつも一生懸命で、私達のことを一番に考えてくれて、いい匂いがして……」

美穂「……って、ごめんね? 私だけいっぱい喋っちゃってて……」

まゆ「いいんですよぉ♪ たくさん知れて、まゆ嬉しいです」

美穂「えへへ、私もたくさんお世話になってる人だから……」

まゆ「美穂ちゃんは、本当にプロデューサーさんを信頼してるんですねぇ。お話を聞いてると、よくわかります」

まゆ「……とっても、好きなんですねぇ?」

美穂「好ッ!? あ、え、えと、あはっあはは、うん、とっても大切な人……だよ?」

まゆ「うふふっ♪ それなら、まゆと気が合いますねぇ」



まゆ「――なんとなく思ってたんですけど」

まゆ「美穂ちゃんって、なんだか不思議な雰囲気がありますよねぇ?」

美穂「え? ふ、不思議な雰囲気ってどういうこと?」

まゆ「いえ。普通の人とは違うというか、どこか浮世離れしてるというか……」

美穂「あ……ああ、それはあの、あれだよ。私ほら、ちょっとぽけぽけしてるところがあるから!」

美穂「すぐお昼寝したくなっちゃうし、多分そんなとこなんじゃないかな!?」アセアセ

まゆ「なるほど……そういうところなんでしょうかねぇ」

美穂(あ、危ない危ない。ごまかせたかな……)

美穂(最近気が抜けがちだから注意しなくちゃ。でも、まゆちゃんにもいつか言うべき……だよね……?)


まゆ「………………」





まゆ「運命は……」

まゆ「運命は、やっぱりある。あるんです。そういう風にできてるんです」


まゆ「まゆには、赤い糸が繋がってます。たった一本だけ、薬指からあの人に……」


まゆ「そうでしょう? そうですよね……かみさま?」




【 ♡まゆ日記♡ 】


 寮のリビングにたぬきがいました。

 私はびっくりして、たぬきさんもびっくりして、傍にいた菜帆ちゃんの後ろにぴゃっと隠れちゃいました。
 だけどその菜帆ちゃんにも、たぬきさんの耳と尻尾が出ていたんです。


 その後がまた驚きでした。うさぎさんやきつねさんも現れて、寮が動物園のようになって。

 話を聞くと、ここは不思議な事務所だったそうなんです。
 みんな打ち明けるタイミングに迷っていたのだとか……。

 でも、それもとっても楽しいことじゃないですか。

 他のみんなに目を向ければ、なんて楽しい事務所なんだろうと思いました。
 毎日が事件で、色んな子達がわいわい騒いで、中心にはあの人がいて。

 そういう毎日が繰り返される、おもちゃ箱のような日常です。



 なぁんだ。

 それじゃあ、隠すことなんて何も無いんですねぇ。


                     ☆☆月●●日



【 ♡ま 日記  】


 アイドル、楽しいんです。

 ファンの皆さんが応援してくれて、佐久間まゆというアイドルを求めてくれて。
 楽しくて優しい仲間たちがいて、その中でまゆは、とても幸せな気持ちになります。
 あの人はそれを喜びます。彼の笑顔を見ることが、私にとっての幸せです。

 これは初めての、大切な、強く焦がれるほどの恋。

 恋なんです。


 全ては順調です。佐久間まゆの名は知れ渡り、私は満たされていきます。

 だけど、この心の奥底にあるハートの器は、どうなんでしょう?


                     ★★月▲▲日



【    日記  】


 今が楽しいの?

 アイドルが好きなの?

 薬指から伸びる赤い糸のことを、ずっと信じています。
 だけど、それはいつまでもあり続けるものなのでしょうか?

 好きの気持ちは募っていって、だけど解放されないまま、器に並々と注がれていって。

 
 違うだろう。

 そうじゃないだろう。


 かみさまが、そう言うのです。
 

                     ★★月●●日




【     記  】


 人であっても、そうではなくても。
 恋心を持つ者は、必ずいる。

 ならばどうするべきか。

 今が楽しくても。

 彼女達が尊くとも。


 恋は恋のままであってはならない。
 つがいとなる者は、愛の名において決して逃してはならない。

 おまえがおまえである限り。


                     ★ 月 ◆日



【        】



  命日を定めよ。



(日付表記なし)


(このページから、日記は途切れている)


 一旦切ります。
 前半はここまでです。
 書き溜めが終わったので、以降の更新はゆっくりめになると思います。ご了承ください。


  ――ある朝 事務所


幸子「おはようございます! カワイイボクが事務所一番乗りですよ!」ガチャ

幸子「……って誰もいませんねぇ。プロデューサーさんもまだなんですか?」

幸子「まったく、早起きは三文のカワイイってことわざを知らないんですかね…………おや?」


繭(……)


幸子「なんですか、この白くて大きい楕円形のものは……」

幸子「はっ。ま、まさかまたプロデューサーさんが怪しいところで買った怪しいモノなんじゃ……」

繭(……)

幸子「……それにしても綺麗な質感ですねぇ。まるで上等なシルクみたいな……」ツンッ

繭(!)


   ブワッ!!!



幸子「!!?」

  シュルシュルシュルシュルシュル

幸子「わっわっわっ!? か、カワイイボクになにやらカワイイ糸が!?」

  グルグルグルグルグルグルグルグル……

幸子「フギャーッ! またボクこういう役回りですかーッ!!?」

幸子「の、呑み込まれ…………っ」


   スポンッ


   …………




まゆ「――あら? 今なんだか、とってもカワイイものを取り込んじゃったような……」

まゆ「まあ気のせいでしょうねぇ。今行きますよぉプロデューサーさ~んっ♡」シュルルル


   ズモモモモモモ……



  ―― 数時間後 女子寮


響子「――あれ? まゆちゃん、いないんですか?」

芳乃「大切な用事があるとー、日の出と共に外出しましてー」

響子「そうなんですか? 今日は一緒にお料理の本を見に行こうって約束だったんだけど……」

芳乃「なにやら思い詰めておられたご様子ー。ここは、そっとしておくがよいかとー――」

芳乃「――――」

響子「芳乃ちゃん?」


芳乃「……事務所の方角より、凶兆が見られまするー……」



智絵里「うんしょ、うんしょ……お風呂のお掃除は、こんな感じでいいかなぁ」

美穂「こっちも終わったよ! 綺麗になったね!」ペカー

智絵里「うんっ。たまのお休みだから、これくらいのお手伝いはしなくちゃ……」

美穂「窓を開けて換気して、っと……うーんいい天気! 見て見て智絵里ちゃん、窓の外にアジサイ――」


楓「おはようございます」ヌッ


美穂「空から逆さまの楓さんがーーーーっ!!?」ポコーッ!!

楓「あ、びっくりさせちゃいましたね。私、地に足がついてないってよく言われるんですよ」

美穂「ぶ、物理的に浮いてるじゃないですかぁ!」

智絵里「か、楓さん? 何かあったんですか……?」

楓「よっこいしょっと。お休みのところごめんなさいね」シュタッ

美穂「は、はぁ……あ、リビングでお茶でも淹れましょうか?」


楓「お構いなく。それより、ちょっと良くないことになってしまってます」



  タタタッ

周子「二人とも! と、あれ? 楓さんも来てたん?」

楓「お邪魔してます。スマホを持って、何かあったのかしら」

周子「ああうん、今ちひろさんから電話があったんだけど――」カクカク シカジカ


智絵里「事務所が大変なことになって……」

美穂「プロデューサーさんが、行方不明!?」


   〇


  ―― 事務所


美穂「な……なにこれ……」

ちひろ「私が来た頃には、こんな感じで……」

周子「うーーわ、部屋中まっっしろ」

紗枝「網か蜘蛛の巣でもぶちまけてもうたみたいな有様どすなぁ」

楓「これは……絹糸ですね。それもかなり上等な」

周子「糸って……ここにあるやつ全部? 壁だの床だの天井だのにびっしり這い回ってんのが?」

ちひろ「机も何もかもグルグル巻きだから、これじゃ仕事もできませんね」

ちひろ「普通に出社してくるプロデューサーさんはエントランスで目撃されてたらしいんですが……」

智絵里「糸って、でも誰がどうやって……」



  ガチャ

美嘉「みんなっ、外にコレ落ちてた……!」

紗枝「プロデューサーはんのすまほ……。ああ、なんべん電話しても出られへんわけやねぇ」

智絵里「これもぐるぐる巻き……。やっぱり巻き込まれたんだ……」


楓「芳乃ちゃん。彼がどこに行ったかわかりますか?」

芳乃「おまかせあれー。むー…………」

美穂「芳乃ちゃん、お願いっ!」

芳乃「……ふむー……?」

美穂「芳乃ちゃん……?」


芳乃「これはー……わたくしでは、読めませぬー」



周子「芳乃ちゃんでもわかんないの!?」

芳乃「ひどく曖昧でありー……切れそうな糸が、あるところで、ふっつりと途切れておりましてー」

芳乃「おそらくはー、ある種の結界の中にいるものかとー」

周子「結界て、そんな大仰な!」

紗枝「そないなことのできるもんが、一体どこにおらはったのやら……」

紗枝「…………まさか、なぁ」

智絵里「わ、私、外を探してきますっ!」

ちひろ「社の人に聞き込みをしてみます。何か目撃証言があるかもしれません」タッ




美穂(外を探すグループ、プロデューサーさんの自宅を訪ねるグループ、事務所を調べるグループに分かれ……)

美穂(私、美嘉ちゃん、智絵里ちゃんは外を探していたのですが……)


美嘉「はぁ……はぁ……いた?」ハァハァ

智絵里「い、いえ、どこにも……」ゼェゼェ

美穂「思いつくとこは、これで全部だけど……」

美嘉「これは、いよいよ警察に通報しなきゃかもね」

美穂「プロデューサーさん……一体何があったんだろう……」

  ピロリンッ♪


美穂「あれ、メッセージ? ……これって……!?」



  ◆◆◆◆


 目が覚めると、視界の全てが真っ白だった。
 上も下も極上の絹のような質感の、不思議な部屋だった。

 広さはせいぜい三畳あるかないか。向き合って並んだ二つの椅子の片方に俺は座らされている。

 しかも、ぐるぐるに縛り付けられたままで。

「あ、お目覚めですかぁ?」

 差し向かいの椅子に座るまゆは、上機嫌で編み物をしていた。

「まゆ? ここは……?」

 俺は普通に事務所に入って、そしたら後ろから何かが……。
 くそ、微妙に記憶が曖昧だ。



「うん、できたっ♪」

 編み物が仕上がった。
 純白の、シルク100%のストールだった。

「風通しがいいから、夏にも使えますよぉ。首に巻くと日焼け防止になるんです」
「なるほど便利。じゃなくて、えっ、ここどこ?」

 まゆは立ち上がり、俺の首にそっとストールを巻いて、耳元に口を寄せた。

「まゆのまゆ、です♡」

 ハハハこやつめ。楓さんの薫陶を受けたのかな?
 ……ってダジャレじゃなくて、繭? なに繭って?


「うふふっ。まゆ、どうしてもあなたと二人っきりになりたくて。
 もう少しみんなといるのもいいかなって思いましたけど……時間が無い気がして」



 時間ってどういう意味だ?
 繭って、ここは巨大なそれの中だっていうのか?

「ここがどこだか知らないけど、ひとまずほどいてくれるかな」
「だめです。ほどいたら、あなたは出ていくでしょう?」
「出たい……出たくない?」
「だーめっ。どこにも行っちゃいけませんよぉ」

 じゃれるようにくすくす笑うまゆ。
 彼女が俺をここに閉じ込めたのは間違いない……としても、この状況は異常だ。

 いつも通りのノリで平然としているまゆ自身も。

「まゆ」
「なんですかぁ?」

「お前、何者だ?」



「…………プロデューサーさんは、まゆが何者であっても受け入れてくれますかぁ?」

「レイシストではないつもりだし、動物とか好きだし幽霊とも幽波紋とも友達です。あと師匠が仙人」

「ふふ……そうですよねぇ。みんなに慕われるのもわかります。だからこそ……」

 笑顔のまま、すっと目を細めるまゆ。


「『おしらさま』ってご存知ですか?」




「おしら……さま?」

「東北地方で信仰されてる神様です。青森や岩手が主なんですが、まゆの故郷の宮城にも伝わってます。
 おしらさまの祭日は『命日』と呼ばれて、その日に行われる行事を『おしらあそばせ』って言うんです」

 大切な秘密を打ち明けるように、まゆの説明は続く。


「ご神体は桑の木のお人形。おしらさまの眷属は現代にも残っているんですよ。
 目を守ったり、家や子供を守ったり、農業を守ったり――いろんなのが」


「それじゃあつまり、まゆはそのうちの……」



「ええ。――中にはたとえば、養蚕を守るものもいて」


 しゅる、ときめ細やかな絹が垂れる。
 彼女の体からだった。


「まゆ、蚕の娘なんです♡」


 小首をかしげて微笑むと同時に、その背からもふっとした白い翅(はね)が開く。



「蚕……そうか、そういうのもあるのか」

「驚かないんですねぇ。ほら、おっきな翅もふもふ」
「うちをどこだと思ってる。たぬきにきつねにうさぎに雪娘に悪魔に傷ついた悪姫ブリュンヒルデやら千川ちひろやらがいるんだぞ」
「ええ、わかってました♪」


 まあ慣れってあるよね。自分はごく普通のおっさんなんだけどね。
 神様の眷属っていうと神使の智絵里みたいなものなのかな? いよいよファンタジーみがとどまるところを知らない。


「告白は確かに聞き届けました。勇気出してくれてありがとう。みんなも受け入れてくれるさ」
「だったらいいですねぇ」
「間違いないよ。てことで帰ろっか?」
「ふふっ。だ・め・で・すっ」
「と見せかけて?」
「もうっ、言ってるじゃないですかぁ。だめだめだぁ~~めっ♡」

 そっかーダメかー。あくまで譲らずかー。
 でもきっと大丈夫だ。なにせうちには…………

「芳乃ちゃんが見つけてくれる、って思ってます?」

 ド図星。



「これ、なーんだっ?」

 彼女が取り出したるは、本当になんだかよくわからんブツだった。
 三十センチほどの木の棒に顔を彫り込んだ、二体の人形だ。片方は馬、片方は娘の顔。

 ……ん? これってついさっきまゆが言ってた……。


「おしらさまのご神体です。これのおかげで、ここは小さな神域になってるんですよぉ。
 神域の中まで探ることはできません。それって冒涜になりますから。

 半分は賭けだったんですけど、ちゃんと効いてくれて良かったです。持つべきものはご神体ですねぇ♪」

 なるほど、流石まゆ。よく気が付く子だなぁ。

 ………………うん。



「ふんぬーッ!! くぬぬッ!! イヤーッ!!!」


 暴れて!
 糸を!
 振りほどけ!!

 説明!!
 ボタンを連打して糸の拘束から脱出しろ!
(古いネタ)


「あ。こぉ~らっ、暴れちゃめっですよぉ?」
「たまには、運動ッ!! したくッ!! なる……のさッ!! Wasshoi!!!」

 えっ全然ほどけねぇ何これ! シルク頑丈すぎない!?
 ていうか縛り方が完璧すぎて俺のカラテじゃ太刀打ちできないな!?



「うぅん、イキのいいプロデューサーさんも素敵……♡」

 完全にまな板の上の鯉を見る目ですやんか。
 何? 料理されちゃうの俺? ていうかそうだよそこだよ。

「そもそもっ! こんなことしてっ! 一体、何が、目的なんだッ!! ……ふぅ」

 どう頑張っても無理くさいので、力押しは諦めた。
 まゆはにこにこ笑っている。
 今この状況が幸せで仕方ないというような顔で、それが逆に不気味だった。

「……何か、気に障るようなことしちまったかな」
「いいえ。むしろその真逆ですよぉ。毎日とっても楽しくて、嬉しくて、幸せで……」


「だからもう、あなたを独り占めしちゃおうと思って」



「蚕って、地球上で唯一、『神様』を得た種族だと思うんです」


「だってそうでしょう? 蚕は完全に家畜化された虫ですもの。
 生きる上の営みを管理され尽くして、食べることも子供を作ることも、死ぬことにだって一つも無駄がないんですよぉ。

 思うんですけど、それって究極の運命ですよねぇ。
 従っていれば何も間違えない、完全な管理者……つまり神様。ですよね?」


「……それと引き換えに、野生に帰る力は欠片も残っていません。羽化しても飛ぶことはできません。
 すぐ死んじゃうから、どのみち飼われる以外に生きていく道は無いんです」


「まゆにはどっちが幸せなのか、よぉくわかります。
 閉じた心地よい繭の中で、つがいになって、誰にも邪魔されずに……。

 だからそれに倣うんです。
 なんにも心配いりませんよぉ。プロデューサーさんは、まゆが最期まで飼ってあげますから……♡」



「随分……思い切ったな」

「これでも悩んだんですよぉ。だけどもう、時間が無いから……」
「さっきも言ったけど時間って何だ? 誰がそんなことを決める? 親か、それともマネージャーさんか?」

「決めるのは私です。まゆ一人です。あなたに関することは、全部まゆの心だけで決めたんです」

 微笑みながらも、語調に真剣味が増す。

「常識とか倫理とかそんなの超えた部分に運命はあるんです。
 プロデューサーとアイドルだから何ですか? 人とそうでない者だから何ですか?
 神様は何も禁止なんかしてないんですっ」

 名曲すぎる……。

「だから、ね、飼われちゃいましょ? まゆだけのものになっちゃいましょ?
 うんって言ってください。そうしたら幸せになれますよ? ここで幸せになることが二人の運命なんですよぉ?」



 薄く開かれた瞳は輝いていて、いっそ狂奔めいた情念と、どこか縋るような切実さがあった。
 どれほど真摯に訴えかけているのかは、顔を見るだけでわかった。

 だけど、それには真剣さと同じだけの痛ましさがある。

「……本当に自分だけの心で決めたことか?」

「え……?」

「時間なんて限られてない。焦ることなんて何もないだろう。こんなのはそもそもまゆらしくないぞ。
 お前一体、何に駆り立てられてるんだ?」

 彼女はしばらく、俺の顔をじいっと見つめていた。
 わずかに歪んだ口元は、それでもやはり、笑みの形をしていた。


「……本当に……なんでも、お見通しなんですねぇ」




「楽しいんです、アイドル」


 ぽつりと、呟くような独白が漏れた。
 せき止めていた水が決壊する、その最初の一滴だった。


「まゆは今までからっぽでした。不幸だったんじゃないんです。みんなまゆを愛してくれました。
 だけど、ただ言われるままに生きてきました。
 人と違って、そんな中にあって、白い白いシルクみたいな毎日を過ごしていました。

 愛ってなんなのかよくわからなかったんです。だから誰にも愛を返せなくて。

 そんな中、たった一本だけ見つけた赤い糸が、あなたでした」


「それで、あなたの為に始めたアイドルが、本当に色鮮やかで。
 だって初めて自分の心で飛び込んだ世界なんです。ファンの声が嬉しくて、仲間が頼もしくて」




「アイドルが楽しくて、みんなといるのが幸せで……それが全部になっちゃいそうだから」


「あなたへの想いが、純粋じゃなくなっちゃうかもしれなかったから。
 まゆが裏切ってしまった人達への、それこそが冒涜だから」


「――そうなっちゃう前に、選ぶべきものを選んだだけですよぉ」




 目を逸らせなかった。
 プロデュースを始めてわかったことは、まゆはどこか危うい雰囲気ながら、根底では思慮深く、心が強く、優しい子だ。
 今だってそうだ。

 ……だからこそ、か。

「まゆはもう選択しました。きっと他の誰にも許されないんだと思います。
 それでいいんです。仙台を出た時から、あなた以外の全てを捨てたって惜しくないんですから。

 おしらさまにはね、つがいが必要なんですよぉ」


 かた、とご神体がひとりでに揺れる。
 馬と娘の、おそらくは二つで一対となる神の具象。

 そうか。おしらさまは、夫婦の神でもあるんだな。



 がくんっ!!


 その時、繭全体が大きく揺れた。

「うお……っ」
「……!?」

 明らかに外から何かの干渉があった。誰かが見つけてくれたのか? ていうか外はどうなってるんだ?
 繭がもう一度大きく揺れて、まゆの目元に険しさが増す。

「どうして? 芳乃ちゃんには探せない筈……」

 その時、なにやら隅っこにモゾモゾするものがあった。
 お次は何だと見てみたら、ようやくといった感じでなにやら大変カワイイものが顔を出した。


「ぷはっ!」
「幸子!!?」

 え、いたの!? どっか挟まってたの!? 大丈夫!?



「……幸子ちゃん……」
「はぁ、はぁ……まゆさんが何をお話ししてたのかは、よくは聞こえませんでしたが……」


 さっとスマホを取り出す幸子。
 そこに映っているものは……。

「GPS……!」
「これがあんまりカワイくない行為だということはわかります!
 転んでもただただカワイイ! それがこの輿水幸子ですっ!」

 神域だろうと電波は通る。かがくのちからってすげー!



「……そう……ですかぁ。それじゃあ、場所がわかって……」

 俯いたまま、まゆは立ち上がる。


 ぶわっ――


 繭が一気にほどけた。
 それは空中で依り合わせられ、たちまちのうちに無数の白い糸となって辺りに展開する。

 開いてみれば、そこは明るい初夏の森の中だった。

 梅雨の合間の爽やかな陽光が差し込み、地面に梢の濃い影を落とす。
 開けた空間の隅にあるのは、打ち捨てられた廃祠だった。きっともう誰も来ないのだろう。そして、


「まゆちゃん……!!」


 まゆが見つめる先には、息を切らした美穂と、美嘉の姿がある。



 ちなみに俺はぐるぐる巻きのまんま動けずにいる。

「す、すまん幸子。とりあえずこれをほどいてくれんだろうか」
「わかってますよっ。まったく何があったんですか? 後でちゃんと説明してもらいますからねっ!」

「うん……色々あってな。ちゃんと話さないといけないんだ」

 幸子が椅子の後ろに回り、見事な縛りっぷりを見てドン引きした。

「うわっ結び目ガッチリですよこれ! 全然カワイくないじゃないですか! こんなのゴリラですよゴリラ!」

 マジで? 無理? うそやん。



「まゆちゃん……帰ろ?」
「何があったかとかさ、ちゃんと話し合おう? じゃなきゃアタシらなんもわかんないし――」

「……ふふ」


 美穂と美嘉を前にして、まゆは薄く笑った。
 糸の一本一本が生き物のように蠢く。
 支えもなく直立する二つのご神体が、笑うようにかたかた微動している。


「……好きなんですよぉ。本当に……みんな……でも…………」
「まゆちゃん……?」

「もう、決めたから……」



「あなたたち……邪魔」



 一旦切ります。
 次で終わると思います。



 えらいことになっている。
 廃祠の森に、光る白線が乱れ舞う。

 それはまるで竜巻のようで、しかし風の流れを完全無視した純白の渦流となって標的二人を追い詰めた。
 糸の本数で言うなら何百どころか何千の域だろう。たまったもんじゃないのは晒される方だ。
 片やぽんぽこぽんっと地上を転げて逃げ回り、片や翼を翻して避ける避ける避ける、糸が恐ろしい速さで追う追う追う。

「まゆの……っ、邪魔は……っ! させない……っ!!」

 ……わー、知ってるよああいう作画。板〇サーカスっていうんでしょ?



「このシリーズってバトルものじゃなかった筈なんだが……」
「むぅ~……これはもうハサミか何かでちょん切るしかなさそうですねぇ」
「あるのか!? でかした幸子! 急いでくれ!」

 真後ろで懐をゴソゴソする幸子だったが……。

「……はっ! ボクがいつも常備してる、ハンケチやティッシュや絆創膏や手ピカジェルやハンドクリームやソーイングセットの入った、
 人呼んでカワイイポーチが無いっ! 呑み込まれる時に落としてしまったんでしょうか……!?」
「お前のそういう合間合間に育ちの良さ滲ませるとこ好きよ」
「そうでしょうそうでしょう!」
「ハハハこやつめ!」
「フフフーン!」

 束の間の交流で心和むのであった。動けねぇ。



「まっ、まゆちゃんっ! こんなことやめ……ぽこっ!?」

 ずざざーっと滑り込む美穂の足先を糸が絡め取り、

「ヤバっ、振り切れない……!?」

 空中の美嘉に糸の包囲網が追いつき、ついに翼ごと絡め取った。


 ……えっ、ていうか強っ!!
 それもそのはず。辺り一面を大樹の根のように這い回る糸は全てまゆの意のままであり、
 言ってみれば間合い全てが彼女の掌の上なのだから。

「幸子、もうヤバい! こうなったらお前だけでも逃げろ!」
「えーとこの結び目がこれこれこうなって……って何言ってるんですか!? そんなのボクの美学に反します!」



「……何してるんですかぁ?」

 そうこうしてるうちに、あっという間に糸が伸びて。

「あーーーーーーっ! ですよねーーーーーーっ!!」
「幸子ぉぉーーーーーーっ!!」

 かくして三人の簀巻きアイドルと一人の緊縛おっさんが出来上がったわけである。

「ふふ、うふふっ……これで邪魔者はいませんねぇ……」

 強い。マジで強い。出るもの間違ってるんじゃないかってくらい強い。
 これがまゆの本当のポテンシャルだというのか? 俺達はされるがままなのか……。

 と、あるものが視界に入る。



 まゆの足元で、あのご神体が微動しているのだ。
 見た瞬間に全て合点がいった。

 ご神体がある限り、ここは小規模の神域になっているとまゆは言った。
 その影響力ったら芳乃の知覚すら断ち切るほどのものだ。
 つまり、今のまゆの力の源こそが、あの桑の木のご神体。

 神域にいる限りここはまゆのステージ。バフのかかりまくった有利エリアなのだ。

 …………ということに気付いたはいいものの、動きようがないのではどうしようもない。

 いよいよ万策尽きたか……。



「――ぷ、プロデューサーさん……っ」

 !?
 この声は……?

「智絵里……!?」
「しー、ですっ」

 いつの間にか智絵里が俺のすぐ傍に!
 そ……そうか! うさ智絵里の体毛は純白! エリアを埋め尽くすシルクとはまさに保護色の関係にある!
 うさぎモードでこっそり回り込めば、まゆに気付かれることもない……!

「わ、私が糸をなんとかします。だからプロデューサーさんだけでも、逃げて……っ」
「よしわかったぜ」

 本当はわかってないぜ。
 考えがある。
 というか智絵里はこれをほどけるんだろうか、と思ったところでポンッとうさぎになり、

(カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ…………)

 めっちゃ糸を齧り始めた。かわいい。



 ――ぷちんっ!

(フンス!)

 糸が切れた!
 まゆはまだ気付いていない。大急ぎで糸を振りほどき、椅子から脱する。
 そのまま逃げると見せかけて…………


 全速力でまゆにダッシュする!!


(プフー!?)

 後ろでうさぎがめっちゃびっくりしてる。かわいい。



「取ったどー!!」

「あ……っ!?」
「プロデューサーさんっ!?」
「ちょっ、逃がす作戦だったのに……!!」
「もごもごーっ!」

 それぞれのびっくりする顔。幸子は顔まで塞がってるっぽいが。
 ヘッドスライディングの要領で、俺は確かに二つのご神体を掴み取っていた。

 まゆの顔色が明らかに変わった。

「プロデューサーさぁん? それに手を出したら……」
「祟られるとか、呪われるとか?」
「……よくわかってますねぇ。小さくてもそれはご神体です。よからぬ働きをしようものなら……」



「ぷっプロデューサーさん! 私達は大丈夫ですからっ!」
「そうだよ! てかなんで逃げないワケ!? アンタいっつも危ない橋渡って……!」
「フスフス……(ポンッ!)だ……だめですっ! 神様に由来するものを壊したら、何があるか……っ!」
「もごごーっ!」

 好き勝手言いなさる。


「……まだ間に合います。それを降ろしてください。呪いが怖くないんですかぁ?
 そのまま大人しくしていれば、邪魔者はいなくなるんですよぉ……!」


「担当アイドル同士がドンパチしてる方が万倍呪わしいわ。そぉい!!!」

 踏んだら簡単にポッキリいった。


「「「「あーーーーーーっ!!!!」」」」


 罰当たり千万である。寺生まれのTさんが出るような事態にならないことを願う。



「っあ……くぅ……っ!」


 すぐさま、まゆに影響が出た。
 まるで自分が顔面を殴られたようによろけ、集中の乱れがそのまま糸の乱れになる。
 三人を拘束する糸もゆるみ、まゆはそれでも諦めない。

「ま、まだ……まゆは、プロデューサーさんの為に……っ」


 くわっと美穂の両目が光った。
 地に降り立ち、素晴らしい跳躍。そのままくるくるっと回転し、狸の姿に戻って――

 ポンッ!


「ぽこぽんっ、ぽこーーーーーーーーっ!!!!」
(訳:ほっぺた直撃!! 肉球たぬきキィーーーーーーーッック!!!!)


  ぷ に っ っ ・ ・ ・


「あ…………ぷにすべ…………っっ」


※肉球たぬきキックとは……
 文字通り肉球を直接ぶつけ、その圧倒的ぷにぷにすべすべ感で相手の戦意を喪失させる破壊力ゼロのたぬきキック。
 不殺・平和的解決をモットーとする小日向流タヌキカラテの最終奥義である。

(346書房刊:『奥深きアニマルアーツの世界』より)



 誰もが呆気に取られて見守る中。

 たぬきがしゅたっと着地して。

 ふらぁ……と、力を失ったまゆが倒れ込み。


「まさか、かように思い詰めておられたとはー……」

 彼女の体を、いつの間にかそこにいた芳乃が受け止めた。


 神域は消え去っている。全ての糸はほどけ、繭ごと夢のように霧散していた。
 残るのはアイドル達と、廃祠と砕けたご神体、近頃旺盛に萌える草木達。



 静寂が戻る中、夏のはじめの蝉が今更じりりと鳴いた。




   〇


 昔々あるところに、一人の少女と一匹の馬がいた。
 農家の一人娘であるその少女は、家の飼い馬をたいそう可愛がったそうだ。
 やがて、一人と一匹の間に特別な感情が生まれた。

 愛情である。

 言葉など介さずとも通じ合うものがあったのだろう。
 やがて彼女らは誰にも知らせず、誰にも祝福されることのない婚姻関係を結んだ。

 当然、馬と人の婚姻など許されるわけはなかった。

 激怒した少女の父は、その日のうちに馬を叩き殺し、庭先の桑の木に吊るしたそうだ。
 少女はそれはもう悲しんだ。愛した馬の死骸に取りすがり、報われぬ愛の行方に涙を絞り尽くした。
 父はそれをも疎んじ、夢見がちな娘の妄想を断ち切らんとしてか、馬の首を切り離したそうである。

 少女はそれでも、愛した夫の生首から離れることはなかった。

 やがて馬の首は天へと昇り始める。呆気にとられる父の目の前で、娘と共に馬の首は空へと消えていったそうだ。

 そして一人と一匹は、桑の木を依り代とする夫婦神となった。
 

 後から調べてわかったことだが、おしらさまとは、そのような異類間の悲恋を起源に持つようだ。





  ◆◆◆◆
 

  ―― しばらくして 事務所


ちひろ「――ふぅぅ~~~……っ。とにかく、みんな無事で良かったです」

まゆ「……ごめんなさい、みなさん。まゆ、ひどいことを……」

芳乃「悩みて迷い、或いは盲動に走ることも時にはありましょう。お怪我が無くて何よりでしてー」

幸子「まあたまにはああなることもあるでしょう。犬も歩けばボクはカワイイとも言いますしねっ!」フフーン

紗枝「言葉の意味はようわからへんけど、とにかくえらい自信どすなぁ」

周子「器が違うわ」


美穂「私も気にしてないよっ。それよりまゆちゃん、その……」

美嘉「プロデューサーとの話は……?」

まゆ「ええ……そうですねぇ。改めて、ちゃんとお話をして……」


まゆ「まゆ、振られちゃいました」




【 ♡まゆ日記♡ 】


 全部をみんなに語り聞かせるわけにはいきません。
 だから、ここにだけは包み隠さず書いておきます。
 

 まゆがみんなにご迷惑をかけたその後の、二人だけのお話。

 誰も知るべきではない、私と彼が共犯関係になるに至った顛末です。


愛梨「さあ行こう、空の果 てへ!」
愛梨「さあ行こう、空の果てへ!」 - SSまとめ速報
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久美子「永遠のレイ」
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伊織「誰が魔王サーの姫よ!」 - SSまとめ速報
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柚「狩らせてもらうよ。キサマのぴにゃンバーズ!」
柚「狩らせてもらうよ。キサマのぴにゃンバーズ!」 - SSまとめ速報
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加奈「ダストンの掃除法をメモしておきますね!」
加奈「ダストンの掃除法をメモしておきますね!」 - SSまとめ速報
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 こうなった以上、選択権はこっちにはありません。
 切り捨てられるも蔑まれるも覚悟の上で、どんな重い罰だって覚悟していました。

 だけど一つだけ、やらなくちゃならないことがありました。


 ちゃんと好きですって言ってませんから。


 色々あったけど、この気持ちにだけは偽りがない。
 まゆが感じた運命は、嘘じゃないって思いたい。

 だからこそ、一目惚れが一目惚れであるうちに、引くべき幕もあるでしょう。



 結果はもちろんノーでした。

 当然ですよね。一介のプロデューサーがアイドルの恋心に応えるわけにはいきませんもの。
 ここまでは織り込み済み。伝えて、それで全部終わりにして。
 まゆは、彼らの前から永遠に消えるつもりでいました。


 なのに、彼はそれじゃダメだって言うんです。


 わかってるんでしょうか。
 まゆはあなたの傍にいてはいけないんです。

 これ以上近くにいたら、今よりもっと好きになってしまうに決まってます。

 だって今でさえ大好きなんですよ?

 あなたのことを知れば知るほど。
 その横顔を見れば見るほど、際限なく。
 いっぱいの器はいつかまた砕けて、赤い毒を撒き散らしてしまうから。



「仮に出ていくことになったら、後でまゆはきっと一人で泣くよな」

 それは必要な罰です。
 私一人で受け入れるべき当然の痛みですもの。

「何が正しいかはわからないけど、それだけは絶対にあってはならないと思う」

 どうしてですか?
 お騒がせな小娘が一人べそをかいても、他の誰も痛くありませんよ。


「アイドル、楽しいって言っただろ」



「それが嘘だったとは思わないし、無駄だったと思っても欲しくない。だってあんなに輝いてたじゃないか」

 訴える口調は、切実でした。
 あらゆるものを天秤にかけて、それでもまゆに残って欲しいと言っていました。

「まゆはまだまだアイドルを好きになれる。そう信じてる。
 だから理由がどうであれ、何かを捨てて悲しむような真似だけはしないで欲しいんだ」

 今になって、楓さんの言ったことがわかりました。

 不器用な人。

 そうなんでしょう。
 だから、まゆは言うのです。


 ……お気付きですか? それって、罪深いことを言ってますよ。



 ここで切り捨てないのが甘いんです。

 アイドルの楽しさに目覚めれば、恋心なんて忘れると思っていますか?

 だけどね。
 どれほどアイドルを続けても、どんなに大切な仲間ができても、まゆはきっと最後にはあなたを求めます。
 だって運命なんです。あなたがアイドルを信じるように、私は私の運命を信じていますもの。

 ……でも、いいでしょう。

 アイドルが楽しいのは本当だから。みんなとやり直してみたいっていうのも、本心だから。
 ここは甘えてしまいましょう。

 だけど……あなたにこんな気持ちを抱く女の子を、手元に置くこと。半端な覚悟じゃ許されませんよ?



 いつか選ぶ時は来ます。

「わかってる。残酷なことを言ってるかもしれないが――」

 違います。あなたの話です。
 いつか『あなたが』選ぶ時が来るんですよ。

 わからないなんて、言わせませんよ?

 とん、と突き出した指を、彼の左胸に押し当てます。
 その先端から、まだ赤い糸が伸びていることを信じながら。


 それがどんな答えでも、私には一番に聞かせてくださいね。
 まゆ、その為にもずっとあなたのそばにいますから。


 突き付けた指で、ゆっくりいびつなハートマークを描いてみたりして。


 これは約束。――ううん、まゆなりの呪いです。
 答えが出るまで、解かれませんよ。



「手厳しいな」

 ご神体が壊されちゃったんですもの。呪いのひとつくらい返したっていいんじゃないですか?

「多分、長い話になると思う」

 そんなのなんだっていうんでしょう。
 あなたを知らないまま16年も生きてきたんです。この先どれだけ待ったって短くありませんよ。

「……うん。覚悟するよ」


 まゆは前に進みますね。あなたや、みんなと一緒に。
 あなたの答えを待ち続ける為に。
 それで色んなことを経て、いつかその答えを見届けられたら、まゆの運命はそれで決着。

 だけどそれでも、どうしてもどうしても答えが見つからない時は…………。


 私が、あなたと一緒に死んであげます。


 これはその密約。お互いに本音と答えを秘め続ける、二人だけの共犯関係なんです。



 全てを呑み込んで彼は静かに笑いました。
 そうして何か忘れていたことがあるように、ごそごそと懐を弄り始めます。

 どうしたのかな?

 と思う目の前で、なんだか不思議とかしこまった様子で一枚の紙を差し出すのです。


「アイドル、続けてみませんか」


 なんだかんだで貰っていなかった、プロデューサーさんの名刺でした。

 ――ほら。

 呟くと、彼は不思議そうな顔をして。
 抱きしめた名刺は暖かくてやわらかくて、素敵な匂いがしました。
 

「今、もっと好きになっちゃいました」



 ~おしまい~




☆オマケ


  ―― ライブ会場 舞台袖


  ワァァァァ……


美穂「――まゆちゃんっ! 凄いステージだったよ!」

まゆ「うふふっ、ありがとうございます♪」

美嘉「ホントにヤバかった! プロデューサーも感動して……あれ? プロデューサーは?」

周子「ああ、そこでスケキヨみたいになってる人のこと?」

  ババァーーーーンッ

美穂「プロデューサーさーーーーーーんっ!!?」




  ズボッ!


P「ぷはっ!! はぁ、はぁ……気にするな、ちょっとした話し合いの結果だ」

美穂「何のですか!?」

まゆ「……ひょっとして、まゆのモデル時代のマネージャーさん達とですかぁ?」

周子「あ、大丈夫だよあたしと向こうのモデルさん立ち合いのもとで話はついたから」

周子「もうお互い恨みっこなし。こんなんなったのもプロデューサーさんのケジメの付け方だからさ」

まゆ「そうですか……。あの人は、考えすぎるところがありますから……」

P(あ、やっぱあの人あのノリがデフォだったのね……)

まゆ「……今、類は友を呼ぶって思いませんでしたかぁ?」

P「思った(思ってないよ)」



美嘉「もうっ! ほんとにいきなりムチャするんだから!!」

まゆ「うふ、ふふふ」

美嘉「ダンボールだから良かったものの、湖だったらほんとにスケキヨでしたよ!?」

まゆ「ふふふふふふ……っ」

周子「……まゆちゃん?」


まゆ「まゆの為にそこまでしてくれて……プロデューサーさん、だーいすきっ♡♡」ガバァッ



美穂「!!」

美嘉「!?」

まゆ「うふふふっ、やっぱり運命の人なんですねぇ♡ まゆの為にここまでしてくれるなんて、これは愛の力ですっ♡」

まゆ「好き好きっ大好きっ♡ 愛してますよぉっ♡♡」ムギューーーッ

美嘉「ちょちょちょっ、まゆちゃん!!?」

美穂「それ以上はそのなんていうか、やりすぎじゃないかな!?」

P「」キュッ

周子(犬神家の次は首縊りの家やな)



紗枝「はてぇ、これは異なことどすなぁ」ニュッ

周子「おっ出たな狐」

まゆ「あら、紗枝ちゃん♪」

紗枝「こんこ~ん♪ ともあれ、まゆはんはプロデューサーはんに袖にされてもうたんちゃいます?」

紗枝「せやのにこのあぷろーち、前よりも熱烈になってへんやろか~?」コンコン

まゆ「まあ! そんなドライなこと言わないでくださいよぉ」

まゆ「そもそも、たった一回お断りされたからって、諦めなきゃいけないってことにはなりませんよねぇ?」

まゆ「なんでも世の中には、なんと101回ものプロポーズで意中の人を射止めた殿方もいるとか……」

周子「あ、知ってるそれ。僕は死にましぇーんって奴でしょ」

まゆ「うふふっ。プロデューサーさんの為なら、まゆはダンプカーだって止めてみせますよぉ♡」

美穂「ほんとにできそう……」




まゆ「ということで、まゆは引き続きアプローチを続けますよぉ」ムギュー

P「」キュー

周子「……もしもーし。生きてるー?」

P「シニソウ」

周子「ああ元気そうやね。まあせいぜい頑張りやー、あたしもサポートはするからさー」

P「ウス」


美嘉「……ていうか流石にくっつきすぎでしょ! それってやりすぎだからね!?」

美穂「そ、そうだよっ! それ以上のすきんしっぷはアウトなんだよっ!?(今考えた)」

まゆ「あらぁ、それじゃ二人もプロデューサーさんにくっつけばいいんじゃないですかぁ?」


美嘉「ぇあ……っ///」

美穂「そ、それは……っ///」


まゆ「うふふっ。プロデューサーさぁん? いつでも振り向いてくれていいんですからねぇ♡」ムギュギューッ



美穂(まゆちゃんは、正面からプロデューサーさんにぶつかって……それで自分の答えを見つけた)

美穂(それじゃあ、私は?)


美穂(私は、どうすればいいのかな……)


 ~おわり~

 おしまいです。長々とお付き合いありがとうございました。
 依頼出しておきます。
 まゆすき。

>美嘉「ダンボールだから良かったものの、湖だったらほんとにスケキヨでしたよ!?」

 ごめんなさいこれ美穂です
 許してくださいなんでもしまむら

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