九頭竜八一「強くなる秘訣が知りたいですか?」空銀子「知りたい」 (26)

銀子「くっ……!」

空銀子は苦しんでいた。
ついに幕を開けた三段リーグ。
銀子は新三段として戦いの日々を送っていた。

戦績は、散々だった。
記録上はいくつか白星がついている。
しかし、それは全て相手の悪手によるもの。
勝ちは勝ちであるが、後味は悪い。
久しく快勝というものを味わっていなかった。

痛感したのは自分の将棋が通用しないこと。
何をやっても対応され、当たり前に返される。
野球で例えるならば、自分が持ち得る全ての球種を打たれるようなものだ。手も足も出ない。

それは単純に研究の量によるものではない。
銀子とて寝る間を惜しみ研究に勤しんでいる。
最新形から古典まで幅広く知識を掻き集めた。
だが、通用しない。それは何故か?

答えは簡単だ。
銀子は地球人で、他は将棋星人だから。
生まれる星が違う彼らの感覚は、違っている。
将棋星人は、読まなくても駒の動きが見える。
連携などもまるで幾何学模様のように見える。
しかし、銀子には見えない。だから、弱い。

対局後の感想戦で、それは浮き彫りとなる。
相手に指摘された変化がピンと来ないのだ。
まるで、違う言語で話されたような感覚。
返答に困っていると、首を傾げられる。
銀子がわからないことを相手はわかってない。
わかって当然であると、誰もが思っている。

その度に、ふざけるなと怒鳴りたくなる。
ここは地球なのだから、地球の言葉で話せと。
いや、そうではない。自身が不甲斐ないのだ。
同じ言葉、同じ感覚を持たぬ自分自身の弱さ。
それが腹立たしく、苛立たしく、情けない。

銀子「ちっ……!」

劣等感を叩きつけるように、銀子は駒を打つ。
しかし、ノータイムで指し返された。
また、自分が読んでいない手。
無論、相手はそれを読まずに導き出せる。

その差は歴然とした実力差となり、襲いかかる。

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どれだけ時間が経っただろう。
傍らのチェスクロックを見やると、持ち時間はほとんどない。相手はたっぷり残している。
とはいえ、既に時間など意味はなかった。

銀子の囲いは、見るも無残に朽ち果て。
オロオロと逃げ惑う玉将はまるで自分のよう。
どこに逃げればいいのか、見当もつかない。

たぶん、詰んでいるのだろう。
自分には手順がさっぱりわからない。
しかし、目の前の将棋星人には見えている。

だから見えない銀子は形作りをしようとして。

銀子「っ……!」

ギシッと、廊下から足音が聞こえた。
対局相手がそちらを見やり、息を呑んだ。
銀子も息を止めていた。顔が酷く熱い。

他の三段達も、その存在に気づいたようだ。
ピリピリとした緊迫感が伝わってくる。
銀子は思わず自分の飛車に視線を向ける。
対局相手は、既に成り込んでいる、『龍』へ。

他の三段も、皆その駒を意識しているだろう。

ふらりと現れた、その男の肩書き。
『竜王』の存在を、意識せざるを得ない。
そちら見なくとも、わかる。竜の王の気配。

ずっと、一緒だった。
よちよち歩きの雛の頃から、共に育った。
やがて彼は『竜』となり、自分は飛べぬまま。

『竜王』、九頭竜八一。

彼はたびたび観戦に訪れる。
もっとも、いかにプロと言えども、そして最高峰のタイトルホルダーと言えども、神聖な三段リーグに干渉することは許されない。
しかし、監督の先生が注意する素振りはない。
それが良い刺激に繋がると踏んでいるからだ。

皆、飛車に、龍へと手を伸ばす。
居飛車党だろうが振り飛車党だろうが皆同じ。
銀子も形作りなど捨て置き、飛車を成り込む。

最強の駒である『龍』で、決戦を挑んだ。

ドンッ!と、つま先でドアを蹴る。

八一「姉弟子、お疲れ様でした!」

対局を終えた銀子は、帰り道に関西将棋会館のすぐ近くにある弟弟子の自宅に立ち寄った。
竜王の癖に、しけたアパートである。
足でノックした姉弟子を、八一は迎え入れた。

八一「何か食べますか? と言っても、カップ麺くらいしかありませんけど」

基本的に八一は対局結果を聞かない。
いつも一足先に帰って銀子を待っていた。
竜王である彼には、わかっているのだ。
あの局面から立て直すのは不可能であると。

銀子「八一」

八一「何ですか?」

銀子「どうしたら強くなれるの?」

銀子は今日も負けた。
散々粘ったが、勝てなかった。
どうして勝てないのか、理由はわかっている。
自分が将棋星人ではないからだ。
しかし、たとえそうだとしても強くなりたい。

故に、銀子は決まって同じ質問をする。
どうしたら強くなれるのか。
その難問に、八一は困った顔で悩む素振り。

16歳で竜王となった彼には愚問だろう。
どうしてもこうしてもないのだ。
ただ、強くなっていった。それだけだ。

例えば、アマ初段が壁にぶつかったとする。
しかし、その壁を破る方法を、彼は知らない。
何故ならば、壁にぶつかった経験がないから。

無論、彼とてスランプは経験している。
竜王になってから連敗を重ねて、落ち込んだ。
しかし、それは更に強くなる為の布石だった。

改めて弟弟子の顔をマジマジと見る。
自分よりも2つ年上の男の子。
容姿は普通。良くも悪くもない。
銀子の質問に悩む彼は、すこし間抜けだ。
先程対局室へ訪れた際に発していた強者特有のオーラは微塵も感じられない。ほっとする。

いつもあんな感じでは、困ってしまう。

八一だけでなく、タイトルホルダーやA級棋士、そして一部のB級棋士は強いオーラを発する。
研究相手の生石充玉将や、於鬼頭曜帝位。
そして現在、名人、王座、盤王、棋帝の4冠を保持する『名人』。彼らのオーラは凄まじい。
もちろん、プロ棋士ならばそれぞれ特有の威圧感を発するものだが、長らく師匠である清滝鋼介の元で内弟子として暮らしていたこともあり、通常のプレッシャーには慣れていた。
しかし、上記のトッププロが持つオーラは、桁違いである。完全に人外の領域だ。

すれ違っただけで、背筋が凍る。
対局前に集中している時などは、特に。
すれ違いざまに斬られたのではと錯覚する。

八一に関しては、竜王になってから連敗を重ねたこともあり、これまではそれほど強者のオーラは感じられなかった。
しかし、名人に勝利してから彼は変わった。
周囲が彼を見る目も、変わった。
今となってはもう、遥か雲の上の存在だ。
決して届かぬ、将棋の星の王子様。
それが歯痒くて、口惜しくて、切ない。

だから銀子は、今の八一の方が、好きだ。

八一「うーん……強くなる方法かぁ」

顎に手をやって、うんうん悩む弟弟子。
なんだか微笑ましくて、顔がほころぶ。
こんなところは幼少時から変わっていない。

悩む彼をよそに、銀子は室内を見渡す。
そして耳をすませて、誰もいないことを確認。
最近、目障りな内弟子の姿を見かけない。

九頭竜八一は生意気にも弟子を育てている。

2人いて、どちらも小学生の女の子。
それだけでも腹立たしいのに、内1人は内弟子。
内弟子とは、住み込みの弟子のことだ。
要するに八一は小学生の女児と暮らしていた。

その憎っくき内弟子の姿が最近見えない。
最初はどこかに隠れているのかと思った。
しかし、どうやら留守のようだ。

気になったので、八一に尋ねてみる。

銀子「ねえ、八一」

八一「どうかしましたか、姉弟子?」

銀子「あの子は今出かけているの?」

すると八一はじと目をこちらに向けて。

八一「あのねぇ、自分があいにどんな仕打ちをしたか、忘れたんですか?」

あいとは、内弟子の名だ。たしか、雛鶴あい。
八一の口ぶりでは、銀子が何かをしたらしい。
そう言われても、特に思い当たる節はない。

銀子「何のこと?」

八一「あんたが対局で負けるたびに憂さ晴らしとしてあいをコテンパンに負かすから、すっかりトラウマになったんですよ!!」

言われて、納得した。
そう言えば、そんなこともあった。
あまりに勝てないから八一の内弟子をサンドバッグ代わりにしてボロクソに負かしたのだ。

八一「おかげであんたが帰るまで家には寄りつかなくなったんです!!」

銀子「ふーん。ちなみに今はどこに?」

八一「師匠の家に預けてます! これから迎えに行くんでさっさと帰って下さいっ!!」

銀子「嫌」

八一の願いを即座に却下する銀子。
平静を装っているが、内心はドキドキだ。
なにせ、2人っきりだ。これは好機である。
せっかくだから、有効に時間を使いたい。
銀子が懸命に八一の詰み筋を読んでいると。

八一「あっ、そうだ」

銀子「どうしたの?」

何かを閃いた様子の八一。
怪訝に思って銀子が尋ねると。
彼は何やら神妙な面持ちで、こう問いかけた。

八一「強くなる秘訣が知りたいですか?」

銀子「知りたい」

銀子は即答して、その場に正座した。

八一「一応聞きますが、覚悟はありますか?」

部屋の中央に置かれた将棋盤。
駒は既に並べ終えている。
盤を挟んで向かい合って座り、いざ学ぼうとした矢先、八一は銀子の覚悟を問うた。

銀子「今更なによ」

八一「いえ、実はこの方法は少々特殊というか、危険が伴うと言いますか……」

歯切れの悪い八一に苛立つ銀子。
特殊だろうが危険だろうがどうでもいい。
強くなれるならばどんな犠牲も厭わない。
たとえ、この命をすり減らしたとしても。

銀子「いいからさっさと教えなさい」

八一「わかりました……では、姉弟子」

銀子「何?」

八一「これを飲んで下さい」

銀子の覚悟を受けて、八一は何やら手渡す。
ころんと、手のひらに転がった、白い粒。
どうやらそれは錠剤で、何かの薬のようだ。

銀子「何、この薬?」

八一「下剤です」

銀子「……は?」

キョトンと、八一を見つめる。
今、この男は何と言った?
銀子の耳には『下剤』と聞こえたが。
いやいや、そんな、まさか。

銀子「もう一度言ってみて」

八一「下剤です」

銀子の目を正面から見据えて、同じ言葉を繰り返す八一。その眼は真剣そのものだった。
冗談を言っている素振りは見えない。
だから銀子も一応、真面目に理由を聞いた。

銀子「何の為に?」

八一「お腹を下す為です」

キリッと、八一が明白な理由を述べた。
ピキピキと、こめかみに血管が浮き出る。
銀子は必死に怒りを堪えつつ、更に追求した。

銀子「お腹を下して、どうするの?」

八一「その状態で将棋を指します」

銀子「それに何の意味があるの?」

八一「そうすると、強くなれます」

いけしゃあしゃあと、この男は。
もう、いいだろうか。充分だろう。
銀子は立ち上がり、八一の隣へ向かうと。

銀子「自分で飲めやワレェェェェッ!!!!」

八一「もがっ!?」

下剤と共に平手を八一の口元に叩き込んだ。

銀子「さ、早く指しましょ」

八一「げほっげほっ……信じてないでしょ」

銀子「当たり前でしょ。まずは効果を見せて」

パチパチと、将棋を指し始める。
伊達に長く共に過ごして来たわけではない。
相手の呼吸に合わせて、つつがなく進む。

そして30分程経った頃。
中盤の入り口で、異変が起きた。
八一の腹から物凄い音が聞こえた。

銀子「八一?」

八一「はい、来ました」

銀子「トイレに行ったら?」

八一「いえ、まだやれます」

銀子の忠告を無視して、対局を続行。
みるみる顔が青ざめていく。
額には脂汗が滲み、しきりに身体をゆする。

銀子「八一」

八一「ぐぅっ……なん、ですか……?」

銀子「そろそろ、トイレに行った方が……」

八一「お、俺は、まだやれるッ!!」

鬼気迫る形相。
怒鳴りながらも、盤面から目を離さない。
そんな彼から、強烈なオーラが漂い始める。
白熱し、エネルギー持った、超常現象。
それはまるで、オーロラのような光景。

銀子はこの状態の彼を以前にも目撃した。
竜王位をかけて争った、名人との一局。
伝説として語り継がれるだろう、名局。

今の彼は、その時の状態に酷似していた。

八一「カアアアアアアアアアアアッ!!!!」

裂帛の気合いと共に、竜王が牙を剥いた。

銀子「負け、ました……」

それから僅か十数手で、銀子は負けた。
悪手を指したつもりはない。
銀子の感覚では、中盤の真っ只中。
しかし、覚醒した竜王の力は、凄まじかった。

恐らく、便意が最高潮に達したあの瞬間。
八一は詰み筋を見たのだ。読んではいない。
けれどたしかに、見えたのだろう。勝利が。

そんな彼は対局が終わると、そそくさとトイレに駆け込んだ。どうやら間に合ったらしい。
トイレから再び現れた彼の表情は爽快感に満ち満ちており、非常に幸福そうだった。

八一「どうです? 凄かったでしょう?」

銀子「ええ、まあ……」

八一「これが、下剤の力です」

ドヤ顔で誇らしげな八一。
色々な意味で残念だが、見過ごせない。
盤を挟んで実際に体感した銀子にはわかる。
その力は、紛れもなく本物であると。

思わず、ごくりと喉が鳴った。
すると八一は、にやりと嗤い。
すっと、錠剤をまた差し出してきた。

八一「要ります?」

正直、欲しかった。
しかし、理性がそれを拒絶する。
とりあえず、落ち着こう、冷静になれ。

そもそも、薬に頼る時点で間違っている。
スポーツ選手で言うところの、ドーピングだ。
もっとも、棋士にそうした規定や規則はない。
風邪気味ならば風邪薬を飲むし、対局中に目薬を差したり、栄養ドリンクを飲むのも自由だ。
ならば、下剤だって問題はない筈だ。

いやいや、それはおかしい。
断じて、間違っている。人として。
銀子は地球人だ。なりたいのは将棋星人であって、うんち星人ではない。ここ、重要。

そんな彼女の葛藤を察してか、クズ竜八一が悪魔の囁きを投げかける。こんな風に。

八一「姉弟子、頑なになる必要はありません」

銀子「だって、これはあまりにも……」

八一「何も実戦で服用しろとは言いません。要は、感覚を掴む為の訓練なんですよ」

銀子「訓練?」

八一「ええ、特訓と言ってもいいでしょう。覚醒を誘発して、その感覚を理解するんです」

八一の言葉はまるで魔法のようだった。
銀子の中のわだかまりが溶けて、消えていく。
彼の言う通り、実戦で服用する必要はない。
プライベートの研究で、試してみるだけだ。
それで何かを掴めるのならば、価値はある。
たとえ、悪魔の魂を売ってでも、私は。

そこでふと、師匠の言葉が脳裏をよぎった。

『将棋の神様は、いつも見ている』

ならば、神様に怒られぬようにしなければ。

銀子「私は……やっぱりやめとく」

八一「そう、ですか……」

銀子が断ると八一はしょんぼり肩を落とした。
彼はきっと、銀子の為に必死で悩んだのだ。
どうしたら強くなれるかを、考えてくれた。
だからきっと、たとえ愚かであろうとも、健気なこの弟弟子を将棋の神は見捨てないだろう。

それに、銀子には名案が浮かんでいた。

銀子「ねえ、八一」

八一「なんですか、姉弟子?」

銀子「実は私、しばらくトイレをしてないの」

そう、下剤など使わずとも。
生理現象は自然と訪れる。
姉弟子の告白を聞き、弟弟子は目を輝かせ。

八一「そ、それは、大の方ですかっ!?」

銀子「小に決まってるでしょ」

八一「そ、そんなぁ……」

銀子「ふふっ……八一のバーカ」

弟弟子の期待をへし折り、ほくそ笑む。
血の涙を流して悔しがる八一をよそに、銀子は駒を並べ直して、対局の準備を整えた。

銀子「さあ、八一。ここからが本当の勝負よ」

八一「望むところです!」

尿意を堪えながらの第2局が、始まった。

銀子「くっ……!」

第2局も苦しい局面が続いていた。
竜王の猛攻を凌ぐことで、精一杯。
自分から攻めに行くタイミングが掴めない。

このままでは何もいいところがなく、負ける。

中盤を終え、焦燥感が募る。
それと同時に尿意も増していく。
必死に盤面に目を凝らすも、見えない。

もう既に終盤の入り口だ。
それなのに、詰み筋が見当たらない。
ずっと探しているのに、見つからない。
読めば読むほど、絶望が広がる。

もはや、あらゆる手は検討し尽くした。
記憶を探り、知識を活用して、考えた。
それでも見つからないということは、つまり。

もう、ないのだろうか。

銀子がそう諦めかけた、その時。

銀子「熱い……!」

じわりと、下腹部に熱を感じた。
それがどんどん熱量を増大していく。
尿意の限界が差し迫った、気配。

銀子「熱いっ!!」

それは明確な危機感となって銀子を襲い。
焦燥と恐怖、そして絶望と混乱の果てに。
一条の、光を見た。

銀子「見つけた」

銀子は己の名を持つ駒を手に取る。
そしてそれを迷わず敵陣に叩きつける。
指を離すと、銀将の2文字が輝いて見えた。

渾身の、銀不成。

敢えて成らないことで、勝機を見出した。
それを導き出したのは『読み』ではない。
銀子にはハッキリと銀将の動きが『見えた』。

八一「……やっぱり、銀は美しいですね」

不意に、八一がそんな呟きを漏らした。
もちろん、駒のことだとはわかっている。
それでも、自分が褒められた気がして。
ほんのりと、白い頬を染める銀子。

八一「銀は、決して後ろには下がらない」

八一は銀の美徳を語る。

八一「銀は、斜め後ろから、じっと待つ」

そこでふと、彼の銀に目が留まった。

八一「前進は二流。斜めに斬るのが、一流」

八一の銀が、斜め後ろで、息を潜めていた。

八一「同じ光景が見れたようで、何よりです」

それは奇しくも、銀子と同じ狙い。
彼も敢えて不成で懐に飛び込んでいた。
つまり、八一もまた、それを狙っていたのだ。

そして今は、竜王の手番だった。

八一「カアアアアアアアアアアアッ!!!!」

銀子「ひっ!」

ざっくりと、斬られた。
それは銀子が見た光景。
そっくりそのまま、銀子は斬られた。

あと一手、遅かったのだ。

銀子「うぅ……酷いよ、八一」

敗北して、無様に泣きじゃくる銀子。
すると八一は狼狽して、慌てて謝った。
男は時として、悪くなくても謝る必要がある。
師匠の娘である佳香さんからの助言に従った。

八一「ご、ごめん……銀子ちゃん」

銀子「絶対に、許さない……!」

まるで親の仇のように睨まれる始末。
八一は逡巡しつつ、恐る恐る手を差し伸べた。
それを見て、銀子は首を傾げた。

銀子「何のつもり?」

八一「いや、銀子ちゃん、もう限界でしょ?」

言われて、気づく。
そうだ。漏れそうだったのだ。
しかし、素直にトイレに向かうのは癪だ。

銀子「抱っこ」

八一「えっ?」

銀子「抱っこして、連れてって」

まるで子供のような物言い。
いや、小学生のあいだって、天衣だって、こんな我儘は言わない。しかし、銀子はお姫様だ。

八一「はいはい、わかりましたよ」

ひょいと、八一は銀子を抱き上げた。
もちろん、お姫様抱っこである。
銀子の身体は軽くて、いい匂いがした。

八一「相変わらず、軽いですね」

銀子「……八一のバカ」

八一「まったく、漏らさないで下さいよ?」

銀子「う、うっさい! さっさと行けっ!!」

一言多い八一に憤慨しながら、抱かれて運ぶ。
銀子がトイレの扉を開けて、八一はそっと便座に降ろしてくれた。その場で待機する弟弟子。

銀子「何してんの?」

八一「えっ? せっかくだからと思いまして」

銀子「せっかくだから、何?」

八一「姉弟子の排泄を観察しようと……」

銀子「頓死しろっ!!」

即座に追い出した。
だって、見られるわけにはいかないもの。
銀子の下着に付いた小さな小さな染みは、絶対に明かすことが出来ない、秘密だった。

その翌日、銀子は快勝した。

もちろん、下剤は飲んでいない。
その代わりにお茶を沢山飲んだ。
時間を確認しつつ、タイミングを考慮した。
ギリギリの終盤で力が出せるよう、調整した。

なんとなく、感覚は掴めた気がする。
そのうち、尿意がなくとも力を出せるだろう。
その時こそ、本当の意味で快勝できる。

しかし、今は切実にトイレがしたい。
だから銀子は今日も八一の家に立ち寄った。
昨日よりも小股で、ドアを蹴る。

八一「おめでとうございます! 姉弟子!」

八一は満面の笑みで出迎えてくれた。
結果は既にわかっているようだった。
いや、もしかすると竜王である彼ならば、昨日の時点で読み切っていたのかも知れない。

銀子「そこに跪け」

八一「はい?」

銀子「ご褒美をやるから跪けって言ってんの」

何にせよ、快勝出来たのは彼のおかげだ。
だから銀子は、弟弟子にご褒美を用意した。
すると八一は、何やら泣きそうな顔をして。

八一「ふ、踏まないで……?」

何やら見当違いのことをほざいた。
涙目でプルプル震えている。かわいい。
銀子はそんな弟弟子の足を払った。

八一「ぎゃふっ!?」

銀子「ほら、さっさと四つん這いになって」

八一「こ、こうですか……?」

八一は言われた通りに四つん這いとなった。
両手を畳に突き立て、膝をつき、尻を上げる八一は、まるで本物の『竜』のように雄々しい。
それを見て、銀子は満足げに頷いて。
おもむろに、竜王の背に跨った。

八一「あ、姉弟子……?」

銀子「うるさい。椅子は喋るな」

困惑を隠せない様子の弟弟子。
姉弟子はぴしゃりと命じて黙らせる。
気分はすっかり女王様だ。
玉座が竜王の背とは、なかなか洒落ている。

銀子「それじゃあ、ご褒美をあげる」

八一の背に跨った銀子が、ぶるりと震えた。
嫌な予感がするも、時既に遅く。
竜王の背に、じわりと広がる熱。

八一「フハッ!」

それが何かを悟り、竜王が愉悦を漏らす。
すると銀子も、満ち足りた感覚を味わった。
新しく開いた扉から、愉悦が溢れ出る。

銀子「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」

八一「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」

姉弟弟子の哄笑が響き渡る。
すると、八一の尻から異臭が漂ってきた。
どうやら漏らしたらしい。愛おしさが募る。

勝利の美酒は尿となりて、竜の背を伝う。
全てを出し切り、再びぶるりと身を震わせ。
愛しい八一の背にじっくりと擦り付けながら。
空銀子は快勝の充実感に、酔い痴れた。

いと美しき、『浪速の白雪姫』。
目覚めの花摘みは、特別な場所で。
これから毎日、竜の王の背の上で。


【りゅうおうの姉弟子のとっくん!】


FIN

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