中野有香「つーん」 (29)


モバP「有香。ゆるしてくれよ」

中野有香「つーん」

P「そもそもどうして怒ってるんだ?」

有香「知りません」

P「こないだの握手会の告知を『中の床』ってタイポしたまま送信しちゃったのが気に障ったのか?」

有香「ふん」

P「たまたま床のワックスがけについて検索したあとだったからで、普段は『有香』が変換候補の一番に出てくるんだってば」

有香「へーえ」

P「ゆるしてくれよ有香ちゃーん」

有香「つーん」

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P「有香、ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「本当はどうして怒ってるんだ?」

有香「知りません」

P「もしかしてこないだキッズアイドルの企画に参加させたことが気に障ったのか?」

有香「ふん」

P「あれは先方たっての希望だったし、悪くない話だったから……有香の外見がどうこうじゃないんだよ」

有香「へーえ」

P「それに18歳なんて十分キッズの範囲だと思ったし、怒らせるつもりでは……」

有香「つーん!」


P「有香、ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「いいかげん教えてくれたっていいんじゃないか?」

有香「知りません」

P「早苗さんとの雑談で『俺より有香の方が腹筋が硬い』って話をしたのが悪かったのか?」

有香「ふん」

P「でもあれはお前自身言ってたことだし、フィジカルの強さはお前の魅力のひとつだと俺も思ってるからこそ…」

有香「へーえ」

P「そういうわけで今度の衣装でもへそ出ししていこうな?」

有香「つーん」


P「有香、ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「冷蔵庫のプリンを間違えて食べちゃったこと怒ってるのか?」

有香「知りません」

P「あの時はたまたま疲れて甘いものが欲しくて…『中野』って書いてあることに気づかなかったんだ。ごめん」

有香「ふん」

P「おわびに食べたがってた3000円のプリン注文したから……」

有香「えっ、本当ですか!……じゃなかった、つーん!」

P「ダースで買ったから皆で食べような」

有香「つーん」


P「有香、ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「こないだ俺が『気功なんて存在しない』って言ったのが気に食わなかったのか?」

有香「知りません」

P「だってそういうの非科学的だと思って……。気で人が吹っ飛ぶはパフォーマンスだって有香も言ってたじゃん」

有香「ふん」

P「決して格闘家を悪く言おうとしたわけじゃないんだよ」

有香「へーえ」

P「俺も武道を学びたいからさ、よかったら何か型でも教えてくれよ」

有香「つーん」


P「有香、ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「アポ無しの寝起きどっきりはやっぱりまずかったよな」

有香「知りません」

P「俺も今どき寝起きどっきりなんてどうかと思ったけど、ファンから『有香ちゃんのピンクのパジャマが見たい』って声が多数上がってたことを思い出して……」

有香「ふん」

P「よく似合ってたよ。できればまた見たいな」

有香「へーえ」

P「……………すまん、今のはセクハラだったかも」

有香「つーん」


P「有香、ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「法子とゆかりと俺の3人だけでスイーツブュッフェに行ったこと、まだ怒ってるのか?」

有香「知りません」

P「たまたま2人のロケに付き添った帰りに寄っただけで、有香を仲間外れにしようとしたわけでは…」

有香「ふん」

P「ああいうお店って入る前は『元を取ってやる』って思うけど、原価は安いらしいし普通は元なんて取れないらしいな」

有香「へーえ」

P「おいしいケーキやドーナツもたくさんあったから、今度は有香も連れて行くよ」

有香「つーん」


P「ゆるしてくれよ、有香」

有香「つーん」

P「ひょっとしてバラエティの現場で俺が輿水さんを見て『カワイイ…』ってつぶやいたのが聞こえたのか?」

有香「知りません」

P「だって……輿水さん見たらそりゃカワイイって思うよ。世界中誰でも、全人類共通で」

有香「ふん」

P「確かに輿水さん見て『カワイイ』って言っちゃったけど、俺が有香のことを世界一可愛いと思ってるのは間違いないぞ」

有香「へ、へーえ」

P「必ずお前を強くて可愛いトップアイドルにするって約束も忘れてないから」

有香「つーん……」


P「ゆるしてくれよ、有香」

有香「つーん」

P「こないだ俺が有香の黒帯で時子様に縛っていただいたのがやっぱりまずかったか?」

有香「は!? なんですかそれ、あたし知りませんよ!!」

P「えっ」

有香「ちょっとプロデューサー」

P「うん、まあ……」

有香「プロデューサー!!!」


P「有香。ゆるしてくれよ」

有香「つーん!」

P「やっぱりこないだ局のディレクターさんに『うちの中野は虎にも負けません』って推したのが悪かったのか?」

有香「知りません」

P「それともその後の『流石にサイとの戦闘は事務所NGです』がまずかった?」

有香「ふん」

P「すまん……俺はちゃんと有香の強さをわかってあげられてないのかもしれない……」

有香「へーえ」

P「でも熊を正拳突きで倒せるレベルだってことはちゃんとわかってるから!」

有香「つーん!?」


P「有香。ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「いきなりメジャーで身長を測ったのは気に触ったよな」

有香「知りません」

P「プロフィールの数字を偽ってるアイドルがいるって聞いたから、有香はどうなのかと思って……」

有香「ふん」

P「それにほら、もしかしたら伸びてるかもしれないだろ?」

有香「へーえ」

P「結局ぴったり149cmだったから安心したけどな」

有香「つーん」


P「有香。ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「学校の成績表見ちゃったのはやっぱりまずかったよな」

有香「ふん」

P「わざとじゃなかったんだけど、たまたまバッグから落ちたのを拾うときにチラッと見ただけで…」

有香「知りません」

P「とはいえ俺もプライバシーへの配慮が足りなかったよ。この通り、心の底から謝罪する」

有香「へーえ」

P「それはそうと英語の勉強はもうちょっとがんばろうな?」

有香「つーん!」


P「有香。ゆるしてくれよ」

有香「つーん」

P「成績表じゃなくてあれか? 有香のカバンから落ちたラブレターを拾ったのがまずかったのか?」

有香「しっ知りません」

P「あれは本当に中身とかは見てないんだよ。信じてくれ、な?」

有香「知りません」

P「あれって、有香がもらったラブレターだったのか? それとも有香が誰かに渡す手紙だったのか?」

有香「知りません」

P「アイドルという立場上難しいものもあるけど、もし事情が事情なら、俺個人は有香のこと応援するからな」

有香「知りません!」


P「有香さん、ゆるしてください」

有香「つーん」

P「ゆるしてくれなくてもいいので、どうか怒ってる理由を教えていただけないでしょうか」

有香「知りません」

P「…………蝶々とかの長い口ってなんて言ったっけ?」

有香「ふん」

P「隣の家に囲いができたってね」

有香「へーえ」

P「……」

有香「遊ばないでくださいッ!!」

P「はい」


ちひろ「プロデューサーさん、まだゆるしてもらえてないんですか?」

P「はい……」ズーン

有香「……」

P「そもそもなんで怒ってるのかもわからない状態で」

ちひろ「あちゃー」

P「怒られる原因が思い浮かびすぎるというか……」

ちひろ「それはいけませんね」

P「千川さん何か知りませんか?」

ちひろ「さあ、私にはなんとも……」

有香「……」チラッ

P「とりあえず今は話しかけない方がいいんでしょうか、俺がいると余計に気に障るみたいですし……」

ちひろ「うーん」

有香「……」チラッチラッ

ちひろ「そんなことないんじゃないですか? こうしてる今も話しかけられるのを待ってるように思えますけど」

P「そうですか?」

ちひろ(有香ちゃん、意外と楽しんでるようにも見えますしね)クスッ

有香「……」

ちひろ「とりあえずもうちょっとだけ謝ってみたらいかがですか?」

P「そうですね。ゆるしてもらえるかはわかりませんが、もうちょっとストレートにぶつかってみます」

ちひろ「ストレートに?」


P「有香!ゆるしてくれ!」

有香「つーん」

P「本当に俺が悪かった!この通り!」

有香「えっ。や、やめてください、土下座なんて!」アセアセ

有香「そもそも、一体何に対しての……」

P「そうだ……俺は有香が何に対して怒っているのかもわかっていない……」

P「だから、勝負しないか?」

有香「……はい?」

P「俺が有香に勝ったら、有香が怒っている理由をちゃんと教えてもらう」

P「俺が負けたときは……その怒りのままに好きにしてくれ!」

有香「はい???????」

ちひろ「こいつストレートな馬鹿か???????」


P「種目は『腕相撲』だ。さあ来い」グッ

有香(なぜあたしはプロデューサーと腕相撲をすることに???)グッ

有香(こんなはずでは……あたしはただPさんと……)

有香(Pさんと、もっと……)

P「開始のタイミングは有香の自由にしていい」

有香(とは言え……腕相撲も格闘技のひとつ! 経緯はどうあれ武道家として受けた勝負は負けられない!)

有香「押忍ッ!行きます!!」カッ

P「応ッ!」カカッ

ちひろ「この人達はなぜ職場で腕相撲を…???」


P「ぐうっ……!」

有香「くっ……ぬぬぬ!」


ちひろ「プロデューサーさん、意外と粘ってますね…」

水本ゆかり「やはり腕相撲は単純なフィジカルの差が出ますね」

ちひろ「!?」ビクッ

椎名法子「プロデューサーの方が有香ちゃんより身体おっきいもんね。有香ちゃんちょびっと不利かもだよ」

ゆかり「腕相撲という競技は他の格闘技と比べて純粋な力の勝負に近いと言えますからね」

法子「技の介在するヨチが少ないってことだね」

ゆかり「はい。いくら有香ちゃんといえど、たくましい男性に筋力のみで勝つのは困難でしょう。これは初めからプロデューサーさん有利の勝負です」

法子「そう考えてこの種目を選んだんだとしたら、プロデューサーずっこいね!」

ちひろ「あの、ゆかりちゃんと法子ちゃんはいつのまにこの部屋に?」

法子「あたしはちょっと前から。ゆかりちゃんから、有香ちゃんがプロデューサーとかわいいことしてるってメールもらったから」

法子「今日の有香ちゃん、いつもと違っておもしろいね~♪ 動画撮っちゃお」ピロリン

ゆかり「私はこの部屋でついうとうとしてしまっていて、目が覚めたら有香ちゃんがプロデューサーさんと喧嘩?をしていたので、とりあえず法子ちゃんに知らせました」

ちひろ「そうでしたか、まったく気づきませんでした」

法子「あたしもゆかりちゃんもドーナツ忍法で気配を殺してたからかな?」

ちひろ「なんですか、それ」


P「ぐぬぬぬぬ!」(有香が不利だとか俺が有利だとか外野がいろいろ言ってくれるが、こいつめっちゃ握力強いんですけど!)

有香「うおおお!」


P(何故だ……いくらなんでも、有香の身体のどこにこんなパワーが……?)

P(何故…………ッ)ダラダラ

有香(ふふふ、Pさん。焦ってますね)

有香(先ほどからゆかりちゃんと法子ちゃんが言ってること……)

有香(『腕相撲は純粋な力比べ』……それはまったくの誤りです!)

有香(単純なPさんの力があたしより強いのは事実!だがしかし!)

有香(腕相撲は技の勝負!テクニックと駆け引きがモノを言う!)

有香(あたしの腕の角度、手の握り方……それはテコの原理で己を有利にしつつ、相手の力を発揮しにくくしている!)

有香(Pさんは全力を込めているつもりでも、その力はあたしに届いていないッ!)

有香(格闘マンガなら訳知り顔で解説する観客は必ず正しいものです)

有香(しかしこれは現実ッ!漫画ではないッ!)

有香(ゆかりちゃんと法子ちゃんはただ謎の事情通ごっこがしたいだけの素人にすぎません!)

有香(ふふふ、それに気づかないPさんに勝ち目はありません。この勝負あたしがもらいました!)

P(何故…………何故勝てない……)


有香「プロデューサー、腕が震えていますよ? そろそろ限界なんじゃないですか?」ググググ

P「くっ!」ググググ

P(確かに、腕がもうやばい……! 気を抜いたらいっきにいかれてしまいそうだ!)

P(いや……そもそも手加減されているのか……? 中野のやつ、俺を瞬殺せずいたぶっている……?)

P(俺は……俺は負けるのか……?)

P(有香が勝ったら怒りのままに好きにしていいとか言っちゃったけど、どうなるんだろう……)

P(ボコボコになるまでサンドバッグとか……いや、中野有香は優しい子だ……そんなことはしない)

P(だが、もし……もしも……)

P(アイドル辞めるって言ってきたらどうしよう……)ゾクッ


P(中野……)


有香『押忍!アイドルに入門しに来ましたッ!』


P(中野有香……)


有香『プロデューサーといえば師匠も同然ッ!プロデューサーの指示なら熊とだって闘いますッ』


P(有香ちゃん……)


有香『かわいさ十段めざしたいなあ……』


P(俺のアイドル……)


P(このまま、負けて終わる……?)

P(このまま有香を怒らせたまま……?)


P(そんなの、そんなの……)


P「ノウッ!!!!」


有香「!?!?」

ちひろ「うるさっ!」


P「押忍ッ!!!!!!」


有香「ぷ、プロデューサーから立ち上るこの『気』は……ッ!?」


P「いいかよっく聞け、お前たち!」

P「有香!!! ゆかり!!! 法子!!! それから、えーと、ちひろ!!!」

ゆかり「はい」 法子「はーい」 ちひろ「はい?」

P「アイドルプロデューサーにはな!!限界なんてないんだ!!!」

P「この世に、担当アイドルがいる限りッ!!!」

P「プロデューサーは負けない!!!誰にも負けちゃいけないんだッ!!!」

P「覇ァアアアアッ!!!!!!」

有香「うっ、うわああああああっ!!!」ビターン!


ちひろ「ちょっと待ってください。さっき私のこと呼び捨てにしてませんでした?」


有香「負けた……あたしがプロデューサーに格闘技で……」

法子「有香ちゃんドンマイっ」

ゆかり「ナイスファイトでした」

P「さあ、約束通り教えてもらうぞ。有香が怒っている理由を」

有香「それなんですけど……」

P「……」ドキドキ

ゆかり「……」ドキドキ

法子「どきどき」

有香「ごめんなさいっ!」

P「へ?」


有香「実はあたし、最初から怒ってなかったんです」

有香「あれはお芝居で……」

P「おしばい……? なんでそんな」

有香「ええっと、そのぉ……」

有香「先日トレーナーさんから感情表現が甘いと指摘されまして」

有香「それで、怒った演技を磨くために……」

ゆかり「なるほど、そういうことだったんですね」

法子「そうかな~とは思ってたけどね~」

ゆかり「もちろん私も最初から気づいてましたよ」

法子「ゆかりちゃんはさっき『なるほど、そういうことだったんですね』って言ったよね」

ゆかり「はい?」

法子「わあ、ピュアな瞳」


P「な、なんだ~。俺はてっきり有香が本気で怒ってて『プロデューサーとはもうやっていけません!アイドル辞めます!』と言い出すんじゃないかとハラハラしてたよ」ヘナヘナ

法子「プロデューサー腰抜かしちゃってる」

有香「すみませんっ!ご心配をおかけしてしまって……あの、こんなことしてあたしのこと怒ってますか?」

P「いや、安心した。ははは」

法子「いぇひひっ、やっぱり仲良しが一番だよね! そうだ、仲直り記念にドーナツ食べに行こうよ♪」

ゆかり「いいですね。あら? こんなところに雑誌が落ちて……」

法子「なになにー? 『ツンとデレで気になるあの人のハートをゲットしちゃえ』???」

有香「チェストーッ!!!!」ビリビリビリッ

P「!?」

法子「うわあっ」

ゆかり「びっくりしました」


有香「す、すみません! その雑誌にスズメバチが止まっていたように見えて思わず破いてしまいました!!」

法子「そ、そう? ハチなんていないけど」

有香「どなたのものかわかりませんが、これは判読不可能なまでに破れてしまったので捨てておきましょう」バサーッ

P「そ、そうか」

ゆかり「ふふ、有香ちゃんったらあわてんぼうの怪力ゴリラですね♪」

有香「そんな怪力だなんて」テレテレ

法子「ゆかりちゃん、念のため言っておくけどそれ有香ちゃん以外には褒め言葉にならないからね♪」

ゆかり「はい。私だったらフルートゴリラと呼ばれたら怒ります」

法子「でもドーナツゴリラはちょっぴり美味しそうだよね」

ゆかり「美味しそうです」

P「君たち酔ってるの? ……そういうわけで自分たちは仲直り記念にブュッフェに行くので、千川さんは留守番お願いします」

ちひろ「それより私のこと『ちひろ』って呼び捨てにしてませんでした?」

P「お土産買ってきますんで」

ちひろ「ちょっと!」



以上です。
後日、プロデューサーは帯の件で中野にしこたま怒られたがそれは別の話。

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