渋谷凛「梅雨のおかげ」 (16)


画面いっぱいに映し出された週間天気予報は、日本のどこの地名を見ても傘のマークだらけだった。

次に地図へと画面が移り変わり、キャスターの人が画面をぽん、と叩く。

『本日午前八時ごろ発生した台風――号は明日には本州に上陸する見込みであり……』

日本の左下当たりを指し示し、そこからの予想される進路を淡々と説明していった。

憂鬱だ。

小さくため息を吐いて、ソファへ深めに座り直した。

全体重をソファへと預けて、仰け反るように後方を見る。

私のプロデューサーは、自分のデスクで忙しそうにキーボードを叩いていた。

今はちょっと構ってもらえそうにないな、とプロデューサーで暇を潰すことを断念した。

座ったままの状態で、手の感触だけを頼りにマガジンラックから雑誌を抜き取る。

ファッション誌だった。

まぁ、なんでもいいかと膝の上で開き、ぱらぱらと眺めることにした。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1528645534




やはり、というか何というか、手に取ったファッション誌は梅雨の特集が組まれている。

『雨の日だって、お洒落したい! 雨の日コーデ』というポップな見出しが躍っているページを開く。

そのページに並ぶレインパンプスを合わせたコーデなどを見た後で、雨の日のいつもの自分を思い出す。

長靴にレインコート、それから紳士用の大きな傘。

何の可愛げもない、実用性だけを重視した姿。

雨の日にハナコの散歩に行くときは、決まってこんな格好をしていた。

長靴なら水たまりを踏んづけてしまっても靴下をぐっしょりと濡らすことはないし、大きな傘なら足元のハナコも入れてあげられる。

毎日の散歩の中で辿り着いた実用性以外何も考えていないスタイル。

お洒落、お洒落かー……もう少し可愛げがあった方がいいのかな。

なんて、ぱらぱらと眺めていたはずが、いつの間にか熟読している私だった。




「お洒落なレインコートなんてのもあるんだな」

背後から不意に声をかけられ振り返ったところ、ごちん、と頭をぶつけた。

「いで」と「いたぁ」という二つの声が重なる。

今度はゆっくり振り返り、顔を上げる。

「なんだ、プロデューサーか。……っていうか、痛いんだけど」

声の主を確認して、苦情を言う。

「ごめんごめん。なんだ、って酷いなぁ。もうちょっと歓迎してくれてもいいのに」

プロデューサーは悪びれもせずに、私の座っているソファに肘をかけた。

そうして膝の上の雑誌を指して「お洒落の勉強中?」と茶化してきた。

雑誌を閉じて、それで鼻面を軽く叩いてやる。

またしてもプロデューサーは「いで」と言った。




「それで、何の用事?」

私が問うと、プロデューサーは「用事? ないよ」と返す。

つまるところ、仕事が一段落ついたので休憩がてら私にちょっかいをかけにきた、ということらしい。

こんなのは日常茶飯事で、もう慣れたものだし、一々咎めるようなことはしない。

咎めたところで、この人が省みることはないし、明日も同じように私を構うだろう。

だからそれ自体はさらりと流して、少し左に詰めて座り直す。

そして、空いた場所をぽんぽんと叩いて、座るよう促した。

「ん。あぁ、ありがとう」

間抜けな返事をして、プロデューサーが私の隣にどかっと腰掛ける。




「そういえば、なんでレインコートなんて見てたの?」

「別にレインコートを見てたわけじゃないよ。ただ暇潰しに読んでただけ」

「暇潰し? この後は何も入ってなかったはずだよね」

「雨足がもうちょっと弱くなったら帰ろうと思って」

「じゃあ今日の凛はラッキーだ」

「? なんで?」

「さっき言ったでしょ、仕事が一段落ついた、って」

「送ってってくれるんだ?」

「察しが良いな」

「なら許してあげる」

「許すって何を」

「頭ぶつけたこと」

「それは悪かったってば」




「んじゃ、帰り支度してくるよ」

そう言って、プロデューサーは手をひらひら振りながら自分のデスクへと戻って行った。

私はまたしても一人となる。

周囲に人がいないのを確認してから、ソファに倒れ込んで横になった。

さっきまでプロデューサーがいた場所は、ほんのり熱を持っていた。




いつの間にか、意識を手放してしまっていたらしい。

「りんー?」

「りーん」

プロデューサーが私を呼ぶ声で目が覚めた。

「だめだ、完全に寝てる」

「どうしたんですか?」

「ああ、なんか寝ちゃったみたいで」

「あら。ふふ、寝かしておいてあげたらどうですか?」

「んー、そうですね。そうしますか」

「私、毛布持ってきますね」

ちひろさんとプロデューサーの会話を聞きながら、徐々に頭が回り始める。

まずい。

すぐ起きないと。

そう思って、慌てて上半身を起こした。

「あ、起きた。毛布、大丈夫みたいです」

「みたいですね。では、お疲れ様です」

ちひろさんはにこりと微笑んで、どこかへ行ってしまった。




「……おはよ?」

嗄れた声が出た。

「うん。おはよう」

んんっ、と喉を鳴らして声を整える。

「ごめん、なんか寝ちゃったってたみたい」

「はい。チョコレート」

私の謝罪を無視して、プロデューサーは脈絡なくポケットからチョコレートを取り出す。

そしてそれを、私の口もとに運んだ。

寝起きということもあり、考えなしでぱくりと口に入れた。

舌の上でゆったり溶けて、甘さが口いっぱいに広がる。

ごくん、と飲み込んだ。

「あまい」

「そりゃ甘いよ、チョコだし」

「うん」

「まだぼーっとしてるな」

「? そうかな」

「あはは、まぁいいや。帰ろうか。送ってくよ」

「うん」




ばさり、ばさり。

私とプロデューサーの傘が少しずれて、開く。

小気味の良いリズムで雨が傘を叩いている。

「ねぇ」

私の呼びかけに、プロデューサーが振り返る。

「プロデューサーは梅雨、好き?」

「んー。どっちかと言えば嫌いかもなぁ。洗濯物干せなかったりするし」

「そっか」

「凛は?」

「うーん。難しいんだよね」

「難しい?」

「うん。ハナコの散歩が大変になるのは嫌だけど、紫陽花は綺麗だと思うし、そんな感じで」

「なるほど。難しいな」

「そう。難しいんだよ」

こうして雨を理由に送ってもらえるのも、ちょっとお得に思っていたりするんだけど、それは言わなくてもいいか。




駐車場に着いて、後部座席の足元に傘をずぼっと投げ込むようにして、助手席に乗り込む。

「すごい雨だなぁ」

「ね。送ってもらえなかったら駅に着くまでにびしょびしょになってたかも」

「優しいプロデューサーで良かったな」

「うん。いつもありがとね」

素直にそう返してやると、プロデューサー少し照れたのか「調子狂うなぁ」と笑って、エンジンをかけた。




忙しなく働くワイパーと、その仕事を無に帰していく雨。

そんないたちごっこを眺めているうちに、家が近づいてくる。

「そういえば」

私の家の一つ手前の交差点、その信号待ちで、プロデューサーが思い出したように口を開いた。

「さっき、梅雨が嫌いって言っただろ?」

「うん」

「よくよく考えてみたら、好きなとこもあるかもしれないなぁ、と思ったんだけどさ」

「へぇ」

「どんなとこが好きか、聞きたい?」

プロデューサーは悪戯っぽく笑って言う。

視界の端で、歩行者用信号が点滅していた。




「じゃあ、聞いてあげる」

「梅雨はさ、雨が多い」

「梅雨だからね」

「つまりこうして凛を送っていく機会というか、口実も増えるわけで。それはお得だな、って思ったわけ」

「そっか」

「うん」

「やっぱり梅雨は難しいね」

「梅雨は難しいな」

左の方向指示器を出して、車がゆっくりと減速していく。

私の家の前で完全に停止して、プロデューサーがドアのロックを解除した。

「でも、私も、ちょっとだけそう思うかな」

「ちょっとだけ?」

「うん。ちょっとだけ」

くすくす笑い合って、プロデューサーが「じゃあ、また」と切り出す。

私が「うん。また」と返して、シートベルトを外した。

後部座席に手を伸ばして、傘を取る。

ドアに手をかけたところで、プロデューサーが「ああ、それと」と言って、携帯電話の画面を私に見せた。

「さっきの凛の寝顔」

「消して」

台無し。



おわり

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【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg

あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。

2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。

以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。

自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→ http://www65.atwiki.jp/utagyaku/

2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。

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