シャロ「もう嫌だ。働きたくない……」 (68)

―バイトの帰り道―

シャロ「はぁ……疲れた……」

シャロ(バイト、増やしたの失敗だったかしら……)

シャロ(でも仕方ないわよね。給料が下がっちゃったんだから。生活を維持するためには、今までより働かないと)

シャロ(にしても、最近のお客さんは怖いわ。なにかにつけて文句言ってくるし。他の店員もピリピリしてて、店の雰囲気が悪いのよね)

シャロ(みんな、なんでイライラしてるのかしら。不景気の所為?)

シャロ「はぁ~……」

シャロ(最近バイトばっかりで、みんなと会ってないなぁ。学校とバイト先、家の往復って感じね)

シャロ(隣に住んでる千夜とすら、あんまり話してないわ)

シャロ(朝に会っても急いでたりして長々とは話せないし、お風呂も借りなくなったから)

シャロ(バイト増やした所為で夜遅くなることが多くなって、借りづらいのよね。お風呂)

シャロ(代わりに銭湯に行ってるけど、あまりいい噂を聞かないわ)

シャロ(サウナに入ってる間に服を盗まれた人が居るらしいし、気をつけないと。ロッカーくらい用意してくれればいいのに)

シャロ(明日もバイト。土曜日だから学校が休みなのが救いね……)

シャロ(さっさと銭湯に行って、帰って寝よう)

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―土曜日・バイトの帰り道―

シャロ(はぁ……今日もバイト疲れたわ……)

シャロ(また理不尽なことで文句言われたし、最悪)

シャロ(明日は日曜日だけど、夜までバイトなのよね。さっさと帰ろ。お風呂は……面倒くさいし、いいや。1日くらい入らなくたって大丈夫でしょ)

リゼ「おーい、シャロ!」

シャロ「あっ、リゼ先輩! こんばんは。バイトの帰りですか?」

リゼ「ああ。シャロもか?」

シャロ「はい」

シャロ(久し振りにリゼ先輩と喋ったわ。はぁ~やっぱり先輩、格好いい……)

リゼ「そうか、頑張ってるなぁ」

シャロ「あ、ありがとうございます!」

シャロ(先輩に褒められたぁ~。えへへ、ちょっと気分が晴れたかも)

リゼ「そうだ、メール見たか?」

シャロ「メール?」

リゼ「ああ。ココアが送ったと思うんだが」

シャロ「……あ、本当だ。気づきませんでした」

シャロ(今日はお客さんが多くて、休憩する暇なかったから……)

リゼ「読んでみてくれ」

シャロ「はい。えっと『明日、みんなで遊びに行くことになったんだ! シャロちゃんも来ない?』か……」

リゼ「どうだ、来られそうか?」

シャロ(行きたい……でも)

シャロ「明日は夜までバイトが入ってて……」

リゼ「そうか……残念だ。また今度、行こう」

シャロ(そうシュンとされると罪悪感がー!)

シャロ(でも仕方ないわよね。生活が懸かってるんだもの)

―シャロの家―

シャロ(リゼ先輩たちは明日お出かけかぁ。羨ましいなぁ……)

シャロ(私は勉強とバイトの日々で、遊ぶ暇なんて全然ないわね……)

シャロ(でも、頑張らなきゃ。決して楽な生活じゃないんだから)

シャロ(それに、せっかく学費免除してもらってるんだし、頑張っていい大学に行って、いい会社に入らなきゃ)

シャロ「よーし、明日も頑張るわよ!」

シャロ(……私、なんのために、いい大学や会社に行けるように頑張ってるのかしら?)

シャロ(生活のため、ひいてはお金のため……よね?)

シャロ(お金を得るには働かなきゃいけないから、働くためでもあるわね)

シャロ(……働くために、バイトしたり勉強したりしてるってこと?)

シャロ(これじゃまるで、働くために生きてるみたいじゃない)

シャロ(終わりなき労働の日々。友人と遊ぶこともできず、働いて勉強して働いて勉強して)

シャロ(そんな人生の先に待ってるのは、職を奪われた上に老いた身体だけを残されて『後はご自由に』と放り出される未来?)

シャロ(……なんか嫌になってきた……)

シャロ(私、そこまでして生きたくないかも……)

シャロ(とはいえ、そうとも言ってられない。頑張ろう……)

―日曜日・バイトの帰り道―

シャロ(また仕事で怒られた……)トボトボ

シャロ(やりたい仕事でもないのに。一生懸命やってるのに。頑張ってるのに……)

シャロ(他にもっと駄目な奴、居るじゃない。なんで私だけ?)

シャロ(仕事が嫌いなら、仕事のことでいちいち他人に怒ったりしないわよね)

シャロ(そんなに働くのが好きなの? 理解できないわ)

シャロ(他人を傷つけることには無類の才能を発揮する労働者共め……全滅してくれないかしら)

シャロ(……労働者なんてありきたりね)

シャロ(もっと独創性のある呼び方がしたいわ。千夜のメニューじゃないけど)

シャロ(そうね……奴らは会社に魂まで売り渡した畜生だから『社畜』なんていいかも)

シャロ(でもそれだけじゃ弱いから『奴隷』もつけて『社畜奴隷』!)

シャロ「ハッ! お似合いの情けない名前! ぷっ、くくく……」

シャロ「社畜奴隷共、死ね! あっははは!」

シャロ「あはは、いひひ……はぁ……」

シャロ(アホらし……)

シャロ(他の店員も大概だけど、客も客よ。常連客じゃなければ知り合いでもないのに、あんたたちのことなんて知らないっての)

シャロ(なのに「いつもより遅い」だとか「いつもと味が違う」だとか……知るか!)

シャロ(どうせあいつも社畜奴隷よね。日々の労働で溜めたストレスを、弱そうな私で発散してるんだわ)

シャロ「ムカつく……」ギリ

シャロ(社畜奴隷ってキチガイしか居ないのかしら……)

シャロ(特に飲食店の民度は、客も店員も本当に低いわね。飲食店なんて、誰でもできて誰でも入れるからかしら)

シャロ(でも、高校生の私にできる仕事なんてそれくらいしか……)

シャロ(今や、そこそこ上の大学を卒業していてもバイトに困る時代らしいし、生活が懸かってるから選んでられないわよね。働けるだけマシか……)

シャロ(明日は久し振りにバイト休みだし、学校終わったら、ゆっくり休んで気分転換しよっと)

―月曜日・学校―

シャロ(やっと授業が終わったわ。さっさと帰ってゆっくりしよう。……ん?)

担任「桐間さん、少しお話があるのだけれど、いいかしら?」

シャロ「はぁ……大丈夫です」

シャロ(久し振りのバイト休みの日に、先生に呼び止められるなんて……ツイてないわ)

担任「あなた今回の期末テストの成績、あまり良くなかったでしょう?」

シャロ「あ……はい」

シャロ(バイトが忙しくて、あまり勉強できなかったのよね……)

担任「このままの成績だと学費免除、取り消されることになるかもしれないの」

シャロ「えっ? で、でも今回は平均点も凄く低かったし……。私は平均、上回ってましたよね」

担任「そうね。でも、学校としては学費免除までしてる特待生の成績が、平均を少し上回ってるくらいじゃ困るらしいのよ」

シャロ「そんなぁ……」

担任「まだ決定したわけじゃないから、次、頑張れば大丈夫よ。そろそろ夏休みだから、きっと取り戻せるわ」

シャロ「はい……頑張ります……」

―帰り道―

シャロ「生活費だけでもキツいのに、学費まで払わなくちゃいけなくなったら、どうすればいいの……」ブツブツ

シャロ「いっそバイトを減らして……。でも、そうすると生活が……夏休みは稼ぎ時だし……」ブツブツ

シャロ「なんで私がこんな目に……あーもう! イライラするわ! クソッ!」ガンッ!

シャロ「~ッ!? 痛ぁ!」ピョンピョン

シャロ(街灯なんか蹴るんじゃなかった……)

リゼ「……? あれ、シャロじゃないか。今日も会うなんて奇遇だな」

シャロ「リ、リゼ先輩っ!? お疲れ様です……」

シャロ(もしかして今の見られた?)

リゼ「ああ、お疲れ。どうしたんだ、そんな浮かない顔して」

シャロ(ほっ……見られてないみたいね)

シャロ「じ、実は……今の成績だと学費免除が取り消しになるかもしれないんです」

リゼ「それは大変だな。勉強で躓いている所があるのか?」

シャロ「そういうわけではないんですけど、バイトが忙しくて、なかなか勉強できないんです」

リゼ「バイトか……」

リゼ(そういえば最近、シャロはバイトを理由に遊ぶのを断ることが多いな。ちょっと訊いてみるか)

リゼ「なあシャロ、もしかして無理してないか」

シャロ「えっ」

リゼ「私の勝手な想像だが、ずっと働き詰めなんだろ。バイトを減らすことも考えた方がいいんじゃないか? 身体を壊したら元も子もないぞ」

シャロ「でも、生活が懸かってるので……。バイトの給料が下がっちゃったんです。だから他で埋め合わせしないと」

リゼ「そうだったのか。なんで下がったんだ?」

シャロ「最近、正社員と非正規社員の賃金格差をなくそうって話になってるじゃないですか」

リゼ「ああ、そうらしいな」

シャロ「私の働いてる所でも、それが行われたんです。でも……」

シャロ「正社員の賃金を非正規社員と同じにする、という方法で格差がなくなっちゃって」

リゼ「なんだそれは。酷いな」

シャロ「それで、正社員の人たちが怒ってしまって。『バイトより働いてるのに、なんで正社員だけが損をするんだ』って」

リゼ「……まあ、そうなるか」

シャロ「でも店側も、バイトの給料を正社員並みに上げる余裕はない、けど人手は足りてないからバイトを減らす、ってこともできなくて」

シャロ「結局、バイトの給料も下げて、正社員とバイトの両方が損をするからいいでしょ、ってことになって」

リゼ「あ、あまりに酷すぎるな……。結局、格差なくなってないし……。そんな所、辞めた方がいいんじゃないか?」

シャロ「私も辞めたいです。でも、今や高校生や高卒、Fラン大卒が働ける所なんて、どこもそんな感じなんですよ。だから逃げ場がなくて」

シャロ「さっきので納得する正社員もおかしいんですけど、その人たちも、まともな転職先がないのをわかってるんでしょうね」

リゼ「今の世の中はそんなことになっていたのか。ラビットハウスだけに居るとわからないもんだな」

リゼ「でも、それなら猶更、息抜きが必要だろ」

リゼ「今日はバイト休みか? 久し振りにラビットハウスに来ないか。ココアたちも寂しがってるぞ」

シャロ「そうですね……たまには」

―ラビットハウス―

カランカラン♪

ココア「あ! シャロちゃんいらっしゃい!」

チノ「ココアさん、声が大きいです。店の雰囲気に合ってません」

ココア「え~? 明るい方がいいよ」

チノ「ラビットハウスはもっと落ち着いた雰囲気の店です。もう1年以上、ここで働いてるんですから、いい加減に察してください」

チノ「にしてもシャロさん、なんだか久し振りに会った気がします。今日はバイトないんですか?」

シャロ「ええ」

ココア「寂しかったよ~」ギュー

シャロ「ちょっ、ココア、抱きつかないで! 苦しい!」

ココア「シャロちゃんも寂しかったでしょ?」

シャロ「ま、まあ……」

チノ「そんなに忙しいんですか?」

シャロ「うん……。生活が懸かってるから、いっぱい働かないと」

チノ「シャロさんは凄いです。ココアさんもシャロさんを見習ってもっと真面目に働いてください」

ココア「私、頑張ってるよ?」

チノ「なら、シャロさんを早くもてなしてください。今日のシャロさんはお客さんです」

ココア「わかった、完璧にもてなしてみせるよ! 1名様ごあんな~い!」

チノ「居酒屋みたいなテンションで言わないでください」

リゼ「チノ、居酒屋の雰囲気を知ってるのか?」

シャロ(なんかこの感じ、久し振り。それだけココアとチノちゃんに会ってなかったってことか……)

シャロ(窓際の席にしようかな)

ココア「お嬢さん、ご注文はいかがしましょう?」

シャロ「なに、そのキャラ? え~っと、じゃあココアで」

ココア「わ、私っ!? 不束者ですが……」

シャロ「違うわよ! 注文を訊かれたんだから飲み物に決まってるでしょ! ミルクココア!」

ココア「あはは! やっぱりシャロちゃんのツッコミは効くね!」

シャロ「ツッコミ欲しさに仕事を疎かにするなっ!」

シャロ(あーなんか妙にイライラするわ。ココアが纏わりついてくるからかしら……)

ココア「……」

シャロ「ど、どうしたのよ。突然、黙り込んで」

シャロ(なんなの、もう……)イライラ

ココア「……ねぇ、最近そんなに忙しいの? やっぱりシャロちゃんも居ないと寂しいよ」

シャロ「……まあ、忙しいわね」

ココア「なんで?」

シャロ「なんでって……まあ色々あるのよ。給料が下がった所為でバイトを増やしたりしたから」

ココア「そうなんだ」

シャロ(尋ねておいて『そうなんだ』って、興味ないの? というか、あんたには関係ないでしょ)イライラ

ココア「そういえば、そろそろシャロちゃんの誕生日だよね。盛大に祝うから覚悟しておいてね!」

シャロ「いいわよ、別に。どうせ誕生日もバイトなんだし」

ココア「えー!? シャロちゃん、誕生日にバイト入れちゃったの!?」

シャロ「別に入れたくて入れたわけじゃないわよ。強制的に入れられただけ」

ココア「バイト終わってからなら祝えるよね!」

シャロ「その日は遅くなるわ」

ココア「じゃあ……」

シャロ「誕生日前日も、誕生日の次の日もバイトだから」

ココア「うう……」

シャロ「なんでそんなに私の誕生日を祝いたいのよ。自分のでもないのに」

ココア「友達の誕生日を祝うのは当然のことだよ?」

シャロ「ありがと。でも、さっき言った通りバイトだから」

シャロ(そういえば、ココアってなんでバイトしてるのかしら。訊いてみようっと)

シャロ「ねぇココア」

ココア「なに? シャロちゃん」

シャロ「あんた、なんでここで働いてるの?」

ココア「シャロちゃんも、マヤちゃんとメグちゃんみたいに職業インタビューしてるの?」

シャロ「まあ、そんなところよ」

ココア「それはもちろん、街の国際バリスタ弁護士になるためだよ!」

シャロ「……」

シャロ(こっちは真面目に聞いてるのに、ふざけたこと言って……あー!)イライラ

シャロ「ふざけないでちゃんと答えてよ!」バンッ!

ココア「ひっ」ビクッ

チノ・リゼ「……?」

シャロ(……はっ、なんで私こんなに怒って……)

シャロ(ココアがこんなこと言ってるのはいつものことじゃない。明らかに過剰反応だわ。とりあえず、謝らないと)

シャロ「ご、ごめん。真面目に聞いてたから……本当にごめん」

ココア「そっ、そんなに謝らなくてもいいよ。ちょっとびっくりしただけだから」

ココア「働いてる理由、だったよね。えっとね……高校の方針で、下宿先では奉仕するようにって言われてるの」

シャロ「じゃあ、働きたくて働いてるわけじゃないのね」

ココア「まあね。でも楽しいよ!」

シャロ「……楽しい?」

ココア「うん。シャロちゃんはバイト楽しくないの?」

シャロ「全然。働かなくてもいいのなら、今すぐにでも全部のバイトを辞めて自由に過ごしたいくらいよ」

ココア「そうなの? でも、お客さんに『ありがとう』って言われた時とかに嬉しいと思わない?」

シャロ(私が始めた店でもないのに、そんなこと言われたって嬉しくもなんともない)

シャロ(その程度のことで労働という生き地獄に耐えられるなんて、まるで――)

シャロ「――社畜奴隷じゃない」

ココア「え? 今なんて……」

シャロ「あ……ごめん。なんでもない……」

ココア「それならいいけど……」

ココア「シャロちゃん、なんか今日おかしいよ? いきなり怒ったり、謝ったり……なにかあったの?」

シャロ(確かに今日の私は変だ……。これ以上、ここに居ない方がいいかも)

シャロ「ごめん、やっぱり今日はもう帰るわ」

ココア「もう帰っちゃうの? もう少し……」

シャロ「お金、置いとくわね。注文したココアはあんたが飲んでおいて」ガタッ

ココア「あ、うん。お大事に……?」

カランカラン

ココア「なんだったんだろう?」

リゼ「シャロのやつ、もう帰ったのか。新作ラテアート、せっかく作ったから見てもらおうと思ったのに」

チノ「遠くから見てましたが、今日のシャロさん変でした。余裕がないというか……。ちょっと怖かったです」

―帰り道―

シャロ(駄目だ……ココアに『社畜奴隷』なんて言っちゃうなんて)

シャロ(その前も街灯を無意識に蹴ったりして。よっぽどイライラしてるのね、私……)

シャロ「それもこれも全部、労働が悪い。理不尽なことでキレる客が悪い。私ばかりに文句を言ってくる社畜奴隷が悪い……」

シャロ「はぁ……」

シャロ(いつまで労働に苦しめられる惨めな人生が続くのかしら)

シャロ(死ぬまで? そうよね、お金がなくちゃ生きていけないんだから)

シャロ(……まあ、浮浪者みたいな生き方をするなら、なくてもある程度なんとかなるかもしれないけど)

シャロ(プライドを捨ててるわけじゃないから、私には絶対無理。文化的な生活がしたいわ)

シャロ(結婚すれば養ってもらえる? こんな考えの奴と結婚してくれる人なんて居ないわよね……。それに、結婚なんてまだ考えられないし相手も居ない)

シャロ(でも、たった1度の人生のほとんどを、労働で終えるなんて絶対に嫌)

シャロ(暇でいい。やることなんてなくていい。自由が欲しい……)

シャロ(はぁ……お金さえあれば解決するのに……)

シャロ(お金の心配、時間、職場の人間関係――全てから解き放たれて自分のためだけに生きてみたい)

シャロ(こんな願い、きっと労働に洗脳された社畜奴隷共には理解できないんでしょうね)

シャロ(そういえば、みんなはお金どうしてるんだろ)

シャロ(千夜はあんまり苦労してなさそうよね。甘兎って老舗っぽいし。和菓子屋って儲かるのかしら)

シャロ(リゼ先輩はどう見てもお金持ちだし)

シャロ(チノちゃんはちょっと苦労してそうだけど、貧乏って感じじゃないわよね)

シャロ(ココアはお父さんが大学教授で、お兄さんが弁護士と科学者の卵らしいし、お金持ってそうよね。学費もきっと払ってもらってるんでしょう)

シャロ「羨ましいなぁ……私もお金持ちの家の子供になりたかったわ。親からの仕送りなんてほとんどないし……」

シャロ「マッチ売りの少女みたいに、マッチ燃やしてれば夢くらいは見られるかしら」

シャロ「マッチ代がもったいないか……」

シャロ「はぁ……こんな生活から一瞬で抜け出る方法ってないかしら」

シャロ「あったら苦労しないわよね。空からお金でも振ってこないかな……」

シャロ「……ん?」

店員「本日抽選! 最大10億円、宝くじ発売中! 今日は大安、一粒万倍日。いかがですかー!」

シャロ「……宝くじ……」

シャロ「そうよ! 宝くじさえ当たれば、私は幸せになれる……!」

シャロ「時間をかけずに労働から解放されるには宝くじしかない。どうして今まで気づかなかったんだろう」

シャロ「宝くじこそが唯一、幸せになれる方法だったんだわ!」

シャロ「競馬とかと違って高校生でも買えるらしいし……。でも一応、大人っぽい恰好をして買った方がいいかな?」

シャロ「そうと決まれば、早く帰らなきゃ!」タッタッタッ

シャロ(着替えてきたわ!)

シャロ「宝くじ10枚ください」←ちょっと大人っぽい声

店員「3000円になります。当たりますように……」

シャロ「ども」

シャロ「……」スタスタ

シャロ「……やった! 無事に買えたわ!」ピョンピョン

シャロ「抽選は今日……当たるかしら?」ワクワク

―シャロの家―

シャロ「もう結果が出てる頃よね。スマホで確認しよっと」

シャロ「当たったら美味しいものでも食べたいなぁ。ステーキなんかいいかも!」

シャロ「……」ワクワク

シャロ「……ハズレ……」ガックリ

シャロ「まあそう簡単には当たらないか」

シャロ「まだまだバイトの日々は続きそうね……」

―別の日―

シャロ(はぁ……まさかカップを置く瞬間に取っ手が折れるなんて……。なんてツイてないのかしら)

シャロ(熱湯を浴びた客に怒鳴られるわ、店長に呼び出されて説教されるわ……)

シャロ(私じゃなくて勝手に折れるカップに文句を言ってよ! 『注意しろ』って言われたって、折れるかどうかなんて、わかんないわよ!)

シャロ(社畜奴隷共に謝る度に、自分が酷く矮小な存在になったように感じるわ……)

シャロ(……そうだ、宝くじ買わなきゃ)

シャロ(今月も厳しいけど、宝くじが当たらなきゃ苦しいままだし……)

シャロ(こんな生活から抜け出すためには仕方ないわよ……ね?)

……

シャロ(ハズレだった……)

―別の日―

シャロ(眠い……バイトの所為だ……。学校で先生に注意されて恥かいた……)

シャロ(しかも、いつもと別のバイト先の食器棚が壊れてお皿が全滅したから、今月の給料は減るって……)

シャロ(お皿を買いなおさなきゃならないのはわかるけど、なんで私が損しなきゃいけないのよ!)

シャロ(『減った分は来月の給料に上乗せするから』って言われても……今月がキツいの!)

シャロ(不景気で儲かってないのはわかるけど……。はぁ、個人商店なんて選ぶんじゃなかった……。でも他に雇ってくれる所なかったし……)

シャロ(……あー、もう! なんでこう、嫌なことが続くのよ!)

シャロ(こうなったらヤケよ、ヤケ! 宝くじ20枚買ってやる! いつもの2倍よ!)

シャロ(これだけ買えばきっと当たるわよね!)

……

シャロ(かすりもしなかった……)

―別の日―

シャロ(今日もまた客と店員にキレられた……)

シャロ(本当にムカつく。社畜奴隷共、さっさと死んでくれないかしら……)

シャロ(腹いせに宝くじ、いっぱい買っちゃった。そろそろ給料日だし、ちょっとぐらい無駄遣いしても大丈夫よね)

千夜「……あっ! やっと帰ってきたっ!」

シャロ「あれ、千夜? 家の前でなにして……」

千夜「シャロちゃん、なんで電話に出ないの! 大変なのよ!」

シャロ「ど、どうしたのよ。そんなに焦って」

千夜「さっき警察から連絡があって……ううっ……」

シャロ「な、なんで泣くの。ちょっと落ち着いて……」

千夜「シャロちゃんのご両親が……ストライキを起こしていた労働者さんたちの自爆テロに巻き込まれたって……」

シャロ「えっ……!? そ、それ……本当なの!?」

千夜「こんなタチの悪い嘘、吐くわけないわ!」

シャロ「そ、それで今……お母さんたちは!?」

千夜「病院で治療を受けているって……」

シャロ(そんな、そんなことって……)

―病院―

シャロ(急いでタクシーを拾って病院に来たけど、もう既に……)

シャロ「あは、あはは……」

千夜「シャロちゃん……」

シャロ「お母さん、お父さん……」

シャロ「嘘よ、こんなの……」

シャロ「嘘だ……嘘だ……嘘だぁっ!」ダッ

千夜「シャロちゃん! 待って!」

―病院の外―

シャロ「はぁ、はぁ……」

シャロ「う、うう……!」ポロポロ

シャロ「なんで、なんで死んじゃったの……お母さん……お父さん……」グスグス

シャロ「なんでこうなるのよ! なんで、嫌なことばかり続くの!? 私、なにか悪いことした!?」

シャロ「誰か、誰か答えてよ……。もうやだ……。やなの……」

シャロ「私を独りにしないでよ……」

千夜「いいえ、シャロちゃんは独りじゃないわ!」

シャロ「千夜……」

千夜「大丈夫、私が居る。それにみんなも居る。……こんなことしか言えなくて、ごめんね」ダキッ

シャロ「千夜……」

シャロ(あったかい……)

シャロ(……そうよね。起きてしまったことは覆らない。いくら願ったって、2人は絶対に生き返らないんだ……)

シャロ(いつまでも嘆いていたって、状況は一向によくならない。それは他でもない、私自身が一番よくわかっているはず)

シャロ(戦い続けなきゃ。それだけが、今の私にできる唯一のこと……)

シャロ「……ありがとう。そうよね、人はいつか死ぬもの。それがちょっと早かっただけ……」

千夜「きっと、天国で会えるわ。だって、シャロちゃんは誰よりも頑張っているもの」

シャロ「うん……。私、自信ないけど頑張ってみる……」

千夜「できる限りのことはするわ。一緒に乗り越えましょう」

シャロ(お金がなかったので、お葬式はやらなかった。できなかった)

シャロ(千夜のお婆さんがお葬式の費用を出すと言ってくれたけど、断った。他人に身内の葬式代を出してもらうわけにはいかないもの)

シャロ(遺産は今住んでいる家が遺されただけで、お金は1円もなかった。借金は10万円あったけど、家を手放すわけにもいかないので相続した。意外と額が少なかったのが救いね……)

シャロ(宝くじを返品して少しでも足しにしようと思ったけど、火葬したり色々な手続きでバタバタしてる内に、もう抽選は終わってた。全部ハズレだったから1円にもならなかった)

シャロ(あと、シフトに穴を空けたという理由で、バイトを1つクビになった。ちゃんと連絡したのに、酷くない……?)

シャロ(嫌なことがあった後はいいことがある、なんて言うけど……絶対に嘘だわ。嫌なことの後には嫌なことしか待ってないもの……)

シャロ(千夜にはああ言ったけど……。お母さん、お父さん。私、頑張れないかもしれない……)

―別の日・バイトの帰り―

シャロ「もうすっかり夜ね……。疲れた……」

シャロ(今日は客に意味不明な理由で5回も怒鳴られたし、それを見てた店員に『集中してないからだ』って怒られた……)

シャロ(私、悪くないのに。なんで私ばっかりこんな目に……もう嫌だ……許して……)

シャロ(でも、お母さんもお父さんも、もう居ないんだ。私1人で頑張らなきゃ。耐えなきゃ。乗り越えなきゃ……)

シャロ(……ん……?)

千夜「あ……」

チノ「あ、シャロさん。こんばんは」

シャロ「チノちゃん……にみんな」

シャロ(余計な気を使わせないように、千夜以外には親が死んだことは内緒にしてるのよね。気取られないようにしないと)

ココア「どうしたの? すっごく疲れてるみたいだけど」

シャロ「バイトの帰りでね……みんなは?」

リゼ「ラビットハウスに集まってゲームをしてたんだよ」

チノ「父の持ってきてくれた双六で遊んでたんです。止まったマスに書いてあることをやらなくちゃいけないって双六で」

ココア「結構盛り上がった所為で遅くなっちゃったし、リゼちゃんと千夜ちゃんを、お家まで送っていくところなんだ」

シャロ「そう……なの」

千夜「……」

シャロ(千夜がちょっと気まずそうな顔してるわね。私を置いて自分だけ楽しんだ罪悪感ってところかしら)

シャロ(前々から遊ぶ約束してたんだから、私のことなんて気にしないで遊んできなさい、とは言ったけど、余計な気を使わせちゃったかな……。気をつけないと)

千夜「そ、そういえば……『1人で漫才をする』ってマスに止まったココアちゃんの滑りっぷり……本当に面白かったわね」

ココア「ち、千夜ちゃん! ここで言わないでよ! 恥ずかしいんだからぁー!」

千夜「うふふ、ごめんなさい。でも、凄く面白かったから……。シャロちゃん、後で動画を送っておくわね」

シャロ「あ、うん……」

ココア「千夜ちゃんやめてよー!」

チノ「極限までつまらないと、逆に面白いんですね。新たな発見です」

リゼ「ああ、あれは確かに傑作だったな! 今、思い出しても笑えてくるよ」

チノ「シャロさんが一緒じゃなくて残念です。今度はシャロさんも一緒にやりたいですね」

シャロ(みんなは夜遅くまで楽しく遊んでたのに、私はバイトで怒られて……)

シャロ(本当に、私って惨めね……)

千夜「ふわぁ……。あ、あら、ごめんなさい……」

ココア「千夜ちゃん、おっきい欠伸!」

チノ「私も眠いです……」

リゼ「なんだ、みんな気合が足りないぞ?」

チノ「リゼさんが元気すぎるんです」

千夜「あ、そうだ。シャロちゃん、お風呂……」

シャロ「いいわよ、もう遅いし。眠いんでしょ? 私、お金を引き出しに銀行に行かなきゃいけないから、そのまま銭湯に行ってくるわ」

シャロ(借金返済が手渡しじゃないと駄目なんて本当に面倒。でも仕方ない……)

千夜「気にしなくていいのに……はふ」

シャロ「ほら、また欠伸。さっさと帰って寝なさいよ。先輩、千夜をよろしくお願いします」

リゼ「ああ、任せろ!」

ココア「無事に送り届けるよ!」

―銭湯―

シャロ「はぁ……」ゴシゴシ

シャロ(双六、楽しかったんだろうなぁ。私もやりたかった……)

シャロ(千夜が動画を送ってくれるって言ってたし、それで満足するしかないか)

シャロ(にしても中々、泡立たないわね。バイトでそんなに汚れてるのかしら。きっと社畜奴隷共の悪意の所為で汚れが落ちないのね)

シャロ(銭湯代、地味に痛いなぁ。借金の支払いさえなければ……。できる限りのことはすると言ってくれたとはいえ、千夜にあんまり頼りすぎるのもよくないし)

シャロ(いつまでも、あると思うな、金と千夜……なんてね。さてと、洗い終わったし出よう)

ガララ

シャロ(あっつー。牛乳でも飲めば涼しくなるかな。……もったいないからやめとこ)

シャロ(さっさと帰ろ……)

シャロ(……ん? あ、あれ?)

シャロ(私の服がない! 鞄も!)

シャロ(なんで!? もしかして、盗られた?)

シャロ(そういえば、以前ここで服を盗られた人が居たんだった。忘れてた……)

シャロ(お嬢様学校の制服だから、金持ちだと思われたのかしら)

シャロ(スマホも給料の入った財布も、なにもかも持っていかれた……)

シャロ(よりにもよって、こんな時に私を狙わなくてもいいのに……)グス

シャロ「あ……」

シャロ「どうやって帰ればいいのよ……」

―シャロの家―

シャロ(あの後、番台の人に言って警察を呼んでもらった)

シャロ(服は借りられたから帰ってはこられたけど、引き出したばっかりの15万円が入っていた財布とスマホは帰ってこない。スマホも結構な値段したのに……)

シャロ(その上、警察に『貴重品を持って銭湯に来る方が悪い。ましてや銀行帰りなんて』みたいなことを遠回しに言われた……。私が悪いの?)

シャロ(残り3万円で今月、どう乗り切ればいいのよ……。給料日、今日だったのよ……?)

シャロ(バイトさえ忙しくなければ、今まで通り千夜の家のお風呂を借りてたはずだから、こんな目に遭わなかったのに)

シャロ(バイトさえ……バイトさえ無ければ……)

シャロ(……私、こんな惨めで悲しい思いをするために今まで頑張ってきたの?)

シャロ(少しでも楽をするために頑張ってきたはずなのに、どんどん生活は苦しくなる……)

シャロ(バイト先では理不尽なことで客や店員から嫌がらせを受け)

シャロ(生活に余裕を持たせるためにバイトしてるのに、給料が下がった所為で長く働かないといけなくなって時間の余裕がなくなって)

シャロ(時間の余裕がなくなった所為であまり勉強できず、学費免除が取り消されるかもしれないくらいの成績になって。もしそうなったら生活は更に苦しくなる……)

シャロ(お母さんたちだって、出稼ぎにさえ行っていなければ、テロなんかに巻き込まれることもなかった)

シャロ(不幸の原因は全て、労働にあるんだわ)

シャロ(働くことってそんなに大事なの? 働かないことがそんなに悪いことなの? 働かなきゃ幸せになっちゃいけないの?)

シャロ「もう嫌だ。働きたくない……」

シャロ「なんでこんな思いまでして働かなきゃいけないの?」

シャロ「なんで辛い目にあってまで生きなきゃいけないの?」

シャロ「生きるためには金が要る。金を得るためには働かないといけない」

シャロ「でも働くくらいなら、死んだ方がマシ……」

シャロ「……そうよ。死ねばいいんだわ」

シャロ「どうせ、死ぬまで労働と苦痛尽くしのクソみたいな人生よ。どうせ人間はいつか死ぬんだし、いつ死んだって一緒よね」

シャロ「よし死のう! すぐ死のう! お母さんお父さん! 今すぐそっちに行くからね!」

シャロ「どうやって死のうかな。首吊り? 飛び降り? 入水? リストカット?」

シャロ「……あ、でもまだ3万円が残ってるわね。これで宝くじが当たるかもしれないし、それまで粘ろうかな」

シャロ「できることなら、死にたくないし。完全な無一文になるまで粘ろう」

シャロ「金が尽きるまでは遊んで暮らそう。学校もバイトも行く必要なんてない」

シャロ「どうせ目的のない人生だし、わざわざ辛い思いをしにいく理由はないわ」

シャロ「それに宝くじが当たったなら働く必要も勉強する必要もないし、当たらなくても自殺するんだから、どっちにしろ必要ない!」

シャロ「もし当たれば、今まで通りどころか今までよりもいい生活ができるしね」

シャロ「生きるために努力するなんて、無意味で馬鹿らしいわ」

シャロ「……なんか、今までウジウジしてたのが馬鹿みたい。決意が固まったからかしら、すっきりした気分」

シャロ「そう、バイトと勉強で疲れた陰気くさい桐間紗路は今日で死ぬの。明日からは生まれ変わった新たな桐間紗路よ!」

―次の日・朝―

チュンチュン

シャロ「……んー!」

シャロ「目覚めスッキリ! なんて清々しい朝なのかしら!」

シャロ「学校からもバイトからも解放された朝は、こんなに気持ちいいのね!」

シャロ「ニート最高! あはは!」

カンカンカンカン

千夜「シャロちゃん起きてー」

シャロ(あー、そうだった……。家の隣にはお節介な幼馴染が居るんだったわ)

シャロ「うるさいわね。起きてるわよ」

千夜「おはようシャロちゃん。早く着替えないとバイトに遅刻しちゃうわ」

シャロ「行かない」

千夜「……え?」

シャロ「だから、バイト行かない。学校も行かないから。悪いけど、しばらく1人になりたい気分なの。放っておいて」

千夜「な、なに言ってるの。ご両親が亡くなって辛いのはわかるけど……」

千夜「もしかして、バイト先でいじめに遭っているから行きたくないとか……?」

シャロ(ある意味、社会全体からいじめられてるようなもんだから、さほど間違ってはないけど……)

シャロ「違うわ」

千夜「じゃあなんで……」

シャロ「千夜には関係ないでしょ」

千夜「関係なくないわ。私はご両親にシャロちゃんのことを頼まれてたのよ」

シャロ「もう死んだわよ。だから別に、私がどうなろうと千夜は困らないでしょ。ほっといてよ」

千夜「困るわ。それに、一緒に乗り越えるって約束したじゃない」

シャロ「まあ、これから困らなくなるけどね」

千夜「え? それってどういう……」

シャロ「私、自殺するから」

千夜「自殺!? ま、待ってシャロちゃん。冗談よね?」

シャロ「冗談だと思う?」

千夜(一体、なにがあったのかしら……。コーヒーでも飲んだ?)

千夜(ううん、それにしてはおかしいわ。カフェインでハイになった時は、もっとポジティブだもの。こんな陰鬱なこと言うわけない)

千夜(とにかく、私だけじゃ処理できない!)

千夜「シャロちゃん! ココアちゃんたちを呼んでくるから、ここに居てね!?」

シャロ「え、なんで? みんなは関係ないじゃない。頼むから今は1人にして……」

千夜「絶対よ!? 絶対だからね!」

シャロ(話、聞きなさいよ……)

シャロ「……1人にしてって言ったのに……」

ココア「私、シャロちゃんに死んでほしくない!」ギュー

シャロ「……ココア、抱きつかないで。苦しい」

リゼ「聞いたぞ、シャロ。自殺するとは、どういうことなんだ」

チノ「そうです。説明してほしいです」

シャロ「リゼ先輩にチノちゃんまで連れてくるなんて……。千夜、余計なことしないでよ」

千夜「そんなことより、シャロちゃん。説明して」

シャロ「……」

ココア「話してくれなきゃわからないよ!」

シャロ「……そうね。簡単に言うと、もう働きたくないの」

リゼ「……え? そ、それだけなのか」

シャロ「ええ、それだけです。でも、それを放棄した人間に待ってるのは死だけなんですよ」

チノ「ど、どうしてですか。働くことだけが人生じゃないはずです」

シャロ「チノちゃん。生きるのにはお金が必要なのよ。知ってるでしょ」

チノ「え、は、はい……」

シャロ「そして、お金を得るためには基本的に働くしかない」

シャロ「だから、この社会では働くことを拒否した人間は死ぬしかないのよ」

シャロ「動物だって一緒。狩りをするなり餌を探すなりしなければ死んでしまう……」

シャロ「一部の恵まれた人間以外は、働かないと生きることを許されないの。働かざる者、食うべからずって言うでしょ」

リゼ「……シャロ、やっぱり無理してたんだな。でないとお前がこんなことを言うわけがない」

シャロ「バレちゃいましたか。でも、無理するのはやめたんです。これからは正直に生きます」

リゼ「だから死ぬのか? 極端すぎるだろう。本当になにがあったんだ」

シャロ「大したことじゃないんですよ。ただ、嫌なことが重なって」

シャロ「バイト先で社畜奴隷共から攻撃されたり、時間とお金の余裕が無かったりとか。勉強も大変だし、両親も死んだし」

ココア「シャロちゃんのご両親、亡くなってたの……?」ボソボソ

チノ「初耳です」ボソボソ

シャロ「努力してるつもりなんです、自分では。でも、どんどん状況が悪くなっていって」

シャロ「それで、頑張って頑張って頑張った先になにも無いのが、私の人生なんだって気づいたんです」

リゼ(シャロの奴、相当参ってるな……。参ってなきゃ死ぬなんて言わないか)

シャロ「ココア、あんたが羨ましいわ……」

ココア「えっ、私?」

シャロ「そうよ。誰とでもすぐ打ち解けられる才能を持ってて」

シャロ「私にもそんな才能があったら、こんなに辛い思いしなくても済んだかもしれないのに」

シャロ「プライドの高さが原因? それとも頭でっかちだから? 本当に私って馬鹿……」

ココア「シャロちゃん……」

シャロ「くそっ……お金さえあれば全て解決するのにッ!」

リゼ「人生、お金が全てじゃないだろ。人の心は金で買えないというじゃないか」

シャロ「いえ、全てです。何故なら、お金で買えないものは私にとって必要でないか、既に持っているものしかないから……」

リゼ「なら、働かずにお金を稼ぐ方法を考えればいい」

シャロ「……例えば?」

チノ「そ、そうだ……。働くのが嫌なら起業すればいいと、誰かがテレビで言っていました。人間関係の問題からも解放されるって……」

シャロ「……チノちゃん、それって雇われてないだけで働いてるわよね?」

チノ「……あっ……」

シャロ「それに、なにを仕事に起業すればいいのかなんて全く思いつかないし」

シャロ「チノちゃんに限らず『働きたくない』って言うと『起業しろ』ってよく返ってくるけど……なんなんでしょうね、あれ。答えになってないわよね」

シャロ「ごめんね、チノちゃんを責めているわけじゃないのよ。怠け者の私が悪いの」

チノ「い、いえ……」

シャロ「それに、人間関係だけが嫌なんじゃないの。労働という人生において最も無駄な時間で、人生の貴重な時間を浪費するのも嫌なの」

ココア「え、えっと……じゃあ……生活保護は?」

シャロ「駄目よ。あれは働く気のない奴にお金をあげる制度じゃないんだから」

ココア「動画サイトとかブログとかで!」

シャロ「もうスマホないし、やりようがないわ。もちろん機材を買う余裕もなければアイデアだってない」

ココア「漫画を描いて売る!」

シャロ「出来上がる前に餓死しちゃうわ。それに売れるとは限らないし」

リゼ「株やFXでも儲けることは可能なんじゃないか? それなら働かなくても」

シャロ「あれは、元手がないとほとんど儲からないんです」

シャロ「例えば10円の株を1000株買って11円の時に売っても、たった1000円しか儲からないんです」

シャロ「そして、私にはその元手が圧倒的に足りていないんです」

シャロ「見てください、預金通帳――全財産です」

リゼ「……約3万円か」

シャロ「それに、今は大きく動く株もない。あってたとしても私に買える額じゃない。貯金を全部、投資に回した所で、大して儲からないんです」

シャロ「まあ、もう生きるために努力するのが嫌なので、どっちにしろやらないと思いますけど」

シャロ「もちろん、身体を売ったりもしません」

チノ(身体を売る……? そういえば、臓器を売ってお金にすると聞いたことがあります。それは確かに嫌ですね……)

シャロ「まあ、宝くじを買うくらいの手間は甘んじて受けますけど」

ココア・チノ・リゼ・千夜「……」

シャロ(……この沈黙、気まずいわ。早く帰ってくれないかしら……)

リゼ「……くそっ……どうしてこうなったんだ……」

シャロ(先輩が気に病むことじゃないのに)

リゼ「なんで私は気づいてあげられなかったんだ。気づこうと思えば、以前に会った時に気づけたはずだ。私にも責任はある」

リゼ「だが、シャロもシャロだ。どうしてお前は自分だけで抱え込むんだ。相談してくれれば、まだなんとかできたかもしれない」

リゼ「私は、私たちは……友達じゃなかったのか!」

シャロ「ありがとうございます、リゼ先輩。こんな私でも友達なんて言ってもらえて、嬉しいです」

シャロ「でも、友達だからこそ、迷惑はかけられないんです」

千夜「迷惑だなんて……」

シャロ「先輩やココア、チノちゃん、千夜……みんなと居るのは楽しい」

シャロ「みんなのことが嫌いなわけない。信頼してるし、ずっと大好きって気持ちは変わらない」

シャロ「でも他が辛すぎて、みんなと居る時間を心の底から素直に楽しめないの」

シャロ「今がどれほど楽しくても『ああ、この後は長い地獄が待ってるんだな』と考えると、ひとときの楽しさがむなしくなってくるのよ」

シャロ「線香花火1本を明かりとして夜を過ごすようなもの……かしらね」

シャロ「線香花火の明かりが落ちてしまった後は、長い長い夜を暗いまま耐えなきゃならない」

シャロ「その一瞬のためだけに、長い苦痛には耐えられないの」

千夜「シャロちゃん……」

シャロ「もういいのよ、こんな人生。だからね、貯金が無くなったら死のうと思う」

ココア・チノ・リゼ・千夜「……」

シャロ「今すぐってわけじゃないわ。もし宝くじが当たれば今まで通りに過ごせる」

シャロ「これはゲームなの。私の命を賭けた確率0.00001%のね。ま、どうせ当たらないでしょうけど」

シャロ「私だって、できることなら死にたくない。ずっとみんなと一緒に居たい。明日も明後日も、1年後も10年後も……死ぬまでみんなと楽しく過ごしたい」

シャロ「でも、そんなの現実的じゃない。みんなにはそれぞれ進むべき道がある。だからきっと、いつか別れの時がやって来る」

シャロ「それがちょっと早くなるだけ。お母さんとお父さんがそうだったように……」

ココア「……宝くじに命を賭けるなんて、駄目だよ……」

リゼ「宝くじ……私はよく知らないが、当たるものなのか」

チノ「あんなの、当たるはずありません」

シャロ「そう。なら、やっぱり死ぬしかないわね」

千夜「駄目よ、シャロちゃん! 死ぬなんて言っちゃ駄目!」

ココア「そうだよ! 人生、辛いことばっかりじゃないよ!」

チノ「私、シャロさんが居なくなったら……悲しいです……」

リゼ「考え直してくれ! シャロ!」

シャロ(なにを無責任に……)イラ

シャロ「うるさい!」

ココア・チノ・リゼ・千夜「っ!?」ビクッ

シャロ「じゃあ、誰か私のこと養ってくれる?」

千夜「え……」

シャロ「生きてほしい、だから働け? 嫌よ、そんなの」

シャロ「私はもう、辛い思いをしてまで生きたくないの」

シャロ「労働とかいう、人生において最も惨めにして無駄な時間で、1度しかない人生の貴重な時間を浪費するのはもう嫌!」

シャロ「私の人生よ。私のものを、私がどう扱ったって構わないでしょ? だって、損をするのは私だけなんだから!」

シャロ「こんなクソみたいな人生、めちゃくちゃになってしまえばいい。いや、もうめちゃくちゃなのよ!」

シャロ「それでも死んでほしくないのなら……みんなの都合を私に押しつけるのなら、相応の責任を取ってよ。……取りなさいよ!」

チノ「わ、私……」オロオロ

リゼ「そういう問題じゃないだろう! 冷静になれ、シャロ!」

ココア「シャロちゃんは……そう、つ、疲れてるんだよ。だからそんな悲観的な考えに走っちゃってるだけ……」

ココア「そ、そうだ、コーヒー飲もうよ! それできっと解決するから……ね?」

チノ「そ……そうです。世の労働者さんたちも、お酒を飲んで嫌なことを忘れます」

チノ「私たちは未成年なのでお酒は飲めませんが……。シャロさんはカフェインで同じ効果を得られるんですから、コーヒーでなんとか……」

シャロ「なんでこれ以上、耐えなきゃならないのよ! それに、社畜奴隷共と同じ方法なんて絶対に嫌ッ!」

千夜「……」

シャロ「ふん……。ほら、誰も養ってくれない。無理でしょ? 嫌でしょ? だから無責任に生きろなんて言わないで……」

千夜「わかったわ」

シャロ「え?」

ココア・チノ・リゼ「えっ」

千夜「養います。私がシャロちゃんを責任持って養います」

千夜「大丈夫よ。甘兎庵はそう簡単に潰れはしないわ。それに、甘兎庵は私がもっともーっと大きくするんだもの」

千夜「甘兎庵が大きくなったら、収入も今以上に増えるわ。だから養います。養えます」

千夜「だから、だからね……」

千夜「だから、死ぬなんて言わないで……お願い……」

シャロ(ち、千夜……)

シャロ(……私、やっぱり馬鹿だわ。感情に任せて友達にキレて、幼馴染を泣かせて……)

シャロ(でも。それでも、やっぱり……)

シャロ「ありがとう、千夜」

千夜「っ! じゃあ……!」

シャロ「……気持ちだけ受け取っておく」

千夜「え……」

シャロ「さっきも言ったけど、いつまでも千夜や、みんなに迷惑かけていられないの。でも、私が生きていると絶対に迷惑がかかってしまう。私の力だけじゃ、もう乗り切れないことばかりだから」

シャロ「さっきは感情的になって怒鳴って、ごめんなさい」

ココア「いいよ、私たち、そんなことで怒ったりしない!」

チノ「シャロさんは悪くありません!」

リゼ「そうだ。謝るくらいなら、生きてくれ……」

シャロ「ココアも、チノちゃんも、リゼ先輩も、千夜も。こんな私と今まで友達で居てくれてありがとう」

ココア「なに言ってるの……これからもずっと友達だよ……」

チノ「まるで友達じゃなくなるなんて言い方、やめてください……!」

リゼ「そうだ! 私たちの絆は、その程度のことで切れたりしない!」

シャロ「……さっきも言った通り、まだ死ぬって確定したわけじゃない。宝くじさえ当たれば、今まで通りなの」

シャロ「……しばらく1人にさせて。1か月後までに答えを出すから。3万円あれば、身に着けた節約術で、それぐらいは持つはず」

シャロ「だから、今日は帰って。お願い……」

―次の日―

シャロ「ん……んう……。朝か……」

シャロ(昨日はみんなが帰ってからすぐ寝ちゃったのよね……。こんなに寝ちゃうなんて、よっぽど疲れてたんだわ)

シャロ(学校とバイトをバックレたから、きっと電話がいっぱい、かかってきてるでしょうね)

シャロ(でも、スマホは盗られたから確認のしようがないし、家への訪問者は寝てたからわからないし)

シャロ(ま、もう2度と行かない所のことを考えても仕方ないか)

シャロ(にしても、今日は妙に暑いわね……)

シャロ(……なんか焦げ臭い?)スンスン

シャロ「……!?」

シャロ「も、ももも……燃えてる! 家が! も、燃えてっ!」

シャロ「火事だわ! み、水!」

ボキッ

シャロ「……あ……」

シャロ「蛇口の栓、折れた……」

シャロ「……」

シャロ「……はっ! 呆けてる場合じゃない、通帳だけでも持って逃げなきゃ!」

シャロ「はぁ、はぁ……。あ、危なかった……」

ゴォォ……

シャロ「あはは……。燃える燃える……」

シャロ(なにもかもが炎の中に融けてゆく……)

通行人A「うわ! 火事だ!」

シャロ(集めたカップ、思い出の写真、みんなから貰ったプレゼント……)

通行人B「消防を呼んだわ!」

シャロ(まるで、世界が私の死を後押ししてるよう)

通行人C「君、危ないから離れなさい!」

シャロ「はは……」

シャロ(そんなに死んでほしいの? わかったわよ、もうちょっとだけ待ちなさい)

シャロ(結果はその内、出るから)

ガチャ

千夜「なにかしら、騒がしいわ……えっ」

シャロ「おはよう、千夜」

千夜「ちょ、シャロちゃん……! お家が……も、燃えて……」

シャロ「そうね」

千夜(な、なんでそんなに冷静なの……?)

シャロ(誰かが通報してくれたから、10分くらいで消防が来て、火を消していった)

シャロ(幸い、甘兎庵や他の建物には燃え移らなかったけど、私の家は全焼)

シャロ(原因は私が窓際に置いていたペットボトルらしいわ)

シャロ(収斂火災ってやつね。つまり、私の過失)

シャロ(失火罪で30日以内に30万円払わなきゃいけなくて、払わなかったら刑務所で労働だって。私、未成年なんですけど)

シャロ(そこまでして私を働かせたいの? 絶対にお断りだわ)

シャロ(心配して付き添ってくれた千夜が30万円を出すって言ってくれた。もちろん断った)

シャロ(私が居るとどうしても千夜に迷惑がかかってしまう)

シャロ(だから警察署を出た足で、そのまま行方をくらませることにした。だけど……)

千夜「待って!」

シャロ(運悪く千夜に見つかってしまった)

シャロ「なにしに来たのよ」

千夜「どこに行くの」

シャロ「どこって……散歩よ、散歩」

千夜「嘘」

シャロ「嘘じゃないわよ」

千夜「行かないで」

シャロ「嫌よ」

千夜「う、う……」ポロポロ

シャロ「泣いたって、無駄なんだから。もう帰る家もなくなったし」

千夜「なら、甘兎に住めばいいわ」グス

シャロ「言ったでしょ? 迷惑はかけられないって。あんこも居て怖いし。……じゃあね。もう会うこともないでしょ」スタスタ

千夜「待っ……きゃっ!」ガッ

千夜「うう……痛……」

シャロ(千夜のやつ、ふらふらだわ。きっと、私以上に私の心配をして気疲れしてるのね)

シャロ(心配してくれるのはありがたい……。でもこれなら、簡単に振り切れる!)

タッタッタ……

千夜「……い、や……」

千夜「……行か、ないで……シャロ、ちゃん……」

―ラビットハウス―

ココア(シャロちゃんが消息を絶ったと千夜ちゃんから聞いて、1週間が経った)

ココア(今日もみんな、浮かない顔してる……)

ココア(千夜ちゃんは、しばらく学校をお休みした。ずっとシャロちゃんを探してたみたい)

ココア(今は登校してきてるけど、ずっと窓の外を眺めてぼーっとしてる。きっとシャロちゃんを探してるんだ)

ココア(私たちも、なにもしなかったわけじゃない。けど、収穫はなし)

ココア(みんなシャロちゃんを探したがってる。もちろん私も)

ココア(とはいえ、ずっとラビットハウスを放ったらかしにしてはおけないし、警察に任せて今はいつも通り働いてる。でも……)

リゼ「チノ……注文はブルーマウンテンだ。キリマンジャロじゃない」

チノ「あ……すみません」

リゼ「まったく……しっかりしてくれよ……ココアシックならぬシャロシックか? はは……」

チノ「……リゼさん、ラテアートにシャロさんの顔を描くのはやめてください。上手ですけど、お客さんがびっくりします……」

リゼ「す、すまん……。人のこと、言えないな……」

ココア(みんなずっと、こんな調子。私も同じだけどね……)

チノ「ココアさん、ぼーっとしてるくらいならチラシ配りでも行ってきてください。今日はお客さん居ませんし」

ココア「あ、うん……」

ココア(日に日にお客さんが減ってる気がする。このお店、大丈夫なのかな)

ココア(チラシ配りをしながら、一応シャロちゃんを探してみよう)

―道端―

ココア「喫茶店ラビットハウスです。10%割引券付きです……」

ココア「……暑い。誰も受け取ってくれないし……」

ココア(シャロちゃんは……居ないよね)

ココア「はぁ……」

ウーウー

ココア「パトカーだ、珍しいな。なにかあったのかな?」

千夜「……ココアちゃん……」

ココア「ひっ! ち、千夜ちゃん……。急に後ろから現れないでよ」

ココア(心臓が止まるかと思った……)

千夜「ごめんなさい……」

ココア「もしかして、今日も?」

千夜「ええ……」

ココア(その様子だと、千夜ちゃんも見つけられてないんだね……)

千夜「次は向こうの方に行ってくるわ……あっ」カクン

ココア「わっ!」ガシッ

千夜「ご、ごめんなさい……ありがとう」

ココア「急に倒れるなんて……今日はどれくらい探してるの?」

千夜「8時間くらい……かしら」

ココア「8時間!? 駄目だよ、ちょっとは休まなきゃ。千夜ちゃん体力ないし、潰れちゃうよ」

千夜「シャロちゃんを行かせたのは私の責任なの。私が転びさえしなければ……。だから……」

ココア(責任、感じてるんだね……)

ココア「もう歩けないでしょ。甘兎庵まで送っていってあげるから」

千夜「……ごめんなさい……」

ココア(送ってあげるなんて言っておきながら、私だけだと千夜ちゃんを運べなかった……。だからリゼちゃんを呼んで手伝ってもらったよ。私って非力だね……)

ココア(リゼちゃんはお店に戻っちゃったし、チラシ配りを再開しよっと)

ココア「喫茶店ラビットハウスです。コーヒーが自慢のお店です。よろしくお願いします……」

ウーウー

ココア(パトカー……今日は妙にうるさいね)

青山「あら、ココアさん。チラシ配りですか?」

ココア「青山さん。そうですよ、1枚どうぞ」

青山「クーポン付きなんですね。頂いておきます」

ココア「青山さんは今日もネタ探しですか?」

青山「ええ。でも悲しい話が聞けただけで、特にネタになりそうなものは」

ココア「悲しい話?」

青山「はい。なにやら自宅が火事になったのに罰金刑を科された人が逃げ回っているとか」

青山「火事で全てを失ったのに罰金だなんて……。かわいそうだとは思いませんか?」

ココア「そうですね。でも一体、誰だろう?」

青山「さあ……。そういえば、シャロさんを最近お見かけしないんです。どこに行っても会えなくて。知りませんか?」

ココア「いえ……。私も探してるんですけど」

ココア(……まさか、逃げてる人ってシャロちゃん?)

ココア(でも、家が燃えて罰金だなんて酷すぎるよ。法律のことはよくわかんないけど、シャロちゃん相手に警察の人もそこまでしないよね)

―1週間後―

シャロ「さて、今日は最後の宝くじ抽選日ね。すっかり野宿にも慣れちゃったわ」

シャロ「3万円、溶けるの早かったなぁ。今まで1円も当たってないから余計に早かったわね」

シャロ「できるだけ食費にお金をかけないために食べてた雑草とも今日でお別れ。さすがにこれには未練ないけど」

シャロ「もう結果が出てる頃だわ。確認しに宝くじ売り場まで行こうっと」

シャロ「今日に抽選される宝くじを買ってちょうど、私の所持金は0になった」

シャロ「つまり、これが外れたら私の人生は終了ってこと」

シャロ「逆に、当たっていれば人生の勝利者。輝かしい未来が待ってるわ」

―宝くじ売り場―

シャロ「か、確認するわよ……」

シャロ「はぁー……」

シャロ「……」

シャロ「当たれっ……!」

シャロ「……」

シャロ「……」

シャロ「……ふ、ふふ」

シャロ「あはは」

シャロ「あははははは!」

シャロ「アハハハハハハハハハハ!」

シャロ「1円も当たってない」

シャロ「そうよね。当たるわけないわよね」

シャロ「そんな都合よくいかないわよね」

シャロ「これで完全に退路は断たれたってことか。悲しいわね」

シャロ「はぁ……」

シャロ「……さてと、死ににいくとしますか。崖から飛び降りが一番、楽で確実に死ねそうね。準備も要らないし。山まで行きましょう」

―山―

シャロ「はぁ、はぁ……」

シャロ「やっと手頃な崖に着いたわ。なかなか見つからなかったわね……下調べくらいしておくべきだったかしら」

シャロ「ふぅ……夜の風は気持ちいいわね。今日は7月14日、もう充分に夏なのに」

シャロ「……そういえば、明日は私の誕生日だわ。ここに来るまでかなりかかったし、もう15日になってるかもしれないわね。時計がないからわからないけど」

シャロ「誕生日が命日になるのね」

シャロ「本当、惨めな人生だったわ。産まれてきてよかったなんて、嘘でも言えない」

シャロ「……少しくらい、自由に生きてみたかったなぁ」

シャロ「お金、時間、人間関係……」

シャロ「その全てから解き放たれて、生きてみたかった」

シャロ「結局、人生という名の冷たい檻に閉じ込められたまま、出られなかったわね」

シャロ「お母さん、お父さん。今から私もそっちに行くけど、怒らないでね」

シャロ「って、都合よく天国に行けるわけないか。じゃあ、天国も地獄もありませんように」

シャロ「あと、なにかの間違いで生まれ変わっちゃったとしても、兎にだけはなりませんように」

シャロ「きっと、もう15日になってる頃よね」

シャロ「誕生日おめでとう、私」

シャロ「それじゃあ、さよなら。……はは、誰に言ってるのかしら。誰も聞いてないのにね。最期まで私は馬鹿だったわ」

ザッ

――

――

――グシャ

・木組みの街で高2女子が自殺 過労原因か

木組みの家と石畳の街教育委員会は本日、
街内の高校2年の女子生徒である桐間紗路(きりま・しゃろ)さんが
付近の山で投身自殺したことを明らかにし、記者会見を開く、と発表した。

女子生徒は多くのアルバイトを掛け持ちしていたことが明らかになっており、
過労が原因となった可能性も含め、自殺に至った経緯や原因を調べるという。

街教委によると、女子生徒は7月14日に自殺を図り、15日未明に死亡した。

通っていた高校では、校長が学年集会などで生徒に説明。
生徒らからの聞き取りも始めたという。
街教委は心のケアのため、同校に臨床心理士を派遣した。

千夜(シャロちゃんのニュースは一部の新聞やニュースで小さく報道されたくらいで、あまり話題にならなかった)

千夜(芸能人や政治家、スポーツ関係者の不祥事の方が大事みたい)

千夜(シャロちゃんがどれだけ私たちにとって大切な人でも……)

千夜(その他の大勢の人たちにとっては、顔も知らない他人が死んだだけ、ということなのね)

千夜(きっと世界中に、シャロちゃんのような労働に苦しめられている人がいっぱい居て、今も苦しんでいるんだと思う)

千夜(でも、それも当然のことなのかもしれない)

千夜(種の進化を目的として遺伝子に刻み込まれた争いの本能は、生物である以上、人間であっても完全に抑え込むことはできないのだから)

千夜(獣は、餌を確保するためだったり、縄張りを守るために、たとえ同族同士であっても争う)

千夜(その過程で弱者は淘汰されてゆき、種としての力を、より高めてゆく……)

千夜(労働はきっと、自殺や過労死による自滅を促すことで弱者を淘汰するために生まれた、人間独自の同族殺しの争いの形なの)

千夜(でも、私はシャロちゃんが、ただの弱者だったとは思えない)

千夜(たぶん……シャロちゃんは進化の先に居たの)

千夜(けれど、その進化は力を伴うものではなかった)

千夜(人間は獣から進化する際に、生身で獲物を狩る力の多くを失ったけど――)

千夜(代わりに、道具を使うことによって他の生物よりも多くの獲物を狩る力を手に入れた)

千夜(それと一緒で、シャロちゃんも『なにか』を得た代わりに、戦う力を失ってしまったのね)

千夜(だから、負けてしまった……)

千夜(悲しいものね。強さを得るために進化しているはずなのに、その果てに手に入るのは弱さだったなんて)

千夜(これからもシャロちゃんのように『なにか』に辿りつく人は現れることでしょう)

千夜(でも、進化前の人間が世界を支配している以上、弱き者は淘汰される運命にある)

千夜(そして、多くの人間は進化できず、本能に突き動かされていることを気づけないまま生涯を終える)

千夜(労働によって人間同士が憎みあう社会は、これからもずっと続くのでしょうね)

千夜(私だって偉そうに語ってるけど、その支配から逃れられてはいないわ)

千夜(だって、甘兎を大きくする夢は、まだ捨てられていないから)

千夜(シャロちゃんの死によって得たこの考えは、私を進化には至らしめないでしょう)

千夜(進化は自分で気づいて初めてできるものであって、他人にさせてもらうものではないものね)

千夜(……なーんて、こじらせすぎかしら。こんなこと言ってたら、またココアちゃんに変な目で見られちゃうわ)

千夜(今度のメニュー名のネタにでもしよっと)

―崖―

千夜(私はシャロちゃんが命を絶った崖に、お花と新作の和菓子をお供えした)

千夜(それと……)

千夜「遅くなってごめんなさい、誕生日おめでとう、シャロちゃん」

千夜「これ、前に欲しがってたティーセットよ。みんなでお金を出しあって買ったの。喜んでくれたら嬉しいわ」

千夜「この世に産み落とされ、自分が生き地獄に突き落とされる原因になった日は、シャロちゃんにとっては嬉しくない日かもしれないけど」

千夜「私たちにとっては、シャロちゃんという、かけがえのない友達と出会うきっかけを作ってくれた素晴らしい日なの」

千夜「だから勝手で悪いけど、祝わせて?」

千夜「友達の誕生日を祝うのは当然のことなのだから」

千夜「あとね、嫌がるかもしれないけど、あんこやワイルドギースも寂しがってるのよ」

千夜「もちろん、兎の言葉はわからないわ。でも、私がこんなに寂しいんだもの。シャロちゃんに懐いてた子たちが寂しくないわけないわ」

千夜「それとね……」

千夜「……」グス

千夜「……あら、やだ……。ごめんなさい、シャロちゃんの前くらいでは泣かずにいようと思ってたんだけど……」

千夜「やっぱり、まだ駄目みたい……」ポロポロ

千夜「泣いちゃってごめんなさい。……また、来るわね。今日はゆっくりお話しがしたかったから私1人だけど、次はみんなと一緒に、ね」

千夜「……おやすみなさい、シャロちゃん」

(終)

シャロ...
貴方が死んでしまうのならしかたがない
自分も死にます... (寿命になったら

シャロ...
貴方が死んでしまうのならしかたがない
自分も死にます... (寿命になったら

\(^o^)/

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年08月10日 (金) 17:17:31   ID: yzpulAS4

ニートの長い言い訳をシャロ肩代わりさせるだけの話

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