渋谷凛「ふーん、アンタが私のプロデューサー?」 (34)

「ふーん、アンタが私のプロデューサー?」

そんなのが、彼女の第一声だった。

「冴えないだろ?」

と肩をすくめてやったら

「まあ、悪くないかな」

なんて答えが返って来た。
悪くないらしい。多分喜ぶべきことだったのだろう。少なくとも、良くないかなと言われるよりはずっと。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1528387652

アイドルマスターシンデレラガールズの渋谷凛のSSです。

モバマスの世界線を参考にしていますが、オリジナル設定です。

オリジナル設定は消化不良で終わるかもしれません。

地の文あり。

拙いところもあると思いますが、宜しくお願いします。

聞いたところによるとプロデューサーは大学生らしかった。いわゆるアルバイト。
正直どうなんだろうって思うところはあったけど、まだどんな人かも分かってないのに否定するのもいけないな、って考えて、出て来たのが

「まあ、悪くないかな」

…言ってすぐに後悔した。
取り繕うみたいに

「私は渋谷凛。よろしくね」

なんて言ってみたけど、プロデューサーはどう思ってたんだろう。もう一回会えたら、恥ずかしい過去を掘り起こしたくない気もするけど、やっぱり訊いてみたい。

「まだ事務所も小さいし、プロデューサーって言ってもやることはマネージャーに近くなる。つまり、渋谷の世話係だな」

プロデューサーは自分の仕事を、そう説明してくれた。

「あとは、多少は営業で仕事を取って来たりな」

「…それだけ?」

「だから暇なら誰でも出来る。そうじゃなきゃ大学生なんて雇われない」

「ふーん」

そんなもんか、と納得したような、しないようなで私は頷いた覚えがある。今考えれば、いろいろおかしいところはあったんだけど。

振り返ると、凛もよくあんな説明で納得したな、と思う。あるいは別に納得はしていたわけではないのかもしれないが。

「暇なら誰でも出来る」マネージャーにマネジメントされることは不安じゃなかったんだろうか。そうだとすれば、やはり凛は強い子だ。

「プロデューサーさんは免許を持っていないので、送り迎えは私がするか、あとはタクシーを使ってもらうことになります」

ちひろさんは俺の話を継ぐようにそう付け足した。ここでさすがに凛も少し怪訝そうな顔をしたが、しかし彼女は

「分かった」

と答えた。
そうして、凛と俺との関係は始まった。

仕事は初めのうちはやはり少なかったけれど、特に摩擦が起こるようなことはなかった。
それもそのはずだ。免許も特殊な技能も経験もない初対面の大学生を信頼してくれるような、優しくて大胆な子なのだ。
俺もそれなりには気を使って接するわけで、揉めごとなんて起きるはずはなかった。

私とプロデューサーの関係性はほとんど問題なかったけど、一度だけ、私は彼に噛み付いたことがある。私の最初の仕事、というか最初の仕事の前の準備として、宣材写真を撮ったとき。
なかなか笑顔が作れなくて行き詰まった私がスタジオの外に出ると、プロデューサーが1人で煙草を吹かしてたんだ。
なんだか、私が頑張ってるのにプロデューサーは真剣じゃないみたいで、気づいたらすごく怒った声になってた。

「プロデューサー、何してるの?」

「ん。待ってた」

「…何を?」

「渋谷の撮影が終わるのを」

「なんで?」

「何が」

「なんでそんな風なの?私の撮影に、興味ないの…?」

このとき、多分私、少し泣いてたんだろうな。撮影の不安とプロデューサーへの不信が混ざって。私の顔を見た彼はハッとした表情をしてた。

それで、プロデューサーは静かに煙を吐き出してから、はぐらかすのはヤメだ、とでも言うみたいに首を軽く振って、私の方を見て言った。

「まあ、正直、今回はないよ。興味は」

って。
それから、私が何か口にする前に

「渋谷が真剣に悩んでるから俺も真剣に答えるけどな。俺は、事務所で撮ってあった制服のやつが一番魅力的だと思うから」

って続けた。

「だから今日は渋谷が満足するまでやったら帰ろうと思ってた。それで、良いのが撮れなかったってちひろさんには説明しようと」

「適当なこと言わないでよ」

「適当じゃない。気持ち悪いとは思うけど」

そう言いながらプロデューサーは私にスマートフォンを投げてよこした。ロック画面は仏頂面で制服を着た私だった。

「…普通に気持ち悪いかな、これは」

「だろうな。バレたから変えるよ」

私は頷いた。頷いたとき、もう自分が怒ってないことに気づいた。
そのあと私は何のつもりか、試しに、ロックキーに私の誕生日を打ち込んでみた。それもしたり顔で。

「何してるんだ?」

「別に。…これ、返すよ」

もちろんロックはあかなくて、あれは結構恥ずかしかったな。

そういえば凛を一回だけ泣かせたことがあった。
その時になりゆきで凛にスマートフォンを渡したのだけれど、何を思ったか彼女は0810とロック画面をタップしだしたのを鮮明に覚えている。八月十日は凛の誕生日だ。それが正解じゃないと気づいた彼女の恥ずかしそうな表情もなかなかのものだったが、俺も内心は穏やかじゃなかった。
本当の暗証番号は0401。
俺と凛が出会った日付だ。
また

「普通に気持ち悪いかな」

なんて言われそうだが、一度決めてしまうと変えるのも面倒で、今でも俺のたいていの持ち物はその四桁であけられる。

…そういえば誕生日と言えば、凛は俺の誕生日にわざわざプレゼントをくれた。

「別に、大したものじゃないよ」

そう言っていたけれど、随分洒落たブレスレットが蒼い箱に入ったそれは、俺にとってはかなり大したものだった。

「ありがとう」

「いつも助けられてるからさ」

なんてやりとりをしたのも、彼女らしく言えば、「悪くな」かったと思う。
ブレスレットのデザインが少しレディースライクなのは、彼女自身が欲しかったものを選んでくれたからだろう。
不器用で、優しい凛らしい。

先に私がプレゼントを渡したからかもしれないけど、プロデューサーはちゃんと私の誕生日を覚えてて、お祝いもしてくれた。
まあ正直しばらく夏休みでお仕事もレッスンもなかったのに、八月の十日だけ事務所に行くことになってたから、ちょっと期待してはいたんだけど。

事務所に着くと、いつも2人で喋るときに使うソファの前の安っぽいテーブルに、どうみても安っぽくはない、それどころかかなり良いものって感じのするケーキが置いてあって、プロデューサーはなんでもない風に

「誕生日おめでとう」

なんて言った。
私はお礼を言ってからそれを食べたけど、何だか1人で食べてるのを見られてるのも心地悪くて

「プロデューサーも一口いる?」

なんてたずねたんだ。あれは失敗だったな。
何も気にならないみたいに、プロデューサーは

「いいのか?」

ってだけ言って、私が差し出したフォークで、そう、確かに私が差し出したんだけど、一口ケーキを口にした。それから顔色ひとつ変えずに

「うん、美味しい。良い店のだから美味しいはずだとは思ったけど、良かった」

とか言ってた気がする。
私は別に変にプロデューサーのことを意識してたわけじゃなかったし、間接キスとかそういうのに無頓着な方だったと思うんだけど、なんか1人で悶々としてた。

そして、食べ終わってしばらくして、プロデューサーは

「帰るか?」

って急に訊いてきた。

「夜は家族といたいかと思ってさ」

私は毎年誕生日は両親とハナコと過ごしてたから、たしか、特に躊躇うこともなく頷いたはずだ。
今思えば、あの年くらい、プロデューサーと誕生日の夜を過ごしても良かったかもしれない。

「じゃあ、改めてハッピーバースデイ」

そう言って私の家の前で首にシルバーのネックレスをかけてくれたプロデューサーは、そのまま車に乗って去っていった。

俺はプロデューサーをやってた時期も、だいたいにおいて暇だった。その前はもっと暇だったけれど、いろいろあってCGプロの社長に拾われたわけで、少しは忙しくなるんじゃないかと入社時は思っていたのだが。
兎に角そういうことで、時間に余裕のあった俺は春学期のうちに免許も取り終えたし、学業の方も単位だとかそういうレベルの話でよければほぼ完璧にこなしていた。

そこに変化がおとずれた。8月から9月にかけて、大学の夏期休暇に差し掛かったのである。

休みの間はさらに暇で、特に9月は世間の休みは終わりでアイドルの仕事が少し減る、とりわけ凛のような売り込み中のアイドルはイベントが減ると仕事も大きく減る、そういう月なのに俺だけ学校もないものだから、腐るほど空き時間が生まれた。
だから俺は今まで免除されてきた事務や、本格的な営業にも手を伸ばすことにした。
有り体に言えば暇を持て余したのだ。

「でもプロデューサーさんは飲み込みが早いですね。このままじゃ私のやることがなくなっちゃいそうですよ」

ちひろさんはそう笑ってくれたが、勿論お世辞なのは分かっていた。彼女はそんな風に喋りながらも、俺の5倍は速いペースで事務をこなしていたのだから。

「あはは…うーん、でも本当に、特に営業方面は、才能あると思いますけどねぇ」

戯れにお世辞でしょうと指摘すると、そう答えてちひろさんは優しげな顔をした。それは、嘘ではなかったかもしれない。
俺は営業を始めて二週間である作曲家に気に入られ、次の週には凛の専用曲が作られることになったのだから。
加えてライブシアターでも評判はまずまずだったようで、その次の週のうちには合同ライブのトリ手前で新曲発売の機会が設けられることになった。
俺が関わり出した頃に一気に凛の活動に進展があったのは九割がた偶然だろうが、ともかく、そこから彼女は一気に前に進み出した。

undefined

凛はもともと芯の強い子だった。というだけでは正確ではなく、というのもそれなりに表面も強い子ではあったわけだが、それでも初ライブまではやはりどこか危うさのようなものも感じられていた。
それが、あの日以降、ほとんど克服されてしまったようだった。
ラジオの収録をすれば危なげなく、ときに可愛く。CMでは求められた以上のクールさと美しさを見せ。ドラマにもわりあい出番の多い脇役で出られるようになっていった。

そもそも例のライブも本人が納得していなかっただけで、クオリティは初ライブにあるまじき高さだったのだ。
つまり客観的に言えば凛は、1つの失敗もなくとんでもないスピードでアイドル人生を駆け抜けていたわけだ。

トップアイドルにはまだ遠い。けれど明らかにそこに至る力と速度を彼女は持っていた。

「天賦の才だな」

秋空を見上げ、事務所の屋上で花粉に花をこすりながら、俺はそう独りごちた。

そうした折だった。
俺は解雇されることになった。

「すぐにというわけじゃないんですが」

とちひろさんは言いづらそうに顔を俯けながら付け足してくれた。
彼女のせいじゃない。むしろクビの宣告という嫌な役回りをやらせてしまって申し訳ないなと俺は思った。

「必然といえば必然です」

そう、正直に言った。
凛には才能がある。俺にはない。良いタッグではないに違いなかった。
社長としても妥当な判断をしたにすぎない。

「むしろあんなだった俺を一年でも拾ってくれただけで、あの方には感謝してます」

「すみません」

俺の言葉にちひろさんは誤ったが、それは慰めの嘘をつけない代わりの謝罪のようだった。

「…分かってました。確かにこのあたりが俺の限界でしょう」

春まで俺を置いておいてくれる。それだけでも社長の優しさがなければあり得なかった話だったろう。
クリスマスも年越しも凛と過ごせる。それで、十分すぎると思えた。

後任には本職の優秀な人がつくことになり、島村と本田という2人のアイドルもそれに合わせて合流すると聞いた。

今のニュージェネレーションはそうやって結成された。俺は凛以外の2人には何度か挨拶をしたことくらいしかない。

人生で一番ふざけた時がいつかって訊かれても、答えるのは難しいと思う。別に、そんなに優等生な態度でばっかり生きて来たわけじゃないし、あのときはふざけてたなぁ、なんて思い出はたくさんある。
でも人生で一番「まじめにふざけた」ときはっていう質問なら、それはすごく簡単。

「ハッピーハロウィン」

そう言って仮装までしながらプロデューサーに飛びかかった、あの年のハロウィンに違いない。
真剣に準備して、本格的なコスプレもちひろさんに習って、得られたのはよく分からない小洒落たキャンディ一つだった。

「これでいいか?」

なんて笑いながらプロデューサーはその飴を私に手渡して、それから保護者が子供を見るみたいな目で

「別に、悪戯もしていいよ」

なんて言ったんだ。
私は

「別にいい」

ってそっぽを向いた。だけど結局我慢できなくて、用意してた仕掛けをあれやこれやってプロデューサーにぶつけたら、プロデューサーはやっぱりちょっと癪に触る優しい目をするばっかりだった。

もうその頃には私は、プロデューサーが事務所を辞めるのを知ってたし、ゴネてどうにかなるような話じゃないんだろうな、って悟ってた。
プロデューサーもあんまり多くは語らなくて、でも

「ここにいる間は全力でやるから、頑張ろう」

って言ってくれた。だから私は余計なことを考えるのはやめて、少し感傷を取っておくことにした。
まあ、ただの先延ばしだけどね。

でもそれで良かったと思ってる。
おかげでアイドルに集中できたし、その頃から一緒に練習することが増えた卯月や未央とも打ち解けられたから。
もしプロデューサーとのお別ればっかり考えて過ごしてたら、きっと初対面の未央たちに暗い奴だって思われてたんじゃないかな。

…2人?今でも友達だよ、もちろん。

凛は俺が想像してた中で、最も理想的な反応をしてくれた。
悲しんでくれて、でも変にマイナスの感情を膨らまさない。凄い子だ。

ただそれでも何もかもいつも通りという訳にも、さすがにいかなかった。例えば、凡ゆる一年に一度の行事、つまりハロウィンやクリスマス、正月といったもののたびに、これが最初で最後だな、などと考えてしまう。それはどうしようもないことだと、俺たちは割り切るようにしていた。
そして、感傷までも楽しむみたいに、笑いあった。

大学の方は秋学期も恙無く終わり、プロデュースに重心を置き始めたせいもあって6個だか8個だか単位を落としはしたが、とりあえず次の学年への進級はほぼ確実になっていた。

クリスマスは当日に凛と島村さんと本田さんの単独ライブが小劇場であって、そうしてニュージェネレーションが世間に姿をあらわした。合同曲は一番実績のあった本田さんのプロデューサーが担当したから、俺は専ら凛ばかり相手にしていたが。

…それから、簡単な打ち上げのあと事務所の近くのレストランで深夜のディナーを食べて、俺と凛はプレゼントを交換しあった。

「家族とじゃなくて良かったのか?」

「イヴがそうだったから」

と言ってから凛は、

「でも普通逆かもね」

と呟いた。

「逆?」

「クリスマスが家族と過ごす日で、イヴは…」

そこまで言って凛は止まった。
イヴは恋人と、と続けようとしたのが、口の形で分かった気がして、俺のもどかしいような、焦がれるような、そんな感覚に支配された。

別にそんな決まりはないだろ、とか、クリスマスっていうのは24日の日が暮れたらそうだんだよ、とか、意味のないことをまくしたてた記憶がある。

undefined

undefined

undefined

undefined

undefined

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom