まゆり「トゥットゥルー!」岡部「・・・え?」 (342)

俺は。

まゆりが死ぬα世界線。

紅莉栖が死ぬβ世界線。

絶望しかない二つの未来を、認めなかった。



そしてたどり着いた、SG世界線。

もう、誰も死なない。

もう、誰も傷つかない。



俺は、運命に勝利した――。

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10月――

ダル「ちょ、オカリン!」

岡部「ん?」

ダル「手元見ろし!ドクペこぼれてるお!」

岡部「ッ!我が混沌より生み出されし千枚敷が・・・!」

ダル「カーペットにこぼれただけだろ常考」

岡部「ええい、ダァルよ!ふきんを持って来い!」

ダル「[ピザ]のケツの重さはハンパじゃないお」

岡部「まゆりーっ!!」

まゆり「なぁにオカリン?」

岡部「ふきんをもってきてくれ!」

まゆり「嫌なのです☆」

岡部「えっ・・・」


まゆり「嘘だよオカリン。すぐ持ってくるね」

岡部「あ、ああ・・・頼む」

まゆり「はい、オカリン」

岡部「さぁすがは我が人質ッ!エロゲ三昧のメタボハッカーとは訳が違うな」

ダル「大学生の中二病患者に言われたくないお」

まゆり「・・・」

岡部「・・・まゆり?」

まゆり「・・・」


ダル「まゆ氏?だいじょぶ?」

まゆり「えっ?あ、あは、まゆしぃ疲れてるみたいなのです。今日は帰るね?じゃあね、オカリン、ダル君」

ダル「・・・」

岡部「・・・ダルよ、なぜこちらを睨む」

ダル「オカリン、まゆ氏となんかあったん?」

岡部「心当たりはないが・・・」

ダル「まゆ氏アメリカから帰ってきてからずっとあんな調子でない?」

岡部「そうか?確かに元気がないように感じないこともないが」


ダル「・・・原因はオカリン。間違いないお」

岡部「なにっ!?ッ俺だ、我がフェイバリット・ライト・アームが機関からの精神攻撃を受けている!くそッ奴らめ、」

ダル「とりあえず謝っといたほうがいいと思われ。んじゃ僕も帰るお」

岡部「なっ!?おい待てダル、」



ラボのドアが、静かに閉まる音がした。

アメリカでの、正確に言うとそれ以上の紆余曲折を経て、俺と紅莉栖は結ばれた。

告白の後、ホテルに戻った俺たちはラボメンに事の経緯を説明した。

紅莉栖は恥ずかしがっていたが、俺はラボメンに隠し事をする気などさらさらなかったのだ。


フェイリス「ニャニャーッ!?凶真、ひどいニャン!フェイリスと凶真は前世からの誓い合った仲ニャのにィーッ!!」

るか「わ、わ、おめでとうございます、おか・・凶真さん、牧瀬さん」

ダル「もしもし、俺だ、今機関の精神攻撃を受けている。作戦名はオペレーション・リアジュウバクハツシロだ」

紅莉栖「あ、ありがとう・・・。で、でも勘違いしないでね!?まだキス以外のことは・・・」

フェイリス「もうキスしちゃったのかニャ!?凶真っ、だいたーんッ!」

ダル「その話kwwwwsk」

紅莉栖「あ、あうう・・・」


まゆり「・・・」

岡部「シャーラップッ、ラボ・メンバーズよ!このメァァーッドサイエンティスッの鳳凰院凶真がキスなどするはずがなかろう!」

ダル「オカリン、顔が真っ赤なのだぜ」

フェイリス「つよがっちゃってかわいいニャ♪」

るか「岡部さん・・・かわいいです」

岡部「やかましいっかわいくなどはない!!こ、この鳳凰い・・・ん?メールか?」

まゆり「あ、萌郁さんにまゆしぃが送っておいたのです☆」

岡部「まゆりいいーッ!!」

その日はまゆりとルカ子の部屋に全員集まり、深夜まで騒いだ。

まゆりが寝てしまったのでそろそろおひらきにしようか、と紅莉栖が言い、各自の部屋へ戻った。

フェイリス「凶真はクーニャンとおんなじ部屋がいいんじゃないかニャン♪シングルベッドでニャンニャン♪」

ニャンニャンが別の意味に聞こえたのは言うまでもない。そこは紅莉栖の照れ隠しの断固拒否で、俺たちは別々の部屋で眠ることになった。

部屋に戻るとダルがその巨体でベッドを占領しており、大きな寝息を立てていた。

俺は白衣を脱いでハンガーにかけると、なんとなく夜風に当たりたくなったので部屋を出た。




古びた手すりに腕をかける。

風が俺の髪を静かに揺らし、月は優しく俺に笑んでいた。


幸せすぎる。




そう、思った。

今でも目を閉じれば、額から血を流すまゆりが。血まみれになって倒れている紅莉栖が、脳裏に蘇る。

そして、その傍らで何もできず、ただバカみたいに突っ立っている自分も。

それだけじゃない。

父親を失うことを決意したフェイリスの、眼。

女になりたいという願望がかなったのに、まゆりのためにそれを捨ててくれるといった、るかのあの笑顔。

どちらも涙が頬を伝っていた。


MR.ブラウン。桐生萌郁。天王寺綯。阿万音鈴羽。



なかったことには、してはいけない。


なかったことには、してはいけない。

「オーカリン♪」

気が付くと、横にまゆりが立っていた。


岡部「まゆりか。お前寝たんじゃなかったのか」

まゆり「えへへ~まゆしぃはお腹がへったのです」

岡部「まったく・・・熊かお前は」

まゆり「がおー」

岡部「ッフフ」


まゆり「オカリン」

岡部「なんだ?」

まゆりはてすりに腕をかけ、俺と同じ方向を向いた。


まゆり「オカリン、なにかつらいことあったのかなぁって、まゆしぃは思うのです」

少し、――ドキッとした。


岡部「何を言っているのだ。客観的に見れば、俺は今幸せの絶頂に・・・」

まゆり「ちがう、ちがうよオカリン」

岡部「違うことなど、あるものか・・・」

まゆり「まゆしぃはよくわからないけど、オカリンはなにか悩んでいる気がするのです」

岡部「そんなものは、ないっ!!」

まゆり「!」



まゆり「オカ、リン・・・?」

岡部「はぁ、はぁ・・・すまない」

まゆり「・・・うん」


俺は、俺は、わかっていたはずだ。

この世界線は、SG世界線。もちろん俺が何度もタイムリープを繰り返したα世界線の影響を一切受けていない世界。

ここでは、るかは女ではない。フェイリスの父は死んでいる。阿万音鈴羽はまだ生まれていない。


そして牧瀬紅莉栖は、運命に抗おうとして共に戦った相棒、ではない。

微弱なリーディングシュタイナーが働いているとはいえ、所詮おかしな夢としか認識されない。


口げんかをしたことも、プリンを勝手に食ったことも、一緒にIBN5100を運んだことも、



――――キスしたことも。



覚えてはいない。

もちろん同じ状況になったとしたら、今の紅莉栖も俺を助けてくれるだろう。それは断言できる。

だが彼女にとって俺は、ただの命の恩人であり、実質二週間程度を一緒にのんびりとすごしただけの存在なのだ。



不安なのだ。記憶と経験の違いが、やがて二人に齟齬を生むのではないかと。

岡部「・・・まゆり、部屋にもどってくれ。俺はひとりで考えなければならないことがあるのでな」

まゆり「いやだよ」

岡部「まゆり?」

まゆり「いやだっていったの」


まゆりが、こんなに強く感情を露にするとは。

俺は思わずたじろいだ。


岡部「ま、まゆり・・・」

まゆり「オカリン。ずっと前まゆしぃに、全部終わったらお話してくれるって言ってくれたよね?」

岡部「な、」


まゆり「今がそのときだと思うのです」

岡部「待て!俺はそんなことは言っていないぞ!?」

言った。確かに言ったが、それはまゆりが死ぬ世界、β世界線での話だ。

なぜまゆりがその記憶を?まさか、リーディングシュタイナーが――



まゆり「ううん、オカリンは言ったよ。こうやってまゆしぃの手をぎゅーってにぎって」

岡部「まゆりお前・・・」

まゆり「そのあとまゆしぃはしんじゃうんだけど・・・でも、ちがうよ。夢なんかじゃない」

岡部「違う・・・それはゆ」


まゆり「オカリン!!」

岡部「ッ!」

俺は辺りを見回した。幸いにも、起きてくる宿泊客はいなかった。


まゆり「話してよ・・・まゆしぃに・・・」

まゆりの眼には涙が溜まっていた。


まゆり「オカリンの力になりたいよ・・・」


岡部「あ、あ・・・」


もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。震える唇で、追い詰められた俺が出した答えは、



岡部「ふ、フゥーハッハッハッハ!!俺は稀代のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真っ!!誰の力も借りず世界を混沌に陥れる、孤独な支配者なのだァ!!」




設定に逃げることだった。

まゆり「オカリン・・・」

岡部「ではな、まゆり!風邪を引くことのないよう、頭まで布団をかぶって寝るのだぞ!!」


まゆりから遠ざかり、角を曲がった瞬間俺は走り出した。

なにがマッドサイエンティスト。

なにが鳳凰院凶真。


まゆりを守るために作り出したものが、今、まゆりを傷つけている。


岡部「うう、っうおおおおおぉぉ」



その日はホテルに帰らなかった。

路上でずっと、月を眺めた。

このことはまだ、ダルには言っていない。

だが気のつく奴だ。今日のまゆりを見る前から、どうも感づいていたらしい。

紅莉栖にも言っていない。アメリカで頑張っているあいつに、なるべく負担はかけたくない。



まゆりに、すべてを話そうか。


そんな想いがふと胸をよぎった。


岡部「だめだ」

俺はラボの電気を消した。

翌日――

岡部「ごきげんようぅぅッ!ラボメン諸君っ」

ダル「僕しかいねーお」

岡部「ぬぁにぃッ!?平日だからといってたるんでいるな。たるむのはダルの下腹部だけで十分だというのに」

ダル「屋上にいこうぜ・・・久々に・・・切れちまったよ・・・」

岡部「むっ!!ドクペが切れているではないか!!ゆくぞダル!」

ダル「無視ですねわかります」


スーパー――

岡部「ふむ・・・これくらいでよかろう」

ダル「買いすぎだろ常考。今は牧瀬氏いないんだから・・・これくらいでよくね?」

岡部「なっ・・・ダル貴様、我がラボの知的飲料がこれだけ必要なのがわからんのか!?」

ダル「おしえて!岡部先生!」

岡部「ふむ・・・仕方がない教えてやろう。あれは7000万年前の地球・・・」



ダル「すいませーんこれだけお願いします」

岡部「レジに出すなぁぁぁッ!!」

岡部「まったく、とんでもない右腕だ貴様は」

ダル「フヒヒ、サーセン」

岡部「こんなにダイエットコカコーラばかり買って・・・俺はどうすればいいのだ」

ダル「オカリンはそろそろダイエットコカコーラのうまさに気づくべきだお!こんなにおいしいのに痩せられる、これこそ最高の知的飲料だお!」

岡部「やせとらんではないか」

ダル「・・・」

岡部「やせとらんではないか」

ダル「・・・てへぺろ☆」

岡部「ラボの資金は無限ではないんだぞ?今だって俺は毎日MR.ブラウンから恐るべき脅しを受けているのだ」

ダル「MR.ブラウン。またの名を?」

岡部「タコハゲ坊主。ロリコン」

ダル「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

天王寺「おお、岡部に橋田じゃねぇか」

岡部・ダル「!?!?」

天王寺「昼間っからこんなとこほっつきあるきやがって。大学生ってのは気楽でいいなぁおい」

ダル「・・・い、いえ」

岡部「MR.ブラウンこそ・・・ごきげん麗しゅう・・・」

天王寺「いいや、それがそうでもねぇんだよ」

岡部「え?」

天王寺「どっかのバカふたりがよぉ、俺のことをハゲだのロリコンだのいいやがってよォ~」

ダル「」

岡部「走れダルぅぅ!!」



天王寺「てめえら綯の前でいいやがったら、ボッコボコにすっからな!!!」

公園――

岡部「ぜぇー、ぜー」

ダル「はぁー、はあ、死ぬかと思ったお・・・」

岡部「くそっドクペさえ飲んでいれば」

ダル「妄想乙・・・」


その後俺たちは言葉を交わさずに、ふたりでダイエットコーラを飲んだ。

いつの間にか時間がたち、太陽がしずもうとしていた。


ダル「オカリン」


そんな静寂を、ダルは唐突に破った。

ダル「オカリンは牧瀬氏の、どこが好きになったん?」

岡部「急だな。なぜだ」

ダル「なんとなくだお」

岡部「そうか。・・・では聞かせてやろう、奴と俺は幾多の世界を戦い抜き、共に愛を誓い合ったプァァートゥナァなのだ!!結ばれることは必然!!それこそがシュタインズゲートの・・・」

ダル「選択、か。そうかもわからんね」

岡部「え?」

いつもならため息をついて妄想乙、というはずなのだが。

今日のダルはどこか遠い目をしている。


岡部「ふ、フゥーハッハッハ!!ようやく我が崇高なる知識を読み取ることができたか、我が右腕よ!」

ダル「そんなんじゃないけど。二人は何度も何度も話し合って、まゆ氏を救うために助け合ってたんだから不思議はないかなって」


岡部「・・・!?」


ダル「なんて顔してんだよ、オカリン。夢の話なのだぜ?」

岡部「ダル・・・」



ダル「でも、夢じゃない気がする・・・」

岡部「何を言っているダルよ。とうとう夢と現実の区別もできなくなったか?」

ダル「・・・オカリン。おしえてくれよ。さっきの表情から見てするに、何か知ってるんだろ?」

岡部「それはただの夢だ。お前は疲れているのだ」

ダル「・・・まゆ氏が死ぬんだ。ラボに変な奴らが入ってきて、まゆ氏を撃って、僕は大声を上げるんだけど、何もできなくて、」

岡部「ダルッッ!!!」

ダル「す、鈴羽、・・・鈴羽が、僕のむす」

岡部「!!・・・ッつ」


俺は力の限り、ダルの頬を打った。

ダル「・・・」

岡部「・・・すまない」

ダル「いや、ありがとう。今日はもう、帰るお。またな、オカリン」


ダルは帽子を拾ってから暗がりに消えた。

公園には、苦渋の表情を示す俺だけが残された。

数日して、ルカ子、フェイリスも同じようなことを匂わしてきたが、軽く流した。


岡部「なんでだよ」

ラボの床にねっころがって、ひとりつぶやいた。


岡部「シュタインズゲートは、みんなが幸せになれる世界線なんじゃないのかよ・・・」

電話レンジ(仮)は、なんでこの世に生まれてしまったんだろう。神様はよっぽど俺のことが嫌いなのだろうか。


あんまりだ。あんまりじゃないか。苦労して苦労して、やっとここまできたっていうのに。


その結末が、これか。


岡部「どうすれば、いいんだよ・・・言えばいいのか、洗いざらい?」


だめに決まってる。言ったってみんなを苦しめるだけだ。

岡部「くそ・・・」



ラボのドアが、開く音がした。

岡部「誰だ、深夜二時だぞ?まゆりか?それともダル」

???「おっじさァーん!!いる?オカリンおじさぁーん」

岡部「!?」

まさか。そんなはずはない。あいつが、あいつが――



鈴羽「あっいた!!オカリンおじさん!」

岡部「やはり・・・鈴羽!? お前なぜここに、まさか・・・まさか第三次世界大戦が、もしくはディストピアがっぐぇ!!」

鈴羽「はーい詳しい話はあとあと。いくよ!」


岡部「どどこへいくのだ!?」

鈴羽「タイムマシンのあるところだよ」

岡部「タイムマシンだと!?なぜっぐをあ!!」

鈴羽「まずは車に乗って!!案内しながら説明するから!!」

期待だ

岡部「鈴羽・・・お前車に乗ったことあるのか」

鈴羽「あるにきまってんじゃん!」

岡部「ではぬァァんだこの蛇が通るようなデュライビングはッ!!」

鈴羽「あはは、未来では自動運転でさ、この時代の車って大変だねっ・・・と!」


瞬間、体験したことのないGが俺を襲う。


岡部「ふぁぁぁ、ちょっ、ま・・・おろせ!!」

鈴羽「ちょっとおじさん!暴れちゃだめだってば!!」

岡部「スピード出しすぎではないか!?」

鈴羽「奴らが来るからね」

岡部「奴ら?」

鈴羽「・・・きた」

窓の外を見ると、銃を持ったバイクの男が並走していた。

鈴羽「邪魔くさいなぁ」

鈴羽はハンドルを豪快に回し、車の横っ腹をバイクにぶち当てた。

岡部「おわァーお!!!!」

バイクは派手に転倒し、窓の景色から消えていった。

岡部「おおーーい!! ま、まずいんじゃないのかァこれぇ!?」

鈴羽「いきてるよ多分。着いたよっ」



ラジ館の屋上にはタイムマシンが突き刺さっていた。

岡部「な・・・」



冷や汗が、一気に噴き出すのがわかった。

震える足で車を降り、ラジ館の階段を上る。


間違いない。

何度も何度も見てきた。そして、実際に乗り込んだ。これは――




岡部「タイムマシン・・・」


なんとか鈴羽に目を向けると、神妙な面持ちでタイムマシンをにらんでいた。


岡部「な、ぜ・・・」

鈴羽「・・・岡部倫太郎。よくきいて」













鈴羽「ここは、シュタインズ・ゲート世界線じゃない。」



岡部「・・・」


岡部「何を・・・何を言っている・・?」


鈴羽「・・・」

岡部「シュタインズ・ゲート世界線じゃあない・・・?」


岡部「冗談はよせ・・・ふざけるのもいい加減にしろ!!!!」

岡部「何人もの仲間の思いを犠牲にして・・・やっと、やっと辿り着いたんだぞ。どれだけ、どれだけ・・・!!」

鈴羽「おじさん」

岡部「ここではまゆりは死なない。紅莉栖は生きていける。そうだろう。そう言われたから跳んだんだ!!!!」



岡部「ここへ来たんだ!!!!」

鈴羽「おじさん!!!!」







鈴羽「説明するよ・・・すべてを。だからまずは、このタイムマシンに乗って」


岡部「・・・っ」

鈴羽「結論から言う」



鈴羽「未来ではディストピアが形成された。自由が無くなった」


岡部「なぜ・・・なぜだ。タイムマシン理論は燃えたし、俺はDメールを送っていない!! そもそも電話レンジ(仮)が無いこの世界線で、SERNや大国がどうやって・・・」

鈴羽「違うよおじさん。SERNも大国も、未来では力を持っちゃいないよ。ディストピアを形成したのは、世界で唯一完璧なタイムマシンを作り出すことのできる人物――わかるよね?」

・・・ダルは。

この世界線では、タイムマシンを、見ていない。

紅莉栖?いや、奴のタイムマシン理論は、封印するように俺が言った。




岡部「俺・・・?」

岡部「そんなばかなことがあるものか! 俺がディストピアを形成するなんて、そんなことが」

鈴羽「おじさん。私たちはこれから、過去のある期間へ跳ぶの。なぜなら、その期間こそが、すべてを狂わしている原因だから」



岡部「・・・まさか」



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まゆり『オカリン。ずっと前まゆしぃに、全部終わったらお話してくれるって言ってくれたよね?』

まゆり『話してよ・・・まゆしぃに・・・』

まゆり『オカリンの力になりたいよ・・・』

----------------------------------------------------------------------------------------------------‐‐






岡部「10月14日のアメリカ・・・!?」


鈴羽「正確には、10月14日から15日のアメリカだけどね」


鈴羽「おじさんはあの日をきっかけに、ラボメンをだんだん信じられなくなって、溝が出来てしまった。すごく私のこともかわいがってくれたんだよ?でもある日突然、ラボを解散して飛び出した」

鈴羽「おじさんはある研究機関と政治家を抱き込んで、タイムマシン製作をもちかけた。一方でラウンダーを募って自分の軍団を完成させると、研究者と政治家を全員殺した」

鈴羽「おじさんは刃向かう者、出し抜こうとする者を利用するだけ利用して全部殺した。権力者を裏で動かし、世界情勢を意のままにしようとした。そんなおじさんをとめるために父さんと紅莉栖さんはタイムマシンを開発したんだ」

鈴羽「そしてあたしが過去へ跳んだ。もう完全にリーディングシュタイナーを発現してた二人は、原因もわかっていたんだ」

岡部「やはりあいつらは・・・すべてを思い出すのか・・・?」

鈴羽「そうならないようにするんだよ!オカリンおじさん!!」

鈴羽が俺の手をぎゅっと握った。

鈴羽「みんなが何も思い出さなければオカリンおじさんがつらい思いをすることは無い!つらい思いをしなければラボは解散しない!そうすればディストピアは形成されないの!おねがいおじさん・・・もうみんなのあんな顔、見たくないんだよ」

岡部「ふ、フゥーーハッハッハ!!この鳳凰院きょう・・・」

鈴羽「それ」


鈴羽「未来のおじさんは、鳳凰院凶真として崇められてる」


岡部「・・・鈴羽よ。そんなものは紛い物にすぎん」

岡部「本物の孤独の科学者、狂気のメァァッドサイエンティストはこの俺一人!!」


岡部「この鳳凰院凶真がお前の未来を救ってやる!!」



紅莉栖の時とは違う。

あの時は未来の俺が過去の俺を助けてくれたが、


岡部「作戦名はオペレーション・スクルド・・・」


未来の俺が立ちふさがるというのなら―――この俺がその野望を、打ち砕くッ!!



岡部「リバァァーースだッ!!!!!」



真実のSG世界線へ跳ぶため――

仲間と、もう一度心から笑いあうため――



運命を、変えてみせる。

10月14日、アメリカ――


鈴羽「おじさん! まずは原因を掴むために、色々なところを調べてみて」
おう
岡部「うむ」

鈴羽「じゃ、また例の場所で!」

岡部「ああ。幸運を祈る。お互いに、な」


鈴羽が行ったあと、俺は雷ネットの会場を目指した。

ここからならばそう遠くは無い。時間もまだある。


そうわかっていても、俺の歩調は速かった。

五分前、タイムマシン移動中――


鈴羽『椎名まゆりは、岡部倫太郎のことを深く愛していたの。どういうかたちであれ、ね』

鈴羽『なのに唐突に岡部倫太郎に恋人ができた。その発表を聞いて、誰よりも傷ついたのは椎名まゆりだよ』


岡部『そういえばあいつ、妙に口数が少なかったな……それに』


まゆり《話してよ、オカリン!》

まゆり《オカリンの力に、なりたいよ……》


岡部『・・・・・・』


鈴羽『椎名まゆりは、必死だったんだと思う。おじさんがとられちゃうって思ったんだと思う』


鈴羽『でもそんな感情が、椎名まゆりに強い強いリーディングシュタイナーを発現させたんだ』

鈴羽『おじさんがとられてしまう。でも自分には紅莉栖さんに勝るものは何一つない。そう思った椎名まゆりが無意識に引き出したもの……それが』


岡部『別の世界線の、記憶……』


鈴羽『そう。そしてリーディングシュタイナーは身近にいる者と共鳴することも、未来で紅莉栖さんと父さんが研究済み』

岡部『共鳴……?』


鈴羽は頷いて、リュックから紙とペンを取り出した。

鈴羽『まずタイムトラベルをしたことのない一般人でも、リーディングシュタイナーは持っている。生物は多数の世界線があって初めて成り立てるもの。ここまではいいよね?』


岡部『ああ』


鈴羽『リーディングシュタイナーは、友達とか、恋人とか親とか、身近にいる者に共鳴して強さを変えるんだ。強ければ強いほど別の世界線の記憶が色濃く蘇り、弱ければ何も思い出さない』


岡部『なるほど。つまり元々リーディングシュタイナーが弱い一般人がいくら交わっても、別の世界線の記憶は引き出せないということか』

鈴羽『そういうこと。でも稀に、感情が激しく動いたときに別の世界線の記憶が蘇る人がいるんだ。一瞬よぎる程度だから問題はないけど』

岡部『それが、まゆりか』


鈴羽は黙って頷いた。

鈴羽『それだけじゃないよ。一般人より強力なリーディングシュタイナーを持ったオカリンおじさんが、常にそばにいたんだよ?ラボメン全員に言えることだけど、椎名まゆりは特にそうじゃないかな』


そうだ。α世界線でも、フェイリスとルカ子は記憶を取り戻しかけていたことがあった。

だが俺は二人に毎日会っていた訳ではない。


それに比べて、まゆりは――


鈴羽『椎名まゆりが元々記憶を引き出しやすい体質であったこと。強いリーディングシュタイナーを持つおじさんが常にそばにいたこと。この二つが、おじさんの発表によってお互いに強く作用したんだ』


鈴羽『おじさんだけならラボメンのみんなも、別の世界線の記憶は《夢かな》くらいで済むんだけど、椎名まゆりのリーディングシュタイナーは強力すぎる』


鈴羽『まずは父さん、そしてフェイリスさん、るかさん、今は桐生さんにも発現しているかもしれないよ』


岡部『それは夢ではなく、経験として、か』


鈴羽『…………うん』

俺にはわかる。

リーディングシュタイナーは、決して素晴らしい能力などではない。

仲間とどんなに楽しい、苦しい経験を共にしたとしても、世界線が変わってしまえば、それはもう分かち合えない。

厳密にいえば目の前にいるその人は、確かにその人だが、俺が愛した、俺を愛してくれた人ではないのだ。


そんな孤独。

それがリーディングシュタイナー。




このままいけば最悪の結末、ラボメン全員のリーディングシュタイナーの発現が現実になってしまうということだ。


未来の俺はそれを経験した。

狂うのも、頷ける。




止めなければならない。


あんな思いをするのは、俺だけで充分だ・・・!

雷ネットの会場につくと、ちょうど鈴羽とその母、阿万音由季が車に乗ったところだった。

奴は奴で、何かを掴もうとしているのだろう。

木陰に隠れて見ていると、すぐに焦った過去の俺がタクシーを捕まえその後を追う。



まてよ。


鈴羽が俺が紅莉栖にした告白を阻止すれば、まゆりがリーディングシュタイナーを発現することは無いのではないか。


そうだ!


岡部「告白を・・・、阻止すれば」








紅莉栖に告白をするとまゆりが傷つき、ディストピアが形成されるということは、




俺は永遠に、紅莉栖に好きだと言えないではないか。

紅莉栖に、厳密には誰かに好きだと伝えればまゆりが傷ついてリーディングシュタイナーを発現し、別世界線の記憶を持ったラボメンたちに俺はやりきれなくなり、ディストピアを形成する。


紅莉栖もまゆりも選ばなければ、まゆりが孤独を感じてリーディングシュタイナーを発現し、俺がディストピアを形成するだろう。


まゆりがリーディングシュタイナーを発現しても俺がラボにいなければ良いのだが、きっとラボメンでない俺はロクな末路を辿らない。

やりきれなくなっている点では同じなので、結局ディストピアを形成する結果になるかもしれない。



つまり俺は、まゆりのそばに居続けるしかないということになる。



岡部「なんだよ、それ……」

二時間後――――



鈴羽「あ、オカリンおじさん!こっちだよ!」


岡部「…………」


鈴羽「どうだった!?何か、」


岡部「鈴羽」


鈴羽「え?何?」


岡部「…………」


鈴羽「おじさん、どうしたの?」



岡部「帰るぞ」


鈴羽「おじさん……?」


岡部「…………」

タイムマシン内――――


鈴羽「…………」


岡部「…………」


鈴羽「…………っ」

岡部「俺は」


鈴羽「!」


岡部「何もしなかった。ただぼーっとして、二時間を浪費した」


口端から、胸糞悪い自嘲の笑みがこぼれる。



岡部「ここに来るときもゆっくりと、ダラダラと歩いてきた。バイクにひかれそうになったぞ。フフ」


鈴羽「…………」


岡部「分かったんだ。世界は、神様は俺のことが嫌いなんだ。だからこんなに苦しめるんだ。まゆりも、紅莉栖も、俺の大切な人なのに――――やっと助けられたのに――――愛そうとすると、ッ…………」


岡部「ディストピアを創った俺の気持ちも、今なら分かる。愛したい人を、愛すことすら許されない。愛せば世界が終わる。意味が分からない…………意味が分からないッ!!」

岡部「何でだ!何でだよ!!紅莉栖を好きになっちゃいけないのかよ!!俺は絶対に、まゆりを愛し続けなければならないっていうのかよ!!まゆりが嫌いな訳じゃない……まゆりを嫌いな訳がない!!けど俺は、ずっと支えてくれた!……一緒に、……戦ってくれた……!牧瀬紅莉栖が、好きなんだよ!!何でそれがダメなんだよォ!!!」


岡部「何で俺なんだ……何でまゆりなんだ!何で紅莉栖なんだ!!他の誰かじゃダメだったのか!!何で俺たちなんだよ!!…………くそ。電話レンジなんか作らなければ良かった。牧瀬紅莉栖とも出会わなければ良かった!!」


鈴羽「!!!!」


岡部「ラボなんか、作らなければ――――!!」






狭い空間の中に、甲高い音が鳴り響いた。

岡部「――――ッ」

鈴羽「岡部倫太郎ッ!!!!」


岡部「ぐ……」


鈴羽は泣いていた。
溢れる涙はぬぐわれることもなく、ただ頬を伝って床に落ちた。



鈴羽「キミはっ……キミは思ってるはずない!!そんなこと絶対思ってるはずないんだ!!牧瀬紅莉栖と出会わなければなんて……ラボを作らなければなんて!!」


岡部「……いや、こんなことになるくらいならば」


鈴羽「だって二人は!!あんなに幸せそうだったもん!!」

岡部「!?」


鈴羽「おじさんはいつも紅莉栖さんを変なあだ名で呼んで!紅莉栖さんが怒って!それでぷいって顔を背けたら……少し笑って優しく『紅莉栖』って声を、かけて……ッ」


岡部「あ……」

鈴羽「あたしはその時凄く小さかったけど、その記憶だけにははっきり覚えてる……父さんと母さんが笑ってて、周りにも人がいたんだ。多分ラボメンの皆だと思う」


岡部「ラボ、メン……」


鈴羽「でもだんだん、おかしくなっていったんだ……、だんだん、おかしく、なっていった」


鈴羽「ちがうよおじさん……こんなの、おじさんが望んだ未来じゃない。おじさんはディストピアを作るためなんかに、世界線を行き来してきたんじゃない」


鈴羽「みんなが笑って…………」


岡部「鈴羽……」


それから沈黙の時間が、何分か流れた。

鈴羽が鼻をすする音を聞くたびに、俺の中の頑なになっていた何かが、熱く溶けていく気がした。

鈴羽「きっとあるはずなんだ」


鈴羽は勇敢にも、沈黙を自ら破った。


鈴羽「SG世界線は絶対ある。…………運命は、受け入れるものじゃない。自分の手で変えていくもの。それはおじさんが、誰よりも分かってるはずだよ」


岡部「俺は、」


鈴羽「おじさんは、一人じゃない。あたしがいる。あたしも一緒に、運命に立ち向かう。だから一人じゃない」




岡部「そうだ鈴羽……!俺は、諦めない!!」



岡部「必ずあるはずだ!紅莉栖を愛したまま、世界を継続させる方法が!」


岡部「諦めてはいけないのだ。何度も、やってきたはずだ!未来を変えるのに一番大切なことは諦めないことだというのに……俺は絶望に打ちのめされていた!」


岡部「しかぁーし!この鳳凰院凶真はその名のごとく何度でも蘇る、不死鳥のような心を持つ狂気のマッド・サイエンティストどぅあ!!機関に打ち勝つためにはこれしきのことなど……」



鈴羽「……へへっ」

鈴羽は涙を袖で拭って、悪戯っぽく微笑んだ。



鈴羽「そうだよおじさん、その意気だよ!絶対成功させるよ!オペレーション・スコンブ・リバース!」



岡部「スクルドだ!……ああ、俺に任せてお……いや」



岡部「共に運命に打ち勝つぞ!!鈴羽!!」



鈴羽「うん!!」

鈴羽「でも具体的にはどうすればいいのかな……」


岡部「ふむ……鈴羽よ」


鈴羽「何?オカリンおじさん」


岡部「共に戦うとは言ったものの、やはり俺たち二人では限界があると思うのだが」


鈴羽「えー?ひどいなぁ……って言いたいところだけど確かにそうだね」


岡部「残念ながらお前と俺の脳味噌では打開策に限界がある。ならば……我がラボのブレインを使うしかあるまい?」



鈴羽「……父さんに全てを話すってこと?」



岡部「そうだ。こうなった以上なりふり構ってられんからな。おそらくダルも、リーディングシュタイナーの発動によって深刻な状態が続いているはずだ」


――――それでも未来の俺は、言わなかったのか。

仲間が記憶に侵され、苦しんでいることを知っていながら。


いや。


奴には奴なりの配慮があったのだろう。

記憶を真実として理解させたらもっと仲間を苦しめることになる、と。



だがそれでは――――、未来は変わらないんだ。

現在――――


鈴羽「じゃあおじさん、あたしはもう一度確実に未来にいけるように、なんとかタイムマシンを弄くってみるよ。おじさんはラボで父さん、に……」


岡部「……不安か?」


鈴羽「うん、……ちょっとだけ」


岡部「鈴羽。お前はお前の、やるべきことをしろ。俺は俺のやるべきことをやる」


鈴羽「うん……」



岡部「……しっかりな!」


俺は景気づけにぽん、と鈴羽の肩を叩いてやった。


鈴羽「オーキードーキー!任せてよ!」

岡部「よし。では行ってくる。終わったらラボへ来るがいい。ドクペをたらふく飲ませてやろう」


鈴羽「あははっ、楽しみにしてるよ!」

ラボ――――


ドアを開けると、キーボードのカタカタという音が聞こえた。



岡部「ダル」


ダル「お、オカリンじゃん」


岡部「なんだか随分久しぶりではないか?」


ダル「あ~、実家に溜まったエロゲ消化してた。嫁が多すぎるのも困りものだお!」


岡部「それで大学も来てなかったのか。まったく……仕方のない奴だ」


ダル「フヒヒ、サーセン」



岡部「ダル」


ダル「ん?なんぞ?オカリン」




岡部「嘘だろ」


ダル「へ……?」

ダル「う、嘘ってなんだお!?言いがかりにも程がある件について!謝罪と賠償を要求する!」


岡部「ダル……お前は俺に聞きたいことがあるはずだ。俺に話して、確かめたいことがあるはずだ」


ダル「この間のことなら、もういいお……」


岡部「本当にいいのか?」


ダル「う……」



岡部「SERNにハッキングしたこと……タイムマシンが出来たこと…………まゆりが死んだこと」


ダル「やめ、ろよ……」


岡部「お前の娘鈴羽!!そしてその、末路を……!!」


ダル「やめろよぉぉぉぉぉぉ!!!!」


ダルは俺の胸ぐらを掴んで勢い良く押し上げた。

ダル「どうして思い出させるんだ!!オカリンが夢だって言ったから夢だ夢だって思おうとしてるのにっ!!そんなことあるはずがない!!全部悪い夢なんだって思おうとしてるのに」


ダル「な、なのに…………なのに…………」


ダル「……日に日に、鮮明になっていくんだ。そのせいで皆との関係が、ぎこちなくなって……」


岡部「ダル。すまなかった。全て俺の責任だ。この間お前を殴ったことも全て……本当にすまなかった」


ダル「…………」


ダルは俺の胸元から手を離した。



ダル「言ってやれなかったんだ……」


岡部「……?」

ダル「……鈴羽が娘だって分かって、びっくりして、気が動転してて……。親らしいことも言えなくて……抱きしめてやる手も不器用で」


ダル「それでやっと思い付いたのが、『がんばれ』って言葉だったんだ。でもそれが言えたのは…………タイムマシンが言ってしまった後で……」


岡部「ダル……」



ダル「いって、……やれなかったんだ……!『がんばれ』って……言葉すら……!!」


ダル「そのあと手紙がきて……鈴、羽は、失敗した、失敗した、って、うぐッ、うっ」


岡部「ダル、大丈夫だ」


岡部「この世界線の鈴羽は、自殺などしていない」


岡部「細身でアクティブないい奴だぞ」



ダル「…………」



ダル「……細身は余計だろ、常考…………」





そのあと俺はゆっくりと、ダルに全てを話した。


リーディングシュタイナーのこと。まゆりのこと。紅莉栖のこと。未来のこと。


ダルは鼻をすすりながら、たまに頷いて話を促してくれた。

最後にお前の力が必要なんだ、と言うと、ダルは黙って頷き、明日は必ず来る、今日は帰ると言って立ち上がった。




ダル「ありがとな、オカリン。話してくれて」




うつむきがちで、顔は見えなかった。

休憩

いいね
支援

再開

面白いんだけど、メール欄にはちゃんとsagaと入力してほしい

ダルがラボを出た数分後、鈴羽が息を切らせて飛び込んできた。



鈴羽「おっまたせーオカリンおじさん!!ごめんねー、充電用の携帯プラグつないでたら遅く……どうしたの?」


岡部「……ん?」


鈴羽「おじさん、なんだか凄く嬉しそうな顔してる」




岡部「……鈴羽よ」


鈴羽「なに?」








岡部「……なんでもない」







鈴羽「なんだよ気になるなぁー。教えてよ」


岡部「内緒だ。フフ……ではドクペでもごちそうしようか」


鈴羽「ほんと? 飲んだことないから楽しみだよ! おいしいの?」


岡部「もちろんだ」








夜は静かに更けていった。

次の日――――


ダル「おっはー!ダルしぃだお☆」


岡部「やめろ気色悪い。そういえばダル、まゆりと最近会ったか?」


ダル「まったく。オカリンは?」


岡部「あの日から会ってない。一応携帯に連絡をいれたのだがな……。返事は、無しだ」


ダル「ま、しょうがないよな。むしろ、アメリカの一件の後でもラボに来るまゆ氏の健気さに驚き」

岡部「家にも行ってみたが友達の家に泊まりに行っているらしく、会うことはできなかった……」


ダル「避けられてるんですねわかります」


岡部「…………」


ダル「ちょ、マジでへこむなオカリン。悪かったお」

岡部「リーディングシュタイナーの件は話したよな?」


ダル「それなんだけど……まゆ氏は今、誰よりも強力なリーディングシュタイナーを発現してるんよね?」


岡部「ああ、そうだ」


ダル「それって凄くキツいことなんじゃないかな。僕ですら夜はなかなか眠れなかったくらいだし」


岡部「だから心配なのだ……。まゆりはラボメンの中で誰よりも残酷な経験をしている。精神が崩壊しても、おかしくはない……」


ダル「そだね。早いとこ作戦たてて、まゆ氏を救ってあげないと」

ダル「てか、僕たちだけなん?鈴羽は?」


岡部「鈴羽なら朝早くに怪訝な顔をして出ていったぞ?なにやら小さな機械を眺めていたな」


ダル「…………オカリン」


岡部「どうしたダル。いつになく顔が険しいぞ?」


ダル「昨夜は、ラボに泊まったん?」


岡部「?そうだが」


ダル「……鈴羽と一緒に、寝たのか…………?」



岡部「ッぐわっ我が混沌より誘われし虚無を封印した右腕がーああーーあッ早く逃げろダルッ奴が…奴がk」

ダル「YESととるぜッ……!」

岡部「おわったったった!!待て!待て!」

岡部「お、お前、そんなことあるわけないだろうが!!俺には紅莉栖がいるんだぞ!?」


ダル「ならば勿論、二人の部屋は別々だったんだよな?」



岡部「…………うん」


ダル「…………貴様」


岡部「いやっ、待てダルッ!ほんと、ほんとだって!!」


ダル「で、本当は?」


岡部「部屋はーいっしょでしたハイ」


ダル「光り唸れ、僕の右腕……!!」


岡部「ちょっ…待て!!話を聞け!!」

岡部「落ちつけダル!部屋が一緒だったのは理由があるのだ!」


ダル「聞く余地はない」


岡部「聞けよ!!ていうかお前誰だよ!!キャラ変わりすぎだろ!」


ダル「人の娘に手を出したなら、それ相応の覚悟はあるんだろうなぁ……?」


岡部「だから出しとらんって言ってるだろうが!カーム!カームダウゥーン!ダルゥー!」


ダル「……さっさと話せ」


岡部「よ、よし……落ち着いて聞け?」

岡部「まず、最初は部屋が別々だった」

ダル「うん」


岡部「一時間くらいしてうとうとしてると、布団を持った鈴羽が入ってきた」


ダル「うん」


岡部「そして『あっはは、ごめんオカリンおじさん、なんか寂しくなっちゃって……横で寝てもいいkへぶぅっ!!」


ダル「オラァァァァァァァ!!!!」


岡部「ちょっ待てダルゥ!!布団くっつけて寝ただけだから!同じ布団ではないからセーhぐふぉゥっ!!」


ダル「ドラァァァァァァ!!!」

ダル「オカリン……アンタってやつぁ……平気でやってのけるねぇ」


岡部「そこに痺れるか?憧れるkうぶぅッ」


ダル「ま、手を出してないならいいお。鈴羽もそんな未来じゃ寂しかったんだろうし」


岡部「いいなら殴るなよ……」


ダル「なんぞ?」


岡部「いえ……なんでもないです」




ダル「でもそっか、鈴羽はいないのか。会って話をしてみたかったんだけど」


岡部「作戦を練るまでまだ時間はある。期間内に会うことはできるだろう」


ダル「どれくらいで跳ぶん?タイムマシンで」

岡部「こちらでいくら時間が経とうと、タイムマシンで跳ぶ日時は変わらない。よって少し時間がかかってでも、完璧な作戦を練っていくのが望ましいだろう」


ダル「要するに具体的な期限は無いってことでおk?」


岡部「そういうことだ。それに、跳ぶ前に一度、まゆりに会っておきたいしな」


ダル「そか。でもやっぱ牧瀬氏必要じゃね?あの子がいたらかなり違うと思われ」

岡部「紅莉栖ならばもう呼んである。昨日ラボに来る途中に電話した。明日には着くだろう」


ダル「そいえば、オカリンって牧瀬氏のどのへんを好きになったん?」


岡部「またその話か」

ダル「今回は単純な好奇心だお」


岡部「そうだな……やはり俺が苦しんでいる時に共に戦ってくれたというのは大きい」


ダル「弱ってる時に優しくされたら好きになっちゃう!ってやつですね。オカリンマジ乙女」


岡部「やかましい」


ダル「じゃあ、もしその経験が無かったら好きになってなかったん?」


岡部「ん?むぅ……どうだろうな」


ダル「外見の話をしようじゃないか、オカリン……」


岡部「……お前なんだかんだでそういう話好きだよな」


ダル「おにゃのこが気になるお年頃だお☆」


岡部「キモい」

岡部「逆に聞くが、お前は気になる人はいないのか?ダルよ」


ダル「嫁ならたくさんいるが何か?」


岡部「三次元の話だ」


ダル「ん~……あんまりラボメンの女の子をそういう眼で見たことないからなぁ」


岡部「それも凄いな。あれだけHENTAI発言するくせに……あ、フェイリスはど」
ダル「フェイリスたんはフェイリスたんっすなわち神!!天使!!悪魔!!そういう対象として見ることがもうおこがましい件!! ああでももしひとつ望みがかなうのならあの美しいおみあしで顔を踏んでもらえたら……う、ううううヴゥぅぅあああああああああああ!!!!!!!高まって!!!!!!キタ!!!!!!!!!!!!!」



岡部(……鈴羽がいなくてよかった)

秋葉原某所――――


鈴羽(タイムマシンは充電がもうすぐたまる……明日にはもう跳べる状態に戻ってるはず)


鈴羽(それはもういいとして。問題はこれ)ゴソ



鈴羽(過去で未来人の数を計測する、父さんが開発した未来ガジェット)


鈴羽(これに表示される赤く点滅するマークは、この世界線における未来人の数を指すんだけど)


鈴羽(点滅するマークは全部で5つ。1つはあたしとして、おそらく残りは全てラウンダー)


鈴羽(ラウンダーの反応が4つ……)



鈴羽「おかしいよね、これ……」

鈴羽(昨日おじさんを連れ出したときの反応は6つ。バイクに乗った奴も含めてラウンダーは5人だった)

鈴羽(でも今日は、5つに減ってる。これって)


鈴羽「あっちゃ~……バイクに乗ってた奴、死んじゃったのかな……」


鈴羽(い、いやいや!そんなわけないよ、加減はしたはず!)


鈴羽(でももしかして打ち所が悪かったりして……)


鈴羽(…………いやでも、死んでも反応は消えないって言ってたから違うか)




鈴羽「だとしたら…………」

ラボ――――


ダル「電話誰だったん?」


岡部「鈴羽からだ。今日は戻れないと言っていた」


ダル「残念だお。まぁ明日会えるか」


岡部「というかダル、さっきからうるさいのはお前の腹の音か?」


ダル「僕のお腹もフェイリスたんに会いたくなったみたいだね」


岡部「つっこまんぞ。では久しぶりにメイクイーンにいくとするか」


岡部「フェイリスも俺に会いたくなってきた頃だろうしな!!フゥーハッハッハッハ!!!」


ダル「あるあ……ねーよ」

メイクイーン――――



ダル「――フェイリスたんが休み!!?」


メイド「そうなんです。まゆりちゃんも休みで、もう困っちゃって」


岡部「ほう、珍しいな。あのフェイリスが休みとは」


ダル「オカリン。帰ろうぜ」


岡部「はぁぁ!?お前本当にフェイリス以外眼中にないな!!」


ダル「フェイリスたんの〈眼を見て混ぜ混ぜ〉がしてもらえないなら生きてる意味ねーお」


岡部「メイド喫茶の客の鑑だな。だが帰るのは許さん。俺は腹が減って仕方がないのだ」


ダル「わりとメイド喫茶が好きな件」


岡部「ち、違うわ!!」

ダル「フェイリスたん、なんかあったんかなー」


岡部「潔く諦めろ」

ダル「いやいや良く考えてみ、オカリン?あのフェイリスたんがメイクイーンを欠勤してるのだぜ?」


ダル「フェイリスたんはメイドであると同時にこの店のオーナー。彼女がどれだけこの店を大切にしてるかはオカリンも知ってるっしょ?」

岡部「まぁな……」


ダル「そんなフェイリスたんが休み、おまけにまゆ氏も休み……何か気にならん?」

確かに。


フェイリスは勿論、まゆりがバイトを休むことなど今まで無かったはずだ。


岡部「言われてみれば……」


ダル「だろ?まゆ氏は友達のところに泊まってるって言ってたけど、それもしかしてフェイリスたんのところじゃね?」


岡部「そうか……!ならば早く」


立ち上がって店を出ようとすると、ダルは後ろから俺の腕を引っ張った。



ダル「落ち着けってオカリン。まゆ氏が今ヤバい状態なら、ふとした言葉で僕たちみたいに喧嘩になるかもしれんだろ。取り返しつかなくなるかもだぜ」


岡部「……ではどうすればいいのだ」



俺はダルの促すままに、椅子に座り直した。



ダル「……今のまゆ氏の様子が分かれば、下手なこと言う可能性は下がると思われ。誰かいないかな?まゆ氏の今の様子わかる人」


岡部「今の……か」

今の様子……普段のまゆりは……


学校に行っている!



岡部「よし。ダル」


ダルを見る。こいつもわかったみたいだ。


ダル「オッケー。柳林神社に行くんだね?」


岡部「ああ、まゆりの様子を知る必要がある。同じクラスのルカ子ならば完全とはいわずとも、少しは……いや、どうだろうな。分からんが」


ダル「でも行って損はないと思うお。まゆ氏にいきなり話をするのは危険と思われ」


岡部「そうだな。それはそうと会計の話だが」



ダルの右肩がぴくりと上がった。

岡部「……」


ダル「…………オカリン」


岡部「…………ダルよ」


岡部・ダル「「ゴチ」」


岡部「むぁぁぁてぇぇこのピザオタがァァ!!この間の支払いは俺が持ったのだから次はお前の番だろうが!」


ダル「こまけぇこたぁいいんだよ!」


岡部「良くないわ!我が右腕よ……主に逆らうというのか!?」


ダル「母さんが病気で……莫大な治療費が必要なんです!!だからここは……」

岡部「本当は?」


ダル「エロゲ最高です」



岡部「またか!!」

岡部「無理だ。今日は無ー理ーだ」


ダル「いやマジで財布に金が入ってない件」


岡部「本気かお前……なのにそんなにでかいハンバーグ食ったのか」


ダル「むしゃくしゃしてやった。反省はしている。後悔はしていない」


岡部「はぁー。……ドクペ2本。俺と、紅莉栖の分」

ダル「合点承知の助!」



俺はダルの手に、千円札を叩きつけた。

柳森神社――――


るか「……あ、おか、ええと、……凶真さんっ。あ、橋田さんも」


ダル「そう。いつだって僕は二番目の男なんだお」


岡部「フゥーハッハッハッハ!!!ルゥカ子よ、修行ははかどっているか!!?五月雨は数日所有者が使用しない、ただそれのみで清心斬魔翌翌翌流の呪われし力を解放してしまう恐ろしき妖刀なのだ!!さぁぁー今すぐに持ってこいルカ子よ、今日の修行を始めるぞォォ!!」


るか「は、はい!」


ダル「いきなりとばすねーオカリン」


ダル(まぁでもいいか)


ダル(色々ストレス溜まってたみたいだし……僕は実際に体験したわけじゃないから分からないけど)


ダル(オカリンの性格からして絶対僕には見せない……。でもきっと、想像もつかないほど辛い目に合ってきたんだ)


ダル(そんなオカリンが僕の力が必要だと言った)


ダル(僕はもう逃げない。怯えない。オカリンの力になってみせる)


ダル(最高の未来のために。――――鈴羽のために。)





るか「いち、にぃ、さん……」


岡部「前のめりになっているぞルカ子!もっと腰を入れるのだ!!」


岡部「ダァルよーお前もルカ子を見習いたまには鍛錬にはげんだらどう、だ」




ダル「[ピザ]のケツの重さなめんじゃねーお。オカリンもたまには振ればいいじゃん」

岡部「おっ、俺は妖刀の力をすでに最大に引き出しているからだな」

るか「凶真さんが振っているところ、ぼく、見たいです」

岡部「なっ」

岡部「だはぁー! だはぁーっお、俺だっ我が弟子と右腕が結託して俺に苦難を強いてく…何ィ!?機関の催眠電波が町中にッ」

ダル「まだ十回も振ってない件」


るか「凶真さん、がんばってください!」


岡部「そういうわけで、俺は町を救わなければならない……ではさらばだ」

ダル「どこいくんだおオカリン。本題忘れてるっしょ」


岡部「……あ」

るか「まゆりちゃん……ですか?」


岡部「ああ。まゆりは今、学校でどんな様子なのか教えてくれ」


できる限り優しい口調でそう言うと、ルカ子は目線を反らし、口をつぐんだ。


岡部「頼む、ルカ子」


るか「……でも岡部さん、いつもまゆりちゃんといっしょに……」


岡部「俺は今、とある事情によりまゆりと接触することができん」


るか「…………」


岡部「頼む、ルカ子。現時点でまゆりの様子を聞くことが出来るのは、お前だけなんだ。まゆりの学校での様子を、教えてくれ……」


ダル「僕からも頼むお。ルカ氏」



るか「岡部さん……橋田さん……あ、あの」




るか「まゆりちゃん、どうしちゃったんですか……?」

岡部「…………」


俺は迷った。

今のまゆりについて話すということは、全ての事情をルカ子に話すということになる。


ルカ子は、ラボメン。記憶も取り戻しかかっている。


だがこれ以上、人を巻き込んで良いものか――――。


次の言葉を探していると、意外にもルカ子の方が先に口を開いた。



るか「まゆりちゃんは今、学校には来ていません」


岡部「やはり、そうか……」


ダル「やっぱまゆ氏はフェイリスたんのところに……」


るか「でも」


岡部「?」


るか「最後に学校に来た日は、その、……女の子にこんなこと言っちゃいけないんです……でも」






るか「ひどい、顔でした」

秋葉原某所――――


鈴羽(あたしの勘が当たってなければいいんだけど……)


鈴羽(でも、もし当たってるとしたらマズイ)


鈴羽(とりあえず今は様子を見ながら、ラボと距離を置く)


鈴羽(それでいてラボに何かが起こった時は迅速に駆けつけることができる場所……このへんかな)


鈴羽(人気もないし身を潜めるには最適…………ッ)


鈴羽(誰かくるっ!!)

鈴羽(一体こんなところ、誰が…………あっ)


鈴羽(るみ姉さんだ!)


鈴羽(若いなァ~この頃からこんな恰好してたんだ。……ん?)


鈴羽(なんか、すごく浮かない顔してる……何かあったのかな)

鈴羽(それよりも!彼女なら椎名まゆりのこと、何か知ってるかもしれないよね!)

鈴羽(おじさんは椎名まゆりがどこにいるかも知らないだろうし、あたしが聞いてみよう)



鈴羽「るみ姉さーん!」

フェイリス「ニャッ!?何者ニャ?」


鈴羽(あちゃ、この時代では面識無くて当たり前か)


鈴羽「あたしははし……鈴羽。ラボメンだよ!」


フェイリス「キョーマのお友達かニャ?」


鈴羽「うん!」


フェイリス「じゃあ、はじめましてだニャ!メイクイーンニャンニャンのネコミミメイド、フェイリス・ニャンニャンだニャン!よろしくニャッ!」


鈴羽(ニャが多い……)


鈴羽「よろしく!ところでる…フェイリスさん、聞きたいことがあるんだけど……」

フェイリス「何かニャースズニャン?」

鈴羽「椎名まゆりって、知ってるよね?」

フェイリス「…………」


フェイリス「もちろんニャ!マユシィはフェイリスの前世からの親友兼戦友なのニャ~」


鈴羽(今、ピクッて……)


フェイリス「マユシィがどうかしたのニャ?」


鈴羽「あ、うん、今どこにいるかとかって……分かったりするかな?」


フェイリス「…………分からないニャ」

鈴羽(また……)


フェイリス「マユシィとはすっごく仲がいいけど、まだ全てを知ってるわけでは無いのニャン。お家に行ってみれば何か分かるかもしれないニャン♪」


鈴羽こ(この人……何か知ってる)

鈴羽(でも追及しても、無駄か)


鈴羽「分かったよ!ありがとうフェイリスさん」


フェイリス「お役に立てなくてごめんなさいニャン!またラボに行った時は仲良くしてニャ♪」


鈴羽「もっちろん!じゃあまたね、フェイリスさん!」


フェイリス「さよならニャースズニャン!」


鈴羽「…………さて、と。」


鈴羽(もちろん、椎名まゆりの家になんて行っても意味はない)

鈴羽(フェイリスさんのあの眼……)


鈴羽(どうやら確かめる必要がありそうだね)








フェイリス「もしもし、黒木……?」

再開

フェイリスの家(高層マンション)――――


鈴羽「……バレてないよね、多分」


鈴羽(ここがフェイリスさん家……でっかいなー。たしか秋葉原の地主なんだっけ?セキュリティも頑丈そう)


鈴羽(どうしようかな。全部勘違いで、おじさんがもう椎名まゆりを見つけちゃってる、なんてことも……、いや!)


鈴羽「迷ったら攻める!それがあたしのモットーだよ!」


鈴羽(レッツ潜入!)





入口――――


鈴羽「と、と、と……ありゃりゃ」


黒木「…………」



鈴羽「フェイリスさんの友達なんだけど……」


黒木「申し訳ありませんが、あなたをお通しすることはできません。お帰りください」


鈴羽「なぜ?」


黒木「お嬢様の、ご命令ですので」



鈴羽「ふぅん……」


鈴羽「椎名まゆりが、ここにいるんだね?」


黒木「……お帰りください」




鈴羽(居場所が分かっただけでも、良しとするか……。これ以上はおじさんに迷惑かかっちゃうし)


鈴羽(とりあえず後はおじさんに任せるとして、あたしは一旦退こう)



「……!……ッ……!!…………!……」



鈴羽「ん?」


鈴羽(なんだろ、自動ドアの後ろの方で……)



鈴羽(フェイリスさんの声……?)



フェイリス「…………めだよ……ちゃん!……そんな…………!」


黒木「?お嬢様、どうされました」


フェイリス「黒木!まゆりちゃんを…………あぁッ!」

柳林神社――――


岡部「ひどい顔?まゆりがか」


るか「あっ、ち、ちがうんです!ぼ、ぼくそんなつもりじゃなくて!そういうのじゃなくて、まゆりちゃんはかわいいんですけど、あの、だからこそ余計っていうか……」


ダル「もちつけルカ氏」


岡部「ひどい顔……ひどい顔とは具体的にどういうことだ?」


るか「あ、あの…………だから、その」



―――ーーー―――ーーー―――――ーーー―――ーー――ーーーー――――――ーー―――ー‐‐―ーー―‐――‐‐ーーーー‐‐―

るか『まゆりちゃん……眼が、真っ赤で』


―――ーーー――――ーーーー――――――‐‐ーーーー‐‐―――‐ー‐―ーー――‐‐ーー‐‐―‐‐ーーー‐‐――――


鈴羽「…………!!?」


まゆり「あなた……誰?」


――――ーーーー―――ーーーー――――ーーー――――ーー‐――‐‐ーーー‐‐‐―――――ーーー――――‐‐―‐―‐ーー‐‐――


るか『何日も寝てないなんてほどじゃないくらいに…………くまもひどくて』



―――ーーーー―――――ーー―――ーーーーーー――――――‐‐ーーー‐‐‐――‐‐ーーー‐――‐ー‐――――ーーー―‐‐‐――ーー――‐‐ーーー‐‐―



鈴羽「あ、……」


まゆり「まゆしぃに、なにか用ですか?それとも」



――――ーーーー―――ーー――ー―――ーーー―――――――‐ーーー‐‐―――‐‐ーー‐‐―――‐‐ーーー‐‐‐――‐‐‐―――‐‐


るか『瞳が、瞳の中が……すごく…………すごく真っ暗だったんです』


―――ーーー――――ーーー――――ーー―――ーーー―――――ーー―――‐‐―――‐―‐‐‐ーーー‐――ーー―――‐‐


まゆり「女の子だね~、じゃあオカリンのお友達かなぁぁぁ?ふふふふ、あはははははははは!!!!」

鈴羽「あ、……あ、」


フェイリス「ダメだよまゆりちゃん!!落ち着いて!!」


まゆり「離して!オカリンは、オカリンは!まゆしぃのなの!!誰にも渡さないの!!あなたなんかのところに、行くわけないんだよ紅莉栖ちゃん!!!」


フェイリス「黒木ィ!押さえて!まゆりちゃんを、止めてぇ!!」


黒木「はっ……まゆり様、どうか落ち着いて下さいっ」


まゆり「オカリンはいつもまゆしぃに優しかったの!オカリンだけがまゆしぃのことを大切に思ってくれたの!いつだって助けようとしてくれたし、ほんとの自分を見せてくれたの!!」


まゆり「ありえないよ!!認めないよ!!紅莉栖ちゃん、私は認めない!!オカリン、いかないで!いかないで!いかないで!いかないで!!」



まゆり「オカリンを返してぇぇぇぇ!!!!!」

気付いたら、あたしは駆け出していた。

後ろから椎名まゆりの叫び声が耳を突き刺したけど、決して振り返らなかった。


嫌、厭、いや。




怖い。恐い。こわい。




ようやく足を止めたのは、フェイリスさんと最初に会った元の場所に戻ってきてからだった。



鈴羽「はぁ、はぁ、はぁ」



大した距離じゃない。




鈴羽「……っ、ふう、はぁ、はぁ、」



この汗は、疲労のものじゃない。


この息切れも、疲労のものじゃ、ない。

鈴羽(…………椎名まゆりを前にした瞬間)


鈴羽(頭がギュッてなって……苦しくなった)


鈴羽(きっとどこかの世界線の記憶を引き出されかけたんだ。だって……だって、)


鈴羽(色んな寂しさとか、こわさとか……申し訳なさが、頭の中に流れこんできた)


鈴羽(失敗した、失敗した、失敗した、……)


鈴羽(あたしは失敗した、失敗した、失敗した、失敗した!!)


鈴羽「やめて!!」






鈴羽「……うぅ、…………おじ、さん……」

柳林神社――――


るか「ぼく、こわくって」


岡部「むぅぅ……」


ダル「予想以上に、ヤバそうだお……オカリン」


るか「それとまゆりちゃんと眼があった瞬間、急に頭が痛くなったんです……その日から変な夢…を」


岡部「……!」




眼が合った瞬間、他人の別の世界線の記憶を呼び起こそうとする。

まゆりに発現したリーディングシュタイナーの影響が、それほど強くなっているということなのだろうか……。


…………危険だ。危険すぎる。



るか「凶真さん、まゆりちゃんに何が起こってるんですか……?」



岡部「ふん。フゥーハハハハ!!!ルカ子よ、案ずる事はない。すぅぐに全てにケリを着けてみせよーう。まゆりの事も、お前の夢にもだ!」


るか「は、はい……」


岡部「んむぅ?この俺を信じられないのくぁ、我が弟子よ?」

るか「い、いえ、そんなことありません!ただちょっと心配、で……」



岡部「…………ふぅー」


俺はルカ子の頭に軽く手を置いた。




岡部「俺を信じろ。ルカ子」



るか「!……」


るか「……はい。凶真さんがおっしゃるなら……ぼく、信じます」

岡部「それでいい」

頭を撫でてやると、ルカ子は眼をぎゅっと瞑って身体を緊張させた。


岡部「さて。そろそろ行くとするか。ダル」


ダル「オーキードーキー」


岡部「迷惑をかけたな、ルカ子」


るか「いえ、そんなことありません……」


岡部「今度礼でもするとしよう。鍛錬を怠るなよ?」


るか「は、はい!」



岡部「ではさらばどぅあ!!」


るか「あの、きょ、岡部さん!」


岡部「俺は鳳凰院凶真だっ」


るか「ぁ…………」


岡部「…………」


るか「…………」


岡部「…………どうかしたの、か」


るか「……い、いえ、何でも、ありません」


岡部「?そうか。ではな」


るか「はい。お気をつけて……」











るか「ぼくは、女の子じゃないから……男の子だから……」

ダル「なんか危機感上がって……怖くなってきたお」

岡部「だが、必要なことだったのだ。まゆりの状態は芳しくない……それは確認できた」


岡部「これで俺たちはまゆりの前で不用意な発言をすることは無い」


ダル「オカリン……やっぱいくん?」


ルカ子の話を聞いたダルは、すっかり萎縮してしまっている。

俺はひとつため息をついた。


岡部「なぁーにを怯えているのだマイ・フェイバリット・ライト・アームよ!未来を変えるためにはこれしきの覚悟は些細なこと!どーんと構えておけ!」


ダル「……」


岡部「どうしたダァルよー、悩みすぎは体に禁物だぞ。痩せたいならばちょうどいいかもしれんがな!フゥーハハハァ!!」


ダル「…………すごいな、オカリンは」

岡部「っはっはっは、あぁ?」

岡部「ククク……ようやく俺の偉大さに気付いたか」


ダル「オカリンはまゆ氏を助けるためにいろんな世界線を渡り歩いて来たんだよな。その中にはもちろん、怖いこととかショック受けることもあったっしょ?」

岡部「…………」



脳裏に浮かんだのはまず、ラボへのラウンダーの襲来。

あのとき日常を突き破られた感覚は、今でも俺の胃を締めつける。


まゆりの死。

どれだけあがいてもアトラクタフィールドの収束によってバッドエンドを突きつけられる、あの絶望感。しかも一度や二度じゃない。


他にも萌郁とミスターブラウンの死、綯の殺意、……まゆりを助ければ紅莉栖が死ぬことに気付いたとき。

辛いなんてものではない。


だからこそ、SG世界線にたどり着いたときどれだけ嬉しかったか。


そして、既にここがSG世界線ではないと告げられたとき……どれだけ悲しかったか。

ダル「オカリンは凄いよ。僕は今正直、ショックで仕方がない」


ダル「今までラボで三人で楽しくやってきて、ラボメンが増えてもっと楽しくなって……。これからもずっとこんな風にやっていけるって思ってたのに」


ダル「突然、こんなことになっちゃって……」


そうか。

ダルは今初めて日常を壊されたあの感覚を体験しているのか。


俺はどうやら度重なる世界線の行き来によって感覚が麻痺してしまっていたらしい。


そうだよな。


いきなり友達だった人間がおかしくなって。

唐突にタイムリープだのリーディングシュタイナーだの訳のわからない言葉を詰めこまれて。


怯えて当たり前。


ダルにとっては今この状況が、俺よりももっともっと不安で仕方がないのだ。

ダル「……怖がらない。怯えないって決めてたんだけど」


ダル「やっぱり少し、それはある…」

岡部「ダル」


ダル「?」


岡部「話した通りこの世界線では、世界が終わる。自由なんてものは消えて無くなる」

岡部「現時点でそれを止めることのできるのは、俺と鈴羽、そしてお前だけだ」

ダル「分かってるけど、さ……」


岡部「そういえば世界が終わるとしか言ってなかったな……これだけはまだ話していなかったが」


岡部「このままいくと世界を終わらせるのは、俺だ」



ダル「……!」

ダル「冗談、だよなオカリン」


岡部「俺はラボメンを信じられなくなってラボを解散し、孤独の支配者になるんだそうだ。フフ」


ダル「そんな……」
岡部「ダル」





岡部「俺にそんな真似、させないでくれよ」


ダル「!…………」

岡部「俺も怖いよダル。初めてのこの世界線では何が起こるか分からない。お前と同じだ」


岡部「だが俺はラボにいたい。ずっとラボメンのNo.001でいたい」


岡部「孤独の支配者なんかになりたくは、ない」


ダル「……」


岡部「……狂気のマッドサイエンティストは、設定の中だけで充分だろう」



ダル「……オカリン」


岡部「…なんだ」


ダル「オカリンみたいなチキンが、世界の支配者になれるわけない件」



岡部「……お前な」

ダル「だから…だから」






ダル「心配しなくていいお」



岡部「……」



ダルは俺の前をずんずんと歩きだした。






岡部「……まったく」






俺の友達が



お前で良かった



ダル。

フェイリスの家に向かおうとする途中、不意に携帯が鳴った。


岡部「ダル。少し待ってくれ」


ダル「把握!」


岡部「もしもし?」

鈴羽『おじ、さん?うぅッ……』


岡部「鈴羽どうした大丈夫か!?何かあったのか!?」


電話の向こうの鈴羽は苦しんでいるのか、息づかいが激しく、声に呻きが混じっていた。


岡部「まさかラウンダーが――」


鈴羽『違うよおじさん、大丈夫……それより聞いて』


岡部「そ、そうか。良かった……何だ?」



鈴羽『……椎名まゆりに、会っては、ダメ』

岡部「え?」


鈴羽『今の椎名まゆりは、危険だよ……うっ……お、思った、以上に』


岡部「し、しかしそれでは――ここでまゆりに接触しておかないと、」


鈴羽『ダメ、だよ。確かに不安要素はなるべく消しておきたいけど……それでもダメ』


岡部「む……分かった。落ち着いたらでいい。後で説明してくれ」


鈴羽『おじさん』


岡部「何だ?」



鈴羽『椎名まゆりを……牧瀬紅莉栖に、絶対接触させないで』


岡部「?どういうことだ」




岡部「……切れてる」

空港――――


紅莉栖「……ふぅ、結構あっという間だったわね」


紅莉栖「んーーっ……」


紅莉栖(ずっとパソコン使ってたから、眼が疲れた)


紅莉栖(研究所にも無理いって出てきちゃったんだし、せめて飛行機の中でくらいは研究しなきゃね)


紅莉栖「目薬、目薬、っと……」


紅莉栖(それにしてもなんなのよ岡部のやつ)


紅莉栖(緊急事態だからすぐ帰ってきてくれだなんて……こっちはこっちで忙しいっていうのに)


紅莉栖(まぁ帰ってきちゃう私も私だけどね)

紅莉栖「これでもしくだらないことだったら、ホントに海馬に電極を……」


紅莉栖(……でも)



紅莉栖(岡部に、会える)


紅莉栖「………………はっ!?」


紅莉栖(別に、違うから!付き合います宣言してから初めて会うから、すごく緊張してるとか、嬉しかったりするとか、そんなんじゃないんだからな!)


紅莉栖(でも、あのときは恋人らしいことあんまりできなかったから)


紅莉栖(こ、今回はデートとか、しちゃったり……)


紅莉栖(手とかつないじゃったり……ってまた妄想に走ってるっ!)


紅莉栖(…………)



紅莉栖(もう一回、キ、ス……)





紅莉栖「ス、スイーツ乙! 私、スイーツ乙!」

紅莉栖(落ち着け私。落ち着け私。大事なことなので二回言いました)


紅莉栖(舞い上がってるのを気取られると、あいつを調子にのらせることになる)


紅莉栖(主導権を握るのは私!岡部じゃなくて私なの!)


紅莉栖(そこは譲らないようにしなくちゃ)


紅莉栖(でも)



紅莉栖(強引な岡部か……)



紅莉栖(…………)



紅莉栖(…………)


紅莉栖(わ、悪くないじゃない)




紅莉栖(こんなスイーツ(笑)みたいな感情、私にもあったんだ……)


紅莉栖(……ちょっと自分に素直になってみるのもいいかもしれない)





紅莉栖「岡部に、……会いたい」



紅莉栖「はやく、ラボにいきたいな」

ラボ――――


岡部「まぁなんやかんやで戻ってきた訳だが」

ダル「外での用事ももう済んだしね」


ダル「スーパーで牧瀬氏用のお菓子も買い終わったし……」

岡部「…………それはいいとして」


岡部「まぁーたダイエットコーラだ。まぁぁぁたダイエットコーラだあああ!!」

ダル「ちょ、うるさい」


岡部「我がラボにあるのはドクぺだけでいいと、何回言ったら分かるのだ貴様はぁぁぁぁ!!?」


ダル「いいじゃんわざわざ家に戻って、オカリンと牧瀬氏用のドクぺ買ってきたんだし……」

ダル「てか、着くの明日じゃなかったん?」


岡部「あちらの研究所が予想外に快くOKを出してくれたらしくてな。急遽今日到着ということになった。今何時だ?」

ダル「午後9時だね」


岡部「ふむ。ならばそろそろ空港に着いている頃だろう」


ダル「あ゛あぁあぁあ~」


岡部「どうしたダル。餌が欲しいのか?」

ダル「豚じゃねーよ。いや、牧瀬氏とオカリンの濃厚な絡みをこれから見せつけられると思うと……あ゛あぁあぁああ~」

岡部「人がいるところでいちゃつく程バカップルではないわ」


ダル「ぶぉっほっ!!」


岡部「餌が欲しいのか?」

ダル「冗談きついぜオカリン……」


岡部「冗談などではない!お前のいる前ではいちゃつかないと約束しよう!」


ダル「……オカリンはそうでもなぁ~」


岡部「なんだよ」


ダル「牧瀬氏がなぁ~」

岡部「なんだよ」


ダル「リア充爆発しろよッッッッ!!」


岡部「なんだよ急に!!?」


ダル「あーなんか無性にイラついてきた件。一発殴らせてくれよオカリン」


岡部「はぁぁ!?!?」


ダル「この気持ちは壁では治まらない……!!」


岡部「いや意味がわか……痛ッ!!!」

岡部「なぁ」


ダル「なんぞ?」


岡部「理不尽だろ」


ダル「そうでもないお?」


岡部「いや、いちゃつかないって約束したのに何で俺は殴られたのだ?」

ダル「僕の前で彼女の話をしたのが運の尽きだお」


岡部「この豚……」


ダル「ま、それは置いといて。牧瀬氏が来るまでに状況整理しとかん?」


岡部「ったく……だがそうだな。紅莉栖には色々と理解してもらわなければならないことがある」


ダル「現在の状況だけでも僕たちがまとめておいたら、多少スムーズに事が進むんでない?」


岡部「よし。では紙にまとめるとするか」

未来――――


地下、ドーム状になった広い広い空間。

その中央の床には、大きく五ヶ所に白線が引かれている。




無論、タイムマシンのためのものだ。



そして今まさに、右端の白線の中に衛星を象ったタイムマシンが出現しようとしていた。




ラウンダー1「戻ってきます」


???「……構えろ。出てきたら撃て」


ラウンダー1「しかし……」


???「撃て」


ラウンダー1「…………了解」



???「使えない道具はいらない。至極単純な道理だろうが……」





ドームの中に、乾いた銃声が鳴り響いた。

ラウンダー1「脈、ありません。死亡しました」


???「ご苦労。他はタイムマシンが無事か確認しろ」


ラウンダー234「了解」


三人の男達がタイムマシンの状況を確認しにきた。


誰もたった今殺された、傍らに倒れている男には目も向けない。

もちろん命令した張本人も。


ラウンダー1は同胞だったこの男に対して短く謝罪の言葉を口にし、その場を離れた。


ラウンダー2「タイムマシン五号機、異常なし!」


???「ならばいい。死体を処理し、持ち場へ戻れ」


ラウンダー234「了解!」



三人の男たちは無表情で死体を担ぎ、ドームをあとにした。



そのあとにはラウンダー1、命令した男、そして点々とした血痕だけが残された。

???「どうした」


男は全く顔の筋肉を動かさない。


ラウンダー1「…………いえ」


???「…………フン」


???「……奴は、『タイムマシン前で鈴羽を待て』という俺の命令を無視したあげく、バイクを使い怪我を負った」


???「そしてなにより、鈴羽を、鈴羽を殺そうとした……!」

男の顔が怒りで醜く歪む。


???「貴様に銃殺を命じた理由としては以上だ。改めて聞くが、何か不服があるのか」


ラウンダー1「……あるはずも、なし」



ラウンダー1「全ては鳳凰院様の御心の、ままに」









岡部(未来)「…………」

岡部(未来)「もはや世界は、我々の手中にある」


二人はドームを出て、エレベーターで最上階へ向かっていた。

緊急時に素早く対処できるように、側近であるラウンダー1の手には自動小銃が握られている。


岡部(未来)「経済大国――――アメリカやロシアやイギリス、そして日本」


岡部(未来)「みな表向きは我が組織を認めない、その存在を許さないと言っているが……」


エレベーターが止まった。

岡部は自室の扉を開けた。



その壁には、各国が友好の証として贈ってきた様々な品が、ごみのように床に転がっていた。





岡部(未来)「現実は、こんなものだ」

岡部(未来)「この世界線では、タイムマシンを持つのはこの俺唯一人……。あれだけ恐ろしかったSERNすらも、俺を恐れている」


ラウンダー1「それは当然でございます。時間を握った人間を、敵に回すことはできません」


岡部(未来)「ほう。貴様もそうなのか」


ラウンダー1「…………」


岡部(未来)「他の者が俺の最初の呼びかけを一笑に付す中――――貴様だけが応えた。誰よりも早く」


岡部(未来)「貴様のその嗅覚は賞賛に値する」


ラウンダー1「光栄に、ございます」




岡部(未来)「…………世界は俺のものになる。俺のユートピアはまもなく完成するのだ。――――ただ不安要素が、ひとつ」







岡部(未来)「鈴羽……」

岡部(未来)「何故だ?俺は通達したはずだ。全てが終わった暁には、橋田至、牧瀬紅莉栖、橋田鈴羽、橋田由季、漆原るか、秋葉留未穂の6名を悪いようにはしないと!」


岡部(未来)「だがその一週間後に、鈴羽が跳んだ……」


ラウンダー1「その時点で彼らのタイムマシンは完成していたものと思われます」


岡部(未来)「…………俺の通達に対する、返事……」



岡部はクシャクシャになった白い小さな紙を広げた。





『待ってて。必ずあたしたちがおじさんを』







『救ってあげる。』

岡部(未来)「救ってあげる……とは何だ?何から救おうとしてるんだ?」


岡部(未来)「ぅぐっ……」


ラウンダー1「鳳凰院様、お薬を」


岡部(未来)「いらん!!」


ラウンダー1「理想郷完成の前に亡くなられては困ります」


岡部(未来)「……チッ」



岡部(未来)「…………ん」


ラウンダー1「…………何故タイムマシンをこちらに戻したのですか」


岡部(未来)「…………」


ラウンダー1「私には粛正のためだけ、とは思えないのですが」


岡部(未来)「…………」


ラウンダー1「…………失礼しました。出過ぎた真似を」

岡部(未来)「…………鈴羽だけだ」


岡部(未来)「あと鈴羽だけなのだ……」


岡部(未来)「鈴羽の計画を阻止することで、全ては完成する」


岡部(未来)「お前たちでは無理なことは十分分かった」



岡部(未来)「ならば直々に……この俺が行ってやろう。鈴羽よ」


ラウンダー1「鳳凰院様自ら……!」


岡部(未来)「そうだ」


ラウンダー1「おやめください。もし貴方の身に何かあったなら、私たちはどうすればいいのですか」

ラウンダー1「貴方に拾われて救われた人間も大勢いるのですよ?どうか考え直されて下さい」


ラウンダー1「……橋田鈴羽は、生け捕りでなくてはダメなのですか?」




岡部(未来)「!!!」

ラウンダー1「過去で殺してしまえば、もう彼らに対抗策は……っ!」


岡部(未来)「…………」


ラウンダー1「……あ……いえ、申し訳ありません」


岡部(未来)「…………タイムマシン五号機の準備をしろ。この場で殺されたくなければな」


ラウンダー1「はっ!鳳凰院様は……」


岡部(未来)「俺は少ししてから行く。お前はついてくるな」

ラウンダー1「了解しました」




岡部(未来)「…………」

岡部は自室の壁のスイッチを押した。


すると壁がゆっくりと上がり、ちょうど扉くらいの大きさの隙間が出来あがった。


その扉に小さくしつらえられたドアノブに、彼は手をかける。




そこはファンシー、という言葉がぴったり当てはまる部屋だった。


壁も天井も薄いピンク色で統一されており、床にはどこかで見たことのあるようなキャラクターのカーペットが敷き詰められている。


部屋の中央には巨大なお姫様ベッド。



ベッドの中には、お姫様がいた。



もう、とうの昔に壊れてしまったお姫様が眠っていた。

岡部(未来)「まゆり……」

まゆり(未来)「…………」


虚ろな表情をしたお姫様は、岡部の声に応えない。


岡部(未来)「まゆり。俺は少し、出掛けてくるよ。大切な用事ができたから」

まゆり(未来)「…………」


春風のように優しい声。

岡部は呼びかけながら、お姫様の美しく手入れされた髪を撫でる。


お姫様は、応えない。


岡部(未来)「やっとだ、やっと……これまでの全てに終止符が打たれ、これからの全てが渦巻く波となってやってくる!!俺たちの理想郷が完成するのだ……まゆり!」


まゆり(未来)「…………」


岡部(未来)「お前も……お前も…………ッ」



お姫様は、応えない。

岡部(未来)「どんな医者もお前を治すことができなかった」

岡部(未来)「だがきっと!新しい景色が見えれば、そうすれば……お前はもう一度、心を開いてくれるはずだ」


岡部(未来)「お前の祖母のお墓に行こう。スーパーに行こう。コミケに行こう。コスプレ、も……少し嫌だがやってやる」


岡部(未来)「お前の望むところ、どこでも行こう!!お前のどんな望みでも、叶えよう!!だから、」


岡部(未来)「だからもう一度、笑ってくれ」


岡部(未来)「俺の腕に触れて、名前を呼んで、笑いかけてくれ――――」



岡部(未来)「まゆり!!!!」




まゆり(未来)「…………」

開かれた虚ろな瞳に


   岡部は映っていない。



岡部(未来)「…………」


岡部(未来)「全てが、終われば」

岡部(未来)「また昔みたいに戻れるはずさ」


岡部(未来)「また皆で、昔みたいに笑いあえるはずさ」


岡部(未来)「鈴羽さえ、捕まえれば……」


ラウンダー1『殺した方が、いいのでは?』




岡部(未来)「できるわけないだろうが」

岡部(未来)「鈴羽は俺の恩人だぞ?」


岡部(未来)「アイツだってラボメンなんだ……。絶対に殺しはしない」



岡部(未来)「もう何もかも無駄なんだよ鈴羽。なのにお前は、何をしようとしている――――?」

2010年――――


ダル「ああ゛~」


岡部「ポテチがあるぞ。冷蔵庫にプリンもある」


ダル「うんあのさ、何でため息=餌よこせみたいになってるん?」

岡部「……違うのか?」


ダル「傷つくわーその本気で分かんないみたいな顔。……ってか牧瀬氏まだなん?あれから時間けっこう経ったけど」


岡部「確かに遅いな。助手め、どこで道草を食っているのやら」


ダル「彼氏に会う前に激カワコスメで愛されメイク♪」


岡部「スイーツ(笑)」


ダル「スイーツ(笑)」

ル「まとめてはみたけど、大体いいのかなこんな感じで」

岡部「ふむ……助手は俺たちほど強くリーディングシュタイナーが発現していないからな。もう少しわかりやすい方が良いかもしれん」


ダル「そーさね。ちっと手を加えようか」


岡部「まぁ、話しながら説明するのならそれほど問題は無いだろう」


ダル「そう?でも暇だからなー。やっとくお」


岡部「そうか。……少し、夜風をあびてくる」


ダル「んー」







岡部「……鈴羽から連絡、は……無いな。紅莉栖からも無い」



もちろん、まゆりからも。

鈴羽はまゆりに接触してはいけないと言っていた。

それは恐らくまゆりの精神状態が不安定なので、時期を見た方がいいということだろう。



だが最後の言葉は何だ?


『牧瀬紅莉栖に、椎名まゆりを接触させないで』

これはどういうことなのだろうか。


まゆりに紅莉栖を会わせると何かまずいことが起きる、とでも言うのか?




分からない。

未来から鈴羽が来た。

タイムマシンで過去へ跳んだ。

ダルに全てを話した。


……ダイバージェンスメータの数値は変動しているのか。


頭痛が来ない。

世界線変動の際に発動するあの痛みが来ない。


まだ足りない。

やはり過去へ跳んで、決定的に未来が変わる事象を引き起こすしかない。


しかし……どうすれば……


岡部「…………」






紅莉栖。


お前の力が必要だ。

俺たちだけじゃダメなんだ。



どこにいたって俺はお前を――――




――――だが、紅莉栖を選べばまゆりは……

店員「ありがとうございましたー」


紅莉栖「…………」

紅莉栖(ドクペ、買っちゃった。腐るほどあるんだろうけど)


紅莉栖(まぁ何にも買っていかないよりはマシよね。……と、もう11時だ。メールくれたからいるとは思うけど、寝ちゃってるかもしれないわね)



紅莉栖(……夜道怖い)


紅莉栖(走ってこっと)

その30分前・フェイリス家――――


フェイリス「本当に大丈夫?まゆりちゃん……うちにいくらでもいてくれていいんだよ?迷惑なんかじゃないんだよ?」

まゆり「ううん、ありがとう……でもごめんね。まゆしぃ、お家に帰るよ。こんなに泊めてくれてありがとう」

フェイリス「ほんと……?うちは全然……」


まゆり「あと話とか……聴いてくれてありがとう留未穂ちゃん。なんだか色々分かんなくなってたから……。すごく嬉しかった」


フェイリス「そんなこと……」


まゆり「まゆしぃはもう、大丈夫なのです!黒木さんもありがとうございました。お世話になりました……」


黒木「いえいえ。またいつでもいらっしゃってください」

まゆり「本当にありがとう。今度お菓子、作って持ってくるね」

フェイリス「……うん。じゃあまた、メイクイーンで会おうね」

まゆり「うん!さよならー!」


フェイリス「…………」



遠ざかっていくまゆりちゃんに手を振りながら。

彼女が前を向いたのを確認して、私は自分の涙を拭う。


どうしてかなぁ。

どうしてかなぁ。


まゆりちゃんの話、いっぱい聴いた。

まゆりちゃんの手を握って、慰めた。

泣いているまゆりちゃんに、タオルを渡した。


なのにどうしてまゆりちゃんの瞳はあんなに真っ黒なのかなぁ。

どうしてまゆりちゃんのくまは来たときより深くなってるのかなぁ。



フェイリス「黒木……」

黒木「……?」


フェイリス「私……何にもできなかった。友達なのに、何にもできなかったよ……!」


黒木「お嬢様……」


路地――――


紅莉栖「……ふぅ」

紅莉栖(疲れたから岡部の分のドクペちょっと飲んじゃった)


紅莉栖(まぁいっか……はっ)


紅莉栖(これを岡部が飲むってことは、か、か、)


紅莉栖(…………か)


紅莉栖(…………)ダダダダ

路地――――



まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ

路地――――



紅莉栖(もう!余計なことばっかり考える!)


紅莉栖(もうあそこを曲がればラボ!顔ちゃんと戻して……っ)



ドンッ

紅莉栖「いたたた……あっごめんなさい。大丈夫ですか?」

鈴羽「!!」


鈴羽(牧瀬紅莉栖っ……)


鈴羽(前方からは……ッ)


鈴羽(椎名……まゆり!!?)


鈴羽「くっ!」ガシッ

紅莉栖「きゃっ!?」


鈴羽(隠れなきゃっ裏路地へ……ッ)


鈴羽(急げ……急げッ!!)





まゆり「…………」ザッザッ

まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ





まゆり「…………」ピタ



まゆり「…………」


まゆり「…………」



まゆり「…………」ザッザッ


まゆり「…………」ザッザッ

鈴羽「はー……はーっ……!」


鈴羽(頭が……痛い!)


紅莉栖「あ、あの……大丈夫ですか?」

鈴羽「ラボ……」


紅莉栖「え?」


鈴羽「少ししたら、ラボへいって。岡部倫太郎がアナタを必要としてる」

紅莉栖「何で岡部のことを……」


鈴羽「いって!」


紅莉栖「!は、はい」



鈴羽「……ふ……ぅ」

鈴羽「椎名まゆり……」

ラボ前の階段――――


紅莉栖「…………あっ」


紅莉栖「岡部!」


岡部「……紅莉栖」

紅莉栖「待っててくれてたの……わっ」

岡部「…………」グッ


紅莉栖「……どうしたの?」


岡部「……」


紅莉栖「……顔、見せて」


紅莉栖「はぁ……ったく……」


岡部「?」


紅莉栖「ほら!これ飲んで元気出せ!」

岡部「ドクペ……」

紅莉栖「ね?」


岡部「……ああ」


岡部「ありがとう」

岡部「フゥーハッハッハッ鳳凰院凶真、復・活!」

紅莉栖「うるさい!ご近所に迷惑だろ!」

岡部「む……助手の分際で、」

紅莉栖「…………」

岡部「あ、すいません」



紅莉栖「それで?私を呼んだ理由は?」

岡部「……話せば長くなる。とりあえずラボに入ろう」


紅莉栖「そうね」


岡部「…………紅莉栖」


紅莉栖「ん?」






岡部「俺の話を、信じてくれるか」


紅莉栖「…………」





紅莉栖「科学的根拠の、ある話なんだろーなっ」





岡部「フ……。それでこそ助手だ」

ラボ――――


紅莉栖「ハロー。橋田」

ダル「おぉー牧瀬氏ー!久しぶりー……でもない件」

紅莉栖「こないだ会ったばっかりよ。まったく……研究所にも迷惑かけてきたんだから、下らない用事だったらホント、ぶっとば……」


ダル「そうそう!今回呼んだのはさ、この新しい未来ガジェット開発のためなんだけど」


そう言ってダルはおもむろに割り箸を取り出した。

紅莉栖「へ?」


ダル「うん、今回のは上手くいけば商品化も夢じゃないお!聞きたい?しょうがないなー、驚異の未来ガジェット!その名も『一刀両断!チョップスティックver……」



紅莉栖「は、橋田ああぁあぁぁ!!!!」

岡部「くくっダル、その辺にしておけ」


紅莉栖「えっ?」カシャッ


ダル「うほー!牧瀬氏のキョトン顔いただきましたぁン!これで勝つる!」


紅莉栖「は、橋田……」


ダル「反省はしている、後悔はしていない。でも、肩の力は抜けたっしょ」


紅莉栖「アンタねぇ……!ふざけるのもいい加減にっ…?」


そこで紅莉栖は気付く。

ダルの眼が、真剣なそれに切り替わっていることに。


ダル「牧瀬氏、今から大事な話をするけど」

ダル「リラックスして聞いてほしい件。僕たちの話を、熱くならずに聞いてほしい」


ダル「牧瀬氏の力を借りたいんだお」


紅莉栖「え……?」

俺とダルは長い長い話を始めた。


内容が内容なだけに、なるべく分かりやすく、誤解が生まれないようにゆっくりと説明する。


紅莉栖は相づちを入れたり、たまに息を飲んだりをしながらも、黙って俺たちの話を聴いてくれた。

だがこの世界線の未来を話した時だけは、すかさず声を上げた。



紅莉栖「そんなはずない!」


ダル「……気持ちは分かるぜ牧瀬氏。そうなんだけど」


紅莉栖「いや、岡部はそんなことしないわ!確かに厨二病だけどヘタレだし、度胸も無いし!」

ダル「そうなんだけど。SOUNANDAKEDO!!」

岡部「おい」



紅莉栖「良く分からない……良く分からないけど絶対無いわよ!そんな人間じゃない!」

紅莉栖「えーっと、その……ほら、岡部ってビビりだし」

ダル「うんうん」


紅莉栖「でっかい事口にするくせに、いざとなったら逃げるし」


ダル「オカリンの逃げ足の速さは異常」



紅莉栖「カリスマだって……そりゃちょっとはあるけど、大人数の中じゃきっと埋没するわ!」


ダル「wwwwwwwwwwww」



紅莉栖「ほ、ほら!統率力も無いし、成績もそこまで良くないし、友達も少ないから!」

ダル「すっげぇ……こうして聞くとマジでダメ人間だお」



岡部「……もうほんと勘弁してくれ。心がおれる」

時計の針が、日にちが変わったことを示した。


岡部「こんなところか……」


ダル「そだね。だいたい話尽くした」


紅莉栖「……」


岡部「さて話も終わったところで、天才科学者牧瀬紅莉栖の御考察をお聞かせ願いたいところだが……少々時間が過ぎているな」


ダル「もう十二時回っちゃってる件」


紅莉栖「……橋田。その白い紙は何?」

ダル「あ、これ?牧瀬氏に渡すつもりで書いたやつ。ほい」

紅莉栖「ん……これ持って帰ってもいい?」


ダル「勿論。そのつもりで作ったんだお」


岡部「では、帰るとするか。鈴羽が来るかもしれんな、ラボは開けておこう」


ダル「えっ」


岡部「取られても大したものは無いしな」


ダル「エロゲが……」


岡部「無いしな」


ダル「エロ……」

岡部「とられるのが嫌なら持って帰ればいいではないくぅぁ」


ダル「ビジュアル的にOUTでしょ」


岡部「真夜中に エロゲを抱え 歩く[ピザ] その様まさに 犯罪者かな」


ダル「一句詠むなお。つーかそもそも多すぎて持ちきれない件」


岡部「こんなボロい建物に入る泥棒などおらん!」


紅莉栖「…………」


岡部「紅莉栖、出るぞ」


紅莉栖「あ、うん。……」


ダル「やっぱ持って……いやでも」


岡部「捕まるのがオチだぞ?」


ダル「なんかカバン的なもの無い?」


岡部「無い」



ダル「オカリンも持ってよ」


岡部「ぬぁぁんで俺がエロゲを持つのだ!!?」

岡部「やーめーろって。持たそうとするな!」


ダル「ちょっとだけ!ね、先っちょだけでいいから」


岡部「キモい!くどい!暑い!くさい!」


ダル「頼むよオカえも~ん」


岡部「ダメだよジャイアン」


ダル「そこはのび太だろ常考……」



紅莉栖「…………」


岡部「……紅莉栖?」

紅莉栖「え?あ、ああ、出るわ」


岡部「…………?」

ダル「うー!寒くなってきたおー」


岡部「半袖だからだろ……。少しは世の中と同調しろ」


ダル「んじゃ、明日同じ時間くらいに来るお」


岡部「ああ」


ダル「じゃあオカリン牧瀬氏、また明日」


岡部「ああ。じゃあな」


紅莉栖「バイ、橋田」



ダルは足早にこの通りから去っていった。




岡部「送る、か」


紅莉栖「えっ……う、うん」

鈴羽って別の世界線の記憶を全部思い出したら結構な情報量ありそう
成功した橋田鈴と失敗した橋田鈴とβの鈴羽とか色々あるし
具体的な思い出す範囲がよくわからんけど

岡部「……」

紅莉栖「……」




岡部「……悪かったな。無理を言って呼んでしまって」


紅莉栖「!……珍しく素直だな」



岡部「その……研究所の方々には何か言われなかったのか」


紅莉栖「意外とすんなりOKくれたわ。事前にその……」


岡部「?」


紅莉栖「か、彼氏が出来たって話……、してたの。だから」


岡部「そー、そうなのかっ」


紅莉栖「わ……私、いっつもムスッとしてるじゃない? 研究所だと、もっとひどいの。仲のいい人も何人もいないし…。でもその話をしてる時だけは、表情が明るいなって言われた」


岡部「……」




紅莉栖の小さな手が、俺の手に触れた。

かと思うと、少し強引に、きゅっと結ばれる。



岡部「お、お前っ」

紅莉栖「嫌なのかっ」

岡部「嫌…ではないが、こんな町中、で、だな」

紅莉栖「アンタの手…汗びっしょり」

岡部「嫌なら離すがいいっ」


紅莉栖「ふふっ」

紅莉栖のマンションへと歩く間、俺たちは他愛も無いことを話し続けた。


紅莉栖のアメリカでの話。

俺の日本での話。


なぜだろうか、タイムマシンとかディストピアなどと言う単語は道中一度も出てこなかった。






お互い口下手の人見知りのくせに、なぜ二人だとこうも饒舌に話せるのだろう。

意識しなくとも話題が浮かび上がってくるのだろう。



束の間の静寂の中でそんなことを考えているうちに、あっというまに紅莉栖のマンションに到着してしまった。

岡部「案外早かったな」


紅莉栖「……うん」


岡部「では明日は来る前に連絡をくれ。俺たちは多分朝からラボにいると思うが、一応な」


紅莉栖「分かった」


岡部「それと明日は、お前の考えを聞かせてもらいたい。……がそんなに気構える必要は無い。思いついたこと、気が付いたことを遠慮なく言ってくれ」


紅莉栖「うん……」


岡部「ではまた明日な。風邪などひかぬように! さらばだ……っ」


颯爽と去ろうとしたのだが、白衣の袖口を引っ張られてなんだか間抜けな姿になった。


岡部「おい……せっかく」


紅莉栖「アンタの家、こっから遠いんでしょ」


岡部「ん?まぁ……」


紅莉栖「ちょっと寒いし、コーヒーでも出すわよ。送ってくれたんだし」


岡部「こぉひぃ…?」


紅莉栖「もう!ニブい奴だな」




紅莉栖「あがってけばって言ってるの!」


岡部「んなっ! し、しかし、結婚前の男女が二人でホテルになどっOHフケツぅー!と言われてもしょうが」

紅莉栖「茶化すなら帰れっ!」クル


岡部「そこまで言うのなら仕方あるまい、行ってやろうではないかっルォンリヌェス…な助手のたーめーにーなーッ」


紅莉栖「……」スタスタ


岡部「っちょ、待っ…ウェイッ!ウェーーイッッ!!」



ホテル六階――――

エレベーターの、ドアが閉まる。



岡部「…………」


紅莉栖「何ぼーっと突っ立ってんのよ。さくさく歩く」


岡部「う、うむ」




くそっ。

少したじろいだ俺がバカみたいではないか。

助手め。



岡部「じゃ……邪魔するぞ」


紅莉栖「ん。……あああ待って!!ちょっと片付けるからまだ入るな!」


岡部「ぬおう!」


襟を掴まれて引き戻される。


何だというのだ!

紅莉栖「はい、コーヒー。ブラックだけど」

岡部「ドクペはないのか」

紅莉栖「ドクペはどこにでも置いてあるわけじゃないのよ、鳳凰院さん」


俺は一口、コーヒーをすする。 苦い。



岡部「いい眺めだな、此処は」


紅莉栖「そう?」


岡部「ああ。秋葉原が一望できる」


紅莉栖もコーヒーを片手に、テーブルに着いた。



紅莉栖「私はたまに夢に見るくらいしか出来ないけど、岡部は体験してきたのよね」


紅莉栖「この秋葉原で――――何度も何度も。」


岡部「…………」




紅莉栖「……辛かった?」


岡部「…………」



岡部「…………そうだな」

岡部「何の変哲もない日々だったな……最初は。ダルはネット、まゆりはコミマの衣装づくり……そしてお前と出会って」


岡部「最初のお前というのが、生意気なのだこれが!」

紅莉栖「は、はぁっ?そんなこと言われたって分かんないわよ!」


岡部「タイムマシン議論で一戦交えて俺をことごとく論破し最後に『ね、鳳凰院さん?』ってああああ思い返すと腹が立ってきたぁぁぁぁ!!!!」


紅莉栖「それただの負け惜しみじゃない!!」


岡部「そんなこんなでお前はラボメンになったのだ。仮、だがな!」


紅莉栖「仮?」


岡部「我がラボに所属するメンバーには人間的に成熟した精神が必要なのであってだな……」


紅莉栖「日本に短期滞在だったから、とかでしょ理由は」


岡部「む……そうともいう」

岡部「それでだな……」

紅莉栖「うん」


岡部「Dメールから電話レンジがタイムマシンであることがわかって……」


紅莉栖「うん」


岡部「ラボメンは、どんどん増えていった……」


紅莉栖「うん」


岡部「そして、実験…………してだな…………」


紅莉栖「うん」


岡部「…………」



岡部「………………………………………………………………」


紅莉栖「…………」


岡部「…………まゆりが……………………死んで…………だな……………………」


紅莉栖「……うん」

岡部「…………何度も、助けようとして…………ッ…………」


紅莉栖「うん」


岡部「…………でも、無理で…………お前に助けてもらって…………だな…………」


紅莉栖「うん」


岡部「…………みん、なの想い…………踏みにじって、だな…………」


紅莉栖「うん」


岡部「…………………………………………」


岡部「…………っ」




岡部「お前を……っ…………っっっ……………………ぐッぅ」



紅莉栖「…………ほら」













紅莉栖「やっぱり、辛かったんじゃない」

紅莉栖「がんばったんだよね。たった独りで世界線を越えて、ここまで来たんだよね」


岡部「……違う……助けてもらったんだ…………」


紅莉栖「そうね。でも心の底では思っていたはずよ。胸の中にある全ての悲しみも苦しみも、共有出来ない。皆には記憶が無いから。起こったことを、誰も知らないから」


岡部「……………………」


紅莉栖「私には記憶が断片的にしかないけど、今の岡部を見ればどれだけ苦しい想いをしてきたかが分かるわ」


岡部「……………………」

それでも岡部は泣かなかった。


私には、彼を心の底から労ってあげることが……できなかった。

彼と分かち合うに足るだけの記憶が、私にはないから。



紅莉栖「岡部、眠ったの……?」


岡部「……………………すー…………」


紅莉栖「……ふふふ」ギュ



岡部がたくさん辛いことを経験したのは分かる。


だからこそ、それを癒してあげられないことが悲しい。


悔しいけれど、私には出来ない。



そして、





――――まゆり。

橋田がくれたこの紙。


私にはわかる。


あなたが一番苦しんでいるのは、死んだことでも、殺されたことでも、その記憶でもない。




私と岡部が結ばれたこと。


それがあなたを何よりも苦しめている――――今も!



気付かなかった私をどうか許して。


気付いていたとしても岡部を欲してしまう私を――――どうか許して。





皆苦しんでいる。





この世界線では、





誰も 幸せ に なれない 。

岡部「……んぅ………………」


紅莉栖「!…………」


岡部「…………すぅ…………」




ごめんね。


岡部。


ここがゴールじゃなくて。


やっと幸せになれると思ったのにね。


ダメみたい。


この世界線の牧瀬紅莉栖じゃ、あなたを幸せにできない。


他の世界線の私のことはわからないけれど。


初めてこんなに、――――




岡部「…………すー…………すー」


紅莉栖「あったかい……」




この温もりを感じるのは、今日が最後。



やっと、やっと――――


いや、ダメ。




私は、




まゆりを不幸にして、




幸せになることなんてできない。

岡部「…………すぅ…………」




紅莉栖「ごめ…………っ岡部…………」

紅莉栖「…………ッ肩……濡らすね…………っ……うっ……ッ……」ギュゥゥ





ねぇ、アインシュタインさん。


ソースとか証明とか……生意気なこと言わないから。



今だけは。



相対性理論なんて……消えて、無くして。



お願い、時間、




今だけは止まって……!!






私、



岡部と、



ずっとずっと一緒にいたい。




だからお願い。




今だけは……。

次の日・ラボの入口――――



岡部「……ダル」


ダル「なんぞ?」


岡部「一応聞いておこう。…………お前、何をやっているのだ」


ダル「監視カメラのとりつけ」


岡部「お前、頭がバカなのか?」


ダル「冗談キツいぜオカリン……。これは全て……オカリンのせいなのだぜ?」


紅莉栖「私、先に入ってるから」


岡部「ああ。……良く聞こえなかった。もう一度言ってくれダル」


ダル「……昨日の帰り、エロゲ」


岡部「だからそれはお前があんなに持って帰ろうとするからだろうがっ!」



ダル「甘ぇ、甘すぎるぜっ……金平糖かよてめえはっ、OKARYYYYYYYYYYYYNッッッ!!??」


岡部「なんだこいつ……」

岡部「お前がエロゲ持ち帰って恥ずかしかった、それだけだろう」


ダル「それだけならわざわざビックカメラで6900円も払ったりしないお」



岡部「意外と安いな」


ダル「ただのビデオカメラだからね」



岡部「分かった。では何があったのか話してみろ。謝るかどうかはそれから決める」


ダル「…………」



岡部「…………」



ダル「……に……れた」


岡部「んん?聞こえんぞぉ?」


ダル「ニヤニヤすんなお」


岡部「む……よし。いいぞ」


ダル「…………」


岡部「…………」


ダル「…………された」


岡部「ん?」




ダル「…………職務質問された」

岡部「…………」


ダル「…………」


岡部「…………うわあ」


ダル「ふんっ!」


岡部「痛っ!何でだよ!?」


ダル「僕がどれだけ情けない思いをしたか……」


岡部「待て、おかしいぞ!?俺はなんにも悪くないだろ!ただお前の風貌が犯罪者チックだったというだけの話……痛ッ!!ホントに痛い!やめろ!」


ダル「分かるか!?嫁を家に連れてかえっている時に警察に呼ばれる、僕の気持ちがぁっ」


岡部「ほんとに知るか!」


ダル「だから決意したよ……ラボを絶対安全な、エロゲの砦とする事をなぁぁぁぁぁぁあぁっ!!!!」


岡部「迷惑だ……すごく迷惑だ……」

岡部「そういえば、鈴羽はラボにいなかったか?」


ダル「見てないけど」


岡部「そうか……」

ダル「つかオカリン、なんか肩濡れてない?」


岡部「む?確かになにか濡れた跡が……」


ダル「…………ッ」

岡部「どうした?」

ダル「まさか、まさかこれはっ牧瀬氏の、マnぐァッッ!!」ドゴロシャボキャアアアア


紅莉栖「こ、こ…………このHENTAIッッ!!」


ダル「」



岡部「いくぞ、ダルよ。 円卓会議の始まりだぁ!フゥーハッハッハッハァ!!!!」



ダル「」

紅莉栖「じゃ、始めるわよ!」


岡部「待て」


紅莉栖「何よ」


岡部「ぬぁぜお前が仕切るのだッ」


紅莉栖「あんたたち、私の力が必要でアメリカから引っ張ってきたんじゃなかったの? じゃあ、私が仕切るのが当然じゃない」


岡部「そんなことは関係ぬぁぁぁい!!いつ何時であろうとラボを仕切るのはこの俺!鳳凰院凶真な、の、だッッ!!」


紅莉栖「なによその非論理的な言い分!?私の意見が欲しいって言ってたろうが!」

岡部「覚えておーけぇ、マッドサイエンティストは常識を超えた存在だ」



紅莉栖「……帰るわよ!?」


岡部「帰るな!」


紅莉栖「えっ……」


岡部「お前の力が必要なんだ」


紅莉栖「……そっ、そんな言葉に……」




ダル「」

岡部「議題は無論まゆり、そして未来改変についてだ」


岡部「紅莉栖、昨日ここに来る前にまゆりに会ったか?」


紅莉栖「会ってないけど……変な女の子に押し倒された」


岡部「……鈴羽か?」


ダル「だろうね」


岡部「おそらくその娘が鈴羽だ、紅莉栖」


紅莉栖「あの、昨日橋田の娘って言ってた……」


ダル「そうだお」


紅莉栖「……私が二人の話を信じきれない原因は、そこにあるのかもしれないわ」


ダル「え?」


紅莉栖「だって橋田が結婚するって……そんな未来あるはずが……」


ダル「…………岡部。何笑ってる」


岡部「っ……っ……すいません、……橋田さん。っ」

紅莉栖「なんだか、すごく苦しそうだった」


岡部「……電話をかけてみる」





岡部「…………出ない、か」


ダル「…………」


岡部「心配するなダル。あいつは俺を何度も救ってくれた……そんなにヤワな女ではない。なんといっても、戦士だからな」


ダル「……うん」


ダルはふと微笑んで軽く縦に頭を振った。



ダル「さ、会議の途中に遠慮なくエロゲをやるおー!ついでに監視カメラ、スイッチオーン!」


ダルが一転して明るい表情でパソコンの電源をつける。


俺たちは、解っている。


少しでも油断すればすぐに負の雰囲気に飲み込まれてしまうことを。


だから必要以上にふざける。


ふざけて笑う。



下を向いていても、誰も救えない。



ダル「…………」



ダル「オカリーン」


ダルがこちらを向いた。

表情は少し堅い。



岡部「なんだ、エロゲをするのではなかったのか我が右腕よ」


ダル「いやー持ってくるの忘れちゃったおー」


なんだかわざとらしい。


紅莉栖「橋田……?どうしたの?」


紅莉栖もダルの不自然さを感じとったらしい。

ダル「ちょっとこっち来てよ二人とも」

声は明るいが、相変わらず表情は堅い。

不審に思ったのか紅莉栖がパソコンに近づいた。

画面には監視カメラの映像が写し出されているようだ。



紅莉栖「なによ…………ッ…………」


紅莉栖が息をのむ。


岡部「なんだ、どうした……?」



ダル「オカリンも来てよ」


俺は立ち上がり、パソコンの前にいる二人の間から、画面を見た。









画面には












ラボのドアにはりつく




















まゆり。

ひえっ...

再開

岡部「ま・・・ゆ、り・・・」


なんだ、その眼は・・・?

人はいったい何日間眠らなかったら、こんな顔になるのだろうか。


それだけでは無い。

まゆりが今までどれほど辛かったか、苦しかったか――――、その表情が、すべてを物語っている!


そのことが瞬時に見てとれたらしい。


ダルは目を伏せたまま、紅莉栖は口を手で覆ったまま、二人とも震えていた。

岡部「くっ・・・!すべて、俺のせいだ・・・!!」

紅莉栖「違う!岡部は」

ダル「二人とも黙って!!」



紅莉栖「ッ・・・」



ダル「まゆ氏が、何か言ってる」




俺たちは、画面により耳をすませた。




まゆり「・・・は・・・れ」

まゆり「まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。
まゆしぃはいつもなかまはずれ。 まゆしぃは」

岡部「あ……あ……!」


まゆり「オカリン、まゆしぃがもういらなくなったんだね。」


岡部「ち、違う!!!」


紅莉栖「待って岡部!!行っては駄目!」

岡部「何故だ!まゆりが今、苦しんでるではないか!? ここで行ってやらなくて、なにがラボメンだ! 俺は行く!!」

紅莉栖「だって、でも・・・!」


岡部「はなせ、紅莉栖!」

紅莉栖「岡部ッ……」

岡部「……すぐに戻るっ」





ダル「牧瀬氏……どうするん?追いかけた方が…」


紅莉栖「橋田……」




紅莉栖「私、岡部と別れることを決めたの」


ダル「……はい?」


ダル「……マジで?」


紅莉栖「ええ」


ダル「ッあぁーーっ、分かる!分かるお牧瀬氏!確かに彼女ほっぽり出して別の女のところいっちゃう男なんて最低!不潔!僕が仮に仮に女でもNO THANK YOU!! でも説明したとおり、オカリンにはなみなみならない事情があって・・・」



紅莉栖「違う、違うの」




紅莉栖「でも私、岡部が好きなの」


紅莉栖「そう……好きなのよ!」


ダル「……」



ダル(何がなんだかわからない……)


ダル「好きなら一緒にいれば、」


紅莉栖「駄目なの。私、まゆりを傷つけたまま幸せになんかなれない」

紅莉栖「それに……」

ダル「…?」


紅莉栖「この世界線の未来……支配者になった岡部の隣に、私がいると思う?」


紅莉栖「多くの人を苦しめている岡部と私が、のうのうと愛し合っていると思う?」


ダル「……!」



紅莉栖「そんなわけない。私は戦ってるはず! 岡部を救いたくて、運命に抗ってるはず!!私はそういう人間よ!」


紅莉栖「たとえ、それが岡部と敵対することになったとしても……!」

ラウン館工房前――――


岡部「まゆりッ!!」


まゆり「……」


岡部「ハァ、ハァ・・・ぐっ」


俺は体力がない。それはラボメンならば誰もが知る周知の事実だ。


しかしさすがの俺でも、ラボから道路に出る階段を下ったくらいで息切れを起こすほどひ弱ではない。


なのに今の俺は、フルマラソンを終えた直後のように、息を荒げている・・・!

まゆり「なぁに? オカリン」


岡部「フ…ハハ、どこへいくのだ。まゆり。安心しろ、まだ円卓会議は始まってはいないぞ」


まゆり「……」


岡部「さぁ、いくぞ」


まゆり「まゆしぃはいかない。いきたくない」


岡部「なぜだ、まゆ」

まゆり「オカリン」












まゆり「紅莉栖ちゃんを呼んでくれる?」

岡部「……!」

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鈴羽『椎名まゆりを牧瀬紅莉栖に、絶対接触させないで』

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岡部「……まゆり。それはできん」


まゆり「どうして……ッ!」


岡部「まゆり、すまない。すべて俺が悪いんだ、だが俺は必ずお前を」



まゆり「そっか」



まゆり「紅莉栖ちゃんの方が大切だもんね……オカリンは。」


まゆり「まゆしぃはずっとオカリンを見てきたし、これからもいっしょにいれると思ってたけど」


まゆり「そんなの、まゆしぃの夢だったんだ……」


まゆり「誰もわるくないよ、オカリン」












まゆり「ただ、まゆしぃが苦しめばいいだけ。」




そしたらみんな、幸せになれるんでしょう――――?














岡部「う゛あああ゛アアああああああああーーーーーーーーーッッ!!!!!」

秋葉原某所――――

鈴羽(反応が、増えた)


鈴羽(それと同時にまたラウンダーたちが動き始めた)



鈴羽「まさか……」


鈴羽(おじさんの方は、準備整ったのかな)





鈴羽「電話でないや……まずいよ、おじさん」

ブラウン館工房前――――


紅莉栖「岡部!」


ダル「オカリン!」


ダル「オカリンしっかりしろ!オカリン!」


岡部「」



紅莉栖(まゆりは、いなくなってる…)


岡部「う、」


ダル「オカリン! 良かった、心配かけんなよな!」



岡部「うっ、うう、あああぁぁああ」


岡部「ああ、あっ、あっあああああ! うっぐっ、う、ああああああ」




ダル「ちょ、どうしたオカリン!?」

岡部「うっうっうっ」


ダル「もしかして泣いてんの?」

紅莉栖「ええ。マジ泣きね」


ダル「誰か説明プリーズ……」


紅莉栖「……多分」




紅莉栖「もう、未来は決まってしまった」


ダル「・・・what?」



紅莉栖「・・・その顔やめてくれる?蹴りたくなるんだけど」


ダル「正直スマンかった。マジメに聞くお」


紅莉栖「あんたたち、最初にまゆりのリーディングシュタイナーは他の人より強いって言ってたでしょ?」


ダル(そう言いながらさりげなくオカリンの横にポジチェンだと・・・?この女、やはりスイー)


紅莉栖「ふんっ!!」


ダル「あいったい!!」



紅莉栖「…その顔、やめろって言ったわよね」



ダル「あ……ありがとうございます」



紅莉栖「普通の人は世界線移動の記憶を保持することはできないのよね」


ダル「そう……だお。オカリン以外は」



紅莉栖「整理しましょう」



紅莉栖「リーディングシュタイナーは誰しもが持っている能力。」

紅莉栖「けれど普通は弱すぎて、日常生活に支障をきたさない範囲、つまりデジャヴや夢というカタチでしか他の世界線を感じ取ることはできない」



紅莉栖「リーディングシュタイナーは共鳴するという特性も持ち合わせているけれど、一般人の能力は微弱なため共鳴しても他の世界線を知覚するには及ばない……」



紅莉栖「これが前提条件。でも、ここに例外が存在する」



ダル「オカリンと、まゆ氏……」



紅莉栖「そう」

紅莉栖「岡部のリーディングシュタイナーは常人よりも強力に発現されている、と見て間違いないわ」


紅莉栖「世界線移動の際に記憶をキープできるのはおそらく岡部だけだから。そして、彼と接している私たちは普通の人よりも少し強い実感を持って他の世界線の記憶を知覚する……これも共鳴の特性を裏付ける根拠になる」


ダル「いきなり学者モード本気すぎだろ常考」



紅莉栖「ちゃんとついてきて橋田。大事なことなんだから」


ダル「把握」



紅莉栖「続けるわ。岡部は過去のどこかで何らかの理由でリーディングシュタイナーを強く発現。それでも今まで何事もなくやってこられたところを見ると、特に日常生活に異常は無し……と」



ダル「友達は少なかったお」



紅莉栖「それはリーディングシュタイナーのせいじゃないわ」

紅莉栖「橋田は高校から岡部と友達なんでしょ?」


ダル「そだね」


紅莉栖「夢見はどうだった? やっぱり変わったの?」


ダル「う~~…ん、言われてみればあの頃からちょっとリアルな夢を見るようになった気も……」


紅莉栖「ま、その程度ね。岡部自身もおそらく時折そんな風に自分の夢見を感じていたはずよ」


ダル「ハッ…じゃあ、僕がロリ顔きょぬーのおにゃのこたちに囲まれてアッハンウッフンやってたのもどこかの世界線に存在するってことなん!?!?」



紅莉栖「それはアンタの妄想よ」



ダル「やってやる・・・やってやるぅぅぅぁぁぁあああぁあああ゛ああああ゛あ!!!!タイムマシン、もしくはDメールで世界線変更!!!たった今それが、生きる希望になったおお゛!!!」



紅莉栖「(汚物を見るような目)」

紅莉栖「とりあえず、岡部に異常は無いわ。きっとラボを立ち上げなければ、リーディングシュタイナーに気付くことも無かったでしょうね」



ダル「……皮肉な話だね」



ダル「皆が出会って、ラボメンになったのもきっと運命で、すごく楽しくなって……。でもラボを立ち上げて……大切なものが増えたからこそ」


ダル「オカリンはこの力に気付いた。そして苦しむことになるなんて……」



ダル「牧瀬氏だけでなく、もうちょっとみんなを頼れよな…オカリン」



紅莉栖「……」

紅莉栖「本題に入るわ。まゆりに発現したリーディングシュタイナーは、岡部のものと同じくらい強力よ」



紅莉栖「自身の他の世界線での記憶を、おそらくほぼ100%、現実に近いカタチで夢に見る」


紅莉栖「それが辛ければ辛いほど……きっとそう、まゆりの場合は特に言葉に出来ないくらいの苦しみ」


紅莉栖「『死』が何度も何度も襲ってくる。寝るたびに。限りなくリアルに」


ダル「想像しただけで、吐き気がするお……絶対に眠りたくない」


紅莉栖「まゆりの顔の理由が、今身に染みて理解できたわ・・・」



ダル「僕でさえあれだけキツかったのに、まゆ氏は、死ぬんだよな。何度も何度も」


紅莉栖「橋田はまゆりの影響を受けたのよね?」



ダル「まゆ氏の影響を受けて共鳴したオカリンの影響かもしれないけど……多分そうだお」

紅莉栖「どんな感じだったのか、差し支えなかったら聞いても、いい……」



ダル「……うん」



ダル「まず…夢じゃない。」



紅莉栖「それは、さっきの仮説の」


ダル「そう。『100%』なんだよ。確かに寝てるんだけど、夢に思えないくらいリアルなんだ」


ダル「そして色んな人……知ってる人も出る。そこで僕が違う僕として人生のほんの一部分を送る……」



ダル「娘が未来から来る世界線の時が一番キツかった。みんなでサイクリングなんかして、きつかったけど、楽しくて」

ダル「でもIBN5100を手に入れて未来を変える…その希望を託して、過去に送るんだ」


ダル「タイムマシンを僕が治して、娘はそれに乗って最後まで笑顔で過去にいく……でも」







ダル「失敗したんだ」













ダル「……タイムマシンは!!直ってなかったッッ!!!!」



紅莉栖「橋田……」

ダル「タイムマシンは治ってなかった。僕は不完全な修理のまま娘を過去に送り出してしまった。そして娘からの失敗を報せる手紙が来る」




ダル「とうさんのせいじゃないとッ……手紙で僕をかばっていた!!」




紅莉栖「……」




ダル「そこで夢は終わるんだ。起きたときは汗びっしょりで涙も出てた。その日は怖くて悲しくて、何もできなかった」



紅莉栖「……そ、んな、そんなに苦しいだなんて」



ダル「まゆ氏はもっと痛くて、もっと怖くて、もっと悲しいよ。きっと」


紅莉栖「岡部も、そこにいたのよね」


ダル「うん。間違いなくいた」



紅莉栖「岡部はそんな絶望を、何度も何度も味わいながら生きてきた」



紅莉栖「そして今、まゆりも……」

紅莉栖「……まとめるわ」




紅莉栖「リーディングシュタイナーは本来、他の世界線の記憶を断片的、瞬時的に知覚する程度の能力」



紅莉栖「岡部のリーディングシュタイナーは進化しており、自分の移動した他の世界線の記憶を、永続的に知覚する+保持しておく能力」



紅莉栖「対してまゆりのリーディングシュタイナーは、自分の移動した覚えのない他の世界線の記憶をアトランダムに、現実に限りなく近い夢として知覚する能力」



紅莉栖「そして二人とも持っているのが、さっきの橋田のように、『相手と接触することで、その者の他の世界線の記憶を強制的に夢やデジャヴとして知覚させる能力」


紅莉栖「二つ目の力に関して言えば、まゆりのリーディングシュタイナーは岡部のものよりずっと強力よ」



ダル「既に手に負えない件」



紅莉栖「激しく同意よ。でも、さらにもうひとつ、まゆりは岡部を超えた力を持ってる」

ダル「」


紅莉栖「あくまで仮説にすぎないわ……。でも岡部がそこに倒れていることが、何よりの証拠だと私は思う」


ダル「最初に牧瀬氏言ってたよね、もう未来は決まったみたいなこと」


紅莉栖「ええ。岡部が倒れた時点で決まった。もう取り返しはつかない」



紅莉栖「このまま世界が進んでも……もうまゆりは救えない。」



紅莉栖「ディストピアは、形成されるわ」






ダル「……」


ダル「な、なんで」





ダル「なんで!?」

岡部が倒れてるのほったらかしてしゃべってんの?

再開

紅莉栖「岡部には無くて、まゆりだけが持っている力」


紅莉栖「それはおそらく、まゆり自身の他の世界線の記憶を他人に知覚させる能力」


ダル「えっ」



ダル「……それってつまり、まゆ氏が他の世界線で何回も何回も死んだのを無理矢理体験させられるってこと?」



紅莉栖「そういうことになるわね。まゆりのリーディングシュタイナーは、今の彼女の精神に強く影響されているみたいだから、終わりを迎える瞬間が他人の脳に作用して流れ込むはず」


ダル「じゃあオカリンもそのせいで今……」



紅莉栖「岡部は、まゆりを助けるために世界線を跳び続けた」


紅莉栖「それは裏を返せば、時間を越えてしまうほどまゆりの死が辛くて悲しくて、受け入れられなかったということ」


紅莉栖「そんなトラウマになった瞬間を無理やりもう一度見せられたら、……」


ダル「……」


紅莉栖「分かった?橋田。これがどれほど恐ろしくて、危険で、悲しい能力か」


ダル「分かるよ牧瀬氏……!まゆ氏がこの能力を持つ限り、もう人と接することができない。冗談言って笑いあったり、一緒に泣いて励まし合ったりできない! ふとした瞬間に自分の記憶で他人を傷つけるかもしれないからっ……! そういうことだろ!?」


紅莉栖「そう。まゆりにその力が備わってしまった以上、彼女はラボから去るでしょう。そして岡部は、絶対にまゆりを置いて自分たちだけ楽しく過ごすなんてできない。さらに他のメンバーのリーディングシュタイナーの発現……存続は不可能」


紅莉栖「ラボは解散する。そしてラボメンを頼ることのできない岡部は、たったひとりでタイムマシンを作ろうとする」




岡部「タイムマシンなど…俺は作らんぞ……。紅莉栖」



紅莉栖「岡部っ、大丈夫なの?」


岡部「平気……だ。こんなもの、まゆりの痛みにくらべれば……」

岡部「俺は……俺は愚かだった。大馬鹿野郎だ。鈴羽が未来からきて……お前たちを頼り、まゆりと直接会って、やっとわかった」


岡部「心配をかけた……紅莉栖、ダル。もう大丈夫だ。少し一人にしてくれ」


ダル「ちょ、どこいくんオカリン!」


岡部「大丈夫だ。屋上で少し、頭を冷やす。お前たちはラボに戻ってろ」


紅莉栖「……」

秋葉原某所――――


鈴羽「すぅー……すぅ……」


鈴羽「ハッ」


鈴羽(まっずー。ねむっちゃってた)


鈴羽「レーダーの確認、の前によだれよだれ」フキフキ


鈴羽「よしっ。でも一度未来に帰ってたみたいだからまだ……」



鈴羽(いや、帰ってきてる。しかも、反応が増えてる)


鈴羽「まさか……!」



鈴羽「おじさんに電話しないと!」

ブラウン館工房ビル屋上――――



岡部「……」


岡部「……ふーー」



紅莉栖「……」ジトー


岡部「いつまでそうしている気だ」 


紅莉栖「別に」



岡部「何か言いたげだな」


紅莉栖「別にっ!」


岡部「なんだというのだ……」




岡部「少し考え事をしたいから、一人にしてくれと言っただけだろう」



紅莉栖「だから何も言ってないじゃない」


岡部「いぃーーやっ! 分かったことがあるくせに私には教えてくれないーとか思ってる顔だぞそれは」


紅莉栖「思っとらんわ! ただ……ちょっと心配なだけ」



岡部「何がだ」



紅莉栖「アンタが」



岡部「……」

岡部「フゥーーーーハッハッハッハッハァ!!!」


岡部「この俺も堕ちたものだぁー狂気のマッドサイエンティストであり混沌の支配者である鳳凰院・凶真が気を、遣われる、体たらくゥゥ!!」



紅莉栖「アンタはマッドサイエンティストでもなければ混沌の支配者でもない」




紅莉栖「……ただの岡部倫太郎よ」



岡部「……フ」



岡部「この時間帯は組織が来る危険性が高い……ラボを頼むぞ」



紅莉栖「知るか。さっさと降りてきなさいよね」











岡部「…………」


岡部「……いったか」


岡部「……ッッ」ブルブル


岡部「くそっ、まだ体、が」




先ほどの紅莉栖の推察は確かめようがないが、おそらく正解なのではと俺も思っている。やはりあいつは天才だ。




しかしあいつの言うまゆりの持つ力だけは、部分的に不正解だった。






俺は『まゆりの目線で何度も死ぬ』ことを体験したのではない。






『何度も死ぬまゆりを見る』ことを体験させられたのだ。




俺が世界線を行き来するきっかけになった出来事だ。


もちろん全て一度体験している。




だがそんなコトは関係無いッ!!

まゆりが死ぬ!



それが嫌で嫌で仕方なくて、だから時空を跳んだのに!!


もう一度全てを!!俺のトラウマの全てを!!



繰り返す!!





俺はまゆりを斜め上から見下ろしている。

体は動かない。


駅のホームだ。



電車が来た。ぐんぐん近づいてくる!


まゆり!まゆり!!聞こえないのか!!俺の声が聞こえないのか!?


手が届かない!電車が来る!


後ろから綯が走ってきた!!悪意の無い目で!ただ純粋に抱きつこうと!!


やめろ!頼む動いてくれ、ダメなら声だけでもいい届いてくれ!!


隣にいる自分が、憎くて憎くてたまらない!!

お前は救えるのに!手も声も届くのに!なんでボーッとバカみたいに突っ立ってるんだよぉ!!


電車が、綯が、ああ、まゆり!!



手を伸ばせ!手を掴め!!なんでだよ後ろから足音が聞こえるだろう振り向けよ!!少し叱って制止しろよ!!


なんで、なんで止まらないんだよ!!



まゆり!!


まゆりが!!



誰か!!

誰か助けて!!


まゆりを助けてくれ!!


ああ!!

止まれ!!!



お願いだ…


とまってく

ドンッ

涙が止まらなかった。


救えないんだ。どうしたって死んでしまう。


もうホントに辛くて、絶望ってこういうことなんだなって、俺初めて分かったよとか一人で言って笑って、



泣いてた。




紅莉栖が助けてくれなかったら、俺は確実に死んでいた。


あまりの辛さに自ら命を絶っていた。


そんな紅莉栖を好きになることは、本当に、本当に自然なことではないだろうか。


いや、そうだと思う。自分で分かっている。




しかし、リーディングシュタイナーによってまゆりの世界線に触れたおかげで、分かった。





まゆりが、いかに俺を想ってくれていたか。






俺は本当に馬鹿野郎だった。


こんなにも近くで。


こんなにも想ってくれていたのに。


命を助けることができた事ばかりに安堵して、あいつの気持ちに気付けなかった。


あげくの果てに紅莉栖と結ばれたことを大々的に公言して……


あいつが笑顔の裏で、どれだけ悲しんでいたかも知らずにッ!!

俺は過去で行動を始めようとした時、己の行く末を予想してしまい激しく動揺した。



紅莉栖と付き合うとディストピア形成。

まゆりも紅莉栖も選ばなければディストピア形成。


したがって俺はまゆりと居続けるしか選択肢が無くなる。



その理不尽に激昂した。

神を恨んだ。


そして過去からタイムマシンで戻る途中、紅莉栖への告白を阻止するしか道はないのではないか、と鈴羽は言っていた。



だが違ったのだ。


まゆりの世界線に触れた今ならば分かる。









紅莉栖と結ばれたことが悪いのではなかった!



まゆりの想いを解放させてやれなかったことが、すべてを狂わせている要因なのだ!




だが、今なら。


鈴羽が俺を助けに来て、紅莉栖とダルを頼ることができた、今ならば。




まゆりが満たされた状態で紅莉栖と結ばれるならば、何の問題も無い。






行ける。


明るい未来へ。

過去に戻って俺がやることはたった一つ。


何の迷いも無くまゆりの元へ向かい、その想いにケリをつける。


一対一で話して、あいつの気持ちを受けとめる。


そうしてまゆりの行動が変われば、世界線は――――



岡部「ハッ」


岡部(携帯・・・鈴羽か)




岡部「もしもし、俺だ。どうした」



鈴羽『オカリンおじさん?今平気?』



岡部「ああ、大丈夫だ。何かあったのか?」



鈴羽『ラウンダーが人員を補充して、未来から戻ってきたんだ。もう時間がない。世界線変動の原因は突きとめた?』


岡部「問題ない。奴らの今の動きは?」


鈴羽『……』















鈴羽『逃げて!!!!!!!おじさん逃げ』ブツッ



岡部「す、鈴羽?おいすず」







「きゃああああああああああ!!!!」






岡部「!」




岡部「紅莉栖!!ダル!!」

再開

考えられる可能性は一つしかない。

ラウンダーだ。


岡部「急がねb…」





いや……待て。

鈴羽に、そしてラボにいるダルにも紅莉栖にも、今現在ラウンダーの魔の手が伸びている。そう考えて間違いないだろう。


だがこの世界線には電話レンジ(仮)もタイムリープマシンもない。


紅莉栖たちを助けにラボに行き、捕まってしまったら?




終わりだ。今回は、チャンスは一度きりなんだ。

それだけは避けねばならない!!









岡部「……けっこうな、高さだな」

ラボ――――


紅莉栖「……ッ」

ダル「ド、ドアが」



???「あぁ……」



紅莉栖「誰っ!?」


???「あぁ、突然訪問していきなりドアを蹴り飛ばしたのは謝ろう……すまない」


紅莉栖「!!」


ダル「その声」



???「ここにもう一度立たねばならんのだと思うと、」



???「無性に怒りが抑えきれなくなってな……!!」



紅莉栖「お、岡部なの?」



岡部(未来)「フン。やはり声で分かるか。貴様らの前ではこんなお面必要無かったな」


ダル「ほんとにオカリン、なのかお……?」



岡部(未来)「そうだ。1%の間違いも無く、俺は岡部倫太郎本人だ。ただし」




岡部(未来)「未来のな」

紅莉栖「未来の岡部が、ラボに何の用?」


岡部(未来)「何の、用?フ、フフ」


岡部「フゥーハッハッハッハッハッハッハッハッハァ!!」


ダル(笑い方変わってネェ…!)


岡部(未来)「何をしにとは。鈴羽が来たことで何か変わったことがあるかと思ったが……。何も聞かされていないのか」


岡部(未来)「まぁ無理もないか……貴様らなど信用できるわけもない」


紅莉栖「!」


岡部(未来)「フン。鈴羽のやつめ、まさか過去の俺と接触していなかったのか。だとしたらここへ来たのは無駄足だったな……」


紅莉栖「聞いてるわよ!!!!」


岡部(未来)「あぁ?」



紅莉栖「私たちは岡部に話してもらって、全部知ってるって言ってんのよ!!!!」

ダル「ちょ…牧瀬氏!」

紅莉栖「とめんな橋田! ムカつく! この岡部ちょーームカつく!!」

ダル「分かるけど!ほら後ろで部下っぽいのが銃構えてるから!! やめて!!」

ダル「それよりオカリン、ほんとに何しにきたん」


岡部(未来)「フン」


岡部(未来)「話を聞いたなら知っているんだろう?」



岡部(未来)「俺が未来の支配者であることを」



ダル(やっぱり…未来のオカリンは、本当に逃げ出したんだ。あまりの辛さに耐えきれなくて逃げ出したんだ)


紅莉栖「聞いてる。アナタがディストピアを形成したことは」


岡部(未来)「ハッ、何を馬鹿な」


岡部(未来)「他の人間にはそうかもしれんが、少なくともお前たちにとっては未来はユートピアのはずだ」


紅莉栖「……それは、私たちだけは幸せにしてくれるってこと?」


岡部(未来)「……」



ダル「……」


ダル(さっきはラボを憎んでいるようなこと言ってたのに、やってることはまるっきり逆)



ダル(未来のオカリンも、ラボメンを大事に思う気持ちは変わってない)

ブラウン館工房ビル屋上――――


岡部「すーーーーーーーー」


岡部「…はーーーーーーーーーーーぅふ」


岡部「大丈夫だ落ち着け俺ーー……カームダゥーン、カームダ」


岡部「…」チラ


岡部「ぃや高いなっ!!」




岡部「しかし、グズグズしていたらラウンダーがここまで来てしまう」


岡部「俺は不死身のマッドサイエンティスト……鳳凰院凶真! 不可能はない!!」


岡部(まゆり……紅莉栖、ダル、鈴羽、るか!萌郁!!フェイリス!!)


岡部(帰るんだ!ラボが解散しない、みんなが幸せになれる、あの世界線へ!!)



岡部「ぅ…う……」


ラボ――――


岡部(未来)「さて、時間も無い。さっさと本題に移るとしよう」


岡部(未来)「言った通り俺は未来の支配者だ。時間を操り権力を手駒にし密約を結ぶことで、事実上最高の地位に立った。しかしこれは完全ではなかった」


岡部(未来)「俺に仇なす反乱分子どもが沸いて出たのだ。まぁ当然のことと受け入れ、ひとつひとつ確実に潰していったわけだが、最後のひとつがどうしても潰れない」


ダル「それ僕たちだろ?」


岡部(未来)「!」



ダル「そっか、良かった。ねっ牧瀬氏☆」


紅莉栖「キモいわよ橋田。でも……ええ、未来の私たちも岡部を諦めていない」


紅莉栖「最後まで岡部の味方でいようとしてる……!」



岡部(未来)「何を言っている……? 奴らは敵だ。俺の邪魔をしてくるのだ!! 奴らと俺の道は、もう違えた!」


紅莉栖「大丈夫よ。もう全ての歯車は回り出してる」




紅莉栖「岡部は跳ぶわ。アナタを救うために」











岡部「跳べよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」










休憩


メール欄にsaga入れるといいぞい

マユリ様!!

再開

ラボ――――


岡部(未来)「黙れ!!もう遅い、もう遅いんだよお前らが何を言っても止まらない!理想郷は完成する……鈴羽を捕まえさえすれば!」


岡部(未来)「お前らをエサに鈴羽をおびき出し未来へ連れ帰る、それで全て終わるのだ!もう一度、もう一度……」


ダル「何で分かんないんだお!過去のオカリンが全て変えてくれる! 幸せな世界線を絶対掴んでくれるはず!」


岡部(未来)「簡単に言うな!!できなかったらどうする。過去の俺が失敗してさらに絶望して、もっと悲惨な世界線になってしまったらどうするんだよ!? もう…嫌なんだよ辛いのはぁ!!」


岡部(未来)「だから俺がこの手でやりとげる。これ以上全てが悪くならないように!!」

紅莉栖(世界線を変えるには、岡部と鈴羽さんが一緒に過去へ跳ぶ必要があるはず)


紅莉栖(だけど、今岡部は屋上から出られない。鈴羽さんも秋葉原のどこにいるかもわからない、そもそもこの状態を知らない可能性もある)



鈴羽さんが捕らえられるということは、


タイムマシンが使用不可能になることと同義。



それだけは止める、

たとえ私たちが死んでも……!



紅莉栖(でも、何も良い手が思い付かない。くそ、こんなときに私は・・・)



岡部(未来)「鈴羽と連絡をとれ」


ダル「僕たちはできないお。オカリンじゃないと」


岡部(未来)「チッ……この時代の俺はどこにいる?」


紅莉栖「……」


岡部(未来)「牧瀬紅莉栖。お前だ。答えろ」チャキ


紅莉栖「……知らないわ」


岡部(未来)「……」


岡部(未来)「近くだな。屋上か」


紅莉栖「ッ!!」


岡部(未来)「俺に嘘をつくな」


岡部(未来)「今まで何人もの人間が俺に嘘をついた。そいつらと同じように物言えぬようにしてやろうか?」


紅莉栖「……!」

紅莉栖(体が、体が動かない……!あの蛇のような眼で睨まれただけで)

紅莉栖「こ、んなの、……こんなの岡部じゃない」


岡部(未来)「?そうだぞ、何を言っている?」


岡部(未来)「俺の名は鳳凰院凶真。岡部倫太郎は死んだ。ずっと……ずっと前にな」


岡部(未来)「屋上にいる俺を確保しろ」


ラウンダー4「了解」




岡部(未来)「……」



岡部(未来)「まゆりはいるのか。このラボに」



ダル「……今はいないお」



岡部(未来)「…………」



岡部(未来)「そうか」




・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・






ラウンダー4「鳳凰院様ッ」


岡部(未来)「!」


ラウンダー4「岡部倫太郎を発見できませんでした」


岡部(未来)「なんだと……!?」

岡部(未来)「屋上に逃げ場など無い。銃を貸せっ俺がいぶりだしてやる」


ラウンダー1「いけません鳳凰院様!!この時代の自分と接触すると深刻なタイムパラドックスが発生する危険性があります!!お分かりでしょう!?」


岡部(未来)「黙れ。これは命令だ。お前たちは動かずにこいつらを見張れ。絶対に逃がすな」


ラウンダー234「はッッ!!」

ラウンダー1「……っ、はっ」




屋上――――



岡部(未来)「出てこい!」


岡部(未来)「どこに隠れようが無駄だ。もうよせ。諦めろ。お前も十二分に理解しているはずだ、未来を変えるのは簡単ではない」




隠れているとしたら、向かって右の陰になっている部分。そこしかない。



しかしお互いの姿を認知したとき、とんでもないことが起こる。昔の鈴羽はそう言っていた。






だが、もう……いいんじゃないか。


どうせこれ以上良くはならないなら。

あのクソみたいな未来が変わらないと分かっているなら。



いっそのこと、もう……

奴と接触して、そのとんでもないこととやらを起こして。


その後奴を撃って、俺も消える――――それでこの時間の連鎖から逃れられるのなら。


それもいいかもしれない。



未来に帰っても虚しい。独りだ。理解してくれる人間などいない。まゆりは俺を見ていない。紅莉栖は敵。ダルは敵。
フェイリスも敵。るかも敵。


この作戦が成功したらまた昔みたいに戻れるかなって、いや戻りたいなって、昔みたいに皆で――――



岡部(未来)「ぐっ……う」




でもやっぱり。


無理かなって。






岡部(未来)「……!……!」




もう疲れた。


もう、もう――――




岡部(未来)「し、んでくれ……」

岡部(未来)「!」




岡部(未来)「いない……」


岡部(未来)「まさか」




岡部(未来)「!」




ブラウン館前の道路に広がる、大きな大きな血痕。


それが現すこと、それは




岡部(未来)「と、跳んだのか?……ここから!?」




な、なにが



何がお前をそうまでさせる?



何、が…




岡部(未来)「クソ、クソ……!!!」


岡部(未来)「やはり何があろうと……もう俺も……!」



岡部(未来)「引き下がれない!!!行くところまで行ってやるぞ、岡部倫太郎!!俺の名は鳳凰院……」





岡部(未来)「凶真だ!!!」

ラボ――――


岡部(未来)「お前たちはタイムマシンに戻れ。残りは岡部倫太郎を追え。鈴羽は確保できたのか」

ラウンダー1「鳳凰院様……それでは」


岡部(未来)「逃げた。屋上から飛び降りてな」



紅莉栖「!!」


ダル「オカリン……無茶しやがって……」


ラウンダー2「申し訳ありません。橋田鈴羽の確保は失敗したとの報告が入っております」


岡部(未来)「フン……急いで行動にあたれ。そう遠くまでは行ってないはずだ」


ラウンダー34「了解」



岡部(未来)「確かに、運命は動き始めているようだ」



岡部(未来)「……もう会うこともあるまい」



紅莉栖「いいえ」






紅莉栖「次会う時は……笑顔でね。岡部」


ダル「またな。オカリン」



岡部(未来)「……」

休憩

再開

秋葉原某所――――



鈴羽「おじさん!大丈夫!?」


岡部「だから大丈夫だと言ってるだろ……。骨がいくつか折れただけだ」


岡部「今この時このタイミングを逃したら、もう次はない。捕まれば全てが終わりだ」


鈴羽「ねぇ……その左腕、動くの?」


岡部「そう思うなら、安全運転で頼むぞ」


鈴羽「へへ、それは保証しかねるよ。じゃあ車に…」



まゆり「オカリン」















まゆり「どこいくの?」

岡部「!」ドン


鈴羽「たっ・・・おじさん!?」


岡部「車を出せ」


鈴羽「何言って」


岡部「早く!!!」

鈴羽「…ッ」


岡部「後で必ず合流しよう」


鈴羽「……絶対だよ」

岡部「ああ。行け」

鈴羽「うん」








俺は、過去のまゆりと話さなければならない。


全てを聴いて、まゆりの想いを知らねばならない。




そして今のまゆりともし話すことができるなら、


それは願ってもないチャンス。

何かのヒントを知ることができるかもしれない。



……建前はこんな感じでいいだろう。





俺はただもう単純に



まゆりと話がしたかった。

岡部「……」


まゆり「……」



右手にナイフを持つまゆりを見て、緩やかな衝動が体の中をめぐっていた。


ここは本当に、シュタインズゲートではないんだな。

でなければまゆりが俺に、ナイフを向ける訳がない。




まゆり「オカリン」

岡部「なんだ?まゆり」


まゆり「まゆしぃ、いろいろ考えたんだけど」






まゆり「やっぱり死んでくれないかな」



まゆりは自分の首元にナイフを向けた。






まゆり「いっしょに。」

岡部「フゥーハッハッハッハッ!!なーかなか言うようになったではないかまゆりよ、この鳳凰院凶真に共に死んでくれと、は」


まゆり「うん……もうたえられないの。ねたくっても、ねむれないの」


岡部「ほう。何故眠れない?」


まゆり「寝たら死ぬからだよ。なんかいもなんかいも。オカリンにも見せてあげたでしょ。もう、ほんとにいやなの。くるしいの」

岡部「だから、死ぬのか。だが俺を殺す理由はなんだ?」



まゆり「ひとりで死ぬのはこわいけど、オカリンがいたらこわくないの。それどころか……すっごくしあわせ。それにやっぱり紅莉栖ちゃんにオカリンをとられるのはいやなの」


岡部「クク、だだっこめ」


まゆり「えへへ」

岡部「だがまゆりよ、この鳳凰院凶真の命は決して安くないぞ。代償に何を支払う?」

まゆり「え、と、まゆしぃにできることならなんでもするよ。オカリンのやってほしいことなーーんでも」


岡部「え、何でも?」



まゆり「……オカリン、えっちなこと考えたでしょ」


岡部「考えとらんわっ!マッドサイエンティストに淫らな気持ちなど……」


まゆり「ウッソだぁー」


岡部「か、からかうのはよせっ!」



まゆり「あっはは!」


岡部「まったく。……フフ」




まゆり「……ずっと、こうやってたいな」



岡部「ん……?」

まゆり「ふたりで、ずっとこうしてたいな。朝も夜もこないでほしい。オカリンが冗談言って、まゆしぃが笑って、今度はまゆしぃが冗談言って、オカリンが呆れた顔して仕方ないなって……」


まゆり「ううん、思ってたの。心のどこかでずっとふたりでこうしていられるって、思ってたの。でもダメだったね。オカリンは紅莉栖ちゃんを好きになっちゃったんだもん」


岡部「まゆり……」


まゆり「まゆしぃはあの日、もうオカリンといっしょにいれないんだって分かってすっごく悲しくなって、そしたらちがう世界のことが一気に頭にながれてきて……」



まゆり「……それがいけなかったのかな? まゆしぃはオカリンとずっといっしょにいたいって思っちゃいけなかったのかな?」



まゆり「泣いちゃ、ダメだったのかなぁ……?」

掻き毟れ
疋殺地蔵

岡部「バカなやつめ……」


まゆり「……バカじゃないよー」


岡部「俺などといっしょになったところで、お前にいいことはひとつもあるまいに」


まゆり「だって、オカリンの横が一番安心するんだもん」


岡部「それはお前が無知だからだ。世界は……本当はもっと広いのだ」


岡部「事実、お前が俺と全く関係をもたない世界線も存在したぞ」


まゆり「ないよぉ、そんなの」



岡部「……あったのだ」



まゆり「うーん……?」

岡部「まゆりよ。お前の痛みは、想像を絶するものだ。だから俺はもはや、お前が死ぬのを止めはしない。むろん俺を殺すこともな」


岡部「だが、ひとつだけ頼みがある。聞いてくれるか?」


まゆり「……うーん」



まゆり「いいよ。いっこだけなら」


岡部「フッ……」


唇が、わなわなと震えた。





岡部「ならば聴け!!椎名まゆりよッ!!!」


岡部「俺は必ずお前を救う!! お前が今苦しんでいる全てを、跡形も無く消し去ってやることを約束しよう!! 悪夢も何もかも、俺が絶ち切ってやる!!」


岡部「俺は今からある場所へ行く!! そして帰ってきたら、殺すなりなんなりすればいい!!あまりの己の幸せに、そんなことをする気も起こらんだろうがな!!だから!、だからっ……」



岡部「少しだけ、待っていてくれ……。必ずお前を救うから……」


最後の方は、かすれた声しか出なかった。



悪いのは全て俺だ。

だがもう謝らない。それに何の意味も無い。



皆を幸せにすることこそが、俺に許された唯一の謝罪なのだ。

まゆり「あはははは!」


まゆり「そんなこと、信じろっていうのオカリン?まゆしぃに?あっはははは!」


まゆり「あっはははは」





まゆり「ふ、ふ……」







まゆり「……」








まゆり「…………」













まゆり「……早く帰ってきてくれなきゃ……殺すから」

岡部「ああ。必ず帰ってくる」


まゆり「……」


岡部「では、もう行くぞ」


まゆり「待ってオカリン」


岡部「なんだ?」


まゆり「白衣。汚れてるよ?」



言われて見ると、骨の折れた左腕が出血し、俺の白衣は血まみれだった。

さらに泥などが真っ白な生地に色濃くこびりつき、とても見れたものではない。



岡部「あぁ……まぁ仕方あるまい。用事が全て済んだら、新調するとしよう」


まゆり「はい」



まゆりが自分のバッグを探り、取り出したのは、なんと俺のまっさらの白衣だった。

岡部「なっ!なぜお前が俺の白衣を持っている!?」


まゆり「ラボにあったの、ナイショでもってかえっちゃったのです。ごめんね、オカリン?」


岡部「むぅ……ま、まぁ一枚減っているのに気づいていなかった訳ではないがなぁぁー、フハ、フハハハ」



まゆり「それがあるとね、ちょっとだけ安心してねむれるの」


岡部「?」


まゆり「夜になるとこわくて、ほんとにこわくって、がまんしてても、どうしてもねむたくなっちゃうのです。 でもそれをだきしめてると、オカリンが横にいてくれる気がしてちょっとだけ安心するんだよ」


まゆり「結局夢はみちゃうんだけど……泣きながら起きたときにそれをだきしめると、オカリンが守ってくれる気がして、ちょっとだけ、安心、するんだよ」



まゆり「オカリン、ぜったい帰ってくるよね…………?」

まゆり。

まゆ、り、


まゆり…………!




岡部「……心配か?ならば何度でも言ってやる。俺は、必ず帰ってくる。絶対にお前を救ってやる。」


まゆり「うん……。わかった。じゃあこれは、オカリンに返すね。オカリンがぜったい帰ってきて、まゆしぃをたすけてくれるって、信じてるから……」



俺は血まみれの白衣を脱ぎ、まゆりから真っ白な白衣を受け取った。










まゆり「……いってらっしゃい。」



岡部「……いってきます。」

秋葉原某所――――

鈴羽「おじさん!」


岡部「鈴羽」


鈴羽「大丈夫だったの!? どこも刺されたりとかしてない!?」


岡部「問題ない。それより奴らの動きは?」


鈴羽「大丈夫だよ。完全に巻いて、アイツらぜんぜん違うところ探してるから。やっぱり着地場所、変えといて正解だったね」


岡部「そうか。ならば急ぐぞ。問題は、未来に到着してからだ」


鈴羽「うん。未来ではポイントから離れすぎた場所には着地できない。奴らと近距離に着地せざるをえないからね」


岡部「そうなると、ハチ合う可能性が高い……いや、必ず接触するだろう。厄介だな」


鈴羽「だいじょーぶ!それはあたしがどうにかするよ!」

岡部「お前が一手に引き受けるのはリスクが高すぎる。別の方法を考えよう」


鈴羽「……おじさん」

鈴羽はため息がちにこちらを見た。


岡部「な、なんだ」


鈴羽「まだわかってないみたいだね」


岡部「どうしたというのだ鈴羽、急に……」


鈴羽「おじさんが言ってるリスクっていうのは、あたしのリスクでしょ?」


岡部「ああ。もちろんだ」



鈴羽「そんなことは考えなくていいよ。あたしに全部リスクが来ておじさんにノーリスクなら、こんなにいい作戦はない。そうでしょ?」


岡部「しかしそれではお前が!」


鈴羽「おじさん!!」

鈴羽「おじさんはあたしのこと、信じてくれてる?」


岡部「も、もちろんだ。俺はお前に全幅の信頼を置いて」


鈴羽「じゃあ、あたしは何のために過去に来たんだと思う?皆の悲しむ顔を笑顔に変えるために、何をしに来たんだと思う?」


岡部「お前は、ディストピアのある未来を変えに――――」


鈴羽「ちがうっ!!」



鈴羽「ちがうよ、ちがうんだよ、おじさん……」

鈴羽「あたしは、未来を変えに来たんじゃない!そんなこと、あたしにはできない!」


鈴羽「だってそうでしょ?それならおじさんの手を借りずに一人で過去へ跳んでるよ!ッ悔しいけど、悔しいけど……あたしにそんな力は無い!!」


鈴羽「助けに来たんだよ!! オカリンおじさん! 君を助けに来たんだよ!!」


鈴羽「未来変革の鍵が椎名まゆりである以上、未来を変えることができるのは君しかいないんだよ!!」



鈴羽「それが何!?たかが付き添いのあたしなんかのリスクを気にして!! 本当に大事なことを、見落として!!」


岡部「……!」


鈴羽「はぁ、はぁ、……覚悟をして、おじさん」




鈴羽「未来を変えられるのは、君だけなんだよ…………!」

鈴羽の迫真の説得に、思わずたじろぐ。


つまり鈴羽の意味するところは――――局面において、自分を見捨てろ。


こういうことだ。




だができるのか。俺に。

鈴羽を見捨てて、新たな世界線に到達して、それで俺は満足できるのか。



いや……良く考えたら、それは今までずっとやってきたことではないか。

他人を散々辛い目に合わせて、俺はこの世界線にたどり着いたのではないか――――

まゆりを助ける。

そのためだけに俺は、幾多の人々の願いを断ち切った。

だが、そのためMr.ブラウンや萌郁にまゆり、そして紅莉栖の命が助かった。

それも、……事実なのだ。



岡部「……ッ」




もう俺には、何が正しいのか分からなかった。



鈴羽「おじさん」


鈴羽は車を止めて、小さく震える俺の右手を手にとった。


岡部「な、何をしている……。俺たちには時間が、」


鈴羽「聴いて。おじさん」

鈴羽「オカリンおじさん。おじさんが気に病むことなんか、何にもないんだよ」


岡部「何を言ってる。俺は、多くの願いを失わせた。夢を持たせるだけ持たせておいて、最後には奪ったんだ……」

鈴羽「そうだよ。今自分で言ったじゃん!」


岡部「え……?」








鈴羽「『夢』なんだよ。『願い』なんだよ。本来は、無かった……無くて当然のものだったんだよ」


鈴羽「秋葉留未穂の父親は、飛行機事故で死亡している。漆原るかは、仕草は女のコにしか見えない」


岡部「……だが、男だ」


鈴羽「そう。そして椎名まゆりは、17歳の時点で死亡することは無い。牧瀬紅莉栖も、18歳の時点で死亡することは無い。それら全てを狂わせているのは……」



岡部「タイム、マシン……」



鈴羽「そう。」

鈴羽「わかるよね、おじさん。」

岡部「……」



鈴羽「今ここにいる……こうしてあなたと話しているあたしも、『夢』なんだよ。本来あってはならないもの」


岡部「……お前は夢などではない。幻などでは、ない!! お前が一体何度、一体何度……俺を……助けてくれたことか!!お前がいなければ、俺は」


鈴羽「ちがう。橋田鈴羽は、今から7年後に生まれてくる」


鈴羽「それが正常な未来。SG世界線。……あたしは歪な存在。消えてゆく運命じゃなければ、みんなが笑えない」

鈴羽は……

なぜ、平気なのだろう……


SG世界線を目指す。

その目的のためには、自分が必ず消えなければならないのに。



お前が過ごしてきた十余年は、俺から見れば歪かもしれないが、


お前にとってはかけがえのないものだというのに……。





いや。

本当は、平気ではないことくらい……分かっている。


けれど、分かっていてもお前の、

その仮初めの強気に縋らずにはいられない!!



だってそうだろう?



俺は今から、お前を消すのだから。


7年後に生まれてくるはずの鈴羽と、今目の前で俺と話しているお前は、違う。

生まれた場所も、環境も、経験も、思想も、意思も、すべて異なる。


そんなお前のすべてを。培ってきたその存在のすべてを!!

今から抹消しようとしている!!

そんな男をなぜお前は!!!!






笑顔で励ますことが、できるんだ……?

鈴羽「あたしを見捨てて。何があっても、振り返らないで。まゆりさんの心を変えるまでは」


岡部「……」


鈴羽「おじさん?」






岡部「わかッた!わかった、わかったよ、わかった……!」


岡部「俺はお前を見捨てる。そのすべてを否定して、SG世界線へ跳ぶ!!」

岡部「それでいいんだろう。それがお前の望みでもあるのだからな。フゥーーハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!!!」

鈴羽「……おじさん」















鈴羽「泣くなよ。」

休憩

再開

その後、俺たちは山中に着地させたタイムマシンへ向けて三十分ほど車を走らせた。


その間はお互い、全く口をきかなかった。


俺は夢のように流れていく夜景を、ただ眺めることしかできなかった。


この景色を見るのも、これが最後になるかも――――ふとよぎったそんな考えを、すぐに振り払う。


すぐに、戻ってこれる。


その時は皆笑顔だ。





そうやって俺は、独り戦士の顔した鈴羽から逃げていた。

鈴羽「着いたよ」


岡部「……ああ」


鈴羽「おじさん、やることは分かってるよね?」


岡部「俺は未来に着いたと同時にまゆりに会いにいき、あいつの心を変える。そしてお前は、ラウンダーをひきつける」

鈴羽「完璧。じゃあタイムマシンに乗る前に……」ゴソゴソ



岡部「なんだ、それは」



鈴羽はポケットから丸い卵型の機械を取り出した。


鈴羽「父さんの開発した未来ガジェットだよ。これのもう一方はラボに置いてるから、もし紅莉栖さん達がまだ中にいれば……」


岡部「!」

ラボ――――


紅莉栖「……」


ダル「ふー。あいつら、行ったみたいだお」


紅莉栖「そう」


ダル「うん」


紅莉栖「…………」





紅莉栖「……別にショック受けたりなんてしてない!!」

ダル「うおっ!なんぞ急に」


紅莉栖「岡部が何も言わずに行っちゃったことに対してショック受けたりなんて」


ダル「おお……」


紅莉栖「うるさい!」


ダル「理不尽すぎだろ常考」

紅莉栖「なんでそんな、平然としてるの」


紅莉栖「もう、あえ、ないのに……ッ」



ダル(牧瀬氏のマジ泣きキタコレ!)


ダル(とかいったらマジで殴られそうだからやめとこ)


ダル(「岡部がいなくなってせいせいしたわ!」とか言い出さないとこ見ると、素でかなりショック受けてんなぁ……)

ダル「ん?」


ダル(牧瀬氏の泣き声でかきけされかけてるけど、なんか鳴ってる)


ダル「僕の携帯じゃないな。牧瀬氏、けいた…」


ダル「ってテーブルにあるじゃん。じゃあ何なんだろ」


ダル「…………奥だ」










ダル「なんぞこれ。ちっちゃいメカ。鳴ってる……」


ダル「まさか、このボタン押したら」





岡部『誰だ?ダルか?』



ダル「オカリン!?」





紅莉栖「!!!!」

紅莉栖「ノスタルジアドライブッ」


ダル「ぐわあああああああっ!?」



岡部『ちょっなっ……ダル!? まずいぞ鈴羽!まだラウンダーの残党がっ』

紅莉栖「岡部!!!???」


岡部『のわああああっ』


紅莉栖「ふー、ふー!」


岡部『紅莉栖……?』


紅莉栖「あんた、なんで……!」

岡部『待て紅莉栖、落ち着け。確かに何も言わずに行ったのは悪かった!』


紅莉栖「私がどれだけ心配したと思ってんのよ!? もう会えない、話も出来ないと思って私がどれだけっ」


岡部「何を言っている!?俺はすぐに帰ってくるのだから心配などする必要も無いッなぜならこの鳳凰院凶真に不可能はっ」


紅莉栖「うるさいっ!!!!」


岡部「はい」


紅莉栖「黙って聞きなさいっ……」


岡部「はい。」

紅莉栖「私は一度あんたのことを諦めた!まゆりを不幸にしてまで、私は幸せになれないって!」

紅莉栖「でもダメ!!今分かったの!私はどうしてもあんたを諦めることができない!!だから、だから」


紅莉栖「私、自分勝手なお願いするわ!!私はあなたを、愛しているから!!どの世界線にいたって、そんなのありえないって、科学的におかしいって否定されたって……この想いだけは、変えようの無い事実だから!!」


紅莉栖「岡部!まゆり救って!!そしてSG世界線で、しっかりと私を抱きしめて!!」


紅莉栖「お願い……!」

岡部『……!』



岡部『ふっ』


岡部『ふふふっ……』



岡部『フハハ……何を言っているのか、この天才HENTAI少女め……』


岡部『もう、後悔しても遅いぞ!覚悟していろっ、お前がどれだけ嫌がっても!どれだけ俺を拒んでも!』


岡部『お前をっ抱きしめてやるからなッ……必ず!』


紅莉栖「……うんっ!」


ダル「……グスッ」








紅莉栖「橋田……これ」


ダル「うん」




ダル「も、もしもし」



鈴羽『もし、もし……とうさん?』

ダル「!あ……」

鈴羽。






だ、ダメだ、色んな、言いたかったことが頭の中で、ぐちゃぐちゃになって……声を聴いただけでこれだ、僕は……


いっぱいあるのに。オカリンを助けてくれたこと、前の世界線で何も言えなかったこと、謝りたい……くそっ何も、まとまらない、何もっ



いや、もう、それなら







ダル「鈴羽」


もう、ひとつでいい


鈴羽『はい……』



ダル「鈴羽……!」



今度こそ。



鈴羽『はい……!』





















ダル「がんばれ……!」

鈴羽『………!』


鈴羽『うん……!』











ダル「……切れちゃった」


紅莉栖「ぐっ、ぐすっ、うぅ」




ダル「届いた」





やっと届いた――――











ダル「……がんばれ」

蘭子「混沌電波第172幕!(ちゃおラジ第172回)」
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秋葉原某所――――


ラウンダー1「鳳凰院様」


岡部(未来)「どうした」


ラウンダー1「これだけ秋葉原全域を探しても見つからないということは、彼女らは既に過去へ跳んだものと思われます」


岡部(未来)「……」


ラウンダー1「我らも一刻も早く過去へ跳んで、彼女らを待ち伏せした方が良いかと」


岡部(未来)「そうかもしれんな。貴様らがノロマなおかげで、大助かりだ」ガッ


ラウンダー1「あっ……」


岡部(未来)「総員に伝えろ。各自持ち場へ戻れ。タイムマシンで過去の牧瀬紅莉栖たちが存在した時点のアメリカへ跳べ」


ラウンダー1「……了解。各自持ち場へ戻れ――」







あそこから全てが始まった。そんなことは、言われなくても解っていた。


だから跳んだ。ラボを出て、タイムマシンを自分で開発してからは何度も何度も――――期待に胸を膨らませて。

やっと終わるって思った。


本当に辛かったんだ。

まゆりがおかしくなってから皆もおかしくなって、それに耐えきれなくて、俺はラボを出た。


タイムマシンを開発するために。



もう一度……あの楽しかった頃に戻りたかった。




岡部(未来)「……」





でもダメだった。


過去の俺にバレないように未来を変えようとしたが―――俺にはまゆりが壊れる原因がわからなかった。


独りで、途方もない時間考えた。仮説を立てては跳んだ。



だが……ッ





変わらない。変わらないんだ



どうしても変わらないんだ…………!








ラウンダー1「鳳凰院様、準備が完了いたしました」


岡部(未来)「ああ。いくぞ」







だから俺はもう、





現在を変えることに決めた。







岡部(未来)「長かった……本当に長かったが、決着をつける」


岡部(未来)「このクソッタレな過去に、今日でさよならだ」

イムマシン内――――

鈴羽「あともう少しで着くよ」



岡部「ああ。時間との勝負だ。しかし鈴羽、お前はどうやって過去の俺に接触するのだ?」


鈴羽「もちろんお母さんにのせてってもらうよ。すいませーん!って言って、ヒッチハイクだねっ」


岡部「そうか……それは二重で驚くだろうな過去の俺も」


鈴羽「おじさんはなんにも考えずにまゆりさんのところへダッシュでいって、未練を断ち切ってくること! それさえすればきっと大丈夫だよ!」


岡部「そうだといいがな」



あくまでも仮説。しかしチャンスは一回だ。

尻すぼみするのも、仕方がないと言え…


岡部「んぐっ」



そんなことを考えていたら、鈴羽に鼻をつままれた。




鈴羽「リラックスリラックス! だーいじょーぶ、なんとかなるって!」


岡部「……そうだな」






これから死ぬかもしれないのに、俺を気遣ってウインクができるお前に、




7年後、ちゃんとお礼を言いたい。

ガコンと、タイムマシンが激しく揺れた。


鈴羽「着いた……」


岡部「あ……」


鈴羽「いくよおじさん!」


岡部「あ、ああっ」



タイムマシンの扉が開いた。

ラウンダーがいないのを確認して、鈴羽は勢い良く飛び出していく。




鈴羽「じゃあねっおじさん! また、7年後っ!」


鈴羽は笑顔でこちらに手を振った。


俺は何も言えず、手を振りかえして、雷ネットの会場へと走り出した。

休憩

再開

岡部「ハァ、ハァ、……」



まゆりはどこだ。



雷ネット会場は広い。ただ闇雲に走っていては見つけられない。


俺は一度立ち止まって頭を回した。



思い出せ。


今は昼飯時……まゆりはどこにいた?




岡部(しまった……!)



この時間、俺は会場の店で猫耳メイドの格好をした紅莉栖を茶化していたのだ。


よってまゆりとは別行動――――




岡部「くっそ、俺のバカめ……!」



ラウンダーはまだ来ていないのだろうか。


鈴羽は引き付けると言ったが、全員はきっと無理だろう。


奴等が何人いるか俺は知らないが、そのうち何人かはこちらへ来て俺をとらえようとするはずだ。




心臓の音が痛いくらい大きくなり、冷や汗が流れる。




急がないと。急がないと。

怖い。

俺が捕まれば全てが終わりだ。

なのに、足がガクガクして力が入らない。


時間が無い。はやく、はやく――――!




「ねー、あれコスプレ?」



コスプレ!!


側にいた日本人がそう言ったのが、確かに聞こえた。



そうだ、コスプレだ。


コスプレを見せるために、まゆりはルカ子と一緒にお立ち台に行っているのだ!

あれはかなり反響を呼んだと言っていたから、雷ネット以外で人が集まっていて、シャッター音の絶えない場所へ行けばいい!


パァ、と目の前が明るくなった気がした。


しかし、そんな気分は次の一言で消し飛んだ。









「そうね……でもなんか恐くない?軍人みたい」










ラウンダーだ。


間違いない。



何人ものラウンダーが、人混みの中で俺を探している。

白衣を脱いで身をかがめる。


左腕に激痛が走ったが気にもならない。


バレたら終わりだ。


しかし幸運なことに、ラウンダーとは逆方向にルカ子の姿が見えた。




しめた――――。


俺が足早にお立ち台に近付くと、側にいたまゆりが手を振った。



まゆり「あーっ!オカリ」



岡部「しっ!出るぞ」


まゆり「えー?」








るか「ま、まゆりちゃ、え、どこいくの、えええ……」

足早に雷ネット会場から離れ、歩いて五分ほどにある公園のベンチに腰を下ろした。



岡部「飲むか」


買ったジュースの缶を渡す。


まゆり「わ、ありがとーオカリン」




まゆりは、元気だった。


目にクマが少しだけついているが、俺のいた時間ほどじゃない。



岡部「クマができているぞ。眠れなかったのか?」


嬉しくて、逆にそんなことを尋ねてみる。



まゆり「んー?……まゆしぃ、ちゃんと寝たよ?」






はっと、気づく。



今日の……この日の前日は、俺がまゆりをはねのけた、あの夜の日ではなかったか。


このクマは、まさか俺があの日、まゆりを拒絶したから眠れなくて……?



良く見ると、かすかに目も赤く腫れている。



岡部「あ……」


そして今日の夜、俺は紅莉栖と付き合うことになったとラボメンの皆に報告するのだ






幸せいっぱいのその笑顔で。





岡部「う、ああ……!」


まゆり「オカリン?」

吐き気がした。

俺はなんて、なんて――――ッ



岡部「う、」


まゆり「オカリン、大丈夫?」


まゆりが背中をさすってくれる。



まゆり「もし昨日のことでなやんでるなら、そんな必要、ぜんぜんないのです……まゆしぃ、気にしてないよ」


岡部「!」



涙が出そうになるのを必死にこらえる。

俺は本当に、バカ野郎だった。


何で気付かなかったんだ!?

まゆりはもう、今の時点で、こんなに苦しんでいたのに……


まゆり「オカリン」


岡部「ふ、ふふ。すまないなまゆり、もう、もう大丈夫だ。少し取り乱しただけだ」


まゆり「ほんと?」


岡部「……まゆり」














岡部「俺のこと、好きか」

まゆり「……? オカリン?」


岡部「答えてくれ、まゆり。俺のことが好きなのかどうか」


まゆり「……」




まゆり「まゆしぃ、好きだよ。オカリンのこと」


まゆり「でもね。もしオカリンがまゆしぃのこと好きだったとしても、それはとってもとってもうれしいことだけど……だけど」



まゆり「それはきっと、まゆしぃの好きとはちがうのです。」


まゆり「だからまゆしぃは、もうオカリンのこと好きでいたくない」









まゆり「……辛いから」

岡部「そうか」


まゆり「うん」


岡部「……まゆりは俺のこと、好きなのか。くくくくッ」


まゆり「そ、そんな言い方してないよ……。好きでいたくないって言ったのです」


まゆり「だってオカリンは、紅莉栖ちゃんが好きなんでしょ?」



岡部「……ああ、そうだな…………」




俺はこの時間に出発する前、まゆりに「お前に関わらなかった世界線も存在した」と言った。


しかしそんなものは……真っ赤な嘘だ。


まゆりに見せられたどの世界線においても……岡部倫太郎は存在した。



α世界線で17歳の生涯を終えてしまうまゆり。


そんなまゆりと、俺は必ずどこかの時点で出逢っていた。



幼稚園で。


小学校で。


中学で。


高校で。




死にゆくまゆりの側には、いつも俺がいた。

信じられない。


そんなことがあり得るのだろうか。


幾百、幾千を超える世界の中でただのひとつも、俺とまゆりが出逢わない世界線は無い。


そして彼女の、俺を想う強さが――――苦しくて。嬉しくて。





もう、分からない 。


こんな自分の気持ちにもケリをつけられない、弱い弱いこの俺が、まゆりに強くなれなどと言えるのか?


そんなこと、言える筈がない。







自分の中で、何か大切なものが急速に萎えしぼんでいくのを感じた。

岡部「なんでだろうな」


岡部「なんで俺はこんなに……」


まゆり「オカリン? 大丈夫?」


岡部「運命が、重い」


岡部「重い重い重い重い重すぎる!重すぎるんだ!!なんで、俺なんだ!」


まゆり「オ、オカリン」


岡部「俺はただ、普通に……ラボメンの皆と過ごしたい、仲良く、いつまでも、楽しく……。それだけ、本当にそれだけなのに、それだけなのに、なんでだろう。それはとても難しいんだ」












岡部「俺だけ。」











岡部「ぅ、ぅ、ぅ、ううううわああああああああああああ」


まゆり「だめ!オカリン!!」

まゆり「ま、まゆしぃは分からないけど、ダメだよ!落ち着いて!」


岡部「な、なぜリーディングシュタイナーなど持ってしまったのだろう?それさえなければ俺は、皆と同じように俺は、」


まゆり「オ、オカリン。なに言ってるの」


岡部「ああああぁぁぁぁ」






???「あのー、発狂してるとこ悪いんだけど、至急この車に乗って欲しい件」


まゆり「だ、だぁれ?」




???「あぁ、ちょっと事情があってマスクとサングラスと帽子は取れないんだけど、この声でわからん?」


まゆり「もしかして……」






まゆり「ダルくん?」


岡部「!」



岡部「ダ、ダル……?」








ダル(未来)「久しぶり。……オカリン、まゆ氏。」

休憩

いいねえ

再開

岡部「ダル……?」


ダル(未来)「一応はじめましてになるかな。君はこの時点より未来からきたんだろ?」


岡部「う、う、」


岡部「嘘だ!!」


ダル(未来)「お、……」



岡部「お前はSERNのッ…そうでなければラウンダーのまわしものだっ! もし本物のダルだと信じて欲しいなら、しっかりと顔を見せろ!!」


まゆり「オカリン、でもダルくんの声だよ……」


岡部「声など変声機を使えば誰にでも真似できるッ! さあ顔を見せろよ!……見せろ!!」


ダル(未来)「…………」


岡部「どうした!できないのか! できないのなら……俺はお前をダルだとは認めない!!」



ダル(未来)「同じ眼をしてる」


岡部「何!?」






ダル(未来)「僕らの時代のオカリンと」



岡部「!な……」

ダル(未来)「悪いけど顔は見せられない。……今はね」


ダル(未来)「僕が僕だと証明してくれるものは今となっちゃ、これしかない。ずっと着けてたから……もうボロボロになってしまったけど」


岡部「それは……」




ラボメンバッジ――――。





岡部「――――いや、そんなもの、いくらでもコピーは」


ダル(未来)「そんなものよばわりするな」


岡部「!」


ダル(未来)「オカリンが作って僕らにくれたこのバッジを、そんなものよばわりするな」


ダル(未来)「僕はラボメンNo.003であることに誇りを持っている!」


ダル(未来)「どんなに笑われたって、あれがお遊びだったって、あの日々は僕の宝物なんだ」



ダル(未来)「……力を貸してくれよ。昔のオカリン。頼みがあるんだ」


岡部「俺に、何をしろと言うのだ……」




ダル(未来)「……鈴羽はこの世界線で命を落としたら、もう生まれてくることができない」

鈴羽は死ぬ。


少なくともこの世界線では、奇跡が起きない限り、間違いなく。


そしてヤツがラウンダーを引き付けている間に、俺はまゆりの気持ちにふんぎりをつけさせ、それと同時に世界線変動。世界は救われる。それが俺たちの作戦。



ダル(未来)「鈴羽は気付いていないけど」


ダル(未来)「僕達はずっと未来から鈴羽の動きを観測していた。計画は、順調だった」


岡部「!?ならばお前たちが未来から原因を究明すれば良かったではないか!!」


ダル(未来)「僕達は長年、何がなんだかわからなかった。オカリンとまゆ氏は突然おかしくなって、僕や牧瀬氏もおかしな夢に苦しまされて、気づけばラボはバラバラさ」



ダル(未来)「やっと、やっとここまで来た。仮説を立てては議論を戦わして、ついに原因はリーディングシュタイナーの突発的発生だと解った」


岡部「そうだ!ならば――――」


ダル(未来)「落ち着けって、オカリン」


岡部「んぐっ……」



ダル(未来)「へへ、なんかこのやりとりも懐かしいな」

ダル(未来)「少し冷静になって考えてみろよオカリン。僕達は確かに原因を突き止めた。でもそれは、更なる闇に踏み込んだだけだったんだ」



岡部「……! 原因、の、原因」


ダル(未来)「そう、原因の原因だ。一番大切なのは結局それだった」



ダル(未来)「《椎名まゆりのリーディングシュタイナーは何故突発的に発生したか―――?》」


まゆり「ダル君、さっきから何のこといってるのかな」


まゆり「りぃでぃんぐしたいなーってなぁに?」



ダル(未来)「」パン



まゆり「はうっ」プシュッ ドサ




岡部「まゆりぃぃーーーー!?ダルおまおまおまおま何をッ!!」


ダル(未来)「ちょっ、こっちくんなってオカリン!只の麻酔銃麻酔銃! まゆ氏が余計なこと知っちゃったら困るっしょ!?」

岡部「だからっておまっ」


ダル(未来)「いいから、車に乗れよ!説明はそれからする







ダル(未来)「時間が、無いんだ、時間が……」

岡部「ダル、お前車ちゃんと洗っておけよ。なんかベタベタしたものがついているぞ」


ダル(未来)「借り物だからね。所有者がよっぽど激しいプレイでもしたんでない?」


岡部「あほか……」





車中――――



岡部「くっ、少し飛ばしすぎではないか」


ダル(未来)「鈴羽とラウンダーがカチ合うのはまだ先だけど、何しろ結構距離があるからね」


岡部「……で、さっきの話の続きだが」



ダル(未来)「ああ。とにかく原因の原因を究明しなきゃってことになって、牧瀬氏と色々考えたんだけど、まあわかるわけないよな。思い出すにしても限界があるし」


岡部「それはそうだな。というかお前、まさかずっと紅莉栖と一緒にいるのか」

ダル(未来)「お?」

岡部「……」


ダル(未来)「お?お?」


岡部「……」





ダル(未来)「気になる?気になる?」



岡部(うぜぇ……)

岡部「まあ紅莉栖に限ってそんなことあるはずが」


ダル(未来)「甘いな……甘ェよオカリンッ金平糖かよてめえはッッ!?」


ダル(未来)「大人 なんだぜ……?牧瀬氏も、そして、この、僕、も……」


岡部「な、なぁ~にを言っておるのかさぁ~ぱりわからんなー我が右腕よ」



ダル(大人)「……」



岡部「……」





ダル(未来)「まぁいいや、話に戻ろうか」


岡部「いやちょっ、」


ダル(未来)「ん?」



岡部「ぐ……何でもない!話せ!」


ダル(未来)「KOWAAAAI」


岡部「だまれ!」

ダル(未来)「……」 

岡部「話せ!」

ダル(未来)「どっちだよ」

ダル(未来)「原因の原因の究明は、率直に言えば無理だった。僕達は過去のこの時点では、完全に部外者だったから」



ダル(未来)「じゃあもう過去を諦めて、現在のオカリンを説得しようって牧瀬氏は提案したんだ。僕もそれに同意した。……でもその頃にはもう、オカリンは大きな力を持っていて、普通に会えるような相手じゃなかった」


岡部「では結局会えずじまいなのか?今まで?」



ダル(未来)「いや。……一度だけ。会ったと言っていいのか、とりあえず僕とオカリンの最後の接触は、もう10年も前になる」

ダル(未来)「雨の日だった。何度アポを取っても会えないから、直接会って話をしようと決めた」


ダル(未来)「強行手段さ」



ダル(未来)「どこぞの大物と会談をするっていう予定を押さえて、僕と牧瀬氏はそのホテルの前で待ち伏せした。屈強そうな男に囲まれて出てくるオカリンを見るなり、僕は傘を捨てて飛び出したんだ」


ダル(未来)「後ろの方でかすかに牧瀬氏の待って、って声が聞こえたけど関係なかった。もう僕はやりきれなくなってた。それでボディーガードが止めるのも構わずに、オカリン、て叫んだんだ」



岡部「っ……」



ダル(未来)「オカリンはこっちを見たよ。でもあれは」








ダル(未来)「仲間に向ける眼じゃなかった」

ダル(未来)「愕然として、動けなくなったよ。オカリンは構うな、って一言呟いて車に乗って行ってしまった。びしょ濡れになって、ワケわかんなくて、泣きそうになった。けど泣けなかった」


岡部「何、故……」


ダル(未来)「………」





ダル(未来)「牧瀬氏が、泣かなかったから」


ダル(未来)「一番辛いはずの牧瀬氏が泣かなかったから、僕も泣くワケにはいかなかった。ホントは泣いても良かったんだ、あの子は。泣いて当然だった。けど、絶対に泣かなかった。代わりに一言、『タイムマシンを作りましょう』って言ったんだ」


岡部「……!」


ダル(未来)「その日から僕達のタイムマシン製作は始まった。色んな人に支援してもらって、ついに一台のタイムマシンを完成させた。オカリンはこの時間に全ての元凶があると踏んで何度もここにきたらしいけど、僕達は少し時間をずらして、最高の味方に手伝ってもらおうと考えた」




ダル(未来)「つまり君さ」

岡部「そして、鈴羽をこちらによこしたという訳か」

ダル(未来)「自分が行くときかなくてね」


ダル(未来)「ただひとつ……問題が発生してしまった」


岡部「鈴羽が死ぬ、という話か?」


ダル(未来)「そう。君と鈴羽がタイムマシンを発動させた途端、世界干渉率がとんでもない数値を叩き出してね。ここはそれほど重要な世界線ってことなんだろうけど」


岡部「それはつまり、ここでの結果が他の世界線にも影響を及ぼす可能性が高いということか」


ダル(未来)「ああ。だから、鈴羽がここで死んでしまったら、たとえオカリンが世界線が変動したとしても」


ダル(未来)「そこに鈴羽はいないかもしれない。そこでオカリンにひとつ質問」


ダル(未来)「シュタインズゲートに鈴羽は必要だよな?」


岡部「当たり前だ」




ダル(未来)「……………………。」




ダル(未来)「……ならよかった。僕の選択は正しかった」


岡部「ラボメン全員が揃って初めてハッピーエンドに決まっているだろう」





ダル(未来)「……そうだね」

休憩

再開

ダル(未来)「僕達、ホントにアホだったよなー、昔は。君にとってはつい最近のことなのかもしれないけど」


岡部「どうした、急に?」


ダル(未来)「なんだか懐かしくなってさ」


岡部「俺がバカなことを言い出したとき、お前は文句をいいながらも必ずついてきてくれる」


岡部「……感謝はしているぞ」


ダル(未来)「Fuuuuuuuuu!鏡越しからでもわかるぜ、オカリンがタコみたいに真っ赤なのが!」


岡部「な、なっとらんわ!」


ダル(未来)「フゥーハッハッハッハッ!!」


岡部「き貴様、それはマッドサイエンティストの称号を与えられた者のみに許される、」


ダル(未来)「よーし、なんとか間に合いそうだね」


岡部「聞けい!!」

ダル(未来)「いやー、ホントに良かったよ。時間は待っちゃくれないからね」


ダル(未来)「僕が生きている間に、君たちを送り届けられた」










・・・・・
・・・・
・・









岡部「え?」

岡部「……ダル?」


ダル(未来)「使命は全うできた」



岡部「何を言ってる?ダルおま…」















岡部「お前」













岡部「なんだその手は」

ダル(未来)「……うん」



ダルの手は緑色のかたまりになり、ぼたたっと膝の上に落ちた。




ダル(未来)「時間切れみたいだね」



岡部「は……あ、わ、訳がわからん。ワケがわからない!どういうことだ!?説明しろダル!」



俺はもう、目の前で起きたことに対して頭を回転させることができず、ただ、ただすがるようにダルへ質問を投げつけた。



わからない。


何が起こった?


説明してくれ。




……ただひとつ、頭の中で点灯している予感がある、









ダル、お前、





お前…………!

ダル(未来)「心残りは二つある」



岡部「待て、ちょっと待て」



ダル(未来)「ひとつはもちろん、オカリンを僕たちの手で救えなかったこと」

岡部「待て。やめろ、ちょっと待て!」

ダル(未来)「もうひとつは、」


岡部「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



ダルはどうやってここへ来た?


決まってる。タイムマシンだ。


だがタイムマシンは俺と鈴羽が使った……


そして、目の前のダルの形状……


まさか、


そんなことが可能なのか――?







岡部「ダル、お前、」




岡部「カーブラックホールを無理やり抜けてきたのか……!?」

ダル(未来)「……」


岡部「さっきお前は、タイムマシンは一台といった」



岡部「タイムマシンはもう一台作ってたんだな?」



岡部「お前はもうひとつの……つまり完成してない方のタイムマシンに乗って、ここへ来たんだな……?」




ダル(未来)「……牧瀬氏は、止めたよ」


ダル(未来)「いや、牧瀬氏だけじゃない。みんな止めた」



ダル(未来)「けど、ただ黙って娘が死んでゆく様を見ているだけなんて、できると思うかい」



ダル(未来)「なぁオカリン!!できると思うかい!!」





車は止まった。


ダルは座席を離れ、俺の胸ぐらをぐっと掴んだ。



帽子も、サングラスも、何もない。



そこには、もうほとんど緑色に変色したダルの顔があった。


そしてその眼からは、確かに緑色ではない涙が流れていた。

ダル(未来)「あの子を過去に送り出すのもほんとうは辛かった!!でもあの子は笑顔で承諾してくれた。研究ばかりで家庭を蔑ろにし続けた僕のために!!幼いころ自分を可愛がってくれた君のためにぃ!!」


ダル(未来)「また皆が仲良くなれるならって……!!」



ダル(未来)「オカリン」




ダル(未来)「君ともっと、分かり合いたかった」


ダル(未来)「僕がもう少し君を分かっていれば……こんなことにはならなかった!」


ダル(未来)「すまない……すまない……ッ」



胸ぐらを掴む、ダルの手が落ちて、俺の膝の上にべたりとついた。




岡部「カ…………が」





岡部「バ、カ野郎が」



岡部「……お前は、どうなるんだよ!!?」

岡部「ここは他世界干渉率が高いんだろう!? お前が死んだらどうなるんだよ。シュタインズゲートにお前がいなくなったらどうするんだよォ!!」


ダル(未来)「…………」


鈴羽を助けるため、


自分が消えるリスクを負うなんて――――



ダル(未来)「大丈夫。きっとまた逢える」


岡部「ソースは!」


ダル(未来)「そんな気がするからだ」



岡部「バカか!」


ダル(未来)「ははっ」


ダルは涙でぐしゃぐしゃの顔で、目を細めた。




ダル(未来)「鈴羽に、まだ愛していると伝えてない」


ダル(未来)「ずっとずっと……、どれだけ世界線が変わっても。君のことが大切だと、言葉にして伝えていない」





ダル(未来)「オカリン、頼めるかな?」

岡部「取るなよダル……それは俺のセリフだろう」


ダル(未来)「家族に伝えてくれ、愛していると(キリッてヤツだお☆」


岡部「自分で、言え」





ダル(未来)「じゃあ……またな。オカリン」


岡部「ダル、……ダル!待て、待ってくれ!!いくな!」


岡部「いかないでくれ!!こんなに……こんなに助けてもらったのに!! 俺はまだ何も、お前に……!!」


ダル(未来)「こまけぇこたぁいいんだよ。だって僕ら、友達だろ?」


岡部「ダ、ル……」


岡部「俺は、俺は誇るぞ」


岡部「お前というスーパーハカーを右腕に持てたことを、俺は誇りに思うぞ!!」


ダル(未来)「オカリン……」




ありがとう…………。



















バシャッ

休憩

一気に読んだわ引き込まれる

更新きてた
いいぞ~

再開

まゆり「ん……」


岡部「まゆり。起きたか」


まゆり「んん……オカリン……?あっ、お、おはよう」


岡部「ああ。着いたぞ、まゆり」


まゆり「ええ?ここ、どこだろ…」

まゆり「オ、オカリン!白衣ビショビショだよ?まゆしぃのハンカチあったかな……」


岡部「いいんだ。拭かなくて」


まゆり「え?」



岡部「いいんだ」


岡部「さぁ、降りるぞまゆり。オペレーション・スクルド・リバース……最終段階だ」


まゆり「おりるぞってオカリン、ここ、道路のど真ん中だよー?」








着いたぞ。ダル。



みんなが行きたくて、行きたくて、仕方なかった場所。

鈴羽「この時代のおじさんには身を隠してもらった、紅莉栖さんへはあたしが未来ガジェットで連絡を取った……これで時空が捻じ曲げられるリスクは回避!」


鈴羽「あとは過去のおじさんがうまくやってくれるのを祈るだけ」



鈴羽「ね?おじさん♪」






岡部(未来)「…………」


岡部(未来)「奴には無理だ。俺がこれまで何回跳んだと思ってる」


岡部(未来)「まゆりのもとへはラウンダー1を既に張らせてある。今頃とっくに捕まって2010年に帰っているはずだ」


鈴羽「…………」


岡部(未来)「お前も」



岡部(未来)「もう、動くな」チャキ

鈴羽「やめてよ、そんなもの向けるの」


岡部(未来)「……鈴羽」


岡部(未来)「俺と共に、未来へ帰るんだ。お前の駄々にはもう十分付き合った」


鈴羽「それはできない相談だよ。オカリンおじさん」


岡部(未来)「……何故だ」


鈴羽「まだおじさんを、救ってない……!」





岡部(未来)「……もう、やめろ」


岡部(未来)「もうやめろ!」


岡部(未来)「ワケのわからないことをいうのは、もうやめてくれ!! お前も、ダルも、紅莉栖も……!」


鈴羽「ワケのわからないこと?」


岡部(未来)「そうだ。いつまでもこどものようなことを言って……本気で世界線の向こう側にいけると信じている」


岡部(未来)「俺が一度それに成功したのは!! 未来のお前が助けにきてくれたからだ!俺の力じゃないんだ!」


鈴羽「助けに来てるよ?」


岡部(未来)「!?」


鈴羽「おじさん、あたし、助けに来てるよ……!今も!」


岡部(未来)「……ッ!」

岡部(未来)「フ、フフ、鈴羽よ」


岡部(未来)「期待を……最悪な形で裏切られたことはあるか?」


鈴羽「……」


岡部(未来)「それはもう……ひどい気持ちになるぞ?」


岡部(未来)「己の一生が歪んでしまうくらいには、な」


鈴羽「おじさん……」


岡部(未来)「一生をともにしたいと思っていた仲間たちが……狂っていくのをみたことがある、か?…………ッ」


鈴羽「……おじさんッ」


岡部(未来)「………辛いぞ?」


--------------------------------------------------------------------------------------------------------------――――-----------------------

「オカ……リン、たす、けて、オカ……」


「まゆり!!まゆりーーーーッ!!紅莉栖!!どう、すれば…まゆりが!」


「おか、べ……なにこ、れ、あたまが」


「なんぞこれ……なんだよ、これ、オカリィ、ン」


「紅莉栖、……ダルッ!!リーディングシュタイナーが……!誰か……誰か!!」

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「おかべさ……じゃなかった、きょうまさ、」


「り、んたろうさん…………? あれ、ぼく、どうしたんだろう、すみません、ぼく」


「ルカ子……」


「パパ………!パパ………!どうして、どうして………!」


「フェイリス……!」


----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------―






岡部(未来)「……………………」




岡部(未来)「つらいんだぞ…………」

岡部(未来)「………………」


岡部(未来)「すべてを見た俺が、変わらないと言っているんだ」


岡部(未来)「……従え」


鈴羽「…………」






「フゥ――――――ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」







岡部(未来)「……な、」




「そんな奴の言うことに耳を傾ける必要はないぞォォ?鈴羽アアアア!!」












岡部「所詮俺だ。」

鈴羽「おじさ…それにまゆ姉さんも!どうやってここにきたの?」


岡部「フン。その程度狂気のメァッドサイエンティストたるこのほーーおーーいん凶真には些末事よッ。助けに来てやったぞ感謝しろ、未来の俺よ」


岡部(未来)「バカな……!奴め、ここで、裏切ったというのか」


岡部(未来)「誰が一体…」


岡部「ダルだよ」


岡部(未来)「……?」



岡部「未来から来た橋田至が、俺をここまで連れてきてくれた」


岡部「……命を懸けてな」



岡部(未来)「…………」


岡部(未来)「え?」



岡部(未来)「え……」



岡部「見ろ。こんな姿になってまで俺を助けてくれた、そしてお前を助けようとしてくれていた親友を」


岡部「ダルは最期のひとときまで、お前を救えなかったことを悔やんでいた!!」


岡部(未来)「う、うそだ。ダル……ウソだよな?」




岡部(未来)「ダルが、死んだ……!?」

岡部「ダルは死んだ。」


鈴羽「!! とう、さん……?」


岡部(未来)「あ、ぐうう、うそだ、うそだ、うそだ!!!ダルがここに来れるはずがない!!」


岡部「奴は未完成のタイムマシンに乗ってきた。カーブラックホールを無理やり抜けて、あいつの体は半ゲル化し、辛うじて人間の形を保った」


岡部「しかし長くは持たなかった。俺にすべてを託して、あいつは笑って逝った」




岡部「見ろ!!!眼を背けるのは、俺が許さない!!俺たちのために歴史から消えるリスクも厭わず、命を投げ出してくれた親友の最期を!!」



岡部「この白衣こそが、ダルの生きた証なんだ……!!」

岡部(未来)「そんな、はず……あるか、ダル、」


岡部(未来)「すべて終わったら、またみんなで、いっしょに」


岡部「鈴羽よ」


鈴羽「あ……」


岡部「お前の父親の最期の言葉を伝えておこう」


岡部「ずっとずっと、どれだけ世界線が変わっても……お前のことを愛している」


岡部「そう伝えてくれと、最期に頼まれた」



鈴羽「……」



鈴羽「なに、かっこつけてんの、とうさん……」





鈴羽「そんなのいいから、……生きていてよ!!バカぁ!」



岡部「……」


岡部(伝えるべきことは、すべて伝えた。あとはもう、作戦を遂行するだけだ)



岡部(ダル。お前がしてくれたように、俺も命を懸けよう)



岡部(すべて救って……俺も救われてみせる!!)

休憩

熱いぜ

岡部「仕方のないことだろう?」


岡部(未来)「……?」


岡部「お前は己の理想郷を作り出すために必死でやってきた。多少の犠牲は厭わない、とでもいうように、平気な顔をしていればいいではないか」


岡部「何故そんなにも苦しむ?」


岡部(未来)「……ッ」


岡部「ダルを助けたいならば、ターニングポイントはいくらでもあったはずだ。だがお前はすべて見過ごした」


岡部「そのせいでダルは死んだ」


岡部「お前が殺したも、同然だ」




岡部(未来)「……何も知らないくせにッ偉そうなことをほざくなァ!!」



再開

岡部「知ることはできん。しかしもし俺がおまえだったとしても」


岡部「お前のようにはならん。軟弱者め」


岡部(未来)「!フフ、そうか」



岡部(未来)「俺の過去を、体験してもか」

岡部(未来)「教えてやる。」




奴が笑ったかと思うと、それは途端にやってきた。



岡部「…………ぐ、ううぅぅッッ!!!!」


流れ込んでくる。

奴の、いや俺の、これから体験するはずだった悲しみ!苦しみが!!


だがこれは、想定内だ。俺の本当の狙いは――――



岡部「まゆり!!」


まゆり「お、かり……」


岡部「大丈夫か!!」


まゆり「まゆしぃ、あたまへんになっちゃったのかな……?」


まゆり「オカリンがね、悲しいの。オカリンはここにいるのに……」



まゆり「オカリン、あのひとはだぁれ……?」


岡部(未来)「…………」

岡部(未来)「……フン。しばらくは立つこともできまい」


岡部(未来)「最後のチャンスだ。まゆりを連れて現代に帰れ。残りわずかなラボのひとときを楽しむがいい」


岡部(未来)「俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真。最後の、一縷の望み……ディストピアをこれから完成させる」


岡部(未来)「………ダルのためにも!! 俺はやらねばならない!!こい、鈴羽!!未来へ…」





岡部「違うな」


岡部(未来)「……手を離せ」


岡部「知っているはずだ。鳳凰院凶真は……まゆりを救うために生まれた」





岡部「まゆりは未来で、どうしている」


岡部(未来)「!!」

岡部「答えろ。俺が知りたかったのはその一点だ」


岡部「さっきのリーディングシュタイナーで……まるでフィルターでもかけられたかのように、まゆりの存在だけ感知することができなかった!!」


岡部(未来)「……だまれ……もう、だまれよ……」


岡部「……ひとつだけわかることがあるんだ、未来の俺よ」








岡部「お前はまゆりを救えていない。そして、救うことも本当は、あきらめている。」


鈴羽「おじさん……!」



岡部「……何が鳳凰院凶真。お前はただの、」






岡部「哀れな岡部倫太郎だ。」












岡部(未来)「だ、まれぇぇぇええええぇええぇえぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

岡部(未来)「撃てないと、思っているのか!!?さっき言ったはずだ、最後のチャンスだと!!不意にしたのはお前だ!!!!」


鈴羽「………ッ!」


岡部「鈴羽、銃を下げろ」


鈴羽「なにいってんの、おじさん!おじさんが死んだら」


岡部「いいから下げろ。オペレーション・スクルド・リバースは最終段階に入っているのだ。すべては俺の掌の上だ!フハハァ!」


岡部「計画、通り」ニヤ


鈴羽「おじさん!?頭おかしくなったの?」


岡部「覚えておけ。鳳凰院凶真は、いついかなる時でもユゥゥーモアを忘れないのだっ」


岡部「……お前の仕事は終わった。あとは俺に任せろ。鈴羽」


鈴羽「……信じるよ?」


岡部「ああ。信じろ」







ラウンダー1「鳳凰院様っっ!!!!」



岡部(未来)「!!きさま……」

休憩

再開

ラウンダー1「どうか、動かないでください」


岡部(未来)「……誰に銃を向けているのか、わかっているのか?」


ラウンダー1「鳳凰院様……」



ラウンダー1「岡部倫太郎を撃つということが……どういうことかお分かりでしょう」


ラウンダー1「干渉率の高いこの世界で過去の自分を絶命させると、歴史から自分を葬り去りかねない」


ラウンダー1「それはあなたという存在が元から無かったことになるということ!……あなたが消えたら我々はどうすればいいのですか」


ラウンダー1「理想郷実現に命を尽くしてきた仲間を!! 自分勝手な感情ですべてを……! 不意にするおつもりですか!!!!」



岡部(未来)「フフ、フハハ」


岡部(未来)「前提が間違っているんだよお前らは……。いい機会だ。教えてやる」


ラウンダー1「!?」


岡部(未来)「理想郷は我らが組織のためにあるのではない。ラボメン……いや、まゆりのためにあるものだ」


ラウンダー1「!! なっ」



岡部(未来)「」ジャキッ

ラウンダー2「がっ」

ラウンダー3「ぐわッ」

ラウンダー4「う…」


岡部「!!仲間を撃った……だと」


ラウンダー1「な……にをォ!」


岡部(未来)「動くなァ!!!!!」


ラウンダー1「!」


岡部(未来)「本当のことを知ってしまったのだ……生かしておくわけにもいくまい」


岡部(未来)「だが安心しろ。これからも俺のそばにいるのなら、お前だけは助けてやる」


ラウンダー1「ぐ……」



岡部(未来)「お前も大事なラボメンの一人だからな……萌郁よ」



岡部「!」


鈴羽「桐生……萌郁?この人が!?」




萌郁「………」

岡部(未来)「萌郁……。お前は勘違いをしている……」


岡部(未来)「俺が望んだのは、まゆりと紅莉栖が無事に生きていくこと……それさえ叶うのならば」


鈴羽「!」

萌郁「……!」


岡部「……」



銃口が、



俺に向く。







岡部(未来)「岡部倫太郎は必要ない。」



まゆり「……ッオカリン!」

そう。



ラボが解散したあの日、










岡部倫太郎は死んだのだから――――。


























パンッ

萌郁「ぐっ…」


岡部「萌郁!!」


まゆり「萌郁さん!」


鈴羽「おじさん!!逃げて!!」


岡部「……」



岡部(未来)「なぁ……」












岡部(未来)「俺は、生まれてきちゃいけなかったのかな?」


岡部「……!」


まゆり「オカリッ…!」



来る。

数秒後。




奴は間違いなく、俺を撃つ。


まゆりには、庇わせない。








耐えろ、


岡部倫太郎。










死ぬまでの数瞬が、



お前の勝負だ。

岡部「俺は」








岡部「俺の名は岡部倫太郎。お前を助けに来た」









岡部(未来)「……………」







奴は驚いたような顔をしてから、あきれたように微笑むと、




少ししてから、俺を撃った。

このSS前にも見た気がするんだがシュタゲSSだと再放送なのか別世界線の記憶なのか分からなくなる不思議

休憩

面白い

再開

乾いた破裂音とともに、俺の左脇腹から火が上がった。


岡部「ッっ…」


言葉も出ない。全身の力が抜け、俺は前のめりに倒れこんだ。


まゆり「オカリン!」


岡部「ま…ゆ、り」








岡部「まゆり、すまな、かった」


まゆり「え……」


岡部「守ってやれなか、った、ずっと、ずっと……ぐっ!」


口から……血が溢れる。時間がない。



まゆり「オカリン……なにいってるの、誰か、だれか、たすけて」

岡部「まゆり」








岡部「今日でお前を、人質から……解放する」

岡部(未来)「!」


まゆり「……!」


岡部「お前の、気持ちには、気づいていた……けど、怖くて、無視、してしまったんだ、」


岡部「お前があまりにも、やさしいのをいいことに……だか、ら」



岡部「もう、お前を、かい、ほう、する…」


まゆり「いやだよ、オカリン、そんなのいやだよ! ……おばあちゃんがいなくなって、オカリンまでいなくなったら、まゆし…」



岡部「ガハッ」ボタボタッ


まゆり「!!オカ、」




岡部「す、まな、かった…………」



まゆり「………!」



待ってた

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