車でGO! 神谷奈緒&北条加蓮編 (31)

・デビューして数年後の設定
・シリーズにするかは未定
・ドライブします
・走り屋の話ではありません

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「ドライブ?」

「う、うん」

神谷奈緒は、はにかみながら頷いた。

「免許とってさ、お祓いとか、お守りとか欲しくて…」

「アタシを誘う理由になってないじゃん」

ふっ、と笑いながら北条加蓮は言った。

奈緒はちょうど3ヶ月前に自動車免許を取得した。

忙しい仕事の合間を縫ってのことだったので、長い道のりだった。

それから車両を購入したのが、ちょうど先週。

「それに、まだ死にたくないんだけど」

「大丈夫だって!

 ……うん、多分」

奈緒としては初めて選んだ車を誰か、

いや、加蓮に見て欲しくてしょうがなかった。

だが、テクニックの方を突かれるとやや痛い。

「他の子は?」

「みんな仕事だってさ、凛も」

「プロデューサーは?」

「忙しい」

「結構なことだね」

神谷奈緒、北条加蓮、渋谷凛が

トライアド・プリムスとして売り出されて、はや5年。

ユニットは継続されているものの、仕事はやや少なくなり。

渋谷凛は個人で活躍する機会が増え、

奈緒、加蓮2人は中堅アイドルの地位におさまっていた。

彼女達を担当していたプロデューサーは、

“手がかからなくなった”ということで、既に他のアイドルの面倒を見ている。

「ドライブデートかぁ…」

「うん、デートだ」

奈緒は照れることもなく、にっこりと頷いた。

加蓮は、“奈緒も大人になったな”と思った。

それと同時に、“ちょっとさびしい”とも感じた。

休日。

奈緒は女子寮の前に乗りつけた。

彼女は、プロダクションの駐車場をタダで借りるのは

“セコい”と考えていて、わざわざ専用のガレージを契約していた。

「でっか」

車を見て、加蓮はつぶやいた。

3列シート採用、深青色の巨大なボディ。

低い唸り声を上げるエンジン。

存在感のあるグリル。

それでも不思議と威圧感はない。

「おまたせ」

奈緒は誇らしげに、だが、

ちょっと持て余したように降りてきた。

季節は春だが肌寒い。

奈緒は薄い白のセーターの上に、モッズコートを羽織っている。

一方の加蓮は菜の花のような、温かみのある色のワンピースに、

ピンクのカーディガンを合わせていた。

「いこっか」

「お、おう」

2人は急に気恥ずかしくなり、車に乗り込んだ。

デートという言葉が、周回遅れで思い起こされた。

車が動き出して、しばらく落ち着いてから加蓮は尋ねた。

「どうしてこの車にしたの?」

「みんなで、どっか行くときに便利だと思ったんだ」

広い車内に、声が響く。

あとからやってくる静けさが、少し痛い。

「……音楽」

「ん?」

「音楽、流してもいいかな」

「あぁ、いいよ。

 Bluetoothでつながるようになってて、設定は…」

カーナビとスマートフォンを少しいじると、

車内に軽快なポップソングが流れた。

美城プロダクションの曲ではない。

「あと、これを選んだのはさ」

「うん」

「いろんな安全機能がついてて…

あとエンジンが水平対向エンジンで…」

「うん」

奈緒が蘊蓄を語る。

加蓮はその内容に興味はないが、相槌をうつ。

他愛のない時間。だが、その時間を2人は愛おしく思う。

車が高速道路に入る。スピードが急に上がる。

「こわーい」

「だ、大丈夫!」

若干上ずった声で、奈緒が答える。

加蓮は音楽を止めた。

「このクルマにはいろんな安全機能が」

“ピーピー”

「今のは車線をはみだしたときの」

“ピピッ”

「これが車間きょ」

“ピピッピー”

「………」

「安全運転でお願いね」

「うん……」

それからは言葉少なになり、加蓮は運転手を見つめた。

指で梳きたくなるような、やわらかな亜麻色の髪。

くっきりと、意志の強さがあらわれた眉。

真剣なときの瞳。

形の良い、小さな鼻。

弱く噛みしめられた唇。

加蓮は、過去のことを含めても、自分がとても幸せだと感じた。

高速道路を下りると、ちょうど昼ごろになっていた。

「ここいらでお昼にしようか」

ため息をつき、おでこをぬぐいながら奈緒が言う。

「何たべたい?」

「ポ……お蕎麦がいいな」

「なに、ポォ・ソーパ?

 ポルトガル料理?」

「おそば!」

加蓮は奈緒からの思わぬ反撃に、

じれったい気持ちになって、口をとがらせた。

自分は好きなものがちょっと我慢できるようになって、

奈緒は口が上手くなった。

お互いに大人になった。2人は、そう思った。

スマートフォンで調べると郊外には蕎麦屋が数多く、

選ぶのに悩んだので、いちかばちか、最寄りの店を選んだ。

その蕎麦屋はなんとも、“風情のある”という言葉以外では、

悪口にしかならないような外観だった。

「……やめないか」

「また歩くのがめんどくさいよ。

 ここにしよ」

加蓮が戸を開くと、なんとも味のある音で軋んだ。

「ごめんくだ…」

初老の、眼付きのきつい店主に睨まれ、2人は言葉に詰まった。

だが、かえってこういう場所の蕎麦が美味しいのかもしれない、

と思い、いそいそと席に着いた。

店内の中央に長座があり、というより、長座が1つしかなく、

その周りに座布団が無造作に置かれていた。

正座するしかない。

胡座をかくのは、アイドルとしての職業意識が許さなかった。

長座の上にメニューはなく、壁の、日焼けした紙に

これもまた味のある字で、ごにょごにょと記されている。

ざるそばなら絶対にあるよな…と奈緒。

かけそば、でいいのかなアレ…と加蓮。

2人が、よく通る声で注文をする。

店主は鼻をふん、と鳴らして動きはじめた。

沈黙が息苦しく、何か話したかったが、

アイドルとバレると店主につまみ出されるような気がして、

2人はお通夜のように長座にうなだれていた。

次はもう絶対に来ない。

足のしびれを感じはじめたころ、蕎麦がやってきた。

ざるそばとかけそば、2つが同時に。

ざるそばは胸がすくように香りだかく、

かけそばは出汁の匂いが心地よい。

いただきます。2人は自分の蕎麦に箸をのばした。

「ん!」

一口食べて、奈緒はうなった。

ほのかに甘みがあり、ちょうどよいコシ。

なにより香りが豊かで、つゆがかえって余分に感じられるくらいだ。

うまい!

奈緒は加蓮の方を、いや、かけそばの方を見た。

すると、すでに半分がなくなっていた。

「うん、うん」

かけそばは鰹と鴨の合わせ出汁で、旨味が強い。

具材はネギしか入っていなかったが、それでいい。

コクのある汁の中で、ネギの風味がとても鮮やかだ。

加蓮が顔を上げて、2人の目が合う。

お互いに交換しようか、と思ったが店主の手前。

2人は逆に、取られてなるものかというような勢いで、蕎麦を完食した。

追加で注文したくなるくらいの出来栄え。しかし店主の視線。

いそいそと席を立ち、会計を頼んだ。

あわせて1300。申し訳なさすら感じるほど安い。

2人が店を出ようとすると、後ろから言葉をかけられた。

「お客さぁん、ちょっと」

低く、迫力のある声。

店主か……店主しかいないよな…。

なにかやっちゃったかな…。

2人がひきつった笑顔で振り向くと、

そこには、さきほどの不機嫌そうな顔はどこへやら、

はにかんだような面持ちの店主がいた。

「あの…ぼく、実はお二人のファンで…」

ぼく!

あまりのギャップに、加蓮が吹き出しそうになり、

奈緒は咳き込んだ。

「えっと、えっと…」

人違いです、とも言えず。

ありがとうございます、と言うのも今更で。

2人が顔を見合わせると、今度は店主がいそいそと奥の方へ行って、

また戻ってきて、色紙とサインペンを差し出した。

「ぼく、あの…ぼくは、その奈緒さんと、加蓮さんが、

 ちょうど孫と同じくらいの歳で…えーと。

 こんなことを頼むのは、その、申し訳ないんですけど…」

「えっと…サイン?」

「い、いやならいやでいいんですよ本当に。

 ええ、本当に!

 私はお二人に会えただけで本当に」

なんとも歯切れの悪い調子で、店主が話す。

耳まで赤くなっている。

「サインくらい、いくらでも書いて上げますよ」

加蓮が堪えきれず笑いながら、サインペンと色紙を受け取った。


「ごちそうさまでした」

奈緒がそう言って戸を閉める間際、ふと、店主の寂しげな顔が見えた。

孤独の色が染み込んだ顔。他人事ではない気がした。

「いこうか」

「うん」

けれども、それをどうしようもない。

自分、自分達が彼を救うなどという大それた気持ちにもならなかった。

プロダクションの広報部やメディア、ファンが煽り立てるほど、

アイドルは敬虔で慈悲深い生き物ではない。

やりたいことを少し、やりたくないことを結構して、

アイドルでいつづけた2人は、それを知っている。

車がまた動き出す。

神社はほど近いところにある。

「ヨユー?」

加蓮が尋ねる。

「余裕余裕」

苦々しい顔をして、奈緒が答えた。

その神社は小さく、人気が少ない場所にある。

それでも、そこそこに綺麗にされていて、

名前のある神宮などよりも閑静な分、

かえってご利益があるように感じられた。

「まずは手を…」

手水舎に入ると、水盤にはうすく氷が張っていた。

かといって素通りするわけにもいかず、

ひーひー言いながら、手と口を清める。

新春に滝行をやらされたアイドル達もいるので、

それに比べたら、と2人は自分に言い聞かせた。

「ほら奈緒、足洗わなきゃ」

「しょうもない嘘つくな」

「昔はその嘘に付き合ってくれてたじゃん」

「“だまされてた”を美化したら、そうなるな」

ハンカチで手を拭い、手水舎を出る。

本殿は、うっすらと古い書物のような匂いがして、

初めての場所なのに、2人をなつかしい気持ちにさせた。

頭を軽く下げ、賽銭箱に近づく。

「課金額は?」

「課金言うな……明るいドライブライフのために」

奈緒は財布から一万円札を取り出して、賽銭箱にすべり込ませた。

加蓮はその様子を一瞥したあと、財布をひっくり返して、

有り金を賽銭箱にすべて流し込んだ。

「お前マジか…信じられないくらい信心深いじゃないか」

「これで足りればいいんだけどね」

それから鈴を鳴らし、柏手を二回。

奈緒は、頑張れ神様と念じた。

加蓮は、ただ生きていたいと、そう願った。

最後に一礼をして、本殿から離れる。

次はお守りだ。

「とりあえず交通安全を……って」

ここは交通安全を願う神社だったが、お守りは

商売繁盛、無病息災、恋愛成就、安産と各種取り揃えられていた。

「神様もワンオペの時代か…」

「労基法は適用されるのかな」

2人の冗談を気にもとめず、巫女はにこやかに、お守りを売ってくれた。

「まっすぐ帰っていいか」

「うん」

お祓いの済んだ車に乗り込むと、シートがやや冷たく感じた。

エンジンをかけると、神社が静かな分、駆動音が大きく聞こえる。

「やっぱり」

加蓮が言った。

「少し遠まわりをして帰ろうよ」

「わかった」

車体がゆっくり動き出す。

「そういえば、加蓮は何をお願いしたんだ?」

「世界平和」

「うそつけ」

奈緒に突っ込まれ、加蓮は下唇を指でもんだ。

「ふつーに健康をお願いしたよ。

 ずぅーっ、とアイドルでいられるように」

「ずっとって……まさか死ぬまで」

奈緒はとっさに口を噤んだ。

加蓮の過去が、そうさせた。

当の本人は大して気にした様子もなく、答えた。

「いいじゃん。

 今年のもくひょー、“死ぬまでアイドル”」

奈緒は路肩に車を寄せて、エンジンを止めた。

冗談に聞こえなかった。

「加蓮」

真剣な声で呼ばれた加蓮は、息をのんで、

おまじないのように奈緒の手を握った。

「ずっと」

奈緒は加蓮の手を握りかえして、言った。

「ずっと、アイドルでいるよ。

 あたしも……」

「うん」

エンジンも暖房も止まって、車内は静かだった。

それでも2人は、静けさを苦痛には感じなかった。

孤独が遠ざかっていく足音が、どこかから聞こえるような気がした。

おしまい

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