【咲-Saki-】京太郎と咲が付き合っていたらの話 (137)




とある中学校の通学路を、一組の男女が歩く。


特に会話をするでもなく、少年と少女はただ歩く。

そのゆったりとした歩みは、恐らく少女の歩みに合わせられていた。

少年の背は高く、少女の背は低い。


少し前を歩いていた少年が、不意に立ち止まって、言う。





「なあ、オレたち、付き合ってみるか?」







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【 2 】

雀卓の上に置かれた雑誌を手に取って、言われたページを開いた先に踊る文字。



全国高等学校大会覇者



しかし、目に入ったのはそこに映る、自分よりも少しばかり年上である一人の少女。


「お姉ちゃん──」


その写真の、自然でありながらも違和感を覚える笑顔に、胸が少し痛む。

お父さんがなんでこんなものを、と思ったが、お姉ちゃんが写っているからだろう。

前にも、こうしておもむろにお姉ちゃんの載った雑誌を見せられたことがあった。



しかし、あの時とは違う。

今、私は再び麻雀に触れている。

雑誌の先の、お姉ちゃんと同じように。


このタイミングは偶然だろうか。

もし、これが少し前であったら。

もしくは、もっと後だったら──




 麻雀でなら、麻雀を通じてなら、お姉ちゃんと話せるかもしれない。




──このような感覚は、無かっただろう。


ぐっと、雑誌を握る。

あった迷いは、すっと通った意志が断ち切った。

再び。

今度こそ、会うだけじゃなくて、話をするんだ。



そう、決意を固めてたところに、



ぴんぽーん



家のチャイムが鳴る。

宅配便だろうか、とお父さんの向かう足音を聞く。


「おーい、須賀くん来たぞー」


予想外の来客。

慌てて玄関に向かう。



「おっす」

「きょ、京ちゃん。どうしたの?」

「いや、ちょっと顔見に来た」

「見に来た、って」


京ちゃんの意図を掴めない私は困惑する。


「とりあえず、上がってもらえって。玄関じゃ話もなんだろ」


お父さんが言う。


「あ、俺出かけてたほうが良いか? 2時間くらい」

「ああいや、すぐ帰るんで」


応答する京ちゃんの苦笑に、一拍おいてお父さんの言った意味を理解する。


「なっ……!」

「お、金魚のマネか?」


お父さんが面白そうに、口をパクパクして言葉を探す私を見て言う。



「っ! 京ちゃん!」


もう、言葉もないとはこのことだ。

サンダルを足に引っ掛けて、通りがかりに京ちゃんの袖を引っ張って外に連れ出す。


「お、おい? あ、お邪魔しました」

「おー。咲、あんま遅くなるなよー」


悪びれもせず私を心配するような言葉をかけてくる所が、むかつきを増幅させる。

そんな相手へ律儀に挨拶などした京ちゃんに、八つ当たりであるが腹を立てる。

足音荒く、ぺたぺたと玄関の外へ。


「で、どうしたの?」


外に出て、十分玄関から離れて京ちゃんを見上げる。


「いや、麻雀部どーすんのかなって」

「どーすんのって?」

「入部するのかってこと」


京ちゃんは頭の後ろを掻く。



「いや、和を追いかけた後、元気なかっただろ? ちょっと気になってさ」


そして、心配を滲ませた笑顔で私を見る。


「誘っておいてなんだけど、無理に入らなくて良いからな?」






「嫌だったら、部長にオレから言うし。人数合わせなら、当てはあるから」



「だから、咲には好きなようにして欲しい」






そんな、京ちゃんの言葉に。


「そんなことで来たの?」


押さえようの無い笑みが湧く。



「そんなことって」

「ううん、そうじゃなくて……ふふ。なんだか、彼氏みたいだなって」

「いや、これでも彼氏ですよ?」

「うん、そうだね。ありがとう」


「でも、大丈夫。決めたから」

「ん、そっか。

……いらん気を回したな」

「んーん。そんなことないよ、嬉しい」


愛されているのだと、実感する。

それが、嬉しくてくすぐったくて、温かい。

恥ずかしいから、言葉にはしないけど。



「……まあ、京ちゃんと一緒にも居られるしね」

「……おう……」


言ってから、だんだんと恥ずかしくなる。


「それに、京ちゃんが浮気しないか見張らなきゃだし!」


恥ずかしさをごまかすために、冗談めかした言葉が口をつく。


「浮気て……」

「だって麻雀部って女の子ばっかりだし、可愛い人ばっかだし」


言いながら、麻雀部のメンバーを思い出して、


「……可愛い子ばっかだし」


京ちゃんの部屋で見たイヤラシイDVDパッケージを思い出して、


「……京ちゃん」


原村さんの、


「──浮気じゃ、」


胸を思い出した。




「ないよね?」



「な、なんでだよ。そんなわけ」

「なんで、麻雀部なの?」


「ハンドボールはもうやらないって事は聞いてたけど、他の運動部でもなく。

なんで、やったことの無い麻雀部に入ろうって思ったの?」


京ちゃんの部屋にあった、


「いや、その、部長に誘われて、やってみたら楽しくて」

「部長に誘惑されて、女の子達に囲まれるのが楽しくて?」

「そんなこと言ってないだろ!?」


沢山のDVDの、おっぱいの大きい女の人たちに、


「でも、原村さんって京ちゃんが大好きなタイプだよね?」

「いや、そんなことねーって! え、いや、っていうかなんでわかんの??」

「へー?」

「い、一番は、咲だから!一番は、咲だからっ!!」

「ふーん?」


沸き上がった、


「……さ、咲さん、なんでそんな怒ってんの?」

「怒ってないよ?」


京ちゃんへの熱い思いを、




「──怒って、ないよ?」


京ちゃんは、知らない。




その後、咲は京太郎と結構な時間、喧嘩とは名ばかりのいちゃこらを繰り広げ。

待っていた父の、ちょっと真剣な表情から繰り出された、


「避妊だけはしっかりとな」


という言葉に、再度激怒することとなるが──




「さ、咲ってば」

「……」ツーン




──それはまた、別の話。


                                                                                                   (第三話より)


【 3 】


「は、はず……」


着ている服の可愛らしさに、思わず言葉が漏れる。




場所は雀荘『roof-top』。

染谷先輩の実家で、私たちは何故かそこを手伝いに来ている。

制服と言って渡されたのは、アイドル衣装と言われても可笑しくないような、可愛い意匠が施された衣装。

メイド雀荘だから、と言われたものの、それはなんというか、メイド服と言うにはあまりにも可愛らしさに全力すぎる。

そんな、可愛らしさ全開のアイドルメイド服。

それを、私が着ている。

あまり服に頓着しない方ではあるが、流石にこれは恥ずかしい。


「先輩はスカート長くていいなあ……」


そして、同時にひとつの問題。

私たちは、染谷先輩のご実家を手伝いに来ている。

そう、私たち。

正確に言えば、私ともう一人。


「あれも着てみたいですね」


そう、染谷先輩が着た衣装──膝下まであるスカートの、比較的伝統に則った雰囲気のメイド衣装を眺めながら、呟く少女。

原村さんである。


「も?」


思わず聞き返すが、原村さんがどうやら、こういう衣装を着ることにとても好意的であることは、今のアイドルメイド衣装を着た様子からもなんとなく分かっていた。

これが、ひとつの問題。


恥ずかしい格好をするのなら、一人より二人。

私も、そう思うのだが……例外というものがある。

美少女である原村さんは、このアイドルっぽい衣装がとても似合ってしまっているのだ。

そんな彼女と、同じ衣装で横並び。

これだけでもキツいのに、この衣装はある特徴を以って、同じ衣装であるからこその悲劇を招いてしまっている。




胸部素材の伸縮性。




それが、同じ衣装を着ているにもかかわらず、まるで別の衣装を着ているかのように、衣装の雰囲気を変えてしまっている。



分かりやすく言うと。

おっぱいを強調する服故に。

私と原村さんの格差が。

格差ががが。


思わず胸元を押さえる。

何かを、守ろうとするかのように。

具体的には、自尊心とかを。



大丈夫、以前デートした時に、京ちゃんだって言ってたもん。


『京ちゃん、胸の大きい女の人好きだよね』


って聞いた時。


『そんなことねえって。オレは胸の大きさとか関係ないから』


って。







正確には、


『そそそ、そんなことねえって。オレは、うん、ちっさ……胸の大きさとか、関係ないから?』


だったけど。

目は、獲物を追うシャチのごとく泳ぎに泳いでいたけど。



「はあ……」


そっと、ため息を吐く。

京ちゃんと付き合うまでは、今ほど胸の大きさを気にしてなどいなかった。

でも、付き合ってからというもの、事ある毎に京ちゃんの『好き』や『嫌い』が気になってしまう。

度々、京ちゃんは私のことが好きなのだと、態度だけでなく言葉でも伝えてくれる

これが、凄く嬉しい。

自分が愛されていると、自信が持てる。

でも、それでも。

度々、胸の大きな人を、目で追う京ちゃんを見ると。

私の胸を、注視していたりする京ちゃんを見ると。

そして、そうした視線に気づかれていないと思っている京ちゃんを見ると。

なんだか、色んな不安が、心配が湧いてくるのだ。



お昼休みの時だってそうだ。

原村さんと一緒にご飯を食べる約束をしたと知った時の京ちゃんの反応を思い出す。

ご一緒してもよろしいですか、だなんて。

いつも一緒にお昼を食べているのに、私にはそんな気を回してくれたことなんて一度も無い。

それに、原村さんが嫁だなんだと聞いたときの、あの緩みきった顔。

ちょっと前に、私に嫁になってくれると思ってたのに~とか言ってたくせに。



ムカムカしてきた。


同時に、本当に心配になってきた。




──浮気されたら、どうしよう。



普段の振る舞いを見るに、万が一、億が一も無いだろうけど、仮に、原村さんが京ちゃんに告白したとして。

京ちゃんは、ちゃんと断ってくれるだろうか?

あの可愛くて綺麗な原村さんの魅力に、勝ってくれるだろうか?


いや、億が一というなら。

優希ちゃんに、涙目で迫られたら?染谷先輩にメイド服でご奉仕されたら?部長と一緒にロッカーに押し込まれたりしたら?

京ちゃんは、耐えられる?

断れる?

私を、選んでくれる?


中学時代の友人の言を思い出す。

曰く、『男は性質的に浮気性』だとかなんとか。

当時は胡散臭いと思い聞き流していたが、今になってその言葉がのしかかってくる。






いや、まあ、妄想なのは分かってる。

でも、失うことが怖くて、だから、予防線を張ってしまう。

失わないように。何か、手立てを得られるように。





「これ、うちのルール」


染谷先輩の声にハッとする。

そうだ、今は染谷先輩の手伝いに来ていたんだった。

……ん?


「ルール? え……?」

「メンツが足りない時、お客さんと打つのもメンバーの仕事なんです」


ああ、そうなんだ。

原村さんも雀荘初めてって言ってたけど、やっぱりネットとかで知ってるのかな。

そう感心しつつ、先程考えていたからか、原村さんの豊かなモノがちらりと視界に入る。


……はぁ。

良いなあ。

自分も、もう少し……いや、もうそこそこ……。



そんな事を考えながらノーレートだとか諸々の説明を聞いて、空いてる卓に原村さんと二人で入る。



「よ、よろしくお願いします」


自然、私と原村さんは対面。

となると無意識に、視線は胸元へ。

それに気づき、前を見ないように手牌へと目を落とす。


ああ、駄目だ。

なんか、これじゃあまるで京ちゃんだ。


山を確認した際に、別の山が視界に入り、くっと視線を上に向ける。


──というか、ズルい。

原村さんは、胸が大きいだけじゃないのだ。

上に向けた視線を、再び手元に。



沸々とした、謎の感情がお腹の中でじわじわと熱を持つ。

なんだ。

なんなんだ、あの整った顔は。艷やかな髪は。

原村さんは、胸が大きい上に、可愛くて、綺麗なのだ。

ずるい。ズルすぎる。

こんなの、落ちない男が居るわけない。



先程までの、ネガティブな妄想がちらつく。



もしかして、もう既に私の居ないところでは、二人きりで会ったりしているのでは?

そして、き、キスとかして……私とだってまだしてないのに……そして──






──いや。


いや、そんなわけない。

京ちゃんに限ってそんな……うう、考えちゃだめだ

意識しないように、集中して……

って考えてる時点で、集中してないんだけど、ああ……。







この後、カツ丼の化身が現れる事で、咲はようやく念願叶って集中出来るのだが──



 ……だめ、ダメだよ、京ちゃん、私が居るのに、そんな……



──文学少女の脳内では、それまで悶々と、昼ドラの様なドロドロ妄想劇を繰り広げることとなる。


                                                                                                   (第3局より)


もしかして生き返ってる系?

書き込み出来るっていう
まあ良いか


【 5 】

「おめでとう」

「ありがとう」


ジュースの缶を渡しながらの祝辞と、缶を受け取りながらの返礼。

その無駄な形式張ったやり取りと口調に、思わず笑う。

咲はと思えば、同じように、嬉しそうに笑っている。

咲の隣に腰掛ける。


「でも、本当に良かったよ。全国に行けて」

「まだ、個人戦あるけどな」


プルタブを引きながら、のんびりとした会話。

今日は、麻雀インターハイ団体戦長野県予選、その結果が出る日。

我が清澄高校麻雀部は、見事その激戦を制し、全国大会への切符を手に入れた。


当然──というのはなんとなく情けないが──女子麻雀の方である。




「そーだ、京ちゃんの晴れ舞台だね。 応援するからね」

「いや、俺のことはいいよ。咲は咲の事に集中しとけって」


正直な所、良い所を見せられる気がしない。

今日の激戦を見たせいか、勝てるイメージが全く無かった。

男子麻雀は女子麻雀より数段落ちるらしいけれど、それでも初心者が楽に勝てるものでもないだろう。

負けるところは無数に見られているとは言え、いつもの面子以外に負けるところを見られるのは少しだけ抵抗があった。


「うーん」


咲は、ちょっと煮え切らない様子だ。


「まあ、頑張る」


団体で全国に行けることが決まって、当初の目的を達成してしまったからだろうか。

昨日までの熱が、どこかに行ってしまっていた。



これは、言及すべきだろうか。

……いや、これは競技者としての咲の問題だろう。

少し迷うが、話題を変える。



「でも、今日は凄かったな。大将戦なんて、もはやオレには何がなんだか」

「うん、本当に。衣ちゃん……はもちろんだけど敦賀の人や、風越の人も凄かった」

「そうなのか? 俺にはなんだか龍門渕が凄いイメージ強すぎてよく分かんなかったけど」

「敦賀の人は、『打ち手』が見えてた人だと思う。人の1手と自分の1手に意味を持たせるっていうのかな」

「咲も何度かやられてたしな」


槍槓、というのだったか。

咲の槓は止められるのだ、ということに、咲には悪いが少し感動してしまった。


「う……か、風越の人は、強い手の人だった。手の入り方もだけど、それ以上に、牌を持つ手が強い感じ」

「気持ちが強い、みたいな?」

「うーん、近い気もするし、全く違う気もする。なんだろ、諦めないって事がそれに近い気もするけど」

「そういえば、0点まで落ちても、その後に持ち直してたもんな」


小さな体で吠えていた姿を思い出す。

吠えたというか、鳴き声っぽかったけど。



「あの0点は、そうした『牌を持つ手の強さ』がそうさせたんだと思う。あの時の衣ちゃんには、なんだか……思い通りにならない焦りの様なものを感じたから」

「えぇ……あれだけ思い通りに、好き放題してたみたいな状況で?」

「卓の上、というより卓の外への感じだったかな。衣ちゃんが意図していたか分からないけど、こうあるはずだと自分の思い描いていた景色と違う、という感覚……」


咲は、少し悩んだ顔をする。


「……卓を囲んだ相手だからなのかね。そうやって、相手のことがよく分かるのは」

「んー、たまに、かな。でも、たまに、こうした感覚があるんだよね。相手の牌を通じて、その内側を感じるというか」


俺の視線に気づき少し照れたように頬を掻く。


「まあ、私はそんな感じがするってだけだから、本当はどうなのか分からないけど」

「ふーん……でも本当に、今日は凄かったんだな。そんな人達を相手にしながらも、全国に行けるなんて」

「うん。皆、本当に」


咲は楽しそうに、今日のことを振り返りながら、麻雀部の皆のことを話す。

俺は、その横で相槌を打つ。


オレは当然、出場メンバーではない。

しかし、当事者ではない、という疎外感はあまりない。

部長や染谷先輩が、オレも団体戦メンバーの一人であると扱ってくれていたから。

でもやはり、選手ではないというのは一歩引いて見てしまうのだ。

そして、気づいてしまう。

麻雀を通した、5人の絆というものに。


いや、5人だけではない。

決勝での、卓を囲んだあの面子にも、確かにそれは見てとれた。

同じ空間で、同じように牌を打ったからこそ芽生えるもの。



オレには無い、咲との絆。




「染谷先輩は──」

「そうだな」

「部長は──」

「まあな」

「衣ちゃんたちも、本当に凄くて──」

「ああ」


不意に、咲の声が止む。

どうした、と咲の方を見ようとして、


「……京ちゃん、もしかして」


咲が、顔を覗き込んでくる。

その顔の近さに、ドキリとして、





「嫉妬してる?」




その言葉に、ドキリとした。




「ななな、何を嫉妬って証拠だよ?」

「へぇー」


あまり見たことのない、悪戯っぽい表情。

あーくそ、可愛いな。


「京ちゃん、嫉妬したんだ?」

「してねーって」


ジュースの果実の匂いと混ざった、甘いような心地のいい咲の匂い。

それを振り払うように、ぐいっと缶を煽る。



まさか、咲に見抜かれるとは。

一生の不覚だ。

幸い、今は夕方。

この顔の朱は、夕日に紛れて分からないだろう。

それにしても、なんでバレたんだ。

不覚。



恥ずかしさと悔しさで、同じ様な思考がぐるぐると回る。

どこまでバレているのだろう。

ああ、くそ。


咲の全てが、オレのものであれば良いのにだとか。

咲の得る全てが、オレからのものであれば良いのにだとか。


誰かの事を嬉しそうに喋る姿を見て。

誰かから得た感情を嬉しそうに話す声を聞いて。


そんなことを、少し。

本当に少し、思ってしまったのだ。



不覚。

不覚だ。


独占欲が強いほうだとは思わないが。

でも、麻雀に咲を取られるような気分になって。


……仕方ないだろ!


ああもう、誰に言い訳しているのかも分からない。

顔の熱さももう分からない。

熱いのか?!今のオレは熱いのか!?


──それとも、冷たいのか!?



「大丈夫だよ、京ちゃん」

「あ?」


思わず、ぶっきらぼうな声が出る。

まるでヤンキーのようだ、と他人事のような感想を抱いていると、咲は言う。








「京ちゃんが、私の一番だから」






そんな言葉を、真剣に、優しい表情で言う。





女は怖いな。


こんな言葉を、こんな顔で言ってくるのだから。




                                                                                                   (第55局の後)


酷すぎる誤字が……脳内補完でよろよろ……


【 6 】


「ふー」


倒れ込むと、ギシリとベッドが音を立てる。

少し長湯になったかもしれない。

手を伸ばしてみる。

パジャマの先に伸びる手から、湯気がまだ少し見える。気がする。


しょうがない、今日は色々あったのだ。

全国麻雀大会の県予選、その決勝。

なんとか、全国への切符を手に入れることが出来た。

その喜びと満足感を、じわじわと実感する。

勝った瞬間よりも、仲間たちの嬉しそうな顔を見た時に、ああ、良かったと安堵した。

今になって、それが喜びとしてようやく認識された感じ。

タオルケットを引き寄せて、抱きかかえる。




──その、大きな喜びの実感と共に



タオルケットの心地よい触感に、顔を埋める。



──個人的な、小さな喜びが簡単に並んでしまうのは、何故だろうか



予選が終わって、軽く祝勝会をやった後の帰路。

帰り道のベンチで得た小さな、だけど心深くに感じた喜び。






京ちゃんの嫉妬。






身悶えするような心地に、タオルケットをぎゅうぎゅうと抱きしめる。


そして、あの顔を赤くした京ちゃんといったら!

夕日に照らされていたけれど、私には分かった。

あの赤くなった京ちゃんの表情が、可愛くて、愛しくて。



あんな顔は初めて見た。



こんな感情は初めて得た。



嫉妬というものが、これほど心地良いモノだとは。

これ程、愛されていると実感できるモノだとは。




──京ちゃんに、独占したいと少しでも思われていることが、これ程嬉しいものだとは。




ああ。


──ああ。




改めて、誰の目も無い場所で思い返してしまうと、感情が溢れて止まらない。

タオルケットの上から枕を抱えて、ぎゅううと抱きしめて、それが目に入る。


目一杯手を伸ばして、それに触れ、引き寄せる。



それは、中学時代、私と京ちゃんが付き合う前に、京ちゃんがくれたもの。


カピバラのぬいぐるみ。


ゲームセンターで、お小遣いをかけて取ったくせに「ウチにはカピがいるから」と、私にくれたもの。


それをぎゅううと抱きしめる。

そうすると、間接的に京ちゃんを抱きしめているようで。

ちょっと、ドキドキする。

同時に、湧き上がる思い。



「──抱きしめてみたいな」



溢れる想いを言葉にしてみると、切実な響きを持って生々しい。

予感していた様な恥ずかしさは無い。

お腹の奥でどくどくと鼓動を感じる。

ぬいぐるみに頬を押し当ててみる。

ちょっと、ホコリの匂いがする。


京ちゃんを力いっぱい抱きしめたい。

もしくは、力いっぱい抱きしめられたい。


この感情がイヤラシイのか、普通なのかの判断がつかない。

でも、最近は少し、偶にだけれど、焦燥感があったりする。


恋人という関係になってから、5ヶ月くらい。

もう半年も近いというのに、恋人らしさに進展がない。


中学時代、友人の持っていた雑誌には、キスまでの平均が1ヶ月とあったのを覚えている。

あくまでも平均だし、何よりああいった雑誌が信用できる情報を載せているとも思ってはいないけれど、それでも焦りはする。

焦りはするけど──焦るだけで、終わってしまう。


きっかけがないのだ。

結構な時間を、一緒に過ごしてきただけに。

その慣れた関係のままで、二人の道を歩いてしまう。



「京ちゃんはどうなんだろ」


考えてみると、あれ程えっちなDVDを隠し持っているにも関わらず、京ちゃんからのそうした動きはない。



──私に、魅力を感じないからだろうか。



胸元で抱きしめたぬいぐるみをパジャマ越しに感じる身体の稜線は、悲しいかな、豊満とは少し言い難い。

私も、少しは自信が持てるような身体だったなら、京ちゃんからのアプローチもあったのだろうか。

そうであったなら、京ちゃんからでなくとも、私から──


思わずため息が漏れる。


いくら『そうであったら』を妄想しても、そうでない現実があるばかりなのだ。

自信の持てる身体を妄想しようが、私にあるのは自信の持てない身体だけなわけで。

いや、自分の身体をそう卑下する訳ではないのだけれど。

でも、京ちゃんの好みは、明らかに和ちゃんタイプなわけで。



はあ。



ため息二度目。


自信、自信かぁ。

京ちゃんに愛されている実感は、今日ちょうどこれ以上無く得られたのだけど。

私からアプローチするには、ちょっときっかけがなぁ……






と、逃げ道を探して今日のことをまた思い返したところで。

ふと気づく。



今日、京ちゃんが真っ赤になって、そんな京ちゃんが可愛くて、私の率直な気持ちを伝えた後。

京ちゃんは立ち上がって、私の前に立って、無言で手を差し出してきた。

私は、照れ隠しかなと思って、


『もう行く?』


と、その手を取って立ち上がったけど。

あの時は、完全にこうした考えは無くて、京ちゃん可愛いなあとか考えてたから、その可能性すら思い至らなかったけど。




あの、私に差し出すには少し角度がおかしかったのは。


妙に顔の近くに、もっと言えば左頬の近くに手が近づいてきたのは。


私のためと言うには少し低く屈んでいたのは。




あれは、もしかして。



私に。



そういえば、私が立ち上がった後、しばらく京ちゃんは固まったように動かなかった。

その後も、なんだか元気がなかったようで──





──あれ、私





──やっちゃいました?






「──ぁぁぁぁ……!!」




後悔と羞恥心と──少しの安堵に、カピバラを抱きしめたまま、ベッドの上をごろごろと転がる。

京ちゃんに謝りたい、謝りたい事象だけれど……謝るには、少しばかり重すぎる案件で。



でも、そう、それは、今の私には覚悟の足りないハードルなのです。

今の覚悟では、足りないくらいの高いハードルなのです。



だから、私にもっと自信が持てたなら。




──そう、私が自信を持てたら。




目標を、一つ定める。



うん。

インターハイで良い成績を残せたら。




残せたなら、京ちゃんにねだらせて下さい。








いわゆる、キスと言うやつを。



                                                                                                   (第55局の夜)


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