俺「はぁ、はぁ、はぁ……ここまで来れば食われることもないだろう……」 (12)



「はぁ、はぁ、はぁ……ここまで来れば食われることもないだろう……」


俺は食われる寸前にあったある食い物だ。

なんの運命のイタズラか、心と動く力を手に入れることができた俺は、
どうにか食われる前に逃げ出したのだ。



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人間どもから逃げ切るのは本当に大変だった……。


奴らの目を盗んで皿から飛び出し、丸く、手足になるようなものもない体で、必死に逃げた。
逃げまくった。


食われたくない。その一心で俺は逃げ続けた。



人間には「食い物は食われることを望んでいる」「食べてあげることが供養になる」
という価値観を持つ者が多いらしいが、そんなことは決してない。

食われて終わる生と、食われず安らかに朽ちていく生。

どちらがいいと尋ねられたら、圧倒的に後者の方がいいに決まってる。


人間だってそうだろう?

誰だって食われて死ぬよりは、安らかに天寿を全うしたいはずだ。

食い物だって同じことなのだ。



とにかく、ここまで登ってくればもう安心だ。


あとは静かに腐って、朽ちていくのを待つだけ。


俺はようやく安息の地を手に入れたのだ……。



だが、異変が起こる。


「なんだ、この揺れは?」


俺のいる場所が、突然揺れ始めた。



揺れの原因はどうやら地震のようだ。

そこまでの震度ではないのだが、俺のいる場所はヘタクソな日曜大工で作られたらしく、
震度以上によく揺れる。

なんという手抜き工事だろうか。


俺の丸い体には、その場に留まる力は少なく、もはや自身の転がりを抑えることはできなかった。



いきなりの地震、手抜き工事、転がりやすい体……悪条件が重なりすぎだ。



やっと人間から逃げ切ったと思ったのに……。

せっかく安らかな余生を送れると思ったのに……なんという不運!


揺れはますますひどくなり、今いる場所からの落下は避けられそうにない。



しかも、最悪なことに下には人間がいるじゃないか!


「あんだけ苦労してここまで来たのに、こんな結末になるなんてあんまりだぁ!
 思いがけない不運ってのはこういうことをいうんだぁぁぁっ!」


俺は自分のあまりの運の悪さを呪い、絶叫した。

絶叫しながら落ちていった。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」



――ぱくっ。


「ん……寝転がってたら小さな地震が来て、そしたら棚からぼたもちが落ちてきた。
 こりゃラッキーだ」


ぼたもちはよく噛まれ、よく砕かれ、よくすり潰され、よく味わわれ、そして、


「ごちそうさま」


飲み込まれてしまった。



【棚から牡丹餅(ぼたもち)】

思いがけない好運がめぐってくることのたとえ。

――広辞苑より抜粋。









― おわり ―

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